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Capharnaüm カペナウム/混沌の街

レバノン映画 (2018)

2018年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(審査員賞)を獲得した名作。アカデミー外国語映画賞にもノミネートされたが、私が全く評価しない『ローマ』に負けてしまった。IMDbは8.4(投票数1万以上)。「8」を超えることは稀なので、一般の観客からも高く評価されている。Rotten Tomatoesは89%(146レビュー)。世界的な問題となっている中東における極度の貧困や難民の問題を、思わぬ角度で切った斬新さが高評価の理由であろう。主役のゼーンを演じるのはゼーン・アル・ラフィア(Zain Al Rafeea)。レバノンの首都ベイルートに逃げてきたシリア難民の子で、極貧の生活を送っている時 監督に見出され、全くの素人ながら大作の主役に抜擢された。演じるのはシリア難民ではなく、ベイルートのスラムで暮らす「最低」の一家の子供たちの一人。「最低」という強い言葉を使ったのは、父は全くの無気力・無能な人間で、映画を観ている限り、崩壊寸前のアパートの中で寝転んでTVを見ているか酒を飲んでいるだけで働こうとしない。母は子供たちを口うるさく叱り飛ばし、これまた一切働こうとしないが、それを公式に非難されると、すべてを貧困のせいにする口達者でずるい人間。この一家の生活費は、子供たちが手伝いや物売りで稼いでくる僅かなお金。両親は、子供たちが生まれたことを届けてもいないので、子供たちは戸籍も持っていない。そのことが、あとで悲劇を生むが、父は責任を全く感じていないし、母は貧困のせいに転嫁して開き直る。そんな中で、映画は、12歳頃と推定されるゼーン少年の数奇な運命を克明に描く。最愛の妹を亡くし(11歳で結婚・妊娠させられ、異常出血し、身分証がないので病院での診察を断られて死亡)、妹の夫を包丁で刺して刑務所に入れられたゼーンは、獄中からTVの報道番組に電話し、「大人たちに聞いて欲しい。子供たちを育てられないような大人たちは、これ以上産んじゃダメだ」と訴える。ゼーンの悲惨な境遇はマスコミを動かし、ゼーンは両親を告発する。「なぜ、訴えたいのかね?」。「僕を生んだから」。この言葉は衝撃的だ。ゼーンは、裁判の最後に、「ゼーン、君は 両親に何を望むかね?」と聞かれ、「もう子供を持って欲しくない」と述べるが、母が身ごもっているのを知っているので、「お腹の中にいる子は、生まれてくるんだよね」と冷たく問いかける。

ゼーンは、ベイルートのスラムで生きる推定年齢12歳の少年。両親が出生届を出さず、誕生日がいつだったか覚えてすらいないので、あくまで推定だ。当然、戸籍もなければ身分証もないので、正規の職には将来も就けない。そんなゼーンには1つ下のサハールという妹がいて、2人はとても仲が良かった。ところが、ある日、サハールに初潮があり、その時を境にゼーンの世界が急激に変わっていく。サハールはアパートの家主の息子アッサードに嫁がされ、それを止められなかったゼーンは家出し、辿り着いた先でエチオピア出身の若い女性ティゲストと出会う〔偽造IDカードの名前。本名はラヒル〕。彼女は不法滞在者で、捕まれば国外退去される立場にある。そして、彼女は生後1歳の赤ちゃんの存在を隠して授乳させながら、違法労働に就いている。ゼーンは、ティゲストのバラックで赤ちゃんの面倒を見ることになる。この生活は数ヶ月続いた後、ティゲストが検挙されて突然終わりを告げる。いつまで待っても帰らないティゲストに、与える乳もないゼーンは困り果てる。ティゲストと最初に出会った遊園地内の食堂に行き、そこでスーク(オープンマーケット)のアスプロという名前を教えられる。アスプロは、ティゲストに偽造身分証を作った男で、かねてから、ティゲストの赤ちゃんを海外向けの養子として売り渡すよう迫っていた。アスプロはゼーンにも赤ちゃんを渡すよう巧妙に話しかける〔養子先で 幸せな生活が待っている〕。ゼーンは、最初 聞く耳を持たなかったが、お金も水もなくなり、最後にはバラックにも鍵がかけられて入れなくなり、生後1歳の赤ちゃんを抱えて行き場を失うと、アスプロの言いなりになるしかなかった。しかし、ゼーンには1つの希望があった。それは、アスプロが、身分証さえあれば、好きな国に行かせてやると言ったことだ。ゼーンは、その言葉に希望を持ち、身分証を取りに家に戻る。しかし、家で待っていたのは、①そもそも身分証なんかない、②愛する妹は結婚して数ヶ月で妊娠、大量出血して死亡した(身分証がなく、病院での診察を拒否された)という残酷な事実。激怒したゼーンは、包丁を持つと妹を嫁にした男の店まで走って行き切り付ける。ゼーンは禁固5年の刑で刑務所に収監されてしまう。ゼーンは、刑務所で見ていたTVで、子供の訴えを聞いてくれる番組のあることを知り、刑務所から電話でSOSを発信する。その言葉は、司会者、さらには多くのマスコミを動かし、ゼーンは両親を告発することができた。映画は、①過去から裁判に至る経緯を時系列的に描いた本編と、②裁判のシーンを断片的に描写した5つの短いシーンの2つが混在する形で構成されている。裁判での、それぞれの主要な登場人物の発言が、この映画の最も重要な場面かもしれない。中でもゼーンの「単純だが純粋な発言」には心を打たれる。なお、この映画の主要な会話はアラビア語だが、映画の製作にはフランスも関与し、レバノンがかつてフランスの統治下にあったこともあり、最も信頼できるのはフランス語の字幕。ただ、英語のように斜め読みは出来ないので、高速で作業しようとすると英語字幕に頼りたくなるが、出回っている英語字幕はすべてGoogleの自動翻訳で役立たず。一方、オランダ語字幕は人間が訳したもので、Googleの自動翻訳でもかなり正確に訳されていたので、あらすじの作成にはオランダ語字幕を用い、重要な部分と、自動翻訳が効かなかった時だけフランス語字幕を正確に訳した。例えば、先に引用した「子供たちを育てられないような大人たちは、これ以上産んじゃダメだ」だが、フランス語字幕では、“Je veux que les adultes incapables d'élever des enfants n'en aient pas.”。自動翻訳されただけの英語字幕は、“I want incapable adults to raise children do not have any.”となり意味がとれない。一方、オランダ語字幕を自動翻訳すると、“I want adults who can't raise children get none.” となる。こちらは意味が通っている。これはオランダ語字幕が人間の手で作られたことを意味している。この部分の訳はフランス語字幕に拠ったが、この映画に関してはオランダ字幕が頼りになったことが分かる。

ゼーン・アル・ラフィアの一家はシリア南部、ヨルダン国境近くのダルアーの町から2012年にレバノンに逃れてきた「シリア難民」で、ベイルートでも特に貧しい地区に住んでいた。当然、学校に通えるような状況にはなく、ゼーン(役の名前も彼の本名から取られた)が、この映画の主役として監督によってキャスティングされた時、彼は12歳の文盲の配達屋〔10歳の時から〕だった。この映画が、カンヌで10分間のスタンディング・オベーションを受け、ゼーン自身も2つ賞を取ると(主演男優〔アンタルヤ・ゴールデン・オレンジ映画祭〕、最優秀子役〔ニューメキシコ映画批評家協会〕)、国連難民高等弁務官事務所の配慮で、2018年8月に一家はノルウェーに安住の地を見つけることができた。彼の演技は、本人の言葉によれば、監督が悲しめと言えば悲しみ、喜べと言えば喜んだというもので、監督の指導が優れていたからなのかもしれないが、本物の難民だけに、その影のある表情には真実味がある。


あらすじ

映画は、①約半年前から裁判に至るまでの経緯を順に追って紹介していく本編(写真の左側に白色の帯)と、②現在進行中の裁判のシーン(写真の左側に山吹色の帯)〔その後も含む〕、の2つが混在する形で進行する。また、オープニング・クレジットの前に、2つのシーンが、①の一部を先取りする形で使われる(写真の左側に空色の帯)。その1番目は、主人公のゼーンが、アッサードに対する傷害の罪で逮捕された後に受ける医師の検査〔もちろん、映画を冒頭に見せられても、そうした背景は一切分からないが〕。医師は口の中を調べ、乳歯が1本もないことから、年齢が12か13だと推定する。このことから、ゼーンには身分を証明するものがないことが分かる〔本人も自分の誕生日や年齢を知らない〕。無責任な両親は、出生届けも出していないし、そもそも、彼がいつ生まれたことすら覚えていない〔愛情すらない〕。ゼーンが、こうした不幸な生まれであることを、この一コマは象徴している。2番目は、一斉検挙で捕らえられた不法滞在の女性たち(2枚目の写真、矢印がエチオピアからの経済難民ティゲスト、本名ラヒル)。彼女たちは、その後刑務所に入れられ、手続きが整い次第、本国に送還される運命にある。この2つの短い場面の後、オープニング・クレジットの背景となるのが、ベイルートの空撮映像。題名と同じ混沌としたスラムだ(3枚目の写真、ここから映画の本編なので 帯は白色となる)。これと同じ画像はGoogleの航空写真でも確認できるが、この場所はCola駅の西北西にある100×75メートルほどの地区。ベイルートの名誉のために言っておくと、街全体がこんな状態にあるわけではもちろんない。その後、映像はスラムの路地に切り替わり、そこでは、木製の機関銃を持った子供たちが2手に分かれて遊んでいる(4枚目の写真、右がゼーン)。カメラがもう一度引いてタイトル「کفرناحوم‎」が入る。
  
  
  
  

タイトルが終わった最初の場面。これは「現在」だ。刑務所から出されたゼーンは手錠をはめられ裁判所に向かう。ゼーンの父母はバスで裁判所に向かう。その裁判所の入口では、何人もの女性レポーターがTVカメラの前で中継しているが(1枚目の写真)、それは、「11歳の妹を無理矢理嫁がせて死に追いやった両親を、相手婿に傷害を負わせて服役中の12歳の少年が告発する」という異例とも言える社会問題にマスコミの関心が集ったから。裁判官が着席し、開廷が宣言される。「ゼーン・アル・ハジ」と本名が呼ばれ(2枚目の写真)、手錠を解くよう指示があり、弁護人とともにゼーンが原告席に座る。両親も、彼らの弁護人とともに被告席に座る。母は、裁判官から被告となった理由を理解しているかと訊かれ、「息子が服役中なのは知ってる。なぜまた引っ張り出されたかは分からないけど」と答える。裁判官は父に、「ゼーンの裁判で目撃者として証人になりましたね?」と訊かれ肯定し、「今回は、訴えられた側ですな」と言われて 首をすくめる。「ゼーンが告発した理由を知っていますか?」(3枚目の写真)。母は、「子供っぽい考えで、意地悪しようとしたんでしょ」とすげなく答える(4枚目の写真)。裁判官は、「子供っぽい? 5年の刑に処せられたんですぞ!」と母親の発言を批判する。裁判官は、今度はゼーンに、年齢を尋ねる。「知らない。2人に訊いて」。ゼーンの弁護人が、「裁判官、ゼーンは出生届も出されていませんし、戸籍も作られていません。彼の両親が原告の正確な誕生日を知らないためと思われます。ここに、事件発生時の医師の『12歳頃』という意見書があります」と補足する。ゼーンは、居住地を訊かれRoumieh刑務所と答えるが、撮影にもこの刑務所が実際に使われている。「君は、6月15日に逮捕されてから拘留されているわけだが、理由を知っているかね?」。「クソ野郎〔un fils de chien〕をナイフで刺してやったから」。「人を刺したのかね?」。「うん。クソ野郎だから」。ここで、傍聴席から笑いが起こるが、裁判官は静粛を求める。そして、ゼーンが、刑務所からTV番組の生放送に電話したことでマスコミの寵児となったことに言及し、「君は、なぜここにいるか知っているか?」と訊かれ、「おいらの両親を訴えたいから」と答える。「なぜ、訴えたいのかね?」。「おいらを生んだから〔Pour m'avoir mis au monde〕」(5枚目の写真)。この極めて衝撃的な言葉で、1回目の裁判のシーンは終わる。
  
  
  
  
  

ここからは、半年ほど前のゼーンの日常生活が描かれる。ゼーンは薬屋に行き、トラマドール〔オピオイド鎮痛薬(非麻薬)の一種〕を2箱欲しいと言い、処方箋を求められて渡す(1枚目の写真、矢印)。「誰が飲むんだね?」。「母ちゃん」。「なぜ、本人が来ない?」。「胃の手術したから」。ゼーンは別の薬屋に行き、別の処方箋を渡し、「母ちゃん、背骨を折っちゃった」と言う。「なぜ、お父さんが取りに来ない?」。「それどころじゃないから」。ゼーンが嘘を言って持ってきたトラマドールは、母が叩いて粉末状にし、それをタライに入れて溶かし、そこに服を10着ほど入れて浸し、そのまま干して乾燥させる。母は、自分の息子が収監されている刑務所を訪問する際、その服を全部持って行く。その時、ガラス越しの電話による会話で、母は、「『靴下ジュース』は、肉1キロより高いのよ」と言う〔「非麻薬」に分類されるトラマドールを浸み込ませた衣類を どう使うのだろう?〕。次のシーンでは、ゼーンは、小さな食料品店をやっているアッサードの手伝いをしている(2枚目の写真)。別れ際に、アッサードはゼーンの母用にとタバコを2箱渡し、次いで、「可愛いサハール〔ゼーンの妹〕に」と言いながら、店の袋にリコリス〔菓子〕と中華麺〔ramen〕を入れ(3枚目の写真、矢印)、「会いたいよ」と渡す。ゼーンは買い物を入れたカートを押しながら帰途につくと、アッサードが渡したプレゼントを途中で投げ捨てる〔ゼーンは、妹をアッサードから守ろうとしている〕。ゼーンが暗い階段を登ってアパートに戻ると、そこでは家族総出で〔職なしのぐうたら父だけ何もしない〕、床に溜まった大量の水を 何とかしようと大わらわ〔アッサードの父(大家)の配管ミスで水が溢れ出した〕。母:「こんなの家じゃない、豚小屋だわ!」。
  
  
  

夜。子供たちは、一部屋にまとまってザコ寝。朝になって、ゼーンだけが横になっている(1枚目の写真、矢印は血)。ゼーンは起きる時、自分の横のシーツについた血に気付く。そこには、1歳年下の妹のサハールが寝ていた。それが初潮だと気付いたゼーンは、このままだとアッサードと結婚させられると危機感を抱く。その後、ゼーンは、4人の妹を連れて通りに出て行き、ニンジン、キュウリなどのスティックを入れた透明プラスチックのコップにレモンを絞り入れ〔コンビニの「野菜スティック」に似ている〕、「最高のジュースだよ」と言って売る(2枚目の写真)〔中に赤い液体が入っている〕。しばらくたった頃、ゼーンは、赤ん坊をあやしていたサハールを呼び、公衆トイレに連れて行く。そして、サハールを便器に座らせ、脱がしたパンティを蛇口で洗う。「お前の友だちのアリアに起きたこと覚えてるか? アリアは、太った男に連れてかれるまで、家に閉じ込められたんだぞ。お前も捨てられちまう。アッサードに渡されるんだ」。「でも、彼、ナイスよ」。「くそ野郎だ」。「リコリスと中華麺をくれる」。「残りもんしか くれないさ。お前がアッサードんトコに入ったら、二度と会えなくなる。奴はお前をネズミの中に入れて、閉じ込め、出しちゃくれないぞ。水をちょっぴりと、3日に1ぺん 古くなった中華麺を食べさせてだけだ」と脅しながら、パンティをきれいする(3枚目の写真、矢印)。濡れたパンティの水気を叩いて落とし、「ほら、履け」と渡してベニアのドアを閉めると、今度は自分が着ているシャツを脱ぎ、折り畳んで丸めると、パンティの中に入れるよう指示する〔生理ナプキン代わり〕。そのあと、アパートの屋上でゼーンが空のドラム缶を叩いて歌い、サハールがぴったり寄り添うシーンがある。2人はとても仲がいい〔こうした仲の良さが、後のシーンに結びつく〕。その夜、ゼーンたちは、トマト・ジュースを持ってドライバーに売っている〔1杯250ポンド。1レバノン・ポンドは約0.075円なので20円弱〕。両親は全く働いていない〔父はのらくら、母は家事だけ〕。一家の乏しい収入は子供たちが稼いでいる。
  
  
  

その夜、家では、母が ゼーンを学校に行かせると言い出したので、一悶着。反対したのはもちろん 役立たずで威張るだけの父。「問題外だ。許さん。これまで通りアッサードんトコで働かせろ」。しかし、母の目的は、ゼーンに教育を受けさせるためではない。「学校は、子供たちに食ベ物や着る物をくれるんよ」(1枚目の写真)。父:「アッサードはどう思う?」。母:「あたしが話す」。ゼーン:「午前中は学校、午後はアッサードんトコで働きゃいい」。母:「近所の子を見なさいよ。学校からいろんな物を持ち帰ってる。マットレスだって。少なくとも、この子はそこで食べれるし、妹たちの食べ物も取ってこれる。なんで、そんなに頑固なの?」。「アッサードが怒って、ここを追い出されたらどうする?」。「そんなことしないわよ」。前にも、アッサードの父の配管ミスの話があったので、一家はアッサードの父のアパートに住んでいて、その縁で、ゼーンがアッサードの店を手伝っているらしいことが分かる。父は、「インシャラー(全てアッラーの思し召し)、月曜に決める」と言うので、「学校へ行くことの物質的恩恵」にOKしたのだろう。翌日はまだ月曜ではなかったので、ゼーンはアッサードの店にいる。すると、ガスボンベを配達するよう命じられる。ゼーンは、体の割には重いボンベを2輪台車に乗せて引っ張って行く。後ろから来た学校の小型バスには、生徒たちのバッグが車体一面に置いてある(2枚目の写真)。その仕事が済むと、大量の野菜を持ったゼーンが、どこかの女性のアパートまで届けに行く(3枚目の写真)。これもアッサードの店の仕事なのだろう。小さな子には、実に苛酷な重労働だ。
  
  
  

その日か、次の日かは分からないが、ゼーンがアパートに戻ると、階段の踊り場に数羽の鶏がいる。「こいつら、どっから来たんだ?」と小さい妹に訊くと、アッサードが持ってきたという。しかも、今、アパートに来ているという。危機感を覚えたゼーンがドアをこっそり開けて覗くと、そこには、アッサードの父までいて、着飾ったサハールにアッサードが寄り添って座っている(1枚目の写真、矢印は着飾ったサハール)。ゼーンは、母のところにいき、「アッサードとその親爺は、ここで何してるの?」と尋ねる。母は、「家賃の相談よ」と嘘を付く。ゼーンは、「そんなじゃない。サハールと鶏を交換する気なんだ」とズバり言う。「お呼びじゃないって、言って来てよ」。「違うんだったら」。「おいらが言ってやろうか?」。「神に誓ってもいい、そんなじゃない」。「なら、なぜサハールが着飾ってるのさ」。「あたしを喜ばせるためさ」。「奴らのジュースが終わったら、蹴り出してやる」。母は、「いいかい、あたしを怒らせるんじゃないよ」と脅す(2枚目の写真)。そして、「お前にはもううんざり。あたしたちを路頭に迷わせる気かい」と叱る。カメラは、その後、平然としてアッサード親子と話し合う厚顔で無慈悲な母の顔を映し出す。悲しい日が終わり、翌早朝、ゼーンは青いビニール袋にこっそりとサハールの服を詰め、一緒に逃げる用意をする。そして、隠し場所からお札を抜き取ると、アッサードの店に行き、お菓子を数袋ビニール袋に入れる。そして、バスの運転手にコラ地区までの料金〔1000≒75円〕を訊くと、大急ぎでアパートに戻る。しかし、時すでに遅く、母はサハールに服を着せ、アッサードの店に連れて行こうとしていた。サハールは「ウチを離れたくない」と頼み、母は「戻ってきたら殺してやる〔Je te tue si tu oses remettre les pieds ici〕」と脅している。それを聞いたゼーンは、「どこに連れてくんだ、このろくでなし?!」と食ってかかる。「兄ちゃんと一緒にいたい」。サハールはゼーンの後ろに隠れる。「邪魔立てするんじゃない」。「まだ子供じゃないか!」。「お前の知ったことか! おどき! 関わるんじゃない! 邪魔したら殺してやる」〔2度も 自分の子を「殺す」と言っている。まさに 鬼〕。鬼の母とゼーンとの間で、サハールの奪い合いが続く。その時、役立たず父が現れ、「もうたくさんだ! これ以上ガマンできん!」と怒鳴り(3枚目の写真)、ゼーンの後にいたサハールを肩にかつぐと階段を駆け下りて行く〔肉体的能力しかない屑〕。道に出て、バイクに乗せられたサハールを、ゼーンは必死に取り戻そうとする。鬼の母はそれを邪魔し、遂に、サハールを乗せた父のバイクが走り出す。ゼーンは、「サハール!」と叫ぶ。母は、「子供みたいなことはおやめ」と何度もゼーンを叩き、最後は石までぶつける。怒ったゼーンは、そのまま家を出て行く。
  
  
  

2回目の裁判のシーン。証言者は、1つ前のシーンで悪役ぶりを発揮した父。11歳のサハールをアッサードに嫁がせた理由を、自分が働きもせず、収入がないので家族全員が苦しんでいることは棚に上げ、「あの子を苦境から救うためだ。あの子には眠るベッドもなく、満足に食べたり飲んだり、体を洗うこともできん。TVを見たこともない。それで、俺は考えた。『あの子を結婚させよう。そうすりゃベッドで寝られる』。本物のベッド。毛布もある。好きなだけ食べられる」と、持論を展開する。裁判官:「その結果、どうなるか考えなかったのかね?」。「ぜんぜん! とんでもない! 息子が人を刺したのを、俺が自慢してるとでも? 全部、俺のせいだと言うんか?」。この言葉を聞いて、ゼーンが父を睨みつける(1枚目の写真)。「俺はこんな風に生まれ、育った。その どこが悪いんだ? もし、俺にチャンスがあったら、お前さんたちよりずっと偉くなってただろうよ〔je serais peut-être mieux que vous tous〕!」。弁護人が、暴言を止めよう指示するが、このアホ男は止めない。「いいか、今や、誰もが俺に唾を吐きかける。動物みたいにな。そんなのはごめんだ。昔、こう教えられた。『男なら、ガキを作れ。支えてくれる』」(2枚目の写真)「だが、ガキは俺を支えず、がっかりさせた。結婚した日に呪いあれ」。まさにゴロツキ。ゼーンが禁固5年で、こんな男が唾を吐きかけられるだけで のうのうと生きていられること自体間違っている。
  
  

バスに乗ったゼーンがどこに向かったのかは分からない(1枚目の写真)。ベイルートは元々海に面した街だが、ゼーンのアパートは、もし撮影場所のColaの近くだとすれば、海から少し離れている。彼が降りる次の撮影場所は海沿いにあるBeirut Luna Parkなので、そこなら直線距離で北西に3キロの地点となる〔要は、遠くの別の町に行ったのではない〕。バスが海沿いの道を走っていると、あるバス停で、スパイダーマンに似たコスチュームを着たお爺さんが乗ってきてゼーンの隣に座る〔クモの巣の真ん中に描いてあるのは、クモでなくゴキブリ〕。ゼーンがあんまりジロジロ見るので、「わしには、クモなんか要らん、ゴキブリマンじゃ」と自己紹介する。「スパイダーマンと関係あるの?」。「関係か… 従兄じゃな」。この年寄りは、遊園地に勤めているのでこんな格好をしているのだが、ゼーンの名前を訊き、どこに行くのかと尋ねる。「お祖母ちゃんのトコ」〔本当か嘘かは不明〕。バスの中が禁煙なのにタバコを吸い続けていた老人は、運転手に注意され、「ここで降りる」と言ってバスを降りる。そこが遊園地の前だと気付いたゼーンも、動き出したバスに停まってもらって降りる〔フリー乗降制らしい〕。ゼーンは、サハードと一緒に逃げるためにお金を持ってきたので、観覧車に乗ってみる。窓から見えるのは遮るものもなく拡がる地中海だ。そのうち辺りは夜になり、そして翌日の朝。ゼーンは、遊具の上で お菓子の袋を握って眠っている。朝食はそのお菓子(2枚目の写真、矢印)。誰もいない日中の遊園地で悪戯をして遊んでいるのを、食堂の窓から見ていた女性の掃除係が 思わず笑う。しばらくすると、ゼーンは、その食堂にやって来て、掃除係に「ここのボスは?」と訊く(3枚目の写真)。「何の用?」。「働かせて欲しい」。「どんな仕事?」。「働けりゃ、何でもいい」。ここで名前を交換する。女性の名はティゲスト。しかし、雇用に関してティゲストは何のアドバイスもできなかった。ゼーンは、お菓子売り場の男に、「床掃除でも皿洗いでもできるよ」と言って断られ、別の売店の男に、「使用人は要らない?」と訊き、断られる。喉が渇いたので、園内の店で、「250ポンドのジュースある?」と、いつも自分が売っているジュースの値段で訊いてみると、値段は1000ポンド〔75円〕だった。「もっと安いのないの?」。結局、ゼーンには買えなかった〔持ち出したお金が少なかった/もしくは、元々、僅かなお金しか置いてなかった〕。夜の遊園地は込み合っている。楽しいはずの場所だが、ゼーンは飢えと渇きでフラフラ。
  
  
  

一方、仕事を終えたティゲストは、キャリーカートを持ってトイレに行く。そして、夜も遅くなり、客のいなくなったのを見計らうと、女性用のトイレのドアを内側からモップで固定して開かなくし、キャリーカートの中に隠しておいた生後1年足らずの赤ちゃんを取り出して、お乳を与える〔生後3ヵ月~1年で、母乳のなら1日6~8回程度とされるので、まさか夜まで何も与えてこなかったハズはない。欲しがった時に泣き出したら赤ちゃんのいるのがバレてしまうし、特にお客の多い夕方にどうやって授乳していたのか大きな疑問が残る〕。ティゲストは エチオピアから出稼ぎにきた女性で、赤ん坊がいることを内緒にして働いている。授乳を終えたティゲストは、赤ちゃんをキャリーカートに戻し、上から布をかけてトイレから出し、帰宅の途に着く。すると、行く宛てのないゼーンが、後から「ティゲスト」と声をかける。「何か食べ物 持ってない?」。ティゲストは立ち止まり、ゼーンの顔を見て考える(1・2枚目の写真)。結論は、次の映像で分かる。ゼーンはティゲストの家〔トタン板や木を寄せ集めて作ったあばら家〕に連れて来られたのだ。彼女は、汚れたゼーンの体を石鹸できれいに洗い、赤ちゃんに接してもいいようにすると、食事を食べさせる(3枚目の写真)〔着ているものは同じなので、服も洗濯しないと不潔さは変わらないと思うのだが〕
  
  
  

結局、ゼーンはティゲストの家でベビーシッターをすることになった。お金はもらえそうにないが、3食家付きだ。ティゲストは、ミルク〔保存した母乳/ずっと後で、粉ミルクを飲ませよとうとするシーンがあるが、嫌がって飲まない〕を11時と14時に与えるよう指示し、15時には戻ると告げ、「家から出ちゃダメよ。ヨナスを泣かせないこと。隣がうるさいから」と注意して出て行く。ゼーンは、朝食のビスケットを赤ん坊と分け合い、11時に初めて哺乳びんからお乳を飲ませる(1枚目の写真)。一方、職場では、ティゲストは、一緒に働いているエチオピア人の女性から、「あまりお金がないと言えば」と助言される。ティゲスト:「そう言ったんだけど、1500ドル以下じゃ身分証を作ってくれないの。更新しないと、もうすぐ有効期限が切れちゃう」〔相手は、アスプロという 身分証明書偽造や密入出国、違法養子斡旋などを行う極悪人〕。「急ぎなさいよ。最近、たくさん捕まってるわよ。それも真夜中にね」。一方のゼーンは、オムツの交換に挑戦している(2枚目の写真、矢印)。泣かないように子守唄も聴かせる。結構、面倒見がいい。ティゲストは1人になると、廃棄されていたケーキを箱ごとビニール袋に入れて持ち帰る。昨日は夜遅くまで働いていたのに、今日は、遊園地の客が増える前の帰宅だ。バスの中で箱を開けると、中には4分の1だけなくなっただけのスポンジケーキがほぼ丸ごと入っていた。ティゲストはそこにロウソクを1本立てる。今日は、赤ちゃんヨナスの1歳の誕生日なのだ。帰宅したティゲストはロウソクに火を点け(3枚目の写真)、ヨナスに吹き消させようとするが できないので、ゼーンに吹き消させる。ケーキを食べながら年齢を訊かれたゼーンは、「知らない。12歳だと思うよ」と返事する。「兄弟や姉妹はいる?」。「山ほど」。「寂しくない?」。「一番寂しいのは、妹のサハールだよ」。「どこにいるの?」。「旦那と一緒」。この言葉にティゲストは驚く。ゼーンは、盛大な結婚式だったと嘘を付く。
  
  
  

3度目の裁判のシーン。ゼーンがティゲストのベビーシッタを始めた場面と歩調を合わせ、証言したのはティゲスト。しかし、裁判官は、彼女は自分の名前をRahil Eresa Shifarawと言う。Tigestではない〔Tigestは、偽の身分証に記載されている名〕。「あなたは、なぜ自分が収監されているか分かっていますか?」。「居住査証を持っていません」。「どこで働いていたのかね?」。「ある ご夫人の所で6年働きました」。「そして、逃げた?」。逃げ出した理由は妊娠したから〔相手が誰かは言わない〕。以来、彼女は、息子と離されて国外退去となるのを恐れてきた。「怖くて誰にも言えませんでした」。「だから、ゼーンにヨナスを見させた? 帰宅した時、彼はちゃんと面倒を見ていたかね? 危ない目に遭わせるとは考えなかった?」。「最初の2日は心配でした。その後は、信頼しました」(1枚目の写真)。「ゼーンがしたことを予期していたかね?」。「まさか」。ゼーンは自分のしたことを考え、うつむく(2枚目の写真)〔理由は、最後の方で分かる〕。「2人は兄弟のようでした。ゼーンを責める気はありません。悪いのはアスプロです」。「アスプロとは?」。「居住査証を偽造した男です」。
  
  

ティゲストはSouk al-Ahad〔スーク、アラブのオープンマーケットのこと〕で店を開いているアスプロに会いに行く。お金がないので何とかして欲しいと頼むためだ。ティゲストは、女友達のは900ドルだったのに、自分のはなぜ1500ドルもするのか尋ねるが、アスプロは取り合わない。そしえ、「君を助けようとしとるじゃないか。そもそも、誰が、君にティゲストという名前を与えたと思ってる?」と言い、「その女友達に頼んで 900ドルで作ってもらうんだな」と突き放す。「でも、どうやっても1500ドル用意できないんです。ちょっと待ってもらえません?」。「ヨナスを俺に渡せ。そしたら、身分証をタダでくれてやる」。「ヨナスのことは二度と口にしないで」。「お前さんのガキは、この国じゃ難民だ。見つかったら、2人とも即退去だ」(1枚目の写真)「お前さんは、ガキを地下でネズミみたいに育てる気か? お日様も見られず、学校にも行けん。家族を与えてやったらどうだ」。ティゲストは断固としてノーと言うが、悪辣なアスプロは止めない。「お前さんのガキは生まれる前から死んでるようなもんだ。ガキは存在しない。ケチャップにだって名前はある。製造日もな」と嫌味を言う。「もう止めて」。「幾ら足りん?」。「500ドル」。アスプロは、「俺だって悪人じゃない。200ドルに負けてやる。7日後に金かガキのどっちかを持ってこい」と最終通告する。ティゲストが帰宅すると、ゼーンは、「これ以上、汚すんなら、ウンチを食わせてやる」と世話の焼ける赤ちゃんだと言い、「やっていいよね?」(2枚目の写真)「でっかいウンチ。ばっちいたらありゃしない」。しかし、ティゲストの顔には始終笑みが浮かんでいるので、3人は何となく気が合って楽しそうだ。そのあと、ティゲストは1週間で200ドル工面するため職探しに奔走する。しかし、1週間でという区切りと、違法労働のため、仕事は見つからない。そこで、最後の手段として、遊園地でいつも見ているゴキブリマンに相談する。しかし、ゴキブリマンにはティゲストを雇う必要もお金もない。次が、映画の中で唯一、意味不明な部分。ゴキブリマンは、遊園地で一緒に勤めているおばさんと一緒に公証人のような男の事務所に行き、ティゲストを妻のために雇いたいと言う(3枚目の写真)〔先ほど、必要もお金もないと言ったのと食い違う〕。そして、職業を訊かれ「電気店主」と言う〔ゴキブリマンなので、これも嘘?〕。電話番号を訊かれても答えられない。このシーンが何のためにあるのか全く分からない〔カンヌのパルムドールを逃したのは、この先も続く不可解なシーンのためか?〕
  
  
  

不可解なシーンは続く。ティゲストは美容院に行き、長く延びた編んだ髪をすっぱり切り落とす(1枚目の写真、矢印)。切った髪は、秤の上に乗せられ、横に電卓もある、店主から3枚の紙幣を渡されるので、お金を作るために髪を切ったことは分かる。髪を短くして帰宅したティゲストは、赤ちゃんとじゃれ合う。ゼーンは、1人寂しそうに宙を見つめている。妹サハールと仲良く遊んでいた頃のフラッシュバック映像が入る。そして、最も意味不明の箇所。ティゲストは、これまで貯めたお金を部屋に固定された筒のようなものに隠すと、エチオピアの伝統衣装を身にまとう。ゼーンが、「どこに行くの?」と訊くと、「母に電話しに。それから、スークに寄るわ」とだけ答える(3枚目の写真)〔お金も持たずにアスプロに会いに行く?〕。ティゲストが出かけると、ゼーンはさっそくティゲストが筒に隠したお金を見てみる〔盗む気はない〕。町まで出たティゲストは〔バラックのような家は荒地に建っている〕、すぐに母に電話し、今月は送金できないと告げる。この後、ティゲストがどうなったのか説明は全くない。しばらく後で、他の大勢の女性と一緒に警察に検挙された映像は映るが、「なぜ?」という疑問は最後まで消えない。「The Hollywood Reporter」の2018.5.17付けのレビューでも、「Rahil inexplicably fails to return」と書かれているが、“inexplicably”は、「どういうわけか、どうしたことか、説明できないほどに、不可解にも」という意味だ。
  
  
  

その夜、ティゲストが戻って来なかったので、翌日、ゼーンはどうしたらいいか困ってしまう。ティゲストを捜すのが最優先事項なので、ヨナスを連れて遊園地行きのバスに乗る(1枚目の写真)。そして、最初に彼女と出会った食堂に行ってみると、「昨日から見てない。病気だと思ってた」という返事(2枚目の写真)。「スークに行くと言って出てって、帰って来ないんだ」。「じゃあ、アスプロに会いに行ったのかもな」。「アスプロって誰?」。「スークに店を出してる」。そこで、ゼーンは、ヨナスを抱いたまま歩いてスークに向かう(3枚目の写真)〔Beirut Luna Park からSouk al-Ahadまで、直線距離でも5.9キロもある〕
  
  
  

ゼーンは、混み合ったスークに入って行く。そして、他の店主に訊き、アスプロの店に辿り着く。アスプロは、ゼーンにティゲストとの関係を訊く。「家族さ」。「家族だと?」。「お前は、父方なのか?」(1枚目の写真)〔片やレバノン人、片やエチオピア人なので、唯一の可能性はティゲストがレバノン人と関係を持ち、そのレバノン人の子供がゼーン、ヨナスにはレバノン人の遺伝子は入らなかったというもの〕。「で、この子がヨナスなんだな? なんでヨナスを連れてきた?」。「昨日 帰って来なかった」。「ヨナスを寄こせ」。「ヤだよ」。「なんで怖がる。俺のちっちゃなヨナスじゃないか。この子のことなら何でも知ってるぞ」。そう言ってヨナスを抱くと、ティゲストの携帯に電話をかける。「電源が入ってない。中で食べろ」。「いいよ」。「彼女が来たら、何て言えばいい?」。「家で待ってると伝えて」。そう言って、ゼーンはヨナスを抱き取る。「ここにいて、俺と一緒に待ったらどうだ?」。ゼーンは、何となく胡散臭く思ったのか、店を出てスークの片隅で簡単な食事を済ます〔ヨナスは、朝から授乳されていないが…〕。ゼーンは、通りがかった女の子に、コカコーラのビンの栓を抜いてくれと頼む。女の子は、ゼーンより小さいが、担いだ商品を売って歩いている。栓を抜いたビンをゼーンに渡した女の子は、ヨナスの隣に座る。ゼーン:「お腹空いてる?」(2枚目の写真)。「ううん。名前は?」。「イブラヒム」〔刑務所に入っている兄の名〕。「この子は?」。「アッサード」。「盗んだの? それとも、物乞いさせるの?」。「弟だ」。「似てないわ」。「おいらたち、生まれた時は黒いんだ。時が立つと、色が薄くなる」。彼女が信じたかどうかは分からない。陽気な女の子と別れたゼーンは、そのまま暗くなるまでスークの中を彷徨う。最後には、食べ物の店の前で物欲しそうに立っている姿が映る(3枚目の写真)〔お金はないのだろうか? ヨナスの授乳は?〕
  
  
  

ゼーンは、そのままスークの中で夜を過す(1枚目の写真)。ここで、ようやく、ティゲストがどうなったかが分かる。彼女は手錠をかけられ、他の多くの不法滞在者と一緒に、刑務所に連行されて行く(2枚目の写真、矢印)。乳房から母乳を搾りながら、「ヨナス、許して」と涙にくれる。どういう経緯で捕まったかが明らかにされないので、彼女の自己責任の軽重も分からない。一方、スークで朝を迎えたゼーンは、バスに乗ってティゲストの家に向かう〔バス代は どうしたのだろう?〕。家に入るが、ティゲストはいなかった。ゼーンは、ぐずって泣き出したヨナスを前に、どうしようかと考える(3枚目の写真)。ここで、責任を放棄しなかったゼーンは偉い。雇い主であるティゲストは、結果的に雇用主としての責任を果たせなくなったので、ゼーンにはヨナスの面倒を見る義務はないが、彼は決してあきらめない。
  
  
  

ゼーンは近くの店に行き、「赤ん坊でも食べれるもの ない?」と訊く。「あるぞ」。「いくら?」。「250と1000だ」。「250の もらうよ」(1枚目の写真)。そして、家に戻る途中で、よその赤ん坊が口に哺乳ビンをくわえて寝ているのをみつけると(2枚目の写真、矢印)、それも頂戴する。家に近づくとヨナスの泣き声が響いてくる。家に入ったゼーンは、さっそく哺乳ビンを渡すが、粉ミルクを溶かしたものらしく、慣れていないヨナスは嫌がって飲もうとしない。ゼーンは何度もトライするが、泣くだけで、飲んでくれない(3枚目の写真)。冷蔵庫の中の食べ物は、すべて腐っていて食べられない。そこで、製氷皿の氷を取り出し、そこに砂糖をかけてヨナスに食べさせる。こちらは喜んで食べてくれた。そして、「シャワルマ〔サンドウィッチ〕と そう変わらないだろ?」と話しかける(4枚目の写真、矢印)〔さっき店で250ポンドで買ったものはどうなったのだろう?〕
  
  
  
  

ゼーンは、魚を売っている店に行き、買ったか、もらったかした小さな魚を10匹弱、コンロのようなもので焼き(1枚目の写真、矢印)、2人で分け合って食べる。次に困ったのは飲み水。蛇口をひねると真っ赤な水しか出て来ない(2枚目の写真、矢印)〔水道が引いてあるのではなく、各戸タンクになっていて、それが空になった〕。困り果てたゼーンは、近所で遊んでいた子からスケボーを奪い取る(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

ゼーンは、スケボーの上に大きな鍋を置いて中にヨナスを座らせ、鍋の取っ手に他の鍋を「販売用」にぶら下げ、自動車専用道の路側帯を引っ張ってスークに向かう(1枚目の写真、矢印はスケボー)〔ヨナスを入れた大鍋の中には、他にも台所の小道具がいっぱい詰めてある〕。スークに着いたゼーンに最初に声をかけたのは、前に会った女の子。「何してるの?」と訊かれ、「鍋、売るんだ」と答えるが、「売れそうにない」という顔をされる。女の子と話す中で、ゼーンは女の子がもらっている食料援助のことを知るが、女の子は、シリア難民しかもらえないと話す。その時、2人が歩いていた横の店主が、鍋に入ったヨナスを見て、「おい、そのウサギどこで見つけた?」と悪気のない冗談を飛ばす。アスプロに比べれば、よほど善良そうな店主だったが、ゼーンは、「よけいなお世話だ」と邪険に返事する(2枚目の写真)。「邪魔すると、おいらが一発くらわせるぞ」。女の子は、ケンカになる前にゼーンを引っ張って行く。2人は、スークの片隅に座って話を続ける。女の子は、もうすぐレバノンから出てスウェーデンに行くのだと打ち明ける。「スウェーデンには シリア人がいっぱいいて、どこから来たかなんて訊かれない。虐めもなしよ。自分の部屋が持て、ノックなしじゃ入れない。それに、子供は自然死しかしないの」。「おいらも行きたいな」。「お金が要るわよ」(3枚目の写真)。「いくら?」。「300ドル」。「高いな」。そして、女の子の口から出て来た名前が、あのアスプロ。ヨナスといい、この女の子といい、アスプロは何をする気なのだろう? 養子なら まだいいのだが。女の子は、自分が乗る船の順番を書いた紙を見せて、船がいかにきれいで食べ物がおいしいか話す〔シリア難民が、かつて大量に乗って来た沈没寸前のボートのことなのか?〕
  
  
  

家に戻ったゼーンは、まず食料を手に入れようと、鏡の前で、シリア風の発音の練習をする。「どこから来たの?」。「おいら、シリアから」。「シリアのどこ?」。「アレッポ」。「その子は、弟?」。「うん、おいらの弟」(1枚目の写真)。この練習で、おかしかったのは、「なぜ、その子は黒いの?」という想定質問に対し、「母ちゃんが 妊娠してた時、コーヒー ガブ飲みしたから」と答えた時。そして、翌日、ゼーンは、難民に対する支援物資の配給所にヨナスを連れて行く。ゼーンは、身分証を川に落したといってごまかし、どうやってシリアから逃げて来たかも「ランボー」を引き合いに出して捏造し(2枚目の写真)、担当の女性があきれて、「何が欲しいの?」と訊くと、「ミルクとオムツ、できれば中華麺とヴィネガー・チップス」と返事する。少なくとも、ミルクとオムツは、一緒にいた赤ちゃんに必要なものなので、シリア難民でなくても人道的な見地から支給してもらえた。家に帰る途中の道路端で、ゼーンは、もらった粉ミルクをそのままヨナスの口に入れる。そして、顔についた粉を払ってやる(3枚目の写真)。このあたり、ゼーンは、ヨナスを自分の弟同然に扱っているし、ヨナスもゼーンに完全に懐いている。
  
  
  

家に戻ったゼーンは、水のタンクを外し、それを「ヨナスを入れた鍋」の後ろにくくりつけてスークまで歩く。スークでゼーンはアスプロに呼び止められる。「彼女、戻って来たか?」。ゼーンは、帰宅したと嘘を付く。「何を引きずってる? 原爆かロケットか?」。「新品の水タンクだよ」。「で、その『新品』のタンクは幾らだ?」。「20,000〔1500円〕」。当然、相手にされない。逆に、ヨナスが痩せて、何も食べさせてもらえず、病気みたいだと、痛いところを突かれる。おまけに、ゼーン自身も「犬みたいに臭い」と言われる。そして、ティゲストには話したが と断った上で、ヨナスを養子に望んでいる人々がいて、彼はちゃんと面倒を見てもらえる。ゼーンがヨナスを渡せば、500ドル ポケットに入るんだと 誘いかける。一方、ゼーンは、先日の女の子の話を受けて、スウェーデンに行きたいと打診してみる(1枚目の写真)。ゼーンは、ヨナスを渡すようティゲストを説得すれば、月にだって連れてってやると、欲望をかき立てる。そして、ちょうどその時、商品の代金として客が渡した少額の札をゼーンにそのまま渡し、「アスプロがよろしく言ってた と伝えてくれ」と言う。ゼーンは、「訊いとくよ」と別れる(2枚目の写真)。ゼーンは、帰りにガソリンスタンドに寄ると、店員に頼んで〔さっきもらったお金を渡したのかも〕、洗車用のホースで水をかけてもらい、ヨナスともども異臭を取ってもらう(3枚目の写真)。
  
  
  

ゼーンは、体と一緒に洗ってもらった服を、家に戻ってから干すが、ポケットから濡れた処方箋が出てくる。ゼーンは、それを薬局に持って行くと、10錠入りのシートを1つだけくれ、後は不足の3000ポンドを持って来たら渡すと言われる(1枚目の写真、矢印)。「1シートだけ? 2つくれよ」〔後で、2シート映る〕。次にゼーンが向かったのは海岸。桟橋につないであったボートから身を乗り出し、巨大なボトル2本分の海水を汲み取る。そして、重さにあえぎながら家まで運ぶ(2枚目の写真)。さっきの薬はトラマドール。かつて母がやったように、細かく潰して粉にし、それを海水の中に入れて溶かす。大量の海水の割に薬はほんの少量だ。ゼーンは、それを1リットル入りのペットボトル2本に入れて、若者が集っている場所に売りに行く。売値は一口1000〔75円〕。トラマドールは有名らしく、飛びように売れる(3枚目の写真)。
  
  
  

家に戻ったゼーンは、お金を、以前ティゲストが隠していた場所に詰め込む。そして、ヨナスに、「お前の行きたい国を選べよ」と、大船に乗った気で尋ねる(1枚目の写真)。「スウェーデンにしよう」。しかし、その夜再び売りに行ったゼーンは、昨夜の海水が希釈のし過ぎで効果もゼロだったせいか、相手にされず追い返される。そして、朝になり、全く売れなかったペットボトルと一緒に帰ってくると〔ヨナスも一緒〕、家の前にティゲストの持ち物の家具などが放り出されている。何事かと思って近づくと、ドアノブには鎖が巻かれ、南京錠が掛けられていて開かない。ゼーンはドアを蹴り、ラチがあかないので、石で錠を壊そうと叩いていると、近所の口うるさい女がやって来て、「ドアが壊れるじゃない! 何してるの?」と干渉する。「どっかのアホが、鍵を変え、おいらの持ち物を投げ捨てやがった」。「そこにあるじゃないの。あんた誰?」。「まだ、中にあるんだ!」。「中のものは持ち主の物さ」。「そのアホ、どこにいるんだ?」。女と話してもラチがあかないと分かると、ゼーンは木の棒でドアノブを突き始める(2枚目の写真、矢印は鎖)。しかし、女が、「警察を呼ぶよ」と言い、いくら叩いてもドアが壊れないと分かると、あきらめざるをえなくなる。全財産を失ったゼーンが向かった先は、人通りの多い街。ゼーンはヨナスは宿無しになり、これから先どうしたらいいか分からない(3枚目の写真)。打ち砕かれたゼーンに残された選択肢はただ一つ。そこで、彼はアスプロに会いに行く。アスプロは嬉しそうにゼーンを迎える(4枚目の写真)。そして、ゼーンのくしゃくしゃになった髪を見て、知り合いの床屋に、「犬みたいな奴がいるから、人間に見えるようにしてやってくれ」と携帯で依頼する。そして、以前、ゼーンが海外に行きたいと行っていたので、「身分証はどこだ?」と訊く。ゼーンは、生まれてこの方そんな物は見たことがない。そこで、「さあ、家だろ、きっと」と答える〔この「家」は、両親の家〕。「俺には、お前を証明するものが要るんだ。IDカード、戸籍抄本、お前の写真が載ってる新聞… 何かあれば、お前をベイルート港から出してやれる」。ゼーンは涙を流す。ゼーンの出国はないと踏んだアスプロは、話をヨナスに移す。「ヨナスのことは心配するな。俺はあの子が好きだ。いい家族を見つけてやる」。そして、ゼーンには、散髪したら、家に戻って身分証を持って来いと言い、100ドル紙幣を4枚渡す。「500ドルだと言ったじゃないか」。「好きに飲んだり食ったりしたいだろ? 100ドルは食事代だ」。そう言うと、鍋からヨナスを抱き上げる。ゼーンはヨナスに最後の別れをすると、名残惜しそうに去って行く〔永久の別れとなる〕。そのあと、ゼーンは床屋に行き、伸び放題の髪の毛を切ってもらう。
  
  
  
  

ゼーンは、身分証を取りに、父母の家の近くでバスを降りる(1枚目の写真、矢印はバスの開いたドア)。ゼーンが、久し振りに顔を出したので、母は、「今までどこにいたの?」と驚く。ゼーンは母を睨みつけて「余計なお世話〔Ça ne te regarde pas」と言う(2枚目の写真)。それに対し、母はゼーンの体を乱暴につかみ、「どこにいたの?」と何度も訊く。ゼーンはそれには答えず、「ここに戻ったのは、あんたに会いに来たんじゃない。そこのクソ野郎〔trou du cul〕のためでもない。身分証のためだ」と言う。その返事にあきれた母は、それまでソファに寝ていた役立たずの夫に、「あんたの息子が身分証を欲しがってるよ」と声をかける。ソファから起き上がったバカ父に、ゼーンは、「身分証はどこなのさ?」と訊く。父は、「ずっと どこにいやがった?」と訊くが、ゼーンは、またもや、「余計なお世話だ」とくり返す。「余計なお世話だと? ごみ収集の作業員にでもなる気か?」。「おいらの身分証、IDカード、何でもいいんだ!」。父は、「なんでもあるから、勝手に選べ」と言い、缶を開けて下らない書類を取り出す。父の収監命令、立ち退き命令、最も大事だと言って見せたのは「心を引き裂いた病院の紙〔une feuille d'hôpital qui déchire le cœur〕」。俺たちは誰でもない〔moins que rien〕。ただの厄介モン〔parasites〕なんだ。お前が身分証なしで生きてたくなんいなら、窓から放り出して終わらせてやる」(3枚目の写真)。その後、このロクデナシは、ゼーンの体をつかむと、「お前をここに寄こした奴に、俺が、身分証なんか作らんかったと言うんだな」と言いながら、柱に思い切りぶつけ、「来たトコに戻れ! お前が生まれた日に呪いあれ!」と叫ぶ。人非人とは、まさにこの男を指す言葉だ。
  
  
  

ゼーンは、先ほど父が口をすべらせた、「心を引き裂いた病院の紙」という言葉が気になる。「誰が病院に行ったの?」と母に訊く。母は答えない。「話せよ。誰が、行ったんだよ?」(1枚目の写真)。その言葉を聞き、今まで怒っていた父までが涙を流す。事態を悟ったゼーンは、「あいつ、サハールに何したんだ?」と訊く。最初は母に、その後は父に(2枚目の写真)。父は「サハールは死んだ」と言う。「死んだ〔Elle est partie〕?」(3枚目の写真)。
  
  
  

ゼーンは、「死んだ? なら、どうするか教えてやる〔Je vais vous montrer qui est quoi〕」と言い、すぐに台所に行き、包丁を1本取り出す(1枚目の写真)。その姿を見た父は、後を追うが、ゼーンも走って階段を降りる。外に飛び出したゼーンは包丁を持ったまま走る(2枚目の写真)。行き先は、もちろんアッサードの店だ。ゼーンがそこで具体的に何をしたかは一切示されない。ただ、通りにいた子供たちが驚いて目を見張る場面だけが映る(3枚目の写真)。
  
  
  

次のシーンでは、手錠をかけられたゼーンが、警官と一緒に署に連れて行かれる。顔には血らしきものが付いている。もう1人の警官が、血のついた包丁をポリ袋に入れている。こびりついた血の量から見て、かなり深く刺したようだ(1枚目の写真、矢印は包丁)。その後、ゼーンは医師の診断を受ける(2枚目の写真)。このシーンは、あらすじの冒頭の映像と基本的には同じ。そして、ゼーンはRoumieh刑務所に収監される(3枚目の写真)。この最初の傷害事件に関わる裁判などのシーンは一切ない。
  
  
  
久し振りになる4度目の裁判シーン。最も長い。ゼーンがアッサードを襲ったので、裁判で証言するのは、まずアッサード。事件が起きてから半年ほど経っていると思われるが、車椅子に乗って証言台につく(1枚目の写真)。「あなたが、サハールと結婚した時、彼女は何歳でしたか?」。「11歳です」。「11歳? 11歳の女の子が結婚できるのかね? 『結婚』とは何を意味するか、知っていたのか?」。「俺の知る限りじゃ、十分だったね。つまり『熟れて〔mûre〕』たんだ」。ここで、ゼーンが、「サハールが、トマトやじゃがいもみたいに熟れるのかい!」と口を出し(2枚目の写真)、裁判官から制止される。「それで、死んじゃうなんて… 近所の女の子は みんなその年で結婚してるからね。俺の義母だって その年で結婚し、今でもそこでピンピンしてる」。「彼女が妊娠したのは?」。「2・3ヶ月」。「順調だった?」。「最初は、変だなんて分かんなかった。そのうちドバッと出血して…」。「その後は?」。「彼女の両親と一緒に 急いで病院に連れてったんだが、中に入れてもらえなくて、入口で死んだんだ」。ここで、ゼーンの弁護人が「なぜ、入館を拒否されたのか 教えてもらえますか?」と訊き、母が、「身分証がなかったからよ」とすねたように答える。裁判官が母の口出しを諌めるが、彼女はエリートの女性弁護人に対する攻撃を続ける。「奴隷のような一生を過してきたあたしを、咎める気? よくまあそんなことできるわね?」。ここで、裁判官がもう一度制止する。「あたしの立場に身を置いてみたら? どんな暮らしか想像できる? あんたには、耐えられっこない。最悪の悪夢よりひどい。そんな目に遭ったら、あんた首吊るわ、きっと」(2枚目の写真)「他に何もないから、子供たちに砂糖水与えるなんて、想像できる? 子供たちを生かしておくためなら、100の犯罪だって犯してやる。誰にもあたしを裁く権利はない。あるのはあたしだけさ」。ものすごく勝手な論理だ。この論理が通れば、事実上、何をしても許されることになる。サハールの命を救えなかったくせに、『盗人猛々しい』という言葉がぴったりだ。
  
  
  

シーンは、再び、過去に戻り、刑務所でのゼーンの「暮らしぶり」が紹介される。最初は、慰問に訪れたヨーロッパのミュージック・グループ〔プロではない〕を、リンゴを齧りながら冷ややかに見ているゼーン(1枚目の写真)。同じ刑務所の女性監房にはティゲストも入っている(2枚目の写真)。ゼーンが登場する2つ目のシーンでは、彼の入っている監房の中で、男たちが一斉にメッカの方を向いて日々の礼拝を行っているのに、ゼーンはそれを見ているだけ(3枚目の写真、矢印は頭を床につけて礼拝している男たち)。ゼーンの父は、一度だけ「インシャラー」と言ったのでイスラム教徒だと思うが、いつものグウタラで、宗教教育まで怠ったのかもしれない。3つ目のシーンは、ゼーンがゴロ寝をしているところ。何れにせよあまり生産的とは言えない。
  
  
  

刑務所内で、「ゼーン・アル・ハジ、所持品を持って事務室まで出頭せよ」というアナウンスが流れる。そのアナウンスにハッとしたのがティゲスト。鉄格子に頭をつけ、ゼーンの姿を必死に捜す。そして、看守に連れられて行くゼーンを見つけると(1枚目の写真)、「ゼーン!」と呼びかける。その言葉に、ゼーンも振り返る(2枚目の写真)。「ゼーン、こんなトコで何してるの? ヨナスはどこなの?!」。ティゲストの叫び声はだんだん大きくなる。結局、ティゲストも事務室まで連れてこられ、2人は久し振りの再会を果たす(3枚目の写真)。2人の間の会話は紹介されない。だから、その後、どうなったのかは不明〔3度目の裁判のシーンで、ティゲストがゼーンに好意的だったのは、この時、事情を説明されて、自分に否があったと納得したからだろう〕
  
  
  

ある日、ゼーンは、看守に連れられて面会室まで来て、そこで母の姿を見る(1枚目の写真)。ゼーンは、母と一緒にテーブルに座る。ゼーンは、母が喪服を着ていないのを見て、「おめでとう、喪は終わったの?」と皮肉る。母は、溜息を付き、「ちびちび齧るお菓子 持ってきた」とゼーンの前に袋を置く(2枚目の写真)。ゼーンがにこりともしないので、「なぜ、そんなに怒ってるの〔Pourquoi tu m'en veux autant?〕? あたしのせいじゃない〔Je n'y peux rien〕。どうしようもなかったの〔Je ne pouvais rien faire〕。あたしの娘だから、あたしも不幸なの」と弁解する。「なんでここに来た?」。「神様は 何かを取り上げると、見返りを下さるの」。「神は、あんたに何を寄こした?」。「身ごもったの。あんたは、弟か妹が持てる」。これを聞いたゼーンは、「吐き気がする〔J'ai mal au cœur〕」と言う。「女の子だといいわね、サハールと呼べる」。「あんたの言葉は、おいらの心に突き刺さる〔Tes mots me percent le cœur〕」。「あんたがここを出る頃には、歩いたり遊んだりしてるわよ」。「もう ここに来るな。あんたには心がない〔Tu es sans cœur〕」(3枚目の写真)〔無情、冷酷とも訳せるが、直訳の方が迫力がある〕。そう言って立ち上がると、ゼーンは入口のゴミ箱にお菓子の袋を叩き付けるように捨て、部屋を出て行く。
  
  
  

裁判の直前のシーン。子供たちに対する不当な行為を取り上げるTV番組を見ていたゼーンは、「今、ご覧になったことに対するご意見は09658856までどうぞ」という司会者の話を聞いて、悩み、考える。そして、遂に番組に電話する。電話に出た司会が、「ゼーン、近くに大人はいるかな?」と訊くと、「看守が一人」と答える(1枚目の写真)。「看守だって? 君は、どこにいるんだい?」。「刑務所だよ」。司会はびっくりする。「ゼーン、なぜ電話したんだい? 何かしてあげられるかな?」。「両親を告訴したいんだ〔Je veux porter plainte contre mes parents〕」。TVでゼーンの名前が出てきたので、刑務所内にいるゼーンと同年輩の子供たちは、「ゼーンがTVに出てるぞ!」と大喜び(2枚目の写真)。「ゼーン、これは生放送だ。何か言いたいことは?」。その後に続くゼーンの言葉は厳しい。「大人たちに聞いて欲しい。子供たちを育てられないような大人たちは、これ以上産んじゃダメだ〔Je veux que les adultes incapables d'élever des enfants n'en aient pas〕。おいらが、何を覚えるかって? 暴力さ。バカにされ、チェーンやパイプやベルトで殴られた。おいらにかけられた 一番優しい言葉は、『失せろ、クソガキ〔Dégage, fils de pute〕!』『うるさい、クズ野郎〔Casse-toi, ordure〕!』だった。生活はめちゃくちゃ。何の意味もない」。刑務所暮らしについても語る。「ここで生きるのは地獄。黒焦げの焼肉みたいなもの。みじめなだけ」。そして、最後のコメントは、現在のシーン〔裁判所に向かう場面〕の背後に、独白の形で流れる。「おいらは、いい人になり、みんなから好かれたかった。だけど、神はそんなの望んでない。おいらたちは、ゴミでしかないんだ」(3枚目の写真、これ以後は山吹色の帯)。この電話は大きな話題となり、人権派の女性弁護士が訴訟を買って出る。そして、マスコミも注目し、冒頭で見たようにTV中継が幾つも入る。
  
  
  

最後の裁判のシーン。裁判官は、「ゼーン、君は 両親に何を望むかね?」と尋ねる。「もう子供を持って欲しくない〔Je veux qu'ils n'aient plus d'enfant〕(1枚目の写真)。「君は、子供を持って欲しくないんだね? だが、もう2人は持たないのじゃないかな?」。「なら、お腹の中にいる子は〔Et celui qui est dans son ventre〕? 生まれてくるんだよね〔Il va venir au monde, non〕?」。こう問いかけられた母は、何とも言えない。父には反省の色もない。それをゼーンが睨み付ける(2枚目の写真)。結局、裁判がどのような形で終わったのは、明らかにされない。最後は、一件落着で、係が 裁判の資料一式を書庫に置きに行く場面で終わる(3枚目の写真)。
  
  
  

最後は、事後談。アスプロの隠れ家は警察の強制捜査を受け(1枚目の写真)、彼は逮捕され、コンテナーのような所に入れられていた多くの女性が解放される。彼は一体何を目論んでいたのか? 解放された中にはヨナスもいた(2枚目の写真)。そして、ティゲストが送還される空港で、NGOの女性が発見されたヨナスを抱いて駆けつける。ティゲストは、自分の愛しい赤ちゃんと一緒に帰国することができた(3枚目の写真)。最後、監房から出されたゼーンは、壁の前に立たされ、写真を撮られる。何事かと憮然としていたゼーン。「顎を上げて。正面を向いて。にっこりして」と言われても、むっつりしたままだ。「微笑めよ、ゼーン。パスポートの写真だ。死亡証明書じゃない」と言われ、ようやく にっこりする(4枚目の写真)。裁判の結果、ゼーンの刑期は短縮されたのだろうか? 海外に行けるのだろうか? IDカードとは言われなかったので〔これまで持てなかった身分証ではない〕、その可能性は高いと思いたい。
  
  
  
  

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