オランダ映画 (1984)
オランダ少年映画の伝統とも言える「イタズラ少年物」の流れの一翼を担ってはいるが、快活さは感じられず暗さの目立つ作品。この「やるせなさ」は、アイルランド映画『The Butcher Boy(ブッチャー・ボーイ)』(1997)に似た面もある。この映画の母親は、「映画に登場する母親」の中でも「悪性度」は最右翼、ブッチャー・ボーイの悪玉ニュージュント夫人より遥かに悪辣極まる。どちらの映画でも主人公は悪玉女性を殺害する。シスケの殺害は偶然で叙情酌量の余地は大きいが、ブッチャー・ボーイのフランシーは確信的で許し難い。だから、何度も少年院や刑務所に送られるという来歴まで2人は似ているが、シスケは環境の犠牲者であるのに対し、フランシーは精神障害を強く感じさせる。そういう意味では、製作年代もほぼ同じのフランス映画『Un bon petit diable(善良な小悪魔)』(1983)の方が似ているかもしれない。こちらの悪人は守銭奴の伯母だが、悪性度はシスケの母に比べればごく軽い。主人公シャルルが本質的に善人という点はシスケに似ている。ところで、この映画のオリジナル版は、クレジットを除外した本編で104分27秒の長さ。映画がヒットしたため、2年後の1986年にTVのミニ・シリーズが作られた。ただし、新たに撮影されたものではなく、映画の編集で削除された部分を戻し、逆に、映画から一部を削除し一部の順序を変えるなどして、実質129分38秒の新バージョンが出来あがった。前者についてはDVDが存在せず〔VHSをデジタル化したDVD-Rは存在する〕、正規に入手できるのは後者のみ。しかし、前者については字幕があるものの、後者については存在しない。ここでは、オリジナル版の順序に従ってTVミニ・シリーズのDVD画像を使用する。4枚だけオリジナル版にないものも使用するが、字幕がないため内容の解説はできない。映画がヒットしたと書いたが、それは原作が親しまれていたからであろう。映画として観ると、この作品には大きな欠陥がいくつもみつかる。それは、「原作を知っていることが前提」になって作られているため、脚本が不出来で 物語の展開が唐突で、不自然な部分が数多く見られる点である。
映画の冒頭、シスケの悪戯ぶりが示される。しかし、それには大きな原因があった。父は船乗りで滅多に顔を見せず、母はバーで勤めながら浮気に精を出し、アパートに腹違いの弟が2人もいるような環境では、シスケがまともに育つはずがない。シスケは、年少者の違法労働で母のバーで働かされているが、ある日、母に言い寄っている男を見つけたので足を蹴飛ばし、その男を気に入りかけていた母と派手な喧嘩になる。そしてアパートでその続きをやっているうちにボヤを出す。母はボヤをシスケのせいしに、お陰でシスケは感化院に送られる。戻って来たシスケは、新しい学校に転校し、そこでブライシュという最高の先生と、ヤンという性悪な生徒に出会う。また、長く病欠していた車椅子の少年ドールスにシスケが親切にしたり、久し振りに帰ってきた父から交際相手ヤンスを紹介されるシーンも挿入される。さらに、ドールスを家に送る途中でシスケはヤンのグループに襲われ、自己防衛のためにナイフで相手を傷付けたことから退学させられそうになる。この危機は、担任のブライシュがシスケの後見人となることで乗り越えられた。一方、父は自分の子供を身ごもっているヤンスと結婚するため、母と離婚しようとして門前払いされる。そこで父は、シスケに母の行動を見張るように依頼する。また、シスケは、閉じ籠もりがちのドールスをピクニックに連れて行こうと、「風邪を引かせないよう気をつける」ことを条件に連れ出すが、風邪を引かせ、最後にはドールスを死なせてしまう。それでも、シスケに感謝していたドールスは、自分が最後に読んでいた本をシスケに贈ってくれる。同じ頃、シスケは、母の浮気を見張っていて見つかってしまい、相手の男からひどい折檻を受ける。それを後見人のブライシュから指摘されたことで情緒不安定になった母は、男から「街の娼婦」になるよう誘われたのを断り、あっさり捨てられる。母は、その腹いせにドールスの本を破り、激怒したシスケは手近にあった包丁で母を刺殺してしまう。こうして「母親殺し」となったシスケは、禁固半年の有罪判決を受け刑務所に収監される。その間にヤンスは双子を産む。しかし、シスケの「母親殺し」のお陰で結婚が可能となったことに違和感を覚えるヤンスは、結婚を拒否し双子とも会わせない。そこに、刑期を終えてシスケが戻って来る。シスケは四面楚歌に会うが、シスケを侮辱しようとして海に落ちたヤンを命がけで救ったことから、シスケは学校に戻ることができ、父とヤンスも結婚することができた。
ダニー・デ・ムンク(Danny de Munk)は、出演時13歳。配役のシスケは11歳という設定だが、場面により、11歳くらい幼く見えたり、年齢相応に見えたりする。個人として賞を取ることはなかったが、映画初出演なのに 演技は素晴らしいと思う。映画の冒頭、ダニー本人が歌う 『Ik voel me zo verdomd alleen(僕、ものすごく寂しい)』は、その年のオランダのナンバー1ヒットになった。その人気ぶりは、当時のTVの歌番組でよく分かる(https://www.youtube.com/watch?v=2QT5BOcQru0)。
あらすじ
舞台は1932年のアムステルダム。映画の冒頭、ダニー本人の歌う『僕、ものすごく寂しい』の調べにのって、シスケが題名に入っている『ラッツ(鼠)』という あだ名を付けられた背景が示される。TVミニシリーズでは半分にカットされているが、前半の有名な「教室でのイタズラ」は6回の放映の冒頭すべてに入っている〔前記の上映時間には、2回目以降の分はカウントしていない〕。この部分には台詞がないが、写真だけで説明は要しないだろう。それほどまでに悪質なのだが、映画の他の部分では、シスケがこんなに悪いことを作為的に行う場面は一切ない。この映画の原作(Piet Bakker、1941)では、シスケは「手に負えないほど悪い子」で、何度も退学させられ〔そのうちの1回は教師にインクをかけたことによる〕、最後に辿り着いたのがブライシュ。この映画に登場する、「映画史上最も素晴らしい」先生の手で、シスケはどんどん良い生徒に変わって行く。この映画は、原作を読んでいるオランダ人観客を想定しているため、「悪いシスケ」は冒頭の「インクかけ」だけで終わらせ、後は、①シスケの悲惨な日常生活と、②ブライシュによる救いの手の2つに焦点を絞り、「可哀想で、健気なシスケ」を描いている。
映画の本編が始まり、シスケが向かったのは、母マリーがバーテンダーを務める酒場。顔を出すと、「時間くらい守れないの?」と叱られ、奥に行かされる。そこでは、店の主人が、「酒樽が1つ漏れてる。モップで掃除して来い」と命じる。シスケは、バケツを持って地下室に降りて行き、ボロ布で床を掃除する。次のシーンでは、夜が遅くなり店は客で立て込んでいる。シスケは、給仕として母が作った酒をトレイに乗せてテーブルまで運ぶのが仕事だ。そこに、金持ちで威張り腐った洒落男(ヘンリー)が手下を連れて入ってくる。そして、カウンターまで行くと、マリーに、「よお、ねえちゃん〔mopje〕、俺にコップストウト〔kopstoot(オランダ名物の蒸留酒イェネーバ入りの強い酒)〕を1杯。あんたにも同じ奴だ」 と注文する。そして、少し離れてビール・サーバーを操作して、横にいた店の主人のことを、「あんたの亭主か?」と聞く。マリーは、「たぶん〔Misschien〕」と曖昧に答える〔マリーは船乗りの亭主と別居中〕。横で、それを聞いていたシスケは断然面白くない〔シスケはいつ不在の父コルが大好き〕。店の主人からは、「早く持っていけ」と、ビールを持って行くよう命じられる。シスケがカウターに戻ってくると、ヘンリーは「あんたのことが、もうちょっと知りたい」と気のあるところを見せる。マリーのあばずれらしい雰囲気に、懐柔して 自分の商売に使おうと考えたのだ〔最後の方で、街の娼婦の元締めだと分かる〕。シスケは、ヘンリーの膝の裏に蹴りを入れる(1枚目の写真、矢印)。ヘンリーは床に崩れ落ちる。逃げようとするシスケを手下が捉え、飛んできた母が、「この凶暴なクソガキ〔Klerejong(元の意味は、コレラのガキ)〕!」とシスケの頬を引っ叩く(2枚目の写真、矢印)。シスケは、近くのテーブルに置いてあったコップの水を母の顔にぶちまける(3枚目の写真、矢印はコップ)。母は、「コンチクショウ! チビ・コブラめ〔Kleine adder〕! 同じ目に遭わせてやる!」と叫ぶが、あまりにみっともないので店の主人から諌められ、シスケを連れて家に帰らされる。
家に戻った母は、「ウチには、金のなる木なんかなんいだよ! 謝りな! このチビコブラめ!」と怒鳴り、シスケは、「黙れ〔Val dood〕、淫売! 父ちゃんに言いつけてやる!」と応酬する(1枚目の写真)。オイル・ランプを載せたテーブルの周りでつかみ合いとなり、母の腕がランプに触れて床に落ち、床の安手の敷物に一気に火が点く。バカな母親は消す努力もせず、同居している「母と同じくらい腐った女」のクリスに、「助けて!」と叫ぶだけ。シスケは足で踏んで消そうとしても消えないので、台所に汲んであった水をかけるが(2枚目の写真、矢印)、文字通り「焼け石に水」。この火事がどうなったのかは分からない。次のシーンでは、警察の留置所に入れられていたシスケが呼び出され、外には刑事が迎えに来ている〔刑事とあるが、実態は児童保護司に近い〕。「やあ、おじちゃん」(3枚目の写真)。如何にも、顔見知りといった感じ。刑事は、「あんな風に火事にしちゃいけないんだ」と言う。火事の原因は自分にあるのに、母は嘘を付いていたのだ。シスケは「あいつがそう言ったの? 何てクソアマ〔pokkewijf〕なんだ」と文句を言うが、逆に、「お母さんにそんな言葉を使うんじゃない」とたしなめられる。「そうかい? もし、とうちゃんがあそこにいたら…」。「大口を叩くのは止めるんだな」。刑事はシスケを判事の部屋に連れて行く。そこには、既に母も来ている。すべては、母の一方的な説明で決まっていて、シスケは感化院送りを言い渡される(4枚目の写真)。シスケは、母をにらんで「遠いほどいいや〔Hoe verder hoe beter〕」と負け惜しみを言うしかない〔この映画の英語字幕は最低水準だが、そのいい加減さは、この台詞でも明らかだ。この部分の英語字幕は「The father away, the better」となっている。“farther”が“father”に化けている。後者にも「父」という意味があるため、ミスが誤解を呼ぶ可能性が大きい→因みに、今回は、訳はすべてオランダ語字幕を基本としている〕。
シスケは、そのまま感化院に連れて行かれ、そこで教官に引き合わされる。シスケは、帽子を脱ぎ、名前を言って握手の手を差し出す(1枚目の写真)。しかし、そんなやり方は感化院には馴染まないので、逆に手や耳の裏を調べられる〔清潔度の検査?〕。「何だよ?」。「黙れ」(2枚目の写真)。教官は「急げ! あと5分で消灯だぞ」「最後から3つ目のベッドで寝るんだ」とだけ言って去って行く。シスケは鞄を持ってベッドの方に歩いていく。途中で、ベッドの脇のイスに座っていた年長のワルが、シスケが横を通る時に足を出して転倒させる(3枚目の写真、矢印は倒れるシスケと蓋が開きかけた鞄)。お陰で、持ってきた服が床に散乱する。隣のベッドの子が、「急げよ」と手伝ってくれる。そこに教官が駆けつけ、手伝った少年をベッドに戻し、シスケには、「明日、荷物を出せばいい」と命じる。床で片付けているのに、このバカ教官は虐めを黙殺しているとしか思えない。
小さな運動場で少年たちがサッカーをしている。指導しているのは神父。昨夜シスケを転ばしたワルが、今度は年少で上着を着た少年にわざと体をぶつけて地面に転ばせている。それを横で見ていたシスケは、ベンチに座っている少年に、「あいつ、なぜ上着を脱がないんだ?」と聞く。「ボスが許さないからさ」。「ボスって誰だ?」。返事はない。その後、ワルは2度小さな子を蹴飛ばす。ブレイクタイムになり、ワルがベンチに座る。昨夜のことが許せないシスケは、ワルの前に行く。「何の用だ?」。「チビばっかり虐めてるけど、相手が僕ならやすやすとはやられないぞ」。ワルが立ち上がると、背の高さは段違いに大きい。「俺がお前を怖がるとでも思うか?」。シスケは下を向き(1枚目の写真)、立ち去る。そして、交替して選手にしてもらう。ゲームが再開されると、シスケは、ボールなどそっちのけで ワル目がけて全速で体当たりする(2枚目の写真、矢印はシスケ)。ワルは腹部を強打されて地面に転倒して苦しむ。食事の時間になり、全員が食堂の席に着く。すると、例のバカ教官がシスケを呼び出し、手のひらを鞭棒で6回叩く。バカ教官とワルが結託しているとしか思えない。
感化院でのもう1つのシーンは、心理カウンセラーのような男がシスケに3枚の絵を見せて、どう思うかを尋ねるもの(1枚目の写真)。これだけでクローズした面白味みのないシーンだ。TV版では、より重要な3つのシーンが追加されている。最初は、シスケが友達となった少年と、農作業をしていると、その上のあぜ道を歩いて神父が去って行くシーン。サッカーでちらと出てきた神父だが、ここでは、シスケと言葉を交し握手する(2枚目の写真)。台詞の内容は字幕がないので分からないが、シスケが後ろ姿をじっと見送ることから、親しみを感じていることが分かる。この神父は、後で刑務所でシスケと再会することになるが、映画では、なぜ赴任場所が違うのに同じ神父が登場するのかが分かりにくい。2つ目のシーンは、運動場の片隅で行われる水泳教室。といっても、プールがあるわけではなく、ベンチに直角に腹ばいになった少年たちが、手と足で平泳ぎの真似をする(3枚目の写真、矢印はシスケ)。映画の最後の方で、シスケは溺れそうになりながら人命救助をするが、少しでも泳ぎができたのはここで練習のお陰だろう。3つ目のシーンは、先ほどの友達との1対1の会話シーン。重要かも知れないが、台詞の内容が分からないのに載せても意味がないのでカットした。シスケが友達とこれほど長く話すシーンは全編を通じてここしかない。
シスケが感化院に入っていた期間は、判事が「しばらく〔een tijdje〕」としか言わなかったので不明。映像的には感化院のシーンは計8分〔映画版〕。そして、次のシーンで街にバスが着き、シスケと刑事が降りて来る。刑事はシスケをアパートまで連れて行く。部屋に入って来たシスケを見て、「おやまあ、誰かと思ったら」と言った母だが、刑事が同行しているのを知ると、「よく帰ったわね」と取り繕うように付け足し、刑事に一応飲物を勧める(1枚目の写真)。しかし、何となく態度が変なので、刑事は「お邪魔かな」と訊く。「とんでもない。シスを連れて来て下さって感謝してますわ」とおべっか。「新しい学校の手続きは済んでいますか?」。「そりゃもう。でも、うまく行ってないんですよ。なんせ、校長がろくでなしで〔etter〕。この子、ちゃんとやって行けるかどうか」。「そこを何とかするのが、母親の務めでしょ」。シスケは、母が何もしないことに自信がある(2枚目の写真)。刑事が出て行くと、入れ替わりに隣の部屋に隠れていたヘンリーが出てきて、いきなりシスケの頬を叩く(3枚目の写真、矢印は叩いた方向)。「借りを返したぞ」。そして、マリーにビールを要求する。真正のロクデナシだ。
シスケが新しい学校に入って行くと、1人の男〔校長〕が生徒たちを迎えている。シスケが「あんた、ブライシュ?」と聞くと、男は「ブライシュ君、お客だぞ」と声をかける。ブライシュは「何の用だい?」と尋ねる。「僕、シス・フライムットです。母ちゃんが、あんたのクラスに行けって言いました」。校長はブライシュに、「君に、あの女性のこと話したろ」と言う。ブライシュは、「そうか、君があのインク入れの子か」とシスケに言う〔冒頭のインク入れでの退学は原作通りだが、感化院は火事のためらしいので、両者がごっちゃになって分かりにくい〕。校長は「ここはきちんとした学校だ。行儀よくして欲しい」と言い渡す。ブライシュはシスケを教室に連れて行く(1枚目の写真)。2人が教室に入り、ブライシュが手を叩いて私語を静めると、教壇に立っていた3人組の首領ヤンが、「先生が、刑務所にいた鼠を連れて来た」と大声で言う(2枚目の写真、矢印が映画の中の一番の「クソガキ」ヤン)。この「心ない」言葉で、初対面のクラスメイトにシスケの悪印象が植え付けられてしまう。ブライシュは、シスケを優しく教壇に呼ぶが、シスケはうな垂れて歩いて行く。席に付かされたヤンが、それをニヤニヤしながら見ている。ブライシュはシスケの肩に手を置くと、「君はケイスの隣に座りなさい」と最前列の空席を指す。ところが、空席の隣に座っていた3人組の1人ケイスは、ヤンの顔を窺い、ヤンが首を横に振るのを見て、「先生、隣に来て欲しくありません」と発言する。「なぜ来て欲しくないんだ?」。ケイスがまたヤンの顔を窺うと、ブライシュはヤンを制止し、ケイスを後ろの席に移らせ(3枚目の写真、矢印はケイス)、最前列にシスケ1人を座らせる。「問題児」でも、悪いことをしていないのに差別される時には毅然として守ろうとするブライシュの姿勢は、見ていて気持ちがいい。
学校が終り、シスケが顔見知りの女の子ベッチェと一緒に出て来ると〔なぜ顔見知りなのかの説明は一切ない〕、ヤンが「前科者〔Bajesklant〕」と呼びかける。ベッチェは、「絡むの止めなさいよ。あんたに何もしてないじゃない」と庇う。その時、父が「おい、大将〔stinkerd〕!」と呼びかける。久し振りに会う父なので、シスケは「父ちゃん!」と飛んで行く。父はそんなシスケを持ち上げて抱きしめる(1枚目の写真)。2人は公園のカフェで一緒のテーブルに座る。いきなりシスケが、「彼女の名前は〔Hoe heet ze〕?」と訊く。あまりに唐突なので、不親切な脚本だ。「ヤンス」。「僕のこと、何知ってるの?」。「全部」。「全部?」。思わずシスケが笑う。その時、父がポケットから何かを取り出し、握りこぶしの中に入れてシスケの前に差し出す。「開けて」。中にはミニサイズのナイフが入っていた。「どうだ?」。シスケは、「もっと小さいのなかったの?」と冷やかす(2枚目の写真、矢印はナイフ)。それでも、「どうもありがとう」と頂戴する。「どうして陸(おか)に上がることにしたの?」〔船乗りをやめた〕。「彼女が寂しがったからさ」(3枚目の写真)。「仕事はどうするの?」。「やれるものなら、何でもやる。だが、まずお前の母さんに話しにいかんとな」。「僕、また遅れたから、きっとカリカリしてる」。
シスケがバーに入って行くと、「また、居残りかい」と不機嫌な顔で母が訊く。父が、「遅くなったのは、俺のせいだ」と声をかける。久し振りに別居中の夫と会った母は、複雑な顔になる。シスケが裏に行かされた後、父は「新しい友達ができたんだって?」と訊く。「シスケから聞いたの? 子供はすぐに早とちりするから」。父は、さらに、「俺たち、そろそろ離婚したらどうだ? 結婚を続けて何の得がある。君が両手に10人の友達を持ったら、俺なんか用済みだろ」と言う。そして、「離婚したら、毎月扶養料を払ってやる」とも。欲の皮がつっぱった母マリーは、あわよくば結婚できるかもと期待しているヘンリーに相談する。「夫が離婚を望んでるの。どう思う?」。ヘンリーは、商売目的でマリーと付き合っているだけなので、「どうかしてるんじゃないか?」と突き放す。「もし、結婚してもいいと言ってくれるいい男と出会ったら?」。「なら、その時 考えりゃいい。今のままが一番なんだ。それとも、誰かいるのか?」。この言葉に、マリーはがっかりする。「毎月 稼いで、気ままに暮らしてるじゃないか、なんでそれを捨てちまう?」。最悪のアドバイスだ。これで離婚の芽はなくなった。シスケは帰宅する途中で、労働者の暴動にぶつかる。そして、年長の知り合いが、車道の煉瓦を警官隊に投げているのを見て、真似をして投げてしまう(1枚目の写真)。煉瓦は警官に命中、その後、警官隊が一気に攻めて来た時、逃げ遅れて逮捕される。翌朝、再び警察の留置所に入れられていたシスケは(2枚目の写真)、いつもの刑事によって外に出される。「政治に興味を持ち始めたのかい?」。「ちょっと手伝っただけ」。「判事さんは、君がまたここのお世話になったと聞いたら驚くだろうな」。そうは言ったものの、刑事はシスケをそのまま家に連れて行く。2人でしばらく待っていると、母が現れ、いきなり、「夜じゅうどこにいたのさ? 白状しな!」と手を振り上げる。シスケは両腕で庇う(3枚目の写真、矢印)。刑事は、すかさず、「彼は暴動で逮捕された。生きていただけでも感謝しないと。4人死んだんですぞ」と戒め、さらに、「こんな子供が、夜の11時に なんで通りにいたんだ。家にいさせられないのかね?」と質問する〔まさか、バーから帰る途中とは言えない(11歳の少年の労働は法律違反)〕。「寝てると思ってました」。シスケは「全部でたらめじゃないか!」と言うが、誰も聞こうとしない。刑事は優しいが、詰めが甘くて母親を信じ過ぎる。
病気で長い間休学していたドールスが、車椅子に乗って戻って来る。学校の入口で、ブライシュは、「ドールス君は、いくら学業が遅れていても、私のクラスに来てもらいます」と母親に告げる。ブライシュが教室にドールスを連れて行くと、ヤンが、いつもの耳障りな声で、「先生、こいつ、このクラスには無理じゃないですか?」と言う。「余計なことを言うんじゃない」。「悪い腺 持ってるから、うつっちゃいますよ」〔ここは、オランダ語字幕が間違っている(“klier”とすべきところ“klere”になっている→何を信用したらいいのか?〕。「黙ってろ!」。「みんな うつっちまうぞ!」。シスケは、「僕の隣に座っていいよ」と発言する。ヤンは「鼠は、頭が変だ!」と叫ぶ。ブライシュは、ようやく、「出て行け」とヤンを追い出すが、差別的な発言を連発するヤンに甘すぎる。ドールスは、車椅子から抱きかかえられてシスケの隣に座ると、シスケに微笑みかける(1枚目の写真)。別な日、シスケが父に連れられて洗濯屋に入って行く。中の部屋で紹介されたのは、先にチラと名前だけ出てきた「ヤンス」おばさん(2枚目の写真)。父コルの恋人だ。シスケは、ヤンスに「母とは違う心からの優しさ」を感じて、にっこりする。シスケが去った後で、コルは棚から1枚の紙を取り出す。離婚の書類だ。ヤンスが、「彼女が拒否したら どうするの?」と心配する。「俺に任しとけ」。そして、そのままマリーのアパートに向かう。コルが中に入って行くと、マリーは、「今、忙しい」とそっけない。コルは「書類を持ってきただけだ」と紙をマリーの前に置く(3枚目の写真)。「それ何なの?」。「離婚の書類だろ。もう忘れたのか?」。「誰が離婚したいなんて言った?」。「この前、話したじゃないか」。「持ち帰って! アホらしい!」。「何をゴネてる。これまで一度でも面倒かけたか?」。「我慢の限界だよ」。コルは、部屋にいる幼児を指して、「こいつは俺の子じゃない」。もう1人の子供を指して、「こいつもフライムットの顔じゃない。誰にでもヤラせたんだろ」。「お黙り!」。コルは、「警告しておくぞ。浮気の証拠を見けたら、1セントも渡さないからな」。「出てけ!」。世間知らずの元水夫と、娼婦まがいのくされ女とは、こうして訣別する。
ある日、シスケとベッチェが ドールスの車椅子を押して学校を出ようとすると、ヤンの不良グループ3人が寄ってくる。ヤン:「そんな鼠 追っ払って、俺たちと一緒に来いよ」。ドールス:「君たちなんかと行くもんか」(1枚目の写真、矢印がヤン、ベッチェは舌を出している)。しかし、3人が人通りの少ない街路に入っていくと、ヤンたちが追いかけて来て、シスケに襲いかかる。ベッチェやドールスが口で止めても、ヤンは手下2人にシスケの両腕を拘束させ、顔を殴る(2枚目の写真、矢印は拳)。ヤンは、最低の卑怯なドブ鼠だ。怒ったシスケは、父からもらったミニ・ナイフを取り出すと、ヤンの手に切りかかる(3枚目の写真、矢印はナイフを持った手)。
相手が如何に「卑怯なドブ鼠」でも、凶器の使用は許されない。次のシーンでは、誰もいない教室に、シスケと、ミニ・ナイフを手にした刑事が座っている。シスケは「学校また変わるの?」と訊く(1枚目の写真)。刑事は「さあ、どうかな。なぜナイフなんか使った? 素手で戦えなかったのか?」と尋ねる。シスケは、それには答えず、「学校、変わりたくないよ」と言い出す。シスケ思いの刑事は「ここが気に入ってるなんて〔je je draai hebt gevonden〕初耳だな」と言うと、「できるだけやってみよう」と言って校長室に向かう。校長は、もちろん大反対。「視学官に会いに行く」と言い、「私は校長ですぞ」と息巻き、「ご存知でしょうな、刑事さん」と捨て台詞を残して部屋を出て行く(2枚目の写真)。ここで初めてシスケに親切な男の職業が刑事〔rechercheur〕だと分かる。校長室には、刑事とブライシュが残される。刑事は、「鼠はここが好きです。あなたは彼のことが好きだと、見ましたが。あなたなら救えるかもしれません。判事はシスケの後見人〔voogd〕を求めています」と言い、「如何です?」と訊く。「私が?」(3枚目の写真)。「一石二鳥じゃありませんか。校長は断念し、シスケは良き後見人に恵まれる」。
ブライシュは、さっそく母親に会いに行く。バーのカウンターに真っ直ぐ歩いて行き、「私はシスケの教師、ブライシュです」と名乗り、握手の手を差し出す。マリーは 手を取らず、「あの子、何をやらかしたんです?」と訊く。「私は、相談に来ただけです」。「それで?」。「私はシスケの後見人になるよう勧められました」。「後見人? 寝耳に水じゃないの」。その時、ヘンリーが店に入ってきて、真っ直ぐマリーのところに来る。マリーには具合の悪いタイミングだ。ヘンリーは、よりによって、「よお、ねえちゃん、いつもの奴だ」と声をかける(1枚目の写真)。マリーは、わざとヘンリーを「オーストバーンさん」と呼び、「夫の友達」とブライシュに説明する。欺瞞は通じそうに見えたが、その時、シスケが空のコップをトレイに載せて奥から出てきて、先生を見てトレイを放り出して逃げる(2枚目の写真)。コップは全部割れる。先生は、「ここでシスケは何してる?」と質問する。「見たでしょ。全部壊した」。店の主人が奥に飛んでいく。そして、シスケを引きずり出して、「とっとときれいにせんか」と怒鳴りつける。先生は、「子供を放せ」と奪い取る。店の主人はマリーに、「給料から引くからな」と言い渡す。マリーはカウンターから出てくると、本性をあらわし、「あんた 何様のつもりなのさ」と先生に食ってかかる。それでも、シスケを連れ去ろうとするので、「お待ち、ここにいるんだ!」とシスケに向かって怒鳴る。先生は2人の間に立って、「子供の労働は禁じられてる。知らんのか?」と諌める(3枚目の写真)。「あたいの子なんだよ。何が悪いのさ!」。「シスケは連れて行く。さもないと、30分以内に警察がここに来るからな」。店の主人は、「14歳だと聞いてましたんで」と弁解する〔どう見ても14には見えないので、単なる言い逃れ〕。ブライシュは、シスケの家庭環境を正確に理解することができた。その夜遅く帰宅した母は、「この密告者」と言って寝ているシスケを下着のまま外に取れ出すと、通りに置いてある箱のようなものの中に押し込み、「スパイがどうなるか思い知るがいい」と言って鍵をかける。一睡もできなかったシスケは、翌日、教室で居眠りしてしまう。先生は、何があったか心配するが、シスケは黙して語らない。
ある日、学校を終えたシスケは、ベッチェと一緒に車椅子を押してドールスのアパートを訪れる。シスケは、ドールスの無愛想極まりない父親に対し、「お願いします。僕たち、大事に見てますから」と頼む(1枚目の写真)。ベッドのドールスも「僕、行きたいよ」と発言。妻からも頼まれ、父は「絶対 風邪を引かせないようにするなら」と許す。クラスの生徒たちは、全員が船に乗って海岸に出かける。そして、ドールスを除く全員が水着になって海で遊ぶ。ドールスだけは、砂浜の奥まった場所に車椅子のまま待っている。それでも、海が見られて嬉しそうだ。海から戻って来たシスケは、「大丈夫?」と訊く(2枚目の写真)。「ここ きれいな所だね。一緒に来られてよかった」。そして、昼食の時間。ただ、「大事に見てます」「絶対 風邪を引かせないよう」という感じはしない。午後になってシスケが草むらで1人で海を見ていると、そこにヤンの3人組がやって来てシスケの顔に砂をかけて目潰ししてから、殴る蹴るの暴行を加える(3枚目の写真、矢印はヤン)。ヤンは、本当に卑怯で残酷だ。
船で戻ったシスケを船着場で待っていたのは、父とヤンスおばさん。3人はそのままヤンスの店に直行する。父が、シスケに説明する。「こんな風になるとは思ってなかった。これじゃ、延期しなくちゃいけない。戻ってきてから考えよう」〔こんな重要な時に、どこに出かける気なのだろう? 実際、この「自分勝手」な父親は、シスケが逮捕されるまで「無意味」に姿を消す。原作にかかわることだが、かなりいい加減な設定だ〕。「それまでには、あいつも気を変えてるかもしれん」(1枚目の写真)。この楽観的な観測に、シスケは、「そんなのあり得ない」と否定する。そして、「もう戻らなくちゃ」と帰ろうとする。父はシスケを送ると言って一緒に店の外に出て行き、シスケに頼む。「ヤンスさんにはとりわけ優しくしろよ。妊娠してるからな」。この言葉で、父がなぜ急に離婚を言い出したのかが分かる〔シスケに時折いい加減な絵葉書しか送ってこなかった船乗りが、いつ、ヤンスと親密な関係が築けたのか? この点も原作にかかわる不明朗な設定だ〕。父はさらに、奇妙な依頼をする。「お前なら助けられる。あいつは、まだヘンリーの野郎とくっついてるか?」。「いつもさ。今も、家で寝てると思うよ」。「そうか。奴がいつ何回来たか調べてくれれば、証拠になる。そしたら、あいつも離婚は止められない」〔息子にこんなことを頼んでおきながら、くり返すが、父はどこに行ったのだろう?〕。「寝室で何やってるかも見ようか?」(2枚目の写真)。父は「そんなことまでしなくていい」と止める。
恐らく翌日。学校に来たドールスの元気がない。心配したブライシュが声をかけても返事をしない。ブライシュが額に触ると熱がある。それでも、ドールスは、「病気じゃない。寝てるのはいやです」と言い張る。しかし、ブライシュは、シスケを呼んで、ドールスの母を呼びに行かせる(1枚目の写真)〔なぜ生徒に呼びに行かせるのか? 本来なら学校側が対処すべきことだと思うが〕。次のシーンでは、ドールスは入院し、ブライシュとシスケが廊下で待っている〔そのくらいなら、最初からブライシュが病院に連れて行くべきだった〕。看護婦が、面会を許可したので2人は病室に入って行く。シスケが「ドールス」と声をかけ、手に触ると、ドールスが一瞬、微笑む。そのあと、ドールスの父親が、シスケを睨んで「出て行け〔Donder op〕」と冷たく命じる〔「絶対 風邪を引かせないようにするなら」という条件を付けたのに風邪を引かせてしまった訳だから、怒るのは当然だろう〕。
シスケはそのあと、悲しくなってヤンスおばさんの店に行って慰めてもらう。一方、マリーは、シスケの帰りが遅いので、同居のクリスに、警察にお世話になってるかもと話すと、クリスは、「あの子なら、父親の妾の所でしょ」と教える。これはマリーには寝耳に水だった。これで、夫がなぜ離婚を急に言い出したかも分かる。マリーはさっそく店に行き、そこにいたシスケを返せと命じる。「あんたみたいな女と一緒にしておけないからね」。マリーと違ってまともなヤンスは、毅然とした態度で、シスケに「お母さんと行きなさい。ドールスのことで悩まないの。すぐに良くなるから」と言って店から出すと、マリーには「シスケも、他の子と同じで愛情が必要。あんたが与えないのなら私が与える。出てって」と命じる。堅気の女性の前ではアバズレは何も言えず、出て行く。マリーがアパートに戻ると、そこにはヘンリーがいた。娼婦予備軍のクリスがヘンリーの横に座って歓待している。それを見たマリーは、顔をこわばらせてクリスを追い払う。そして、「楽しいことしましょうよ。一晩中 空いてるから」と誘いかける。「長い夜になるな」。そしてキス。まさに、色事師と娼婦だ。罰として寝室に直行させられたシスケは、父から「そんなことまでしなくていい」と止められていたにもかかわらず、寝室で起きていることを確かめようと、ドアの隙間から覗く(1枚目の写真)。2人がキスをし合いながら徐々に裸になり、全裸でベッドに入ったところで、こっそり近づいてきたクリスが、シスケの頭の上で 水で満杯のバケツを逆さまにする(2枚目の写真、矢印)。この女も性根曲がりで意地悪なところはマリーと変わらない。大声で、「マリー、こっちに来て!」と叫ぶ。マリーは、「自分の母親を見張ってたのかい、このクソチビ!」と頬を張り飛ばす。クリスは、「あんたバカだね、こいつペラペラしゃべるよ」と火に油を注ぎ、それを受けて、マリーは「しゃべったらタダじゃ済まないよ」と脅す。一番のワルのヘンリーは、「このクズ野郎」とシスケを寝室に引きずり込むと、シスケが「離せ! お前の説教なんか聞くもんか!」と抵抗するのを無視し、革ベルトで背中を何度も叩く(3枚目の写真、矢印はベルト)。
翌朝、元気なくヤンスおばさんを訪れたシスケ。目には殴られた黒痣ができている。「どうしたの?」。「母ちゃんと男ともだち」。同情したヤンスがシスケを抱くと痛くて呻く。背中をめくると傷だらけ。ヤンスは、すぐにブライシュに相談に行く。ところが、ブライシュは、親権を持ち出して口は出せないと言う〔1932年なので、親が折檻しても虐待にはならないが、シスケを傷付けたのは赤の他人のヤクザ男なので傷害罪は成立するはずだ。この辺りも納得できない〕。授業中に校長が教室に来てブライシュを呼ぶ。伝えられたのはドールスの死。教壇に戻って来たブライシュが そのことを生徒全員に伝えると、シスケは思わず泣き出す(1枚目の写真、矢印)。学校が終ると、シスケはドールスのアパートを訪れる。シスケが「僕とっても…」と言い始めると、父親が「お前が行かせなかったら、病気になどならなかった」と非難する。しかし、母親は、それを諌め、ドールスが最後に読んでいた本〔ガリバー旅行記〕を、「ドールスが これをあなたに渡して欲しいって」と言って渡す(2枚目の写真)。そして、「あの子は、あなたのことが大好きだった」と付け加え、「あの子にさよならを言いたい?」と尋ねる。しかし、悲しみのあまり耐えられなくなったシスケは(3枚目の写真、右目に黒痣が残っている)、むせび泣きながら部屋を走り出ていく。
シスケが自分の部屋でドールスの本を見ていると、玄関の鈴が鳴ってブライシュがアパートに入ってくる。マリーはさっそく、シスケが如何に悪いことをしたか言いかけたが、ブライシュはそれを遮るように意外なことを指摘する。「あなたは、なぜ離婚に同意しないのですか?」〔朝、ヤンスがシスケと一緒にブライシュを訪れた時も、「離婚」という言葉は全く使われなかった。この映画ではいつもそうだが、ブライシュのこの言葉は あまりにも唐突だ〕。当然、マリーは、「あんたに関係ないでしょ」と反撥する。ブライシュ:「いつも言い争っているのは楽しくないでしょ」〔言い争いは1回だけ のはず〕「なぜ、反対にこだわるのです? それとも、赤ん坊の誕生前に結婚するのが不快なのですか?」〔ブライシュがこんな情報をどこから入手したのか?〕。マリーは突然笑い出す。その時、玄関の鈴が鳴る。クリスが見に行くと、それはヘンリーだった。2人は、マリーがバカ笑いを続けている部屋に こっそり入って行く。それまで笑っていたマリーは、態度を豹変させ、ブライシュに向かって、「このド阿呆。叩き出される前に、とっとと出てお行き!」と怒鳴りつける(1枚目の写真)。ブライシュ:「あんたは忘れてるようだが、私はシスケの後見人だ」。「そんなものクソ食らえ! あんたの学校には二度と行かせないからね!」。「シスケが明日来なかったら、警察を呼ぶからな!」。「勝手にしな。失せちまえ〔Je doet maar. Donder op〕!」。ブライシュが去ると、マリーはヘンリーの車に乗って出かける。連れて行かれた先はうらぶれた通りに面したホテル〔アムステルダムの「飾り窓」に娼婦が出現するのは1930年代から〕。マリーは、自分が連れて来られた場所を見て、「愛してくれてると思ってた。あたいは娼婦じゃないよ」と言い出す。ヘンリーは、「何を泣いてる? 怖いことするワケじゃない。たっぷり稼げるんだぞ」と甘い言葉で誘うが、マリーが泣き止まないのを見ると、態度が一変し、助手席のドアを開け、マリーを道路に放り出すと、「お前の代わりなんか いくらでもいるんだ、このバカ女!」と罵る(2枚目の写真)。
アパートに戻ったマリーは機嫌が悪い。クリスにも台所のことで罵り、逆に、「なんで娼婦にならなかったのさ?」と言われる始末。怒りの矛先は、寝室に行けという命令を無視してテーブルの上でドールスの本のブックカバーを作り続けるシスケに向けられる。マリーはいきなり本を取り上げると(1枚目の写真)、すぐにページを破り始める。シスケは「返せ、このバカ野郎!」と叫ぶが、マリーはお構いなしにページをむしり取る(2枚目の写真、矢印は破ったページ)。シスケは、置いてあった包丁をつかむと、マリーの首を刺す。頚動脈が切れ大声で叫ぶマリー。それを見て、シスケは自分が手に持っていた包丁(3枚目の写真、矢印)を、床に落とす。正直言って、母親殺しを見て快哉を叫ぶことができるのは、この映画ぐらいだろう。それほど、マリーは腐りきっていた。
自分が犯した重大な罪を認識したシスケは、アパートを逃げ出すとヤンスおばさんの所に飛んで行く。そして自分の仕出かしたことを打ち明ける。ヤンスは、シスケをベッドに寝かし、事件がどうなったか確かめに行く。そして、店に帰ってきた時には、いつもの刑事も一緒だった。ヤンスは寝ているシスケを起こす。刑事が、「お母さんは死んだ」と教える。シスケは、「そんなつもりじゃなかった。ヤンスおばちゃん 怖いよ」と泣きながら抱きつく(1枚目の写真)。次のシーンでは、留置場にいたシスケを刑事が連れに来る。裁判の後なので、留置期間はかなり長かったハズだ。シスケは手錠をかけられ、警官1名がついて囚人護送車に向かう(2枚目の写真)。扉の外の警官が読んでいる新聞には、「Jonge moordenaar veroordeeld(幼い殺人者、有罪)」との見出しが付いている。そこにはシスケの父も待っていて、息子に抱き付く。シスケは、「釈放されたら、父ちゃんやヤンスおばちゃんと一緒に暮らせる?」と尋ねる。「もちろん。二度と離れないからな」。シスケは、そのまま囚人護送車に乗せられ、刑務所に向かう〔原作を読んでいないので分からないが、ネット情報によれば、原作では「tuchthuis(矯正院)」送りと書かれている。しかし、映画では刑務所に送られる。どちらが正しいのかは不明だが、11歳の少年が刑務所というのは違和感がある〕。刑務所に着いたシスケは、直ちに囚人服に着替えさせられる(3枚目の写真)。その時、服を渡した模範囚が「頑張れ〔Sterkte〕」と声をかけるが、直ちに刑務官に「口を閉じてろ」と叱咤される。そのあと、シスケは所長室に連れて行かれる。所長は、「ナイフで殺すような奴は大嫌いだ。私の意見では、6ヶ月というのは極めて寛大な判決だ。少しでも気に食わないことを仕出かしたら、惨めな目に遭わせてやる」と厳しく言い渡す。
次のシーンは、いきなり食堂に変わる。看守が合図の笛を鳴らす。シスケはどうすべきか戸惑うが、みんなが食べているので、そのまま食べ続ける。2回目の笛で一斉に食事をやめるので、シスケも慌ててスプーンを置く。3回目の笛で全員が立ち上がり、左右それぞれ一列になり、自分の皿を持って部屋の中央の台に置いて行く。シスケも列に並ぶが、隣の列の囚人がシスケの皿からスプーンを取り上げる(1枚目の写真、矢印)。異常に気付いた刑務官は、シスケの前まで来ると、「スプーンはどこだ?」と尋ねる。シスケは、なぜか「知りません」と答える。刑務官はシスケの体を調べると、「今度スプーンを失くしたら、以後は手づかみで食べることになるぞ」と警告する(2枚目の写真)。次のシーンではパジャマに着替えた囚人が、それぞれの独房に入れられていく。シスケの番となり、生まれて初めて独房に入る(3枚目の写真)。看守が去った後、囚人たちから、一斉に「母親殺し〔Moedermoordenaar〕!」の声が上がる。
シスケがトイレの床拭きをしていると、スプーンを奪った囚人が、大勢の仲間とともにトイレに入って来る。普通なら、悪戯をされた時に告げ口しなければ許してもらえるはずなのに、この囚人はさらにひどいことをする。シスケの前に立つと、バケツや床に向けて小便をかけたのだ(1枚目の写真)。怒ったシスケが飛びかかるが、体の大きさが違うので相手にもならない。そこに刑務官が入ってくる。「何事だ?」。囚人は、「こいつがいきなり殴りかかったんで」と嘘をつく。刑務官は、シスケに「拭け」と命じるが、シスケは「いやだ!」と抵抗する。事態を正確には把握した刑務官は、小便をかけた囚人に掃除を命じる。その時、シスケに同情的な囚人〔最初に「頑張れ」と声をかけた囚人〕が「フライムットが悪いんじゃありません」と言うが、刑務官は「口を閉じてろ」と制止する。TV版では、刑務所の場面での大きな追加は1つだけ。それは、この親切な囚人とシスケが2人で話していると、さっきのワルがやって来て絡む場面。シスケは6ヶ月も刑務所にいたが、これ以外には虐められるシーンはない。次のシーンは、以前 感化院にもいた神父がシスケの独房を訪れる場面。「ここで君に会うとは思わなかった。シスケだったね?」。シスケは恥ずかしくてうつむく(2枚目の写真)。神父は、シスケと一緒に座ると、「なぜ、こんなことに?」と優しく訊く。「言いたくありません」(3枚目の写真)。
ブライシュが刑務所を訪れ、神父に会って話し合う。神父:「よく いらっしゃいました」。ブライシュ:「彼はどうしてますか?」。「あまり良くありません。じき、父親とおばさんと一緒に住めるという思いにすがっています。だから、あなたのお手紙にはびっくりしました」。手紙には、おばさんが父との結婚に二の足を踏んでいるということが書いてあった。シスケの父親より ずっと生真面目なヤンスは、シスケの母親殺しで結婚が可能になったという事実に強いわだかまりを感じていた。「シスケはいったいどうなるのでしょう?」というブライシュの問いかけに対し、「自分で決めるでしょう」。このあと、映画では、ブライシュとシスケが中庭で話すシーンに移行するが、TV版では、シスケが作業をしていると、その部屋の入口に、神父に連れられて先生が現れる短い場面が追加されている。シスケは駆け寄って先生に抱き付く(1枚目の写真)。2人の仲の良さが分かるので追加した。そして、中庭のシーン。シスケはヤンスの赤ちゃんが双子だったと知らされる。そして、「クラスのみんなは?」と訊く。「ベッチェはいつ君が戻るか知りたがってた」。「校長先生は、僕にはもう いて欲しくない…」。「だろうな」。そこに所長が来て、シスケは戻され、2人だけになると、「彼は、もう生意気で規律のない不良ではありません」と伝えるが、刑務所に来てからのシスケが「生意気で規律のない不良」だったシーンは1つもない。この後に囚人の自殺未遂騒動があり、すぐにシスケの釈放となる。神父は、「いいかいシス、罪は償った。もうすべて終わったのだ」と勇気付ける。「でも、ヤンスおばちゃんは、もう僕を欲しがらないよ」〔いつ、知ったのだろうか?〕。「君のことが大好きなのは変わらない」。そこにブライシュが迎えに現れる。映画では、この後、いきなり2人は自宅付近を歩いているが、TV版では、出口まで2人を見送る神父の短いシーンがある(2枚目の写真)。そして、アパートに着き、父親に抱きかかえられる(3枚目の写真)〔本来は、父親が迎えに行くべきであろう。後で、迎えに行く交通費すらなかったと言うが、それなら交通費を借りて行けばいいわけで(ブライシュのお金だけでなく、時間も無駄にさせている)、あまり誠意が感じられない〕。
シスケがヤンスおばさんの店の反対側で立っていると、それを見つけたおばさんが道路を横切って走ってきて抱きしめてくれる。彼女がシスケを好きなことに変わりはない。彼女は、シスケを店に連れて行き、ベビーベッドに寝かした双子を見せる。シスケは嬉しそうに挨拶する(1枚目の写真)。シスケは、「どうして、父ちゃんと結婚したくないの? 僕のせい? 他に好きな男(ひと)ができたの?」。「あなたには関係ないの。コルと私の問題。あの人は あまりにも…」〔きっと、ご都合主義的とでも言いたかったのだろうが、シスケの手前、そこでやめる〕。「また寄っていい?」。「もちろんよ」。シスケは、ヤンスにじゃがいもを1袋もらい、途中で店主から捨て犬をもらってアパートに帰る。シスケは、夕食にマッシュドポテトを作って父親の帰りを待つ。父は、今日も仕事は見つけられなかった。シスケは、「父ちゃん、双子は見たの?」と訊く(2枚目の写真)。次のシーンでは、ヤンスが「後でね」と声をかけて店から出て行くと、それを隠れて見ていたコルが店に入って行く。中ではシスケが双子のお守りをしている。そこに父が入って来たので、シスケは双子の名前を言って紹介する〔父が、自分の子供にすら会わせてもらえていないという設定は信じられない〕。そこに、財布を忘れたヤンスが戻って来る。コルがいるのを見たヤンスは、「こんなことしちゃダメじゃないの」とシスケを責める。「俺が頼んだんだ」。「出て行って。2人ともよ」(3枚目の写真)。
寂しくなったシスケは、学校の前に行ってみる。ちょうど出てきたベッチェは、「戻ったの?」と訊く。他の生徒が「人殺し!」と嘲る声も聞こえる。「一緒に家まで行っていい?」。「両親が、あなたにはもう会うなって」。そこに校長が出てきて、「君の顔は二度と見たくない。ここから立ち去れ!」と追い払う。シスケが港のクレーンの上でボーッと座っていると、それを見つけたヤンは、「ついてるな」と仲間に言って、こっそりと登って行く。そして、後ろに立つと、「おい、鼠!」と声をかけ(1枚目の写真、矢印はヤン)、立ち上がったシスケが「何の用だ?」と訊くと(2枚目の写真)、「汚らわしい母親殺しめ!」と言って、唾を吐きかける。シスケは顔を拭うが何もしない。ヤンは、さらに拳でシスケの腹を殴る。それでもシスケは何もしない。ヤンが顔を殴ろうとした時、シスケが避けたので、勢い余ったヤンは海に落ちる。ヤンは、「泳げない! 助けて!」と叫ぶが、仲間の2人は傍観しているだけ。シスケは思い切ってクレーンから飛び込む。そして、感化院で習った平泳ぎで何とかヤンを岸まで届ける(3枚目の写真)。しかし、立ち泳ぎはできないらしく、岸壁から伸ばした手になかなか捉まれない。
場面は病院に変わり、ベッドで眠っているシスケの手を父が握っている。そこに、知らせを受けたブライシュとヤンスが入ってくる。ヤンスはシスケの手を握る。目を覚ましたシスケが、「ヤンスおばちゃん」と声をかける。コルとヤンスは互いに目線を交し、シスケの上で手を交わす(1枚目の写真)。話は急ピッチに進む。校長がシスケの胸に勲章を付ける。そして、「君を信用していない時もあった。だが、今は誇りに思っているよ」と言って、肩に手を置く(2枚目の写真)「よくやった!」。ベッチェが「校長先生」、意地悪の極みだったヤンが「一番大事なこと言い忘れてます」と呼びかける。「それに、無論のことだが、君は学校に戻っていい」。集まった5人から歓声が上がる。最後は、父コルとヤンスおばさんの結婚式。式を終えて記念写真を撮影する(3枚目の写真、矢印は後姿のシスケ)。そこには、ブライシュ、5人の生徒に加えて神父や刑事の姿もあった。
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