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Hævnen 未来を生きる君たちへ

デンマーク映画 (2010)

アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞を受賞した名作。邦題は意味がよく分からないが、原題は「復讐」。まさにそのものすばり。世の中にあるいろいろなレベルの復讐が、果たしてどの程度許されるものなのかを真剣に考えさせる奥の深い映画。子役は、ウィリアム・ユンク・ニルスン(William Jøhnk Nielsen)とマークス・ウィコール(Markus Rygaard)の2人。主役級はウィリアムの方。

映画は、デンマークの郊外と、アフリカの医療キャンプに2つに分かれて進行する。まず、デーマークで学校で起きる小さな虐めに対し暴力的な反撃が加えられ、虐めの連鎖が断ち切られる。町で起こった粗暴な人間による一般人への理由なき暴行に対しては、抑制した対応が不満の原因となり、最終的に爆弾テロにまで発展する。アフリカでは、殺人を平気で起こす凶悪なボスに対し、医者としての義務で怪我の治療はしてやるが、キャンプ内でボスが取った非常識な行動に激怒してキャンプから放り出し、住民のリンチに任せる。第1の復讐は、深刻な虐めという問題への対処法としては、許容できなくもない。第2の復讐は、明らかに行き過ぎであり、犯罪行為である。しかし、その原因となったのは、暴力を悪いことだと立ち上がらなかった優柔不断な対応であり、もし、もっと決然とした姿勢をとっていればテロは起きなかったであろう。第3の復讐は、暴力が横行し住民の多くが凶悪なボスの被害者という特殊な環境下においては許容されるのかもしれない。しかし、こうした二重基準(デンマークでなら許されないが、アフリカでなら許される)は果たして本当に正しいのだろうか? 映画が観客そして人類に対して投げかける疑問は、深くそして重い。

2人の子役のうち、主役となるのは、国際的なビジネスマン・クラウスを父にもつクリスチャン役のウィリアム。デンマーク総合芸術大賞の主演男優にノミネートされたほどなので、抜群の演技力とハンサムさで圧倒的な存在感がある。もう一人のマークスは、アフリカで医者を勤めるアントンを父にもつエリアス役。映画の実質的主役は、ウィリアムとアントンなので、エリアス役が意志薄弱な3枚目ということもあって、影が薄いのは否めない。


あらすじ

映画は、アフリカに続き、イギリスでの母の葬儀でクリスチャンが、母国デンマークの有名なアンデルセン(Hans Christian Andersen)の童話『ナイチンゲール(Nattergalen)』の後半の一部を英語で朗読するところから始まる。ナイチンゲールを森に追いやった王様が、5年後に死の縁にあった時、戻ってきたナイチンゲールの歌で安らかに眠りにつくシーンだ。童話では王様は翌日元気になって目を覚ますのだが、母は脳腫瘍で死んでしまったので、朗読も安らかな眠りの箇所で終わっている。
  

父の仕事でイギリス暮らしをしていたクリスチャンは、葬式後、デンマークに帰国し、田舎にある祖母の館で暮らすことになる。祖母に優しく「好きな部屋を選んで」と言われたクリスチャンは、一番外れにある小部屋を選ぶ。父は、「一番小さな 部屋だぞ」と問うが、父に含むところのあるクリスチャンは意固地だ。「好きになさい、眺めは最高だ」と言われるクリスチャン。
  

そして、初めての登校。入口では、一人の生徒が大勢に「ネズミ顔」と罵られていた。クラスで転校生紹介が終わると、席決めで隣になったのは、さっき虐められていた生徒エリアスだった。学校が終わり連れ立って外に出ると、エリアスの自転車はいつものようにパンクさせられていた。そこに、虐めのボスのソフスが現われ、クリスチャンに、「お前、誰なんだ」「ネズミ顔と何してる?」「ネズミみたいな 前歯だろ」。クリスチャンは「他人の口なんか 覗かない」と、転校生らしくない返事。生意気だと感じたソフスは、持っていたバスケットボールをクリスチャンの顔に投げつけ、「キャッチ 失敗かよ」。顔を切ったクリスチャンと、自分のせいだと心配するエリアス。
  
  

このまま放置すれば虐めの対象になる。エリアスも助けないと… クリスチャンの反撃は素早く、かつ、過激だった。翌日、エリアスを追ってトイレに入りパンクの口止めを迫るソフスの頭を、自転車の空気入れで何度も強打し、床に倒れたソフスの首にナイフを突き付け脅す。「チクったら、死ぬぞ」「二度と手を出すな!」「僕じゃなく、誰にもだ!」。
  

この1件は警察沙汰になり、両親も呼ばれる。クリスチャンは叱る父に対し、「反撃しなかったら、みんな僕を殴ってもいいと思う」と反論。「戦争と同じだ」と言われると、「最初に、猛反撃すればいい」「誰も、僕には手を出さなくなる」。この“復讐”は、許容可能な範囲内かもしれない。一方、エリアスは、母に「あの子、ナイフを持ってたの?」と訊かれ、「持ってなかった」と庇う。彼は自分も救ってくれたクリスチャンに心酔しているのだ。それから2人はいつも一緒。ある日は2人は、クリスチャンの館の前で遊びながら話し合っている。「ママはどこ?」。「死んだ」。「ウチは、離婚寸前」。「何で死んだの?」。「ガンだった。最初は 良くなるって。でも、ダメだった」。
  
  

クリスチャンは、昔登った港の高いサイロにエリアスを連れて行く。防護柵もない屋上の出っ張りの上に、こともなげに座るクリスチャン。「高いだろ」。エリアスはこわごわ「うん…」。
  

エリアスは、久しぶりにアフリカから帰ってきた父と、大親友になったクリスチャンも誘って港でカヤックを楽しむ。ところが、外国移民風のならず者にいちゃもんをつけられ、エリアスの父が頬をなぐられる。「何て 乱暴な」。「失せろ、クソったれ!」。それを見ていたクリスチャンが、「警察には?」と尋ねるが、「必要ない」「もう、済んだ事だ」としか答えない。
  

しかし、納得のいかないクリスチャンは、エリアスとサイロに登っていて、殴った男を見つけ、車に書かれた社名を控える。そして、エリアスは父に住所を教えて「これで、何か しないの?」と期待あり気に尋ねる。「例えば、何をしろと?」。「行って、張り倒すとか」。煮え切らない父に対し、「そんなの弱虫だ。ママにも嫌われる」。これが効いたか、エリアスの父は、当事者全員を連れて男の車修理屋へ向かうが、「右の頬を打たれたら、左の頬」的な言動に終始。1度殴られ、「君は大バカだ、謝罪する事さえ出来ないばかりか殴りたくて仕方がない」と言って2発目。子供たちに向かっては、「奴には、あんな事しか出来ない、クズだ」「クズは、相手するだけ時間の無駄」と説明する。こうした事勿れ主義的な態度は、クリスチャンを憤慨させる。
  

そして、自宅の大きな納屋の奥に置かれていた大量の花火を見つけた時、爆破計画が頭にひらめく。ネットを参考にして、花火の黒色火薬から爆弾を作るクリスチャン。エリアスに対し、「君のパパを殴り続けた」「奴に、思い知らせてやろう」と決然と言う。エリアスは不安気だ。
  

エリアスは、ふとしたことで、母にナイフを見つかり、「嘘付いたの? 私や警察に」と責められる。それだけでなく母は、クリスチャンの父にも知らせに行く。叱咤する父に対し、クリスチャンの猛烈な反撃が始まる。「ママは、死にたくなかった」「パパはあきらめた!」「そんなの、許せない」。クリスチャンの父に対する冷たい態度の本音がここで明かにされる。
  
  

一方、アフリカに戻ったエリアスの父にも大きな問題が。それは、地元住民の妊婦たちを切り裂いて賭けの対象にする「ビッグマン」と呼ばれるボスが、足をひどく怪我して医療キャンプに来たからだ。ボスに対し、自分の命令に従えわないと「治療できん。脚を失うぞ」と言って主導権を取るが、医療スタッフからは嫌がられ、住民からは「なぜ 助けるんです?」とブーイング。その時は「義務だから」と答えたが、ボスがかなり回復して歩き廻れるようになり、死んだばかりの女性患者のそばに来て、部下に死体が好きなのがいるからセックスさせろと言うのを聞いて、遂に切れる。「もう病人じゃない。立ち去れ!!」と退去を叫ぶ。「俺は丸腰だ」「外は、敵だらけだ」という懇願にも、「私の責任じゃない」「今すぐ 出ろ!」と耳を貸さない。結局、ボスはキャンプの外でたむろしていた住民から集団リンチにあって殺された。この住民による“復讐”を叶えてやった医師の行動は正しかったのか?
  

デンマークでは、事態はさらに深刻だった。クリスチャンは、ならず者の車を爆破すると決めている。ナイフの一件で断交されたエリアスは、必死にクリスチャンに接近し、「爆弾作らせて」「バカの車を、吹っ飛ばそう」「君の言う通りだ、復讐しよう」と言い、計画に参加。いよいよ実行の日。人通りのない日曜の早朝だったが、爆弾に点火したところでジョギングする母子。それを見つけたエリアスは、近寄るなと叫んで爆発に巻き込まれてしまう。この“復讐”は、他人のためとはいえ、問題外で行き過ぎだが、こうした事態を招いたエリアスの父の責任も重い。
  

警察の取り調べを受けたクリスチャンは、解放されると、エリアスのことが心配で病院に。まだ検査結果が出ていなかったにもかかわらず、応対に出た母親はクリスチャンに詰め寄り、「よくもまあノコノコと、息子を殺しておいて、このキ印が!」「あの子が死んだのは、あんたが甘やかされた悪ガキで、人の命を好き勝手にもて遊んだから」と激しく責める。
  

クリスチャンはエリアスが死んだと思い込んで、自ら命を絶とうと、いつものサイロの屋上に。屋根の端ぎりぎりに立って、飛び降りようとするクリスチャン。実は、その後の検査でエリアスは命に別状のないことが分かっていたが、クリスチャンはそれを知らなかった。
  

クリスチャン家出の報にピンときた急きょ帰国中のエリアスの父は、サイロに駆けつける。そして、間一髪でクリスチャンを救い、「生きてるし、けがも治り、元通りになる」と安心させる。母の死とダブらせて、エリアスが死んだらどうなるか不安だったと涙ぐむクリスチャンに、「人と死の間には一定の距離がある。しかし、その距離がなくなる時がある。それは、愛する誰かを亡くした時だ。その一瞬、死の存在をはっきりと意識する。しかし、やがて距離は戻り、何事もなかったように人は生き続ける」と静かに語りかける。感動的なシーンだ。
  

そしてエリアスの病室で。2人の間には何のわだかもりもない。「ごめん、バカだった」。「いいってば」。「早く、学校で会いたい」。「うん、僕も」。
  
  

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