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North ノース/ちいさな旅人

アメリカ映画 (1994)

イライジャ・ウッド(Elijah Wood)全盛期の超駄作。ロブ・ライナー(Rob Reiner)監督といえば、名作『スタンド・バイ・ミー』『ア・フュー・グッドメン』をはじめ、1986-96にかけて評価の高い映画を立て続けに製作した一流中の一流。しかも、準主役にブルース・ウィリス、脇役にアラン・アーキン、ダン・エイクロイド、キャシー・ベイツ他きら星のような名優を配しながらのこの駄作。もちろん、イライジャのせいでもない。あまりの駄作でDVDも出ていない。もちろん、本国アメリカでの話だ。一方、マシュー・マコーレー(Mathew McCurley)は、ほとんど名を残していない子役だが、この作品でキーになる悪役を演じているので、名前を挙げておきたい。

ノース(「北」と同じスペル)は、ルックスから学業成績、野球、演劇能力まで完璧な少年だった。しかし、両親が自分の仕事にかまけて、息子には見向きもしなかったことから、ストレスが溜まりに溜まり、成績は急降下、野球や演劇も失敗続き。ある日、いつもの “秘密の場所” であるモールの家具売り場で、定位置の椅子に座って考え込んでいると、イースター・バニーの着ぐるみおじさん(ブルース・ウィリス)に会う。そこで、フリー・エージェント制のように両親を選ぶという着想を得たノースは、新聞部のウィンチェルに情報をつかまれ、戦略にのせられ、裁判を起こし、判事の裁定で、①新しい両親をみつけるか、②元の両親に帰るか、③どちらも決まらなければ孤児院に入れられるか、を期限付きで決めることになった。ノースの世界をまたにかけての両親探しの旅は、ウィンチェルの政治的な野望によって、最後は悲劇的な結末へと突き進む。と書いただけで、如何にも荒唐無稽な内容であることが分かる。フリー・エージェント制という発想はそれなりに面白いので、両親探しの旅を、腹立たしいほど “おふざけ” 的にせず、ウィンチェルを登場させなかったら、もう少しまともな映画になっていたかもしれない。

イライジャ・ウッドは、『ラジオ・フライヤー』『フォーエヴァー・ヤング』『ハックフィン』『危険な遊び』と代表作が続く中での出演なので、確かに可愛いのだが、映画がコケると、演技も過剰なものになってしまい、魅力を感じさせない。マシュー・マコーレーは、顔を含めて、うんざりさせられるタイプだが、彼の方が、イライジャよりも余程存在感がある。


あらすじ

ある日のノースの家での食事。両親は、自分たちの仕事上の不満を延々とぶつけ合い、ノースが何を言おうとしても見向きもせず、お互い勝手にしゃべりまくっている。ついに、過呼吸からか、意図的か心臓発作を起こすノース。それは、すべてストレスのせいだとナレーションが入る。学校の成績は平均点が91点、野球の平均打率は4割2厘、学芸会では『屋根の上のバイオリン弾き』のテヴィエの歌を見事に歌い大喝采。そんな優良児もストレスは溜まる一方で、『ハムレット』では、生きるべきか云々の名台詞をど忘れしたり、野球では6回連続のフォアボール。
  
  

ノースは、自分を産んでおきながら、自分に関心を持たない親の問題をどうすれば解決できるかを考えようと、行きつけの “秘密の場所” へ向かう。そこは、ツリーハウスなどではなく、ショッピング・モールの家具売り場だった。そこにある肘掛椅子が好きなのだ。考え込んでいるノースの前に、ピンクのイースター・バニーの着ぐるみをまとったおじさんが現れる。ウサギらしく生のニンジンを齧りながら、ノースに声をかける。さっきの試合は最低だったとこぼすノース。さらに、両親が「自分たちのことしか考えない」と不満をぶつける。そして、他の子の親は、自分のことをこんなに褒めるのにと例をあげる。「宝の持ち腐れってことか」「だが、こんなのは君一人じゃない」「理解されないと悩むのは、子供にとって普通の不満だ」。「僕のは、普通じゃない」とノース。「あいにく、選択の余地はない。誰が両親になるかは選べないからな」「これが野球だったら、フリー・エージェントになって、好きなチームに行けるのにな」「これが人生だ。ルールが違う」。このフリー・エージェントというアイディアは、ノースの頭の片隅に残った。
  
  

しかし、情報通のウィンチェル。どこで聞き込んだか、ノースをつかまえると、「フリー・エージェント」「大スクープだ!」「子供がフリー・エージェントになり、最も入札額の高い両親の息子になる」「すごいよ、ノース、名案だ!」と興奮する。ノースは、「両親にラスト・チャンスを与えてから」と一歩引くが、2人に電話をかけてみると改善の兆しすらないので、「これで、決まった」。それは、たちどころにウィンチェルの知るところとなり、「こんなトコ出てくぞ!(I'm outta here!)」という大見出しの新聞を大量に刷って、町中に配り始める。
  
  

ノースには、ウィンチェルの紹介で怪しい弁護士が付く。ここで、ナレーションが入る。「ノースの行動は、家族という概念への挑戦だった。影響は直ちに顕れ、子供たちは、夢想だにしなかった強腰で両親と対峙した」。要は、子供たちの反乱が始まったのだ。親が気に入らないことを言うと、自分もフリー・エージェントになると脅す。ノースの両親は、新聞を見て卒倒し意識不明の状態になる(その後、着衣のまま直立不動の意識不明状態が78日間続き、2人並んでスミソニアン博物館に展示されるが、こうした非現実的なストーリーが映画の質を下げている)。殺到するマスコミ。弁護士はノー・コメントを連発。
  
  

裁判が始まる。判事は、職権で自分が判断を下すと宣言。方針を理解したかと原告・被告双方に訊く。しかし、被告側は、直立不動で意識不明状態の両親がそのまま “置いて” あったので、判事は、裁判で眠っているような者には両親の資格なしとして、原告勝訴を言い渡す。その後、正式な裁定として、「今日は7月1日である。ノースは、レイバー・デー(9月の第一月曜日)までに新しい両親を選ぶこと。そうすれば、新しい家族の元で学校に行ける。もし、新しい両親を選べない時は、本来の両親の元に戻ってもよい。しかし、レイバー・デーの正午までに、新旧どちらかの両親の腕に抱かれていない場合は、孤児院に送致されるものとする」。「孤児院?」と心配するノースに、「心配するな。これから、世界は君のものだ」と弁護士。その言葉通り、世界中から届く山のような申し込みの手紙。「手を広げすぎないように。オーディションする両親についてよく研究すること。一旦サインしたら、彼らが君の新しい両親になるんだ、永久に。分かったね?」と弁護士。「もちろん」とノース。
  
  
  

最初の候補は、テキサスの大富豪。大牧場、油田の持ち主で大リーグのオーナーだ。ジョークとしか言いようのない長~いリムジンでお城に向かうノース。派手な衣装で食事する3人。「わしが持っとるものすべてが最大で最良」だと言う父候補。「お前さんはもう “最良” だから、残っとるのは “最大” になることだ」と、山盛りの食事を勧める。「今は食べきれなくても、胃袋なんかすぐに伸びて、どれだけでも入るようになるのよ」と母候補。しかし、ノースが嫌がったのは、食事ではなく、自分が、死んだ息子の代わりという点だった。着ぐるみおじさんと同じ顔をしたカウボーイに、「この家の子になれば、誰かの代理にさせられる。そんな人生なんてある?」と打ち明ける。カウボーイは、「いつも比較されてちゃ、自分を保つのは難しいぞ」。カウボーイからは、銃で真ん中に穴を開けた幸運のコインをもらい、ノースはこの両親をあきらめた。
  
  
  

ノースが、テキサスにいる間、ウィンチェルは「ノース万歳(Viva el Norte、スペイン語)」を標語に子供たちを集め、一大キャンペーンを張っていた。「今こそ団結の時、我々の両親に知らせるべき時だ。新時代が到来し、我々が解放されたと!」「この力を勝ち取って新時代を開いたのは一人の少年だ」「ノース万歳!」。
  
  

ノースの次の候補は、ハワイ州の知事。豪華なハワイ式の歓迎を受けて伝統の木舟で上陸。ハワイのいい所を聞かされた後で、ノースは「後釜として期待される死んだお子さんはいませんよね?」と恐る恐る尋ねる。妻が不妊症なので君が最初の子供だと言われ、ハワイで暮らす気になったノース。その言葉を受けて開かれた盛大な歓迎式典で、空港や幹線道路沿いに立てられる看板が披露された。何と、水着姿のノースのパンツを、タコが脱がしている。憤然とするノース。翌朝、浜辺で遭った着ぐるみおじさんと同じ顔をした金属探知機の男に、「自分たちのために、僕のお尻の割れ目を広告板で見せるような両親はイヤだ」と打ち明ける。金属探知機の男は、「子供のためを思うのが両親だ。その逆はない」。
  
  
  

一方のウィンチェル。彼の扇動にのった子供たちは、親を脅してこき使っていた。「他に ご用は?」と、息子にジュースを差し出す母。「僕の部屋 進んでる?」。「夕食までには、掃除完了よ」。ウィンチェルと弁護士は、マッサージを受けながら話している。弁護士:「ノースは、まだ新しい両親が決まらない。決められないかも。そうなったら、フリー・エージェントも一巻の終わりだ」。ウィンチェル:「呆れたな。こんな重要なことを、不測事態も考えずに始めたと思うわけ?」。そして、「最近の世論調査では、親たちが神経質になっていて、78%が子供の言う通りに投票する。そして、その子たちは、君のいいなりだ」と弁護士。「僕は、次期大統領と一緒にいるわけさ」とウィンチェル。
  
  

さて、ノースの3番目の候補は、アラスカのエスキモー。犬ぞりに牽かれて到着した超大型のイグルー。中で、サケの釣りもできる(『ミザリー』でアカデミー主演女優賞をとったキャシー・ベイツにイヌイット役はひどすぎる)。ノースは、前の2回で懲りたので、「死んだ息子も、自尊心の低下も、家庭内の秘密も、ないですよね?」と尋ねる。「我々には誇りがある。子供には何も求めない」。「自由に夢を追っていいのよ」の父母候補の言葉に安心する。しかし、その後すぐに、「父さん、行こう、浮氷の時間だ」と父候補。「浮氷の時間」について質問したノースは、エスキモーは老いて社会に貢献できなくなると、家族全員で海まで歩いて行き、一人浮氷に乗って海に出て尊厳死を迎えるのだ、と説明される。どうしても、その伝統に納得できないノース。帰りの犬そりの中で、着ぐるみおじさんと同じ顔をした御者に、「自分の祖父をあんな風にするなんて」と怒る。ところが、御者はノースが思いもつかぬことを言い出した。「レイバー・デーの締切りまで、明日で1週間なのに、まだ新しい両親を見つけていない」。海まで歩いた間、ずっと白夜だったので、7週間経ったのに気付かなかったのだとか(あまりにもナンセンス)。
  
  
  

次が、全編でも最低の駄作部分。ノースの急ピッチでの4ヶ所歴訪だ。最初のアーミッシュは、厳格そうな父候補と、同名の兄弟が3名ずつ計6名いることで逃げ出す。次が中国。共産党の一党独裁下にある中国になぜ皇帝がいるのか。それはさて置くとして、ノースは、辮髪にさせられるのが嫌で逃げ出す。次がザイール。なぜ未開の種族を選んだのかは不明だが、母候補の裸の胸に抱かれて「勉強に気が散るから」は、ジョークにもならない。最後のフランス。TVしか見ない両親に呆れて逃げ出す。この4シーンは、前の3シーン以上に、映画のレベルを最低ランクにもっていくのに大いに貢献している。下らないシーンだが、写真は1枚ずつ。
  
  
  
  

映画では一部順序が逆になっているが、ウィンチェルの陰謀のシーン。ノースの両親が2ヶ月以上経って目覚めたたが、それを逆手にとって、ノースが両親を嫌いになるようなビデオを作製する。まずは、両親をスタジオに呼んで、普通にインタビュー。その直後に、「でも、もしノースが戻らなければ、養子がとれます。この前、7才の可愛い男の子に会ったんです」「名前はヒュー。息子さんにできますよ」とウィンチェル。実父は「ヒューなんか要らん」。実母も「私たちの子じゃない。ノースが要るわ」。ウィンチェルは、「そうですとも。僕も鈍感でした。もっとコーヒーはいかがです?」。実母は「いいえ、もう結構」。実父は「ぜんぜん」。ウィンチェルは、この会話から、ニセのインタビュー・テープを作り上げた。
  

ノースの最後の候補地は、ニューヨークの小児科医。2人の子持ちだ。このうち妹に注目したい。今をときめくスカーレット・ヨハンソン(Scarlett Johansson)の映画初出演場面「だ。和やかな家族団らんの後、ノースに実の両親からのビデオテープが届けられる。さっき、ウィンチェルが捏造したテープだ。『息子さんにおっしゃりたいことは?』。「お前なんか要らん」(ヒューはYouと聞こえる)。『なぜそんなことを?』。「私たちの子じゃない」(後半をカット)。『二度と会えなくてもいいのですか?』。「いいえ、もう結構」。『心が張り裂けそうになりませんか?』。「ぜんぜん」。「私たちの子じゃない」「お前なんか要らん」。よくできたニセビデオだ。これを聞いて、医者の息子になろうと決心する。しかし、なぜかしっくりこない。遊園地に行き、考え込むノース。ナレーションが流れる。「何かが変だった」「ネルソン家にはノースの望むものがすべてあったのに、なぜ彼は打ち解けられないのか?」「答えが必要だった」。
  
  
  

ウィンチェルには、ノースの行動が逐一報告されていた。当然、医者と別れたことも。ウィンチェル:「ノースは、ネルソン家を出て、ここに戻って来ることに決めた」。弁護士:「全部 台無しだ」。「これは思わぬ幸運だ」。「幸運?」。「この国の大人たちは辱められ、イライラはノースに向けられている。如何に多くの親たちが、我々の小さな友人を片づけたいと望んでいるか、分かってるのか?」「政治運動を団結させるのは、一つのきっかけってだってことも?」「そう、殉死者だ」。得意気なウィンチェルの顔が恐ろしい。
  

ウィンチェルの方針転換により、殺し屋に狙われ、セントラルパーク中を逃げ回るノース。途中で、ウィンチェルの暴走に見切りをつけた元親友から、未修正のテープをもらう。トラックで逃げる際、血のついたノースの帽子が地面に落ち(実は、弾で穴の開いた缶から流れ出たボルシチの赤いシミ)、殺し屋は「殺した」と思い込む。ノースはそのまま逃げて、厨房からパーティ会場へ。そこでは、着ぐるみおじさんと同じ顔をしたパフォーマーが笑いを取っている。演技終了後、会いに行き、本物のテープを見て、パフォーマーに「いい両親じゃないか」と言われたノース。「僕の真価が分かってくれる両親を見つけようと、世界中を旅したけど、どこにもいなかった」「きっと、僕がどこかおかしいんだ」と反省する。パフォーマーは「君は気付いたんだ。ほとんどの人が一生かかって分かることを」。そして、空港まで送ってもらう。
  
  

しかし、空港では、新聞の「子供のフリー・エージェンント、遺恨を持った親に惨殺」との見出しを見せられ、搭乗拒否。子供たちに「裏切り者!」と追われるが、何とか、フェデックスの男に助けてもらう。またまた、いつものおじさんだ。「家まで届けてくれる?」。「入れ」と箱に入れられる。フェデックスは、交通事情で予定より1時間以上遅れ、タイムリミットの10分前に自宅に配達。中から出てきたノースが、自分で受領サインをし、家に駆け込むが両親は不在。代りにウィンチェルがいる。「ちくしょう、両親はどこだ?」と詰め寄るノース。「もし教えなかったら、どのくらい強くなったか見せてやる、このクソ野郎!」。ウィンチェルは、両親は、ノースの “秘密の場所” にいると言い、あと9分と付け加える。
  
  

慌ててモールに向かうノース。待ち受ける判事と両親。両親の4本の腕に抱かれない限り裁定に反すると言われ、両親は一歩も動けない。10秒前にノースが現れ、3人が駆け寄る。11時59分59秒、抱擁の直前に、隠れていた殺し屋がノース目がけて拳銃を発射。そこで、ノースの目が覚める。そう、彼は、最初にモールに来て、イースター・バニーの着ぐるみおじさんと話した後、居眠りしてしまったのだ。だから、後の大騒動はすべて夢(全く観客をバカにしている)。中年男性に家まで送ってもらうノース。別れ際に、ポケットにあった穴開きコインを見せる。テキサスでもらったものではなく、最初から持っていたものだ。おじさんは、「わが家にまさるところなし」と格言を引用する。
  
  

車の音を聞いて、家から飛び出してきた両親。「どこにいたの? とても心配したのよ」と母。「お前のことを愛してるからな」と父。「あなたに何かあったら、と思うと」ママ。「大好きだよ、二人とも」とノース。エンディングだけは、まとも。
  

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