イギリス (2013)
この映画について、監督の熱い思いが、地域月刊誌「The Yorkshire Dalesman」の2013年3月号のインタビューを通じて垣間見える。一部を引用すると、「私はデールズ(Dales)で育ちました。私の人格形成に大きな影響を与えたあらゆる経験は、私を取り巻くあの風景によって形作られたものです。その感覚が、今でも私にとってどれほど強烈なものなのか、言葉では到底言い表せません。ですが、映像でお見せすることはできます」「この物語を語ることは、私にとって故郷への帰還にほかなりません。自分が育った村やコミュニティへと戻り、かつて愛した世界が今も生き続けているのを知ることは、私にとってこの上のない喜びなのです」「近所の通りに住んでいた少年は、今では農場にいた少女と結婚しています。農夫も、パブの店主も、採石場の作業員も、みんな今でもこの土地で暮らし、そこで酒を酌み交わしては楽しく語り合い、議論を戦わせています。私が16歳の時に後にした地域社会は、今も変わらず力強く息づいており、私はこの映画を、まさにそのことへの祝福にしたいと考えたのです」「『ヨークシャーの少年』は、13歳の少年が国立公園のレンジャーとの友情を通じて、父を亡くしたことによる喪失感を乗り越えていく心温まる物語です」「そのレンジャーとは、アル・バウエンという名の男性でした。10代の頃、私は彼に惹かれ、週末や学校の休暇には、彼が公園での業務に従事する傍らで、いつも付き添っていました」「私は16歳の時に家族でオーストラリアへ移住し、当時は知る由もありませんでしたが、アルと会うことは二度とありませんでした。ただ、アルのことはよく思い出していました。私が」映画界の下働きから監督へとキャリアを積むにつれ、彼の物語を語りたいという想いは、胸の奥でくすぶり続けていました」「そして2010年10月に、私は時が来たと感じ、後で『ヨークシャーの少年』となる脚本に取り掛かりました。運命か偶然か、この旅の始まりはアルの死と重なり、彼に再び会うことは叶いませんでしたが、幸いにも未亡人のパットに会うことができ、会話や写真を通じて、レンジャーとして生きた彼の長年の歩みを、一つの肖像としてつなぎ合わせることができたのです」「写真とパットの同意を得て、私は少年とそのメンターの物語を作り始め、その過程で、トムを演じることになるブレットン・ロードと、アルを演じることになるアラン・ギブソンという2人の主役を含む、地元出身の素晴らしい演技の才能を持つ人々を見つけました」「演技指導と即興演技を組み合わせながら、私たちは登場人物たちの登場人物たちの個性や関係性を探っていきました。彼らは、生まれ持った即興の才能と自然体の演技力のおかげで役柄にすんなりと溶け込み、私は彼らの互いの信頼を軸に映画を作りました」。この長いインタービューは、その後も倍の長さで続き、最後は、「この映画は、多くの点で帰郷の物語でもあります。何年も前にオーストラリアへ旅立ったときに開かれた輪を閉じることができる機会であり、再びヨークシャーを我が家と呼べるようになった機会でもあります。それこそが、おそらく何よりも最大の贈り物なのです」で終わっている。
このインタビュー通り、監督は、13歳のトムを主人公とし、父の死後、ローンの未払いで取り上げられそうになった家を何とかしようと、銀行に対する無謀な攻撃を行い、結果として、少年諮問委員会に10週間の社会奉仕活動を課せられる。その社会奉仕活動の内容が、国立公園の管理官レンジャーのアルの手伝い。その10週間の中でトムは学んでいく。母は、ローンを返済するため、大型トラックの免許を取ろうとするが、その手伝いもトムがする。しかし、すべてが円満に終わる訳ではない。アルは気付かねうちに進行した何らかの病気により死が間近に迫ったことを知らされ、トムと永久の別れを告げる。オーストラリアに行き、二度とアルと会えなかった監督と同じように。そして、母は見事に大型トラックの免許を取得し、家は取り上げられずに済む。映画は、地方色に溢れ、アクションではなく個々の台詞が重要な意味を持つ構成だが、心温まる映画であることは確かで、インディペンデント映画でありながら、多くの視聴者と、その結果として多くの賞を獲得した。一見の価値のある作品であることは確か。
映画の舞台となったヨークシャー・デールズ国立公園内の、左からオーストウィック村、ノーバー漂礫岩群、ドライ・リッグ硬砂岩採石場、リブルヘッド高架橋、フォアデール、アーコウ硬砂岩採石場。
上の写真の □ の部分にあるフォアデール旧石灰岩採石場の労働者用連続住宅
上記のインタビューを読んで分かるように、監督の製作意図が、トムとアル、それに演技過剰の母サラとの三者関係を描くことにのみ重点を置いたことで、映画の一面は、現実の社会における保険やローンの制度と明らかに喰い違ったものとなってしまった。映画の中で、この点に関する記述は、非常に少ない。母:「銀行が、この家を差し押さえるって言ってるの。住宅ローンの支払いが遅れてるから」。トム:「わからないよ、母さん。どうして銀行が僕たちの家を奪っちゃうの?」。母:「それが法律なのよ、トム。お母さんにはローンを払う余裕がないの。それに、保険会社もお金を支払ってくれない。お父さんの事故は、あの忌々しい採石場のせいだって言ってね」。トムの兄:「だけど、心臓麻痺だったんだろ」。そして、もう1ヶ所、トム:「父さん 体調悪かったと思う?」。アル:「何とも言えないな、トム。彼はよく山岳マラソン〔ヨークシャー・スリーピークス・レース(The Three Peaks Race)という過酷なマラソン〕に参加してたろ? いつも元気じゃなかったのか?」。トム:「たぶんね」。これをまとめると、①保険会社は、父の死因が採石場での労働によるものなので支払うのを拒否。②銀行は、保険が下りないので、ローン未払いなので差し押さえて、競売にかける。というもの。しかし、現実には、①に関しては、採石場での労働でじん肺の場合は、保険金を払う、払わないで採石会社との間で争いになる可能性はあるが、死因がじん肺とは関係のない突然の心臓麻痺の場合、保険金は1~2ヶ月のうちに満額支払われる。②に関しては、イギリス最大級の採石場に勤める安定した労働者の死亡であり、保険の手続きが非の打ち所がないほど明確なため、銀行は100%安心な案件として処理する。短期のローン滞納で未亡人を脅すような真似はFCA(金融行動監視機構)の規制上あり得ない。従って、映画のような状況: 母の不安→トムの銀行襲撃→社会奉仕活動→アルとの遭遇、など起こり得ない。しかし、それだと映画が成り立たなくなるので(トムとアルが会うようなことはない)、敢えて制度を無視した脚本を作成した。監督がインタビューで語っているように、「10代の頃、私は彼に惹かれ、週末や学校の休暇には、彼が公園での業務に従事する傍らで、いつも付き添っていました」という内容をそのまま脚本にしたのでは、きっと “観客の心を打つような映画” にはならないと考えたからに違いない。
主役のトムを演じたのは、ブレトン・ロード(Bretten Lord)。1997年10月生まれで、映画の設定と同じで撮影時13歳。映画の出演は、これ1作のみ。アメリカのブレッケンリッジ(Breckenridge)映画祭で主演男優賞を受賞。
なお、以前 『Billy Elliot the Musical Live(ビリー・エリオット/ミュージカルライブ)』の時に、ヨークシャー方言を博多弁で紹介したので、ここでも博多弁を使用する。
あらすじ
トムが、「もし、兄しゃんがノーバーにおらんやったら、どげんしよう(どうしよう)?」と言うと、母は、「どげんね(どうかな)、ばってん(でも)行くついでに、父しゃんの弁当 持って行っちゃって(持って行ってあげて)」と言う。もう、外で靴を履いていたトムが、「もう…」と言いながら、走って弁当を取りに行くと、靴のままだったので、「こん小悪魔、あちこちに泥ば撒き散らして!」と文句。トムは、弁当の入ったポリ袋を持って自転車で家を出る(1枚目の写真、矢印)。トムは、ドライ・リッグ硬砂岩採石場の処理・選別プラントの間を抜けていく(2枚目の写真)。トムの兄ニックは、少し年上の裕福な青年の子分になってノーバーにいる。ボスの方は、ライフル銃を持っている〔ボスの持ち物なのか、陸軍青少年部隊に入っているニックがこっそり持ち出したのかは不明〕。そこに、トムが走って来て、遠くから 「ねえ、待ちんしゃい(待ってよ)!」と叫ぶ。ボスにとっては予想外のことなので、「なんてこった、ニック、あいつ何しに来たんや?」と訊く。ニックは、「知らんばい。なんも話しとらん」と誤魔化す。ボスは 「じゃあ、どげんして(どうやって)、ここにおるって分かったんや? お前が教えたっちゃろ?」と非難すると、「お楽しみは終わりや」と言ってライフルをニックに渡す。そこにトムが到着し、「やらしぇんしゃい(やらせてよ)」と言うが、ボスは トムには「おいチビ、消えれ」と言い、ニックには 「あっちへ行かしぇろ」と言う。ニックは、さっそく「彼が正しか、家に帰れや」とトムに言うが、こんな遠くまで約束通りに来たトムは、「約束したやないか」と動かない。ボス:「お前、なん約束した?」。ニック:「なんも」。トム:「化石掘りに連れてくって約束したやないか」(3枚目の写真)。ニック:「明日 連れてってやる」。トム:「不公平や。そん銃どこで手に入れたか、父しゃんにバラしちゃあ(バラしてやる)」。それを聞いたボスは、「何やと? おやじに言うんやなかぞ」と強く言う。トム:「分かった。しぇめて見らしぇんしゃい(せめて見させてよ)」。ボス:「見張り番ばやれ。誰か来たらおらぶったい(叫ぶんだ)」。「見とられんやんか(見てられないじゃないか)」。「見張りか、なんもしぇんかや(何もしないかだ)。おらぶっつぉ(叫ぶんだぞ)」。

そばで見ていることを諦めたトムは、「分かった」と言って岩の間を登って行く(1枚目の写真)〔周囲には、ノーバー漂礫岩群特有の風景(石灰岩台地の上に、黒砂岩が転がっている)が見られる〕。その間に、ボスは何かし始めるが、何をしているのかは映らないので分からない〔多分、トムから見えない所に逃げて行った〕。次のシーンでは、先に家に戻ったニックが玄関の前で靴を脱ぎ始めると、父は玄関の中から 「家ん中に泥ば持ち込みなんな(持ち込むな)。母しゃんがはらかくくさ(怒るぞ)」と注意する。「そげんことしぇんばい(そんなことしないよ)」。「弟にも、そうしゃしぇろ(そうさせろ)」。「ここにはおらんばい(いないよ)」。「山頂に置き去りにしたんやなかやろうな(ないだろうな)?」。「一緒じゃなかった」。「ニック!」。兄は、靴を履き直し、トムを探しに行く。点々と黒砂岩が残る台地を、兄は、「トム!」。「トム、お茶ん時間や、来いや」と呼びながら歩いて行く(2枚目の写真、矢印)。すると、大きな黒砂岩の後ろに隠れていたトムがいきなり現われ、「たまがったろ(驚いたろ)」と言う。「びっくりしゃしぇりなんなや(びっくりさせるなよ)、トム。こげんトコで何しよーったい?」。「忘れたと? 見張りばしとったんやないか(見張りをしてたんじゃないか)。ショーンは行ったと(行ったの)?」(3枚目の写真)。「ああ」。「良かった。あいつがおると、兄ちゃんいつも僕に意地悪やけん」。「そげんことなか」。「いつだって僕ば追い払おうとする」。「よかもん見つけたんや」。「なん?」。「言えん、秘密や」。「信じんばい」。「勝手にせれ(勝手にしろ)」。「じゃあ教えんしゃい(教えてくれよ)」。「秘密ん隠れ家ば見つけたんや」。「明日連れてってくれる?」。「ああ、よかくさ(いいぞ)」。

その日の夕食の時間。母は、ニンジンだけ残したトムを見て、「ニンジン食べんしゃい」と注意する。「効果なかよ」。「なんのこと?」。「いつも言いよったやなか(言ってたじゃない)、食べりゃあ視力1.0だって。ばってん(でも)違うた」(1枚目の写真、矢印)。ニック:「俺は、1.0だぞ」。トム:「黙っとってな(黙っててよ)」。ここで、父が 「あ、そうそう、これ見つけたったい(これ見つけたぞ)」と言って、ポケットから何かを取り出してトムの前に置く。トムは、「わあ、すごか。採石場で見つけたと?」。「ああ、よか場所やろ」。「アンモナイトやね」(2枚目の写真、矢印)。「今度店に行った時に鑑定してもらおう」。トムは、父と同じで、化石や岩石が大好きな子だが、ニックはまるで興味がない。そこで、「たかが化石やないか」と暴言。母は、「うちらみんな化石が好いとーもんね(好きだものね)、そうやろう?」と言って、丸く収めようとする。頭をテーブルに伏せたニックを見て、父は、「惨敗やな」と言ってニヤニヤする(3枚目の写真)〔父が登場する最初で最後の場面〕。

翌日、約束通り、ニックがトムを秘密の隠れ家に連れて行く。廃棄された建物かと思ったら、そこは、今も誰から時々来るような小屋(1枚目の写真)。こうなると、家宅侵入だ。ニックは、テーブルの下からビンをつかむと、「ビールでもどげん(ビールでもどう)?」と言って、トムに見せる。「そげんのいけんばい(そんなのダメだよ)」。「あっそう、別にいらんならよかばってん(いいけど) 」。「いらんなんて言うとらんばい(言ってないよ)、もらうばい 」。そして、飲んでみて、「よかね」と笑顔になる(2枚目の写真、矢印)。「お前にサプライズがあるくさ(あるぞ)」。トムは 「サプライズ?」と期待する。兄は、入口の反対側にある机の後ろの棚から巻いた紙を取り出し、「ただん雑誌や」と言うと、いきなり、オールヌードの写真のページをトムの目の前で拡げ、トムは笑いながら顔をそむける(3枚目の写真)。「それなんなん?」。「ビーバーしゃ。極上んビーバーばい」〔beaverのスラングの意味は女性器・陰部だが、そんなことをトムは知らない〕。「やめんしゃい(やめてよ)、ほんなこつ(ホントに)。変なもん見しぇんとって(見せないで)」。

トムも参加してサッカーの試合が行われている(1枚目の写真)。母が、「行け! 行け!」と叫んでいると、駐車場にパトカーが入ってくる(2枚目の写真、矢印)。パトカーから降りた男性と女性の警官が母の方に向かって歩いて行く。そして、女性警官が 「プロクターしゃん、少しよろしかと?」と声をかける。「何やろう(何でしょう)?」。「こちらへ来ていただくるね(いただけますか)?」。「無理ばい。息子がサッカーしとーけん。なんね(何ですか)?」。「悲しかお知らしぇがあるばい」。ここで、カメラは切り替わり、試合の様子を映す。そして、ボールをうまく奪ったトムが、そのままゴール近くまで行く、シュートしたボールがキーパーをかすめてゴールする(3枚目の写真、矢印はトムとボール)。やったとばかりに笑顔になったトムは、大きな泣き声を聞き、一ヶ所に固まった観客の方を見る(4枚目の写真)。すると。母が芝の上に座り込み、男性警官に抱かれて泣いている。そして、「トムはどこ!」と叫ぶ。「息子ば連れて来て!」。コーチがトムの肩を抱いて母の方に連れて行くと、母がトムの方に走って来る。そして、トムを抱き締める(5枚目の写真)。

母、トム、ニックの3人は、家の裏手の丘に向かって歩いていく(1枚目の写真、矢印は母とトム)〔ニックは少し離れている〕。丘の上まで来た母は、火葬にした夫の遺灰を、働いていた採石場に向かって投げる(2枚目の写真、矢印は分かりにくいが “撒かれた遺灰”)〔ここでもニックは少し離れている〕。3枚目の写真は、逆方向から取られたクローズアップ。

翌朝、母は、トムのお昼の簡単な食事を、バッグに入れながら、朝食をちっとも食べないトムに、「トム、たいがい(いい加減)にして」(1枚目の写真、矢印)「うち(私)まで遅刻してしまうやろ。早うして。仕事ん前に銀行に寄らないかんっちゃけん(寄らなきゃいけないんだから)」と注意する〔いつから母が働いているかは不明。彼女は村で唯一の小さなスーパーで働いているが、もし夫の死後に生活費のために働き始めたらとしたら、こんな閑散とした村で よく仕事がみつかったと思う〕それを聞いたトムは、「ニックには、こげん文句ゆわんのに(こんなに文句言わないのに)」と不満を漏らす〔兄のニックの姿はどこにもない。そもそも彼が何をしているのかすら分からない〕。母:「トム、お願いやけん」。「ただ言うただけばい」(2枚目の写真)。「よかばい(いいわ)、食べんなら抜きね。しゃっしゃと(さっさと)準備して。あんたがぐずぐずしたしぇいで、遅刻なんてじぇったい(絶対)ごめんやけん!」そう言うと、トムのバッグを手に取り、「行くばい!」と強制する。それから、トムのいろいろな姿が、5秒くらいずつ映され(3枚目の写真はそのうちの1シーン)、バックグランドに校長が母に話す言葉が流れる。「言うまでもなく、現在トムがどれほど困難な状況にあるかは、学校側としても重々理解しております。身内の喪失というものは、当然ながら心身のバランスを崩すものです。そしてトムの場合、学業に支障が出ていることも当方で把握しております。授業を妨害するような事例もありました。だからこそ、我々が連携し、トムに規律と安定した環境を提供できるよう最善を尽くすことが極めて重要なのです」。

ここで場面は校長室に変わり、最後の言葉が、母に告げられる、「残念ながら、こうした不登校は、トムが抱く孤立感や精神的な脆さを深める結果にしかなりません」。母が校長室から出て来ると、前の廊下でトムが座って待っている。母は、校長に「分かりました、ありがとうごじゃいます」と言うと、トムに「行くばい」と声をかけ(1枚目の写真)、校舎から出て行く。そして、車に戻ると、「ごめんね、トム。あんたとニックにとって、これがどれだけ辛かことかは分かっとー。ほんなこつ(本当に)、こげん状況じゃなかりゃあよかったっちゃ(なければよかったって)思いよー。信じて、ほんなこつそげ思いよーと(本当にそう思ってるの)。ばってん(でも)、あんたもうちば(私を)支えてくれな困ると」(2枚目の写真) と話すが、助手席に座ったトムが窓の外を見ている(顔を背けている)ので、「トム、うちん話ば聞きんしゃい。あんたとニックがおってくれな、お母しゃん やっていけんと。ほんなこつ(本当に)無理なんよ」と必死で言う。トムはようやく母の顔を見ると、「分かったっちゃん(分かったよ)、母しゃん。学校しゃぃ行くばい」と言う。しかし、エンジンがかからない〔父が、死ぬ少し前に、独力で修理していたが、プロではないので再度故障した〕。2人は車から降り、家まで歩いて行く〔この車は二度と出て来ない。放置はできないので、捨てるにせよ何かしたハズだが、説明は一切ない〕。学校から家までは結構遠いので、次に映る労働者用の長屋住宅が映る頃には夕方になっていた(3枚目の写真)。この写真と、解説で用いた写真の建物とは同じもの。上から見下ろすか、下から丘と一緒に見上げるかで、この場所の雰囲気がかなり違って見える。

ある日の夕食の際の口論。出だしは母の普通の提案。「後で、みんなで一緒に映画でも観らん(観ない?)」。それに対し、ニックは、「無理ばい。カデットがあるけん」と断わる(1枚目の写真)〔カデットとは、Army Cadet Force(陸軍青少年部隊)のこと。12歳から18歳までの若者を対象に、軍事をテーマにした冒険的な活動を通して、リーダーシップ、自信、そして貴重なライフスキルを育成する教育・課外活動プログラム)。ニックは、その夜間訓練に参加しようとしている〕。「今夜くらい休んだら、ニック? 最近、みんなで一緒に過ごす時間、ほとんどなかやなか(ないじゃない)」。「何それ、家族団らんってやつ?」。「そうばい」。「イヤやな」。「うちら、話し合わないかんことがあると」。トムが「なんなん?」と訊く。「こん家んことばい」。「話すことなんてなんもなかろ」。「ニック、そげん単純な話やなか。あんた、自分の殻に閉じこもってばっかりやなかと」。「しゃあしかね(うるさいな)、母しゃん。ほっといてくれや」。トムがもう一度、「なんなん?」と訊くと、母は「まちっと(もう少し)、町ん近くに引っ越そうかて思うて」と意外なことを言う。ニックは「くだらんこつ言いなんなや(言うなよ)」と反対し、トムも「ここじゃ何がダメなん?」と訊く。「ここは遠すぎるとよ、トム。あんたば車で迎えに行くために、いつも仕事ん休みば取るーわけやなか(取れるわけじゃない)」。ニック:「じぇったいに(絶対に)イヤや」。「たいがいにんしゃい(いい加減になさい)、ニック、うちん話ば聞いて! あんたがどげんしたかか、どげんしとうなかかん問題やなかと。うちらは、そうするしかんとよ(しかないのよ)!」。ニックは「やったら(だったら)、なんでしゃっちが(わざわざ)意見ば聞くっちゃん? 俺は訓練しゃぃ行くばい」と言って席を立とうとする。母は「座らんね(座りなさい)!」と強く言い(2枚目の写真)、ニックは仕方なく座る。ここからが、初めて明かされる本当の事情。「うちが好きで決めたことやなか。銀行が、こん家ば差し押さえるって言いよーと。住宅ローンの支払いが遅れとーけん」。トム:「分からんよ、母しゃん。なして銀行が僕らん家ば奪うてしまうん?」。「それが法律なんよ、トム。お母しゃんにはローンば払う余裕がなかと。それに、保険会社もお金ば支払うてくれん。お父しゃんの事故は、あん忌々しか採石場のしぇいだって言いんしゃい(言ってね)」。ニック:「ばってん(だけど)、心臓麻痺やったんやろ。誰のしぇいでもなか、親父自身のしぇいやないか。勝手に死んじまったんや」。「今ん言葉、取り消しんしゃい!」。「イヤや! 親父がパブであげん時間ば無駄にしぇず、タバコも酒もやめとったら、もっと自分の体ば大事にしとったら、俺たちは今こげん風に一人ぼっちにならんで済んだんや! こげんと(こんなの)不公平すぎる!」。そう怒鳴るように言うと、ニックは立ち上がって自分の部屋に行ってしまう。母も立って追いかけて行き、トムは1人取り残される(3枚目の写真)。トムがベッドに横になっていると、隣の部屋から母とニックの口論の続きが聞こえてくる。ニック:「なしてダメなんばい? 俺が行くことに問題でも?」。母:「トムにはあんたが必要と、うちにもね」。「そげんことなか。俺は邪魔になるだけや」。「あんた、そん意味が分かっとーと? あんたになんが起こるか分かっとーと?」。「ああ、もっとよか人間になるーばい」。「ほんなこつ(ホントに)行って欲しゅうなかと。やけん、そん同意書にはサインなんかしぇん。これでおしまい」。「するばい」。「行きたか(行きたい)なら、18歳になるまで待ちんしゃい」〔この一言で、ニックが陸軍に入隊しようとしていることが分かる〕

翌日、雨が降る中、トムは 近くに置いてあった堆肥散布機(Manure Spreader)を付けたトラクターのところまで隠れて行くと(1枚目の写真)、それに乗り込み、一般道を通って一番近くの町オーストウィック(Austwick)まで行く(2枚目の写真)。そして、母がローンを組んでいる銀行の前でトラクターを停める(3枚目の写真)。そして、後ろに付いている回転式の堆肥散布機を作動させ(4枚目の写真)、堆肥を銀行目がけて噴射させる。銀行の入口や窓は、堆肥で覆われる(5枚目の写真)。この衝撃的なシーンは、映画の最大の見せ場の一つで、確かにトムのすさまじい行動には驚かされる〔しかし、少し考えただけで、母の「銀行が、この家を差し押さえるって言ってるの」の一言だけで、これだけの行為に走るとは信じ難い。それに、「保険会社もお金を支払ってくれない。お父さんの事故は、あの忌々しい採石場のせいだって言ってね」の方が、もっと悪質なので、襲うなら保険会社にすべきだったかも〕〔この映画では、保険会社は無視し、その後も含め、非難の対象を銀行に絞っている。しかし、一切のハルシネーションを配したAIによるイギリスの法制度の解釈よると、もし、父の死因が肺に関わる場合は、「採石場が、父のじん肺の兆候を隠していなかったか」を厳密に調査し、高確率で告知義務違反による「保険金ゼロ(契約無効)」を突き付けるが、死因が映画のように心臓麻痺の場合、会社側が保持する健康診断の記録から「持病の隠蔽(告知義務違反)」がない限り、保険金は1~2ヶ月で満額支払われる。さらに、銀行の対応についても、イギリス最大級の採石場に勤める安定した労働者の死亡であり、保険の手続きも順調なので、銀行は100%「安心な案件」として処理する。従って、僅か1ヶ月の滞納で未亡人を脅すような真似は、銀行のブランドイメージ的にも、FCA(金融行動監視機構)の規制的にも、絶対に行わない。保険が下りるまで機械的に支払いを猶予する。だから、「銀行が、この家を差し押さえるって言ってるの」という状況は、映画を緊迫させるための脚本上のハルシネーション〕。

トムは警官に追われ(1枚目の写真)、当然捕まり、母が呼ばれて罪状が読み上げられる。「車両の無断使用、器物損壊、無免許運転、無謀な危険行為、治安妨害」(2枚目の写真)。警官は、「トム、これがどれほど深刻な事態か分かってるのか?」と言うと、トムは「銀行が僕らん家ば取り上げようとしとった。母しゃんには払えん。やけん(だから)、ああすりゃお金ば稼ぐ時間がでくるて思うたんや」と話す。それを聞いた母は、あまりに子供らしい論理にがっくりする。それでも、「銀行が、わが家ば差し押さえようとしとーとです。こん子に悪気はありゃしぇんやった(ありませんでした)」と、何とか守ろうとする(3枚目の写真)。警官は、夫の死をサッカー場に知らせにいった1人なので、「プロクターさん、あなたが今、大変な時期にあることは承知しています。これ以上あなたに負担をかけたくはないのですが、これは重大な容疑なのです」と、暖かく言う。今度は、トムに向かって、「トム、分かってるのか?」と訊く。「はい」。「今、お父さんは、どう思ってるかな?」。「ばってん、もうおらんばい」。次のシーンでは、同じ警官が、ヨークシャー・デールズ(Yorkshire Dales)国立公園管理局の管理官(Ranger、15-20人ほどいる)の中でオーストウィック在住のアルの家を訪ねる。

トムの家では、落ち込んでいるトムに、面白い格好をしたニックが、「サッカーしに行こう」と声をかける(1枚目の写真)。「ダメばい。外出禁止なんや」。「ばってん、母しゃん、ここにおらんやろ」。「やめとく」。それでも、兄の格好をみて、笑顔になる(2枚目の写真)〔この写真で重要なのは、窓辺に飾ってあるいろいろな石。トムが父と一緒に集めた石は、部屋のあちこちに置いてあり、これはそのうちの1つ〕。結局、トムは母に命じられた外出禁止を無視し、兄と一緒に家の裏手の旧採掘場の垂直に掘削された崖まで行くと、兄が蹴ったボールをキーパーとして守って遊ぶ(3枚目の写真、矢印はボール)。

サッカー遊びが終わった後、2人は石の上に座って話し合う。トム:「いつ学校に戻ると?」。ニック:「もう、戻らん」。「そげなと変ばい」。「お前に言われとうなか」。「兄ちゃんな、外に出られんわけやなかやろ」。「入隊する」。「え?」。「陸軍に入る。こん前ん(この前の)週末に身体検査ば受けた」(1枚目の写真)。「ばってん(でも)、それって遠くに行っちゃうってことだろ」。「ずっとやなか」。「どれくらい?」。「基礎訓練で12週間や」。「12週間!」(2枚目の写真)。「ここにはいられんっちゃ、トム」。「ばってん何でばい、僕には兄ちゃんしかおらんのに」。「他にしょんのなか(どうしようもない)」。「いてよ」。「じゃあ何するったい?」。「分からんよ、なんかなし(とにかく)残って、こん辺で仕事探しんしゃい」。「もう決めたんや、トム。お前が何ば言うたっちゃ無駄や」。「いつ?」。「なんが?」。「あと何日? 出発まで」。「1週間」。この言葉で、がっくりしたトムは立ち上がって兄から離れて行く(3枚目の写真)。

次のシーンでは、新聞の一面に、銀行の前の堆肥散布機の写真が掲載され、その下に「少年が銀行支店に堆肥で噴射し衝撃が走る」という大見出しが印刷され、トムの顔も掲載されている(1枚目の写真)〔イギリスでは日本(特定少年)と同じように、18歳未満の少年が犯罪や非行に問われた場合、顔写真や氏名をメディアが公開することは厳しく制限(原則禁止)されているので、これは映画だけの演出〕。少し前のシーンでトムを捕まえた警官が訪れた管理官のアルが、スーパーに買い物に来て、新聞を楽しそうに見ている(2枚目の写真)。アルが、レジまで来ると、そこで働いていたトムの母は、「記事に書いてあるようなこと、あん子はしとらん。それに、トラクターは盗んだんじゃなくて、借っただけばい」と弁護する。家に戻った母がゴミ出しをしていると、そこにいつもの警官が来て、「トムのことで、あまり良くない知らせがありましてね。いや、大したことじゃないから、心配しなくてもいいんですよ。少年諮問委員会からの評価書が戻って来ましてね、条件の一つとしてトムに社会奉仕活動をさせることになりました」と話す〔他の条件は、被害者への謝罪・弁償、カウンセラーや担当官との面談、夜間の外出禁止が一般的〕〔この映画の場合、堆肥で汚染された玄関と窓の清掃費用と、その期間中の営業補償(結構な多額)について一切触れられていない。それは、先に述べた、本来なら「家は取り上げられるようなことは起きない」という脚本上のハルシネーションと同じで、この映画のテーマを「トムの精神的な成長と救いに焦点を絞る」ためのハルシネーション〕。窓越しにその話を聞いていたトムは、前回とは違う石〔別の窓なので〕を見ている(3枚目の写真)。すると母が、「トム、来んしゃい」と呼ぶ。

外に出たトムは、アルのジープ(Land Rover Defender)に乗る。「君がトムだね? 私はアルだ」(1枚目の写真)。トムは、短く 「どうも」と言っただけ。その後、その日の作業現場に着くと、アルはさっそくラダー・スタイル(ladder stile)と呼ばれる、「放牧された家畜を囲っている砕石の塀(dry stone wall)を人間が越えるための木の∧字形梯子」の修復にあたる。最初のうち、トムは、リアのトアを開けた所に座っているだけで現場を見ようともしなかった。しかし、アルが長い木材を持ってきて、「トム、のこぎり使ったことあるか?」と訊く(2枚目の写真)。「おおかた(たぶん)」。「よし、こっちに来るんだ。使い方を教えるから」。トムは、道の反対側にある梯子のところまで一緒に行く。アルは、木材をほぼ水平に置くと、左手を木材の上に置き、親指に当てるように、右手の鋸を置く。「こうやって親指に当てて位置を決めるんだ」。「親指が切れてしまうばい」(3枚目の写真)。「切れないさ。よく聞いて。最初は切り込みを入れるだけだ。溝ができたら親指をどけて、そこから本格的に挽き始める。分かったかい? さあ、やってみて」。トムは、「子供に過酷な労働…」と ブツブツ言いながらアルと位置を変わる。その言葉を聞いたアルは、「いいかトム、これから10週間、君と私はずっと一緒だ。私が仕事をしている間、君をぼんやり立たせておくわけにはいかない。君は手伝いに来ているんだ、遊びに来たんじゃない。分かったか?」と、これが “社会奉仕活動” であることを認識させる。簡単な作業が終わり、2人がジープに入ると雨が降り出す。アルは 「何とかギリギリで間に合ったな、相棒」と言う。

兄が家から出て行く日の朝。トムは、採掘跡の池の傍の石に座って、小石を拾っては池に投げている。そこに兄がやって来る(1枚目の写真、矢印は左から小石のしぶき、トム、ニック)。ニックは、トムのすぐ横に座ると、「ここにおるって、母しゃんから聞いた」と話しかける。「やけん(だから)?」。「見送りに来てくれんとか?」(2枚目の写真)。「しゃあね(さあね)」。トムの返事があまりにすげないので、ニックは 「じゃあ、また後で」と立ち上がる。「行かんとって。少しだけ一緒におって」(3枚目の写真)「釣りでもしようや」。「荷造りがあるったい。ところで、学校はどうなんや?」。「別に」。「勉強は続けれや」。「よう言うばい(よく言うよ)」、「お前は違う。昔から得意やったろ。石んこととか詳しかし。俺には無理やった」。「そげんの、どげんでんよか(そんなの、どうでもいい)」。「どげんでんようなか(どうでもよくない)、トム。親父だってそう望んどろう」。「父しゃんな、兄ちゃんに陸軍に行って欲しかったて思う? 違うばい。僕と一緒におって欲しかったハズや」。「トム、頼むばい」。「なん?」。「見送りには来ちゃり(来てくれ)。よかね?」。そう言って、兄は家に戻って行く。用意が整っても、トムの姿はない。トムは崖の上から見下ろしている(4枚目の写真、矢印は車)。母が「あん子は来んばい」と言うと、ニックは、「『しゃよなら』って伝えときんしゃい(伝えておいてね)、よか?」と名残惜しそうに言うと、母が運転するレンタカーに乗って出発する。

リブルヘッド(Ribblehead)高架橋(1876年)の近くの丘で、散乱したゴミを見たアルは、「ひどい有様だな、そう思わないか?」とトムに言う(1枚目の写真)。背後の高架橋は結構有名みたいなので、たくさんあった写真の中で雰囲気のいい写真を2枚目に転載する。アルの発言を聞いたトムは、「ましゃか、僕がこれ全部なおす(片づける)わけやなかよね?」と言うが、アルは、「そうじゃなくて2人でやるんだ。さあ、取りかかろう」。重い物を運ぶ大変な作業だったので、家に帰ったトムは、「どうやった?」と訊く母を無視して自分の部屋に行くと、パソコンで、「児童の雇用に関する指針」を開く。そして、その中の「6. 禁止または制限される業務の種類」をクリックする(3枚目の写真、矢印)。そこを開いて出て来た一覧の中で、「安全衛生」の項目の中の、「18歳未満の児童については、安全に対する注意力の不足、あるいは経験もしくは訓練の不足に起因して、年少者が認識し得ない、または回避し得ない危険を伴う業務に雇用してはならない」と書かれた文章を読む。その時、採石場でダイナマイトが使われたので、鍵が揺れ、棚の上に地球儀と一緒に飾ってある石も揺れる(4枚目の写真)〔これまでの写真で、少なくとも窓枠2ヶ所と、棚の上に貴重な石のコレクションがあることが分かる〕。

同じ頃、母は、様子見に訪れた採石場の責任者クリストファーと話し合っている。クリストファー:「スーパーのシフト、少しは増やしてもらえたかね?」。母:「1つね、ばってん(でも)ギリギリばい。ニックがおらんくなったちゅうとに(というのに)」。「なら、採石場で働いてみては? 今、人を探してるんだ」。「ホント?」。「ここ1ヶ月ほど、掃除の人がいなくて…」。「清掃係? うちが採石場で清掃なんかするて思うと? トラックん仕事はどげん?」。「え、運転かい?」。「そうばい!」(写真)。「あんなのやりたいのか? きつくて、辛い仕事だぞ」。「辛か? うち、本気ばい。採石場で仕事ばすりゃ、住宅ローンば完済でくると(できるの)」。「よしてくれよサラ。悪気はないが、あれは男の仕事だ」。「ナンセンス」。「免許だって持ってないだろ。訓練も受けなきゃいけないし…」。「そりゃそうね」。「俺だって仕事をあげたいのは山々なんだが…」。「決まりね。じゃあ、うちが大型免許ば取ったら、採石場で雇うてくれるばい」。クリストファーは渋々頷く。「まあ、ありがとうクリストファー、ホントに!」。母は、さらに、別の目的から、「練習用にトラックば1台借りたかばい。来週ん水曜日はどげん?」と訊く〔この会話は、映画のその後に続いていく極めて重要なシーン〕〔しかし、ここでも、先に述べた “本質的ハルシネーション” がある。もし、このようなことが実際に起きたら、母が採石場の責任者と一番に交渉しなくてはいけないのは、死亡保険の支払いを拒否している保険会社に対する、採石会社が行うべき強い抗議(もっとも、先に書いたように、そもそも法律上、保険は自動的に支払われているハズなのだが)。だって、保険金がもらえれば、母がトラックを運転する必要もなく、今住んでいる家は永久に自分のものになるのだから〕。
トムは、「児童の雇用に関する指針」の必要な部分をプリントアウトした紙を持って、アルの家を訪れる。そして、ドアをノックすると、3歳年上の少女が出て来たのでびっくりする(1枚目の写真、矢印はプリントアウトした紙)。「レンジャーおる(います)?」。「アルのことね。いないわ。中に入る?」。「彼、どこに行ったと?」。「出かけてる」。「ばってん(でも)、ここにおるはずなんに」。「悪いけど、私に言われても困るな。君、トムでしょ? 私は孫のルーシーよ」。「なしとらんの(どうしていないの)? どこ行ったと?」。「ちょっと出かけただけ。まったく、君ってホントに手がかかる子ね?」。「アルがそげ言うたと?」。「見りゃ分かるじゃない。じゃあ、君が、あの無法者なのね。ちょっと小柄じゃない? さあ、入って。手に持ってるの、何?」。「なんでんなか」。「で、何歳なの?」。「13。君は?」。「16。でも、もっと大人に見えるでしょ。君が肉体的にきつい仕事に向いてるとは思えないわね」。「どげな意味?」。「重い物とか持たなきゃいけないんじゃない?」。「僕ん方が君より持てるばい」。「彼女いるの?」(2枚目の写真)。「関係なかろ」。「私、彼氏いるんだ。ジャックって名前で、パリに住んでるの」。「彼のしぇいやなかばい」。そこに、アルが現われる。「おお、来てたか。ルーシーとはもう会ったみたいだな。元気だったか、トム? よし、じゃあ取りかかろうか?」(3枚目の写真)。

その日の仕事には、ルーシーも着いて行く。アルが、有刺鉄線をワイヤーカッターで切った後、後ろを向いて、「ハンマーを頼む」と言うと(1枚目の写真)、トムだけでなくルーシーも一緒に走り出し、ジープの後ろの工具箱からトムが奪うようにハンマーを掴むと(2枚目の写真)、アルに走って届ける(3枚目の写真、矢印はハンマー)。終わった後に、コーヒーを祖父に持ってくるのはルーシーの役目。トムの家の近くで彼が下りた後、ルーシーは、「なんであんな子に構うのか、分からないわ」と、トムを批判する。「トムのことかい?」。「あの子、見栄っ張りだもの」(4枚目の写真)。「見栄っ張りなんかじゃないよ、ルーシー。あの子はただ、父親を亡くしたばかりの小さな男の子なんだ。決めつけちゃいけないよ」。アルの親切な心情が滲み出た言葉。

ある日、母サラが銀行の本店に電話している。「言うたやろ。口座ば開設したんな(したのは)うちん夫ばい。本人が話しぇって? 夫は死んだとよ! ちょっとくらい、まともに考えんしゃい! うちん支店に繋いで!」(1枚目の写真)「支店に電話がなかわけなかろ! バカゆわんとって! サラ・プロクターばい。これ以上、書類に記入しとー暇なんかなかばい! もう窓口に行って、全部説明したばい! お聞き、今日中に解決しぇないかんと! もうよかばい、何てや? そげなと問題外!!」(2枚目の写真)。こう怒鳴ると、母は電話を切るが、映画の鑑賞者には、結局何について話したのかは分からない。分かるのは、銀行の対応が極めて不親切だったということ。この結果、母は決断する。そして、トムを連れて採石場に行き、大量に並んでいる大型トラックの1台に乗り込む(3枚目の写真)。母は、生まれて一度も乗ったことのない大型トラックと格闘し、何とか動かすことに成功する。そして、そのトラックで向かった先は、銀行のオーナーが住んでいる古いが立派な館。

オーナーは、庭先で樹木の剪定をしている。そこに、大型トラックが侵入してきて(1枚目の写真)、庭先に停まると、サラはトムを降ろしてオーナーの前まで行くと、一気にまくし立てる。「息子んトムばい。知っとーわよね、あんたん銀行ば堆肥で真っ黒にした子。こん子が何歳か知っとー? 13歳ばい。13歳で、13歳で、父親ば亡くしたばっかり」。オーナーは、支店を汚した母子など嫌忌しているので、「一体それが私と何の関係があるんだね?」と冷たく言う。「犯罪者呼ばわりしゃれとーとは、あんたじゃなくて、こん子なんよ!」。「常軌を逸しとる、警察を呼びますぞ」。「12年ばい! うちん夫はローンの支払いば一度も欠かしゃんやった。ただん一度も」(2枚目の写真)「なんに(なのに)、こちらん事情も一切考えず、家ば取り上げようとするなんて! うちん考えでは、それこそ盗っ人ばい!」。「いいかね、ここでは、そうした話はできんのだ。銀行に不満があるなら、面会の約束を取りなさい。それに、どうやって私の住所を?」。「ここはヨークシャーばい。誰がどこに住んどーか、みんな知っとー。ばってんあんたたちは、そげんことなんも知らん。あんたん家、あんたん暮らしぶり… なんに、ようこげんひどかこと、でくるわね(できるわね)! あんたは立派なオフィスにでんと座り、名ば隠して、他人の人生ば壊す決定ば下しとー! 夫は死んだとよ! そん意味分かる?! 家族は、悲嘆や絶望だけでのう、収入ものうならかしたとよ(失くしたのよ)! なんに あんたたちは… 一番助けが必要な時に、うちらん家、居場所ば奪い、安値で競売にかけようとする! 傷つけた相手が見えんけん(見えないから)といって、相手が痛みばひしひしと感じとらんわけやないとよ!! いいこと… あと1ヶ月、それだけ! あと1ヶ月ありゃあ、試験に受かって稼げるごとなるわ!」〔ここでの最大の疑問。この時点では、サラには試験に受かるためのお金や手立ては何もなかった。なぜ、「あと1ヶ月」と言えるのか?!〕。「分かった、委員会に諮るよ」(3枚目の写真)。「委員会? なんが委員会ばい! あんた、目ん前におるやなかね! 決定に何人も要ると?! あと1ヶ月、待てると、待てんと?!」。「気の毒だが、決められた手続きを踏まねばならん」。「手続き? やったら、こうすりゃ? くだらん手続きなんて どっかい捨てれって、委員会に言やあよかやんね(言えばいいじゃないの)!!」。これだけ言うと、サラは 「行くばい、トム」と声を掛ける。

次のシーンは、その日の作業が一段落し、アルが、2人分のコーヒーをカップに入れて用意し、1つをトムに渡して休憩を取っている際の会話(1枚目の写真)。トム:「僕ん父しゃん知っとった?」。アル:「ああ、パブの『ブラック・ホース』で時々見かけたな」。「父しゃん体調悪かったて思う?」(3枚目の写真)。「何とも言えないな、トム。彼はよく山岳マラソン〔ヨークシャー・スリーピークス・レース(The Three Peaks Race)という過酷なマラソン〕に参加してたろ? いつも元気じゃなかったのか?」。「おおかたね(たぶんね)」。「何を気にしてるんだ、トム?」。「ニックは、心臓発作は父しゃんのしぇいやて思いよーったい(思ってるんだ)」。「誰かが亡くなると、私たちは理由や原因を探そうとする。それは、私たちが動揺していて、その痛みを受け止められないからだが、時には理由のないことだってある」。「死後ん世界ってあるて思う?」(3枚目の写真)。「私たちは様々な形で生き続けると思うよ。死ぬと肉体は朽ち果て、分子は大地に戻っていく。自然によるリサイクルだな」。「僕、そん考え好いとーな」〔因みに、2010年頃のイギリスの統計データで、31〜35歳の年齢層における心臓突然死の発生率は10万人あたり年間約3.2人(0.0032%)。つまり、トムの父の死は、非常に稀な出来事だったと言える。何度も繰り返すが、採石場のじん肺とは完全に無関係→保険が下りないことはあり得ない→脚本上のハリシネーション〕。

着ている服が違うので別の日、トムは、父が亡くなってから、誰も片付けようとしなかった父の作業場の中に入って行く。そこにはあらゆる雑多な物が詰め込まれている。しかし、トムが注目したのは、父と2人で石の採取に行った時の楽しさを、自分が小さかった時に描いた絵を、父がしまっておいてくたこと(1枚目の写真、矢印)。映画の中での映像は一切ないが、トムは自分の部屋に置いてあった石をすべて大きな鞄に詰めると、延々と歩いて鉄道の駅まで行く(2枚目の写真)〔19世紀末の装飾的な跨線橋〕。次の短いシーンでは、ドアを開けたトムが、「石ば売りに来たんや」と言い、石の標本を売っている小さな店の老いた店主が顔を向ける(3枚目の写真)。さらに次の短いシーンでは、スーパーで暇そうにしている母に、奥から出て来た女性が 「サラ、学校から電話ばい」という。最後の短いシーンでは、学校から帰って来たトムに、家の外で待っていた母は、「外出禁止ばい」と厳しく言う。(4枚目の写真)。

それから何日かしてから、郵便配達が、トラックの絵の付いた大きな封筒を持って来て、「あんたがトラックん運転ば習うとったなんて知らんやった」と言って渡す。母は、「一体何かしら?」と言って封を開ける(1枚目の写真、矢印)。中の紙を読んでも、「理解できんばい。うちが集中研修コース〔イギリスでは、HGV(大型貨物車)の免許取得は、最短で5~10日程度の集中コース程度の「短期集中型」でカリキュラム(宿泊パック)が組まれることが一般的〕〔2010年頃の5日間の宿泊パック付き集中コースで£1000~1500(当時の14~21万円)≒石を売ったお金〕ん費用ば支払うたっちゃ書いてあるばってん、支払うてなんかなか」と不審な顔をする。しかし、ここでようやく気付き、何も言わずにドアを閉めると、トムの部屋に直行する。部屋に置いてあった大量の貴重な石はすべてなくなっている(2枚目の写真)。それを見た母は、父が最後に渡したアンモナイトの化石をじっと見ているトムの横に座ると、「あんた、あん石みんなばり好いとったとに(大好きだったのに)」と言う。「僕、母しゃんに仕事に就いて欲しかった」。それを聞いた母は、涙を止めるためか天井を見上げる(3枚目の写真)。そして、トムを抱き締め、「トム、ほんなこつごめんなしゃい」と、こんないい子を何も聞かずに外出禁止にした自分の愚かさを謝る(4枚目の写真)〔最初の感動的なシーン〕。

アルとトムの3度目の会話。アル:「さあ、言ってごらん。何を悩んでるんだい?」(1枚目の写真)。トム:「なんでんなかよ」。「何かあるはずだ。いつもより元気がない」。「ただ、寂しゅうなるったい」。「お父さんが恋しいんだね?」。「いつだって」。「そうだろうな。まだ若い君には、背負うものが大きすぎる」(2枚目の写真)。「それって不公平ばいね(だよね)」。「公平なことなんてない。何一つ。だが、慣れるしかないんだ。君の人生は続く。そのために、学び、今できることをやるんだ」。「大丈夫な日もあるばってん、今日はなんか虚しかばい」。「お父さんとは、何をするのが好きだった?」。「石ば探しに行くこと」。「石を探す? 石に何を求めてたんだい?」。「僕ら、特別な石ば探しよった」(3枚目の写真)。「君とお父さんにとって、石のどこが特別だったのかな?」。「誰にも気づかれんで、何千年もそこにあったこと。それば僕と父しゃんが拾うことで、僕らんもんになる。そこが特別やったんや」。「じゃあ、こうしよう。君が行く気になったら、今じゃなくていいぞ、私と君であちこちの丘に行き、その石を見つけよう。どうだい?」。「ありがとう、アル」。2人の関係は、どんどん強固になっていく。

先程のアルとの会話からそれほど日数が経過したとは思えないある日、学校の授業で、全員がなぜか赤いセーターの制服をまとって〔それまで一度も見せたことがない〕、それぞれが自分の得意なことについて、順番に話している。トムの番になり、石のことを生徒たちに話し始める。「マウトン砥石(Moughton Wet Stone)は特別な石なんだ〔シルル紀(4億4380万年前から4億1920万年前)の石で、地元では砥石に使われるが、美しい縞模様のあるものは収集家に(そんなに高くなく)売れる〕。世界中でここ、僕の家の近くでしか採れない。石には線が…」(参考までに、マウトン砥石の写真を2枚目に転載する)。窓の外にニックがチラと顔を見せたので話が途切れる。幻だったかと思い、「何層にも波打つような線が入っていてね。なぜかは誰にも分からない」。ニックが本格的に姿を現し(1枚目の写真、矢印)、いろんな格好をして見せるので、生徒たちも笑い始める。授業が終わった後、ニックは、トムと母を丘の上に連れて行き、軍隊の訓練の様子を実演して見せる(3・4枚目の写真)〔このシーンで一番ひっかかるのが、ニックが出発前に「12週間=3ヶ月」と言っていた点。時系列を再確認すると、①父の死→②ローンの不払いによる銀行の競売通知→③トムによる銀行への堆肥噴射→④アルとの社会奉仕活動開始→⑤ニックの出発→(かなりの日数)→⑥母の銀行のオーナーに対する猛攻(「あと一ヶ月」)→⑦トムの石のコレクション売却→⑧母にHGV集中研修コースの連絡→⑨ニックの帰宅となる。②のローンの1回目の不払いから、どうみても4~5ヶ月は過ぎている。⑥母の「あと1ヶ月」の約束の、実行も始まっていない。映画は、こうした時系列の矛盾を無視している〕。

次は、アルとトムが遭遇したナンセンスなシーン。牧畜業の農夫が、通りやすいようにU字形に崩された砕石塀の脇で、アルに向かって大声で文句を言っている。「冗談じゃねえぞ、アル! くそハイカーども、どこでん(どこでも)好き勝手に(しゃるき)歩き回ってよかて思うてやがる。俺の石塀が邪魔なら、穴を開けたってお構いなしか! 見れこれば(見ろこれを)! 茶番や、失態や! あんたらは、俺たちにどげんして飯ば食えっとーとや」(1枚目の写真)「俺ん自慢の血統書付きブルー・レスター(Blue Leicester)が、スウェイルデール(Swaledale)なんかと交じゃっちまった! とんだっちゃ(とんでも)ねえこった! ひどすぎる、言わしぇてもらうばってん、俺 頭に来たったい!」。そして、アルに完全に混じってしまった2種の羊を分けさせるが、アルもトムも慣れていないので、なかなかうまくできない(2枚目の写真)〔成功したのか、失敗したのか分からない〕〔そもそも、イギリスの国立公園では、石塀の管理・修復責任は土地所有者(農夫)にある。だから、石塀に穴が開こうが、そのために羊が混じろうが、公園の管理局に弁償や修復の義務はない。だから、このナンセンスはシーンは、次のシーンに結び付けるための脚本上のハルシネーション〕。トムは、崩れた石塀に、石を1つ1つ形や向きを検討しながらきっちりと積んでいく。ちょうど日本のお城の石垣のように。それを見たアルは、「おや、君に砕石の塀が直せるとは思わなかったよ、トム」と驚く。「父しゃんに教わったんや。ホントは、ちゃんと掘り出すべきだったんやけど」。「いやぁ、大したもんだ。誇りに思っていいぞ」(3枚目の写真)〔この3行が、このシーンの存在目的〕。そこに農夫が戻って来て、「おお、もうほとんど終わりそうやな。自家製んビールば持ってきたったい」言い、石塀を見て、「見事なもんだ。もうやることは残っとらんな」と言う。それを聞いたアルは、さっそく、「あとは彼に任せるとしよう。じゃあ、トム、行こうか。ビールはもらっておこう」と言って、未完成のままさっさと去る。残された農夫には石が積めないので、仕方なく、石を1個だけポンと置く(4枚目の写真、矢印は自家製ビール)。

夏休みに入ってすぐの ある日、トムが きれいに装飾されたキッチンの窓辺に立って牛乳を飲んでいると、そこにアルの孫のルーシーが入って窓越しに顔を合わせる。久し振りの再会が、突然の訪問なので、「ここで何しよーと?」と訊く。3歳年上のルーシーは、最初にかけられた言葉が、詰問調だったことに気が食わないので、「あら、まずは『今日は』からじゃないの?」と少しおどけて言う(1枚目の写真)。トムは 依然として 「何それ?」と不機嫌そうに訊く。「アルに用事ができたから、君に伝えに来たんだ」。「あっそ」。「だからここにいるの」。「で?」。そこに母サラが現われ、ルーシーに 「今日は」と言うと、トムに 「トム、そん方だれ?」と訊く。トムは、小声で「あっちしゃぃ(あっちに)行っとって」と囁く。ルーシーが「アルの孫のルーシーです」と笑顔で言うと、母は「どうぞ入って、ドアは開いとーと」と言い、トムには「感じんよか子やなか」と言う。中に入って来たルーシーは、「アルは今日は忙しいって、トムに知らせに来たんです」とサラに話す。「そりゃ残念ね」。「アルは、トムにこの辺りを案内させたらどうかと言ったんです」。「それは素敵ね。どうと、トム?」。「見るもんなんかなんもなかよ」。ルーシー:「ちょっと散歩にでも行かない?」。「それって よか考えね。あんたには、めったにお友達が来んもん。そうやろ、トム?」。散歩に出かけたトムは、「みんなが言うけん、僕が案内するばい」と言っただけで黙り込んで歩く(2枚目の写真)。それでも、渓流まで来ると、トムは俄然元気になる。手づかみで魚を追い回す。「そん魚、最初あっち、君んいるあたりん近くにいて、それからあそこしゃぃ潜り込んで、で、ここまで追いやったんや。45cmはあったな、ほんなこつ(ホントに)デカかったんやけん! 信じとらんっちゃろ? よかよ、今から証明するけん」。そして、今度こそと掴みかけるが(3枚目の写真)、結局逃す。そして、「見た目ほど簡単やなかと」と弁解する。「見てればわかるわ。全然簡単そうじゃないもの」。「やったら、手本ば見しぇんしゃい」。「遠慮するわ」。「なんね(何だよ)、ひ弱な南部っ子にならんとって」。お陰で、帰りの散歩では会話が弾む。「なんでいつもこっち〔祖父の家〕に来とーと」。ルーシー:「家〔両親の家〕にいると退屈だから」。「兄弟とか姉妹はいると?」。「ううん、いない。学校のある時期は、ずっと寄宿学校で暮らしてるんだ」。「それって、なんか変な感じやね」。「どうして?」。「だって、いつも家族と離れて暮らしとーなんて」。

次は、アルの仕事場でのトムの会話。アル:「ろくでもない道具じゃ、ろくな仕事はできんよ。若い頃ならこんなじゃなかったんだが」。トム:「父しゃんの仕事場、めちゃくちゃやった。父しゃんとニックはいつもそこにおって、いつも何かばいじくり回しとった」(1枚目の写真)。「男ってものは、自分の仕事場で時間を過ごすのが好きなんだ。妻から離れるいい言い訳になるからな」。「アルは、ジーンしゃん〔死んだ奥さん〕と一緒におるとが嫌やったと?」。「ああ、トム。この仕事場で過ごす100万日と引き換えにしても、愛するジーンと過ごすあと1日を選びたいよ」(2枚目の写真)。「僕も、会うてみたかった。ルーシーは、ジーンしゃんに似とーと?」。「ルーシーかい? そうだな。あの子は率直で、強情で、とんでもなく頑固だ。まあ、どちらかと言えば母親似かな」。「アルん娘しゃん?」。「そうだ」。「なして娘しゃんな、ここにいっちょん(全然)来んと?」。「忙しすぎるのさ。さて、若きトムよ、そろそろ哲学の時間のプロローグだ。誰もいない森で木が倒れたら音はするのか?」(3枚目の写真)〔John Warrenによる有名な哲学的な問い(答えは、「音はしない」)〕〔アルは、トムの質問に答えられないので、敢えて正解のある問いを投げかけて、はぐらかした。そして、映画は、別の、正解のある質問へとつながる〕。

トムは母と向かい合って座り、大型トラックの免許用の問題集から、問題を読み上げている。「いくばい。カプラ〔牽引車〕の第五輪〔連結器〕はどこに接続するか?」(1枚目の写真)。母は必死で考えるが何も言えない。「しっかりして!」。「頑張っとーばい」(2枚目の写真)。「これ、しゃっき(さっき)もやったやないか」。「ダメ、分からんばい」。「キング… ピン、キングピン〔被牽引車〕ばい!」。「じぇったい受からんばい」。「母しゃんならやるー、きっとやるー」(3枚目の写真)。この後、ニックが兵舎に戻るシーンが入る〔もう二度と現われない〕。

全英各地で行われる農業ショー(Agricultural Show)で、アルはトムを連れて担当者と一緒に開催予定地を歩いている。「いいかな。(家畜品評会の)囲いはあっち。その向こうが砕石積みのコンテスト会場。ビールテントはあそこ。障害馬術は一番奥、真ん中で綱引き。あとはケーキ作り、鷹匠、パンチ&ジュディ(人形劇)、それにビンテージトラクターと農機具の展示。だから、もしテントを張りたいなら、実際に使える場所はそこだけだね」(1枚目の写真)。アルは「あれだけあれば十分だ」と言い、担当者は「了解したよ」と言う。そのあと、アルは、「さて、砕石積みのコンテストのことなんだが、このトムは若いけど腕は確かだ。な、そうだろ?」。「まあ、仕方ないか。大人しかいないだろうが、アルが君ならいけるの言うなら、それでいいよ」。次のシーンでは、両側に石塀がある狭い道路の真ん中で2人が肉体労働をしていると、ジープに置いてあった携帯が鳴り出す(2枚目の写真)。アルはジープに乗ると、風が強いのでドアを閉め、電話に出る。「アル・ソープだ。ああ、結果だな。じゃ、電話じゃ教えてもらえないのか? そうか… 医師が私に直接会って話さなきゃいけないんだな。分かったよ。ああ、ありがとう。行くよ。じゃあな」(3枚目の写真)。

トムは、その日の仕事を終えた後、ルーシーに連れられて、放置さえた納屋に入っていく。トムが隙間だらけの屋根をじっと見上げていると、その間に、ルーシーは持って来た簡単な食材を藁の上に並べている(1枚目の写真)。そして、並べ終わると、トムに、「パンとハムとフムス〔フランスの豆料理〕、それからチーズを持ってきたわ」と声をかける。聞いたことない食材なので、トムが「ハムスって、なんなん(何なの)?」と訊くと、「フムスよ。食べたことあるでしょ」と言う。「肉、入っとー?」。「ないわ」。「なら やめとく」。「チョリソー〔スペインの豚肉ソーセージ〕もあるわよ。いいから、座って。私に食べられちゃうとでも思ってるの?」。「なんで、そげん変なこつ言うと?」。「変じゃないわ」。その直後、「これ食べて」と言うなり、トムの口にハムの乗ったクラッカーのようなものを突っ込む(2枚目の写真)。「リンゴ酒〔アルコール度数5~8%〕あるんだけど、飲む?」。「ビール〔アルコール度数3~7%〕飲んだことあるばい」。そう自慢して飲んでみると、以前ニックが渡したビールの度数が低く、リンゴ酒の度数が高かったのか、口に含んだ瞬間、思わず吐きそうになり、ビンをすぐ床に置く。ルーシーは、「末っ子って、大変?」と訊く。「分からん(分かんない)」。「ニックがいなくなると大変なんじゃないの?」。「そうばい」。このあと、話題が思春期らしくなる〔この映画の中で唯一のシーン〕。「君、女の子とあまり付き合ってない。そうでしょ、トム?」。「もち、あるよ、男女共学やけん」。「で、ガールフレンド いたの?」。「少し」。「キスしたの?」。「え?」。「彼女にキスしたの?」。「まあね」。「最初はちょっと怖いよね。誰かにやり方を教えてもらわないと」。「テレビで見たことあるばい」。「私が教えてあげる」。「ううん、よかよ(いいよ)」(4枚目の写真)。「こっち来て」。「イヤだって言うたら?」。「君のためなのよ、こっち来て。私にキスして」。トムが呆然としているだけなので、ルーシーは無理矢理キスする(5枚目の写真)。「ほら、そんなに悪くないでしょ? 少しテクニックを磨かないといけないけど」。そう言うと、ルーシーは、「チョリソー?」と言って、ソーセージを差し出す。

出発の日、母は 「全部用意しておいたわ。5日分の食料よ。朝、お昼、そして、ティー〔ヨークシャーでは夕食を指す言葉〕」(1枚目の写真)「間違えんごと(えないよう)、全部にちゃんと書いといたけん。あなたがどっかい行きたけりゃあ、カレンが車で送っちゃるて言いよったけん、電話番号ば冷蔵庫に貼っといたばい」と一気に話す。「母しゃん 心配しぇんとって。僕やったら 大丈夫やけん」。「ここから ほんの数時間の場所で試験やけん、終わったらすぐに戻って来らるーわ」(2枚目の写真)。「母しゃん、もう行って。必ず合格しんしゃい」(3枚目の写真)。「するわ。でくると分かっとー」。トムが 「第五輪部品のチェックは毎月、それとも」と言い始めると、母はそれを遮るように「10000キロごとばい」と答える」。

トムはアルとシャベルを持って野原を歩いている。アルは、大切なことを打ち明けないといけないので、まず、無難なことから話し始める。「なあ相棒、私たちがやってる仕事、気に入ってるか?」。「もちろん」(1枚目の写真)。「ああ、いろいろやってきたもんな」。「うん。でも、まだやること たくさんあるよ。あの小道も仕上げなきゃいけないし、案内板もみんな新しくしないと。言ってたじゃないか、レンジャーの仕事に終わりはないって」。「君の言う通りだ。終わりなんかない」。「私の前にここにいたレンジャーの名前、知っているか?」。「ううん」。「イアン・ベックウィスだ。彼が辞めて、どのくらい経ったか知ってるか?」。「ううん」。「17年だ。トム… こっちに来て、車に乗って。すぐ終わるから」。2人は、ジープの所まで戻って来ていたので、ジープに乗り込む。そして、アルは、自分がした決心を打ち明ける。「私は、17年間、来る日も来る日も。風でも雨でも雪でもレンジャーを続けた。私がいなくなっても、誰かがここを引き継ぎに来る」。驚いたトムは、「どげなこと? どっかい行ってしまうん?」と尋ねる(2枚目の写真)。「トム、私は娘に会いに行くんだ。彼女とはいつも意見が合うわけじゃなかったが、そろそろ仲直りすべき時だと思うんだ」。「ばってん、娘しゃん、ケンブリッジに住んどーんやろ? ばり(すごく)遠かね」。「ああ、ちょっと遠いな。私はここを離れるから、代わりに新しい人がやってくる。私は引退するんだ、トム、この仕事を辞めるんだ」(3枚目の写真)。「ばってん、アルはこん仕事が、ばり好いとったんやろ? 他ん何より」。「そうだ。だがなトム、私はもう歳だ。若返ることはない」。「ばってん(でも)、僕ら 息が合うとー。もし新しかレンジャーと上手ういかんやったら、どうすりゃよかと? 今までんごとは(みたいには)行かんばい」。「人はみんな違っている。だが、誰にだって いいところはあるもんだ」。そして、「それに、君はもう10週間の務めを果たした。もう十分じゃないのか?」とも〔少年諮問委員会が決めた10週間の社会奉仕活動は完了した〕。「まだまだ」。「じゃあ、一つだけ約束して欲しい」。「なん?」。「新しい仲間にも、公平な機会を与えるという約束だよ」。「しぇんばい(しないよ)」。「トム」。トムは、急に怒り始める。「なんで僕が! そいつ、きっと僕に、これば約束せれ、あればせれ、って命令するやろう。もううんじゃりや!」(4枚目の写真)。そう怒鳴るよう言うと、ジープから下りてドアをバタンと閉める。

トムは失望と怒りで野原を駆け抜け(1枚目の写真)、採石場跡まで行くと、石を拾っては投げる(2枚目の写真)〔古い “跡” ほど丘の上にあるので、現在稼働中の採石場は、遥か下に見える〕。投げるのに飽きたトムは、垂直の壁の前に座り込んで、これからどうすべきかを考える(3枚目の写真、矢印)。

トムは、開催中の農業ショーに行くと(1枚目の写真)、国立公園管理局のテントに行き、「アルおる(います)か?」と訊くが(2枚目の写真)、そこにはいない。その頃、アルは、自分が管轄するレンジャーの事務所で、最後の別れに浸っている(3枚目の写真)。

農業ショーでは、場内アナウンスが流れる。「砕石積みコンテストが間もなく始まります。出場者の皆さんは集合して下さい」。コンテストの場所には、1枚の解説板が置かれている。そこに書いてある解説の小さな文字を何とか読むと、「ヨークシャー・デールズの特徴、特にマルハム(Malham)村〔トムの家の南東約12km〕周辺の砕石を積み上げた石塀は、もともと農民の畑を囲み、区切るために作られた。以前は湿原だった丘陵地のより多くを取り囲むように、それらは徐々に拡張された」と書かれている(1枚目の写真)。そこにいた1人の老人が、「君が トム・プロクターやな? これやってみるとか? 頑張れや」と背中を軽く叩いてくれる。そこには、直線の石塀ができるように、砕石が直線状に置かれ、競技者1人ごとに木枠で仕切られている(2枚目の写真)。大人たちは、全員がもう作業を始めている。トムはしばらく迷っていて、ジャンバーを脱ぐと、本気で作業に取り掛かる。次に映るのは、半分ほど積み上げた時の石塀。思ったより分厚い〔幅1mはある〕。そして、小ぶりの砕石がきれいに積まれている(3枚目の写真)。そして、水平に積まれた石壁の最上段には、大きな石が縦にして積まれている。13歳のトムにとっては、非常に重くて大変だ(4枚目の写真)。決められた時間が終わると、審査員が一番上に張られた水平の糸に沿って、同じ高さで積まれているかを含め、総合的に出来具合を判断する(5枚目の写真)。審査が終わると、トムは、結果を聞くのを待たずに、アルを探しに行く。

トムが次に向かったのは、アルの仕事場。中はきれいに何もなくなり、アルもいない(1枚目の写真)。トムが中を名残り惜しそうに見ていると、そこにアルが入って来て、「おい、相棒、これ忘れてるぞ」と言って、1枚の紙を渡す(2枚目の写真、矢印)。「もう行ってしまうんやね」。「そうだよ」。「農業ショーにおらんやったね」。「君は 準優勝だった」。「大したことやなか」。「それは違うぞ、トム、最高じゃないか」(3枚目の写真)「君を誇りに思うよ。君があのトラクターを使った時から、君のことをずっと誇りに思ってたんだ。家族のために あそこまでやるには勇気が要っただろう」。こう言うと、アルは次に自分のことを話し始める。「相棒、実を言うと、あまり調子が良くないんだ。ここずっと体調が悪くてね」。「どげんしたと? どっか悪かと?」。「もう寿命なんだ、トム」(4枚目の写真)「私はもうすぐ死ぬ。覚えてるかな? 時間ができたら、一緒に石を探しに行こうって私が言ったこと。覚えてる?」。「ええ」。「トム、君がその石なんだ。君は家族を一つに繋ぎ止めてきた人だ。今日ここに来たのは、君にそれを分かって欲しかったからだ。どんなことがあっても、君なら前に進み、乗り越えられる。寂しいよ、トム」。「寂しかよ、アル」。「ここにおいで」。そう言うと、アルはトムを抱き締める(5枚目の写真)〔非常に感動的なシーン〕。

「じゃあね、アル」と言って別れたトムは、いつもの採掘跡の池に行くと、ベンチに座り、悲しみに浸る(1枚目の写真)。そこに、母が大型トラックで乗り付け、運転席から下りる(2枚目の写真)。トムは「アルが行ってしもうた」と寂しそう言う。「ええ、知っとーわ」。「なして みんな 出てってしまうん?」。「うちとあんたがおるやなか(いるじゃない)。うちゃ(私は)どこにも行かんばい」。ここでトムは、ようやく試験のことを訊く。「合格した?」。「もちろんばい」。「何点やった?」。「98点。クラスで一番ばい。チビん割に悪うなかろ?」。「じゃあ、採用しゃるー(される)よね?」。「もちろん、しゃるーわ」。「家は、僕らんもん?」。「そうばい。ホント辛か時期やったばってん、約束する。これからはずっと良うなるけん。こっち来て、抱きしめちゃる」。さっきと違い、今度は喜びの抱擁(4枚目の写真)〔2つ続けて感動的なシーンがある映画は珍しい〕。

場面は変わり、ある日、田舎道に停まった車にトムが乗り込み、笑顔で、「あんた、ピーターやろ? 僕、トム・プロクターばい」と言う(1枚目の写真)。運転席の髭の30代の男性も、「君のことは、アルからいろいろ聞いてるよ」と親し気に受ける(2枚目の写真)。そして、2人を乗せたジープは、今日の仕事場に向かって走って行く(3枚目の写真)。
