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La edad de la peseta プレティーンのサミュエル

キューバ (2006)

キューバ革命の直前のハイチでの10歳の少年の葛藤を描いた作品。キューバのアカデミー賞(外国語映画賞)出品作で、カルタヘナ国際映画祭の最優秀作品賞他6つの賞を獲得した。映画は、1958年の夏、5年間の放浪生活ののち、30~40代のアリシアが10歳の息子サミュエルを連れて自分が幼少期を過ごした家に戻ってくるところから始まる。その家で、家業の “白黒の顔写真の手彩色によるカラー化” を職業として暮らしてきた老齢のビオレタは、何度も男を乗り換えてきた娘のアリシアを警戒し、そんな娘が育ててきた息子に厳しく当たる。アリシアは、自分の生活費を稼ぐために就職しようとするが、3度の離婚歴があるような女性を雇う会社はない(サミュエルの父親とは、結婚すらしなかった)。しかし、ずっと昔からお互い顔見知りだった靴屋のオーナーのラウル(妻を亡くして2年目)が、アリシアを気に入り、店員として雇ってくれる。サミュエルが通うことになった学校は、大教室での授業で、これまで地方都市の学校を転々と移ってきたサミュエルは馴染めず、成績は最低。それでも、悪たれグループに誘われてスラム街に住む40代の女性の “裸体ショー” を見に行ったりして、プレティーンとしての一歩を踏み出す。サミュエルは、母アリシアがファンになっているキューバの女優のヌリアの写真を見て大好きになる。彼女が、秘密の目的で祖母のビオレタに写真を撮ってもらいに訪れると、それは恋心に変わる。そして、いつかキスしてみたいと思い、“裸体ショー” の女性に会いに行くが、その時、家にいた14歳の優しいが末期の結核患者の少女にキスに仕方を教えてもらう。しかし、少女が口から血を吐くような病気であることから、少女に惚れはしない。最初、サミュエルに冷たかった祖母は、彼が手彩色の手伝いをする(老齢で落ちた手彩色の腕をサミュエルがカバーする)ようになると、次第に心を開き、親しみをも感じるようになる。母アリシアとラウルの仲も親しくなっていくが、娘の奔放な過去を知っているビオレタは、2人の交際を冷淡に見ている。それでも、ラウルが本当の紳士なので、ラウルには徐々に心を開き、ある時、サミュエルとラウルの3人で、ビオレタの考える「四次元」の世界を体験する。1959年1月の初めに、カストロの革命軍が独裁政権を倒すと、それまで革命軍の一員として戦っていたヌリアの恋人が帰ってきて、サミュエルの初恋は打ち砕かれる(その少し前に、彼にキスを教えてくれた少女も、15歳になる2日前に亡くなっていた)。ここから、映画は一気に2年を飛ばし、カストロがアメリカの一方的な制裁から国を救うため、ソ連からの援助を受けるという間違った道に踏み込んでしまう。ラウルは、このままキューバに留まるのは危険だと判断し、一家(2年前にアリシアと結婚していた)でアメリカに移住することを決断するが、ビオレタは住み慣れた暮らしを放棄することを拒む。そして、別れの日、ビオレタはサミュエルに、職業として伝統を受け継ぐためのカメラと、「四次元」の世界で心をつなぐための指輪を渡す。

映画とは直接関係ありませんが、フィデル・カストロ(Fidel Alejandro Castro Ruz)について、従来の知識とは違った “前身像” が見えたので、少し長くなりますが、彼が共産主義者に変貌する1959年末に至るまでの、純粋な “反独裁者” としての若きカストロの驚くような頑張りを紹介しておきたいと思いました。以下、年代順に表記します。
  ❖ 1952年3月10日: 25歳の弁護士フィデル・カストロは、正統党(Partido Ortodoxo)の下院議員選挙に立候補したが、6月の選挙の前に、元大統領のフルヘンシオ・バティスタ(Fulgencio Batista y Zaldivar)が軍事クーデターで政権を奪取、憲法を停止し、選挙を中止した。カストロは違憲行為だと裁判所に告訴したが却下され、武力闘争に向かう。
  ❖ 1952年後半~1953年前半: カストロは、正統党を支持した農業労働者や下層中産階級の若者たち約1200人の組織を秘密裏に結成する。そして1200人の少額貯金を活用し、22口径の小型の猟銃(鳥撃ち用の軽いライフル)や、一般的な散弾銃、競技用のピストルをハバナや地方の普通の銃砲店、あるいは個人の愛好家から「中古の狩猟・スポーツ用」として、少量ずつ安価で買い集め、少人数ごとに厳しい射撃・戦術訓練を行った(高価な実弾は人あたり数発だった)。
  ❖ 1953年7月26日の早朝: キューバ南東部にある第2の都市サンティアゴ・デ・クーバ(Santiago de Cuba)にある政府軍第2のモンカダ(Moncada)兵営を襲撃しようとしたカストロ率いる約130名の本体は、門の直前で “カーニバル期間中だけの夜間巡回部隊3名” に遭遇し、咄嗟な行動から警報が発せられ、約130名の本体と30名の分隊を合わせ60名以上が死亡する。カストロを発見した部隊の指揮官ペドロ・サリア(Pedro Sarría Tartabull)中尉は命令に背いて兵営ではなく刑務所に連行する。カストロは即座の処刑を免れる〔中尉は不名誉除隊後に逮捕。革命後は英雄〕
  ❖ 1953年10月16日: カストロが懲役15年の判決を受ける。
  ❖ 1955年5月15日: カストロは、政治犯の釈放を求める世論の高まりを受けて釈放される。しかし、自宅周辺を常に私服警官や軍の暗殺部隊(秘密警察)に包囲され、24時間徹底的に監視され、いつ暗殺されてもおかしくない状況に置かれる。彼は自宅に籠り、ネットワークを通じて「アレハンドロ(Alejandro)・ゴンサレス」という架空のメキシコ人(または観光客)の偽造パスポートと、メキシコ航空566便の航空券を用意する〔Alejandroはカストロの第2の名で、空港で要求される出国カードのサインを、パスポートのサインと同じように書けるようにするために、この名にした〕
  ❖ 1955年7月7日: カストロは変装して空港に向かい、内通している職員が素早く飛行機の搭乗口へとスルーさせる。秘密警察が「ハバナの自宅にカストロがいない」と気付いた時には、メキシコ航空566便はすでにハバナを離陸していた。カストロは潜伏期間中に作成した宣戦布告のメッセージを仲間のジャーナリストに渡しておき、離陸後に新聞やラジオで一斉に公開させる。「キューバ国民へのマニフェスト: 私はキューバを去る。しかし、それは逃亡ではない。国内におけるすべての合法的、平和的な闘争の道が、バティスタの独裁によって完全に閉ざされたからだ。私は、外からこの国に武器を持って戻り、国民を解放するための戦場(ゲリラ戦)を準備するために旅立つのだ」。この日の夜、カストロはアルゼチン生まれの医師チェ・ゲバラ(Ernesto Guevara de la Serna、チェは一種の通称)と出会い、チェ・ゲバラは「軍医」として革命軍に参加する。
  ❖ 1955年夏~1956年初夏: カストロは資金集めにアメリカに密入国し、バティスタにクーデターで政権を追われた前キューバ大統領カルロス・プリオ・ソカラス(Carlos Prío Socarrás)から当時の数万ドルの現金を受け取った他、アメリカの「キューバ人移民」からの草の根カンパからの支援金、キューバ国内の富裕層・実業家からの秘密裏の資金提供を受ける。その資金で、メキシコシティの南東約30kmにあるサンタ・ローサ(Santa Rosa)農場を購入し、「悪徳武器商人」との裏取引で大量のベルギー製FN FAL自動小銃、アメリカ製のM1ガーランド半自動小銃、トンプソン短機関銃、さらには対戦車用の弾薬や爆薬を買い占める。
  ❖ 1956年6月21日夜: カストロは、バティスタ政権が放った大物スパイのラファエル・デル・ピノ(Rafael del Pino)の密告でメキシコの国家安全局により国内での「不法な軍事活動」のため逮捕され(約20名強)、兵器はすべて没収される。
  ❖ 1956年7月24日: カストロは釈放される。そして、できるだけ早くメキシコから逃げ出してキューバに戻るべく、悪徳武器商人に圧力をかけて没収前と同じ量の武器を集めさせ、アメリカ人が所有していたおんぼろのレジャーボート(定員12人程度)を買い取る〔のちの、グランマ(Granma)号〕
  ❖ 1956年11月25日深夜: 猛烈な嵐の中、カストロとゲバラたちは、メキシコシティの北東約250kmのトゥスパン(Tuxpan)港から、定員を遥かに超える82名の隊員と、新しく買い直した闇武器をグランマ号に積み込み、キューバに向けて強行出航する。
  ❖ 1956年12月2日早朝: 悪天候、船酔い、定員オーバー、エンジンの不調などのため予定より2日遅れてラス・コロラダス(Las Coloradas)海岸〔ハバナの南東約600km〕に到達。マングローブの泥沼地帯のため、重い銃器を持っての上陸に苦労する。
  ❖ 1956年12月5日: アレグリア・デ・ピオ(Alegría de Pío、海岸の約20km東)の砂糖畑で、政府軍の飛行機と地上部隊から猛烈な不意打ち攻撃を受け、82名のうち約30〜40名が死亡、約20名強が逮捕・投獄、包囲網を突破し山へ逃げ込めた生存者は20名前後のみ。
  ❖ 1956年12月18日: わずか10数名の生存者と、かき集めた7丁のライフルしか残っていない絶望的な状況の中で、カストロは弟のラウル(Raúl Modesto Castro Ruz)を抱きしめ、狂気的とも言える絶対的な確信を込めて「¡Ahora sí ganamos la guerra!(これで俺たちの勝ちだ!)」と叫ぶ。周囲の男たちが、指揮官は正気を失ったのかと疑う中、彼は続けて、「¡Los días de Batista están contados!(バティスタの命運は尽きた!)」と宣言する〔有名な「伝説の第一声」〕
  ❖ 1957年1月17日: 12月中旬の再集結時点で12〜16名。そこからさらに遅れたメンバーも合流し、12月末までに山中で部隊として形を整えた総数が約20名前後。再会からちょうど1ヶ月後、カストロたちは最初の軍事作戦を決行する。それが、ラ・プラタ(La Plata)襲撃。ゲリラが生き残っていることが明らかになった記念すべき初勝利。
  ❖ 1957年2月9日: ラ・プラタで負けたことに激怒したバティスタが、山岳地帯へ大規模な掃討部隊を送り込み、ランチョ・ロト(Rancho Roto)で起きた戦闘。ゲリラ部隊はバティスタ軍の追撃を巧みにかわし、待ち伏せ攻撃によって政府軍にさらなる打撃を与える。
  ❖ 1957年2月17日未明: ニューヨーク・タイムズの高名なベテラン記者ハーバート・マシューズ(Herbert Matthews)によるカストロのインタビュー。当時56歳だったマシューズは、妻を「ハバナ観光に同行した普通の旅行者」に偽装してカモフラージュに使い、バティスタ軍の厳しい検問やスパイの目をかいくぐって、自らの足でシエラ・マエストラ(Sierra Maestra)山脈の麓まで移動。ハバナにいたカストロの地下組織が、マシューズを山脈の麓まで秘密裏にエスコートし、そこで待機していたカストロのゲリラ部隊に引き渡す。カストロは、実際には20名かそこらしかいない手下たちを、面会の最中に周囲を何度もぐるぐると歩かせ、「まるで背後に何百人もの大軍勢が控えている」かのようにマシューズ記者を錯覚させる。インタビューの内容は、2月24~26日の3日間にわたり、ニューヨーク・タイムズ紙に『Cuban Rebel Is Visited in Hideout: Castro Is Still Alive and Still Fighting in Mountains(潜伏先のキューバ反乱軍を単独取材: カストロは生きていた! シエラ・マエストラで抗戦を続けている)』という特集が写真付きで世界中に配信され、キューバ革命は「世界が注目する大事件」へと変貌する。
  ❖ 1957~58年初頭: シエラ・マエストラ山脈での支配権を確立する。
  ❖ 1958年5月~8月: 政府軍の総攻撃「ベラーノ(Verano)作戦」の返り討ちに成功する〔 1万人超の政府軍に対し、300人で闘い、峻険な地形を活かした巧妙な待ち伏せ戦術でこれを翻弄。政府軍は戦意を喪失して大量の脱走兵を出し、作戦は完全な失敗に終わる〕
  ❖ 1958年8~12月: 首都ハバナを目指す東西挟撃作戦が行われる。
  ❖ 1959年1月1日未明: 独裁者フルヘンシオ・バティスタがドミニカ共和国へ逃亡する〔莫大な政府の金を持ち逃げする→死ぬまでスペインで富豪として優雅に暮らす〕
  ❖ 1959年1月2日: チェ・ゲバラらの部隊が首都ハバナを無血占領する。
  ❖ 1959年1月7日: アメリカ政府はカストロが樹立した暫定政府を「キューバの正当な政府」として公式に承認する。
  ❖ 1959年1月8日: カストロ本人が民衆の熱狂的な歓迎の中、ハバナに入り、キューバ革命の勝利が確定する。
  ❖ 1959年4月19日: ワシントンD.C.の連邦議会議事堂で、カストロとニクソン副大統領の非公式の首脳会談が行われる〔アイゼンハワー大統領はカストロとの会談を拒否してゴルフに出かけてしまい、ニクソンはカストロを「非常に未熟で、共産主義の脅威に対して無知である」と冷淡に突き放し、アメリカ側が彼をリーダーとしてまともに扱わない姿勢を明確に示した。これが、カストロに「アメリカとの合法的・民主的な対話は不可能だ」と悟らせる決定的な契機となる〕
  ❖ 1959年5月17日: 「農地改革法」の公布〔大土地所有を禁止し、1人(または1法人)あたりの土地所有面積の上限を約400ha(一部例外あり)に制限。これを超える分は国家が接収し、小作農や土地のない農民に分配、または国営農場とした。結果として、キューバ国内に広大なサトウキビ農園やインフラを所有していたアメリカ系企業の資産が接収された〕
  ❖ 1959年6月11日: アメリカ政府はキューバ政府に対して公式な抗議文書(外交ノート)を提出する〔「農地改革そのものは否定しないが、アメリカ人所有の土地を接収する際の補償金が少なすぎる(または不確実である)」として、「迅速、かつ適切な現金での補償」を強く要求〕
  ❖ 1959年6月15日: 革命政府は、公式の外交回答(外交覚書)をアメリカ政府に突き返す〔返済は、現金ではなく20年国債によって行う(現金は独裁者フルヘンシオ・バティスタが持ち逃げした)。バティスタ政権時代にアメリカ企業が自ら行った不誠実な行為(土地の過小評価による脱税申告)の際の安価な土地評価額に基づいた補償額とする〕
  ❖ 1959年半ば~10月以前: KGBが、ラウル・カストロのルートを通じてキューバ革命政府の動向や思想的背景の情報収集を行う〔この時点では、フィデル・カストロは、まだ共産主義者になってはいない〕
  ❖ 1959年10月下旬: 特使(KGB工作員)のアレキサンドル・アレクセーエフがカストロ(Александр Иванович Алексеев)大佐と初接触する。
  ❖ 1960年2月4日: ソビエト連邦(URSS)の第1副首相、アナスタス・ミコヤン(Анастас Иванович Микоян)のハバナ訪問〔キューバが完全にソ連の支配下に落ちる〕
  ❖ 1960年7月6日: アイゼンハワー大統領は、キューバからの砂糖輸入割り当てを70万トン削減する。
  ❖ 1961年1月3日: アメリカがキューバと国交を断絶する〔1960年2月4日の直後からこの直前までに逃げ出したキューバ人は数万~10万人規模〕
  ❖ 1961年1月16日: 政令(出国手続きを厳格化し、治安機関G-2による事前審査を義務付けたもの)が発令される〔申請すれば(審査はあるものの)マイアミ便のチケットを買って出国できる」という余地が残っていた〕
  ❖ 1961年4月16日: カストロが正式に「キューバは社会主義国家である」と宣言する。
  ❖ 1961年9月14日: 臨時の閣議決定および行政通達(「航空券の販売・発給資格の大幅な制限」と「出国許可(通達)の事実上の凍結」が出される〔この命令が10月にかけて現場(空港や航空会社)に完全に浸透したことで、マイアミ定期便は存在していても「誰もチケットを買えない、乗れない」状態になり、アメリカ系航空会社も運航をストップせざるを得なくなった〕
  ❖ 1961年12月2日: 「マルクス・レーニン主義者」宣言〔ソ連との関係をよくするため、カストロは、最初から共産主義者だったと嘘をつく。その後の研究で、そうでないことが判明している〕
  ❖ 1961年12月5日: 法律第989号(無断出国者の財産没収)が発令される〔10月の事実上の閉鎖によって、着の身着のまま密航などで逃げ出した人々や、10月以前にすでにアメリカに渡って戻れなくなった人々の資産を、最後にまとめて根こそぎ没収するため〕

サミュエル役は、イバン・カレイリャ(Iván Carreira)。映画の撮影は2005年6月27日~8月23日。イバンの生年月日は1992年としか分からない。ということは、撮影時12~13歳。10歳の少年を演じるには少し大き過ぎる。その割に演技が上手いとはとても言えないし、出演作はこれ1作のみ。2000年代のキューバでは、芸術・映画産業庁による厳しい検閲と国家統制がまだ存在していた時代なので、そもそも子役俳優自体が希少だったことを考えると、致し方のない結果だと言える。

あらすじ

映画の冒頭、この映画の題名から定冠詞の “La” を除いた名詞句 “Edad de la peseta” の意味が、「キューバで、思春期前の7歳から11歳までの時期を指す表現」だと、わざわざ紹介される(1枚目の写真)。この映画の仮題は、「思春期前の7歳から11歳までの時期」=プレティーンを活かして付けた。一方、英語のタイトル『The Silly Age』は、“Silly” の標準的な意味が「バカな」なので、誤解を招く不適切な誤訳だ。キューバ人しか分からない題名を付ける方も付ける方だが… この製作側の最大のミスは、「7~11歳」と言っておきながら、誰が観ても13~14歳に見える子役をサミュエル役に選んだこと。これでは、「小学生の葛藤」を描いた作品ではなく、「中学2・3年生の葛藤」を描いたことになり、タイトルにそぐわない。次に映るのは、ニューヨーク・タイムズの編集者兼ジャーナリストのハーバート・マシューズが、1957年2月17日にシエラ・マエストラ山脈でフィデル・カストロと会見した時の “歴史的” な映像。「まず第一に、我々はキューバ革命への道を歩み始めた。自由のための戦いにおいて、独裁政権が我々を打ち負かすことなど不可能だと証明したのだ。我々は圧倒的に優勢な敵に対して何度も勝利を収め、我が軍は日ごとに強大化している。これは始まりに過ぎない。最終決戦の地は首都だ。それだけは、確実に保証する」(2枚目の写真)〔フィデル・カストロ、No.2のアルゼンチン人の共産主義者チェ・ゲバラ、フィデルの弟ラウル・カストロらが、バティスタ軍事独裁政権に対して起こしたゲリラ的反乱〕。そして、「1958年夏、ハバナ」と表示される〔反乱軍がバティスタ政権を倒したのは1958年12月31日〕。そして、汽車の汽笛とともにレールが映り、次いで、タイトルが表示される。客車の座席で、10歳のサミュエルは、手彩色〔手で色塗りされた〕の映画スターのカラー写真を10ページ以上めくった後に出て来た1枚の写真〔女優ヌリア〕に見入る(3枚目の写真)。



ホームに降り立った母のアリシアは左右を見て、誰かを探すような動作をするが誰もいない(1枚目の写真)。次のシーンは、激しく降る雨の中を、ハバナ中央駅〔1912年、国の記念建造物〕から出て行く2人。母は赤い傘をさしているが、サミュエルはずぶ濡れ(2枚目の写真)〔なんという非情な母なのだろう〕。2人は雨が止むまで近くの商店街のアーケードで休む(3枚目の写真)〔ここでも、2人の間にはかなりの距離感がある〕。なぜか、母は近寄ってきて頬にキスしようとすると、サミュエルはさっと顔をそむけてキスさせない(4枚目の写真)〔母を嫌っている〕。雨が止むと、2人は歩いて祖母ビオレタの家まで行く(5枚目の写真)。





この映画は、幾つものエピソードに分かれている。最初のエピソードは、「一つ目、二つ目、三つ目… 四つ目」(1枚目の写真)。母は玄関のドアを開けて中に入り、サミュエルもすぐ後に続く。母は傘を傘立てに入れると、サミュエルに、「怖がらないで。彼女は誰も食べたりしないから」と言う(2枚目の写真)。サミュエルは「誰が怖いなんて言った?」と応える(3枚目の写真)。ずっとピアノの音が続くが、それはBGMではなく、祖母が弾いているピアノだと分かる。



2人がピアノのある部屋の前まで行くと、祖母は弾くのを止め、「今晩は、アリシア」と言って、振り向く。母は、「いつもその曲ね」と応じる(1枚目の写真)。そして、「サミュエル、おばあちゃんにキスしてあげて」と言うが、サミュエルが部屋に一歩入ると、祖母は向きを戻し、別の曲を弾き始める〔孫のキスなんか欲しくないという意思表示〕。母は、困ってしまったサミュエルの腕を取り、寝室に連れて行く。そして、セミダブルベッドのマットレスにシーツを掛けながら、「気にしないで」と言い。枕を2個並べる。てっきり、そこで2人が寝るのかと思ったら、母は「私は、向かいの部屋で寝るわ。何かあったらいつでも呼んで」と言って(2枚目の写真)出て行く。サミュエルは、父と母と3人で撮った写真の入った写真立てをサイドテーブルに置く。その他のものをバッグから出していると、なぜか戸棚が軋りながら少し開く。何だろうと思い、サミュエルが扉を開けると、中には、①マリアとキリスト像、②風変わりなベールをかぶった女性聖像(?)、③斧を持った中世の男性聖像(?)などが並んでいる。それを見ていると、いきなり祖母が現われ(3枚目の写真)、「よくお聞き。はっきり言っておくわ。一つ目、私の持ち物に勝手に触れるんじゃないよ。聖像も、飾りも、ピアノも。何もかも。私の部屋に入ることは厳禁。奥にある小部屋や台所など、もってのほか。二つ目、私は子供が嫌いだし、甘やかされた子供はもっと嫌い。つまり、家の中で騒ぐのも、走り回るのも、一切禁止で… それ一つ目、私の持ち物に勝手に触れるんじゃないよ。聖像も、飾りも、ピアノも。何もかも。私の部屋に入ることは厳禁。食堂の奥にある小部屋など もってのほか。二つ目、私は子供が嫌いだし、甘やかされた子供はもっと嫌い。つまり、家の中で騒ぐのも、走り回るのも一切禁止… 分った? はいか、いいえか?」と一気に命じる。サミュエルが「はい、おばあちゃん」と言うと、祖母は「三つ目、私は『おばあちゃん』と呼ばれるのは嫌い。名前で呼びなさい、ビオレタと」と命じる。「はい、ビオレタ」。「何歳なの?」。「10歳」。「ずいぶん大きくなったわね」。



いきなり、キリスト教系の学校のシーンに変わる。サミュエルが、自分の頬にエンピツの芯を当て、尖り具合を確かめ(1枚目の写真、矢印は鉛筆)、それを机の上に置くと、目を離した隙に、隣の悪ガキが、鉛筆を取り上げ、芯を机の上で押して折る(2枚目の写真、矢印は鉛筆の折れた芯)。それに気付いたサミュエルは、折れた芯を捨てると、小型の携帯鉛筆削りで芯を尖らせる。そして、頬に押し付けて尖り具合を確かめると、再び机の上に置く。しかし、今度は、相手が手を伸ばして鉛筆を捕ろうとした時、すぐに腕を掴み、動かせないように机に押し付けてから、尖った芯で手のひらの真ん中を叩く(3枚目の写真、矢印は鉛筆)。隣の生徒は大声で叫び、サミュエルは席を立つと走って逃げ出す。相手にケガをさせたのだから、罰則はあるに違いないが、それについては何も触れられない。



夕食の最中、サミュエルの足元で白い猫が歩き回って食事の邪魔をする。サミュエルが、追い払おうとすると、祖母は、「四つ目、その動物は神聖よ」と注意する。重要な会話は、このあと。母と祖母の対立があからさまに表現される。母は立ち上がると、食べ終わったサミュエルの皿を取り上げながら、祖母に向かって、「明日、仕事の面接があるの」と告げる。祖母は、皮肉をこめて「それはよかった。品行方正証明書〔当時のキューバで就職等に必要だった身元・素行の保証書〕の提出が必要よ」と言う。母:「2通あるわ」〔神父、弁護士、以前の雇い主などが書いた物〕。祖母は笑顔で、「それは結構なこと」と言って食べ終わった皿を母に渡すが、母は、うっかりか、意図的にか皿を落とし(1枚目の写真、矢印)、割ってしまう。母はすぐ、サミュエルに「部屋に行きなさい」と命じ、サミュエルは席を立って出て行く。息子がいなくなると、母は席に座り、「サミュエルの前で、あんなこと〔品行方正証明書〕言う必要なかっでしょ」と祖母を批判する。祖母は、今回の、“実に久しぶりで突然” の来訪の仕方について「あんたって本当に気楽なものね。5年ぶりなのに、『日曜日に行きます』、だけ」(2枚目の写真)「この5年間、あんたは私が生きていようが死んでいようが、これっぽっちも気にかけなかった。そのくせ、クリスマスや私の聖名祝日〔祖母の名前(ビオレタ)の由来となった聖人の記念日(5月3日)〕には、何枚も絵葉書をよこして。何て気楽な、アリシア、気楽な人なの!」と強く批判する。母も負けずに「被害者ぶるのなんて、みっともないわよ」と反論する。その夜、ベッドで眠っていたサミュエルは、トイレで小便をする夢を見て、気が付いたらシーツはおねしょでベタベタ(3枚目の写真、矢印)。こっそり洗面台でシーツを洗っていると(4枚目の写真)、音に気付いた祖母が廊下を歩いてくる。そこで、サミュエルは、猫のような声を出して誤魔化そうとするが、猫は祖母の足元にいたので、祖母は何が起きたか察しが付くが、敢えて追及せずに見過ごす。




2番目のエピソードは、「罪深き女という烙印」(1枚目の写真)。母アリシアは、さっそく、面接に挑む。最初に訪れた場所の面接担当者との会話。「それで、ご主人はどんなお仕事を?」。「いいえ。夫はいません」。男性:「しかし…  お子さんがいるとおっしゃいましたね。未亡人ですか?」。母:「いいえ。離婚です」。当時のキューバでは、カトリックの伝統的な価値観が根強く、“結婚は神聖で永続的なもの” と考えられていた。離婚した女性は “家庭を維持できなかった不完全な女性”“道徳心に問題がある人物” と見なされたため、当然不採用。次に映るのは、面接担当の女性に、他の女性が、「最悪の女みたいね」と囁くシーン。面接担当は「まあ、空きが出たら連絡します。でも、あまり期待しないで」と告げる(2枚目の写真)。最後に映るのは、面接担当の女性に「離婚?」といぶかしげに訊かれ、開き直ってすべてを打ち明けるアリシア。「それも3回ね。もっと大勢の男たちとも付き合ってきたわ。息子の父親とは、結婚すらしてないの。どう、驚いた?」(3枚目の写真)。



次のシーンは学校。前回、信じられないような制裁で隣のワルをやっつけたサミュエルは、ロビーの長椅子にたむろしていた4人組に、「一緒に行かないか?」と声をかけられる。「どこ行くの?」。「TVを見に」〔1958年のキューバにおけるTVの普及率は、世界5位(日本は10位圏外)〕。これまでの母との生活ではTVはなかったので、一緒について行く。5人は、貧民窟の方に入って行き(1枚目の写真)、奥にあった粗末な木の扉を叩くと、布で口を覆いながら咳をしている14歳の少女〔典型的な末期の結核〕が扉を開ける(2枚目の写真)。「何の用?」。生徒の1人が 「テレビを見にきた」と言うと、女性は 「母ちゃん、お客だよ」と声をかける。すると、40代前半の女性が出て来て、「キャンディー買うのかい?」と訊く。「ううん」。「じゃあ、テレビはお預けだね」。それを聞いた5人は、ポケットからお金を出し合って女性に渡す。子供たちは、TVの絵が描かれた壁の前に立つ。初体験のサミュエルは、「君はそこに立てよ」と言って一番前に立たされる。しばらくすると、TVの絵の中央の扉が開かれ、さっきの女性が、キャンディーが5本入ったカップを差し出し、「さあ、1本ずつ取ってお食べ」と言う(3枚目の写真、矢印)。子供たちが1本ずつ取ると、入口にいた若い女性がレコードをかけ、ダンス服に着替えた40代前半の女性が、足を鳴らすと、スカートの裾をつかんで徐々にまくり上げていく(4枚目の写真)。サミュエルは呆然としてじっと見るが、すぐにスカートは下げられ、生徒たちが、「もう1回!」と叫んでも、二度目はない。。




サミュエルは、祖母の家に帰るが、誰もいない。そこで、祖母が立ち入りを最大限に禁止した “食堂の奥にある小部屋” に何があるか見てみようと、こっそり開けてみる。すると、中には赤い光が満ちていて(1枚目の写真、矢印)、祖母の「駄目…」と言う声が聞こえたので、急いでドアを閉めて逃げる〔あとで分かるが、ここは写真の現像室。祖母はプロの手彩色職人〕。ここで、場面は、アリシアに変わる。就職に失敗し、悲嘆にくれたアリシアは、映画館に入って行くが、そこで上映されているのが、節のタイトルの「罪深き女という烙印」という映画。このシーンで映るのは、すすり泣いている女性の方を見ている40代の男性(ラモン)(2枚目の写真)と、2席空けて、その右に座って泣いているアリシア(3枚目の写真)だけで、映画は男女の声だけが聞こえる。男:「頼む、中に入れてくれ」。女:「入らないで、お願いだから。あなたの声を聴くと、せっかく忘れようとしていた想いが、また溢れてきてしまうの」。男:「人はみんな、生まれながらに逃れられない運命を背負っているんだ。まるで、牛の体に押される焼印のようにね。そして君の運命は、僕を愛することなんだよ」。女:「もう何も、何ひとつ怖くなんてないわ! 私を愛して! 周りから指をさされたって、すれ違いざまに唾を吐きかけられたって、『罪深き女』と呼ばれたって、もうどうでもいい!」。男:「この世に存在する唯一の罪は、自分の心に嘘をつくことさ。神が、君に二度とそんな罪を犯させないよう守ってくださいますように。愛しているよ」。



アリシアが映画館の階段を下りて行くと、下ではラモンが待っていて、映画のパンフレットを渡す。そのあと、2人はカフェに入り、昔の知人同士だったので話が弾む(1枚目の写真)。ラモンは高級靴店を経営していて、ラジオでコマーシャル・ソングを流してから売り上げが伸びたと話すと、アリシアは 「何て幸運なの!」の褒める。ラモン:「人生、良いことばかりじゃない。実は2年前に妻を亡くしてね」。アリシア:「ラモン、ごめんなさい、私何も知らなくて…」。「いやいや、気にしないで。もうだいぶ慣れたから」。「素敵な奥さんだったのね」。「それ以上だった。私が、人として一番大切だと思う “繊細な心” を持ってた。今の時代、失われてしまったものだけどね。だからこそ、君はとても特別に思えるんだ、アリシア」。「まあ、ラモン。本当にお上手なんだから」。ラモンの高級靴店の店員に雇ってもらったアリシアは、オーナーのラモンを連れて祖母の家に帰る。すると、祖母がサミュエルがいないと話す(2枚目の写真)。「まだ戻って来ない。さっき一度は戻ったんだけど、またすぐ出てったみたい」。「あの子どこへ行ったの?」。「知るもんですか! 家中、どこもかしこも探したわ」。「あの子に、何したの?」。「別に何も。怒鳴ったけど、仕事中だったから」。「怒鳴ったの?」。それを聞いたアリシアは、家出を想定し、警察に電話をかけようとする。一方、祖母は、サミュエルの部屋の棚の中の聖ククファト〔探し物を見つけてくれるスペインの有名な俗信。探し物を見つけるまで聖人のタマを縛り上げておく、見つけるまでは絶対に解いてやらないと言って脅す〕の前でハンカチに結び目を作りながら、「聖ククファト、聖ククファト、あんたのタマを縛り上げるよ。この子が見つかるまで、絶対に解いてあげないからね」と言うと、棚の奥で咳く音が聞こえる。祖母がサミュエルを廊下に引っ張り出すと、電話番号を回していたアリシアは、怖い顔をして寄って行き、ラモンの目を意識して、大げさに息子を抱き締めながら、「ああ、私の可愛い王子様!」と心にもないことを言う。祖母は、芝居がかった娘を冷ややかに見ながら、「アリシア、その人、誰?」と訊く。「こちらはラモンさん。『レドンド靴店』のオーナーで、私に仕事をくれるって言って下さったの」。「へえ。あの証明書も少しは役に立ったのね」。そう、皮肉っぽく言うと、祖母は「はじめまして」とラモンに挨拶する(3枚目の写真)。「はじめまして、奥様」。「あなた、アストゥリアス〔スペイン北部〕のご出身?」〔オビエドを中心とする地域の田舎の貧困層が中心となって20世紀初頭に移住した人々で、ハバナでエリート白人層を形成〕。「いいえ、ガリシア〔スペイン北西部〕です」〔サンティアゴ・デ・コンポステーラを中心とする地域の田舎の貧困層が中心となって20世紀初頭に移住した人々で、ハバナの一般的な白人層を形成〕



祖母とサミュエルの服装が変わってないので、この “事件” の後、祖母はサミュエルを現像室に連れて行く。そして、真っ黒になった紙を見せ、「何が見える?」と つっけんどんに訊く。「何も」。「そうだよ、真っ黒だ。あんたがドアを開けたせいで、写真は全部使い物にならなくなった。これだけのものに、幾らかかるか分かってるのかい? アリシアに言って、あんたを寄宿学校に送り込んでやる。ここには置いとけない」(1枚目の写真)。「行きたくないよ」。「お黙り! まずは、台無しにした分の代金を払ってもらう。寄宿学校に行くのはそれからさ。さあ、どうやって払うつもりだい? 訊いてるんだよ! はっきり言っておくが、最後の1センタボまで返済するまで、私のために働き続けるんだからね」。「イヤだって言ったら?」。祖母は、聖像の棚の所までサミュエルを連れて行く。そして、一つずつ説明していく。「願いごとの聖像だよ。『孤独の聖母』は、寂しくて誰かにそばにいて欲しい時。『聖アントニオ』は、いい相手を見つけたいときに、こうやって逆さまにするんだ。『聖テレジータ』は、墓地の守護聖人。そして、『聖ククファト』は、何かを失くした時のため。私の一番のお気に入りでね、わざわざスペインから持って来たんだ。みんな私の言うことなら何でも聞いてくれるから、気を付けるんだね」(2枚目の写真)。最後に、床にいるネコを指して、「こいつだって、昔はあんたみたいな生意気な子猫だったんだよ。それがほら、今じゃすっかり私の言いなりになってる」と言う。サミュエルがベッドで横になっていると、祖母が入って来て、ベッドサイドテーブルの上に1枚の紙を置いて出て行く。サミュエルが紙を取り上げて見てみると、表には、サミュエルと同じ学校の制服を着た猫が、祖母の手伝いをしている絵が描かれ(3枚目の写真)、裏には、「RECUERDA(忘れるんじゃないよ)」と書いてある。



3つ目のエピソードは、「愛、愛、愛」(1枚目の写真)。ビオレタの邸宅のドアに、映画俳優のヌリアが現われ、「ビオレタ?」と訊く。ビオレタは、「冗談かと思っていました、まさかあなたが… アリシアが知ったら!」と驚き、ビオレタは「誰にも内緒です。あなた、秘密は守ると約束したでしょ」と念を押す〔この会話から、訪問以前に何らかのコンタクトがあったことが分かる〕。「ご心配なく、秘密は絶対守ります」。「アリシアって誰?」。「私の娘です。あなたの大ファンなんですよ」(2枚目の写真)。ビオレタは、「すみません、もう少し詳しく説明していただけませんか? そうすれば理解できると思います。だって… あなたが抱える人の数を考えたら」と訊く。その後の説明はない〔この映画は、理由のない行動な多過ぎる〕。一方、学校では、授業中にサミュエルが堂々と眠っている(3枚目の写真)。教師は、鐘のような音の出るベルを押して注意喚起し、サミュエルに「学校は勉強する場所、家は寝る場所。明日までに100回書いておくこと」と注意する。学校を終えたサミュアエルが祖母の邸宅に帰ると、廊下でヌリアとすれ違ったので(4枚目の写真)、驚いて見つめる。その時、バックグランウンドに流れるのが、1944年の名曲『Amor, amor, amor(愛、愛、愛)』。一方、母のアリシアは、ラモンの靴店で働いている。ラモンから、「今日はどうだった?」と訊かれ、「信じられない。2人の婦人が来て、ブーツを10足も買ってくれたの」と嬉しそうに言うが、それを聞いたラモンは困った顔をする。「あら、ラモン、いけないことだった?」。「ブーツなんだ。売らない方がよかった。巻き添えになったら困る」。「分からないわ」。「あの2人は間違いなく反乱軍の味方だ」。「反乱軍?」。「ああ、何も知らんのか? 今どきは、常に警戒して行動しないといけない。今この国では、大変なことが起きてるから。とても大きなことが」。「あら、ラモン。ただ一つ大きいのは、あなたにしてる借金だけよ」〔この発言も、意外で、意味不明〕




4つ目のエピソードは、「現実にはちょっとした手直しが必要」(1枚目の写真)。祖母は、自分の仕事に初めてサミュエルを参加させる。そこには、後で写真が出て来るクラウディアという太った40~50代の女性と、その夫、男の子か孫が、海水浴姿で海の絵柄の壁をバックに立っていて、それを祖母が二眼レフカメラで撮ろうとしている。サミュエルの役目は、3人に照明を当てること(2枚目の写真)。祖母は、「クラウディア、どうしたの? そんなに真面目な顔して」と、笑顔になるよう勧める〔ここは、あとのシーンと喰い違い、よく分からない〕。そして、そのあと、祖母はサミュエルを現像室に連れて行って、写真を現像するが、映画に出て来るのは、さっきのクラウディアではなく、ヌリアの写真。祖母は、「アリシアがアルバムを持っていてね、そこに彼女の写真が何枚かあるの。人それぞれ理由は違うけれど、私にとっては仕事よ」と言う。「アリシアにとっては?」。「女の子の遊びだよ。この写真のことは、お母さんには内緒だと約束して」(3枚目の写真)。「どうして?」〔また、ここで終わってしまう。「ヌリアと約束したから」とでも言ってくれれば、すべてがつながるのに/この会話の訳も、現像した写真が若い頃のアリシアなのか、ヌリアなのか判明しなかったため、「彼女」がアリシアなのかヌリアなのかで迷った。結局、内緒にするという言葉と、ヌリアに「秘密は絶対守ります」の言葉から、ヌリアの写真だと断定できた〕



次のシーンでは、転校して間もないサミュエルに、週末テストの成績表が渡され、校内か公園のベンチで母はそれを手に取って見る(1枚目の写真)〔字が小さ過ぎて読めない〕。ほとんどが60点以下の最悪の成績。母は、目の前に立ったサミュエルに、「私のせいよ。母親失格だわ。子供なんて産むんじゃなかった。あなたのせいじゃない。大バカなのは私よ」と慰め(2枚目の写真)、それを聞いたサミュエルは母の隣に座ると、抱き着く〔母が初めて見せた優しさ〕


サミュエルが帰宅すると、手彩色をしていた祖母は、「塗っていた筆を渡して、赤を付けておくれ」と言う。サミュエルは、筆の先端に赤色を付けて渡す。祖母は、「この奥さんの頬に色をつけないとね、ずいぶん青白いから。ついでに、このみっともないイボも隠しちまおう」と説明する(1枚目の写真)。「でも、どうして? ありのままなのに」。「よく覚えておくんだよ、サミュエル。人がお金を払うのは、ありのままの姿を見るためじゃない。そんなのは鏡を見ればいいんだ。そうじゃなくて、自分がこうありたい姿を見るために払うのさ。現実には、いつだってちょっとした手直しが必要なんだよ」。サミュエルは、目の上の青を見て、「やりすぎだよ。これじゃピエロみたいだ」と言うが、祖母は、「あんたには何も分からないよ。これでちょうどいいんだ」と言い張る。次のシーンでは、サミュエルが玄関を出た所で、戻ってきた母とすれ違う。「どこへ行くの?」。「ビオレタに頼まれた写真を届けに」。「宿題したの?」。サミュエルは返事もしない。家の中に入って行った母は、「もっと早くやめさせるべきだった。サミュエルをあなたの写真の仕事に巻き込むなんて、本当に気に入らないわ」と文句を言う。祖母が、いつもの口癖の 「写真のおかげで、この家族は3…」と言い始め得ると、母は割り込んで、「…3世代にわたって食べてこられた。でしょ?」と言うと、「だから何? 私がどう思ってるか知ってるはずよ。それに、サミュエルは子供だわ。一人で歩かせるには今の街は危険すぎる。大変なことが起きているのよ。とても大きなことがね」と、ラモンの言葉を意味も分からずに祖母にぶつける。祖母は 「何が起きているか、あんた分かってるんかい?」と批判する。一方、サミュエルは、先日写真を撮ったクラウディアの家に行き、「ビオレタからです」と言って大きな茶封筒を渡す。中から写真を撮り出したクラウディアは、心待ちにしていた写真をみて、渋い顔になり、「何よこれ! ひどいじゃないの」と言う。サミュエルは次にヌリアの豪邸に行き、「ビオレタからです」と言って大きな茶封筒を渡す。ヌリアは中を見ずに「お金は後で私から直接払うわ」と言い、笑顔で「どうもありがとう」と付け加えて、家に入る。サミュエルは、邸宅の脇の木立の中にしゃがみ込んで、彼女が出て来るのをじっと待っている。すると、顔を黒いベールで覆い、黒いサングラスをはめたヌリアが、茶封筒を持って現われ、そのまま歩いて墓地に向かう。サミュエルは後を付ける。ヌリアは、平坦な長方形の石板で出来た墓の端にある石台の頂部に花束を入れると、辺りを見渡してから、そっと茶封筒を入れ、花束で隠すとすぐに立ち去る。それを木陰から見ていたサミュエルが、封筒を出そうとすると、そこに現れた肌の茶黒い男が、「それに触っていいと、誰が言った?」と警告したので立ち去る〔ヌリアは、恐らく、恋人のゲリラ兵士に渡そうとした〕



5つ目のエピソードは、「サミュエルはプレティーン」(1枚目の写真)。その日の夜、電話がかかって くる。祖母の応対:「はい。ああ、奥様、いかがなさいました? いえ、ご心配なく。もしお気に召さなかったのなら… 仕上がりがお気に召さなかったのなら、お金はお返しします」(2枚目の写真)「ええ。はい、もちろん、もちろん。明日、孫に向かわせますので、ええ。はい。はい、では、では。さようなら、失礼します」。クラウディアからの強い拒否反応だが、恐らくビオレタにとっては初めての経験だったのだろう。作業用のテーブルに座った祖母は、一言、「愚か者(Imbécil)」と言うが、クラウディアに言ったものなのか、自分自身に言ったものなのかは分からない。その時、母が、「ママ、サミュエル、ラモンが来たわ」と玄関から呼ぶ。それを聞いたサミュエルは、母の “男好き” に嫌気がさして、自分の寝室に行く。しかし、母は、ラモンとの仲を潰したくないので、サミュエルの部屋に行き、ベッドにうつ伏せになった息子に、「サミュエル、お母さんを怒らせないで」と、ラモンに聞こえないように小声で出て来るように促すが、サミュエルが「嫌だ」と言ったので、無理矢理体を掴んで立ち上がらせる。そして、ドアの両端を掴んで廊下に出ないよう支えるのを、全力で押し出す。ラモンの前まで連れて来られたサミュエルは、ラモンに笑顔で、「やあ、サミュエル坊や」と声を掛けられると、ラモンを睨み上げ(3枚目の写真)、ラモンの左脚の向う脛(むこうずね)を、靴で思い切り蹴飛ばす〔1958年のキューバはスペイン領時代の伝統を引き継ぐ土足文化が主流で、都市部の中流階級以上の家庭や社交の場では、来客時も含めて靴を脱がないスタイルが一般的だった〕



サミュエルは、すぐに逃げ去る。母がどこを探してもサミュエルはいない。最後の可能性として、祖母の聖像の棚の開けようとすると、祖母が、「そこにはいないよ。あの子は私の神様を敬っているから」と言って開けさせない。「じゃあ、どこにいるのよ?」。「さあね? 四次元かい?」。「もう、お母さん、ふざけないで。あの子のしたことはひどいことよ。日に日に生意気になっていく」。「この親にして…」。「ママはいつも私の味方をしてくれない」、そう言うと、母は諦めてラモンの手当てに行く。母はいなくなると、サミュエルは戸棚の中から、「アリシアが、また結婚するのは嫌だ」と声がする。祖母は、「それはあの子の問題さ、あんたのじゃない」と宥める。サミュエルは、「何度も引っ越すのがなんだ」と言うと、「四次元って何?」と訊く(2枚目の写真)。「その歳で知らないなんて信じられないね。私たちは三次元に生きているけれど、目に見えない四次元というのがあるのさ。もしかしたら今まさに、ここに汽車が走っているかもしれないのに、私たちは気づかないだけなんだよ」。「じゃあ、その汽車には誰が乗っているの?」。「普通の人間だよ。ただ、あべこべに生きているのさ。ここで何かがなくなれば、向こうで誰かが見つける。あんたが一日中そんなに気難しい顔をしているのは、向こうで誰かが笑い転げているからだよ。時々、二つの次元が偶然つながって、誰かが消えてしまうことがあるんだよ」。「きっと、僕のパパに起きたのもそれだね」。蹴られた足を冷やしていたラモンが帰る。祖母は、「いい人じゃないか」と肯定する。母:「とても礼儀正しいし」。祖母と一緒に現れたサミュエルが、「他の男と結婚なんてしないで」と言うと、母は「子供に何が分かるの? 子供には父親という存在が必要なのよ」と反論する。「僕にはもう写真のパパがいる」。「あのろくでなしは、あんたのことなんか思い出しもしないわね」。「どうしてか分かる? パパはきっと四次元にいるんだ。だから会いに来られないんだ」(3枚目の写真)。「来なくて結構よ。あいつが行くべきなのは、地獄の底だわ」。この口論の後、祖母が、「おいで、サミュエル。一緒に現像しよう」と誘うと、母は、「絶対にダメよ。サミュエルとのお遊びは終わり。手伝いが欲しいなら、他を探して」と祖母に釘を刺し、サミュエルには、「あんたは宿題をやって。それに、外出禁止だからね。部屋にお行き」と命じる。その夜、サミュエルは四次元の汽車の夢を見て、目が覚めたら、またおねしょ。あんなに仲が悪いのに、なぜかサミュエルは母のベッドに入り込む。「たくさん漏らしたの?」。「悪夢を見たんだ」(4枚目の写真)。「四次元の汽車の夢」。「おばあちゃんのくだらない話なんか真に受けちゃダメよ」。




6つ目のエピソードは、「さまざまな、キスの仕方」(1枚目の写真)。翌朝、電話がかかってきて、祖母が出る。「あ、お早うございます、ヌリアさん。今からですか? ええと… どうでしょう、少し考えさせて下さい。ええ、分かりました。10時頃にお待ちしています。では、のちほど」。それを耳にしたサミュエルは、何としても会いたいと思う。次のシーンは、学校の玄関で別れるサミュエルと母。サミュエルは中に入って行くが、母は、一旦通路を出てから、こっそり戻って、サミュエルが逃げ出さないか監視する(2枚目の写真)。母が満足していなくなった頃、サミュエルは、玄関から、母がいないか探る(3枚目の写真)。そして、いないと分かると、玄関から出て祖母の家に戻る。



戻ってきたサミュエルを見て、祖母は、「ここで何をしてるんだい?」と訊く。「具合が悪くなって、先生に家で休めって言われたんだ」。「そうかい。じゃあ部屋で休みなさい、今日は仕事が立て込んでいるんだ」。しかし、背後にはもうヌリアがいる(1枚目の写真)。そこで、祖母は仕方なく、「いらっしゃい、ヌリアさん。これは孫のサミュエルです。今日は少し具合が悪くて、ちょうどベッドへ行くところでした」と紹介する。ヌリアは、もう写真を届けてもらっているので、「もう知り合いよね」と、サミュエルに笑顔で言う。祖母:「ほらサミュエル、寝てらっしゃい」「こちらへどうぞ、ヌリアさん。準備はすべてできています」。ヌリアは、サミュエルの顎に優しく触れてから(2枚目の写真)、中に入って行く。サミュエルは、当然 寝室なんかには行かず、撮影室の窓の隙間から、中の要素を覗き見る(3枚目の写真)。中では、ヌリアが上着を脱いで下着だけになり、スカートも脱ごうとしている。その間、祖母は、「あなたの言う通りですね。男の人が気にするのはそれだけです。誰よりも驚いたのは私ですよ。あの方が私にそんなことを頼むなんて、思いもしませんでした。どうぞ楽にしてください。神様が私たちを許して下さいますように」と絶え間なくしゃべり続ける。このシーンは、ここで終わる。



サミュエルは、以前、クラスの4人に連れられて行った、貧民窟にあるボロ家に行く。TVの絵の壁は開いていて、中に、受付係の14歳の少女がいたので、サミュエルは「僕、テレビを見に来たんだ」と話しかける。「ママいないわ。それに、最近はTVはやってないの」。「別の用件でママさんに会いたかったんだ」。「いいわ、入って」。ここから、家の中。「あんた、写真屋の孫でしょ。ママは、私の15歳の誕生日の写真のことで、あんたのお祖母さんと話したがってるの」。「ママは、まだ帰って来ないの?」。「何がしたいの?」。「キスの仕方、教えて欲しいんだ」(1枚目の写真)。「私、知ってるわ。よかったら、教えてあげようか」。そう言うと、少女は、布を持って咳をする。「そりゃいいや。どうすりゃいいの?」。「そんなに簡単じゃないの。キスにはいくつも仕方があるの」。少女はそう言うと、立ち上がって、テーブルのイスに座っていたサミュエルの手を取って、立たせる。そして、私の腰に手を回してと言いながら、サミュエルの手を腰に当てると、「目を閉じて、心の中で5つ数えて」と言う。少女は、両手でサミュエルの頬を触ると、キスをする(2枚目の写真)。そのあと、いくつかの短いシーンが断片的に映る。①ヌリアの邸宅の玄関の近くに立っているサミュエル、②歯をきれいに磨くサミュエル、③2回目の少女とのキス、④学校で、祖母が最初に撮ったヌリアの写真を見るサミュエル、⑤ヌリア邸の脇の茂みの中で待っているサミュエル、⑥祖母の家での3度目のヌリアの撮影の盗み見(完全にセミ・ヌード)。そして、ボロ家に戻り、少女は、「今日は最後のキスを教えてあげる。オレンジを吸ったことある?」〔スペイン語圏: 皮をむいて房ごと食べるのではなく、上部に小さな切り込みを入れ、手で直接口に向かって絞って果汁を吸い出す〕。「もちろん」。「それと同じよ。準備はいい?」。少女は、激しいディープキスをする(3枚目の写真)。「気に入った?」。「ちょっと変な味がした」〔喀血が口の中に残っていた〕。少女は、「ほら。これ、私の形見にしてほしいの」と言って、血の付いた布を渡す(4枚目の写真、矢印は咳をした時の喀血)。この場面で一番悲しいのは、女優ヌリアへの恋心から、キスの練習台にされたとも知らず、自分の死期を予感して形見を託した少女の切なさと、それを冷酷に川へ投げ捨てるサミュエルの残酷さ(5枚目の写真、矢印は喀血の付いた布)。





7つ目のエピソードは、「行くあてのない嵐」(1枚目の写真)。ある日、ラモンの靴店に、左右の眉がまっすぐにつながった “一文字眉” の金持ちの20~30代前半の男が来て、アリシアに靴を持って来させる。2人の間には、いつの間にか、客と店員を超えたつながりが生まれてしまう(2枚目の写真)。日中からどうしてアリシアが店を抜け出したのかは分からないが、2人は男の最新のオープンカー(アメ車)でモーテルに向かう。そして、当然の結果として2人は肉体的関係に至る(3枚目の写真、矢印は男の靴)。アリシアという女は、何という恥知らずで浮気症の女なのだろう。



一方、サミュエルは寝室に飾ってあった陶器の女性の頭像をベッドの枕のそばに置くと、像の下に片方の枕を置き、キスの練習を始める。しかし、それが祖母に見つかってしまう(1枚目の写真、矢印は頭像)。祖母は、「冒瀆! すぐ元に戻して! 何てことするんです?!」と叱る。「キスの練習だよ」。「この異端者!」。一方、モーテルでは、用を終えた男は、アリシアを置いてさっさといなくなる。アリシアは、一人でバーに入って行き、カウンターの前に座ると、「Ricardi〔今は存在しない地元のラム酒〕」をダブルで注文し、一気に飲む(2枚目の写真)。店を出た後は、真っ暗になった通りを彷徨うように歩いて行く。その時、バックグランウンドに流れるのが、1957年の『Vendaval sin rumbo(行くあてのない嵐)』。「♪この世から多くのものを奪い去る、行くあてのない嵐よ ♪私の深い痛みがもたらす苦しみを、どうか持ち去ってくれ ♪眠れぬ夜をもたらす不安を、私から取り除いてくれ ♪私にとって、永久に叶わぬ夢に過ぎないのだから」。ラモンという人がありながら、誘いに乗って “またやってしまった” アリシアの愚かさがよく伝わってくる歌詞だ。一方、店を閉めて暗くなってからビオレタの邸宅を一人で訪れたラモンは、プレゼントを持参する。最初にサミュエルに立派な紳士靴を渡し、「それは、サイズは小さいが、私と同じ紳士靴だ」と言う。祖母は、「サミュエル、試し履きしてみなさい。失礼でしょ」と注意する。次に、ラモンは、「これは、あなたに」と言って、赤いリボンを十字に掛けた小箱を渡す。そして、「アリシアは?」と訊く。「彼女はまだ帰って来ません。ご一緒だと思っていました」。そう言って紙を剥がし、箱を開けると、中には真珠のネックレスが入っていた。祖母は、「素敵ね。ありがとう、ラモン」と喜ぶ(3枚目の写真、矢印はネックレス)。その直後、ラジオから、「キューバの労働者へ、1953年7月26日に始まった革命運動の労働者部会からのクリスマス・メッセージ」というメッセージが流れる(キューバ革命は12月31日)。このことから、この最後のエピソードは、9月から一気に12月末まで進んだ後のものだと分かる。この3ヶ月で、ラモンはアリシアと結婚する意志を固め、アリシアの母に真珠のネックレスを贈ったのだった。



8つ目のエピソードは、「指輪(複数)と四次元」(1枚目の写真)。ラジオを聞いたラモンは、食事が終わると、「もう彼らを止められる者はいない」と言い出す。ラモンの “反乱軍を敵視するとも受け取れる言い方” に対し、祖母は、「物事が変わる時が来ているとは思いませんか?」と、独裁政権の終焉が望ましいと口にする。その言葉を受けて、ラモンは、「実のところ、この国には平穏が戻る必要があります。そしてもし彼らがそれをもたらすなら、歓迎されるべきです」と言い、2、3ヶ月前と違って、“反乱軍を受け入れる側” に変化したことが明らかになる。サミュエルは、祖母が描いた “何らかの事件で犠牲者になった老夫人” の手彩色写真を見たサミュエルが、「死んだ人も四次元に行くの?」と訊く。「もちろん」。ラモンは「アリシアが心配だ」と言うが、ビオレタは、「それは、明日届けるんだよ」とサミュエルに言う。サミュエルは、写真を封筒に入れながら、「どうやって四次元に行くの?」と尋ねる。祖母は、ラモンにもらったネックレスの入っていた箱の赤いリボンをハサミで切り(3枚目の写真)、それを使って簡単な指輪を4つ作り、「これが四次元に行くための指輪だよ」と言ってサミュエルに見せる。サミュエルが受け取ろうとしないので、「嫌ならあんたには何もあげないし、私一人でラモンと一緒に行くよ」と言い、サミュエルはすぐに受け取って右手の薬指にはめる。祖母は、指輪をラモンに渡した後で、自分の両手の指にもはめる。そして、2人に向かって手を差し出し、手と手をつなぎ合う(4枚目の写真、矢印)。祖母は、空想の世界について語り始め、ラモンもそれに合わせるが、何も見えないサミュエルは、「そんなの嘘だ」とがっかりする、祖母が、「見えるわけないだろ、違う方の手にはめてるんだから」と言って、サミュエルの左手にはめ直す。これで、サミュエルにも、空想の世界が見えるようになる〔大切なことは、たとえ空想にせよ、3人の心が一つになったこと〕




そこに、ようやくアリシアが帰って来る。「遅くなったかしら?」。祖母は、なぜか、「ラモン、テーブルをセットするのを手伝って下さらない?」と言い出すが、アリシアは 「お願い、ラモン、行かないで。あなたにとても大事な話があるの」と、真面目な顔で頼む。それを聞いた祖母は、(再度)なぜか、“やめなさい” とばかりに首を横に振るが、ラモンは期待して立ち上がる。アリシアはラモンの前まで行くと、「私と結婚してくれない、ラモン?」と頼むような口調で、求婚する(1枚目の写真)。サミュエルは鬼のような顔になるが、ラモンは笑顔を浮かべ、ポケットから用意しておいた結婚指輪を取り出してアリシアに渡す(2枚目の写真)。そして、「君を世界で一番幸せな女性にするよ」と言う〔ふしだらなアリシアと違い、本当の紳士〕。怒ったサミュエルは寝室に行ってしまう。しばらくして、アリシアはサミュエルが寝ている横に座ると、「私を信じて。きっと何もかも上手くいくから、ね? 大好きよ」と、説得するように話しかける(3枚目の写真)。それに対してサミュエルは、「動物園の臭いがする」と言う〔バーで飲んだ酒の樽の古い木とアルコールの鋭い匂い、プラス、男の体臭〕〔死んでしまった少女との最後のキスの時も、「ちょっと変な味がした」と批判がましかった〕



9つ目のエピソードは、「臆病かい、それとも勇敢かい?」(1枚目の写真)。別の日の夜遅く、サミュエルは、祖母の寝室にこっそり入り込み、ベッドの手前にある小さな棚の一番上の引き出しを開ける。その先、サミュエルが何をしたのかは、わざと分からないように映しているので〔この映画の最大の欠点〕、断言はできないが、中に「NURIA CASTELL(ヌリア・カステル)とだけタイプで打った小さな茶封筒が入っている(2枚目の写真)。次のシーは、学校の授業中にサミュエルは、「あなたの写真、全部持ってます」とノートに書いている。すると、教師に黒板に呼ばれ、325×78の計算をさせられる(3枚目の写真)。サミュエルが何もできないでいると、手を出すように言われ、木の細い棒で叩かれる。



ヌリアとサミュエルは、以前、ヌリアが写真の入った茶封筒を墓に隠した墓地で会う。ヌリアは、厳しい口調で、「こんなこと終わりにしないと。私をバカだと思ってるの? 君が、こっそり覗き見たり、あちこちの通りで尾行したりしているのを、私が知らないとでも?」(1枚目の写真)「さっさと写真を渡して、何が欲しいのか言って」と命じる。サミュエルは、「あなた」と答える(2枚目の写真)。予想外の返事だったので、ヌリアは 「私? 君、まだ子供でしょ、9歳くらいかな」と言う。「10歳」。「ごめん、10歳なんだ。失恋の痛みは一時的なものよ。君が大人になって、私が老婆になった時、君は私のことを思い出して、大笑いするでしょうね。そんな時まで、私のことを忘れてなければの話だけど」と笑顔で言う。サミュエルは、顔をヌリアの胸に付けると、「あなたのことは一生忘れません」と言う。それを聞いたヌリアは、サミュエルの頭を優しく撫でる。サミュエルは持って来た写真の茶封筒を渡す。そのお礼に、ヌリアはサミュエルに一瞬のキスを贈る(3枚目の写真)。



次のシーンでは、サミュエルが祖母の代りに、手彩色をしている(1枚目の写真)。そして、その絵を茶封筒に入れ、立派な建物〔公共的な建造物〕の大きな玄関扉をノックする。すると、その脇の窓から女性が呼んだので(2枚目の写真)、「ビオレタからです」と言って窓越しに渡す。封筒を開けた女性は、笑顔になり、「ママ! おばあちゃんの写真、すごく素敵よ!」と、どこか隣の部屋に呼びかける。そして、窓の下のサミュエルに、「ハバナにはビオレタのような人は他にいないわね」と言う〔今や、サミュエルの腕は、ビオレタ以上〕。帰宅したサミュエルは、祖母に 「僕を『猫にしてやる』って脅したこと、覚えてる?」と訊く。そして、「どうやってやるか、もう分かってるよ。まず猫の頭を現像し、残りの部分は覆っておくんだ。それから、同じことを逆の順序で行う。そうでしょ?」と、種明かしをする。「その通り。あんたは頭がいいんだから、借金を返すまで私のために働き続けるんだよ」。「僕、ビオレタと一緒に仕事するの好きだよ」(3枚目の写真)。



ある日、キスの仕方を教えてくれた少女の母がビオレタを訪れ、嫌がる祖母に、「お願いですから、どうかダメだなんて言わないで。私にはあの子しかいないんです。今日死ぬ間際に約束したんです。あなたに嫌な思いなんて絶対にさせませんから! あの子はあそこで、たった一人であなたを待ってます」と懇願する。それでも、祖母が「でも無理よ、分かってちょうだい。私にそんなことはできないわ」と断ると〔プロの手彩色職人として、死体の撮影は、官公庁から依頼された時以外は受け入れなかった〕、少女の母は「だったら、私はあなたを連れて行くまでここを動きません!」と決死の構え(1枚目の写真)。これを聞いた祖母は、「分かったわ。ここで少し待っていて」と言うと、サミュエルに、「臆病かい、それとも勇敢かい?」と、一緒に来るよう促す(2枚目の写真)。


サミュエルが懐かしいボロ家に行くと、少女は、ピンクではないがきれいな服を着せられ、ベッドに横たわっている。少女の母は、「きれいでしょ? 15歳の成人式を本当に楽しみにしていたんです! あと2日だったんですよ、たったの」と悔しがる(1枚目の写真)。そして、「あの子、ピンクのドレスを欲しがっていたのに、私は数ペソをケチって買わなかった」と悔やむ。さらに、「それから、無理なお願いじゃなければ、目を開けているように描いてもらえませんか? 生きてた時のように」と無理な依頼もするか〔1950年代のラテンアメリカやカトリック圏では、亡くなった家族(特に幼くして死んだ子供)の姿を写真に収め、“最後の形見” として保存する文化が根強く残っていた〕。ここで、場面は再び祖母の家に戻り、サミュエルが現像した写真に手彩色をし、祖母が横に座ってそれを見ている。サミュエルは、着ている服をピンクに変えているが(2枚目の写真)、目をどうしたかは最後まで分からない〔本当に不親切な監督〕。2人の向かい側に座った母アリシアが、「死は自然なことだわ」と、突然言い出す。祖母:「何て?」。「ううん。ラモンと結婚したらどうなるか考えてただけ」。「今度こそ真面目にやるんだよ、いいね?」(3枚目の写真)。「もちろん。ラモンは映画の主役って柄じゃないけど、とてもいい人だし。それに、私のことを愛してくれているのが分かるの。私にはそれが一番大切なことよ」。



その時、大勢の人の声が聞こえて来たので、3人は窓の所までいって外を見てみる(1枚目の写真)。祖母は、「サミュエル、よく見ておきなさい。革命よ」。この言葉で、この日が1959年1月8日だと分かる。そして、当時のハバナの街に溢れかえる群集の映像(2枚目の写真)や、カストロの貴重なカラーのニュース映像が流れる(3枚目の写真)。



サミュエルが手に小さな花束を持ってヌリアの邸宅に向かって全速で走る。あれほど子ども扱いされたのに、嫌われなかったので希望を捨てきれないのか? ヌリアが玄関を開けて出て来ると、そこにジープを運転してきた反乱軍の兵士が、首に3本のプレゼント用のネックレスをかけて笑顔で下りて来る〔以前、ヌリアがセミ・ヌードの写真を秘密裏に贈っていた相手〕。2人はしっかりと抱き合う(1枚目の写真)。それを見たサミュエルは2人を睨みつけ(2枚目の写真)、花束を投げ捨てて立ち去る。家に戻ったサミュエルは、聖像の棚を開けると、かつて祖母は、「いい相手を見つけたいときに、こうやって逆さまにするんだ」と言った、上下反対に置かれた『聖アントニオ』の陶器像を取り出し、床に落として破壊する。その夜、サミュエルは悪夢を見るが、以前、祖母が赤いリボンの指輪をはめさせて四次元世界の夢について語った時の、悪夢の制御法を思い出し、悪夢から抜け出す。目が覚めると、おねしょをしていなかったので、ベッドの上で万歳する(3枚目の写真)。



最後のエピソードは、「首都での最後の諍(いさか)」(1枚目の写真)。なぜか、この題名だけ、英語で表示されるが〔編集のミス? それとも、アメリカが関係するから意図的に英語で?〕、ここだけ、訳は直訳を避け、意訳にした。なぜなら、この直後に映る映像は、1960年2月4日にソ連の第1副首相アナスタス・ミコヤンのハバナ訪問時の映像だから(2・3枚目の写真、矢印はカステロ)。冒頭の解説で書いたように、この訪問を境に、カステロは親米を捨て、親ソへと大きな転換を断行する。パナマの貧困層以外の人々は、これからどうすべきか迷う。つまり、逃げ出してアメリカに行くか、踏みとどまるか。だから、「battle」は戦闘ではなく、心の葛藤なのだ。



1960年の2~12月の間のいつの日かの夕食時のシーン(1枚目の写真)、食事を終えると、ラモンの隣に座っていたアリシアが、「ラモンが決めたの。今の状況を考えると、アメリカへ移住するのが一番だって」と、重大な発言をする。その後を引き継いで、ラモンは「革命と共産主義は、全くの別物だから」と、その理由をずばり説明する。この言葉は、当時のキューバ市民、特に中産階級の人々が抱いていた “裏切られたという絶望” と “政治的な見極め” を象徴する、歴史的に非常に重要な台詞。つまり、1952~58年にかけてキューバの独裁者として君臨し、キューバの砂糖産業のほとんどをアメリカ人に支配させ、麻薬・賭博・売春ビジネスをマフィアに支配された最悪の国にしたフルヘンシオ・バティスタを倒すのが「革命」で、それを大勢の人々が賛同・支援した。しかし、その結果、キューバが、ソ連の傘下に入るとは誰も〔革命軍の一部の幹部を除いて〕思っていなかった。こうした社会情勢に対して全く知識のないサミュエルは、「共産主義ってなに?」と訊く。ラモンは 「サミュエル坊や、知らない方がいいこともあるんだ」と言い、ビオレタに対して、「あなたはどうされますか?」と訊く。「私は英語が話せないの」。「私たちだって話せません」。アリシアは、「ママが 一人で残るなんて良くないと思うわ」と言うと、「猫がいるわ」と応える。それを聞いたサミュエルは、「共産主義ってなに?」と訊いたくせに〔何も知らないのに〕、「共産主義が来たって、僕、ここに残るよ」と勝手なことを言い出す(2枚目の写真)。アリシアは、「もう寝なさい。今は大人の話をしているのよ」と、サミュエルを食堂から出て行かせる。サミュエルは廊下に出るが、声が聞こえる所に座り込んで話の続きを聞く(3枚目の写真)。ビオレタ:「あんたはもう少し身勝手さを抑えて、息子のことを考えるべきよ。せっかくこの家に慣れてきたのに、また連れ出すなんて」。アリシア:「私は息子にとって何が一番良いか分かってるわ。それに、残念だけど、あなたはあの子に良い影響を与えてないし」。ビオレタ:「じゃあ、なぜ、私が一緒に行く必要があるの?」。次のシーンは、話し合いが終わり、祖母がベッドで横になっていると、そこにサミュエルが “大き目のティーカップ” を持って入ってくる。サミュエルが、昨年祖母の家に5年ぶりに連れて来られた最初の日、祖母は「一つ目… 私の部屋に入ることは厳禁」と言っていたので、「誰が入っていいと言ったの?」と注意するが、2人の間には親交ができていたので、サミュエルが「ミルク入りのコーヒー」と言うと、出てけとは言わない。サミュエルは祖母のベッドに横になると、「僕、何もかも知ってるよ」と言う(4枚目の写真)。「何をだい?」。「なぜ、あなたとアリシアは仲が悪いのか。あなたはアリシアが写真家になって、ラウルって男の人と結婚することを望んでた。だけど、彼女は僕のパパとくっついちゃって、学校も辞めた。それに、おじいちゃんが亡くなった時に…」。そこまでサミュエルが話すと、祖母は「彼女が そう言ったのかい? まるで、ラジオドラマだね」と言って止めさせる。サミュエル:「アリシアはそんな話、してないよ」。ビオレタ:「アリシアと私はね、友達みたいなもので、仲は悪くないのよ。ただ、ウマがあわないだけ。水と油のようにね〔実際のスペイン語は酢と油〕」。「じゃあ、僕は何なの?」。映画は、しばらく、サニュエルが、祖母と親しく暮らす様子を映す。まるで、サミュエルが  “ビオレタと一緒に残る” 側についたかのように。 




サミュエルが、自分の部屋で 鞄に革靴を詰めようとしていると、そこに入って来た母が、革靴を出して床に置く。サミュエルは、「ビオレタが行かないなら、僕、行かない」と最後の抵抗を見せるが、母は、「サミュエル、困らせないで。状況が落ち着いたら、必ず戻ってくるから。3ヶ月もかからないわ」(1枚目の写真)〔1960年頃にアメリカ(主にマイアミ)へ亡命・避難した人々の多くは、カストロ政権は長続きせず、「数週間か、長くても数ヶ月で事態は改善し、すぐにキューバの自宅へ戻れるだろう」と本気で信じていた〕。次のシーンでは、ラモンが残った鞄を取りに来て、目で、サミュエルに挨拶させるよう、アリシアに指示して、何も言わずに出て行く。アリシアは、サミュエルに 「お祖母ちゃんにお別れして」と言う。サミュエルは、銅像にように身動き一つせずに座ったままのビオレタの頬にキスする(2枚目の写真)。ビオレタは、サミュエルを見ようともしない。サミュエルが寂しそうにいなくなり、アリシアも黙って出て行こうとすると、ビオレタが「アリシア」と、そっと声をかける。アリシアが振り向く。次のシーンは、家の前に停車している車。すでに、ラモンとサミュエルは乗っている。そこに、アリシアがやって来て、邸宅の門を閉める。カメラは、家の中に戻り、先程、アリシアが捨てて行ったサミュエルの革靴を祖母が拾いあげる。そして、両方の靴の内側を顔に付けて臭いを嗅ぐ。そして、靴を胸に抱きしめる(3枚目の写真、矢印)。



助手席に乗ったアリシアは、「お祖母ちゃんからよ」と言って、最後に渡された茶封筒をサミュエルに渡す。サミュエルが最初に中から取り出したものは、カメラ(1枚目の写真)。2つ目は、ヌリアとサミュアエルが向かい合った合成写真(2枚目の写真)。そして、3つ目で最後は、小さな赤いリボンの指輪だった(3枚目の写真)。



しばらくして、祖母は、それまで左手の薬指にはめていた指輪を取ると、そこに赤いリボンの指輪をはめる(1枚目の写真)。その頃、マイアミ行きのフェリーに乗ったサミュエルは、甲板に立って、左手の薬指に祖母がくれた赤いリボンの指輪をはめる(2枚目の写真)。これで2人は、“四次元世界” でつながったことになる。サミュエルは、ハバナの街並みを見る(3枚目の写真)〔どう見ても、1960年のハバナではない〕。映画の最後は、フェリーの後ろにできる白く泡立つ波の道で終わる〔当時の乗船時間は8~10時間〕




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