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Bouwdorp (TV) 小屋建て競争

オランダ (2014)

オランダの伝統的な小学生の「建設村競争」を、 小屋の高さを競う大会に変更して映画化したもの。「建設村競争」とは、ヒュッテンバウドルプ(Huttenbouwdorp)または、映画の題名のバウドルプ(Bouwdorp)と呼ばれる、オランダのバーシススホール(Basisschool、小学校)の夏休み(7~8月)の最後の1週間に開催される年中行事。発端は1950年に開催されたヨンゲンスドルプ(Jongensdorp、男の子の村)で、1970年頃には全国的に行われるようになっていた(大都市では地区単位、地方では町単位)。映画と違い、実際には外観のデザイン性、オリジナリティ、安全性などが評価の対象となっている。小屋の骨組みとなる針葉樹の角材や、地元の木材販売店(Houthandel)や建築会社からの寄付、壁や床用の木製パレットは、建設会社、物流企業、農家、あるいはスーパーマーケットなどからの寄付で賄われる。解体後は、巨大なキャンプファイヤー(Vreugdevuur)として燃やしていたが、最近は環境への配慮からでリサイクル処理される。

2013年は、2月のCitoテストの最後の年。このテストは、バーシススホールの8年生(日本の小学6年生)の2月に3日間にわたって実施されるもので、その点数が、中等教育の進学先を決める上で極めて強い拘束力を持ち、8年生の担任教師がテストの結果から3つのコースの何れに進学するかを決めていた。3つのコースとは、①中高一貫教育の大学進学コース(VWO):全体の15~20%〔ヒムナシウム(Gymnasium)が4〜5%、アテネウム(Atheneum)が11〜15%〕、②高校までの高等一般教育コース(HAVO):20〜25%、③中学までの中等職業準備教育コース(VMBO):45~50%。裕福なホワイトカラーの1人息子のバスはVMBO、労働者階級出身のジギーはVWOのヒムナシウム。また、8年生の最後に行われるアブシャイトミュージカル(Afscheidsmusical、さよならミュージカル)で、ジギーに主役が割り振られる一方で、バスは端役で多数の中の1人に過ぎない。こうした「現実」が、いつも2人で仲良く挑んできた最後のバウドルプに大きな影響を与えるのが映画のテ-マ。実際には、ホワイトカラー(高学歴・高所得)の家庭の子供がVMBOに行く割合は10〜15%で、それは事前に家庭教師を付けてレベルアップさせるから。それでもVMBOになった場合は、私立の全寮制・少人数制学校に転校させることが多く、子供の自主性に任す事例は稀。そして、現実のアブシャイトミュージカルは、全員に必ず印象的な出番があるように設計されたシナリオのため、映画のようなことは起きない。最後に、実際の建設村は、高さを競うものでもない。したがって、映画の緊張感は、あくまで脚本上の創作。

バス役はユリアン・ラス(Julian Ras)。2001年4月24日生まれ。2013年の6月の撮影なので、撮影時は映画と同じバーシススホールの8年生。彼は、『Bouwdorp』で主役を演じたあと、バスと同じようにVMBOコースに行く。そして、『Dummie de Mummie』(2014)、『Dummie de Mummie en de Sfinx van Shakaba』(2015)、『Dummie de Mummie en de tombe van Achnetoet』(2017)の「ダミー・デ・マミー」シリーズの3作で主演を演じた他に、『Hotel de Grote L』(2017)でも主演しシュリンゲル国際映画祭(ドイツ)最優秀主演男優賞を受賞するなど、少年期に映画・TVで活躍する。2020年代に入っても俳優として活躍を続けているが、TVシリーズへの出演がメイン。一方のジギー役はケイス・ニューウェルフ(Kees Nieuwerf)。生年月日は不詳。しかし、恐らくユリアン・ラスと同じバーシススホールの8年生であったと思われる。映画出演は、この1本のみ。彼がその後どのコースに進学したのは不明だが、2025年6月に行われた第35回巡回演劇祭「De Parade」や12月に行われたアムステルダム演劇舞踊アカデミーで公開された30分間のオリジナル作品の3本のうちの『Wij, die vuur maakten』に出演したこと、及び、2026年にユトレヒト芸術大学〔HAVOレベル〕の演劇学科(Hogeschool voor de Kunsten Utrecht - Theater)に在籍していることしか分からない。いずれにせよ、映画の「バスがVMBO、ジギーがVWO」ではないにせよ、何となく両者は似ている。学業よりも子役俳優に走ったJulian Rasの将来の活躍と、ジギーほどの成績ではなくても、高等職業教育に属する芸術大学で頑張っているKees Nieuwerfに声援を送りたい。

あらすじ

仮装したバスとジギーが、競技の開催前に、事前に運ばれてきた角材や木製パレットの中から、一番使えそうな木の角材を盗みに行く。そして、2人で1本の角材を持って、隠し場所まで運ぶ行動をくり返す(1枚目の写真)。かなり本数が貯まった隠し場所で、ジギーが「何本になった?」と訊き、本数を数えたバスが「13本と答える」(2枚目の写真)。「2階分はあるな」。高さを競うので、それでは足りない、そこで14本目を運んでいる時、競技の準備中のスタッフのそばを通った時(3枚目の写真)、気付かれてしまい、2人は角材を放り出して逃げ出す。スタッフはしつこく森の中まで追ってくるが、2人は逃げ切る。スタッフが見つけたのは、ジギーが落としていったインディ・ジョーンズみたいな帽子だけ。スタッフは、「みんな! 冗談にもほどがある! ここは、とても危険な場所なんだ!」と強い調子で警告すると立ち去る。木の上に隠れていたバスは、ジギーに、「彼、僕たちだって気付いたかな?」と訊く(4枚目の写真)。ジギーは、「当たり前だろ」と冗談を言い、2人は笑う。「君の帽子、残念だったね」。「取り返すさ」。




バスの一家3人は、ギリーの家の庭の中のテーブルで簡単な食事をするのが習慣になっている。バスの父は、携帯でバスとギリーの写真を撮ると(1枚目の写真)、ギリーの父に「この子たち、切っても切れない仲だな」と言う。2人の関係が、崩壊し始めるのはこの直後から。バスの父が、「なあバス、これを見ろよ」と言い、ジギーが9月から使う教科書を見せる。アレクサンドロス大王のシンタグマ(16×16人の重武装した兵士の陣型)のページが映り、父は 「すごいだろ! 2000年前からもうこんなことをやっていたんだ。私もこれを習ったこと覚えてるよ」と言う〔これは、ヒムナシウム(Gymnasium)の教科書。父は、自分もヒムナシウムに行ったことを強調している〕。一方。ジギーの父は、「ア・ヴィスタ、ヴォサ… いや違うな」と、ラテン語の真似をすると、「丸暗記だったからな」と当時を振り返る。そして、バスの父親の最悪の一言。「お前がヒムナシウムに行けないのは本当に残念だ。行ければラテン語も学べたのに」と言う〔解説に書いたように、こんなことを言うくらいなら、彼はバスのために事前に援助すべきだった〕。それを聞いたバスは、「パパ」と小さな声で不満を漏らす。ジギーの父は、オランダ人なら誰でも知っている有名なラテン語の格言 「Si vis pacem, para bellum(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ、4世紀の古代ローマの軍事学者ウェゲティウスが残した普遍的な教え)」を口にして、さっきの失言を挽回しようとする」。それを聞いたジギーが、「Als je vrede wil, bereid je dan voor op oorlog.」とオランダ語で言うと、バスの父は 「信じられん! 彼には語学の才能があるんだ」と驚き、それを聞いたバスは、不機嫌な顔になり、父から離れて一番端の席に座る(2枚目の写真)。そこに、ジギーの弟のフリンが来て、座っているバスの肩に手をかけ、顔を近づけながら、親しげに「バース」と言う。バスは、「ノー(ドイツ語のNein)」と断固拒否。フリンが「僕が何を頼もうとしてるのか、聞きもしないくせに!」と言うと、「何を言おうとノーだ」。そこで、フリンはジギーに同じように声を掛けるが、「ノー」の一言で断られる。相手は兄なので、「お願い、みんなで一番高い小屋を作ればいいじゃん!」と頼む。「弟と一緒に小屋を作るハズないだろ。お前は自分のグループを作るんだ」(3枚目の写真)。「お兄ちゃんたち毎年優勝してるじゃないか!」。「僕たち来年は参加しないから、お前たちが優勝できるだろ」。ジギーの母が弟に賛成すると、ジギーは 「ママ、今年は最後の夏なんだ。だから、どうしても2人だけでやりたいんだ」と言い、バスも 「僕たち、いつも一緒にやってるから」とジギーに賛成する。



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