アルゼンチン (2002)
映画は、鼻の下に無精髭が生えた男性が、誰かの耳に「カムチャトカ」と囁く短い場面から始まる。
その直後から、少年の声で、ナレーションが始まる。重要なナレーションなので、1行ずつ書いていく。
「最初は、ただ一つの細胞があるだけだった。その細胞が2つに分かれ、その2つがまたさらに分かれ、そうやって続いていった」。
「ある細胞からは植物が生まれ、他からは虫が、また別なものからは動物たちが、そしてあるものからは僕たちが生まれた」。
「誰も決して説明してくれないのは、細胞がひとりの人間になってから、その人がヒマラヤに登ったり、ワクチンを発明したり、あるいはフーディーニのような有名な脱出術師になったりするまでの間に、一体何が起きるのか、ということだ」。
「それこそが、本当の謎なんだ。どんな教科書にも書いてないし、どんな先生も教えてくれない」。
「でも、僕のパパは教えてくれた。一度だけ。パパに会った、最後の日に」。
「僕の物語も、みんなと同じように一つの “細胞” から始まるけれど、カムチャッカで終わる」。
あとで、映画の冒頭の、「カムシャッカ〔Kamchatka〕」は、この少年の父が最後に一言囁いた時の映像だと分かる〔映画の最後にも同じシーンはあるが、その際には、何と囁いたのかは分からない〕。下の写真は、このナレーションの間に映される様々な映像の中で、真に重要な場面。映画の中心的存在の「TEG」というアルゼンチン独自のボードゲーム〔世界で流通している「Risk」というゲームのアルゼンチン版〕で、映画のラストの2日間に、主人公のハリー〔偽名〕と父が最後に行った対戦で、父の黒いコマがカムチャッカ〔KAMCHATKA〕を集中して防御している状況を映したものだ。
父は、最後の別れの際、「一昨日の対戦で自分が見せた最高の防御方法を実践して、身を守れと」ハリーにアドバイスするが、「カムチャッカで終わる」は、それを意味している。この映画は、1976年の秋が舞台だ。アルゼンチンでは、1976年3月24日に悲惨な軍事クーデターが起こり、1983年12月に民政復帰するまでの軍政下のいわゆる「汚い戦争〔Guerra Sucia〕」により、軍政に反対した約3万人が殺害、もしくは強制的に失踪させられた。この映画の一家も、弁護士の父が危険を察知して、名を変え、田舎に移り住んで追及を免れようとする。その大変な体験を、10歳の長男ハリーの目を通して描いているため、実際に何が起きてるかは、ハリーが見聞きしたことしか分からない。そこが、この映画のスリリングな点であり、逆に言えば、両親のような真の危機感を持たないため、不思議な明るさも漂っている。
この映画では、日本では聞いたことがないTEG(Plan Táctico y Estratégico de la Guerra〔戦争の戦術的・戦略的計画〕)というゲームが、ある意味、一種の主役にもなっているので、このゲームを真剣にプレーする場面が存在する。そこで、どのようなゲームかを、可能な限り短く〔でもかなり長くなるが〕紹介しておこう。TEGは、アルゼンチンで1976年10月に発売されたボードゲームで、その元になったのは、1957年にフランスで発売されたRisk(La Conquête du Monde〔世界の征服〕)。1976年3月に起きたアルゼンチンの軍事クーデターと直接的な関係はないが、「外出が危険だった時代」の娯楽として急速に普及した。Risk、TEGのどちらもサイコロを使って領土を奪い合う戦略ゲームで、奪い合う領土の数はRiskが42、TEGが50(下の2枚の地図を参照)。この2枚の図を見て分かるように、2つのゲームの最大の違いは、この地図にある。
【Risk】
【TEG】

Riskの地図は、一般的なメルカトル図法の世界地図に近い親しみやすい形をしているが、TEGははっきり言ってとんでもなく歪曲した形をしている。しかも、その「領土」と呼ばれる地域の区切り方や大きさ。その一番の “恐ろしさ” はイランであろう。何と、ロシアとシベリアを分断して北極海まで細長く伸びている〔ヨーロッパから東に行こうとするプレーヤ―に対する防御壁〕 。南アジアもひどく、右から、ジャワ、ボルネオ、スマトラと島の名前になっている。イスラエルがインドより巨大で、中東は存在すらしていない。Riskで海の上に引かれた短い線、日本とカムチャッカ、日本とモンゴルなどは、海で離れている場合、矢印で結ばれている部分で “接続” しているというルール。Riskには、それほどの無謀さはない。しかし、TEGでは、オーストラリアとチリ、ロシアとエジプト、マダガスカルとザイール、ニューヨークとグリーランドなど、奇妙な “接続” が平気で導入されている。
以下は、ルールについての解説。RiskもTEGも、領土の奪い合いをするゲーム。TEGでは、まず、シャッフルされた50枚の領土カードを参加メンバーに配ることから始まる。映画の場合なら、ハリーと父に25枚ずつ渡される。ハリーと父は、そのカードに記載されている「領土」に自分のコマ〔ハリーは青、父は黒〕を1個ずつ交互に置き、50ヶ所全部に何れかのコマが置かれる。1つの大陸がすべて青もしく黒のコマで占領されると、情勢が不利になるので、どの大陸にも最低1個は置くのが原則。次に、自分が支配している領土の数を2で割った数〔端数切り捨て〕の追加コマが配布される。ハリーと父はともに25ヶ所なので12個ずつもらえる。万一、どこかの大陸の全領土にコマを置いている場合には、地域ごとに異なる数の大陸ボーナスがもらえる〔広いアジアなら7個、狭い南米なら3個とか〕。ここまでが、前哨戦。ここから、“攻撃側” と “防御側” によって奪い合いが行われる。どちらを選ぶかは自由で、途中で変わってもいいし、2人とも同じでも構わない。ただ、Riskでは、“攻撃側” が振るサイコロは最大3つ、“防御側” が振るサイコロは最大2つだが、TEGでは両者とも最大3つで、これは “防御側” を有利にしている〔悪名高い軍事独裁下のアルゼンチンでの誕生なので、“防御側” が有利に設計〕。他にも、いろいろなルールはあるが、映画を観ていて重要なのは、①攻撃の仕方、その際の、②サイコロの目の数による勝ち負けの判定法、③領土の奪い方、④防御側の対応など。2人とも攻撃側の場合、両者ともサイコロを振り、出た目が大きい方が先攻になる。攻撃側は、攻撃の「コマ(兵士)」を送り出す領土名と、攻撃する敵の領土名〔隣接していることが必須〕、投げるサイコロの数〔最高3〕を言った上でサイコロを振る。ただし、攻撃側の領土には、最低2個以上のコマのあることが条件。次に、防御側がサイコロを振る〔最高3、攻撃側と同じ数でなくてもいい〕。例えば、攻撃側が3個振り、サイコロの目を多い順並べて「6,4,2」、防御側が「5,3,2」だとすると、順番に、数の大きい順に勝ち負けを判断する。最初は、6と5で、攻撃側の勝ち、次も、4と3で攻撃側の勝ち、最後は、2と2で同点だが、数が同じ時は防御側の勝ちとなる。結果として、攻撃側が「6,4,2」で、防御側が「5,3,2」の場合は、攻撃側が2つ勝ったので、防御側がコマを2個失い、防御側が1つ勝ったので、攻撃側がコマを1個失う〔失うコマの総数は、振ったサイコロの数に等しい。この場合サイコロが3つだったのでコマを3個失う〕。攻撃側は、自分のターンが終わるまで、たとえサイコロ勝負で負けても、攻撃の「コマ(兵士)」を送り出す領土に、まだ戦えるコマ〔最低2個以上〕が残っている限り、攻撃を続けることができる。それができなくなると、自分のターンは終了し、相手のターンに変わる。相手のターンが終わり、再度、自分のターンになると、ゲームの冒頭とおなじように、自分が支配している領土の数を2で割った数〔端数切り捨て〕の追加コマが配布される〔この際、領土の数を2で割った数が3を下回った場合でも、毎ターンごとに最低3個は必ずもらえる〕。“防御側” になってパスすれば、闘うことなくターンを終了できる。以上が、この映画を鑑賞するにあたって必要なルール。TEGでは、アルゼンチンから最も離れた場所にあるカムチャッカが一種の聖域〔ここを押さえれば、絶対に負けない〕として扱われ、それがこの映画の題名にもなっている。
ハリー役は、マティアス・デル・ポソ(Matías Del Pozo)。1992年6月5日生まれ。映画の撮影は2002年5月11日~7月19日なので、撮影時は9歳から10歳への移行期。この年齢で、複雑な内容の映画の主役を見事にこなしている。
あらすじ
小学校の授業中。教師は部屋を暗くし、スライドで映像を見せながら、細胞の成り立ちについて話している。一方、仲のいい2人の少年が並んで座り、ベルトゥッシオが紙の上半分に首を吊られた人の簡単な線画を描き、下半分に「A _ _ A _ A _ A _ _ A」と書いた紙を持っている。すると、あとでハリーという偽名を自ら選ぶ少年〔映画の主人公〕が、「なぜ母音がないの?」と囁く。すると、ベルトゥッシオが「Aが一杯あるじゃないか」と囁き返す。次に、ハリーが、「S」と言い、ベルトゥッシオは首吊られ男の胴体のしたに、右脚の線を引く(1枚目の写真)。次に、ハリーが「T」と言ったところで、教室のドアが開き、ハリーの母が顔を見せる。ハリーは、「ママ?」と、授業中の訪問に驚く。次の場面では、恐らく母が教師に何らかの説明をし、ハリーを連れて教室から出て来る。廊下を数歩行ったところで、ベルトゥッシオが教室から出て来る。母は、「いいわよ、行って。外で待ってるわ」と言って(2枚目の写真)、ハリーを残して出て行く。2人だけになると、ベルトゥッシオは、まず、さっきの紙を渡すと、「いつ(ウチに)来る?」と訊く。「英語(の授業)の後」。「ママがエスカロープ〔薄く伸ばした牛肉や鶏肉を使った料理〕を作って待ってるからな」。ハリーは、やったとばかりに右手を上げて、「うん!」と言う。ベルトゥッシオが、後から引っ張られて教室に引き込まれるフリをして去ると、ハリーはもらった紙を開けてみる。すると、さっきの首吊られ男の胴体に左腕が追加され、下には、正解の「ABRACADABRA〔アブラカダブラ、魔法の呪文〕」が書かれていた。あらすじの説明ならこれで十分なのだが、この絵の部分の会話の意味が分からなかったので何とか解き明かそうと頑張ってみた。そして、まず、この絵が、Hangman〔ハングマン〕という2人向けのゲームだと気付くと、ネット上で情報を求めたが、一番詳しくかいてあったのが、いつもは使わないウィキペディアだが、今回だけは信用することにした。ベルトゥッシオが紙に描いていたのは、ハングマンで使われる絞首台から吊るされた男。ベルトゥッシオは出題者で、ハリーは回答者。ベルトゥッシオは、ゲームの最初に「_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _」とだけ紙に描く。そして、ハリーが正しいアルファベットを言うと、該当する部分にそのアルベットを書く。一つも該当しなかった場合は、絞首台の下に頭から順に描いていく。何を描くかというと、頭(〇)、胴体(0または|)、腕(/ \)、脚(/ \)の6つを順に描いていき、描ききったら出題者の勝ち、それ以前に下線(_)をすべて埋めれば回答者の勝ち。ハリーは、可能性の高い母音から始める「A」。そして、「A _ _ A _ A _ A _ _ A」となる。やったとばかりに、「E」と言う。すると該当なしで、頭「〇」が描かれる。次に「I〔アイ〕」。これも該当なしで胴体「0〔縦楕円〕」が描かれる。4つ目の母音は「O〔オー〕」。しかし、それも該当なしで、左腕「/」が描かれる。母音が3回続けて該当しなかったので、ハリーは「なぜ母音が(A以外に)ないの?」と訊く。ベルトゥッシオは、「(母音なら)Aが一杯あるじゃないか」と答える。ハリーは、あまり使われない、最後の母音の「U」はやめて、子音でよく使われる「S」と言うが、これも該当なしで右腕「\」が描かれる。次にハリーは、「T」と言う。これも該当なしで左脚「/」が描かれる〔これが実は1枚目の写真で、入れる場所を編集者が間違えた〕。ハリーが出て行くと思ったベルトゥッシオは、すべての文字を埋めてハリーに渡す。恐らく、このような状況だったと推測される。

母は、学校の前の道路に、黄色のシトロエン3CV〔主にアルゼンチンで生産された2CVの南米用派生モデル(602cc空冷水平対向2気筒エンジン)〕を停めて待っている。ハリーは後部座席のドアを開けると、もう乗り込んでいた弟に。「ベルトゥッシオのママがエスカロープを作ってるぞ」と笑顔で言いながら乗り込む(1枚目の写真)。車が走り始めると、ハリーは、「ママ、どこに行くの?」と尋ねる。「友達の家よ」。「そのために、僕を学校から連れ出したの? すぐに戻るよね? 今日は木曜日だよ、覚えてる?」(2枚目の写真)「英語の授業が終わったら、ベルトゥッシオの家に行くんだ」。しかし、母は意外なことを言う。「今日はダメ」。「なぜダメ?」。「今日は、行けないの」。「どうして?」。「旅に出るからよ」。「友達の家に行くんじゃないの?」。「立ち寄ってから、出かけるの」。「ママの友だちの家なんか、行きたくない」。その頃、車は、街路に設けられた検問所に近づいていた。母はバックしようと後を見るが、後ろには別の車がいる。そこで、仕方なく前進するが(3枚目の写真、矢印はシトロエン3CV)、見せても構わない身分証がないか、必死になって探す。後ろから、ハリーが、「どうしようかな? そんなの退屈だ。ここで降ろして、あとでベルトゥッシオの家まで迎えに来てよ」と頼んでも、それどころではない。「ダメ」。2回目に頼んでも、「正気なの?」。「どうして?」。「どうしても」。しかし、幸いに、検問所の軍人は女性と子供しか乗っていないので、チェックせずに通過させる。

連れて行かれた母の友達の家で、TVの古いSF映画に見飽きたハリーは、母の声が聞こえたのでキッチンのドアまで行ってみる。そこでは、母が、友人の女性に、「私がラボにいたら、(同僚に)手招きされて『旦那さんからよ、緊急だって』って言われたの。それで電話に出たら、彼が言うには事務所に電話したけど誰も出なかったらしくて。それから共同経営者のロベルトの話を聞かされたわ。12人くらいの男たちが押し入って、彼を無理やり引きずり出したそうよ」と話している(1枚目の写真)。夜になり、ハリーが、弟と一緒に狭いベッドに横になり〔弟は、もう眠っている〕、母からもらった子供用の雑誌を見ていると、そこに父がやってきて、頬にキスする。男の人からのキスが嫌いなハリーは、すぐに拭き取る。そして、「ベルトゥッシオの家に行かせてくれなかった。ロベルトに何があったの?」と訊く。「何があったかって?」。「とぼけないでよ」。「ママから聞いたのか?」。「連れて行かれたんでしょ? でも、大丈夫だよね。パパが助け出すんでしょ。弁護士なんだから。でも、ロベルトも弁護士だよね。弁護士も連れて行かれちゃうの? パパは大丈夫だよね?」(2枚目の写真)。父は、「ああ。パパは大丈夫だ」と言った後、「なあ、これからどうするか知りたいか? みんなで休暇に出かけるんだ。状況が落ち着くまでね。田舎の家を借りたんだよ。パパも行ったことはないが、素敵な場所だって聞いてる。プールもあるし、サッカーだってできる。何でも揃ってるぞ」と、いいことずくめの話をする(3枚目の写真)。そこで、ハリーが「ベルトゥッシオも呼んでいい?」と期待を込めて訊くと、「どうかな。もし呼んだら、あの子を面倒に巻き込むことになってしまう。そんなことしたくないだろ?」と、この転居が、決して “いいことずくめ” ではないことが明らかになる。

4人は、母が運転するシトロエン3CVで郊外の邸宅に向かう〔恐らく、弁護士の父の車は、ナンバー登録がされていて、危険で使えなかった〕。そして、夕方に近づき、ようやく長大な煉瓦の塀で囲まれた広大な敷地を有する邸宅に到着する(1枚目の写真)。車が中に入ると、父は、辺りを見回して塀よりも高い鉄柵扉を閉める。車は、たとえ塀を登っても見えないよう、木々に囲まれた中に停車する。そのあと、室内の紹介の前に、ハリーがプールサイドに座り、反対側のプールサイドの上に座ってハリーを見ているカエルとにらめっこをする。そのうち、カエルはプールに飛び込み、円形の小さな波が起きる(2枚目の写真、矢印)〔このカエルは何度も出てくる〕。家の中に入ったハリーは、まだ庭にいる父に、「僕たちの前は、誰がここに住んでたの?」と訊く。「さあな、さっぱりわからん」。「誰かがパパに、この家を貸してくれたんでしょ」。「知り合いの知り合いさ。パパだって会ったこともない」(3枚目の写真)〔これほど立派な邸宅にいったい誰が住んでいて、どうして、家具だけ残し、あとはきれいさっぱり引き払った形で貸してくれたかは謎としか言いようがない〕。

ハリーは、自分と弟に割り振られた部屋に入ってみる。そこも、先程述べたように、ベッドと大きな棚など、寝室に必要なものはすべて揃っているが、棚の中はきれいに空っぽにされ、何もない。しかし、ハリーが、思い切って棚の一番上のまで登ってみると、その奥に1冊の本が置いてあった(1枚目の写真、矢印)。本の題名は『HOUDINI/El Artista del Escape〔フーディーニ/脱出の芸術家〕』。表紙を開くと、一番上に、「Pedro ’75」と書いてある。そして、ハリーのナレーションが始まる(2枚目の写真)。「ハリー・フーディーニは、1874年3月24日にブダペストで生まれた。彼はよく言われるような奇術師ではなく、“脱出王” だった。脱出のプロは、どんなに困難な状況からでも抜け出す方法を知っている。フーディーニは常に完璧な肉体を維持していた。毎日何キロも走り、水の中では4分間も息を止めていられたんだ。4分間も。フーディーニは、自分を閉じ込めてみろと言って懸賞金をかけた。多くの者が挑戦したが、みんな敗北した。彼はいつだって、必ず脱出してみせたんだ」。ナレーションの背景映像は、最後は庭の木にもたれて読む姿に変わる(3枚目の写真、矢印)。

その日の夕食の時間に、母は、ハリーと弟に、「しばらくここに滞在することになるわ。まだ、いつまでかは分からないけれど」と話す。しかし、学校から直接連れてこられたため、自分の大事な私有物が一つもないため、ハリーは「僕たちの荷物は? ここ、何にもないよ」と文句を言い、弟も「つまんない!」とブツブツ。父は、「近いうちに一度家に戻って、いくつか荷物を持ってくるか、誰かに頼んで届けさせるよ」と慰め、母は「当分、学校はお休み。私はラボに行かなくちゃならないけど、パパが数日間は一緒にいてくれるわ」と慰める。そして、その直後、父は妻に、「名前のことを話してやってくれ」と頼む。なかなか言いにくいことなので、母は他の話から始める。「ちょっと待って。プールの周りでは気をつけて、危ないから。ガスの使い方とタンクの水の足し方を教えるわね。ここは水道が通ってないの。あと、電話には絶対に出ちゃだめ。使うのも禁止よ」。さっそく、電話を使いたいハリーが、「どうして?」と訊く。父:「ママがそう言うんだ、理由がある。いいな?」。ハリーは、仕方なく頷く。これで勢いがついたのか、妻が言いにくそうなのに気付いたからなのか、父は、「いいか、これから全員が、名前を変えるんだ」と、大事なことを一気に言う。ハリーはびっくりして、「名前、変えるの?」の訊き直す。父:「私たちがここにいることは、誰にも知られちゃいけない。もし誰かが訪ねてきたり、電話がかかってきたりしたら…」。ここで、母が、「電話には出ちゃだめと言ったわ」と遮る。ハリーは、「待って、待って… つまり、僕たち、別の名前になっちゃうの?」と、“まさか” の話を確かめる。「そうだ」。「いつまでも?」。「しばらくの間だ」。「新しい名前になっても、ベルトゥッシオに電話したら? あいつ、バカじゃないから僕だってすぐに気づくよ」。母が、「言ったでしょ。電話は一切禁止だって。あなたが名前を “オズの魔法使い” にしても、ダメなものはダめ」と、これまでより強く言う。父は、それを和らげるように、「これからは、ヴィンセント一家だ。パパはデヴィッド。職業は建築家だな」と言うと、ハリーに向かって小指を振り、ニヤニヤする。そして、ハリーは笑い出す。「デヴィッド・ヴィンセント、建築家!」。意味が分からない弟は、「なに? 何なの?」と訊く。ハリーは、笑いながら、「『インベーダー』じゃないか〔1967-68のTVシリーズの主人公〕。パパがデヴィッド・ヴィンセントだなんて!」。そう言うと、「僕も自分で選んでいい?」と訊く。父が笑顔で頷いたので、「ハリー。僕、ハリーがいい」と、最後まで笑顔が続く〔お気に入りのハリー・フーディーニから取ったもの〕。

翌朝、ハリーが目を覚ますと、隣のベッドに弟がいない。布団をめくってみると、シーツがおねしょで大きく濡れている。そこに、腰にバスタオルを巻いた弟が入ってくる。ハリーは、布団を上げたまま弟に、「どうした?」と訊く(1枚目の写真、矢印の先が濡れている)。「昨夜、コーラをいっぱい飲んだのか?」(2枚目の写真)。弟は、「誰にも言わないで」と頼む。「わかった。だけど約束するんだ。夜には、何も飲むな。ソーダも水もコーラも、何もかもダメだぞ」。そのあと、2人が庭に行くと、プールにカエルが腹を見せて浮かんでいる。弟:「死んでるの?」。ハリー:「昨日、見た奴だ。溺れたんだな」。「溺れるハズないよ。ヒキガエルだもん」。「ヒキガエルは空気を吸って息をするんだ」〔ヒキガエルは空気呼吸なので、水に潜っていれば溺れる〕「プールから出られなくなったんだろう」〔ヒキガエルは垂直の壁が苦手なので、昨日の夕方飛び込んだあとプールから出られなくなり、夜に水温が下がり、代謝が落ちて仮死状態になっていた〕。どこで見つけたのかは不明だが、ハリーが、“平らな鉄板の上に水が抜ける緑のポリエステルの布を敷いたもの” で、ヒキガエルをすくい取る(3枚目の写真)。弟が指で触ると、いきなりピョンと動いたので2人ともびっくりする。。

TVを点けっぱなしにした居間で、父は、壁掛け時計を修理し、ハリーはフーディーニの本を声を出して読み、弟は何かを食べている。そのうち、TVはニュースを流し始める。「…大臣は断言しました。リストにある人物を、政府が拘束している事実はなく、収監もされていないと…」(1枚目の写真)。それを耳にした父は、「政治犯を全員、抹殺する気か」と批判する。そして、大統領のインタビューが映る。「国民諸君、我々はアルゼンチン経済の歴史に、いま新たな1ページを刻む」(2枚目の写真)。父は、「ああ、新しい1ページだな」と皮肉る。「市場を開放し、我々の生産力を解放せねばならん」。「その生産力とやらで何を作る? さらなる悲惨な現実か」。ハリーは、フーディーニの真似をしたくて、椅子に座ると、弟に、後ろ手を縛らせる。TVは再びアナウンサーに戻り、「アルゼンチン大統領、ホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍は、政府はいかなる犠牲を払っても反乱分子を壊滅させると言明…」と軍部の見解を述べ始める。父は、庭に出て行き、斧を振り上げて、太い丸太の中央を叩き、2つに割ろうと何度も試みる。そこにハリーが来たので、ハリーがどのくらい “新しい素性” に慣れているか試す。「私は誰だ? 言いなさい、私は誰だ?」。「ヴィンセント」。「どこに勤めてる?」。「建設会社のキャンベル建設」。「母さんは?」。「主婦」。「2人が出会ったのは」。ここでハリーは分からなくなる。「ええと…」。父は、「大学だ。一緒に勉強してた。結婚して辞めたんだ。何度教えれば覚えるんだ?」と叱る。そして、斧の使い方を教える(3枚目の写真、矢印)。

夜、ハリーがベッドでフーディーニの本を読んでいると、そこにやってきた母が、「ねえ、いいこと。年上の子がウチに来ることになったの」と話しかける。「年上の子? 誰なの?」。「ただの青年よ」。「養子にするの?」。このハリーの質問に、母は笑ってしまい(1枚目の写真)、「何、言い出すの! 数日だけよ」と言うと、「彼には居場所が必要なの」と理由を説明する。そして、さらに、「それより、あなたには弟の面倒を見て欲しいの。いい? あの子 変化があると動揺するから… 可哀想に。精一杯頑張ってるのにね。あの子、今日、何かやらかさなかった?」と、依頼、プラス、質問をする。ハリーは、おねしょしたことを誰にも言わないと頼まれていたので、「ううん」と答える。「じゃあ、助けてくれるわね?」。ハリーは頷く。母は車で出かけ、ハリーと弟が庭で遊んでいると、母の車が見え、弟が、「ママが帰ってきた!」と駆け寄る(2枚目の写真)。ハリーは、「僕と一緒にいろよ。あの人を連れてる」と言うが、弟は、母の車まで走って行くと、「やあ、ママ!」と声をかける。母は、運転席のドアを開けると、「ただいま、いい子ね。会いたかったわ。今日はたくさん遊んだ?」と訊く。「うん!」。助手席のドアが開き、運動靴を履いた青年が下りる。母は、「こっちよ、ルーカス」と言い、弟には、「お兄ちゃんはどこ?」と訊く。「知らない、そのへんにいるよ」。「ミルクは飲んだ? パパに作ってもらった?」。「うん!」。その時、家の中から出て来た父が車の所まで行き、母にキスして「おかえり」と言う。母は、ルーカスに、「夫のデヴィッドよ」と紹介し、ルーカスは父と握手し、「今日は。お変わりありませんか?」と訊く。母に対しては、「素敵な所ですね、仰った通りだ」と言う。母は、「末っ子のシモンよ」と弟を紹介し、ルーカスは、握手しながら「よろしくな」と言う。そこにハリーが現われる。「そして、こっちがハリーよ」。ルーカスは、握手の手を差し出し「ハリーか。かっこいい名だね」と言うが、ハリーは黙ったまま握手(3枚目の写真)。そこで、父は、「この子、喋れるんだが、客が来ると私が催眠術をかけて黙らせちゃうんだ」と冗談を言う。最後に、母は、ハリーと弟に、「2人とも、ルーカスよ。数日間、ウチに泊まっていくわ」と告げる。

翌日、両親は、数日前まで住んでいた家にこっそり戻り、必要な物を取りに戻る。ハリーと弟は、小学校から直接連れて来られたので、自分の物は何一つ持って来ていない。そこで、母が、「一人につき一つだけ。そうじゃないと、もっともっと欲しくなるから」と言うと猛反発。「ママ、意地悪言わないで!」。そこで、「まあ、2つ、いや3つね」と譲歩する。母は複数まで許可したのに、なぜか、弟は、「ぼく、ライオン〔縫いぐるみの人形〕」、ハリーは、「TEGをお願い」としか言わない(1枚目の写真)。ここで、父が、「何か必要なことがあれば、ルーカスに声をかけるんだ」と言うと、弟は「ルーカス!」と叫びながらいなくなる。そこで、父は、ハリーに「彼、いつからおねしょしてる?」と訊く。ハリーは、内緒にしていたのに父が知っているのに驚きながら、「2回」と答え、「でも、僕が言ったって、彼に言わないでね」と頼む。そして、母に向かって「心配しないで、僕がちゃんと面倒を見るから」と言うと、「時間が出来次第、電話するわ」。「電話に出ちゃダメだって」。「ベルを3回鳴らして切る。それを2回繰り返すわ。そしてら、3回目に出て。それが秘密の合言葉よ」。その日の夜。ハリーはさっそく父とTEGを始める(2枚目の写真)。父が、「ニューファンドランドからニューヨーク、3個」と言い、サイコロを振る。目は、大きい順に(5,4,2)。ハリーがサイコロを振ると(3,2,2)。父が攻撃側なので、ハリーは防御側なので2個コマを失い、父は1個失う〔5>3、4>2、2=2:同点の場合は防御側の勝ち〕。本来なら、ハリーはニューヨークから2つ青いコマを取り除き、父もニューファンドランドから黒いコマ1個を取り除かなくてはならないのに、映画ではハリーがニューヨークから3つ青いコマを取り除き、父は、ニューファンドランドにある6個の黒いコマから3個をニューヨークに移す。これは明らかなルール違反。実は、その先に行われる3つの攻撃のいずれもルールから外れている。結論として、最後のTEGの試合は慎重に編集したが、この最初の “遊び” は、手元にあった映像を適当に並べただけのインチキであることが判明した。TEGはこの映画の真の主役なので、いくら前哨戦といえども、間違いを平気で見せた編集者の良心に愕然とさせられる。結局、でたらめな勝負の結果、言いたかったことは、父が圧倒的に強いということだけ(3枚目の写真)〔ほとんどの領土が、父の黒いコマで占領されている〕。

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