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XX XX/4つの不条理な物語

カナダ映画 (2017)

4人の女性監督により、何の関係もなく作られた4つのエピソードを並べて1本の映画にした作品。ここでは、少年の登場する第1話『The Box(箱)』を取り上げる。時間からすると約20分なので、ショートフィルムのイメージに近い。従って、筋書きは非常に単純で、ほぼ直線的に進む。そして、怖い。ここには、凶悪なエイリアン、ゾンビ、幽霊、悪魔、殺人鬼など、定番の怖い化け物は登場しない。特殊な動植物、特別変異した細菌やウィルス、生命力を持った無機物、特殊な力やエネルギーも登場しない。写真から分かるように、だんだんとお粗末になるが、料理番組のような映像が並ぶ。この食事の中に毒が入っているわけでもない。それでもひっそりと怖い。それは、見たことのないものを映像化しているからだ。あり得ない、そういう意味では、副題として付けた「不条理」なストーリーではあるが、「いったい何だろう」という戦慄が走ることは確か。

クリスマスが近づいた ある日、母と姉と3人で地下鉄に乗っていたダニーは、隣の席のおじさんがリボンのかかった大きな赤い箱を持っているのに気付く。「箱の中は何なの?」と訊くと、「プレゼント」という答え。「見ていい?」。失礼な質問に母は制止するが、男性は「構いませんよ」と言って箱の蓋を少し開ける。ダニーは中を見る。その夜から、ダニーはお腹が空いてないと言って何も食べなくなった…

主人公のダニーを演じるのは、カナダのTVで6歳から活躍しているピーター・ダキナ(Peter DaCunha)。どうみても12歳以上には見えないので、撮影は公開より2年以上前であろう。


あらすじ

クリスマスが近づいたある日曜日、母は2人の子供を連れて映画とスケートに行き、くたびれて帰りの地下鉄に乗っている。弟のダニーは、クリマスマには何がもらえるか楽しみにしている。ちょうどダニーの隣に座っていた男性が大きな赤い箱を膝に置いていて、赤いリボンまでかかっている。ダニーはその中身に興味津々。我慢ができなくなって、「箱の中は何なの?」と訊いてしまう(1枚目の写真)。母は「やめなさい」と注意するが、男性は「プレゼント」と教える。「見ていい?」(2枚目の写真)。母は「ダニー」と制止し、姉も「失礼よ」と言うが、男性は「構いませんよ」と言う。そして、蓋を少し開けてダニーに中を見せる。観客に分かるのは、ダニーがニコニコ顔から真面目な顔に変わることだけ(3枚目の写真)。何が入っていたかは分からない。男性は、次の駅で降りるために席を立つ。ダニーは難しい顔をしている。そして、タイトルの『箱』が表示される。家に帰ると、姉が、「ねえ、ダニー、彼、何 持ってたの?」と訊く。「誰?」。「箱を持ってた男の人」。「どの箱?」。「地下鉄の中」。「何も」。「何も? それって、空だったってこと?」。返事の前に、父が食事だと声をかける。
  

日曜の夕食(1枚目の写真)。父が呼んで3人が食堂に入ると、もうセットされていたようなので、作ったのは どうやら父らしい。鶏のもも肉のガーリック・ローストに、茹でたトウモロコシとインゲンにマッシュドポテト。みんなが食べ始めても、ダニーだけはじっとして食べずにいる。父が、「どうした坊主、腹が減ってないのか?」と訊く。「あんまり」。「お前が、空いてないだと?」。姉:「いつも、お腹 空かしてるじゃない」。父は母に、「外で何か食べさせたのか?」と訊く。「ホットチョコレートだけ」。姉:「マシュマロとリコリス付き」と、より詳しく言うが、どのみちたいした量ではない。ダニーは、「遊んできていい?」と訊く(2枚目の写真)。「いいけど、歯だけは磨いとけ」。「いいよ、パパ」。シーンは変わり、クリスマスツリーの飾ってある居間で4人がTVを見ている。父は、ポップコーンの大皿をダニーに勧めるが、ダニーは食べない。そこで、姉と2人で食べる(3枚目の写真)。
  

月曜日」と表示される。朝。キッチンテーブルの上には、2人分のランチ・ボックスが置いてある。姉は、母が手に持った皿からチョコレートを1枚取ると、口に入れ、ランチ・ボックスをつかんでドアに向かって走る。ダニーは、チョコレートを差し出した母に、「いらないよ、ママ」と言い、ランチ・ボックスを持たずにドアに向かい、母に呼びとめられてランチを持たされる。次のシーンは、月曜の夕食(1枚目の写真)。日曜よりずっとシンプル。牛肉の小さなリブローストに、茹でたジャガイモとキャベツのサラダ。ダニーは、料理の乗った皿の縁をフォークで辿って遊んでいるだけで、食べようとしない(2枚目の写真)。父:「どうした? また、腹が空いてないのか?」。「ないよ」。姉:「学校じゃ、ピザだった」。ダニー:「僕は、やめといた」。父:「信じられんな。どうした。リブを食べろ」。「やめとくよ。お腹空いてないんだ」。「火曜日」と表示される。夕食の前の夫婦だけの会話。父:「また、ランチに手をつけずに帰ったぞ」。「そう? きっと、カフェテリアかどこかで、ジャンクフードでも食べてるのよ」。「ウェラー先生〔医者〕のアポを取るべきじゃないかな。変な病気かもしれん」。「学校に行きたくなくから、バカやってるのかもよ。心配してないわ」。「僕は、心配だ」。「熱なんかないのよ。仮にインフルエンザだとしても、ウェラー先生には何もできないわ」(3枚目の写真)。母はきわめて楽天的。
  

そして、その日の夕食(1枚目の写真)。ダニーの好きなスパゲッティ・ミートソースに、ガーリック・トストとグリーン・サラダ。それでも、ダニーは手をつけようとしない。父:「なあ、坊主。何か食べないと」。母:「なぜ、今日のランチ、食べなかったの?」。「食べる気 しなかったから」。父:「スパゲッティ、大好きじゃないか」。「いらないよ」(2枚目の写真)。「もう、これで3日だぞ。体は大丈夫なのか?」。「大丈夫だよ。ただ、お腹が空いてないだけ」。母:「いいわ」〔すごくノーテンキな母親〕
 

水曜日」と表示される。その日の夕食(1枚目の写真)。メニューは、ダニーが一番好きなピザ。父:「なあダニー。お前の好きなピザにしたんだぞ。食べるんだ」。「お腹空いてない。いい匂いだね」。父は、ついに我慢できなくなる。「ピザを食べるまで、テーブルを離れることは許さん! 分かったか?!」(2枚目の写真)。母:「お願い、ダニー、一口でも食べて」。「いらないよ」。「もうたくさんだ〔This has gone on long enough〕! ダニー、この くそったれ! 食うんだ!」。そう怒鳴ると、テーブルを思い切り叩く。ダニーは、半泣きで、「お腹空いてない」と訴える(3枚目の写真)。それを見た父も半泣き状態になるが、冷静な母は、「いいわ。じゃあ、ベッドに行きなさい」と命じる。ダニーが出て行った後、父は手で顔を覆って涙を見せないが、母は平気でキュウリ・スティックを食べる。
  

木曜日」と表示される。ダニーは、ようやく病院に連れて行かれる。ウェラー医師は、ざっと診察した後、両親に、「めまい、おう吐、下痢は?」と訊く。父:「ありません」。「発熱、けだるさは?」。母:「いいえ、元気です」。「5日間、何も食べていないと言われるのですね?」。「一口もです」。「少し、2人だけにしてもらえますか?」。ダニーと2人だけになると、医師は、「ダニー、何か話したいことはないかい? 聞いてあげる。助けてやるぞ」。「どこも悪くないよ。ただ、お腹が空かないだけ」(1枚目の写真)。「でも、食べないと」。「どうして?」。「もし食べないと、いつか死んでしまうぞ」。「だから〔So〕?」〔この返事には、初めて不気味さを感じる〕。医者は、今度は、両親とだけ会う。「なぜ、もっと早く連れて来なかったのです?」〔母が、少しやましい顔をする〕。「前回の測定より5ポンド〔2.3キロ〕減っています」〔この年頃の少年は結構早く体重が増えるので、「前回」がいつかは分からないが、体重の減少は実際にはもっと深刻〕「それ以外には、健康に見えます。いくつか検査をしますが、それで状況が明確になるかもしれません」。医師は、さらに学校や家庭で問題がないか訊き、セラピストを紹介すると告げる(2枚目の写真)。原因が不明なので、医師としては、真相の究明にあらゆる可能性を探るしかない。
 

その日の夕食(1枚目の写真)。病院に行っていたせいか、手製ではなく、中華か日本食のテイクアウト。そして、食卓にいるのは3人だけ(2枚目の写真)。母がタバコを持って夫婦部屋に入ろうとして、ダニーの部屋を見ると、ベッドの上に横になってダニーが姉に何か話している(3枚目の写真)。母は「2人とも、何 話してるの?」と訊く。2人は、異口同音に「別に〔Nothing〕」と答える。「だけど、何か話してたんでしょ?」。ダニー:「雑談〔Just stuff〕」。母:「秘密の話?」。姉:「ただの雑談」。「なぜ、食べないのかについての話じゃないの?」。2人は黙したまま語らない(4枚目の写真)〔黙っていることが、母の質問に対する「Yes」の回答でもある→ここにも、不気味さの芽がある〕
   

金曜日」と表示される。母:「ジェニー」〔娘の名〕。「今、行く」。姉は、母の差し出したチョコレートを取らず、ランチ・ボックスを持ってドアに向かう。ダニーのランチ・ボックスはもう置いてない。母は、姉を呼び止める。「チョコレートよ」。「いらない。お腹空いてない」〔不気味な言葉〕。そして、次のシーンの夕食(1枚目の写真)。すごく簡単な内容だ(ポテトはテイクアウト)。そして、食卓にいるのは2人だけ。父:「ジェニーはどこだ?」。「お腹が空いてないって」。「なぜ?」。「知らない」。そう言って、母は食べる。父は、心配で食べるどころではない。「君は、これが深刻だって思わないのか?」。「もちろん、思うわよ。母親なんだから」。「僕には、理解できん」。「理解って、何が?」〔そう言いながら、口は食べ物を噛んでいる〕。「子供たちが飢えてるのに、よく食べられるな?」。「でも、食べなくちゃ。でしょ?」(2枚目の写真)。父は、何も食べずに席を立つ。そしてダニーの部屋に行く。「お前とジェニー、いったいどうなってる?」。返事はない。その時、母が、ドアの外にいるのが映る。「パパに話してくれないか? お願いだ」。ダニーは、父の悲しそうな顔を見ると、何事かを囁く(3枚目の写真、2人の姿に隠れて見えないが、ドアの外には母が立っている)。そして、その母から見た夫と息子の姿(4枚目の写真)。昨夜の姉とダニーに似ている。
   

母が夫婦部屋でダブルベッドに横になっていると、夫が入って来る。「ダニー、何て言ったの?」。「別に」。それから先は、恐らく母の夢。母の右脚の肉が、父の手で 骨を残して切り取られている。テーブルに乗せられた母の体の向こうには、ダニーと姉が座っている。父は、切り取った生の肉片を皿に乗せて姉に渡す。そして、もう1皿をダニーに渡す(1枚目の写真)。3人は、それをおいしそうに食べる(2枚目の写真)。このシーンだけが、怪奇趣味的だが、実際に起きたことではない〔このシーンは、ない方が良かった〕
 

クリスマス」と表示される。クリスマスツリーの下には、いくつもプレゼントが置かれている。その部屋に、父がダニーを抱いて連れてくる(1枚目の写真)。体が衰弱し、自分では歩けなくなったからだ。ダニーの顔は、痩せて窪んでいる。母のナレーションが入る。「私は、あの日の笑い声を思い出す。信じようが信じまいが、私達は幸せだった。それまでで一番、心が通い合っていた」。ダニーが母にプレゼントを渡す。赤い箱に、赤いリボンがかけてある(2枚目の写真)。最初は単純に喜んだ母だったが、急に記憶が蘇る。あの日、地下鉄に乗っていた男も、赤い箱を持っていた。そして、その日からダニーは食べなくなった。母は、「地下鉄に乗ってた日のこと覚えてる? 箱を持った男の人」と訊く。ダニーは頷く(3枚目の写真)。「箱の中を見たんでしょ?」。「うん」。「何があったの?」。「何も」。「空だったの?」。ダニーは肩をすくめる。「だけど、あの男(ひと)、プレゼントだと言ってなかった? あれって冗談だったの? 何もかも冗談なの?」。答を知っている3人は黙して語らない〔母だけが、除け者〕
  

そして、何日後かは分からないが、夜間の病院。ダニーは、衰弱してベッドに横になっている。脇には母が座り、手を握っている(1枚目の写真)。モニターに出ている数値は、脈拍(39)、血圧(最高52/最低29)、酸素飽和度(85%)、呼吸数(21)と異常値。そして、カメラは次のブースに動いていく。同じ日なのか、別な日のものを重ね合わせて映しているのかは分からないが、隣のブースのベッドには姉のジェニーが寝ている(2枚目の写真)。カメラはさらに移動し、隣のブースのベッドには父が寝ている(3枚目の写真)。3人とも、食事をとらなくなり、体が衰弱してしまったのだ〔1つだけ脚本の難点を指摘しておこう。なぜ、病院は、点滴の中に栄養剤を入れなかったのか? 食べるのは拒否しても、医療行為として強制できたはず。拒食による衰弱なので、栄養剤は効くはず〕
  

母が地下鉄の車両の中を、誰かを探すように歩いている。次のシーンはダニーのベッド。祈るような母の前でダニーが死ぬ。そして、母のナレーションが入る。「ダニーは、1月17日に死んだ」。地下鉄のプラットホームに立つ母(1枚目の写真)。「ジェニーは、2月3日に逝き、私の夫ロバートは27日まで生き長らえた。私は、その間ずっと、病院通いをしながら毎日 彼を捜し続けた。何が何でも彼を見つけ、私の息子や家族に何をしたか、知る必要があった。それが、私が3人に加わることのできる唯一の途だから」(2枚目の写真)「会いたい」「会わないと」「お腹が空いた〔お腹が空いている限り、母は永遠に3人に加われないであろう〕
 

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