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Padrenostro パードレノストロ/僕らの父さん

イタリア映画 (2020)

監督のクラウディオ・ノーチェ(Noce)が2歳の時(1976年12月14日)、彼の父、ラツィオ州〔ローマのある州〕のテロ対策班の責任者アルフォンソ・ノーチェの車が5人のNPA(武装プロレタリア組織)のテロリストに機関銃で襲われ、警官1人とテロリスト1人が死亡するという事件が起きた。監督の衝撃は大きく、その時の体験を11歳の兄と重ね合わせ、襲われた父をアルフォンソ・レ・ローゼと姓を変え(職業も高位の警官から裁判官に変更)、2人の息子を10歳のヴァレリオに凝縮させる映画を製作させた。映画は、2020年のヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞にノミネートされ、受賞は逃したものの、最優秀男優(父のアルフォンソ役)と最優秀撮影(La Pellicola d'Oro Award)に輝いた。映画の前半では、事件の際に受けた心の傷をストレートに描き(1976年の春に繰り上げている)、後半は、場所をイタリア半島南端のカラブリア州リアーチェ〔Riace〕に移し、父子のより複雑な心理的葛藤を描いている。ある意味、監督がずるいのは、映画の冒頭、ヴァレリオにイマジナリー・フレンドがいるシーンを入れ、襲撃事件の衝撃で一旦は消えてしまったイマジナリー・フレンドが、①ヴァレリオは襲撃を目撃したのに、母から事件の詳細を全く教えてもらえないことからくる強い不安感と、②キリスト教系の学校の級友から受けた心ない仕打ちのせいで、新たにクリスチャンという14歳のイマジナリー・フレンドが誕生したと思わせるところ。クリスチャンは、突然消えたり、現れたり、大木の下で暮らしていたりして、如何にもイマジナリー・フレンドらしい。代表的なレビュー、“The Guardian”では、「クリスチャンはイマジナリー・フレンドだと、観客に信じさせる」、“Variety”では、「クリスチャンは、幼い少年の空想のように思われる」、“Hollywood Reporter”では、前半のクリスチャンとの別れを 「もし、実在したとしても、いなくなる」と評している。あらすじの中で詳しく述べるが、実際には、ヴァレリオの前に突然現れるクリスチャンは、死亡したテロリストMontanariの息子。それは、映画の最後の方に出てくる “クリスチャンの誕生日” の写真から明らかになるのだが、①路上に倒れたMontanariの死体を、イタリアルネサンス期の画家マンテーニャの作品の頂点「死せるキリスト」に表象させていることや(監督インタビューによる)、②ヴァレリオがローマの街路でクリスチャンの死んだ両親を見かけるといった一種の “お遊び” から、既に “クリスチャンは実在の人物” という “種” が植え付けられていることが分かる。映画の後半で、クリスチャンが最初に現れた時、当時の時刻表で、7時間以上も汽車に揺られてローマからラメーツィア・テルメ〔Lamezia Terme〕まで行き、そこからローカル線でカタンツァーロ〔Catanzaro〕まで1時間、さらに乗り換えて約50キロ先のリアーチェ・マリーナ〔Riace Marina〕まで、本当に来たとは信じられない。それに、ヴァレリオの実家はリアーチェ・マリーナにあるわけでもない(田舎の一軒家)。だから、突然の出現は、イマジナリー・フレンドだと観客に確信させるが、そのあと、クリスチャンがヴァレリオの父や母と会って話をするようになると、“これは夢か”、“ヴァレリオの目にそう見えているだけなのか”、“父や母は幽霊なのか” という疑問が湧いてくる。監督インタビューでは、「多くの人が、クリスチャンが本当に実在するか否か問いかけるのを止めた」とある。“Variety”では、「クリスチャンは実在するのか、空想の虚構に過ぎないのか、観客を惑わせる」と逃げ、“Hollywood Reporter”では、「監督はこの難問で我々をからかっている」と批判している。しかし、クリスチャンは実在する。ヴァレリオを使って教会の献金箱から盗ませたお金で汽車に乗り、何とかヴァレリオの実家を探し当て、ヴァレリオに再接触する。その目的は定かではない。ただ、映画の題名が「Padrenostro」と、“nostro(僕らの)” と複数形になっていることは、アルフォンソは、実父を亡くしたクリスチャンにとっても、父のような存在になっていた可能性を示唆している。

映画の内容を簡潔に示すこの部分では、前節と違い、観客が見ているようなスタイルで記述しよう(冒頭と末尾の現代の部分は省略)。10歳のヴァレリオは、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂を遠望できるBelvedere di Via Piccolominiという眺望のよい高台にあるマンションの最上階に、有名な裁判官の父と、ドイツ生まれの母と、妹の4人で住んでいる。参考までに、この通りからの大聖堂を撮った数多くの写真の中で、最も印象的だったものを下に示す。これは、望遠レンズで撮られたため大聖堂が間近に見えるが、実際には、1.4キロ離れている。ある個人のブログによれば、「魔法! ドーム〔大聖堂〕から離れるほど、ドームは近くに見え、近づくほど小さくなる。百聞は一見にしかず!」などと書かれている。一度行ってみたものだ。ヴァレリオには、イマジナリー・フレンドがいて、マンションの屋上の保管室の奥を秘密の部屋にし、そこで空想の友と遊んでいる。そのためか、彼が通うキリスト教系の学校では、親しい友達が誰もいない。イタリア人には見えないため敬遠されているのだろうか? ヴァレリオは、典型的なイタリア人の父アルフォンソが、ドイツ人の血筋の母よりも大好き。しかし、ある朝、その大好きな父が出かけようとした際、テロリスト集団の銃撃に遭うのを見てショックを受ける。ヴァレリオは、駆け付けた門のところで、父がどうなったのかは見えなかったが、テロリストの一人が撃たれて息を引き取るのを見る。ヴァレリオは一人家に取り残され、父がどうなったか誰も教えてくれる人もなく、その心配が昂じてイマジナリー・フレンドまで消えてしまう。こうして1日が過ぎ、翌朝母は戻ってきていたが、何が起きたのか、父がどうなったのか、教えてくれない。TVもみ見られないよう、居間に鍵がかかっていたが、ヴァレリオは何とか鍵を探し出してTVを見るが、テロのニュースはあるものの、父がどうなったかが言及される前に母に見つかり、TVを消されてしまう。情報砂漠に置かれたヴァレリオは、父が病院から帰宅したことでようやく解消されるが、父の鞄の中に拳銃を見たヴァレリオは、父がまた襲われるのではと不安にかられる。父が帰宅し、久し振りに学校に行ったヴァレリオは、心ない同級の生徒からの言葉に傷付く。その最悪の状況で、突如ヴァレリオの前に現れたのがクリスチャンという14歳の少年。ヴァレリオがBelvedereでサッカーボールを蹴っていると、あまりの下手さを笑い、上手な見本を示し、ヴァレリオが現われると、いなくなる。まさに、新しいイマジナリー・フレンドだ。クリスチャンは、つまらない学校の授業中にも、窓の外の街路に現れ、ヴァレリオは学校を抜け出して行動を共にするが、ヴァレリオが教室に残してきたノートにテロの俯瞰図が描かれていたことが分かり、父はヴァレリオの行方を必死になって探す。結局、ヴァレリオがいたのはマンションの前のBelvedereで、彼はクリスチャンに襲撃の模様をチョークで道路に描き、死んだテロリストがどこにどのように横たわっていたかも白線の輪郭で描き、そこに横たわって、断末魔の様子を演じてみる。そこに、父の車が到着し、父は、息子がすべてを見ていたことを知り、新たな衝撃を受ける。なお、クリスチャンは、父の出現と同時に消えていた。父と母は相談し、ヴァレリオをこのままローマには置いておけないと判断し、父の実家であるカラブリア州まで一家で移動することにする。ここからが映画の後半となる。カラブリアの明るい空ときれいな海のお陰に加え、いつも父がそばにいてくれることでヴァレリオは元気を取り戻すが、父が用事でローマに帰ったと聞くとすごく不安になる。そして、何もかも忘れようと自転車で走っていると、クリスチャンとすれ違い、慌てて振り返ると、誰もいない。もう一度前を向くと、そこにはクリスチャンが立っていて、汽車に乗ってはるばる会いに来たと言う。ヴァレリオは、クリスチャンをとっておきの危険な場所に連れて行き、父から聞いた伝説を話す。しかし、そのあと、クリスチャンをイマジナリー・フレンドのように扱おうとすると、わざわざ来たんだから、寝る場所を用意しろと言われ、祖父の家の屋根裏に連れて行く。しかし、クリスチャンはそこでも満足しない。ローマから戻って来たアルフォンソの前に現れ、強制認知を迫る。クリスチャンの姿がアルフォンソにも見えたことで、“クリスチャンは実在する” というショックが観る者を襲う。クリスチャンは、翌日の親戚の集いに招待されるが、その場の余興で行われた、アルフォンソとクリスチャン、アルフォンソの弟とヴァレリオのペア同士によるサッカー決戦。ヴァレリオはクリスチャンにことごとく負け、憎しみさえ覚えてしまう。クリスチャンはヴァレリオの部屋で一緒に寝ることに違和感を覚え、家の外のベンチで寝るが、朝になってそれがアルフォンソに見つかり、逆に気に入られて家族同様の朝食がヴァレリオ抜きで始まる。ヴァレリオの反感はますます募る。そして、父とヴァレリオとクリスチャンの3人でのボート遊び。ここで、2人の間には決定的な亀裂が生じる。翌朝、ヴァレリオは、クリスチャンが残していった新聞を見て驚き、彼が行ったであろう “とっておきの危険な場所” に直行する。一方、ヴァレリオの父も、新聞の中に挟まっていたクリスチャンと、自分を襲撃して射殺されたテロリストの家族写真を発見し、ヴァレリオが危険な目に遭うかもしれないと恐れ、後を追う。そして、3人が危険な崖の上に集まった時…

ヴァレリオ役のマッティア・ガラーチ(Mattia Garaci)に関する情報は、ほとんど皆無。Studio Segreという業界エージェンシーによれば、言語として、「ドイツ語(母国語)」とある。でも、名前はイタリア人のものなので、母親がドイツ人で、イタリア人と結婚してイタリア籍になったのであろうか? 因みに、映画の中で叔父はヴァレリオのことを2回ドイツ人と呼ぶ。これは、映画の中でも、父アルフォンソがドイツ人の母と結婚したことを暗示しているのだろうか? 非常にきれいな金髪・碧眼で、北欧系にすら見えてしまうのは、そのせいであろうか? マッティアは、外見もきれいだが、顔の表情も豊かで、この映画の不思議な雰囲気を盛り上げるのに大いに貢献している。下の写真は、ヴェネツィア国際映画祭のレッドカーペッド上での一コマ。

あらすじ

現代のローマの地下鉄内部。1人の冴えない中年男が座っている(1枚目の写真)。何の説明もないが、この男こそ、1976年に10歳だったヴァレリオの成れの果て。あんなにきれいな淡い金髪が、こんな色に変色するのだろうか? 監督のクラウディオ・ノーチェは、自分の分身に、なぜこんな冴えない俳優を使ったのだろう? 彼は、同じような衝撃を受けたにもかかわらず、溌剌とした風貌の男性なのに。そして、この年配のヴァレリオが列車の進行方向斜め後方の座席を見た時、ある男に注意を惹かれる。これも、何の説明もないが、1976年に14歳だったクリスチャンで、ヴァレリオと違ってネクタイをしていないのでサラリーマンではないようだが、“冴えない” という感じはしない。それにしても、これが43年ぶりの再会だというのに、面影もない男をどうやって見分けのだろう? 映画では、何度も書くが、説明は一切ないので、“最初の男” が、面識はあるが それほど親しくもなり “第二の男” を見つけたという状況なので、そうした矛盾は感じない。“第二の男” が 「次の出口は右側です」 というアナウスを聞き、席を立って進行方向と反対の右側の出口に向かって歩き始める。“最初の男” が後を追うように出口に向かうと、“第二の男” がそれに気付いたような顔を見せる(2枚目の写真、矢印)。“第二の男” が後部車両の最前列出口から降りると、“最初の男” は、1両前の車両の最後尾出口から降りる。ところが、ホームの後部を見ると、どこにも他に出口はないのに、“第二の男” の姿はない(3枚目の写真)。それは、ちょうど、クリスチャンが突如として現れ、いつも間にかいなくなるのと、よく似ていた。

「1976年春」と表示され、健康診断のためにバスローブをまとった小学生が並んでいる。「レ・ローゼ君」と修道女の看護婦が呼び、前に進み出たヴァレリオに、医師が、「バスローブを脱いで、台に横になって」と言葉をかける。医師は、「30センチ上に」と言い、その時、ちょうど子役の「Mattia Garaci」の名前が表示される(1枚目の写真)。医師は聴診器を当て、身長を測り(144㎝)、誕生日を尋ね(1965.8.1)(2枚目の写真)、「金髪… 目は…」と考えていると、ヴァレリオは「緑?」と訊くと、医師は顔を近づかせ、「青」と言う。そして、最終的に 結果を書いた両親への報告書を手渡す(3枚目の写真、矢印)。

次のシーンでは、ヴァレリオが小さな妹と一緒にお風呂で遊んでいる。バスタブから出る時にシャワーで洗ってやるのは、母親の役目だ。それが終わると、兄妹は、TVの置いてある居間で、それぞれ好きなようにして遊ぶ。ヴァレリオは、絵を描くのが好きだ(1枚目の写真)。そこに、母がやってきて、「いらっしゃい。夕食よ」と呼ぶ。キッチンの食堂で、母は、ヴァレリオに、「あなた痩せ過ぎよ。もっと食べないと」と言って(2枚目の写真)、いつもより多めの料理を皿に載せる。ヴァレリオが、母がお手伝いの若い女性と話している隙に、自分の皿から肉の塊を手で取り上げ(3枚目の写真、矢印)、膝の上に置いた雑誌に挟む。

食事が終わると、ヴァレリオは雑誌を持ったまま 広いテラスに出て、そこからテラスの屋根に登り(1枚目の写真)、屋上の物干し場の奥にある物置に入ると、換気口の網を外し、そこから秘密の隠し部屋に侵入する(2枚目の写真)。そして、「やあ、元気かい?」と声をかけると、「いい物持って来たよ」と言って肉を皿に載せ、サッカー・ゲームのボードと対戦相手の前に置く(3枚目の写真、矢印)。「いいから、食べてよ。僕は もう十分食べたから」。これが、ヴァレリオのイマジナリー・フレンドだ。ヴァレリオは、空想上の相手とゲームを始める。このシーンは、解説でも述べたように、ヴァレリオにはイマジナリー・フレンドを持つ習慣があることを観客に示唆するため挿入されたシーンだ。

ヴァレリオがゲームに熱中していると、聞き慣れた車の音がする。ヴァレリオが狭い窓の隙間から覗くと、白のアルファ・ロメオがやって来て、門の前に停車し、助手席側後部座席から警備員が降りて、助手席に乗っている父を降ろすためにドアを開けるのが見える(1枚目の写真)。ヴァレリオは、イマジナリー・フレンドに向かって、「チャオ、また明日」と声をかけて換気口から出る。ヴァレリオが居住区に降りて行くと電話が鳴っている。母が電話を取った音が聞こえる。「ええ、彼、今 戻ったわ。今すぐ代わるから」。ヴァレリオは、別の受話器をそっと持ち上げて耳に当てる。すると、大好きな父の声が聞こえてくる。「もしもし」。相手の話して聞いていて、「いつものようにやれ」(2枚目の写真)。最後は、「ありがとう、マンキューゾ」。そして、受話器が置かれる。ここまでも、相変わらず説明はない。この父親は、風貌から裁判官には見えないので、マフィアかと思ってしまう。ヴァレリオも、そっと受話器を置く。キッチンから、父と母の会話が聞こえる。「夕食は何だ?」。「チキンカツとフライドポテトよ」。そこに、ニコニコしながらヴァレリオが入って行く。父は、口癖の、「よお、ヤングマン〔giovanotto〕」と声をかける。ヴァレリオは、「これ、パパに渡さないと」と言って、医師にもらった封筒を渡す。何でも父親優先のヴァレリオに対し、母は 「なぜ、先に私に見せなかったの?」と非難めいて言い、封筒を受け取って読み上げる。「軽い心雑音」。父は、「問題ない。私も小さい時、そうだった。他には?」と、援護。「身長144、体重31」。父はヴァレリオを座ったまま持ち上げて、「ちゃんと測ったのか? 鉛みたいだぞ」と、嬉しそうに言う。「身長の方は」。「まだ しばらく、スタジアムのチケットは要らないな」。「なぜ?」。「150までは無料だからさ」。「いつ行けるの?」。「次の日曜だ。それまでに150を超えてなければな」。それを聞いたヴァレリオは、幸せそうな顔になる(3枚目の写真)。

翌朝、ヴァレリオが眠っていると、ラジオが7時30分を告げ、銃声が響き渡る。その音で目が覚めたヴァレリオは、慌てて飛び起きると、引き違いのテラス窓からテラス(5階)に飛び出て行き、下の様子を見る。母も同じようにテラスから見ているが、斜め後ろにヴァレリオには気付かず、「アルフォンソ!!」と叫ぶ。ヴァレリオの視線から見た下の様子を1枚目の写真に示す。テロリスト3人は①の白いバンから出てきて、②のアルファ・ロメオの助手席に乗ろうとした父を殺そうとした(③は、2枚の写真に出てくる門)。矢印で示したテロリストが撃たれて死亡する〔テロ犯の流れ弾が当たったのか?〕。この構図からは、父がどうなったのかは分からない。母は、もう一度 「アルフォンソ!!」と叫ぶと、テラスから室内に戻り、階段を5階から1階まで駆け下りて玄関に向かう。ヴァレリオも後に続くが、ここでも母はヴァレリオに気付かない。母は、玄関から門まで一気に走り、正面に停めたあったアルファ・ロメオの助手席に向かう(2枚目の写真)。しかし、門まで行ったヴァレリオが目を留めたのは、車の左側に倒れていたテロリスト。死体を見るのは初めてなので、ヴァレリオは門の鉄柵越しに、凍り付いたような目で死体を見つめる(3枚目の写真)。彼が見ていた死体は、テロリストMontanariの死体(4枚目の写真)。解説で述べたように、映画の最後の方に出てくる “クリスチャンの誕生日” の写真と、死体の顔の向きを変えた写真を並べたものを5枚目に示す。この段階では、クリスチャンもまだ登場していないし、ましてや、この写真もないので、観客には分からない。敢えてこの段階でネタバレしているのは、映画を正しく理解して欲しいから。

右の絵は、解説で言及したマンテーニャの「死せるキリスト」。ここの方が、上の4枚目の写真と対比しやすいので、この節の冒頭に置いた〔縮れた髪の毛と、横を向いた顔は似ているかもしれないが、テロリストとキリストを同定するのもどうかと思う〕。ヴァレリオは隠し部屋に行くと、一切の紙を剥がし(1枚目の写真)、床に座り込む(2枚目の写真)。イマジナリー・フレンドは、あまりのショックで消えてしまい、ヴァレリオは、「どこにいるの?」と悩む(3枚目の写真)。「お願い、戻ってきて」。

翌朝、ヴァレリオは起きるとすぐ、昨日何が起きたのかTVを見ようとするが、居間には鍵が掛かっていて入れない。キッチンからは、母とお手伝いの女性が話す声が聞こえる。「何か連絡をくれるといいんだけど」。そこに、ヴァレリオが、「ママ」と言って入ってきて(1枚目の写真)、母に抱き着く。そして、「なぜ、起こしてくれなかったの?」と訊く。「今、帰ったとこよ」。「パパは、いつ戻るの?」(2枚目の写真)。この真剣な問い掛けに、母は 「ケティ、ミルクの用意をお願い」と質問を無視する。ヴァレリオは、さらに、「なぜ、家の前にずっと車が停まってるの? 誰なの?」と訊くが(3枚目の写真)、今度は、お手伝いのケティが、「パパのお友だちで、パパを待ってるの」と誤魔化す。母は一切答えない。代わりに、学校のクラスから届いたとして1枚の紙を渡す。そこには、「Ci manche. Torna presto(寂しいよ。早く戻って)」と書かれていた。父がどうなったか、誰も教えてくれないのに、こんな紙だけ届けられ、ますます心配になったヴァレリオは、紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。

昨日起きたことがどうしても知りたくなったヴァレリオは、居間の鍵を探し出し、中に入るとTVを点ける。「道路はすぐに封鎖されました。警察は、実際に起きたことを再構築しようと試み、目撃者を捜しています。襲撃が行われた通りにあるビルの管理人は、15日ほど前に2人の男に襲われました。2つの事件には関連があると目されています。管理人が、殺害されたテロリストを、15日前の2人の男の1人だと確認したからです…」。ヴァレリオが真剣な顔でTVを見ていると、いきなり居間のドアがバタンと開き、母が急いで入って来るとTVを消す。そして、「こんなもの見たがるなんて」と叱る。「見たいよ…」。「鍵はどこで?」。「パパはどこ?!」。「鍵を掛けてあるのに、勝手に入るなんて!!」。「パパがどこにいるのか知りたい!」。「おやめ!」。「教えてよ!!」(2枚目の写真)。「お黙り!」。そう怒鳴ると、母はヴァレリオの頬を思い切り引っ叩く(3枚目の写真)。あまりの理不尽さに、ヴァレリオは母を恨むように見ると、そのまま部屋を出て行く。自分がやってしまった行為に気付いた母は、「ヴァレリオ!」と呼び止めるが、彼は自分の部屋に走って行くと、ドアをバタンと閉める。

その夜、母が祖母に電話しているのを、情報を得ようとヴァレリオがこっそり見ている(1枚目の写真)。そこで話されたことは、①「ええ、彼は、その場で死んだの。子供はなかった」〔警護の人のこと〕。②「とっても遠いから、パパ〔祖父〕に運転して欲しくない」。③「いいえ、子供たちは 何も見てない」〔ヴァレリオは、事件を目撃していないと思っている〕。ヴァレリオは、父のことが何一つ話題にならなかったのでがっかりする。翌朝、母が部屋に入ってきて、「お早う」と声をかけても、ヴァレリオは冷たい視線を投げかけただけ(2枚目の写真)。それでも、母が近くに寄ってきたので、「パパはどうなったの?」と尋ねる。それに対し、母は初めて本当のことを言う。「手術を受けたわ」。「どんな手術?」。「そんなことは大事じゃない。大事なことは、大丈夫だってこと」。「じゃあ、なぜ、家に帰って来ないの?」。「そうね… あなたがドレスアップして、私に笑顔を見せれば、すぐに帰ってみえるわよ」。そう言うと、母は、ヴァレリオのシャツを脱がし始め、上半身をくすぐって笑顔にさせる(3枚目の写真)。

3人がドレスアップして待っていると、玄関のドアの鍵が外から開けられ、父が入って来る。嬉しそうな顔でじっと父を見つめているヴァレリオに対し、父はいつも通り 「ヤングマン」と言い、ヴァレリオは「今日は〔Ciao〕」と応じる。父は寄ってくると、「家長の役を果たしたか?」と声をかけるが、何も教えてもらえなかったヴァレリオには返事のしようがない。それでも父は、銃弾を受けた傷はまだ痛いだろうに、抱きしめてくれる(1枚目の写真)。そして、助手に鞄を持って来させると、中からプレゼントとしてジョルジョ・キナーリャ〔Giorgio Chinaglia〕のサイン入りサッカーボールを取り出し、「この前の日曜の試合で使ったボールだ」と自慢げに話す(2枚目の写真)〔キナーリャは、ローマを本拠地とするサッカークラブチーム「ラツィオ〔Lazio〕」のスター・プレイヤー〕。素晴らしいお土産なのだが、ふと鞄の中に目をやったヴァレリオは、そこに拳銃が入っているのを見て暗い顔になる(3枚目の写真)。「どうした?」。ヴァレリオは、そのまま、そこから立ち去る。

夕食の席。ヴァレリオは、拳銃以来、心配で冴えない表情のまま。食欲もない。そこに、玄関のチャイムが鳴り、全員が緊張する。母が見に行くが、ヴァレリオは明らかにビクビクし、目を閉じて祈る。しかし、心配は杞憂で、それは父の親友2人だった。ヴァレリオはホッとする(1枚目の写真)。2人の客のうちのフランチェスコは、アメリカ製の8ミリシネカメラ〔Bell & Howell 339 Autoload Focus-Matic Camera〕を持参し、撮影をヴァレリオに任せる。みんなの楽しそうな顔をアップで撮っているうち、ヴァレリオの気持ちも収まり、笑顔が戻る(2枚目の写真)。家族同士での団欒(らん)の時間が終わると、父と2人の3人でのカードゲーム。そこでの会話。父:「彼らは、前の晩に警告を受けていた」。フランチェスコ:「だが、報告は毎日来る。どうやって見分けられる?」。「子供たちを学校に連れていけるかな?」。「子供たちは、何か見たかね?」。「いいや、2人とも眠ってた。何も見てない」(3枚目の写真)〔妻が思い込んでいる事実でない話を鵜呑みにしている〕。ヴァレリオは、漏れ聞こえてくる話に、再び憂鬱な顔に戻る(4枚目の写真)。

翌朝、ヴァレリオが洗面所に行くと、父がラジオを聴きながら髭を剃っている。ヴァレリオが斜め背後からじっとその様子を見ていると、鏡に映ったのか、父が 「お早う、ヤングマン」と言い、ヴァレリオが「チャオ」と応じる。父は、「今日から、お互い再出発だ」と言い、ヴァレリオは頷く。ヴァレリオが じっと見ていると、剃刀を持つ父の手が滑って皮膚が切れる。ヴァレリオは、心配して身を乗り出す(1枚目の写真)。父は、ヴァレリオに石鹸を取って来させ、水で湿らせ、それを傷口にしばらく当てる。「どうだ? もう治ったろ」(2枚目の写真、矢印は傷)。そして、石鹸をヴァレリオに渡す(3枚目の写真、矢印)。このシーンを見ると、ヴァレリオにとって父が偶像的存在だと分かる。

事件以来 初めて学校に戻ったヴァレリオは、みんなの拍手で迎えられる〔担任が命じたもので、自主的な拍手ではない〕。拍手が終わると、担任は、「皆さん、なぜヴァレリオ君が学校を休んでいたか知っていますか?」と問い掛ける(1枚目の写真)。「ヴァレリオ君のお父さんがどんな人か知っていますか? ヒーローなんです」と紹介し、また拍手が起きる。次のシーンは、ランチタイムの食堂。ヴァレリオの前に、2人の生徒がトレイを持ってきて座る。ヴァレリオの正面に座った生意気そうな生徒が、「なんで お前の親父がヒーローになるのか、教えろ」と咎めるように訊く。ヴァレリオは下を向いたまま、「知らない」。右の生徒は、「母さんは、君は学校にいるべきじゃないって言ってたぞ。そうなのか?」と訊く。ヴァレリオは何も言わない。最初の生徒が 「俺の目を見ろ」としつこく迫る。「お前に話してるんだ。目をちゃんと見ろ」。ヴァレリオは、いきなり立ち上がると、食べていた皿を正面の生徒に向かって飛ばす。当然、制服は汚れる。怒った生徒は、「お前の親父はヒーローなんかじゃない、評判は最悪だ〔infame〕」と こき下ろし、頭にきたヴァレリオはその生徒に突進していき、上に跨って殴り始める(3枚目の写真)。修道女が飛んで来て、ケンカを止めさせ、ヴァレリオを連れ出す。父が、ヴァレリオを引き取りに学校まで迎えに来て、家に戻される。

家に戻ったヴァレリオは、父にもらったサッカーボールを手にすると、門を出たところでボールを蹴り始める。ただ、上手ではないので、ボールが高く上がってしまう(1枚目の写真)。すると、背後から笑い声が聞こえ、ヴァレリオが振り向くと、「ホント、下手だな。保証付き」と年上の少年〔解説で述べたクリスチャン〕が言うと(2枚目の写真)、柵を乗り越えて道路に入ってきて、「ボール、貸して。盗らないから」と言ってボールを取る。因みに、この場所は、ニコロ・ピッコロミニ通り〔Via Nicolò Piccolomini〕の外れで、遠くに見えるバチカンのサン・ピエトロ大聖堂の南西1.4キロに位置する。3枚目の写真は、その地点でのグーグル・ストリートビュー。この位置に立って90度時計回りに回転した場所の景色が4枚目の写真。これは、少年が非常に上手にボールを足で小刻みに蹴ってヴァレリオを驚嘆させた後、最後に思いきり高く上げてヴァレリオの家のある敷地内に入れた時の5枚目の写真(矢印はボール)と同じ場所だ。これから見ると、ヴァレリオの一家が住んでいるのはマンションの5階右半分で、先に出てきた門はこのマンションの専用ゲートということになる。

ボールが、敷地内に入ったのを見て、少年が思わず笑う(1枚目の写真)。その直後、母の「ヴァレリオ」と呼ぶ声がして、母が門から出てくる。ヴァレリオは、母の方を見る(2枚目の写真)。「どこにいたの? どこにもいないんだから!」。「ママ、僕はここでボールを…」と言いながら振り返って少年を紹介しようとするが、姿はどこにもない(3枚目の写真)。映画を初めて観ていると、この “少年” は、映画の最初にヴァレリオが屋上の隠し部屋で遊んでいたイマジナリー・フレンドの “可視版” だと思えてしまう。ヴァレリオには見えて、母が出てくると、たちどころに消えてしまうので… ところで、この少年クリスチャンは、なぜここにいたのか? 自分の父親が射殺された場所を見に来ただけなのか、事前に父親から襲撃計画を聞かされていたのか? 前者の場合、ヴァレリオが襲撃対象の裁判官の息子だとは知らなかった可能性が高い。後者の場合は、裁判官の病院からの帰宅を監視したり、ヴァレリオを学校まで送って行ったのを見ていて、ヴァレリオの素性を知っていた可能性は高い。恐らく後者であろう。姿が消えたように見えたのは、ヴァレリオの母が姿を見せた瞬間に並んでいるマンション居住者の車の間にでも隠れ、そこから柵を越えてその先の斜面を降りて逃げて行ったのであろう。

翌日の学校。ヴァレリオは授業に集中できなくて、机のすぐ左側が窓なので、外を見ている。すると、昨日会った少年が学校のすぐ前の道路にいるのを気が付いて微笑む(1枚目の写真)。少年は、サッカーボールを手に、 “こっちへこいよ” とばかりに手招きしている(2枚目の写真、矢印はボール)。ヴァレリオは、放課時間になると、制服を柵の下に押し込み、普段着姿になって学校の柵をまたぎ(3枚目の写真)、コンクリートの壁はジャンプしてその下の道路に降りる。この場面で、クリスチャンがヴァレリオのサッカーボールを持っていることから、初見の観客は、彼がイマジナリー・フレンドだという確信を得る。というのは、ボールはマンションの敷地内に落ちたので、それを簡単に手に入れられるのは、空想上の人物だけだからである。実際には、前日、ヴァレリオは母が呼びに来たので一緒に部屋まで行ってしまい、その隙にクリスチャンがボールを回収したのであろう。また、ヴァレリオの学校の場所を知っていたのは、前節で書いたように、ヴァレリオの父が学校まで送って行った時に、盗んだ自転車にでも乗って後を追い、どこの教室に行くかまでチェックしていたのであろう。

道路で再会するとすぐ、“少年” は、「俺はクリスチャンだ」と自己紹介。ヴァレリオも自分の名前を言い、握手する(1枚目の写真)。「手が汚いね」。そう指摘されたクリスチャンは、手をジーンズで払う。すると、柵の向こうからこちらを見ている2人の生徒に気付く〔昨日、ケンカした2人〕。「あついら 誰だ?」。「さあ」(2枚目の写真)。2人の生徒の目線がヴァレリオに向いているのは、クリスチャンがイマジナリー・フレンドで、存在しないことを強調しようとする演出か? ヴァレリオ:「どこに行くの?」。クリスチャン:「ブラブラ。けど、どこか行きたいんなら…」。2人は仲良く肩を組んで歩いて行き、バスに乗ってカランドレッリ通り〔Via Calandrelli〕を城塞の壁が跨いでいる場所まで行く(3枚目の写真)。この場所は、ヴァレリオのマンションの東南東1.7キロにあり、グーグル・ストリートビューだと全体の様子がよく分かる(4枚目の写真)。

一方、ヴァレリオが抜け出した学校。次の授業に入ってきた教師が、ヴァレリオが席にいないことにすぐ気付く。机の上には持ち物がそのまま残っている。開いたままのノートには、襲撃事件の際の絵らしきものが描かれていたので(1枚目の写真)、教師はすぐヴァレリオの母に電話する。それを受けて父アルフォンソが仕事場から学校に直行しノートと私物を受け取る(2枚目の写真)。母が車で外出しようとしていると、やって来た夫の部下から、「レ・ローゼ博士に命じられて来ました。一緒にお越し下さい」と声を掛けられる。そして、次の場面ではアルフォンソと妻の乗ったアルファ・ロメオを先頭に、白い車、パトカーと3台が走る(3枚目の写真)〔しかし、この車列はどこに向かって走っているのだろう? 父が学校を出た後、母は自宅マンション前で別の車に乗せられた。ところが、この車列は最終的に自宅マンションに着く。学校と自宅マンションのルートに沿って、ヴァレリオを捜して走っていたのだろうか? どこか矛盾しているような…〕

カランドレッリ通りで降りたヴァレリオは、初めてみる街並みに興味津々で見ている。すると、通りがかったオープンカーの女性が笑顔で手を上げる(1枚目の写真)。この何気ない光景はヴァレリオの笑顔を引き出すためのものと受け取られてしまうが、実はそうではない。ここでも、映画の最後の方に出てくる “クリスチャンの誕生日” の写真と、女性の顔を対比して示そう(2枚目の写真)。これは、クリスチャンの母で、今は生きていないだろうから、“監督のお遊び” としてチラと見せたのだろう。この直後、今度はヴァレリオがドキリとする(3枚目の写真)。襲撃の際に斃れたテロリストの顔に似た男が、車が通り過ぎた向こうを、鋭い目つきでヴァレリオを見ながら歩いて行ったからだ(4枚目の写真)。もう一度、映画の最後の方に出てくる “クリスチャンの誕生日” の写真と、男の顔を対比して示そう(5枚目の写真)。死んだハズの男がここでも、気付かないうちにチラと顔を見せる。これも “監督のお遊び” なのか?

2人は、当時としてはモダンな、現代から見れば陳腐なデザインの教会に入って行く〔場所不明〕。ヴァレリオが風変わりな教会の構造に見とれていると、クリスチャンが止めさせて教会の奥に入って行く。ヴァレリオは、「そこは入っちゃいけないよ」と言うが、クリスチャンは構わずに侵入し、台の上に置いてあった献金箱に手を突っ込んで、「金でいっぱいだ」と言いながらお札を取り出す(1枚目の写真、矢印)。クリスチャンは、お金を戻して蓋をすると、ヴァレリオに、「これ要るだろ?」と訊く。「でも、そんなことできないよ」。「行くぞ」。クリスチャンは箱を持って部屋から出て行くが、Tシャツの年配の男性から、「おい、ガキども、何にしとる」と責められると、「ほら、持ってけ。走れ!」と 卑怯にもヴァレリオに箱を押し付ける。ヴァレリオは、箱を抱えて教会の真ん中の通路を全速で走って逃げる(2枚目の写真)。男性はヴァレリオをどこまでも追いかけるが、その間、クリスチャンの姿はどこにもない。ところが、ある場所まで来ると、斜め横から突然クリスチャンが現れ、「こっちだ」と道の反対側に向かうように指示。その瞬間、横から車が飛び出してきて、追跡男性の針路を妨害し、クリスチャンに先導されたヴァレリオは 無事逃げ切ることができた。しかし、このエピソードほど奇妙なものはない。クリスチャンが途中で消えることで、イマジナリー・フレンドを強調したいのかもしれないが、逆に、このエピソードは、クリスチャンがイマジナリー・フレンドではないことを観客に最初に疑わせるものとなっている。なぜかと言えば、もしクリスチャンが現実には存在しないとすれば、ヴァレリオが自分の判断で教会の献金箱を盗もうとしたことになり、それはヴァレリオの性格設定や生活環境からあり得ない。ということは、クリスチャンは現実に存在し、一人暮らして金銭に困った彼が教会からお金を盗もうとしたことを意味する。クリスチャンはテロ犯の息子だから、父を死に追いやった間接的な責任者であるアルフォンソの息子に、献金箱を押し付けて逃亡させ、困らせようとしたのかもしれない。

クリスチャンはヴァレリオを斜面に生えた大木の根元に連れて行く(1枚目の写真)。根元に横になったクリスチャンの真上の枝には大きな布が影を作るように、あるいは雨避けおように拡げて掛けてあり、左側には睡眠用のハンモックもある。ヴァレリオは、「ここは何なの? つまり、僕をどこに連れて来たの?」と尋ねる。「俺の家〔casa〕だ」。「真面目に言ってよ」。「ホントさ。ここは俺の家なんだ」。そして、「ベッド、キッチン、トイレ」と指差す。「両親は?」。「親父はパイロットだ」。「お母さんは?」(2枚目の写真)。「女優。すごくきれいなんだ」。「僕のお母さんも女優なら良かったのに」。「お前は、聞いたこと何でも信じるのか?」。「何それ?」。「さっき、お前が走ってた時、幽霊みたいに見えたぞ」。「幽霊って、ホントにいるんだよ。僕、見たんだ」。「どこで?」。「カラブリアのリアーチェにある家の屋根裏で」。「どんなだった」。「よく覚えてない。まだ小さかったから」。「今は、どうなんだ」。「普通だよ。小さくも、大きくもない。君は?」。「さあな。俺は14だ。14は、どうなる?」(3枚目の写真)。「14なら普通だよ」。「じゃあ、俺たち2人とも普通だな」。そして、ヴァレリオの次の言葉。「でも、ここに住んでたんなら、君も見たんだろ?」。「何を?」。「銃撃」。これらの会話から、クリスチャンはニコロ・ピッコロミニ通りの柵を越えた所にいたことになる。一家の監視のためだろう

2人は柵を乗り越えてニコロ・ピッコロミニ通りに入る。ヴァレリオは舗装面の上に、色鉛筆を使って、どこに、どの車が停まっていて、悪い奴らが撃ち始め、いい人が撃たれ、応戦し、悪い奴が一人倒れた、と逐一早口で説明していく。そして、倒れた悪い奴の倒れた形を描くため、クリスチャンを仰向けに横にならせ、白墨で輪郭を描く(1枚目の写真)。そして、立たせると、今度は自分がその輪郭線の中に仰向けに横になり、実際にどう死んでいったかを実演してみせる(2枚目の写真)。普通に観ていると、なかなか観察眼が鋭いという印象しかないが、事実を知って見直すと、実の息子の前で、テロリストの父親が死んだ様を演じるのは、ヴァレリオは知らないまま、実に残酷な行為をしていたことになる。それを見ていたクリスチャンは辛そうで、最後には顔を背けるが、その理由は、事実を知って初めて分かる。そこに、3台の車が到着する。急停車した車から降りた父は、「ヴァレリオ!」と叫んで、横になった息子の所まで走ると、「一体何を考えてる?!」と言いながら抱き上げる。そして、「どうしてこんなことをする?!」と ヴァレリオの体を揺さぶりながら訊く。しかし、父の叱咤は、ヴァレリオが路面に横になっていたことに対するもので、路面に描いた絵に気付いたのは母の方。「アルフォンソ!」と注意を喚起する。父は、路面に描かれた詳細な絵を見て(3枚目の写真)、息子がすべてを見ていたことをはっきりと自覚する。3枚目の写真には、クリスチャンが手にしていたサッカーボールだけが残っていて、クリスチャンの姿はない。

その夜、父と母は話し合う。母は、「あの子には、心理学者が必要よ」と言うが、父は、「そうじゃない。彼には家族が必要なんだ」と反論する。「どんな家族? あなた、家には ほとんどいない。なのに、どうやって?」。さらには、「あの子は、すべて見てしまったのよ。それが、どういうことか分かる?」とも。「彼は若い。数年経てば すべて忘れるさ」〔監督は 忘れられなかったから、この映画を作った〕。「忘れることなんてできない。あの子には、誰かが必要。私たち、何もかも間違っていた」。「間違っちゃいない。大変だが、軌道修正するんだ。ここを離れよう」。「どこに?」。「カラブリアだ。一家で移ろう。私も一緒だ。ローマからしばらく離れるんだ」(1枚目の写真)。車の中は家族だけという方針で、父が運転する。車が曲がる時クリスチャンを見つけたヴァレリオは、嬉しそうに手を振る(2枚目の写真)。クリスチャンは、現れた時と同じ場所から消えて行った(3枚目の写真)。初見の人は、ここでイマジナリー・フレンドとはさよならしたと思い込む。実際には、木の下での会話で、“カラブリアのリアーチェにある家” の存在は聞いていたので、後を追うことになる。

父の運転するフィアットは高速道路を一路南下する。高速の総走行距離は528キロか542キロになる〔下りるインターによる〕。そこから、カタンツァーロまで一般道を南下して地中海に出ると、あとは海沿いに62キロでリアーチェ・マリーナ。途中で、短いトンネルが見えてくる(1枚目の写真)。これを通り過ぎて 次の長いトンネルに入った時、トンネル内で渋滞に巻き込まれる。トンネルの出口で死亡事故が起きたことによる一時的な通行止めによる渋滞なのだが、乗っている側にしてみれば、なぜ先が詰まっているのか分からない(2枚目の写真)。ヴァレリオは心配になり、息が荒くなってくる(3枚目の写真)。

すると、画面は再び襲撃の場面に変わり、今度はヴァレリオの視点ではなく、実際に起きたことが紹介される。テロリストたちはバンの中で外の様子を窺っている。そこに、マンションの玄関からアルフォンソが助手と一緒に出てくる。テロリストのMontanariが 「行くぞ」と言い、機関銃を手に持ちコッキング〔装填〕、目出し帽を被る。アルフォンソと運転手が白いアルファ・ロメオの助手席側に廻る。助手席のドアは開いていて、その向こうに運転手が座っているのが見える。バンからMontanari を先頭に3人のテロリストが機関銃を構えて飛び出してきて(1枚目の写真)、アルフォンソの背中に何発かが当たり、くずおれるように後部座席にしがみつく(2枚目の写真)。助手は車のトランクを廻って運転席側に隠れる。一方、運転手の顔に銃弾が当たる。誰が撃ったのかは定かではないが、Montanariが正面から被弾する(3枚目の写真)。2人のテロリストは、逃走用の自動車〔予め、運転手が乗っている〕に飛び乗って逃げる。駆け付けた母と被弾を免れた助手とアルフォンソの肩を両側から支え、別の車の後部座席に寝かせ、そのまま病院に直行する。この一連の映像が終わると、もう一度、過呼吸に苦しむヴァレリオに戻る。彼は、トンネル内に閉じ込められたことで、何か悪いことが起きるのではないかと怖れたのか? 単に “あの時” のことを思い出し、恐怖に苛まれたのか?

狭い車内では呼吸できないと思ったヴァレリオは ドアを開けてトンネル内に出る。そして、前方に向かって歩いて行く。しかし、トンネル内も、1976年の時点なら自動車の排気ガスでかえって息苦しいはず(1枚目の写真)。父が後を追いかけてきて、「ヴァレリオ!」と呼びかけるが、耳に入らずに歩き続ける。「今すぐ止まるんだ!」。ヴァレリオの息は次第に苦しくなり、お腹を押さえる。父はヴァレリオを捉まえると、自分の方に向かせる。「痛いよ。息ができない」。父は、ヴァレリオの手を取ると、自分の腹に当て、「お腹で息をしろ。ゆっくりとだ」と優しく話しかける(2枚目の写真)。「私を見ろ」。目と目がしっかりと合う。「良くなったか?」。「うん」。「じゃあ、戻ろうか」。父は、ヴァレリオの肩に腕をのせ、車に向かって一緒に歩く(3枚目の写真)。それから どのくらい時間が経過したのかは分からないが、車列が動き出し、一家の車もトンネルから外に出る。坑口の数十メートル先では、車が1台左側の柱にぶつかって大破し、白い布を被せられた父親の死体の横で、母子が抱き合って悲しんでいるのが見える。そして、夜も更け、真っ暗になった頃、2台の車〔いつも、後ろから警護用の車がついてきている〕が森の中の道を走っている。ヴァレリオは後部座席で横になって眠っている。やがて、目的地に着くと、「起こしましょうか?」という母の言葉に、「いいや」と言った父は、「さあ行くぞ、ヤングマン」と声をかけ、ヴァレリオを眠ったまま背負い、出迎えた祖母らにキスをする。そして、そのままベッドまで運んで行き、シャツを脱がせ、毛布で包み、優しく頬を撫でる。

ここからが、第2部〔ここまでの時間は57分。エンドクレジットを除けば116分なので、ちょうど半分〕。これまでの首都ローマと違い、イタリアの中でも最も田舎で人口密度の低い地域での、父と子のドラマとなる。ヴァレリオが朝起きて玄関を出て行くと、正面にあるのは大きな石造の井戸。空き地と言ったらいいか、庭と言ったらいいか分からないような場所を歩いていると、屋外階段を下りて来た祖母〔両手に朝食用の皿を持っている〕が、「お早う。起きたのね」と 笑顔で声をかけてくれる。「お祖母ちゃんにキスしてちょうだい」。そして、階段の下まで降りると、腕で挟んで抱き締め〔両手には皿!〕、「大きくなって」と嬉しそうに言って、頬にキス。母は、「起こさなかったのよ」と言ってキス。そして、後ろから突進してきたロロ叔父に体ごと水平に抱え、「このドイツ人〔tedesco〕は誰だ? 少なくとも40キロはあるな。待て待て、38.8だ」〔学校の測定では31〕。父は、「ロロ、やり過ぎると背中を痛めるぞ」と注意する。「ここにはテロリストはいないぞ」。「髪が白くなったな」。「いらぬお世話だ」。ヴァレリオはニコニコして聞いている。庭での朝食が始まり、そこに家長である祖父がやってきて先端の席に座し、ヴァレリオの妹、ヴァレリオの順でキスを受けに行く。祖父が食べ始めると〔他の全員はもう食べている〕、祖母が立ち上がり、「ひとこと言わせて。こうして全員がここに集い、幸せだわ。実は、あの事件の前夜、アレーデの夢を見たの。彼女は 『アルフォンソのことは任せて。心配しないで』と言った。彼女は、あなたの守護天使ね」と、息子のアルフォンソに言う。全員で、アレーデに乾杯する。ヴァレリオの妹が、「アレーデって誰?」と訊くと、母は 「あなたのパパのお母さんよ」と答える。「ううん、マリアおばあちゃんが パパのママでしょ」。「パパには2人のママがいるの。マリアおばあちゃんは育ての親。アレーデおばあちゃんは、パパを産んですぐ亡くなったの」。ヴァレリオは、生まれて初めてワインを飲ませてもらう。食事の後、ヴァレリオと父と母は仲良く踊る(2枚目の写真)。それを見て、ヴァレリオはその姿を絵に描く(3枚目の写真)。描き終わった後のヴァレリオの笑顔がいい(4枚目の写真)。

その日か、翌日、家族の主要メンバーが車で海岸まででかけることになる。窓からその様子を見ていて、母から、「まだそこにいるの。いらっしゃい」と言われたヴァレリオは、「自転車で行っていい?」と訊く。母は夫の方を見て、父は「いいぞ」とOKする。ヴァレリオが自転車で砂浜まで行くと(1枚目の写真)、母は、「もう来た。早かったわね」「明日は、私の代わりに食料品の買い出しに行ってよ。自転車で」と頼む。ヴァレリオは波打ち際に座っている父の横に並んで座る(2枚目の写真)。父は、右手遠くの方を指し、「あれが見えるか? あそこにビーチがある。舟でしか行けないが、父がよく連れて行ってくれた。海が凪いだ日に、ボートを借りて2人だけで行ってみよう」と言ってくれ、ヴァレリオは大喜び。そのあと、海岸を歩きながら、父とのその後の会話を思い出す。「向こう〔ビーチ〕に着いたら探検してもいい?」。「探検?」。「うん」。「いいぞ」(3枚目の写真)。リアーチェの村は、海から約5キロの内陸にある(平均標高300m)。だから、祖父母の家は、村よりも海に近い場所にある一軒家であろう。なお、リアーチェ・マリーナの海岸には南北20キロ以上にわたってこうした砂浜が続いている。

ヴァレリオは、持って来たマンガを読んでいるうちに眠くなって寝てしまう(1枚目の写真)。母は、起きていると思い、「ヴァレリオ。私たちは帰るわ。自転車は向こうよ」と言うが、聞こえていない。ずっと眠っていたヴァレリオだが(2枚目の写真)、ふと目が覚めると広い浜辺には人っ子一人いない。心配になったヴァレリオは辺りを見回し、遠くに放置してある自転車めがけて走りながら、不安に苛(さいな)まれつつシャツを着る(3枚目の写真)。

ヴァレリオは大急ぎで自転車を漕いで祖父母の家まで行くと、父のことが心配なので、自転車を放り出して家の中に駆け込む。しかし、中に入って行くと、食堂では、叔母が、「スナックよ」と言って食べ物を差し出す。ヴァレリオは、スナックを受け取りもせず、返事もせずUターンすると、今度は祖母が妹に祈りを教えている部屋に行き、「パパはどこ?」と訊く(1枚目の写真)。「用事ができたの。でも、すぐに戻るわ。心配しなくていいのよ」。その返事にも、何も答えず、ヴァレリオは部屋を後にすると2階に駆け上がり父と母の部屋に行く。ここでも、「パパはどこ?」。「用事でローマに。でも、すぐ戻るわ」。「なぜ、さよなら言わなかったの?」(2枚目の写真)。母は、ベッドに座り、「ここにいらっしゃい」と隣に座らせる。「私に、さよならを言ってくれって頼まれたわ」。その言葉を聞いても、ヴァレリオは不満そうに下を向いている。「私では、不満なの?」。「ママはパパじゃないから」(3枚目の写真)。2人は見つめ合う。この短い場面では、ヴァレリオのいろいろな表情を見ることができる。

そして、問題のシーン。父がいなくなって不安が再燃したヴァレリオは、何もかも忘れようと、ひたすら自転車を漕ぐ(1枚目の写真)。時に注意して前を見ていた訳ではないので、横を通り過ぎて、クリスチャンとすれ違ったことに気付く(2枚目の写真)。それに気付き、急いで自転車を停め、振り返って見てみるが 誰もいない(3枚目の写真)。ところが180度ターンして進行方向に戻ると、そこにクリスチャンが立っていた(4枚目の写真)。これほど、クリスチャンの消失と出現を連続して(36秒のノーカット撮影)で紹介したのは、これが初めて。観客にも、横を通り過ぎていったクリスチャンが消えてしまったのが100%分かる。これは、クリスチャンがイナジナリー・フレンドであることを、観客に確信させる。さらに、イマジナリー・フレンドなら、距離に関係なく自由に出現できる特性もあり、“なぜここに?” という疑問も沸かない。しかし、クリスチャンが実在する人物だと分かった後で見ると、いったいどうやって撮影したのだろうと思う。恐らく、2枚目の写真のシーンで、姿が左端から外れたと同時に、斜め右前方に走ったのであろう。それなら、ヴァレリオは反時計回りに首を回すので、観客だけでなく、ヴァレリオにも気付かれないで済む。ヴァレリオは、「ここで何してるの?」と訊く。「お前に会いに来たんじゃないか! 幽霊とやらが、ホントにいるのかいないのか確かめようと思ってさ。何だよ、会えて嬉しくないのか?」。「嬉しいよ」。

クリスチャンは、ヴァレリオを荷台に立たせると、自分が自転車を漕いで走り出す。すぐに海が見えてくる(1枚目の写真)。ヴァレリオは、「どうやって ここまで来たの?」と尋ねる。「汽車に乗った」。「どうやって乗ったの?」。「切符を買った」〔教会の献金箱のお金?〕「停車駅を全部言って欲しいのか?」。「ううん」。ヴァレリオは、クリスチャンを崖の先端まで連れて行く(2枚目の写真)。崖から下を覗いたクリスチャンは、「飛び降りたことあるのか?」と尋ねる。ヴァレリオは渋い顔で首を横に振る。「怖くて漏らすもんな」。名誉挽回のため、ヴァレリオは、「お父さんが “伝説” を話してくれた。聞きたい?」と訊く(3枚目の写真)。2枚目の写真では海が近いように見えなくもないが、3枚目の写真を見ると、2人が断崖絶壁に立っていることが分かる。ただ、困ったことに、リアーチェ・マリーナの周囲80キロ以上にわたり、海岸には砂浜が続き、このような崖は存在しない。伝説とは、①とてもずる賢かったので “狐〔Volpe〕” と呼ばれた悪党がいた。②彼は逃げて納屋に隠れた。③そこには少年がいて、2人は友達になり、少年は食べ物を運んできて食べさせた。④しかし、ある日それがバレ、2人はこの崖まで逃げて来た。⑤“狐” は飛び降りるしかないと言い、2人は飛び降り、2人とも死んだ… というものだった。「2人ともか?」。「うん、2人とも」。クリスチャンが下を覗くと、直下は海ではなく、岩が迫り出していて、崖まで走ってきて思い切り飛び出さない限り、海ではなく岩の上に落下してしまう。

ヴァレリオは、「じゃあ、僕、家に帰るよ。明日もここに君が来れば、また会えるね」と言い出す。それを聞いたクリスチャンは、「じゃあ、俺はどこにいるんだ?」と訊く。「森の中?」〔以前、大木が “家” だったので〕。「森の中だと? このアホが、何を言い出すんだ?」(1枚目の写真)「電車に乗ってわざわざここまで来てやったんだぞ。それを森の中で寝てろだと? とんでもない奴だな!」〔来たのは勝手で、誰も頼んでいない〕。ここまで脅すと、頬をポンと叩き、「冗談さ。さあ、行こうぜ」と 先ほどと同じように自転車に2人乗りする。祖父母の家に着くと もう辺りは暗くなり始めている。ヴァレリオは一人で母屋の前までこっそり近づき、安全を確かめると、クリスチャンを呼び寄せる。そして、そのまま物置のような建物まで連れて行き、屋根裏への階段を上がる(2枚目の写真)。そこには、折り畳み式の簡易ベッドが置いてあり、ヴァレリオは、「静かにね。聞かれると困るから」と注意する。クリスチャンは、「森の方がマシだな」と不満を漏らす。「じゃあ、後でね」。一家の夕食が終わると、ヴァレリオは食べ物とビールをクリスチャンに届ける。この “部屋” には明かりがないのか、あっても点けるとバレるので、中は真っ暗。そこでは、ヴァレリオの持って来た懐中電灯が唯一の光源だ(3枚目の写真)。

クリスチャンは、「で、これから何する? どこに行くんだ?」と訊く。「でも、もう夜だよ。眠らないと」(1枚目の写真)。クリスチャンは、意地悪く、その発言を繰り返す。そして、鞄を肩からかけると、「俺は でかけるぞ。来たいなら来い」と言って、気に入らない場所からさっさと出て行く。ヴァレリオは仕方なく付いていくが、クリスチャンと自転車に2人乗りする頃には、結構楽しんでいる。クリスチャンは、ヴァレリオを伴って廃墟になった家に入って行き、中でビールを飲み、「くたばれ〔Vaffanculo〕!」と叫ぶ。そして、ヴァレリオにも同じことをさせる。何度も飲み合った2人はかなり酔っ払い、危険な崖まで行くと、そこで焚き火をする。ヴァレリオが、「飛び込もうか?」と言い出すと、「もちろん」と応じるが、ヴァレリオが本気で崖っぷちでフラフラし始めると、「なにバカするんだ」と言って止め、焚き火の脇に転がったヴァレリオは、酔った勢いで 「漏らしちゃった?」とクリスチャンを冷やかす(2枚目の写真)。そのあと、真面目な顔になったヴァレリオは、「君みたいな友だち、初めてだ」と言う(3枚目の写真)。それを聞いたクリスチャンは、立ち上がると、石のかけらを拾ってきて、ヴァレリオに渡し、人差し指を出して 「切れ」と言う。「なぜ?」。「血の誓いだ」。ヴァレリオは クリスチャンの指を持つと、石で切る。次に、クリスチャンが石を取り、ヴァレリオの指を切る。そして、2人で血の出た指を重ねるようにして握手し、目と目で見つめ合う。「これから、永遠の友だ」(4枚目の写真、矢印は握手)。クリスチャンが、元々何の目的でわざわざこんな遠方まで来たのかは分からない。射殺された父の復讐? しかし、少なくともヴァレリオに対しては真の友情を持つことができた。

翌朝、ヴァレリオが物音で目が覚め、窓の外を見ると、祖母、母、叔母、妹が車で出かけようとしていた〔運転は叔父?〕。ヴァレリオが大急ぎで1階まで下り、玄関から出て行くと、何とクリスチャンが自転車に乗っている。ヴァレリオは、「屋根裏で待ってて、って言ったよね」。「ああ、だけど、飽きちまったんだ」。約束違反は不問に付し、ヴァレリオはクリスチャンと誰もいなくなった敷地内で遊ぶ。祖父母の家は農家らしく、大量の山羊がいて、2人で追いかけたり(1枚目の写真)、ガレージの中に放置してあるオンボロ車に乗ってみたり、果ては、家の中に入り込み、隠れん坊までする。ヴァレリオが鬼になり、数え始めるが、「1、2、3…」、途中で こっそり盗み見して、クリスチャンがベッドの下に隠れるのを見届ける(3枚目の写真、矢印)〔5、9、10〕。その後、頭を元に戻し、「11、14、17、20!」〔随分、いい加減な数え方〕で探し始めるフリをし、ベッドの下を覗くが、クリスチャンはいない(3枚目の写真)。“クリスチャン=イマジナリー・フレンド” ということを示唆する最後の場面だ。

驚いたヴァレリオがあちこち探していると、車がやってくる音が聞こえる。ひょっとして父が帰ってきたのかと思い玄関から出て行くと、帰宅した父とクリスチャンが向かい合って立っている(1枚目の写真)。ここで、“クリスチャン=イマジナリー・フレンド” と思い込んでいた観客はぎょっとする。“なぜ、イマジナリー・フレンドが他人に見えるのか?” そして、戸惑ってしまう。事実は、“クリスチャン=実在の人物” なので、誰からも認識されて当然なのだ。父は、「君は 誰だ?」と訊く。「初めまして。僕はクリスチャン。ヴァレリオの友だちです」と言い、握手するための腕を差し出す(2枚目の写真)。ヴァレリオは、階段を下りて、「チャオ、パパ」と声をかけてほほ笑む。父は、「よお、ヤングマン」と言いながら頭を愛し気に撫でると、クリスチャンをチラと見て、視線をクリスチャンのショルダーバッグに向けると、自分の鞄でポンと叩き、「似合うな〔Bello〕」とだけ言い、今度はヴァレリオに、「ママはどこだ?」と訊く。「買い物に行ったよ」。父は、そのまま家に入って行く。クリスチャンが、咎められずに認められたことで、ヴァレリオは嬉しそうにクリスチャンを見る(3枚目の写真)。ベッドで一休みした父は、ガウン姿でコーヒーを飲みながら、「クリスチャン、君はいつまでカラブリアにいる?」と尋ねる。「分りません。僕の一存では」。「もし、君の両親がいいと言えば、明日、シーラ〔Sila〕まで一緒に行かないか?」。この父の誘いに、ヴァレリオとクリスチャンは笑みを交わす。そこに母が買い物から帰ってくる。クリスチャンを見た母は、「あなた 誰?」と訊く。クリスチャンの返事は、さっきと全く同じだが、今度はちゃんと握手を交わす(4枚目の写真)。「ジーナよ。初めまして。あなたもバカンス?」。「ええ」。「いつ、こちらへ?」。質問が多過ぎると感じたヴァレリオは、「ママ、パパが、クリスチャンは明日 シーラまで来ていいって言ってた」と割り込む。その時、電話がかかってくる。

電話を取ったのは父。母は、そっと受話器を取り、会話を聞いている。電話はローマからで、前に父の帰宅祝いに訪れた2人のうちのフランチェスコが、テロリストに襲われ、命を落としたという内容だった(1枚目の写真)。そして、メモが残されていた。メモには、「本日、1976年6月8日、NAP〔Nuclei Armati Proletari〕は、国家の下僕〔il boia di Stato/boiaには死刑執行人という意味もあるが、ここでは、わざとフランチェスコを貶めたと解釈した〕フランチェスコ・グアールナと、彼を警護していた傭兵2名を死に至らしめた。この戦闘は、以下の目的を果たすために行われたものである。労働者階級に対し威圧的な行動を取る国家の中核に対する攻撃という戦略を具体化するため。及び、民主主義の仮面を被った帝国主義者の国家の暴力的かつ反革命的正体を暴露するために実施するも未達成のレ・ローゼ作戦を完遂するため。このメモの主たる目標はレ・ローゼである。裁判官よ、我々はまだ諦めていない。次の標的は貴様だ。どこに隠れていようともな。モンタナリ〔Montanari、クリスチャンの父〕同志とバルサラノ同志に栄光を」。ヴァレリオとクリスチャンは、母からシーラ行きのOKをもらうため、電話を聞いている母の前で終わるのを待っていたが(2枚目の写真)、母の顔はどんどん暗く、厳しくなっていく。そえでも、母が受話器を置くと、ヴァレリオは、「ママ、クリスチャン、お泊まりしていい?」と訊く。それどころでなくなった母は、依頼の内容など もうどうでもいいので、「ええ」とだけ答える。

父が運転するフィアットと、警備のアルファ・ロメオは、直線距離にして。110キロ真北にあるシーラ山地に向かう。後部座席では、ヴァレリオ、妹、クリスチャンの3人が座っている(1枚目の写真)。大回りする道しかなく、しかも、山道が多いので4時間くらいはかかったであろう。ラジオでは、Rita Pavoneが歌う「Pippo non lo sa」が流れ、あまりの楽しさに全員が歌う。怪しげな二輪車が追い抜いていった直後、父は車を道路脇に停める。警護の車まで行くと鞄を渡し、新鮮な空気が吸いたいと言い、警備係の反対を押し切り、5人で林の中に入って行くことにする(2枚目の写真)。この場面が、脚本の中で、ある意味 一番不可解な部分。車を突然停めたので、そこは道なき道。時々迷いながら林の斜面を降りて行く。妻も、「アルフォンソ、大丈夫?」と 心配そうに訊くので、すべては父のお膳立て。林を通して下に湖が見えてくると、父は、ヴァレリオの妹を肩車して歩き出す。そして、遂に野原に出る。そして、「やっと来た」という声。父は 「着いたぞ」と4人に言う(3枚目の写真)。アルフォンソを待っていた20人を超える人々から一斉に拍手が起きる。この会合の主賓なら、なぜ直接車で乗り付けずに、わざわざ時間をかけて森を通り抜けたのだろう? さっぱり分からない。

場所の全景が映る(1枚目の写真)。原っぱの向こうに見えるのはチェチータ湖〔Lago Cecita〕。面積12.6㎢。日本で言えば、諏訪湖と中禅寺湖の間の大きさ。標高1143mも諏訪湖の759 mと中禅寺湖の1269 mの中間。山に囲まれた雰囲気もよく似ている。それにしても、こんな辺鄙な地に参加車6台というのは、かなりの集会だ。最初は、食事会。場面は短く、クリスチャンが、「みんな、お前の親戚か?」と訊き、ヴァレリオは、「たぶん」と答える(2枚目の写真)。「全員の名前、憶えてるのか?」。「ううん」。食事が映るのは、この短い会話の間だけ。長い時間が割かれるのは、そのあと行われた①父アルフォンソとクリスチャン、②叔父ロロとヴァレリオ、の2チームによる変則的なサッカーだ(3枚目の写真)。

映画の中で最初にクリスチャンが現われたシーン。ヴァレリオはサッカーボールの扱いが下手だとクリスチャンに笑われ、そのクリスチャンは見事なボール捌(さば)きを見せた。それは、このシーンの伏線でもある。ロロとヴァレリオのペアは、どうやってもクリスチャン1人にやっつけられてしまう。ヴァレリオの表情は、次第に憮然としたものに変わる(1枚目の写真)。クリスチャンは、いとも簡単にヴァレリオからボールを奪う(2枚目の写真)。サッカーの場面の最後は、父とヴァレリオがボールを奪い合い、父がボールでなくヴァレリオの足を蹴ってしまい、ヴァレリオが痛くて転倒する場面(3枚目の写真)。

試合は中止となり、病院までは40分もかかることから、近くに住む老医のところまで父が車で送って行く。この時に運転するのが、いつものフィアット。林の中で乗り捨てた車を、誰がいつ回送したのだろう? 老医の家に着くと、父はヴァレリオを前抱きにして運ぶ(1枚目の写真)。クリスチャンは一緒だが、母は同行していない。老医は、ヴァレリオをベッドに寝せると〔もちろん、父がそこまで運んだ〕、目をつむらせる。父とクリスチャンが外のテーブルに座って待っていると、老医が飲み物を持って来て、父に、「あんたのせいじゃない」と言う。そして、クリスチャンに、「君の両親は誰じゃね?」と訊く。クリスチャンが言い淀んでいると、そこに、靴を手にしたヴァレリオが歩いて出てくる。父に「おいで」と言われたヴァレリオは、一瞬、クリスチャンを見てから(3枚目の写真)、父の方に行くが、その “一瞬のチラ” は無視に近い冷淡なものだった。

5人は、その後、相当の時間をかけて祖父母の家に辿り着く。当然、夜になっている。ソファに座った父と母の横で、ヴァレリオは、無表情な顔でクリスチャンを見ると(1枚目の写真)、あとはずっと下を向いている。反対側のイスに座ったクリスチャンは、最初ヴァレリオを見ていたが(2枚目の写真)、彼は下を向くと目線の行き場がなくなってしまう。就寝の時間となり、ヴァレリオとクリスチャンがベッドに横になっていると、父が、「ヤングマン」と言いながら入って来て、ヴァレリオの上に屈み込み、「お休み」と言い、額にキスする。そのあと、クリスチャンの毛布を直し、彼にも、「お休み」と言い出て行く。クリスチャンは、すぐに壁を向いてしまうので、2人の関係は修復し難いものに変わってきている。

ヴァレリオの部屋に居づらくなったクリスチャンは、着の身着のままで外に出て行く(1枚目の写真)。彼は、外の木のベンチで眠るのだが、そこで夢を見る。夢の中でクリスチャンが森の中を歩いていると、急に朝日が射し、2人の男女とすれ違う(2枚目の写真)。それは、クリスチャンの亡くなった父と母だった。次のシーンでは、朝になり、ベンチで寝ているクリスチャンをアルフォンソが発見して驚く。「君は、野生動物だな」(3枚目の写真)。その言葉でクリスチャンは目が覚め、体を起こす。クリスチャンが立ち上がると、アルフォンソは「こっちへ」と呼び、テーブルの上に置いてあるパン籠からパンを取り、苺ジャムを塗ってクリスチャンに渡す。裸足を見て、「足が痛いか?」と訊き、「少し」という返事を聞くと、なぜか自分の上着を渡し、クリスチャンに羽織らせる〔「寒いか?」と訊いたのなら分るが…〕。「海に行けば痛みは消えるぞ」。そこに、アルフォンソの妻ジーナが、別の皿を持ってテーブルまで来ると、「お早う」と声をかけて座る。アルフォンソは、妻にもパンを渡す。そこに、さらに、叔母と、ヴァレリオの妹も加わる。クリスチャンが ふと2階のヴァレリオの部屋を見上げると、ヴァレリオがこちらを見ている。カメラが切り替わり、ヴァレリオから下を見た映像になる(4枚目の写真)。それはまるで、一家の楽しい朝食で、ヴァレリオでなくクリスチャンがアルフォンソの息子のように見える。ヴァレリオの嫉妬心はますます燃え上がる。

ヴァレリオが最初に海に行った時、父が「海が凪いだ日に、ボートを借りて2人だけで行ってみよう」と約束した秘密のビーチ。そこに、3人で行くことに。ヴァレリオにとっては、最早 ちっとも嬉しくない(1枚目の写真)〔前にも書いたが、海岸沿いに砂浜でない地形はリアーチェ・マリーナの近くには存在しない。まして、これだけ山並みが津続く場所は、イオニア海側には存在しない。イタリア半島の西側のティレニア海側でも、リアーチェの180キロ北北西の海岸まで行かないと、こうした風景は存在しない〕。ボートは静かな入江に停泊。父は、「どうだ。きれいだろ。水を見てみろ」と自慢げに言う。父が釣り竿の用意をしていると、ヴァレリオは、「パパ、泳いでいい?」と訊く。「もちろん」。ヴァレリオはシャツを脱いで、海に飛び込む(3枚目の写真)。ヴァレリオは、深い紺色の水を切るように、上手なクロールで浜に向かって泳いで行く。

「君は泳がんのか? きれいな水だぞ」。「いいえ。たぶん、あとで」。アルフォンソが釣りを始めると、クリスチャンは、「訊いてもいいですか?」と声をかける。「訊けよ」。「撃たれるのは、どんな感じ?」(1枚目の写真)〔これは、①自分の父Montanariが撃たれた時 どう感じたかを知りたかったのか、②Montanariの非道な行為が、“好きになりかけた” アルフォンソを苦しめたのではないかと心配して〕。「何も感じない。あっという間に起こったから」。次の質問は、もっとセンシティブ。「誰かを殺したことは?」〔これも、①テロリストだった父の思いを知りたかったのか、②アルフォンソがMontanariのような人間でないことを確かめたかったのか、のどちらかであろう〕。しかし、異様な質問に、アルフォンソはクリスチャンをじっと見たたけで、何も答えない。その時、遠くからボートを見ていたヴァレリオが、父とクリスチャンを2人だけにしておくのが妬ましくなって戻って来る。これで、質問の機会はなくなった。父は、ヴァレリオの手を取り ボートに引き上げる。父は、ヴァレリオと交代するように、海に飛び込む〔ヴァレリオは足からだったが、父は頭から〕。ボートで2人きりになると、クリスチャンはヴァレリオの隣に座るのをやめ、アルフォンソがいた場所に移り、釣り竿を手にする(2枚目の写真)。もう友達ではなくなったヴァレリオは、すぐに 「その釣り竿はパパのだ」とクレームをつける(3枚目の写真)。「だから?」。

ヴァレリオは立ち上がり、「おい、僕に渡せよ」と 取り上げようとする。「使ってるんだ」。「離せよ!」。「うるさい」。ヴァレリオはクリスチャンを後ろから押して海に落とそうとする。踏みとどまったクリスチャンは、「何をしやがる?」と言うと、ヴァレリオをねじ伏せ、「謝れ!」と迫る(1枚目の写真)。「離せ!」。「謝れ!」。相手の方が年上なので、ヴァレリオは「ごめん」と小さな声で言うが、「聞こえんぞ」と言われ、「ごめん!」と叫ぶ。クリスチャンは離れるが、もう許せないと思ったヴァレリオは、後ろを向いて釣り竿を手にしたクリスチャンに、思いきり体当たりする。クリスチャンは背中から海に落ちるが、泳ぎ方を知らないので、「助けて」と言ったきり、水没(2枚目の写真)。それを救ったのは父。「つかんだぞ、落ち着け」と声をかけ、ボートまで抱えて泳ぐ。そして、ボートにつかまらせて自分で上がらせる。父は、その後、自分もへりに手をかけ上がろうとするが、その前に息子を鋭い目で睨む(3枚目の写真)。ヴァレリオは顔を伏せる。帰りのボートの旅は終始無言、実に気まずいものとなった(4枚目の写真)。

祖父母の家までフィアットで帰り着いた3人。全員が、笑み一つなく無言で車を降りる。迎えに出てきた母が、3人に向かって 「楽しかった?」と訊くが、ヴァレリオもクリスチャンも、“楽しい” とは正反対の顔。夫に、「何かあったの?」と尋ねるが、返事はない。振り返った母は、ヴァレリオの顔(1枚目の写真)を見つめる。何かがあったことは確かだ。ヴァレリオが自室に入って行くと、自分のベッドの窓寄りに置かれた背の低い臨時ベッドの上に、脱いだ服と一緒に、クリスチャンの肩掛けカバンが置いてある。こっそり開けて見ると、中に入っていたのは、ヴァレリオがここに着いたあくる日に描いた父と母が踊っている絵(2枚目の写真)〔部屋の中に放置してあったのを見つけたのだろうが、どうして欲しがったのだろう? 自分の亡くなった両親を思い出す “よすが” としてか?〕。次に引き出したのは、折り畳んだ新聞。それを拡げて読んだヴァレリオは(3枚目の写真)、立ち上がるとシャワー室に向かう。そして、シャワー室のドアをそっと開ける。すると、シャワーは “私はここにいますよ” ということを示すために出しっ放しになっていて(4枚目の写真、矢印)、その上にある窓は開いていた。クリスチャンは、ここから逃げたのだ。

ヴァレリオは、すぐに後を追う。この映画は、ヴァレリオの視点から描かれているというが、新聞に何が書かれていたかは教えてもらえない。なぜ、ヴァレリオの態度が急変したのだろうか? ヴァレリオは自転車に乗り、例の崖目指して全速で走らせる(1枚目の写真)。一方、ヴァレリオの部屋では、妹が、カバンの中に走っていた新聞を全部ベッドの上に並べている。そこに入って来た父は、妹の、「見て、パパの写真よ」の言葉に、妹が見せた新聞を手に取る(2枚目の写真)。その新聞の見出しは、「Cinquanta colpi di mitra(機関銃50発発射)」。そして、その下に、以前、ヴァレリオが描いたような “犯行現場の見取り図” が示されている。「パパの写真よ」は、見取り図の右下に、「Il giudice(裁判官)」という小見出しの下にある写真。この他、ベッドの上に置いてあった新聞の見出しは、「Uccisi un agente e il nappista Montanari(護衛1人とNPAのMontanariが殺害)/Terrorismo a Roma: due mortiz(ローマでテロ発生:2人死亡)/Feriti il giudice e un altro agente. L'agguato teso da un commando di 4 persone. Montanari era evaso da Lecce(裁判官ともう1名の護衛が負傷。4人のコマンドによる待ち伏せ攻撃。Montanariはレッチェ刑務所から脱走中)」〔2行面が大見出し〕となっている。父は、その下にあった写真を引き出す(3枚目の写真)。以前、あらすじの最初の方で、何回も使った写真だ。父には、中央の少年がクリスチャンだと分かったであろうし、裁判官だから、Montanariがクリスチャンの右に映っている人物だとも分かったハズだ。父は、急に心配になり、振り向いて、妻に「ヴァレリオはどこだ?」と訊く。母は、知らないので返事がない。

ヴァレリオは、終点で自転車を捨てると、“飛び込みの崖” に向かって走って行く。予想通り、そこにはクリスチャンがいた。ヴァレリオは下まで降りて行くと、クリスチャンの背後に立つ。クリスチャンは、「俺が憎いか?」と訊く。ヴァレリオは、「君が誰だろうと構わない」と応える(2枚目の写真)。「なら、行こう」。そう言うと、振り向き、笑顔で握手の手を差し出す。ヴァレリオは、どうしようかと迷いながら、徐々に手を伸ばし、あと少しで握手する寸前となる(3枚目の写真)。

その瞬間、「ヴァレリオ!」と叫ぶ声が聞こえる。ヴァレリオが振り返って仰ぎ見ると、そこには父が立っていた(1枚目の写真)。父が斜面を降りて来る間、ヴァレリオは振り返るが、クリスチャンの姿はどこにもない(2枚目の写真)。目線は断崖の下を向いているが、実際に、彼は断崖に歩み寄り、下を覗いてみる。父は、転落の可能性を危惧し、ヴァレリオの腕をしっかりと握る。そして振り向かせると、トンネルの中でのヴァレリオのように、息づかいが激しくなる。それを見たヴァレリオは、「パパ、お腹で息しないと」と言い(3枚目の写真)、父の手を自分のお腹に当て、「こんな風に」と教える。呼吸が正常になった父はヴァレリオを抱きしめて、笑い出す。父に抱かれたヴァレリオは微笑む(4枚目の写真)。そして、その後で、目線を上げて、カメラを真っ直ぐ見る。一体これは何を意味するのであろう? クリスチャンはどうなったのだろう? 父はなぜクリスチャンのことを心配しないのだろう? クリスチャンが誰かということが分かっていても、最後の最後に疑問が残る。可能性1: この場所から上に登るルートは複数あるので、クリスチャンはアルフォンソの姿を見た途端に別の斜路を駆け上がった。その姿を、父を振り向いたヴァレリオは見ていないので、飛び込んだと思って崖の下を覗いた。父は、クリスチャンが逃げるのを見ていたので、心配しなかった。可能性2: クリスチャンは、思い切って飛び込んだ。しかし、この可能性はあり得ない。①クリスチャンは泳げない。②崖下を見たヴァレリオが何の反応も示さない。③父がクリスチャンの生死に全く興味を示さない。この可能性2は、クリスチャンは結局イマジナリー・フレンドか幽霊で、元々存在しなかったんだと多くの人に思わせる要因にもなった。

映画の冒頭、現代のシーンの続き。中年のヴァレリオは、地下鉄出口の階段まで行った時、後ろにいたクリスチャンに気付く(1枚目の写真)。クリスチャンも、相手がヴァレリオだと分かっている(2枚目の写真)。クリスチャンは、43年前のように握手のために左手を差し出す。ヴァレリオはその手を右手でしっかりと握りしめる。そして、2人は43年ぶりの再会を祝って抱き合う。そして笑い始める。クリスチャンが、「行こうか」と言い、2人は階段を上り始める(3枚目の写真)。

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