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Sonny Boy サニー・ボーイ

オランダ映画 (2011)

この映画は、Annejet van der Zijlが2004年に出版した同名原作に基づいているそうだが、原作を読んだことはない。しかし、"Journeys (Holocaust Memorial Day 2014)" の https://www.hmd.org.uk/wp-content/uploads/old-images/life_story_waldemar_nods_2.pdf を見ると、実際に何が起きたかの事実がすっきりとまとめられている。それを見ると、Waldy ‘Sonny Boy’ Nodsの父Waldemar Nodsと母Rika van der Lansの実話が、かなり忠実に映画化されていることが分かる。Waldemarは1908年9月1日生まれ、Rikaは1891年9月29日生まれまので、実際の年齢差は17歳。2人が初めて会ったのは1928年10月なので、20歳と37歳。年齢差は17。映画でも17歳の年齢差は踏襲されている。Rikaが4人の子持ちだったという点も同じ。ただ、Waldemarの父Jacobus Theodor Gerhard Nods(金の探鉱者)の子供に、映画に登場するWaldy のhalf-brother〔腹違いの兄〕のDavid Millarは存在しない。映画では、冒頭、如何にも金持ちの父親が愛人と一緒にブラジルに「向かって大型のヨットで旅立って行くシーンがある。腹違いの兄ということは、David Millarはこのカップルの子供としか考えられないが、この時点が1921年。Waldemarは13歳。そのすぐ後に生まれたとしても、彼が南米のオランダ領スリナムを出てオランダ本国に向かった1928年(実際は1927年)の時点では7歳。しかし、映画に登場するDavid Millarは、KLMの前身Royal Dutch Airlinesの財務担当取締役で40歳くらいに見える。この人物は、上記のサイトで言及されていない唯二の登場人物だ。もう一人、もっと重要な映画の登場人物で、実際にはいなかったらしいのは、1929年に2人の間にWaldyが誕生した後、2人を救って自分のパブの2階に住まわせてくれた老ユダヤ人Sam。この辺りはSamの親切さを強調するためにScheveningenへの引っ越しの年も1931年から1935年に繰り下げている。その後の経緯は、2回のさらなる引っ越しを1回に短縮しただけで、基本的に登場人物も時系列もほぼ事実をそのまま追っている。言いたいのは、このサイトで着目する 11-15歳の ‘Sonny Boy’ のストーリーは、彼が体験するエピソードは、すべて上記のサイトに書かれていることと同じ 「事実」 だという点だ。この映画の中で、嫌な思いをさせられる点は4つある。最大のものは、当時の黒人に対するオランダ社会の非常に強い差別意識。あと2つは、Rikaの家庭にまつわるもの。まず、自由奔放なRikaの間に大きな溝を作ってしまった頑迷かつ浮気な改革派教会(プロテスタント)の夫。彼は、女中と浮気したくせに、Rikaが黒人との間に子供を作ったことに激怒し、Rikaと4人の子供が会えないようにする。3人目は、プロテスタントと夫と結婚したことに激怒したカトリックの母。彼女は、Rikaが苦境に陥っても一切助けようとしない。4つ目、映画のラスト30分は、WaldyとRikaがユダヤ人を匿ったことで厳しい取り調べを受けたり、ナチスの強制収容所に送られた後の悲惨な姿が描かれる。前半の3つの不愉快と、ラストのナチス/ユダヤ物は普通は別個に映画化されるが、それが合体したことで、この映画を観ていて救いようがない。唯一の救いは、Waldy ‘Sonny Boy’ Nodsが、長寿の人生を送り、この映画のプレミアに6歳のWaldy役、11-15歳のWaldy役、父のWaldemar役、母のRika役と一緒に顔を見せることができたこと。下の写真で Waldy Nodsと手を組んでいるのは義理の娘(2015年に85歳で死亡)。

なお、この映画は、2012年の EUフィルムデーズで上映されたが、劇場公開されたわけではないので、未公開として扱う。

非常に複雑な映画なので、箇条書きで示そう。
1921年(オランダ領スリナム): 13歳のヴァルデマーが紹介される。
1928年(オランダ領スリナム): 20歳になったヴァルデマーは、姉に見送られてオランダに旅立つ。
1928年(グーデレーデ): 37歳のリカとその4人の子供、リカの15歳年上の夫ウィレムと、その愛人の女中が紹介される。気難しいプロテスタントの夫と、奔放で気ままなカトリックの妻。リカは、夫と女中の浮気の現場を目撃すると、三男を連れて即家を出て両親のいるデン・ハーグに向かう。
1928年(デン・ハーグ): リカは両親の食料品店を訪れるが、プロテスタントの男と結婚したことに17年経っても腹を立てている母は、リカを追い払う。リカの弟のマルセルが賃貸住宅を手配してくれる。
1928年(ロッテルダム): ヴァルデマーの船が港に着き、腹違いの兄に迎えられる。しばらく兄の家に滞在するが、オランダ人の妻に追い出される。兄はデン・ハーグに食事付き下宿を探してやる
1928年(デン・ハーグ): リカの賃貸住宅に、養育権をなくしたグーデレーデの家から、リカの3人の子供がデン・ハーグにやって来る。その賃貸住宅は、ヴァルデマーの兄が紹介した食事付き下宿でもあった。そこで2人は初めて出会う。当時は、人種差別がひどかったが、リカは気にせずヴァルデマーを受け入れる。
1928年(デン・ハーグ): ヴァルデマーのリカへのクリスマス・プレゼントが引き金となり、2人は親しくなる。
1929年(デン・ハーグ): 1月頃、リカは妊娠する。2ヶ月後に中絶を考えるが、直前に取り止める。さらに、その2ヶ月後、妊娠を打ち明けられたヴァルデマーは、リカが中絶を考えたと聞き、怒って下宿を飛び出す。
1929年(デン・ハーグ): 9月、母リカの妊娠に気付いた長男は、次男を連れてグーデレーデの家に帰ってしまう。リカの夫は、妻との関係を修復し、子供を取り戻すいい機会だと思い、デン・ハーグの賃貸住宅を訪れ、低姿勢で妥協案を示すが、その時、ヴァルデマーが現われ、リカの身籠ったのが黒人との混血児だと分かる。激怒した夫は、復讐を誓って出て行く。
1929年(デン・ハーグ): 11月17日、リカ出産。男児はヴァルディと命名される。そのしばらく後、混血児が生まれた醜聞と、家賃の滞納を理由に、家主から立ち退きを迫られる。
1929年(デン・ハーグ): リカは、残った2人の子供を夫の元に送り返し、家財道具と乳母車を押して新たな賃貸住宅探しを始めるが、すべて断られる。それを救ってくれたのは、バーを経営するユダヤ人のサムで、バーの2階の狭い1部屋が3人の住まいとなる。
1935年(デン・ハーグ): ヴァルディは6歳。サムは、リカのためにデン・ハーグの海岸線にあるスヘフェニンゲンにペンションにできる住宅を与えてくれる。
1935年(デン・ハーグ): ペンションが軌道に乗った頃、年に一度2時間だけ中立の場所で面会できる、という条項の元、リカの長女と三男がデン・ハーグに来る。ところが、リカが2人を自分の勝手な判断でペンションに連れていったことで、“条項違反” が裁判所から指摘され、2年間会えなくなる。
1937年(デン・ハーグ): 5月17日、夫の離婚を受け、リカとヴァルデマーが結婚する。
1940年(デン・ハーグ): ドイツ軍のオランダ侵攻により、夏になり、リカの海岸沿いのペンションは、ドイツ軍将校用に借り上げられる。そこに、11歳になったヴァルディが初めて登場する。
1942年(デン・ハーグ): 5月。サムがダビデの星を付けさせられる。その直後、リカは、ドイツ軍に戦略上の重要拠点として、ペンショからの立ち退きを求められる。
1942年(デン・ハーグ): リカは、プロテスタントの牧師からの推薦状で、前と同じような大きな家を手に入れることができる。しかし、それは一種の “恩義売り“ で、プロテスタントのレジスタスからユダヤ人を匿うよう依頼され、リカはヴァルデマーに相談せずに引き受ける。
1942年(デン・ハーグ): 10月。サムがドイツ軍に手荒く連行されるのを見たヴァルディが、オランダ人の子と喧嘩になり、警官が警告に訪れるが、その際、偶然から、ヴァルディは自宅の最上階にユダヤ人が多数住んでいるのを知る。
1943年(デン・ハーグ): 10月。レジスタンスは、元SSのオランダ人脱走者を匿うよう依頼する。この脱走者は、ヴァルディのいい友達となる。
1944年(デン・ハーグ): 1月18日。匿名の密告があり、リカの家にSSが入り、ユダヤ人と、それを匿ったリカ夫妻も逮捕される。夫妻は、スヘフェニンゲン刑務所で悪名高い主任刑事により激しい尋問を受け、強く抵抗したリカは終身刑になる。
1944年(デン・ハーグ): ヴァルディは、叔父(リカの弟)が捜した疎開先の農家に預けられる。
1944年(ヴフト): 5月10日、リカはオランダ国内のヴフト収容所に送られる。
1944年(ノイエンガンメ): 5月24日、ヴァルデマーは、ドイツのノイエンガンメ強制収容所に送られる。高い語学力を評価され、所内の郵便局という楽な勤務を命じられ、こっそりヴァルディ宛に何通もの手紙を発送する。
1944年(ラーフェンスブリュック): 9月9日、リカはドイツのラーフェンスブリュック強制収容所に送られる。
1944年(場所不明の疎開先): ヴァルディは、疎開先の農家が高値で野菜を販売するのを見て、抵抗感を覚える。
1945年(ラーフェンスブリュック): 2月。リカは空腹による体力低下の状態で赤痢にかかり死亡する。
1945年(ノイエンガンメ): 5月1日。ヒットラーの自殺を受け、囚人全員にノイエンガンメ強制収容所から出て、船に乗るよう命じられる。
1945年(リューベック沖): 5月3日。ヴァルデマーの乗った27500トンの囚人護送用の元客船は英空軍の攻撃を受けて撃沈。ヴァルデマーは泳いで逃げるが、岸に着いたところをSS少年兵に撃たれて死亡する。
1945年(デン・ハーグ): 戦争が終わり、ヴァルディが疎開先から呼び戻される。

11-15歳のWaldy役を務めるのは、ダニエル・フォン・ヴェイク(Daniel van Wijk)。情報はゼロ。Waldy ‘Sonny Boy’ Nodsの本当の顔立ちは右の写真のようだった。

あらすじ

1921年オランダ領スリナムと表示される。蒸気客船の船尾につないだロープの先に丸太舟がつないであり、3人の黒人の子供がじゃれ合っている。船員がやってきて、「もう離すぞ」と声をかける。ヴァルデマーが、「まだ」と言う。「大洋を渡りたいのか?」。「いいね」。「オランダで何する気だ?」。「勉強」。「そうか。離すぞ。チビ猿ども」〔船員も好意で船のロープに丸木舟をつないでやっていたので、口は悪いが、意地悪な男ではない〕。ヴァルデマーは素直に丸太舟の先端に結んであったロープを解く。残った2人は櫂(かい)を漕いで戻ろうとするが、水が大好きなヴァルデマーは服を着たまま飛び込む。そして、そのまま 岸に沿って泳いでいく(1枚目の写真)。ヴァルデマーが、村人用の木の桟橋まで泳いで来た時、父の大型ヨットが見える。そこで、「パパ」と呼びかけると、真っ白な背広を着た如何にも、金持ちそうな男が振り向き、「ヴァルデマー」と手を上げる。「どこに行くの?」。「ブラジルだ」。「どうして?」。「ここじゃ、生きていけない」。「僕たち、どうなるの?」。「何とかしろ。俺の息子だろ」。そう言っていると、淡い空色のドレスを着た若い女性が親しげに父に寄って行くのが見える(2枚目の写真)。ヴァルデマーは急いで家に戻り、玄関脇のポーチのベンチに座っている姉に、「ママはどこ?」と訊く。「中よ」。ヴァルデマーが家の中に入ると、お揃いの服装をしたメイドが2名、ヨーロッパ様式の立派な食堂で準備をしている〔ここでも、金持ちだと分かる〕。ヴァルデマーが2階に行くと、母はベランダで泣いていたらしい。「パパが行っちゃった」。母は、涙を隠そうと、息子を叱る。「また川で泳いで! たくさんの子が、あそこで溺れたのよ」。「僕は溺れないよ、ママ。水は僕の友だちだ」(3枚目の写真)。その後、「7年後 1928年夏」と表示される〔実際には、1927年〕。船着き場には、オランダに向けて発つヴァルデマーを見送りに姉が来ている。そして、「これが、ママの希望だった」と英断を褒める。しかし、「もし、ヘマしたら、手当は打ち切るわよ」と釘を刺すことも忘れない。そして、お別れにライカのカメラをプレゼントする。
  
  
  

次に、グーデレーデ(Goedereede)〔デン・ハーグの南西約35キロ〕と表示され、海岸の砂浜の上にラッパ型の蓄音機を置き、ダンスに相応しい曲をかけて浜辺で母と2人の息子と1人の娘が踊っている。すると、曲が終わり、ずっと蓄音機の前に座っていた三男のヘンク〔1924年生まれ〕が、「ママ、終わったよ」と教える(1枚目の写真)。蓄音機に向かう母に、次男のヤン〔1921年生まれ〕が、「なぜ、パパは2回も教会に行くの?」と訊く。「それだけ、神様に近づきたいんでしょ」。一方、その父、改革派教会の満員の座席に座り(2枚目の写真、点線は、父と浮気相手の女中を結んでいる)、讃美歌集を開くと、挟んでおいた小さな紙に、ペンで何かを書き始める。再び海岸。母と4人の子供が手をつないで輪になって踊っていると、黒い服を着た老女が2人通りかかる〔2枚目の写真の参加者も全員黒服だったので、この2人は改革派教会の日曜ミスの帰り〕。それを見た母が踊りをやめ、子供たちと一緒に2人に向かって手を振ると、応えもせず、「敬虔な神様の日に、何て恥知らずな」。「あんな奥さん持って、市議も浮かばれないわね」とブツクサ言い合う。ヤンは、「なぜ、あの人たち、手を振らないの?」と母に訊く。「許されてないの」。「誰に?」。「神様よ」。「ママは許されてるの?」(3枚目の写真)。「ママは、何でも好きなことができるの」〔これが、母リカの信条。そのために多くの軋轢が生じてしまう〕
  
  
  

その日の夕食。誰も一言も口をきかない。長女のベルタ〔1917年生まれ〕が、「なぜ、こんなに静かなの?」と父に訊く。如何にも厳しい顔の父は、「静かでも何でもない」と答えるが、妻のリカは、「すごく静かだから、私が考えてることが聞こえてくるわ」と反論。この夫婦には、かつてあったかもしれない愛情のかけらもない。そこに、女中が陶器のソース・ポットを持って入ってくると、夫の料理に中のソースをレードルでかける(1枚目の写真)。その様子を、リカは疑わしそうな目で見ている。食後、リカは、女中が教会に着ていった服のポケットを探り、1枚の紙を見つける。そこには、「ああ、君が大好きだ。今夜、納屋で」と書いてあった(2枚目の写真)。そして、リカがこっそり納屋に行くと、2人が愛し合っている。翌朝、愛想を尽かしたリカは、三男のヘンクを連れて家を出て行く(3枚目の写真)。
  
  
  

「’s-Gravenhage(スクラーフンハーフ/デン・ハーグ)」と表示される。リカとヘンクは、リカの母が経営する食料品店を訪れる。クリスチャンの母は、プロテスタントと結婚したリカのことが許せないので、剣もほろろに、「帰りなさい」と命じる。「できないわ。もう愛してないの」。「あの男のことは、警告したでしょ」。「ママ、お願い。住む所が要るの」。「ここには、住まわせない。お金も貸さないよ」。弟のマルセル〔1904年1月18日生まれなので、1891年9月29日生まれのリカより13歳半年下になるが、映画では、7歳くらいしか違わない〕が、「ママ、一時的だよ」と、とりなそうとするが、頑迷な母は、「彼女には、十分警告した。だから、自分の面倒は、自分で見るんだね」と突き放す。怒ったリカは、さよならとも言わずに店を出て行く(1枚目の写真)。姉のことが心配になったマルセルが店を出て追って来ると、「これから、どうする?」と訊く。「私と子供たちの家を見つけるわ」。ここで、場面は変わり、スリナムから着いた客船が埠頭に着岸し、乗客たちが岸壁に集まった大勢の人の中から出迎えを探している(2枚目の写真、点線は、ヴァルデマーと、迎えに来た腹違いの兄を結んでいる)。その男は、デイヴィッド・ミラーと自己紹介し、「私が到着した時に持っていたのは、ワニの剥製と弓矢だけだった」と話す。そうは言いつつ、高級そうな革のブレザーに白いマフラーが何とも洒落ている。「私が誰だか知ってるか?」。「ええ。僕のいとこです」。「そう聞いたのかもしれんが、本当のところは、君の腹違いの兄だ。君の父さんの落胤さ」〔解説で述べたように、実在しない人物〕。デイヴィッドは、サイドカー付きオートバイにヴァルデマーを乗せると、自宅まで連れて行く。そこに現れたのは、オランダ人の奥さん。当時としては異例な組み合わせだ。この奥さん、黒人の “いとこ” に対しては極めて不愛想。食事を出す時にも笑顔一つない(3枚目の写真)。その後の会話の中で、デイヴィッドがKLMの前身Royal Dutch Airlinesの財務担当取締役だと分かり、ヴァルデマーはショックを受ける。ヴァルデマーは翌日さっそく大学の入学手続きに行くが、「ここでは、スルナムの証明書だけでは不十分です」と言われ、出願する前に “入学コース” の受講を求められる。ヴァルデマーは、階段教室で、他のオランダ人の受講生と一緒に講義に出席するが、何となく彼の周りの席が空いているように見える。そのことは、彼が路面電車に乗っているシーンでもっとはっきりする。彼の前後の席だけ空いていて、新しく乗って来た親子連れの小さな子は、ヴァルデマーを見て「Zwarte Piet(ズワルテ・ピート)」〔悪い子を懲らしめる聖ニコラウスの黒い肌の同行者〕と大きな声で叫んで、母親から咎められる。ヴァルデマーは、しばらくデイヴィッドの家に滞在できたが、白人の奥さんの強い要望で追い出される。
  
  
  

リカの弟のマルセルのトラックに乗せられて、残りの3人の子供、アザレア通り〔Azaleastraat〕にあるリカの新しい賃貸住宅に到着する。長男のウイム〔1915年生まれ〕が、「こんな所に住むの?」と、不満そうに訊く〔それまでは郊外の戸建て住宅だったが、リカの賃貸住宅は3階建ての一種のアパート〕賃貸住宅。次男のヤンは、「家に帰りたい」とも(1枚目の写真)。そのあと、2人は歩道でボール蹴りを始める。一方、母は、トラックに乗せられてきた荷物を家の中に運び入れている。そして、2人に向かって、「女性が働いてるのに、男性は遊んでるわけ?」。それを聞いたウイムは、何を思ったのかボールを高く蹴り上げる。ボールは隣家の半地下に前庭に落下し、植込みの花にぶつかる。それに気付いた隣の主婦は、ボールを取り上げると、いきなりナイフで突き刺す。リカが、「なぜ、ボールを壊すのよ?」と批判すると、その嫌らしい主婦は、「私の庭の物は、私の所有物よ」と無茶な論理を吐き、使えなくなったボールを投げ返す。ウイムは、ボールをゴミ箱に投げ込むが、リカはゴミ箱をつかむと、中味を半地下の前庭にすべて捨てる。それを見た子供たちは大喜び(2枚目の写真)。真下の花はゴミで埋まる。主婦が飛び出してきて、「気でも違ったのかい?! すぐどけるんだよ!!」と怒る。それに対し、リカは、「あなたの庭の物は、あなたの所有物じゃなかった?」と言い返す〔如何にも彼女らしい態度〕。その言葉を聞いていたもう1人の人物がいた。それが、デイヴィッドの家にいられなくなって、部屋を借りに来たヴァルデマー。「何、見てるの?」と訊かれ、「貸し部屋がここにあると聞いたので」と答える〔リカは、借家代を浮かすために、1部屋を間借り人に貸すことにして、登録していた〕。当時の普通のオランダ人なら黒人を見て断ったであろうが、リカは喜んで迎え入れる。条件は、食事と掃除と洗濯のサービス付き。様子を見に来た子供達を呼ぶと、「ノッツさんが、わが家の食事付き下宿人になるけどいい?」と訊く(3枚目の写真)。ヤンはウイムに 「それ何?」と訊き、ウイムは 「そのうち分るさ」と答える〔受け入れ反対なら、こうは返事しない〕。ヴァルデマーは、名前を言い、「はじめまして〔Aangenaam〕」と言って、ヤンと握手する。ヤンは自分の手をじっと見て 「手、洗った?」と訊く(4枚目の写真)〔やや 偏見がある〕。母は、「あなたよりきれいよ」と たしなめる。
  
  
  
  

子供たちを初めての学校に送った後、リカがヴァルデマーの部屋に昼食(肉とジャガイモ)の牛乳を運んでくる。その後、ヴァルデマーは浜辺まで行くと、食べなかったジャガイモをカモメの群れに投げる〔賃貸住宅は海に近い/ヴァルデマーはジャガイモが嫌い〕。また、姉から贈られたカメラで、あちこちを撮影する。リカは、明日の夕食を家族と一緒に取るよう誘う。そして、翌日の夕食が終わった後、彼の皿にはジャガイモだけ残っている。そして、子供達に、「スリナムでは、ここほど頻繁に雨は降らない。だけど、降り出すと凄いんだ」と話、「その時、何をするか知ってるか?」と訊く。そして、映像は、ヴァルデマーの子供時代に戻り、雨に打たれて嬉しそうに踊る様が映る(2枚目の写真)。ヴァルデマーは、子供達を賃貸住宅の外に連れ出し、雨の中で踊る。リカは、傘をさして見ていたが、ヴァルデマーに誘われて雨に濡れる(3枚目の写真)。外で楽しんだ後、食卓に戻ったリカは、皿に残ったジャガイモを見て、「ジャガイモ、嫌いなの?」と訊く。「スリナムじゃ、米を食べるんだ」〔郷に入れば郷に従え、だと思うが…〕。4枚目のグーグル・ストリートビューは、奇跡的に見つけたロケ地。デン・ハーグのディルク・ホーヘンラート通り(DirkHoogenraadstraat)。その地点で、180度回転したものが5枚目の写真。黄色の矢印は、1つ前の節の2枚目の写真で、母がゴミを捨てた半地下の前庭。この写真だと、前庭の構造がよく分かる。リカの賃貸住宅のドアは、空色の矢印。次の節の1枚目の写真で、大家が開けたドアだ。その背後には、4枚目の写真の建物が映っている。同じ通りの右と左で建物の雰囲気が全く違っているのも面白い。
  
  
  
  
  

それから何日後かは分からないが、大家の男性がドアのベルを鳴らす。リカがドアを開けると、大家は 開口一番、「あんたが、黒人〔zwarte〕と一緒に住んでると聞いたが」と言う(1枚目の写真)〔zwarteは差別用語ではない。「黒んぼ」に相当するオランダ語の差別用語は、negerとnegerin〕。「それ、どうか?」。「ここは、私の家だ」。「家賃は払ってるでしょ?」。「みんなが噂してる」。「気付かなかったわ」。「陰で悪口を言ってるんだ」。「陰で何を言われようと、平気よ」。「あの種の者に、ここにいて欲しくない」。「ノッツさんはまともな人よ。大学に行ってるんだから」。そう言うと、大家の前でバタンとドアを閉める。そして、次の夕食で、全員の皿に炊いた米をつける。しかし、ウイムは、「そんなの〔troep〕いらない」と手で皿を覆う(2枚目の写真)〔ここでは穏やかに訳したが、「troep」は英語の「shit」と同じ意味なので、強い反発の意思表示だ〕。「試したっていいじゃない」〔どうして、同じ言葉を、ジャガイモを拒絶するヴァルデマーに対して使わなかったのだろう?〕。そう言って、ウイムの皿にご飯を乗せると、怒ったウイムは立ち上がると、皿を裏返し、「こんなもん、欲しくなって言ったろ!」と母に向かって怒鳴り、その場を立ち去る。ウイムは自分のベッドにうつ伏せに横になると、嫌な暮らしに泣き出す。母:「どうしたの?」。「パパが恋しい」。「クリスマスに会えるでしょ」。「僕が出て来た時、パパはすごく悲しんだ」。次のシーンでは、部屋にクリスマス・ツリーが飾ってある。リカが繕い物をしていると、そこにヴァルデマーが入って来て、クリスマス・プレゼントとしてレコードを1枚渡す。Ruth Ettingが歌う『More Than You Know』(1929)という曲だ。2人は曲に合わせてダンスを始め、キス寸前まで行く〔子供が4人もいるのに、こうした行為の結果も考えず感情だけに走るリカは、母親として、あまりにも無責任すぎる〕
  
  
  

そして、ある雪の夜、2人はキスを交わし、経験のあるリカが先導する形で2人は愛し合う(1枚目の写真)。当時としては、“禁じられた” 恋だ。それから、どのくらい時間が経ったか分からないが、ある朝、子供達の朝食を用意していたリカが急に気分が悪くなり、トイレに駆け込んで吐く。避妊の嘔吐(つわり)の始まりだ〔オランダでは1920年代に子宮内避妊器具が開発されたが、多数の感染症患者が出た〕。ウイムは、「ママ、大丈夫?」と心配する。その後、リカは妊娠中絶をしようと、違法な助産婦(?)を訪れる。「どのくらい?」。「約8週間」。「お金あるの?」。「そこに横になって」(2枚目の写真)〔こんなことが可能だったのかどうかは分からない。というのは、オランダでは1911年に中絶が禁止されたから(解禁は1971年)。中絶の罪は3年以下の懲役、または。6000ギルダー(≒当時の3000ドル≒現在の48000ドル≒480万円)以下の罰金〕。しかし、リカは、この期に及んで躊躇(ちゅうちょ)する。その頃、ヴァルデマーの元に、姉の結婚通知が届く。「1929年5月」と表示される。ウイムがヴァルデマーと仲良く自転車で池の傍を走っている。そして、張ったテントの前で、ヴァルデマーに質問する。「ガールフレンドいるの?」。「なぜ訊くんだ?」。「僕のクラスの子が、男と女について話してた。彼らがしたがることだよ」。ウイムは、恥ずかしくて具体的には口にできなかったが、ヴァルデマーは、「分かってる」と言う。「で、ガールフレンドいるの?」。「いない」。キャンプから戻ってきたウイムは、母とヴァルデマーが、親し気に手を握り合っているのを見て、不愉快な顔になる。そして、海辺で寄り添うリカとヴァルデマー。そこで初めて、リカは妊娠を打ち明ける。「いつから」。「4ヶ月」(3枚目の写真)〔中絶をしようとして止めてから、2ヶ月後になる〕。そのあと、「堕(お)ろそうかと思ったこともあったけど…」。この言葉にヴァルデマーは失望し、リカの元を去って行く〔実に、自分勝手〕
  
  
  

「1929年9月」と表示される。お腹がかなり大きくなった母が、子供達と一緒に砂浜に座っている(1枚目の写真)〔ヴァルディの誕生は11月17日なので、出産まであと約2ヶ月〕。ヤンとヘンクが泳ぎに行っても、母は服を着てじっと座ったまま。ベルタは、「どうして一緒に泳ぎに行かないの?」。「気が乗らないの」。「太っちゃったから?」。その言葉を聞いて、ウイムは母のお腹を見る〔彼は、妊娠だと気付いている〕。母が、4人も子供があって、他の男性との間で子供を作ったことに耐えられなくなったウイムは、母と一緒に暮らすことに耐えられなくなる。そこで、父の家に戻ろうと思い、貯金箱を床に叩きつけ(2枚目の写真)、交通費を捻出する。参考までに、入手できた1925年の地図を3枚目に示す〔https://www.goeree-overflakkee.nl/〕。2人が使ったのは鉄道以外にないので、デン・ハーグ(上部の)から、一旦ロッテルダムまで出て(黄色の点線)、そこでマース川を渡り、そこから西方のヘレヴートスライス(Hellevoetsluis)まで行き(黄色の点線)、船でハーリングフリート川を渡ると(空色の点線)、父の家のあるグーデレーデ(左下の)に着く。結構大変な回り道だ〔この地域は1953年の高潮被害で大きな被害(死者1836人を受け、それ以後、有名な「デルタ計画」が始まり、複雑に入り組んだ複数の河口部を 閉鎖もしくはゲート付の長大なバリアで締め切った〕。こうして、ウイムとベルタは父の家に帰り着く(4枚目の写真)。ウイムからリカの妊娠のことを聞いた夫は、自分の浮気が起こしてしまった家族の分断を、この機会に修復しようと、リカの賃貸住宅を訪れる。夫は、最初、「誰の子だ? 私が望めば、君はすべてを失うと、分ってるのか? 手当なし。子供もなしだ」と脅した後で、一転、「君にお願いする、一緒になってくれ。こんなことを続けたくない。子供たちと一緒にいたい。もう一度試そう。君の子供も連れて来ていい。そのことは許そう。その子も、私の子供同様に育てよう」と、最大限の譲歩をする。これで、うまく行くように見えた時、それまで姿を消していたヴァルデマーが、いきなりリカの前に現われる(5枚目の写真)〔大学入学コースに合格したので〕。「彼が父親か?」。「ええ」。この返事で、夫の態度は、再度一変する。「私には、受け入れられん。子供たちが、2人の黒んぼ〔neger、差別用語〕と一つ屋根の下で暮らすことなど! お前を破滅させてやる、この尻軽〔slet〕め! 完膚(かんぷ)なきまでにな!」と罵倒して出て行く。
  
  
  
  
  

マルセルは、その話を聞き、姉リカの甘さをたしなめるが、自分第一主義のリカは、聞く耳を持たない。しかし、マルセルが、これ以上部屋代を払わないと言ったことで、ある程度目が覚める。一方、ヴァルデマーは、大学への入学を許可され、その際、授業料の前払いを求められる。金額は300ギルダー〔≒24万円〕。高いとは思えないのだが、ヴァルデマーは払えない〔姉からの仕送りはどうなっているのだろう?〕。ヴァルデマーがリカの賃貸住宅に行くと、赤ん坊の泣き声が聞こえる。リカはベッドで横になり、助産婦から生まれたばかりの赤ちゃんを渡されている(1929年11月17日)。ヴァルデマーの顔を見た助産婦は、これが父親だとすぐに分かったので(1枚目の写真)、赤ちゃんを抱いてヴァルデマーに見せに行く、その時、「赤ちゃんのうちは、まだ可愛いわね」と嫌味を言う。ヴァルデマー:「何て名前にしよう?」。リカ:「ヴァルディ」。次のシーンは、リカが回復して、ドアの外で家主から、「家賃が遅れてるぞ」と文句を言われている。「少し待って下さい。赤ちゃんが生まれて」。「あんたの食事付き下宿人の子だろ?」。「あなたに関係ないわ」。こういう生意気な言い方が、常に相手の怒りを買う。家主は、「そうか。ならば、賃貸を即刻取り消す。出て行きたまえ」。これに対するリカの返事も、不適切だ。「私と子供たちを、路上に追い出すなんてできないわ」〔どうして、もっと心に訴える言い方ができないのだろう?〕。「1ヶ月やろう。ただし、明日までに家賃を払えばだ」。賃貸住宅に帰って来てその話を聞いたヴァルデマーは、ライカを質(しち)に入れる〔幾らもらったのかは分からないが、家賃に使ったらしい〕。リカの元に裁判所からの郵便が届く。何が書いてあったのかは分からない。次のシーンでは、リカが賃貸住宅に残った2人の子供たちの荷物を鞄に詰めている。ベルタが、「今日が最後の夜?」と、悲しそうに訊く(2枚目の写真)。「何とか乗り越えるのよ」。「どうやって?」。「思ったことを、手紙に書いて」。そして、翌日、リカはベルタとヘンクを抱きしめ、「体に気を付けて。お互い優しくね。ケンカはいないこと。手紙を書いてね」と言う(3枚目の写真)。マルセルが2人を車で乗せて行くために待っている。2人がいなくなると、リカはヴァルデマーに、「年に一度しか会うことが許されないなんて、どうやったら言える?」と、泣いて抱き着く。
  
  
  

賃貸住宅を退去させられた2人は、ヴァルデマーが荷物を満載したリヤカーを押し、リカが乳母車を押して他の賃貸住宅探しを始めるが、黒人のせいなのか、すべて断られる。夜になっても行き先が決まらないので、2人は荷物と一緒に街路に取り残される(1枚目の写真)。そこに通りかかった1人の老人。乳母車の中の赤ちゃんを見て、「おい、チビ助」と、優しくあやす。そして、荷物の山を指して、「これは何だ、エジプト脱出か?」と訊く〔旧約聖書にある出エジプト、逃げたのはユダヤ人。この老人サムもユダヤ人〕。「どこにも入れもらえなくて」。「一部屋あるぞ」。その言葉を聞いた時の2人の反応が腑に落ちない。喜びが全くないのだ〔演技ミス?〕。2人が連れて行かれたのは、サムが経営するステージ付きバーの2階にある1部屋(2枚目の写真)〔リヤカーの荷物など入る余地はない。それがどうなったかも疑問〕。翌朝、サムが1人でイスをひっくり返してテーブルの上に載せていると、乳母車を押したリカがそれを見て、「私にやらせて」と声をかける。「赤ん坊はどうする?」。「寝てるわ」。リカが床を洗剤で洗っている間、サムは、目が覚めてしまった赤ちゃんを抱くと、ピアノを弾きながら歌って聞かせる(3枚目の写真)。
  
  
  

収入を得るためにどうしても仕事が欲しいヴァルデマーは仕事を求める人々の長い列に並び、ようやく順番が来る(1枚目の写真)。ここで、ヴァルディの生まれた日を思い出して欲しい。1929年11月17日だ。あの大恐慌は、同年の10月24日のニューヨークの株式市場の大暴落に端を発している。つまり、この時点で、オランダでも多くの人が職を失っていた。だから、大学も出ていない、黒人のヴァルデマーは、即 断られる。ヴァルデマーは、バーの下働きで部屋代を払うリカに食べさせてもらうしかない。そんな時、ヴァルデマーの姉が2人の部屋をノックする。ドアを開けたリカに、「弟のヴァルデマーを探してる」。その声を聞いてヴァルデマーがすぐ顔を出す。「どうやって、ここが分かった?」。「いとこが教えてくれた」。「どうぞ、入って。私、リカよ」。「散らかってるだろ」。「そうがどうか? 見なきゃいいじゃない」。ヴァルデマーは、リカの言葉を無視して 後ろ手でドアを閉めると、「コーヒーを飲みに行こう」と姉を 下に連れて行く。昼間はカフェになる1階で、お高くとまった姉は、「あんたたち 結婚するの?」と訊く。「まず彼女が離婚しないと」。「子供があるわけ?」。「4人」。「4人?」(2枚目の写真)「何歳なの?」。「37」。「17も年上の女と結婚するわけ? あんな女と一緒じゃ未来はないわ」。「リカだ」。「期待外れもいいとこね」。姉は、オランダ領東インドにいる夫の下で働くよう勧め、「まだ 逃げられるわ」。そして、ヴァルデマーが拒否すると、手当を打ち切るときっぱり〔何と不愉快な女〕。ヴァルデマーが部屋に戻ってくると、リカは、「お姉さんはどこ?」と訊く。「帰った」。「戻って来る?」。「明日発って、夫と合流する」。「あなた、私がまるで邪魔者みたいに、目の前でドアをバタンと閉めたでしょ。私のことが恥ずかしいの?!」。人種差別意識のないリカも、これほど黒人にバカにされたと感じると、怒って部屋を出て行ってしまう。ヴァルデマーは、手当が打ち切りになったので、腹違いの兄デイヴィッドに会いに行き、大学をやめたので働き口を探しているが、大恐慌で職が見つからないと訴える。デイヴィッドの尽力で、ヴァルデマーはどこかの事務室〔実話では、会計士の事務所〕に連れて行かれる。そこまで彼を連れてきた男は、「テューリングス、彼に教えてやってくれ」と言って出て行く。部屋にいた3人は、驚いた顔でヴァルデマーを見る。「テューリングスさんは、どなた?」。テューリングスは指を上げる(3枚目の写真)〔テューリングスは、ずっと前に紹介した『ピチェ・ベル』と『ピチェ・ベル2』で、ピチェの隣の薬剤店の意地悪なヨゼフを演じていたStijn Westenend〕。そして、「君は強力なコネを持ってるに違いない。先週だけで3人も解雇された」と、ニタニタしながら意地悪く言う。「何をしたらいいか、教えてもらえますか?」。「もちろん。猿の国〔apenland〕じゃ教わらなかったろうからね」。その後、ヴァルデマーが質屋に行き、カメラを買い戻すシーンが入る。
  
  
  

「6年後/1935年 スヘフェニンゲン(Scheveningen)」と表示される。スヘフェニンゲンは、デン・ハーグの海岸に面した地区の名前。リカの最初の賃貸住宅から海までの直線距離は1.9キロだったので、同じ地区だった可能性は高い。ヴァルディは6歳になっている(1枚目の写真)。顔はややアフリカ系だが、肌の色は白人をやや濃くした感じだ。泳ぎが得意なヴァルデマーは、息子に泳ぎ方を教える。この短いシーンの後、サムのバーの夜のショー。ヴァルディは、ニコニコしながら灰皿の中身を集める係をしている。それに対し、ヴァルデマーは気難しい顔でタバコを吸っている。それに気付いたリカは、何事かとヴァルデマーを注視する(2枚目の写真)。ヴァルディがサムの前まで行くと、サムは手のひらを開いてヴァルディに見せ、反対側の手でヴァルディの耳に触り、そこから1枚のコインを取り出したように見せる(3枚目の写真、矢印)〔この簡単な手品は、伏線〕
  
  
  

サムは、リカの前まで来ると、「ヴァルデマーはホームシックだな」と言う。リカは、「私は盲目じゃありません」と答えるが、彼女は、なぜこうも、つっけんどんな口しかきけないのだろう? サムは恩人なので 「そうですね」と言えば済むことなのに。サムの次の言葉は、「目を閉じて」。「どうして私が?」〔これも、素直ではない。こういう姿を見ていると、どんどん彼女が嫌いになる〕。「目を閉じて、リカ。あげたいものがある」。打算的なリカは、ようやく言うことを聞いて目をつむる。サムは、蓋の開いた小箱を取り出し、「見ていいぞ」と言う。中に入っていたのは鍵だった(1枚目の写真、矢印)。「ローンは払い終えた。これは君のだ」。こんな素晴らしいプレゼントをもらい、さすがにリカも、サムに抱き着く。次のシーンでは、リカ、ヴァルデマー、ヴァルディの3人が、海に面した素敵な家〔一軒家ではない〕を見上げている(2枚目の写真、右の矢印の真上が入口、左の矢印が家本体)。3枚目の写真は、スヘフェニンゲンの海岸の遊歩道から取られたグーグル・ストリートビュー〔少し、ボケている〕。入口がよく分かるように、少し右にずらしてプリント・スクリーンした。リカは、この建物のことをペンションと呼ぶ。実際に、後から、入口に、「PENSION “WALDA”」と表示される。Waldaは、WaldemarとWaldyから取ったものだろうが、彼女はよほどこの冴えない黒人が好きなのか、可愛い息子が好きなのか? 実話では、このペンションのオープンは1934年。映画より1年早い。それに、サムなる人物は存在しないので、ヴァルデマーの給与で購入している。映画では、1935年のいつか、年に1度の母と会う場に現れたのは、ベルタとヘンクの2人。タクシーでデン・ハーグまで迎えに来た母は、「また会えて嬉しいわと2人を抱く。2人を送ってきた夫を見て、リカは笑顔で手を振るが、夫は憮然とした顔のまま去って行く。ベルタは、「なぜ、挨拶したの?」と訊く。「パパが、気に入らなかったのは、明らかよ」。「他人がどう思おうと構わないわ。自分の考えで行動すればいい」〔彼女は、この自分中心の独断専横的態度を、懲りずに続けている〕。リカ+2人+ヴァルディの4人は、タクシーに乗る。問題は、ペンションの前に着いた時に起きた。ベルタは、「私たちをどこに連れて行くの?」と尋ねる。「あなたたちに、私のペンションを見せたいの」。「それは、許されていないわ」(4枚目の写真)。「ここは、ホテルみたいなものよ」。「でも、ママはここに住んでるんでしょ?」。「そうよ」。無理矢理中に連れ込んだベルタに、リカはペンションの自慢をするが、ベルタは、「私が、ここにいることは規約違反だわ」と言うが、リカは、そんなことには、耳も貸さず、沢山部屋があるから、泊まればいいとしか言わない。この 「他人がどう思おうと構わないわ。自分の考えで行動すればいい」 母の態度に嫌気がさしたベルタは、今すぐ出て行くと主張し、リカも仕方なく従う。
  
  
  
  

リカの愚かな行為に対するしっぺ返しはすぐに訪れる。裁判所からの封筒の中に入っていた通告は、「貴女は、中立的な場所で子女に会うという条項に違反したため、ハーグ市における子女との面会は2年間不許可とされる」というものであった(1枚目の写真)。それを読んだリカは、わざわざ夫の家まで出向くが、呼び鈴に答えてドアを開けた夫に、「ウィレム、こんなのひどい」と言ったところで(2枚目の写真)、バタンとドアを閉められる。雨が降りしきる中、リカは窓を叩いて、「ベルタ、お願いドアを開けて。あなたに2年間も会えないなんて。長すぎる」と叫ぶが(3枚目の写真)、夫の浮気相手で、今は主婦気取りの女にカーテンを閉められる。ベルタは、「入れてあげたら?」と父に言うが、「問題外だ」と拒絶される。次の窓では、男の子3人に声をかけるが、ベルタと違い、3人とも母を無視する。
  
  
  

次のシーンでは、ヴァルディが両側性肺炎にかかって入院する(1枚目の写真)。新型コロナでよく見られる重篤な肺炎だ。ルカは、自分の傲慢に対する天罰だと思い、教会に行って一心に祈る。実話のサイトには、この病気に関する言及はない。また、映画を観ていても、このシーンだけ浮いているので(元通りに回復するし…)、不要だと思う。唯一意味があるとすれば、ヴァルディに意識が戻り、最初に「パパ」と口にした時、ヴァルデマーが、「よお、サニー・ボーイ」と言う場面があること。映画のタイトルのサニー・ボーイが、ヴァルディの愛称だと初めて分かる。ただ、実話では、1929年に彼が生まれた時、当時流行っていた(ミリオンセラー)アル・ジョルソンが歌う『Sonny Boy』(1928年)に因んで愛称としたと書かれているので、6年時差がある。ある日、ベルタの元にリカから手紙が届く。そこには、ベルタの父がリカと離婚することに同意したと書かれていた。そして、実話によれば、1937年5月17日にリカとヴァルディは正式に結婚する(2枚目の写真)。参列者は、弟のマルセルとサムの2名のみ。式のあと、リカとヴァルディが教会に2人だけでいる姿が映るが、これはベルタ宛の手紙の後半の独白の背景として使われているに過ぎない(3枚目の写真)。「私の魂は、いつもあなたたちと共にあります。私の心は、私が大好きな子供たちと一緒です。どうか、そのことを忘れないで」。
  
  
  

「1940年 夏」と表示される。ドイツ軍が5月10日にオランダに侵攻、早くも15日に降伏する。「夏」ということは、それから2ヶ月後か? 実話では、1934年にPension Waldaをオープン以来、ドイツの観光客で繁盛したとある。それから6年間で、ヴァルデマーはドイツ語が堪能になっていた。そうした状況下で、ドイツ軍の将校がペンションを訪れる。彼は、1枚の紙をリカに渡し、オランダ語で、「部屋はあるかね?」と訊く。リカは、「いいえ。夏は観光客で一杯なので軍人さんは無理です」と断る〔戦争中なのに、観光客?〕。「ちゃんと払うとも」。紙を見たヴァルデマーは、「これは命令だ、リカ。選択肢はない」と妻を制するが、奔放なリカは、「私は、誰からの命令も受けない」と強気の発言〔政府が全面降伏したドイツ軍に対し、こんな口が利けるものだろうか?〕。しかし、良識のあるヴァルデマーは、ドイツ語で、「幾部屋必要ですか?」と尋ねる。次の場面。1階の食堂はドイツ軍の将校で溢れている(1枚目の写真)。そこに、ボーイスカウトの制服を着たヴァルディが走り込んで来て、「見て、見て」と自慢する(2枚目の写真)。映画が始まって1時間10分、ここから、ようやくDaniel van Wijkが演じる11-15歳のヴァルディが登場する。「立派じゃないか、ボーイスカウトか。大きくなったら、何になりたい?」。「兵隊。絶対兵隊だよ。ピストルで、パン、パン、パン」と打つ真似をする。それを見た将校たちが、一斉に笑う。「お母さんも 誇りに思うぞ」。そう言った後で、「残念だが、ボーイスカウトは禁止される。総統のご命令だ。制服は返却しないといかん」と言う。難しい言葉が入ったので、ヴァルディは父に 「何て言ったの?」と訊く。「制服には注意しろだ」。母と、お手伝いのおばさんがクリスマス・ディナーを将校たちに振る舞っていると〔ということは、1940年12月〕、玄関のベルが鳴る。そこにいたのは、ベルタ、ヤン、ヘンクの3人の子供達。母は、さっそく3人に別室で食事を用意する。母が、「3人をここに連れてきて下さった神に感謝します」と言うと、ヴァルディが、一番年の近いヘンクに、「連れて来たのは汽車だよね」と言って、みなを笑わせる(3枚目の写真)。ベルタは、ヤンがカトリックの女性と婚約したので、父から家を追い出されたと打ち明ける。
  
  
  

「1942年5月」と表示される。リカがサムのバーで、彼の服全部に “黄色い星(ダビデの星)” を縫い付けている。「それで最後だ」。「こんなのバカげてる。こんなことして、何がしたいのかしら?」(1枚目の写真、矢印は星)。「わしらを見分けられる」。「その次は? 烙印?」。「リカ、次に君がここに来た時、わしはもういないかもしれん」。「サム、あなたは私にとって “荒浪の中の岩” よ。あなたを失いたくない」。テーブルの下で糸くずを拾っていたヴァルディは、立ち上がると、「ここにいてよ」と頼む(2枚目の写真)〔強制連行のことなど想定外で、自主的にいなくなると思った〕。サムは、一応、「いるとも」と答える。一家が部屋にいると、そこにドイツ将校が入ってきて、「迷惑をかけて申し訳ない。謝罪を受け入れて欲しい」と言って、リカに1枚の紙を渡す(3枚目の写真、矢印)。彼女にはドイツ語が読めないので、すぐにヴァルデマーが紙を見る。「ここを立ち退かないといけない。3週間以内だ」。リカは、読めもしないのに、「そんなバカな」と言って、紙を奪い取る。「ここは、戦略上重要な場所らしい」。リカは、「神様は、なぜ家を取り上げるの?!」と怒りを神にぶつける。ヴァルデマーは、冷静に、「神じゃない、ドイツ人だ」とリカを諫める。
  
  
  

リカは、役所に行き、ドイツ軍に家を取られたので、同じサイズの家が欲しいと言い、牧師〔pastoor〕からの手紙を見せる〔リカの家は元々カトリックだった。それなのにプロテスタントの前夫と結婚したので大ひんしゅくを買った。彼女はまだカトリックのはずなのに、なぜ牧師?〕。3人は新しい家の前に行く(1枚目の写真、3人の視線は誤解を招く→新しい家の玄関は矢印のドア)。実話では、家はデン・ハーグのステーヴィン通り(Stevinstraat)にあった。ただ、実話では、1943年8月にペインボーム通り(Pijnboomstraat)に転居するので〔映画では転居はない〕、どちらを念頭に置いたのかは不明〔どちらもロケ地ではない〕。映画は、すぐに室内に切り替わり、ヴァルデマーが床の一部を剥がして “秘密の隠し場所” にし、そこに、撮り貯めた写真やカメラなどを入れる」。ヴァルディが、「なぜ、隠すの?」と訊くと、「誰にも知られたくない時には、隠すんだ」と教える。「誰が捜すの?」。「誰も」〔このシーンの挿入場所は間違っている。この時点で、隠す必要は全くない。次のシーンの後に入れるべきだった〕。リカがカトリックの教会で祈っていると〔恐らくElandstraatkerk〕、神父が寄って来て、告解室に入るよう指示される。部屋に入ると、男が真っ先に、「ノッツさん?」と訊くので、神父とこの男が結託していることが分かる。男は、危機に瀕しているユダヤ人を救うのに協力して欲しい。大きな家を持っているので、そこにユダヤ人を匿って欲しいと頼む。リカは、恐らくサムのことが念頭に遭ったので、快く了解する。男は、匿うことのリスクについても説明するが、リカは、いつもの調子で、「罰? 住まわせただけで?」と、自分の判断で、問題にもしない。リカに、「神父さんじゃないわね?」と訊かれた男は、「カトリックですらない。プロテスタントです」と答えるので、リカが大きな家を持っているという情報は上記の牧師からのものだろう。リカは男に顔を見せるよう要求し、男は告解室から外に出て、ポール・フォルトミーアと名乗る(3枚目の写真)。ここで、https://www.annefrank.org/ に収録されている、「Nederland: het hoogste aantal Joodse slachtoffers in West-Europa(オランダ: 西ヨーロッパ最大のユダヤ人犠牲者)」という論文に注目したい。西ヨーロッパとは、フランス、ベルギー、オランダの3国のこと。その冒頭に、オランダでは ユダヤ人の4分の3が殺されたと書かれている。オランダのユダヤ人の85%は何世紀にもわたって定住してきたのに、ベルギーでは90%、フランスでは50%が、1930年代にドイツから来た難民だったにもかかわらず、オランダのユダヤ人は徹底的に排除された。その理由は、オランダ占領政権のトップ(国家弁務官)に任じられたArthur Seyss-Inquartが過激な反ユダヤ主義者で、「我々にとってのユダヤ人は、オランダ人ではない。彼らは、我々が休戦条約を結ぶことも、和解することも不可能な敵である」とみなし、“ユダヤ人狩り” を徹底的に行ったため〔彼は、1946年10月16日に絞首刑〕。だから、リカが引き受けたユダヤ人を匿う行為は、人道的ではあったが、他のどの国で行うより、危険な判断だった。
  
  
  

ポールは、さっそく6人のユダヤ人を連れて来る。リカは、彼らを最上階に連れて行き、音を立てないよう念を押す。それは、ユダヤ人を匿っていることをヴァルディに伏せてあったからで、これは実話に基づいている。リカはヴァルディを連れて弟のマルセルのいる食料品店に買い出しに行くが、購入量が多いので疑われる。リカは、ペンションを口実にするが、お客などいないことを知っているヴァルディには訳が分からない(1枚目の写真)。次のシーンでは、サムを含むユダヤ人が、ドイツ兵に 「さっさと歩け、このクズども!」と追い立てられている(2枚目の写真、矢印はサム)。それを鉄扉の下から見ていたヴァルディは、思わず、「サム!」と叫んでしまう。オランダ人の協力者が銃を向けるが、相手が子供だと分かると、空に向かって発砲して笑う。見ていた3人のうち2人は逃げるが、ヴァルディはサムが心配なので無理矢理トラックに乗せられるのを見ている。それに気付いた制服を着た2人の少年がヴァルディに石を投げつけ、「黒んぼは、ボーイスカウトに入れないぞ」と侮辱する(3枚目の写真)。怒ったヴァルディは、その少年と取っ組み合う。
  
  
  

ヴァルディは、2人の警官によって家まで連行される。2階の居間までヴァルディと同行した警官は、リカに、「この子を、少年から引き離さないといけなかった」と、説明する(1枚目の写真)。ヴァルディは、「サムを見たんだ!」と言うが、リカは 「その子は、どうなりました?」と尋ねる。「かなり殴られましたが、健康なオランダの少年なので、立ち上がれました」。そうリカに言うと、ヴァルディに、「二度とあんなことをしたら、今度は刑務所だぞ」と警告する。そして、ヴァルディの着ているボーイスカウトの制服が問題視される。以前、1940年の段階で、ドイツ将校から、「制服は返却しないといかん」と言われていたのに、2年も経っても着ていたからだ。リカは、「すぐ、焼却します」と言い、その件は不問にされる。警官が階段を降りようとすると、上の階から1回だけ音がする。「あれは何だね?」。「メイドです」。警官はその言葉を信用して出て行くが、収まらないのは、メイドなどいないと知っているヴァルディだ。すぐに階段を駆け上がる。そして、4階で見たものは前方5名(後方2名)のユダヤ人だった(3・4枚目の写真)〔警官→ユダヤ人発見のシーンは、実話と同じ〕 。すぐに追いついた母は、「この人たちは、隠れないといけないの。でないと捕らえられてしまう。分かった?」と説明する。ヴァルディは、さっきサムを見たばかりなので、すぐに納得する。
  
  
  

「1年後、1943年10月」と表示される。レジスタンスのポールは、リカにSS(親衛隊)からの脱走者(Gerard van Haringen)の収容を依頼する〔実話〕。「変ね?」。「何が?」。「レジスタンスの戦士がSSを助けるの?」。「元SSだ。脱走した」。ポールは、ユダヤ人たちにヘーラッツを紹介するが、気まずい雰囲気が漂う。しかし、18歳〔実話では17歳〕と若いヘーラッツは、オランダ人の子と友達になれないヴァルディにとってが、いい遊び相手となる。最初のシーンではロープの結び方を教えてもらい(1枚目の写真)、次はチェス。そして、ギターも教えてもらう(2枚目の写真)。ヴァルディが自分一人でロープを結ぼうとしても巧くいかなくて 悔し涙を流していると、「おい、ボーイスカウトがどうした?」と優しく訊く〔リカは、「すぐ、焼却します」と言ったが、ドイツ将校の言葉を無視したくらいなので、警官への約束など完全に無視した〕。「喧嘩でもしたのか?」。「ううん」(3枚目の写真)。「頭の中に水が多すぎるから、水門が開いたんだ。それで良くなる。どうしたんだ?」。「二つ星〔Tweede Ster〕が欲しかった」〔二つ星は、ボーイスカウトが帽子に付ける金属製の星で、必要条件の1つに、「巻き結びができること」という項目がある〕「でも、できないんだ!」。「それだけ?」。「うん」。ヘーラッツは、「これだけは覚えておくんだ。真のボーイスカウトは決して泣かない」。そして、後半の部分をヴァルディにも言わせる。声が小さいかったので、大声でくり返させ、指を2本上げてボーイスカウト流に誓わせる(4枚目の写真)。
  
  
  
  

「1944年1月18日」と表示される。実話と同じ日だ。ロッテルダムからの電話による密告を受けて、ドイツ軍の将校1人と、オランダ人の協力者3人が家宅捜索に来襲(1枚目の写真)。家主のヴァルデマーは、ユダヤ人隠匿の主犯として、「汚い黒んぼめ〔Vuile roetmop〕!」と拘束される〔災いを呼ぶリカと結婚したことによる因果応報〕。それを見て怒ったヴァルディは、オランダの憎たらしい協力者に殴りかかり、将校に、「この茶色のチビ〔bruine garnaal〕もだ」と(3枚目の写真)、一緒に連行される。一番ひどい扱いを受けたのは、SSから逃げた裏切り者のヘーラッツで、ナックルダスターをはめた手で、将校に顔を殴られる。全員がトラックの荷台に乗せられるが、泣いているヘーラッツを見て、ヴァルディは 「ねえ、ヘーラッツ、真のボーイスカウトは決して泣かないんだろ?」と声をかける(4枚目の写真)〔ヴァルディは、事態の深刻さが分かっていない〕
  
  
  
  

3人はスヘフェニンゲン刑務所に連れて行かれる。リカが、横にいるヴァルディに、「心配しないで」と声をかけると(1枚目の写真)、3人の正面に立って見張っているSS兵が、「黙れ」と命令する。すると、2人のオランダ人協力者によって、痛めつけられたレジスタンスのポールが引きずられて行く。3人を捕まえにきた将校が、「哀れなレジスタンスの戦士め、ケガでもしたのか? もっと口を割らせてやる、このユダヤ好きめ!」と言いながら後ろから蹴飛ばし、悲鳴が上がる。リカは、自分の結婚指輪を外すと、「これパパに渡して」と、リカに渡そうとする。それを目ざとく見つけたSS兵は、リカの前まで行くと、「そこに、何を持っとる? 今すぐ、手を開けろ」と命じる。リカが両手を見せると、そこには何もない。そこで、今度はヴァルディに同じように命じる。ヴァルディは、立ち上がると、左手を 身を屈めた兵士の耳まで持って行き、以前サムがやったようにコインを取り出してみせる(2枚目の写真、矢印)。ケチなSSはそんなコインまで奪う。その直後、別のSSがやって来て、ヴァルディに、「お前は行っていい」と言う。ヴァルディは、 とっさに両親の手を握る。いやがるヴァルディをSS兵2人がかりで連れ去るが、その隙にヴァルディは両親の結婚指輪を2つとも手に入れた(3枚目の写真)。これが、2人の唯一の形見となる 。
  
  
  

ヴァルディは、家に戻るが〔スヘフェニンゲン刑務所からペインボーム通りまでの直線距離は3.6キロ〕、ドアに封印がしてあったので、2階の窓を見上げ(1枚目の写真)、そこから家の中に侵入する。家の中は捜索でめちゃくちゃになっていたが、両親の結婚式の写真は回収することができた(2枚目の写真)。ヴァルディは、アタッシュケースを持ってくると、床に落ちていた写真を次々に入れて行く。その次は、“秘密の隠し場所” の板を外し、中に入っていたものを、カメラを含めてケースに入れる(3枚目の写真)。外に出る時は、封印を平気で破るので、なぜ最初、窓から入ったのか分からない。外の道には、雪が積もっている。
  
  
  

一方、刑務所に残った2人は、デン・ハーグ警察の悪名高き主任刑事(オランダ人)Kees Kapteinの尋問を受ける〔この悪人は1948年4月6日、死刑になった〕。キースは、リカに 「なぜ、ユダヤを匿った?」と訊く。「誰も、匿っていない。一緒に住んでただけ。ペンションをやってるから、どんなお客さんも歓迎よ」。「奴らは、隠れてたんだ」。「そんなこと、額に書かれてないでしょ」。「コートに縫い付けられてた」〔ダビデ星のこと〕。「奴らの名前を言ってやる」。そう言うと、名前を読み上げる。「全部、ユダヤの名じゃないのか?!」(1枚目の写真)。「あなたがそう言うなら、そうなんでしょう」。「なぜ、奴らを住まわせた?」。「誰にでも、住む家がいるわ」。リカは、相変わらず強気一点張りだ。次のシーンでは、キースが、リカの頭を大きなたらいに沈め、ポールとの関係を吐かせようとするが(2枚目の写真)、リカは、「言うことなんか何もない」と拒絶。そこで、キースは、「ルールを変えた方が良さそうだ。お前の息子… 大事なんだろ? あいつをここに連れて来て、お前と同じ目に遭わせてやる。お前の目の前でな」。「あんた、病気よ」。「お前ほどじゃない。お前は黒んぼと住んでる。国辱ものだ!」。一方のヴァルデマー。何度たらいに頭を入れても一向に平気だ。「なぜ、お前は平気なんだ?」。「水は、私の友だちだ」(3枚目の写真)。
  
  
  

ヴァルディは、そのままマルセル叔父さんの店に向かう〔ペインボーム通りの家から、ラーン(Laan)とアッセンデルフト通り(Assendelftstraat)の交差点にある店までは、直線距離で約2.3キロ〕。そして、店に入って行くと、「ママが、あなたに会いに行けと言った」と話す。「何があった?」。「2人とも、刑務所にいる。それに、家がなくなっちゃった」(1枚目の写真)。叔父と祖父はびっくりする。祖父は、「ここにいればいい。心配するな」と言ってくれる。しかし、祖母は、「うまくいきっこない。あたしをイライラさせるだけさ」と、意地悪の上塗り。「一度くらい、黙ってろ」。映画では、この後に、母の水責めと、「あいつをここに連れて来て、お前と同じ目に遭わせてやる」のシーンが入る。その指示を受けて、オランダ人の協力者4人がジープで店の前に乗りつける(2枚目の写真)〔このロケ地を、3枚目の写真(グーグル・ストリートビュー)に示す。この店の住所は、後でヴァルデマーが収容所内からこっそり出した手紙の封筒に “84 Assendelftstraat” と書いてある。この番地は、まさにグーグル・ストリートビューの場所だ。本当はどこにあったかは各種資料でも判明しなかったが、映画の中では筋を通してある〕。「ヴァルディ・ノッツはどこだ?」。「ここにはいない」。オランダ人のドイツ協力者は店内を探すが、どこにもいないし、マルセルの、「あんなアホチビ〔koekoek's jong〕を、ここに置いとくと思ってるのか? 黒人を家に入れたがる奴がいるか?」の言葉もあって、引き揚げていく。ヴァルディは、店の床下の穴倉に隠れていた。叔父が床板を上げて手招きすると、上がって来て叔父に抱き着く。祖父:「この子を、ここに置いておくのは危険すぎる」(4枚目の写真)。
  
  
  
  

叔父のトラックが、ヴァルディを乗せて、どこか田舎の疎開児童の受け入れ家庭に向かう(1枚目の写真)。実話では、彼が黒人との混血児だったため、受け入れ先がなかなか見つからなかった。映画では、そうした状況は全く分からない。親戚の農家にでも行くのかと思ってしまった。受け入れてくれた老夫婦の所に荷物を置いたまま、ヴァルディは、去って行くトラックを追いかけながら、「マルセル叔父さん!」と叫ぶ。「一緒に行きたいよ! 置いてかないで!」(2枚目の写真)。リカとヴァルデマーについて、映画では、尋問後の詳しい経緯は全く分からないが、実話によれば、リカは、その強情な態度が反感を買って終身刑を宣告され、オタンダ国内にあるヴフト収容所〔Camp Vught〕に送られることになる。ここは、ドイツ以外でSSが管理した西ヨーロッパ唯一の収容所で、デン・ハーグの南東80キロにある。一方、ヴァルデマーは、重罪とは認定されなかったが、ノイエンガンメ〔Neuengamme〕強制収容所に送られることになる(デン・ハーグの北東420キロ)。3枚目の写真は、ヴフト行きの汽車に乗る時、弟の姿を見つけたリカが、紙に急いで何かを書き、動き出した列車の窓から、その紙を投げる場面。
  
  
  

「1944年5月10日 ヴフト収容所」と表示される。女性だけにされたグループが 二重の鉄条網の脇を歩いていると、中で作業をしているヴァルデマーの姿が映る。リカがそれに気付いて立ち止って笑顔を見せると、ヴァルデマーもそれに気付いて手を上げる(1枚目の写真)。すぐ、監視兵に妨害されるが、リカは、まだ夫が生きていると知って喜ぶ。しかし、ヴァルデマーはヴフト収容所には行かなかったので、これは2人の最後の出会いを見せるための演出。ヴフト収容所で、リカは、他の女性囚と一緒に、電気製品の製作をさせられる。その頃、ヴァルディは、受け入れてくれた農家で、農作業を手伝っている(2枚目の写真)。「1944年5月24日 ノイエンガンメ強制収容所」と表示される。収容所に到着した男たちは、全員裸にさせられ、髪をバリカンで刈られ〔ヴァルデマーはチリチリの縮毛にため、刈られずに済む〕、シャワーを浴び、縞模様の囚人服を着せられる。その後、SSの伍長と一緒に歩いているヴァルデマーが、「オランダ語、フランス語、英語、ドイツ語」と言う。「ポーランド語は?」。「できません」。「それは残念だが、及第だ。4ヶ国語か、信じられん。お前は、ここで働け」。ヴァルデマーは、高い語学力が認められて収容所内の郵便局で働くことになる〔実話と同じ〕。彼の仕事は、命じられた内容の手紙を手で書き、それを封筒に入れ、切手を貼り、スタンプを押すことだった。だから、こっそりと、ヴァルディ宛に手紙を書き、それをマルセル叔父宛に送ることができた(3枚目の写真)〔これも実話と同じ/映画では、その封筒に、“84 Assendelftstraat” と書いてあった〕。その手紙は、マルセル叔父からヴァルディ宛に、転送されてくる(4枚目の写真、白い封筒が叔父の封筒、黄色の封筒が父の手紙)。ヴァルディは、「父さんからだ」と大喜び。ホスト父:「何て書いてある?」。「学校でしっかり勉強しろ、でないと 家に戻ってきて引っ叩くって」。「こっちがどうなってるか、まるで分かっとらん」。
  
  
  
  

ヴフト収容所にいたリカは、その他の囚人と一緒に、貨車に乗せられる(1枚目の写真)。そして、「1944年9月9日 ラーフェンスブリュック強制収容所」と表示される。このラーフェンスブリュック〔Ravensbrück〕強制収容所は、ドイツ最大の女性専用の強制収容所で、ベルリンの北、デン・ハーグからは東北東に610キロ離れた場所にある。ここでは食料不足が深刻で、収容者が飢えに苦しんでいることが暗示される。ただ、場面はすぐに切り替わり、大量のニンジン、じゃがいも、キャベツなどがストックしてある倉庫の中に連れて行かれたヴァルディが、びっくりして見ている姿が映される(2枚目の写真)。ヴァルディは、「こんなにたくさんの野菜、どうして?」と尋ねる。「ドイツ野郎の手に渡さんためさ」(3枚目の写真)「そして、売るんだ」。
  
  
  

翌日、倉庫の入口のテーブルに ヴァルディを受け入れてくれた親爺が座り、そこから長い列が外に向かって伸びている。「ジャガイモ、お願い」(1枚目の写真)。「何で払うんだね?」。女性はコインを2つ出す。親爺は、呆れたように笑い、「宝石はないのかい?」と訊く。「ないわ」。「結婚指輪が2つあるじゃないか」。妻と夫が顔を見合わせる。ヴァルディも責めるような顔で親爺を見る。夫婦が指輪を外してテーブルに置くと、ヴァルディは自分の首にかけていたヴァルデマーとリカと結婚指輪を外すと(2枚目の写真、矢印は両親の結婚指輪)、「これ、あげる」と言う。親爺は、「ちょっかいを出すんじゃない」と言って指輪を返すと、この回だけ、夫婦に指輪を戻し、ジャガイモだけでなくキャベツも渡してやる。夫婦が去ると、親爺は、「何て、おめでたい奴だ。どうせあの2人は指輪を失う。相手はわしじゃないがな。農家は戦争で潤ってる。お前の両親は、タダでユダヤを匿ってたと思ってるのか?」と、ヴァルディを諫める(3枚目の写真)〔リカは、レジスタンスのポールからお金をもらっていた〕
  
  
  

1944年のクリスマス。リカは 収容所の粗末な小屋の 多数の囚人の息で曇った窓ガラスに、クリスマス・ツリーの輪郭を描いて、息子のことを想う(1枚目の写真)。ヴァルディのホスト農家では、立派なクリスマス・ツリーが飾られているが、ヴァルディは両親の無事を祈って窓の外を見ている(2枚目の写真)。そして、取り出したのは、父、ヴァルデマーの映った写真。そして、場面は変わり、ヴァルデマーを含め囚人たち全員が、夜の寒空の下、中庭に整列して立たされている(3枚目の写真)。ヴァルデマーは、ヴァルディの写真を取り出して見ている。ヴァルディは、自分の部屋に戻ると、アタッシュケースに入れて持って来た写真を壁に画鋲で1枚ずつ止める。中庭では、ヴァルデマーの1つ前の列にいた男が、我慢できずに倒れそうになり、横の仲間に支えられる。ヴァルデマーが、それがポールだと気付き、声をかける。「まだ、生きてたのか?」。「ああ。諦めれば、屈することになる〔Opgeven is toegeven〕」。「どこで働かされてる?」。「外、岩塩坑だ」。「あんたには無理だ。俺の方が向いてる」。「気にするな。どうせ、みんな奴隷なんだ」。囚人たちが『きよしこの夜』を歌い始めると、ドイツ兵が機関銃を空に向けて撃って脅し、獰猛な犬が放たれ囚人に襲いかかる。それを笑って見ているSS兵達。地獄図絵だ。あるいは、人非人どもによる畜生道に堕ちた狂気の沙汰か。
  
  
  

ヴァルデマーは、別の手紙を息子に書いている。「ヴァルディへ。1945年が幸せな年になると祈ってる。幸い、私は健康だ。ここはひどく寒いが、何とかやっている」。ここで、カメラは切り替わり、壁に貼った一面の写真の前で、父からの手紙を見ながら、ヴァルディが、「何とかやっている」と、声を出して読む(1枚目の写真)。手紙は、さらに続く。「これまで、ママから何か連絡があったか?」。ヴァルディは、父に手紙を書いている。「ラーフェンスブリュックにいるママから、連絡は何もありません」〔母がどこに行ったか、ヴァルディが知っているハズがない/もし、この手紙がノイエンガンメに送られたら、父が危険な目に遭う可能性がある〕。ここでカメラがラーフェンスブリュックに切り替わり、夜空の下、多くの女性が、薄い毛布に身を包んだだけで、屋外に座らされている(2枚目の写真、矢印はリカ)。実話では、リカは、1945年2月(3月上旬と書かれた資料もある)に赤痢で死亡した。場面は、再度ノイエンガンメに。襟章からSSの大尉が囚人達を前に壇上に立ち、新聞を手に演説する。「大変なことが起きた。非常に残念だ。お前たちをどうすべきか? デーニッツが 新しい総統になられた。敵の侵攻は激しい。道は一つしかない。海だ」。大尉の新聞には、一面に、「Der Führer gefallen(総統死す)」と書かれている(3枚目の写真)。ヒットラーの自殺は4月30日。4月29日付けの遺書で海軍司令官カール・デーニッツを後継者に指名していた。この意外な人事に、反旗を翻したドイツ陸軍の司令官は、勝手に降伏を始め、5月7日のフランスにおける全面降伏文書の署名につながる。ヒットラーの自殺後わずか1週間でナチスは崩壊した。ヒットラーが、如何に独裁者だったかが分かる。
  
  
  

「1945年5月3日 バルト海、リューベック湾、カップ・アルコナ」と表示される。カップ・アルコナは、ハンブルク~南米航路に就航しえうた27500トンの大型の豪華客船で、1940年からドイツ軍に徴用された。この船の悲劇は、https://arolsen-archives.org/https://theconversation.com/ の2つのサイトから、別の視点で読み解くことができる。前者は、ナチスの悪行の犠牲者を悼むという視点からまとめられている。①囚人たちが船に乗せられたのは、囚人が連合国の手に渡り、囚人達に行った犯罪行為を隠蔽するため、②港湾都市リューベックまで運ばれてきた4300人の囚人は、850名の乗客用に造られたカップ・アルコナに乗せられて、食糧も水も与えられなかった、③英空軍の攻撃によりカップ・アルコナは転覆、貨物船のThielbekと合わせて7000名以上の囚人中、生き残ったのは約600名、3000名の遺骨がまだ海底に放置。後者は、なぜ英空軍が攻撃したかという視点からまとめられている。①ソ連の西進を阻止するためリューベックが戦略的拠点となっていた、②5月2日の午後と翌3日の朝、赤十字国際委員会、スウェーデン赤十字からの情報(強制収容所の囚人が船上に拘束されている)が英軍に渡された、③情報の混乱により、カップ・アルコナを攻撃したパイロットにはその情報が伝わらず、彼らはドイツ軍が標的だと確信していた。こうして、カップ・アルコナは集中攻撃の対象となって炎上し(1枚目の写真)、ヴァルデマーをはじめ、多くの囚人が海に飛び込んで逃れた(2枚目の写真)。しかし、①ドイツのボートはSS兵しか救助せず、②多くの囚人は衰弱していたので海岸まで泳ぐことができず、③おまけに、英空軍機は水上の囚人に機銃攻撃すら行った。ヴァルデマーは、映画の冒頭のシーンで、危険な場所でも悠々と泳ぐ姿があったが、ここでも、“水を得た魚” のように泳ぎ(3枚目の写真)、海岸まで辿り着く。
  
  
  

しかし、浜辺には、変声期前のSS少年兵が2人、機関銃を持って待ち構えていた(1枚目の写真)。そして、ヴァルデマーが泳ぎ終えて歩き始めると、何の警告もせず、いきなり連射する(2枚目の写真)。悪鬼の少年兵Aは、「僕ら、いい兵士だな」と言い、Bは「戦争に勝つぞ」と言いながら去って行く。子供に対する洗脳教育に恐ろしさに震撼させられる。この悲劇の起きた1945年5月3日の翌日には、ドイツ軍のHans-Georg von Friedeburg上級大将とEberhard Kinzel大将が、「オランダ、フリースラント諸島他すべての島々を含むドイツ北西部、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、デンマーク、および、これらの海域におけるすべての海軍船」の無条件降伏をイギリス軍のBernard Montgomery元帥に申し出ている。わずか1日の違い! 戦争の終結後、疎開先のヴァルディの元に、叔父から手紙が届く。そこには、母リカの死が書かれていた。手紙を読んだホスト夫婦の妻は、ヴァルディを抱きしめる(3枚目の写真)。母の死に責任のあるラーフェンスブリュックの所長Fritz Suhren(1942.8-1945.4)は1950年6月12日に死刑、ヴァルデマーを死の船に追いやったノイエンガンメの所長Max Pauly(1942.9-1945.5)は1946年10月8日に死刑となった。
  
  
  

ヴァルディを乗せた蒸気機関車がデン・ハーグの駅に着く。迎えに来ていたのは、マルセル叔父と腹違いの姉のベルタの2人。ヴァルディが客車から降りてくる(1枚目の写真)。ヴァルディは、まずベルタに抱き締められ、次にマルセル叔父から 「会えて嬉しいよ」と言われる。ベルタ:「大きくなったわね」。ヴァルディ:「僕、そこに住むの?」。叔父:「とりあえず、おばあちゃんとおじいちゃんとだ」。「父さんが戻るまでだね」。「君のお父さんのことは、何も情報がないんだ」。叔父は、ヴァルディを元気付けようと、母リカが汽車に乗る時、マルセルに託した紙をヴァルディに渡す。ヴァルディは、歩きながら紙を読む(2枚目の写真)。そこには、こう書いてあった。「車内にて。さよなら 愛しい子供たち。さよなら、父さん、母さん。さよなら、弟たち、妹たち。みんなにキスを。これからヴフトに行くわ。愛する夫の元に。私たちを祈ってて。信念と勇気で頑張るわ。愛する母リカより」(3枚目の写真)。ヴァルディに特定したものではなかったが、もらったのはヴァルディだった。映画は、ここで終わる。実話では、オタンダ領東インドのバタヴィア〔現・ジャカルタ〕に転勤となったヴァルデマーの姉とその夫は、戦後にオランダに戻り、ヴァルディを引き取った。リカの最初の4人の子供の中で、ヴァルディと交流を続けたのは、最後に駅にも現われたベルタだけだった。
  
  
  

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