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The Apocalypse (TV) アポカリプス/黙示録

イギリス・イタリア映画 (2000)

12使徒の1人、イエスに最も寵愛され最後まで生き残ったヨハネが、有名な『黙示録』(AD95-96年頃)を書くに至った経緯を描いた宗教映画。そこに、ほんの少しだけアーロン・ジョンソン(Aaron Johnson)が顔を見せている。ヨハネはAD6年頃に生まれ、AD100年頃に93・94歳で死んだとされている。古代ユダヤの統治者アグリッパ1世の治世下(AD41~44)でイエスの使徒たちが迫害を受けた際、ヨハネは小アジア(現トルコ西部)のエフェソス、スミルナ(現イズミル)、ペルガモン、ティアティラ(現アクヒサル)、サルディス、フィラデルフィア(現アラシェヒル)、ラオディキアにある7つの教会を指導したとされる。ローマ帝国の皇帝が、第11代のティトゥス・フラウィウス・ドミティアヌスに替わると、彼は自ら神性を宣言し、それを認めないキリスト教徒を激しく弾圧した。ヨハネも小アジアに近いエーゲ海の島パトモスに幽閉されるが〔ヨハネとしてではなく、一老人として〕、そこで主から直接啓示を受けて黙示録を記したとされる。黙示録はかつてヨハネが指導した7つの教会に当てられた書簡の形をとっている。映画の舞台となるのは、エフェソスの教会。そこで暮らすキリスト教徒たちは、圧制に対し、逃げ出すか、踏み留まるかで議論を交わしていた。そこにヨハネの書簡が次々と届く。それが特別なものだと信じるシルヴァーノと、その感化を受けた息子のヨハナン(アーロン)。映画は、その85%を故リチャード・ハリスが演じるヨハネに対する神の啓示とパトモス島の鉱山でのキリス教徒の強制労働に集中し、残りの10%をローマ皇帝とエフェソスのローマ総督の関係に振り、エフェソス教会のキリスト教徒には5%しか割いていない。従って、ヨハナン(アーロン)の登場は5場面のみ(映画開始後4分、31分、48分、61分、63分)で、台詞は開始48分の場面の3つのみ。しかし、アーロンにとって最初の映画出演であり、アーロンの軌跡を辿る意味では紹介する意義がある。『トムとトーマス』(2002)の2年前の作品だが、見た目上の違いはほとんどない。


あらすじ

ドミティアヌス帝の元老院演説に続き、彼はエフェソスに赴任する総督に、ヨハネがまだ生きているという噂が流布していることは許されんと伝え、キリスト教徒が28日以内に信仰を捨てなければ殺せと命令する。一方、エフェソスの教会では、残った数少ない信者の間で意見が割れていた。エラクルのような信仰の薄い者は、指導者のガイアスに対し、「我々は、信仰に背いてドミティアヌスを神として認めるか、さもなくば、死だ」と危機感を露にする(1枚目の写真)。右がエラクル、左がガイアス、2人の間に座っているのがシルヴァーノとヨハナンの親子だ。写真には間近に青いエーゲ海が映っている。しかし、彼らがいたのはエフェソスの旧教会。この教会がどこにあったのかは不明だが、6世紀にヨハネの墓所に建てられたとされる聖ヨハネ教会(廃墟が現存)は、海から8キロ離れていて、海など見えない。エラクルは、さらに、「何を待っている? 早くここを出よう!」と促すが、それに異を唱えたのがヴァレリウス。「ローマ兵は、キリスト教徒を片っ端から捕らえている。しかし、誰にも私を強制はさせない。キリスト教徒に、自らの命を守る権利がないとは信じない」と言いきる。エラクル:「命を守るだと! 女子供はどうなる? 老人は?」。ヴァレリウスの恋人で、教会のNo.2的存在のアイリーンは、「主は、思っている以上に、近くにおられる」と言い、「これは、ヨハネからです」と言って、巻物(書簡)をガイアスに渡す。ガイアスを信者を招集し、会議で、「主は、使徒ヨハネを通じて、我々に語りかけて下さる。ヨハネはまだ生きている」と話す。それをサポートするようにシルヴァーノが「どの教会にも、手紙が届き始めた」と言い添える。「どの教会」とは、解説に書いた7つの教会を指す。「これが、ヨハネからだと信じようではないか」(2枚目の写真)。しかしエラクルは、「なぜ、ここにいない」と反論。アイリーンが、「敵から隠れなくてはならないからよ。私たちのように。分からないの?」と再反論。会議はまとまらない(3枚目の写真、右端がヨハナン)。
  
  
  

ヨハネの書簡はパトモス島から出されていた。それを手渡した老人の名はテオピラス。ヨハネはまだ生きていて、本当にこの書簡を書いたのか? それとも、テオピラスがヨハネの名を借りて書簡を書いたのか? ガイアスの命を受けてアイリーンは、テオピラスに会いに行く。その際は、テオピラスと名乗る老人から書簡を手渡されたが、彼が誰なのかは不明で、ヨハネとも会えなかった。確たる証拠のないまま新たな書簡を持ち帰ったアイリーン。信心深いシルヴァーノは、ヨハナンに「息子よ。巻物には、我々すべてにとって非常に重要なことが書かれている、と私は信じている」と語る(1枚目の写真)。この言葉に希望を感じたヨハナンが、一瞬だが明るい表情を見せる(2枚目の写真)。『トムとトーマス』を思わせる表情だ。この直後、エラクルは「幻想だ! 家に隠れている仲間に、そう言うがいい。ローマの監獄にいる仲間に、そう言うがいい。もし、ヨハネがここに来ないのなら、もし生きているという証拠を見せないのなら、信仰を続ける勇気を 彼らは見出せるのか?」。ガイアスが、「書簡が神のご意志だと証明されるまで待つべきだ」と諌めるが、エラクルは「ローマ兵は待ってくれん」とあくまで否定的。
  
  

その後もテオピラスことヨハネは、神からの新たなヴィジョンを見続ける。しかし、エフェソスにはヨハネが生きているという情報は伝わってこない。しびれを切らしたエラクルは、ガイアスに「手遅れにならないうちにエフェソスを出ることにした」と言って去って行く。そのすぐ脇では、ヨハナンが父に質問している。「使徒って何なの、父さん?」。「ヨハネは、特別な方だということだよ」(1枚目の写真)。「天使みたいに?」。「違う。彼は、お前や私のように人間だ。特別なのは、その生い立ちだ。イエスは、ヨハネを、まだ子供の時に選ばれた。ヨハネは、イエスのお気に入りの弟子だった」(2枚目の写真)「彼は、決してイエスのそばを離れなかった。十字架にかけられた時ですら。他の弟子達が、恐怖のあまり逃げた時もだ」。「僕なら、怖がらずにイエス様のそばにいたよ」(3枚目の写真)。「分かってる」。2人の話を漏れ聞いているアイリーンとガイアスも満足そうだ。ガイアスは、アイリーンにパトモス島にもう一度戻り、「テオピラスを探せ。ヨハネを探せ」と命じる。
  
  
  

アイリーンがパトモス島で、テオピラスこそヨハネだと知って感激している頃、エフェソスの総督府では、皇帝から届けられた命令に総督が苦慮していた。しかし、軍人にとって命令は絶対なので、仕方なく部下を呼び集めて命令する、「この地区のキリスト教徒の村を襲い、すべての住民を殺せ。皇帝直々のご命令だ。直ちに実行せよ」。ローマ軍はシルヴァーノとヨハナンの住む村にも襲いかかる。住民全員が惨殺される。そこに、ガイアスと、パトモス島から戻ってきたアイリーンが到着する。死んでいる人々の中からシルヴァーノとヨハナンの姿を見つけると(1枚目の写真)、アイリーンは2人の亡骸の前に跪き(2枚目の写真)、「主よ、これがあなたのご意志なのですか?」と泣き伏す。ヨハナンの顔がクローズアップされる(3枚目の写真)。
  
  
  

このシーンの直後、画面はパトモス島のヨハネへと移行する。そして、ヨハネはヴィションの中で、天国の神の館の聖火台から大量の血が流れ出しているのを見る。これは、皇帝の命令によりキリスト教徒の大量の血が流されたことを表象している。聖火台の横には、虐殺で殺された人々が、天国に召され、血の色の衣をまとっている。中に、シルヴァーノとヨハナンもいる(1枚目の写真)。それを見たヨハネは、「主よ、いつになれば、無垢なる血が流されずに済むのですか?」と問う。神は、「もう少し我慢せよ。そなたの仲間の者たちの数が満つるまで。さすれば、死を乗り越えて わが勝利を共に分かち合おう」(2枚目の写真)。なお、映画の最後で、皇帝が暗殺され、ヨハネはエフェソスに戻ることを許され、そこで死を迎えるが、その場にシルヴァーノとヨハナンはもちろんいない。その代わりに逃げたエラクルがのうのうと顔を出している。これは観ていて許せない(私は信者ではないので、あくまで一視聴者としての感想)。
  
  

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