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Room ルーム

カナダ映画 (2015)

ジェイコブ・トレンブレイ(Jacob Tremblay)が主演する感動作。エマ・ドナヒューが2010年に出版した同名小説の映画化で、全部で208の賞にノミネートされ、91の賞を獲得した。マー(母親)役のブリー・ラーソンはアカデミー主演女優賞ほか37の主演女優賞を獲得、ジャック(子供)役のジェイコブはナショナル・ボード・オブ・レビューの最優秀新人賞ほか14の賞に輝いている。性的奴隷にするために17歳で拉致監禁された女性の子供として産まれ、一度も外の世界を見ないで育った5歳の子供の物語、という衝撃的な設定にもかかわらず、観る者を感動させる爽やかさを持った不思議な映画だ。

映画は、全編が5歳の誕生日を迎えたジャックの視線で語られる。ジャックは母が監禁されている「部屋」で産まれ、以来5年間、一度も「部屋」から出たことがない。本物だと彼が信じているものは、自分と母と、部屋の中にあるものだけ。天井に設けられた小さな天窓の上には宇宙が広がっていて、他には「部屋」しかないと信じ込まされている。テレビに映っているものは、テレビの中だけに存在しているもので、本物ではないとも。母を監禁しているニックの役割は知らされておらず、ニックが来る時は、タンスに閉じ込められる。従って、ニックはジャックの顔を一度も見たことがない。それは、監禁者であるニックを、ジャックの父親として認めたくない母親としての精一杯の抵抗でもある。そんな母に守られるように、「部屋」という仮想空間に順応するよう育てられたジャック。そこには、「監禁されて」という言葉から連想するような悲惨さはない。ジャックにとっては、そこは全人生の場だったので。ところが、そこに、大きな変化が生じる。ジャックがニックに興味を持ち、母のベッドで寝ているのを見に来て、見つかってしまったのだ。ジャックを見られまいとする母はニックと大喧嘩になり、翌日、制裁措置として、真冬だというのに、「部屋」の電気が切られてしまう。しかし、それは母にとって、千載一遇のチャンスだった。ジャックが、寒さで肺炎を起こしたことにして、ERに連れていかせ、そこでSOSを出すというシナリオ。しかし、その計画は、そもそもERに行くことを拒否されたため失敗。そこで、ジャックが死んでしまったことにし、死体を絨毯で巻き、トラックに積んで埋めに行く途中で逃げ出すという計画を考え出す。絨毯で巻いても、ほどけばバレそうだが、母は、それまでずっとジャックには一切触れさせないという方針を貫いてきたので、絨毯を巻いたままにしておくよう「悲嘆にくれる母親」が頼んでも不審に思われないのだ。そして、脱出に成功したジャックを待ち受けていたものは…

ジェイコブ・トレンブレイは、出演時8歳だが(映画の撮影は2014年11月10日~12月15日に行われ、ジェイコブの誕生日は2006年10月5日)、うまく5歳児の雰囲気を出している。演技は実に自然で、台詞の多い前半も見事だが、台詞の少ない後半の感情表現も巧い。


あらすじ

映画は、ジャックの独白から始まる。ジャックの独白は映画の中で何ヶ所もあるが、冒頭のこの部分は、イントロのようであって、実は奥が深い。【昔々、僕が 来る前。マーは、泣いて泣いて、一日中テレビを見てた。ゾンビになるまで。でも、僕が天国から急降下してきた、天窓を通り「部屋」へ。そして、お腹の中から蹴った。それから、じゅうたんの上に、目を開けて飛び出した。へその緒を切ると、「いらっしゃい、ジャック」】。天窓とは、部屋の真上に付けられた小さなガラス窓のことだ(1枚目の写真)。なぜこの独白が重要かというと、それは、ジャックの「部屋」における自らの役割を肯定しているからだ。つまり、ジャックには、「監禁されている」という認識もなければ、「母のせいで こんな目に」という恨みもない。「僕と母は仲良く一緒に暮らしてる」ということを明確に言っているからだ。次のシーンで、ジャックは独白の夢から目を覚まし(2枚目の写真)、隣で寝ている母に、「マー、ボク 5つだ」と話しかける。今日は、自分の誕生日なのだ。そして、日課になっている、朝の挨拶を始める。「おはよう、スタンド」(3枚目の写真)「おはよう、植物」「おはよう、たまごヘビ」「おはよう、じゅうたん」「おはよう、たんす」「おはよう、テレビ」「おはよう、洗面台」「おはよう、トイレ」。植物は1つだけある鉢植え。たまごヘビは、卵を割った殻を数十個糸でつないだものだ。この挨拶も重要な伏線となっている。
  
  
  

夕方が近づき、母が、「ねえ、今日 何するか知ってる?」とジャックに打ち明ける。「一緒にバースデーケーキを焼くの」。「バースデーケーキ? テレビみたいに?」。ジャックが生まれて5年。知っているのは、小さな天窓の付いた小さな部屋の中だけだ。その「部屋」の中にあるものだけは「本物」で、あとは、テレビの中にしか存在しないと思っている。バースデーケーキも今年が初めてなので、「テレビみたいに」という表現になる。ジャックは卵を割り(1枚目の写真)、母と一緒にケーキを焼く。焼きあがった丸いケーキの上には「5」と書かれている。「つぎは、ロウソクだ」とジャック。しかし、蝋燭はない。「本物の、バースデーケーキなら、火のついたロウソクがなきゃ」と責めるが(2枚目の写真)、何もかも手に入る訳ではないのだ。一緒にお風呂に入り、洗濯物を干し、『モンテクリスト伯』を語って聞かせる母。これも伏線になっている。。
  
  

その日の夜は、通称「ニック」が来る日だった。ジャックは、母の強い意思で、ニックには一度も顔を見せていない。だから、ニックの来る日には、狭いタンスの中で寝させられる(1枚目の写真)。ジャックがタンスに入り、しばらくして、ドアのロックが外れる音がし、ニックが入ってくる。「これ何だ? バースデーケーキか?」「言えばいいんだ。プレゼントを持ってきたのに。ところで、彼いくつだった? 4歳?」。そして、ベッドがきしみ始める音が聞こえてくる。ジャックは、「1、2、3…」と数えながら、独白へと移行する。【「部屋」がある。それから、外の宇宙。星は、テレビの中だけど。それから、天国】【テレビの人は、平ぺったくて色がついてる。でも、ボクたちは本物。ニック… 彼が本物かどうか分からない。きっと、半分だけだ】。数は、「50、51…」と増えている。翌日、ジャックがネズミを見つける。嬉しそうなジャック(2枚目の写真)。食べ物のかけらを床にまいて、友達になろうとしていたら、いきなり本が飛んできて、ネズミは逃げて行った(3枚目の写真)。「殺しちゃった! 生きてたのに。本物だった!」と怒るジャック。母が「ばい菌を持ってるし、眠てる間に噛みつく」と言っても、「ネズミは友達だ。なのに、殺しちゃった」と怒りは収まらない。母:「してない。素早いの」。「だましてる?」。「いいえ、ジャック、誓う。裏庭にあるオウチで、マーと元気よ」。「裏庭って何? テレビの中に住んでるの?」。ネズミと裏庭、これも重要な伏線だ。
  
  
  

次に、ニックがやって来た日のこと。ジャック用のビタミンがなくなってしまったので補充を頼んであったのだが、「金の浪費だ。役に立たん」と言われてしまう。母が、「こんな食べ物じゃ」と不満を言うと、「また、始めるのか。文句ばかりじゃないか。感謝ぐらいしろ」。それにしても、拉致監禁・性的虐待をしておいて「感謝」とは… まあ、正常な人間ではないのだから、常識を期待しても仕方がない。ニックはさらに、「君は、今の社会情勢が分かってない。電気代を誰が払う? 食費とかすべて。どうやって工面してると思う?」。そして、この話の真意を問われると、「6ヶ月、失業してる」と打ち明ける(1枚目の写真)。「少しは心配になったか?」。「どうしてるの? 職探し?」。「仕事なんかない!」。だから、ビタミンもカットしたのだ。1回前の訪問の時も、「ブドウは すごく高かったから、ナシの缶詰に」と言っていたが、それも、失業してお金がないからだ。ジャックの起きている気配に気付いたニックが、「頭が2つある怪物とか?」と冗談交じりに訊き、キャンディーで釣ってジャックをたんすから出そうとするが、母は、断固拒絶する。そして、強制セックス。母のベッドで一緒に寝てしまったニックを見てみようと、ジャックがたんすから出て来る。寝ているニックを見下ろしていると、突然ニックが目を覚して、「やあ、坊や」と声をかける。その声で目覚めた母が、ジャックに「逃げなさい!」と言いながらつかもうとする(2枚目の写真)。母は、ジャックに触らせまいと、「触らないで!」と叫ぶ。ニックは「わめくな!」と怒鳴り、母の首を絞める。「あの子に触らないで!」。「俺に逆らんじゃない。今度 あんなことしてみろ。殺してやる。分かったか?」。「あの子に触らないで」。「ああ。ちゃんと 縛りつけとくんだな」。母が、これだけニックとの接触を拒否するのは、最低の人間のクズであるニックがジャックの父親であるという事実を、全否定することで、「ジャックの中のニックの存在」を消し去りたかったからだ。しかし、この母の姿勢は、最重要の伏線になっている。ジャックは、自分のせいで母がひどい目に遭わされたと思い、「ごめんなさい。許して」と泣いて抱きつく(3枚目の写真)。
  
  
  

次の日の朝、ジャックが目を覚ますと、吐く息が白い。大きく息を吸って吐いてみる(1枚目の写真)。テレビで見た竜の吐く炎に見立て、「マー、ボク、ドラゴンだ」と母を起こす。母は、冷気と、スタンドが点かないことから、すぐに「電気を切られた」と気付く。昨夜の反抗への復讐だ。これを機会と捉え、母は、ジャックにすべてを話そうと決める。まず、分かりやすいところからと、先日のネズミの話から始める。「ジャック、ネズミのこと覚えてる?」「どこにいると思う? 壁の反対側にいるの」。「反対側って?」。「何にでも、2つ面があるの」。そして、顔の前に左手を掲げ、「こんな壁」と言い、「私たちは、こっちにいる」「ネズミは外側にいるの」(2枚面の写真)。「宇宙に?」。「ううん、この世界よ。宇宙みたいに遠くない」。さらに、「ニックは、どこから食べ物を?」とジャックに質問する。「テレビから、魔法で」。「魔法なんてない。テレビで見てるものは、本物の映像なの。本物の人々や、本物の品物の」「映ってるものは、全部本物なの。海も、木も、猫も、犬も…」。「ウソだ」と反発するジャック(3枚目の写真)。母が、天窓に落ちている一枚の葉っぱを見せても、「マー、バカだね。葉っぱじゃない。緑じゃないもん」。「木についてる時はね。でも、落ちると腐るの」。「他のは、どこにあるの? 木や犬や猫や草は?」。「天窓は 真上を向いてるから、見えないの」。「ボクを ダマしてるんだ」。母は、さらに話しかける。「前は、あなたが小さ過ぎたから、理解できないと思って、お話しを作ったの。でも、今は 逆にする。いい? 嘘の逆。本当の話。あなたが5歳だから。5歳なら、もう十分世の中を理解できる。理解して欲しいの。理解しなくちゃいけないの。こんな生活 続けられない。助けてよ」。母の狙いはここにあった。そして、自分の過去の話を始める。「私が17になった時、学校から帰る途中、男がいて、犬が病気だって言うの。犬が病気だと嘘を。犬はいなくて、ニックが私を さらった。彼は、庭の小屋に私を入れた。「部屋」は小屋なの。ドアに鍵をかけた。彼だけがコードを知ってる。ドアを開ける秘密の番号よ。私は7年間も、ここに閉じ込められてるの」。母の打ち明け話を、「こんな話、退屈だ!」と拒絶するジャック。「世界は、すごく大きいの。信じられないくらい大きいの。「部屋」は、その最低の一部なの」。この言葉にジャックはカチンとくる。「「部屋」はサイテーじゃない!」(4枚目の写真)。ジャックは悔しくて泣く。これまで5年間、自分のすべてだった「部屋」、毎朝、お早うの挨拶をして親しみを感じている「部屋」を、「最低」とけなされて悔しかったのだ。「部屋」を愛し、擁護するジャックのけなげさと、その境遇にジンと来る。
  
  
  
  

しかし、一晩たち、天窓から差し込む朝の光を見るうちに(1枚目の写真)、ジャックに、母の話が染み通っていく。そして、遂に、テレビには本物が映っているのだと納得する。「ニックが来たら、やっつけてやる」と言い出すジャック。しかし、母は、トイレタンクの蓋で頭を叩き割ろうとしたが失敗し、その時に傷めた手首がまだ痛いと打ち明け、力では無理だと諭す。ジャック:「彼が 眠るまで待ってて、殺そう」。母:「できるけど、食べ物がなくなる。ドアのコードを知らないから」。そして、「ジャック、よく聞いて。今がチャンスなの。今度は、きっと うまくいく。だから、助けて。2人で ニックを騙してやるの」と提案する(2枚目の写真)。「あなたの顔を熱くするの。ニックは、トラックで病院に連れて行く。着いたら、お医者さんに言うの、「助けて、警察を!」って」。「来年、6歳になったらやる」。「今夜よ。今夜しかない。ニックに言えるのよ… 電気を切ったから、あなたが風邪をひいて高熱だと」。そして、鍋で湯を沸かし、ジャックの顔に湯で絞ったタオルを押し付けて、顔面を熱くする(3枚目の写真)。「いいわね? 弱ってるから、動かず、黙ってるの」。そして、ニックが入ってくる。「ジャックが病気よ。すごく寒かったから」。「自分で招いたことだろ」。「保温できなかったから。すごい熱なの」。「鎮痛剤を飲ませりゃいい」。「飲ませたけど、吐いて戻しちゃう」。そこで、ニックは本当に高熱か触ってみようとする。「やめて、やめて!」と阻止する母。実は触って欲しいので、この反対は演技だ。ニックに触らせまいとする行動パターンを見せ続けることが重要なのだ。ニックは母を押しのけ、実際に触ってみて、「何てこった、燃えるようだ。分かった。何か強いものを 持ってくる」。「でも、5歳なのよ。脱水状態で、高熱。いつ何時、発作が起きるかも!」。「分かった、明日の夜、何か持って来よう」。「ダメ、今すぐERに連れてって!」。しかし、最後の叫びは、「この ヒステリー!」でドアが閉められ、母の目論みは叶わなかった。
  
  
  

母の頭をよぎる『モンテクリスト伯』の一文。エドモンがシャトー・ディフの牢獄から脱出した部分だ。「鞄に入り、牢番が来るまで、そこで じっとしてた。それをやればいい。分かる? 悪戯みたいよね。病気のふりじゃなく、やるのは死んだふり」。それは、床に敷いてある絨毯でジャックを簀巻きにし、そのままニックに運び出させるという案だった。いつものように、触るなと言えば、埋葬地点に着くまで、絨毯で巻いたままトラックで運ぶだろう。トラックに乗せられたら、簀巻きから出て、すぐに逃げればいい。母は、そう考えたのだ。それからは、練習。ジャックを絨毯の端に横にならせ、手で顔を覆わせ、巻いていく(1枚目の写真)。巻いていくのは簡単だが、ジャックが一人で、巻いた絨毯から抜け出すのは大変だ。「回れ、回れ!」「それでいい。さあ、くねくねよ、くねくねして」。やっとの思いで抜け出て、「大きらいだ!!」と叫ぶジャック(2枚目の写真)。それでも、練習は続く。次の段階は、抜け出すタイミング。それを、「トラック、くねくね、飛びおり、走る」と教える母(3枚目の写真)。トラックの荷台に乗せられたら、すぐにくねくねして絨毯から出て、停車した時に飛び降り、走って逃げろという指示だ。さらに、「飛び降りるのは、最初の一時停止標識でトラックが停まった時。誰でもいいから、叫ぶのよ」と教える
  
  
  

そして、遂に決行。簀巻きにすると苦しいのでニックがドアの所にきてから巻き始める。「抗生物質だ。何してる?」。「夜の間に悪化して、目覚めなかった」。「何てことだ。可哀想に。深刻に考えるべきだった」。「私の坊やを殺した!」。「ムキになるな。一目 見せて」。「触らないで!!」。ここで、こう言っても不自然ではない。いつも言ってきたからだ。さらに、「素敵な場所へ」。「分かった」。「木のある所に」。「木だな。そうする」。「この子を、その不潔な目で 絶対に見ないと誓って。彼を 見ないと誓って!!」(1枚目の写真)。「誓うよ」。これで、少なくとも、トラックに乗せるまでの安全は確保された。ロック番号を見られないよう、母に壁を向かせ、ドアを開けて急いで絨毯を出すニック(2枚目の写真)。そして、そのまま手で抱えて庭をトラックの方に向かう(3枚目の写真)。因みに、右に映っているのが「部屋」のある小屋だ。
  
  
  

赤い小型トラックの荷台に乗せられたジャック。何度もあがき、ようやく足が出る(1枚目の写真)。そして、絨毯が完全に取れた瞬間、ジャックの頭上に広がるどこまでも青い空。そのあまりの大きさに、目を見張るジャック(2枚目の写真)。感動的な瞬間だ。トラックは交差点で曲がる際、標識に従って一時停止したが、ジャックが降りる間もなくすぐに発進、ジャックは尻餅をつく。その音で、何が起きているか気付いたニック。「畜生! くそアマ!」と罵って車を止め、ジャックを捕まえに行く。その隙に、ジャックは側板を乗り越え(3枚目の写真)、地面に落ちる。そして、痛くてもすぐに走って逃げる。しかし、運悪く犬を散歩させている男に衝突。ニックに捕まってしまう。そのまま、トラックに引きずられていくが、「助けて」と言い、手に持ったSOSの紙を男に渡そうとする(4枚目の写真)。結局、その紙はニックに奪われるが、「マー!」「助けて!!」の声に、男が警察に電話をかけ始めたため、ニックは、「くそっ!」と言って、ジャックを放り出し、トラックで逃げて行った。パトカーが到着するまで、芝の上に横になったままのジャックは、落ちていた1枚の「緑色でない葉っぱ」を手に取り、しみじみと眺めるのだった(5枚目の写真)。
  
  
  
  
  

パトカーの女性警官は、親身になってジャックを心配し、人見知りして、口もきけない状態のジャックから、ポツポツと話を引き出していった。名前を訊いた後、「年齢は言えるかな?」。「ボク、5つ」。「それは素敵ね。じゃあ、どこに住んでるのか、言える?」「ママはいるの、ジャック?」。「マー」。「そう、ママの名前 分かる?」。「覚えてない」。「今、ママは どこにいるの?」。「「部屋」」。「どんな部屋? ジャック、部屋はどこにあるの? 部屋は… 部屋の外は どうなってるの?」。「宇宙、ううん、世界」。「いい、聞いて。あなたがドアを出ると…」。ここでジャックが首を振る。「ない? 知らないの?」。「ドアの開け方 知らない」。「部屋に日光は入るの? いいわ、じゃあ、窓は幾つ?」。「ゼロ」。「じゃあ、お日様はどうやって入るの」。「天窓から」。「天窓? そう、すごいわね。天窓のある家に住んでるの?」。「ううん、家じゃない」。「そう」。「ええと…」。「何?」。「「部屋」は、小屋」(1枚目の写真)。「小屋? ジャック? 小屋なの?」。「そう、いい子ね」「いい、よく聞いて。なぜトラックから 飛び降りたの?」。「マーが、そうしろって」。「ママは、正確に どう言ったの?」。「スピードが落ちたら 飛びおりろって」。「分かった。で、どうしたの?」。「3回、向きが変わった」。「3回、何だって、ジャック?」。「3回、ゆっくり。毎回、向きが変わった。それから停まって、飛びおりた」(2枚目の写真)。これで、女性警官は、誘拐監禁事件を想定し、小屋の場所も凡そ検討をつけ、一斉捜査を無線で報告。たいした明敏さだ。数台のパトカーがニック宅の前で待機する中、ジャックを載せた車も到着。小屋から解放された母が、暗闇から姿を現し、ジャックを抱き締めて泣き崩れる様は、実に感動的だ(3枚目の写真)。不思議なことに、映画はここで終わりではなく、ちょうど半分に達しただけだ。
  
  
  

これまでは、ジャックが慣れ親しんできた「部屋」の中での出来事なので、すべてをジャックの視点で映像化することは容易だったと思うが、母が実社会に戻ると、そこはジャックにとっては異境の地。萎縮し、口数はゼロに近くなる。それでも、映画はジャックからの視点で描き続ける。そこが新鮮で素晴らしい。真っ白な病院の部屋で目覚めたジャック(1枚目の写真)。母が隣で寝ている。起きて、オネショしてしまったことに気付く。病室は角部屋になっていて、2面が大きなガラス窓だ。そこから見える都会のパノラマに引き寄せられていくジャック(2枚目の写真)。下を見下ろして急に怖くなり、ベッドに戻り母を起こす。「ここ 別の惑星?」。「同じよ。場所が違うだけ。ここは、病院の寝室」。「ボクたち病気? 病気のふり?」。「病気じゃないわ。まるっきり逆」。ジャックには、病気のふりをした2日前の記憶が生々しいのだ。「お漏らししちゃった。ごめんなさい」。母は、汚れたパンツを脱がせ、ゴミ箱に捨てる。「マー、もったいないよ」。それまでの「部屋」での生活が思いやられる言葉だ。洗面台の鏡の前にジャックを連れてきて、「私たちよ」と2人の姿を映す(3枚目の写真)。「「部屋」にあった汚れた小さな鏡では、2人並んだ姿など見ることができなかったのだ。母は、朝のシャワーに入る。ジャックが、「おフロは寝る前。それがルールだ」と抗議する。「ルールは もうないの。好きなようにできる」と母。お風呂にしか入ったことのないジャックは、怖くてシャワーに近づけない。
  
  
  

2人が休んでいると、ノックがする。そんな音を聞いたことのないジャックは、「マー、ドアが トントンだよ」。入ってきたのは、担当の医師。朝食を運ばせてきたのだ。パンケーキとフルーツ、病院食とは思えないので、ジャックへの配慮だろう。母が、「素敵じゃない。食べてみない? シロップがある。シロップって、甘いのよ」と勧めても、見たことのないものにジャックは手を出さない(1枚目の写真)。医師は、ジャック用にとマスクを渡す。「空気中は細菌で一杯。慣れるまで必要です」。医師は、母の決断を褒め、「あなたがされた 最も重要なことは、彼がプラスチック〔人格未形成〕なうちに、脱出させたことです」と言う。その言葉を文字通りに受け取ったジャックは、母に「ボク、プラスチックじゃない」と囁く(2枚目の写真)。ジャックは、プラスチックの専門用語としての意味を知らないので、自分が粘土細工のように言われて腹が立ったのだ。医師に、何を言ったのかと尋ねられた母は、「この子が言うには、自分は本物で、プラスチックじゃないと」。医師は、「一本取られたな、ジャック。君は本物だ。それに、とっても勇敢だ」と褒める。そこに、母の実父母が待ちきれずに入ってくる。闖入者に驚いてベッドに顔を埋めるジャック。祖母は、それを見て、「今日は、ジャック。娘を助けてくれて ありがとう」と優しく語りかけ、それを耳にしたジャックは顔を上げる(3枚目の写真)。因みに、祖母と祖父は離婚し、これから母が帰宅する家には、祖母と、友達のレオが住んでいる。
  
  
  

ジャックの何度目かの独白。【ドアの向こうには、またドアが。すべてのドアの後ろには、別の内側があって、別の外側もある。いろんなことが、次から次に起こって、終わらない。それに、世界ではいつも、明るさや暖かさが変わり、見えないバイキンが、そこら中にただよってる。小さかったときは、何も知らなかったけど、でも 今は5つで、何でも知ってる】。そして、母子は、実家へと向かう。家の前は、母子を歓迎するため集まってきた近所の住民とマスコミで一杯だ(1枚目の写真)。逃げるように家に入る一家。家の中にある階段に戸惑うジャック。どうやって足を動かしたらいいか分からないのだ。居間に入って、祖母から、「ねぇ、ジャック、何が飲みたい?」と訊かれても、前を見つめて無言のまま。母に、「あばあちゃんから訊かれたでしょ? 何か欲しい?」と訊かれ、ようやく、耳元で「ジュース」と囁く(2枚目の写真)。母に、「ねえ、今度、おばあちゃんに訊かれたら、自分で答えなさい。いつも、私に言う必要はないの」と言われても、簡単に順応できるものではない。2人は、一旦、母の以前の部屋へ。そこで祖母に、「明日、髪を切りましょう。どう思う、ジャック?」と訊かれ、母に、「これ あるから、ボク強い」と拒むジャック。今回の絨毯に入っての大冒険ができたのは、すべてこの髪のお陰だと信じているのだ。これも重要な伏線。そして、夕食。食事の途中で、祖父が「もう寝るよ」と席を立つ。母は、「具合でも悪いの?」「なぜ、そんなに急ぐの?」と問い詰め、最後に、「ジャックに 一言も声をかけてない」と決定的な一言を。祖父:「今、話さにゃならんのか?」。母:「そうよ、パパ」「彼を見て」「パパ」「お願い」。それに対し、祖父は、「申し訳ない。悪いが、できない」と拒絶する(3枚目の写真)。怒った母は、「もう十分」と言い、食事中のジャックを無理に立たせて(4枚目の写真)、自室に閉じこもる。祖父が、ジャックの存在を否定したのは、自分の娘を拉致監禁・強姦した憎い男の子供だから。母が激怒したのは、その憎い男とジャックを合わせないようにしてきた自分の「けじめ」を理解しようともせず、一方的に決め付ける偏狭さに対して。この祖父の態度が、母の精神のバランスを崩していくので、彼の罪は重い。
  
  
  
  

明くる日、居間のソファに並んで座る母子。昨夜の激論の理解できないジャックは、「おじいちゃんは?」と訊く(1枚目の写真)。母は、返事すらしない。その後、母は、自室で自分の高校時代の写真をジャックに見せる。4人で陸上のリレー走をしていた時の、仲間3人を見せ、「みんな、どうなったと思う?」とジャックに訊き、「なんにも。普通に暮らしだけ」と吐き捨てるように言う。母には、精神的な重圧が徐々に溜まっていくのだが、あくまでジャックの視点で描かれているため、ジャックのいないところで何が起こっているのかは、分からない。仲間3人から何の連絡もないため、苛立ちが募ったのかもしれない。一方、ジャックと同居人のレオとの間には、つながりが生まれる。ジャックが階上の廊下に座っているのに気付いたレオが、いるのに気付かないふりをして、「そうだった。キッチンに何かあったぞ。そうだ、確か あったはずだ、旨いものが」と独り言を呟き、ジャックをキッチンへと引き寄せたのだ。そこで、甘いセリアルを食べさせてもらうジャック。優しいレオに安心したのか、ようやく重い口を開く。「ホントに 犬 もってる?」(2枚目の写真)。ジャックは、犬を飼うことが夢で、「部屋」には、空想上のペット犬ラッキーがいたくらいなのだ。前日、レオが犬を飼っていて、今は、ジャックの免疫力が弱いため、犬は他所に預けてあるという会話も、しっかり聴いていた。「持ってる。名前は シェーマスだ。時々、会うといい。握手もできる」。「ボク、ラッキーって犬もってた。でも、本物じゃなかった」。ジャックは、その後の医師の診察でも、順調な回復振りを見せる。しかし、その背後で、祖母が、「部屋から 出ないんです」。「ご心配なく、完全に正常です。回復には 時間がかかります」という会話が聞こえてくる。母の状態は悪化する一方なのだ。
  
  

ジャックが母の自室でモバイルのアニメを見ていると、怒った母が、1階に引っ張って行き、山と積まれたおもちゃを指差す。すべて、ジャックを同情したいろいろな人々からのプレゼントだ。しかし、ジャックは、「欲しくない」。レゴの箱を開け、強制的にさせるようとする母。「よく見て、こんな風に つなげるの。やり方 分かった? やってみて」。渋々始めたッジャックに、「楽しい? ジャック? 何か 言ったら?」。ジャックは黙ったままだ。母は祖母に、「何か 本物で遊ばせないと。モバイルのゲームじゃ心配なの」「私 モバイル貸さないから、貸さないで」と言う。祖母が、「ジョイ、彼、本当によくやってる」とジャックを庇うと、「私 どうしちゃったのかしら? 幸せになれるはずだった」と泣き出す始末。その姿を心配そうに見るジャック(1枚目の写真)。しかし、祖母の「少し 休んだ方がいいわ」の言葉には、「違うの、休む必要なんかない!」と反発。「でも、お医者さんが…」。「医者は言ってない。知ってるはずない、守秘義務があるから。だから、放っといて!」。「勝手にしたら! まともに話せる状態じゃない」。「悪かったわね」。「謝らなくて 結構!」。「そうよ、謝るもんか! 私の考えなんか、何も知らないくせに!」とエスカレート。2人の口論は激しくなる一方で、ジャックは床にうずくまり耳を塞いでいる(2枚目の写真)。その姿を指して、祖母が、「彼を 見なさい! 彼のことを 考えてあげなさい!」と指摘すると、「息子のことで、口は挟まないで! 悪いけど、私はもう 優しくないの! いいこと… あの時、あんたの「優しく」という声が頭をよぎらなかったら、病気のクソ犬を偽った男なんか、助けなかった!」と叫ぶように言う(3枚目の写真)。アカデミー主演女優賞に輝いた迫真の演技だ。ここで、母は、自分が拉致された原因が、祖母の「人には優しく」という教育にあったと責めている。精神的崩壊がかなり進んでいる証拠だ。そして、それを決定的にしたのは、母が取った次の行動だった。
  
  
  

母は、弁護士に電話し、人気番組でのインタビューに同意する。番組の収録が始まり、「ジャックが産まれた時、それまでとは違いましたか?」と訊かれ、「ジャックが産まれて、すべてが変わったわ。とっても可愛くて、だから、守らなくちゃって思ったの」。それを見ているジャックの嬉しそうな顔。しかし、「大きくなってから、ジャックに、父親のことを話しましたか?」と訊かれ、「ジャックは、彼のじゃない」と母が答えた時のジャックの表情は複雑だ(1枚目の写真)。何も聞かされていないので、当然だろう。インタビュワー:「彼のじゃない… 他にも男性がいたのですか?」。母:「いいえ。まさか。父親とは、わが子を愛する男でしょ」。「もちろん。現実には おっしゃる通りですが、生物学的な関係は?」。「そんなの、「関係」じゃない。ジャックは、私だけのものよ」。「彼が産まれた時、思ったことはありませんか? 監禁者に頼もうとは… ジャックを連れ去るよう」。「連れ去る?」。「ええ、病院に連れて行き、捨て子として発見されるように」。「なぜ、そんなことを?」。「ジャックを 自由にするため。あなたが究極の犠牲者だということは分かりますが、彼は正常な幼児期を持てたと思いますか?」。「でも、彼には私が」。「もちろん そうでしょう。でも、それは、彼にとって最善の途でしたか?」。現実には、こんな酷な質問することはあり得ないと思う。捨て子として児童擁護施設で母親の愛情なしに育つ方がいいか、監禁状態に置かれていても母親の愛情を浴びて育つ方がいいかなどという比較は、質問すること自体が人権に係わる誹謗的行為だ。しかし、映画では、この質問がなされ、母の精神は崩壊した。インタビューが終わり、放心状態の母(2枚目の写真)。そして、夜、母がベッドにいないことに気付いたジャックが、咳き込む音のする洗面所に向かう。そして、ドアを開け、床に倒れた母を発見し、「マー!!」と絶叫する(3枚目の写真)。原因の詳細は不明だ。悲鳴で駆けつけた祖母とレオが救急車を呼ぶ。搬出される母を、涙を流して見送るジャック(4枚目の写真)。
  
  
  
  

数日(?)して、母から電話がかかってくる。ジャック:「マー?」。母:「どうしてる?」。「帰ってきて」。「今は できないの。できるだけ…」。「今すぐ、帰って」。「もうちょっと、ここにいなくちゃ いけ…」。「ボクは、2人でいられて よかった!」(1枚目の写真)。それだけ言うと、ジャックは、電話を放り出した。この最後の言葉は、インタビューの最後の質問、「でも、それは、彼にとって最善の途でしたか?」に対するジャックなりの返事だった。そして、独白が入る。【マーは、ボヨーンと天国に行こうとして、ボクを忘れてった。バカな、マー。だから、宇宙人が投げかえした。ピシャッ! で、壊れちゃった】(2枚目の写真)。このことから、母が自殺を試みたらしいことが分かる。そして、それに対する痛烈なジャックの批判も。そんなジャックを喜ばせようと、免疫力の付いたジャックのために、レオが犬を連れて来る。それを見た時のジャックの嬉しそうな顔が感動的だ(3枚目の写真)。
  
  
  

精神的に強くなったジャックは、祖母に向かって、「おばあちゃん。はさみが いるの」と申し出る。「何のため?」。「髪を切るため」。「本当に切りたいの?」。「ママに送りたい」。「どうして?」。「ボク、これがあるから 強い。だから、あげたい。届けてくれる?」(1枚目の写真)。その言葉に感動する祖母。ジャック:「うまくいくと思う? ボクの強さで、マーも強くなる?」。祖母:「ええ、もちろんよ。助け合えば強くなれる。一人じゃダメなの。あなたとママは、助け合ってきたのよね?」。「そう」。そして、髪を切る祖母(2枚目の写真)。長い髪を縛ったところでスパッと切り、それをジャックに見せる。髪形を整え、シャンプーをしてやる祖母。洗い終わって、タオルでごしごしこすり、「気持ちいいでしょ?」。「うん」。そこで発せられるジャックの一言。「好きだよ、おばあちゃん」。思わず泣いて、「私も好きよ、ジャック」(3枚目の写真)。とてもいいシーンだ。
  
  
  

病院から帰ってきた母に、思い切り飛びつくジャック(1枚目の写真)。家に入った母は、「ごめんね、ジャック」と謝る。「いいんだ。もう やらないで」。「約束する」。そして、さらに、ジャックの切った髪の束を見せ、「おばあちゃんが、これを持ってきた時、良くなれるって思ったの」「私を救ってくれたの… 二度も」(2枚目の写真)。そして、母は最後に「いいマーじゃ なかった」と謝るが、それに対し、ジャックは「だけど、マーだよ」と答える(3枚目の写真)。それは、赦しの言葉で、母の涙が溢れる。そして、独白。【ボクが4つのとき、「世界」なんて知らなかった。今は、マーと暮らしてる。ずっーと、ボクたちが死ぬまで】【ここには、いろんなものが あふれてる。怖いものもあるけど。でも、いいんだ。ボクたちは、いつも一緒だから】。
  
  
  

最後に、ジャックは母に意外なことを頼む。「「部屋」に戻れる? 見に行くだけ」。そして、助けてくれた女性警官に連れられ、母と一緒に「部屋」を再訪する。「これが「部屋」? ちっちゃくなったの?」。室内にあった多くのものは、証拠物件としてもって行かれたままだ。あまりの違いように、「きっと、ドアが開いてるからだ。ドアが開いてたら、ホントの「部屋」じゃない」(1枚目の写真)。「閉めて欲しいの?」。「違うよ」。こんな場所に愛着のかけらもない母は、早く出ようと促す。しかし、ジャックにとっては、生まれ育った場所だ。前に日課でやっていたことを、最後にくり返す。「バイバイ、植物」「バイバイ、イス1号」「バイバイ、イス2号」「バイバイ、テーブル」「バイバイ、たんす」「バイバイ、洗面台」、そして、最後に上を見上げ、「バイバイ、天窓」(2・3枚目の写真)。「マーも、「部屋」にバイバイ言ってよ」。この最後の別れは、感動的ですらある。
  
  
  

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