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Searching for Bobby Fischer ボビー・フィッシャーを探して

アメリカ映画 (1993)

実在の若手プレーヤーNO.1のジョシュ・ウェイツキン(Joshua Waitzkin)の話。ジョシュ役を演じるのは、撮影当時8才で、同世代で全米100位に入るチェスの名手だったマックス・ポメランツ(Max Pomeranc)。映画出演は初めてだが、映画の中で見せる盤面を追う素早く真剣な目は、本物のチェス・プレーヤーならではのもの。競演は、名優ベン・キングスレー(Ben Kingsley)とローレンス・フィッシュバーン(Laurence Fishburne)。そんな中でマックス・ポメランツは最後まで光っている。何と言っても、クローズアップされる「目」の力が凄い。

映画は、前半は、ジョシュにチェスの才能のあることが偶然に分かり、有名な師範も付いて、チェスの大会に連勝していく。しかし、「負けることの恐怖」を知ったジョシュは、「勝って当たり前」の状態を、「わざと負ける」ことで打破する。そして、映画の後半では、母からの心の支えを軸に全米大会に臨み、優しさを身に着けたチャンピオンに登り詰める。ストーリーの展開としては単純だが、映画の各所に題名であるチェスの天才ボビー・フィッシャーの生い立ちから、世界王者になり、転落して逃避するまでをちりばめることで、双方の話を一体化させ、映画に深みを与えている。映像も美しいし、脚本の歯切れもいい。チェスに対して全く興味がなくても、幼い少年が悩み成長していく姿を見ているだけで、すがすがしい気分になれる。いまだに評価の高い名作である。

マックス・ポメランツは、10才以下なのでまだ目がとても大きく、その生き生きとした目が最大の魅力。美少年とまではいかないが、知的で整った顔立ちだ。マックスはその後3本の映画に出演し、10才で映画界を去った。その後は、カナダ1の名門マッギル大学を卒業している。映画の中で主役となるジョシュ・ウェイツキンは、映画が公開された当時、まだ17才だった。17才で自伝映画が作られるというのも凄い話だ。


あらすじ

7才の誕生日の数日後、学校の帰りにジョシュは、迎えに来た母に「公園にいる人、見てもいい?」と言い出す。公園とは、マンハッタンにあるワシントン・スクエアのことだ。当時の広場は、金を賭けてスピード・チェスをする勝負師で溢れていた。いったい何をやっているのかと、興味深そうにチェスをじっと見るジョシュの目。盤面に吸い付くようなプロの目だ。広場には、『賭け事 禁止』と書いてあり、騒然とした様子に母も早々に立ち去ろうと促す。しかし、家に帰ってもオモチャのチェスの駒を並べて遊ぶジョシュ。何となく気を惹かれるのだ。
  

自分でもチェスをやってみたくなったジョシュは、母に頼んで広場に行き、『1953年タルに勝った男。対戦か撮影5ドル』というダンボールの切れ端を、粗末なテープル載せた老人に、「息子が、チェスをしたいと…」と声をかける。小さな子供なので、半分腹を立てて5ドル札をわしづかみにしてチェスを始めるが、ジョシュは驚くほど強かった。もちろん負けたが。ジョシュの思わぬ才能に驚いた母は、「出来るのよ。不思議だけど」と言って、夫に息子とのチェスを勧める。しぶるジョシュはわざと負ける、父はそれ見たことかと思うが、母は「わざと、負けたのよ」と言う。「分かってないのね」「パパを負かしたく なかったのよ」。父は、しぶるジョシュに再勝負を申し出る。「いいか、今度は本気でな」。「本気だったよ」。そこで母が口を出す。「勝っていいのよ。遠慮しないで」。この言葉でジョシュは決心し、本気でイスに座って「パパから」と告げる。
  

勝負は一方的なジョシュの勝ち。盤の前にいなくても、次の手をさっと打つ息子に驚いた父は、新聞記者の同僚に、チェスの指導の適任者の名前を聞いて、市内のチェス・クラブを訪れる。しかし、そこのオーナー、ブルース・パンドルフィーニ(Ben Kingsley)は、「教えてません」と、すげなく断る。しかし、父が話している間に、クラブに来ていた男性を一方的に負かしてしまったジョシュに、ブルースは目を留める。
  

ブルースは、父をチェスの競技会の場に呼び出す。そして、チェスでは食べていけない、と厳しい現実を話した上で、チェスとは「趣味でやってる人間には唯のゲームでしょう」「一生を捧げる者にとっては、科学以外の何物でもない」「フィッシャーは誰よりも深く追究し、その中心に芸術を見出した」と述べ、さらに、「今夜、ここに彼を継ぐ者は一人もいない」「お宅で眠っている」と付け加える。この言葉で、父はブルースを時給60ドル(現在の1万円くらい)でチェスの指導を依頼することにした。ブルースのやり方は、ジョシュがそれまで広場で見てきたものとは全く違っていた。最初の指導で、盤面に駒を8個だけ置き、「この局面から4手でメイトできる。頭の中で解けるまで、駒には触るな」と命じる。初めてのやり方に、「駒を動かさないと、出来ないよ」と不満顔のジョシュ。「いいや、出来るとも。頭の中で可能性を1つずつ消していくと、追い詰められたキングがポツンと1つだけ立っている」と諭すように教える。それでもジョシュが無反応なのを見て、ブルースは盤面の駒を床に払い落とす。驚くジョシュ。「この方が、分かりやすい」。ジョシュは何もない盤面を見てすぐに答えを見抜き、ニコっと笑う。
  

練習が始まってかなりの月日が流れた頃、父は、ブルースの反対を押し切って、ジョシュをチェスの地区大会に出場させる。かなりの指導料を払っているので成果が見たくなる親心も分からないではない。ジョシュはリストの最下位からスタートし、最初の試合で1回目の優勝を飾る。
  

それからの父とジョシュは、各地をまわって連戦連勝。ランキングも1位まで上昇する。そんな時、小学校で父兄懇談会があり、女性の担任にチェス旅行のことを皮肉られる。そして、「チェスとかは得意なんでしょうが、そんなことは重要ではない」と言って、父を怒らせる。父は「チェスとか」の「とか」にカチンときたのだ。教師はさらに続ける。「引き合いに出すとすれば、それはちょうど、よくは知りませんが、カード遊び、ピノクル…」と言ってしまう。ピノクルは簡単なトランプ・ゲームだ。激怒した父。「あなたの比較は最低だ」「もし比べるなら、匹敵するものは数学や音楽や芸術」「不適切な比較は、息子や僕への侮辱です」。そして、「チェスの呼び方は、“チェスとか”じゃなくて、チェスです」と言って、この学校にはもう来させないと宣言する。
  

父の言葉に逆らわず、私学に転校するジョシュ。ところが、公園でいつものようにヴィニー(Laurence Fishburne)と勝負をしていると、昔 手合わせした「5ドル」の老人の周りに人だかりが。何かと思って駆けつけると、そこでは自分より年上の少年が老人を圧倒中。「チェック」を連発し、最後に「さぁ、どうする?」と不敵な言葉をぶつける。これまで強敵の存在を知らずにきたジョシュに、負けることの恐怖感がどっと押し寄せる。しかも、ブルースのクラブに、その少年が指導者と一緒に現われ、ますます脅威は高まる。
  

その夜、ジョシュは、父に「州大会に行くの、やめようよ」と切り出す。「もし勝てば、みんな言うよ。勝って当たり前だ。トップランクだから」「でも、もし、負けたら…」。「負けないよ、ジョシュ」。「負けちゃったら?」。「負けない」。「僕、負けるの怖い」。父が出て行った後、ジョシュはつぶやく。「トップになんか、ならない方がいい。負けても平気なんだもの」。そして、その言葉通り、州大会の1回戦、弱い相手にたった7手(日本流では13手)で負ける。雨の中、それをなじる父。
  

ブルースの厳しい指導も、ジョシュの不安と不満を増幅させた。「ワシントン・スクエアのチェスは禁止。ヘボどもは、間違ったことしか教えない」。「ヘボじゃない」。「負け犬だ」。ジョシュにとって最大の楽しみだったヴィニーとのチェスができなくなった。そして、個人指導では、直感に頼って盤面を読まなかったと叱られ、「勝つためには、相手を軽蔑するんだ。憎むんだ」と教えられる。それに反発するジョシュ。そこには、チェスをするワクワクするような楽しさはどこにもなかった。
  
  

ジョシュへの酷な態度にキレた母が、ブルースを家から追い出す。その夜は夫婦喧嘩。「負けるのが怖いんじゃない。あなたの愛を失うのが怖いのよ」「あの子は弱くない、立派だわ」「誰であれ、あの子を苦しめるなら、私が絶対許さない」。この母の言葉に感動するジョシュ。その夜、ジョシュは吹っ切れたように自室でチェスの練習に励む。朝、父が入ってきて、「もう、チェスなんかしなくていいんだ」「やめて欲しいんだ」と言った時、ジョシュは決然と「僕はやるよ。勝つんだ」。「どうして?」。「そう、決めたから」。「唯のゲームじゃないか」。「ゲームじゃない」。
  

翌朝、親子は連れ立って広場のヴィニーの元へ。「直感でプレーしろ。リスクを承知で攻めろ。俺と戦え、俺は敵だ」と言われ、はつらつとしてチェスを楽しむジョシュ。いよいよ年に一度のシカゴでの全国大会が始まる。父は、大会前の2週間は釣に連れて行き、チェスを考えさせないという奇策に出た。そして、シカゴにはヴィニーも同行してもらう。
  

迷いの吹っ切れたジョシュはどんどん勝ち進む。最後の対戦相手は、予想通り、以前ジョシュに恐怖を与えた男の子だった。再び不安になるジョシュ。そこに現われたのは、意外なことにブルースだった。「怖いか?」。「僕、勝てない」。「かもしれないな。私は、そうは思わないが、否定しても嘘に聞こえるだろう」と言った後で、「君に贈り物がある」とグランドマスターの立派な証書を渡す。「私は、生涯でこれほど誇りに感じたことはない。君の師範になれて光栄だった」との言葉も添えて。ジョシュはブルースに心を開く。「僕、すごく怖いよ」。「分かってる」。「終わるまで、いてくれる?」。「もちろんだ。何があろうとどこにも行かない」。
  
  

そして、最後の勝負。ジョシュは、開始早々クイーンを動かし、ヴィニーを喜ばせ、ブルースをがっかりさせる。クイーンを取られて呆然とするブルース。しかし、これはジョシュの作戦だった(クイーンをわざと捨てるのはボビー・フィッシャー流)。ジョシュはおもむろに勝負に出ると、相手のクイーンを取る。そして、以前、5ドル勝負の老人を少年が負かした時に使った、侮蔑的な「さぁ、どうする?」と言う言葉を投げつけ、にやりと笑う。試合はさらに進み、少年がミスをする。それに気付いたブルースが、テレビを見ながら「あと12手(日本流で23手)で、君の勝ちだ」と口に出す。ジョシュは何か変だと気付くが、ぜんぜん先が読めない。
  
  

あきらめかけた時に、1回目の指導でブルースが「この方が、分かりやすい」と言って盤面から駒を捨てたことを思い出す。すると盤面が読めて、自分が勝つと分かる。その時に相手を見る大きな目。そして、ジョシュはいきなり少年に向かって手を差し出す。「何のマネだ?」。「ドローにしよう」。「ドロー? ふざけるな」。「君の負けだ。分からない? 僕の勝ちだ。ドローにして、チャンピオンの座を分けよう」。負けることの悔しさを感じさせないための、ジョシュの優しい提案だった。しかし、相手は拒否。ジョシュは、肩をすくめて「ホントにいいの」といった表情をした後、一気に駒を進めてチェック・メイト。
  
  
  

試合が済んで、いつも仲良しだった1才年下のモーガンと肩を組んで歩くシーンで映画は終わる。モーガンを慰めるためにジョシュがかけた言葉は「君の年だった頃の僕と比べると、今の君はずっと強いよ」。実に思いやりのある言葉だ。日本版のDVDでは、これが「僕の年になれば、君も強くなるよ」となっている。2つの文章は、意味が全く異なる。悪訳の典型だ。
  

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