イギリス映画 (1999) アメリカ・アイルランド映画 (2000)
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ディケンズ自身が、この作品をどう見ていたかについては、1850年の初版出版時の序文に、「私のすべての著作の中で、これが最も好きである。私が創作したすべての子供たちを慈しむ親であり、私ほどその家族を深く愛せる者はいないことは、容易に信じてもらえるだろう。しかし、多くの愛情深い親と同じように、私の心の奥底には、お気に入りの子供が一人いる。その子の名は、デビッド・コパフィールドなのだ」と書かれている。しかし、これは38歳の時の彼の意見で、その後、作風が変わった後期にどう考えていたのかの資料は残されていない。『デビッド・コパフィールド』〔敢えて、映画の題名の呼称を使用〕は、20世紀の半ば頃までは、多くの評論家・批評家が、ヴィクトリア朝時代を代表するイギリスの小説とみなしていたが、それ以降、各人が自分の好きな視点からどれがベストかを語るようになると、他にも名作の多いディケンズの小説の中で意見が分かれるようになった。それでも、多くの人が今でも彼のベストの作品だと考えている。 ずい分古い資料だが、「ディケンズ没後100年記念」と銘打って、1970年6月に出された『英語研究』の臨時増刊号の中で、田辺昌美は、「ディケンズの半自叙伝とも言うべきこの物語は、Davidの生誕から社会人としての独立に至るまでの半生を描いた傑作である。描いたなどと言うより、作家としての成功の頂点を極めたディケンズが、38歳で いわば油の乗り切った次元で、人生の波瀾万丈の真相を芸術に昇華した作品と言ってよい。「詩」と「真実」という対比が許されるなら、これはディケンズの「真実」から生まれた、まぎれもない「詩」と呼べるであろう」と書いている。この小説は、ディケンズとしては初めて第一人称で書かれた作品で、上に書かれたように、彼の悲惨な少年時代の体験が、小説の根幹に潜んでいる。ハンプシャー州ポーツマスの海軍給与課で事務員として働いていた父ジョン・ディケンズは、借金を返済できなくなったためにマーシャルシー債務者監獄に収監された〔ミコーバーのように〕。当時12歳だったチャールズは、父の収監中、家計を支えるために母によって靴墨製造所「ウォーレンズ・ブラッキング・ファクトリー」に行かされた〔10歳のデビッドがワインの瓶詰め工場「マードストン&グリンビー」に行かされたように〕。こうした過酷な労働環境への突然の転向は、彼の心に深い傷を残したが、同時に彼の創作活動に寄与することにもなった。1970年に出版された『The World of Charles Dickens(ディケンズの世界)』(Angus Wilson)では、「この小説は、ディケンズの内面━記憶のこだまと予言による人生の形成━を初めて本格的に描いた作品で、それが非常にリアルな印象を与えるのは、デビッドがディケンズの現実と直接つながっているから。そして、それを、記憶のこだまを通じて、巧みに文章化する芸術的手腕があるからだ」と讃えている。 私は、『ピクウィック・クラブ』、『オリヴァー・トゥイスト』、『ニコラス・ニクルビー』、『骨董屋』、『バーナビー・ラッジ』、『マーティン・チャズルウィット』、『クリスマス・キャロル』、『ドンビー父子』、『デイヴィッド・コパフィールド』〔本のタイトル〕、『荒涼館』、『リトル・ドリット』、『二都物語』、『大いなる遺産』、『エドウィン・ドルードの謎』を持っているが、第一のお気に入りは『デビッド・コパフィールド』。この作品は、『オリヴァー・トゥイスト』同様に、何度もTVや映画で映像化された。ただ、『オリヴァー・トゥイスト』は、やや短いし、オリヴァーが最初から最後まで同じくらいの年頃なので、省略できる箇所が多く、シリーズにしなくても、映画化が可能だった。しかし、『デビッド・コパフィールド』は、子供時代と、大人になってからがはっきりと分かれているので、どうしても長くなってしまう。それでも、下の表のように、戦後何度もTVで映像化されている〔1935年版が、子供の時代が50%を超えるのは、主役がフレディ・バーソロミューだから。この例外的事例を除けば、1999年版が次に比率が高い。原作の章を使った比率の27%と比べても、かなり多い〕。ここでは、新しい部類に属する1999年版と2000年版が、ちょうど同じ180分で、脚本によってどう変わるがよく分かるので、両者を一語一句、詳しく対比することにトライした。二度と行わない、徒労とも言える試みだった〔ほぼ1ヶ月を要した〕。
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| 1999年版の解説 | 2000年版の解説 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1999年版は、映像化された『デビッド・コパフィールド』の中で最も評価の高い作品。成功した最大の理由は、TV映画でありながら、イギリスを代表する俳優陣を惜しげもなく集めたこと。俳優の選定の正否は、デビッドの子役と大人役で明白に別れる。子役のダニエル・ラドクリフは、この映画を観て「これぞハリー・ポッターだ。何ヶ月も探してした子だ(This is Harry Potter. This is the kid we've been looking for for months.)」と監督と製作者が太鼓判を押したくらいの名演技を見せる。一方、大人になってからのCiarán McMenaminはTVメインの俳優歴2年目の新人で、演技は冴えなく、映画の後編をダメにしてしまった。大伯母のベッチー・トロットウッド役のマギー・スミスは1969年アカデミー主演女優賞を受賞して以来、イギリスを代表する女優として活躍してきた名女優で、大英帝国勲章第2位を受勲。最も名誉あるコンパニオンズ・オブ・オナーにも選ばれている。『ハリー・ポッター』では、マクゴナガル教授役で全作に出演した。クリークル校長役のイアン・マッケランはサーの称号を受けた後で、コンパニオンズ・オブ・オナーにも選ばれている〔彼は、1966年版の『デビッド・コパフィールド』で、大人のデビッドを演じた。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズが懐かしい〕。ミコーバー役のボブ・ホスキンスは、アカデミー主演男優賞はノミネート(複数回)で終ったが、カンヌ国際映画祭の主演男優賞をはじめ多くの賞を受賞したイギリスの名優の1人。弁護士のウィックフィールド役のオリバー・フォード・デイヴィスは舞台俳優で、ローレンス・オリヴィエ賞を受賞、大英帝国勲章オフィサーを授与。ついでながら、ミコーバー夫人役のイメルダ・スタウントンも舞台と映画で活躍し、多くの賞を受けた名女優だが、『ハリー・ポッター』のアンブリッジ教授の超イジワルと違い、ここでは優しい。最後に、ミス・マードストン役のゾーイ・ワナメイカーは大英帝国勲章コマンダーを授与された名女優(特に舞台)だが、『ハリー・ポッター』のフーチ先生役は、低すぎるギャラに抗議して1回目で役を降りた怖さが、ミス・マードストンにぴったり。ただ、マイナス点も2人いる。マードストン役のTV俳優の演技がワン・パターンでつまらない(結婚前から、厳し過ぎる)のと、ユライア・ヒープ役のTV俳優の単調な会話が長すぎるのが、厳しい目からから見た欠点。やっぱりTV俳優はダメなのか? ここで、上に示した図を見ると、⑥ と ⑨ が2000版より圧倒的に長い。⑥ が長い理由は、クリークル校長の学園での生活をある程度詳しく描き、かつ、休暇で家に戻る場面もちゃんと入れ、再度学校に戻った所で母の死を知らされるようしているため。⑨ が長い理由は、デビッドがロンドンから逃げてきてからの生活をきちんと描き、特に、マードストンが来た時の伯母の台詞が、原作を正しく踏まえたものになっているため。この部分の台詞は非常に重要なので、出来る限り残したことは英断と言える。その分、どこかを削らなければいけないので、それが、① と ③ と ⑦ で行われている。① は。デビッドの誕生前なので、必要以上に余分な台詞は要らないし、③は、ヤーマスでの話なので、短くても構わない。⑦ は、ロンドンにおけるミコーバーとの会話がメインだが、1999年版は重要な会話はすべて入れているので問題はない。 デビッド役のダニエル・ラドクリフ(Daniel Radcliffe)は、1989年7月23日生まれ。1999年夏の撮影なので、撮影時10歳。これが映画初出演。それにもかかわらず、考えられる限りの多様な表情をごく自然に見せ、その演技力は、『ハリー・ポッター』を遥かに凌ぐ。1999年版は、歴代の子役の中で、恐らくベストに近い演技力(感情表現)が見られる作品であろう。この直後に少しだけ出演したのが、遥か前に紹介した『The Tailor of Panama(テイラー・オブ・パナマ)』(2001)。そのあとが、『ハリー・ポッター』シリーズ。彼は、現在に至るまで、映画、TV、舞台(演劇、ミュージカル、一人芝居)などのあらゆる分野で活躍している。 |
2000年版は、如何にもアメリカのTV映画だと思わせる作り。出演している俳優は、全員がTV俳優。だから、演技は、如何にもTV的で、派手で、場合にいって喚き散らし、1999年版のような品格はどこにもない。しかし、演技の下手な映画は他にも山ほどあるので、それはまあ仕方がないとして… 最悪なのは、あまりにもお粗末な脚本。 過去において、これほど著名な原作の映画化にあたり、これほどお粗末に改竄した例は皆無に近いのではないか。ここで、上に示した図を見ると、⑥ と ⑨ が、約30%と60%というように、圧倒的に低い。逆に、① のようにどうでもいい場面が、重要な ⑥ の場面の倍以上もある。そして、⑦ が一番多い。どうして、こんなことが起きるのか? ① が異常に長いのは、ベッチー・トロットウッドが、原作にはあっても、重要度の低い話題2点についてくどくどと話すから。それに、原作にない「クララの家を訪れる以前の部分が」が冒頭に追加されたため。こうして、無駄な時間が浪費され、その分、重要な部分が、後になって削られることになる。その最初の犠牲が ⑥ 。デビッドはマードストンから体罰を受け、あまりに痛いので、お尻を叩き続ける棒を持つ手に噛み付き、罰として、ロンドン郊外の全寮制の学校に行かされる。しかし、その学校での出来事は、ほとんどゼロに近いほど削られ、半年後の学校の休暇による一時的な帰宅もカット。だから、デビッドは、母の2人目の赤ちゃんに会うこともない。学校で母が死んだという連絡を受け取って帰宅する場面のみ、使用される。だから、1999年版の30%にまで減っている。⑦ が一番長いのは、原作では、この場面は、ディケンズの小説の中で一番有名なミコーバー〔シャーロック・ホームズから取ったホームズ通りはないが、ウィルキンズ・ミコーバーから取ったミコーバー通りはロンドンにある〕の会話は少なく、逆に、全く無意味なミコーバー夫人の会話が延々と続く。これが、長くなった理由。「なぜ?」としか言えない。そして、最悪の ⑨。最悪の理由は2つある。1つは、内容が原作を切り崩していること。「デビッドの到着→伯母やディックとの会話→マードストンがやって来て伯母と一戦→マードストンは追い払われ、デビッドはカンタベリーにある弁護士の家で下宿しながら学校に通う」という流れを、「デビッドの到着→カンタベリーにある弁護士にどうしたらいいか聞きに行く→マードストンがやって来て伯母と一戦→マードストンは追い払われる」という形に変えてしまっている。「弁護士にどうしたらいいか聞き」に言っても、何の成果はない。だって、原作にそんなことは書いてないのだから、成果なんかあるハズがない。なら、なぜこのようなバカな作り変えをしたのか? 恐らく、脚本家が “真のバカ” だからであろう。これ以上に良くないのが、マードストンが来た時の台詞の異常な少なさ。原作では、1999年版でも、伯母はデビッドに何があったのかを理解し、マードストンの残酷さを非難するが、2000年版では、マードストンの自己弁護の台詞の方が、伯母の台詞より多い。これでは、伯母がなぜデビッドを養子にする選択をしたのかが、全く理解できない。そういう意味で、この脚本家には “脳みその欠片(かけら)もない” と言える。 子供の頃のデビッド役は、マックス・ドルビー(Max Dolbey)。これが映画初出演。1990年生まれ。撮影は1999年なので、撮影時9歳。カメラは、大人ばかり映し、なかなかマックスを映さない。だから、限られた表情しかみることができないが、ごく普通のTVの子役、という範疇は出ない。 2000年版には、英語字幕が存在しない。オランダ語字幕はあるが、それでは、意味は分かっても、原作との正確な対比はできない。そこで、2000年版のWEB上のYouTubeの映像の自動発生英語字幕(奇跡的に99%の正確さ)を使用したが、画像を見ながら手打ちで入力するのは大変な手間だった。 |
これ以下が、従来の「あらすじ」となる。上記の図のところで書いたように、全体を ① デビッドの誕生、② マードストンの登場、③ 楽しかったヤーマス、④ 戻ってきてからの辛い毎日、⑤ クリークル校長の学園での生活と休暇とその後、⑥ 母の葬儀とその後、⑦ ロンドンでの労働と貧しいミコーバー、⑧ ドーヴァへの逃避行、⑨ ドーヴァーの伯母の家とカンタベリーの弁護士の家、の 9 つの場面グループに分けている。この 9 つの場目は、さらに細分化され、場面によって異なるが、6~16 のシーンごとにあらすじが書かれている。それがどの場面のあらすじか見やすいように、「⑤ 7」のように、特殊な書き方で分かりやすく表示した。 ここから先が、内容を読む上で重要なことだが、映画によっては、原作の場面と順番と異なる場合がある〔これらの中で、⑤ と ⑨ は本来なら、それぞれ、さらに2つに細分化すべきだが、2000年版が原作と離れた構成を採用しているため、敢えて、それぞれを1つのグループとして扱っている〕。ここでは、原作に近い形で強制的に順番を変えた。そして、その都度、どのように変更されているかをコメントした。また、映画化にあたっては多くの場面がカットされているが、これは原作の紹介ではないので、いずれかの映画に採用された場面についてのみ記載する。そして、片方の映画で採用され、もう一方の映画で使われなかった場面については、それが、❶原作にある場面の場合には「✖」印を、❷原作にない場合(映画の創作)には、「┃」印を画像の代りに提示した。 |
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| 1999年版のシーン ① | 2000年版のシーン ① | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ① 0 例外的状況なので、「0」と表示する。すなわち基準となる1999年版(原作)にはない場面。 | ① 0 2000年版だけの創作。1999年版の「1」の冒頭に入るナレーションは、ここから始まる。「私が自分自身の人生の主人公となるのか、あるいはその地位が他の誰かによって占められることになるのか、それはこの先の記述が示すことになる。私の人生の始まりについて述べるにあたり、私はサフォーク州のブランダーストンで生まれたことをここに記しておく」。映画は、甥の墓を訪れる伯母という、原作にはないシーンから始まる。そして、この物語の主人公のデビッド・コパフィールドと同名の父の墓碑を映す(1枚目の写真)。「私は ててなし子だった。私の目が開いた時、父の目がこの世の光に対して閉じられてから6ヶ月が経っていた。父の伯母、それ故、私の大伯母にあたるミス・ベッチー・トロットウッドが、我が一族の中心的存在であった。父はかつて、彼女のお気に入りだった、と思う… だが、伯母は、彼女の見定めと承諾もなしに、父が私の母と結婚したことで深く傷ついた」。伯母が墓碑に別れ告げる(2枚目の写真)。「ミス・ベッチーと父は二度と会わなかった。そして、私の母には絶対に会おうとしなかった」〔このナレーションは原作と同じか、それにかなり近い〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ① 1 最初に、大人になったデビッドの声で、簡単な説明が入る。「私が自分自身の人生の主人公となるのか、あるいはその地位が他の誰かによって占められることになるのか、それはこの物語が示すことになる。私の人生をまさにその始まりから始めるならば、私は父親の死後に生まれた子供だった。私の父は、私が生まれる3ヶ月前に、この世を去った」。背後に映るのは、葬儀の列。そして、映画の題名が表示され、夜、一軒の家の前に立つ伯母の姿が映る(1枚目の写真)。ここで、最後のナレーション。「私は、ブランダーストンという小さな村で、ある金曜日の夜の12時に生まれた」。そして、窓ガラスにぴったりと顔を付けた伯母が(2枚目の写真)、窓を激しく叩き、中にいたクララをびっくりさせる(3枚目の写真)。 | ① 1 1999年版の夜と違い、まだ明るいうちに、伯母はクララの家に着く。馬車から下りた伯母は、門の扉に大きく書かれた「THE ROOKERY(ミヤマガラスの家)」という字を見て、「『ミヤマガラスの家』だって? あきれたね。ミヤマガラスは一体どこにいるんだい? どこにもいないじゃないの」とブツブツつぶやく。そして、ナレーションの続き。「かくして、私が敢えて『あの重要な日』と呼んでも許されるであろうその日、事態はこのような状況にあったのである」。伯母は、門を開け、中に入って行く(1枚目の写真)。そして、窓から家の中を覗く(2枚目の写真)。それに気付いたクララはびっくりする(3枚目の写真)。伯母は、窓越しに 「玄関を開けて」と言う。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ① 2 クララは、ただ一人の女中のペゴティに、ドアの所に行かせる。ペゴティがドアを開けて、「何かご用でしょうか、奥様?」と訊くが、伯母は、返事もせずに中に入って行く。そして、クララの前まで来ると、「ミセス・デビッド・コパフィールドだね?」と訊く。ペゴティが 「奥様にご用とおっしゃるあなたは、どなた様ですか?」と訊くが、それも無視する形で、伯母は、クララを真っ直ぐに見て、「ミス・ベッチー・トロットウッドだよ。名前くらい知ってるわね?」と言う(1枚目の写真)。クララ:「かわいそうな主人の伯母様」。伯母:「そう、初めて会うわね。あんた、まるで赤ん坊じゃないの。甥に甘やかされたようね」。「主人は、私にとても良くして下さったのに…」。泣き出したクララを見た伯母は、「まあ、ダメ、やめて、おやめったら! ほら、そこに座って」と言ってソファに座らせると、自分も隣に座り、「いいかい、私はね、甥の結婚には反対したのよ。あんたじゃ若すぎるって彼に話したわ。あんたは若すぎたから。でも、彼は私を無視した」(2枚目の写真)「恋に落ちると夢中になり、理性や常識を失うからね」と、甥を批判する。クララは、「主人はもう亡くなっているのに、そんなひどいことをおっしゃるなんて…」と反論する。そのクララの後ろで立ってじっと見ているペゴティが邪魔なので、伯母は、「下がってなさい」と命じる。 | ① 2 クララは玄関まで行ってドアを開ける。伯母は、「あんた、ミセス・デビッド・コパフィールドね?」と訊く。「はい」。「ミス・ベッチー・トロットウッドよ。聞いたことあるわよね?」(1枚目の写真)。「はい、お名前なら」。「ほら、目の前にいるよ」。そう言うと、伯母は家の中に入って行く。すると、クララが泣き始める。それを見た伯母は、「泣くのはおやめ」と言い、「顔を見せてごらん」と言い、ロウソクの光でしっかりとクララの顔を見る(2枚目の写真)。「まあ、驚いた。あんた、まだほんの子供じゃないの」。「私は未熟な未亡人です。もし無事に生き延びられれば、もうすぐ未熟な母親になります」。「ばかげてる。とにかく座って」。そう言うと、原作にはあるが、1999年版では削除された、家の名前を話題にする〔重要度の低い内容〕。「『ミヤマガラスの家』なんて、おかしな名前ね。ミヤマガラスはどこにいるの?」。「え…?」。「ミヤマガラス。あの黒くて大きな、カラスに似た鳥よ」。「今は一羽もおりません」。「だったら、なぜここが『ミヤマガラスの家』なの?」。「この家のことですか?」。「もちろん、ここのことよ」。「主人がそう名付けたのです。庭に古い巣があったものですから」。「デビッド・コパフィールドらしいわね。『ミヤマガラスの家』なんて名を付けたのに、一羽もいないなんて。巣が一つあるだけ」(3枚目の写真)〔原作には、「Why Rookery? Cookery would have been more to the purpose, if you had had any practical ideas of life, either of you.(なぜ 『ミヤマガラスの家(Rookery)』なんだい? 『調理場(Cookery)』にした方が、よっぽど理にかなっているじゃないの。あんたたち二人のどちらかに、少しでも現実的な生活の知恵があったならね!)」という、「Rookery」と「Cookery」のキレのある対比を使って、伯母の変人振りと、新婚夫婦の世間知らずな甘さを一瞬で表現した面白い文があるのに、これを完全に無視している〕。クララは、ひどい言葉に、「主人は亡くなりました。そんな冷酷な言い方、あんまりです」と反論する。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ① 3 彼女がいなくなると、伯母は、「生まれるのは、いつなの?」と訊くが、クララは、「もうすぐです。怖くてたまらないの。きっと死ぬんじゃないかしら!」と不安をあらわにする(1枚目の写真)。「死ぬですって? 何を言い出すの。お茶でも飲みなさい。あんたの女中はどこなの?」。そう言うと、席を立ち、さっきペゴティが出て行ったドアの前まで来ると、「何て呼べばいいの?」と訊く。「ペゴティです」(2枚目の写真)。それを聞いた伯母は、「ペゴティ?! まさか、教会に行って、ペゴティなんて名前つけを付けれた人間がいるなんて言うつもり?」と驚く(3枚目の写真)。クララは、「それは、苗字です。彼女の名が私と同じクララなので、主人がそう呼ぶことにしたのです」と説明する。 | ① 3 そう言うと、クララの体調が急に悪くなる。「あらまあ」。クララは 「体がガタガタと震えるわ。きっと死ぬのね」と不安をあらわにする(1枚目の写真)。「ばかげてる。あんたに必要なのはお茶よ」。そう言うと、伯母は立ち上がって、女中を呼ぶベルを鳴らす。そして、「女中の名前は?」と訊く。「ペゴティです」。「ペゴティ? まさか、教会に行って、ペゴティなんて名前つけを付けれた人間がいるなんて言うつもり?」(2枚目の写真)。伯母がそう言っている間にドアが開き、ペゴティが現われる。そして、伯母の侮辱的な言葉に対し、「それは私の苗字です。私の名は奥様と同じクララなので、旦那様がそうお呼びになったのです」と誤解を解く(3枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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① 4 伯母がドアを開けると、そこにペゴティが立っていたので、「奥様がお茶をご所望よ。少し気分が優れないみたいなの」と命じる。しかし、陣痛に苦しむクララを見たペゴティは、我慢できなくなり、「気分が悪いだなんて! 赤ん坊が生まれるんですよ!」と伯母を批判し、クララに、「お医者様をお呼びしましょうか、奥様?」と訊く(1枚目の写真)。クララは頷き、ペゴティはすぐにドアの向こうに消える。伯母は、またクララの横に座ると、「さて、あんたの娘が生まれたらすぐの話だけど…」と言い出す。クララが、「男の子かも」と言うと、「女の子だよ。口答えなんかするもんじゃない。私が名付け親になって、名前はベッチー・トロットウッド・コパフィールドにするからね」(2枚目の写真)「いいかい、このベッチー・トロットウッド〔これから生まれる赤ちゃんのこと〕は、人生で絶対に、間違いを犯しちゃいけないの。ろくでもない男に、心を弄ばれてたまるもんかね」と言葉を続ける。ここで、クララの陣痛が激しくなる。「ほら、落ち着いて。無理しないで。気の持ちようですよ。そんなに大騒ぎして、あんたにとっても、私の名付け子にとっても、一体何になるっていうんだい」。こんなことを言っても何の役にも立たないので、医者が駆け付ける。 | ① 4 「どうでもいいわ、ペゴティ。奥様に濃いお茶を淹れておくれ。急いで」。お茶を飲んでいるクララに、伯母は、「生まれるのは絶対に女の子よ」と言い、クララは、「男の子かも」と言うが、伯母は 「口答えしないで。女の子が生まれるって、強い予感がするんだから。その子の名付け親になるのは私。名前はベッチー・トロットウッド・コパフィールドよ」と宣言する(2枚目の写真)。ここで、再び、原作にはあるが、1999年版でカットされたシーン。伯母:「お金の話だけど。デビッドはあんたに、十分な蓄えを残して逝ったのかい?」。クララ:「家具付きのこの家がありますし、それなりの収入もあります。確か、年に100ポンドほど」(3枚目の写真)〔ここでも、脚本のいい加減さが浮き彫りになり。原作には「105ポンド」と書かれている。19世紀半ばのイギリスにおいて、年収100ポンド強というのは、中流階級の「ギリギリ最下層」の生活水準。おそらく、脚本の執筆に当たり、「105ポンド」という細かい数字を出してもピンとこないだろうと、キリのいい「100ポンドほど」に変えたと思われるが、105ポンドと言う数字は極限の限界を示しおり、忠実に再現すべきだった〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ① 5 2階からは、クララの苦しむ声が響き渡り、伯母はハンドバックを開けて脱脂綿を取り出し、耳に詰める。しかし、医者が暖炉のお湯を取りに来ると、耳栓を外し、「それで?」と訊くが、返事は、「順調ですが まだ少々お時間が」。それからかなりの時間が経ち、医者が伯母の所にやって来て、耳栓を外した伯母に、「奥様、おめでとうございます。すっかり終わりまして、無事に赤ちゃんが生まれました」と報告する(1枚目の写真)。「まあ、よかった。それで、その娘(こ)は?」。「ミセス・コパフィールドは、とても落ち着いておられます」。「ええ、ええ… でも、その娘(こ)は?」。「どなたですか?」。「赤ん坊に決まってるでしょ!」。「お嬢さまではなく、お坊っちゃまですよ、ミス・トロットウッド」(2枚目の写真)。それを聞いた伯母は、予期せぬ結果に呆然とする(3枚目の写真)。「何ですって?」。「男のお子さんです」。「男の子?」。「男の子…」。そして、怒りが爆発する。「男の子!」。 | ① 5 耳に脱脂綿で栓をした(時計の時報がうるさくて→説得力がない)伯母のところに、医者がやって来て声をかけるが、背を向けているので反応がない。そこで、思わず肩に手をやり、びっくりした伯母が振り返って。「先生、どうなの?」と訊く〔当時のイギリスでは、町医者を先生(Dr.)とは呼ばず、Mr.と呼んでいた。この表現は、歴史を無視した変更〕。「おめでとうございます、奥様。男の子です」。耳栓をしているのを忘れた伯母は、「何て言ったの?」と訊く。「男の子です」。「何をモゴモゴ言ってるの?」。医者は、両手の指で自分の耳を指し、耳栓に注意を促す。伯母はようやく耳栓に気付いて外す〔これほど目立つ耳栓のシーンの原因が、1時間に1回の置時計の時報というのは、あまりに説得力のない脚本〕。「男の子です」(2枚目の写真)。「何て?」。「男の子です」。「あり得ない!」。「間違いありません」。伯母は、「そんな話、聞きたくない!」と叫ぶと(3枚目の写真)… | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ① 6 そして、玄関のドアを開けて出て行くと、振り向き、ペゴティに向かって、「男の子!」と怒鳴り(1枚目の写真)、そのままいなくなる。ナレーション:「私の大伯母にとって、男性との関わりは決して幸せなものではなかったが、家族にもう一人男性が加わったことが、決定的な引き金となった。彼女は、まるで不機嫌な妖精のように私たちの前から消え去った。明らかに、二度と戻る気などないかのように。私の幼少期は、至福の幸せに満ちた日々だった。日々や年月は、温かな満足感に包まれながら、あっという間に過ぎていった」(2枚目の写真)。 | ① 6 すぐに帰り仕度をして、何も言わずに家を出て行く(1枚目の写真)。一方、12時を回ってから、ベッドで横になったクララの元に、ペゴティが生まれたばかりの乳児を抱いてやって来ると、「さあ、お連れしましたよ」と言って、クララに抱かせる。クララは、「なんて可愛い子かしら」と喜ぶ(2枚目の写真)。そして、「名前はデビッドにするわ。この子の親愛なるお父様の名をもらって。デビッド・コパフィールドよ」と言う。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン② | 2000年版のシーン② | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 1 ナレーションが入る。「私は、美しい母が自分だけを愛してくれているという確信に守られて育ち、一方でペゴティの忠誠心と献身は、潮の満ち引きのように規則正しく、決して途切れることがなかった」。そして、デビッドが母の前で『ロビンソン・クルーソー』を読んでいるシーンに変わる。「…いかだ(筏)とすべての積荷を無事に岸に揚げた。私の次の仕事はその土地を見渡し、適した場所を探すことだった。私が暮らす、じゅ…じゅう…」(1枚目の写真)。ここで、母が助け舟を出す。「住居(じゅうきょ)よ、ディビー」。「住居。自分がどこにいるのか、私にはまだ分からなかった…」。ここで、ペゴティが、「もう寝る時間ですよ」と注意する。母が 「ペゴティ、あと少しだけ」と頼むと、「仕方ありません。あと5分だけですよ」と言い、2人は笑顔になる(2枚目の写真)。 | ② 1 ナレーションが入る。「今でもなお、私の幼少期の最初の9年間を振り返ると、そこには陽の光しか見えない。母が私に最初の勉強を教えてくれた時、あの居間の窓からきらきらと差し込んだ陽の光。あるいは、母が果物を摘んだ時、その髪の巻き毛に反射していた庭の陽の光。あの庭の果物は、他のどこの庭のどんな果物よりも、瑞々(みずみず)しく実っていた」(1枚目の写真)「私たちが毎週日曜日に花を供えに行った父が眠る古い教会の墓地。あの悲しい場所でさえ、幼い私の目には、いつも陽の光に包まれているように見えた」。クララとデビッドが、夫(父)に墓に花を供えていると、墓碑に黒い人影が落ちる(2枚目の写真)。「あの影が落ちるまでは」〔すべて原作にないナレーション。短い文章の羅列で、ディケンズらしさが全くない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 2 「冷たい風はすでに吹き始めており、私の無垢なる黄金の夏は、今にも吹き飛ばされようとしていた」。デビッドの見知らぬ男が家の庭に入って来る。母は、「ディビー、マードストンさんに挨拶なさい」と言う。しかし、笑顔一つない顔だったので(1枚目の写真)〔演技指導が悪い〕、デビッドは母に抱かれながら、顔を180度後ろに向ける(2枚目の写真)。マードストンは 「彼はあなたを誰にも渡したくないんだ。その気持ちよく分かるよ」と言ってデビッドの頭に触る。 | ② 2 それは、マードストンの影だった。彼は 「今日は、ミセス・コパフィールド。今日は、デビッド」と笑顔で声をかける(1・2枚目の写真)。そして、3人は教会に入って行く〔マードストンだけは2000年版の方が上手〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 3 振り向いたデビッドに、マードストンは、「さあ、デビッド、握手をして、世界一の親友になろうじゃないか」と言って右手を差し出すが、デビッドはまた顔を背ける(1枚目の写真)。それを見たマードストンは、「大した根性だ」と言うと(3枚目の写真)、「では、また明日、ミセス・コパフィールド」と言って門から出て行く。母は、「ディビー、あなたには失望したわ。行儀を忘れたの?」と批判するが、その時、振り向いたマードストンの意地悪そうな顔は、その後の悲劇を感じさせる。そして、その顔をデビッドも見てしまう。それまでデビッドと庭いじりをしていたペゴティは、皮肉を込めて、「たまには見知らぬ男の方とお会いになるのも、いい気分転換になりますわね、奥様」と言うが、浮かれたクララには通じず、「ええ、とても素晴らしい気分転換だわ」としか言わない。 | ② 3 教会が終わり、家の玄関先まで一緒に来たマードストンは、「さようなら、ディビー」と言った後で、右手を差し出し(1枚目の写真)、「さあおいで、坊や。仲良くしようじゃないか」と声をかける。最初デビッドは嫌がるが、しかたなく、左手でマードストンの手を掴む(2枚目の写真)〔このシーンは原作にはあるが、1999年版ではカットされている〕。それを見たマードストンは、にこやかに笑うと、「手が違うぞ、ディビー」と言い、デビッドはさっと手を離し、マードストンを睨みつけるように見る。マードストンは、腰をかがめて自分の顔をデビッドの顔に近づけると、「いい度胸だ」と言う。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 4 その夜、ペゴティは、もう少しはっきりと進言しようと、「私は、坊ちゃまにとって何が一番良いかを思っただけなのです」と、マードストンなんかに熱を上げているクララに不安感を訴える。しかし、クララは、「お世辞を一つ二つ言われたからって何でもないことなのに、まるで自分の可愛い坊やを愛していないみたいに言われなきゃならないの?」と強く反論する。1階の居間での口論を、2階にいたデビッドが階段を下りながら心配そうに聞いている。ペゴティは、「そんなこと申し上げていません」と否定する(1枚目の写真)。しかし、クララは、マードストンが好きなので、どんな批判も許せない。「あら、言ったわよ、分かってるくせに、意地悪な人ね」と、さらに批判。そこに、心配して現われたデビッドを抱くと、「私って、ひどくて、自分勝手で、悪いママかしら? あなたのことなんか愛してないと思う?」と訊く(2枚目の写真)。ペゴティは、「まさか、奥様はディビー坊ちゃまを愛していらっしゃいますとも! 私はただ…」まで言うが、クララに睨まれて口を閉ざす。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 5 そして、庭で、親しげに見つめ合う2人の姿(1枚目の写真)や、それを不安げに見るデビッドが映る。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 6 ある日の夜、ペゴティがデビッドに、「ディビー坊ちゃま、ヤーマスにいる私の兄のところで、私と一緒に2週間過ごされてはいかがです? とても素晴らしいですよ」と提案する(1枚目の写真)。「ママはどう言うかな? 一人ぼっちじゃ困るだろうから」(2枚目の写真)。「絶対許して下さいますよ! 海辺が好きになられますよ。砂浜やボート、それに素敵な物が一杯あるんですもの」。それを聞いたデビッドは、「きいてみるよ!」と言う。「あの幸せだった我が家を、あれほど急いで離れたがっていたこと、そして、自分が何を永遠に置き去りにしようとしていたのか、何一つ気づいていなかったことを今思い返すと、深い感慨を覚える」。 | ② 6 ある日、ペゴティが、家の用事をしながら、デビッドに声をかける。「ディビー坊ちゃま」。「うん、ペゴティ」。「私と一緒に、2週間、ヤーマスにいる兄のところに行ってみませんか? とても素晴らしいですよ」(1枚目の写真)。「ペゴティ、お兄さんは優しい人?」。「もちろんですとも。それに海や船、漁師さんや砂浜だって見えるんですよ」。「楽しそうだね。でも、ママはいいって言うかな?」(2枚目の写真)。「お母様なら、きっと許してくださいますよ」。「僕たちがいなくなったら、ママはどうするの? 一人ぼっちじゃ困るだろうから」。「坊ちゃまは、本当に優しい子ですね。心配はいりませんよ。お母様は週末、グレイパーさんのお宅に泊まりに行かれます。他にもたくさんのお客さまがいらっしゃるんですって」。「じゃあ、僕たち行けるね」。そして、ナレーションが入る。「哀れなデビッド。なんと無邪気だったことか。幸せな家を離れるのが待ちきれないとは。哀れなペゴティ。今なら全体の筋書きが分かる。ペゴティは母の指示で、ヤーマス滞在中に、私にあの知らせを伝えることになっていた」。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ② 7 原作では、ヤーマスまでの馬車の旅については、「私たちはたくさん食べ、そしてたくさん眠った」のような記述しかない。ここで交わされる会話は、ずっと後の ④ の最後で使われる会話。ペゴティが眠ってしまうと、馬車の持ち主で御者も兼ねているバーキスが、「ケーキや焼き菓子、あの女(ひと)が作ったのかい?」とデビッドに尋ねる。デビッドは、「(家では)何もかもペゴティが作るんだよ、おじさん」と答える。「ほうとかい?」。そして、「彼氏(かれし)は、いねんだろうな(No sweethearts, I b'lieve)?」と訊く〔原作では、デビッドは、そんな言葉聞いたことがないので、菓子(かし、sweet meat)と聞き間違える。そこでバーキスは、「甘い心(sweet 空白hearts)」と言って、理解させる。だから、デビッドが、「ううん、彼女には、“かれし” なんかいないよ」と言っても納得できる〕。〔しかし、映画では〔「彼氏は、いねんだろうな?」と訊かれても、バーキスの説明がないので〕、デビッドは 〔「彼氏」の意味が分からないので〕「ううん、そんなのいないよ」と曖昧に答える(2枚目に写真)。 | ② 7 1999年版と同じで、ずっと後の ④ の最後で使われる会話がここでも使われる。家を発つシーンで、3人が並んで映っている場面は、この一ヶ所だけ(1枚目の写真)。途中のシーンはなく、次のシーンはヤーマスの町に着いてから。ペゴティは、兄の里子のハムを見つけて馬車から降りる。仲良さそうに話している2人を見て、「あれ、彼氏(sweethearts)なのか?」と訊く〔太った老女と、ハンサムな中年男性では、無理のある脚本〕。「今なんて言ったの、おじさん?」。「一緒にいる男は誰なんだい?」。「ペゴティと?」。「ああ。恋人なのか?」。「ううん、彼女には、彼氏なんかいないよ」(2枚目の写真)〔こちらのデビッドは、原作と違い彼氏という言葉の意味を理解している。そこがアメリカらしさか?〕。「彼氏なんかいないのか。よしよし」。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン③ | 2000年版のシーン③ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ③ 1 ヤーマスに着くと、ペゴティが、「これがハムですよ!」と言って、元気一杯の青年を馬車の前まで連れて来る。ハムは、「さあ、おいで、大きな坊ちゃん」と冗談を言うと、肩を叩いてその上に乗せる。場面が切り替わり、3人は町を出て海沿いの細い道を歩いている。この時は、“肩車” ではなくて “おんぶ” になっている〔おんぶの方が楽〕。そして、遠くの方に船のような家が見えるところまで来る。「ディビー坊ちゃん、あれが俺たちの家だよ」。「船に住んでるの、ハム?」。「そんなもんです」(1枚目の写真)。次のシーンでは、もう家の中に入ったデビッドが、階段を駆け下りてくると(1枚目の写真)、待っていたペゴティの兄のダニエルから、「よおいらっしゃいました、コパフィールド坊ちゃん」(3枚目の写真)「わしら、ちゃんとお構いはできねえが、いざんときは任せてくだせえ」と挨拶される。 | ③ 1 場面は、デビッドの旅行トランクを担いだハムが、ペゴティとデビッドと一緒に船の家に歩いていくシーンに変わる(1枚目の写真)〔原作では、デビッドを背負い、小脇に旅行トランクを抱える。ペゴティも別の旅行トランクを持つ〕。「あれが俺たちの家だよ、ディビー坊ちゃん」。「あれ、船でしょ?」。「もっと近くで見てみようや」。ナレーションが入る。「たとえアラジンの宮殿だったとしても、あそこに住むという夢に、これ以上胸を躍らせることはなかっただろう。何よりの驚きは、それが本物の船できっと何百、何千回も海を渡ってきたに違いないということだった」(2枚目の写真)〔原作にも同じような表現はあるが、「何千回」は映画の追加〕。1999年版と違い、ペゴティの兄のダニエルは家の入口で待っている〔原作と同じ〕。コパフィールドの坊ちゃん、わしがダニエル・ペゴティです」(3枚目の写真)「ようおいでくださいました。わしら、ちゃんとお構いはできねえが、いざんときは任せてくだせえ」。そして、横にいた少女を、「こいつがエミリーです、坊ちゃん」と言い、「ほら、ご挨拶するんだ」とエミリーに言うが、彼女は、何も言わずに家の中に逃げ込む〔原作では、デビッドがキスしようとしたので、嫌がって隠れる〕。ダニエルは妹のペゴティを見て、「元気かい、お嬢ちゃん〔lass〕?」と楽しく言い、ペゴティは 「ええ、大好きよ」と常識的に応じる〔同じようにおどけて、お兄ちゃん〔lad〕とでも言えば面白いのに〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ③ 2 そして、一家そろっての有名な食事の場面〔原作の台詞と80~100%一致〕。デビッドは、「ペゴティさん、ノアと息子の方舟みたいなところに住んでるから、息子さんにハムって名付けたの?」とダニエルに尋ねる(1枚目の写真)。「なんでそうなったか、よお分かりません。あいつの親爺がつけよったんで」。「でも、おじさんが彼の父さんかと思ってた」。「兄貴のジョーが、あいつの親爺なんで」。「じゃ、死んじゃったの、ペゴティさん?」(2枚目の写真)。「溺れ死にだて」。「でも、エミリーは、おじさんの娘なんでしょ?」。「わしの義弟のトムが、こいつの親爺だったす」。「死んだの、ペゴティさん?」。「溺れ死にだて」。「おじさんに、子供はいないの?」。見かねたペゴティが、「いませんよ、坊ちゃま。結婚していませんから」と話しかける(3枚目の写真)。「ガミッヂさんが、奥さんじゃないの?」。ガミッヂは泣き出し、ダニエルは 「ガミッヂさんは、数年前に年食った旦那に先立たれてね」と答える〔ここからは、原作から離れる〕。「溺れ死んだの、ペゴティさん?」。「あの女(ひと)は、それを思うと落ち込みますんで」。ペゴティが、「しょっちゅう、思ってるんですよ」と補い、ガミッヂ本人も、「うちは孤独で見捨てられたばあさんなの。救貧院にでも入って死んじまった方が、厄介払いになっていいんだよ」。会話は続くが省略。 | ③ 2 食事の席で、デビッドは、「ペゴティさん、ノアの方舟みたいなところに住んでるから、息子さんにハムって名付けたの?」と尋ねる(1枚目の写真)。「いいえ、坊ちゃん。あいつの親爺がつけよったんで」。「でも、あなたが彼の父さんかと思ってた」。「兄貴のジョーが、あいつの親爺なんで」。「死んだの、ペゴティさん?」(2枚目の写真)。「溺れ死にだて」。「でも、エミリーは、あなたの娘さんなんでしょ?」。「いんや、わしの義弟のトムが、こいつの親爺だったす」。「死んでないよね、ペゴティさん?」。「溺れ死にだて」。「あなたに、子供はいないの?」。「いませんですじゃ、独身なんで」(3枚目の写真)。「独身?!」。「じゃあ、あの女(ひと)は何なの?」。それを聞いたガミッヂは大声で泣き出し、ペゴティは、「もうベッドに入る時間ですよ、ディビー坊ちゃま」と言って、一緒に部屋を出て行く〔原作に従っている〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ③ 3 デビッドは、壁に固定された小さな寝床に寝かせられる。ペゴティは、「あの女(ひと)は、ガミッヂっていうんです。旦那さんとダンが一緒に漁船に乗ってた時、年寄りのガミッヂが死んで、彼女、とっても貧しくなりましてね、ダンがこの家に引き取ったんです。ハムやエミリーが孤児になりました時のように」。「ペゴティさんて、とってもいい人なんだね」。「立派な人ですよ。さあ、中に入って下さい」。デビッドはベッドに横になる(1枚目の写真)。しかし、ペゴティは、出て行こうとして、「坊ちゃま」と声をかける。「なんなの、ペゴティ?」。「私の兄のダンは、自分の親切や情け深さをあれこれ噂されるのが嫌いなんです。誰が相手でもね。口にしないで下さいね」。「僕、何も言わないよ」。「よかった。もし言ったりしたら、すごく怒るもんですから」(2枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ③ 4 恐らく翌日、海辺を歩きながらデビッドがエミリーと、短く話し合う。「僕のお父さんも、死んだんだ」。「知ってるわ。悲しい?」。「会ったこと、ないよ」。そして話を変える。「ペゴティさんは、とってもいい人だね」。これに対するエミリーの返事は、原作と80%同じ内容。「あたし、もしレディになったら、伯父さんにダイヤモンドのボタンがついたチョッキと、大きな金の懐中時計と、お金がいっぱい詰まった袋をあげるわ」。このあと、エミリーは海に飛び出た小さな桟橋の上まで走って行く。「エミリー、気をつけて!」。「私が怖いのは、風が吹く時だけよ。そんな時は眠れなくて、海の上でダン伯父さんとハムが 助けてって叫ぶ声が聞こえるような気がするの。だから、あたしレディになりたい… 嵐が来ても、二人を安全な場所に留めておけるから」〔原作と20%一致〕。「エミリーのその言葉は、何年経っても私の心に木霊(こだま)し、今でも胸を離れない」。 | ③ 4 恐らく、翌朝、エミリーとデビッドが船の家から飛び出して海に向かう。先に走るエミリーをデビッドが追いかける。砂浜の先端近くで止まったエミリーは、デビッドに、「時々、夜中に嵐が吹くと目が覚めて、海の上でダン伯父さんとハムが、助けてって叫んでる気がするの」と話す。デビッドが 「そんな時、自分のお父さんのことも考える?」と訊くと、「会ったこと、ないわ」と答える(1枚目の写真)。「僕と同じだね」。「でも、あんたには母さんがいる。あたしは、母さんも亡くしたの。それに、あんたのお父さんは紳士だったけど、うちのお父さんは漁師だったのよ。ダン伯父さんと同じようにね」。「ペゴティが、“伯父さんがいい人だってこと” 口にしちゃいけないって言ってたよ」。「なら、もしあたしがいつかレディになったら、伯父さんにダイヤモンドのボタンがついた青いコートをあげるわ。それに、赤いベルベットのチョッキ、三角帽子、金の懐中時計とお金もね」。「君、レディになりたいの、エミリー?」。「ええ、とっても」。そう言うと、またエミリーは走り出す。そして、浜の先端に着くと(2枚目の写真)、一人で踊り始める。デビットは、じっとそれを見つめる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ③ 5 ナレーションはさらに続き、デビッドが、ダニエルが籠から取り出したロブスターに驚くシーンや(1枚目の写真)、ハムに水切り〔海面で石を跳ねさせる投げ方〕を習ったりする楽しいシーンが映る。「毎日があっという間に過ぎ去っていった。まるで時間そのものがまだ大人になっておらず、子供のまま、いつも遊んでいるかのように。私は新しい友達に夢中だった。ダン・ペゴティは私を家族の一員として扱ってくれたし、私は彼の裏表のない温かさがすぐに大好きになった。ハムは、最高に頼もしくて英雄のような兄さんだった。そしてもちろん、子供心に、私はエミリーにすっかり恋をしていた。ヤーマスを去る日が来たとき、私は、この二週間、自分の家のことなどほとんど考えもしなかったことに気づいた」。デビッドとエミリーが、仲良く座っている。「ずっと友達でいようね、エミリー」(2枚目の写真)。「そうしたいわ。でも、あなたはいつか紳士になるのよ」。「できるだけたくさん手紙を書くよ」。そう言うと、デビッドはエミリーの頬にキスする。そして、ペゴティと一緒に馬車まで行く。 | ③ 5 ナレーションのみ。「私はとても優しく、とても純粋に彼女を愛していた。その想いは、その後の人生におけるどんなに高潔な愛にも通じている。毎日があっという間に過ぎ去っていった。まるで時間そのものがまだ大人になっておらず、子供のまま、いつも遊んでばかりいるかのように」。ほんの一瞬、先程の踊りの延長線上の映像が流れる(2枚目の写真)〔2人の交流についての新たなシーンはない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ③ 6 馬車に乗っていると、行き来た時の続きで、バーキスが、「彼氏はいない、だったよな?」と念を押した上で、「家に着いたら、バーキスが待ってると言っとくれ」と頼む。「ペゴティはすぐ目が覚めるよ。自分で言えば?」(1枚目の写真)。バーキスは、とんでもないとばかりに首を横に振り、「バーキスが待ってる。伝言頼むぞ。バーキスが待ってる」とくり返す。馬車が家の前に着き、デビッドが下りて家に行こうとすると(2枚目の写真)、ペゴティが、「坊ちゃま、待って!」と呼び止める。その言い方に不安を抱いたデビッドが、「どうしたの、ペゴティ?」と訊くと、「もっと早く申し上げるべきだったのですが…」と、言い始める。デビッドは、「ママ! ママはどこ? 死んじゃいないよね!」と悲嘆すると、家に向かって走って行く〔原作から逸脱〕。 | ③ 6 ナレーションの続き。「愛しいペゴティ、彼女は私たちがどれほど幸せかを見て、それを壊したくなかったのだろう。だから、私のママから託されていた伝言を、ずっと胸にしまい込んでいた。私たちがもうすぐ家に着くという時になって初めて、彼女はそれを私に話したのだった」。馬車が家のすぐ前まで来たので、デビッドは 「バーキスさん、角笛を鳴らして。そうすればママが門まで出てくるよ」と言う。そこで、バーキスは角笛をすぐに4回も鳴らすが、誰も出て来ない。デビッドは、「ママはどこなの? どうして出て来ないの? ペゴティ、なぜ出て来ないの?」と心配し、馬車を降りようとする。ペゴティは、「待って、あなたに話さなきゃいけないことがあるんです」と言う(2枚目の写真)。「何? ママはどこ? 死んじゃいないよね?」。ペゴティは 「まさか、とんでもありません。可愛い坊ちゃま。もっと前にお話しすべきだったのですが、どうしても言い出せなくて」と弁解すると、「どう思われます? 坊ちゃまにお父様ができたのですよ」(3枚目の写真)、「新しいお父様がね」と、衝撃的なことを告げる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン④ | 2000年版のシーン④ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ④ 1 デビッドが家の中に入って行くと、母は、何事もない様子で居間に座っている。デビッドを見ると笑顔になり、「ディビー」と言い、走り寄ったデビッドを抱き締める(1枚目の写真)。そして、「びっくりすることがあるの。何だと思う?」と訊き、デビッドが首を横に振ると、「新しいお父さんができたの」と言う(2枚目の写真)。すると、革靴のコンコンという足音がして、隣の部屋からマードストンが笑顔で顔を見せ、「やあ、ディビー坊や、元気かい?」と声をかける(3枚目の写真)。デビッドは走って逃げ出す(4枚目の写真)。 | ④ 1 それを聞いたデビッドは、家に走って行き、扉を開けて、「ママ」と叫び、居間にいる母のところまで走って行って抱き着く(1枚目の写真)。すると、一瞬の間も置かずに、「クララ」と注意する声が響く。デビッドは気付かなかったのだが、同じ部屋にいたマードストンが寄ってきて、クララに 「落ち着いて」と言うと、「さあ、お母さんにキスをしてもいいぞ、デビッド」と許可するが、クララに向かって、「どんな時でも、落ち着くんだ」と再度注意するので、デビッドはキスを止めざるをえない。マードストンは、デビッドに、「やあ、ディビー、元気かい?」と言って、握手のための右手を差し出す(3枚目の写真)。デビッドは、出された手には触らず、走って逃げ出す(4枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 2 デビッドがベッドでうつ伏せになり、それをペゴティが介抱していると(1枚目の写真)、クララがやって来て、「ペゴティ、みんなあんたが悪いのよ。坊やと私との間を割こうとするなんて、一体どういうつもりなの?」と批判する。この、自分勝手な文句〔マードストンと結婚したクララが悪い〕に対し、ペゴティは、「コパフィールドの奥様、今のお言葉、神様の赦しがありますように」と諫めるが、クララは、「デビッド、いけない子ね。頭がおかしくなりそうだわ! ママのところへいらっしゃい」とデビッドの体を引っ張る。すると、マードストンの声が響く。「クララ、愛する人よ、忘れたのかね? さあ、心を強く持って」〔ここまで、原作とほぼ同じ〕。そして、ペゴティに対しては、「今、お前の奥様を何と呼んだ?」と訊く〔原作では、「お前、奥様の名前は知ってるだろうね?」と、少し言い方が違う〕。「『コパフィールドの奥様』、いつも通りです、旦那様」。「だが、今は新しい名前がある。マードストンだ。今後は忘れないでもらおう」〔ここも、「彼女は、知っての通り、私の名前になっている。忘れたのかね?」〕「下がっていい」。 | ④ 2 デビッドが向かった先は、自分の部屋。しかし、そこは、全く違う雰囲気に改装されていて、デビッドはびっくりする(2枚目の写真)。そこに後を追って来た母が、「マードストンさんのお姉様が私たちと一緒に暮らすことになったのよ、ディビー。彼女が この部屋を使うから、あなたは別の部屋を使うの」と言う。相談もない変更に、デビッドは 「でも、どうして?」と言うが、母は、「いらっしゃい」と言い、廊下の突き当りにある小部屋に連れて行く(3枚目の写真)。そこにマードストンが現われ、「これは一体どういうことかね? クララ、愛する人よ、忘れたのか? さあ、心を強く持って」という。クララは、「ごめんなさい、エドワード。そうするつもりだったの。でも、できないわ」〔この台詞は、原作とほぼ同じ。某訳本では、最後の文を「やさしくするつもりだったんですけど、それにしても、あんまりひどいんで」と誤訳〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 3 マードストンは、さらに、「先に下に行きなさい、愛する人よ。デビッドと私は、すぐ後から行く」と言ってクララを1階に行かせる。そして、デビッドと2人だけになると、有名な台詞を口にする。「デビッド、仮に、言うことを聞かない犬や馬を相手にすることになったら、私はどうすると思う?」。デビッドは口を横に振る。「私なら、叩く。怯(ひる)ませ、痛めつける。『あいつを支配してやる』と自分に言い聞かせる。もし、そいつが一滴残さず血を流し尽くしても、やり通す」(1枚目の写真)〔95%原作と同じ〕。そして、「分ったかな?」と訊く。デビッドは、何度も頷く(2枚目の写真)。「結構。では顔を洗って、すぐ下へ来なさい」。 | ④ 3 マードストンは、クララに 「下へ行っていなさい。ディビーと私は、すぐに後から行くから」と言ってクララを1階に行かせる。そして、デビッドと2人だけになると、有名な台詞を口にする。「仮に、言うことを聞かない馬や犬がいたら、私はどうすると思う?」。「分かりません」。「私なら、叩く。怯(ひる)ませ、痛めつける」(2枚目の写真)「『あいつを支配してやる』と自分に言い聞かせる。もし、そいつが血を流し尽くしても、やり通す」(2枚目の写真)〔90%原作と同じ〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 4 ペゴティが、「ミス・ジェイン・マードストンです、旦那様」と来訪を告げる。居間にいた3人が立ち上がり、部屋に入って来た “典型的な生意気顔” のジェインに、マードストンが 「よく来てくれた、ジェイン」と声をかける。ジェインは、「義理の妹さん、お元気?」と声をかけ(1枚目の写真)、クララは 「とても元気です。ありがとう」と答える。ジェインは次にデビッドを見て、「これが、あなたの坊や?」と訊く。「そうです」(2枚目の写真)。「はっきり言って、私、男の子は嫌いなの。ところで、クララ、あなた、とてもきれいだけど呑気だから、私にできるようなことは、みんな私がしてあげるわ。なんなら、鍵もみんな私に預けなさい。これから、こうした家事は私がやりますから」〔この有名な強制提案も95%原作通り〕。ペゴティが、「合鍵をお作りしましょうか、奥様」と訊くと、ジェインは 「誰もそんなこと頼んでないわ。いいから鍵を渡して」と言い、クララから鍵の束を受け取ると(3枚目の写真)、ハンドバッグの中に入れる。 | ④ 4 ナレーション。「数日後、ミス・ジェイン・マードストンがやってきた。私は、彼女が御者に支払った時のことを、覚えている。彼女は硬い鋼鉄製の財布からお金を取り出した。そしてその財布を、彼女の腕に重い鎖でぶら下がり、まるで牢獄のようで、ガチッと噛み付くように閉まる手提げ袋の中にしまい込んだ。私はそれまでにも、またそれ以後も、ジェイン・マードストンほど金属的な女性を見たことがない」〔100%原作通り〕。母が、「ようこそ、ジェインさん」と言うと、ジェインはそれには答えず、デビッドを見て、「義理の妹さん、これが、あなたの坊や?」と訊く(1枚目の写真)。「ディビーです」。「はっきり言って、私、男の子は嫌いなの。坊や、元気かい?」と手を差し出す(2枚目の写真)。デビッドは手を握ると、「元気です、ありがとう」と答える。弟と会った後、姉は、「ところで、クララ、あなた、とてもきれいだけど呑気だから、私にできるようなことは、みんな私がしてあげるわ」〔この有名な強制提案は100%原作通り〕「家の鍵を私に渡しなさい」と要求する。クララは迷うが、マードストンが、「クララ」と要求したので、鍵束をジェインに渡す(3枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 5 そして、恐らく数日後の夕食の場面。思い切ってクララが発言する。「あなた… 今日の午後、お散歩から戻ったら 居間の模様替えがされていて驚いたわ」。マードストン:「姉は、乱雑で虚飾な物が多過ぎると考えたんだ。私もそう思う」。「そうかもしれませんね、エドワード。でも、変えてしまう前に一言、私に相談があってもよかったんじゃないかしら。だって、あんまりですわ、私の家なのに」。「『私の家』だと、クララ?」(1枚目の写真)。「私たちの家、という意味です。私たちの家にいて、家の事に一言も口出しできないなんて、あまりにひどいんじゃありません? 干渉される前は、私だってとても上手くやっていましたのに」。この批判を聞いたジェインは、「エドワード、私、明日出てくわ!」とヒステリックに言う(2枚目の写真)。マードストン:「ジェイン・マードストン、黙って」。クララ:「誰にも出て行って欲しくはありません」〔ここまでは、大方原作通り。この先も、原作を20~100%使っているが、2000年版とは場所が違う〕「助けて下さる方には、どなたでも感謝致しますが、やはり、事前に相談していただきたく…」。ジェイン:「もう、これでお終い。私、明日出て行くから」。マードストン:「黙りなさい!」。そして、クララに対して、私たちが結婚した時、君の性格に欠けていた “揺るぎなさ” を与えられるという思いに、満足感を抱いたものだ。ジェイン・マードストンは、その試みを手助けしてくれているのに、恩を仇で返すとは」と、強く批判する。「お願い、そんな風に責めないで。私には多くの欠点があるでしょうが、恩知らずだと責められたことは一度もありません」。「警告しておくよ、クララ。その不誠実な対応は、君への愛情を冷めさせ、気持ちを変えてしまう」(3枚目の写真)。「どうか、冷たくしないで、エドワード。冷たくされたら生きていけないもの。私には欠点がいっぱいあるのに、あなたがその強い心で、私のためにそれを正そうとして下さるなんて、とってもありがたいことだわ。ジェイン、私、もう二度と口を挟みません」。こうして、クララは全面降伏して、愚かな結婚は地獄へと変貌する。マードストン:「これでおしまいにしよう。デビッド、ベッドに行きなさい」(4枚目の写真)。デビッドは、夕食も食べさせてもらえずに、追い払われる。 | ④ 5 そして、食事のシーン。クララ:「それにしても、あんまりですわ、私の家なのに」。マードストン:「『私の家』だと? クララ!」。「私たちの家、という意味です。家の事に一言も口出しできないなんて、あまりにひどいんじゃありません?」(1枚目の写真)「結婚する前は、私だってとても上手くやっていましたのに」。ジェイン:「エドワード、もう、これで終しまい。私、明日出てくわ」(2枚目の写真)。「ジェイン・マードストン、座って、黙って」。クララ:「誰にも出て行って欲しくはありません」〔ここからは、原作の違う部分を使っている〕。「私、多くを望んでいるわけじゃない。ただ、時々、相談くらいして欲しいだけ」。ジェイン:「エドワード、私は…」。「ジェイン・マードストン、黙っていなさい。クララ、君には呆れたよ。ジェイン・マードストンが私のために、家政婦のような役割を快く引き受けてくれたのに、恩を仇で返すような真似をするとは…」(3枚目の写真)。「そんな言い方はしないで、あなた」。「こんな見苦しい諍(いさか)い、子供に見せるべきではないな。デビッド、ベッドへ行きなさい」(4枚目の写真)。「でも…」。「ベッドへ行くんだ!」〔1999年版に比べてかなり短い。2000年版が、原作の重要な台詞をカットした最初の事例〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 6 ある日、デビッドとペゴティが家の外で遊んでいると、そこに現れたマードストンが、「デビッド、どうやらお前は、つまらん賤しい人間と好んで親しくする癖があるようだな。召使いなどと付き合っちゃならん。お前には直すべき点がいろいろあるのだが、そういう意味において、ペゴティは、決してお前のためにならん」と注意する(1枚目の写真)。実は、この会話は、原作の⑤でデビッドが学校の休暇で帰宅したデビッドに、マードストンが意地悪く注意する場面からの転用。ここで、場面は変わり、2000年版では完全に無視されたデビッドの勉強のシーン2つのうちの1番目。原作によれば、デビッドは学校に通わず、日々の勉強はマードストンが管理しており、これがデビッドにとって苦痛だった。ここでは、原作にはない、ラテン語の勉強をデビッドがさせられている。母:「本はちゃんと覚えたの、ディビー?」。デビッド:「覚えたと思うよ、ママ」。マードストンの前まで行ったデビッドに対し、マードストンは、英語で、「I fear the Greeks even when they bring gifts(ギリシャ人が贈り物を携えてくるときは、たとえ何であれ私は恐れる)」と言う〔ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』に出てくる有名なラテン語の格言の英語版: トロイの木馬のエピソードに由来し、「敵からの親切や甘い誘いには裏がある」という意味で使われた〕。デビッドは、ラテン語で 「Timeo(私は恐れる)… Danaus(ギリシャ人たちを)… Et(たとえ)…」までいくと、上がってしまい、頭の中が混乱し、どうやっても、ここから先が言えない(2枚目の写真)。しびれを切らしたマードストンは、「『Timeo danaus et dona ferentes(私はギリシャ人たちを恐れる、たとえ贈り物を持ってきても)』だ! 誰でも知っているぞ!」と怒る。母が、「ああ、ディビー」と言うと、「『ああ、ディビー』などと言うな。子供には厳しく! 本を覚えているか、いないかのどちらかだ!」と叱責し、ジェインは 「覚えていないわよ」と意地悪く言う。「なら本を返して、覚えるまで追い払え!」(3枚目の写真)〔この3行だけ、原作にある〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 7 次の、勉強のシーン2つのうちの2番目では、杖を手にしたマードストンが、デビッドを前に立たせ、横に座ったクララに、話しかける。「いいかね、クララ。私だって子供の頃は何度も鞭で打たれたが、何ともなかったよ」。ジェインは、すぐに口裏を合わせる。「本当よ、何ともないわ」。マードストンは、次にデビッドに向かって、「いいか、デビッド、いつもより気を引き締めるんだぞ」と言うと、杖をテーブルの上に置き、デビッドと向かい合って座る。そして、難易度の高い算数の問題を出す。「仮に、私がチーズ屋に入ってだね、1個4ペンス半のダブル・グロスター・チーズを5,000個買ったとする。私はいくら支払うことになるかね?」〔原作通り〕〔19世紀のイギリスでは、小数の四則演算は12~13歳で、この当時のデビッドの年齢(8歳)には、到底無理〕。デビッドが何も言わないので、マードストンは、「算数はもう習ったはずだな?」と訊く。「はいお父さん」。「お前の怠け癖が、母親を苦しめているのが分からんのか?」。クララは、「いいえ、違うの! あなた、私は少し気分が悪いだけなの」と救おうとするが、マードストンは無視。「さあ、デビッド… 答えるんだ。いくら支払う?」(1・2枚目の写真)。それでも返事がないので、マードストンの怒りが爆発し、「いつまで黙っている! 体に叩き込んでやるぞ!」と大声で怒鳴る〔本性露呈〕。マードストンはデビッドの首を押さえて、部屋を出る(3枚目の写真)。デビッドは階段を上がりながら、「お願い、叩かないで、マードストンさん。僕、頑張ったんです!」と必死で頼む。マードストンはデビッドを部屋に連れて行くと、ベッドに押し倒す。「お願い、叩かないで、マードストンさん」。「じっとしてろ」。そう言うと、杖を振り上げデビッドのお尻をズボンの上から叩く。デビッドは悲鳴を上げる(4枚目の写真)。マードストンは、デビッドの口を手で押さえると、「黙らんか!」と怒鳴る。この場目は、原作を上手に映像化している。2000年版のように、重要な場面(デビッドに問題を解かせる)の削除や、無駄な台詞の羅列は一切ない。 | ④ 7 1999年版と違い、マードストンは何も問題を出さない。デビッドとクララが、一緒のテーブルで何かしていて、マードストンは新聞を読みながら、「クララ、子供には厳しくしたまえ。本を覚えているか、いないかのどちらかだ」と言う〔原作とほぼ同じ〕。ジェインはすぐに、「覚えていませんとも」と弟に賛成する。それを聞いたマードストンは、立ち上がると、テーブルまで行ってデビッドの書いた紙を見る(1枚目の写真)。マードストンは、それを見ただけで〔あまりに不適切な脚本〕、「ジェイン・マードストンの言う通りだ。覚えていない」と言うと、「もっと厳しくしないといかん」と言うと、杖を取り出し、それで叩く動作をしてみせる。それを見たクララは、「そんなことしないで!」と言うが、マードストンは、「クララ。私だって子供の頃は何度も鞭で打たれたものだ」と言って、杖で振り回す。「エドワード、お願い」。すると、ジェインが、「クララ!」と言い始めるが、マードストンはそれを手で止め、「なあ、ジェイン。クララは見違えるほど強く、成長した」と言うと、今度は、クララに向かって、「だが、デビッドの怠慢さと不注意が母親にもたらす心労や苦痛に対して、耐えろと求めるのは酷だろう」と言うと〔この文は原作の70%〕、杖の先をデビッドの顎に当て、「デビッド、お前と私は、2階へ行くぞ」と言う(2枚目の写真)。背中をつままれたデビッドは、「やめて! お願い!」と言いながら連れていかれる。クララは、「だめ、エドワード。やめて!」と後を追おうとするが、ジェインが、「クララ、取り乱さないで」と止める。2階への階段を上がりながら、デビッドは、「マードストンさん、お願、許して!」と頼む(3枚目の写真)。しかし、そのまま奥の部屋まで連れて行かれる。デビッドは、「覚えようとしたんです。でも、できないんです。あなたやミス・マードストンがそばにいると」と本音を言うが、マードストンは、「そうかのか? なら、これが解決策だ」と言い、杖で、尻を叩き始める(4枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 8 デビッドは、口を押えた指に思い切り噛みつく(1枚目の写真)。怒り狂ったマードストンは、際限なくデビドを叩き続ける(2枚目の写真)。そして、処罰が終わった後、そのまま放置する。デビッドは、ベッドの上に丸くなって痛みをこらえる(3枚目の写真)。 | ④ 8 デビッドは、肩を押さえていた手に思い切り噛みつく(1枚目の写真)。怒り狂ったマードストンは、際限なくデビドを叩き続ける(2枚目の写真)。このシーンは、半分以上が、大人になってからのデビッドが悲しむ顔ばかり映り、最悪の演出と断言できる。処罰が終わった後、デビッドは床の上に倒れ込む(3枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 9 恐らく翌日、激しい痛みが減った後も、デビッドは部屋に閉じ込められたままで、クッションの上にじっと座っている(1枚目の写真)。すると、突然ドアの鍵が外される音がして、ジェインが簡単な食事を持って入って来る。デビッドが、「お願いです、ミス・マードストン、僕はいつまでここに閉じ込められるのですか?」と尋ねても(2枚目の写真)、彼女は一言も口をきかずに出て行く。そしてナレーションが入る。「私は7日7晩、たった一人で放置された。もし、亡き父が遺してくれたわずかな本のコレクションがなかったら、私は気が狂ってしまっていたかもしれない。少なくともその本の世界の中では、私は牢獄から解放され、孤独の中で、まるで身内や大切な人たちを愛するように、その登場人物たちを愛するようになった」(3枚目の写真)〔この部分、原作と大きく違っている、原作では5日間。しかし、問題はそんな点ではない。原作では、「家の中から聞こえてくるあらゆる物音に、私がどれほど耳を澄ませていたことか。鈴の鳴る音、ドアの開け閉め、ささやき声、階段を歩く足音。さらに、外から聞こえてくる笑い声や口笛、歌声、そんなもののすべてが、孤独と屈辱にあった私にとって、他の何よりも悲しく想われた」の文に代表されるように、ずっと孤独のままで、本による救いはなかった〕。 | ④ 9 ここで、別のナレーションが入る(1枚目の写真)。「暗くなり、夜が更けていっても、誰も私に近づかなかった。恐ろしい疑問が私を苦しめた。私は犯罪を犯してしまったのだろうか? 私は監獄送りになるのだろうか? それとも、縛り首に?」〔これは、原作の「暗くなってからも、私はそこに座ったまま、誰か他の人が来てくれるのではないかと考え続けていた。その夜はもうその望みもないと分かると、私は服を脱いでベッドに入った。そしてそこでも、自分はこれからどうなってしまうのだろうと、恐ろしさに震えながらあれこれ考え始めた。私が犯したことは、はたして犯罪行為だったのだろうか? 私は身柄を拘束されて、監獄送りになるのだろうか? 縛り首になる危険さえあるのだろうか?」から、部分的に選択した文章で、原作の他の部分と比べても一番重要度の低い内容〕〔1999年版の改変の方が、下らない引用よりも、よほど優れている〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 10 7日目の夜遅く、ペゴティがドアの前までこっそりやって来る(1枚目の写真)。そして、「坊ちゃま」と囁く。窓辺の月の光で本を読んでいたデビッドは、 「ペゴティ!」と叫んでドアまで行くと、ペゴティは 「静かになさってね。ネズミのように息をひそめないと。でないと、あの猫どもに聞かれてしまいますよ」と囁く。「僕、これからどうなっちゃうの、ペゴティ?」。「学校ですよ。ロンドンの近くの」(2枚目の写真)。「いつ?」。「明日です。よく聞いて下さいませ。がっかりなさってはだめですよ。そして、私めが、あなたをどれほど愛しているか、お忘れにならないで下さいましね」。「ママ、僕のことひどく怒ってらっしゃる?」。「いいえ、そんなには」。「ママに会えないかな?」。「明日ですよ。お母様は、私がお世話致します。いつもおそばにおりますよ。このクララ・ペゴティが生きている限り、あなたとお母様には、この世界にいつでも味方がいるとお思い下さい」。「泣かないでペゴティ」。「泣いておりませんよ。お母様が、あなたにって、これを預けられました」。そう言うと、ドアの下から銀貨3枚が入れられる(3枚目の写真)〔半クラウン1枚、1シリング2枚と考えれば、4.5シリング〕。 | ④ 10 こちらの映画では、何日間閉じ込められていたかの説明はない。夜ペゴティがドアの前までくるのは同じ(1枚目の写真)。そして、「坊ちゃま」と囁く。お尻が触らないように揺り椅子に寄りかかっていたデビッドは、お尻が痛いのでそろそろと歩いてドアに向かう〔翌朝は普通に歩き、御者の横の木の台に平気で座るので、この演出は、オーバーで、間違っている⇒最悪〕。そして、「ペゴティ、君なの?」と訊く。「静かになさってね。ネズミのように息をひそめないと。でないと、あの猫どもに聞かれてしまいますよ」。「ママ、僕のことひどく怒ってらっしゃる?」。「いいえ、そんなには」。「僕、これからどうなっちゃうの?」。「ロンドンの近くの学校ですよ」(2枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 11 翌朝、ジェインと一緒にデビッドが階段を急ぎ足で下りて来て、居間にいる母に抱き着く。「ママ、お願い、僕を許して」。ここで、ジェインが 「クララ!」と強く言う〔原作でも発言するが、こんなに早くは言わない〕。「許しますとも」。ジェイン:「クララ!」。「でも、もっと良い子になるのよ。よく お祈りして」(1枚目の写真)。「許してあげるわ。さようなら、私の可愛い子」(2枚目の写真)。ジェイン:「デビッド!」。母は、「ああ、ディビー」と言って、もう一度抱く。ジェイン:「もう十分!」「もう十分だと言ってるでしょ!」と言い、無理矢理 離される。ジェインは馬車まで一緒に来ると、「さあ、登って」と命じる。そして、デビッドが、バーキスの横の木の台に乗ると〔痛そうな様子を微塵も見せず〕、「悔い改めるんだね、さもないと、ろくな死に方をしないよ」と捨て台詞(3枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ④ 12 1999年版には、翌朝の母との別れのシーンも、バーキスの馬車でのシーンもない。しかし、書く場所がないので、ここで、デビッドがいくらお金を持って旅に出かけたのか、原作の記述を紹介しておこう。「私はようやく落ち着いて財布を調べることができた。それはスナップのついた硬い革の財布で、中にはピカピカに磨かれた1シリング銀貨が3枚入っていた。ペゴティが私を喜ばせようと、磨き粉できれいに仕上げてくれたのは明らかだった。しかし、その財布の中で何よりも貴重だったのは、小さく畳まれた紙に包まれた2枚の半クラウン銀貨だった。その紙には、母の筆跡でこう書かれていた。『ディビーへ』」〔計8シリングになる。この先の ⑤ の学校のシーンでは、デビッドは7シリング持っている。それは旅の途中で飲食したから。ただし、1999年版では、旅に出る前に4.5シリングしかもらっていないので、母が結婚前にくれた小遣いが2.5シリングあったと考えないと、物語が破綻する〕。ロンドン行きの乗合馬車の中で、デビッドは、右側の太った中年の女性と、左側の太った若い男性に挟まれている。「あの、おばさん、きつすぎます!」。「バカお言い! あんたがモジモジしなけりゃ、十分広いでしょ!」。ロンドンまで20マイルの標識を過ぎると、何も食べていないデビッドはお腹が空いてくる。左隣の男は、ものすごく大きな昼食箱から、ローストチキンを出すと、「奥さん、鶏肉は?」と勧めるが(3枚目の写真)、デビッドには何もくれない。 | ④ 12 馬車が門の前を離れて少し進むと、ペゴティが現われ、「停まって、バーキスさん! 停まって!」と呼びかける。バーキスが馬車を停めると、ペゴティはデビッドに 「私のこと、忘れないで下さいましね、坊ちゃま。あなたのことも、一生忘れませんから」と言うと、布で包んだ焼き菓子を渡す(1枚目の写真)。そして、「お母様は、私がお世話致します。いつもおそばにおりますよ」と言って別れる。バーキスが再び馬車を走らせ始めると、バーキスは、「あの女(ひと)、料理が上手いのか?」と訊く。「ペゴティのこと? うん、ものすごく上手だよ。バーキスさん、パイ食べる?」。「ああ、頂戴するとするか」。食べると美味しいので彼は気に入る(2枚目の写真)。「お前さん、あの女(ひと)に手紙書くんだろ?」。「うん、もちろん書くよ」。ああ、だったら、手紙を書く時、こう書くのを忘れんでくれ。『バーキスが待ってる』」。「『バーキスが待ってる』? それだけ言うだけでいいの?」。「ああ。『バーキスが待ってる』ってな」。1999年版では、 ③ の 5 (ヤーマスからの帰り)に出て来た会話だが、原作では、デビットがロンドンの学校に行く際に使われる。なお、バーキスの馬車は、近くの「遠距離用の馬車乗り場」までで、そこからロンドンの学校までは、別の乗合馬車に乗り換えるが、そのシーンは割愛されている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン⑤ | 2000年版のシーン⑤ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ⑤ 1 デビッドが、重い旅行トランクを引きずって辿り着いた先が、入口に、「セイレム・ハスス/若き紳士のための学園」と表示された全寮制の学校(1枚目の写真)〔扉の上に文字が見える〕。次のシーンでは、片足が義足で、両手でT字杖を持った校長の用務員(門衛)タンガイの後を、重い旅行トランクを引きずらないよう両手で必死に持ったデビッドが後に続く。デビッドが、「すみません、他の生徒はどこにいるのですか?」と訊くと、タンガイは、「あと1ヶ月誰もおらん。罰として、一足早く送り込まれたんだ」と答える〔原作では、デビッドは、ロンドン東部の駅馬車の終点に着いた時、そこにいたのはメル先生。彼はお腹の空いたデビッドに食料品店でパンなどを買わせ、学校までの6マイルを乗合馬車で同行してくれる。学校には、他にもシャープ先生がいるが、映画には2人とも出て来ない〕。 | ⑤ 1 原作と全く違い、デビッドが学校に着くと、生徒がいっぱいいる〔1ヶ月の罰則はない〕。不思議なことに、タンガイに馬車から降ろされたデビッドは、旅行トランクを全く持っていない。それは、デビッドが門から入るとタンゲイが門を閉めてしまうので確か。門から入った2人の姿は1枚目の写真〔旅行トランクはどこにもない→あり得ない〕。デビッドの到着を、誰からの知らせもないのに、なぜか校長が見ていて、「新しい少年か、タンガイ君」と声をかける(2枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 2 デビッドは、旅行トランクを大部屋に置いてから校長室に連れて行かれる。クリークル校長はデビッドを見て、「これが、歯を削られる若き紳士か」と囁くように言う(1枚目の写真)。タンガイは、大きな声で、「これが、その子です!」と言う。校長は、デビッドの顎をつかむと、「わしは、ミスター・マードストンをよく存じておる。彼はわしと、わしは彼と旧知なのだ」と囁き、次にデビッドの耳をつかむと、「君は、わしのことを知っとるか?」と訊く。「まだ、知りません」。「まだか? すぐに知るであろう」。タンガイ:「すぐに知るであろう!」〔校長が掠(かす)れた声で囁くので、ダンガイが大声でくり返す〕。「わしが何者か教えてやろう。暴君だ。わしは、何だ?」。「暴君です」。「わしは、やると言ったらやる、やると言ったらやる、やらせると言ったらやらせる」(2枚目の写真)。タンガイ:「やらせる!」。校長は、木の板を机の上に置き、「これをどう思う?」と訊く。その板には、「彼に注意/噛みつく」と書いてある(3枚目の写真)。校長は、さらに、「噛みつくチビだ」と囁く。デビッドが 「犬がいるのですか?」と訊くと(4枚目の写真)。「犬? 犬なんかじゃない、子供だ」と囁き、デビッドの首にその板をかける。タンガイ:「子供だ!」。「この標識をはっきりと見せるんだ、さもないと罰するぞ。噛み付く奴に容赦はせん。行ってよし」と囁き、頭を叩く〔ほとんどすべてが原作の台詞〕。名優イアン・マッケランの出番は僅かだが、この掠れた囁き声には、迫力が籠っている。 | ⑤ 2 デビッドは、直ちに校長室に連れて行かれる。クリークル校長は「これが、歯を削られる若き紳士か」と普通の声で言う(1枚目の写真)。「わしは、君の義父をよく存じておる。立派で、毅然とした方で、彼はわしと、わしは彼と旧知なのだ。「君は、わしのことを知っとるか?」と訊く。「まだ、知りません」。「まだか? すぐに知るであろう」。タンガイ:「すぐに知るであろう!」〔校長の声は普通なのに、なぜ大声でくり返すのだろう?〕。「わしが何者か教えてやろう。暴君だ」(2枚目の写真)〔ここで初めて耳をつねる〕。タンガイ:「暴君だ!」。「わしの意志は固い。それがわしだ。やると言ったら、必ずやり遂げる」。タンガイ:「やり遂げる!」。そう言うと、「彼に注意/噛みつく」と書かれた紙〔板ではない〕を見せる(3枚目の写真)。校長は、紙をタンガイに渡し、彼は、それをデビッドの背中に縛り付ける〔ここまで、原作の台詞。引用する台詞や、使う順番が、1999年版と一部違っている。ここから先は、創作〕。「君は噛みつくことで有名らしいな。実は、私もそうなんだ」。そう言うと、棒で思い切り机を叩く。そして、棒の先をデビッドの顔に近づけ、「この歯、どう思う?」と訊く(4枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 3 1999年版では、原作と同じように、ここから生徒たちが登場する。生徒たちが、デビッドの周りに集まって、首からぶら下げた板を笑っていると(1枚目の写真)、そこに現れたスティアフォースという生徒が、「構うな!」と一喝する(2枚目の写真)。生徒たちはいなくなり、デビッドの前まで来たスティアフォースは、「一体どうしたんだ?」と尋ねる。「義父を噛んだんです」。それを聞いたスティアフォースから同情の雰囲気は消え、「なんだ、そんなことか(I think it's a damn shame)!」と言うと(4枚目の写真)、振り返りもせずに去って行く〔スティアフォースは、“義父を噛んだから、「彼に注意/噛みつく」の板を掛けられた” という、因果応報にがっかりした〕〔これは、原作との大きな違い。原作では、デビッドが初めてスティアフォースの前に連れて行かれた時、いろいろと事情を聞いた上で、「ひどい話だ('a jolly shame)」と同情される〕。 | ⑤ 3 デビッドは校長室の窓の下の小さな広場で、生徒たちに囲まれ、徹底的に虐められる(1枚目の写真)〔それを、正面の窓から、校長が静観している〕。そこに現れたのがスティアフォース。ナレーションが入る。「私の救世主の名は、スティアフォースだった。ジェイムス・スティアフォース。彼は学校で最年長の生徒だった。裕福な未亡人の息子で、スティアフォースには恐れるものなど何もなかった」。彼が現われると、生徒たちはさっと左右に分かれ、真ん中に、鼻血を出したデビッドが横たわっている(2枚目の写真)。「立ち上がるんだ、チビ君」。デビッドが何とか立ち上がると、スティアフォースは背中の紙に気付く。「これは何だ?」と言うと、紙を外すと、取り囲んだ生徒に向かって紙を見せて、「これは一体なんだ?」と校長のひどいやり方を告知し、「私に言わせれば、最悪だ。そう思わんか」と言い、校長を見上げて、紙を裂き(3枚目の写真)、校長に向かって投げ捨て、バカにするように 「今日は、クリークル先生」と言って頭を軽く下げる〔実際に、こんなことができるとは思わない→歪曲のし過ぎ〕。校長は、頭に来て窓を閉めるが何も反撃しない。生徒たちが校舎の中に入って行くと、スティアフォースはデビッドを、「シャツを中に入れろ。心配するな。僕が君を守ってやる」と元気付ける(4枚目の写真)〔初対面のデビッドに親切すぎるのも、極めて不自然〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 4 夏休みが終わり、最初の授業の日、校長は、「諸君、今日から新学期だ」と、いつも通り掠れた声で囁く。タンガイ:「新学期!」。「新たな気分で勉強に励め。忠告しておくぞ。わしも新たな気分で罰則を行なうからな」。そして、デビッドの前まで行くと、「こやつは、勉強より噛みつくのが好きだ。どうすればいいかな?」と、生徒たちに訊く。誰も何も言わない。「返事なしか? なら、わしが見せてやる。両手を出せ、コパフィールド」。タンガイ:「出せ!」(1枚目の写真)。「噛み付くのが好きなんだな? なら、この歯は気に入るかな?」。そう言うと棒で手を強く叩く。「鋭い歯だろう?」。そう言って、また叩く。それを、スティアフォースが見ている(2枚目の写真)。「食い込むか?」。さらに連続3発。「裂けたか?」(3枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 5 次のシーンでは、首から板をかけたデビッドが、大部屋の隅のベッドに座って、手を休めている。そこに、板に書かれたことの重大さを、鞭打ちのひどさで理解したスティアフォースが寄ってくると、板を外してベッドの上に置き、横に座って 「痛むか?」と訊く(1枚目の写真)。「少し」。「君なら大丈夫だ」。「そう思います、サー」。「まるで デイジーみたいに、元気だな(You're as fresh as a daisy, aren't you)?」〔原作では、スティアフォースがデビットをデイジーと呼ぶのは、大人になって再会してから。だから、ここでの「as fresh as a daisy」は、慣用句の「元気いっぱい」の意味で言った可能性が高い〕。スティアフォースは、「ところで、僕の名前はスティアフォースだ。サーはいらない」と言うと、「幾ら持ってる、デイジー?」と訊く〔ここでは、はっきり、“Daisy” と言っているので愛称〕。「7シリングくらいです、サー、ううん、スティアフォース」〔これが以前、“デビッドがなぜ7シリング持っているのか” について分析した理由〕。「そいつは僕に預けた方がいいな。君さえ良ければだが。今、何か欲しいものあるか?」。「ありません」。「宴会はどうだ? カラント酒1本とケーキ少しで?」。「宴会がいいと、スティアフォースが思うなら」。ここで、ナレーション:「スティアフォースほど高潔で寛大な人物には、会ったことがなかった。あのとき彼が見せてくれた優しさのせいで、私は彼に心を惹かれ続けた」。場面は、大部屋で行われたささやかな宴会となり(3枚目の写真)、スティアフォースが「君の健康に、コパフィールド」と言うと、全員で「コパフィールド!」と言う(4枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 6 ずい分前のナレーションの続き。「…彼は物語が大好きだったけれど、自分で読むには面倒すぎると言った。なので、私が読んだ」(1枚目の写真)。2000年版では、スティアフォースとデビッドとの具体的なつながりは、僅かこの一文だけ。なお、原作には、このような場面がある。「夜、私が寝ようとしていると、彼は、その本を持っているか尋ねた。私は持っていないと答え、どうやってその本や、前に挙げた他の本を読んだのかを説明した。『それで、そういうの覚えてるかい?』とスティアフォースが言った。『ええ』と私は答えた。『記憶力はいいですから、よく覚えていると思います』。『じゃあ、頼みがあるんだ、コパフィールド。それを僕に話してくれないか』」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 7 校長の授業の場面が映る。それがラテン語の勉強で、黒板に書かれた 「nolo, non vis, non vult, nolumus, non vultis, nolunt(私は望まない,あなたは望まない,彼は望まない,私たちは望まない, あなたたちは望まない,彼らは望まない)」を生徒たちに発音させている。その時、別の学年の少年が入って来て、タンガイに伝言する。それを聞いたタンガイは、「コパフィールドに面会者!」と大声で言う。デビッドが外に出て行くと、そこにはペゴティとハムがいた。「ペゴティさん! ハム!」。「デイビー坊ちゃん」。ハムが、「ペゴティ叔母さんが、俺たちがグレーヴゼンドまで船を出すってのを聞いて、ぜひとも坊ちゃんに会って様子を聞いてこいって言うもんで」と説明する(1・2枚目の写真)。ペゴティは 「妹が坊ちゃんに伝えてくれってゆうとりました。『ママは、心から坊ちゃんを愛していらっしゃいます』とな」と付け加える。「ママは元気なの、ペゴティさん?」。「でえじょうぶですよ」。「ママがまだ怒ってるなら、悲しい思いをさせてごめんなさいと言ってね」。「お母様は怒っとりませんで、坊ちゃん。許すことなんて、何一つねぇですよ」。そこに、スティアフォースが通りかかる。デビッドは、さっそく、「スティアフォース! こちら、ヤーマスから来たペゴティさんとハムだよ」と紹介する。スティアフォースは、「会えて嬉しいですよ。こんにちは お二人さん」と言って、順に握手する(3枚目の写真)。「スティアフォースがとても親切にしてくれてるって、家に知らせてね」。「ちゃんと話しますだ。それを聞きゃあ、みんな喜んでくれますで」。スティアフォースは、「さようなら」と言って別れる。3人だけになると、ペゴティはデビッドの頬を両手で持って可愛がる(4枚目の写真)。最後に、その後について、ナレーションが入る。「長く退屈な残りの半年は、日々の葛藤や奮闘満ちた生活の記憶が入り混じったものとなっている。私は、マードストン姉弟が、休暇中も私を学校に留め置くという悪夢を、数え切れないほど見た。しかし、ようやく、私が呼ばれており、遂に家に帰る時が来たのだと知った」。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 8 乗合馬車から、家に向かうバーキスの馬車に乗り換え、2人の会話が始まる。「バーキスさん、伝言はペゴティに伝えておいたよ」(1枚目の写真)。しかし、バーキスは不満そうに、「なんも起きんかった… 返事が来ん」と言う。「返事を待ってたの?」。「男が、『待ってる』と言うたら、そりゃあな、返事を待ってるってことなんだ」。「ちゃんと、そう話したの、バーキスさん?」。バーキスは首を横に振る。「僕が言ってあげようか?」。バーキスは頷く。そして、「何て名なんだ? 苗字じゃねえぞ」。「クララ… 名はクララだよ」。それを聞くと、ペゴティは、自分の前の木の板に、白墨で 『クララ・ペゴティ』と書き(2枚目の写真)、「クララ・ペゴティに、バーキスが返事を待ってると言うとくれ」と、デビッドに頼む〔原作では、「バーキスが待ってると言ってくれ」と言ったのは、学校に行く時の馬車なので、7ヶ月後の会話。しかし、映画では、ヤーマスを去る時に最初に言ったという設定に変えているので、1年以上経過している〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 9 デビッドが玄関を開けて中に入ると、母が歌う声が聞こえる。居間の入口まで来ると、母が生まれて間もない赤ちゃんを抱いている(1枚目の写真)。デビッドに気が付いた母は、「デイビー、私の坊や」と言って満面の笑顔になると、自分の前まできたデビッドに、「あなたの弟よ」と教える(2枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 10 場面は、その日の夜になり、ペゴティが赤ちゃんを抱きながら、「ベッチー・トロットウッドは、また別の小さな男の子を見たら、きっと喜ばないでしょうね」と言う〔これは的外れの台詞。だって、この赤ん坊の父はベッチーの甥ではなく赤の他人なので、たとえ女の子であろうが全くの関心外〕。母:「なぜまた、あの変わった女(ひと)のこと思い浮かべたの? それじゃあ誰だって、あなたが彼女にもう一度来て欲しがってると、思うわよ」(1枚目の写真)。「とんでもありません!」。ここで、デビッドが口を出す。「ねえペゴティ、バーキスから、返事を待ってるって言ってくれって頼まれたよ」(2枚目の写真)。母:「どうしたの?」。「まったく、あの男ったら! 私と結婚したがっているんですよ」。「あなたにはぴったりだと思わない?」。「さあ、分かりませんね。そんな言葉、彼から直接聞いたこと、一度もございませんから」。そう言うと、ペゴティは抱いていたいた赤ちゃんを、ソファに座っているデビッドに抱かせる。「私のところにいてね、ペゴティ。たぶん、そんなに長くはないと思うの」(3枚目の写真)。「私が! あなたから離れる?! 絶対にありえません!」〔ここまで、原作の台詞の順番を複雑に変えて、短くまとめている〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 11 「もっとも、私がそうすれば、喜ぶ女(ひと)がおりますものね」。「なんて冷たい言い方なの! ミス・マードストンをそんなに責めないで」(1枚目の写真)「彼女が、良かれと思ってやって下さってることくらい、あなたも知ってるでしょ」〔何と愚かで、無責任な(デビッドに対する虐待を無視した)言動〕「仲違いはよしましょう、ペゴティ」〔自分から不当な発言をしたくせに〕「もう耐えられないもの」〔自業自得〕「この世に本当の友達がいるとすれば、それはあなたなの」。そう言うと、母はペゴティに抱き着く。その時、ドアの開く音がして、2人はさっと離れる。そして、マードストン姉弟が入って来る。ミス・マードストンは、赤ちゃんを抱いているデビッドを見て、「見て? 抱いてるわ!」と言うと(2枚目の写真)、さっと取り上げる。母は、デビッドに 「デイビー… 言って」とサジェストし、デビッドはマードストンの前まで行くと、「ごめんなさい、お父様。僕のしたことは、ほんとうに悪かったと思います。どうか許して下さい」と、噛み付いたことを詫びる(3枚目の写真)。マードストンは、「デビッド、お前を許す。だが、神が許して下さるかどうかは分からんが」と、冷たく言う(4枚目の写真)〔それは、マードストンが言われるに相応しい言葉(彼は必ず地獄落ち)〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 12 休暇中の家の中での状況は、原作でも数ページ書かれているだけ。映画は、「休暇はゆっくりと過ぎていった。まるで自分の内面が空白のようになり…」というナレーション以降の、夕食時のシーンのみ〔わずか23秒〕。ミス・マードストンが、「背筋を伸ばして!」とデビッドを叱る。「誰も気づかなかったが、私は誰にとっても邪魔になっていた」の後、テーブルに肘を置いて食べているデビッドが、「ひじ! 行儀の悪い子ね!」と叱られる(1枚目の写真)。次のシーンは、母との別れ。赤ちゃんを手にした母は、「デイビー、待って!」と言って、家を出て馬車に向かって走って行く。そして、馬車の上に乗っているデビッドを片手で抱き締めると(2枚目の写真)、「もう一度良く顔を見せて」と言ってキスする。「さあ、行ってらっしゃい。またすぐに会えるわよね」。バーキスは馬を出す。馬車が離れて行くと、母は抱いていた赤ちゃんを両手で持って自分の顔より上に持ち上げる(3枚目の写真)。「こうして、私は母を失った。その後も、眠りの中で母を見た。私のベッドの脇に何も言わずに佇み、あの時と同じ真剣な眼差しで私を見つめ、腕に抱いた赤ん坊を高く掲げる母を」。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑤ 13 朝、大部屋にタンガイが来て、「コパフィールド、ミスター・クリークルがお呼びだ!」と入口で呼ぶ。デビッドが、何だろうと校長の部屋まで行くと、彼はちょうど食事中で、バターを塗ったパンを食べている最中だった(1枚目の写真)。そして、食べるのを止めると、目の前に立っているデビッドに向かって、「コパフィールド… 君に、伝えたいことがある」と言い、紅茶を込む。「君はまだ若すぎて、分からないだろう。世界が日々どのように変化し、そこに生きる人々がどのようにこの世を去っていくのか。でも、いずれは誰もがそれを学ばなければならんのだ」と言うと、具体的な話に入る。「君が、家を出た時、誰もが元気だったか?」(2枚目の写真)。デビッドは何度も頷く(3枚目の写真)。「お母さんは元気だったか? どうだ? 元気だった?」。「はい、先生」。「君には気の毒だが、今朝、お母さんの具合が悪いという知らせが届いた。極めて深刻な容体だ」。少し間を置き、「実のところ、亡くなった」。そう言うと、まだすぐにパンを食べる〔原作との大きな違いは、デビッドに母の死を告げるのが、校長自身と言う点。そのお陰で、イアンの名演によって、残虐度と迫力が数倍増した〕。 | ⑤ 13 ここまで 6 ~ 12 と空白が続いた。つまり2000年版では、原作と違い、デビッドが休暇で家に帰る場面も、母が生んだマードストンの赤ちゃんに会うシーンも すべて削除され、学校に最初に行った場面の最後に、家から母が死んだ知らせが来るという、大幅な簡略化をしている。2000年版では2ヶ所、原作との大きな乖離があるが、ここがその最初の部分。重要な場面の大きな改変は、19世紀の最も有名な小説の一つの映画化には相応しくない “間違った判断” だと批判されるに値する大失敗だ。ストーリーは、6 で デビッドがスティアフォースに本を読んでいると、そこにタンガイが来て、「コパフィールド君」と声をかける。「はい」。「クリークル先生の応接室に行くんだ。さあ、急げ」。デビッドが部屋に入って行くと、校長の奥さんが、「ここに来て座りなさい、デビッド」と声をかける。デビッドが夫人の前に座ると、彼女は、「あなたに、お話したいことがあるの。あなたはまだ若いから、分からないしょう。どのように毎日世界が変わっていき、そこに住む人々が亡くなっていくのかということなんて。でもね、デビッド、それは私たち誰もが学ばなければならないことなの」と、デビッドにはよく分からないことを話す(2枚目の写真)。「私たちの中には、まだとても幼い頃…」と言いかけ、デビッドに直接関わる話に切り替える。「あなたに お話しなければならないの、辛いけど。今朝聞いたのよ、あなたのママが、重い病気だって。とても深刻な容体なの。お亡くなりになったわ」(3枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン⑥ | 2000年版のシーン⑥ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ⑥ 1 デビッドは、家に着くと、ペゴティに抱き締められる(1枚目の写真)。帰宅時のシーンは、このワンシーンのみ。原作には、「玄関まで行かないうちに、私はペゴティの腕に抱きかかえられ、家の中へ連れて行かれた」と書かれている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 2 映画では、1 の次に 5 が入っているが、時系列からすると間違っているので、ここでは、玄関から入ると中で待っていたマードストンの姉ジェインのシーンから先に紹介する。ジェイン:「喪服の寸法を測ってもらいなさい」(1枚目の写真)〔原作では、駅馬車の降車場で 葬儀屋がデビッドを待っていて、そのまま店に連れて行き喪服の寸法を取る〕。ジェインはさらに、「シャツはすべて持ち帰ったわね?」と訊き、デビッドは 「はい、着る物は、みんな持って帰りました」と答える(2枚目の写真)。ジェインは最後に、「ペゴティ、あなたにもう用はありません。1ヶ月の猶予を与えます」と解雇を言い渡す(3枚目の写真)〔原作では、解雇は、葬儀の後、マードストンが言い渡す〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 3 母クララと、その赤ちゃんを入れた棺が玄関から担ぎ出される(1枚目の写真)。その後に、マードストン、ジェイン、ペゴティ+デビッドと続くが、2人が玄関を出たところで、ジェインは振り返り、「デビッド、ぐずぐずしないで。私と一緒に歩きなさい!」と命じ、ペゴティに対しては、「家族のみよ」と言って埋葬への参加を拒絶する。デビッドは、心もとなそうにペゴティを振り返る(3枚目の写真)。 | ⑥ 3 2000年版の 3 は、いきなり埋葬場面から始まる(1枚目の写真)。その時、牧師が口にするのは、イギリスの埋葬の儀の際の定番、『ヨブ記』の14章の1~2節と、中世の聖歌『メディア・ヴィータ』の中の一文。「人は女から生まれ、人生は短く、苦しみは絶えない。花のように咲き出ては、しおれ、影のように移ろい、永らえることはない。生の中にあっても、我らは死の中にある」。この画面のあと、クローズアップが映る(2枚目の写真)が、1999年版と違い、ペゴティも参列を許されている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 4 葬儀が終わった日の夜、デビッドが居間のソファに座って悲しんでいると(1枚目の写真)、突然ドアが開き、マードストンが 「お前が死ぬべきだった、あの二人じゃなく。神はなぜ、代わりにお前を連れて行かなかったんだ」とデビッドを呪い(2枚目の写真)、デビッドは、母を虐め殺した男の卑劣な言葉に唖然とする(3枚目の写真)〔原作にはない〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 5 葬儀が終わった日の夜、原作には、ペゴティがデビッドに母の死に際の様子を語るシーンが何ページにもわたって書かれている。映画では、その一部が台詞として使われている〔2000年版も同じだが、引用の場所は95%異なる〕。「お母様はずっと、体調が優れませんでした」(1枚目の写真)「毎日少しずつ弱っていかれ、ご自身だけなく赤ちゃんも死んでいくのだと悟られました。最後の夜、お母様は私にキスをしておっしゃいました、『赤ちゃんを、私の腕に抱かせて、一緒に葬ってね』と」(2枚目の写真)「陽がのぼる頃、お母様は振り向いてこうおっしゃいました、『ペゴティ、もっとそばへ寄って。あなたの顔が遠くに見えるの』と。私はお母様の頭の下に腕を回して、支えて差し上げました。お母様は微笑まれ、目を閉じられると、二度とお目覚めになりませんでした」。 | ⑥ 5 葬儀が終わった日の夜、ペゴティがデビッドに母の死に至る経過の一部を話す場面〔原作の一部の引用だが、比較すると、1999年版とほとんど一致しない〕。「お坊ちゃまが行かれると、お母様はますます おどおどと、怯えたようになさいまして、ちょっとしたひどい言葉一つにも、耐えられないご様子でした」(1枚目の写真)「それでもお母様は、階下のお二人を愛そうとなさいました、ご自分の周りにいる人は誰でも、愛さずにはいられない方でしたから。最期に、お母様は私にこうおっしゃいました、『ねえ、ペゴティ、その腕を私の首の下にまわして』と。こうも、おっしゃったのです。『あなたの顔が遠のいて行く』と。お母様は、父親のいない我が子〔デビッド〕に、神様が祝福とご加護を与えられるよう祈られました。そして、子供が眠りにつくように、安らかにお亡くなりになりました」(2枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 6 ここで、ナレーション。「ペゴティがいなくなったら、家の中で私を愛してくれる人は誰もいなくなってしまう。それでも彼女のため、その日が来た時、私は孤独や恐怖を隠そうと最善を尽くした」。そして、解雇を言い渡されたペゴティが、バーキスの馬車で去るシーン。原作では、デビッドは、ペゴティと一緒にヤーマスを再訪するが、映画では、カットされ、別れの部分だけが採択されている。ペゴティは、「もし、私が結婚することになりましたら、どう思われます?」と、デビッドに尋ねる。「ペゴティ、それって、バーキスさんと?」。「そうです」。「とってもいいことだと思うよ。そうなれば、馬車があるから、いつだって僕に会いに来れるじゃない、それもタダでね」。「まあ、なんてお利口な」。そこに、バーキスがやって来て、「馬車に何て名前書いたか、覚えてるかな?」と笑顔で訊く。「クララ・ペゴティ」(1枚目の写真)。「次に書くことがあったら、どんな名前を書くと思うね?」。「また、クララ・ペゴティ?」。「クララ・ペゴティ・バーキスだよ!」(2枚目の写真)。 | ⑥ 6 場面は、ペゴティとの別れのシーンに切り替わる。デビッドは、馬車を前にしたペゴティに、「ペゴティ、バーキスさんと幸せに暮らせるよう願ってるよ」と声をかける(1枚目の写真)。ペゴティは、「優しい坊ちゃんだこと」と言うと、声をひそめ、「あの人はね、ケチだって言われてるの。だから、坊ちゃん、バーキスの奥さんになる前に、今すぐこれを取って」と言い、デビッドにコインを1枚渡す。それを見たデビッドは、「1ソヴリン〔金貨、価値は20シリング〕。もらえないよ」と言う。「そんなことおっしゃらず、必要になる日まで、保管しておいて下さいな」と言う〔原作にはない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 7 原作にはないシーン。マードストンが経営に参加している酒の海外との取引会社の、倉庫の管理人のクィニオンが家に来て、家の様子や、家財道具などを調べ、マードストンに 「いいえ、賛成できません。時間の無駄です。それどころか、お金の無駄ですよ。すべて競売にかけましょう。家屋、家財道具一式、収納箱、貯蔵品、樽まで。手っ取り早いし、見積もりもすぐ分かりますよ」と話している(1枚目の写真)〔マードストンは姉と組んで、若くて世間知らずの娘と結婚しては、虐め殺し、手に入れたその女性の持ち家を売っては稼ぎ、その金で会社の経営者になっていた〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑥ 8 原作によれば、デビッドは学校に戻されることなく、何ヶ月も一人でマードストンの二人に耐えながら過ごす。映画では、そんな時間は感じさせない。デビッドはマードストンの前に呼び出され、「デビッド、ここは行動するための世界であり、ふさぎ込んで、のらくらと過ごすための場所ではない」と告げられる。ジェイン:「あんたみたいにね」(1枚目の写真)。「ジェイン・マードストン、私に任せてくれないか」。そう言うと、マードストンは本題に入る。「いいかね、デビッド、ここは行動するための世界であり、特にお前のような性格の子は、徹底的に鍛え直さんといかん」。また、ジェインが口を出す。「頑固さは許されないし、打ち砕かれるべきもの、だから必ずや打ち砕かれるわよ!」。「教育には金がかかるし、仮にそうでなくても、そして、私にその余裕があったとしても、これ以上、お前を学校に通わせることは、お前のためにならん… それが私の意見だ。お前の前途にあるものは世界との戦いだ。早く始めれば始めるほどいい」(2枚目の写真)「デビッド、お前はロンドンに行き、自立して自分の人生を歩み始めろ」〔すべて原作と90%以上一致〕。 | ⑥ 8 デビッドは、マードストンに呼び出され、「お前には徹底的に鍛え直さねばならぬ性格がある」と言われる。ジェインは、「この子に必要なのは打ち砕かれること、だから打ち砕かれねばならない」と口を出す。「ジェイン、私に任せてくれないか」。マードストンは本題に入る。「私はそれほど裕福ではない、デビッド。それに教育には金がかかる。いずれにせよ、お前を学校にやっても得るところがない。実は、ロンドンでマードストン&グリンビーという会社を経営している。友人のクィニオンさんは、私の代理の管理人だ。彼は、そこで他の少年たちを雇っているので、お前を雇うこともできると言っている」〔前半のみ、原作と40%ほど一致〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン⑦ | 2000年版のシーン⑦ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ⑦ 1 場面は、マードストンの部屋から、マードストン&グリンビー社の薄暗い工場内に変わる。原作によれば、この倉庫兼工場は、ブラックフライアーズ(Blackfriars、ロンドン橋の上流約1.2キロのテムズ川の北岸)にある築造百年を超える汚い建物。工場の中で、汚い服装の管理人から、「君には、週6シリング、使えると分かれば7シリングが支給される」と説明を受ける。管理人は、そこに現われた年上の青年を前にして、デビッドに 「ミックがやり方を教えてくれる」とだけ言って去る。ミックは、「何だよ、その紳士づら」と皮肉り(2枚目の写真)、「お高くとまってやがると ネズミの地下室に放り込むぞ!」と脅すと、デビッドの背中を押して、作業場に行かせる。デビッドが仕事をしているごく短い場面(3枚目の写真)のあと、別のワルがやって来て、「のたのたしてんじゃねぇ、このチビ旦那!」と罵る。 | ⑦ 1 場面はロンドンに切り替わり、管理者のクィニオンがデビッドを工場に連れて行く(1枚目の写真)。そして、「着いたぞ。マードストン&グリンビーだ。ここにお前の未来がある」と言う。汚い工場の中に入ると、「当工場の主な業務は、商船へワインや洋酒を供給することだ」と、簡単に説明すると、一番年上のミックを呼び、「ミック・ウォーカー、デビッド・コパフィールドだ」と、同時に名前を覚えさせる。そして、「この子は下で働く。連れて行って、仕事を教えてやれ」と命じる。ミックは、「内緒事〔内緒の(confidential)を間違えて「Confidentiously」と言っている〕の話だぞ、ミスター・Q〔クィニオン〕には絶対に言うなよ」と言うと、「俺は行くぜ。機会があればすぐにな。親爺みたいに船頭になって、黒ベルベットの帽子をかぶって、ロンドン市長のパレードを歩くんだ。親爺がやったみたいに」と打ち明ける(2枚目の写真)〔原作と一部同じ〕。そして、「おい、メイリー、来い」と呼ぶ〔Mealyの発音はミーリーだが、下町訛り(コックニー)でメイリーに聞こえる〕。彼が来ると、ミックは、「こいつは、メイリー・ポテイトーズだ。名前はあるんだが、俺たちみんな、メイリー・ポテイトーズ〔茹でたジャガイモ〕と呼んでる。茹でたジャガイモみたいなツラしてるからな」と、紹介する。メイリー:「こいつ、名前あんのか?」。ミック:「コパ、なんとかだ」。デビッド:「フィールド。コパフィールド。デビッド・コパフィールドだよ」(3枚目の写真)。ミックは、メイリーに 「何すりゃいいか教えてやれ」と指示すると、デビッドに向かって、「ちゃんとやれよ、コッキー〔Cocky:上品ぶった奴〕」と荒っぽく言い、1階に戻る。意地悪いメイリーは、「デイビー・コパフィールド様〔“Sir” でなく “Esquire” を使っている→上級の紳士に使う敬称〕、お仕えいたします。閣下、ならびに紳士淑女の皆様!」と、ワザと召使いのように振る舞って、他の少年達から笑い声が起きる。そして、「てめえの手を見せろ!」と言って、無理矢理手を見ると、これはいいカモだと思い、地下で働いていた子供達を、大きな樽の周りに来させ、白く濁った湯の中に、袋に残っていた白い粉を入れる。そして、1本のワインの瓶を手にすると、デビッドを見下ろしながら、「お嬢様、よくご覧くだせえ」と言うと、瓶を白い湯に中に入れて洗浄し、外に出すと、2本目を取り出し、「ほら、やってみなよ、お嬢様」と言って渡す(4枚目の写真)。デビッドが瓶を受け取り、湯の中に突っ込むと、悲鳴を上げる〔炭酸ソーダの入った強いアルカリ性の湯の中に手を入れると、メイリーのようにいつも使っていない限り(皮膚が角質化している)、皮膚が溶けて強い刺激と痛みに襲われる〕〔原作には、このような悪質な虐めはない〕〔2000年版は、原作の重要なシーンをカットし、原作にない無意味なシーンに時間を割く悪癖があるが、ここがその一例〕。そして長いナレーション:「絶望的な苦悶は、言葉では到底言い表せないほどだった。私は希望を失い、打ちひしがれた。今まで私が学び、考え、喜びとしてきたものが、日に日に少しずつ消えていき、二度と戻ってこないのだと思うと、私の若い心にとってどれほど悲しかったことか。もう二度と取り戻せない…」〔ナレーションだけは原作と同一。最初の一文のみ、1999年版でも使われた〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 2 デビッドが仕事を続けていると、工場の中に、1人の紳士が入って来て、「コパフィールド」と声をかける(1枚目の写真)〔原作では、管理人のクィニオンがミコーバーを紹介する〕。デビッドは、振り向くと右手を上げる(2枚目の写真)。「もしかして、君が、コパフィールドという名の子かね?」。「はい、サー」。紳士は、上半身を前に倒し、「ウイルキンズ・ミコーバー、助っ人だよ」と、バカ丁寧に(彼の好きな冗談)挨拶する(3枚目の写真)。 | ⑦ 2 「その時、暗闇の中に一筋の光が差し込んだ。それは、卵に毛がないのと同様に頭に毛のない、太り気味の中年男という姿で現れた」。クィニオンは、「こちらは、ミコーバーさんだ。ミコーバーさんは、マードストンさんとお知り合いなのだ。この方は、私どもの方から要請があった時に、注文を取り次いで下さっている」(1枚目の写真)〔原作と同じ〕「お前はこの方の家に下宿するんだ」とデビッドに言うと、今度はミコーバーに、「ミコーバーさん、これがデビッド・コパフィールドです」と言う。ミコーバーは、「会えて嬉しいよ、コパフィールドの坊や」と親切に言う(3枚目の写真)〔クィニオンがミコーバーを職場に来させるのは、原作と同じ〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 3 ミコーバーは、「君は元気かな?」と訊くと、彼特有の長くて回りくどい言い方で話し始める。「君の立派な義父は、私もその端くれである実業者であられるが、君にこの町での適切な住処を与える役割を私に託された」(1枚目の写真)。「つまり、僕は、あなたの家に住むのですか?」(2枚目の写真)。「つまり、そうだ」。そして、有名な一言。「この巨大な首都における君の遍歴はまだ広範囲には渡っておらず、シティ・ロードの方へと向かいながら、この現代のバビロンの神秘を解明するのに君が苦労するかもしれないと思うと、手伝えることがあれば何でも私に言ってくれたまえ〔Under the impression that your peregrinations in this metropolis have not as yet been extensive and that you might have difficulty penetrating the mysteries of the modern Babylon in the direction of the City Road, I place myself at your disposal〕」(3枚目の写真)。途中で、切れ目のない1つの文章だ。この中のシティ・ロードは固有名詞で、この幹線道路から少し入った所に、ミコーバーのアパートのあるウインザー・テラス(Windsor Terrace)がある〔工場から、歩行距離にして約2.8キロ北北東〕。そして、これでは子供が理解できないので、「つまり、君が迷ったら、私が家まで連れて行こう」と付け足す。そして、「ご一緒できるかな?」と言うと、デビッドの顔を水に濡らしたハンカチで拭いてくれる(4枚目の写真)〔原作では、自分で顔と手を洗う〕。 | ⑦ 3 ミコーバーは、1999年版でも述べた、有名な、長い一文を口にするが、最後が切れている。「この巨大な首都における君の遍歴はまだ広範囲には渡っておらず、シティ・ロードの方へと向かいながら、この現代のバビロンの神秘を解明するのに君はいくらか苦労するかもしれない」。ここで切ったのは、ミコーバーの口癖の「つまり」を、この次に入れたから。「つまり、君は道に迷うかもしれん。だから、私のささやかな住まいまで連れて行こうと思ってね」。これで文がつながる(2枚目の写真)。不思議なことに、デビッドの顔は働いた後汚れていないので、顔を洗ったり拭いたりする場面はない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 4 原作では、一旦デビッドに会いに来たミコーバーは、デビッドがまだ仕事中なので、夜の8時にもう一度来るように言われる。しかし、映画では、日中のロンドンを2人は仲良く歩いて行く。その中で最も印象的なシーンは、ブラックフライアーズの近くにあるセント・ポール大聖堂のすぐ脇を通る場面(1枚目の写真)〔2人の映ったシーンを使ったので、大聖堂のドームは上の方にあり過ぎて写真には映っていない〕〔実際には、このロケ地はリヴァプールで、その映像に、セント・ポール大聖堂の上部映像を重ね合わせている〕。2枚目の写真では、デビッドが何を見て喜んでいるのか分からない。 | ⑦ 4 2000年版では、ミコーバーが街を案内するように歩く場面はなく、いきなりアパートの近くの場面になる。ミコーバーは 「コパフィールドの坊や、私たちがこの涙の谷を旅していく中で、見出すべき一つの偉大な普遍の真理があるとするならば、それはこれなのだ」と言うと(1枚目の写真)、いきなり、異様に早く、彼の最も有名な台詞を話し始める。「年収20ポンドで、年支出19ポンド6ペンスなら、幸福になれる。年収20ポンドで、年支出20ポンド6ペンスだと、結果は悲惨だ」(2枚目の写真)。内容は、同じに見えて、原作や1999年版とは違っている〔その理由は、この映画が、イギリスの複雑な貨幣単位に慣れないアメリカ人を対象としているので、簡単にしたと言われている〕〔この話を、原作や1999年版のように監獄で話すのなら分かるが、なぜ、会ってすぐ話すのだろう? 脚本家のセンスを疑う〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 5 2人がミコーバーのアパートに近づくと、1人の男が窓に向かって、怒鳴っている。「おい、開けろ、ミコーバー!」。それを聞いたミコーバーは、デビッドを連れて建物の窪みに隠れる。「今すぐ払え!」。そして、「払うまで、何度でも戻ってくるからな!」と怒鳴る(1枚目の写真)。体を乗り出して見ているミコーバーは、デビッドに聞こえないよう耳を塞ぐ(2枚目の写真)。「この老いぼれの詐欺締め、また来るぞ!」と怒鳴り、男がいなくなると、ミコーバーは隠れていた場所から堂々と姿を現わし、デビッドと一緒にアパートに向かう〔原作では、アパートに着くのは夜の9時頃なので、誰もいない〕。 | ⑦ 5 ミコーバーが最後の台詞を言った直後に、「ドアを開けろ、借金を払え! 払うまで絶対動かんからな!」と怒鳴る声が聞こえ(1枚目の写真)、ミコーバーとデビッド、それにデビッドの旅行トランクを運ぶ子供の3人は段差の陰に隠れる(2枚目の写真)。このままではどうしようもできないと悟ったミコーバーは、「状況が、このささやかな住まいへ 密かに立ち入ることを余儀なくさせているのだよ。秘密裏とは言わんが、慎重に迂回にしないとな」と敢えて難しく言うと、「つまり、裏口からだ。行くぞ」と言って、デビッドを裏口に降りて行く斜路に連れ込む。重い旅行トランクを自分で持つことになったミコーバーは、デビッドに貴重品を渡すと(3枚目の写真)、先に走っていかせ、重い旅行トランクをフラフラしながら運んで行く。そして、地下の裏口から中に入る〔原作では、ミコーバーが迎えにくるのは夜の8時なので、アパートに着くのは9時ごろ。当然、誰もいない。それに裏口もない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 6 次の場面は、アパートの中。デビッドを連れたミコーバーは、「奥さんや、これが、これから我が家族の一員となる 若きコパフィールドだよ」と紹介する(1枚目の写真)。3人の子に囲まれた妻のエマは、「よくいらしたわね、コパフィールドさん」と笑顔で迎えるが(2枚目の写真)、すぐに顔がくもり、「とはいえ、亡き母や父と実家で暮らしていた頃は、下宿人を置かなくちゃいけなくなる日が来ようとは思いもしませんでしたわ。でも、私の恥じらいの気持ちなんて、お金に困っている時には忘れないといけませんわねえ… 少なくとも、何かいいことが起きるまでは。夫の窮状は、今ではもう手に負えなくっていて、この苦境を乗り越えられるかどうか、私も分からないのです」(3枚目の写真)「でも、私は、絶対 あの人を見捨てないわ」と、話す〔原作とほとんど一致しない〕。 | ⑦ 6 2000年版の 6 以降は、原作のあちこちからの台詞を多用し、その順番も原作に従っていない。だから、ここでは、可能な限り1999年版と対比できるよう、順序を入れ替えて紹介する〔本来なら、一番有名な 4 の台詞も、合わせるべきだったが、最初にアパートに来る重要な場面だったので、どうしても移動できなかった〕。6 の冒頭だけは、5 の続き。音を聞きつけた奥さんのエマが1階の階段の上から、「あなたなの、ミスター・ミコーバー?」と訊く。「ああ、私だ」。エマが地下まで降りて来ると、ミコーバーは、「なあ お前、コパフィールドの坊やを紹介させておくれ」と言い(1枚目の写真)、デビッドには、「コパフィールドの坊や、わが人生の伴侶を紹介しよう。私の力強い右腕であり、生涯の助け手。つまり、ミセス・ミコーバーだ」と言い、2人は握手する。エマは、デビッドの重い旅行トランクを2階まで運び上げながら〔ミコーバーより力がある〕、「ミスター・ミコーバーは、今の困難があまりにも深刻なので、打ちのめされそうなの。この苦難から救い出せるかどうか、私には分かりません。もし債権者たちが彼に猶予をくれないのなら、その自業自得の結末を受け入れるべきですわ。いっそ、早く決着をつけてくれた方が、すっきりしますもの」。この先、2000年版では 9 と 10 の場面が入り、そして、6 〔正確に言えば1999年版の 6 の内容とは違うが、エマとデビッドとの会話なので〕が入る。デビッドはエマのいる居間に入って行くと、「すみません、奥さん。あの… もし僕で、何かお困りのことでお役に立てるなら」と、思わず口にする。「コパフィールドの坊っちゃん、そう言ってくださって本当にありがとう。あなたを他人とは思えませんわ」(2枚目の写真)「だから、ためらわずにお話ししますけど、ミスター・ミコーバーの困窮は危機的状況を迎えているのです。干からびたチーズの端っこが一つだけありますが、そんなものは、小さな子どもたちのお腹には合いませんわ。他には、家の中には食べるものが何一つないのです」。ここで、デビッドは、ペゴティにもらった1ソヴリン金貨を出して(3枚目の写真)、「どうかこれを受け取ってください、奥さん。あとで返して下さればいいですから」と、食料ゼロへの対応を申し出るが、エマは、「それはお受けできませんわ」と断る。この直後の会話は、その内容から 8 に記載する。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 7 別の日、デビッドが、部屋で寝ていると、「開けろ、ミコーバー!」の怒鳴り声と、ドンドンと玄関を叩く音で目が覚める。すると、ミコーバーの「どくんだ、やらせてくれ!」という声と、エマの悲鳴に近い叫びが聞こえる。「もうこれ以上耐えられん。債権者どもは一歩も譲ろうせん。非人道的だ!」。ミコーバーの右手には、髭剃り用のカミソリが。そこに、デビッドが駆け付ける。ミコーバーは、エマに向かって静かに、「自殺させてくれ、そして、かつてウィルキンス・ミコーバーとして知られていた惨めな男がいたことは忘れるんだ」と言うと、首周りのシャツを拡げ、カミソリを近づける。動転したエマは、「きっと自殺してしまうわ! 子供たちの父親なのに!」と叫んだ時、ミコーバーの肘に触れてしまい(1枚目の写真)、結果的に、刃が首に当たる。ミコーバーは首を切ったと思って床に倒れ、エマは悲鳴を上げる。デビッドは、ケガをよく見て、「ただの かすり傷ですよ、ミセス・ミコーバー」と言い、ホットしたミコーバーは片目でデビッドを見る(2枚目の写真)。そして、「奴は行ったか?」と訊く。エマは、「死んでないわ!」と喜ぶ。デビッドはカーテン越しに外を見て(3枚目の写真)、「行きましたよ!」と知らせる。そこでは、ミコーバーとエマがキスしている〔なお、原作には、「(これは一度、奥さんの悲鳴で知ったのだが)カミソリで自殺して見せようとまでしたほどだった」と、ごく簡単に書かれている〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 8 ミコーバーは、デビッドの肩に手を置くと、「コパフィールド、死と直面して腹が空いた。マフィン一袋だ。よければ、ささやかな食事を一緒にどうかな」と言う(1枚目の写真)。しかし、ポケットのどこを探してもお金がないので、引き出しの中から銀のスプーン6本を取り出すと、デビッドに渡す。「これで、何したらいいの、ミスター・ミコ-バー」(2枚目の写真)。「掛け合いだ、コパフィールド君、掛け合いだ!」。2人は一緒に質屋に行くが、交渉するのはデビッド。スプーンを見た主人は、「この手のもんには、あんまり買い手がねえんだ」と防衛線を張る。「5シリングでどうですか?」。「5シリングだと?! 2シリングだって、俺は家族から盗むことになっちまう!」(3枚目の写真)「メッキじゃないよな?」。「最高の銀です」。「3シリング6ペンス出してやる」。「4シリング以下にはできないんです」。主人は戦略を変える。「じゃあ、交換だ! お前、釣りが好きか? 音楽は?」と、釣竿や笛を取り出す。後ろを通ったミコーバーは小声で 「毅然だ、コパフィールド」と言い、コパフィールドは首を横に振る。主人は、「こんなじゃ破産しちまう。仕方ない、4シリングだ」と言う(4枚目の写真)。 | ⑦ 8 1ソヴリンを断ったエマは、「でも、別の形で助けていただくことはできるんです」と言う。「何でも言ってください」。エマは後ろの飾り棚の上に置いてあった銀の脚付き鉢を手に取ると、「これは亡くなった父の物でしたの。ミスター・ミコーバーは世間体を気にする人ですから、とても自分では…」と言うが、そこで口ごもる。デビッドは 「質に入れるんですか、奥さん?」と訊く〔大きな疑問点。なぜ、ロンドンに着いたばかりの10歳の子が、一度も行ったことのない「質屋」などと口にできるのか? 左の1999年版では、ミコーバーに連れて行かれ、交渉の仕方を教えられる。原作では、一家が質屋と懇意だということは知っている〕。それに対し、エマは 「そうね、むしろ処分する、と言った方がよろしいかしら。でもね、そうした取引は私にはつらすぎるんです。ですから、コパフィールドの坊っちゃん、もしあなたにお願いできれば」と頼む。「何でもしますよ、奥さん」。エマは、デビッドに、大きく重い銀の脚付き鉢を渡す(1枚目の写真)。2000年版では、1999年版と違い、デビッドが質屋に行く場面はない。この続きは 11 のキングス・ベンチ監獄に収監されてからの場面で、結末が示される。デビッドは、悲しみに沈むエマに 「泣かないで、奥さん。頼まれたとおり、質屋に行ってきましたから」と言うと、袋に入ったお金をエマに渡す(4枚目の写真)。ミコーバーは、「コパフィールド、君はまさにトロイの勇士だ」と称える。エマは 「ウィンザー・テラスの家賃は月末まで払ってありますから、坊っちゃん、あなたには あの部屋を使っても法律に違反しないんですよ。邪魔立ては違法、お気をつけて」と安心させる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 9 2人はアパートに戻り、食事が始まる(1枚目の写真)。ミコーバーは、さっそく、「わがコパフィールド君、私が、今か今かと期待しておる何かいいことが起きるまで、君にあげるものは助言しかないんだが、その助言とは『今日できることを明日に延ばすな』だ。延引は時間の盗人。御用だ!」と話す。エマは、「ミコーバーが、彼の抱えている借金について、時々、隠していることは否定しないわ。でも、私は彼を見放したりしない。絶対よ。例え頼まれても」と言う。それを聞いたデビッドが、「僕、頼んでません、ミセス・ミコーバー」と言うと(2枚目の写真)、それを聞いたエマは、「彼は、私の子供たちの父親で、私が愛する夫ですよ、だから、あの人を決して見捨てるもんですか!」と、過激に話し出す。ミコーバーは、さっそく、「エマ、私の天使、どうしたのだ?」と訊く。「私、あなたを見放したりしませんよ!」〔ここまで、ほぼ原作通り〕。「愛しい人よ、そんなことは百も承知だ! 落ち着いて、エマ。乾杯を提案するよ… 新しい友に。コパフィールド、君は早熟な商才を見せてくれた。そして、もちろん私の指導のもとで、君はいずれ大きな成功を収めると確信する」。ミコーバーは、そう言うと、ワインが少しだけ入ったグラスを掲げて 「コパフィールド、単なる下宿人じゃない、友に!」と言い、デビッドは笑顔になる(3枚目の写真)〔なお、原作には、「もっとも、そうは言っても、彼らの蓄えから一緒に飲み食いするよう勧められても、決して応じる気にはなれなかった」とあるので、会食のシーンは嘘〕。 | ⑦ 9 一家揃っての食事のシーンは、2000年版では、ごく初めの 6 の1枚目の写真の後に挿入されている〔左の1999年版の最後に原作を引用したように、デビッドがミコーバーの家族と一緒に食事をする場面はない〕。食事の場面の最初は、エマが、デビッドに、「うちの実家ではね、ミスター・ミコーバーはロンドンを引き払って、どこか田舎で腕を振るうべきだっていう意見なのよ。コッパーフィールドの坊っちゃん、ミスター・ミコーバーという人はね、素晴らしい才能を持ってましてね、うちの実家の考えではね、ちょっとしたコネさえあれば、あれほどの才能がある人なら税関で何かいいお仕事が見つかるはずだって言うんです。まあ、それまでの間にだって、なんとかなりますわよ」。ここで、ミコーバーが、「それじゃあ、コッパーフィールドの坊っちゃんに乾杯しよう」と言い、デビッドの顔の前で、エマとグラスを合わせる(3枚目の写真)〔台詞の半分は原作と同じ〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 10 場面は工場に戻り。ナレーションが流れる。「私の父の本は、いつか自分も小説を書きたいという野心を私に抱かせてくれたが、今となっては、その夢がすべて打ち砕かれたように感じられた」(1枚目の写真)。場面は、すぐに家具が運び出されるミコーバーのアパートに変わる。「ミコーバー一家との友情は私にとって唯一の安らぎだったが、それも彼らの不幸が大きくなるにつれて、すぐに終わりを迎えた」。何もかもなくなった部屋の中で、ミコーバーは、「きっと何とかなる。そう確信している」と言う。しかし、次のシーンでは、警官がミコーバーを連行していく。デビッドが、「どこに連れて行くの?」と訊くと、警官は、「キングス・ベンチ(King's Bench)監獄だ。彼は借金を完済するまでそこに収監される」と言う。原作には、「遂にミスター・ミコーバーの苦境は決定的な局面を迎え、ある朝早く、彼は逮捕され、ボロー(Borough)区にあるキングス・ベンチ監獄へと連行された」と書かれている〔今は、もうなくなったこの監獄は、テムズ川の南岸を少し入った所にあり、デビッドの工場からは1.2キロほど東南東にある〕。馬車に乗せられたミコーバーに、デビッドが 「だけど、投獄されてて何も稼げないのに、どうやって債権者に返済できるの?」と訊くと、ミコーバーは 「夕日が落ちていく。生きて夜明けをみることはないだろう。忘れないでくれ!」とエマとデビッドの2人に向かって言う。馬車は動き出す。エマ:「あなたを見捨てないわ! 耐え抜いてみせるから!」。デビッド:「心配しないで。面倒は見るよ」。ミコーバー:「神の祝福を、コパフィールド」。 | ⑦ 10 2000年版では、 直前の食事の乾杯の直後に、工場でのデビッドのほとんど動かない映像が12秒だけ流れる(1枚目の写真)〔冒頭以外の工場の場面はここだけなので、1999年版に合わせて 10 に入れる〕。そのあとも、1999年版に合わせると、8 でエマがデビッドに銀の脚付き鉢を渡したシーンの後… ある夜、仕事を終えてデビッドがアパートの前まで行くと、警官が何人もいて、デビッドが中に入ろうとすると通さない。デビッドが、「僕の家なんです。ここに住んでます」と言うと、入れてくれる。デビッドが、「何があったんですか?」と訊くと、警官は 「みんな監獄の中さ。全員な」と答える(3枚目の写真)〔1999年版でも原作でも、監獄に収監されるのはミコーバーだけ〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 11 「悪名高きキングス・ベンチへの門に初めて近づいた時、私の胸はドキドキした」(1枚目の写真)「私は、ミスター・ミコーバーが恐ろしい地下牢のどこかで手錠や足枷をはめられているのを見つけるだろうと覚悟していた。債務者収容所のみすぼらしい現実は、予想とは全く違っていたが、別の意味で同じくらいひどいものだった」。そこは単なる収容所で、中は自由に歩き回れるため、逆に言えばどこにミコーバーがいるのか探すのに時間がかかる。そして、ようやく、貧相な小部屋の中のイスに呆然として座っているミコーバーを見つける。デビッドに気付いたミコーバーは、「コパフィールド、今、君の目の前にいるこの哀れな男の末路を、教訓としたまえ」と言うと、彼の台詞の中で最も有名な言葉で教訓を垂れる。「年収20ポンドで、年支出19ポンド19シリング6ペンスなら、幸福になれる」(2枚目の写真)「年収20ポンドで、年支出20ポンドと0シリング6ペンスだと、結果は悲惨だ」(3枚目の写真)〔英語で表記すると、「Annual income 20 pounds, annual expenditure 19, 19 and six, result happiness. Annual income 20 pounds, annual expenditure 20 pounds, nothing and six, result misery.」。数字だけだと分かりにくいので、訳には通貨単位を併記した。また、「nothing」だと分かりにくいので、すっぱりと「0シリング」とした。原作では、「nothing」でなく、当時使われてたゼロを意味する「ought」になっている〕〔参考までに、1ポンドは20シリング。1シリングは12ペンス。だから本当にぎりぎりの違いを示すなら、年支出19ポンド19シリング11ペンスと20ポンドと0シリング1ペンスになるが、それだとリズム感を失うのと、当時は6ペンス銀貨がよく使われていたため、6ペンスが使われてと推定される〕。これだけ言うと、さらに、「花は枯れ、葉はしおれる。つまり、打ちのめされるのだ」と言い、デビッドを抱き締める〔原作でも、ミコーバーはキングス・ベンチでこの教訓をデビッドに伝える〕。 | ⑦ 11 デビッドは、ミコーバー一家が収監された監獄へ行く。中には、ずっと狭い通路が続いている。アーチ形の煉瓦の天井をもつ通路には、一定間隔で壁掛けガス灯が設置されて、火がめらめら燃え、デビッドをミコーバー一家の独房まで連れて行く警官は、手に “特撮用のプロパンガスバーナー” を持っている(1枚目の写真)〔そうでなければ、あんな短い筒から長時間火は出ない〕。つまり、これは全くあり得ない映画だけの状況。さらに言えば、当時のキングス・ベンチ監獄は、犯罪者用ではなく債権者用だったので、中は自由に移動でき、高い部屋代を払えば個室に入れ、中から自分で鍵を掛けることもできた。逆に、一銭も払えない場合は、貧困者用の大部屋の中で自分の居場所を占領するしかなかった。だから、廊下などはない。2000年版のように、狭い廊下から、牢獄のように鉄扉の鍵を開けて中に入るなんて演出も全くの嘘。デビッドが中に入ると、1999年版ではミコーバーが最後に言った言葉に、原作からもう一文加えて話しかける。「花は枯れ、葉はしおれる。陽の神はこの侘しい情景の上に沈みゆく。つまり、私は永遠に打ちのめされたのだ」(3枚目の写真)。そえを聞いたエマは、ミコーバーに、「私は絶対にあなたを見捨てたりしませんわ、ミスター・ミコーバー」と言い、ミコーバーは、「エマ、私のかわいい天使」と応じる。エマは、デビッドに、「あの人は私の子どもたちの父親で、私が心から愛する夫です。だから私は絶対に、ミスター・ミコーバーを見捨てたりしませんわ」と言う。この台詞の後、8 の後、質屋に売りに行った際のお金が渡される〔質屋の場面がないのは、許されない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 12 次の場面ででは、デビッドが工場の外で、膝の上にリンゴを置き、何かを食べている(1枚目の写真)。「数ヶ月が過ぎても、ミスター・ミコーバーの釈放の兆しは全くなかった。私は毎日監獄に通い、彼とその家族のためにできる限りのことをしたが、私自身、食べるものにも事欠くほどだった」。デビッドは、リンゴを食べようと口のところまで持って行くが、考え直して布でくるむ。そして、リンゴをミコーバーのところに持って行くと、「お腹が空いているかもしれないと思って」と言って渡す。中を開けてリンゴを見たミコーバーは(2枚目の写真)、すぐ後ろの粗末なテーブルの上にデビッドを座らせると、「コパフィールド、君には身内はいないのかね?」と訊く。「ミスター・マードストン以外、ですよね? ミスター・マードストンは僕を嫌ってるから。他にはいません。そういえば、ドーヴァーに住んでる伯母がいますけど、僕が赤ちゃんの時以来、会ってませんから、今となっては、僕に会いたがらないと思います」(3枚目の写真)。「私の助言は… 伯母さんを探し出すことだ。君と再会できて、伯母さんはとても喜ぶかもしれん」。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 13 そこに、ミコーバーの奥さんが、「ウイルキンズ! ウイルキンズ!」と叫びながら走ってくる。そして、「借金はすべて片付きました! あなたは再び自由の身です!」と、赤ちゃんを抱えて笑顔で言う。ミコーバーは、「やっぱりな! 大法官がついに、重大な誤審を認めたんだ!」と、してやったりとばかりに言い(1枚目の写真)、「私が自分で彼に手紙を書いた、そういうことだよ」と説明する。しかし、エマは、全く違うことを告げる。「私の一族も、やっと責任を思い出してくれましたの」〔一族が、借金を弁済した〕。それを聞いたミコーバーは、面目が潰れたので、援助が遅かったことを、「いや、『つまり』じゃなくて『やっと』だな」と言ってごまかす〔「つまり」は、ミコーバーが最初に難しい発言をし、そのあと、分かり易く言う時に、必ずつける言葉。要するに、「つまり」で説明しなくてはならないような「大法官が重大な誤審を認めるための複雑な手続き」は成功せず、「やっと」援助してくれたのか、と皮肉った台詞〕〔原作では、ミコーバーが請願した破産者財産処分法による処分(破産した)が認められ、釈放される。エマの一族は何もしない〕。「みなさん、あなたにロンドンを離れ、私の故郷プリマスで才能を発揮して欲しいそうですわ」。これを聞くと、笑顔だったデビッドの顔が悲しみに変わる(2枚目の写真)。 | ⑦ 13 11 の監獄のシーンのあと、いつもの、ワンパーン〔部屋で大人のデビッドが羽ペンで原稿を書く〕のナレーションが入る。「私自身の毎日の惨めさに輪をかけて、ミスター・ミコーバーと家族を襲った恐ろしい運命が、頭から離れなくなっていた。あの陰気な監獄の中に一家が永遠に閉じ込められ、子供達が、暗い戸棚の中のジャガイモから伸びる芽のように、青白く細く育っていく様子を、私は想像してしまった。だから、ある夜、倉庫を出たときにミスター・ミコーバーの姿を目にした時の、私の驚きと喜びはいかほどだったか想像してみて欲しい」〔原作にはない〕。2人は、街角で偶然出会い、ミコーバーは、「親愛なるコパフィールド、さあ行こうじゃないか」と誘う(1枚目の写真)。そして、歩きながら、「ミセス・ミコーバーの伯母さんがだな、我らの困窮を聞きつけて、あの凄惨な場所から救い出すのに十分な支援を差し出して下さったんだよ。彼女が出したたった一つの条件は、私たちがすぐに都会を離れて、田舎へ移るべきだということだった」と話す〔左の1999年版に書いたように、原作では、ミコーバーが請願した破産者財産処分法による処分(破産した)が認められ、釈放される。エマの一族は何もしない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑦ 14 場面は、プリマス行きの乗合馬車の前に変わり、ミコーバーが、見送りに来たデビッドに、「あの困難な時期を思い出すたびに、必ず君のことを思い出すだろう」と声をかける。そこにエマが来て、デビッドの頬にさわり、「神のご加護を。あなたのこと、忘れないわ」と笑顔で言う(1枚目の写真)。エマが馬車に乗り込むと、ミコーバーが最後に手を差し出し、「さらばだ、我が若き友よ」と言って握手する(2枚目の写真)。デビッドは、笑顔だが、悲しそうだ(3枚目の写真)。馬車が動き出すと、ミコーバーは窓から顔を出し、「年収20ポンドで、年支出20ポンドと0シリング6ペンスだと、結果は悲惨だ」と、もう一度くり返す。 | ⑦ 14 場面は、プリマス行きの乗合馬車の前に変わり、エマがデビッドに話す。「私の伯母のおかげで、ひとまず安心できました。でも、あなたにお別れを言わずにロンドンを去るなんて、とてもできませんでしたわ、コパフィールドの坊ちゃん」(1枚目の写真)「あなたの振る舞いは、いつも気配りが行き届き、親切でしたもの。あなたが下宿人だったことは一度もありません。お友だちでした」。そこに、ミコーバーはやって来て、「親愛なるコパフィールド、さようなら。君にあらゆる幸せと繁栄があらんことを。巡りゆく年月の中で、私の不遇な運命が君への戒めとなったと思えるなら、短くとも私たちの友情は無駄ではなかったと思いたい」と言う(2・3枚目の写真)。御者が早く乗るようにせっついたので、デビッドは、「ミコーバーさん、本当にもう行かないと」と言うが、ミコーバーは最後に、「うまい話でも舞い込んだら… まあ、私としてはかなり確信しているのだがね… 君の将来をより良くするために私がお役に立てるなら、これ以上の喜びはないのだよ。さらばだ!」と言って別れる〔半分ほどの台詞は原作通り〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン⑧ | 2000年版のシーン⑧ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ⑧ 0 2つ目の「0」からのスタート。原作を無視した、ロンドン出発前の架空の出来事。この場面の最初に該当する、⑦ の最後に続くナレーションだけは、悪くない。「私の家族にまつわる伝説的な人物、ミス・ベッチー・トロットウッドの存在を思い出させてくれたのは、ミスター・ミコーバーが 『ミセス・ミコーバーの伯母』 と口にしたからだった」。その次からが最悪。原作や1999年版では、デビッドは、すぐにドーヴァーに向けて出発しようとする。しかし、2000年版では、なぜか大嫌いな工場に行き、あれほど虐められたミックにドーヴァーのことを打ち明ける〔何を話したかは分からない〕。その内容が伯母だったことは、それを聞いたミックの、「海辺だと? その女(ひと)、海辺に住んでるんだな?」の言葉で分かる。「ドーヴァーの近くだよ」。「ドーヴァー? えらく遠いじゃねえか」。「旅費なら十分あるから」。そう言うと、デビッドはペゴティからもらった1ソヴリン金貨を取り出して、ミックの顔の目の前まで持って行くと(1枚目の写真)、あり得ないことに、それを上に向かって投げ、落ちて来たところをさっと取って、ポケットに入れる〔まさに、アメリカ映画そのもの。それにしても、トム・ソーヤじゃあるまいし〕。その夜、デビッドが、大きな鞄を持って誰もいなくなったミコーバーのアパートから出ようとすると、ドアの外側には、工場の管理人のクィニオンと警官がいる。デビッドは大きな叫び声をあげ(2枚目の写真)、ドアをバタンと閉める〔マードストン&グラドビーの児童労働は、借金による身柄拘束ではなく週給制の労働なので、工場を逃で出すからといって、管理人のクィニオンが警官を同行させる法的根拠は何もない〕。デビッドは、身一つになって裏口から逃げ出して走っていると、ミックとぶつかる〔あまりにも偶然過ぎる。そもそも、クィニオンに密告したミックが、なぜ夜にアパートの付近をうろついているのか?〕。ミックは、何としても捕まえようと争うが、デビッドは上着を破られても構わず逃げる(3枚目の写真)〔後ろにいるのは、なぜかクィニオンと警官〕。ミックは、奪い取った上着のなかから金貨を取り出すと、手に持つが、そこにやって来たクィニオンに、「ミック・ウォーカー、手に持っているものは何だ?」と訊かれ、「何も」と言うが、彼が仕方なく手を広げると(4枚目の写真)、クィニオンは、「確かに、何も持っていないな」と警官の前で言い、ミックの密告に報いる〔ディケンズの名作を汚したハリウッド的な三文芝居〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 1 デビッドが、ミコーバーの何も残っていないアパートの自室の中で荷造りをしている(1枚目の写真)。そして、ナレーションが重なる。「友人たちが去った今、私は己の運命が自らの手の中にあることを悟り、心の中で大きな決意が芽生え始めた。私は、逃げ出すことに決めた。田舎に行き、世界でたった一人の親戚である伯母のベッチー・トロットウッドを捜してみることにしたのだ」。そして、さっそく、以前、ミコーバーと一緒に行った質屋、原作に、「質屋でも、私はすっかり顔見知りになっていった」と書いてるある質屋に行き、上等の上着、子供の紳士靴、その他の生活用品をカウンターに並べ、買い取ってもらう。「15シリングだな」(2枚目の写真)。デビッドも必死になる。「ドーヴァーまでの馬車代に、どうしても1ソヴリン〔20シリング〕が要るんです(3枚目の写真)。顔なじみなので、主人は 「俺も優しいから、この掘り出し物も付けてやろう」と言うが、デビッドに費用なのはお金なので、その場で着ていた上着とチョッキを脱ぎ、「少なくとも、あと10シリングの価値はあるはずです」と言うが、返事は、半分の「5」〔15+5=20なので1ソヴリンは達成する〕。デビッドは、このままでは薄着なので、壁に掛ったボロボロの大きな上着を指差す(4枚目の写真)。主人は、「決まりだ」と言い、交渉は成立する〔原作では、ペゴティに手紙を書き、❶ベッチー・トロットウッドがどこにいるか尋ね、❷半ギニー金貨(10シリング6ペンス)を貸してくれるよう頼む〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 2 デビッドは、旅行トランクが重いので、途中で出逢った荷車を持った若者に、「これ、6ペンスで乗合馬車乗り場まで運んでくれませんか?」と頼む(1枚目の写真)。若者は、笑顔でデビッドの頭を撫でて、旅行トランクを荷車に乗せる。しかし、デビッドが、6ペンスを探そうとお金を手に出すと、若者はさっとすべてを盗む。「僕のお金だ、返してよ!」(2枚目の写真)。若者は、デビッドのボロ上着の襟をつかんで、「手を離せ、ガキ! さもねえと、ぶっ殺すぞ!」と脅すと、デビッドの旅行トランクを乗せた荷車を押しながら走って逃げ出す。デビッドが、「泥棒です! 誰か止めて!」と叫んでも(3枚目の写真)、誰も助けてくれない。かくして、デビッドはすべてを失う〔原作でも、よく似たシーンがある。違うのは、6ペンスで乗合馬車乗り場まで運んだ後で、ペゴティから借りた半ギニー金貨を若者に奪われ、襟をつかまれると、「こいつは警察沙汰だぜ! 逃げ出そうってんだな? 警察へ行くんだ、このどぶ鼠め、警察へ来い!」と偽の非難をされ、若者は、そう言いつつ逃げ出すこと。彼がすべてを失う点は同じ〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 3 「何一つ残らず失ってしまい、私はただ自分の足でドーヴァーを目指すしかなかった」。このナレーションのあとは、映像だけが続く。最初の3枚は森の中を歩く姿で、まだ元気そう(1~3枚目の写真)。 | ⑧ 3 デビッドのロンドンからドーヴァーへの逃避行は、最初の映像(1枚目の写真)のあとに、ナレーションが入る。「ロンドンからケントの海岸までの道を何日間かけて旅したのか、今では正確なことは何も言えない。私は上着も旅行トランクも失った。靴はすぐに履き潰されて穴が開き、私の全財産は半ペニー硬貨3枚だけだったが、それも鋳掛け屋の少年に盗まれてしまった。覚えているのは、お腹が空っぽで…」。ここから、映像は一気にドーヴァーに変わる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 4 しかし、次の2枚では、靴に穴が開いて足が痛むので、見つけた池で足を冷やしたり(1枚目の写真)、歩き続けられるよう、ボロボロの上着を脱ぐと、その下に来ていたシャツを切り裂いて足に巻き付けて補強し(2枚目の写真)、その上から穴の開いた靴を被せるように履いて締める。夜、寝る場所は木の幹だ(3枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 5 その後は、裸の上からボロボロの上着を羽織っているので、みすぼらしさが増している(1枚目の写真)。それでも、遂に、ドーヴァーの白亜の断崖〔白亜紀(約1億3000万年前)の石灰岩〕が見えてくる(2枚目の写真)〔現在のような崖(高さ約160m、長さ約5lm)になったのは約100万年前〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 6 ドーヴァーの町で、デビッドがぐったりして座り込んでいると、前を通りがかった紳士が、コインを投げて行く(1枚目の写真)。親切そうな人なので、デビッドは 「あの、すみません」と声をかける。振り返った紳士に、彼は 「ミス・ベッチー・トロットウッドがどこに住んでいるかご存じですか?」と尋ねる(2枚目の写真)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑧ 7 次の映像では、白亜の断崖をバックに建つ伯母の家を、デビッドが、“ようやく到達した” という感慨を込めて眺めている(1・2枚目の写真)。しかし、家に近づくにつれ、デビッドは、伯母がどう対応するか、だんだん不安になってくる(3枚目の写真)。原作には、この時のデビッドの心境が、「私の靴はもう、痛々しいほど無残な姿になっていた。 靴底は少しずつ剥がれ落ち、表の革も破れてなくなり、とうとう靴らしい形など何一つ残っていなかった。 私のシャツとズボンは、暑さと夜露と草、それに寝転がったケントの土ですっかり汚れて、そのうえ破れていたから、伯母の庭の鳥たちだって私を見て驚いて逃げ出したに違いない。 私は、ロンドンを発ってから一度だって髪に櫛もブラシも入れていなかった。 顔も首すじも両手も、慣れない天日に晒され、木の実のような真っ黒な焦げ茶色に焼け焦げていた。 頭のてっぺんから足の先まで、まるで石灰窯からでも這い出してきたかのように、例の白亜の粉と土埃にまみれて真っ白だった。 こんな惨めな姿で、しかもそれを百も承知で、私はあの恐ろしい伯母の前で名乗りを上げ、第一印象を持ってもらおうとしていたのだ」と書かれている。 | ⑧ 7 逃避行の、2番目の映像では、いきなり背後に海が見える(1枚目の写真)。「(お腹が空っぽで)ぐうぐうと鳴り続けていた惨めさと、目の前の道が無限に伸びているように見えたことだ。ようやく伯母の家に辿りついた時、私の姿たるや、無残そのものだった」。1枚目の写真のあと、そのまま連続して歩いて行くと、すぐに伯母の家〔英語ではcottage、田舎家、小別荘〕の前に出る(2枚目の写真)。「今でも、伯母があの家の前に広がる芝生の土地に対して法的権利を有していたのかどうか、私には分からない。だが、彼女の人生において、絶えず報復を求めずにはいられない、唯一にして最大の冒涜とは、その完璧な場所を、ロバが通り抜けることだった」(3枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 1999年版のシーン⑨ | 2000年版のシーン⑨ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ⑨ 1 伯母は、庭の手入れをしている。そこにデビッドがふらふらと近づいて行くと、それに気付いた伯母が、「来ないで! お行きったら。男の子、禁止よ! 行って!」と追い払う(1枚目の写真)。一旦はあきらめかけたデビッドだったが、行く当てなどないので、勇気を振り起こして伯母のそばまで行くと、「すみません、奥さん」と声をかけ、振り向いた伯母が何か言う前に、「すみません、伯母さん。僕、甥のデビッド・コパフィールドです」と言う(2枚目の写真)。伯母は、驚愕して 「何てこと!」と言うと、そのまま庭の草の上に仰向けに倒れる(3枚目の写真)。デビッドは、「ママが亡くなってから、僕、とっても不幸せでした。義父は僕をすごく嫌って、ひどい場所で働かせたんです」と惨状を訴える(4枚目の写真)。 | ⑨ 1 デビッドが着いた時は、ちょうど、伯母と女中のジャネットが、箒でロバを追い払っている時だった。そんな伯母に、デビッドは、「奥さん」と声をかける。伯母は、箒をデビッドに向けると、「来ないで! 立ち去りなさい!」と命じる(1枚目の写真)。「すみません、奥さん」。「あっちにお行き。ほらさっさと。ここは 男の子 禁止よ!」。「すみません、伯母さん」。この言葉に、伯母は 「何?」と驚く。「僕、サフォークのブランデストンから来た、デビッド・コパフィールドです」(2枚目の写真)「僕が生まれた夜、伯母さんが家まで来られたこと、お母さんから聞きました。真夜中で、嵐でした… そして、女の子ならよかったのにって言われたって」。それだけ言うと、デビッドは気を失って後ろに倒れる(3枚目の写真)〔原作のデビッドの台詞は、確かに、2000年版と同じ。しかし、その後に、❶母が死んでからの義父のひどい扱い、❷ロンドンからここに来るまでの苦労、が延々と続き、最後には泣き出す→要は、自分が本物だという証明より、如何にひどい扱いを受けたかを語るべき時にそれをしない→その後も、義父に関する発言は一切ない→脚本として完全に失格!!→伯母が、マードストンの残虐さをどうやって知ったかの説明がつかない〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 2 伯母は、デビッドの上着の襟を、触るのもおぞましそうにつかんで入口まで連れてくると、「ジャネット! いらっしゃい!」と呼ぶ。伯母は、ジャネットに続いて現れた太った男性に、「ディックさん、デビッド・コパフィールドのことは、いつかお話し しましたわよね?」と話しかける。ミスター・ディックは、「デビッド・コパフィールド、デビッド・コパフィールド…」と口ずさむと(2枚目の写真)、「ええ、もちろんですとも、デビッドでしたな」と言う。「この子が、そのデビッドの子。息子なんですよ! 母親にはあまり似てないのかもしれないけど、父親にはこれ以上ないほどそっくりですわね。この子、逃げ出して来たんですよ」。「逃げ出した?」。「彼の娘のベッチー・トロットウッドだったら、逃げ出したりしなかったでしょうに」〔ここまでの台詞は、原作とほぼ同じ〕。ここで、デビッドが、「僕、妹なんていません」と言うと(3枚目の写真)、伯母は、「分かってるわよ、あんたがその代わりなんだから。もし、あの子が生まれてたら、こんなことにはならなかったのに」。ミスター・ディック:「ならなかったと?」。「当たり前ですとも。あの子なら、名付け親の私と一緒に暮らしたでしょう。お互い仲良くね」。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 3 伯母は、ミスター・ディックに、「さてと、あなたがご覧になっているのが、幼い方のデビッド・コパフィールドです。そこであなたに伺いたいのは、この子をどうすればいいか、ということです」と尋ねる(1枚目の写真)〔ここから原作の台詞が続く〕「一つ、適切な助言をいただきたいのよ」。「この子をどうするか? あなたが、どうすればいいのか、ですか? そうですねぇ、ええと、もし私があなたなら、私なら… もし私があなたなら、この子を洗ってあげますね!」(2枚目の写真)。「そうね、ディックさんの言う通りだわ!」。それを聞いたジャネットは、「お湯を沸かしてまいります、奥様」と言って台所に行こうとするが、その時、ロバの鳴き声が聞こえる。伯母は直ちに、「ジャネット! ロバよ」と叫ぶ。次のシーンでは、伯母が先頭に立って、「あんたたち、不法侵入よ!」と叫びながら、若夫婦をロバに乗せた若者2人を箒で叩き始める。「今すぐこの芝生から出てお行き!」(3枚目の写真)。家の中から出て来た2人、特に、デビッドは初めて見るその珍事を楽しそうに見ている(4枚目の写真)。 | ⑨ 3 デビッドは、部屋のソファに横になっている。伯母は、「ディックさん、あなたがご覧になっているのが、幼い方のデビッド・コパフィールドです。そこであなたに伺いたいのは、この子をどうすればいいか、ということです」と訊く(1枚目の写真)〔この前後の会話は原作と同じ〕。「あなたが、どうすればいいのか、ですか? この子をどうするか?」。「ええ、そうなの。適切な助言をいただきたいのよ」。「もし私があなたなら、この子を洗ってあげますね」(2枚目の写真)。「ディックさんの言う通りだわ」。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 4 次のシーンでは、デビッドが、亜鉛製フラットリム・シングルエンド・バスタブ〔Zinc Flat Rim Single-Ended Bath〕に入っている(1枚目の写真)〔金持ちしか買えなかった〕。ただし、この時代のお風呂は、水道管が家の中まで引かれていなかったので、沸かした湯を運んで来る必要があった。ジャネットは、デドッドの脱いだ服を汚そうに手に持ち、「奥様、ノミが」と言い、伯母は 「燃やして」と言う。伯母はデビッドに、「あんたの悲惨で哀れな “赤ん坊みたいなお母さん” は、一体 何に取り憑かれて再婚なんかしたのか、理解を超えてるわね」と言い、それを聞いたミスター・ディックは、「恋に落ちてしまったんでしょうな」と言う〔原文とほぼ同じ〕。「そんなことをして何になるのよ! 恋に落ちたベッチー・トロットウッドがどうなったか、見れば分かるのに!」(2枚目の写真)。デビッドは、「じゃあ伯母さん、結婚してるの?」と訊く。伯母は、そんな質問は許さないとばかりに、デビッドの頭から湯を掛けると、「してたの」と答えると、「夫は私に対して、不誠実で… 恩知らずで… そして冷酷に振る舞った。男ってのはね、私が知る限り、みんそうなのよ。お陰で、私は財産をほとんど失いかけた… そして、私の心を完全に閉ざしてしまったの」。ミスター・ディックが、「彼はインドで死んだんだ。象に踏みつぶされてね」と教える〔ディックの勝手な思い込み→この元夫は、デビッドが大人になっても、金をせびりに伯母のところにやって来るような 人生の敗残者〕。祖母は 「ディックさん、この子に着せる服を探してきて下さらない?」と頼む。そして、デビッドには、「顔を洗いなさい」と言って、小さなタオルを渡す。タオルがあまりに汚れるので、「あんた、一体どこにいたの?」と訊く(3枚目の写真)。 | ⑨ 4 次のシーンでは、デビッドが、鋳鉄ホーロー製のスリッパ・バス〔Slipper Bath〕に入っている〔1999年版の亜鉛製の半分の大きさしかないが、こちらの方が高価〕。「いくわよ、デビッド」と言うと、伯母とジャネットで同時に湯をかける(1枚目の写真)。しかし、風呂のシーンはここだけ。すぐに外でロバの鳴き声が聞こえ、2人はあっという間にいなくなる。デビッドが、窓から外を見ると(3枚目の写真)、2人がロバを追い払っている(4枚目の写真) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 5 お風呂から出たデビッドは、ソファに座らされ、隣に座った伯母が厳しい調子で話しかける。「さて、あんたをどうするか考えないといけないわ、デビッド・コパフィールド」(1枚目の写真)「あんたの継父に手紙を書かないと」。「僕、あの人に引き渡されてしまうの、伯母さん?」(2枚目の写真)。「そんなこと、何も分からないわよ。ひょっとしたらね。今に分かるわ」。ここで伯母は立ち上がり、デビッドを見ずに話し続ける。「あんたは実に無茶なことをしたのよ。逃げ出すっていうのはね、実に大変なことなのよ。どういうつもりで来たの…」。ここで、初めてデビッドを振り返った伯母は、彼が疲れて眠ってしまったのを見て、「…ここに?」と付け加える。そして、デビッドの横に座ると、髪を撫でながら、「可哀想な子ね」と言う(3枚目の写真)。 | ⑨ 5 ベッドに横になったデビッドが伯母に、「お休みなさい、伯母さん」と言い、伯母は、「ええ、ええ、お休み、お休み」と言う(1枚目の写真)。トロットウッドの家の場面は、全体に台詞が少なく、逆に言えば、詳しいことは何も分からない〔ミコーバー夫人の意味もない会話に無駄な時間を使い過ぎ、物語の要となる場面の会話を削らざるを得なくなった愚かな脚本家のせい〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 6 翌日。ミスター・ディックの部屋で。ミスター・ディックは部屋に入って来たデビッドを 「ほう、アポロン君! 世の中は どうなっていくのかな。ここに来てお座り!」と言って歓迎する(1枚目の写真)。「よく眠れたかい? 快適だったかな?」と訊いたあとで、ミスター・ディックは思わぬことを口にする。「こんなこと誰にも言わないで欲しいんだが、世の中は狂ってるんだ。ベドラムの精神病院〔伝説的な15世紀の恐怖の精神病院〕のように!」。デビッドが、「何を書いてるんですか、ディックさん?」と尋ねると、「私の自伝、回顧録だよ」と答える。しかし、その後の発言が異常。「しかし、問題はだね、チャールズ1世が、わしの頭の中に入り込もうとし続けるんだ。それは全く理不尽な話だろ」。そして、「君は、彼が首を刎ねられたのがいつだったか、覚えてるかね?」と訊く。「1649年だと思います」〔約200年前〕。「本にはそう書いてある。だが、どうしてこんなことが可能なのか分からんのだ。つまりだね、彼の首が刎ねられたのはあんなに大昔のことなのに、頭を切り落とされた時の恐ろしい記憶が、なぜか私の頭の中に入り込んでくるんだ」(2枚目の写真)。困惑したデビッドは、相変わらず庭の手入れをしている伯母のところまで行くと、「ディックさんは、どのくらい前から回顧録を書いてるんですか?」と訊く。「10年か、もっとですよ。でも、いいの。それで、やることができるでしょ」と、変わった返事をすると、「あんた、あの人のことをどう思う?」と尋ねる。デビッドがためらっていると、伯母は 「あのね、あんたの妹ベッチーだったら、ためらわないわよ。できるだけ妹のようになって… 思いきって、おっしゃい」と催促する。「あの人… あの人、気が変なのですか?」(3枚目の写真)。「とんでもない! ディックさんにあり得ないもの、それは狂気ね。私が助けなかったら、あの人は家族から気違い扱いされて病院に閉じ込められそうになったのよ」。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 7 ここで、デビッドがミスター・ディックの作った凧を、楽しそうに上げているシーンが入り(1・2枚目の写真)、ナレーションが流れる。「ディックさんほど、親切で素直な人間は、この世にいない。私は、あらゆる重要な事柄で、彼の判断を頼りにした」。 | ⑨ 7 このシーンをここに入れたのは、1999年版に合わせるため。実際には、このシーンは映画の最後に流れるもので、2枚目の写真が、ラストシーン。そして、5 の後に何が続くのかを示すと、12→14→15→8→9→10→11→16→7 となる。この奇妙な逆転のうち、「12→14→15」は、カンタベリーにあるウィックフィールド弁護士の家を訪ねるシーン。原作は、1999年版もだが、伯母とデビッドがカンタベリーに行くのは、マードストンとの “一戦” が終わってからで、それを2000年版では、マードストンが来る前に、何も意味もなく弁護士を訪れるという、あり得ない設定を、何の “良心の呵責” もなく平然と使っている。お陰で、本来なら、⑨ ドーヴァー、⑩ カンタベリー と二つに分けるべきなのに、⑨ に両方を押し込める結果となってしまった。この “愚の骨頂” と断言できる三流の脚本〔ミス・マードストンの台詞を借りれば、「This is either insanity or intoxication(頭が変になったのか、酔っ払っているのね)!」〕は、⑤ で、デビッドの学校の休暇を削除したのと同じか、それ以上にひどい、“断罪すべき” 改悪のワースト部分と言える。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 8 「ほどなくして、ミスター・マードストンは伯母の手紙に返事を書き、翌日、自ら伯母に話をしに行くと伝えた」。その「翌日」。デビットはミスター・ディックと一緒に、心配で心が張り裂けそうになりながら、マードストンが現われるのを待っている(1枚目の写真)。すると、外でロバの鳴き声が聞こえる。「ジャネット! ジャネット! ロバよ!」。4人が外に出て行くと、ロバに乗ったミス・マードストンをロバ飼いが連れ、その横をマードストンが歩いている。伯母は、「あっちへ行って! よくも無断で入ったわね! 出てって、あつかましい人たちね!」と叫ぶ。デビッドは、「伯母さん、ミス・マードストンです」と教えるが(3枚目の写真)〔ここだけ、2000年版の順序に合わせた〕、伯母は、「誰だろうと関係ないね! ロバなんか入れるもんですか! ロバを追い払って、ジャネット!」と命じる(2枚目の写真)。ロバから下りて伯母の方に歩いて来た2人に、伯母は、「この芝生の乗り入れは、どなたにも許しておりません。一切例外はありません」と言う。ミス・マードストンは、「初めての者には、やっかいな規則ですこと」と批判する。 | ⑨ 8 この場面は、15 の後に入る。 カンタベリーから戻ったデビッドが、ミスター・ディックと一緒に何かを待っている。不親切に何の説明もないが、この日が、マードストンがやって来る日なのだ〔そもそも、伯母がマードストンに手紙を出した、という説明すらない〕〔それにしても、どこに手紙を出したのだのだろう? 原作と違って、デビッドの母の家は、クィニオンの提案で競売に出しているので、そこに送っても届かない。デビッドにロンドンのひどい工場の住所を聞いたのだろうか? でも、住所なんか知っていたのだろうか?〕。そのうち、ロバの鳴き声が聞こえ、伯母は、「ジャネット、ロバよ!」と言って飛び出て行く。そして、「出てって! 私の土地から出なさい。今すぐ出て!」「ロバめ。私の土地から出なさい。よくも無断で入ったわね。ほら、出なさい。あっちへ行って!」という声が聞こえる。デビットが窓から覗くと、伯母がマードストンの2人に向かって箒を振り上げているので、デビッドは、「私の土地から出て行かないと、後悔するわよ」と叫んでいる伯母のところまで走って行くと、「伯母さん」と声を掛ける(3枚目の写真)。「何だい?」。「マードストンさんたち」。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 9 この映画の頂点とも言うべき重要な場面、その1。 家の中に招じ入れられた2人。マードストンは 「この子はですね、ミス・トロットウッド、不愛想で自己中心的、感情を制御できず、頑固で手に負えないのです」とデビッドを強く批判し(1枚目の写真)、姉は、「これほどひどい子は、世間広しといえどもいませんことよ」と付け加える。伯母は、「言いすぎです、ミス・マードストン!」と注意喚起するが、姉は 「いいえ、この子をお知りになれば納得できます」と、一歩も譲らない。伯母は、マードストンに 「あなたのお考えは?」と訊く。「私は、この子をちゃんとした職に就かせましたが、逃げ出しました。結果がすべてを物語っています」(2枚目の写真)。伯母は、この意見に対し、「そのちゃんとした職というのは、確か靴墨工場のことですね」〔脚本の間違い。靴墨工場は、ディケンズが12歳の時に働かされた工場〕「もし、この子が、あなた自身のお子さんだったとしても、同じようにされたでしょうか?」(3枚目の写真)。「この一癖ある子をどう育てるのが最善かについては、私なりの確固たる考えがあります。私はそれに基づいて行動しており、これ以上言うことはありません」。「分かりました。他には何かおっしゃることは?」。「こういうことですよ。私は、義理の息子を連れ戻しに来ました。この子の処分は、私が正しいと思えるよう、適切に行います。あなたが私の邪魔をしようとするなら… もし、あなたが、私たちの間に割って入るのなら… この先、一生あなたが面倒を見ることになるのですよ」(4枚目の写真)〔原作の台詞は格段に多いが、1999年版は、そのごく一部の重要な台詞を可能な限り使用している〕。 | ⑨ 9 家の中に招じ入れられたマードストンは、「ミス・トロットウッドさん、この惨めな子は、不愛想で自己中心的、感情を制御できず、頑固で手に負えないのです」と言い(1枚目の写真)、ミス・マードストンは、「これほどひどい子は、世間広しといえどもいませんことよ」と言う。伯母:「言いすぎです」。姉:「いいえ、この子をお知りになれば事実ですわ」。「私は、デビッドを連れ戻そうと、ここにやって来たのです、マダム。無条件で連れ戻し、この子の処分は、私が正しいと思えるよう、適切に行います」。「本当に?」。「ご注意申し上げておきます。もし、あなたが、その子と私の間に割って入るのなら、あなたが一生面倒を見ることになります」。「なんて言い方の?」。「時間を無駄にしたくありません。本人は行く気なのでしょうな? そうでなければ、私の家のドアは、この子に対し永久に閉ざされます」(4枚目の写真)「同様の基準で、こちらで対応していただけるものと受け止めます」〔台詞は1999年版の半分。マードストンの、「あなたが一生面倒を見る」「私の家のドアは…永久に閉ざされ」と2回も言わせ、逆に、デビッドのことを何も言わない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 10 この映画の頂点とも言うべき重要な場面、その2。 伯母は、「本人は、何と言うでしょう? デビッド、あんたは行くつもり?」と尋ねる。デビッドは、「お願いだから、出て行けと言わないで、伯母さん」と言った後、より重要なことを言う。「あの人たちはママをとっても不幸にし、僕には目もくれなかったんです」(1枚目の写真)「僕は、ここにいたいんです。あなたやディックさんと一緒に」。伯母は、「ディックさん? この子、どうしたもんでしょうね?」と訊く。ミスター・ディックは、「私なら、直ちに、一揃いの服の寸法を取らせます!」と答える(2枚目の写真)。伯母は 「ディックさん、握手させて。あなたの常識、ほんとに素晴らしいわ!」と言って熱烈に握手すると、マードストンに、「この子は私が引き受けます」(3枚目の写真)「もし、おっしゃる通りの子供だとしても、あなたがしたのと同じくらいのことはできますわ」と言った後で、急に態度を変えると、「でも、そんなの、一言も信じていませんよ」と、ズバリ言う。マードストンが、「ミス・トロットウッド、もしあなたが紳士だったら…」と言いかけると、それを、「ふん! くだらない、でたらめばかり! お黙り!」と、強い言葉で遮る。姉が、「なんてお上品な! 圧倒されますわ、本当に!」と言っても、完全に無視。そして、マードストンに対する批判を始める。「この子の母親に、あんたがどんな生活を強いたか、私が知らないとでも? あんたが初めて現われて、虫も殺さないような顔で微笑んで秋波を送った日こそ、あの娘(こ)にとって、まさに禍の日だったのよ!」。姉:「まあ、これほど お上品な言葉は初めてですわ!」。伯母は、これも無視して批判を続ける。「そして、あの可哀想な娘(こ)が自分の物になったと確信した時、あんたは彼女を訓練し、調教し始めたのよ。そして、あの娘(こ)はカゴの鳥が言われた通りに歌うよう強制され、命をすり減らしていった」(4枚目の写真)。姉:「頭が変になったのか、酔っ払っているのね!」。伯母:「あんたがあの娘(こ)の心を打ち砕き、その罪悪感から、今度はこの子を痛めつけた! これが真実。許されざる慰めだよ! あんたも、その手先も、その言葉をせいぜい噛みしめるがいい!」。姉:「手先って、誰のことかしら?」〔原作の台詞はデビッドの母のことばかりだが。映画ではデビッドにも言及している〕。 | ⑨ 10 伯母は、「何て、ひどいことを。デビッド? あんたは行くつもり?」と訊く。「お願い伯母さん、心からお願いします。どうか連れて行かせないで下さい」(1枚目の写真)。伯母は、ミスター・ディックに、「ディックさん、この子、どうしたもんでしょうね?」と尋ねる。「直ちに、一揃いの服の寸法を取らせましょう」(2枚目の写真)。「ディックさん、握手させて。あなたの常識、ほんとに素晴らしいわ! そうしましょ」。ここで、伯母は、マードストンを見ると、いきなり、「あの哀れで、不幸で、道を踏み外してしまったあの子、それに、あんたが、虫も殺さないような顔で微笑んで秋波を送った あの子の母親に、あんたが何をしたのか、私が知らないとでも思ってるの?」と非難する(4枚目の写真)。姉:「まあ、これほど お上品な言葉は初めてですわ!」。マードストン:「ミス・トロットウッド、もしあなたが紳士だったら…」〔台詞は1999年版の半分以下。伯母は1回だけ重要な情報を口にする。彼女は、デビッドや母についての情報が格段に少ない中で、大きな決断をする〕〔他の役者に無意味なことをダラダラとしゃべれらせ、この映画で一番重要な場面を無視するとは、脚本家のJohn Goldsmithと、監督のPeter Medak、TVドラマ専門だと、こうもレベルが低いのだろうか!!〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 11 伯母は、マードストンに向かって 「さよなら、あんた、さらばだよ!」と怒鳴るように言い(1枚目の写真)、次に、初めてミス・マードストンに対して、口を聞く。「さよなら、あんたもだよ! 今度また私の芝生にロバで入って来たら、その気取った帽子を叩き落としてやる! そして、踏みつぶす!」(2枚目の写真)。悪漢2人がいなくなると、伯母〔実際には、大伯母〕はミスター・ディックに、「ディックさん、これからは、あんたも私と一緒に、この子の共同後見人ですよ」と言い、ミスター・ディックも喜ぶ。伯母は、「名前もトロットウッドにした方がいいんじゃないかしら」と言う。ミスター・ディックが、「トロットウッド・コパフィールド?」と言うと、デビッドも、「トロットウッド・コパフィールド」と言い、最後に、伯母が満足げに、「トロットウッド・コパフィールド!」と言う(3枚目の写真)。 | ⑨ 11 伯母:「くだらない、でたらめばかり! お黙り!」(1枚目の写真)。姉:「聞いたこともない言葉ですわね」。「今度また私の芝生にロバで入って来たら、何があろうと絶対に、その気取った帽子を叩き落とし、踏みつぶしてやる」(2枚目の写真)。姉:「こんなひどいことを言う人、生まれて初めてですわ」。2人が家から出て行くと、伯母は、「ディックさん、この子の後見人になって。私と共同で」と言い出す。「後見人? 共同で? 俺しいですな」(3枚目の写真)。伯母は、「良かったわ」と言うと、デビッドに向かって、「考えたんだけど、あんたのこと、トロットウッドと呼ぶわ。トロットウッド・コパフィールド。それでいい?」。デビッドは伯母に抱き着く。「こうして私は、新しい名前で、過去のすべてと決別し、新しい人生を歩み始めた」。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 12 「伯母は、学業を再開すべきだと提案してくれたので、私は喜んで賛成した」。そして、ディックの 「私なら、直ちに、一揃いの服の寸法を取らせます」の言葉通り、伯母は仕立て屋を呼び、デビッドの採寸をさせる(1枚目の写真)〔出来上がるまでに要する日数は、約1週間(今のデパートのオーダーメイドより早い)(注文が少なく、分業で、仮縫いなしのため)〕。ミスター・ディックは、その様子を見ながら、「君は、学校で一番賢い子になるよ!」と言い、伯母も、「きっとそうね、ディックさん」と賛成する。「新しい学校はカンタベリーにあった。そして、そこは、クリークル校長の学園より親しみやすくて勉強にふさわしい場所だと、伯母は約束してくれた。私は、伯母の弁護士であり財産の管理人、そして古くからの信頼できる友人でもあったウィックフィールドさんの家に下宿することになった」。伯母はポニーに牽かせた二輪の軽馬車(ポニー・チェイズ)でカンタベリーまでの約25キロを自ら走らせる〔当時、ポニー・チェイズは、女子が自ら走らせても問題ないとされていた(馬車の運転は男性の御者にしか許されない)〕〔ポニーの休憩を含め3時間程度〕。カンタベリーの町に入ると、伯母は、慣れているので、真っ直ぐウィックフィールド弁護士〔正式には、事務弁護士。実態は、資産管理人〕の家に向かう。ここで、上記のナレーションが終わり、軽馬車は館の前で停まり、デビッドはどんな所か見てみる(2枚目の写真)。すると、2階の窓のカーテンを少し開き、不気味な顔が覗いているので不安な顔になる(3枚目の写真)。軽馬車の所まで出て来た赤毛の男に、伯母は、「ユライア・ヒープ、ウィックフィールドさんは、みえるかい?」と訊く(4枚目の写真)。ヒープは、「いつでもお待ち申し上げておりますよ、トロットウッド様。どうぞ、中へお入りください」とバカ丁寧に言う〔映画の第二部で分かるが、伯母はウィックフィールドに8000ポンドを預け(イギリス国債)、ヒープに騙し取られる〕。 | ⑨ 12 この場面は、7 の後に入る。伯母は、子馬に牽かせた軽馬車に、デビッドを乗せ、凧をいじっているミスター・ディックの前まで行く。「ウィックフィールドさんに相談があるから、これからカンタベリーまで行きます。暗くなる前に戻りますよ」(1枚目の写真)。そして、カンタベリーのウィックフィールド弁護士の家の前。「さあ、着いたわよ。すぐ済むから」(2枚目の写真)「ウィックフィールドさんは私の弁護士なの。ウィックフィールドさんにこの件を相談してみるまでは、何も言うべきではないし、何も行動を起こすべきじゃないの」。伯母が玄関のドアのノッカーを叩く。すると、ヒープが醜い顔で覗き見し、相手が誰だか分かると、「これはこれは、トロットウッド様」と言ってドアを開ける。「ユライア・ヒープ、ウィックフィールドさんは、みえるかい?」。「はい、おみえになります」(4枚目の写真)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 13 デビッドが一人で食事をしていると、ドアが開き、伯母がウィックフィールドと一緒に現れる。デビットは食べるのを止めて立ち上がる(1枚目の写真)。伯母は弁護士に 「心から感謝しますよ、ウィックフィールド」と親し気に声をかけると、「ここなら甥も、幸せに暮らせるに違いありません」と言う。そして、デビッドに向かって、「じゃあね、トロット、暗くなる前に帰りたいから私はもう行きます。卑劣なことは決してしない。嘘は決してつかない。残酷なことは決してしない。この三つの悪を避けなさい。そうすれば、私はいつでもあんたに希望が持てますよ」と声を掛ける。デビッドは何度も頷く(3枚目に写真)。デビッドと別れなくてはならなくなった伯母は、涙を流してしまうが、ウィックフィールドに向かって、「目に少し埃が入っただけですよ、何でもありません」と言い、ベッチーらしさを崩さないようにする〔映画には出て来ないが、原作には、下宿代についての話し合いがある。ウィックフィールド:「分かっておりますよ! 恩を着せられて、肩身の狭い思いなどしたくないのでしょ、トロットウッドさん。なら、お払いになればいい。いくらでも構いません。そうおっしゃるなら、いただきましょう」。伯母:「そう言っていただけるのでしたら、でも ご親切への感謝が減るわけではありませんが、喜んでこの子をお預けします」〕〔ドーヴァーの家賃、ジャネットの給与、子馬と軽馬車の維持費、食費・生活光熱費、雑費・衣類・税金を合わせると年約90~115ポンド。これに、デビッドの学校代、下宿代、雑費など、30~35ポンドを加えると、年間支出は120~150ポンド。収入は、コンソル債の年3%の固定利子から得られる年240ポンド。それに、ミスター・ディックの親族が渡してくれるいくばくかの手当が加われば、“デビッド用に作った新しい服” のような臨時支出や、伯母の元夫がせびりに来るお金にも対処できる〕。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 14 伯母が去ると、ミスター・ウィックフィールドは、「トロットウッド君、わが家の小さな家政婦に会ってもらおうか」と言って奥に連れて行く。そして、開け放たれたベランダから庭を眺めていた娘の手前で、「トロットウッド君、これがアグネス、私の娘だ」と言う。アグネスは振り返り、彼女を見たデビッドは笑顔になる(1・2枚目の写真)〔原作には、デビッドの言葉で、「同年配の少女(a girl of about my own age)」と書かれている〕。ミスター・ウィックフィールドは、「彼女は、私の面倒をすべて見てくれている。部屋まで案内してもらうといい」と言い、あとは2人に任せる」。そして、夕食の場面に変わる。ミスター・ウィックフィールド:「私たちは、ご覧のように、とても静かに暮らしている。静か過ぎて退屈かもしれん」。デビッド:「アグネスさんがいるのに、退屈だなんて」(3枚目の写真)。「アグネスが? お前は退屈かい、アグネス?」。アグネス:「そんなことないわ、パパ」。「彼女は、私が守ってあげられる場所にいないと。私は、彼女の母を亡くした… あまりにも若くして」。アグネス:「疲れてるのね、パパ」。「ああ、もう寝る時間だからな」。そう言うと、デビッドに向かって、「君は、私たち二人の良き友だ、トロットウッド。君がここにいてくれて心強い」と言う。 | ⑨ 14 家の中の階段の下で待っていると、ヒープが寄って来る。伯母は 「これは私の甥。ちゃんと言うなら、大甥のデビッド・コパフィールドだよ」とヒープに言う。ヒープは 「はじめまして、坊ちゃん」と言うと、伯母には 「お部屋においでです」と告げる。伯母はデビッドに、「あんたは、ここにいて」と言うが、ヒープは、「坊ちゃんさえよろしければ、私の部屋でお待ちになられてはどうでしょう」と言う。「それがいいかもね」。「こちらへどうぞ」。そして、連れて行ったのが、1999年版とは違って、ガラスに囲まれた、あり得ないほど立派な部屋。さっそく窓まで行ったデビッドは、庭の木のブランコで本を読んでいる少女を見て笑顔になる(1・2枚目の写真)。ヒープは、「あれが、ウィックフィールドさんの娘のミス・アグネス。坊ちゃんの伯母様は、あの方がお好きなんです。私のようなつまらない人間でさえ、そうなんです」と言う。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 15 夕食を終えて部屋に戻る途中で、デビッドはヒープに会う。「新しい暮らしには、もうお慣れになりましたか、坊ちゃん?」。「ええ、ありがとう、ヒープさん」。「私のことは、ぜひユライアと呼んで下さい」。そう言うと、ユライアは、自分の部屋に入るよう勧める。明かりの乏しい部屋で、小さな窓の下に置かれた机の前のイスに座ったデビッドは、「ずいぶんと偉い法律家なんでしょ?」と尋ねる(1枚目の写真)。「私が? 坊ちゃん、とんでもない。ただの事務員です。私は、自分が 世の中で最もつまらない人間だってこと、よく知っています」(2枚目の写真)「母もやはり、とてもつまらない人間です。父の前の職業もつまらなくて、墓掘りだったんです」(3枚目の写真)。「じゃあ、今は?」。「今は、天国で喜んでいます」〔ここまでの台詞は原作とほぼ同じ〕。ヒープは、ここで話を変える。「話は変わりますが、私や母のつまらない財産では、到底手の届かない徒弟契約を親切に申し出て下さったウィックフィールドさんには、心から感謝しております」。「いつか、ウィックフィールドさんと共同で仕事をするんだろうね、ユライア」。「とんでもない、坊ちゃん。そんな大それたこと」〔この3行は原作と7割一致〕「私のような人間は、野心など持たない方がいいのですよ。人生で成功を収めたいのなら、謙虚にしませんと」〔この2行は原作にない〕。話の内容がまた変わる。「家に帰らないと。私どもはとてもつまらない人間ですが、お互い強い絆で結ばれておりますので、母が心配致します。坊ちゃんは、まだしばらくここにいらっしゃるのですね」。「学校に通っている間は、ずっとここいるよ」。「そうですか! では、いずれは こちらの仕事に進まれるのでしょうね」〔この4行は原作と8割一致〕。デビッドは 「僕が一番やりたいのは、いつか小説を書くことだよ」と答える(4枚目の写真)。「なんと立派な志(こころざし)でしょう」〔この2行は原作にない〕。 | ⑨ 15 振り向いたデビッドは、「じゃあ、ヒープさんも、ずいぶんと偉い法律家なんだよね?」と訊く〔ここから原作と70%同じ〕。「私が? 坊ちゃん、とんでもない。私は、ものすごくつまらない人間なんですよ、坊ちゃん。母もやはり、とてもつまらない人間です。父の前の職業もつまらなくて、墓掘りだったんです」(1枚目の写真)。「じゃあ、今は?」。「今は、天国で喜んでいますよ、坊ちゃん」。「死んだの、ヒープさん?」〔ここから、原作にない〕。「そうです、坊ちゃん」。「ウィックフィールドさんのところで、何年働いてるの?」〔ここから原作と70%同じ〕。「4年です、坊ちゃん」(3枚目の写真)。「お尋ねいただき、恐縮です」〔原作にない〕。「じゃあ、いつか、共同でやるんだね、ウィックフィールド&ヒープを」(4枚目の写真)〔ここから原作と80%同じ〕。「とんでもない、坊ちゃん。私のように、ものすごくつまらない人間なんかに」。伯母と一緒に玄関から出たデビッドは、「伯母さん、何か決まりましたか?」と訊く。「いいえ、まだ何も」と言った後で、問題のある発言をする。「だけどね、率直に言うと、逃げ出して来るような人間は、私、好きじゃないの」〔「いいえ、まだ何も」→ 何のために来たのか?〕〔伯母、デビッドがどうして逃げ出したのかも聞いていない→このあと、マードストンに対しても、この点に関する指摘はない→要は、この映画の伯母は、デビッドのことを真剣に心配していない→なぜ養子にしたのかも分からない→何度も書くが、最低の脚本と監督〕。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ⑨ 16 最後、第二部に続くためのナレーションが入る。「私の新しい学校は素晴らしい場所で、クリークル校長の学園とは、まさに善と悪ほどの違いがあった。やがて、あの瓶磨き工場での生活は私にとってあまりにも場違いなものとなり、あんなことは、そもそもなかったのだと思い始めた」。1枚目の写真は初めて学校に行くデビッドの服装を整えるアグネス。2枚目の写真は、学校に向かうデビッド。「時間は、気づかぬうちに過ぎていく。年月は静かに流れ、私は子供時代から、青年期へと移り変わる」。3枚目の写真は、子供時代最後のデビッド。この直後、2人は同じピアノの前で大人に変わる。 | ⑨ 16 最後、第二部に続くためのナレーションが入る。「こうして、新しい名前で、自分に関するすべてを新しくし、私は新しい人生を始めた。私はグリンビー&グリンビーでの人生に幕を下ろした。今この物語をする中で、私は気が進まないまま、幕を一瞬上げはしたが」。2枚目の写真はストロング校長の学校のシーン。「伯母は、私をカンタベリーにあるストロング博士の学校に入れた。そして在学中、私はウィックフィールドさんと、娘のアグネスの家に下宿した。アグネス。彼女の母親は、彼女を産むと同時に亡くなっていた。そして私と同じように、彼女も一人っ子だった」。3枚目の写真は、14 の延長線上。「彼女はすぐに、私の最高の友となり、最も賢い相談相手となり、最愛の姉となった」。このまま、大人になるのかと思いきや、なぜか、カメラは再びドーヴァーに戻り、デビッドがミスター・ディックと凧揚げするシーン( 7 の2枚目の写真)で終わる。「こうして、年月は流れていった…」。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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