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Santa Sangre サンタ・サングレ/聖なる血

メキシコ・イタリア映画 (1989)

アンダーグラウンド映画の古典となったシュールレアリスティックな2本の作品『エル・トポ』(1970)、『ホーリー・マウンテン』(1973)で知られるアレハンドロ・ホドロフスキー監督のアングラではない最初の作品。この寡作の監督は、1989年の本作品、『リアリティのダンス』(2013)、『エンドレス・ポエトリー』(2017)で、いずれもIMDbで7以上の高評価を得ている(本作品は7.7)。この監督の映画には、多くの場合、本人や家族が出演している。『エル・トポ』では、本人(主演)の他、最初の32分、幼い息子のブロンティスがずっと全裸で出演している(1枚目の写真)。一緒にいるのは監督で、息子に拳銃を持たせ、「殺してくれ」と頼む瀕死の男を撃ち殺させた瞬間だ。『ホーリー・マウンテン』には監督(主演)と妻ヴァレリー、本作品では、息子のアクセル(成人後)とアダン(少年時代)を出演させている。最近作の『リアリティのダンス』では、『エル・トポ』で幼児だったブロンティスを主演させ、監督本人も脇役で出演、『エンドレス・ポエトリー』は『リアリティのダンス』の続編なので、本作品のアダンが主演に入り(2枚目の写真、右は監督)、ブロンティスも引き続き出演している。まさに、「家族で映画作り」だ。
  
  

『サンタ・サングレ』は、約2時間の映画で、アダン・ホドロフスキー(Adán Jodorowsky)が主演する「少年時代」は38分。決して長くない。少年時代が設定された目的は、大人になってからのフェニックスの不可解な行動を説明するために加えられたもので、恋人アルマのしぐさや母コンチャの強い影響力などが、少年時代から続いていることを示すとともに、なぜ精神をわずらったかのきわめて説得力のある説明にもなっている。この作品は、メキシコの連続殺人犯Gregorio "Goyo" Cárdenas Hernándezに触発されたとも言われている。27歳のGoyo は10代の娼婦3人と学生1人を殺害し、自宅の庭に埋めた。最初の殺人から僅か2日後に逮捕されたGoyoは精神病棟に収容。その後、治療が効果をあげ、獄中で法律の勉強を始め、ピアノと詩を学び、結婚し、1976年に大統領の恩赦で自由になってからは、弁護士の資格を取り、1999に死ぬまで弁護士として活躍した。『サンタ・サングレ』のフェニックスは、少年時代に見てしまった「考えられる最悪の惨劇」により精神を患い、精神病院を逃げ出した後は、両腕を失った母の「腕」の役目を果たすなかで、母に強制される形で、次々と女性の殺害を続けていく。ただし、フェニックスに殺人を命じた母は、フェニックスの病んだ心が生み出した幻想で、実は彼自身の意思で連続殺人を行っていた。そして最後は、少年時代に好きだったアルマに救われる。確かに、"Goyo"の事件に「触発された」可能性は十分にある筋立てだ。あらすじの作成にあたっては、アダンの出演している場面を中心とするが、全体の構成も大切なので、大人になってからも、若干の写真を追加した。

フェニックスの父オルゴはナイフ投げの名人でサーカスの座長。フェニックス自身も、10歳にもならないのに、マジシャンとして舞台に立っている。母も空中ブランコ乗りだが、キリスト教に名を借りたカルト的な民間宗教にはまりこんでいる。そして父は飲んだくれの好色男。その2人の影響を受けたフェニックスは、心優しいが意志薄弱な少年だった。ある日、全身に刺青をしたセクシーな女がサーカスに加わる。刺青女はフェニックスと同年代の聾唖の少女アルマを連れていた(自分の娘ではない)。女性は、火を点けたロープの上をアルマに歩かせようとするが、アルマは怖くてできない。それに同情したフェニックスは得意のマジックで宙から赤い果実を出して見せると、アルマはそれに勇気を得て火のロープの上を歩いてみせる。アルマは、一目でフェニックスが大好きになる。同じ日、母は、街中に違法に建てられた「教会」を、強制撤去から守ろうとして信者たちと共に警官隊と睨みあっている。心配したフェニックスが見ている前で、検分に来た司教により邪教と判断された建物は、ブルドーザーで破壊される。その直後、刺青女は団長オルゴを色仕掛けで誘い、それが、破壊された「教会」から失意のうちに戻って来た妻に見つかり一触即発の事態に。この時は何とか収まり、次の重要な場面がフェニックスの好きだった象の死。象の死骸をコンテナーに入れて崖からゴミ捨て場に落とすと、貧しい人々によって象が解体されていく。凄まじいシーンだ。そして、象の死をなげく息子を「男」にするため、父が息子の胸にほどこす鷲の刺青の場面。上半身を裸にしたフェニックスをイスに縛り付け、泣き叫ぶのを無視し、ナイフで彫っていくシーンもまた凄まじい。フェニックスの刺青の鷲を見たアルマが、手で鳥の飛ぶ様子をしてみせるのは、非常に印象的なシーンだ。その後、訪れる悪夢。サーカスの公演中に、夫が刺青女と仲良くしているのを見た妻は、2人の後を追って夫の部屋に行く。そこで見た2人のセックスに激怒した妻は硫酸を夫の局部にかける。恐ろしい痛みにもだえながら、夫は妻の両腕をナイフで切断、そのまま街路によろめき出て、ナイフで首を切って自殺する。その姿を、トレーラーに閉じ込められた、至近距離で見ていたフェニックスは発狂する。フェニックスは、そのまま10年近く精神病院に監禁されて大人になった。ある時、壁の外で母が呼ぶ声が聞こえたので、天井近くの窓からロープで外に逃げ出す。そこには両腕のない母の姿があった(フェニックスの妄想)。次の場面では、フェニックスが舞台に立っている。といっても、正面に見えるのは母だけで、フェニックスは母の背中に張り付き、2本の自分の腕を 「母の腕」 のように動かしている。この2人一体のパフォーマンスが売りなのだ(最後になって、母は「木の人形」だったことが分かる)。しかし、この「幻」の母は、すごくわがままで、フェニックスに近付いてくる若い女性に嫉妬し、次々とフェニックスに殺させる。彼は、死体に白いペンキを塗って、穴を掘って埋める。フェニックスはこの殺人が嫌なのだが、母の命令には逆らえない。そんなある日、偶然、フェニックスの舞台のチラシを見たアルマが、大好きだったフェニックスの家を訪れる。アルマは、事前に「母の人形」を見つけ、何が起きているかを悟り、フェニックスを助けようと、少女時代のように顔に白い「どうらん」を塗り、フェニックスのナイフにも恐れずに立ち向かい、愛の力で「幻の母」を消すことに成功する。立ち直ったフェニックスに対して再び見せる、「手で鳥の飛ぶ様子をしてみせる」シーンが感動的だ。

アダン・ホドロフスキーは、サーカスに出る時のオールバックの姿が多く、とても9歳には見えない。6歳でピアノを習い始め、7歳でアメリカのソウルミュージックシンガー、ジェームス・ブラウン(James Joseph Brown, Jr.)に会った時、舞台裏でダンスを教えてもらい、ギターはビートルズのジョージ・ハリスン(George Harrison)に習ったが、才能はないと言われたなど逸話は多い。現在はミュージシャンとして活躍。この映画の演技で、サターン賞の「若手俳優賞」を受賞している。生誕地は、メキシコ、曖昧に南アメリカなどと書かれたサイトもあるが、パリというデータを信用した。そうは言っても、フランス人ではない。ウクライナ系のユダヤ人である父の監督と、メキシコ人の母の間に生まれている。大人になってからのフェニックスを演じているのも、実兄のアクセルなので、顔がとても似ていて違和感がない。


あらすじ

1羽の鷲が羽ばたき、カメラは、その鷲の目線で、街の上を飛び、大聖堂前の広場に設けられたサーカスのテントに向かって進む(1枚目の写真)。入口には「グリンゴ・サーカス(CIRCO DLL GRINGO)と書かれている。団長のオルゴがアメリカ人なので、テントは星条旗そのものだ。街の通りをサーカスの一行が練り歩く。通りはそれを見ようという人で溢れている。呼び込みの声が響く。「請う ご期待。天下一のグリンゴ・のサーカスだよ! 命知らずの空中ぶらんこ。少年マジシャン。インドのジャングルから来た虎。暗黒のアフリカから来た象。アラジンは世界一小さな象使いだよ」。そのアラジンと一緒に象に乗っているのが、フェニックス。子供なのに髭を付けている(2枚目の写真)。サーカスの前に着いたフェニックスは、入口の前に停めてある父の車を覗きに行く。父が、酔っ払って寝ているので、「パパ、起きて、みんな着いたよ!」と起こすが、逆に、「とっとと失せろ! 邪魔するなと言ったろ!」と叱られる。がっかりして入口に座り込むフェニックス。なぐさめるのはアラジンだ。「なぜ、あんなに飲むんだい?」。「母さんの話じゃ、アメリカで女の人を殺したんだって」。「じゃあ、戻れないな?」。首を振るフェニックス。「辛いねぇ。おいで、新しい出し物を見よう」。「新しい出し物?」。「そうだ。刺青の女だ」と言って体をくねらせてみせる。それを見て笑うフェニックス(3枚目の写真)。
  
  
  

テントの中では、5メートルほどの長さのロープが高さ2メートルの台に張り渡され、そこに火が点いている。けばけばしいガウンをはおった女性が、台の上の少女に向かって、「さあ、来て」と呼びかける。少女は火が怖いので、首を振って渡ろうとしない。女性は、少女に近付き、「来なさい!」と命じる(1枚目の写真)。それでも、動かないので、持っていた棒で、台を叩き、「怖がるんじゃないよ!」と強く言う。それでも、少女は首を振るばかり。「この役立たず! 唇をお読み、このバカなツンボめ! ほら、突っ立ってないで! お前の母さんが死んだ時、救貧院に残してくりゃよかった。やらないと、ひっぱたくよ!」。その時、団長が入ってくる。鬼のような女は急に態度を豹変させ、団長に近寄って行くと、ガウンを脱いで、「お見知りおきを」と言う。ガウンの下はビキニだけ。しかし、顔の含めて全身刺青で覆われているので、レオタードでも着ているようだ。団長は、ナイフ投げ用の円盤の前に刺青女を立たせると、次々とナイフを投げ、刺青女は性的に興奮してみせる。明らかに、誘っているのだ。一方、フェニックスは、台の上の少女に興味がある。少女を見ながら つけ髭を取ると、それを見ていた少女が台から降りて近付いていく。フェニックスは少女の手を取り、紳士のようにキスをする。そして、マジシャンらしく両手を上げて拡げ(2枚目の写真)、天井に手を上げて何かをつまむ振りをして、少女の前で握った手を開くと、そこには小さな赤い果実が。少女は、口をきけないので、びっくりしたと手で表現し、にこやかに果物を手に取る(3枚目の写真)。そして、フェニックスの頬にキスすると(4枚目の写真)、右手で果実をつまんだまま火の綱渡りに挑戦する。フェニックスは、瓶で作った楽器を叩いて、それを応援する。2人の間に恋心が生まれた瞬間だ。
  
  
  
  

同じ頃、サーカスからそう遠くない場所で、大騒ぎが持ち上がっていた。フェニックスの母を中心とする信徒たちが、空き地に勝手に建てた「教会」を巡り、それを撤去しようとする警官隊と睨み合っていたのだ。騒ぎを聞いて、フェニックスも駆けつけるが、警官に阻まれて近づけない。母は、「神聖冒涜! これは私たちの教会よ!」と叫んで抗議している。地主がブルドーザーをけしかけた時、両手を拡げ、「お前たちなんか怖くない」と言い、両手を拡げて立ちはだかったのは母だった(1枚目の写真)。それを見るフェニックス(2枚目の写真)。そこに、地元の偉い神父が仲裁に乗りつける。赤紫の服なので司教だろう。神父は、騒ぎを収め、壊される「教会」がどんなものかを検分する。教会内部の中央には血のような色の液体を湛えた大きな水盤があり、それだけでも異様だ。そして、正面の壁にかかっていたのは、キリスト像ではなく、両腕のない女学生の像。「これは聖人ではない」と言う神父に対し、母は、この女学生が「何年も前、この場所で襲われ、両腕を切断され、犯され、血の海の中で死んだ」聖女だと主張。そして、「彼女の神聖な血で、奇跡のように湿っているこの場所に、教会を建てました」と説明する。しかし、水盤の赤い水は単に絵の具の赤、そして、聖人ではなく一介の少女を祀っているということで、神父は逆に、こうした行為こそ「神聖冒涜」だと宣言する。神父は「この忌まわしきものを破壊せよ」と命じて去り、ブルドーザーが一斉に押し寄せる。逃げ出す信徒たち。フェニックスは、警官の手を振り払って、壊されていく建物の中に入って行き、1人残って「聖女」に抱きついている母にすがりつく(3枚目の写真)。妄信から覚めた母は、息子を救うため脱出、間一髪ですべては完全に破壊された。ここで、どうしても引っかかるのが、この街で興行初日のはずの「よそ者」のサーカスの団員(母のこと)が、ずっと前に建てられたであろう邪教の「教会」の主導者たり得るのだろうか、という点。
  
  
  

母コンチャが失望してサーカスに戻ってくると、夫で団長のオルゴと刺青女が、露骨に性的で怪しいムード。怒ったコンチャは、夫が持っていたナイフを女に突きつけ、「オルゴにはちゃんと妻がいる。近付くんじゃない。でないと、殺してやる!」と本気で脅す。そして、今度は夫にナイフを向け、「この ろくでなし!」と罵る。しかし、その場は、夫のナイフを使った催眠術の効果もあり、そのまま2人はテントの奥で激しいセックスへ。それを隠れて見ているフェニックスに悪影響があったことは間違いない。フェニックスは、逃げるようにその場を立ち去ると、今度は、大好きな象が鼻から大量に血を流している。「何が起きたの?」。団員から死にそうだと説明され、「どうか死なないで」と鼻に触れながら象に語りかけるが、死が近いのは明らかだ。大勢の団員が集まってきて、最後の別れを告げる(1枚目の写真、矢印がフェニックス)。場面は、象の葬儀のシーンへ。馬に乗った団長(酒をラッパ飲み)を先頭に、音楽隊が続き、その後ろにトラックに乗せられた巨大な棺(コンテナー)、最後に団員たちが黙々と行進する。大勢の市民がそれを見守っている。流れるのは葬送行進曲。フェニックスは母と一緒に歩いている。髪の毛は普通の姿に戻し、着ているのは、なぜか、母が着ていたのと同じ邪教の赤い服(2枚目の写真)。コンテナーは、市のゴミ捨て場を見おろす崖の上に斜めに置かれ、団長のナイフでロープが切断されると、谷に向かって落下する(3枚目の写真)。この映画で最もスペクタクルな場面だ。対岸には、ゴミあさりの貧しい人々が落ちてくるのを待っている(矢印)。コンテナーが落下すると、人々はむらがるように駆け寄り(4枚目の写真)、数名の男たちがコンテナーの上に登って蓋を破り、そこから象の肉をちぎっては人々に投げる。まさに地獄図絵だ。フェニックスは、恐ろしい光景を見て絶句し(5枚目の写真)、横にいいる父の胸に顔をうずめる。父は、「小さな女の子みたいに泣くんじゃない。魔法の力をやろう。お前を男にしてやる」と語りかける。
  
  
  
  
  

準備が終わると、父は、サーカスの背後の教会の物置に息子を連れていく。そして、上半身を裸にすると、木のイスに座らせ、ロープで両手をイスに縛り付ける。フェニックスは、何をされるのかと不安げだ(1枚目の写真)。父は、鷲の絵を描いた紙をフェニックスの胸に当てると、上から濡れたスポンジで押さえ、鷲の絵を胸に転写する。そして、ナイフの先端を染料に入れると、線に沿って胸を刻んでいく。江戸時代ですら針を束ねた道具を使っていたのに、ナイフというのはあまりに残酷だ。当然、出血もひどく、フェニックスは痛さに呻き、叫び声もあげる(2枚目の写真)。父は 棒を噛ませるが、それで痛さが減るわけではない。呻き声は続き、涙が両方の頬を伝う(3枚目の写真)。彫り終わり、ロープを切った父は、フェニックスをそっと立たせると、鏡の前に連れていく。「これで、お前も男になった」。そして、自分の胸をはだけて刺青を見せ、「俺のようにな」と付け加える(4枚目の写真)。父の胸の刺青も鷲だ。鷲はアメリカの国章で、父の母国、二度と戻れない国でもある。一部サイトに、刺青は不死鳥(フェニックス)だと書かれているが、誤解も甚だしい。父は、フェニックスの肩に派手なガウンをかけてやる。
  
  
  
  

父とフェニックスが教会の扉を開けて外に出ると、そこにはアルマが待っていた。アルマと2人きりになったフェニックス。アルマは、フェニックスに近寄り、指で鷲の頭を触る。痛さで体を引くフェニックスだが、嫌がっているわけではない(1枚目の写真)。口のきけないアルマは、フェニックスの胸の前で 両方の手のひらを表に向けてクロスさせると、鳥が羽ばたくように指を動かし(2枚目の写真)、最後には遠くに飛んで行ったように、両手を拡げる。これは、フェニックスが鷲のように強く羽ばたいて大人になっていくことを暗示したものであろう。この仕草は実に重要で、映画の最後に、大人になったフェニックスに対し、フェニックスが精神の崩壊から立ち直った後に、同様の仕草をしてみせる。
  
  

サーカスが開演し、「ご来場のみなさん、少年マジシャン・フェニックスです」の紹介の声とともに、フェニックスがアルマと手をつないで入ってくる。中央に置かれた箱の布を取ると、中から現れたのはマジックでよく使われるガラスの箱。フェニックスはアルマを箱の中に入らせると(1枚目の写真)、上から布をかぶせ、箱の上で念ずるように手を動かしてから布を取る。箱の中は母のコンチャに替わっている。拍手とともに体を起こす母(2枚目の写真)。次に、母の束ねた髪の先端にロープが結ばれ、「コンチャ、空中ブランコの女王。髪だけでぶら下がっています」の声とともに、母は空中に上がっていく。それを見上げるフェニックス(3枚目の写真)。定位置まで上がり、髪だけで吊るされながら回転していると、テントの入口で自分の大切な真珠のネックレスを刺青女の首にかけてやっている夫の姿が目に入る。母は、2人の様子に激怒し、「降ろして!」と叫ぶ。大事な出し物の途中での椿事に、サーカスは大混乱。母はそんなことにお構いなく、地面に降ろされると、そのまま2人の後を追って走り去る。フェニックスも、その後を追う。テントの外まで追って行き、「ママ!」と叫ぶと、母はフェニックスを捕まえてトレーラーに入れ、外から鍵をかけてしまう
  
  
  

フェニックスは、閉じ込められたトレーラーから窓越しに何が起きるか心配そうに見ている(1枚目の写真)。アルマがトレーラーまで来てくれるが、何もできないので、目の前の壁にしゃがみ込む。一方、母は、夫の笑い声のする方に入って行くと、そこでは、ベッドの上で、夫と刺青女が嬌態を演じている。母は、近くの棚に置いてあった硫酸のビンを取ると、女性に挿入しようとする寸前の夫の局部めがけて硫酸をかける(2枚目の写真、矢印)。痛さに絶叫する夫。妻は刺青女から真珠のネックレスを奪い返そうとするが、夫に捕まり、そのままナイフ投げの的台まで連れて行かれる。夫は、刺さっていたナイフを2本抜くと、そのまま両手を一気に上げて、妻の両腕を根元から切断する。ちょうど、妻が信仰していた聖少女のように。妻は、両肩から噴き出る血の海の中の拡がる床へと、くずおれていく。それを確認した夫は、建物から外によろめき出て行き(3枚目の写真)、サーカスのテントを見ながら、ナイフで首を切って自殺する。目の前で起きた父の死と、その直前の血まみれの姿が示唆するものを、トレーラーに閉じ込められたまま見せられたフェニックスは、絶叫して気が狂う(4枚目の写真)。原因者の刺青女はヤバいと思い、アルマを連れて逃走する。
  
  
  
  

フェニックスが、翌朝、心神喪失状態でトレーラーから救い出される状態(1枚目の写真)は、映画の最後になり、大人になったフェニックスが自分を取り戻すシーンで一瞬映される。ここでは、敢えて、時系列的に並べることにした。そうなると、次にくるのが、映画の冒頭に出てくる、精神病院の特殊な部屋に閉じ込められ、全裸で、猿のように木の上に座り、生の魚にかぶりつくフェニックス。胸には、父が自殺した日に刻まれた鷲の刺青がはっきり残っている(2枚目の写真)。映画では、このシーンのあと、少年時代の話が始まるが、時系列的にはこの位置となる。
  
  

フェニックスは、ある日、壁の外から自分を呼ぶ声を聞く〔実際には、聞こえたと思っただけ〕。部屋の中に高い人工の木の幹があるくらいなので、天井は高い。そして、天井近くに窓がある。フェニックスは、木に登り降りするためのロープを持つと、木のてっぺんに登り、足にロープをひっかけて窓に飛び移る。窓から見えたのは両腕のない母の姿〔実際には、見たと思っただけ〕。窓は地面からかなり高いので、フェニックスは窓の桟にロープを縛りつけ、壁を伝って逃げ出す(1枚目の写真、赤い矢印の先にロープの下端、黄色い矢印は、フェニックスが頭の中で作り出した母親像。だから、年齢は昔と全く変わらない)。映画での、この先の大きな出来事は、①娼婦として暮らし、アルマにも同じことをさせている刺青女をフェニックスが殺害する。②フェニックスが母と場末の劇場で舞台に立っている。母の背中に張り付き、フェニックスの両腕が、あたかも母の腕であるかのように振舞う不思議なショーだ〔実際には、フェニックスと人形のショーだった〕。③同じ劇場に出ているヌードが売りの芸人がフェニックスを誘惑し、フェニックスは芸人を投げナイフ台に立たせ、母の命令で殺し〔実際には、妄想の母に命じられたフェニックスが、自分の意志で殺す〕、穴を掘って埋める。④2人の家で、ピアノを弾く。母が前に座り、フェニックスは後ろに座り、真っ赤なネイルチップをした手でピアノを弾き、歌う(2枚目の写真、この写真を使ったのは 後の場面と対比するため)。⑤アルマが、劇場の前を通りかかった時、「コンチャと魔法の手」という、中止になったショーのポスターをもらい、フェニックスの住所を知る。⑥「地上最強の女」の名を持つレスラーを家に招き、日本刀で殺す。⑦フェニックスは今まで殺して埋めた女性が穴から出てきて自分を取り囲む妄想に悩まされる(3枚目の写真)。この映画にインスピレーションを与えたとされる連続殺人鬼を彷彿とさせるシーンだ。
  
  
  

アルマはフェニックスの家を訪れる。家の中は荒れ放題で、中には、ロウソクの祭壇の上に両腕を切られた少女像が安置してある。異様な雰囲気だ。そして、最奥部の寝室のベッドの上には何かがあり、上に毛布が掛けてある。毛布をめくって中を見たアルマは〔映画では、この時点では見せないが、ベッドにはコンチャの人形が置いてあった〕、何が起きているかを悟り、大好きだったフェニックスを救おうと決心する。そして、昔の自分を思い出させるため、顔に白い「どうらん」を塗り、頭には頭飾りを付ける。フェニックスは、アルマの姿を見て、子供時代のあの最悪の日、一目で好きになった少女を思い出す。喜びにひたるフェニックス。邪悪な家から連れ出そうとするアルマ。しかし、フェニックスの心の中には、まだ邪悪の母の影が残っていて、幻想の母に、「お前なんかに息子を渡すものか」。「わが手よ、その女を殺せ!」と言わせる。一方では、アルマを愛する心が、自分が出した命令に背き、マルマを守ろうとする。母の影が強くなると、ナイフをアルマに向け殺そうとする。無抵抗のまま、それを受け入れるように腕を広げるアルマの前で、「腕を切り落とせ!」という命令と、それを阻止しようとする自我の間で、激しい葛藤が起こる(1枚目の写真)。最終的にアルマへの愛が勝ち、ナイフで幻想の母を刺し殺し、「消えろ!」と叫ぶ。それに対し、母は「お前は私から自由にはなれない。お前の中にいるのだから」と言い残して消える。この時点では、まだフェニックスは真に解放されていない。フェニックスは、惨劇のあった翌朝、自分がトレーラーから救い出された日、運び出された母の死体のことを思い出す。そして、アルマに寝室に連れていかれ、ベッドにあったものを「母の人形」だと認識する。フェニックスは、かつて一緒に歌ったのは母ではなく、人形だったと初めて理解する(2枚目の写真、1つ前の節の2枚目の写真と対比)。そして、自らのやってきたこと〔大量殺人〕を恥じ入り、人形を投げ飛ばし、聖少女の像を足蹴にし、共に火を放って燃やす。その炎を背景にして、アルマは、以前と同じように両方の手のひらを表に向けてクロスさせると、鳥が羽ばたくように指を動かす(3枚目の写真、あらすじの中ほどの写真と比べ、どうらん、頭飾り、黒いドレスを含めて一致している)。これで、フェニックスの心は完全に解放されたのだ。
  
  
  

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