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Bübchen ガキンチョ

西ドイツ映画 (1968)

1歳の妹カトリーチェンを9歳の兄アヒムが殺害するというショッキングな出だしから始まる西ドイツ映画。1969年の公開時、観客からの憤慨の嵐に晒された。しかし、その後、評価は変わり、1960年代の “最も苦痛に満ちたドイツ映画” の一つとされている。2019年にDVDの完全版が発売された時、収録された監督インタビューの中で、ローランド・クリックは、アヒムの心理について、こう語っている。「僕はちっちゃな子供だ。誰も殺してなんかいない。虫の知らせがあって、両親のためにブギーマン(子取り鬼)になったんだ」。映画を実際に観てみて、この言葉は、的を射ている。しかし、アヒムは、アメリカ映画に多い “悪魔が乗り移ったような異常な子供” でない、9歳の普通の少年が、こうした発想をすることは非常に稀で、それが今から半世紀以上も前に創られたことに 意外性と面白さを感じる。1960年代の刑法と現在の刑法は違うだろうから 単純な比較はできないが、2019年6月19日の法律第2条による改正を経たドイツの刑法によれば(https://www.gesetze-im-internet.de/englisch_stgb/)、第16章の「生命に対する犯罪」の222節「過失殺害」で、「過失により人を死亡させた者は、5年以下の懲役または罰金に付す」とされている。しかし、より前の第2章の「刑事責任の基本原則」の中の19節「子供の刑事責任の免責」では、「犯罪を起こした時点で14歳未満の者は、罪のない行動をしたと見なされる」とある。こうした現在の法律が、1968年当時も同じだったかについて、調べることはできなかった。しかし、「認識なき過失」に対しては、「違法・有害な結果発生の可能性の予測すらない場合は、故意は認定されず、過失が認定されるに過ぎない」のが原則である。アヒムが妹の頭に袋を被せた段階で、それが妹を死に至らしめるという認識はアヒムにはなかったと思われる。そして、そこに偶然、電話がかかってきて、戻ったら窒息死していたという状況なので、故意はどこにもない。従って、当時の法律が少年に厳しくても、無過失の事故で刑務所に収監されたり、少年院送りになることはないであろう。問題は、死体遺棄の方で、これにははっきりとした “意志” がある。この点に関しては、先のドイツ刑法には何も書かれていなかったので、判断のしようがない。何れにせよ、公開当時の観客の反応は過剰だったのではないか?。

9歳になるアヒムの父は、製鉄所の社員(技術者?)として働いている(工員ではない)。ある土曜日、同僚と一緒に夫婦同伴で午後のパーティに行くことになり、1歳になる娘のカトリーチェンの面倒を、同僚の娘のモニカが見ることになる。アヒムとモニカは、これまでにも会ったことはあるが、こうして一緒にいるのは初めて。明るくて青春時代の真っ只中にいる感じのモニカと、難しい性格のアヒムとはそりが合わない。モニカにとって、アヒムは “でまかせを並べる嘘つき” に、アヒムにとって、モニカは “恋人とイチャつく男たらし” に見える。問題は、モニカが役割を放棄し、恋人のオットーと出かけてしまった後に起こる。アヒムは、カトリーチェンの写真を撮ったあと(写真が趣味)、自分の小屋に連れていって “お守り” をしていた。そして、何の気もなく、ビニールかポリエチレンの透明な袋をカトリーチェンの頭に被せる。その時、母屋で電話が鳴り、戻ってみたら、カトリーチェンは窒息死していた。大変なことをしてしまったと思ったアヒムは、よせばいいのに、死体を袋に入れると、カートに乗せて いつも行く “くず鉄置き場” に運び、廃車のトランクに隠す。そして、今まで欲しかった車のシートを頂戴してくる。両親が帰宅し、娘がいないことで、ベビーシッターだったモニカが最初に疑われ、次いで、アヒムも警察から事情を聴かれる。モニカはデートのことを知られたくないので嘘を、アヒムは当事者なのでもちろん嘘をつく。しかし、アヒムが小出しに並べた嘘で、モニカのボーイフレンドが容疑者として浮上する。一方、モニカの父は、娘の責任を回避するため、アヒムに疑惑の目を向ける。アヒムの父は、息子の行動に疑問を持ち、くず鉄置き場に行き、アヒムがシートを盗ってきた車のトランクから娘の死体を発見する。どうするか迷った父は、息子と娘の両方を奪われることを怖れ、娘の死体を 製鉄所の高炉に入れ、跡形もなく始末する。かくして、アヒムと両親の3人は、それまでと同じような平穏な暮らしを続けていく。

少し変わった少年アヒム(Achim)を演じたザーシャ・ウォヒス(Sascha Urchs)は、少年時代の本名がAlexander Urchs。1958年11月7日生まれ。映画は、1968年10月8日のマンハイム=ハイデルベルク国際映画祭でプレミア上映されているので、撮影時は9歳だが、顔は、もっと年上に見える。このザーシャについて、先のDVDインタビューで、監督は、次のように述べている。「彼は、最初、無気力そうに見えたし、すぐに順応できるようには思えなかった。私に話しかけることもなく、部屋の隅に立って何やらブツブツ言っていた〔映画のアヒムそっくり〕。だけど、分ったんだ。彼は、素晴らしいって。一度、話し合うと、テレパシーか催眠術みたいに、以心伝心で監督ができた。20回は撮り直したと思うような場面だって、1回しか撮ってない。彼は、信じられないほど良かった」。ザーシャの今の名前は、Alexander S. Kekulé。マルティン・ルター大学の医学微生物学・ウイルス学科長、兼、ハレ医科大学の医学微生物学研究所長。2010年のインタビューで、彼は 子供時代のことを語っている。「私は、おもちゃより化学に興味がありました。9歳の時、初めて大学の教科書を読みました。Hans Rudolf Christenの『Grundlagen der allgemeinen und anorganischen Chemie(一般及び無機化学の基礎)』(1971)です。友だちは変な顔をしていました」。また、「私の両親は映画製作者でした」とも言っているので、それが この映画に出演したきっかけかもしれない。子役で、似たような経歴を辿ったのは、フィレンツェ大学の生物医学の教授をしている 『天使の詩』のステファノ・コラグランデくらい。2人とも、他の子役とは雰囲気が違っている。◆2020年7月25日の朝6時からのNHK/BSのワールドニュース(ドイツのZDF)を見ていたら、ウィルス学者の話として、Kekulé教授が突然登場したのでびっくりした。録画はしていなかったので、ZDFが4月に放送した時のものを右に示す。

あらすじ

アヒムの父母と、会社の同僚で友人のエィリッヒとその妻リザが、会社のパーティ〔Betriebsfest〕に出かけようと集合している。そこに、アヒムが学校から帰ってくる。エィリッヒが 「えらく遅かったな」と声をかける。返事なし。リザが 「どこに行ってたの?」と訊くが、「Tag〔こんにちは、のくだけた表現〕」と短く一言。母からは 「どこでズボンを汚したの?」と指摘される。アヒムは、「2〔上から2つ目の成績〕を取ったよ」と言いながら、壁の日めくりを破って下の棚に置く。父が、頭を撫でながら 「科目は?」と訊くと、「作文」と答える。母は 「良かったわね」と言いながら、日めくりの裏の格言を読む。「『美徳と悪徳は、石炭とダイヤのようなものだ。クラウス』。クラウスって誰?」。父は 「オーストリア人だ」と言い、調整していたトランペットを吹き始める(1枚目の写真)。母は、1歳くらいになった娘のカトリーチェンが、父のタバコをオモチャにしているのを見て、「箱に戻しなさい」と注意する(2枚目の写真)。そして、寡黙なアヒムは、2本の糸を動かして、猿のオモチャを登らせて遊んでいる(3枚目の写真)。ドイツの中流家庭の平和な一コマ。
  
  
  

母は、アヒムに、「食事は 一緒に食べなさい。オーブンに入ってるわよ」と言い、家を出て行く。ここで「一緒に」と言ったのは、ベビーシッターをしてくれるエィリッヒの娘モニカのことで、みんなが車に乗ろうとしている時になって、ようやく現われる(1枚目の写真の矢印)。アヒムの特徴は、いつも うつむいていることだが、両親がいなくなった後、自室のベッドにじっと腰を下ろしている時も、じっと指を見つめている。下から、モニカが、「アヒム、食事に来て」と呼ぶが、アヒムは 「お腹空いてない」と返事する。その時、アヒムに電話がかかってくる。それは、サッカー遊びがしたい級友達からの電話。「おい、サッカーやろうぜ。嫌でもボール貸せよ」〔1968年のドイツでは、サッカーボールを持っている子が稀だったらしい〕。アヒムは 嘘をつく。「親が許してくれない」(3枚目の写真)。「オヤジと一緒に出て来いよ」。「今、眠ってる」。「なら、窓からボールを投げろ」。
  
  
  

申し出を断ったアヒムは、キッチンに行き、母が作っておいた料理をすくい取り始める(1枚目の写真)。すると、向かい側に座って食べていたモニカが、「お腹、空いてないんじゃなかった?」と訊く。「空いてない」。「なら、食べるのやめたら?」。「勝手だろ」。モニカは、口の周りにトマトを塗り、あざけるように 「あんた、いつも友だちに嘘つくの?」と訊く(2枚目の写真)。アヒムは、モニカを睨みつけると(3枚目の写真)、席を立つ。
  
  
  

アヒムが2階に行き、三脚に付けたカメラを点検していると、モニカが1階で電話をかけている。彼女は、「あの子、陰口たたきだと思う」と、ボーイフレンドのオットーに、アヒムの悪口を言う。その時、アヒムが、うつむいて階段を降りて来る。「箸にも棒にも掛からないのが、降りて来た。外に行くみたい」。アヒムは、サッカーボールを取ると(1枚目の写真)、裏口から外に出る。モニカは、電話を終えると、アヒムの後を追って裏庭に出て、「アヒム、話がある」と声をかける。「今から、サッカーに行く」。「行きたくないんじゃなかった?」。「みんなが待ってる」。「断ったじゃない」。「まさか」。「電話を盗み聴きして、ワザと言ってるのね?」。アヒムは、ボールをつかみ上げると(2枚目の写真)、モニカに向かって投げる。2人はもみ合いになるが、そこに、車のホーンの音がして、裏庭の茂みを抜けて背の高い若い男が姿を見せる。オットーだ。モニカは、アヒムなら どこにも出かけないだろうと思い、ベビーシッターの役目を放置して オットーと一緒にデートに出かける(3枚目の写真)。
  
  
  

電話が鳴り、アヒムが受話器を取るが、黙っているだけで 何も言わない。電話をかけてきたのは、さっきの級友。「もしもし、アヒムの家ですか?」。返事がないので、他の子が、察しよく 「アヒムだ」と指摘する。「アヒム、お前に話してるんだぞ」。聞こえてくるのは、泣いているカトリーチェンの声だけ。アヒムは電話を切り、カトリーチェンを見に行き、横抱きにして裏口から庭に出る(1枚目の写真)。そして、芝の上に立たせると、優しく髪を撫でる(2枚目の写真)。そのあと、三脚付きのカメラで妹の写真を撮る(3枚目の写真)〔アヒムの部屋は 現像室にもなっていて、自分で現像ができる〕
  
  
  

撮影のあと、アヒムは、芝生の上に座った妹としばらく遊んでいたが、小屋にある自分専用の小部屋に連れて行く(1枚目の写真)。アヒムは、妹を床に座らせると、ソファにじっと座って、手に持った透明な袋を見ている(2枚目の写真)〔材質は不明〕。そして、袋を持って立ち上がると、袋を妹の顔に被せる(3枚目の写真)〔妹に対する それまでの行動から見て、悪意があるとは思えない〕。アヒムは、いったいどうなるのか、といった顔で袋を被せた妹を見ている(4枚目の写真)。
  
  
  
  

その時、母屋で電話が鳴るのが聞こえる。アヒムは、妹の袋を取らずに小屋を出て行く(1枚目の写真)。アヒムは、受話器を取るが、さっきと同じように、何も言わない。電話をかけたのは、パーティ会場に着いた母だった。「もしもし、アヒム、あなたなの?」。同級生ではなく、母だと分かってもアヒムは返事をしない。母は 「アヒム!」と大きな声で叫ぶ。「どうなってるの? 誰もいないみたい」。そこに、父が寄って来て 「どうした?」と訊く。「誰かが電話を取ったけど、何も言わないの」。父が電話を取り 「もしもし」と言う(2枚目の写真)。今度は、「父さん?」と返事がくる。「アヒム、なぜ返事しなかった?」。「返事したよ」(3枚目の写真)。「お母さんに黙ってたじゃないか」。「ちゃんと話したよ」。それを聞いた父は、「アヒムが出てる。電話機の調子が変なんだ」と母に言う。そして、電話に向かっては、「どうだ? 順調か?」と訊く。母が、電話を替わる。「坊や、順調なの?」。「うん」。「食べた?」。「うん」。「おいしかった?」。「うん」。「何が 『うん』なの?」。「おいしかった」。「どうしたの、モニカとケンカしたの? モニカと替わって?」。モニカをかばう気があったのか、アヒムは またダンマリ作戦に戻る。そして、電話の線を外す(4枚目の写真)。
  
  
  
  

小屋に戻ったアヒムは、妹が倒れているのを発見する。そして、座り込んで様子を見る(1枚目の写真、矢印は妹の足)。次のシーンでは、アヒムが4輪のカートを牽いている。布袋に入れた妹の死体を底に置き、その上に、ガラクタを乗せて袋が見えないようにしている(2枚目の写真、矢印はサッカーボール)。アヒムは、級友達がサッカーをしたがっていた場所まで来ると、ボールを持って行く。さっそくゲームが始まり、アヒムはゴールキーパーにさせられる。しかし、カートのことが心配で、ボールなど見ていられない。そのうち、誰かが蹴ったボールの行方が分からなくなり、アヒムもボール捜しに加わる。結局、ボールは消えたのではなく、アヒム以外の全員がグルになって隠したことがバレ、アヒムがダストボックスの中からボールを奪い返す。すると、それを取り返そうと、全員がカートの上に乗って占領する(3枚目の写真)。アヒムは ボールを犠牲にしてカートを取り戻す。
  
  
  

アヒムは、くず鉄置き場に向かう途中で、オットーのパープル色の車を見つける(1枚目の写真)。そこで、2人が中で何をしているか、見てやろうと近づいて行く(2枚目の写真)。しかし、中には誰もいなかった。運転席に乗り込んだアヒムは、ハンドルに触ってみるが、後部座席にモニカのガーターがあるのを見つけると、取り上げて(3枚目の写真、矢印)、自分のセーターの中に隠す。
  
  
  

その後は、寄り道せずに くず鉄置き場に直行。遺体を隠す場所を物色する(1枚目の写真)。そして、目を留めたのが、淡い空色の廃車。辺りに誰もいないことを確かめると、車に近づき、トランクを開ける。カートに戻ると、遺体袋の上に置いておいたガタクタをそこら中に投げ捨て、遺体袋を抱いてトランクに向かう(2枚目の写真、矢印は袋から垂れ下がった妹の金髪)。トランクを閉めると、簡単に開かないよう、足で蹴る。そのあと、運転席のドアを開け、中のシートを取り出し、カートまで運ぶ(3枚目の写真、矢印)。アヒムは、小屋の小部屋に楽なイスが欲しかったので、渡りに船だ。おまけに、くず鉄置き場に来た口実にもなる。
  
  
  

家に戻った順番は、①モニカ、②アヒムの両親とモニカの両親、③アヒム。最初に家に入ったモニかは、責任を放棄して不在だったことがバレずに済んだので、アリバイ工作として シャワーを浴びる〔ずっとシャワー室にいたと言うつもり〕。パーティからご機嫌で帰宅した男性2人は、かなり酔っ払っている。エィリッヒは、さっそく 「モニカ!」と大声で呼ぶ。少し遅れて入って来た母は 「アヒム、モニカ」と呼ぶ。モニカがシャワー室から 「はい」と答える。「子供たちはどこ?」。「アヒムが、カトリン〔カトリーチェンの愛称〕を連れて散歩に」。エィリッヒが、笑いながらイスに座ると、シャワーを浴び終わって服を着たモニカが、「ぐでんぐでんなのね」と皮肉っぽく 父のエィリッヒに言う。「偉そうに言うな」。その時、こっそりとアヒムが部屋に入って来る。彼が真っ先にしたことは、外した電話線を元に戻すこと(1枚目の写真)。そのあと モニカに見つかり、「まあ、そこにいたの。おチビちゃんは どこ?」と訊かれる。アヒムは、肩をすくめて〔この動作が、彼の最大の特徴〕、「知らない」と言う。今度は、母が 「カトリーチェンはどこ?」と尋ねる。「知らないよ」(2枚目の写真)。モニカの父は 「ちびちゃんの世話はモニカの役目だったハズだ」と割り込む。母は、アヒムに 「どこに行ってたの?」と尋ねる。「くず鉄置き場」。「あそこには行くなって、何度言わせるの?」。「車のシートが欲しかった」(3枚目の写真)。「カトリンは?」。「知るハズないよ」。「一緒に行ったんじゃないの?」。「行かない。サッカーしてたから」。「くず鉄置き場は?」。「まず、サッカー。それから、くず鉄置き場」。
  
  
  

モニカは、先に、「アヒムが、カトリンを連れて散歩に」と嘘をついてしまっていたので、何か情報をつかもうと、2階のアヒムに部屋に行き、「カトリンはどこ?」と訊く(1枚目の写真)。アヒムは、ニヤニヤしながら 車から盗って来たガーターを見せる(2枚目の写真、矢印)。「返しなさいよ」。2人がもみ合いになったところを、母のリザに見つかり、“カトリーチェンを真剣に探すべき人間” がふざけていると勘ぐられ、モニカは1階に連れて行かれる。そこに待っていたのは、酔っ払って前後不覚になった父エィリッヒ。「ここに来い」と、モニカを前に立たせると、「子供はどこだ?」と訊く。「知らない」。引っ叩く。「どういうことだ?」。「知らないわ」。もう一発。モニカは 「ホントに知らないモン」と言って逃げ出す。それを追おうとしたエィリッヒは、リザによってブロックされる(3枚目の写真、矢印はシャワー室に逃げ込むモニカ)。モニカは、シャワー室に立てこもり、エィリッヒは 「子供の世話の仕方を教えてやる!」と怒鳴り、“自分の娘というだけで 友人の幼女の面倒を見させられた” モニカは、「人に任せるから悪いんじゃないの!」と開き直る。
  
  
  

アヒムは、2階から降りて来ると、級友に電話をかける。「ピーター。僕のちっちゃな妹がいなくなった」(1枚目の写真)「懐中電灯を持って捜してくれよ」と頼む。それを聞いていた父は、「友だちに探す手伝いを頼むのはいい考えだな」と褒め、「どうしてこんなことが起きたと思う?」と尋ねる。アヒムは肩をすくめる(2枚目の写真、矢印は高く上がった肩)。「くず鉄置き場に行ったんだったな?」。「サッカーもしたよ」。そう小声で言うと〔いつも、ボソボソと小声でしか話さない〕、「僕も捜してくる」と出かける。家の中では、まだ口論が続いていて、誰も捜しに行こうとしない。場面は変わり、真っ暗になったガラクタ置き場を、級友達が総出で捜している(3枚目の写真)。捜索は、いつしか、“捜索ごっこ” に変わり、駆け付けたパトカーによって解散させられる。
  
  
  

夜、家に警官がやって来て、モニカが事情聴取を受ける。モニカは 「知らないわよ!」と大声で否定して泣き出す(1枚目の写真)。「髪を洗ったわ」。それを聞いたエィリッヒは 「そんなことは分かっとる!」と、同じ言い訳の繰り返しに大声で怒鳴る。それでも、モニカからそれ以上の話は聞き出せない。次はアヒムの番。「近所の人だったかも」という曖昧な言い方に(2枚目の写真)、父の堪忍袋の緒が切れる。「近所の人間なんかどうだっていい! 怪しそうな奴を見たかどうか知りたいんだ!」。母も 「本当に思い出せないの?」と尋ねる。「考えてるよ」。父:「なら、しっかり考えろ!」。警官:「本当に思い出せないのかね?」。父:「一人もか? あり得ん!」。「誰かが、僕の部屋の窓の正面にある柵の向こう側に立ってた。でも、ちゃんと見たワケじゃない」。警官:「そうか? 男か女か?」。「男」。母:「そんなことしか言えないの? どんな男だったの? 若いか年配か?」。「ちゃんと見てないよ」。母:思い出して」。アヒムは肩をすくめ、「できないよ」。
  
  
  

翌日、アヒムは、警察署に呼び出される。そこには、担当の警部、子供向けの女性の係官、刑事の3人がいる。女性:「アヒム、いいこと、正確に話して欲しいの。土曜は、いつも、学校からバスで帰宅するのね?」。「うん」。「降りたら、幾つも庭を通り抜ける… どのくらい時間がかかるの?」。「10分」。「10分も? だけど、角を曲がった所でしょ? 立ち止って花でも見るの?」。「ううん」。「じゃあ、家まで真っ直ぐ?」。「ううん」。「いいわ。聞いて。途中で誰かと会った? いつもと同じ人? 顔見知り?」。ここで、業を煮やした警部が割り込む。「昨夜は、男だと言っただろ。どんな男だった?」。アヒムは 肩をすくめる(1枚目の写真、矢印)。「何か覚えてないかい? 服装、年齢、そんなことだ。年配か若い奴か?」。女性:「坊や、その男、何歳くらいだった?」。「若かった」(2枚目の写真)。「どのくらい? あなたと同じくらい?」。「25… くらいかな」。「背は高い?」。「とっても」。警部:「いいかい、坊や。私たちを助けたいんだろ? なら、話すんだ。その男について、他に気付いたことは?」。「ええと、あの車、たぶん、その男のだ」。女性:「どんな車?」。「大きな車」。警部が1枚の写真を取り出してアヒムに見せる。アヒムは、また肩をすくめる(3枚目の写真、矢印)。女性:「その車、写真に似てた?」。「たぶん」。「色は?」。「パープル」。アヒムは、昨日、モニカを迎えに来たボーイフレンドのオットーのことを話している。警部が最後に、「なぜ、そう小出しに話す? 隠すことなんか何もないんだろ?」と批判したところで、この場面は終わる。
  
  
  

次の日の朝、オットーが容疑者として警察に連行される。警察は、カトリーチェンが行方不明になった日、オットーがアヒムの家の前に車を停めたこと、その後、午後3時~5時半の間、車で郊外に行ったことを突きとめている。その事実を告げても、オットーは頑なに黙秘を続ける。アヒムが署に呼ばれ、面通しをさせられる(1・2枚目の写真、4番がオットー)。面通しの後、部屋に連れて来られたアヒムは、「あの中には いなかった。よく分かんないけど」と、曖昧に答える。刑事:「1人は、知ってるだろ? 4番の男だ」。「知ってるよ」。警部:「そもそも、なぜ知ってるんだ?」。「みんな知ってるよ」。ここで、女性の係官が、「こっちにいらっしゃい」と、座らせる。アヒムは、今までで一番詳しく話す。「僕、カメラを取りに部屋に行った。庭に出たら、彼がそこにいて、カトリーチェンに何か言ってた」〔『あの中には いなかった』との言葉と矛盾する。さらに後半は全くの嘘(オットーに罪を着せたいのか?)〕。警部は、初日の聴取との矛盾を突く。「彼は、柵の向こう側にいたんじゃないのか?」。「植込みの間だよ。はっきり見たワケじゃない」〔ぬらりくらり〕。「言葉は交わさなかったのか? そのあと、どうした?」。「写真を撮った」(3枚目の写真)〔事実〕。「何の写真?」。「花」〔嘘〕
  
  
  

オットーが取り調べを受ける。ポイントだけ紹介しよう。警部が、「ボロウスキーさん〔オットーのこと〕、いつ真実を話してくれるんだね?」と尋ねる。「君の立場は極めて危ういと 認識していないのか?」。オットーは、「分かった。言ってやる。俺は、郊外にいた」と、“車で郊外に行った” 事実を認める。「それで?」。「あんた、月にでも住んでるんか? 女と寝てたんだよ」。「よく言った」。ここで、コーヒーが運ばれてくる。警部はコーヒーを皿ごと手に持つと、「どんな女性か教えてもらえるか?」と訊く。「必要なのか?」。刑事:「必要だとも」。「モニカだ」(1枚目の写真)〔事件の夜、モニカから電話を受けた時には、「何を話したら?」というモニカの問いに、「何も言うな」と命じていた〕。すると、用意周到な警部は、外に待たせておいたモニカを部屋に呼び入れる。そして、オットーに、「この方が、君の言っていた女性なのか?」と訊く。「ああ」。「ベームさん〔モニカのこと〕、あなたは、ボロウスキーさんを知っていますか?」。モニカは頷く。「どのくらい前から?」。「4ヶ月」。「親しい間柄でしたか?」。頷く。「それは、どのくらい?」。「4ヶ月」。「問題の土曜日、あなたは彼と一緒でしたか?」。「いいえ」。それを聞いたオットーが、「お前、イカれたか!? 土曜は一緒だったろ?! 違うか?!」と怒鳴る。モニカは、平然として、「私、何も知りません」と否定する。「電話して、行けないと言ったのに、彼が来ちゃったから、シャワー室に閉じ籠ったんです」。「なぜ、我々に黙っていたのです?」。「彼が、家に来たことを言っちゃダメって」。オットーは別室に移される。警部は、1人だけになったモニカに、「彼が出て行くのを見ましたか?」と訊く。「いいえ」。「アヒム君が出て行くのは?」。「いいえ。突然いなくなりました。カトリンも。だから、思ったんです…」〔自分が、先に 「アヒムが、カトリンを連れて散歩に」と発言したことへの理由付け〕。「アヒム君をどう思います?」。「あの子は、嘘つきです」。「なぜ、そんなことを?」。「いつも嘘ばかり言うから」(2枚目の写真)〔モニカも嘘をついているが、アヒムは常習的な嘘つき〕
  
  

その夜、エィリッヒとリザが、モニカを連れて訪れる。モニカは、父親にさんざ叱られたらしく、激しく泣いている。エィリッヒは、アヒムの父に 「モニカは、この前の晩 ここで言いそびれたことを 白状した」と説明し、娘に 「泣くんじゃない。ちゃんと話せ」と命じる。モニカは 「私、この家にいなかった」と、正直に話す。エィリッヒ:「いや、いた。だが、誰もいなくなると、すぐ男と抜け出した」。モニカ:「一緒に森を歩いたわ」。「抱かれたんだ」。「違うわ!」。「まあいい、要点に入れ」。「車に戻ったら、ガーターがなかった。あとで家に戻って、カトリーチェンを探し始めたら、アヒムが持ってた」。エィリッヒは、アヒムの父に、「そこだ! アヒムは2人を見張ってたんだ! 分かるか? 彼が車からガーターを盗んだんだ!」と指摘する(1枚目の写真)。エィリッヒは 言葉を続ける。「その時、カトリーチェンはアヒムと一緒じゃなかった。だが、モニカが家を離れた時、カトリーチェンはアヒムと一緒だった」。アヒムの父は 席を立つと、アヒムが現像をしている部屋にいきなり入る。「電気消してよ。まだ現像中だよ!」(2枚目の写真)。しかし、父は、廊下の電気を消すどころか、部屋の照明を点ける〔現像中の写真はすべてパー〕。「後で やれ。下に行くんだ。父さんもすぐに行くから」。アヒムがいなくなると、父は戸棚の中を探し、その横のマットレスの下から 丸めたガーターを発見する(3枚目の写真、矢印)。これで、モニカの話が本当だったと分かる。
  
  
  

父が、居間に戻ると、モニカが、「アヒムの主張は全部ホントじゃない」と言っているところだった〔モニカは、アヒムが警察の聴取でついた嘘は知らない。彼女が知っている「嘘」は、①夕食を「お腹空いてない」と断ったこと、②友達からかかってきた電話を 「親が許してくれない」「今、眠ってる」と断ったこと。③モニカから、サッカーを「断ったじゃない」と言われ、「まさか」と打ち消したこと、の3点のみ。なのに 「全部ホントじゃない」は、誹謗中傷だ〕。アヒムの母は、「なぜ、アヒムが嘘をつかなきゃいけないの?」と批判すると、「大嘘付きだから!」と言う(1枚目の写真)。それを聞いたアヒムは、激怒して 「そっちこそ、邪悪で嘘つきの売春婦だ!」と言い返す(2枚目の写真)。言葉が過ぎたので父に叩かれ、アヒムは部屋を出て行く。しかし、父は、アヒムを一方的に叱った訳ではない。エィリッヒが図に乗って、「モニカは十分報いを受けた。あんたのガキはどうだ? 白々しい嘘を付いたじゃないか」とアヒムを攻撃すると、この一方的で非常識な言動に対し、父は 「2人のどっちが、本当の嘘付きか見てみようじゃないか」とアヒムを庇う。それは当然だろう。カトリーチェンのベビーシッターを頼まれたのに、家にいたと嘘を付いた方が、余程罪が重い。ところが、このエィリッヒは、その点に関してもイチャモンをつける。つまり、モニカにベビーシッターをさせたのは “友人の好意” であって、モニカには カトリーチェンを見ている “義務” はない、という、ひどい言い逃れだ。これに対し、アヒムの父は、「お前さんの娘が土曜に男と遊んでたから、子供が消えたんだぞ!」と怒りをぶつける(3枚目の写真)。これで、両家の親交は終わりを告げる。
  
  
  

自己保身しか考えないエィリッヒが追い出された後、アヒムは部屋に行き、マットレスの下に隠したガーターが失くなっているのに気付く。一方、エィリッヒを追い出して玄関から外に出た父は、妻に 「ガーターは見つかった?」と訊かれ、「いいや」と答える。これで、アヒムと母にとっては、モニカもエィリッヒも嘘つきとなった。父がなぜ息子を庇ったのかは分からない。アヒムのことが気になった父は、家に戻らず、小屋に行ってみる。すると、アヒムが言っていたように、見慣れない車のシートが置いてある(1枚目の写真、矢印)。すると、そこにアヒムが入って来る。「あいつら、帰った?」。「ああ」。「モニカは嘘つきだよ」(2枚目の写真)。「ああ」。気のない返事を2つすると、父は黙って部屋から出て行く。自分のイスに座ったアヒムは、床に落ちていた透明な袋〔殺人の直接証拠〕を取り上げると(3枚目の写真、矢印)、ポケットに隠す。
  
  
  

翌日、父は、アヒムが何をしたのか確かめようと、車でくず鉄置き場に向かう。そして、放置されている数少ない廃車の近くに車を停め、外に出る(1枚目の写真)。父は、車の運転席から中を覗き、①運転席の座席が取り外されている、②残っている助手席の座席は、昨夜小屋で見た物と同じ、であることを確かめる(2枚目の写真、矢印)。そして、固く閉まったトランクを、近くに落ちていたバールでこじ開ける。中にあったものを見て動揺した父は、すぐにトランクを閉める。そして、この先どうしようかと、ゆっくりと歩いて車まで戻り、座席に座り込んで考える。そこに、浮浪者がやって来て、タバコを1本所望し、そのまま歩み去る。それがきっかけになり、父は廃車に戻ると トランクを開け、娘の遺体の入った袋を抱えて自分の車に移す(3枚目の写真、矢印は娘の金髪)。
  
  
  

父は、そのまま、自分が働いている製鉄所に車を乗り入れる(1枚目の写真、矢印)。そして、袋を抱えたままエレベーターに乗り、“ベルトコンベヤに鉄鉱石、コークス、石灰石を詰める” 場所の真上に出ると、袋を投げ落とす(2枚目の写真、矢印)。袋は、ベルトコンベヤに乗り、3種類の原料とともにてっぺんまで運ばれ(3枚目の写真、矢印)、そこから高炉の中に投入される。高炉は 製鉄所の最も重要な施設で、炉内の温度は2000℃にも達する。カトリーチェンの遺体は、跡形もなく溶けてなくなる。4枚目の写真は、私が撮影した旧・八幡製鐵東田第一高炉。明治34年に操業を始めた官営八幡製鐵所の第一高炉で、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船石炭産業」の名で世界文化遺産に登録されている。左の矢印がベルトコンベヤ。右の矢印が高炉。
  
  
  
  

一方、警察では新たな展開が。エィリッヒがモニカに対する疑惑を晴らすために垂れ込んだのか? 警部が、先回の事情聴取の時の録音をアヒムに聞かせ、「写真を撮った」の後、何をしたのか 強く迫る(1枚目の写真)。そのあと、アヒムが何を話したのかは分からない。廊下でアヒムを待っていた母のところに、証拠隠滅を終えた父がやってきて、「まだ終わらんのか?」と訊く。すると、ドアが開き、警部が1枚の紙を持って近づくと、それを父に渡す。それを一緒に読んだ母は、「そんな!」と言うと、顔を覆って泣き出す(2枚目の写真)〔アヒムの供述書〕。父は、事後従犯なので平静だ。アヒムは、警部の車に乗せられ、くず鉄置き場に向かう(3枚目の写真)。同行する車は2台。最後尾の車は父が運転し、母が乗っている。くず鉄置き場の手前の高台に到着すると、全員が下車し、アヒムは、妹の死体を隠した廃車を指差す(4枚目の写真)。
  
  
  
  

すぐに、刑事と監察医が車に向かう。トランクを開けた刑事は 「何もありません」と大声で報告する(1枚目の写真、矢印)。アヒムは 「僕がやったんだ!」と言いながら、雨の中を車まで駆けて行く。そして、直前で刑事に取り押さえられる(2枚目の写真)。父は、泣いている母を車に乗せる(3枚目の写真)。アヒムは警察に連れ戻される。署に着くと、アヒムは 下を向いたまま くすくすと笑い始める。女性の係官は、「バカみたいに笑うのは止めなさい! あんなバカげた冗談を言って、どういうつもりなの?」と叱る。アヒムは、笑いながら、「なんで僕がカトリーチェンに何かするんだよ?」と反論。「背の高い部外者は? 車も? 全部 作り話なの?」。「彼は、そこにいたんだ。でも、誰の車かは知らないよ」。警部は 「君は、車の持ち主をちゃんと知ってた」と言うが、アヒムは 「知らないよ」と否定する。警察は、アヒムが生来の嘘つきなのか、怯えて虚偽の自白をしたのか分からないが、犯人ではないと判断して釈放する。
  
  
  
  

アヒムが家に帰ると、父がトランペットを調整している(1枚目の写真)。アヒムは、父に微笑みかける(2枚目の写真)。廃車のトランクからカトリーチェンの死体を出したのは、父に違いないと思ったからだ。しかも、アヒムを叱ろうともしない。秘密を封印するつもりだ。父は、何を考えているのだろう? 恐らく、カトリーチェンの死は、アヒムの「認識なき過失」によるもので、それなら、息子と娘の両方を同時に失いたくない、と思ったのかもしれない。
  
  

アヒムは、シャワー室に入ると、中から鍵をかける。そして、ポケットから透明な袋を取り出し、自分の頭に被せ、首のところを手で持って空気が入らないようにする。息をしてみるが、すごく苦しい(1枚目の写真)。すぐに袋を外し 息をつく。この時の茫然とした顔(2枚目の写真)の意味は何なんだろう? 自分が冗談で妹にしたことのひどさ、妹が感じたであろう苦しみを実感し、深い反省の念を抱いたのか? アヒムは、少し自閉的で、少し意地悪で、平気で嘘を付く少年だが、悪人ではない。
  
  

一家3人の食事が始まる。母が、アヒムに 「ナフキンを付けて」と優しく注意し(写真)、アヒムは、すぐにそれに従う。1969年の公開当時、あまりに「事なかれ主義的」な両親(特に、父)の姿勢について、観客から非難を浴びたシーンだ。
  

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