トップページに戻る
  少年リスト   映画リスト(邦題順)   映画リスト(国別・原題)  映画リスト(年代順)

Theeb ディーブ 〔オオカミ〕

ヨルダン映画 (2014)

第一次世界大戦の最中、1916年6月10日から始まったオスマン帝国に対する「アラブ反乱」を支援するため、「アラビアのロレンス」が送り込まれたのは同年10月16日。この映画は、その1916年を舞台に、ヨルダン南部のワディ・ラムに住むベドウィンの少年から見た世界を描いたもの。映画の中に、オスマン帝国によって1908年に敷設されたヒジャーズ鉄道が出てくるが、ロレンスに率いられたゲリラにより鉄道が爆破されるのは、映画の設定の1916年の1年後。この鉄道は、砂漠地帯をメッカに向かう巡礼者の道案内として生計を立てていたベドウィンに打撃を与えていた。そして、ロレンスではないが、鉄道爆破を目的として送り込まれた英国軍人。その道案内として兄に「お邪魔虫」で付いていったのがディーブ。映画の題名は、その少年の名前。アラビア語で「ذيب 」。意味は狼。少し前に死んだディーブの父が、息子に残した不思議な処世訓の中に、「狼どもが友情を申し出ても当てにしてはならん。お前が死に直面した時に助けになってはくれん」という一文がある。そして、ディーブ自身も「弱肉強食」という言葉を使っている。この映画は、「狼のように生きる」ことを望まれた少年が直面した苛酷な運命を、坦々と、そして、力強く描き、ヨルダン映画として初めてアカデミー外国語映画賞にノミネートされた(受賞数は10、IMDbは7.2、Rotten Tomatoesは97%〔69/71〕)。「アラビアのロレンス」の撮影にも使われたワディ・ラムの独特の風景が映画に華を添えている。私にとっては、かつて訪れた場所だけに懐かしくもある。私が撮影したワディ・ラムの写真はあらすじに入れているので、あまり人の行かないワディ・ハサの写真を下に示そう。荒涼として圧倒的な沿道風景が印象的(レンタカーの1人旅)。
  

ディーブは、ワディ・ラムの砂漠地帯を旅するメッカへの巡礼者の案内役を務めてきたベドウィン部族の族長の三男として生まれた。父が死に、長兄が族長となると、ディーブは、次男のフセインの手伝いをしたり、銃の使い方を習ったりして毎日を過していた。そこに、オスマン帝国に対してアラブ人が起こした反乱を密かに支援すべく派遣された英国軍人が、ベドウィンの案内人マルジを伴って訪れる。目的は、ワディ・ラムの井戸の場所を知っている部族に、砂漠地帯を案内してもらい、50キロほど東方の反乱軍と合流、オスマン帝国のヒジャーズ鉄道を破壊すること。新しい族長は、鉄道が開通して以来、砂漠地帯には巡礼は来なくなり 盗賊しかいないと消極的。だが、亡き父の名前を出されたので断れなくなり、弟のフセインを同行させることに。その話を耳にはさんだディーブは、内緒で後を追う。最初の野営地にディーブがいきなり飛び込んで来た時は、彼をどうするかで一悶着。結局は一緒に連れていくことになる。辿り着いた最初の井戸では 反乱軍の斥候と会えるはずだったが、盗賊に襲われて殺害され井戸も汚染されていた。その上、英国人の一行4人は、遠くから盗賊によって監視されている。英国人を案内してきたマルジは、危険だから戻るよう主張するが、軍務が優先される。ただ、ディーブのような子供を連れていくのは危険過ぎるし、今さら1人では帰せない。そこで、マルジは兄弟を一緒に帰すことにする。しかし、フセインは、井戸の場所を知らない者を砂漠に行かせるわけにはいかないと考え、ディーブを連れて後を追う。そして、一行は2番目の井戸に。そこには、盗賊の一味が罠を仕掛けていた。英国人とマルジは狙撃者に殺され、フセインとディーブは岩陰に隠れて助かる。しかし、そこに盗賊の本隊がやってきて、フセインがそのボスを撃ったことから銃撃戦となる。最後は、フセインも銃弾に斃れ、ディーブは逃げようとして井戸に落ちる。翌朝、ディーブが全力を振り絞って井戸から脱出した時は、兄の死体以外には何も残っていなかった。ラクダがいなければどこにも行けない。ロープも容器もないから井戸はあっても水は飲めない。危機的な状態にあったディーブを救ったのは、迷い込んだようにやってきたラクダ。背中にはフセインに撃たれた盗賊のボスが、意識を失った状態で乗っていた。ディーブは、井戸から水を汲むことはできたが、ラクダは言うことを聞かないので脱出はできない。食料はゼロ。そんな時、盗賊のボスの意識が戻り、水を要求する。ディーブは、兄を殺した盗賊団のボスなので、どうするか迷うが、水を与え、その隙に拳銃を奪う。しかし、これは危険な賭けだった。拳銃を持っていても、いつかは眠ってしまう。ディーブも眠った隙に拳銃を奪い返されるが、意外なことにボスは共存を申し出る。最大の理由は、自分の足に残っている銃弾をディーブに抜き取ってもらうため。この荒っぽい「手術」が終わると、ボスはラクダに乗れるまでに回復し、ディーブを連れて東に向かいヒジャーズ鉄道に達する。そして、鉄道沿いに設けられたオスマン帝国の小さな駐屯地に行き、英国人から奪ったものを売り飛ばす。それを見ていたディーブは、かつて「伝統的な道案内」だった男が「盗賊」にさせられた元凶である帝国軍人に へいこらする卑屈さを憎悪し、ラクダに戻って拳銃を手にすると、ボスを射殺する。「狼」のように 容赦なく。

タイトルロールのディーブを演じるJacir Eid Al-Hwietat(発音不明)は、2000年生まれのベドウィンの少年。あるサイトでは、Jacirが、プロデューサーの1人(ベドウィン系)の息子で、兄役のHussein Salameh al-Sweilhiyeenは従兄と書いてあった。しかし、そのプロデューサーの名前はEid Mohammed Al-Sweilheenなので、兄役と同姓。だから、情報は逆なのかもしれない。ディーブは、口数の少ない役で、抑えた演技だが、日本の演技過剰ドラマに辟易した目で見ると、すごくリアルで素人とは思えない。2015年のシアトル国際映画祭では主演男優賞の候補となった(『ダークホース』のクリフ・カーティスが受賞。5人の候補の中には、『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』のイアン・マッケランもいた)。


あらすじ

ディーブが、最近亡くした父の墓〔砂に埋葬され、盛土され、上に小石が置かれて、頭の先端に大きな石が立っている〕の前で悲しげに立っている。ディーブの兄フセインが、「来い、ラクダに水をやる」と、遠くから呼ぶ。次のシーンでは、ディーブが井戸(穴が開いているだけ)に、革のバケツを投げ込んで 手で引っ張り上げる。かなりの重労働だ。兄がやってきて交代し、ディーブは他のラクダを連れに行く。兄は、バケツを投げ込んで引っ張り上げると、ラクダの水呑み場までバケツを運んでいく(1枚目の写真)。そして、今度は2人で引っ張り上げる。水は茶色く濁っている。百メートルほど先に、典型的なベドウィンのテントが見える。次は、射撃のシーン。砂の上に腹這いになった兄弟。兄は、銃で的を狙いながら、ディーブに撃ち方を教える。照準と的を一直線にするというだけの簡単な指示だ。両肘を砂の上に置いて安定しているので、立っているより遥かに狙いやすい。兄は、的の金属皿に当てると、ディーブに銃を渡す(2枚目の写真)。ディーブは狙って引き金を引くが、「カチッ」と音がしただけ。「弾がないよ」。「ちゃんと狙えるようになるまでお預けだ」。その後、2人は、井戸の真上で、“Shabria” というベドウィンのナイフを使って遊ぶ。場所も道具も危険だ。
 

夜になり、テントの外では大人たち(もちろん男だけ)が “Tab” という伝統的なゲームで遊んでいる(興味のある人は→ http://www.ancientgames.org/tab/)。まだ若くてゲームに参加させてもらえないフセインが、遠くの気配に気付く。「静かに。外に誰かいる」。テント内は、急にひっそりとする。生存がかかっている。フセインが、闇の中へと歩み去る。長兄が、「フセイン、誰だ?」と呼びかける。緊張は続き、ようやくフセインが戻ってくる。「お客です」。やってきたのは2人。男たちが立ち上がる。訪問者:「平安あれ」。男たち:「ようこそ」。1人ずつ挨拶が続く。2人のうちの1人はベドウィンではない。ディーブが初めて見る変な服を着ている。それは、英国人の軍人だった。2人はテントの中に招じ入れられ、上座に並んで座る(1枚目の写真)。フセインがコーヒーの入ったカップ〔日本の小さな湯呑み茶碗に似ている〕を来客のベドウィン(名前はマルジ)に渡し、彼は右手の指だけで持ってチビチビと飲む。次いで、コーヒーは英国人にも渡され、彼は普通につかんで一気に飲む。マルジは、「長寿を」と言ってカップを返す。その後は、男たちとの間で健康に関する挨拶が延々と続く(2枚目の写真)。
 

フセインは、ディーブに声をかけて、テントの外に出て行く。真っ暗な中、向かった先は羊のいる場所。「どれか選べ」。ディーブが選んで連れて来る。「いい羊だ」、そう言うと、兄は、羊をつかみ、「アッラーの名のもとに」と唱えながら地面に押さえつける。「殺すか?」。「うん」。「だけど、兄貴には言うなよ」。「分かってる」。フセインは腰からナイフを抜いて、「取れ。祈りを捧げろ」と言う。ディーブはナイフを握る。「恐れるな。ここを切れ」(1枚目の写真、矢印はナイフ)。しかし、いざとなると、ディーブの手は動かない。「やろうか?」。「いいよ」。結局、フセインが羊を殺す。次のシーンでは、皿の中央に羊の頭蓋骨が置かれ、周りの料理を男たちが手づかみで食べている。ディーブが見ていると、英国人が口に入れたものを右手に隠してお尻の後ろに捨てようとして、目が合う(2枚目の写真、矢印)。男たちは英国人に、「もっと食べて」と勧めるが、「旨かった」と言って断る。長兄はディーブに、英国人に水を持って来るよう命じ〔食べ物で汚れた手を洗うため〕、ディーブはテントの外で彼の手に水をかける〔ディーブは、珍しそうにジロジロ見る〕
 

会話は、ようやく、具体的になっていく。マルジの隣に座った長兄が、「お友達はどこから来ました?」と尋ねる。「英国人です」。そう答えると、「シャイフ・アブ・フムードの部族はどこですか?」と逆に尋ねる(1枚目の写真)〔シャイフは族長のこと〕。「ここです」。「シャイフは どこにおられます?」。「亡くなりました」。「どうか魂に安らぎを。とても良い方でした」。「ありがとう」。「息子さんはありましたか?」。「ええ。私が長男で、あちらがフセインとディーブです」(2枚目の写真)。「光栄です」。「こちらこそ」。儀式的で、非常に丁寧な言葉のやりとりだ。いずれにせよ、この会話で、フセインとディーブの位置付けが初めて分かる。シャイフの弟ということは格が高い〔数万もの構成員のいる部族の場合なら「殿下」にもなるが、この部族はフセインとディーブでラクダの水汲みをしているくらいなので、かなり小さな部族あろう〕
 

翌朝、ディーブは、英国人が顔を剃っている時に、鏡を持って手伝っている。「王子さんなの?」。返事がない。しかし、「何人殺したの?」と訊くと(1枚目の写真)、剃るのを一瞬やめ、「ありがとう」と言って鏡をひったくる(青字は英語)。ディーブは何と言われたのか分からないが、気分を害したらしいことは想像がつく。だが、そこは、まだ子供。すぐに、木のテーブルの上に置いてあった私物に興味が移る。ライター(昨夜、タバコに火を点けるのを見ていた)を触り、火が点かないので、次は小さな望遠鏡を取り出して逆さまに覗く(2枚目の写真)。3番目には、脇に置いてあった背の高い木箱に興味を持つ(3枚目の写真)。それを見た英国人は、「触るな!」と怒鳴ってディーブを追い払う。ディーブは、そのままテントまで逃げて行く。
  

次は、テントの場面で最も重要な会話。マルジ:「シャイフ、お願いがあります」。「どうぞ」。「あなたなら、私達をローマ人の井戸まで案内して下さるとか」。「巡礼の道ですか? あれは、汽車が通ってから放棄されました。失礼ながら、今は盗賊どもしかおりません」。「お父上の評判を聞いて参ったのです」。これを聞き、長兄は、「弟のフセインに案内させましょう」と申し出る(1・2枚目の写真)。テントの隙間からこっそり話を聞いていたディーブは、何が何でもフセインと一緒に行きたいと考える。2人が乗ってきたラクダに、フセインの1頭が加わる。長兄がフセインに別れを告げる。ディーブは、それを少し離れたところから見ている。マルジが、「ご高配を頂きました、シャイフ」と別れの言葉を言い、長兄が「心安らかに行かれよ」と送り出す〔シャイフの弟を案内役に与えてもえらえたことは、マルジにとっては最高の恩義→後で、マルジはフセインの保護を最優先するが、それは、この恩義に応えるため〕。誰もいなくなるのを見はからい、ディーブはロバに乗って3人の後を追う(3枚目の写真)。
  

ディーブは、暗くなってから、野営地の焚き火目がけて、「フセイン!」と叫びながら駆け寄る。彼が兄からどう叱られたかは分からない。明くる日、マルジと英国人は、この先ディーブをどうするかでモメている(1枚目の写真)。「フセインが、道案内に必要です」。「じゃあ、連れて行け」。「子供は、どうします?」。「知るもんか」。「ここに残しては おけません」。英語が分からないフセインは、会話に割り込む。「彼、何て言ってる?」。「ちょっと待って」。マルジは英国人に「誰が、あの子を帰すんです?」と訊く。「ここまで来れたんだ、一人で帰れるだろ」。フセインは、再び「彼、何て言ってる?」とマルジに訊く。「あんたが どうしても必要だ」。フセインは「あの子を家まで連れ戻してきたら?」と提案する。しかし、マルジは「今すぐ出発したがってる」と否定。「説得したら?」。「聞く耳を持たない」。マルジは、兄弟に気を遣っている。しかし、英国人は不親切なほど無関心で、自分に課せられた任務の遂行にしか興味がない。結局、ディーブを一緒に連れて行くことになった。一行は、岩に挟まれた道のようなところを進む(2枚目の写真)。3枚目の写真は、私が撮影した「世界遺産ペトラ」への入口近くの風景。奥に行くと両側の崖がそそり立つが、入口付近はちょうど映画のような雰囲気だ。そこを抜けると、一行は広々とした場所に出る(4枚目の写真)。撮影場所はワディ・ラム。3枚目の写真は、私が撮影した「世界遺産ワディ・ラム」。点在する岩の塊のような山が特徴だ。
    

翌日、また岩の間の通路のような場所まで来た時、マルジと英国人が地図を見ながら話し合っている。「駅に接近し過ぎると危険だ。だから、ここでやろう〔線路の爆破が目的〕。「いいでしょう」。何もすることがなくて暇なディーブは、フセインに、「井戸で何するのかな?」と訊く(1枚目の写真)。「さあな。我々は、井戸まで連れて行って、帰るだけだ」。「あの箱 何かな?」。彼は、最初に触っていてひどく叱られてから、箱が気になって仕方がない。「箱?」。「僕が触ったら、すごく怒ったんだ」。「金貨でも入ってるんだろ」。そう言うと、フセインは焼いたパン(khbz)を2人に持って行く。因みにベドウィンのパンは、小麦粉に岩塩を入れ水を加えて練り、丸く平に伸ばして砂の上で焼いたもの。1人になったディーブは、こっそりと箱に近づく。しかし、触った途端に、英国人が血相を変え、「俺の物に触るなと言っただろ!」と、ディーブを乱暴に箱から突き放す。フセインは、弟に対する仕打ちに怒り、逆に英国人を突き放す。「触るなと、奴に言っておけ」。もう喧嘩だ。マルジは間に入り、何とか2人を引き離す。フセインは、最後に「そいつが何様であろうが、弟に手を出させるな!」と、強い調子でマルジに抗議する。マルジも、「この人は、誰にも箱に触って欲しくないんだ」と、怒った理由を説明する。「弟は知らなかった」。「なら、そう言えよ」。フセインは、ディーブに「二度と触るんじゃない」と強く言う(2枚目の写真、矢印が箱)。因みに、英国人がなぜ箱をそんなに大事にするのか 最後までよく分からない〔線路を爆破する際の起爆装置だが、壊れやすいとか、危険なわけではない〕
 

一行は、井戸のある場所まで辿り着く。ここまで2泊、どこにも水場はなかった。そこは、英国人が目的地としていた井戸だった。そして、そこには複数の人物が英国人を待っているはずだった。だから、「味方はどこだ?」という質問が出る。砂の上に多くの足跡を見つけたマルジは、「来ています」と答える。英国人は、バケツを井戸に入れて水を汲み、冷たい水を 顔をかけようとしたが、その水は血に汚染されていた(1枚目の写真)。3人が覗くと、井戸の中には複数の死体が放置されていた。英国人を待っているはずの男たちは、全員殺されて、井戸に放り込まれていたのだ。だから、誰もいなかった。4人は急いでラクダを置いた場所に戻る。フセインは、遠くを見て、「我々は見張られている」と気付く。「あれは、味方なのか?」。マルジは、遠くに見える6人に向かって、右手を上げると、手から砂をまく(2枚目の写真、矢印は6人)。それに、どのような意味があるのかは判らないが、相手が何も反応を示さなかったことから、マルジは敵だと判断。「すぐに出発だ」と言ってラクダに乗ると、来た道を戻ろうとする。それに対し、英国人は、「どこに行く気だ?! そっちから来たんだぞ!」と制止する。「奴らが、味方を殺したんです」。「違う。我々は 連隊〔regiment〕を捜さないと〔“regiment” は、かなり大きな部隊を指す言葉だ〕。「味方は井戸の中です」。「違う。我々は 連隊を捜すんだ。エル・カティーバ〔El katiba〕〔“El katiba” は、フランスのアラブ地域における一兵団を指す言葉〕。そして、「来い!」と言うと、勝手に進み出す。マルジは、「狂ってる」と文句を言いつつ、後を付いて行く。映画では、この部分の説明が不足していて分かりにくい。そこで、3枚目の古地図を使って補足しよう。この古地図は、ヒジャーズ鉄道の路線を示したもので、地図の左方に南北に走る黒い線が鉄道。北の遥か先がダマスカス、南の遥か先がマディーナ。この地図は中間点よりやや北にあるマアーン(Ma’an)とアカバ湾の最奥部にあるアカバ(Akaba)の部分を切り抜いたもの。ディーブの部族のいるワディ・ラムは、地図上でラム(Rumm)と書かれ、赤丸が付いている。地図の右下にスケールがあるが、鉄道とは30マイルほど離れている。仮定として、マルジと英国人がアカバ港から潜入したとしよう。そして、鉄道を爆破しようと、中間点にあるラムまで来た時、途中の水の補給のため、井戸の場所を知っているディーブの部族に道案内を依頼した。一行は東に進み、英国人は、ラム地区の山中の井戸で先遣隊と会い、彼らに案内してもらって反乱軍に遭うという段取りだったに違いない。先遣隊が全員殺されたと分かった後、英国人が、「我々は連隊を捜さないと」と主張するが、連隊は井戸の周辺にいるわけでなく線路の近くにいる。だから、彼は、やみくもに、線路のある東を目指そうとしたのであろう。
  

その夜、マルジと英国人は、それまでになく激しく対立する。「戦争なんだ。彼らの父親が誰であろうと、任務を犠牲にする訳にはいかん!」。「私には、できません」。「頼むよ。お互いに理解しよう」。「彼らを連れてきたのは我々です」。「君は、分かっとるのか?」。「何をです?」。「君は、何も分かっとらん! もし、我々が鉄道に行けなかったら…」。「彼らを連れてなど行けません」。「…何が起こると思う?」。「お断りです!」。「トルコが汽車を送り込み、君たちを虐殺するんだぞ!」(1枚目の写真)。「もし連れて行くなら、私は死にます!」。「戦争だぞ! 君は、国や王のことを考えたことがあるのか?!」。「兄弟の方が、鉄道より重要です」。「大義のために戦うんだ! 子供と兄がどうなろうと知るもんか!」。マルジが、これほどまでにフセインとディーブを庇うとは、はっきり言って意外だった。テントでの丁寧な挨拶に始まり、シャイフの兄弟に道案内をしてもらっているということは、ベドウィンにとって非常に「重い」恩義だということがひしひしと伝わる。少し離れて その様子を見ていたとディーブは、兄に、「何を言い争ってるの?」と訊くが(2枚目の写真)、「俺たちに関係ない」で終わってしまう。口論の結果は、翌朝すぐに実行に移された。マルジが勝ち、英国人は「井戸案内」なしで出発する。フセイン:「行くのか?」。マルジ:「もう十分やってくれた。お父上に名誉あれ」。そして、出発の準備をすると、「平安あれ」。「さようなら、マルジ」。「再会のあらんことを」。「願ってる」との挨拶が交わされる(3枚目の写真)。フセインは、最後に、「マルジ、次の井戸がどこか分かるのか?」と尋ねる。マルジは それに答えず、「子供には危険すぎる。さらば」とだけ言って、出発する。
  

責任感のあるフセインは、ディーブに「後を追うぞ」と準備を始める。「どうして?」。「助けないと」。「どうして?」。「渇きで死んでもいいのか? 放置などできない」。「僕、行かない」。「なら、なぜ付いてきた? 1人で帰れるのか?」〔ラクダは1頭しかない→歩いて帰るしかない〕。「やれるさ」。「そうか。なら、なぜ付いてきた?」。「父さんじゃないくせに」。うっかり出たこの言葉にディーブは戸惑い、フセインは「荷物を詰めろ」と優しく言い、ディーブも素直に従う。2人は、砂の上に残るラクダの足跡を追って先に進む。そして、直に追いつく(1枚目の写真)。次の井戸に着くと、まずマルジが安全かどうか様子を見に行き、3人は数百メートル手前で隠れて見守っている。やがて、マルジが「大丈夫だ」と叫ぶ。フセインが井戸に着くと、「足跡は昨日のものだ。今は、もう谷を離れている」と推定する。全員、ラクダから降り、英国人は呑気に装具を外すが、マルジとフセインは警戒を怠らない。マルジ:「何か、見えるか?」。フセイン:「いいや」。マルジが、井戸に革水筒を投げ入れ、引き上げて試飲する。そして、「大丈夫」と英国人に渡す。喉の渇いていた英国人が十分に飲み、珍しく笑顔になって、水筒をフセインに渡した瞬間、銃声が響き、英国人の左胸に銃弾が当たる(2枚目の写真、矢印)。英国人は即死。狙撃者は 谷を囲む岩の中に潜んでいた。マルジは、兄弟が逃げられるよう援護射撃をし、2人が逃げるのを見届けると英国人の死体を井戸から離す。しかし、兄弟が逃げた先にも別の狙撃者がいた。そこで、兄弟は引き返す。マルジ:「なぜ、戻って来た?」。フセイン:「これは罠だ」。その直後、マルジも撃たれて死んでしまう。
 

フセインは、最初の狙撃者を撃ち殺し、マルジの銃を取ると、ラクダに乗って逃げようとするが、谷の入口から3人の敵がラクダに乗って現れる。フセインは、先に岩の隙間から狙撃された経験から、ディーブに「登るぞ」と声をかける(1枚目の写真)〔この地域の岩は、表面が滑らかで、かつ、滑りにくいので、裸足で駆け上がるには最適〕。高さにして数十メートル登った辺りで、身を隠す絶好の場所を見つけ〔井戸が射程に入る〕、そこに銃をセットする(2枚目の写真)。敵は、背後にいた狙撃者1人と、新たに到着した3人の計4人。3人の中のボスが、「奴らはどこだ?」と狙撃者に訊く。「見失いました」。ボスは、「お前たちは囲まれている。降伏すれば何もしない。俺たちはラクダが欲しいだけだ」と大声で叫ぶ。ただ、降伏して出て行って命は助かっても、ラクダがいなければどこにも行けない。フセインは、「ラクダを盗られたら死ぬだけだ」と覚悟を決めると、銃でボスを狙い撃つ。ボスは倒れ(3枚目の写真)、狙撃者とフセインの間で銃撃戦が行われている間に、手下が倒れたボスを見えない場所に避難させる。結果的に、フセインの占めた位置から見える範囲に敵は1人もいなくなる。その代わりに、敵は、見えない位置からフセインを挑発する言葉を投げかける。フセインは、ディーブに「耳を貸すんじゃない」と言い、ディーブは「怖くない」と答える。「父さんの言葉を思い出せ。『弱肉強食』だ。俺たちは奴らより強い」。この言葉は、ディーブの心の支えとなる。
  

兄弟は、岩から降りて行けば必ず撃たれるので その場を動くことができず、辺りは真っ暗になる。それでも、敵は、大声を上げて脅し、かつ、眠らせないようにしてくる。ラチがあかないので、フセインは、ディーブに、「何か起きたら上に登れ。誰もいなくなったら、井戸で待て。誰かが来るだろう」と教える。その直後、暗闇にまぎれて 反対側の岩を登ってきた敵に、狙撃される。その狙撃地点からだと身を隠せないので、フセインはディーブを連れて岩を降りるが、途中で2名を撃ち殺す。しかし、平地に降りてラクダに向かって走り出したところで、残っていた1人に前方から撃たれてしまう(1枚目の写真、矢印は倒れるフセイン)。兄に駆け寄ろうとしたディーブは、近くに倒れていたボスに足をつかまれるが、振り切って逃げ出す(2枚目の写真、矢印はつかまれそうになるディーブ、左は敵のボス、右は死んだ兄)。ボスは、すかさず、「逃げたぞ 殺せ!」と叫ぶ。ディーブは必死で逃げるが、近くにあった井戸に落ちてしまう(3枚目の写真、矢印は落ちて行くディーブ)。ディーブが、井戸に残っていたロープにつかまっていると、ボスの声が聞こえてくる。「ガキはどこだ?」。手下が井戸の縁まで見に来て、「井戸の中です」と返事する。井戸といっても、日本のよう円筒形の掘り抜き井戸ではない。内部は自然の洞穴になっていて、底に水が溜まっている形態。だから、上から銃で撃っても、簡単には当たらない。ボスは、「ロープを切れ」と命じる。内部の空間は壷のような形なので、一旦落ちると、出るのは不可能に近い。
  

ディーブは水の縁の岩にしがみついて一夜を明かす。井戸の中にも明かりが差し込み、外から何の音もしなくなったので、ディーブは外に出ようと必死になる。初めのうちは、両手と両足を巧みに使い岩の壁を登る(1枚目の写真)。そして、足を踏ん張って井戸の開口部まで辿り着くと(2枚目の写真)、井戸の外の突起に手を掛け、腕力で体を引き上げる(3枚目の写真)。映画の中でも一番 緊迫する場面だ(約2分)。井戸の外に出たディーブは、全精力を使い果たし、そのままぐったりと横になる。
  

太陽が頭上にくるまで眠っていたディーブは〔登るのに疲れていたし、昨夜は手を離すと溺れるので一睡もしていない〕、強烈な太陽の熱で目を覚ます。立ち上がって少し歩くと、崖の際に兄が倒れているのが見える。駆け寄って「フセイン」と声をかけ 体を揺するが 返事はない(1枚目の写真)。ディーブの小さな体では、兄をうつ伏せの状態から動かすこともできない。そのまましばらく一緒に横になっていたディーブは、多くの蝿が兄の血に寄ってくるので、兄の体を砂で覆い始める。全身を砂で覆い尽くすと、運べる最大の石を体の形に並べる。そして、最後に、墓石となる石を頭の位置に立てる。すべてが終わると、兄に付き添うように座り続ける(2枚目の写真、ディーブの左にあるのが墓石)。夜になり、野獣の声がしたので、ディーブは岩に登り、そのまま夜を過ごす。再び日が昇り、井戸の縁に行くが〔少なくとも2晩、一口も飲んでいない〕、水を汲む手段がないので、喉の渇きはひどくなる一方だ。ディーブは、兄の「誰もいなくなったら、井戸で待て。誰かが来るだろう」という言葉を信じ、井戸の脇で横になる。ディーブの上を、「砂漠の掃除人」のハゲタカが舞っている(3枚目の写真)。このまま誰も来なければ死を待つしかない。
  

その時だった。1頭のラクダが自分の方にやって来る。ディーブはやっとの思いで立ち上がると、ラクダの方にゆっくりと歩いて行く(1枚目の写真、矢印はラクダ)。疲れているので、走るだけの気力はない。代わりに、「おーい、こっちだ!」と声をかける。当然、誰かが乗っているという前提だ。しかし、ラクダの上の人影は動こうともせず、ラクダも勝手に歩いているだけだ。ラクダは途中で停まってしまい、その分、ディーブの歩く距離が長くなる。ディーブは、手綱をとってラクダが動かないようにすると、乗っている男に声をかける。しかし 反応がない。死んでいるのか? ディーブは、仕方なく、ラクダを引いて井戸の近くまで連れてくると、手綱を強く引いてラクダのバランスを崩し、男を地面に落とす。ディーブは男の体を探るが水筒はない。そこで、ラクダの鞍を覆う毛皮を探ると、そこに待望の革水筒があった。ディーブは、さっそく井戸に投げ込んで水を汲み、思う存分に飲む(2枚目の写真)。しばらく休んで体力が回復すると、ラクダを拝借して家に帰ろうとする。しかし、ラクダはディーブが鞍に乗って手綱を引いても、立ち上がろうとすらしない(3枚目の写真、矢印はラクダの頭)。これでは、まさに、宝の持ち腐れ。ディーブは、ラクダをあきらめ、食べ物でもないかと男の振り分け袋の中を漁る。見つけたのはお金の入った袋と、英国人が絶対に触らせなかった木の箱。この箱が出てきたことで、この男は、兄フセインが撃ったボスだと判明する。辺りが暗くなると、ディーブは火打石で焚き火を作り、野獣が来ないようにして夜を過ごす。
  

朝になり、ディーブが目を覚まして顔を上げると、死んだと思っていた男が、こちらをじっと見ている(1枚目の写真)。そして、ディーブが気付いたと分かると、手招きして「水」と言う(2枚目の写真)。ディーブは、兄の墓を見、男を見、どうしようかと迷う。なにせ、相手は、自分の兄を殺した敵のボスだ。それでも、ディーブは革水筒を持つと、男の近くに寄って行く。「飲ませてくれ」。ディーブは、男の手に水筒を渡す。そして、男が必死で飲んでいる隙に、男の拳銃を奪う。拳銃を手にしたディーブは、撃鉄を上げ、銃口を男に向ける(3枚目の写真)。男は、「撃て」と言うが、ディーブには撃てない。逆に、迷って近づき過ぎ、男に捉まりそうになり、急いで逃げる。男は、「見つけ出してやる! 殺してやる!」と叫ぶ。ディーブは一気に百メートルほど走り、そこで「助けて!」と叫ぶが、答える者などいない。「捕まえてやるぞ! 誰一人いない! お前を助けてやれるのは俺しかいない!」。ディーブには、戻るしかなかった。
  

夜、焚き火の前で、ディーブは木の箱の蓋に、石を使って「△」の印を彫っている。男はゆっくりと這って来て、「危険だぞ」と注意する。ディーブは拳銃を手に取る。男はすぐ近くまで這ってくる。ディーブは、撃鉄を上げ、立ち上がると男を狙う。男は、箱の所まで辿り着くと、「怖がるな」と声をかける(1枚目の写真、矢印は拳銃)。「なぜ、英国人と一緒にいた?」。「黙れ」。ディーブには撃てないと踏んだ男は、嘲るように大声で話し始める。「お前をここに来させたのは俺か? お前の仲間が連れてきたんだぞ!」。「殺したじゃないか!」。「『降伏すれば何もしない』 と言ったはずだ。なのに、何をした? 俺を撃ったじゃないか。だから、お前に咎められる謂れはない」〔ラクダを盗むはずだったことは、伏せている〕「俺がいたから、お前は野獣に食われずに済んだ」。「お前なんか必要ない」。「そうか? なら行くがいい。俺のラクダに乗って」。ディーブは、拳銃を構えたまま動かない。「何を待ってるんだ? それは、お前が役立たずのウサギだからだ。いや、それ以下だ。ウサギなら自分で生きていける。お前は、野獣に食われるのが関の山だ」。これだけ、悪口を並べると、男は、「じゃあ、明日の朝」と言って寝てしまう〔巧妙な罠〕。拳銃を構えたままずっと起きていることは不可能だ。ディーブは、拳銃を持ったまま、いつしか眠ってしまう。男は、この時を待っていた。ケガをした体を引きずってディーブに近づくと、手を伸ばして拳銃を奪い取る(2枚目の写真、矢印は拳銃)。ディーブが気付いた時には、拳銃が顔に突きつけられていた(3枚目の写真)。しかし、男は威嚇しただけで、撃鉄を下ろすと拳銃を自分の腰ベルトに戻し、「眠れ」と言い、自分も再び眠る〔全身を布で覆っているので、拳銃を奪おうとしても、その前に男の目が覚める〕。ディーブもあきらめて眠りにつく。
  

ディーブは、男に木の細い棒〔ラクダを叩くための指示棒〕で突いて起こされる。「パンをきれいにしろ」。ボスの一行が井戸のそばで野営した時に焼いたパンが、まだ砂の中に埋もれていたのだ。ディーブは、パンを何度も石に叩き付けて砂を落とす〔それでも割れないくらい堅い〕。男は、「俺の傷を洗わなかった奴に、アッラーの罰が下らんことを」と呟いている〔それにしても、ボスはなぜ途中で置き去りにされたのだろう?〕。ディーブが、きれいにしたパンを渡すと、男は一部を割ってディーブに差し出す。空腹で死にそうなディーブがそれをつかむ。男は、「裏切るなよ」と言って手を離す。ディーブは、パンをむさぼるように食べる。一方、男は、頭に巻く布クーフィーヤを止める黒い輪オカールを口に咥えると〔舌を噛まないため〕、ナイフで腿に残った銃弾をえぐり出そうとするが、痛くてできない。そこで、ディーブを呼び、ナイフを渡して「銃弾を取り出せ」と頼む。「先端を使うんだ」(1枚目の写真)。男は、再びオカールを口に咥えて覚悟して待つ。最初は戸惑っていたが(2枚目の写真左)、それでも何とか銃弾を取り出すことに成功する。次に、男が指示したのは、「ナイフを火に入れろ」。ナイフが熱せられると、男は拳銃をディーブに見せ、「装填してある。何か起きたら、これで俺たちを守れ」と言って渡す。「ナイフを寄こせ」。男は、三度オカールを咥えると、ナイフを傷口に当てて焼く(2枚目の写真右)。何れも正しい治療だが、映像的に生々しい。ディーブは、思わず顔を背ける。男は、そのまま気絶する。ディーブは、一段上の岩の窪みに陣取ると、拳銃を持って見張りにつく(3枚目の写真)。次のシーンでは、男が意識を取り戻している。「お前の名前は?」。「ディーブ」。次に、木の箱に刻まれた「△」を見て、「部族の印か?」と尋ねる。ディーブは頷く。「シャイフ・アブ・フムードとの関係は?」。「父さん」。「狼が 狼の子を持ったか」。その後、男は「狼」の歌を口ずさむ。「狼よ。お願いだから私を食べないでくれ。幾晩、お前を飢えから救ってやったことか」。そして、ディーブにも歌わせる。この歌の内容は、冒頭の父の処世訓、「狼どもが友情を申し出ても当てにしてはならん。お前が死に直面した時に助けになってはくれん」とは逆だ。男は、「狼」という名を持つ少年に、「優しさ」を求めたのか?
  

時間の経過は不明だが、ディーブが兄の墓の前に座り、男はラクダに乗っている。「死者は生き返らんぞ」(1枚目の写真、矢印は男とラクダ)。その言葉で、ディーブは黙して兄に別れを告げると、立ち上がってゆっくりと歩いて行き、男の後ろに跨る。ラクダは立ち上がり、谷を出て行く(2枚目の写真)。そのまま夜となり、満天の星が映る。ディーブは、「どうやって星で方向が分かるの?」と尋ねる。「北極星を真正面に見て…」(3枚目の写真、矢印の先に指が見える)「肩と肩の間に南十字星を持ってくる」。そして、ディーブに、「今、どっちに向かってる?」と質問する。「西」。「よくできた」。しばらく進んでいくと、変な音が聞こえる〔汽笛〕。「あれは何?」。「鉄のろばだ」。「それ何?」。「直に見られる」。
  

男は線路沿いにラクダを進めている。「こいつが、俺たちを破滅させた」。「何なの?」。「鉄のろばの通り道だ」。「何のため?」。「メッカへの巡礼やオスマン帝国の兵士を乗せる。ラクダの背で1ヶ月かかったのが、今じゃ 汽車で1週間だ」(1枚目の写真)。いきなり銃声が響き、馬に乗った5人の男が行く手を塞ぐ(2枚目の写真、矢印は線路)。「我々は盗賊ではない」。「あんた達は反乱軍だな」。「あんたは何者だ?」。「巡礼者の道案内だ」。「時勢に遅れてないか?」。「最後の一人だ」。「巡礼者は誰だ?」。「フムードだ」。兵士は、ディーブに直接尋ねる。「フムード、お前はメッカに行くのか?」。「うん」。「メッカは後ろだぞ」。男は「汽車の駅に連れて行くんだ」と誤魔化す。「バカな考えだ」〔反乱軍は汽車を敵視している〕。「こっちの勝手だ」。怪しんだ兵士が詮索し始める。「その拳銃は、どこで手に入れた?」。「武器を持ってちゃ悪いのか?」。「ここじゃ、英国製の拳銃は手に入らん」。「エジプトで買った」。「英国人を見なかったか?」。「エジプトで、奴らの一人から買った」。兵士は、ディーブにも尋ねる。「フムード、お前は英国人を見たか?」。ディーブは、「『えいこくじん』って何?」と、とぼける。この兵士達が、英国人が捜していた「連隊」の一部なのだろう。男は、英国人から奪った拳銃を持っていたので、ディーブが事実を述べていたら、男は殺されたに違いない。しかし、兵士は、ディーブの嘘に納得し2人を解放する。その夜、焚き火の前で、男は、ディーブを仲間と思い、自分の過去の自慢話を話して聞かせる。最後に、ディーブが、「(巡礼者の道案内を)なぜ止めたの?」と訊くと、「汽車が来て、すべてをダメにした。俺の祖先は皆、巡礼者の道案内だった。そして残されたのは暗黒… 収入の道を閉ざされ… 兄弟で殺しあった…」。そう言うと男は眠りにつく。しばらくして、ディーブが、兄の教えた「弱肉強食」という言葉を呟いても、男は寝たままだった。「弱肉強食」は、男の兄弟同士の殺し合いを指す言葉でもあるが、「狼」としてのディーブの矜持を示す決意でもあった。
  

翌日、再び線路沿いにラクダを進めていると、線路の周辺に多くの死体が転がっている。それを見て、男が説明する。「奴らは、お前の英国人の友達だ」。「いったい何が?」。「汽車だ… あの気違いども。手で刀は止められん」〔線路を爆破する予定だった〕。ディーブは、思わず吐きそうになる。男は、線路の脇の建物に近付いて行く(1枚目の写真)。建物にはオスマン帝国の国旗が飾られている〔若干の寸法の違いはあるが、現在のトルコの国旗とほぼ同じ〕。男は、拳銃をラクダの振り分け袋の中に隠す〔ディーブがしっかり見ている〕。そして、黒い布をまとい、如何にも無害な商人のような姿になると、荷物を担ぎ、ディーブに「ここで待ってろ。すぐに戻る」と言い残し、びっこを引きながら門に向かう。守衛:「何の用だ?」。「中尉さんに」。「入れ」。男が門の中に消えると、ディーブも後を追う。子供なので、守衛は何も言わない。建物の奥中央にはアーチ天井の部屋があり、中尉が髭を剃っている。商人に化けた男が、剃り終わるのをじっと待っている。中尉は顔を整えると、正面のテーブルに座り、「来い」と呼び寄せる。男は、テーブルの上に、英国人から奪ったものを順に出す。地図らしきもの、懐中時計、その鎖には鍵が付いている。最後は、例の木の箱。「これを、どこで?」。「エジプトです」。中尉は、懐中時計の鎖に付いていた鍵で箱の蓋を開ける。中には、起爆用の取っ手が見える。中尉は値踏みをし、コインの入っている袋を取り出すと、初めてディーブの存在に気付く。中尉の目線で、男も気付く。中尉はディーブを手で招く。男は、「私の息子です」と説明し、「ラクダのところにいろ」と命じる。中尉は、それに構わず、ディーブ用に1枚コインを置き、残りを男の前に置く(2枚目の写真、黄色の矢印は木箱、赤い矢印はディーブ用のコイン1枚)。男は、自分の分を取り、ディーブにも取るよう命じる。ディーブは、前に進み出ると、コインを取るのではなく、中尉の方にコインを動かす。「受け取らない」という意思表示だ。ディーブには、英国人から奪ったもので商売をしようとする男が許せなかった。しかも、売った相手は、男の生活を破壊し、兄弟殺しまでさせたオスマン帝国の軍人だ。何たる「卑屈さ」。「狼」としての誇りを持ったディーブにとって、それは「恥さらし」以外の何ものでもなかった(3枚目の写真、男を見切ったディーブの顔)。
  

男に言われてラクダに戻ったディーブは、振り分け袋から拳銃を取り出す。そして、撃鉄を挙げ、門に照準を合わせる。男は、コインを数えながら出てくると、ラクダに近づき顔を上げ、ようやく拳銃を向けられていることに気付く。2人は、何も言葉を交さない。男には、ディーブの決意が分かったのかもしれない。何を言っても許してくれないことも。ディーブは引き金を引く(1枚目の写真)。男は斃れ、銃声を聴きつけた兵士が駆けつける。最後に出てきた中尉は、死んだ男を見、次に、説明を求めるようにディーブを見る(2枚目の写真、矢印は死体)。「こいつ、僕の兄さんを殺しました」(3枚目の写真)。それを聞いた中尉は、「家に帰れ」とだけ言う。ディーブは、ラクダに駆け寄ると、拳銃を振り分け袋に放り込む〔拳銃の放棄は命じられなかった〕。中尉は、兵士たちに、「始末しろ」と死体の撤去を命じただけで、建物に戻って行く。
  

ラクダに乗ったディーブの前を 汽車が走って行く〔男と一緒に長い間ラクダに乗っていたので、ラクダもディーブの命令を聞くようになっていた〕。ディーブは、線路を渡ると、真っ直ぐに家に戻って進む。そこには、一回りも二回りも大きく、たくましくなった「狼」の姿があった。
 

     J の先頭に戻る                    の先頭に戻る
     その他の国 の先頭に戻る            2010年代前半 の先頭に戻る

ページの先頭へ