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Angel 天使/ユーリックとおじいちゃん

ロシア映画 (2011)

「祖父に預けられた少年」というのは、少年映画の1つのパターンで、この映画もその伝統に則っている。しかし、この映画では、そこに、現代ロシアの抱える特殊な事情・傾向が、肯定的に見れば「反映」され、否定的に見れば「影を落とし」ている。まず、プロデューサーがプレミアの際に述べた言葉を、抄録して引用しよう。「我々の映画では、2つの世界を描いています。前世紀に心を奪われた祖父に代表される過去の世界と、現代ロシアを象徴する少年が住む未来の世界です。過去を忘れてしまったり、過去から学ばないような人間に未来はありません。我々には、過去を理解し、受け入れる必要があります。歴史は、あなたが誰で、この世界でどんな場所を占めているかを理解する助けになります。だから、我らが主人公ユーリックは、最初は祖父を拒絶しますが、祖父の中に何か大切なもの、男らしいものがあると気付き、最後には尊敬するようになるのです」。確かに、ロシアでは、ペレストロイカを経て急速に価値観が変わり、共産党政権が崩壊したが、「過去」を知り、懐かしむ老人は多数とり残されたはずだ。そして、その「記憶」が、プロデューサーが希望するように、現代に引き継がれるべきだとしたら、ロシアは「強かったソ連」を希求しているのかもしれない。それは、現代の、スウェーデンやバルト3国、ウクライナなどが危機感を覚えていることとも合致する。主人公のユーリックが、革命を賛美する祖父の心情を「理解」することは、過去の「美化」につながる恐れがある。なお、映画の中で、祖父は、初めのうち、現代と過去の区別がつかず、始終妄言を吐いている。そして、自分は大した戦功もなかったくせに〔勲章の種類から分かる〕、革命を賛美する。そうした姿に、なぜユーリックが賛同していくのか? それは、プロデューサーの意図とは関係なく、母から疎外された9歳の少年が、少しでも自分に感心を抱いてくれる人間になびいた、「生き抜くための自己保身」によるものではないのか? そのことは、母が最後に見せる酷な仕打ちから見ても、納得できる。最後に題名について一言、「天使」は、ユーリックが教会の廃墟で出会う天使像から来ているが、映画の進行上、特別な意味を持っているわけではない〔無理すれば、結び付けられるが…〕。なぜ、この題名が選ばれたのか、はっきり言って謎としか言いようがない〔誤解の恐れがあるので、仮邦題に副題を添えた〕

ユーリックはモスクワ郊外に住む9歳の団地っ子。しばらく前にアル中で父を亡くし、母は最近新しいボーイフレンドと付き合うのに熱心で、3ヶ月も続く夏休み中 息子にいられたのでは邪魔でしょうがない。そこで、ここ数年没交渉になっている父のところにユーリックを行かせることにする。モスクワからは350キロも離れた田舎の村だ。遠いので、着いたのは真夜中。しかし、家には誰もいない。疲れて寝てしまったユーリックは、翌朝、助けを呼ぶ声で起こされた。祖父が近くの林の中で、枝に挟まれて動けなくなっていたのだ。こうして、ユーリックと祖父の共同生活が始まる。祖父は、生涯軍人だった人間で、大酒飲みと老人ボケで話していることがよく分からないが、一貫しているのは、革命と共産主義への賛美者という点。最初は、その野放図な態度に祖父を嫌ったユーリックだが、村の様子にも慣れ、友達ができると、祖父の話にも耳を傾けるようになっていく。村では、最近になって大規模開発の話が持ち上がるが、その時開かれた村の集会でも、大声を上げて反対したのは祖父だった。ユーリックは、そんな祖父がだんだん頼もしく感じられるようになる。戦争で廃墟になった教会に仲間と一緒に出かけた時、ユーリックは教会の壁の上に残っていた天使の彫像と出会う。ユーリックが不注意で天使の羽を折ってしまい、天使の保護を受けられなくなる〔天使像から、それを告げる声が聞こえるが、実際にあったこととは思えないので、ユーリックの咎める心が描いた幻想か?〕。そして、その直後、ユーリックが楽しみにしていたボートの修復が終わった時、祖父の具合が悪くなり、息を引き取る。ユーリックは再び母と暮らせると期待したが、葬儀に来た母は連れていけないと言い〔息子の養育を放棄〕、ユーリックは、村人に預けられることになる。

ゲオルギ・ミルスキー(Georgiy Mirskoy)は、2001.6生まれなので、撮影時9歳であろう。かなり野生的な感じの顔の少年だが、表情は多彩で、数多い台詞も見事にこなし、難しい役を最後まで見事にこなしている。


あらすじ

モスクワの郊外の団地から母と子が出てきて、停めてあったサイドカー付きのバイクに向かう。母は、バイクの若者に向かって、「この子よ、セーニャ。慎重に、ゆっくりね」と声をかける。「心配ないよニーナ伯母さん。大丈夫」「さあ、ユーリック乗れよ」。ユーリックは、「ママ、ダムに行っちゃダメ? すぐ戻るから」と駄々をこねる(1枚目の写真)。「そんな時間はないの。今すぐでかけないと夜までに着けないわよ。セーニャを説得するの大変だったんだから」。そして、「田舎で、夏休みを過せるじゃない」とも言い添える。「ノ-トは持った?」。「うん」(2枚目の写真、矢印は、ユーリックが日記をつけることになる大事な赤いノート)。その時、アパートの階段から「ニーナ、何やってる?」と声がかかる。この男ボロージャは、死んだユーリックの父の後釜のボーイフレンド。母にとっては、ユーリックと天秤にかけると、ボロージャの方が大事。だから、邪魔な息子は3ヶ月の夏休み中、田舎に住む父に預けてボロージャとゆっくり過そうという魂胆。ボロージャの方は、ユーリックのことなど眼中にない。そこで、息子とぐずぐずやっているので、早く戻れと督促する。実に嫌な男だ。「じゃあ、行きなさい。いい子でね。おじいちゃんを怒らせちゃダメよ。後で、話を聞かせてね」。そう言って戻りかけ、忘れ物に気付く。そして、慌ててお金をユーリックのポケットに突っ込む。「無駄遣いはダメよ」(3枚目の写真、矢印はお金)。
  
  
  

ユーリックを乗せたオートバイは、一路南に向かう。ユーリックは赤いノートを開く。ここで、独白が入る。「僕の日記。僕は、ユーリック・チュフィーリン。21世紀に生きてる。これから日記をつける。以上」(1枚目の写真)。周囲は工場地帯だ。そして、タイトルが表示される。『АНГЕЛ〔ANGEL〕)』。映像は田舎道へと変わる。セーニャが声をかける。「島流しか? やり抜くしかないな。だろ? なぜ黙ってる? はっきりしてるじゃないか。お前の母さんは、ボーイフレンドと一緒。お前なんか要らないのさ」。「要るよ」。「何ぶつぶつ言ってる?」。「母さんは、いい人だ! すっごく!」。「そうかもな。お前は、おじいちゃんのとこに行く。少なくとも生きてるワケだ。それなら御の字だ。人は、何にでも順応できる」。慰めにはならない言葉だ。日が暮れて薄暗くなり始めた頃、脇道にそれる。分岐点の道標には「Тужиловка〔Tuzhilovka〕」と書かれている。モスクワの南南東350キロにある辺鄙な村だ。祖父の家に着いた頃にはあたりは真っ暗。ロシアの小学校は6月1日から休みなので、日没は22時くらい。暗くなるのは24時過ぎだ。セーニャは、「俺は戻らないと。明日は仕事だ。あきらめるな。お互い生き抜こう」と言って帰って行く。ユーリックは祖父の家への小径を登って行く(2枚目の写真)。ドアには鍵がかかっていない。ドアを開け、「おじいちゃん、着いたよ。お土産もあるよ」と言うが返事はない。そもそも、ユーリックが祖父の家まで来るのは久し振りだ。そして、中は真っ暗。どこに何があるか全く分からない。何とか天井からぶら下がっている電球を見つけて点灯。見回すと、壁には肖像画や肖像写真が貼られている。しかし、家の中には誰もいない。ユーリックは眠くてたまらないので、そのことは不問にして、1つだけあるベッドに横になる(3枚目の写真)。
  
  
  

翌朝、ユーリックが目を覚ますと、窓の外から、「助けて…」という かすかな呻き声が聞こえる。ユーリックは窓を開けて 声の聞こえて来る方向を確かめる(1枚目の写真)。そして、家を走り出て、林の中に入って行く。そこには、木の枝に体を挟まれて身動きできなくなった祖父がいた。「おじいちゃん。どうしたの?」。「ユーリック、お前、なんで ここにいる?」「ああ、何でザマだ。祖父が孫に助けられるなんて」。「おじいちゃん、母さんから聞いてないの?」。「何をだ?」。「僕が来るってこと」。「もう来てるじゃないか。早く助けんか!」(2枚目の写真)。ユーリックは祖父の腕をつかんで思い切り引っ張る(3枚目の写真)。
  
  
  

ユーリックは祖父を助け出し、体を支えながら家に連れ戻す。「年取った人がこんなに重いなんて思わなかった」。「ここで暮らすのは大変じゃ。だから重くもなる。こんな暮らし知らんじゃろ。お前はぬくぬく育って、何でもあるからな。見てみろ。もうそんなにおっきい。ヘラクレスみたいじゃ。お前が来なんだら、死ぬとこじゃった」。「何言ってるの? 茂みに挟まっただけじゃない」(1枚目の写真)「それに、母さんは、僕大きくならないって。クラスで一番チビなんだ」。「母さんが、お前を最後に連れて来た時は、ほんとに小さかった。あの時、母さんは腹を立ててな。以来、一度も顔を見せん」。ユーリックは、コップに水を入れて祖父に差し出す。しかし、大酒飲みの祖父は水など見向きもしない。横にあったワインのフラスコ〔デキャンタのように洒落たものではない〕をつかむと、「飲むか?」と訊く。そう言われれば拒否はできない。祖父は、コップに少し注ぎ、「旅の後にはいいぞ」と言って渡す。ユーリックが無理して飲むと、自分が飲ませたことは忘れて、「もう飲むんだな? ちと早過ぎんか?」と批判する。ユーリックは肩をすくめる。「鞭で叩いてもいいんだぞ」。「どういうこと?」。「ぶちのめしてやる!」。「本気なの?」。「ここに拳銃があったら、お前を撃ち殺してやる」。祖父は尋常ではない。ユーリックは、「母さん言ってた。おじいちゃんは頭がどうにかなってるって」とポロリ。そして、「何だよ! 助けてあげたのに、僕を撃ちたいの?」。「もちろんだ! やるべきことは、やらんとな!」。そう言ってワインを飲む。さらに、自分は死神に見張られていると、訳のわからないことを言い出す(2枚目の写真)。うんざりしたユーリックは、こっそりと家を抜け出すと、溜息をつく。長い3ヶ月になりそうだ。そして、一人で道を下って行く。
  
  

食料品店に入ったユーリックは、サンドイッチのようなものを買って食べている(1枚目の写真)。店には他におばあさんとその息子も来ている。おばあさんは明らかに困窮状態で、小銭しか持っておらず、しかも、店主の女性から、「いくら数えても足りないわよ」と指摘される始末。一方の息子は、かなり年長だが、明らかな知的障害者。ユーリックが、「僕はユーリック。君の名は?」と訊いても、窓枠に乗って奇声を上げるばかり。かと思うと、おばあさんのところに行き、アイスクリームケースを指して奇声を上げる。同情したユーリックは、持っていたコインをこっそりおばあさんの手に入れる。ユーリックに気付いたおばあさんは、「あんた、ユーリックかい? おじいちゃんに会いに来たんだね? いつ?」と訊く。「昨晩だよ。彼、誰なの?」。「ジョンだよ。私の孫。天罰の子。病気なの」。ユーリックは、何の分け隔てもなく、嬉しそうに、「やあ、ジョン」と声をかける。観ていて、この瞬間にユーリックが好きになる。ジョンは、その言葉が分かったのか、興奮して店の外に飛び出ていく。ユーリックは後を追ってジョンを連れ戻す。おばあさんはユーリックに感謝し、カウンターに全部の小銭を置く。「足りないって言ったでしょ」。「僕がコインを足したから、足りてるハズだよ」。ジョンは嬉しそうにアイスクリームを手に取って(2枚目の写真)、再び店の外に駆け出して行く。後を追おうとするおばあさんに、ユーリックは、忘れそうになった財布を渡す。一々面倒見がいい。おばあさんは、「ほんとにいい子だね。いつか家にも来ておくれ」「誰も、ジョンとは友達になってくれないの。待ってるわ」と声をかける。
  
  

ユーリックが家に戻ってくると、祖父が酔っ払って威勢よく歌っている。仕方なく、中に入って行くと、「あの哀れな臆病どもが、また策動しとるぞ。レニングラードの名前を変えようと目論んどる」と言い始める。「おじいちゃん、もう ずっと前に変わったよ」〔1991年にサンクトペテルブルクとなった〕。そして、「アイスクリーム買ってきた」と袋を見せる。「変わったじゃと? 誰が、いつしたんじゃ?」。「みんなの投票で…」。「そいつら、どうしちまったんだ? いつも、歴史を後戻りさせようとしやがる。そんなのは、わしが止めさせ、歴史のコンパスをきっちり直してやる」(1枚目の写真、壁には毛沢東の写真)。「わしの拳銃はどこじゃ?」。「おじいちゃん、アイスクリーム買ってきたよ」。「ロシア製じゃろうな」。祖父は、老眼で見えにくい目で見て、「これって外国の印じゃないのか? ロシア製じゃない! 毒じゃ!」とわめく。「ほら、ロシア語だよ」。すると、今度は、「お前、誰じゃ?」。「僕はユーリック、あんたの孫じゃないか! わざわざ訪ねてきたのに、お腹が空いて…」。「なんで、そんなに間の抜けた顔しとる」。「遺伝だよ。父さんはアル中だった」。そして、祖父の話は前線の思い出に移り、しばらくすると、「母さんは、わしが飲まんよう、お前に監視させる気か?」と言い出す。「お前の世話など要らん。来てくれと頼んだ覚えはない。誰の助けも借りるもんか!」。いい加減 頭に来たユーリックが、「帰っちゃうよ!」と怒鳴り返す(2枚目の写真)。「勝手にすりゃいい。そもそも、なぜ来たんじゃ?!」。「自分で言ったじゃないか。そんなザマして! 助けなきゃ」。「『ザマ』じゃと! 何て言い草じゃ」。絶望したユーリックは、家から出て一人になると、赤いノートを取り出して書き始める。「ママ、僕を帰してよ。ここはヒドすぎる。おじいちゃんは完全に狂ってる。笑いながら、僕を撃つって言うんだ。家には食べ物なんかないし、僕には友達一人いない。お願い、ママ、助けに来て」(3枚目の写真)。
  
  
  

翌朝、祖父は、顔を剃りながらユーリックに尋ねる。「何で、お前の母さんは、ここに寄こしたんじゃ?」。「僕を島流しにしたんだ。おじいちゃん、分からないの? 僕が、邪魔だから、来させたんだ!」。ユーリックは、てっきり同情されると思ったに違いない。しかし、返事は、「それがどうした? 母さんには、そうする権利はある。お前がわしの孫なら、母さんの自由に干渉するな」(1枚目の写真)。そして、昨夜の再現となる。「島流しじゃと? まともになるのを待って、殺してやる」。「もう、そう言ったじゃないか。くり返すなよ」。ユーリックは、半ばあきらめている。「約束は、実行する。同志ブッジェオノフからの贈り物を見つけ次第、お前は死ぬ」。「その人も、おじいちゃんの同志?」。「今時のガキどもときたら… お前らは、祖国を破滅させるじゃろう。これほどの英雄を知らんのか? 歴史を忘れたら、外国で生まれたのと変わらんじゃないか!〔解説に書いたように、この発言にはプロデューサーの思いが込められている〕。「僕は、この国で生まれた! そして、何も破壊してない!」「その人、どうして拳銃をくれたの?」。「わしが努力したからじゃ。なのに、警察の奴らは 取り上げる気じゃ! 武器の違法所持だとぬかしおる! 軍刀はもう取り上げられた、ごろつき野郎に!」。ユーリックは、話題を変えるため、祖父が絡まっていた枝を切ろうと言い出す。「切ってくれ、若き同志よ」。「でも、何を使うの。おじいちゃん?」。「小屋にナタがある。キューバのプロレタリアートの武器じゃ。フィデルからもらったっけ?」〔フィデル・カストロのこと〕。「それは誰? おじいちゃんの、別の同志?」(2枚目の写真)。「お前は、政治のことを何も習っとらん。枝は切らんでいい。わしが教育してやる」。そう言うと、壁に飾ってある多くの肖像画を指し、「もし知っとるなら、この人たちの名前を言ってみろ」と言う。「僕、プーシキンなら知ってるけど、ここにはないね。学校には、ちゃんとあるよ」。祖父の家の肖像画は、全員が共産主義者。学校に飾ってあるのは、ロシアを代表する作家。対応に困った祖父は、トンマーゾ・カンパネッラの話をする(3枚目の写真)。イタリアン・ルネサンスの時代、『太陽の都』という共産主義的な発想の「理想社会」を描いた本の著者だ。祖父は突拍子もないことも言うが、こうした話をする時にはシャンとしている。
  
  
  

2人は、結局、林に入っていき、ユーリックがナタで、めちゃめちゃに枝に切りつける。その、慣れない手つきを見た祖父は、「ちょっとやそっとじゃ終わらんぞ。わしは50年この方やってきたが、いたちごっこじゃ」と言うが、見るにみかねて、「それじゃダメじゃ。手本を見せてやる」と、ナタを取り上げ、自分で切りつける。しかし、5回目で腰にきて続けることができなくなる。「もう十分じゃ。今日はやめるぞ。自然は強情じゃ。正攻法では征服できん。別のやり方でやらんとな。これを買って来い… 入用なものを書いておいた」(1枚目の写真、矢印は紙)。紙は、祖父のポケットに入っていたので、予め書いておいたものだ。ナタの件も、ユーリックに紙を渡すための策略だったのかも? ユーリックは、昨日の食料品店に行き、祖父の書いた紙を渡す。そこには、「この紙を持参した者にワインを1本渡して欲しい」と書いてあった。店主の女性は、「これは、パヴェル・イヴァーノヴィチの署名。日付も合ってる」と確認すると、ワインを1本取り出してカウンターに置く。その時、警官が店に入って来て、「なぜ、子供にアルコールを販売するんだ?」と詰問する。「この子は、ユーリック。パヴェル・イヴァーノヴィチの孫よ。社会主義のお偉いさんじゃないの」。「だから?」。「歴戦の兵士が、体を痛めたから、孫に頼んだのよ。ソ連を建国した英雄じゃないの」。「ソ連なんか終わってる。ジュースを渡してやれ」。ユーリックは、「ワインが要るんだ! ジュースなんか要らない!」と不満をぶつける。そこに、別の男(ミサゴーロフ)が入ってくる。後の展開から、村の開発計画を考えている役人か大地主のような人間だと思われる。ミサゴーロフ:「どうした? なぜ仕事をしない? 客を行かせろ」(2枚目の写真)。警官:「この少年は酒を買うつもりだ」。「いいじゃないか。買わせろよ。どこが悪いんだ?」。「でも、それは、法に違反する…」。ここで店主が口を出す。「我らが鉄の人、パヴェル・イヴァーノヴィチのためですよ。この子はユーリック。お孫さんなの」。ミサゴーロフは、態度を変える。「じゃあ、このワインは、大酒飲みの戦士、ネジの緩んだ古参兵のものか? 奴が孫を送って寄こした? じゃあ、お前も祖父と同じ 革命論者なんだろうな?」。ユーリック:「当たり前だろ」。ミサゴーロフに店主に、「こんなクズには何も売るな。法律は遵守すべきだ」と言い、次いで、ユーリックに、「戻って祖父に伝えろ。ミサゴーロフは この国のすべての法律を尊重するとな」と言う。しかし、少し考えると方針を180度転換し、店主に、「この子にワインをやれよ。それに、もう1本、私からのプレゼントだ」と笑顔で話す。実は、その日の夜に村の集会があり、そこでミサゴーロフの開発計画が披露されることになっているので、祖父を怒らせたら大変だと気付いたのだ。ミサゴーロフは、「君は飲まんのだろうな?」と言いながら、ユーリックの頭を撫ぜようと手を伸ばす。ユーリックは触られないように頭をそらし(3枚目の写真)、「ちょっぴり」と答える〔表情が面白いので選んだ〕
  
  
  

ワイン2本を持って店を出たユーリックは、途中で年上の3人組と出会う。「気違い爺と住んでるの、お前か?」(1枚目の写真)。「そうだけど… なんで気違いなのさ?」。「すげえ年くってるくせに、こすからいだろ。気付かなかったか?」。「ううん」。「なら、お前も気違いなんだ」「いつ出てく?」。「すぐ」。「そりゃいい。よそもんは嫌いだ」「何、買った?」。「おじいちゃんの薬だ」。しかし、多勢に無勢ですぐに袋の中身がワインだと分かってしまう。3人は大喜び。酒盛りを始めることに。ユーリックも連れて行かれる。そして、夜も更けてから、ユーリックは家に戻ってくる。足取りは重い。祖父はイスに座ったまま寝ている。ユーリックが隣に座ろうとするとイスがバラバラになる。目を覚ました祖父は、ユーリックの胸ぐらをつかむと、「裁いてやる」と宣言する。「何でさ? 座る前から壊れてた」。「問題は、お前の裏切りじゃ。恥ずべき性分を叩き直してやる。取りに行かせた物も持たず、こんなに遅く帰るとは、体罰に値する」。そう言うと、「パンツを下げろ」と命じる。ユーリックは、ズボンを下げながら、「僕、飲んでない。あいつらが全部飲んだ」と弁解しつつ、ベッドにうつ伏せになる。「言いなりになりおって」。そして、祖父はベルトを輪のように持ち、剥き出しのお尻を4度叩く(2枚目の写真。黄色の矢印はベルト、赤い矢印はお尻)。ユーリックは、ほとんど声を出さずに耐える。「それで、どこにある?」。「言ったじゃないか。あげたんだ。必要だった」。「どういうことじゃ?」。「地元の子と友達になれた」。「それならいい。付合いは大事じゃからな」。そう言うと、祖父はコップにワインを注ぐ。「ほら、これを飲め」。「そんなに飲めないよ。ちびちびしか無理だ」。「信じられんな。あの父にして、この子あり。あいつは底なしじゃった」。「それって、僕もアル中になるってこと?」。「お前は、あいつの悪い血は継いどらん。わしの血統じゃ」。「あんただって飲むじゃないか」。「わしがか? 時たま飲むだけじゃ」。「じゃあ、『時たま』が、いつも起きるんだね」。その後は、飲む、飲まないの論議が続く。最後に、ユーリックは、昨日の夜と同じ場所に行き、赤いノートに書き始める(3枚目の写真)。「ママは、夏の終わりにしか来ない。そして、夏は始まったばかり。秋まで待てないよ」。ただし、昨日ほど悲観的ではない。「おじいちゃんは そんなに怖くない。こっけいな時もある。あたまがごちゃごちゃだけど、公平だ。拳銃を捜してる。見つかるといいな。ママ、待ってるよ」。
  
  
  

翌朝、ユーリックは、壊れたおんぼろTVが、なんとかならないか見ている。「おじいちゃん、TVなしで、よく生きてられるね?」(1枚目の写真)。「TVなんか要らん。世界中の混乱しか映さんのに、なぜ観る必要がある? わしの革命的な志向は秩序と正義を求めておる。スライド映写機で十分じゃ」。祖父のブツブツは続く。ユーリックは、瓶からこっそり角砂糖を取ると、口に入れる。そして、昨日、店で女主人から聞いた(?)ことを話す。「知ってる? 今夜シマコフが演説するんだ。ミサゴーロフの依頼で」〔シマコフは、店で会った警官〕「その後で、新しい映画をやるんだ!」(2枚目の写真、顔がとてもファニー)。ユーリックの関心は後者にあったが、祖父の関心は前者に。「クズ野郎が代表になろうとしとる。権力の亡者じゃ。わしが行って、反逆者をとっちめてやるぞ」。
  
  

その夜、村の集会が開催された。演壇に立っているのは警官のシマコフ。ただし、制服ではなく背広姿だ。「ミサゴーロフ氏は、我々の村の全面的な近代化を考えています」。この時、祖父とユーリックが遅れて会場に入ってくる。ちょうど野次が飛ぶ。「正直に言えよ。暮らしは楽になるんか?」。「説明します。我々にも都市の住民と同じように、温水の供給や…」。演台の前にさしかかった祖父は、杖を振り上げて、「犯罪もじゃ」と指摘する。一瞬、戸惑ったシマコフは、体勢を立て直し、「ミサゴーロフ氏の予想では、投資を受ければ… 学校を建てたり、店舗や…」。ここで、着席した祖父が、「賭博場じゃろ!」と指摘する。「今日の文明社会では、文化的な施設が不可欠で…」。20代の男が、「そんなもんに用があるのは、ミサゴーロフだけだ! 俺たちじゃない!」と言うと、隣の男が、「そうか? 俺は行ってみたいな。数千稼げるかもしれん」と口をはさみ、「夫には、そんなとこ行かせないね」と女性から叩かれる。収まるのを待って、シマコフが、「ミサゴーロフ氏の計画では、村の屈曲した谷間に…」と言いかけると、祖父は、「ねじ曲がっとるのは、お前たちじゃろう! この歴史的な場所を変えようとするとは! 何百人もの同胞が葬られているんだぞ!」と吠える(1枚目の写真)。祖父の胸には、誇り高げに旧ソ連軍の略綬が付けられている。全部で10個の勲章に相当する。調べてみると(カッコ内は受賞者数)、1列目右:労農赤衛隊(37,504)、1列目中:赤星勲章(3,876,740)、1列目右:祖国戦争勲章2級(6,716,384)、2列目右:祖国大戦争勝利30周年功績章(14,259,560)、2列目中:同20周年功績章(16,399,550)、2列目左:祖国大戦争勝利章(14,933,000)、3列目右:ソ連邦軍創設40周年功績章(820,080)、3列目中:ソ連邦陸海軍創設30周年功績賞(3,710,920)、3列目左:祖国大戦争勝利40周年功績章(11,268,980)、4列目中:ソ連邦軍創設60周年功績章(10,723,340)となる。気がつくのは、戦功によるものではなく、軍に長年務めたことで年功的にもらえるものがほとんどで、受賞者が1千万人を超えるものが半数もあることだ。シマコフは、再び気を取り直し、「無用な土地に、選ばれた… 国家的な… 教育的な… 商業的な… もちろん子供たちの… 娯楽と商業の複合施設になるでしょう」と、とぎれとぎれに話す。聴衆からは、「映画館みたいに?」「学校はあるの?」「託児所は?」「生ビールは?」と様々な発言。「もちろん、すべてが含まれます。同胞の皆さん。時代は変わったんです。ナノテクノロジーが計画を実現可能にさせるのです」。祖父は猛然と噛み付く。「英雄の骨の上に、欲望の巣窟を建てる気か!」。「我々は、ゴルフコースも造る予定ですし、ヨットクラブや、レーシング場に…」。祖父は立ち上がる。「お前たちは、我々を召使にする気か? わしが生きとる限り、村の1人たりとも奴隷にはさせんぞ! 多くの血を無駄にはさせん」。祖父は、演壇の前に立ち塞がり、村人に向かって話しかける。「奴らは、甘い約束しかせん。レーニンは、資本主義への移行に満足しとると思うか?」(2枚目の写真)「違う! こんなのは、壁の下の煉瓦を抜くようなもんじゃ、てっぺんが頭に崩れ落ちる! 我々が、奴らの反国家的な計画を助けるなら…」。ここで、ユーリックをつかんで自分の前に立たせる。「子供たちから未来を奪うことになる」(3枚目の写真)「こんなことは許さんぞ! 奴らを叩きのめせ!」。会場は大騒ぎになる。村人が、祖父の時代錯誤的な主張に全面賛同したとは思えないが、ミサゴーロフの大風呂敷的な開発計画もロクなものではなさそうなので、結局廃案になったのだろう。
  
  
  

ユーリックがソファーで寝ていると、祖父がうなされている。そして、突然、声が止む。心配したユーリックが、「おじいちゃん」と声をかけるが、返事がない。起き上がって祖父のベッドに行き、手に触ってみる。祖父は、すぐに目を覚まし、いきなり拳銃を向けて、「誰じゃ?!」と言う。「僕だよ、おじいちゃん。拳銃、見つけたんだね? 死んだかのと思った」。「まだじゃ。埋めるのは早いぞ。わしの心臓は鉄でできとる。革命で鍛えられたんじゃ」。「拳銃、どこで見つけたの?」。「もう寝ろ!」。「何も教えてくれないんだ。それ、見せてくれる?」。「朝じゃ!」。「撃たせてくれる?」。祖父は、もう寝ている。翌朝、2人は家を出て、「屈曲した谷間」〔昨日のシマコフの言葉〕を望む高台に登っていく。ユーリックが、「それ、壊れてないの?」と訊くと、「バンバン撃てるぞ。疑うとは、反革命主義者か?」と言われる。頂上に着いた祖父は、銃を自慢げに見せる(1枚目の写真、矢印は銃)。「わしは、ずっと愛用してきた。素晴らしい銃じゃ」。そして、「プロレタリア革命のために」と言って、1発撃つ。「わしは無慈悲じゃ。容赦したことは一度もない。たくさんの人を殺した。わしの行く手を阻んだ奴は皆殺しにした」。「可哀想だと思わなかったの?」。「いいや… だがな、奴らが足元に斃れ、銃口からは煙が…」。そして、祖父は急に気弱になる。「昔は、こんな気持ちになったことはなかった。じゃが、今は、苦しんで、涙が出る…」。だが、その後の例えが突拍子もない。「牛の首を切り落とした時には、泣いた」と言って、布で涙を拭う。ユーリックは戸惑ったような顔をしている(2枚目の写真)。「泣き方には4つある。第一は、よくある、つまらんやつ。本物の涙は、処刑の前、最中、後の3つじゃ」。「でも、処刑された後に、どうやって泣くの?」。「殺された後、魂が、涙となってしたたり落ちる」〔怖い話だ〕。祖父は、「本当に、撃ってみたいのか?」と尋ね、ユーリックが「うん」と答えたので、ドラム缶の上に、捨ててあったガラス瓶を置く。10メートルほど離れたところで、銃の持ち方を教える。そして、一歩下がると、「用意しろ。罰当たりの敵どもがおるぞ」(3枚目の写真)と言い、「撃て!」と叫ぶ。ユーリックは目をつむったまま撃つが、ガラス瓶は粉々になった。ユーリックがいつもの場所で、日記を書いている。「おじいちゃんは、僕用に自転車を修理してくれたし、ボートにタールを塗るって約束してくれた。そしたら、池で漕ぐことができる。おじいちゃんが好きになった。変なことをいっぱい言うけど、勇敢で、怖いものなしだ。ママ、早く来てよ。日記をつけるの大変なんだ」(4枚目の写真)。書く内容が、だいぶ違ってきている。
  
  
  
  

ユーリックは、動くようになった古い自転車ででかけるが、途中でおもちゃの自動車に乗った少年と、この間の3人組に出会う。少年は、「止まれ、ここじゃ自転車に乗れないぞ」と言う。「なんで? それに、君は誰だ?」。「僕は、ミサゴーロフだ。お前が、ここで乗りたいなら、金を払え」。「何で払うんだ?」。「ここは、僕の道だ」。そして、少年が合図をすると、仲間になったはずの1人が、ユーリックの自転車の両輪のチャップを外し空気を抜く。ミサゴーロフ(父親)の、この村での立場がよく分かる。実に嫌な一家だ。ユーリックは、自転車を押しながら、最初の日に店で会ったおばあさんの家を訪れる。おばあさんは大歓迎。ユーリックは、ジョンに、「やあ、ジョーニ!」と明るく声をかける。ジョンは、「見てみろ。絵だぞ~!」と自分が描いたものを見せる(1枚目の写真)。ユーリックは、狭い家の中を見回すと、「面白い場所だね。美術館みたい」と言う。おばあさんは、すべて娘〔つまり、ジョンの母親〕が描いたものだと説明する。「すごいや。ジョンも画家になれそうだね」。「まあね… いつも何か描いてるんだよ。だから紙や色鉛筆がすぐなくなってしまう」。ユーリックは、ジョンの前に座り、紅茶を出される。おばあさんは、娘夫婦〔再婚なので、ジョンの実父ではない〕のことを、「紙でも持ってくればいいのに、毎年1回来る時には どうでもいい物を持ってくる。ジョンの服とかね。一度も着たことないんだよ。それでも着せろって うるさいの。ジョンって呼ぶこともね」。「でも、ジョンって いい名だよ」(2枚目の写真)。そして、「ジョン、川に行こうよ。泳げるよ」と誘う。おばあさんは、「この子は、遠くへは行かせないの。やめた方がいいわ」と止める。しかし、ジョンが「いくいく、ジョンも泳ぎにいく!」と大喜びしたことで、許可がおりる。今まで、ジョンは隠すように家に閉じ込められてきた。ユーリックが来て、ジョンを連れ出すようになり、ジョンの態度が次第に変わっていく。その第一歩だ。
  
  

ユーリックは、岸のすぐそばで、ジョンを浮き輪の上に乗せ、泳ぎ方を教えている。「そうそう、手をバタバタさせて。足も使うんだ。それでいい」(1枚目の写真)。その時、泳いでいた2人連れの女の子が岸に近づいてくる。ユーリックが、可愛い子に見とれていると、その子は、「私を見てたでしょ。おっきな目で」と言うと、楽しそうに水をバチャバチャかける。そして、岸に上がると、ユーリックに微笑みかけて、去ってしまう。入れ替わりに、さっきはひどいことをした3人組がやって来る。「素敵な友だちと一緒だな、ユーリック」〔これは皮肉〕。2人は岸に上がる。ジョンは、猿のような動きで3人組に寄っていくが、3人とも相手にしない。ユーリック:「何だよ? 伝染病じゃないんだぞ! ジョンじゃないか。いい子だし、いい友達だ。それよりさっきは何だよ。僕の自転車の空気を抜いたり、あんなチビにへいこらして!」。「金払いがいい」「他に仕事がない」というのが言い訳。「ずっと、続けるつもり?」(2枚目の写真)。「新しいタトゥーを入れたいから、金が要るんだ」。「僕ならあんなことはしない。おじいちゃんは、あいつらについて教えてくれた。卑屈が大嫌いだからね」。3人組は、ユーリックに、①近くの幹線道路に行って、カフカス人のトラックから通行税を取ったり、②市場で「みかじめ料」を取ったりしようと誘うが、ユーリックは別のアイディアを思いつく。それは、③傭兵になればいっぱい稼げる、というもので、軍の出張所のような場所に行くが、笑われ、門前払いされて恥をかく。
  
  

夜、ユーリックが、スライド映写機を点け、壁に写真を映している。「おじいちゃん、革命ってどんなだったの?」(1枚目の写真)。「恐ろしいが、わくわくした」。「おじいちゃんが戦ったから、僕は幸せに生まれることができた。でも、僕が五体満足じゃなかったら、軍隊にも入れないんだ。僕、何かを成し遂げたい! そうすれば、僕がチビだって、きっと…」。「今は平穏だ。しかし、いつ血まみれになるか分からん。そうなったら、頭を吹き飛ばされちまう。お前がチビだろうが、なかろうがな」(2枚目の写真)「で、そいつら〔3人組〕は笑ったのか? わしが説教してやらんとな」。
  
  

祖父は、3人組にユーリックとジョンを加えた5人に講釈をたれている。「わが祖国は300年の歴史しかない。まだ若い。事実、我々の社会は、依然として野蛮じゃ」から始まる〔300年というのは、ロシア帝国(1721-1917)を指しているのであろう〕。野蛮人の話は延々と続き、「我々は、開化した国際社会から学ぶ時間がなかった」(1枚目の写真)をはさみ、さらに続く。話の内容が変化するのは、半分破壊された教会の前に来た時。そこでは、教会を巡っての戦闘の話になる。「奴らは、この哀れな歴史記念物を修復しようとしとる」と批判した後、教会から離れ、旧役所前に5人を連れてくる。そこでの話題は、臨時の地方政府のためにお札を大量に印刷したこと。「わしの部屋は札束で一杯じゃった。ベッドにして、その上に寝たくらいじゃ」。3人組からは、「上で寝るんじゃなくて、外国に行きゃよかったんだ。それとも、何か買うとか…」と、さめた意見も。彼らは、「頭の変なおいぼれ」と付き合うのに飽きてきたのだ。ユーリックは、「おじいちゃん、今日はもう十分じゃない?」と打診する。しかし、祖父は、この「十分」という言葉にひっかかる。そして、自分が「レジェンド」であることを示そうと、以前に戦闘で胸に負った星型の傷跡を見せようとするが、3人組から、「そんなのみんな知ってる。今じゃ、銭湯に行っても誰も注意を払わないぞ。俺にはタトゥー、あんたには星さ」と軽くあしらわれる。「俺たちは行くぜ。ユーリック」。そして、祖父には、「三文芝居ありがとよ、じいさん」(2枚目の写真)。ユーリックは、「あいつら、おじいちゃんを笑ったけど、理解しようとしたんだと思うよ」と慰める。「ユーリック、わしは 前世紀の『歩く遺物』になってしもうた」。そして、寂しそうに立ち去る。
  
  

ある日、ユーリックが野原を歩いていると、「移動販売店」と書かれた小型トラックが勢いよく走ってきて、近くで停まる。運転手が一枚扉を跳ね上げると、そこには商品がずらりと並んでいる。どうやら、この村には、先の食料品店しかなさそうなので、住民にとってはそれ以外のものを購入できる唯一のチャンスなのだろう。さっそく近くの人が集まってくる。ユーリックも駆け寄るが、お金を持ってないことに気付くと、全速で家に戻る。家に帰ると、祖父は、胸を押えて「気分が良くない」とベッドに横になる。しかし、ユーリックは、そんなことに構ってはおれない。大急ぎで母からもらったお金を取り出してポケットに入れる(1枚目の写真、矢印はお金。右端にベッドに寝た祖父の足が見える)。ユーリックは外に出ようとして、祖父がベッドに寝ているのに気付き、「大丈夫?」と訊くが、いびきをかいているので安心して販売店に戻る。その頃には、客は10数人に達していた。ユーリックは掻き分けて一番前に出る。目は、オモチャの自動車に吸い寄せられたが(2枚目の写真)、買ったのは、ジョンのために24色の鉛筆セットとスケッチブック、母のためにきれいな箱に入ったプレゼント、祖父のために心臓の薬。自分のためのものは何一つない(3枚目の写真、赤い矢印は母へのプレゼント、黄色の矢印は心臓の薬)。一人でいっぱい買ったので、おまけに消しゴムがもらえた。
  
  
  

その日の夜、壊れた教会の横でディスコ大会が開かれる。3人組に誘われたユーリックも薄暗くなった頃、会場に着く。先日泳ぎに行った時に会った2人連れの可愛い女の子もいたが、3人組はユーリックを教会の中へ連れて行く。3人は、そこで酒盛りをしてから、ディスコに加わるつもりだ。ユーリックは、お酒に興味はないので、建物の廃墟の中に入って行く。中には鳩が巣食っていて、ユーリックに驚いて外に出て行き、3人組を脅かす。3人組は、石を拾って鳩に向かって投げ始める。出てきたユーリックもそれに加わる。ところが、石の当たりどころが悪くて、別の物がガチャンと落ちてくる。しまったとばかり投げるのをやめる4人(1枚目の写真)。4人が壁際まで行くと、そこには大きな石片が2つ落ちていた。よく見ると、壁の上に残っている天使の片方の羽が落ちて2つに割れたのだ(2枚目の写真、矢印は羽のあった部分)〔もう一方の羽は、ずっと前から欠けていた〕。3人は、像のことなど忘れて酒盛りの準備に戻るが、ユーリックは天使を見に行こうと、朽ちた木の階段を慎重に上がっていく。「おい、ユーリック、どこに行く」「落ちちまうぞ」「行かしとけ。俺たちは飲もう」「それがいい」。ユーリックは壁の上に着くと、後は、50センチほどの厚さの煉瓦壁の上をそろそろと歩いて天使像に向かう(3枚目の写真)。
  
  
  

ユーリックが天使の近くまで行くと、声が聞こえる。「ユーリック、なぜ私の羽を折ったのですか?」。「名前、知ってるの?」。「あなたの天使なのですよ、ユーリック。これであなたを見守ることができなくなりました」〔天使像が話したとは思えないので、羽を折ったユーリックの罪の意識が、声が聞こえたと思わせたのかもしれない~実際、天使の声はユールックの声と同一〕。その時、ユーリックが足を滑らせ、危うく転落しそうになり、必死で、羽を固定する金属の枠につかまる。下で気付いた3人組からは、「しっかりつかまれ、このバカ、死ぬ気か?」という叱咤と、「(ユーリックが)2人いるように見えるぞ」という声があがる。確かに、天使像とユーリックはほぼ同じ大きさだ(1枚目の写真)。ユーリックが反対側を見ると、なぜか祖父が像の下までやって来る。ユーリックは、祖父に気付かれないよう、像の陰にかくれて様子を窺う(2枚目の写真、矢印はユーリックの頭)。祖父は、天使像に向かって、「わしは、おまえさんが怖い! 壁から落とそうとしたのに、どうしても落ちなかった。今こそ、降りてきてくれ! そして、わしがみんなを助けるのを手伝ってくれ!」と頼む。当然、返事などない。「教えてくれ、真理はあるのか ないのか?」。ユーリックは、天使の代わりに、「あるとも!」と大声で答える〔この場面、祖父が本当に来たとは思えない。天使の声と同様、ユーリックの想像だった可能性が高い〕。真っ暗になって家に戻ったユーリックが、ランプを点けて日記を書いている。「川で2人連れの女の子を見た。1人は、すごく可愛かった。今日、それがユリアだって分かった」。その時、うなされていた祖父が目を覚まし、「ユーリック、心配事がある。今日、天使をみたんじゃ。話までした」と声をかける〔祖父は、夢でと言っていて、廃墟でとは言っていない〕。「大丈夫だよ、おじいちゃん、僕も話したんだ」(3枚目の写真)「眠ってよ。心配ないって」。
  
  
  

翌日、祖父とユーリックはボート(舟名は「АВРОРА(オーロラ)」)の底にタールを塗っている(1枚目の写真)。塗り終えると、祖父が、かなりくたびれた様子で、「ひっくり返すぞ」と言い、2人で横に棒をかませて全力で上下逆さまにする。「ちょっと休まんとな」。祖父は、ユーリックが渡した錠剤を口に入れ、それを朽ち木の上に置く〔映画の最後の場面にも出てくる〕。ユーリックは、「おじいちゃん、愛って何?」と訊く。「愛などない。愛は、数分間姿を見せると、存在しなかったように消えてしまう」。「もし、1秒でも続いたのなら、まだあるってことじゃないの? 稲妻のようにパッと光るとか?」。ユーリックは、ユリアのことが頭にあるのであろう。「誰も僕を愛してくれないじゃないかな」と悲観的になる。「誰が誰を愛するか、結果を見ればわかる」(2枚目の写真)。そして、「手伝ってくれ」と言い、2人で、ボートを池に押し出す。祖父は、ボートと一緒に池に入って行き、なぜかボートを置いて池の中へと進んでいく。「おじいちゃん、戻って! 氷みたいに冷たいって言ったじゃない!」。祖父は、池の水を何度も顔にかけると、「これで出かけられるぞ」と言う(3枚目の写真)。この「みそぎ」的な行為は、舟の進水に伴うものなのか、もっと深い意味〔死への旅立ち〕があるのかは、分からない。
  
  
  

画面は変わり、真っ暗な中で、ユーリックが水でタオルを湿らせ、呻いている祖父の頭を拭こうとする。祖父は、顔を逸らせ、「大丈夫じゃ、ユーリック、心配ない」と言うが、ユーリックは構わず顔を拭き続ける。「もっと悪いことは何度も経験してきた。何も、恐れてなどおらん。わしの人生は、恐ろしいものじゃったからな」(1枚目の写真)。「しゃべらないで。力を無駄にしないで。朝には救急車が来て、注射を打ってくれるよ」。「ユーリック、大切なことは… 話してなかったが… いいいか、気をつけるんじゃ… 殺されるんじゃないぞ」。祖父は、かなり錯乱しているようだ。ユーリックは、「何か読んであげる」と言う。「ああ、そうしてくれ」。ユーリックは、祖父の本を開き、声を出して読み始める。Henry Morley著の『Ideal Commonwealths(理想的な共和国)』(1989)という本だ。20秒ほど読んでいると、突然、ガタンと音がして、祖父の左手がベッドから垂れ下がる(2枚目の写真)。驚いて立ち上がったユーリックは、祖父の手を取るが、もう脈はない。「『鉄の心臓』はどうなったの?」。翌朝、ユーリックは教会の廃墟に駆けて行く。そして、壁の上の天使に向かって叫ぶ。「おい! あれ… お前がやったんだな?! なんで、あんなことしたんだ?!」。当然、返事などない。ユーリックは、肩を落とすと、「おじいちゃんなしで… どうやって生きよう…」と呟くと、うつむいたまま家に戻っていく。
  
  

恐らく数日後、祖父の家には母とボロージャが来ている。ボロージャは、祖父の家から何もかも庭先に運び出している。「ニーナ、何も持ってかないのか?」。「ううん、ボロージャ、要るものは もうもらったわ」。そこに、ユーリックが現れる。庭先の山を見て、「何してるの? なんで、おじいちゃんの持ち物を放り出すのさ?」と咎める。ボロージャは、「あほくさ」という感じで家に入ってしまい、母が、「家の中を掃除してるだけよ」と答える(1枚目の写真、矢印は赤いノート)。「違う、全部捨てる気なんだ! 僕 欲しいよ! ここに戻ってきたら、おじいちゃんの博物館にするんだ!」と反論。「ユーリック、全部を残しておけないわ。ガラクタが多すぎて…」。ユーリックは、母に買ったプレゼントのことを思い出し、家の中に入って取ってきて母に渡す。「これ、私に?」。ユーリックは頷く。「まあ、もう一人前の男なのね」。母は、ユーリックの髪を撫ぜて頭にキスする(2枚目の写真、矢印はプレゼント)。
  
  

ユーリックは、「僕たち、いつ出かけるの?」と尋ねる。母は、非常に言いにくそうに、「あのね、坊や… 私達はすぐに出かけるけど、あなたは連れていけないの」と、意外なことを話す。「仕方ないの。あなたは、もう一人前、分かるでしょ。戻ってくるから」。はっきり言って、メチャメチャな話だ。当然、ユーリックは、怒りと悲しさで反抗的に頭を振りながら泣く。「私とボロージャは、まず身を固めたいの。そしたら戻って来る、約束よ」。母は、ユーリックを抱き締める。体を離しても、ユーリックは手で顔を覆っている(1枚目の写真)。「戻って来るわ、信じて」。「どこに行くの?」(2枚目の写真)。「アフリカのどこかよ。ボロージャがみんな知ってる。ガス田を見つけたの…」。
  
  

その時、おばあちゃんとジョンが顔を見せる、母に呼ばれていたのだ。母は、「あなたの家、大きくないでしょ? ここで一緒に住めるわ」と もちかける(1枚目の写真)。そして、ユーリックに、「ジョンは友達でしょ?」と言う。おばあちゃんは、「ユーリックは奇跡を起こしたの… ジョンはどんどん良くなってる」とユーリックを褒める。ユーリックがジョンに、「君に、スケッチブックと色鉛筆を買ったんだ。後で、あげるから、絵を描けるよ」と言うと、ジョンは嬉しそうにユーリックを抱く。母は、おばあちゃんに当座の生活資金を渡し、これからも定期的に送金すると伝える。おばあちゃん:「心配しないで。あの子はちゃんと世話します。ひもじい思いはさせません」。母:「ほんとにありがとう。助けてくれて。祖父の持ち物は、売るか、廃棄していいから」。ユーリックは母をにらむ(2枚目の写真)。母は、ユーリックが祖父の持ち物を大切にしていることを、全く理解していない。帰りたくてたまらないボロージャは、もう車に乗り込んでいる。母は、車の前まで行くと、「いい子でね。おばあちゃんの言うことを聞くのよ」と声をかけた後、「プレゼントがあるわ」と言って携帯と充電用のコードを渡す。「電話するわ。ひんぱんにね」。「戻って来るって言った」。「もちろんよ。できるだけ早く戻って来て、一緒に暮らすわ」。その時、ボロージャが、「ニーナ、行くぞ! 朝までに帰らんといかん。汽車は明日出るからな」と催促し、エンジンをかける。この男は、100%ユーリックのことなど どうでもいい。この別れが、数年以上の離別になるかもしれないのに、途中で打ち切ろうとする。前にも書いたが非常に嫌な人間だ。母:「9月1日に学校に行くことを忘れないでね」。そして、最後のキスをする(3枚目の写真)。こうして母は去っていった。ひょっとしたら、戻ってくる気は全くないのかもしれない。
  
  
  

気落ちして家に戻ったユーリックは、母がプレゼントを忘れていったことに気付く。すぐさまプレゼントをつかむと、ユーリックは車の後を追いかける。しかし、とても追いつけない(1枚目の写真、右手に持っているのは、プレゼントの中味→香水?)。携帯で連絡しようとするが、充電されていないし、番号も知らない。ユーリックは絶望して泣き、母へのプレゼントを投げ捨てる。そして、祖父とボートにタールを塗った場所に行き、朽ちた木に隠してあった拳銃を取り出す。そして、開いた両手に手に拳銃と携帯を置き、あぐらを組むと、そのまま茫然と座り続ける(2枚目の写真、矢印:右から、拳銃、携帯。左端のボケた黄色のものは心臓の薬。祖父が置いた場所にそのまま残っている)。いつしか、朝になり、赤い朝日が池の岸から登る(3枚目の写真、池にはボートが浮かんでいる)。この朝日は、希望の光だ。ユーリックは、おばあちゃんとジョンとうまく暮らしていけるであろうし、学校では素敵なユリアと友達になれるだろう。それは、ユーリックのことなど「二の次」の母と暮らすよりは、よほど充実した少年時代になるはずだ。
  
  
  

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