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Kaiken se kestää すべてに耐える

フィンランド映画 (2017)

この映画は、1970年代における「性の解放」が大人の間で起きた時、それが思春期の少年にどのような衝撃を与えたかを描いた映画だ。この映画の英語タイトルは、『Star Boy(星の少年)』。確かに望遠鏡で星を見るシーンはあるが、ただの付け足し的なエピソードだし、映画の本筋とは何の関係もないので、なぜこの英訳になっているのか理解できない。フィンランド語の「Kaiken se kestää」の直訳は「Bears All Things」ではないかと、フィンランド人の英語サイトに書いてあった。「Bears All Things」の日本語訳は「すべてに耐える」である。確かに、主人公の13歳のヴェサとその親友カルロは、お互いの両親の巻き起こす自分勝手な行動に耐えなければならない。そして、耐えられなくなった2人は逃避する。一方、そのサイトには、「Bears All Things」に関して、新約聖書に収められた書簡『コリント人への第一の手紙』の13章にも言及してあった。13章は「愛」に関する章である。その中核は、7節。(愛のためには)「すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」。この指摘は、1970年代のフィンランドにおける「性の解放」に対する、ある意味での皮肉なのだろうか? なぜなら、彼らは、思う存分気ままに振る舞い、「すべてを望み」こそすれ、何も「忍び」「耐え」てなどいないからだ。

フィンランド北部の都市オウルに住むヴェラは、建築家を父に持つ13歳の少年。何事にも引っ込み思案で、行動力に欠ける。父トピオは、1970年代初めのフィンランドの “性の解放” の潮流に乗り 異性に対して積極的だが、母マリヤは、名前からして、そのような行為は不徳で淫らで許されないと思っている。マリヤの老父母は近くに住んでいる。それは、マリヤの父が自ら立てた家。ヴェラの親友カルロは、芸術家(?)を父に持つ13歳の少年。ヴェラと逆で、積極的、かつ、果敢。父アンテロと母ウーラとの間のコミュニケーションは、ほぼ途絶えている。ウーラは、“性の解放” に非常に積極的。こうした状況下で、事件が持ち上がる。それは、ヴェラの父トピオが関与する都市の再開発で、なぜか、ヴェラの祖父母の住む家の一帯がその対象となったこと。そのことを知ったヴェラは、祖父母が好きなので、父の行動に不信感を抱く。そして、すぐにやってきたクリスマス。フィンランドの伝統に乗っ取り、ヴェラ、カルロ達4人は、街にあるパブを回って歌い、小遣いを稼ごうとする。しかし、2軒目で、ヴェラの家で行われているパーティに行ったところ、そこで見た破廉恥な行為に4人は衝撃を受ける。それでも何とか歌い終えて、次に行こうとしてする途中、年上のグループに会い、もらったお金を全て奪われる。異変は、それだけではなかった。自宅でのパーティで、夫トピオがアンテロの妻ウーラとキワドイ行為を平気でしているのを見たマリヤは頭に来ている。そして、カルロが3人を自宅に連れて行くと、パーティを終えた母ウーラが誰かとセックスの真最中。マリヤは、パーティが終わった後いなくなった夫が戻って来ると、怒りを爆発させる〔浮気に行ったと思い込んだ〕。そして、翌日何も言わずに実家に帰ってしまう。ヴェラは、両親が離婚するのではないかと心配する。トピオは翌日、マリヤの実家に行き、跪いて戻るよう懇願し、マリヤは家に戻る。しかし、ヴェラの祖父母には危機が迫っていた。パトカーが乗りつけ、祖父母を強制退去させたのだ〔そんな強権が、フィンランドで発動されるものだろうか? 何の権利があって30年以上暮らしてきた家を壊し、そこを団地に変えられるのだろう? 日本でもバブル期に地上げ屋が暗躍したが、それに警察が同調することはなかった〕。その直後、祖父母の家は、周辺の家々も含めて破壊される。一方、カルロにも危機が降りかかった。母ウーラが、夫アンテロの “無視” に耐えられず、よりによって今回の再開発の主導者マルティと再婚すべく家を出ていってしまったのだ。アンテロは、これまで妻を無視して来たのに、いざ出て行かれると絶望して自殺を試みるが、カルロに見つかり断念する。その約半年後、カルロは、クリスマスの時に奪われたお金を取り戻そうと年上のヘンカに正々堂々と向かって行き、コテンパンにやっつけられる。逆境に耐え強くなっていたカルロは、ずっと前から隠し持っていた拳銃を取り出し、ヘンカを待ち構えて脅し、謝罪させる。さらに、その半年後、再開発のアパートが完成し、祖父母はその1室に入居するが、そこに待っていたのは、“ロッキングチェアに座って 死ぬのを待つ” だけの残り少ない無為な人生。映画の最後は、夏のバカンスで、ヴェラが、ヘルシンキの母の元に移り住んだカルロと海辺で再会する。そこで再び展開される “性の解放”。そんな大人達に愛想が尽きたヴェラとカルロは、“地上に火を投じた”〔ルカによる福音書 12章49節の言葉〕後、ゴムボートに乗り、混乱の巷(ちまた)から去って行くのだった。

主人公のヴェサ役はヴィリ・サーレラ(Vili Saarela)。詳しいことは何も分からない。映画出演はこれ1本のみ。一方、主人公の友人カルロ役のオラヴィ・アンジェルボ(Olavi Angervo)は、フィンランド映画祭2014で上映された『Tumman veden päällä(水面を見つめて/ペテのさんざんな1年)』(2013)で主役を務めた子役。短期間での映画祭での上映は「公開」とは考えていないので、近い将来紹介する予定で、そのため、内容が分かるように副題を付けた。この映画より3つ年下の時のオラヴィを下に示す。
   

あらすじ

映画は、黒地にオープニングクレジットが示される中、意味不明の音だけが聞こえる。そして、いきなりベッドに寝ている13歳のヴェサが映るが、彼の下腹部が規則的に上下している(1枚目の写真、矢印)。すると、いきなりドアが開き母マリヤが入って来て、「また、あそこいじってるの?」と訊く。「お腹をさすってたんだ」。「お腹、痛いの?」。「うん」。母は、1737年にアメリカで生まれた “就寝前のお祈りの唄” を歌い始め、ヴェサもそれに唱和する。「♪私は今から眠りにつきます。神よ、私の魂をお守りください。目覚めず死ぬ運命にあるなら、どうか、私をお導きください」。母は、「いつまでもママの “可愛い僕” でいてね」と言い、ヴェサが「いいよ」と言うと、キスをして部屋を出て行く。ヴェサは手を組んで天井を見上げる。そして、中断していたオープニングクレジットが再開する。
  
  

次のシーンは、父トピオの誕生日。線香花火を4つ点け、「35」と年齢を表面に描いたケーキを持ったヴェサが、「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」と歌いながら入ってくる(1枚目の写真)。妹のプレゼントは家族を描いた絵、ヴェサのプレゼントはサウナ用のお手製のひしゃく。もらった父は、嬉しそうに2人を抱く(2枚目の写真)。それが済むと一家で朝食。出かける前に父が母に話す内容には、違和感がある。「もう節約しなくて良くなった。君の車を買おう」。なぜ、違和感と書いたかと言うと、父の車は、メルセデス・ベンツW108。1965–1972年にかけて製造されたメルセデスの最高級車だから〔1970年代という映画の設定に合致している〕
  
  

ヴェサが友達のカルロと一緒に、彼の家に向かう(1枚目の写真、背後に映っている2階のRC戸建て住宅がカルロの家)。2人はじゃれ合いながら階段を上がると、カルロの部屋に行く。カルロは棚の上に隠してあったアタッシュケースをベッドの上に置くと(2枚目の写真)、中味をヴェサに見せる。パッと目に入ったのは、イギリスの男性用月刊誌ペントハウス。「見たことあるか?」。「何回か」。しかし、カルロが本当に見せたかったのは、女性の裸の写真ではなかった。アタッシュケースの一番底から引っ張り出したのは、拳銃。ヴェサが、「本物?」と訊くと、カルロは拳銃をヴェサに向け、「どう思う?」と訊き返す(3枚目の写真)。その状態で引き金を引くと、カチッと音がする。カルロは笑って、「本物だと思ったのか?」と訊くが〔実は、本物〕、不愉快だっただけのヴェサは、「お前、どうかしてるぞ」と批判する。その時、1階で音がしたので、2人は下に降りて行く。カルロの母ウーラが買い物から帰ってきたのだ。その次の映像で、カルロの父アンテロはずっと家にいて、ブロンズ像の元となる粘土像の製作に勤しんでいた〔芸術家〕。ウーラは、像の横に飲み残しのビール瓶が置いてあるのを見つけると、キッチンに持って行行き、中味を流しに捨てる。2人の間に会話は一切ない。
  
  
  

翌日、ヴェサが歩いて向かったのは、母方の祖父母の住む木造の家(1枚目の写真)。家の中に入っていったヴェサは、犬と戯れる(2枚目の写真)。次のシーンでは、祖父の所有する反射望遠鏡を前にして、ブラシを使ってレンズをきれいにする仕方を習う(3枚目の写真)。
  
  
  

問題は、その後。4人の男性が雪道を歩いてくる。その中にヴェサとカルロの父もいる。ディベロッパーらしき男マルティの話の要点は、①8階建てのアパート群をここに造る。②そのための図面が1月に必要で〔もうすぐクリスマス〕、そうすれば3月に着工できる。ちょうどその時、ヴェサが祖父母の犬の散歩に外に出てきて、4人の姿を見る(1枚目の写真)。トピオが、マルティに、「この辺りはどうする?」と訊く。「接収して、すべて解体する」(2枚目の写真)。アンテロは、「そんなの無茶だ」と反対する〔なぜ、彫刻家がいるのだろう?〕。すると、マルティは、トピオを見ながら、「代わりの建築家はどこにでもいる」と言うので、ヴェサの父トピオは建築士らしい。トピオとアンテロの2人だけになると、アンテロは、「あんた、どうする気だ?」と尋ねる。「俺たちにノーという余裕があるか?」〔なぜ、俺たちと複数型なのだろう?〕。「本気か?」。「結局、誰かが設計する」。「俺は嫌だ」。「俺たちを破産させたいのか?」。「俺は関わらんからな」〔顔をクローズアップしても、この男とアンテロは同じ顔なので、彫刻家と “俺たち” の関係は謎のまま〕。ヴェサは、父が、本気で 祖父母の家を壊してしまおうとしていると知り、茫然とする。
  
  

ヴェサは家に帰る。1枚目の写真は彼の家だが、途中に幾つもの仕切りがあることから、一種の集合住宅〔長屋〕であることが分かる。メルセデスに乗っているような成功した建築家がなぜ一戸建てでないのか? トピオと仕事上の関係がありそうなアンテロが立派な一戸建てなのになぜ? 疑問は尽きない。家に合わせて狭い食堂には、祖父母、父、ヴェサ、妹の5人が座ると皿の置き場所がないほど狭い。母マリヤが作ったマッシュルーム・スープが最初の一皿だが、ヴェサに、「塩が欲しかったら言いなさい。今どき、塩分ゼロが当たり前ですからね」と訊く。それに対し、ヴェサがちゃんとお礼を言わなかったことに父が文句を付けたので、彼は、大声で「ありがとう!」と言うと席を立ち(2枚目の写真)、自分の部屋に閉じ籠る。父の先ほどの行動が許せなかったのだ。
  
  

クリスマス・イヴの夜。数人の子供達がクリスマスらしいコスプレをしてパブなどで歌っては、小遣いを稼いでいる。フィンランドの田舎の風習なのだろうか? ネットで調べても見つからなかった。ヴェサ、カルロと2人の友達は、4人でグループを作り、1軒のパブに入って行く。カルロが、「歌ってもいいですか?」とお客に向かって訊くと、「やってちょうだい」と声が飛ぶ。4人は一礼し、「♪今晩はみなさん。幸せなクリスマスと新年を迎えますように」と歌い、お客さん達も静かに聴いている(1枚目の写真)。外に出た4人。「見ろ、少なくとも30はあるぞ」〔当時はマルッカ: 換算率不明〕。「金持ちだ! 全部のパブで歌おう」。ここで、ヴェサが、「まず、ウチに行こう。50くれるって言ってたぞ」。「そりゃいい」。ところが、ヴェサの家で行われていたのは、古代ローマのトーガ風の布をまとった男性5-6名と、インド風のビキニ姿の女性5-6名による変なパーティ。体をくねらせて踊っていたウーラ〔カルロの母〕は、ソファに座ったトピオ〔ヴェサの父〕の体の上に体を預け、キスを交わす。何でもありのパーティだったかもしれないが、マリヤ〔ヴェサの母〕は それを見て頭に来ている。そこに入って来たのが、4人の子供達。4人はあまりの猥雑さに言葉を失うが(2枚目の写真)、トピオに50マルッカと言われ 歌い出す。そして、歌が終わると早々に引き揚げる。途中で、友達の一人に、「お前のウチの知り合いってセックス・マニアだな」とからかわれ、雪の上に突き飛ばす。そして、ダムの堤体上の通路を4人が歩いていると、反対側から年上の4人組がやってくる(3枚目の写真)。相手は、「お前ら、何してやがる? 抜け駆けしようたって許さんぞ」と、勝手なことを言い出す。そして、「ここを通りたいなら、金を寄こせ」と迫る。4人が反抗すると、一番のワルがカルロの喉元に先の尖った金属の棒を突き付け、金を要求する(4枚目の写真)。ヴェサは、これまでに稼いだ80マルッカを渡す。そして、さらに、合唱団のシンボルとしての銀紙で作った大きな星型をダム湖に捨てる。これで、歌うことができなくなったので、カルロは、「誰もいないからウチに来いよ」と4人を誘う。この先が、よく分からないのだが、マリヤがキッチンで後片付けをしている。先ほどまでの乱痴気パーティは終わりを告げたようだ。
  
  
  
  

4人と一緒に家に戻ったカルロは、一人で2階にある自室に向かう。すると、父と母の寝室で音がしたので、ドアをそっと開けて中を覗いてみる(1枚目の写真)。すると、何と、中では母ウーラが誰かとセックスの真最中。ドアが開いているのに気付いた母は、カルロと目が合う(2枚目の写真)。カルロは、そのままドアを閉める。1階から、ヴェサが、「誰かいるの?」と訊いたので、「誰も」と嘘をつく。1階では、枕戦争が始まり、枕の中の羽根が一面に飛び散る。その最中に、先ほどのパーティにも参加していたカルロの父アンテロが酔っ払って帰ってくる。それを見た3人は、辺りをめちゃめちゃにしてしまったので、叱られると思い、「帰らなくちゃ」と言って、すぐにいなくなる。カルロは、酔っ払った父が2階に行かないよう、1階のソファに寝かせる(3枚目の写真)。その時点で、父はもう意識がない。しばらくすると、階段を降りてくる音が聞こえる。そして、カルロと男は正面から顔を合わせる(4枚目の写真)〔この男が誰なのか分からない。単純に考えると、ヴェサの父トピオのように思えるが、映画の後の展開を考えると、先ほどのパーティにも出ていた、ディベロッパーのマルティの可能性の方が高い〕。男はカルロの目の前を通っても、何も言わずに家を出て行く。
  
  
  
  

ヴェサが家に帰ってくると、2階から激しい母の怒鳴り声が聞こえてくる(1枚目の写真)。「このクソッタレのド助平! とっとと出てお行き! あんたの顔なんか二度と見たくない!」。「落ち着け! 俺は何もしとらん! あれからサウナに行っただけだ」。「この嘘つき! パーティの間じゅうウーラとイチャついたじゃないの! あたしがどんな思いしたか分かる?!」。「ふざけてただけだ! マジに考えるな!」。「おっぱいをしゃぶるのが、ただのおふざけ?」。「やってない!」。「嘘つき! 見たわよ!」(2枚目の写真)。その後も口論は続き、ベッドに入ったヴェサは、声が聞こえないよう、枕をかぶる〔信じられないほど壁が薄い〕。ヴェサは、「神様、ママとパパを離婚させないで。お願い」と祈る。
  
  
  

翌朝、4人を乗せたメルセデスの前を老婆が横断し、車は停止する。すると、道の真ん中にもかかわらず助手席のドアが開き、何も言わずに母マリヤが降りる。父トピオが、「どこに行く?」と訊くと、マリヤは、「あんたの顔なんか二度と見たくない!」と言って、ドアをバタンと閉める。妹は、「ママ!」と叫ぶが、ヴェサは、振り返ってヤウインドウから見ただけ(1枚目の写真、矢印はマリヤ)。妹が 「ママ、どこに行ったの?」と訊くが、父は黙ったまま。家に戻ったヴェサは、男女の人形を使って遊ぶ。「結婚してくれるかい?」「ええ。死が2人を別つまで仲良く一緒よ」〔先ほどの離別に対する反動〕。その後が悪い。ヴェサは、全裸の人形を使って、愛し合う状態を再現する。そこに、父が入って来て、「食事だぞ」と言う。裸の人形を手にしたヴェサ(2枚目の写真)を見た父は、「まだ、それで遊んでるのか?」と訊く。「ううん、片付けようとしてただけ」。母がいなくなった食事はインスタント食品。妹は、「ちゃんとした食事が欲しい」と言うが、父は、「ちゃんとした食事だぞ」と反論。「ううん、違う」と言われてしまう。「なら、食べるな」。そこに、ヴェサが来て 「ママはどこ?」と訊く。「さあな。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんのトコじゃないかな」。妹:「いつ戻るの?」。「さあな」。ヴェサ:「離婚するの?」。「パパからじゃない。ママは大騒ぎしたいんだろ」。この言葉にカチンときたヴェサは、昨夜 母が使った言葉を投げつける。「ド助平」。そして、何も食べずに自室に戻る。。
  
  
  

ヴェサは池の端まで歩いて行くと、そこに落ちていた白い羽根を拾い、天に向かって祈るようにかざす(1枚目の写真)。場面は、その日の夜のベッドの中。ヴェサは、天井を見上げて祈りの言葉を呟く。「ああ神様。どうかママを連れ戻して、僕たちがバラバラにならないようにして下さい。もし、そうして下されば、悪い言葉を使ったり、あそこをいじったりしないと約束します」(2枚目の写真)。
  
  

その祈りに応えるように、父は、翌日、2人を車に乗せると、妻マリヤの実家、祖父母の家に行く。家の前に着くと、2人を車に残し、赤いバラの花束を持って玄関に向かう。ドアをノックし、出てきた丘母にマリヤと話したいと頼む。出てきたマリヤは、開口一番、「懇願は受け付けないわよ」。トピオが、パラの花束を掲げながら、「戻って欲しい」と頼むと、マリヤは花束をつかみ取り、「何も分かってないじゃないの!」と言いながら、その花束でトピオの顔を何度も叩く。それでも、トピオが 「お願いだ」と頼むと、マリヤは 「ひざまずいて」と要求する。トピオは言われた通り、雪の上にひざまずき、「本当に悪かった。どうか許してくれ」と頼む(1枚目の写真、背後に見える赤い点々は飛び散ったバラの花びら)。我慢できなくなった妹は、車から出ると、「ママ!」と言いながら駆けて行き、「ヴェサがね、私たち、孤児院に入れられちゃうって」と母に訴える。ヴェサは車に乗ったまま、その後の言葉を聞いている。「そんなの信じちゃダメ。誰もそんなトコに入れないわ」(2枚目の写真、矢印は妹)。妹の懇願が一番効いたらしく、次のシーは、夜。ベッドでヴェサが本を読んでいると、薄い壁の向こうから、よりを戻した父と母が激しく愛し合う喘ぎ声が聞こえてくる(3枚目の写真)。
  
  
  

翌日、ヴェサは1人で祖父母の家に行き、一緒に夕食を食べている(1枚目の写真)。そして、真っ暗になると、祖父は反射望遠鏡を外に持ち出し、ヴェサにアンドロメダ銀河を見せ、今見えているのは250万年前の光だと説明する(2枚目の写真)。英語タイトル『Star Boy(星の少年)』に関係する部分なので敢えて紹介したが、全体のプロットとは全くの無関係。このあと、ヴェサは、「お祖父ちゃん、神様ってホントにいるの?」と訊く。「そうだとは思うが、役に立つかどうかは分からん」。「僕は信じてるよ」。「良いことだ」。
  
  

翌日、カルロの家で、2人はサッカーボードゲーム(?)で遊んでいる(1枚目の写真)。一方、その脇では、いつものようにアンテロが粘土の顔の制作に打ち込んでいて、ウーラが、「何か言ってよ」と声をかけても黙ったまま(1枚目の写真)。「なぜ、そんなに意固地なの? お金が要るの」。アンテロは、それでもウーラを無視したまま。「私の目くらい見られない?」。この言葉で、ようやくアンテロは手を休め、ウーラの顔をじっと見る。それでも無言を貫く。「私のことが嫌い?」。アンテロは、返事をせず、再び制作にとりかかる。ウーラは、すすり泣きながら、「一体、どうして欲しいの? 私にできることはあるの? もう、どうしていいか分からないわ」と言う。ウーラは、諦めたようにアンテロを見ると、子供達に「また後でね」と声をかけ、外出する。それでも何の反応も示さない父に、カルロは睨むように父を見る(3枚目の写真)。
  
  
  

場面は変わり、ヴェサの祖父が斧で薪を割り、横で父のトピオがノコギリで木を切っている。トピオ:「こんなこと、いつまで続ける気ですか?」。その時、脇をヴェサが通って行った(1枚目の写真)。「これまでずっと上手くやって来た」。「もっと年を取ったら? ここじゃ大変ですよ。アパートに移ったらどうです? すべてが最新式ですよ。キッチンもバスタブも」。「そんな所で何をするんだ? ロッキングチェアに座って 死ぬのを待つのか?」。「家の仕事以外にすることがあるでしょ? 旅行をしたり、趣味に打ち込んだり」。「そんなものは必要ない」。一家で祖父母の家から帰る時、マリヤは、夫トピオに、「恥ずかしくないの?」と非難する。トピオは、「2人を助けたいだけだ」。「アパートなんかに引っ越したいと思うはずないでしょ。この家は、父が自分で建てたのよ。そこから追い出そうなんて、できないことだわ」。「ここに住む権利はないんだ」〔なぜ、権利がないのか、この映画では全く説明がない〕。一緒に家に戻ったヴェサは、こっそり父の書斎に入る。そこには、実につまらないデザインの8階建てのアパートの図面が置いてあった。ヴェサは、横に置いてあったコーヒーを図面にかける(2枚目の写真、矢印はコーヒー)。大好きな祖父をないがしろにする父に対する嫌悪感の現れだ。
  
  

映画では一瞬だが、相当の月日が流れたに違いない〔道路にあれだけあった雪が全くなくなっている〕。ヴェサが祖父母の家に歩いて行くと、祖母の叫び声が聞こえる。「私たち、どこにも行かないから! 触らないで! ここから、出てお行き! 何の権利があるのよ!」。家の前にはパトカーが停まっていて、祖父、祖母の順に家から連れ出される(1枚目の写真)。祖父は、無言のまま無理矢理パトカーに乗せられたが、その間じゅう祖母は文句を言い続ける。しかし、祖母も2人掛りでパトカーに連れて行かれ、一度は開けてあったドアを足で蹴って閉めるが、「あんたたち、住民を自分の家から連れ出して! この恥知らず!」と抗議するのを無視し、パトカーに押し入れる。それを見守るヴェサの顔には怒りしかない。家に戻ったヴェサは、リビングのソファに丸まって横になると、泣き始める(2枚目の写真)。その日の夜。夫婦の寝室で、マリヤは、「こうなるって、知ってたのね」と、夫を責める。「知らなかった」。「嘘!」。そして、口論の末、最後には、「こうなると知ってたら、ここに帰って来るんじゃなかった」とまで言う〔とは言っても、出て行くわけではない〕
  
  

そして、遂に、祖父母の家の取り壊しが始まる(1枚目の写真)〔祖父母はパトカーで連れ出されたが、中に置いてあった家具、衣服、調度品、思い出の品などはどうなったのだろう?〕。ヴェサとカルロはブルドーザーに向かって石をぶつけ、怒りを行動で示す。そして、ある雨の日、カルロの家の前に1台のジャガーが停まっている。今回の騒ぎの張本人ディベロッパー、マルティの車だ。カルロは、「これ、クソ野郎の車だ」とヴィサに教えると、フロントガラスに向かって唾を吐きかける(2枚目の写真、矢印は唾)。家の中では、ウーラが家を出て行くため、スーツケースに必要な物を詰め、アンテロに対しては「カルロを大事にしてやってね」と言う(3枚目の写真)〔なぜ、息子を一緒に連れて行かないのだろう?〕。アンテロは返事すらしない。そして1階に降りて行くと、マルティの前に立つ。マルティは、「紳士的に行こう」と声をかける。アンテロが、憎しみを込めてマルティの頬に触ると、マリティはその手を取って、アンテロを床にねじ伏せる。その音を聞き付けたウーラが駆け下りてきて、その暴行を止めさせる。
  
  
  

その時、玄関のドアが開き、カルロ達が入ってくる。ウーラは、カルロに向かって、「じゃあ、行くわね」と声をかける。シーンは変わって外。マルティが荷物をトランクに入れ、運転席に乗る。ウーラは、助手席に乗る前に振り返ってカルロを見る。「ママは、行かないと」。「でも、そんなのヤだ」(1枚目の写真)。「学校が終わったら、ヘルシンキにいらっしゃい。一緒に楽しみましょ。動物園とか遊園地とか」。「ママと一緒に家にいたいよ!」。「ママは行かないと」。カルロは母に抱き着く〔母の態度は、何となく冷たく感じられる〕。その夜、ベッドに入ったカルロの脇で父アンテロが付き添い、手で頭を撫でる。そして、「お前のことを誇りに思う。こんなに大きくて勇敢な少年になった。万一父さんに何かあったも、勇敢に行動して欲しい」と、後半には妙なことを言う(2枚目の写真)。「でも、何も起きないよ」。アンテロは、カルロの部屋を出ると、地下室まで降りて行き、簡単なイスに座る(3枚目の写真)。そして、酒を飲むと、拳銃を取り出して弾を込める。そして、自殺しようと拳銃を頭に向けた時、カルロが階段を降りてくる音が聞こえたので、拳銃を下げる〔カルロは、先ほどの父の言葉で心配になった〕。カルロは、イスに座っているアンテロに、「パパ、そこで何してるの?」と声をかける。「別に。すべて順調かチェックしてるんだ」。「一緒に寝ていい?」。「いいぞ。1分したら行く」。これで、アンテロの自殺は回避された。
  
  
  

カルロの家の道路を挟んで前に広がる芝生地で、クリスマスの夜、歌ったお金をもぎ取っていった4人組がボールを蹴って遊んでいる。野球をやろうと芝生地にやって来たヴェサ、カルロ達4人組は、「どうする?」と相談。カルロは、「ヘンカは、お金を帰すべきだ」と正論を主張する。しかし、ヴェサは、「あり得ない。絶対返さないよ」と、ある意味当然の反論。カルロは、「見てろ」と言うと、「やめろよ。ボコボコにされるぞ」とヴェサが停めるのも聞かず、バットを手にして1人で4人組に近づいて行く。「ヘンカ! 金を返せ!」。「何のことだ?」。「君が盗んだ金だ」。「何も盗んでないぞ」。カルロは3人に捕まり、ヘンカに何度も腹部を殴られ、4人に腕と脚を持って運ばれ、水溜まりの中に放り出される(1枚目の写真、矢印はカルロ)。カルロは、そのまま家に向かって行く。心配になったヴェサが後を追う。カルロは自室に行き、アタッシュケースを降ろすと、中から拳銃を取り出す。そして、「行くぞ」と言う。その直後、8階までRCの壁が建ち上がり、窓も何もないアパートが映る。ネットで調べてみたら、RC造のマンションの建設期間は「階数×1ヶ月」+3ヶ月」と書いてあった。これを信じれば、8×1+3=11ヶ月となる。建設途中については情報がなかったが、適当に半分と考えれば、このシーンは、前節から約半年後ということになる。カルロは、ヴェサを連れて建設現場の近くにある丸い木の枠の陰に隠れて ヘンカがやって来るのを待つ(2枚目の写真)。そして、ヘンカが来ると、姿を現し、「見せるものがある」と言い、拳銃を取り出す。そして、建設中のアパートの1階の奥までヘンカを連れて行き、拳銃を顔に向ける。「若くして死ぬのは、どんな気持ちだ?」。普通では言わないようなその言葉に、本気度を感じたヘンカは、「頼む、やめてくれ。放してくれたら、何でもやるから」とすがるように頼む。カルロは何も答えず、いきなり銃を発射する。弾が当たった場所は、ヘンカの肩のすぐ上の壁(3枚目の写真、矢印)。しかし、ヘンカは腰を抜かしてその場に崩れるように倒れる。カルロは、「もし、誰かに話したら、今度は殺すからな」と、冷酷に言う。「分かった」。カルロとヴェサは、一緒に水辺まで行く。カルロは、「僕らは、このことを誰にも言わない」と言い、ヴェサが、「決して」と受け、2人は手を握り」合う(4枚目の写真)〔どこまでも受動的なヴェサよりも、不言実行型のカルロの方が主役としては相応しい〕。その夜、ベッドに横になったヴェサは、「ああ神様。どうか僕を許して下さい。地獄には送らないで。カルロも許してあげて。何をしたか分かってないんです。彼は、世話する者を失った羊なんです」と祈るが、なぜかよく分からない。フィンランドは最近の報告では、100人あたりの小型武器の所有率が56人と世界で3番目に高い。1970年代の情報はないが、狩りの伝統から銃の所有者が多いとされるので、当時も変わらなかったと思われる。カルロはケガをさせずに壁を撃っただけなのに、なぜそれほどの悪事になるのだろう? それとも、壁に当たったのは、1コマ送りにしないと分からないので、普通に見ていただけでは、ヘンカが撃たれたと思う。ひょっとして、監督は、観客に “ヘンカは撃たれた” と思って欲しかったのかも。
  
  
  
  

先ほどのシーンからさらに半年後。アパートは完成し(1枚目の写真)〔何とつまらない〕、その1室で、ロッキングチェアに座った祖父は 何をすることもなく、ただ漫然と時を過ごす(1枚目の写真)。これでは、確かに、「死ぬのを待つのか」の言葉は当たっている。置き場所のなくなった反射望遠鏡は、ヴェサにプレゼントされる(3枚目の写真)。その前に、ヴェサがカルロの家を訪れ、何度も呼び鈴を鳴らした末にようやく出てきたアンテロに、「カルロいますか?」と訊き、「もう、ここにはいない。母親と一緒にヘルシンキにいる」と言われるシーンがある。この辺り、映画は一気に時間を飛ばしているので、いったいいつカルロはヘルシンキに行ったのだろう? 2人の交友関係から見て、かなり始終会っていたと思うので、それに、学校もあっただろうから、数日前だろうか? それにしてもなぜ黙って? 疑問は尽きない。
  
  
  

ここからが、いわば最終章。夏のバカンス。ヴェサの一家4人はフェリーに乗って旅に出かける(1・2枚目の写真)。そして、森の中でメルセデスが着いた場所には、既にジャガーが停まっていた(3枚目の写真)。このことから、ウーラはマルティと再婚したらしいことが分かる。
  
  
  

4人が森を抜けて海の見える場所まで行くと、そこにはマルティ、ウーラ、そして、カルロがいた(1枚目の写真)〔彼が持っているのはエアソフトガン〕。カルロが頷くと、ヴェサも頷き返し、久し振りに会った親友に頬が緩む(2枚目の写真)。カルロが首で、“あっち行こう” と指示し、2人は海の見える “砂浜と草原の境界” に座る。カルロはポケットからタバコの箱を取り出し、「1本どうだ?」とヴェサに差し出す(3枚目の写真)。ヴェサは、「今は、いいよ」と断る。「試したことあるのか?」。「何度も」〔多分、嘘〕。カルロは1本取り出すと、ライターで火を点ける。ヘルシンキに行ってから、喫煙が習慣になったようだ。ヴェサが 「ヘルシンキはどんなだ?」と訊くと、カルロは 「最初は、みんなが僕の訛りをバカにしたけど、数人殴ってやったら、誰も言わなくなった」と答える。そのあと、「オウル〔Oulu〕じゃ、そんなことなかったな」と言うので、2人の出身地が初めて分かる。オウルはヘルシンキの北540キロにあるフィンランド北部の中心都市。北緯65度なので〔北海道最北端の稚内で北緯45度〕、クリスマスに雪で埋もれていたのは当たり前〔12月末の平均最高気温はマイナス7℃、平均最低気温はマイナス15℃〕
  
  
  

そのあと、2人は、水泳パンツだけになって海に飛び込み、水を掛け合って遊ぶ(1枚目の写真)。ヘルシンキはフィンランドの最南端近くにあるので、この浜辺の場所もその近くであろう。夏の平均最高気温は20℃なので、泳ぐには少し寒いと言える。すると、そこに、この “キャンプ” に参加している男性4人、女性4人が全裸で海に飛び込んで来る(2枚目の写真)。2人は気分が悪くなり、すぐに退散する。
  
  

冷たい海水浴のあとは、サウナ。2人は、誰もいないサウナに行くと、じょうろでサウナ石に水を振りかけ、水蒸気を発生させる。そして頭から冷水をかけ、白樺の葉の付いた枝で体を叩く(1枚目の写真)。最初は、2人だけで快適だったが、そこに、ヴェサの両親のトピオとマリヤが全裸で入ってきて、キスを始める。ヴェサは、恥ずかしくてうつむくしかない。そこにさらに、今やカルロの両親になったアンテロとウーラが入ってくる(2枚目の写真)。いい加減頭に来たヴェサは、「石に水をかけてくれ」の言われると、大量の水を石にかけ、中を蒸気だらけにすると、サウナから逃げ出す。
  
  

それからの時間の経過は不明だが、大人達は大きな焚火の回りでペアになって踊り始める。踊るといっても、キスが目的のセクシャルなものだ(1枚目の写真)。カルロとヴェサは、それを草むらに隠れて見ていたが、カルロはエアソフトガンで、マルティのズボンに狙いを定め(2枚目の写真)、発射。ズボンの上からでも、かなりの痛みを与える。2人にとっては、“ザマミロ” の憂さ晴らしだ。
  
  

そのあと、2人は、全員が出払ったサマーハウスに入って行く。タバコもそうだったが、一足早く大人になったカルロは、飲み残してあったお酒のビンを取り上げりと ラッパ飲みする。そして、それが空になると、奥から未開封の酒瓶を1本取って来ると、「へべれけになろうぜ」と ヴェサを誘う。ヴェサには言葉の意味が分からなかったので、「一緒に飲もう」と言い直す。2人は森の中に入って行き、木の根元に座り込むと、カルロが金属の蓋を捩じって開ける(1枚目の写真)。フィンランドで一番人気のウォッカの一種だとすれば、アルコール度数はかなり高い。初めて飲んだヴェサは 「ひどい味」と言うが、カルロは 「学ぶことが山ほどあるな」と言い、何度も瓶を回す。瓶の中身が半分に減った頃には、ヴェサも瓶を奪って飲むようになる。酔っ払った2人は、バイキングの王と騎士の真似をして遊ぶ(2枚目の写真)。それが終わると、飲んだものを全部吐くハメに(3枚目の写真)。その頃、愛欲の場となった併設のバンガローから、そうした行為に賛同できないマリヤが一人出て来て、サマーハウスに向かう。
  
  
  

フラフラになったヴェサは母に会いたくなり、カルロと一緒にバンガローに向かう。「失神しちゃう」。「酔っ払っただけだ」。そして、カルロがドアを開ける(1枚目の写真)。バンガローの中では男女が絡み合っている。2人は、酔いも醒めるほど驚く。息子に見られていることに気付いたトピオは、「出てけ! 子供の来るトコじゃない!」と怒鳴る(2枚目の写真)。大人達の破廉恥さに起こったカルロは、地面にあった石を手に取ると、それをドアのガラス目がけて投げる(3枚目の写真、矢印は石がガラスを貫通する瞬間)。続いて、ヴェサがランタンを投げ込む(4枚目の写真、矢印)。こちらの方が遥かに壊滅的で、バンガローに火が点く。
  
  
  
  

自分達のやったことの “悪さ” を自覚している2人は、海に向かって逃げる(1枚目の写真)。そして、ゴムボートに乗って “ずらかる” ため、最初は水深が浅いのでボートを引っ張って沖に向かう(2枚目の写真)。ただ、ここに大きな疑問。こんな最適な場所に、誰が、何の目的でゴムボートを置いておいたのだろう? それに、2人は海に向かって走って行ったが、もしゴムボートがなかったら、どうするつもりだったのだろう。この部分は、この映画独特の突飛なエンディングと直結する部分なので、敢えて疑問をぶつけてみた。一方、火の点いたバンガローからは、4人の男性と、マリヤを除く3人の女性が退避する(3枚目の写真)。
  
  
  

それを、マリヤは、サマーハウスから見ている。その間に、ゴムボートは沖に向かってどんどん進んで行く。トピオとマリヤとウーラは、2人の子供の行方を必死になって探す。マリヤは、浜辺に残された2人の靴を見つける(1枚目の写真)。これは、2人が海に入っていった証拠だ。マリヤが、ここにゴムボートを置いてあったのを知っていれば、2人がボートに乗って行ったことが分かったハズだ。マリヤは、海に向かって叫ぶ。それに気付いたトピオは、2人の名前を呼びながら海に入って行く(3枚目の写真)。そして、「怒らないから、戻っておいで!」と叫ぶ。しかし、ボートの姿はもうどこにもない。
  
  

沖に出たボートの中では、遥か遠くから小さく聞こえてくる声を耳にし、交代で喚き始める(1枚目の写真)。「くたばれ!」。「失せろ!」。「色情狂!」。「娼婦!」。「ろくでなし!」。「下道!」。「毛むくじゃら!」。ヴェサの最後の喚きに、カルロが笑い、それに釣られてヴェラも笑う。しかし、すぐに真面目な顔に戻る。カメラは、ボートからどんどん遠ざかっていく(2枚目の写真)。この先、2人はどうするのだろうか? 岸に戻り、大人たちは反省するのだろうか? それとも、このまま漕ぎ続けてどこかに上陸し、2人だけで生きていくのだろうか? いずれにせよ、思いもつかないエンディングだ。
  
  

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