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Profession du père 父の職業

フランス映画 (2020)

映画は、1961年4 月 21-22 日にアルジェリアで起きた4人の将軍による反乱から始まる。この時の、写真を右に示す。左から、ゼラー、ジュオー、サラン、シャールだ(© Bettmann / Getty)。この事件に触発されて、主人公、11歳のエミールのパラノイア(次節で解説)の父は、様々な妄想を息子にぶつけ始め、エミールはそのすべてを信じてしまう。反乱は短期間で失敗するが、父の “アルジェリアを手放したくない思い” は、独立を承認したドゴール大統領に対する怒りとなって噴出し、エミールに自分〔父〕が “組織” の重要人物だと信じ込ませ、ドゴールに対する脅迫や暗殺計画にまで加担するよう迫る。それを100%信じたエミールは、自分一人では怖くてできないので、たまたまアルジェリアから引き揚げてきた転校生ルカを巧みに騙して手下にし、彼を暗殺計画に組み入れる。しかし、計画は、ルカのみを悲劇に陥れて破綻、共犯者の疑いがエミールにもかかり、それを救おうともしない父をみて、すべてが父の狂気から生まれた妄想の結果だと知り、怒りを爆発させる。

エミールの父アンドレは、パラノイアだが、これについて、最も適切な説明をしていたのは、「心理学総合案内こころの散歩道」というサイト。パラノイア(妄想性障害)は、精神病性障害の一つで、強固で体系化した妄想が持続するもの。アンドレの場合は誇大妄想。その内容を映画に照らして引用すれば、誇大妄想とは、自分が偉い人間(OASの指導者、ケネディ大統領の護衛の親友で息子の名付け親)だとか、特別な才能を持っている人(名歌手、柔道の黒帯)だなどと思い込む妄想。妄想性障害の人々は、一般に他人の好意を信じることができない疑い深い人たち。警戒心が強く、攻撃されたり、侮辱されたりすることに敏感。そのため、周囲の人々への敵意を持ち易いと書かれている。アンドレには、妄想性パーソナリティ障害(他者の動機を悪意のあるものと解釈する,他者に対する根拠のない不信および疑念の広汎なパターンを特徴とする)もあるのかもしれない。こちらは被害妄想がメインで、他者を信用せず、何の根拠もない または不十分な根拠しかない場合でも、他者が自分に害をなそうとしている または自分を欺こうとしていると考える〔「MSDマニュアル」より引用〕。この場合、自分の子供に対し冷たい親が多いと書かれているが、映画におけるアンドレのエミールに対する冷たさは、完全にこの症状と合致する。つまり、アンドレは、精神に異常があるだけでなく、性格にも異常があるため、それが妻や息子に対する執拗な虐めとして体現化する。こうした状態を見ていると、パラノイアよりは統合失調症に近いのかもしれない 。

主役を演じるジュール・ルフェーブル(Jules Lefebvre)は、https://www. lavanguardia.com/ など2つのサイトによれば2010年にベルギーのフランス語圏で誕生。映画の撮影は2019年6-7月なので、撮影時は9歳。映画の設定の11歳より2歳年下。年上の少年が、自分より低い年齢の役を演じることはよくあるが、この年齢で、2歳年上の役を演じるのは稀。それにもかかわらず、表情は多彩で演技も堂に入っている。『Duelles(母親たち)』(2018)でも重要な脇役を演じている。

あらすじ

映画の冒頭、1961年リヨンと表示され、その直後に示されるのが、鉛筆の一筆書きの上手なスケッチ(1枚目の写真)。瞳の部分だけ、塗りつぶしているが、あとは輪郭のみ。描いているのは11歳のエミール、描かれているのは夕食を作っている母。この映画では、エミールの描くスケッチが鍵となっている。母は、「上手に描けてるわ」と褒め、エミールはにっこりする(2枚目の写真)。「私の遺伝じゃないことは確かね。私には、四角形も描けないから」。それを聞いたエミールは、もう一度にっこりする。この平和な一瞬も、無職の父が新聞を買いに行って戻って来たガタガタという音とともに消える。父は、「戦争だ!」と叫びながら、新聞を掲げてキッチンに入ってくる(3枚目の写真、矢印)。「ドゴールが、8時に出る」〔TVに〕。エミール:「戦争なの、ママ?」。「さあね。絵はおやめ」。父は、「『絵はおやめ』だと。ママなんか描いても世界は救われん」とエミールの絵を描く行為自体を貶す。母は、「アンドレ、11歳の子に政治の話なんかしないで」と言うが、自分の世界にしか住んでいない父は、TVをつけに行く
  
  
  

TVでは、ドゴールが国民に向かって呼びかけている。その内容から、この日が1961年4月23日だと分かる。先に進む前に、アルジェリアの独立紛争とドゴールとの、その直前の関係を記しておこう。
 ・1960年11月4日: ドゴールは、「アルジェリア人のアルジェリア」という表 現で、アルジェリアの独立を認した認ではない〕
 ・1961年1月8日: アルジェリア問題に対するドゴールの方針を問うレフェレンダム(国民投票)が行われ、賛成55.9%、反対18.4%、棄権23.5%だった。
 ・1961年2月: フランス政府はF.L.N.(民族解放戦線)と接触を開始。
 ・1961年4 月 21-22 日の夜: 4人のフランス人将軍の反乱が勃発。
この反乱は 仏領アルジェリアの独立(1962年7月5日)の1年以上前に起きた、ドゴールの独立承認方針に反対する最大の抵抗行動だった。ドゴールは、これに対して、翌23日の午後8時にTVで演説する(4人の将軍のことを、「一握りの退役将軍」「野心的、狂信的なゲリラ将校グループ」と呼んで貶した)。映画で引用されているのは、その後の2ヶ所。最初でのシーンでは、ドゴールが、「…国家は踏みにじられ、挑まれ、我々の力は衰退し…」まで話したところで、父は、夕食のテーブルから、「『我々の力は衰退し』だと!!」と喚きながら立ち上がり、TVの前まで行くと、ドゴールに向かって、「俺たちの力は衰退などせん!!」と言って怒鳴る(1枚目の写真)。そして、「貴様は、フランスを侮辱しとる!!」と怒鳴る。「…あらゆる手段を尽して…」。「俺たちに、『手段』を寄こせ!!」。」「…道路を封鎖…」。「『封鎖』だ? 『道路』だと?」。「…排除されるまでの間…」。「『排除される』のは、貴様だ!!」。ドゴールの一語一句に文句をつけると、今度は、エミールに向かって、「誓いとは何だ?」と訊く。エミールが戸惑って黙っていると、「誓いとは、決して裏切ってはならない約束だ」(2枚目の写真)「奴は、誓いを裏切った」と3度くり返して、TVのドゴールを睨む。そして、TVの前まで行き、「貴様は信頼できん!」と嘲り、「貴様は俺たちを見捨てた!」と怒鳴る。母が、「この子、ベッドに行っていい?」と訊くと、「なんで?」と不満そうに訊く。「疲れてるから」。「疲れてるのか?」。エミール:「まあね」。「興味ないのか?」(3枚目の写真)。「まあまあ」。「何言ってるんだ?」。その後も、父は、狂ったように、ドゴールに向かって喚き続ける。 
  
  
  

翌朝、父は、エミールの寝室に入って来ると、カーテンを一気に開けて無理矢理起こし、「いいか、紙と鉛筆を持って書き留めろ」と命じる。「今?」(1枚目の写真)。「そうだ、今だ。何をのろのろやっとる」。エミールは仕方ないので、ベッドから出ると、机に向かって座り、ノートを開ける。父は、「次の名前を書け」と言い、「サラン〔Raoul Salan〕」と言い、「サランは、友達。ほとんど兄弟だ」と付け加える〔サランは、4人の将軍の1人。1958年にアルジェリア軍の最高司令官、1960年退役→スペインに逃亡、1961年の反乱失敗後にOASのトップに〕。さらに、「シャール〔Maurice Challe〕、ジュオー〔Edmond Jouhaud〕〔4人の将軍の2・3人目〕と名を挙げた後、「いいか、エミール、それらの名前を暗記しろ。壁のあちこちに書くんだ」(2枚目の写真)「いいな、できるだけ高くに。そうすれば、誰も 子供が書いたとは思わん」(3枚目の写真)「後で、チョークを渡す」と命じる。そして、「彼らのことを知っとるか?」と訊く。「ううん」。「フランスを愛し、この国を愛する軍人たちだ。この国を、ロシア人、共産主義者、豚どもに売ったドゴールとは違い、反政府の英雄だ。お前もそうか、シュラン兵卒?」〔シュランはエミールの姓〕。「はい」。その後、登校するエミールと一緒に歩きながら、父は、「尾行されていないか、常に気を付けろ」と教える。「誰に?」。「あとで説明する」。
  
  
  

その日の夕食の時、妻が 「熱いから気を付けて」と鍋からレードルで料理を皿に移そうとすると、父は、いきなり、「テッドが組織〔OAS〕に加わった。躊躇なく、ここ、フランスで。俺が、助けてくれと頼んだからだ」と言い出す(1枚目の写真)〔テッドという名で、陸軍将校、CIAの職員、ケネディ大統領の3つと関係する1960年代の人物といえばTheodore George "Ted" Shackleyがいるが、そんな秘密の人物を父が知っているハズがないので、下で述べるように、父にとって、同じ兵卒の旧友の可能性が高い〕。妻がエミールの皿に料理をつけていると、夫が 「どう思う?」と訊き、妻は 「何のこと?」と答える〔奥さんは、夫の話に全く興味がないので、いつも聞き流している〕。「テッドが戻って来たことさ」。「何て思えばいいの?」。「テッドが、誰なのか、エミールに話してやれよ」。「知らないわ」。「テッド、俺のアメリカの友人だ」。ここで、母は、夫の気を悪くしないようにと、それと、いつも何も聞いてないので きっとそうだと思い込み、「そうだったわ。テッドは、パパのアメリカのお友だちよ」と言った上で、「お父さんの政治的な話に興味ないから」と言い訳をする(2枚目の写真)。父の話は、さらに続く。「俺は、シャトールー〔リヨンの西北西役270キロ〕の米軍基地でテッドに会った」〔シャトールーに基地があったことは確か〕「すぐに意気投合した。俺たちは、いつも面倒に巻き込まれてた」と笑う〔父が軍隊にいたことは確かなので、その時に兵卒同士で仲良くなったのかもしれない〕。そして、エミールの寝室で、話はさらにエスカレートし、テッドそのものが妄想かもしれないが、それ以上の誇大妄想が入り込む。「俺たちは、2人でジープに乗ってた。テッドがハンドルを握り、俺は助手席。それは、俺がテッドに、将来の息子の名付け親になってくれと頼んだ日だった。彼は、イエスと言い、俺たちはハッピーで、滑走路をくねくねと走ってた」。滑走路を走るなんて変なので、エミールが、「滑走路を走れたの?」と訊くと、「テッドは米軍の大尉で、俺は戦争の英雄なんだぞ。俺たちには、自由裁量権があった。その時だ、あれが起きたのは。1台の車がどんどん近づいて来て、ジープの横にぶつかった」。結果は、父は無事だったが、テッドの左腕が肩のところで切断された(3枚目の写真)。そして、不幸なことに、エミールはこの妄想が生んだホラ話を信じてしまう。
  
  
  

翌朝、登校するエミールと一緒に歩きながら、パラノイアの父は、「今朝、電話の音が聞こえたか? ママが、『済みません、番号が間違ってます』と言ってた」と訊く。「うん」。「あれは、番号違いではなかった。テッドだった。彼は、俺たちの作戦にゴーサインを出した」〔番号違いで電話を掛けることがゴーサインの合図だった、などという主張には無理があるが、それでもエミールは信じてしまう〕。こう言うと、父は、路上で2本のチョークをエミールに渡す(1枚目の写真、矢印)。エミールは、背を高く見せるために、木箱を持つと、次々と3名の名前を壁に書いていく(2枚目の写真)。
  
  

エミールが、チョーク書きの成果を父に報告しようと意気込んでアパートに戻ると、母は、「静かに、パパは眠ってるわ」と言って止め、エミールはがっかりする〔夫が無職なので、彼女は日中働いて生計を立てているハズなのに、なぜ家にいる?〕。夕食の時間となり、食卓に着いた夫は、皿の臭いが気になり〔妄想性パーソナリティ障害の特徴〕、じっと見ている(1枚目の写真)。妻が、「臭いますか?」と訊くと、「腐った卵」と答える。エミールは、臭くなんかない皿なのに、と変な顔で父を見ている(2枚目の写真)。妻は皿を交換に行く。夫は、「反乱について、彼に話したか?」と、妻の背中に向かって呼びかける。「やることが一杯あるのよ」。そこで、役立たずの文句言いの父は、「エミール、反乱はもうない。シャールは自首し、ゼラー〔André Zeller、4人目〕とジュオーは逃走中だ」と言うと、「命令に従ったか?」と尋ねる。そこに妻が、「どんな命令?」と割り込む。夫は、「俺たちは、ただ楽しんでるだけだ」と答え、エミールに、「やったか?」と訊き直す。夫の変な幻想に息子が惑わされているのではと怖れた妻は、「話してよ。エミールに何をさせたの?」と、いつになく真剣に訊く。夫は、「正気か? 父と息子は秘密を共有できないのか?」と質問を打ち切るが、正気でないのは、自分の方だ。そして、エミールに「やったか?」と訊く。エミールは、笑顔で 「何回も」と答え、「よくやった。もっと頑張れ」と褒められる。そして、2人で一緒に洗面台の前に行き、一緒に歯を磨く。その時、父は、練り歯磨きのチューブを取ると、それを使って鏡に、「OAS」と書く(3枚目の写真)〔Organisation de l'armée secrète(秘密軍事組織)〕。そして、「次からは、壁にこう書くんだ」と命令する。「どういう意味なの?」。「テッドのCIAみたいなもの、秘密の軍隊だ。アルジェリアがフランスものであり続けることを望んでる。俺のようにな」。「僕もだよ」。「俺たちは、今、OASのために働いてる」〔典型的な妄想性障害。自分がそういう英雄的な人間だと思い込んで疑わない〕。そう言うと、隠しておいた拳銃を見せる。
  
  
  

次の場面では、エミールが祖父母〔父方〕のアパートを訪れ、トランプで遊んでいる。ゲームが一段落すると、祖母が 「学校ではちゃんと勉強してる? デッサンだけじゃ足りないわよ」と注意する。「ちょっとだけ」。「あなたのお父さんはね…」。「分かってるよ」。ここで、祖父が 「45年間、ずっと彼女は言い続けてる」と言って笑う。それでも祖母は言い続ける。「あなたのお父さんは、一杯間違いをしてきたの」(1枚目の写真)。それからもう一度ゲームをし、今度は祖父が、エミールの持って来たスケッチブックを見る。祖父は、孫の絵が本当に上手なのに感心しながらページをめくって行く。そこに描いてあったのは、エミールが父から聞かされたテッドの事故に至る数枚の絵。ハンドルを握っているテッドと鼻が異常に大きく描かれた父、そして、次の絵では、ジープがトラックと衝突し、テッドは空中に飛び、鼻の長い父は、そのままジープに乗っている(2枚目の写真)。しかし、その次に書かれていた左腕が切断されて肩から真っ赤な血を吹き出しているテッドの絵と、その次の、エリール本人がテッドの腕を掲げて、「テッド、見て、あなたの腕だよ!」言っている絵(3枚目の写真)を見た祖父は眉をひそめ、「これは、暴力的じゃないのか」と心配する。
  
  
  

「それ、ホントにあった話だよ」。「エミール、誰が話したんだ?」(1枚目の写真)。祖父の話を聞いて寄って来た祖母も、「人の言うことをすべて信じちゃダメよ。それが、あなたのお父さんでも」。そう言うと、「暗いことは考えないで。約束よ」と言うと、お駄賃にコインを渡し、「もう5時かしら?」と言うと、窓のカーテンを少し開けて外を見る。すると、息子(アンドレ)がイライラして睨んでいるのが見える。それを見た祖母は驚き、すぐにエミールに帰宅の用意をさせ、祖父が 「来週の木曜に会おうな」と声をかける。走って外に出て行ったエミールに、父は、「何をした?」と訊き、その無難な返事には満足したが、「俺のこと何か話したか?」と聞き、エミールが黙っていると、「2人は、俺について何て言ってた? 話すんだ」と強要する。エミールが 「何も」と答えると、「なぜ 嘘をつく? 何か言ったに違いない。ちゃんと話せ」と、顔を近づけて迫る。「父さんが、いつも正しい側にいたとは限らないと言っただけだよ」(2枚目の写真)「意味が分からなかった」。「そう言ったのか? お前は、二度とあの2人に会うな。聞いとるか? 二度とだ! 正しい側にいないだと? あいつらが誰だか知りたいか? 俺の両親ですらない! 戦争の時に助けてやった隣人だ。奴らのために命を懸けたのに、感謝すらしとらん。お前、誰を信じる? 赤の他人か?」と言うと(3枚目の写真)、両親のアパートを指す。「それとも、お前の父親か? 言うんだ」。強制されたエミールが 「父さん」と答えると、この卑劣な男は、アパートに向かって、「二度と会わせんぞ! 聞こえたか!」と怒鳴る。このあたりは、妄想性障害よりは妄想性パーソナリティ障害を思わせる。
  
  
  

2人がアパートに戻ると、母がルンルン気分で外出の用意をしている。バス会社の会計士補佐として、家計を一人で支えている母の同僚の女性が “Les Compagnons de la chanson” という実在のリヨンの有名な合唱団(男性8人、女性1人)の切符2枚を運良く購入できたのだが、夫が病気になってしまい、代わりに母が誘われたので嬉しくてたまらないのだ。母は、外出着のまま、夕食の用意をして(1枚目の写真)、「加熱するだけ」「すぐ戻る」と言って、出て行く。2人だけになると、奇人は部屋に閉じこもってアルジェでのニュースを聴き、エミールが夕食に呼んでも出て来ない。それで、仕方なく1人で暖めたパイのような夕食をひっそりと食べ(2枚目の写真)、ベッドに入って眠ってしまう。すると、母が夫を呼ぶ声が聞こえる。「アンドレ、開けてよ! ドアに鍵が差し込んであるから、入れない。開けに来て」と言い、ドアをドンドン叩き、その音でエミールの目が覚める。エミールが部屋から出て行くと、ドアの前に父がいる。母がドアを叩いても、黙ったまま無視している父を見て、エミールは 「どうしたの?」と訊く。その答えは、よりによって、「『どうしたの』だと? 外で彼女と一緒にいたいか?」という無茶なもの。母は、初めて夫がドアの反対側にいることを、その声で知り、「エミールに構わないで」と頼む。「だから? “Les Compagnons de la chanson” はどうだった?! 答えろ!」。「分からない」。エミールは、「入れてあげてよ」と言うが(3枚目の写真)、性格異常の父は、エミールの頬を引っ叩き、「お前の母さんのお手柄だ」と喚く。
  
  
  

エミールのことが心配な母は、「やめて、アンドレ」と言い、夫は 「何だと?!」と怒鳴る。母:「エミール、ベッドに行って」。気違い:「いいか、2人仲良くドアマットで寝るがいい!」。「私はどこでも行くから、その子に構わないで!」。「俺が、こいつを痛めつけるのが怖いのか?!」(1枚目の写真、矢印はパジャマをつまかまれてドアの前まで引き寄せられたエミール)。「お願い、その子は何もしてないわ」。「お前が、こいつを殺してるんだ!」。「お願い、私はドアマットで寝るから、エミールをベッドに戻して」。「みんな、くそコンサートのせいだ!」。そう言うと、妻に養ってもらっている無職で役立たずの妄想性障害者は、エミールに、「そいつを中に入れたら、殺すからな」と言って自分の部屋に戻る。母は玄関ドアにもたれて眠る(2枚目の写真)。翌朝早く、エミールは母に起こされる。エミールが、「大丈夫?」と心配すると、「あなたのお父さんは、ご近所が起きる前に中に入れてくれたの」と説明する。すると、エミールの部屋のドアが開き、キチガイの父が、「お前ら2人とも許してやる。だが、二度とやるな」と、如何にも偉そうに言う。それを、母とエミールは黙って聞いている(3枚目の写真)。
  
  
  

学校での初めてのシーン。放課後、美術の女性教師が、教壇に座ってエミールの描いた父のいろいろな顔〔怒っている顔がほとんど〕を見ている(1枚目の写真)。エミールは、席に座ったまま、ノートに、「数学の授業中、絵を描きません」という反省文の4行目を書いている(2枚目の写真)。その最中に、教師は、「数学の授業中に絵を描くなんて利口とは言えないわ。でも、テクニックという点では、すごく上手に描けてるけど、とっても暗いわ」と言い、ナイフで首を切断し、血が飛び散る絵を見せながら、意見を述べる。「誰から、こんな発想を?」。「僕です」。「ご両親はいつもお仕事されているわけではないの?」。「いいえ、大丈夫です」。「どんなお仕事を?」。そう言うと、脇に置いてあった、エミールの個人票を取ると、中を見てみる。「母の職業: バス会社の会計士補。父親の職業:パラシュート兵」。教師は、パラシュート兵という表記に引っ掛かるが〔戦争は終わっているので、これは無職に等しい〕、「あなたは、本当に上手に描くわ。そんな才能があるなんて、すごくラッキーなのよ。きっと、将来活かすことができるわ。困ったことがあったら相談してね」と優しく声をかける〔すごくいい教師〕
  
  
  

フランス第二の都市リヨンの中心にあるソーヌ川右岸の旧市街は傾斜地にあり、そこには幾つもの階段道があるが、映画に登場するのはモンテ・デュ・シャンジュ〔Montée du Change〕という1562年に造られた歴史的な階段道。そこを、エミールと父は、上から降りてくる(1枚目の写真)。キチガイは、エミールに、「なぜ俺が怒ったか、知りたくないか? お前のママが、同僚の女に会ったから怒ってると思ってないか? そうじゃないんだ」。「なら、何なの?」。「“Les Compagnons de la chanson” だ。あの合唱団は、俺が作ったものなんだ」と、典型的なパラノイアの2つ目の妄想。「“Les Compagnons de la chanson” を?」。「当時は、俺の友だちだけだったんだ。フレド〔Fred Mella〕、ジャン〔Jean Broussolle〕、ギー〔Guy Bourguignon〕。メンバーはフランス中からリヨンに集まった。ソプラノ、バスがいた。俺はテノールだった〔正しくは、3人のテノール、3人のバリトン、3人のバス(Jean-Pierre Calvet, Michel Cassez, René Mella)〕〔4人の将軍、テッド、OASの時と同じ、全くの妄想〕。素直なエミールは、父が一度も歌ったことがないのに、「テノールだなんて知らなかった」と嬉しそうに言う(2枚目の写真)。「俺は、最高のテノールだった。上手過ぎた。あいつらは、最初から、アンドレ・シュランの声が最高であることに気づいてた。だから、こう言ったんだ。『あなたは私たちに恥をかかせた。出て行ってください。あなたの声は良すぎる』。俺がどうしたと思う。さっさと辞めてやった。で、俺の人生、滅茶苦茶になった」。「最高だったのに、なぜ辞めたの?」。「仲間のため… 義務感かな」(3枚目の写真)〔妄想なので、何とでも言える〕。そして、コンサートに行った母に怒りをぶつけた理由を、「お前の母さんが、俺に感謝もせずに裏切った奴らに拍手するのは許せん」と言い、エミールが 「ママ、このこと知ってるの?」と訊くと、「知らない方がいいんだ」と勝手な理屈〔いくらパラノイアでも、こうした言動は許せないが、治療法は確立していない〕
  
  
  

翌日の夜明け前、午前3時40分、父がエミールの部屋に入ってくると、「立て、反政府」と言って、ドア脇の電気スタンドを点ける。そして、無理矢理起こして、「上着を脱いで筋肉を見せろ」と言う。その直後のシーンでは、腕に筋肉のないエミールが、金属のロウソク立てを錘代わりにして腕を鍛えるよう命じられる(1枚目の写真、矢印)〔映像は「32」まで数えたところで次のシーンに〕。次が、腕立て伏せ。「14」まで数えた時、声に気付いた母が廊下を歩いてくる。腕立て伏せが終わると、エミールを立たせ、「頭を高く、顎を前に、胸を張って」(2枚目の写真)と命じる。次に時計が映った時には、午前6時50分になっている。軍隊的訓練が3時間も続いたことになる。エミールと父は向かい合って立ち、父が 「エミール・シュラン。お前はフランスのために戦うことを受け入れるか? はい、または、いいえで答えろ」と訊き、エミールは 「はい!」と答える。「何があっても秘密を守れるか?」。「はい!」。「指導者や同胞を決して裏切るな」。「はい!」。「俺の言葉をくり返せ。「アルジェリアの兄弟を決して見捨てない」。エミールがくり返す。「フランス本土が戦場となる」。エミールがくり返す。「よし、エミール・シュラン。俺は、与えられた権限により、お前を組織〔OAS〕の兵卒とする」〔パラノイアによる確信的な妄想なので、どんなことでもやってしまう。しかし、息子を巻き込むほど悪質になると、統合失調症の危険人物として扱う必要がある〕。そう言うと、赤いベレー帽を被せ、2人でお互いに敬礼し(3枚目の写真、矢印)、その後、握手する。
  
  
  

父は、無線機が2台入ったアタッシュケースを持ち、エミールと一緒に街に出て行く。そして、まず、無線機の使い方を教え、その後で、双眼鏡を渡し、あるビルの入口のドアを見せ、「サランがそのうち出てくる」と嘘をつく。「サランは、アルジェじゃないの?」。「違う、フランスにいる。お前の名付け親のテッドと一緒だ」。そして、1通の封筒を取り出し、「彼が出て来るのを見たら、これを渡せ」と言う(1枚目の写真、矢印)。「どうやったら、見分けられるの?」。父は、新聞記事からくり抜いたサランの写真〔本物〕を取り出してエミールに見せる。そして、「OASは見ています」と伝言するよう指示する。父が 「あとは待つだけだ」と言いつつ双眼鏡をドアに向けると、開いたドアから、口髭だけはそっくりだが、もっと太った男が出て来る。父は、「いたぞ! お前の出番だ!」と言い、あまりに急なので、エミールは戸惑いながら無線機と封筒を持って建物に向かう。太った髭男はドアの前で行ったり来たりしている。すると、無線機から、「クソ、警官だ、引き返せ」との指令が入る(2枚目の写真)。実は1台の車がやって来て、男の前に停まるが、その前に、男が紳士帽を取って挨拶するので、警察ではなく、待っていた車がやって来たという感じ。エミールが 「でも、手紙は?」と訊いても、「二手に分かれるぞ! 走れ! 無線機を落とせ!」と言うので、髭男と車から降りた男が親し気に握手していても(3枚目の写真)、エミールは無線機を捨てて走って逃げる。父は、もともとすべてが妄想の産物なので、その場に留まって何もしない。エミールは必死に走り、先日のモンテ・デュ・シャンジュの1つ南のモンテ・デュ・ガリヤンという1502年に造られた歴史的な階段道を駆け上がる。因みに、右の写真は、私が撮影した、リヨンで最も古くて景色の良いモンテ・デ・シャゾー〔Montée des Chazeaux〕。15世紀以前はエスカリエ・ドゥ・フォンテュルバン〔Escalier de Fonturbane〕と呼ばれていた228段の階段道。
  
  
  

走り続けてアパートに戻ったエミールは、もともと喘息気味なので、母から薬を与えられ(1枚目の写真)、走った理由も訊かれるが、「秘密だから」と教えるのを拒む。そこに、父が入って来ると〔どうやって、こんなに早く来られたのだろう??〕、疲れているのでエミールに会わせたくない母を、「たった5分だけ」の一言で部屋から追い出す。そして、父は、全く新しい妄想を平然としゃべり出す。父は、車に乗った2人の男によってエミールが危険に曝されていると思ったので、以下の行動を取ったと語る。「最初の男は楽勝で、気絶させた。二人目には柔道を使った。俺が黒帯なのは知ってるか? 大外刈りで、頭を地面につけさせた」(2枚目の写真)〔パラノイアの3つ目の妄想〕原作の紹介には、「私の父は、歌手、サッカー選手、柔道教師、落下傘兵、スパイ、アメリカのペンテコステ派教会の牧師、そして 1958 年までドゴール将軍の個人顧問だった」と7つの妄想が書かれているが、映画では、このうち、サッカー選手とスパイと牧師と個人顧問がカットされている。黒い車の2人を「警察」だと言っておきながら、そして、エミールが何もせず全力で逃げたのに、父は、このあと、さらに妄想を並べる。「テッドはお前のことをとても誇りに思っていると知って欲しい」〔①いったいテッドはどこにいて、②逃げるだけのエミールのどこが誇りなのか?〕「サランが何て言ったか知ってるか? 彼はお前が15歳だと思った。彼は、お前のすべてを見てたから。お前のお陰で成功したんだ。誇りに思うぞ」(3枚目の写真)〔①サランだと嘘をついた黒髭男はエミールなんか見ていない。②一体、何に「成功」したのだろう?〕。 エミールは、自分が何もしなかったのに、こんなことを言われて、なぜ嘘を見抜けなかったのだろう? 代わりに、いい気になって、父に敬礼までする。父は、パラノイアよりも統合失調症に近い ”テロリスト” だが、エミールは “マインドコントロールされた手先” になりつつある。
  
  
  

学年の終わり〔夏休み前〕、学校で、エミールは校長(教頭?)、美術の女性教師、他2人の教師の前に 1人で座らされる(1枚目の写真)。そして、校長が、「二度と、落ちこぼれない保証はあるのかね?」とエミールに尋ねる。エミールは 「僕、アーティストになりたいんです」と答える。優しい美術の教師は、「申しあげたでしょ。彼、すごく上手なんです。素晴らしい才能です。こんな年齢で見たことがありません」と褒めるが、「絵は得意でも、他がダメです」と誰かが言う。美術の教師は 「エミール、なぜ成績が上がらないの? あなたならできるのに」(2枚目の写真)「どうしてなの? 宿題を助けてくれるのは誰? お母さんが働いてるのは知ってるわ。あなたのお父さん… パラシュート兵だって言ったわね。今は働いてるの?」と訊く。「最近は家にいます。でも、僕を助けることはできません。大事なことをしてるから。すごく大事な」。ここで、校長が口を挟む。「留年させた方がいいのでは?」。それを聞いたエミールは、事態が如何に深刻かを悟り、「そんな。やめて。きっと父さんが助けてくれます。いろんな人を知ってるし、いろんな才能もあります〔知人など誰もいないし、妄想を生み出す以外 何の才能もない〕。必ず助けてくれます」とすがるように言う(3枚目の写真)。
  
  
  

学期末最後の登校日、父は、エミールを途中まで送って行く。父がエミールに着せているのは、「そのセーターは、俺がお前の年齢の時に着ていた物だ」という時代錯誤的なカラフルなセーター。そして、「息子よ、最後の日にふさわしい上品さだ」と、独断的な思い込み(パーソナリティ障害)で褒める(1枚目の写真)。これが、夏休みの終わりに1学年上がることへの第一のプレゼント。そして、第二のプレゼントとして見せたのが、テッドからエミール宛に届いたエア・メール(2枚目の写真、矢印)〔アメリカの切手に消印が押してある〕。どのくらい前に起きたことかは不明だが、映画では、学校での怖い会議の前に、サランに封筒を渡しに行った時、父は、「違う、フランスにいる。お前の名付け親のテッドと一緒だ」と言っている。それを覚えていたエミールが、「テッドは、フランスにいたんじゃ?」と訊くと、父は、「彼は、ケネディ大統領と一緒に帰った」と言う〔確かに、ケネディは1961年5月31日にエリゼ宮でドゴールに会っている。フランスの小学校の夏休みは1961年7月4日からなので、この日は7月3日。ほぼ1ヶ月後〕。父は、最初から封を切ってあった封筒から手紙を出してエミールに渡す。そこには、フランス語で、「学年末ばんざい。休暇を楽しめ。近いうちに遊びに行くからな。これからも組織のために頑張れ。期待してるぞ。テッド。ワシントン、アメリカ、ケネディ大統領の執務室」と書いてあった。その文面を自分で書いたに違いない父は、「(テッドは)ワシントンで時間を見つけて書いたんだぞ」と大喜びをして見せるが、エミールは 「スペルが間違ってる」と指摘。父は、「テッドはアメリカ人なんだ」と言って誤魔化すが、大人(父)のくせにスペルミスとは情けない。2人はそこで別れ、エミールが1人で学校に行くと、その時代には非常識なセーターを見た3人の上級生が行く手を邪魔し、「サーカスのセーターか? ショーでもやるんか?」「お前、共産主義者か?」「この貧乏人!」と罵られる。エミールが、「僕の名付け親はケネディの護衛だぞ!」と主張し、ポケットから父からもらった封筒を取り出す。封筒はすぐに奪われ、「これ何だ?」と訊かれる。「名付け親からの手紙」。「消印? 手作りだ」。「返せ!」。「英語が書けないのかよ?」。エミールが必死に手紙を奪い取ろうとすると、セーターの腕の部分が破れて、手紙と一緒に奪われる(3枚目の写真、矢印2ヶ所)。
  
  
  

アパートに戻ったエミールに対し、非常識なセーターを着せたのは自分のせいなのに、父は狂ったように怒鳴り散らす。「俺の持ち物をこんな風にしやがって!!」。エミールの母は、「やめて。大したことじゃない。縫うわ」と庇い、その間に、エミールはキッチンのテーブルの下に隠れる。父は、妻を払い除けると、ズボンからベルトを外し、「こっちへ来い」と命じ、ベルトを掲げ(1枚目の写真、矢印はベルト)、テーブルを思い切り叩く。「下から出て来い!」。母が、何とか止めようとする間に、エミールは小さなキッチンのテーブルから抜け出し、食卓テーブルの下に隠れ直す。父は、何度もベルトでテーブルを叩き、出てくるよう命じ、母は止めようとし続ける。それを、エミールは、テーブル下で怖そうに見ている(2枚目の写真)。母が、何とか夫を押さえている隙に、エミールは這って逃げ出すが、すぐに父に捕まってしまい、いくら暴れても逃げられないので、観念し、床に跪き、言われるままに背中を見き出しにする(3枚目の写真、矢印はベルト)。そこに、父のベルトが何度も振り下ろされる。この暴力による虐待は、典型的な妄想性パーソナリティ障害の症状。精神に異常があるだけでなく、人間性にも異常をきたしている。まさに、存在する価値のない人間だ。この映画の同名原作の作家ソルジュ・シャランドン〔Sorj Chalandon〕は、その自伝的小説の中でエミールと同じように幼少期をリヨンで過ごし、父親は原作や映画と同じようなパラノイドだった。だから、父の妄想は、現実にソルジュが経験したもの。彼が原作小説を書き始めたのは、父親の火葬の日だったとインタビューで述べている。「『父の職業』は、彼の生前には書けなかった。彼は読むべきではなかった。彼が亡くなった時、その棺の前で、私は息子としての私の職業(作家)を明らかにする時が来たと思った」。
  
  
  

暴行が終わった後、母は、赤く腫れたエミールの背中に薬を塗りながら、「怒らないでね。彼がどんな人か知ってるでしょ」と慰める。「なぜ、あんな人になったの?」。「若い頃、過酷な思いをしたから。それが心の傷になったの」。「どんな?」。「アルジェリアでの兵役中。見てはいけないものを見てしまったの」(1枚目の写真)。「どんな?」。「言えない。あなたが小さ過ぎるから」。「僕、もう小さくなんかない」(2枚目の写真)。それでも母は教えない。夏休み中のシーンはなく、次の場面は新学期の始まった学校。男性の教師が、生徒達に身上書を渡し、すべての空欄を埋めるよう指示する。それを聞いたエミールは、最後まで空欄にしていた 「父の職業」欄に、「なし」と書く(3枚目の写真)。パラシュート兵でなく、職業なしとしたのは、2019年に書かれた、この映画の原作に対するBAUジャーナル〔ベイルート・アラブ大学のフランス語教師〕の論文によれば、こう書いておけば誰も詳しく訊こうとしないから〔OASのメンバーであることを隠すため〕。確かに、その後のエミールの行動を見ても、不条理にベルトで叩かれたことへの恨みは全くない。
  
  
  

そこに、校長が転校生を連れて入って来る。そして、「新しい級友、ルカ・ビリオーニ君だ。アルジェリア出身。正確にはオラン〔アルジェリア第2の都市〕だ。君たちは、そこで何が起きたか知っている。暖かく迎えてあげなさい」。ここで、絶対的に変なのは、これまでは、①1961年4 月 21-22 日の夜の「将軍の反乱」、②1961年5月31日のケネディのエリゼ宮、そして、➂1961年7月3日のベルト叩きと順調に経過してきたのに、夏休み明けの1961年9月15日の学校で、アルジェリア独立の日1962 年7 月 5 日にオランで起きたアラブ人によるヨーロッパ系住民の虐殺〔ル・フィガロによれば約700人〕の話が出て来たこと〔1961年にはオランでは何も起きていない〕。完全に1年ずれている。映画では、この後、1961年9月8日に起きた最初のドゴール暗殺未遂の話が出てくるので、1962年のオランの話は全くのナンセンス。脚本のひどいミス。それに、学校の開始が9月15日なのに、その後で、9月8日のドゴール暗殺未遂が起きるのも、逆転しているのでミス〔因みに、1961年の小学校のスケジュールの情報は、https://www.education.gouv.fr/ による/エミールはこの時点で11歳なのでCM2の公立小学生〕。校長が出て行くと、生徒達は、一斉に「汚いピエ・ノワール(pied-noir)〔アルジェリアから逃げてきたフランス人〕。アルジェリアに戻れ」と、悪口を言う〔なぜ、これほど嫌われるのか、WEB上で探したが、理由は不明〕。ルカは、偶然エミールの隣に座ることになる。同情したエミールは、ルカが上着の襟に付けたバッジを見て、「それ、何なの?」と訊く(2枚目の写真、矢印)。ルカは、「ピエ・ノワールのバッジ」とだけ、素っ気なく答える。次の体育の授業では、全員でサッカーをするが、ここでも、ルカは、結構上手なのに、他の生徒達から嫌がられ、罵られる(3枚目の写真、矢印)。エミールは、何とかしなくちゃという顔でそれを見ている。
  
  
  

アパートに戻ったエミールは、ピエ・ノワールのバッジに描かれた “黒い足〔pied-noir〕” を紙に描き、それをハサミで切っていると(1枚目の写真、矢印)、母が、夫との馴れ初めについて話す。「あなたのパパは、『君は可愛い、鉢植えの水仙のように』って言ったの。鉢植えの水仙? どこでそんな言葉 思いついたのかしらね? 彼には何か〔パラノイア〕があった」(2枚目の写真)「私の母も、『あんたの夫は、特別な物〔パラノイアによる妄想が生み出す一種の迫力〕を持ってる』と言ってた」。「愛してる?」。「ええ、もちろん」。「怒鳴り散らす時でも?」(3枚目の写真)。「完璧な人なんていないわ」。そのあと、エミールは、2つの黒い足を、セーターに縫い付けてくれるよう頼む。そして、「アルジェリカから来た新入りを応援するためだよ」と説明する。
  
  
  

エミールは、さっそく翌日、授業中に袖をまくってセーターに縫い付けた大きなピエ・ノワールの印を自慢げに見せるが(1枚目の写真、矢印)、ルカは何の感銘も受けない。エミールはがっかりする。学校が終わった後、エミールはルカの後を付いて行き、「君、仲間かい?」と呼びかける。「何の?」。エミールは、ルカより先に行くと、石垣の石の上に、赤いチョークで 「OAS」と書く(2枚目の写真、矢印)。「君、どうかしてる!」。そこに自転車が通りがかったので、2人は体で字を隠す。自転車がいなくなると、エミールは 「僕は君の味方だよ」と言う。それで納得したのか、次のシーンでは、ルカは、エミールの後について 彼の祖父母の菜園にある小屋に入って行く。そこで、ルカはオランでの苦い体験を話す。「最初は、僕の伯父さん。刺されたんだ。それから、出てけって脅迫された。ドアの前に3個の小さな棺桶。1つは僕のパパ、1つは僕のママ、1つは僕」(3枚目の写真)。「誰がやったの?」。「アラブ人さ! 他に誰が? 奴ら、僕らの店の窓を石で割った。僕らの犬を洗剤で毒殺した」。「ひどいね」。これで、エミールはルカにとって、言葉を交わせる友人となった。
  
  
  

そして、場面は、アパートにあるTVに映し出された大きな文字に変わる。「ドゴール襲撃さる」。そして、アナウンサーが、「世界中に衝撃を与えた暗殺未遂事件の後、内務大臣が詳細を発表しました。ノジェン〔Nogent-sur-Seine〕からロミリー〔Romilly-sur-Seine〕に向かう道に、大きな爆弾が仕掛けられていたのです」と興奮して話している。これは、1961年9月8日の午後9時35分に起きたドゴール大統領に対する最初の暗殺未遂で、9月11日付けのル・モンド紙には、「可燃性混合物〔mélange inflammable〕は爆発を起こすことなく発火し、大統領の車が通過したとき、その車列は減速しなかった」と書かれている。ところが、その直後に父は、エミールに、「爆薬が湿気を帯びていたから、爆発しなかったんだ」と言うが、これも、絶対におかしい。国道19号線脇の砂の山の下に隠された40キログラムのプラスチック爆薬とゴムダイナマイト〔世界で初めてのゼラチン爆薬〕が、1週間埋まっていた時の湿気で10分の1だけが爆発したことが分かったのは、その後の裁判の中で分かったことで、事件の直後にはル・モンド紙が書いている程度しか分かっていなかった。だから、ここも脚本のミス。このあと、父は、「これはただの陽動作戦だ。なぜなら、本当の暗殺はこれからだ。俺たち、組織があいつを殺す」(1枚目の写真)「そして、俺たちにはお前が必要だ」と、妄想から来た計画を洩らす(2枚目の写真)。それを受け、翌日の授業中、エミールはルカに、「君は、もう組織の一員だ。CIAで働いてる僕の名付け親が承認した」と嘘をつく(3枚目の写真)〔父の場合はパラノイアによる妄想で 病気なので仕方がないが、この嘘はルカを巻き込むための エミールの意図的な行為なので罪は重い〕。しかし、ルカは、「君はそればっかりだ。組織なんて存在しない」と、エミールを信用しない。
  
  
  

アパートに戻ったエミール。夜遅くになって父は1通の手紙を書き上げ、それを自分で読み上げる。「プレヴィへ。あなたはフランス領アルジェリアを残せと求めるフランス人の声に貸さない。フランス国民の名において、私が訴える」(1枚目の写真)。そして、「お休み、パパ」と言いに来たエミールを呼び止め、「お前に使命を与える」と言う。「いつ?」。「今すぐだ」。それを聞いた母は、夜遅いので、「あなたが自分でできないの?」と訊く。一度決めたらテコでも動かない父は、「お前には関係ない。俺は息子に話してるんだ」と言って追い払うと、「いいか、この手紙を郵便受けに入れる。住所は封筒に書いてある」と指示する。ここで、母がもう一度、「悪いけど、もう遅いし、外は真っ暗。彼は学校があるのよ。やめて」と頼むが、妄想性障害の父は、侮辱されたりすることに敏感なので、「何を企んでる? 子供の前で俺の権威を貶めるのか?」と、如何にもといった反論(2枚目の写真)。その後も母は何度もストップさせようとするが、父は頑として受け入れず、最後は怒鳴りまくって終わり。父は、エミールを呼び寄せ、「プレヴィが誰か知っとるか? ドゴールの友人だ。これは圧力になるだろう。これを奴の郵便受けに入れる。入って右側にある」〔それにしても、なぜキチガイは 自分で行かないのだろう? 単なる支配欲?〕。エミールが夜の街を歩いて、指示された建物の入口から入り、恐る恐る郵便受けに近付いて行き、手紙を入れようとすると、「おい、君」と声がかかったので、びっくりして投函を止め(3枚目の写真、矢印)、手紙を持ったまま走って逃げ出す。アパートに戻ると、心配した母は待ってくれている。そこに、父の厳しい声が飛んでくる。「手紙は入れたか?」。「はい」〔怖いので嘘をつく〕
  
  
  

父に嘘をついて、手紙を投函したことになってしまったので、エミールは翌日の学校の帰り、ルカを仲間に引き入れようと、ルカに 「あのね、誰も強制してないんだよ」と声をかける。返事は、極めて否定的で、ルカは 「そうかい」とぶっきらぼうに答えただけ。エミールは、前方に黒い車が停まっているのを見て、一芝居打つことにする。ルカの歩くのを、「待ってて」と言って止めると、「あれは、組織のリーダーだ」と言うなり、1人で車の方に歩いて行く。そして、運転席の窓まで来ると、「ムッシュー」と声をかける。「あなたの車、何年製ですか?」(1枚目の写真、矢印は離れてそれを見ているルカ)。変なことを訊く見知らぬ少年に、運転席の男性は、「一緒に乗って行きたいのか?」と尋ねる。「僕、何年製かで賭けをしたんです」(2枚目の写真、ルカから見ると、エミールが “リーダー” と話しているように見える)。男は、「君が、1950年製だと言ったのなら、君の勝ちだ」。エミールは、「僕、勝った」と言って笑顔になり、その笑顔をルカに見せる。如何にも、“リーダー” と親しいようにみせるために。そこに、その車の男=父親が待っていた女生徒が後方から歩いてやってきて、ルカに微笑みかけ、車に乗り込む。車が動き出すと、エミールは敬礼し、如何にも、相手が反ドゴール組織のリーダーであるかのように振る舞う(3枚目の写真)。この芝居を見て、「組織なんて存在しない」と言ったルカも、組織の存在を信じるようになってしまう〔「君は、もう組織の一員だ。CIAで働いてる僕の名付け親が承認した」という言葉も信用する〕
  
  
  

翌日の授業中、ルカはエミールに、「本当に、彼だったの? 組織のリーダー?」と声をかけるが、エミールは そのような失礼な質問は無視し、顔を向けることすらしない。言い方がまずかったと思ったルカは、「僕、バスルームの中にいっぱいOASって書いたよ。カフェテリアにも」と、より前向きなことを言うが、それでもエミールは無視する。「ねえ、僕は、今、君を信じてるんだよ。君が言うことは、何でもするから」。この言葉で、ようやくエミールはルカを見る。そして、学校が終わると、エミールは、ルカに、昨夜の失敗の尻ぬぐいをさせる。2人で、プレヴィの住む建物の前まで 停車している車に隠れるように姿勢を低くして近づくと、エミールは 「あの建物。郵便受けにプレヴィって書いてある。手紙を入れるんだ」と言って、封筒を渡し、「ここで待ってるから」と、ルカに投函を任せる。ルカは、封筒を手に、真っ直ぐ入口に向かう(1枚目の写真、矢印は封筒)。ルカが郵便受けに近付いて行くと、誰かがその横にある階段を下りてくる。刑事らしき男も、入口に近付いて行くので、エミールは気が気でない。ルカが封筒をプレヴィの郵便受けに入れると同時に、階段を降りきった老婆がそれを見て叫び声を上げ、それを聞いた刑事が建物の入口に立ち塞がる(2枚目の写真、矢印は郵便受け)。ルカは一旦は刑事に捕まるが、すぐに振り切って逃げ、刑事は、「止まれ! 警察だ!」と叫び、ホイッスルを吹き鳴らす。エミールは、ルカの後を追うように逃げ出す(3枚目の写真)。
  
  
  

アパートに戻ったエミールがキッチンテーブルで絵を描いていると、そこに父が新聞を持って入って来て、「昨夜、何が起きたんだ?」と、糾弾するように厳しく訊く。「捕まるところだった」。「誰に?」。「レディと男」。「制服の?」。「ホイッスルを吹いた」(1枚目の写真)。「もう一人の男の子って誰だ?」。「どの男の子?」。「もう1人のだ!」。父が持っているのは、夕刊紙〔恐らく、ル・モンド〕〔昨夜の失敗は朝刊紙には載らなかった〕。だから、新聞に書かれているのは、今日の午後の事件なので、エミールには都合がいいが、子供は2人になっている〔エミールが、一緒に逃げずにこっそり消えていれば、こんな問題にはならなかった〕。父は、いつもの調子で怒鳴り、エミールに新聞を読ませる。「OASの臆病者、子供たちを使う」(2枚目の写真)「4ヶ月の間に、プレヴィ代表は4回殺害予告を受けた。今回は、匿名の手紙が、彼の郵便受けに入れられた。検察庁は捜査を開始した。警官は2人の少年を見た…」。ここまで読んだ時、父は、記事を指で叩きながら、「2人の少年! なんで2人なんだ?!」と糾弾する。エミールは、「多分、新聞を売るため?」と言って、何とか言い逃れる。しかし、本来、父が恥じ入るべきなのは、“臆病者” という表現だ。夜遅くに自分で行かずにエミールに行かせた臆病さこそ、このパラノイアの父親の小心さの証拠。自分の書いた手紙が検察庁の手に渡ったことで、この小心男は、動揺し、怖くなる。それからしばらく経ったある日、外では雪が降っている。ちょうど教師のストライキの日なので、エミールは母の職場に一緒に行くが、その前に、最近は部屋に籠って寝てばかりいる父に会いに行く。父は、ベッドに横になったまま、エミールを見ようともしない。エミールは、「組織はどうなってるの? ドゴールを殺すんでしょ?」と尋ねる(3枚目の写真)。この部分の妄想が、逮捕されることへの恐怖から消えたのか、父は、「何、言っているんだ?」と恐ろしげに訊く。「組織の計画。暗殺だよ。僕が仕切ろうか? それでいい?」。父は、何も答えないが、それでも、エミールは敬礼をして部屋から出て行く。妄想を既に忘れているにしても、こんな重大事を止めようともせず、ただ逃げるだけ。これは、“人格水準の低下” を意味し、パラノイアから統合失調症への変化を示しているのかもしれない。
  
  
  

これまでの父の発言をパラノイアによる妄想の産物だとは知らずに、まともに受け取って来たエミールは、両親が医者に行って不在のアパートにルカを呼ぶと、「決まったよ、ルカ。1962年1月1日、僕らはドゴールを殺す」と告げる(1枚目の写真)。「僕たちだけで?」。「ううん、まさか。9人のコマンド〔奇襲隊員〕がいる」。そういうと、一枚の紙を渡し、「これが、僕たちへの命令だ。暗記したら、すぐに捨てて」と言う(2枚目の写真、紙)。そこには、次のように書かれていた。①12月31日、レストラン「ル・キャバレー」に集合、②旅行鞄、3日分の黒っぽい着衣を用意、③親の隠し金を全て奪取、④小切手帳を奪取、⑤親のIDを奪取、⑥成績表や公文書を破棄、⑦ナイフを持参。ここまで来て、ルカは 「できないよ」と言う。エミールは、「分かった。残念だ。リーダーはがっかりするだろう。僕一人でやるよ」。その言葉で、仕方なくルカも納得する。そして、残りの項目は7つだが、ここで、エミールは父の拳銃を取り出してルカに見せる。ルカは、それを手にすると、モーゼルHSc〔1940年からドイツで将校向けに生産されたダブルアクション式の銃〕だと たちどころに分かる〔エミールより詳しい〕。「弾はあるの?」と訊かれ、エミールは 「うん」と嘘をつく。ルカは、さらに「7.65mm口径なら8つ入る。9mmなら7つ」と詳しいところ見せる。「なぜ知ってるの?」。「伯父さんが同じ物持ってた」。「君が引金を引いたらいいな」。「それは名誉なことだね」(3枚目の写真)。エミールの行動は、父の妄想が命じたものだが、だんだん過激になってきて、しかも、意図的にルカを巻き込んで行くのは、どう見てもやり過ぎ。
  
  
  

ある日の夜、母が夕食の皿を食卓に並べ始めるのを手伝いながら、良心が疼くエミールは、「もしママが 誰かに異様なことを頼んだら、彼はやるべき?」と尋ねる(1枚目の写真)。「異様なって、どんな?」。「任務」。「パパに、また何か頼まれたの?」。「ううん、彼じゃない。つまりね… もしママが 誰かに危険で異様な任務を与えたら、彼はやるべき?」。「事によりけりね。何でもいいという訳にはいかないわ」。「頼まれても?」。「ええ、それが悪いことなら、従っちゃダメ」。「命令しておいて、中止したくても手遅れになってしまったら?」(2枚目の写真)。「何を言ってるの? 理解できないわ」。「つまり… 悪気なく誰かを傷つけちゃっても… それ悪いことなの?」。「もちろんよ」。そのあと、母がこの日が大晦日だと言うので、エミールがこんな質問をしたのは、「①12月31日、レストラン『ル・キャバレー』に集合」とルカに命じたのに、自分は、家にいるからだと分かる。
  
  

その頃、「②旅行鞄、3日分の黒っぽい着衣を用意、③親の隠し金を全て奪取、④小切手帳を奪取、⑤親のIDを奪取、⑥成績表や公文書を破棄、⑦ナイフを持参」を実行してしまったルカは、「ル・キャバレー」の前まで行くが、中にエミールの姿はない(1枚目の写真)。アパートでは、エミールと母が新年を祝って抱き合った後、食器の片づけをしていると、いきなりドアのチャイムが鳴り、2人はびっくりしてドアを見る(2枚目の写真)。母が、ドアを開けずに、「どなた?」と訊くと、ルカが 「エミールに会いに来ました」と答える。「エミールに何の用?」。「ル・キャバレーで会うはずでした」。母は、そんな話は聞いてないので、エミールに 「いったい何なの? 話して」と強い調子で尋ねる。エミールは卑怯にも、「知らないよ」と答え、母は それを信じて、「すぐ立ち去るよう、言いなさい」と命じる。ドアから廊下に出たエミールは、ルカに 「僕たち、見つかっちゃった」と嘘をつく。「警官だらけ。逃げて」。「どういうこと?」。「組織は終わった。逃げるんだ!」。階段を降りかけたルカは、振り返って 「どこに行けば?」と訊く〔③~⑥をしたので、家には戻れない〕。「早く逃げて」。その言葉に、ルカは悲しそうな顔でエミールを見て立ち去る(3枚目の写真)〔自分だけの都合でルカを “手下” にし、彼の人生をダメにしたエミールの罪は大きい〕〔それにしても、なぜ、①~⑦なんかをルカにさせたのかは、映画を観ていてもさっぱり分からない。これは明らかに脚本の大きなミスだ〕
  
  
  

エミールは、部屋に戻る前に金のネックレスを外し、手に持つ。そして、中に入るとすぐに、父が 「何があったんだ?」と訊く。エミールは、ネックレスを見せて、「彼… 僕の友だちは、これ返しに来たんだ」と嘘の弁解をする。そんなことはあり得ないので、父は、「一体何を言っとるんだ?」と言うと、エミールの頬を叩き、「答えろ! 何でこんな遅くに来たんだ?!」と命じる。「彼、家を捨てた。家族も」。「『捨てた』って、どういう意味だ? なんでお前のネックレスを持ってたんだ?」。「壊れたんだ。彼のお父さん、宝石商だから修理を頼んだけど、できなかった」(1枚目の写真)〔ここまで来ると、嘘が新たな嘘を呼ぶ〕。「『捨てた』って言ったな。彼、どこへ行くんだ?」。「彼の話だと… 何ヶ月も前から家出の準備をしてとか」。「家出?」。この言葉に、父は、ルカが悪い子だと決めつけ、「あいつとは、二度と会うんじゃない」と言って、ベッドに戻る。しかし、母は、夕食の前にエミールが言っていたことを思い出し、息子が、何かすごく悪いことをして、先ほどの少年を家出に追いやったのだとピンと来る。そこで、食卓に肘をついて座り込むと、泣き始める。エミールが、そばに来て 「ママ」と言うと、「けがらわしいチビ嘘つき。さっき、何したのよ?」と批判する。「ママ…」。「触らないで」(2枚目の写真)〔当然の報いだろう〕
  
  

数日後、校長が、刑事を同伴し、エミールの学年の男生徒を集めて話をする。「ルカ・ビリオーニは もう戻ってこない。彼は愚かなことをした。両親のお金や書類をすべて盗み、自動車のタイヤを切断し、家出した。フランスには、警察、司法、法律がある。ビリオーニは2日後、ヴィエンヌ〔リヨンの約25km南〕への道で、箱の中で眠っているところを発見された。彼は少年院に送致された」(1枚目の写真)「ビリオーニは秘密の日記をつけていた。その日記には、共犯者が言及されている。それが、ヴォジュール刑事がここにいる理由だ。彼は、ビリオーニの逮捕に失敗した時、共犯者をちらと見たのだ」。こうして、生徒が一人ずつ刑事の前に呼ばれ、見覚えがあるかどうかチェックされる。ほとんどの生徒は、すぐに「ノン」と言われるが、エミールの場合は、10秒近くも考え込んだ挙句、ようやく、「いいぞ」と解放される。ホッとして、歩いて行くと、後ろから 「君!」と声がかかったのでエミールは緊張する(2枚目の写真)。「振り向いて」「近づいて」。この間、今度は、20秒以上。ようやく、「行ってよし」と言われる。これで容疑を免れたと安心したエミールは、アパートに戻ると、鏡の前で拳銃を手に持ち、「僕はルカより強い」〔ルカを少年院送りにして人生を狂わせたのに、何という性悪な態度だろう〕「僕は警察よりずっと強い。今度は、あなたよりも強かった、テッド」(3枚目の写真)。そして、「シュラン兵卒。OASの士官」と言って敬礼する。そして、再び拳銃を向けると、「僕は、ドゴールを殺す。あなたのために。そしてパパのために」と自慢げに言う。ここまで来ると、エミールの方が、“パラノイアでないのに、固定観念に囚われて行動している” ので、父よりも異常に見えてくる。
  
  
  

恐らく、翌日、エミールは両親と一緒に校長室に呼び出される。校長は、「警察は共犯者を探しています。証拠はありませんが、私たちはそれがエミールだったと知っています」と話す。母は、さっそく、「証拠がないのに、どうして『知って』るんですか?」と訊く。「同級生の話では、2人はよく一緒にいたそうです」(1枚目の写真)「さらにですね、ルカの日記には、片腕のアメリカ人のことが書いてあります。CIAの職員の」。その言葉で、エミールと父がお互い目を合わせる。「美術のラトゥ先生は エミールが昨年 似たような人物を描いたと言っておられます。彼らは、学校の壁にOASと書いているのを目撃されています」。今度は、母が、エミールの方を不安げに見ただけでなく、父も、“何て奴だ” といった顔で見る。校長:「我々はどうすれば? これが正常だと思いますか? 友人を操って親の金を盗ませることが?」。母:「もちろん、違います」。「大統領を殺す計画を立てていたことが? シュランさん、あなたの息子の異常な振る舞い、あなたには正常に見えますか?」(2枚目の写真)「彼の父親として、これがどれほど深刻なことか認識しておられますか?」。「はい」。「ビリオーニは 今、少年院にいます。むしろ幸運だったとも言えます。ですから、必要な措置を講じて下さい。あなたの息子には譫(せん)妄の傾向があるので精神科医が必要です」。それを聞いた母が、思わず、「精神科医?」と笑ってしまい、夫を見て、「アンドレ… 精神科医ですって」と言ってしまう。それを聞いた美術教師は、「奥さん、子どもの行動が、現実とかけ離れた空想の世界で行われ、他人をその空想の世界に連れ込むような場合、専門家に相談すべき時かもしれません。彼自身のために」と やんわりと勧める。それを聞いた父は、すべては自分の妄想から始まったことなのに、怖くなって全否定し、「その通りです」と賛成し、さらに、「息子は狂っています。こいつが何をしたか信じられますか? 友だちに無理矢理やらせたんですよ。私たちは精神科医を見つけ、治療を受けさせます」と答え、エミールは、唖然として父の顔を見る(3枚目の写真)。
  
  
  

アパートに戻ると、父は、エミールをからかい始める。「気違い坊主の調子はどうだ? 徹底的に治療しないとな」〔愚弄する→実に卑劣〕。そう言った後で、「警察に何て言った?」(1枚目の写真)「俺のことを洩らしたか?」と訊く〔結局、自分が命令したと分かっている→実に卑劣〕。エミールは首を横に振る。「お前は、精神科医に行くんだ」。「行かない」。「そうだ。そう言うと思った。ドゴール暗殺の計画を言ってみろよ。そして、馬鹿みたいにおどけて、「やあ、僕エミール・シューランです。ドゴールを殺したかったんです」と喚く。それを聞いたエミールは、完全に頭に来て、「僕は、あんたのためにドゴールを殺そうとしたんだぞ!! くそったれアルジェルア!! くそったれOAS!! そんなのもう知るか!!」と怒鳴る。父は、反省の色もなく、「今、何て言った? もう知るかだと?」と馬鹿にするように言うと、「フランスのためだ!! お前の国のためだ!!」と怒鳴る。「僕は、あんたのためにやったんだ!! 助けようとしたのに、僕を裏切った!!!」(2枚目の写真)。この心からの叫びに対しても、父は、「そんなの俺のせいじゃない!! お前は問題児だ!! 睨むのはやめろ!!」と怒鳴り返す。エミールは、「あんたはクソ野郎の狂人だ!!!」と叫ぶ。怒った父がベルトを抜いて殴ろうとすると、自分の部屋に飛び込んだエミールはマットレスの下に隠してあった銃を取り出して父に向ける(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

エミールは、「装填済みだぞ!」と怒鳴り、さらに、「精神科医には会わない!」と宣言する(1枚目の写真)。父は 「分かった」と言い、ベルトを床に落とす。「僕は、狂ってなんかない。あんたがくれた手紙は精神科医に見せる。テッドからのとドゴールのだ〔前者は悪い先輩に奪われたのでは? 後者は何のことか不明〕。暗殺のあんたの構想もだ! 全部 精神科医に見せる。あんたは狂ってる。気違いだ」(2枚目の写真)。父は、頷いて部屋を出て行く。それまで心配して横にいた母は、銃を下ろさせ、ベッドに座らせて抱き締める(3枚目の写真)。これで少年期のエミールの映像は終わる。父に対する鬱憤は晴らせたかもしれないが、ルカに対してやってしまった罪が消えたわけではない。
  
  
  

「25年後」と表示される。11歳だったエミールは36歳になっている。エミールと老いた母が精神病院の外の庭園で話している。「いつ、医者に会えるの?」。「20分で」。次のシーンでは、病院の中で、母子が、2人の女医と面談をしている。担当の精神科医が、母に、「彼はあなたを狂人と呼び、あなたを認識しなくなったのは、いつでした?」と訊く。母は覚えていなかったので、「いつだった?」とエミールに訊く。「5月19日」。医師は、「その前から異常はありませんでしたか? 数週間前、数ヶ月前、あるいは、数年前から?」と質問するが、母の答えは、「いいえ。ぜんぜん。エミール、話してあげて、彼は狂ってなんかいなかったって。正常だったと」(1枚目の写真)。しかし、エミールの意見は全く違っていた。「私の父は、いつも狂ってました」(2枚目の写真)「暴力的で狂乱状態。それが私の覚えている全てです」。母は、その意見に対し全否定するが、医師はエミールの証言を信じたに違いない。あのあと、エミールは1人で父の病室を訪れ、「何か言いたいことある?」と訊く。「心配するな。俺の芝居は、万事上手く行っとる」(3枚目の写真)。そのいつもの発言に、エミールは、「そうだね」と応じる。「怖がるな。俺たちが団結している限り、奴らには何もできん」。「そうだね」。「お前と一緒なら、俺は怖くない。簡単なことばかりじゃなかった。そうそう、テッドが言ってたぞ。『もし、エミールに会ったら、謝っておいてくれ。だが、俺たちはすべきことをしたんだ』」。そして、意識が朦朧とし始める。エミールは、父の額にキスして病室を出る。そして、再び、病院の外で母と話す。母は、「あなたの家族は元気?」と尋ねる。「うん」。「クレマン坊やは? 大きくなったんじゃない? 会いたいわ」。「すぐ会いに行くよ」。「あなたはいつも、『すぐ会いに行くよ』と言うけど、一度も来なかったじゃない」〔母と一緒にいる父に会わせたくなかった?〕。「仕事が山ほどあって」。「まだ絵を描いてるの?」。「うん。仕事だから」。こう話しながら、2人は病院内の並木道を歩いて行く(4枚目の写真)。映画はここで終わるが、エミールが意図的に行ったルカへの虐待的行為の結果、少年院に行かされたルカが25年後にどうなったかについて全く言及がない。これは、明らかに、脚本の大きな欠陥だ。
  
  
  
  

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