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Tu seras un homme レオとテオ

フランス映画 (2013)

レオ役のオーレリオ・コーエン(Aurélio Cohen)が、テオ役のジュール・サゴ(Jules Sagot)と2人で主演するドラマ。5歳の時のレオの事故で破綻した家族。レオは一切の運動をやめ読書にふけ、父は仕事中心で怒りっぽいだけ、母は事故の責任から殻に閉じ籠もってしまっている。大きな家なので、それがますます空虚にみえる。ひっそりとして、何の楽しみもない毎日。父は仕事で夜遅くまで帰って来ないので、息子の相手をするのはベビーシッター。これでは少年が歪んでしまうのも仕方がない。そこに、初めての男性シッター、テオが現れる。はみ出し人生を送って来た失敗者。大人になりきれず、行動のはしばしに子供っぽさが残る。最初は、警戒していたレオも、そこに惹かれて、2人はいい友達になる。というか、なり過ぎる。テオは、遊び仲間のようにレオに接するが、父には、それがゲイか小児性愛者のように見えてしまい、シッターを首にする。そこから、一種の、フランス映画らしい「淡いコメディ」が始まる。映画は、レオとテオの逃避行を追うが、そこでも、2人の仲の良さと悪さが混在したやりとりが、心をくすぐる。映画は、39の賞にノミネートされ、うち22の部門で受賞している。オーレリオもサン・アントニオ映画祭(2013年の賞は6つだけ)で演技賞を獲得。IMDbも7.3(2017年9月)なので、秀作の部類に入るだろう。

レオは、パリ郊外の大きな邸宅に住む10歳の少年。父が、仕事で忙しいので、学校が終る4時半から父が帰宅する9時までの間、ずっとベビーシッターがついてきた。そこに、初めての男性のシッターとしてテオが現れる。最初は戸惑った父だったが、任せてみることに。レオに引き合わされたレオは、挨拶もしないし口もきかない。その日の午後、テオは学校に迎えに行くが、自宅に着いてもずっと無視され続ける。数日後、テオは、ワザと隠れて本を読んでいるレオを捜して家中を覗くうち、屋根裏部屋で寝ているレオの母に会いびっくりする。てっきり、父子家庭なのでシッターを雇っていると思っていたからだ。20歳ながら、大人になりきっていないテオは、別れて暮らす母の香りを、レオの母シャーロットの中に見出す。そこで、レオに「ティーを持って行ってあげろよ」と勧め、これまで、母には構うなと言われてきたレオに笑顔が蘇る。テオは、さらに、レオのノートに描かれた絵から、サッカーに憧れがあることを悟り、レオの脚が悪くて走れないと聞いていたので、キーパーのグローブをプレゼントする。そして、庭の芝生でキーパーごっこ。レオが動かなくて済むよう、テオが上手にボールを蹴って、レオにキーパーらしさを味合わせる。レオは、すっかりテオの虜になった。だから、父が、サッカーの真似ごとを禁止した後も、仲良くギターを演奏して親交を深める。まるで兄と弟のように。母は、2人の姿を見て、テオを同居させるよう夫に申し出る。夫は、その案に立腹するが、妻の手前断りきれない。その夫に機会を与えたのは、2人のギター演奏。ふざけて女装して父母の前で演奏し始めたのだ。激怒して席を立つ父。テオはクビになった。夫妻は、結婚式に参加するため、週末まで家を開けることになる。ベビーシッターになったのは、テオの恋人として一度家を訪れ、その時父から気に入られたジャンヌ。しかし、ジャンヌは、レオの世話などしないどころか、自分の演劇学校の仲間を4人家に呼び込み、酒盛りを始める。そこに、レオに会いたいテオが侵入。レオを誘って父親の車を拝借し、ノルマンディーの海岸に連れて行く。解放感の元、ある時は歌って小銭を稼ぎ、ある時は浜辺で言い争う。レオとテオは不可分の友だ。一方、パリでは、妻の調子が悪いので予定より半日早く夫妻が帰宅する。しかし、愛車は姿を消し、庭には酒盛りの後。家の中には変な男がいて、ベビーシッターは男と寝ている。そして、レオがいない。怒り心頭の父は、「息子が見つかるまで、席を立つことは許さん」と全員をキッチンに拘束する。そこにテオから電話が入り、母に、一人でレオを迎えに来るよう伝える。反対する夫に対し、初めて強く反論して一人で出て行く妻。ノルマンディーまで必死に運転していった母は、そこでレオとテオと楽しいひと時を過す。そして、自分と息子を解放してくれたテオにお礼を言って別れる。テオがレオと母の人生の関わったことで、2人は今までとは全く違う道を歩み始めることができるようになった。

オーレリオ・コーエンは年齢不詳。レオが10歳の役なので、超えていても12歳以下であろう。どこにも書かれていないが、監督のブノワ・コーエン(Benoît Cohen)は実の父。姓が同じというだけでなく、オーレリオが出演した3本の映画すべてがブノワ・コーエン監督だからだ。すねた感じと、嬉しい時の笑顔のバランスがとてもいい。


あらすじ

冒頭、レオが父の前で、自作の詩を詠んでいる。「君が歌うたび、僕は春を感じる。君が近くにいると、君の声しか聴こえない。それは つかの間の喜び。僕は悩みを忘れ、幸せを想う。君の言葉には愛があり、鳩のように優しい。君は狼で、僕は赤子。君なしでは、涙も乾く。どうか教えて欲しい、君の言葉で。君がいなければ、父や母もいない〔父や母以上の存在という意味〕」(1枚目の写真)。2人の前には食事の皿があり、父のグラスには赤ワインが入っている。聞き終わった父は、「お前が書いたのか?」と聞く。レオが微笑むと、「後片付けをしておけ。仕事がある」とだけ言って席を立つ。このシーンは、映画のすべてを表している。レオの詩の内容は、「君」をテオに置き換えれば、将来の「レオにとってのテオ」の存在そのものだ。そして、仕事一点張りで、非常に専横的かつ レオに無関心な父。この映画の中には2人、不愉快な人物が登場するが、そのうちの1人は、この父親だ。そして、映画のタイトルが表示される。「Tu seras un homme」は、「男らしくなれ」「大人になれ」の二通りの意味がある。ただ、映画を観ていても、この言葉の対象となるのは、レオではなくテオ… 男らしくなく、子供っぽい20歳のダメ青年だ。結局、①「homme」を、「男」か「大人」の1つに決めたくない、②レオとは無関係、の2つの理由から、邦題を「レオとテオ」とした。タイトルの直後には、レオとテオ役の俳優の名が、横に並んで示される。これを見ても、題名をなぜ「Léo et Théo」にしなかったのか、と思ってしまう。一連のクレジットが出た後、最初に写されるのが教会の正面扉の左脇で目を閉じているテオ(2枚目の写真)。実は、扉の右脇には7人の若い男女が固まって座っている。午後2時になると、携帯に各人のアルバイト先が表示される。7人の中の1人ジャンヌにも、その日のアルバイト情報が来たが、失業中の恋人のテオと目が合い、仕事を譲ってやる〔映画では、そのような説明は一切ないが、状況からそのように推測〕
  
  

テオが譲られた仕事は、ベビーシッター。映画の舞台はパリということだが、周辺の家並みの低さから都心部からは離れている。テオがドアホンでベビーシッターと言って、入れてもらえた塀の中には、嘘のように広い庭と邸宅があった(1枚目の写真)。テオは、食堂で父親の面談を受ける(2枚目の写真)。開口一番、「私の希望は女性だった。男の子なら、女性のベビーシッターが好きだからな。当然だろ?」と話す父。加えて、息子は「他の子と違う」と強調する。「走らないし、泳がないし、自転車にも乗らない。だが、たくさん本を読む」。そして、テオの年齢を訊き(20歳)、「テオを呼んでいいか?」と尋ねる〔正式名はテオドール〕。「お好きなように」。父親はその返事を気に入る。理由は 「年長者を敬ってる」 から。そして、「それこそ、息子に望むことだ」と言い、最後に、「この家を仕切るのは私なんだ」と言わずもがなのことを付け加える。この男は、息子に絶対服従を望んでいるのだ。父親が申し出た給与は1時間8ユーロ〔公開時の為替レートで約1000円→結構ケチ〕。テオが、「レオナールに会えますか?」と訊くと、庭にいた息子を連れてくる。テオが、「今日は レオ。僕はテオだ」と笑顔で言っても、レオは黙っている。父に「挨拶しろ」と言われ、「今日はなんて 言うもんか」と口をへの字にして言う(3枚目の写真、口が面白い)。アクセントも変わっている。「礼儀正しく」。「やだよ」。「変なアクセントはやめろ!」。「友達じゃない」。「関係ない。お前のベビーシッターだぞ」。「そんなもん要らないや。耳、ついてんの?」。「その態度は何だ? 部屋に行ってろ」。レオは部屋に行かずに庭に出て行く。
  
  
  

その日の午後4時半過ぎ、テオが、学校から帰宅途中のレオに付き添っている。ただし、レオは知らん顔。テオが、「鞄 持とうか?」と訊くが(1枚目の写真)、完全無視。家に入ると、レオは真っ直ぐキッチンに向かい、まな板の上に置いてあるバケットを包丁で切る。かなり湿気ている。ジャムを塗ろうとして、「何か飲むかい?」と訊かれても、顔すら上げない(2枚目の写真)。「読むのが好って聞いた」「僕の好きなのは詩だけ。小説は好きじゃない」。そう言いながら、飲もうとしていた牛乳のコップを倒してしまうが、レオは気にもとめない。ずらりと本が並んだ居間で、レオは頭を抱えて宿題をやっている(3枚目の写真)。テオは、その横で、ソファに横になり、「ゴミの中から拾ってきたから、まだ巧くない」と言いつつ、ギターをポロポロ弾いている。勉強の邪魔以外の何物でもないが、レオは存在を無視し、文句すら言わない。
  
  
  

暇を持て余したテオは、庭の芝生で、サッカーボールで遊ぶ。夕方になり、赤いTシャツに着替えたレオは、2人分のオムレツを焼き、1枚はテオにくれる。もちろん、無言だ。「ありがとう」。一口食べて、「とっても美味いな。どこで習ったんだ? 僕は、ゆで卵も作れない」。何を言っても返事はない。たまりかねたテオは、「レオ、僕にはこの仕事が必要だ。お金がないと、路上生活だ。どういうことか分かるか? 君には、どうせシッターがつく。だから、取引しよう。干渉しないから、協力してくれよ。休戦だ。どう?」。ようやくレオの目が、真正面からテオを見る(1枚目の写真)。「サッカーはどう?」。「走れない」。初めて口をきいてもらえた。「5歳の時、ひどい事故に遭ったんだ。だから、走れない」。「君のアクセント、ぜんぜん苦にならない。気に入ったよ。だいたい、アクセントなんか どうだっていいんだ。君が使いたいんなら…」とおべっかを並べたところで、レオは、まだ明るいのに、「ベッドに入ってくる。お休み」と自分の部屋に行く。パジャマに着替えたレオは、Tシャツと半ズボンを丁寧に畳んでベッドの隅に置くと、寝転がって本を読み始める(2枚目の写真、矢印は畳んだ服)。特にアメリカ映画では、脱ぎ放題の服が散らかっているケースが多いので、この几帳面さは奇異にすら思える〔写真は増感してあり、実際はもっと暗い。こんな暗い所で よく本が読めるなと思えるほど〕。そこに父親が帰宅する。「順調だったか? SMSを寄こさなかったな」。「済みません。携帯を忘れました」。「二度と忘れるな。もし、金の問題なら、相談に乗る。私は、安心していたいんだ。送信は『すべて順調』だけでいい」。「分かりました」。父親が息子の様子を見に行く。テオは、鞄の下にレオのノートが置いてあるのに気がつく。開いて見てみると、サッカーらしき絵が描いてある(3枚目の写真)。左のページの下の「BUT」は、フランスで「ゴール」の意味だ。テオは、レオは走れないが サッカーに興味を持っていると思う。
  
  
  

数日後、レオはテオを避け、籠の横に隠れて本を読んでいる(1枚目の写真、矢印はレオの頭)。だから、テオがいくら「レオ?」と呼んでも応えない。テオは家中を捜し回り、屋根裏部屋に上がっていく。そこには、1人の女性がいた(2枚目の写真)。誰かが来たので、「レオ?」と声をかけるが、男性だったので「今日は」と言って寝間着姿で起きてくる。テオ:「今日は。僕はテオドール、ベビーシッターです」。「知ってるわ。部屋を間違えたの?」。「済みません」。テオが1階に降りて行くと、キッチンではレオがパンを食べている。テオは早速不満をぶつける。ベビーシッターなのに、第三者がいることを知らされていなかったからだ。「屋根裏にいるのは誰?」「君のお母さんか?」。質問を無視されたテオは、怒ってテーブルを叩く。ようやく、「うん、ママだ」。「何してる? 隠れてるのか?」。レオは肩をすくめるだけ。「なあ、僕はずっとここにいるのに、何で誰も話してくれない? 彼女はどこか悪いのか? 病気か?」。レオは平然とパンを食べ続ける。「言いたくないんだな」「話せよ。そしたら、黙るから」。「何でもない。眠れなくて、外に出るのが怖いだけ」。「僕の両親は遠くに住んでる。母さんに会ったこともない」。「あんた、子供じゃないだろ」。「ティーを持って行ってあげろよ」。「父さんは、構うなって言ってる」(3枚目の写真)。
  
  
  

「こっそりやればいい。スパイみたいに」。これを聞いたレオは、テオに向かって初めて笑顔らしきものを見せる(1枚目の写真)。きっと、父の方針に反撥を感じていたのであろう。レオが乗り気で同意した結果は、さっそく次のシーンで証明される。父が帰宅後、妻の部屋を訪れると、彼女はいつもより朗らかで、脇にはティーセットと一緒に赤いバラが一輪さしてあった(2枚目の写真、矢印はバラとティーセット)。それを見た夫は、「外に出たのか?」と不審げに尋ねる。「レオが持って来てくれたの」。「レオが? 何でまた?」。「いい子ね」。そして、「男性のベビーシッターっていいわね。私も助かるわ」。「見たのか?」。「ええ」。「近寄らないように言おうか?」。「必要ないわ」。
  
  

恐らく次の日、レオは学校の近く(?)でテオを待っている。ようやくテオが現れ(1枚目の写真)、「ごめんよ」と言って、鞄を持つ。テオは歩きながら、レオに、「君に会えてよかったよ」と言い、レオは、「家に帰ったら、クレープ作るんだ。今朝、生地を仕込んどいた。食べたい?」と訊く。「もちろん」。2人の仲は、急速に好転している。キッチンテーブルで、クレープを食べながら、レオは、テオに、教師からの連絡帳を渡す(2枚目の写真、矢印)。そして、「父さんに署名 頼みたくない」と言う。「お母さんに頼めばいい」。レオはテオの顔を見る。「行って欲しいのか?」「何とか言えよ」。レオは重い口を開く。「署名は2ヶ所。1つ目はいいけど、2つ目が問題なんだ」。「何を書かれたんだ?」。「空想にふけってるって。だけど、ホントじゃない」(3枚目の写真)。テオはOKし、庭でデッキチェアを開こうとしている母親に寄って行き、開く手伝いをする。そして、クレープを渡し、連絡帳へのサインを頼む。母親:「あなたがサインして」。「空想癖があるとかで、お話ししたいそうです」。母親は、「いつから空想癖が罪になったの?」と言い、「呼び出しは、代わりに行ってちょうだい」と頼む。「そんなこといいんですか?」。「父親は不在で、母親は病気と言えばいいでしょ」。その後、テオは母親にファースト・ネームで呼んでもいいかと訊く。「いいわ。シャーロットよ」。
  
  
  

翌日(?)。学校から一緒に帰ってきた2人。レオが、「今日は、宿題がないんだ」と話すと、テオは、「そりゃ、よかった。サプライズがあるからと言って、バッグからラップされたプレゼントを渡す。大喜びでレオが中を見ると、入っていたのはゴールキーパー用のグローブ。運動ができないレオは、それをテオに返す。しかし、テオはその手を取ると(1枚目の写真)、グローブをレオの体に押し戻し、「僕を信じろ」と言う。2人は、一種のサッカーを始めた。ボールを蹴ったり走り回るのはテオだけで、レオは一箇所に留まって飛んできたボールをプロックしたりキャッチしたりする(2枚目の写真)。「走れない」というレオの言葉と、レオのノートに描いてあったキーパーの絵の両方に配慮したテオの妙案だった。確かに、レオは今まで見せなかった「子供らしさ」と「明るさ」で、楽しんでボールと格闘している。それを見た母は、「そんなことして大丈夫なの?」と心配するが、レオは「心配しないで、ママ」と、やる気十分だ。しかし、レオが取り損ねて転んだのを見て、母は、屋根裏から庭まで駆け下りてくる。そして庭に出た所で転んで足首を捻挫する。結局、レオには何事もなく、ケガをしたのは母一人。そこに、父親が帰宅し、妻が木にもたれているのを見て、「どうかしたのか?」と駆け寄る。「バカみたいに走っちゃったの。レオがケガしたと思って」。テオが、「手でボールを打ってたんです」と説明する。父:「ボールって? 何してたんだ?」。レオは、「サッカーだよ。これ凄くない?」と言ってグローブを見せる。父は、テオを睨むと、「もう帰れ」と命じる〔実に嫌な人物だ〕。母は、テオに「楽しい週末を」「ありがとう」と言う。こちらは、礼をわきまえている。レオは去って行くテオに抱きつき、テオは頬にキスする。そんな姿を見ても、父のやったことは、置いてあったボールを怒りに任せて蹴っただけ。観ていて、これほど感情移入のできない人物も珍しい。普通なら、5歳の時の事故以来、息子が初めて殻を破ったのを見て、怒るなんてことはあり得ない。テオが早く帰った後、まだテオがいると思ったジャンヌがやってくる。ジャンヌに対して見せる、父親の「鼻の下が伸びた顔」は、テオへの冷たい態度を見た直後だけに、きわめて不快だ。この「自分のことしか考えない好色親爺」は、ジャンヌから電話番号を聞き出す。因みに、ジャンヌは、もう1人の「不愉快な人物」だ。
  
  
  

学校からの帰り、2人はしっかりと手をつないでいる(1枚目の写真)。レオは、テオを信頼しきっている。庭の中を歩きながら、テオは、「こんなにたくさんの花、誰が植えたんだい? お母さん?」と訊く。「ううん、庭師。花の名前、全部教えてくれた」。そう言うと、「黄色のは アキノキリンソウ、このピンクのはフロックス」(2枚目の写真)と花の名前を教えていく。びっくりしたのは、美山八重紫という日本語がそのまま聞こえてきたこと。確かに、学名は「Hydrangea serrata 'Miyama yae murasaki'」になっている。レオは、「社会の窓があいてるよ」と言った後、「驚かすものがある」と、テオの目を閉じたまま部屋に連れて行き、エレキギターを演奏し始める(3枚目の写真)。テオがギターを持っていたのに応えたものだ。そして、「手を出して」と言うと、ピックを手のひらに乗せ、「僕たち、血を分けた兄弟みたいだ」と言う。
  
  
  

見ていて最も心温まる部分。レオとテオは、庭のベンチに座り、レオの手の動きを真似て、テオも胸を叩いたり、両手を打ったりする(1枚目の写真)。その後は、テオの様々な扮装を見て、レオが歯を剥き出して笑う(2・3枚目の写真)。2人は最高に息のあった友達のようだ。
  
  
  

テオは、レオにギターの練習をさせ(1枚目の写真)、次には、母親の前で、演奏を披露する(2枚目の写真)。母は、新しく誕生した2人のペアに100%満足し、息子を変えてくれたテオに感謝している。そして、日曜日。呼び鈴が鳴って父親が見に行くと、頼んでもいないクスクスのケータリングが届く。妻に確認すると、「テオドールを昼食に招待したの」という返事。「日曜だぞ」。「それが?」。「1週間、ずっといただろ」。「もっと、彼のことを知らないと。あなた、何も知らないじゃない。いい人よ。レオの幸せをずっと願ってきたけど、あの子にもとうとう友達ができた」。父親がキッチンでデキャンタージュしていると、そこにレオが入ってくる。父親が、「サッカーよりは、パーチージ〔インドのスゴロク〕をやって欲しい。分かったか?」とバカなことを言っていると、そこに母親が入ってくる。シャーロットとテオは、夫の目の前でキスを交わす(もちろん、互いの頬へのキス)〔3枚目の写真〕。それを見る夫の目は怒りに燃えているようだ。
  
  
  

庭で、テーブルを囲む4人。父親は、テオに、「ご両親は何を?」と尋ねる。「両親ですか?」。すかさず、レオが「メキシコにいる」と口をはさむ。「本当に? 何してるのかね? 住んでみえるのか?」。「旅行で行ったんですが、気に入って住むことにしました」。夫は、妻に、「君は、もう知ってたんだろ?」と嫌味に訊くが、妻は、「聞いたことないわ」と否定する。そして、思わぬことを口にする。「テオドールには、一緒に住んで欲しいと思ってる」。夫は、「信じられん」と不機嫌そのもの。「何が悪いの? 部屋代にも困ってるのよ。ここにはいっぱい部屋がある」。レオも、「どこの部屋で寝るの?」と大乗り気。父:「ちょっと待て、レオ」「テオドールの考えは訊いたのか?」「構わんが、ちょっと変じゃ…」。レオ:「お願い、パパ。一生で最高の日だよ」。それを聞いたテオは、「訊いて下されば、返事はイエスです」と答える。母:「お祝いしないと」「マーク〔夫の名〕に、メキシコの歌を聞かせたら」。レオとテオは席を立つ。2人だけになると、夫は、「どうなってる? 正気か?」と不快感を露にする。「私のためになるの。体調がよくなってる。分からない?」。家の中で2人が騒いでいるのを聞くと、夫は大声で怒鳴る。妻に怒鳴れないので、うっぷん晴らしだ。そこに、2人が女装して現れる。妻は、笑いがとまらない。暗い夫と、寄り付かない息子しかいない家で、こんなに笑うのは久し振りなのだろう。前奏の後(2・3枚目の写真)、2人が歌い始めると、父は怒って席を立ち、家に入って行ってしまう。
  
  
  

テオは、女装のまま家の中に入って行き、父親に話しかける。「問題でも?」。「いくつか。重要なのは1つだ。座れ」「君の性的嗜好は 君の勝手だ。レオは、もうすぐ思春期を迎える。彼は、男になってもらわんと困る。あんな風にドレスを着せたら、その邪魔になる。それに、いつもべたべたくっついてる。一定の距離を置き、混同は避けるべきだ」。「混同などありません。僕は子供として接してるんです」。「それは君の意見だ。この家では許さん」。「待って下さい。僕を何だと思ってるんです? ゲイか小児愛者だと?」。「そんなことは言っとらん。私が言いたいのは、あの子は大変な思いをしてきたということだ」。「こんな父親を持って?」〔最高の台詞〕。「出て行け!」。「あの子を障害者みたいに扱ってるけど、あなたがそう思ってるだけだ。僕と変わりない」(1枚目の写真)。「君は障害者じゃない、社会への不適応者だ。二度とこの家に入るな!」。同居予定から一気に永久追放… 破局の描き方が凄い。その後、家の中では夫婦の言い争いが続く。レオは、ヘッドホンを頭にはめ、玄関の外に座っている(2枚目の写真)。恐らく、抗議のサインなのだろう。父は、レオを無理矢理 車に乗せ、どこかに連れて行く(レオは、音楽を聴いていて、父が何を言っても一切答えない)。父親が出て行くと、テオはこっそり屋敷に忍び込む(まだ、鍵を持っている)。そして、屋根裏部屋に上がって行く。ベッドにはシャーロットがふて寝している。テオの声に、シャーロットは手を伸ばす。許可を得たと思ったテオは、ベッドに腰を降ろす。「ずっと泣いてたの」。「僕もさ」。「ごめんなさい、テオドール」。そして、「ここに来て」。テオは、シャーロットの前に頭を横たえる。まるで母子のようだ。シャーロットは昔の事故の話をする。「いつも働いてて、レオを見てなかった。それが、ある日、プールに連れて行った時、落ちたの」〔フランス語のtomberという動詞には“落ちる”という意味しかない。これだけでは、何がそんなに重大な事故なのかさっぱりわからない〕。病院にかつぎ込まれたレオを24時間見守った母。そしち、退院して家に戻った時、「私は、折れちゃったの。もう、何もする気がなくなった。悪いママになってしまった」(3枚目の写真)。テオは、「ここに一緒にいたい」「また来ていい?」と言うが、返事は「ダメ」。テオは、メキシコに住んでいる母の代理をシャーロットの中に見出したのであろう。しかし、はっきりと拒否されたテオは、悲しみのあまり、街をどこまでも走り続ける。まるで子供のように。恋人のジャンヌの元を訪れたテオは、ジャンヌから極めて強い調子で愚弄され軽蔑されただけ〔恋人解消〕。挙句の果てに、レオのベビーシッターを引き受けたとも知らされる。
  
  
  

夜、レオは、自分のベッドで、一人寂しくギターを弾いている(1枚目の写真)。翌朝、ジャンヌがベビーシッターとして現れる。呼び鈴が鳴り、父が迎えに出て行く。「お早う」というジャンヌの手を取り、「時間通りだ」と手にキスをする。この男が、息子や妻の幸せのことなど眼中にないことが分かる。興味のあるのは、仕事と若い女性だけ。テオが本を読んでいると(2枚目の写真)、ドアが開き、父とジャンヌが入ってくる。テオは、母に抱き付いて無視しようとする。「レオ、ジャンヌに挨拶を」と言っても、母に抱きついたままだ(3枚目の写真)。妻:「私が行く必要あるの?」。夫:「何を言う。みんな我々を待ってるんだ」。ジャンヌには、日曜の夜に戻ると言いおいて、夫妻はレオを置いて家を開ける。
  
  
  

レオとジャンヌが、庭のテーブルに座っている。レオ1人がパスタを食べている。レオを笑わせようと、ジャンヌは「私は山羊よ。そのパスタみんな食べちゃうぞ」と変な声で言うが、レオに睨まると(1枚目の写真)、タバコを取り出し、レオに向かってしかめっつらをする(2枚目の写真)〔すごく醜い〕。この行為1つで、ベビーシッターとしての不適格さだけでなく、彼女の心の醜さまでもがよく分かる。レオが、「テオドール、いつ戻るの?」と訊くと、「あんたのアクセント、サイテー」と貶した後で、「もう来ない」と言う。寂しくなったレオは、テオの携帯に電話するが留守録になっている。ジャンヌは、何1つシッターの仕事をせず、庭のデッキチェアにふんぞり返っている。レオは、居間のソファに横になり、以前、テオと一緒にやった「胸を叩いたり、両手を打ったりする」動きを再現してみる(3枚目の写真)。如何に寂しいかが よく分かる。
  
  
  

その時、呼び鈴が鳴る。きっとテオが来たんだと、門に駆けつけるレオ。しかし、それはジャンヌが呼んだ演劇仲間だった。その数4人。ジャンヌを加えた5人は、さっそく庭で酒盛りを始める。仲間の1人が、カジモド〔ユゴーの『パリのノートルダム』の主人公〕の真似をして家の中から酒瓶を2本持ち出してくる(1枚目の写真)。少年のベビーシッターが、持ち主の家でドンチャン騒ぎをやる究極の映画は、同じフランス映画『真夜中のパリでヒャッハー!』(2014)。この映画では、それに比べれば規模は格段に小さいが、こうした行為は許されることではない。レオは、彼らの真正面のベンチに座り、キャンディーを食べながら5人のやっていることをずっと見ている(2枚目の写真)。
  
  

レオが壁の角で様子を見ていると、黒靴下を頭から被った男が後ろから忍び寄ってきて、レオの口を押える。びっくりして振り向くと、それはテオだった。飛びついて喜ぶレオ(1枚目の写真)。「それ 取ったら?」。「ダメだ。お忍びで来たんだ」。2人は2階のレオの部屋に行き、窓に座ってシャボン玉を出して遊んでいる。シャボン玉に気付いたジャンヌが、何事かと部屋を見に来る。後ろ姿でテオとすぐ分かったので、「ここで、何してるのよ?」と冷たく訊く(2枚目の写真)。「レオ、2人だけにして」。レオは「僕の部屋だぞ」と反論するが、テオは「すぐ済む」と言って、ジャンヌと2人だけになる。2人だけでの会話。「出てって」。「いやだ。レオと会いたい、君ともだ」。「関係ない。あんたとは終わったの」。「奴なのか?」。「奴って?」。「ボスニアの木こり野郎」。「一緒のクラスで、いい人よ」。「やめろ。俺を捨てるな。あいつらを家に帰せ」。「私の友達を?」。話が長引いているので、部屋に戻って来たレオが、「もし、彼を行かせたら、両親に電話して全部バラしてやる」と言ったので、ジャンヌは黙って部屋を出て行く。レオは、「僕たち何する? お絵描き? ギター?」。それでも返事がないので、「詩を書いたんだ。聞きたい?」と話しかける(3枚目の写真)。それでも 振り向こともしないテオを見て、「友達、もう やめちゃうぞ」と言う。テオは、「遊びたくない。僕は汚くて臭い。シャワーを浴びたい。1週間、着替えてない」と言うと、頭から靴下を取って投げ捨てる。
  
  
  

夜になり、テオが「お休み、兄弟」と言って洗面に顔を見せると、レオは抱きつき、キスしてもらう。ベッドに座ったテオを前に、レオは、爆竹の1本をタバコみたいに口にくわえ、「火をちょうだい」と、マルロン〔ジャンヌの彼氏〕の真似をする(1枚目の写真)。「マルロンは大麻を吸うんだ」。テオは、「おい、危ないだろ! 寄こせ!」と、爆竹を取り上げる〔この爆竹、後でテオが腹いせに使うが、かなり危険〕。「前は、そんな風に叱らなかった。まるで大人じゃないか」。テオは、化け物のような格好をして、「俺様は大人だぞ~」と言うが、そんなところは、まだ子供だ。元に戻ったテオを見て、レオは安心してベッドに入る。レオ:「彼女のこと、好きなんだ」。テオ:「構わないだろ?」(2枚目の写真)「だけど、捨てられて、イラついてる」。「僕のことも捨てる?」。「何をバカな。絶対、捨てないぞ」。夜の庭で、5人が酔っ払って話してる席にテオも加わる。3分半もあるシーンで、本筋とも無関係なので、概略を述べよう。ジャンヌが、チェーホフの戯曲『桜の園』(1904年初演)のワーリャの台詞を始めると、男性が続きのガーエフの台詞を言い、もう1人の女性がラネーフスカヤの長い台詞を受ける。そのパートが終わりかけた時、何も知らないテオが、「それ、自分達で作ったの?」と聞くと、ラネーフスカヤ役の女性が「即興でね」と冗談を言い、マルロンが、「チェーホフの『桜の園』だ」と打ち消す。テオが、その口調を真似て、「チェーホフの『桜の園』だ」とくり返すと、マルロンは、少しムッとして「好意で教えたんだ」と言い、テオは「ご親切に、君はいい奴だ」と応じる。ジャンヌは、「止めなさいよ、無粋な人ね。酔っ払って」と一方的にけなす。テオは、「どうして俳優になりたいんだ? スパイとか司書とかじゃなく」と尋ねる。ジャンヌは、「テオ!」と制止するが、ラネーフスカヤ役の女性は、「いい質問ね」と言い、「正直に答えるわ。舞台に上がると興奮するの。こう… ギュッとつかまれるような感じ…」と話す。テオは笑いながら、「君には素質があるよ。うぬぼれの塊だ。その調子で、ペラペラやるがいい。TVにだって出れるかもな」。女性は、「何様のつもりよ」と怒り、ジャンヌも、「テオ、やめなさい」と叱る。「僕がメキシコに行ったらTVなんか見ない。せいせいする」と言い、ボードレールの詩を口ずさむ。ジャンヌは、「本を読んだのね、おめでとう、ここから出てって!」と怒鳴る。レオは、「E.S.M.F.(スペイン語で、くそくらえ、クズども)」(3枚目の写真)と言って立ち去る。
  
  
  

テオは、一度、街へ出て、爆竹を鳴らして殴られ、再び家に戻ると、寝ているレオを起こす(1枚目の写真)。「海に行こう」。レオはすごく眠たい。だから、「行きたくない」と答える。「怒るなよ。急ごう」。「いま何時?」。「起きろよ、ぐうたら」。「ジャンヌも一緒?」。「君と僕だけだ。楽しいぞ」。「放っといてよ」。「レオ、冒険だぞ。最高のサッカー場を捜しに行こう。それがミッションだ。サッカー版のボニーとクライドだぞ」。「ボニーとクライドは恋人同士だろ。僕らは違う」。「じゃあ、タンタンとスノーウィ〔白いフォックステリア犬〕だ」。その言葉でニッコリするレオ(2枚目の写真)。テオは、家に残っていたアルファロメオ・スパイダーを拝借し、助手席にレオを乗せてノルマンディーの海岸目がけて突っ走る(3枚目の写真)。向かった先は、ブランヴィル=シュル=メール(Blainville-sur-Mer)、パリの西約290キロにある海岸に近い村だ。
  
  
  

2人は、海に面したオープン・カフェで、メキシコ風に麦藁帽を被り、ギターとマラカスで演奏する(1枚目の写真)。演奏が終わって、帽子でチップを集めるレオ。すごく楽しそうだ(2枚目の写真)。2人は、稼いだお金でクレープを食べ、海岸に向かう。「これまで食べた最高のクレープだったな。額に汗して稼いだからな」。「僕の脚がこんなじゃなかったら、ママは、僕をもっと愛してくれてた。だけど、ママのせいなんだ。見張ってなかったんだから」。「落ちた時、母さんは その場にいたのか?」。「よく知らない。パパから聞いた。すごく怖がったんだって。今じゃ、何もかも怖がってる」。「君の両親、絶対変だ」。「言うのは簡単だ」。レオは、「これから何するの?」と尋ねる。「さあな。家に戻るか、姿を消すか。ガソリンがカラになるまで走るんだ。後は、音楽で小銭を稼いでサンドイッチを食べる。僕らは、似た者同士だ。ハンサムだし、運を試そうとしてる」(3枚目の写真)。
  
  
  
  
日曜の夜戻ると言っていた夫妻が、お昼に帰宅する。愛車のアルファロメオ・スパイダーがない。車から降りると家の中から音楽が聞こえる。庭には、酒盛りの後がそのまま残っている。「いったい何なんだ?」。キッチンに入ると、男が1人シンクに屈みこんで音楽を聴いている。「お前は誰だ?!」。びっくりして振り向いた男は、「驚かすなよ。あんたこそ誰だ?」。「この家の持ち主だ」。「レオの両親か。僕はヴァンサン、ジャンヌの友達だ」。罪の意識など まるでない。妻は、「ジャンヌはどこ?」と訊く。「俺たち夜更かししたんだ。庭が すごく良かったから。彼女なら居間にいる」。夫は急いで居間に行き、ソファで寝ている男女を発見する。「ここにいるぞ!」と妻を呼ぶ。慌てて飛び起きるジャンヌとマルロン。妻は、「レオはどこ? 息子は どこなの?!」と問い詰める。「部屋で寝てるかと」。「お昼まで? 悪い冗談なの?」。「どうして、こんなに早く帰宅を? 知らせてもらえれば、準備したのに」。ジャンヌは、不法侵入とシッター放棄に謝りもしない。「シャーロットの具合が悪くなった」「私のコンパーティブルはどこだ? あの車は、ベビーシッターの15年分の価値があるんだぞ! どこにやった!!」。レオの部屋に行った妻は、置き手紙を見つけて、夫を大声で呼ぶ。「いないのか?」。妻はメモ用紙を見せる(1枚目の写真)。そこには、「ジャンヌへ。僕は、テオと海に行くよ。心配しないで、レオ」と書いてあった。一方、海岸では、テオがレオの体をすっぽり砂で覆っている(服は着たまま)(2枚目の写真)。「いつ帰るの?」。「姿を消すんじゃなかったのか」。「明日の宿題があるよ」〔この日は日曜日〕。「姿を消せば、宿題もしなくていい。学校や先生もない。いいかい、これは重要なことだ。最初は、どの子もみんな違ってる。だけど、学校が生徒に変えちゃうんだ。型にはめてな。ただ、いつもそうなるとは限らない。僕を見ろ、違うだろ。僕は型にはまらなかった。だから 追い出された。学校じゃ、沈むか 泳ぐしかない〔失敗か成功かのどちらかしかない、の意味〕」。「沈むか 飛ぶかだ。大人になったら、パパみたいに大きくなるけど、遅くまでは働かない。そうすれば、奥さんと一緒にTVが見れる。子供の面倒もね。強くなって、レスラーになるんだ。週末には、試合から回復して、犬とジョギングに行く。ラブラドルだよ」。「君はトンマだ。まだ10歳で、型にはまっていない。何でも好きなものになれるんだ」。レスラーというアイディアにケチをつけられたので、レオはテオを嫌な顔で見る(3枚目の写真)。「そんな顔で見るなよ」。「家に帰りたい」。「イライラさせるなって」。「そっちこそ!」。「君は、駄々っ子で、人種差別してる」〔テオはスペイン語が話せるので、フランス人でなくスペイン人なのか?〕。レオも負けていない。「悪口なんか言える柄か! 僕は、自分のことは自分でできるし、卵料理だってできる! 僕をけなすことは簡単だけど、自分を見てみろよ!」。そう言うと、砂から一気に出て、「ひねくれ者!」と叫んでテオとは反対側に歩いて行く。
  
  
  
  
パリでは、夫妻に加え、ジャンヌと3人の友達がキッチン・テーブルに座り、暗い雰囲気で座っている。そこに4人目が入ってくる。父:「何人いるんだ?!」。「彼女で最後」。女性の1人が、「彼が、誘拐したの?」と言い出し、父は「君の友達を黙らせとけ」とジャンヌを叱咤。今度は、マルロンが「行かないと」と席を立とうとする。父は「息子が見つかるまで、席を立つことは許さん」と命令する(1枚目の写真)〔この学生達、実に自分勝手だ。人に家に勝手に入って遊んで、それが悪いことだとは思っていない。ジャンヌに招待されたと思っているのか?〕。その時、夫の携帯に電話が入る。「テオドールです」。「どこにいる」。「シャーロットを出して」。「場所を言え。でないと、警察に電話するぞ! 車泥棒に、児童誘拐だ。分かってるのか?!」。「電話を切る」。「待て待て。場所を言うんだ」。「じゃあ、切るぞ」。「ダメだ、今替わる」。テオは、意固地なクソ親父などと話すつもりなど毛頭ない。シャーロットが電話に出る。「もしもし、テオドール?」。「ええ」。「レオはどう?」。「楽しんでる」。「替わってもらえる?」。「ここまで迎えに来て欲しい。僕らはノルマンディーの海岸にいる」(2枚目の写真)「1人で来ると約束して。とっても重要なことだ、シャーロット」。1人で300キロの運転はシャーロットには重荷だった。そこで、「できない」と答える。「僕らは、ブランヴィル=シュル=メールにいる。待ってるよ」。そこで電話は切れる。夫:「それで?」。「ノルマンディーにいる」。そう言うと、外に出て行こうとする。「1人で行くわ」。「やめろ。この3年、1人で出かけたことないだろ。どういうつもりだ? 結婚式すら途中で出てきたんだぞ。運転はどうする?」。シャーロットは、夫の態度に腹を立て、「まだ続ける気? そろそろ私を見直したらどうなの? 不愉快よ」と言うと、ドアをバタンと閉める。5年前の事故以来、殻に閉じ籠もっていたシャーロットが、ようやく目覚めたのだ。
  
  

レオが、砂浜で座禅のようなことをして待っていると(1枚目の写真)、テオが戻って来て、「ママに電話した。迎えにくるぞ」と話しかける。「僕のママが? 免許 持ってるのかな?」。「僕だって持ってない」。それを聞いたレオは、思わずテオを見る。無免許で僕を乗せてきたのか、といった顔つきだ。「何もなくても、出来ることは一杯ある。通りで歌うとか、ビーチで寝るとか。違法でも、やれるんだ。毎日、フリッツを食べるとか。コークと一緒に。いいだろ?」。レオが相好を崩す(2枚目の写真)。2人は砂浜を離れて村に向かう。レオ:「あんた、たまにイカすだろ。そこが怖いんだ」。テオ:「君だって、時々ブツクサとウザいだろ。びっくりする」。「あんたのジョーク、たまにサイテーだろ。辛いんだ」。この映画の中で、最も気に入った台詞だ。2人の仲がぴったり合っていることがよく分かる。その後、2人は、道路の終点に座り込み、シャーロットの来るのをじっと待っている。すると、車が停まり、ドアが開き、母が「レオ」と叫びながら出てくる。レオは、「ママ!」と飛んで行き、抱きつく。以前なら、2人ともこんなアクションは考えられないことだった。屋根裏部屋の母の寝室に、レオは立入禁止状態だったし、レオは、母のことを好いてはいなかったから。テオがその状態を変えた。だから、母は、最初の抱擁が済むと、テオの方に腕を差し伸べる。テオは2人に寄って行くと、今度は3人で固く抱き合う(3枚目の写真)。
  
  
  

待っていた夫の元に、シャーロットから電話が入る。内容は分からないが、夫の応対から、しばらく休んでから帰ると言ったのだろう〔アルファロメオは、後で、夫が引き取りに行く〕。電話が済むとすぐ、ジャンヌは、「私たち、もう行きます」と言い出す。「ご迷惑をかけました」の一言もない。もし、ジャンヌがきちんとシッターの役目を果たしていれば、レオはどこにも行かなかったはずなのに、罪の意識はまるでない。これでは役者にはなれないだろう。鼻の下の長い夫は、さっき、テオには怒鳴ったくせに、ジャンヌにアルバイト料を渡そうとまでする〔ジャンヌはすぐ断る〕。友達が出て行き、最後にジャンヌと夫がキスを交わす(互いの頬へのキス)。サイテーの男と、サイテーの女の今生の別れだ。ノルマンディーでは、テオとレオと母が、オープンカフェに座って間食を楽しんでいる。無愛想なウェイトレスが寄ってきて、「他にご注文は?」と訊く。テオ:「ビール、もう1杯」。レオ:「僕は、コーラ。いいでしょ?」。母:「いいわよ。私もビールをもらう」〔これから、300キロ運転するのに…〕。レオ:「フリッツ、いい?」。テオ:「ムール貝とフリッツは?」。ウェイトレス:「フリッツは切れてます。ムール貝とマッシュポテトでは?」。レオが頷いてそれで決まり。「ここ、サイコーの場所だね」。母が楽しそうに笑う(1枚目の写真)。まるで一家のようだ。しばらくして、レオは朝が早かったので、テーブルで寝てしまった(2枚目の写真)。シャーロットは、テオに「踊りたいわ」と言い、テオは立って、シャーロットに手を差し出す。2人は、カフェのピアノ演奏に合わせて踊る(3枚目の写真)。ここでも今生の別れ。しかし、そこには愛情と感謝がある。シャーロットは、ある意味 生き返り、これからは有意義な人生を送ることができる。そして、半分子供だったテオは、初めて大人になり、フランスを出て両親の住むメキシコに行く決心をする〔この映画の題名『大人になれ』は、この瞬間のためにあるのかも?〕。カフェを出て、駐車場に向かう母とレオ。ここで2人はテオと別れなければならない。母が「ありがとう」と言うと、レオは寂しそうにテオに寄って行き、2人は抱き合う(4枚目の写真)。
  
  
  
  

それから数ヶ月後(?)。居間に3人がいる。レオが、父に、紙を渡し、「この中から、数字を1つ選んで」と言う(1枚目の写真)。「1」。「もう1つ」。「11」。「3つ目」。「6」。「もう1つ」。「16」。レオは、「16+11+6+1は、34だ」と言うと、本棚から1冊本を持って来て、母に渡し、「ママ、34ページを開いて」と言う。母が開くと、34ページ目の暗唱を始める。それを聞いて喜ぶ母(2枚目の写真)。途中で、本を父に渡して一緒に見る。「すごいわね!」。「よくできたな。すごい!」(3枚目の写真)。どうやら、父も変わったようだ。
  
  
  

その時、呼び鈴が鳴る。レオが本を本棚に戻す。母が戻って来て、「レオ、あなたによ。小包」と言って渡す。「軽いや。メキシコの切手。メキシコからだ!」〔テオから来た〕(1枚目の写真)。レオは庭に出て行って、小包を開く。父母の方を振り返ったレオは、緑のレスラー・マスクをつけている(2枚目の写真)。テオは、以前、レオが言っていた「強くなって、レスラーになるんだ」という言葉を覚えていて、メキシコの専売特許でもある覆面レスラーのマスクを送ってくれたんだろう。映画は、この後、マスクを被ったレオの顔の大写しとなる。DVDのケースと同じだ。このケースだけ見ると、この映画の内容を勘違いしてしまいそうだ。この映画と覆面レスラーとは何の関係もないのだから。その後は、レオはマスクのまま走り出す。脚が悪いハズなので、現実なのか夢なのかは分からない。この映画の題名の別訳『男らしくなれ』とも、無関係だ。だから、最初に戻るが、この映画の邦題を『レオとテオ』とした。
  
  

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