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Spud スパッド

南アフリカ映画 (2010)

1990年にネルソン・マンデラが釈放された時代背景のもと、少数の黒人の生徒もいる全寮制の高等学校に入学した14歳のジョン・ミルトンの最初の1年間の学園生活を描く。コメディ的要素もあるが、主たるテーマは、思春期を迎えたジョンの悩み。彼は、貧しい両親と暮らしていたが、全額奨学金を得て格上の学校に入学する。同室の8人の中には、かなりクレイジーな生徒が5人いて、ジョンは馴染めない。おまけに、一緒にシャワーを浴びた時、未発達の性器を見られてしまい、映画のタイトルにもなっている「Spud」というあだ名を頂戴する。このSpudという言葉の最適な解説は、「Urban Dictionary」によれば、「特に13-14歳の停留精巣の少年。小説『Spud』からきている」というのが最も正確であろう。停留精巣とは、陰嚢の中に睾丸が入っていない状態〔京大病院の1992年の論文に手術の摘要年齢として1~14歳とあるので、13-14歳で停留精巣でも非現実的ではない〕。ただ、この特殊な意味は「小説『Spud』からきている」ということは、ジョンの状況は推定できても、なぜ「Spud」と呼ばれたかの説明にはなっていない。そこで、もう一度「Urban Dictionary」を見ると、「まだ思春期に入っていない少年」という意味もある。そして、「僕には『spud(思春期)』らしい陰毛が1本もない」という例文が掲載されている。シャワーを浴びた時、ジョンは無毛だったので「spud」と呼ばれたのだろう。ジョンが、1人で部屋に逃げ帰る途中で、「僕のあだ名は『Spud』になった。ちんちんは小さいし、睾丸がまだ降りてないから」と言うが、ここから、後付で停留精巣の意味が付与されたのだろう。さて、この映画の中で、ジョンは、6回歌を披露する。2回は、ジョンの一番の友達、ゲコ〔ヤモリ〕というあだ名の少年に対して、彼の病室内と葬儀の場で。4回は、学校主催のミュージカル『オリバー・ツイスト』のオーディション、ベット役とのダンス、開演した舞台(救貧院、ブラウンロウ邸)で。すべて短くて、それほど上手だとは思えないが、ジョン役のトロイ・シヴァンは6歳の頃からYouTube上で歌っていた。この映画は、2010年の3月8日から4月18日にかけて撮影されたが、その1年弱前にトロイがKate Alexaの「Somebody Out There」を歌っているのを訊くと、声変わり前でかなり上手い(https://www.youtube.com/watch?v=kEkgz0x_L7U)。撮影直前にMichael Bubléの「Crazy Love」を歌ったもの(https://www.youtube.com/watch?v=cq8ugXHSAd0)も声変わりが始まっているが情感がこもっている。映画では、ジョン役は何度も歌うことから、プロデューサーは、南アフリカで生まれ、オーストラリアに住んでいたトロイに出演を依頼し、この配役が決まった。映画の中でもう少し長く歌わせてくれれば良かったのにとも思う。従って、なんと言っても、この映画の今日的な価値は、アメリカのTIME誌(2018年8月23日)が「Troye Sivan Is the Perfect Pop Star for 2018〔2018年の完璧なポップ・スター〕」と評し、2019年4月24日には豊洲Pitで1日だけの熱狂的な公演を行った(初来日は2016年)トロイ・シヴァンが、出ずっぱりで出演していること。端正で特徴的な目が、現在のトロイを彷彿とさせる。トロイは2013年8月にゲイであると自ら表明したが、その3年前のこの映画では、2人の女性にラヴをする、映画の中でジョン=トロイが光り輝いていたことは確かで、ゲイかどうかは別として一種のオーラが感じられる。それは、現在のトロイの姿がダブるからだろうか? 因みに、最近のトロイの「Bloom」は、非常に艶っぽい(https://www.youtube.com/watch?v=41PTANtZFW0〔将来リンク切れの可能性あり〕

14歳のジョン・ミルトンが全寮制の私立高校の1年生になってからの1年を描く。スタートは、1学期の始まる1990年1月17日。奨学金を受けて入学したジョンの実家ミルトン家は、他の生徒の家庭のように裕福ではないので、オンボロ車で学校に乗り付ける。ジョンが、入学式の最中にうっかり失笑したのは些細な失敗で、最大の試練は、シャワー室で裸を見られ、「スパッド」という恥ずかしいあだ名を頂戴したこと。この学校では、全員があだ名で呼び合うので屈辱的だ。ジョンは、寮の8人部屋で蔑みの対象となり、仲間として扱ってもらえない。無理矢理参加させられた「絶対禁止」の夜間水泳で、ジョンは、気が弱くて自白してしまい、ますます立場が悪くなる。救いは2つ。1つは、週末に家に帰った時、母の友人の娘デビーと出会い、一目で恋に落ちたこと。もう1つは、英文学の授業が気に入り、抜群の成績をあげて教師ザ・ガヴのお気に入りとなり、いろいろな本を貸してもらえたこと。学校では、『オリバー・ツイスト』が、今年の学期末の演劇に選ばれる。失地回復を目指すジョンは、主役を射止めようとオーディションを受けるが、無視に近い落選。しかし、曲調が変更されてから受けた2回目では、見事にオリバー役に抜擢される。そこで、会ったのが、劇に出演するために女子高から来たアマンダという美人。それからのジョンは、家に帰る度に会うデビーと、憧れのアマンダの間で迷う。さらに、同室の8人の中で、底辺に属するゲコというあだ名の生徒と親しくなり、一緒に過すことが多くなる。ゲコは、ジョンの悩みを聞いてくれ、あまり確かではない助言もくれるが、ジョンには別の困った問題が発生する。1つは、オリバー役が被るカツラが羊を思わせることから、全校でからかいの対象になったこと。もう1つは、救いの神だったザ・ガヴが、アル中のため奥さんに出て行かれ、人が変わってしまったこと。ただ、2つ目の方は、ジョンが文豪ディケンズを攻撃することで、ザ・ガヴの仮死状態の頭脳を怒りで甦らせることに成功する。1年を通じての最大の悲劇は、ゲコが、3学期末の休暇旅行中マラリアに感染し、最重篤の脳マラリアのため急死したこと。茫然自失のジョンを、今度はザ・ガヴが救う。ジョンは、オリバー役を思い切り演じることで、新しい自分を発見しようと誓い、あざけりの対象だったカツラをつけずに出演し、その熱演は大喝采を浴びる。ジョンは、デビーとアマンダとの二股も反省し、デビーと熱烈なキスを交し、部屋の仲間として認められる。ジョンは、最初の1年を振り返り、そこには選択の自由があったのか、あるいは、ただ運命に翻弄されただけなのだろうかと考える。この映画の英語、特に、英文学の教師ザ・ガヴの英語は難しい。

トロイ・シヴァン(Troye Sivan)は、『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』(2009)で、ウルヴァリンの子供時代を演じたのが最初の映画出演。極めて短い時間だが、この映画のジョンとは全く印象が異なる。トロイは、『スパッド』の続編2つにも出演する。『Spud 2: The Madness Continues』(2013)と『Spud 3: Learning to Fly』(2014)で、その後は、歌に専念する。下の写真は、上が『ウルヴァリン』、下が『Spud 2』。
  
  


あらすじ

映画の冒頭、「1990年1月17日。シリヴァニア通り39番地、ダーバン北部、南アフリカ、地球、宇宙」と表示される〔南アフリカの高校は4学期制。1学期は1月17日~3月28日〕。そして、「目が覚める。何だかムカムカする。心臓はドキドキ、まるで太鼓を叩いているみたい」と音声が入る。これは、ベッドの中でジョンが日記に書いている内容をナレーションで語ったもの。この映画では、こうした進行が非常に多い。主人公の心情が分かりやすいし、子役にとっては台詞を覚えなくて済むので負担が少ない。この言葉の後、部屋に置かれた大きなスーツケース、2つの鞄、制服一式が映る。あらすじの最初の写真として相応しくないと思い、ここでは、1枚目の写真には、DVDのdeleted シーンから、「ジョンが制服を来て、クリケットのバット入れを抱いて家を出た場面」を使用した(左下の星印はdeleted シーン)。順序は逆になったが、ベッドで日記を書いていると、犬のうるさい吠え声が聞こえる。次いで、父の「この、クソ犬が!」という叫び声。「父さんは、バラ用の殺虫剤で隣の犬を殺そうとしてる」(2枚目の写真)。母は、バカなことをしている父を 荒っぽく止めさせる。「全寮制の学校じゃ、こんなメチャはしないだろう」。そして、一家3人は、黒人女性のメイドに見送られ、オンボロ車で家を出る〔かなり広い庭のついた一軒家なので、それほど貧しそうには見えない〕。薄黄緑色の車は、塗装に錆が浮かび、如何にも惨めな感じ。車はダーバン(Durban、人口60万)北部を離れて郊外に出ると、北西約100キロにあるマイクルハウス(Michaelhouse)学園という、1896年に開設された国内最名門の高校へと向かう。この全寮制の高校では、12歳(生年月日により13歳)から17歳(同18歳)の5グレードの学生を受け入れている〔日本流に言えば中高一貫校〕。1990年の状況は不明だが、現在では学生総数は560名。日本の名門・灘が中高合わせて1215名なのを考えると、その半分以下。しかし、その広大なキャンパスは、公式HPからも、立派だと分かる(https://www.michaelhouse.org/)。タイトルが表示され、オンボロ車は校門を抜け〔管理人が開閉する〕、長い並木道を走ると、赤煉瓦の建物の前に着く。玄関の前のロータリーには、高級車が並んでいるが、父は、玄関に一番近いところまで乗り付ける。停まった途端にバックファイア。何事かと、校長が振り返る。車から降りた父と母は、案内係の上級生と握手する(3枚目の写真、矢印は雰囲気に呑まれているジョン)。
  
  
  

母は、上級生に、「この子、クリケットが上手で、成績は小学校でトップだったから全額奨学金がもらえてね、天使みたいに歌えるの」と早口で自慢し、ジョンの頬をつまんで、「そうよね、私のお友だち〔china plate/ロンドンの下町英語〕」と言い(1枚目の写真)、「聖歌隊のトップなのよ」とさらに自慢する〔クリケットは下手〕。8人部屋に案内されたジョン。「新しいわが家だ。古い靴下とワニスの匂いがする」と最初の感想。しかし、他の同室者を見て、「僕、絶対に馴染めない」と思い、もう1人同じような子がいるのを見て、「でも、僕1人じゃなさそうだ」。その後、入学した全員の父兄と生徒が礼拝堂に参集する。校長が挨拶し、「私はグロッケンシュピール〔Glockenshpeel/コンサート用の鉄琴〕です」と名前を言った時、ジョンが思わずこそっと笑ってしまい、恥ずかしい思いをする(2枚目の写真)。「笑っちゃいけなかった」。なぜ笑ったかは、原作を読んでいないから分からない。子供らしいのは、聖歌隊と鉄琴とを結びつけた可能性。もう1つは、校長が名を告げる前に、「校長のあだ名は『The Glock』」とジョンのナレーションが入っている点。“Glock”はセミオートマチック拳銃のこと。これを連想して笑ったのか? ただし、“Glock”にはペニスの意味があり、“Glockenshpeel”にも多くの性行為の意味がある。14歳の無垢なジョンがこれらの隠語を知っていたとは思えないが、ニュージランド・ヘラルド誌の評では、「校長の名はグロッケンシュピールで、クリケットのコーチは、『君らのほとんどは、まともな選手になるより、風媒受粉で妊娠する可能性の方がずっと高い』と生徒たちに言う」と、両者を結びつけて学校の雰囲気を紹介しているので、その可能性も排除できない。式が終わって別れる段になると、父は、「いいか、よく覚えておけ。何があっても絶対に謝ってはいかん」(3枚目の写真)「女王ですら、1日に1回うんちをするだろ」とアドバイス。文の前後で脈絡がない。父の“飛躍した思考ぶり”が、映画冒頭の「隣の犬への薬剤散布」と併せると、よく分かる。
  
  
  

翌朝。鐘の響く音でジョンは目が覚める。そして、朝のシャワー。ジョンは、バスタオルを巻き付けて順番を待っている(1枚目の写真)。先に入った生徒(8人部屋の支配者ロバート・ブラック)が、他の生徒に「でかいだろ。ミートローフだ」と自慢している。そして、ジョンの番になり、中に入って行く〔中には4つシャワーがある〕。目立たないようにさっと入り、頭を洗い始めると、隣にいた生徒(サイモン・ブラウン)が、「それ何だ? 摂食障害で発育の止まったカイコみたいだな〔Looks like a runty silkworm with an eating disorder〕と笑う」。もう1人の生徒(チャーリー・フーパー)が「スパッドだ」と言い(2枚目の写真)、そこにいた3人全員が、「スパディだ」と囃し立てる。ジョンは、シャワーを中断し、体も拭かず、バスタオルだけ巻いて逃げ出す(3枚目の写真)。1人で部屋に戻る途中で入るナレーションが、「学校では、みんなあだ名を持ってる。僕のはスパッドになった。ちんちんは小さいし、睾丸がまだ降りてないから」。停留精巣は外見では分からない〔睾丸は降りてなくても陰嚢はある〕。だから、スパッドは、そこからきたあだ名ではない。じゃがいもはもっと大きいから、「spud=じゃがいも」でもない。「毛も生えてないガキ」のようなニュアンスだろう。「もし、この学校で生き残るチャンスがあるとしたら、どうしても仲間に入れてもらわないと」。
  
  
  

一番大事なことは、サイモン・ブラウンに 仲間として認めてもらうこと。「あだ名は『ランボー』。自称、寮の王様だ。彼は、いつも罵り、反対は絶対に許さない。常に尊敬と崇拝を要求する」(1枚目の写真、この「仲間の輪」の中に、ジョンはまだいない)。「そのためには、まずランボーの友達の友達にならないと。それが、チャーリー・フーパー。あだ名は『マッド・ドッグ(狂犬)』。一番の趣味は、破壊と死」「それとも、サイモン・ブラウンみたいに、スポーツの天才がいいかな。彼のあだ名は『サイモン・ブラウン』」「それとも、アル・グリーンスタインみたいに、海外に行って大量にポルノ雑誌を買い込むとか…」(2枚目の写真)「彼のあだ名は『ボゴ(過激)』。彼は、根っからのセックス・マニア。それも、いいんじゃないかな」「それとも、おならの校内新記録を達成するか…」。みんなが鼻をつまんで数えている。「21、22、23、24、25、やった!」(3枚目の写真)。「記録保持者はシドニー・スベコ=スコット。あだ名は『ファティ(デブ)』」「『ゲコ(ヤモリ)』こと ヘンリー・バーカーと、『レイン・マン(雨男)』こと ヴァン・バカダーに、神の感謝を。この2人がいなかったら、僕が1人で虐められていただろう」。マッド・ドッグが「重なれ!」と叫んで、いきなりゲコを床にねじ伏せると、その上に、ファティ、サイモン・ブラウン、ボゴ、レイン・マン、ランボーの順に走って積み重なる。「僕の新しいわが家は、戦場だ。次は僕の番じゃないかという不安感に襲われた」。一番上に乗ったランボーが、ジョンを振り返って睨む。ジョンは、ゲコに申し訳ないと思いつつ、走って飛び乗る。
  
  
  

ジョンが一番上に飛び乗ったところで、廊下を誰かがやって来て(1枚目の写真、矢印はジョン)、「何やっとる! 離れんか!」と怒鳴る。一番下になっていたゲコは、腕が痛くて動けない。男は舎監だった。そして、「誰が始めた?」と訊く。誰も答えない。気弱そうなジョンの前に来ると、「名前は?」と訊く。「ジョン・ミルトン」。「『ジョン・ミルトンです、先生』 だ!」。「ジョン・ミルトンです、先生」。「なら、吐け〔out with it〕」。ジョンは、一瞬だが、ランボーの方を見てしまう(2枚目の写真)。舎監は、それで、予想通りだと確信する。「ただちに、お前らの特権すべてを剥奪する」(3枚目の写真)。「この次は、こんな寛大には済まさんからな。彼を“San(医務室)”に連れて行け」。ジョンは、ゲコに付き添って医務室まで行く。ジコは、傷めた手を押さえながら、「君のせいじゃない」と慰める。「ゲコと一緒に行くことが、僕のサバイバルにとって良くないかどうか確信はなかったが、学校中で一番野暮ったい生徒と仲良くしているところを見られたくなかった」。医務室の入口のガラスには、「Sanでは死ぬな! 死にたいなら休暇中に」と貼り紙がしてある。
  
  
  

ジョンが部屋に戻ると、ランボーの周りには、レイン・マン以外の6人が固まって何やら話している。ジョンが入れてもらおうと覗くと、6人はボゴのポルノ雑誌を見ていた。ジョンに気付いたランボーは、「お前を招待した覚えはないぞ、スパディ」とあっさり切り捨てる(1枚目の写真)。ボコは、「スパッドは、毛抜き2本と虫眼鏡がないとオナニーもできないな」と貶(けな)し、ファティも「道順を書いた道路地図」も要るんじゃないかと付け加え、最後にボコが、「タマには失踪届けが出てるしな」と付け加える〔この言葉は、停留精巣に対応していると思われるが、なぜ気付いたのだろう?〕。バカにされたジョンは、洗面所に行くと、パンツの中を見つめる(2枚目の写真)。「公平じゃない。ゲコだって、きっと毛がある。僕、オナニーできるようになるんだろうか?」。そして、翌日、舎監は8人を中庭に呼び出す。「諸君に7つの戒律だ」。「ウィルソンさんは、僕らの舎監だ」。「その1。汝ら ことごとく権力者に従うべし」。「あだ名は『スペアリブ(骨付きばら肉)』」。「その2。汝ら、堕落した振る舞いをするなかれ」。「ランボーは、ライオンが舎監の肩の一部を噛みちぎったと話してくれた〔もっと、後で聞いた話を回顧している〕。だから、医者は、肋骨を1本切り取って補修しなきゃならなかった」。途中が飛ぶ。「その5。汝ら、自慰もしくは淫らな遊びをするなかれ。その6。汝ら、ダーツ〔投げ矢〕をするなかれ」。「これは変だ。ダーツボード〔標的板〕もないのに」。「最後に、その7。これは考えることすら許さん。汝ら、夜、泳ぎに行くなかれ」。
  
  
  

授業が始まった。どこに行けばいいのか、まるで分からなかった」。ジョンは、どうしていいか分からず中庭でオロオロしている(1枚目の写真)。「ベルの音でパニックになった。次に何が起きるか分からなかったから。喉が詰まって苦しくなり、泣きそうになった」。ジョンが、中庭をやみくもに走っていると、「ミルトン!」と呼ばれる。「PJ.ルチューリ。僕らの寮長だ〔舎監は教師、寮長は選ばれた生徒〕。「中庭で走るんじゃない」。「黒人から命令されたのは、生まれて初めてだった〔この時点で1990年1月。マンデラの釈放は2月。アパルトヘイト法の撤廃方針が示されるのは翌年〕。「迷子になって」。「こっちだ」。PJは、ジョンの肩に手を置くと、正しい方向に連れて行く。「父さんなら、今ごろ、財布がちゃんとあるかポケットを探っていただろう」。ジョンは、肩に置かれた手を気にし、それを見たPJはニヤニヤする(2枚目の写真)〔黒人寮長の、白人生徒に対する優越感〕。ジョンが辿り着いたのは英文学の教室。生徒たちが騒いでいると、入って来た教師は、「何たる様だ」と言い、すぐにマクベスの引用を始める。「おお、ひどい、恐ろしい、恐ろしいことが起きた、言葉も心も考えることも語ることも出来ぬ」〔第二幕第三場〕「全軍のトランペットを吹き鳴らせ。精一杯吹け。流血と死の到来を勇ましく告げよ」〔第五幕第六場〕「諸君は、私から英文学を習う。自分のことしか考えぬ無謀な文学の女王蜂どもを通してではない。例えばだな…」。教師は本棚から1冊の本を取り出して生徒に見せる。「ヘンリー・ジェイムズのような」。そして、本を投げ(3枚目の写真)、教壇の左端にある屑箱に入れる。「他にもあるぞ。ヴァージニア・ウルフとアガサ・クリスティだ」。教師は2冊を取り出ると、「挫折し、性欲に飢え、腋毛の生えたクンニ好きどもだ」と言い、またもや投げ捨てる。生徒たちは突飛な発言に大喜び。「私を誤解するんじゃないぞ、諸君。私は、レスビアンに反対している訳では全くない」。「エドリー先生。あだ名は『ザ・ガヴ(親分)』。彼は、僕の家族と同じくらいハチャメチャだ。それ以上かも」。
  
  
  

「代わりに、私は諸君、悪臭を放つマングースどもに教えるのは、如何に男になるかだ! 君らは、女性とセックスについて学ぶ」。ガヴが取り出した本は2冊。1冊の題名は判読できないが、もう1冊はヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』だ(1枚目の写真)。「私の授業が終わる頃には、君たちは、男たちが羨み、女たちが抵抗できないような人間になっているだろう」。「英文学は、僕のお気に入りの授業になった」(2枚目の写真)。次の授業は、女性の教師。「スペアリブの奥さん、あだ名は『イヴ』。イヴがアダムの肋骨から出来たからだ」。クラスの全員が、教壇にあぐらをかいて座ったイヴの巨大な胸に注視する。「僕は、体が変に震えるのを感じた。パンツに漏らしそうになってた」。ランボーが手を上げて、「先生、ペンを落しましたよ」と言い、イヴが下を向くと、生徒たちは胸がもっと見えないかと身を乗り出す(3枚目の写真)。
  
  
  

毎週木曜の夜は、ビデオで映画だった。今週は、ジュリア・ロバーツの『プリティ・ウーマン』で、彼女は、ホットな売春婦の役を演じていた。学校を卒業したら、絶対、売春婦を探しに行こう」(1枚目の写真)。この時、急に照明が点き、PJが早足で入って来ると、「ビデオは後で観れる」と言って、TVに切り替える。ちょうどニュースの時間で、アナウンサーが、「デクラーク大統領が今日議会を招集し、アフリカ民族会議(ANC)の活動禁止措置の解除し…」と話している。「父さんは、ANCは共産主義者の集団だと言ってた。共産主義者が何なのか知らなかったけれど、僕は彼らが恐ろしかった」。ここで、大統領の演説の一部がTV画面に映る。「政府は、マンデラ氏を無条件に釈放すると決定しました〔That the government has taken a firm decision to release Mr Mandela unconditionally〕」。これは1990年2月2日に行われた大統領の歴史的演説だ(釈放されたのは2月11日)〔ただし、1990年2月2日は金曜日。木曜日の夜のニュースで流れるはずがない〕。これを聞いた1人の生徒が、「この国、どうなっちまうんだ」と言い、手に持っていた雑誌をTV画面に映ったマンデラに投げつける。「パイク。学校一のガキ大将だ」。激怒したPJは、パイクの胸をつかむと、壁に叩き付け(2枚目の写真)、無言で睨みつける。「PJ.ルチューリは、僕の新しいヒーローだ。僕は、突然、白人でいることに罪悪感を覚えた」(3枚目の写真)。
  
  
  

次が、クリケットの授業風景。コーチは、英文学の教師のザ・ガヴ。「スポーツでの栄光の道は閉ざされた」。ジョンがあまりに下手なので、ザ・ガヴに、「ミルトン! 君のディフェンスは、売春婦の引き出しより穴だらけだぞ!」と批判される。ザ・ガヴは、全員を集め、「こう言っておきたい。君ら全員、ゴミみたいな下手くそ集団だ。君らのほとんどは、まともな選手になるより、風媒受粉で妊娠する可能性の方がずっと高い」〔男は妊娠などしない⇒まともな選手になれる確率ゼロという意味〕。時計を見て、「太陽が桁端〔艦船用語〕を越えた。退散するとするか」といなくなる〔ザ・ガヴの言葉は、それ自体 翻訳が必要。この場合は、「昼食の時間になった」という意味〕。夜になって、ランボーが、「レイン・マン、スパッド、ベッドに来い」と声をかける。ランボーのベッドの周りには、かくして7人全員が集合する。ジョンは、ランボーから「スパッド、お前は、学校中のみんなに腰抜けの弱虫〔spineless wimp〕だと思われたいか?」と訊かれ(1枚目の写真)、首を横に振る。ランボーは、「そりゃそうだよな? だから、お前らみんなを、この任務に招待する。危険で、正気の沙汰じゃない。全員退学になるか 死ぬかもしれん」と大げさに言った後で、「絶対禁止でキチガイじみた夜間水泳に行く奴は?」と訊く。ゲコは、「悪いけど、行きたくない」と断る。しかし、ランボーは、「証人にいて欲しくない。一人はみんなのために、みんなは一人のために」〔『三銃士』に出てくる有名な言葉〕と不参加を認めない。全員がパンツ1枚になって寮を抜け出る。そして、それほど離れてはいない湖に向かって森の中を走る。湖の中に入ったまでは良かったが(2枚目の写真)〔南アフリカの2月は真夏〕、水を掛け合って騒いでいると監視人と犬がやってくるのが見え、急いで退散する。無事に部屋まで戻り、全員で喜び合う(3枚目の写真)。ジョンも仲間として認められた。
  
  
  

しかし、喜びも束の間、ボゴが、ファティのいないことに気付く。窓から出入りしたので、窓の外を見てみると、ファティが教会の窓に挟まって抜けられないでいた。マッド・ドッグとサイモン・ブラウンが行って足を引っ張るが、びくともしない(1枚目の写真)。結局、どうにもならないまま朝を迎える。そのみっともない姿は、すぐに衆目を集め、作業員が呼ばれるが、それでも体は抜けない。結局救急車が呼ばれ、はしご車で救出される事態に(2枚目の写真)。当然、事はそれでは済まない。スペアリブは部屋に入って来ると、「お前らが、昨晩 何をやらかしたか、知らないとでも思ってはいまいな?」と息巻く。ランボーは、「何の話ですか、先生? 僕らは、みんなベッドで寝ていました。誰に訊いてもらっても結構です」とシラを切る。スペアリブは、ジョンの前に行くと、「ミルトン、そうなのか?」と顔を20センチくらいまで近づけて訊く。かと思うと、「いい加減にしろ、ミルトン、1人死にかけたんだぞ!!」と大声で怒鳴る。「夜の水泳、やったのか、やらなかったのか?」(3枚目の写真)。ジョンは頷いてしまう。スペアリブは、「長い週末から帰ったら、1人6発〔鞭〕だ。せいぜい楽しんでくるんだな。楽しみにしてるぞ」と言って出て行く。ジョンは、裏切り者として除け者になる。
  
  
  

週末、ジョンは、バスに乗ってダーバンに帰る。迎えに来たのは母1人。「父さんは完全にイカれちゃったから来られないよ」と言う。ジョンが家に着くと、敷地の周りや窓には土嚢(どのう)が積んであるし、門扉には鉄条網が巻きつけてある。父は、共産主義者からの攻撃を恐れてこんなバカをし、それをバカげていると考える母と喧嘩する。「学校に残っていた方が良かったかも。父さんは狂ってる。戦争になったら、この国から逃げ出さないといけないと考えてる。父さんはメイドを首にした。テロリストだと思ったからだ」。大統領のANC合法化措置を聞いて半狂乱になった父と違い、母は友人を家に呼んで楽しく過している。その中に友人のマージの娘のデビーがいた。「その時、僕は彼女を見た」(1枚目の写真)「彼女は、あまりにもきれいだったから、僕の全身に発作のようなショックが走り、左脚が麻痺した」(2枚目の写真)「彼女が一言でも発したら、僕は、美しき彼女の前に跪(ひざまず)いただろう」。デビーが、にっこり微笑んで「よろしく」と言う。デビーの母は、「娘には、プールに入れるって約束したんだけど、いいわよね?」と訊く。ジョンは震えるように頷く。ジョンは、水着姿になったデビーを、一途に見つめる(3枚目の写真)。プールに飛び込んだデビーが、「いらっしゃいよ、ジョニー。暖かいわよ」と誘う。ジョンは、プールに“全身”〔頭からでなく、手足を8の字に広げた形で、同時に水面にぶつかるように=ぶざまに〕で飛び込む。それを見たデビーが思わず笑う。「人魚姫と恋に落ちた気分だった」。
  
  
  

幸せ一杯のシーンの直後は、スペアリブの鞭を待つ列。ジョンが部屋に入って行くと、「イスに手を置き、歯をくいしばれ」と言われ、ブレザーの裾がお尻にかからないようにする(1枚目の写真、矢印は鞭)。「嘘は言わんぞ、ミルトン。本当に痛いからな」。ジョンは、ゲコに助言されたように、生涯で最高のことを思い浮かべて耐える。デビーが人魚の姿で、「キスして、ジョニー」と語りかける、という空想だ。鞭打たれた後、ジョンが部屋に戻ると、当然 相手にもされない。その後も、ジョンの冴えない場面が続く。父兄の前でクリケットの練習試合をする日、ジョンは、1番打者のランボーから「バカなことやるなよ」と釘を刺されるが、ジョンは、ボールを見もせずにバッドを振り回して2回転し、それがウィケットを直撃してバラバラにする(2枚目の写真、バタバラになった3本の茶色の棒がウィケットの残骸)。「バカなこと」の最たるものだ。観ていた父は、あまりの体たらくに呆れ果て、ランボーは怒ってどこかに行き、コーチのザ・ガヴも失態にがっかりする。次は、ボゴが企画した「学内のダンスパーティ〔プロムではない〕」でのH度を競うコンペ。参加料は5ランド。胸に触れば5ランド、至聖所に触れば10ランドがもらえるという仕組み。ジョンは一番に参加を申し出るが、実際には「壁の花」以下の存在で、片隅に座ってただボーッと見ているだけ(3枚目の写真)。
  
  
  

次は、ジョンにとっての新たな道が開ける場面。英文学の授業で、ザ・ガヴは、「立ってもらえるかな、ミルトン」と声をかける。そして、「君ら全員が、この若者を見るがいい。女性にもてる完璧な事例だ」と言い、全員が笑う(1枚目の写真)。ザ・ガヴは、それを無視して話し続ける。「君ら、どアホどもの中にあって、彼1人だけが課題で50%以上の評価を得た」「座っていいぞ」「君らには、現代文学への影響について書くよう求めた。なのに、これが、猿どもが考え付いた答えなのか? ひどいもんだ。誰一人として、最大の影響源について言及しておらん。いいか、もし、セックスがなければ、もし、ナニとか不倫とか交合とか体のなすり合いがなければ、地球上で如何なる本も書かれなかっただろう」。ここで、1人の生徒が手を上げる。「先生、聖書はどうなんです?」。「いい質問だ」。ザ・ガヴは再びジョンを指名する。「ミルトン! 聖書だ。純粋か、それとも、セクシーか?」。「おばあちゃんは、男色と近親相姦に溢れているから、年齢制限すべきだと言ってました」と答え、「まさに その通り」と褒められる。終業のベルが鳴り。ザ・ガヴは、「思春期の猿の諸君、アウフ・ヴィーダーゼーエン〔ドイツ語のさようなら〕」と言うが、教室から出て行こうとするジョンを呼び止める。「失楽園にようこそ、ミルトン君。君のお祖母さんは面白そうな人物だな」。「はい、先生」(2枚目の写真)「実際に、半分気が変なんです。僕のことをジョンじゃなくデイヴィッドと呼ぶから、僕らは(祖母を)ウォンバット〔コアラに近いオーストラリア固有の哺乳類〕って呼んでます。正直言って、ウチの家族全員 少しイカれてるんです」。「それなら、この本がぴったりだ」。ザ・ガヴが、読むようにとジョンに渡した本は、サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』〔1952年に出版された不条理劇の傑作〕。「先生、ありがとうございます」。「感謝などせんでいいから、読むんだ! 終わったら、感想を聞かせてもらう。きっと楽しい〔blast〕ぞ」。そう言うと、ウィンクする。ジョンが、廊下の掲示板を見に行くと、そこに貼り出された1枚の紙にジョンの目が留まる。そこには、今年の学校主催の演劇が『オリバー・ツイスト』で、演技者のオーディションが明日行われると書かれていた(3枚目の写真)。ジョンの頭の中では、自分が主役を務め、観衆からスタンディングオベーションを受ける姿が浮かび、「これだ」とばかりにオーディションを受けることに決める。
  
  
  

夕方になり、ジョンは学内にあるザ・ガヴの家に招待され、夕食をご馳走になる。ジョンは、夫妻の仲良さそうな姿を見て思わず微笑むが、先生の前なので緊張している(1枚目の写真)。食事が終わっても、ザ・ガヴはワインを飲み、奥さんに注意される。「これが最後だ、約束する」。ザ・ガヴは、ジョンを見て、「おい、もっとリラックスせんか。そこに、カチカチの熊手みたいに座り続ける気か。少しはワインも飲め」と、グラスに注ぐ。そして、本の印象を訊かれる。「分かりません」と言ってワインを少し飲み、飲んだことがないので、むせる。「怒鳴らないから、言ってみろ」。「何も起こりません」〔『ゴドーを待ちながら』では、待っているだけで、何も起こらない〕。「そうだ。それこそ現実じゃないか、ジョノ」(2枚目の写真)〔ジョノは、恐らく、デイヴィッド・マルーフの自伝的小説『ジョノ』から転用した愛称〕「我々は、何か起きないか座って待ってるが、結局、何も起きない。なら、何を待ってるんだ? 神か? 運命か? 死か?」。ジョンは、「大人になるのを待っているのですが、なれないのです」と答え、さらに、「なぜ、それが不条理なのですか? 僕には正常に見えるのですが?」と訊き、最後に、「この学校は、世界中で最も不条理な場所です」と不満を述べる。ザ・ガヴは、「私は27年、ここで教えてきた。まさに、道路脇の溝を歩き続けるような不条理だった」と言い、ジョンと乾杯する。ジョンが気に入ったザ・ガヴは、書斎に連れて行く。「母は信じていた。人類に対する神の最大の贈り物は、選択の自由だと」と言い(3枚目の写真、まだワインボトルを手放さない)、2冊目の本として『指輪物語』を渡す。「信じろ。熱烈な無心論者からの力強いメッセージを」。そこまで言って、ザ・ガヴは泥酔のため、床に積んであった本の上に倒れる。
  
  
  

翌日のオーディション。学校内にあるシュレジンジャー劇場〔座席数550〕で、客席の中央に陣取ったバイキングと助手の2人を前に、1人ずつ呼ばれた応募者が順に歌を披露する。ジョンは、『アメイジング・グレイス』の最初の数節を歌ったところで(1枚目の写真)、「ありがとう! 次!」と言われてしまう。ジョンが驚いて立ち尽くしていると、「ありがとう、ミルトン。さよならだ」と追い払われる。傷心のジョンは、クリケット・グラウンドを見下ろすベンチに座ると『指輪物語』を読み始める(2枚目の写真)。「僕は、まるでホビット、小さくて孤独だ。だけど、あんなに毛深くはない」。
  
  

1学期(1月17日~3月28日)が終わり、2学期が始まるまでの2週間弱、ジョンは家に帰る。ジョンの部屋の中には、おもちゃ、マンガ、ゲーム、ぬいぐるみ、果ては、脱いだ服が散乱している。ジョンは、日記に今後の予定を書こうとするが、何も思いつかない。ただ、家の中の状況は、以前の狂乱状態とは全く違っていた。「彼女〔メイド〕は、不当解雇で父さんを労働裁判所に訴えた」。仕事に復帰したメイドは、父にあれこれ命じている。「ウォンバットがランチにやって来た。父さんにとってはネメシス〔復讐の女神〕だ。父さん曰く、猫の糞くらい厭(うと)わしく、口汚いったらありゃしない〔wouldn't sell you ice in winter〕」。ジョンは、うんざりしてベッドに大の字に伏せる(1枚目の写真)。母は部屋を覗くと、「ジョニー、もう11時よ。1日中寝てるつもり?」と声をかける。「いいじゃないか」。「家に招いてもいいようなお友達は、まだできないの?」。ジョンは返事もしない。「じゃあ、デビーに泳ぎに来てもらうわね。いいでしょ?」。それを聞いたジョンは、大急ぎで部屋を片付ける。この時の早回しが面白い。部屋は、あっと間にきれいになる(2枚目の写真)。しかし、デビーはよほど近くに住んでいるらしく、最後のパンツの片付けが終わる前に部屋に入ってきてしまう。デビーは、親しげに抱きしめてくれるが、ジョンの片手にはパンツが握られている(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

僕の人魚姫を ミルトン家の昼食に付き合わせたのは間違いだったかも」。祖母は、デビーに聞こえるくらいのひそひそ声で、「この尻軽女を孕(はら)ませちゃだめよ」とジョンに話しかけ、ジョンは合わせる顔がない。祖母は、さらに、「デイヴィッド、ハンサムになって。父親に少しも似なくて良かったわね」とジョンに言い、次いで、母に、「お前、なぜ こんな男と結婚したんだい? スクランブルエッグみたいな顔じゃないの」と父の悪口に移る。その言葉に腹を立てた父が、祖母を睨んだ途端に、バーベキューの火が父に燃え移り、プールに飛び込む一幕も。「人魚姫は、二度と、絶対、僕たちに会いたくないと思ったに違いない」。しかし、デビーはそれを見て、面白そうに笑っただけだった。それを見て、ジョンも嬉しくなる(1枚目の写真)。家族がいなくなり、プールサイドは、水着に着替えた2人だけとなる。「僕は、学校であったことをすべて彼女に話した。すると、彼女は笑った。ホントに笑ったんだ」。デビーは、笑い終わると、ジョンに微笑む。「僕がすべきことは、キスすることだった。そしたら、みんなに自慢できる」。しかし、キスする寸前になって(2枚目の写真)、なぜかジョンはためらい、プールに飛び込んでしまう。「これで確定した。スパッドはタマなしだ〔睾丸がないという直接的意味と、「度胸がない」という間接的な意味を兼ねている〕
  
  

いよいよ2学期(4月10日~6月22日)が始まる。「2学期だ。スパッド・ミルトンが命令を下すようにならないと…」。その後のシーン。ランボーがゲコに襲い掛かる。「僕は、ゲコに誕生日の特別プレゼントを贈る手伝いをした。学校の伝統行事に見えたから」。ゲコは、7人にかつがれて部屋を出て行く(1枚目の写真)。ゲコが連れて行かれた先はトイレ。そして、個室に頭から先に入れられる。この頃からジョンにも何か変だと分かり始める。ジョンが隣の個室に飛び込んで、覗いてみると、ゲコは頭を下にして、そのまま便器に突っ込まれる(2枚目の写真)。ジョンは、自分が、陰惨な虐めに加担したと悟り、愕然とする(3枚目の写真)。
  
  
  

そして、僕は、アフリカ問題研究会に入った」。ジョンは、「僕は、白人であることが恥ずかしい。だから、卒業したら、自由の戦士となるつもりです」と意見を述べる。白人のうるさ型からは、「君には何も分かっちゃいない、ミルトン。君が卒業する頃には、闘争はとっくに終わってる」と厳しく指摘されるが、黒人であるPJは、「ありがとう、ミルトン。我々には、君のように良心のある人間がもっといるんだ」と優しく声をかける。「僕は、黒人が好きになったみたいだ」。そして、PJの肩に手を置く(2枚目の写真)〔PJの顔が面白い〕。「父さんは、僕のことを『情に流されて左翼に走ったアカ野郎〔bleeding heart commie pinko〕』って呼ぶだろうな〔この映画の英語は実に難しい〕
  
  

学校では、最初の『オリバー・ツイスト』のオーディションが失敗に終わったことを受け、音楽の教師がすべての曲と歌詞を、南アフリカに合わせて作曲し直す。そして、再度行われたオーディションに、ジョンは再び挑戦する(1枚目の写真)。この時、ジョンが歌うのが、「Just One of the Boys」(https://www.youtube.com/watch?v=DxwJ-TfK7P0)。映画では、途中で途切れてしまうので、上のサイトを紹介したが、最初の部分は、映画の方が情感がこもっている(→♪♪♪)。ジョンは、歌いながら、学校の部屋でのハチャメチャぶりや、デビーとの空想上のデート(2枚目を写真)などを思い浮かべる。これが効を奏したのか、全生徒を集めた集会で、校長は、「オリバー・ツイストの役は、ジョン・ミルトンが演じることになった」と紹介する(3枚目の写真)。
  
  
  

しかし、世の中はそんなに甘くはない。その夜、スパッドが部屋に帰ってくると、ランボーが近づいて来て、「仲間達を代表して、お前におめでとうを言いたい」と言い、握手する。ジョンは、てっきり主役決定のことかと思っていると、ランボーは、最後に「誕生日に」と付け加える。そして、いきなりジョンに襲い掛かるとベッドにねじ伏せ、マッド・ドッグが黒い靴墨と靴ブラシを取り出して、“black ball”と叫ぶ。そして、ゲコの時と同じように担いでトイレに連れて行く(1枚目の写真、矢印)〔ゲコは参加しない〕。ゲコの時より惨めだったのは、連れ込まれた個室でパンツまで脱がされ、黒い靴墨を無毛の陰部に塗られたこと(2枚目の写真)。皆が去った後、ジョンは何とかパンツを履く(3枚目の写真)。「僕が生まれたのは、ちょうど14年前だった」。ゲコは、トイレまで来て心配してくれた。
  
  
  

『オリバー・ツイスト』の出演者を集めた場で、演出家は熱弁を振るう。「私は、しっかりと管理していくぞ〔run a tight ship〕。愚かな真似は許さん。ただの学校のお粗末な素人芝居では終わらせん。この上演は、世界のどこのプロの舞台でも通用するほど洗練されていないといかん」。それを聞いたジョンは、最初にポスターを見た時とは逆に、観客に嘲(あざけ)られる姿が浮かび、恐ろしくなる。一瞬ボーとしたジョンに向かって、演出家は、「私は独創性を重んじる」と言い、ジョンに金髪のボサボサ頭のカツラを被せ(1枚目の写真)、それを写真に撮る。練習が実地に始まる。「リチャードソンさん〔演出家〕。あだ名は『バイキング』。昨年、『ペンザンスの海賊』を演出してた時、心臓発作で倒れた。フェイギンを演じるのはザ・ガヴ。でも、先生は小道具のスキットルに本物のウィスキーを忍ばせている。イヴは、娼婦のナンシー役になった。みんな、どんなドレスになるか注目してた。ゲコは舞台係だ」。ここで、ゲコが舞台から転落する。「彼は、生涯、医務室暮らしだろう。グロック〔校長〕は、サイコパスのサイクス役になった」。ジョンは、グロックに、本気でテーブルの上に投げ飛ばされ、痛くて閉口する。「はまり役って、このことだ」。練習がある程度進んだ頃、1台のバスが着き、そこから女子の生徒が9名 降りて来る。ジョンの目は、最後に降りてきた少女(2枚目の写真)に釘付けになる(3枚目の写真)。
  
  
  

それは、マイクルハウスの400キロ北北東、ヨハネスブルグ東郊にあるセント・キャサリン女子校〔創立1908年〕の生徒たちだった。バイキングが歓迎の辞を述べていても、先ほどの少女だけは、熱心に本を読んでいる。バイキングは、「アマンダ」と声をかける。本を読んでいた少女は、立ち上がって前に出る。「アマンダはベットを演じる。こちら、ジョン・ミルトン、オリバーだ」。「アマンダ・ローレンス。あだ名を付けるには美しすぎる」。アマンダは 先に手を差し出し、2人は握手する(1枚目の写真)〔ベットはほんの端役〕。アマンダは、すぐに本に没頭する。読んでいたのは、『ノストラダムスの予言』。次に、ジョンは、ザ・ガヴの家を訪れる。ザ・ガヴのお気に入りになったジョンは、出入り自由の身分だ。ジョンは、『指輪物語』を返し、「これまで読んだ最高の本でした」と言って、ザ・ガヴを喜ばせる。ジョンは、他の本のことが知りたいと言い、ノストラダムスのことを持ち出す。ザ・ガヴはアマンダのことなど お見通しだった。「君は、生意気な娘を見ていたろ?」。「釘付けになりました」。「その娘が、ナンセンスな本に夢中なら、関わらない〔steer clear of〕方がいい。なあ、いいか、君が月末までにコーラスの娘たちの半分をものにできないようだったら、重大な怠慢だぞ」。「できません」。「なんでだ?」。「僕は、ただのスパッドです」。ザ・ガヴは、「なら、他の連中に君の真価を見せてやれ」と鼓舞し、「それに適した本があるぞ」と言い、ジョセフ・ヘラーの『キャッチ=22』〔戦争の狂気を描いた作品〕を取り出す。「何の話です?」。「選択についてだ。他人がどう思おうと、無視するという選択… 君は独自の選択をし、どうなろうと結果を甘受する」(2枚目の写真)。ザ・ガヴは、恐ろしい言葉を吐くと、持っていたワインをラッパ飲みする。そこに、コーヒーを持って入って来た奥さんが、ワインのことを非難し、ジョンにはすぐ帰るように指示する。ザ・ガヴは、最後に、「私も、スパッドと呼ばれていた。昔のことだがな」と愕くべき発言をし、ジョンをびっくりさせる(3枚目の写真)。ジョンが外に出ると、家の中からは奥さんの立て続けの小言が聞こえてきて、ジョンを不安にさせる。
  
  
  

ジョンは、アマンダの本を手にして近くまで行くと、「読んだの?」と訊く。アマンダ:「ノストラダムスは騙し屋だと思わない?」。さらに、「なぜ、スパッドって呼ばれてるの?」(1枚目の写真)「じゃがいもと関係があるの?」と質問され(2枚目の写真)、ジョンは、「行かないと」と逃げようとする。アマンダは、ジョンの手をつかむと、他の演劇の生徒たちがダンスをしている場所に連れて行き、一緒に踊り始める。この時の短い歌が「Just One Minute」(https://www.youtube.com/watch?v=QMjhbDVW-oo&list=RDQMjhbDVW-oo&start_radio=1#t=33)(3枚目の写真)。このシーンの最後で、歌っていたスパッドが喉を詰まらせる。バイキングは、ジョンが声変わりしたのではないかと心配し、さっそく医務室に連れて行かれる。
  
  
  

医務室では、隣のベッドにゲコが寝ている。舞台から落ちた時に首と右手を傷めたので、ギブスをはめている(1枚目の写真)。ジョンの方は、ただの風邪のようで、原因は不明。ジョンがくしゃみするのを見て、ゲコは、「4回のくしゃみは、オルガスムと同じだって」と話しかけ、ジョンは、「オルガスムって、これよりマシだといいな」と受ける。「ゲコは、実にクールな奴だって分かった。彼は42もの違った病気にかかったことがある。うち6つは、医者にも分からないものだった。今でも、12種類の薬を飲んでる」。2人は、飲み薬の入ったコップで乾杯する(2枚目の写真、矢印)〔ジョンの薬は1つだけ〕
  
  

次のシーンでは、食事をとっていたジョンに、ピンクの封筒に入った手紙が届けられる。それは、アマンダからの手紙だった。「愛しいスパッドへ。早く良くなってね。寂しいわ。愛を込めて〔Love〕。アマンダ」。これを読んだ、スパッドは天にも昇る心地(1枚目の写真、矢印はピンクの便箋)。スパッドは、何度も手紙を読み返す。手紙を見せられたゲコは、「絶対だ。彼女、君を愛してる」と告げる。「そう思う?」。「想像してみろよ、アマンダをものにしたところを」。「スパッドじゃなく、スタッド〔色男という意味もある〕」。ジョンは、アマンダとデートするシーンを想像する。夜になり、ゲコが思わぬことを言い始める。「スパッド、君が歌ってると、それはまるで… 変に聞こえるかもしれないな… だけど、そこに神がいるように感じるんだ」。その言葉を聞いたジョンは、優しい表情でジコを見る(2枚目の写真)。ジョンは、結局、ただの気管支炎ということで、医務室から解放される。
  
  

ジョンは、さっそくアマンダに会いに行く。アマンダに抱きしめられたジョンは、驚くやら嬉しいやら(1枚目の写真)。「体調は?」。「いいよ」。しかし、アマンダはすぐにジョンから離れると、上級生の男子と一緒に楽屋から出て行く。不安になったジョンが後を追って行くと、2人は小道具や衣装の置いてある部屋で熱烈なキスを交わしていた(2枚目の写真)。ジョンに見られていると気付いた2人はキスをやめ、ジョンは部屋から逃げ出す。ジョンとアマンダの関係について、DVDのdeletedシーンに興味深い場面がある。そこでは、同じ衣装室でジョンとアマンダがキスする場面がある(3枚目の写真)〔映画の中で、2人がキスすることはない〕。このキスは、失恋したアマンダを慰めたジョンが、お礼としてもらうもの。キスよりも大事なのは、その後の言葉。「あなたは、私のボーイフレンドにはなれない。私は16、あなたは14。私は女性、あなたは、まだ男の子」〔映画にはない台詞〕。映画に戻ろう。ジョンとゲコが学校の外の野原を歩いている。ジョン:「だけど、彼女、『love』って書いてるじゃないか。君も見たろ?」。ゲコは、あの時、「絶対だ」と言ったくせに、「女の子が『love』と言っても、本当の『love』とは結びつかないんだ。彼女たち、よく言うだろ。『このドレス素敵ね〔I love that dress〕』とか、『トム・クルーズ大好き〔I love Tom Cruise〕』とか、『バナナラマってサイコー〔I love Bananarama〕』とか」と、ご託を並べる。そして、「女の子なんか忘れて、丘の上まで競争しよう」と走り始める。ゲコが先導する形でジョンを連れて行ったのは、学校を見下ろす高台の上。そこにあった大きな岩の上に2人は並んで座る。ゲコ:「『地獄の見晴らし台』って名付けたんだ。学校は地獄で、ここは、それを眺めるベストな場所だからさ」(4枚目の写真)。
  
  
  
  

3学期(7月17日~9月28日)。「正気を失わなかったのは、僕一人だけ。ボゴはビデオルームをレスビアンのポルノルームに変えた。レイン・マンはパンツ泥棒で捕まり、ランボーは、盗みと同性愛と許し難い行為で告発したが、そのパンツは猫の住処に使われていただけだった〔レイン・マンは猫を飼っている〕。ファティは、おならの新記録を打ち立てようとして事故に遭い、ゲコは住血吸虫症になった。マッド・ドッグはファティの屁が原因だと言った。僕は、夜毎に夢を見た」。夢の中に出てきたのは、デビーとアマンダ。「気が狂いそうだった」。ジョンはゲコに相談する。ゲコ:「真面目に答えろ。どっちの娘(こ)とヤりたいんだ?」。「僕、ヤれないよ。スパッドだから」。「どうしたらいいか、教えてやる」。「ゲコは、キス一つしたこともないくせに、あたかも女性について何でも知ってるプロのように振舞った」(1枚目の写真)。「じゃあ、アマンダを完全に無視しろって言うんだな? クリスティーンと目の前でいちゃついて、徹底的に不愉快にさせろって? だけど、クリスティーンなんて、ゾッとする」。「アマンダに目を覚まさせるには、それしかない」。ジョンは、ステージに行く。アマンダは、ジョンを見て微笑むが、ジョンは無視して前を通り過ぎ、その向こうでジョンに秋波を送っているクリスティーンを見つめる。クリスティーンは、さっそくジョンに詰め寄ると、キスすると同時に舌で舐める(2枚目の写真)。ジョンは、アマンダのために耐える。反応は早かった。ジョンの元に、再びピンクの封筒が届く。「あなたって、暗くて残酷な魂の持ち主ね。よくも、あんなに傲慢なことができるわね。あなたは、想ってた人と違ってた。アマンダ」。これを読んで、ジョンは動転する(3枚目の写真)。
  
  
  

ジョンは、作戦失敗の責任をゲコに問おうとするが、ゲコの頭はクリスティーンのことで一杯。ゲコの手には、クリスティーンからのピンクの封筒が握られている。「君から、クリスティーンを奪っていいかい? 彼女、僕のことが好きなんだと思う。ステージの下でキスして抱擁したこともあるし。いいだろ?」。「どうぞ、ご自由に〔be my guest〕」。ゲコの話題は、休み〔3学期と4学期の間、9月29日~10月8日〕の使い方に移る。「休みには、どこに行くんだい?」。「別に、君は?」。「クリスティーンと一緒にモザンビークに行くつもりなんだ」。そして、大量のマラリアの薬を見せる。「もう、こんな薬は飲まなくていいんだ。僕の新しい薬は『愛』だから」(1枚目の写真)〔これが、大きな間違い〕。ゲコが半分狂ってしまったので、ジョンは、ザ・ガヴに助言を求めに行く。しかし、家の前まで行くと様子がおかしい。そこで、窓を開けて、「先生?」と声をかけてみる(2枚目の写真)。それまで、難しい顔でオペラを聴いていたザ・ガヴは、ワインボトルを手に立ち上がると、「ミルトン、一体どうした?」と窓辺まで来る。「邪魔してごめんなさい、先生」。「構わんぞ」。「どうしても助けていただきたいことが」。「どうした?」(3枚目の写真)。ジョンは、ザ・ガヴの様子自体が変なので、「大丈夫ですか?」と尋ねる。「気分は最高だ」。「奥様は、どこですか?」。「荷物をまとめて出て行った。この、つむじ曲がりの年寄りに愛想がつきたのさ。で、用は何なんだ?」。ジョンは、『キャッチ=22』を取り出し、「これ、狂ってて、何の解決にもなりません」と訴える。「現実と、同じって訳だろ?」。「女の子のことで、問題があったのですが、もう どうしていいか分からなくなりました」。「妻に逃げられた男から、助言を進呈しよう。女性との交際は、万難を排し〔avoid it at all costs〕真心に徹すること。白々しい嘘をついても〔lie through your teeth〕、運が良ければ逃げおおせるかもしれんが、運が悪ければ、一貫の終わりだ。まあ、その時は、酔っ払うしかないかな」。そう言うと、ザ・ガヴは窓を閉める。
  
  
  

ジョンにとって、アマンダの手紙以上にショックだったのは、初めて掲示された『オリバー・ツイスト』のポスター。ジョンは、以前、金髪のボサボサ頭のカツラを被せられて写真を撮られたが、その写真を加工した冴えない顔がポスターを飾っている。「僕、羊みたいだ!」。そう思ったのはジョン1人ではなく、ポスターを見た連中は、「バ~」と羊の鳴き声を真似してジョンを笑い者にする(1枚目の写真)。ランチの時間、ジョンが皿を持ってテーブルの並んでいる部屋に入って行くと、一斉に「バ~」の大合唱が起きる(2枚目の写真)。
  
  

学期末の休暇。ジョンは、いつも通り家に帰る。すると、父が、メイドに怒鳴っている。「父さんは、メイドが物置に大量に酒を隠していたのを見つけた。でも、1ビン売るごとに50セント〔1ランド=100セント/1990年の1ランドは約50円〕手に入ると分かると、黒人を好きになることに決めた」「人魚姫がやって来た。胸が大きくなった。すごいや!」。デビーの横に座った祖母は、「あんた立派なおっぱい〔knockers〕持ってるんだから、上手に使いなさい」と、ジョンにも聞こえるように言う。ジョンは、恥ずかしいやら、戸惑うやら… 「僕たちが日本庭園に散歩に行った時、彼女のおっぱい〔boobs〕が体に触れた」(1枚目の写真)「おちんちん〔willy〕が もぞもぞした」。2人はベンチに座る。デビーは、持ってきた指輪をジョンの薬指に入れる。「それ、何?」。「婚約指輪よ。いつか結婚して、子供ができるといいわね」。それを聞いたジョンは、びっくりしてデビーを見つめる(2枚目の写真)。ジョンの頭を過ぎったのは、両手に赤ん坊を持ち、3人目が膨らんだお腹の中にいる未来のデビーの姿。それに比べると、アマンダは一段とセクシーになっている。「女の子って、僕を狂わせる!」。
  
  

そして、最終の4学期(10月9日~12月12日)。ジョンが学校に戻っても、「バ~」のからかいは止まない。「ザ・ガヴは、奥さんが出て行ってから変わってしまった」。ジョンが話しかけても、「後で」と追い払われる。クリスティーンは、ゲコなど眼中になく、誰とでもキスをしている。2人だけになった時、ジョンはゲコに、「クリスティーンのこと、残念だったな」と話しかけ(1枚目の写真)、さらに、「『地獄の見晴らし台』まで登って、蛇がいるか見てみないか?」と誘う(2枚目の写真)。2人は丘に登り、楽しそうに話す〔内容は不明〕。部屋に戻ると、ゲコは、「これ、全部、モザンビークから持って来たんだ」と言って、鞄の中身をベッドの上にあける。「これは、君に。モザンビークの木に住んでる猿〔尾長ザルのこと?〕のウンチだ」(3枚目の写真)。
  
  
  

ところが、その夜、ゲコは、異様な声を出して苦しみ出す。ジョンが、ベッドから飛び起きて電気をつけると、ゲコは耳から血を流していた(2枚目の写真)。大変な事態なので、ファティと2人で両側から支えて医務室まで連れて行く。ゲコが心配なので、その夜は、ジョンも医務室に泊まる。ところが、朝起きてみると、隣のベッドは空になっている。症状が重いので入院させられたのだ。看護婦は、ゲコは脳マラリアだと教えてくれる。脳マラリアというのは、初めて聞いた用語だったので調べてみると、一番分かりやすく書いてあったのは、少し古いが2014年の大阪大学のサイトResOU。「マラリア感染において、昏睡、高熱、痙攣などを起こすもっとも重症な病態のひとつが脳マラリアです。この病態に対する早期診断、治療法ともにいいものがなく最も死亡率の高い危険な病態といわれています」と書かれていた。ジョンは、スペアリブに連れられて病院に行く。ゲコと2人だけにされると、ジョンはベッドの脇に座る。ゲコは、「怖いよ」と打ち明ける。「何 言ってるんだ。一週間で戻れるさ」(2枚目の写真)「それに、ランボーは、もう1回、夜の水泳をやりたがってるぞ」。ゲコは、「君は、何でもランボーの言いなりにならなくたっていいんだ。あいつに気に入られることだけが能じゃない」とジョンの態度を戒め、「僕に、何か歌ってくれないか?」と頼む。病室の中で 大きな声が出せないので、ジョンは囁きかけるように『アメイジング・グレイス』を歌う(3枚目の写真)(→♪♪♪)。
  
  
  

病院から戻った後、英文学の授業を受けたジョンは、生徒たちが出て行った後、いつものように教壇に行き、ディケンズの『二都物語』を手に、「先生、課題についてお話したいのですが」と声をかける。すると、今日も、「後で」の一言。ジョンは、ザ・ガヴの目を覚まさせようと、わざと怒らせる。「先生、僕、ディケンズは、物を書く才能のかけらもない、くだらない奴だと思います」(1枚目の写真)「彼は、鼻持ちならない植民地主義者ですから、ディケンズの本でお尻を拭くのも嫌です」。これで、死んだようだったザ・ガヴが発火する。「いいか、このチビネズミ〔tiny rodent〕、お前が手にしてるのは、ヴィクトリア時代の傑作の一つなんだぞ」。「なら、ヴィクトリア時代なんて、大したことありませんね」。この逆説的発言を聞き、ザ・ガヴは、ようやく「今の自分」に気付く。「私には、うんざりしたろう。女どもときたら… 一緒には暮すなんてこりごりだし、ジンバブエに送ってしまうこともできんしな」。この言葉に、ジョンが嬉しそうに微笑む(2枚目の写真)。ザ・ガヴは、以前のように、ジョンをランチに誘う。書斎に仲良く座った2人。しかし、ザ・ガヴの手には、依然としてワインのグラスが(3枚目の写真)。「なぜ、飲まれるのですか、先生?」。「なんとか生きていくためさ〔Keeps the wolves from the door/日本の辞書には「飢えを凌ぐため」としか書いてない〕」。「先生のことは存じませんが、飲めば悲しくなります。そして、飲めば飲むほど悪化します。そして、悲しみのあまり、さらに飲むのです。『キャッチ=22』に書いてありました」。「その通りだ」。
  
  
  

その頃、寮の部屋では、ファティが虐めの対象になっていた。ランボーは、靴墨を食べたら10ランドやると迫り、ファティが断ると、「弱虫〔chicken〕になるな」と言い、6人でニワトリの真似をしてからかう。そこに、ジョンが入って来る。ランボーは、「お前もやれよ」と言うが、ゲコの言葉を覚えていたジョンは、「気が乗らない」と断る。すると、今度は、ランボーが「バ~」と叫び、他の6人も追随する。ジョンは、もう気にしない。怒ってベッドの上に立つと、「うんざりだ! やめろ!」と怒鳴る。いつもと違うジョンの態度に、一瞬沈黙が降りる(1枚目の写真)。しかし、結局、また「バ~」の連呼。頭にきたジョンは、窓を開けると、外に向かって大声で「バ~!」と怒鳴る。その声は、遠く離れた向かい側の建物で反射して響き渡る。それを見た、他の連中は、窓まで行くと、オオカミの吠え声の真似をする。他の建物でも一斉に電気が点き、オオカミの吠え声があちこちから響く。7人は負けずに叫び返す(2枚目の写真)。この時、部屋にPJが入って来る。しかし、それを騒音を叱るためではなかった。「ミルトン! 一緒に来るんだ」とだけ声がかかる。PJは、ジョンを冷やかす6人を睨みつけて黙らせると、ジョンを自分の部屋に連れて行く。寮長の部屋は、こんなに立派かと驚くほど広い。PJはジョンをソファに座らせる(3枚目の写真)。
  
  
  

そして、自分も斜め横に座ると、「ゲコが逝った。30分前に亡くなった」と知らせる(1枚目の写真)。「医者は、全力を尽くした。だが、病状が悪過ぎた」。今朝、病院で会ったばかりなので、ジョンは ただただ茫然とする。翌朝、建物の入口に座って涙を流すジョンの横に、ザ・ガヴが現れる(2枚目の写真)。そして、「死よ、思い上がるな〔Death be not proud〕」と、ジョン・ダンの詩をジョンに贈る。この詩には、「『死』は偉(えら)そうな顔をしているが、何も怖くない。人間は死んでから安らぎの未来がある」という思いが込めてある。ただ、ジョンには、そんな深い意味を読み取る余裕もないので、ただ悲しそうにザ・ガヴを見上げるのみ(3枚目の写真)。「時が、君を癒してくれる〔In time, you will get over this〕。そして、これを乗り越えることで、君はより大きくなれる〔And you will be the greater man for it〕。時だ… 今は、これを読め」。渡されたのは、『ジョン・ミルトンの全詩並ぶに厳選散文集』〔叙事詩『失楽園』も含まれる〕。そして、「本は君の中で生き続ける〔A book will never die on you〕」と、言葉を添える。
  
  
  

ゲコの葬儀。同室の6人が棺を持ち祭壇へと運ぶ(1枚目の写真)。ジョンは、祭壇の前に立ち、賛美歌『主よ今われらの罪をゆるし〔Dear Lord and Father of mankind〕』を歌う(2枚目の写真)(→♪♪♪
  
  

『オリバー・ツイスト』の公演日。舞台が始まる前、ジョンが幕間からこっそり覗いてみると、550ある座席は、生徒とその両親ですし詰め状態。ちょうど、ジョンの父母、祖母、それに、デビーが席に着くところだった〔主役の家族なので特別席〕。ランボーたちもいる。何か やりそうな感じだ。ジョンは、不安でいっぱいになって楽屋に行くと、誰も入ってこないように鍵をかける。そして、ザ・ガヴが渡してくれたミルトンの詩集を手に取ると、表紙をめくる。表紙の裏には、ザ・ガヴの書き込みがある。「芝居がもたらす、すべての新たな始まりと可能性に」(1枚目の写真)。1990年11月とサインされているので、本を渡す直前に書かれたものだ。これを読んだジョンは、迷いが取れて晴々となる(2枚目の写真)。目の前の鏡の中からは、ゲコが声援を送ってくれている(3枚目の写真)。ジョンは、置いてあったカツラを被るが、「強いられる人生」から訣別し、自分は自分なんだと考え、カツラを捨てる。ジョンがドアを開けると、ザ・ガヴが部屋に入って来て、小道具のフェイギンのスキットルに水道水を入れる。彼もアルコール依存から抜け出て、新しい道を歩み始めたのだ。それを見てジョンはにっこりする。ジョン:「行かないと」。ザ・ガヴ:「頑張れよ〔Break a leg〕」。
  
  
  

舞台のシーン。最初は、救貧院で「お願いします。もう少しください」とオリバーがバンブルに頼むシーンの変形(1枚目の写真)。ミュージカルの『オリバー!』と構成は似ているが、歌もダンスも違う全くのオリジナル。ジョンを見て、父は、自慢げに、「あれは私の息子だ!」と大声で叫ぶ。一方、別室で見ていたバイキングは、「カツラはどうした?」と困惑する〔別室にいるので、何もできない〕。原作と違っているのは、ジョンと一緒に踊っている救貧院の子供の中に、セント・キャサリン女子校の生徒が混じっていること〔本来なら、男の子しかいないはず〕。その後、イヴが妖艶なナンシーを演じると、生徒たちから口笛が鳴らされ、大受けする。フェイギンの根城でのスリの少年たちとの歌とダンスでは、酔っていないザ・ガヴが素晴らしい演技を見せる(2枚目の写真)。舞台をこっそり見に来た「家出した奥さん」も嬉しそうに見ている。拍手を送る妻の姿を見つけたザ・ガヴは、妻に向かって一礼する〔恐らく、元の鞘に戻る?〕。舞台のシーンの最後は、『オリバー!』の第2部の冒頭にあるブラウンロウ邸のテラスの場面にそっくり。ただし、歌は全く違っている。ジョンが歌うのは、「Giving it All」(3・4枚目の写真)(→♪♪♪)。
  
  
  
  

舞台が終わった後、出演者が順に挨拶。最後は、ザ・ガヴがジョンを誘って舞台の中央に出て行き、ジョン1人を前に押し出す(1枚目の写真)。観客は、一斉に立ち上がり、スタンディングオベーションを送る(2枚目の写真)。ジョンが栄光に包まれた一瞬だ。すべてが終わり、ジョンは父親から抱き上げられ、「オスカー並みの演技だったぞ!」と大声で褒められる。祖母は、急にボケに転じ、ジョンに「何の役だったの?」と尋ねる〔今までの、的確だが、際どい発言は認知症によるもの?〕。次は、デビーの番。「ジョニー、素晴らしかったわ!」と言って、抱きしめる(3枚目の写真)。最初は、嬉しかったが、抱きしめられている姿がアマンダに見られていると分かると、力が抜けてしまう。デビーは、反応がイマイチなので、「どうかしたの?」と尋ねる。その時、母が、「ジョニー、悪いけど行かないと。デビーを9時までに帰らせるって、マージに約束したの」と割り込む。
  
  
  

一家とデビーが去ると、すぐにアマンダが寄って来る。そして、肩を抱くと、「あれ、誰?」と訊く。「別に。以前、ガールフレンドだった子」(1枚目の写真)。「あなたのこと、まだ好きみたいよ」。アマンダは、さらに、「あなた、今夜は本当に凄かったわ」と褒め、「外に出ましょ」と囁く。アマンダは、ジョンの手を引いて庭の暗がりに連れて行くと、「キスして下さいな、スパッド様」と言う。耳を疑ったジョンは、「何て言ったの?」と訊く。アマンダは、ジョンを引き寄せと、「何でもないの」と言い、自分からキスしようとする(2枚目の写真)。ジョンは、「待って」と言い、「できないよ」とキスを断る。そして、「ごめんね」と言って、アマンダを残して走り去る。
  
  

ジョンは、一家のいる方目がけて全速で走る。幸い、4人はまだ車のところにいた。母は、ジョンに気付くと、「ジョニー、何なの?」と訊く。ジョンは、デビーに、「学校の中、見たくない?」と尋ねる。デビーはニッコリするが、母は、「もう行かないと」と反対する。しかし、事情を察した父は、「ちょっとぐらい遅れてもいいじゃないか」と言ってくれる。ジョンはデビーを連れて中庭に行き、噴水の前で自分からキスをする(1枚目の写真)。デビーも積極的に応えてキスは長く続く。そのうちに、ジョンの同室の6人がそれに気付く。ジョンが部屋に戻ってくると、大歓迎を受ける。「あの可愛いこちゃん〔doll〕、最高にいかす〔smoking〕じゃないか」。ランボーも ジョンを真の仲間として受け入れてくれる。ジョンは、いい機会なので、「なあ、みんな、僕が何考えてたか分かるか?」と訊く(2枚目の写真)。全員が、「夜の水泳」と言い、さっそく湖に泳ぎに行く(3枚目の写真)。この夜は、邪魔も入らなかった。
  
  
  

最初の1年が終わり、生徒たちは、迎えにきた両親の車で帰途に着く。スパッドは、出口のところで、ランボーとレイン・マンに親しく肩を叩かれる(1枚目の写真、右の手がランボー)。両親がいつになっても現われないので、ジョンは、かつてゲコと一緒に行った丘に1人で登る。そして、懐かしい岩の上に座る。「ゲコが死んでから、『地獄の見晴らし台』に来るのは避けてきた。僕は、もう一度、谷をじっくりと見てみたかった。想い出にひたりたかった。ここが、こんなにきれいな場所だってこと、忘れてた。ここには命があり、色彩に満ち溢れている」(2枚目の写真)「ザ・ガヴの家が見える。彼は、一度僕に、『神の最大の贈り物は、選択の自由だと』」と話した。だけど、神様は、僕には あまり選択の自由を与えてくれなかったように思う。ただカードを配って、遊ばせただけじゃないかって」。
  
  

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