フランス映画 (2006)
1954年、非情な父母から孤児同様に育てられた9歳のピッポは、父が、“情夫を連れ込んだ母” を半死状態にしたことから孤児院に収容され、フランス中部にある農家の養子にされる。養父は明るくていい人なのだが、元々養子に乗り気でなかった養母が、最初からピッポに冷たく当たったため、ピッポは養父母の家に懐かず、近くに住む “何かと噂のある” 老婆と友達になる。ピッポは、育てられた環境が悪いせいか、結構、わがままというか、一旦嫌ったら態度を変えない偏屈さがあり、そうした態度に対する最善の対処法は非難や無視ではなく、優しく包み込むことなのだが、養母にはその発想がなく、離反はどんどん進む。映画は、養母のピッポ嫌いを 破局にまで進めるために、同じくらいピッポを誤解し嫌う学校の教師を登場させる。養母は、ピッポが好きになった養父を説き伏せて孤児院に戻そうとするが、いざ実行しようとすると それほど簡単ではないことが分かる。
9歳のピッポは、両親がいながら食事も満足に与えられず、操車場で石炭を拾っては、食費に当てるほどのひどい虐待を受けていた。そんなピッポが救われたのは、痴話げんかのもつれから父が母を刺し、父は収監、母は入院したため。ピッポは、児童福祉施設に一時収容される。時は1954年。昭和29年。日本ではTV放送が開始した1年後、国連に加盟する2年前。映画でいえば、名作『七人の侍』が公開された年でもある。そんな時代に、公共サービスが十分だったとは思えない。ピッポは、すぐに、田舎にあるキリスト教系の孤児院に送られる。そこでは1人友達ができるが、2人とも、すぐに別々の農家に引き取られる。里子に出されたのか、養子として受け入れられたのかは分からない。ピッポの運命は、家に着くまでの車の中で決まってしまう。仮に養子とすれば、養父は陽気な人物で、ピッポにも満足している。しかし、養母は、元々、養子に賛成ではなかったようで、車内で厳しい視線をピッポに投げかけ続ける。親から無視されることに慣れてきたピッポは、養母に漂う一種の忌避感をすぐに感じ取り、なるべく避けようと心に決める。農家で暮らすということは、今まで都会で生き抜いてきたピッポにとって、自然と触れ合うことのできる楽しい場だった。日中は養母しかいない暗い家にいるより、外にいる方が余程楽しかった。そこで、養母には無断で勝手に遊びに行ってしまい、途中で雷雨に遭う。逃げ込んだ納屋で 優しい老婆に遭遇し、以後 一番の友達となる。しかし、老婆の評判が世間で必ずしも良くないことから、養父は、このことを養母に黙っているようアドバイスする。そのうち、入院中だった母の死が伝えられると、ピッポは、母代りとなった老婆の家に通い詰め、ますます養母とは疎遠になる。また、同じ頃、学校が始まる。その際、養母がピッポの髪にヘアピンをつけたせいで、笑い者になり、ますます養母への不信感が強くなる。学校では、ヘアピン事件を発端とする虐めに対し、ピッポが2度にわたって暴力で対抗し、さらに、学業成績を上げようとしてカンニングをしたため、教師からは問題児NO.1とみなされる。ピッポは、他にも警察が関与するような事件を起こしていたことから、養母は、これ以上面倒を見ることはできないと強く夫に迫り、ピッポを孤児院に返すことが決まる。養父が拒んだので、運転の嫌いな養母は 「医者に連れて行く」と嘘を付き、ピッポを孤児院まで乗せて行くのだが…
ピッポ役のラファエル・カッツ(Raphaël Katz)は 1996年3月7日生まれ。2005年の撮影なので、撮影時は、映画の設定と同じ9歳。生意気で、自己主張を変えない、可愛げのない役がよく似合う。これが映画初出演で、初主演。その後は、『Les enfants de Timpelbach(ティンペルバッハの子供たち)』(2008)に、重要な脇役で出演した。
あらすじ
映画は、1954年、児童福祉施設の男性の係官が、9歳のピッポに過去の状況を尋ねる場面から始まる。「学校はやめんだね?」。「うん」。「なぜ?」。「クリスマスの時、みんながもらってるのに、僕だけオモチャがもらえなかったから」。「誰から?」。「校長」(1枚目の写真、画像は、インタビューとは無関係に、ピッポの昔の暮らしぶりを捉えている)。「なぜ?」。「親が、給食代を払わなかったから」。「一日中、何してた?」。「食べるために、あれこれ。石炭を拾っては、聾啞(ろうあ) の女の人に売ってた」(2枚目の写真、貨物列車から落ちた石炭を拾い集める時のレールの映像がとても印象的)。「お母さんとは話した?」。「ぜんぜん」「3枚目の写真。部屋に入って来たピッポは完全に無視されている」。「お父さんは?」。「いない」。「スーティエさんは知ってた?」。「母さんの友だち」。
ピッポが置いてあったパンを取って、ストーブの煙突の熱で焼いていると、母が寝室のドアを閉める。ベッドには男が寝ているが、それが父なのかもしれない。「それから、どうなった?」。「彼〔スーティエ?〕が、『ピッポ、タバコを買って来てくれ』、とお金をくれた」。ピッポはお金を受け取る(1枚目の写真)。ピッポがタバコを買って戻ってくると、家の前には黒い車が停まっている(2枚目の写真、黒い車は警察車両)。そして、家から出てきた看護婦と2人の警官、逮捕された男〔父?〕に、行く手を阻まれる(3枚目の写真)。
場面は、児童福祉施設の中のピッポの寝室に切り替わり、ベッドにピッポが背を向けて床に座り、手前には、これまで質問してきた係官がいる(1枚目の写真、矢印は床に置かれた食事)。「それから? 続けて」。「家に戻ったら、警察がいた。救急車も。母さんは血まみれだった。父さんは起きてて、何もかも粉々に砕いてた」。「両親は、君を愛してたんだろ?」。「さあ」。「君は、両親が好きだった?」。「さあ」(2枚目の写真)。「一緒にいられなくなって寂しい?」。肩をすくめる〔「ぜんぜん」という感じ〕。係官は、「食べなさい」と言って立ち上がる〔食事の前に尋問するなんて、床に置かれた食事が冷めてしまう/食事の左の容器は尿瓶だろうか?〕。しばらくすると、優しそうな女性がシーツを持って入ってきて、「食べなかったの? 育ち盛りだから、食べないと」と声をかける。返事がなにので、「聞いてるの?」と訊く。「うん」。女性が去った後、ピッポは様子を窺いながらドアを開け、廊下に忍び出ると、非常口から逃げようとするが 鍵がかかっていて開かない。そこに、先ほどの女性がやってきて、「 ベッドに戻りなさい。明日は、遠くまで行くのよ」と、叱ることなく話しかける 。
ピッポは、優しい女性と一緒に長時間バスに揺られる(1枚目の写真)。次の場面では、もう孤児院に到着し、修道尼が2人を迎える。女性が尼僧に書類を渡すと、尼僧はピッポに 「この方とは、ここで お別れよ」と言う。女性は、ピッポの肩に手をやり、「さようなら、坊や」と言って、両方の頬にキスしてくれる。恐らく、ピッポが今まで体験したことのない優しさだったのであろう。ピッポは、去って行く女性に向かって手を振る(2枚目の写真)。荒(すさ)んだ心のピッポにとって、考えられない “親しみ” の表現だ。次の場面は、もう食堂。ピッポの皿にも2種類の料理が入れられる。内容は結構 豊富だ。ピッポは空いた席に座るが、ピッポがあまり食べようとしないのを見て、隣に座った子が、「なぜ食べないの? おいしいのに」と訊く(3枚目の写真)。「お腹が空いてない」。大部屋の寝室で、照明が消されてから、ピッポは さっきの子に、「ここに、長くいるの?」と尋ねる。「さあ、数えたことないから。何でも、僕たち、農家に引き取られるみたいだよ」。
ある日、ピッポとカミーユ〔最初に知り合った少年〕が狭い内庭でボールを蹴って遊んでいると、院長が来て、カミーユを呼ぶ。次の場面では、カミーユが養父母と一緒に廊下を歩いている。ピッポは、走り寄って、「出て行くのかい?」と窓越しに尋ねる。「そうだよ」(1枚目の写真)「さよなら、ピッポ。元気でね」。1人きりの友達がいなくなったピッポは、人前で見せたくないので、トイレに行って嘆き悲しむ(2枚目の写真)。そして、次は もうピッポの番。机の前に座った2人の養父母に対し、院長は 「うまくいくと良いですね」と言って書類を渡す。ドアがノックされ、尼僧に連れられたピッポが入って来る。3人は立ち上がってピッポを迎える(3枚目の写真)。
田舎の一本道を3人を乗せた車が走る。運転しているのは養父。助手席の養母は、「ウチには乳牛が4頭と めんどりがいるわ」と、後部座席のピッポに声をかける。ピッポは何も言わない。養父は、「あの子に 慣れさせないとな、セシール」と、擁護する。養母は「話しかけただけよ」と弁解し、「スピードの出し過ぎよ。嫌いだって知ってるでしょ?」と文句を言う。「なら、お前が運転しろよ」。養父は、バックミラーでピッポを見ると、「田舎は好きか?」と訊く。「大きなネギがあるね」。「ネギじゃない。トウモロコシだ」。ピッポは、またダンマリに戻る(1枚目の写真)。車が着いた先は一軒の農家(2枚目の写真、左が居宅で、正面は納屋、右端は井戸)。養母が夕食を作っている。養父は、養母の脇に腰かけると 「嬉しいか?」と訊く。さらに、「お前も、きっと元気になる」とも。養母:「どうかしら。ほとんど口をきかないじゃない」。「おしゃべりじゃないんだ。それでいいじゃないか」。「あの子の目を見た? 変な目で私を見てたわ」。どうやら、養母は元々養子に賛成ではなく、養父が一方的に決めたらしい。その話を漏れ聞いたピッポは、自分の部屋に行くと、置いてあった小さな鏡で自分の目を見てみる。
翌日、ピッポは家を出て、辺りがどんな所か見に行く。真っ先に目に入ったのは、2頭立ての馬が牽く農耕器具。それと一緒に、2人の女の子〔1人は、ピッポと同年代〕が現われ、年上の女の子が、「あんた、ギュスタヴのところの新しい子?」と尋ねる(1枚目の写真)。「うん」。「幾つ?」。「9つ」。次のシーンでは、ピッポは家に戻り、養父からヒヨコを見せられている。「手を出して」。ピッポが手を出すと、養父がそこにヒヨコを乗せる。「可愛いだろ?」。ピッポは頷く(2枚目の写真)。「なぜ、籠の中に入れてあるの?」。「逃げないようにしないとな」。ピッポは納得する。夕食の時間になる。養母は、ツンと済ました顔をしているので近寄り難い雰囲気だ。養父は、妻に 「ピエールが帰ってきた」と話す。「知ってるわ。ベルナデットが話してくれた」。「インドシナに行っても、変わってないな。ピエールはいい奴だ」(3枚目の写真)〔インドシナ戦争(1945-54年): ベトナムがフランスからの独立をめざした戦い〕。「少しハンサムすぎるかも」。「マリー=ジャンヌにか?」。「余計なお世話よ」。その時、ピッポがスプーンをガチャンと皿に置くと、「小さい子みたい。もっときれいに食べて。手はテーブルの上」と、冷たく注意する。ピッポは、「お腹空いてない。寝てくる」と言うと、即座に席を立つ。養父は、「厳し過ぎるんじゃないか。順応するまで待ってやれ」と注意する。
翌日、養父は、作業場でピッポ用の自転車を整備しながら、昔の話をしてくれる。「俺とセシールは自転車で家を飛び出した。なんせ、あの顔といったら、てんで日曜日向きじゃなかったからな。俺たちは一晩中漕いだ。セシールは、ハンドルとの間でずっと俺にしがみついてた」。そんな養父の気さくさに、ピッポは好感を抱く(1枚目の写真)。養父は、調整の終わった自転車をピッポに渡す(2枚目の写真)。ピッポは、試し乗りでめんどりのいる水溜まりの周りを乗ってみる。それを見た養母は、「ギュスタヴ、めんどりに注意して!」と、文句をつける。養父は、バカなこと言うなとばかりに両腕を拡げてみせる(3枚目の写真)。
場面は、収穫した小麦を満載した荷馬車に変わる。てっぺんに乗せてもらっているのは、ピッポと、マリー=ジャンヌと一緒にいた女の子(1・2枚目の写真)。とても印象的なシーンだ。そして、夜のシーン。家の壁にもたれて月を見ているピッポの横に養父が座る。「仲良しができたみたいだな」(3枚目の写真)。「誰のこと?」。「ベルナデット。可愛い子じゃないか」。「女の子だよ。仲良しじゃない」。「女の子の友だちって、いいもんだぞ」。ピッポは、「流れ星だよ」と 話題を逸らす。そこで、養父は、「都会が恋しいか?」と尋ねる。「時々。ちょっと」。「田舎は平和だぞ」。「都会だって平和だよ」。「そうだな。どこであろうと、平和なのはいいことだ」。2人の間には、こうして色々な会話が交わされる。養母の方はゼロ。
翌朝、ピッポが部屋にいないので、養父が妻に 「ピッポを見たか? どこにもいない」と訊く。「知らないし、どうだっていいわ」。すごく冷たい言い方だ。その頃、ピッポは、小川の中を裸足で歩いて “田舎生活” を楽しんでいた。しかし、気付かぬうちに雲行きが怪しくなり、雷がゴロゴロと鳴り始めたので慌てて走る。しかし、家に辿り着く前に激しく雨が降り出したので、一軒の納屋の前に避難する(1枚目の写真)。扉に張り付いても庇がないので、濡れることに変わりはない。そこで、そっと扉を開けてみると、真っ暗な納屋の中に老婆が立っていて、「こっちへ」と、中に入れてくれる。一方、養父は、雨が止んだ後、ピッポを探すために車を出す。あちこちで停まっては 「ピッポ!」と呼ぶが、どこにもいない。納屋から家の中に連れて来られたピッポは、濡れたシャツを干した後、お椀を渡され、「飲みなさい。体が温まるわ」と、優しく言われる(2枚目の写真)。老婆は、「巣から落ちた小鳥みたいね」と言い、それを聞いたピッポは僅かにほほ笑む(3枚目の写真)〔養母のように、最初から冷たくあしらわれなければ、誰に対しても心を開くことが出来る〕。しかし、この笑顔は、老婆が 「そこら辺の連中は、私のことを魔女だって言うのよ」と話すと消えてしまい、黙ってシャツを着ると、何も言わずに立ち去る。それでも、老婆は、「あんたが気に入ったわ。いつでもいらっしゃい」と背中に向かって呼びかける。
ピッポが家に向かって道路を歩いていると、後ろから養父の車がやってくる。それに気付いたピッポは、叱られると思い、立ち止まって道路に背を向ける。車を停めた養父は、「なぜ、こんなことをした?」と訊く。「良くないことだ。心配したぞ」。ピッポは、振り向いたが何も言わない。「乗れ」。次のシーンでは、こんな “悪さ”〔行く先を告げずにいなくなったこと〕 をしたにもかかわらず、養父はピッポを自分の膝の上に座らせて、車のハンドルを握らせている。「どこにいた?」。「池のそばの納屋」(1枚目の写真)。「首吊り男の納屋?」。「それ何?」。「アルフォンシンの旦那が首吊り自殺をしたんだ。それ以来、彼女はちょっと変なんだ」。「正気じゃないの?」。「どっちにしろ、セシールには話すな」。そう言うと、ピッポの髪の毛をかきまわす。ピッポは、悪い気はしない。養父は、家に着く時には運転を交代し、ピッポは助手席から降りる(2枚目の写真)。養母が 「どこにいたの?」と訊くと、「嵐に遭ったので、怖くて避難してた」と無難に返事する。「汚い格好ね。洗うから 着替えなさい」。夕食が終わった後、食卓で養母はトランプの一人遊びをしながら、何かを修理している夫に話しかける。「レネ・シャサン知ってるわよね? 大腸の手術を受けたんですって。癌で、こんなにたくさん切ったの」と、両手で30-40センチくらいの距離を示す。ピッポは、それを見て「すごいや!」と思わず叫ぶが、養母の言葉にはっきり反応したのは、映画の中ではこれが初めて。養父は、子供にとって適切な話題ではないと思ったのか、「寝る時間だぞ」と注意する。ピッポは立ち上がるが、これも、自分から初めて養母に質問する。「セシールさん、アルフォンシンさんはホントに魔女なの?」。「誰がそう言ったの?」。どう答えてもヤバいので、ピッポは肩をすくめて、早々に立ち去る。養母は 「あの態度! あの子、まともだと思う?」と批判。夫は 「やめんか」と、妻の “ピッポ嫌い” を批判する。。
翌日、ピッポはアルフォンシンの家まで歩いて行く(1枚目の写真)。どのような経緯かの説明はないが、次の場面では、ピッポがアルフォンシンのふくらはぎの部分に包帯をぐるぐる巻きにしている(2枚目の写真)。「お医者さんに診てもらわないと」。「お医者に 神父! どこにでも “悪” を見つけることが好きな連中だよ」。この言葉に、ピッポは思わず笑う(3枚目の写真)。
その日の午後7時。養父が掛け時計の針を合わせていると、そこに妻がやってきて、「あなたやって。私には無理」と言い、1通の手紙を見せる(1枚目の写真)。手紙を読んだ養父は、戸口に座っているピッポの隣に座ると、「これが届いた」と封筒を見せる(2枚目の写真)。「お前の母さん、入院先で… 心臓が突然…」。それを聞いたピッポは、「お医者さんは、母さんは危ういと言ってた」と、母の死を受け入れ、立ち上がると、優しく話してくれた養父に感謝を込めて頭にキスし(3枚目の写真)、「お休み、ギュスタヴさん」と言う。ピッポが去った後、妻が隣に座って、「どうだったの?」と尋ねると、「お休みのキスをしてった」と嬉しそうに答える。
養父の前では強がって見せたが、母の死は、たとえ “優しさのかけらもない母” だったにせよ、ピッポにとってショックだった。そこで、刈り込んだ藁の山に座り込むと じっと考えてしまう(1枚目の写真)。ベルナデットが、笑顔で 「今日は」と声をかけても、「話したくない」とすげない返事。当然、ベルナデットは不機嫌になって去って行く。ピッポは、馬を使っての重労働が一段落し、男達が休憩している時、インドシナ帰りのピエールに寄って行く。「向こうで何を見たか、絶対話さないんだね」。「戦争だったんだ」。「だから?」。「何も言わない方がいい」。「なぜ、行ったの?」。「いつか自分の力を試さなくてならなくなる時がくるからさ。君は、以前の暮らしことを話すか? 話したいか? 中には 忘れてしまった方がいいこともある」(2枚目の写真)。この最後の言葉は、ピッポにとって、考えさせられる示唆だった。そこで、夜、夕食が終わってからも、この言葉を噛みしめる(3枚目の写真)。すると、掃除をしていた養母が、「学校が2日後に始まるわよ」と教える。ピッポは、相変わらず黙っている。「嬉しい?」。まだ黙っている。養母は、ムカッとしただろうが、それでも、「ガンが渡って行った。もうすぐ冬ね」と続ける。ピッポは、まだ黙っている。ここまでくると、ピッポの方も、あまりにも可愛げがない。
翌朝、ピッポはベッドの下に隠しておいたロープと材木を手にすると、窓から忍び出る(1枚目の写真)〔1階なので容易〕。そして、その足でアルフォンシンの家へ直行。彼女は、納屋の前に座っていた。ピッポがまずしたことは、アルフォンシンの額にキスすること(2枚目の写真)。ピッポは持ってきた材木を置くが、何に使うためのものなのかは分からない。次のシーンは、農業従事者総出で、巨大な機械を使い、藁を大きな納屋の中に入れている。その作業中、ピッポとベルナデットは木の上でふざけ合っている(3枚目の写真)。一方、ピエールは、“自分の彼女” だと思っているマリー=ジャンヌが、エティエンヌという男に言い寄られているのを見つけると、作業を中断して、中に割って入る。「彼女に構うな!」。エティエンヌは、「誰に言ってる? インドシナの英雄のつもりか? 日雇いのくせに」と歯牙にもかけない。ピエールが作業場に戻ると、後ろからエティエンヌが襲いかかり、ケンカとなる。ピエールの方が強くてエティエンヌに馬乗りになるが、後ろから、「止めんか、でないと串刺しにするぞ」と脅され、ピエールはエティエンヌから離れる。他の農夫からは、ピエールに、「ここから出てけ!」の声も。ピッポと2人の女の子は、その様子をじっと見ている。
そして、いよいよ学校の始まる日。ピッポがイスに足を乗せて靴紐を結んでいると、養母が 「ここに来なさい」と呼ぶ(1枚目の写真)。ピッポが前まで行くと、養母はピッポの顔をじっと見て、手を顎にかけて少し上向ける。ピッポ:「なぜ、そんなにじっと見るの?」。養母は、それには直接答えず、「髪の毛がバラバラね」と言うと、自分の髪からヘアピンを1本抜き取る。それを見たピッポは、「ヘアピンはイヤ」と言うが、養母は前髪をピンで止めると、「ずっと良くなった」と言って、微笑む。ピッポは、微笑むどころではない(2枚目の写真、矢印はヘアピン)。養母がピッポを外に連れ出すと、自転車のところにいた養父が、「スピードが出るようになったぞ」とピッポに言う。それを聞いた妻は、「そんなこと言わないで。この子に 早く走って欲しくないの」と文句をつける。自転車に乗ったピッポに 養父はキスし、ピッポはそれが当然だと思っているが、その後で養母が頬にキスすると、すぐに手で拭う(3枚目の写真)〔如何に嫌っているかよく分かる〕。学校のシーンの前に、マリー=ジャンヌが神父に呼び出される場面が挿入される。簡単にまとめると、ピエールとの結婚はやめろという勧め。エティエンヌは裕福な農家の息子なので、両親もピエールとの結婚など望んでいないという話。ピエールにとっては、随分残酷な内容だ。
学校に行ったピッポ。授業が始まるまで、全員が狭い校庭で遊んでいる。その時、なぜかピッポが2人の虐めっ子を見ていたため、逆に目を付けられる。教師は1人だけ。女子生徒を先に入らせ、次に男子生徒を入らせる。その時、ピッポの後ろに並んでいた虐めっ子は、「ヘアピンなんか付けるのは女の子じゃないんか?」と、意地悪を言う(1枚目の写真)。そして、教室では、ピッポが座ろうとすると、素早く移動して席を占領する(2枚目の写真)。教師も教師で、新入生として紹介もせず、「そこのバカ、何を突っ立っとる? 何て名前だ?」と乱暴に訊く。「ヴェラです、先生」。「名は?」。「ピッポ」。みんなが笑う。「笑うんじゃない。ジュグレール〔虐めっ子〕、どけ」。ピッポは空いた席に座ると、すぐにヘアピンを外す。授業の場面はなく、生徒達が一斉に学校から出て行く。家に着いたピッポに、養母が 「うまくやれた?」と訊く。ピッポは 僅かに頷く。「パンとバターを切っておいたわ」。ピッポは何も言わずにパンを取ると、部屋に向かって歩き始める。「ちゃんと答えられた?」。一瞬頷くと(3枚目の写真)、すぐに顔を背けて部屋に入って行く。養母にとっては腹立たしい反応だったに違いないが、それでも、閉まったドアに向かって、「友だちはできた?」と訊く。返事はない。
ピッポは、いつも通り、窓から抜け出し、アルフォンシンの家に向かう。ピッポが納屋の脇の丸太に座って細い木の棒を削り始めると(1枚目の写真)、そこにベルナデットが来て、「マリー=ジャンヌは、いとこの家に追い払われた」と話す。ピッポは何も言わない。「納屋の中で何やってるの?」(2枚目の写真)。「大きなお世話だ」(3枚目の写真)。ベルナデットは怒って立ち去ってしまう。。
次のシーンでは、ピッポがピエールの部屋を訪れる。壁には、インドシナ戦争の記念の品がいっぱい貼ったり掛けてある。ピッポは、「思い出の品?」と尋ねる。「素敵なパラシュートだね」(1枚目の写真)。そして、「もらっていい?」と訊く。「何のために?」。「分かんない」。このシーンはここで終わるが、ピッポがパラシュートをもらえたことは、映画の最後に分かる。そのあとに挿入されるのが、面白い “鋤(すき)” で地面を掘り起こす面白い作業。2頭の馬が、鉄でできた巨大な鋤を牽き、地面を掘り起こす(2枚目の写真)〔映画は一時期に撮っているのですべて同じ色彩だが、刈り取りは秋、鋤は春なので、もっと新緑が欲しい〕。一方、ピッポの家では、養父が九九を言わせている。「7、 6、48」と言ってしまい、「違う」と指摘される。それが終わると、「他に何をやった?」と訊かれ、「作文」と答える。ピッポは、養父に言われて、作文を読み上げる。「うちは農家。ギュスタヴ父さんとセシール母さんの農場で、乳牛が4頭と子牛が何頭かいる。セシール母さんはチーズを作り、ギュスタヴ父さんは庭が好き。気が休まるからだって。ギュスタヴ父さんは、とても人がいい。セシール母さんは…」。ここで、ピッポは読むのをためらう。「続けて」。「セシール母さんは、いつも頭痛と腹痛。ギュスタヴ父さんは雨が好き、太陽も好き。セシール母さんは雨が嫌いで、暑いとぶつぶつ不平を言う。めんどりがいるけど、僕は好きじゃない」(3枚目の写真)「ホロホロ鳥の鳴き声で僕は起こされる。これが僕の家の日曜日です」。「上手いぞ」 。
ある朝、登校の途中で自転車の不具合を直したせいで手が汚れたピッポは、授業中、教師から手を洗いに行くよう命じられる。休憩時間中、ピッポが木の幹にもたれて座っていると、虐めっ子が2人やって来て、一人が足でピッポの靴を蹴り、「手ぐらい洗えよ。ばい菌と隣り合わせは嫌だ」と詰(なじ)る。ピッポが無視すると、もう一人が、「何か言えよ、マカロニ〔フランス語では、“イタ公” というような侮辱表現〕」と言う(1枚目の写真)。次のシーンでは、扉の横にピッポが陣取り、虐めっ子の一人が出てきた時を狙い、左腕を扉に挟んだまま閉めようとする(2枚目の写真)。虐めっ子は、教師に、「先生、あいつが、僕の手をワザとドアに挟みました」と訴える。この意地悪教師は、わざわざ家まで来て養父母に告げ口する。その日の夜、夕食をとりながら、養母が 「心配だわ。息子として相応しいかしら」と夫に言う。その時、ようやくピッポが帰ってくる。養父:「何時か知ってるのか?」。「気づかなかった」。その返事に、養母が噛みつく。「いつもそう。どこにいたの?」。「川のほとり」〔当然、アルフォンシンの家〕。養父は、「さっき、先生が来たぞ。学校でケンカはいかん。お前のことは好きだが、心配だ。学校は、ケンカするトコじゃない。二度とするな。分かったな?」と諭すように言う。しかし、ピッポは返事もしない。「お前に話してるんだ。分かったな?」。「うん」。あとは、暗い感じの食事が続く(3枚目の写真)。
ある日、学校を終えたピッポが、アルフォンシンの家のドアの脇で材木を集めている(1枚目の写真)。目的は、アルフォンシンの背中に対する吸玉療法。吸玉療法(火罐法)は、血液の浄化と血行の促進の効果があるとされる民間療法で、皮膚をタコのように吸引するため、ガラスの容器に火を点けた細い木を入れて空気を熱して真空状態を作り出すというもの(2枚目の写真、ガラス容器の中に皮膚が球状に入り込んでいるのが見える)〔それにしても、ピッポは なぜアルフォンシンを これほど献身的に世話するのだろう?〕。その次のシーンでは、ピッポがどこか分からない戸外で、両腕を水平に突き出して “飛んでいる” ような連想をしている。種蒔きをしている農夫が、「何の真似だ?」と訊くと、「風を待ってる」と答える。ピエールが、「なんでいつも外にいる?」と訊くと、「アルフォンシンさんの具合が良くない」と答える。
ある日、学校の休憩の時間に、ピッポがいつもの木の近くにいると、教師が目の前を行きつ戻りつしている。あることを思いついてピッポは、その教師が背を向けた隙に、素早く後ろを駆け抜ける(1枚目の写真)。そして教壇の上に開いたままになっているノートの内容を、そこに置いてあったペンで、自分の腕に書き込む(2枚目の写真)。翌日、教室に入ると、黒板には、「水の入った樽の重さは249キロ。樽の中の水の4分の3を取り除くと、81キロ。空の樽の重さは?」と書いてある。偶然、ピッポが当たり、解けと言われる。ピッポは、黒板に、「249-81=168、168÷3=56、56×4=224、249-224=25」と書き(3枚目の写真)、「25キロです、先生」と答える〔樽をx、満水をyとすれば簡単に解けるのだが、小学校では教えていない〕。ズルをする快感を味わったピッポは、口笛を吹きながら楽しそうに自転車を飛ばすと、真っ直ぐ家に帰り、「僕4番になったよ」と自慢する。その頃、マリー=ジャンヌが家に連れて帰られる。車の中で、父は、「ピエールとは付き合うな」と釘を刺す。
村で夜のパーティのある日、真っ白なレースのドレスを着たベルナデットがピッポを迎えにくる(1枚目の写真)。2人は手をつないで、仲良さそうに走って行く。ダンス会場でも、最初は、2人は仲良さそうに踊る。ところが、ある瞬間、ベルナデットは手を離し、別の男の子と踊り始める。ピッポは寂しそうに見ているが、2人のダンスが終わる気配はない(2枚目の写真)〔ピッポは今までベルナデットに冷たくしてきたので、しっぺ返しをくらった感じがしないでもない〕。パーティにはピエールも来ているが、2人揃って踊る相手がいないので、“壁の花” になってしまう。ピッポは、ピエールに、「マリー=ジャンヌはいないの?」と訊く。「2日間、姿を見ていない。どこにいるのかな」。「すごくきれいな女(ひと)だよね」。その時、ピエールは、マリー=ジャンヌとエティエンヌが踊っているのに気付く。ピエールに見られているのに気付いたマリー=ジャンヌは、踊るのを止め、ピエールの前まで来ると、「許して。私のせいじゃない。他の人のせいよ。神父さんとか」と、言い訳をする。口論になりかけたところで、神父が介入し、ピエールを自分の家に連れて行く。そこで神父が話したことは、ピエールがレジスタンスに裏切られて射殺される前に神父に打ち明けた話。それは、マリー=ジャンヌがピエールの妹かもしれないという、本当か嘘か確かめようのもない “事実”。だから、ピエールはマリー=ジャンヌと結婚できない。悲観したピエールが外に出てくると、車のところにピッポが寂しそうに待っていた(3枚目の写真)。どうにもならない2人同士。よく似ている。
次のシーンは、教室での試験。教師が チラチラと監視していると、ピッポが腕に書いたものを 時々見ている(1枚目の写真)。教師は、即刻ピッポに近づくと、腕を剥き出しにし、耳をつかむと(2枚目の写真)、「騙したな! お前のいい成績は、ペテンと嘘によるものだった!」と言いながら教壇の前に連行し、他の生徒達に腕を見せる(3枚目の写真)。そして、腕を上げさせたまま、「そこに立ってろ。動くな!」と命じる。
ピッポがベルナデットと一緒に自転車で帰宅の途についていると、後ろからこっそり近づいてきたジュグレールが、「これでもくらえ、ペテン師!」と言いながら、棒で背中を叩く(1枚目の写真、矢印)。怒ったピッポは、先回りすると、葉の付いた枝を手に持って待ち受け、ジュグレールの顔を引っ叩く。そして、翌日。教室では、顔にケガを負った虐めっ子が教壇に立ち、教師は 「ジュグレールを叩いた者は、名乗り出ろ」と命じる〔ジュグレールは、最初に手を出したのは自分なので、一応 ピッポを庇っている〕。ピッポはすぐに立ち上がり、「僕がやりました、先生」と言う。「また、お前か。ここに来い」。何をされるか分からないので、ピッポは首を横に振り、座る。「来い!!」。動かない。教師は、ピッポの髪の毛をつかむと、無理矢理立たせ、教壇まで連れてくる(3枚目の写真)。ピッポは、教師の腕を振り払って教室から逃げ出す。
ピッポは、そのままアルフォンシンの家まで逃げて行き、夜になるまで彼女の世話をする。そして、辺りが真っ暗になってから家に帰り、玄関の前を身を屈めて通り過ぎ(1枚目の写真)、窓から部屋の中の様子を窺う。教師がいるので、これはヤバいと思い、裏口から中に入り、2階に上がる。そして、床に耳をつけて教師の話を聞こうとする(2枚目の写真)。教師は、「彼は卑劣で、不正行為をし、非常に暴力的です」と話している。養母:「どうすれば?」。「分かりません。医者に診せたら?」。養父:「病気じゃない」。「お任せします」。こう言い残して、教師は帰っていく〔「非常に暴力的」という表現は、その前に、ジュグレールの暴力があったので、言い過ぎ〕。養母は、無感動かつ平然として、「いつまでたっても同じ」と言う。ピッポは聞くのをやめる。養父母が夕食を始めると、2階から 物を壊す激しい音が聞こえてくる。養母は、それ見たことかと眉一つ動かさないが、父は直ちに席を立ち、裏口から入ろうとする。しかし、鍵がかかっている。そこで、「出て来い! バカはやめろ!」と、ピッポを止めようとする(3枚目の写真)。2階からは、「あんたなんか嫌いだ! 2人とも! 僕の親じゃない!」という声が聞こえてくる。養母は、相変わらず、見放したような表情のまま。
ピッポは、そのまま2階で夜を過ごし、朝、乳牛からお乳をもらうと、そのままアルフォンシンの家へ。眠っていたアルフォンシンは、「あんたかい、小鳥君?」と声をかける。「そうだよ、おばあちゃん、気分は?」。「もう長くはないよ」。「バカなこと言わないで。おばあちゃんがいなくなったら、僕 どうればいいの?」。そう言いながら、ヒッポはアルフォンシンの汗を布で拭う(1枚目の写真)。「大好きだよ。頑張って生きて」。その頃、養父は、ピッポの行方を探していた。夜になり、ピッポはアルフォンシンのためにスープを作る。改めて注意して見ると、家の中は真っ暗で、うす暗いランプの明かりしかないので、電気が来てないらしい。ピッポが持ってきたスープを アルフォンシンは断るが、一口ピッポが飲んでから、もう一口はアルフォンシンが飲むというゲームを考案し、何としてでも飲ませる(2枚目の写真)〔こうでもしないと、体力がどんどん弱る〕。これが終わると、ピッポは外に出て行き、アルフォンシンの納屋の近くに立っている電柱を切断する(3枚目の写真)〔突然の出来事で、前後の説明もないので、意味がよく分からない。電気も入れてもらえないアルフォンシンの家に対する、電力会社への当てつけか?〕。
翌朝、ノコギリで切断された電柱は警官に発見され(1枚目の写真)、一番の被疑者としてアルフォンシンの家のドアがドンドンと叩かれる。ドアを開けに行ったピッポは、警官だと分かるとアルフォンシンのベッドに逃げ込む〔寝る場所がないので、一緒に寝ていた〕。アルフォンシンは、警官を見ると、「出ておいき!」と怒鳴る(2枚目の写真)。しかし、そんなことで警察は許してくれない。ピッポは、犯行に用いたノコギリと一緒に警察署に連行される。署長は、ノコギリを見せて、「これは何だ?」と訊く。「ノコギリ」。「何に使う?」(3枚目の写真)。「木を切る」。「木か電柱か?」。「木も電柱も」。これで、白状したことになる。そこに、養父が入ってくる。署長:「後は任せた」。養父は、「お前は、いったい何を考えてる? 電柱を切ったことなんかどうだっていい。お前は、セシールと俺が ホントに嫌でたまらんのか?」と訊く。ピッポは、首を何度も横に振り、「傷つけるつもりじゃなかった」と言うが、養父は 「傷付いた。すごくな」と言う。
その後の夫婦の会話は一切省略されている。ピッポは、養母が運転する車に乗っている。ピッポが、「どうしてお医者さんに行くの? 僕、病気じゃないのに」と訊くので(1枚目の写真)、医者に行くという名目で連れて来られたことが分かる。養母の返事は、「そういうものよ」。運転が嫌いな養母が、なぜ、理由を曖昧にして運転していたのか? それは、ピッポを孤児院に戻すためだった。だから、次の場面では、いきなり院長が出てくる。「どうしたの。ちゃんと話しなさい」。思わぬ展開に、ピッポは泣いている(2枚目の写真)。養母は、院長に 「あらゆる努力をしました。もう置いておけません」と、きっぱり言う。ピッポは、養母の膝にすがりつき、「お願いです、おばさん。僕を捨てないで!」と頼む。しかし、養母は、「おばさんだって? あんたは、嫌な子だよ」と突き放す。ピッポは、「お願いです、セシール母さん」と言い直す(3枚目の写真)。一方、自宅にいる養父は、心配してやってきたベルナデットに、「気持ちは分かる」と悲しそうに言う。ベルナデット:「あんまりよ。ここにいて幸せだって、私に言ったのよ」。養父:「それが人生さ。いつも好きなようになる訳じゃない」。
不機嫌な顔をした養母が、また運転している。助手席には、孤児院に返しにいったハズのピッポが、なぜか乗っている。ピッポは、「あなたが、僕にうんざりしてるなんて知らなかった」と言う(1枚目の写真)〔これまでのピッポの態度から見て、この言葉は信用できない〕。「あんたは、決めつけて批判するだけ… 私、なぜ話してるのかしら? どうせ、あんたには分からないのに。私の手に余るの。聞こえた? もう我慢できないの!」。そう言うと、養母は泣き出す。ピッポは、そっとハンカチを渡す。車は、ピッポの希望でアルフォンシンの家の前で停まる。ドアの前には医者の車が停まっている。ピッポはすぐに下車し、ドアに向かって走って行くと、ちょうど 中から医者が出てくる。「死んだの?」。「今は、大丈夫だが、高齢だからな」(2枚目の写真)。ピッポは中に入って行くと、ベッドで眠っているアルフォンシンの耳に何か囁いてから(3枚目の写真)、頬にキスして家を出て行く。
養父が、悲しそうに野菜畑に水を撒いていて、ふと顔を上げると、そこには満面の笑顔のピッポがいる(1枚目の写真)。2人は固く抱き合う(2枚目の写真)。近寄ってきた養母は、「できなかった」と、夫に一言。夫:「それで良かったんだ」。夫の会心の笑顔を見て、養母の顔も笑顔になる。夕食の際も、ピッポはいつもと違い、笑顔を絶やさない(3枚目の写真)。食卓にいつも笑顔があれば、それに越したことはない。
早朝、ピッポはいつものように窓から外に出る。向かった先は厩舎。白い馬にまたがる。馬の体にはロープが一杯結ばれている。そして、ピッポが厩舎を出ると、そこには笑顔のアルフォンシンがいる。だから、この場面は、現実なのか夢なのかよく分からない。少なくとも、老齢のアルフォンシンの納屋に馬はいない。ということは、厩舎から馬を連れて来て、納屋で装備を施したことになる。そして、ベッドで寝たきりだったアルフォンシンが、外に出て、イスに座れるだけ回復する必要がある。ピッポは、ピエールから譲り受けたパラシュートを馬の後ろの木組みにくくりつけている(1枚目の写真、矢印はアルフォンシン)。ピッポは、馬をできるだけ速く走らせる。すると、後ろの台車に乗ったパラシュートが風を受けて空に舞い上がり、それとともに、パラシュートとロープで結ばれたピッポの体も宙に浮く(2枚目の写真、矢印はアルフォンシン)。途中で、アルフォンシンが目を閉じるが、死んだのだろうか? 映画の最後は、ピッポが嬉しさのあまり絶叫したところで(3枚目の写真) 突然終わる。そして、黒地に「セシールとギュスタヴへ」と示される。