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Lost on a Mountain in Maine
          メイン州カタディン山で起きた遭難

アメリカ映画 (2024)

1939年7月17日に、12歳のダン・チャールズ・フェンドラー(Donn Charles Fendler)は、43歳の父のドナルド、双子の兄のライアン、11歳の弟のトマス、ローカルガイドの息子の16歳のヘンリー、友人の若者1人と一緒に、標高1,606mのカタディン(Katahdin) 山に登り、下山の途中で1人だけになってしまい、ケガをした挙句 道に迷い、広大な森林に囲まれた裾野を56kmも彷徨い、9日後の7月25日に自ら人里に辿り着き、当時の全米トップニュースとなった。ダンは、助かってからしばらく後に〔その年のうちに〕、体験記を短い本として出版した。ダンの故郷の町では、「おかえりなさい」パレードが開催され、メイン州知事から「アメリカで最も勇敢な少年」と称えられた〔2014年には 7月25日が「ダン・フェンドラーの日」に制定された〕。ルーズベルト大統領は、1940年にダンをホワイトハウスに招き、1939年の傑出した若者として、陸海軍の最高位勲章を授与した(右の写真)。映画について語る前に、彼が実際にどのような経路で彷徨い、途中でどのような体験をしたかについて、彼の本に載っている地図と、その地図の自筆の読みにくい字を訳し、かつ、そこに漏れていて、本に重要事項として書かれていることを追加した地図を、その下に示す。最後に、実際の地図ではどのようなルート(い線)だったかを示したものを、その下に掲載する。

主役のダン役は、ルーク・デイビット・ブルム(Luke David Blumm)。2009年9月5日生まれ。映画の撮影は2022年7月20日~8月30日なので、撮影時は13歳になる直前の12歳で、映画の設定には合致している。しかし、どうみても、体格も顔も声も14歳以上に見え、史実を映画化した作品に相応しい俳優とは思えない。ついでに、この映画の監督アンドリュー・カイトリンガー(Andrew Kightlinger)について述べると、ほとんどショートムービーしか撮ったことがないような経験不足の監督。しかも、この映画の予算は僅か1000万ドル。せっかく、歴史上、いまだにアメリカでは有名な物語を映画化するのだったら、もっと良い監督、的確な俳優を使い、予算も10倍にすれば、実際にあったことをもっと正確に再現した、戦慄に溢れた映画ができただろうにと思うと、残念でならない。

あらすじ

1939年7月15日、メイン州ニューポート〔映画のカタディン山は、ニューポートの北約120kmにある〕と表示される。第二次世界大戦の勃発は同年9月1日なので、その1ヶ月半前の緊迫した時期だ。郊外の一軒家に、父ドナルド(38歳)がフォード・チューダー・セダンに乗って、久し振りに家に帰ってくる〔彼は、いとこが設立した会社のセールスアンだったので、出張で頻繁に家を空けていた〕。その時、家にいた妻のルース(36歳)と、トマス(11歳と1ヶ月≒11歳)、パトリシア(9歳)が出迎えに出ていく。そこに、途中で父の車を見た双子の兄弟が走ってくる。兄のライアンとダン(12歳と10ヶ月半≒13歳)だ。2人は父の前に立つと(1枚目の写真)、ダンが「お父さん」と言って手を差し出し、握手する。ダンは川で水をかぶってきたので、「水はどうだった?」と訊かれ、「よかったです」と答える。その後で、ライアンが手を差し出して握手する。そして、「この前より、たくさん魚が釣れると思います?」と尋ねる。父は、「その通り」と嘘を付くと、荷物を2人に持たせて、妻と一緒に家に向かう〔全員に、釣り旅行が中止になったことを隠している〕。父について夫婦部屋まで荷物を運んだ双子は、そこで、ダン自慢の青いジャケットを話の種にして遊ぶ(2枚目の写真)。次のシーンは食堂で、母がトマスとパトリシアに手伝わせてブルーベリーを用意していると、双子は、もうすぐ行ける旅行の話をしている。そこに父が入って来るが、双子の話を聞いても、中止になったことは相変わらず黙っている〔嫌な性格〕。しかし、釣りの話から、2人が口喧嘩を始めると(3枚目の写真)、「洗車だ。出て行け!」と叱る。

2人は外に出て行き、車を洗い始める。ホースがあるわけではないので、2人が持って行った2つのバケツの水があるだけ。2人は、洗車をさせられることになった原因について、お互いに責任をなすり付け合い(1枚目の写真)、本格的な喧嘩に発展する(2枚目の写真)。父は、そこに駆け付けると、「おい!」と怒鳴り、2人が止めて立ち上がると、「闘え。最後までやり遂げろ!」と命じる。ライアンは、「僕、闘いたくない」と言うが、父は、「タフになれ。人生には闘うしか選択肢のない時もある。続けろ!」と強要する。そして、「闘え!」と怒鳴る。それを聞いた2人は、お互いに向き合い、ダンは、ボクサーのように手を前に出す(3枚目の写真)。その時、母が出て来て 「夕食よ」と呼んだので、父は、「はい、奥さん」と言って家に向かい、双子は闘わなくて済む。

食事のテーブルに着いたのは6人〔本当は、6歳のナンシーがいるのだが、映画では省いている〕。ダンは、ナイフとフォークを持ったまま、テーブルの上に両肘を付いて食べ始め、すぐに父から、「ダン、肘だ」と注意される(1枚目の写真、矢印)。そのあと、父は、ようやく本当のことを話し始める。「残念な知らせがある。仕事に戻らないといけなくなった。2日後にライ(Rye)に向けて出発する」と言い出す〔ライはニューハンプシャー州(ニューポートの南西約240km)とニューヨーク州(ニューポートの南西約560km)にある〕。ダンは、「釣り旅行はどうなるの?」と訊く。「ごめん。だが、その埋め合わせに、本格的なハイキングに行くというのはどうだ? 明日出発して、月曜の夜に戻ってくればいい。車ですぐだ。ハイキングの行き先はカタディン山だ」(2枚目の写真)「楽じゃないぞ。油断できないほど危険な地形だ。丸一日かかる。コンドンさんの息子のヘンリー、覚えてるだろ? 彼が案内してくれる」と打ち明ける。母が 「どう思う、ダン?」と訊くと、彼は 「いいよ。2週間釣りをして過ごす代わりに、みすぼらしい古い山に行くなんて最高だね。どうしてわざわざ戻って来たの?」と、嫌味を込めて応える。それを聞いた父は、「行かなくてもいいんだ」と言う。ダンは、「じゃあ、僕がいなくなろうか。そしたら、どんな気持ちがするが分かるから」と、捨て台詞を残して席を立つ。ダンが、ライアンと一緒の寝室でベッドで腰かけていると、母が入って来て、「そろそろ髪を切った方がいいんじゃない」と声をかける。そして、夕暮れの玄関に連れて行くと、髪を切りながら、「あんたと、お兄さんが生まれた夜、お父さんは泣いたのよ。そして『俺たちは世界一の幸せ者だ』って言ったわ。お父さんはただ、怖いの。今、世界がひどい混乱の中にあるから。お父さんはあんたを愛してる。口には出さないけど、愛してるのよ」と言い、態度を和らげるよう示唆する。そして、夫に対しては、予定が変更になったことをずっと黙っていて、双子を叱ったこと、そして、双子は夏中、釣り旅行を楽しみにしてきたことを話し、反省を促す。

父は、双子とトマスを乗せて、ひたすらカタディン山に向かって走る〔空いた道なので、時速60kmで走っても2時間〕。そして、遂に、メイン州の最高峰のカタディン山が見え(1枚目の写真)、周囲は広大な森林に囲まれている〔だから、山から下りて森に入ってしまったダンを、誰も探し出せなかった〕。そして、山の近くで、ローカルガイドの息子のヘンリー(16歳)を拾う〔映画では、20歳以上に見える〕。4人とヘンリーは、山麓の森の中にキャンプを設営する。テントを張りながら、ダンは鳥の鳴き声に気を引かれる(2枚目の写真)。父は、「寒冷前線が近づいてきている。お前たち、車の中に避難するか?」と訊くが、双子はテントを選ぶ〔トマスは車〕。辺りが真っ暗になり、全員が焚き火を囲むと、ヘンリーが、カタディン山について、特に 「ただの山だよ」と侮ったダンに向かって、注意を促す。「カタディンを甘く見るなよ。あの上では、さっきまで晴天だったかと思えば、次の瞬間には激しい雷雨が襲ってくる。あの山は、楽勝だと思わせて欺くんだ。だが実際には、家より大きな岩場をいくつも越えなきゃならない。山の周囲は人っ子一人いない荒野に囲まれている。一度間違えれば、永遠に迷い子だ」。そして、話は、パモラへと変わる。「頂上に辿り着いたなら、パモラに用心するんだ。パモラはペノブスコット・インディアンの神だ。太古の昔から、ずっとあの山頂に住んでる。奇怪な怪物だよ。頭はヘラジカ、体は人間、脚と翼はワシの姿なんだ。パモラはその巨大な翼を広げ、雨や雹(ひょう)、そして暗雲を送り込む。そしてパモラ自身が襲いかかる! あとに残されるのは、巨大なワシの羽が散乱した無惨な跡だけだ」。そう言うと、ワシの羽を見せる(3枚目の写真)。

そして、「1日目」(7月17日)と表示され、5人が、ヘンリーを先頭に森の中を歩いて行く姿が密生した茂みの間からかろうじて見える。ライアンが、「山頂までの時間は?」と訊くと、ヘンリーは 「少なくとも5時間」と答える。ライアンは驚いて、「5時間?」と訊き直す。「ああ、そうだ。頂上に近づくにつれて、どんどん険しくなる。今はまだ楽なんだ。だから、離れずについて来て」。途中、太い幹に白いペンキで縦線が引いてある。「この白いペンキを見たら、それは正しい道を進んでるってことだ」。次のシーンでは、森林の境界で岩場に入って行く(1枚目の写真)。その頃、次第に雲が湧き始める。次第に道は険しくなり、カタディン山の垂直の岩肌が見えて来る(2枚目の写真)。危険だと思った父は、「ダン」と声を掛ける。「登山はここまでだ。こんな天気に合う格好をしていない」(3枚目の写真)。トマス:「ぼく、疲れちゃった」。ダン:「イヤだ」。父:「何て言った?」。ダン:「僕たち頂上まで行く。僕たちに『男になれ』って言った〔映画の中では言っていない〕だろ? だったら男にならせてくれよ。そんなに仕事に行きたいんなら、勝手に行けばいい。戻ればいいだろ。僕たちに父さんなんか必要ない」。父は 「分った、ダン」と言い、ヘンリーに、「それでいいか?」と訊き、彼は頷く。次にダンは、ライアンに、「来るのか、来ないのか?」と訊き、彼は父を振り返って見る。「行け。彼から目を放すな。私は、トマスと一緒に下り始める」。その言葉で、ダンは登り始める。父は、最後に、「ヘンリーと一緒にいろ」とダンに注意する。返事がないので、「聞いてるのか?」と言うが、ダンは振り向きもしない。3人は、危険な岩場を登って行く。ヘンリーは、「頂上まで あと2時間くらいだ」と言う。かなり上まで登り、辺りが霧で覆われ始めた頃、荒天を心配したヘンリーが、「引き返すのは恥ずかしいことじゃない」とダンに進言し、ライアンは 「凍えそうだ」と不満を漏らす。ダンは、フリース〔起毛仕上げの合成繊維〕のついたジャケットの下に着ていたスウェットシャツ〔綿のジャージー素材で作られた長袖のプルオーバー(かぶり)型シャツ〕を脱ぐと、「僕にはベビーシッターなんか要らない」と言ってライアンに投げる〔ライアンは、ベビーシッターが要るような弱いガキだと言いたい〕

この節から、原作の記述が始まるので、映画と対比しながら解説する。ダンが遭難する最重要の場面、映画はあまりにもひどく、意味不明の映像を短時間流すだけ。実際には何が起きたのか、原作にどう書いてあるのか、長文の引用を試みる。映画では、ヘンリーが、「ここが山頂だ。君たちの父さんは、あの雲のはるか下にいる」(1枚目の写真、矢印)「いつもなら、これまで見たこともないような絶景が見えるはずなんだ」と言うと、弱気のライアンは、「もう戻ってもいい? 顔の感覚がないんだ」と言い出す。それを聞いたダンは、「どうしてそんなに急いで家に帰りたいんだ?」と、兄をバカにするように訊く。「ここにいたくない」。「じゃあ、行けよ」。「父さんが待ってる」。「待たせとけよ。いつも待たされてるじゃないか」。「ダメだ、行くぞ」。「うるさい」。ダンとライアンは喧嘩になるが、ヘンリーが止める。すると、ライアンは、「お前が、いつもそんなクソガキじゃなかったら、dad would stay!」と言う。この英文には、①「行かずにいただろう」「今もここにいるだろう」、②「家にずっといただろう」などいろいろな意味がある。しかし、①は父本人もくたびれていたし、トマスが限界だったので、一緒に来るはずはなかった。②は父が家に寄りつかないことを揶揄したものだが、それは仕事のせいだ。だから、この台詞は無意味。それを聞いたダンは、怒って、「僕は一人で戻る」と言って、霧の中に走って消える(2枚目の写真)。原作の第1章「僕の冒険が始まる: 1日目」では状況は全く違う。「僕たちが山頂に到着した時、運悪く霧が立ち込め、眼下の景色を遮ってしまった。僕たちは、雲の切れ間が訪れるのを、周囲を吹き抜ける氷のように冷たい突風に震えながら待った。幽霊のようにぼんやりと、右手の「ナイフエッジ」と呼ばれる方に続く突き出た尾根の上に、男の人が一人立っているのが見えた。彼も僕たちに気づいて手を振り、こっち向かって歩き出した……僕は、「今すぐここを立ち去ろう」と言ったけど、そう言ってる間も、自分の歯がガタガタと鳴っていたのを覚えてる。でも、ヘンリーは首を横に振った。彼はあの男の人を待ちたがったのだ。ヘンリーは少し緊張していたんだと思う。でも、眼下に雲に覆われた巨大な山麓が広がり、周囲を煙のように雲が渦巻いているような状況では、誰でもそうなるだろう……僕も緊張していた。恐らくそのせいで、すぐに引き返して父さんや他の子たちと合流しようと決めた。みんなより先に行ってしまったことを後悔していたのかも、それはバカなことだったのかも… あんな時には、そんな考えが頭をよぎるもんだ。そこで、下にいるみんなのところへ戻りたいという気持ちがますます募っていった映画と全く違う〕……僕は裏地にフリースのついたジャケットの下に、スウェットシャツを着ていた。引き返すと決めた時、僕はジャケットを脱ぎ、スウェットシャツをヘンリーに渡すと、『待っている間、これで暖かくしてなよ、でも、僕は今すぐみんなのところへ戻るから。お父さんには、君とあの人がもうすぐ下りてくるって伝えておくよ』と言った太字のジャケットの部分は、映画でも前節の最後に書いたように そのまま使っているが、投げ渡した相手はライアンだった〕〔原作では、不思議なことに、ライアンのことには全く触れていない〕……雲は灰色の煙のようで、僕が10mちょっと進むか進まないかのうちに、ヘンリーの姿が見えなくなった。道は非常に険しく、登山道は巨大な岩の間を縫うように曲がりくねっていた」。映画では、ヘンリーと別れた後、姿が霧の中に消えるまで2秒映る。その後、頂上付近と思われる場所を走るダンの姿(霧で、ダンしか映っていない)が5秒映る。その後、山が4秒映り、ダンが高原状の場所を走って下る姿(3枚目の写真)が7秒映る〔この場所は、頂上近くではなく、恐らく1時間近く下った辺りのように思われる。なぜかと言うと…〕。その直後に、雷光が光る中、茂みの中をダンが走る姿(4枚目の写真)が10秒映る〔…茂みがあるからには、頂上からはかなり下っている〕原作では、「岩場をかなり歩き、もう高原まで下りて来たと思ったところで、僕は立ち止まって辺りを見回した。登山道らしきものは、何も見えなかった……一つだけ、心配せずに済む理由があった。もし父さんたちが登ってくる途中なら、今僕が立ってる場所の近くまで来てる、と分かっていたからだ。少なくとも、声が届く範囲まで。僕は何度も叫んだ。でも、返事は全くなかった……『もしかしたら、座って、ヘンリーとあの男の人が来るのを待つべきかも。今すぐにでもやってくるはずだ』と僕は思った。でも、じっと立っていると、冷たく湿った雲が氷の毛布のように僕を包み込んできた。そこで、僕は体を温めるため、インディアンの戦いの踊りを始めた……でも、彼を見つけることはできず、状況はますます厳しくなってきた」。ここから、原作の第2章「パモラの羽: 1日目」に変わり、「それほど進まないうちに、僕は高原に辿り着いと確信した。登山道からは外れて、足場も悪かったけど、よじ登って越えないといけないような大きな岩は、それほど多くなかった。やがて僕はパッカーブッシュ〔密集した低木〕が絡み合った茂みに突っ込んでしまった。その上を歩けるところもあったけど、片足や両足が枝の間に落ちてしまったことも。いい状況とは言えなかったが、大きな岩場を越えていくよりは楽だった」と書かれている。

ダンは、父と別れた時のような岩場に遭遇し、もしかしたら父に聞こえるかもしれないと思い、「父さん! 父さん!」と何度も叫ぶ(1枚目の写真)〔このシーンは9秒〕原作には、そのような記述は一切ない。映画で、父は はっきりと 「私は、トマスと一緒に下山する」と言ったはずだが、ライアンとヘンリーが来た道を下って来ると、別れた場所と同じように見える場所〔森林を出て、岩場に出た辺り〕で、座り込んでいた父とトマスに出会う。「父さん!」と言って抱き着いたライアンに、父は、「どうした? ダンはどこだ?」と訊く。すぐにヘンリーも現れたので、「彼はどこだ?」と訊く。「ダンは、私たちから逃げ出してしまいました。霧の中で見失いました」(2枚目の写真)。それを聞いた父は、ライアンの肩をつかむと、「ダンはどこだ?」と再度訊く。ライアンが 「分からない」と言うと、「弟はどこだ?!」と怒鳴る。そして、「ダン!」と何度も呼ぶ。父はヘンリーに、「彼は登山道から外れたに違いない。君は、できるだけ早く山を下りて、助けを呼ぶんだ。森林警備隊を見つけ、人を集めるよう依頼してくれ」と指示する。ここで、ダンが茂みの中を走る場面に切り替わり、途中で、枯れ枝の先端でジャケットに穴が開く(3枚目の写真)〔このシーンは6秒〕

その直後、ダンは、湿地帯の中に投げ出される(1枚目の写真)。そこにはパッカーブッシュが繁茂していて、ダンのダンガリー〔粗い木綿のズボン〕はパッカーブッシュと絡み合い、ナイフがないので、どうやっても抜け出せない(2枚目の写真)。そこで、仕方なく、ダンガリーを脱ぎ捨てるしか脱出の手段はなかった(3枚目の写真、矢印はダンガリー)。そのあと、下半身がパンツだけになったダンが、深い森の中を彷徨い歩く姿が映る(4枚目の写真、矢印)。原作の第2章の続きは、「パッカーブッシュというのは奇妙な植物で、棘はないけど、枝の先が枯れると茶色く乾燥して硬くなる。それが、驚くほど鋭いんだ!……突然、足元のパッカーブッシュが崩れ、深い穴の中に落ちていくのを感じた。落ちながらとっさに茂みを掴もうとし、僕は太い茎を一本掴んだ。一瞬、もうダメかと思った! その穴は6~9mと深く、底には尖った岩が転がっていた! 僕は、パッカーブッシュにしがみつき、根っこから抜けないことを祈った。体を少し引き上げたとき、根っこが抜けないことが分かったので、僕は周りを探って岩に足場を確保し、ゆっくり上へと這い上がった。僕は、しばらく横になり、次に何をすべきか考えた……僕はボーイスカウトで学んだことを思い出した。『パニックになってはいけない』……僕は耳を澄ませた。唸るような奇妙な音が響いていた。時折、それは激しい波のような音にも聞こえた。僕はその音がどこから来るのか突き止めようとした。岩の洞窟を吹き抜ける風の音か、眼下の森林限界にある梢を揺らす風の音だったのかも。その音のせいで、僕は気味が悪くなった。僕は、ガイドたちが話していた、この山の邪悪なインディアンの精霊であるパモラ【最初に示した2枚目の地図の中に書いてある】のことを思い出した」。ここから、原作の第3章「鋭い岩とみぞれ: 1日目」に変わり、「風は鋭く、雨やみぞれが針の刺すほどの強く吹いた。僕は全身ずぶ濡れになってしまった。裏地にフリースの付いたリーファー〔厚手のウールで作られた短めの丈の防寒用ジャケット〕のおかげで胸元は濡れずに済んだが、青いダンガリーは冷え切り、板のように硬くなっていた。ダンガリーは、乾いたハイキングには問題ないが、冷えて濡れてしまうと最悪だ……僕は、間違えないようゆっくりと向きを変え、やって来たと覚えている道を引き返し始めた。すると間もなく、一つの標識に出くわした。そこには『サドル・トレイル』と書いてあった。すべきことは、今いる登山道に対して直角に進み、メインの登山道を見つけることだ……どのくらい続けていたのか分からないけど、転んではまた立ち上がり、時には四つん這いになって茂みの下を這い進むということを、長いこと繰り返した。僕は、また別の標識に出くわした。そこにも『サドル・トレイル』と書いてあり、前見た標識と同じように見えた。そこで、詳しく調べてみた。すると、前に見た傷があった。僕は同じ標識まで戻ってきてしまったのだ。僕は呆然とした。そこに立ち尽くして、標識を見つめることしかできなかった。自分が迷ったということが、はっきりと分かった。僕は同じ場所をぐるぐると回っていたのだ。僕は、別の標識を必死に探し回った。一つも見つからなかったが、それでも下り続けた。遂に、風雨にさらされて朽ち果てた一本の木【地図の中に書いてある】に辿り着いた。枝は、まるで何かから逃げ出そうとしているかのように、すべて片側に引き寄せられていた。その木は、まるで怯えているように見えた……僕は、茂った藪を通り抜けられる隙間を探したが、どこにも見当たらなかった。そこで、ひた向きにもがきながら進むしかなかった。僕のスニーカーはボロボロになってしまった……下るにつれ木々はどんどん高くなっていった。足取りは軽くなり、空気も暖かくなり、霧による湿り気もそれほどひどくなくなった……僕は大きな岩から滑り落ちてケガをした【地図の中に書いてある】。そして、その岩の下に横たわり、呆然としていた。ようやくの思いで再び立ち上がると、夜の闇が迫っているのが見えた。これからどうすべきか長いこと考え、その晩は そこで眠ることに決めた」となって1日目が終わる。

ダンは眠る前に、パッカーブッシュの湿地帯の中に投げ出された時に破れたスニーカーを脱いで確かめ(1枚目の写真、矢印)、もう使えないと捨てる。次に、スニーカーの中にあった足が痛いので、どうなっているのか見ると、左足の親指の爪が剥がれかけ、血で真っ赤に染まっている(2枚目の写真、矢印)。そこで、シャツを裂いて親指を縛る(3枚目の写真、矢印)。そして、地面に横たわると、「一度だけでいいから、母さんに会いたい。山頂から走り出したことで、父さんに怒鳴って欲しくない。父さんは仕事に戻っていいよ。僕はもう怒らないから」と言って眠りにつく(4枚目の写真)。

夜の森を、森林警備隊が懐中電灯で照らしながら、「ダン!」と呼びながら捜索している(1枚目の写真)〔なぜ、山でなく森なのか、一ヶ所に固まっているのかいるのか、理解できない〕。次のシーンでは、恐らく森林警備隊の事務所から、ドナルドがルースに電話している。ルース:「何かあったの?」。ドナルド:「山で困ったことが起きた」。「何が起きたの?」。「一緒にいたんだが、息子とはぐれてしまった」(2枚目の写真)。「どっちの子?」(3枚目の写真)。

2日目」と表示される。ダンは、森の中でブヨに襲われたので、森を出て背より高い雑草群の中に入って行くが、ブヨはダンを襲い続ける。そこで場面が変わり、森林警備隊の事務所で、所長がカタディン山の地図を見ながら、「山の裏側には登山道も小道もない」と部下に話している(1枚目の写真。山の名称の下に点線の下線)。そこに、母が駆け付ける。所長は、ドナルドがルースに向かって、「現在、捜索隊を2組に分けて配置しています。合計7名です。森林限界より上の地域を探しています」と説明する〔ダンは、もう森に入ってしまっている〕。ルースが、「飛行機を出して下さい」と頼む。「私どもには、そのような装備はありません。分かっているのは、昨夜は氷点下まで下がり、時速40マイル〔秒速18m〕の風が吹いていたということだけです」。「息子は死んだと思いますか?」。「もちろん違います。ただ、今のところ、何も分かっていないのです」。今度は、ドナルドが、「それなら、なぜ森林限界より上を捜索しているんだね? ダンが本当に森林限界より上にいたんだとしたら、遺体すら残っていないだろう」と批判する。「ちょっと待って下さい」。「正直に話して下さい」。「ええ、その可能性も考慮しないといけませんが、もし彼が山を下りていたとしたら、どこにいるか見当もつきません。あそこには10万エーカー(約400㎢)〔東京23区の面積は622㎢〕もの原野が広がっていますから」。「もしあんたが一人であの山に取り残され、あんな強風と雨にさらされ、気温が氷点下なら、一箇所にじっと留まっているかね?」。そう指摘した上で、ドナルドは、「私は、ダンと彼の兄を何度かキャンプに連れて行ったことがある。彼にはいつも、もし外で迷ったら3つのことを守れと言い聞かせてきた。第1、冷静さを失うな。だが、ダンの性格を考えると無理かもしれない」。ここで、もう一度、ダンがブヨに襲われている映像で短く〔8秒〕紹介され(2枚目の写真、矢印)、再度事務所に戻る。「第2、小川をたどれ。小川は必ず川につながり、川は必ず人里につながるから(3枚目の写真)。第3、状況が苦しくなったら 前進あるのみ」。

ダンのその後の紹介は、まだ丸一日が残っているはずなのに、極めて短い。まず、ダンは沼の中に入って行き(1枚目の写真)〔8秒〕、森の中を左脚を庇いながらゆっくりと歩き(2枚目の写真)〔26秒〕、地面に座り込むと、裸の両足を、シャツを破った布で覆う(3枚目の写真)〔9秒〕原作の第4章「山の幽霊: 2日目」から引用すべき部分は短い。「ダンガリーを着ようとしたけど、足が痛かったので、腕に引っ掛けてスニーカーを手に取った。そのスニーカーは役立たずで、履こうとしてもきつ過ぎ、足がすごく痛んだので、履くのをあきらめた映画では1日目の夜に靴を捨てている〕。雨のせいで、縮んでしまったんだろう。仕方ないので、靴紐で結び合わせ、ダンガリーと一緒に腕にぶら下げた映画では、ダンガリーを着ている〕。僕は、それから渓流の中に入っていった。小さなせせらぎだけど、流れはかなり速かった。水の中を歩いて進むうちに、僕はボーイスカウトの教えを思い出した。『道に迷ったら、小川を下ること。そうすればより大きな小川に出て、大きな小川沿いには必ずキャンプ場がある』〔ここは、映画では、前節の父の言葉に変わっている〕……渓流歩きは遅々として進まず、苦痛に満ちたものだった。僕の足は水に浸かってさらにふやけてしまい、越えなくちゃいけない岩はインディアンの矢尻のように尖っていた。僕は綱渡りをする少年のように、その上をふらつきながら歩かないといけなかた。水深が深すぎて歩いて進めない所では、岸壁にしがみつき、低木の下を四つん這いになって這い進んだ。たぶんそれでスニーカーをなくしてしまったんだろう【地図に書いてある】〔ここで、ようやくスニーカーを失くす〕……右足の側面には切り傷があって血が流れていたし、左足の爪はすべて割れ、そのうちの一つからはひどく出血していた【地図に書いてある】映画上記最後の部分〕」。ここから、原作の第5章「ブヨは最悪だ: 2日目」になる。この部分は、前節映画の中で短く映像化されている。「あのブヨどもといったら! 雲のように群れをなして押し寄せてくるんだ。髪の毛の下のおでこ、眉毛、目尻、口角にまでまとわりついてくる。それに埃みたいに鼻の穴に入り込んできて、くしゃみが止まらなくなるし、耳の中に入ったやつは何度も指でほじり出さなきゃいけない……僕は渓流を離れ、開けた草原に登っていった。そこにはブルーベリーらしき実の茂みがあった。食べようとした時、父さんが言ったことを思い出した。『確信が持てない限り、決して木の実を食べるな。特に青いやつは』。僕には確信が持てなかった。だから食べるのを諦めて渓流に戻り、少し水を飲んだ……午後の半ばごろ、僕は大きな岩の上に座って休んだ。ああ、なんてひどい格好だったろう! 両手首は叩き潰した蚊の血でまみれ、足も切り傷や擦り傷、虫刺されで真っ赤になっていた【地図に書いてある】。足の感覚がなくなっていることに気づき、少し不安になった。親指をつねってみたが、何も感じなかった……岩の上で休んだら、だいぶ気分が良くなった。渓流に足を浸して洗ってた時、何匹ものマスを目にした【地図に書いてある】。でも、生のマスを捕まえたって、どうしようもない。マッチを持ってなかったから、火が通せなかったんだ……僕は野イチゴの群生地を見つけた。実は大きく、蜂蜜のように甘かった。あんなに美味しかったのは初めてだ! 僕は熊のように四つん這いになり、夢中で野イチゴを口に詰め込んだ。葉っぱも何枚か食べてしまったと思うが、そんなことはどうだっていい。やがて、あたりが暗くなり始めたことに気づいた。森では夜の訪れが早い……その夜はすぐに眠りについたが、長くは眠れなかった。雨が降り出し、大粒の雨が僕を叩き起こした。雨はどんどん激しくなり、僕は 空洞のあった木のことを思い出し、よろめきながら引き返した。リーファーのフリースが濡れてしまし、それが嫌だった。あまりに急いでいたので、ダンガリーを持ってくるのを忘れてきてしまった。ようやく木を見つけて空洞の中に這い込んだ。思ったより大きな空洞で、座った姿勢で丸くなることができた。中は乾いていて、暖かかった」。

3日目」と表示される。ダンは、昨夜布で覆った足で森の中をゆっくりと歩いて行く〔10秒〕。その後は、喉の渇きを少しでも抑えようと、草に着いた露を舐める原作にはない〕〔2秒〕。そして、前節原作の5章の最後に書いてあったように6章7章にも出て来る〕、野イチゴを必死に口に入れる(1枚目の写真)〔5秒〕。手の指の先に乗ったすごく小さな虫を、楽しそうに見ているシーンが、こうした場面の最後原作にはない〕〔9秒〕。そして、彼は岩場を流れる渓流に到達し、キャンプソングの「こげよマイケル(ハレルヤ)」を歌いながら、渓流を下って行く。その際、「左足の親指の爪が剥がれかけ、血で真っ赤に染まっている」「裸の両足を、シャツを破った布で覆う」と以前に標記された足を使って、身長よりも幅広い “渓流の挟む左右の岩” を飛び越える(2枚目の写真、矢印)〔下記の原作にある〕〔ダンは、まるでどこにも傷がないように元気よく飛び越えるが、もう少し、“ひどい傷を負い、疲労困憊した少年” らしく振る舞うべきだ〕。ダンは、その後も渓流に入って滝のように落ちて来る水の中に入ったり、挙句の果ては 岩場の間の渓流を泳いだりする(3枚目の写真)〔足は布で巻いていないし、傷痕もない〕。このあと、もう一度、“渓流の左右の岩” を飛び越え、さらに渓流で遊び、岩場の下の段に飛び降りた時には、“体操の選手” のように、元気よく膝を曲げて足を踏ん張って耐える。最後の締めは、落ちていた巨大な枝を持ち上げて(4枚目の写真)、頭上高く持ち上げる〔これは、その間中流れる音楽に相応しい、キャンプに来た元気一杯の少年の行動であって、傷だらけのダンにできる行動ではない。あるコメントには、「映画では、彼が泳ぐシーンが、彼の生存努力や刺す虫の大群からの一時的な解放を示す手段として使われているかもしれないが、歴史的事実は、救出されたときには足にかなりの医療処置が必要となり、身体はほぼ完全に崩壊した状態だった」として、事実を無視した脚色だと批判している〕原作の第6章「足音を聞く: 3日目」の重要な記載事項を示す。「朝になると、僕は木から這い出そうとした。今なら、杖をついて歩く年寄りの気持ちがよくわかる。僕は、動けなかった。膝は古い蝶番(ちょうつがい) のようにギシギシと音を立て、首は凝り固まって痛み、両肩の中央も痛かった……僕はダンガリーを履かなかった。触ってみると冷たく、湿っていて、ゴワゴワになってたから……僕は丘の上でイチゴを少し見つけた。すこし萎びていたけど全部食べた」。ここからが、映画で問題になった岩場の渓流の箇所。「僕は渓流に行くと、ダンガリーを腕にひっかけ、できるだけ岸辺に沿って、水の中を歩いて進んだ。すると、大きな岩に辿り着いた。その岩の岸側には草木が密生し、通り抜けることなどできなかった。一方の渓流側は流れが非常に速くて深く、歩いていけないことが分かった。僕は、その岩のてっぺんまで這い上がり、大きな亀裂を跳び越えて別の岩に移らないといけない。どうにか岩のてっぺんまでは来たが、その途中で手首を痛めてしまった。僕は岩の上に座って休み、自分が乗っている岩とすぐ先にある岩の間を激しく流れる水をじっと眺めた。体はかなり強張(こわば)ってたけど、ジャンプしないといけないことは分かってた。そこで僕は、手に持っていたダンガリーを、先に向こう側に放り投げた。でも、僕にはダンガリーを投げ飛ばす力がなく、ダンガリーは激流に落ちて流れされて行った。信じられないけど、ズボンがなくなってしまった【地図に書いてある】映画では1日目にパッカーブッシュと絡み合ったため捨ててきた〕。でも、僕には、ズボンを探す気力もなく、向こうの岩に飛び移って、先へと進んだ」。映画のように楽しく遊べるような雰囲気では到底ない。実際に起きたことの映画化なら、事実から勝手に(それも、彼の被った悲惨さを打ち消すように)歪曲すべきでは絶対ない。

ダンが、渓流に下半身を浸して休んでいると、異様な感じに襲われ、脚に見ると、たくさんのヒルが血を吸っている。そこで、急いで水から出ると、手で1匹ずつ剥がして捨てる(1枚目の写真)原作では8日目の事件〕〔どう見ても、本物には見えず、あまりにもお粗末。CGの時代なので、もう少し何とかできなかったのか?〕。ヒルはパンツの中にも入っている。その光景を、遠くから撮ったのが2枚目の写真。そのあと、本物のヒルが岩の穴から出てきて岩の上を這う拡大映像があるので、先程のヒルが偽物だと、ますますはっきりする〔色、艶、丸み、全長の中の幅、微妙な表面の全てが違う〕。その夜、ダンがどうしたのかは分からない。原作の第6章の続きを簡単に紹介しよう。「木々の下の影が濃くなってきた頃、僕は寝る場所を探し始めた。水辺から100フィート(約30m)ほど離れた小さな土手の上の松の木の下に、柔らかい緑の苔が広がる美しい場所を見つけた。僕は疲れ切っていたけど、時間をかけてたくさんの苔を集め、それを広げてベッドにした……突然、すぐ後ろで足音が聞こえた。一頭の鹿が僕のすぐ脇、触れられるほどの近くを通って【地図に書いてある】〔映画にはない〕、渓流の方に下りて行った。僕が何か音を立てたのか、鹿は突然立ち止まって首を回して僕を見た。そのあと、くるりと向きを変えて、僕を正面から見た。あんな大きな目は見たことがない」。映画は、ここで、ダンの自宅に切り替わり、ドナルドからルースに電話が掛かって来る。ドナルドは 「私たちには飛行機が必要だ、それが無理なら、もっと多くのボランティアが必要だ」と、森林警備隊の対応ぶりを批判する。それを聞いたルースは、自分の判断であちこちに支援を求めようと、ライアンに電話帳を取って来させる。そして、ライアンに電話番号を調べさせ、片っ端から電話をかけていく(3枚目の写真、矢印は受話器)。最初に掛けた先は、グレート・ノーザン製紙会社〔メイン州が拠点の世界最大級の製紙会社〕。「私はルース・フェンドラーと申します。あなたの会社に多大なるお願いがあるのですが」〔その後、何と言ったのかは分からない〕。「消防・救助サービスですか? ボランティアが必要です」。「バンゴー操車場〔メイン州にある操車場で、グレート・ノーザン製紙会社の製品の鉄道輸送の拠点〕ですか?」。「バロウズ知事〔メイン州の知事〕の事務所につないでいただけますか?」。ルースは、新聞社(バンゴー・デイリー・ニュース)にも電話をかける。その後は、ニューヨーク・タイムズ、サンフランシスコ・クロニクル、シカゴ・トリビューンと全国に拡大する。

4日目」と表示される。そこでは、大勢のボランティアが映される(1枚目の写真)。しかし、この状況は根本的におかしい。昨日の午後に電話し、翌朝から、これだけ多くの人が集まるものだろうか? 事実は、最初に動員されたのは森林警備隊で山岳部を捜索し、次に狩猟監視官が加わり、メイン州警察と連携して原生林の捜索を行った。捜索が始まって数日以内に動員されたメイン州の州兵(第103歩兵連隊)は、Colby Wardwell中尉の指揮のもと、大規模な人員とニューヨーク州警察の警察犬を投入し、ボランティアを含めた組織的な捜索を開始した。映画に戻り、ボランティアの男性は、森林警備隊長の指示で、森林境界線より上を目指して山に登って行く(2枚目の写真)。隊長は、新聞記者に対する説明で、ボランティアの参加に感謝の言葉を述べる(3枚目の写真)。

この日のダンについては、布で覆った足で、一歩一歩ゆっくりと歩く場面(1枚目の写真)〔20秒〕、ダンが樹皮に付いた何か(地衣類? 食用の菌類?)を取っては、口に入れる場面(2枚目の写真)〔6秒〕〔原作にはない〕、ダンが、ジャケットを脱いで頭にかぶって歩いたり〔13秒〕〔原作にはない〕、逆に、枝にシャツを乗せて頭の上に置き、ジャケットは肩から掛けて持って歩いたりするが(3枚目の写真)〔11秒〕〔原作にはない〕、暗くなるとジャケットを羽織る〔8秒〕。要するに、原作とは乖離した、ある意味、つまらないシーンが短く続くだけ。原作の第7章「熊はそんなに怖くない: 4日目」は、もっと刺激に富んでいる。まず、朝、起きた時から。「森の中では、傷一つない肌でさえ虫に刺されて大変なのに、肌が切れて傷口でもあろうものなら、どんな悲惨な目に遭うことか! 思うんだけど、ハエはただの怠け者で、傷口があれば、何の苦もなく入り込める。僕が目覚めると、あらゆる切り傷や擦り傷に沿って、いろんな虫が列をなして群がっていた。アリでさえ、僕の上でピクニックを楽しんでいたけど、最悪だったのは吸血バエだった。ハエがあんな風に噛みつくなんて【地図に書いてある】、思いもしなかった。止まったかと思うとズキン。噛まれて血が流れ出す……体を洗い終えるとすぐ、僕はハエから逃れるため渓流から離れた。そして、茂みの隙間から見える開けた場所へ向かった」。そして、食事は樹皮ではなく、「あたりを見渡すとイチゴを見つかった。僕は四つん這いになり、草の塊の間に生えているイチゴを摘んだ。あのイチゴは美味しかった」。その後は、「僕はひどく心細くて落ち込んでいたし、昨日のような体力も残っていなかった。藪の中を進むのに力を振り絞らないといけなかった。一度ジャケットが棘のある蔓(つる) 【地図に書いてある】に引っかかってしまい、外すのに苦労した。蔓はとても強く、ジャケットを引き裂き、僕の脚まで血が出るほど引っかいた映画1日目の最後に、蔓ではないがジャケットが枝で破れるシーンがあった〕。そして、この日一番の出来事。「イチゴの茂みを回り込んだ時、突然、僕は熊と鉢合わせした【地図に書いてある】。前かがみになっていた僕が体を起こした時、クマは僕に気付き、びっくりした人間のように叫んだ。僕は血の気が引き、走ることも、叫ぶことも、何一つできなかった。僕は少し前かがみの姿勢で立ち尽くし、じっと見つめることしかできなかった。ほんの一瞬、クマと僕はお互いに見つめ合ったが、クマはすぐに横に向かって跳び降りた」。前日の鹿といい、この日のといい、なぜ映画に登場させないのだろう? よほど予算がなくてケチったのか? このあとも、重要な箇所が続く。「しばらく休み、それから立ち上がると、大きな岩のすぐ角を曲がったところで、道を見つけた。それはキャンプ場への荷運び用の脇道にすぎなかったが、道であることに変わりはなく、歩きやすいものだった。僕は幸せな気分になった。その道を進めば、キャンプ場に行き着くか、別の道に出られると思ったから。だから僕はその道を、できる限りの速さで進んで行った……どれくらいその道を歩いていたのかは分からないが、夜になり、立ち止まらざるを得なくなった。木の下で眠ろうとしたが、カエルの鳴き声がうるさくて眠れなかった……あたりは、僕の目の前にある手さえ見えないほど真っ暗だった。何かにぶつからないよう、足で道の感触を確かめながら、ゆっくり進まないといけなかった。しばらくすると、開けた場所に出た。星が見えた。ちょうどその真ん中に、一本の大きな木が立っていた。僕はその木のそばまで這うようにして近づくと、その場に倒れ込んだ」。

5日目」と表示される。ダンが茂みから出ると、昔、何らかの道だったような場所原作の「荷運び用の脇道」を意識した?〕に出て、そのすぐ先に洞窟があり、半分壊れた木材が “入口” のような形で残っている(1枚目の写真)。声をかけても返事がないので、ダンは、クモの巣を木片で払い落として中に入る。中にあったのは、小さな四角いテーブルとイスが2脚。その横には、壊れた簡単なベッドらしきものが置いてある。地面にあった箱を開けると、底に転がっていたものは、空の塩入れ、空のマッチ箱(2枚目の写真、矢印)、旧式のメガネ、先端が曲がったフォークだけ。ダンは、近くの渓流に入って行き、手でマスを捕まえようとするが、マスはそんなにノロくはない。次に、ダンは、岩の上に立つと、細長い木の枝でマスを刺そうとするが(3枚目の写真、矢印はひどいケガの左足、爪が剥がれかけた親指で岩をしっかり掴んでいる→あり得ない)、これも失敗。最後に、ダンはシャツを脱ぎ、それを水の中に入れ、マスが中に入った瞬間に引き揚げることで、1匹捕獲することに成功する(4枚目の写真、矢印)。原作の第8章「小屋を見つける: 5日目」では、「荷運び用の脇道を、おそらく2,3マイル(3~5km)進むと、最初に見えたのは、錫(すず)の缶の山で、ゴミ捨て場みたいな所だった。缶はどれも錆びつき、何の缶なのかさえ分からないほどだった。空き缶の山のすぐ近くで、錆びた鉄製の樽の輪が、木の枝からぶら下がっているのを見つけた。そこから道を曲がると、目の前にぽっかりと開けた場所が現われた。小屋は丸太でできていて、ところどころ剥がれ落ちていたけど、ドアには掛け金がかけてあった〔映画では洞窟だったが、原作では丸太小屋なので、かなり違う。ここでも、低予算のため丸太小屋を作る費用がなかったからなのか?〕。「掛け金を上げると、ドアが蝶番から外れそうになった。家の中はカビ臭かった。片側には二段ベッドがあり、空っぽだった。普通のベッドもあり、マットレスが敷かれ、足元にはざらざらした毛布が掛かっていた。そのベッドは良さそうに見えたが、あまりに腹ぺこだったので、戸棚の方に直行した。棚にはいくつも缶が入っていた。一つは茶色のマッチ箱で、中は空だった〔棚の中ではないが、空のマッチ箱は映画と同じ〕。別のを開けるとコーヒー、もう一缶開けると塩だった〔缶ではないが、塩は同じ〕が、残りはすべて空だった。棚の一番上には、鉄のかけら2個と、大きなナイフの破片、そして棒のような物があった…」。

ダンは、どこで見つけたか映画では示されなかったU字型鉄の棒を地面に突き刺し、もう1本の短い鉄の棒でその表面を叩いて火花を出そうとする(1枚目の写真、左の矢印は短い鉄の棒、右の矢印はケガのひどい左足の親指で体を支えている→あり得ない)。どうしても火が起こせなかったので、ダンは、先端が曲がったフォークで生のマスを何とか解体する(2枚目の写真)。マスの生肉を口に入れるが(3枚目の写真)、生の魚を食べたことのないダンは吐きそうになる。それでも 腹が減っているので無理矢理飲み込む。しかし、最初の一口以上は食べられない。ダンは、洞窟の中では眠らず、真っ暗な森の中を、父の「小川をたどれ」の声に従って歩いて行く原作では、荷運び用の脇道を通るのだが…〕原作の第8章の続き。「…鉄のかけらをカチっと打つと、火花が散った。僕は、火花で火を起こす人について読んだことを思い出し、自分でも試してみようと思った。僕には、火を起こしたい理由があった。それは、小屋の近くで渓流を見たんだけど、そこには僕が今まで見た中で一番大きなマスがたくさんいたからだ。僕は外に出ると、乾いたスギの樹皮を拾うと両手で細かく砕き、それを両手で揉(も)んで、ふんわりとした塊にした。小屋の裏手に風の当たらない場所があったので、スギの杉の樹皮の塊を地面に置き、その上にしゃがみ込んで、できるだけ樹皮に近いところで2つの鉄のかけらを打ってみた。でも、火花は出ても塊に火は点かなかった」。火が点かない以上、マスを捕っても食べられないので、ダンはマスを捕ろうとしない映画と全く違う〕。「僕は小屋に戻り、ベッドから毛布を取り上げた【地図に書いてある】。それから小屋を出ると、僕は道を下り始めた。1マイル半(約2.4km)ほど歩いたところで、とても眠くなった。僕は毛布を、何かの実がついた緑色のつる草が生えている開けた場所に広げ、そのまま眠りについた」。

6日目」と表示される。朝起きたダンは、血で茶色くなった足を覆う布を見る(1枚目の写真)〔4秒〕。場面はあっという間にダンの自宅に切り替わり、ラジオからは、「フェンドラー少年の捜索は続いています。メイン州のおける史上最大規模の捜索救助活動となりました。ダン・フェンドラー君は、山を取り囲む広大な地域で6日間行方不明となり… 州兵軍は、捜索活動を支援するため150人以上の部隊を派遣しました」という声が流れ、画面では、バンゴー・デイリー・ニュースの一面記事が映る。そして、ニューヨーク・イグザミナー誌の束も(2枚目の写真)。ここで、再びダンに戻り、痛そうな足で歩く姿の後、森を歩き、渓流で水を飲む姿が映る(3枚目の写真)〔35秒〕6日目は僅かこれだけ。次は、いよいよ、錯乱した原作の第9章「飛行機の音がする: 6日目」。なぜ “錯乱” という表現を使ったのか? それは、それは、原作の共著者のジョセフ・B・イーガン(Joseph B. Egan)〔作家、編集者〕が、ダンの混乱した記憶に基づいた話を聞きながら実話の記録としてまとめていった際、深く考えず、章を間違って区切ってしまったから。本来なら、第9章「電話線があった: 6日目」とでもすべきだった。第9章の冒頭は、「あの毛布は、暖かく心地よかった。脚の切り傷や虫の噛み傷の痛みもなくなり、足先は暖かく守られ、眠りに落ちる頃には、つま先ですら少し柔らかくなっていた。それは早朝のことだった」から始まる〔つまり、眠ったのは6日目の朝だった〕。「目が覚めた時には、太陽はもう低い位置まで沈んでいた。昼間ずっと眠ってたことになるけど、気分は最高だった!  起き上がり、次は何をしようかと考えていた時、僕は脚の裏がどこか変なのに気付いた。まるで炭火の上に座ってたみたいに、脚の裏がヒリヒリと痛んだ。起き上がって調べてみると、皮膚はペンキを塗ったように真っ赤で、熱くて燃えるみたいだった。何時間も日差しの下で横になっていたせいで、これまでで最悪の日焼けをしてしまった〔日中ずっと眠ってたから日焼けし、夕方に目が覚めた〕。「ちょうど太陽が沈みかけた頃、荷運び用の脇道のカーブを曲がると、僕は私は胸が躍るほど嬉しいものを見た。すぐ目の前に、木に打ち付けられた一本の電話線があった。僕は、遂に救われた。あとは、ただ電話線を辿っていくだけでいい。そうすれば、どこかのキャンプに連れていってくれだろう〔これが、この日、最大の出来事〕。「その夜、僕は倒木の下に潜り込み、毛布にくるまって丸くなった……夢を見た後、目が覚めると、長い間眠れなかった……やがて夜明けが近づいていると感じた。僕は目を閉じて、夜が永遠に続くことを願った。新たな一日が来て嬉しいとは思えなかった〔一夜を過ごし、翌日が近づく。だから、6日目はここで終わる。飛行機など現われない〕

7日目」と表示される。最初に映るのは、早朝の捜索隊の様子。そして、女性のボランティアによる、男性の捜索隊(警官、州兵、ボランティア)用の食事作り(1枚目の写真)〔心労で疲れたルースも中央にいる〕。捜索隊は、細くて深い岩の割れ目を見つけ、そこにダンが逃げ込んでいるかもしれないと思った隊員は、一番若い男性に中に入って調べさせようとするが、彼はトライするが 「狭すぎる」と言って出て来る(2枚目の写真)。中にダンがいるかもしれないのドナルドとライアンも駆けつけている。そこで、捜索隊の誰よりも小さなライアンが、「僕が行く」と志願する。懐中電灯を持って中に入って行くと、そこは洞窟になっていて、中にいたのはコヨーテだけだった。そのあと、父とライアンが話す場面が入る。ライアンは、「山の上でケンカになったんだ。ダンは走って行っちゃった。全部僕のせいなんだ」と、自分の責任だと打ち明ける。それに対し、父は、「そんな風に考えるな。これは私の責任だ」(3枚目の写真)「私が、その場にいるべきだったんだ」と、途中で引き返すと言ったことがダンの怒りを買ったことを思い出し、強く自己反省する。

8日目」と表示される。ダンが岩の上で仰向けになって眠っていると、飛行機の音で目が覚める。ダンが苦労して立ち上がると、小型の軽飛行機〔恐らくPiper J-3 Cub〕が頭上を飛んでいく(1枚目の写真)。飛行機はすぐに見えなくなるが、ダンは、森の中を可能な限りの早さで走りながら、「助けて! 僕はここだ!」と叫ぶが、何かにつまづいて転ぶ。それでも。仰向けになって空を見ながら、「おい! どこ行くんだ!?」「助けろよ!」と叫ぶ(2枚目の写真)。この部分を含む「7日目」に実際に起きたことは、原作の第9章「飛行機の音がする: 6日目」の冒頭を除くほとんどと、第10章「スウィンクを見たか?: 7日目」に書かれている。まず、第9章から引用しよう。「道が歩けるほどに明るくなるとすぐ、僕は起き上がって毛布をたたみ、歩き始めた……しばらくすると、荷運び用の脇道は少し高い場所に登り、そこで僕はイチゴを見つけた。ほんの少しだったが、僕は長い時間をかけて摘んで食べた。すべて食べ終えると、僕は長い距離を歩き続けた。頭上には、高い木々がそびえていた。うつ伏せになって渓流の水を飲んでいると、低くうなるような音が聞こえてきた。僕は耳を澄ませた。それは飛行機の音のように聞こえたけど、こんな原生林の上を飛行機が飛ぶはずがない。うなるような音は轟音に変わった。僕は、開けた場所を探そうとした。もし飛行機が見えたら、パイロットが僕を見てくれるかも。そう思うと、僕は走り続けた。でも、道に横たわった丸太につまずいて転んでしまった。飛行機が頭上をかすめて飛び去り【地図に書いてある。しかし、場所は間違っていて、「6日目の夜」の下でないとおかしい】、木々の向こうに消えていった。僕は木のそばに座って泣いた。飛行機でさえ僕を見つけられないのなら、僕は間違いなく迷子になってしまったんだ。もう、歩いたって無駄なんだ。ずっと先まで、キャンプなんか一つもないかも。電話線は、どこにもつながっていないかも。僕は間違った方に歩いていて、誰もいない廃墟に向かっているのかも。飛行機に戻ってきて欲しかった」。映画では、飛行機のシーンのあと、父は、「捜索隊は、間違った場所を探している」と、地図を見て断定する。すぐに、ダンに戻ると、辺りはもう真っ暗。ダンは、カタディン山に登る前の前夜、焚き火を囲んでヘンリーが話したパモラのことを思い出す。「奇怪な怪物だ。頭はヘラジカ、体は人間、脚と翼はワシの姿をしている。パモラはその巨大な翼を広げ…」。そして、ダンの目には、その姿が幻影として見えてくる(3枚目の写真)。原作では、第2章に、「邪悪なインディアンの精霊であるパモラのことを思い出した」という一文がある〔パモラは山頂に住んでいるので、山頂からこれだけ離れたところで幻影を見るという映画の設定には違和感がある〕原作の第9章の続き。「僕は毛布を拾い上げた。とても重くて、よろめいた。片方の端が地面に落ちて踏んでしまい、僕はつまずいて転び 怪我をした。毛布はそのまま放置して、僕はそのまま進んだ。その日のうちに、何が何でもキャンプを見つけないといけない。足がどんどん強張(こわば)ってきた。僕はまるで二本の義足で歩く人のように、片方の足を出し 次にもう片方の足を出す、そんなふうに一歩また一歩と歩き続けた。そのうち僕は、気を失って倒れてしまった。次に気づいた時には目が覚めていて、もう暗くなり始めていた。僕は岩の上に座って、自分の足を見ていた。最初、その足は僕のものじゃないように思えた。それは誰か別の人の足だった。足の爪はどれも割れて血が滲んでいて、足の裏の真ん中には棘がいくつも刺さっていた。棘を抜こうとして泣いてしまった。棘は、深く刺さったまま折れてしまった。なら、なぜもっと痛くないのだろう? 足の指にさわると、なぜだか分かった。つま先は硬く強張っていて、感覚がほとんどなかった。親指の隣はまるで革で、つねってみても、何も感じなかった。頭が痛くて動きたくなかったけど、夜が近づき、少なくとも大きな木のあるところまでは行かないといけなかった。僕は、やっとの思いで立ち上がったけど、どれほど大変だったことか!」。ここから、原作の第10章「スウィンクを見たか?: 7日目」。内容は先ほどの続き。「今はもう、速くは進めなかった。それにしても、なんて足が痛いんだろう! ハエにも悩まされた。僕は、虫除けに青いジャケットを腕にかけて持ち歩いていたけど、今は頭から被っている。そうなると、残るのは背中に着ているリーファーだけ。あの黒いハエがリーファーの裏地の中にまで入ってきて、僕の腰や首、肌が見えているあらゆる場所に噛み付いた。それは最悪だったが、叩くことすら疲れたので、噛まれるままにしておいた」。「幸い、荷運び用の脇道と電話線が見つかった。あたりは涼しくなったが、虫はさらに増えてきた。今度は、ハエくらいの大きさの蚊だ。僕は一匹の蚊が風船の膨らみ、重過ぎて飛べなくなって落ちていくのを見てた。青いジャケットを頭に巻いて守っていたが、それでも蚊は額やまぶたに襲いかかる。僕は、行き先を確認するため、ジャケットの隙間から外を覗かねばならず、お陰で、まぶたがひどく腫れ上がり、何も見えなくなるのではと怖くなった」。「すぐに、分岐点に着いた。電話線は左、荷運び用の脇道は右だ。渓流は右にあり、僕は、水を飲めなくなることが怖かった……僕は電話線と別れ、渓流に沿って進むことに決めた。弱りきっていたので、渓流に着くと腹ばいになって水を飲んだ。水の中にはヒルがいたけど、そんなことに構ってられなかった。少し飲んだだけで、苔の上に頭をのせて横になった」。「荷運び用の脇道の歩きやすさが恋しかった。藪がひどく茂っていたので、ずっと泥水の中を進まないといけない。僕は、もう一歩も足が動かせなくなるまで、水をかき分け、這いつくばって進んだ。そして、力尽きると横になって休んだ」。「そのうち急な流れにぶつかった。足を引きずりながら岸に近づこうとしら、足をもつれて 頭から渓流に突っ込んでしまった。僕は何度も何度も転がった。リーファーが水でいっぱいになり、頭が水に沈み、溺れて死んじゃうと思った。何度も何度も転がり、岩に激突し【地図に書いてある】、荒れた川底を引きずられた」。「僕は疲れ切っていたので、土手を這い上がり、その上に体を横たえるまでに長い時間がかかった」。そして、2番目の大きな問題点。ジョセフ・B・イーガンの大きなミス。かなり前に、「夜が近づき」という文があり、その後、虫に噛まれ、分岐点に付き、渓流に落ちたので、もっと夜は近づいている。それなのに、次の文章は、「太陽が輝き、そこは暖かかった。その後のことは、ほとんど覚えていない。僕は眠ってしまったに違いない。目が覚めた時には、太陽はずいぶん沈んでいた」。これは、同じ日ならあり得ない。万が一、あくる日のことなら、ダンの遭難は9日ではなく10日になってしまう。この部分について、先の飛行機の分と合わせて英語でAIと相談したが、この2ヶ所は完全な編集ミスだと判明した。だから、「太陽云々」の文章は削除し、次の文につなげるのが正解。「その夜は寒かったが、膝がひどく強張っていたから、これまでの夜のように体を丸める(全身をリーファーの中に無理矢理入れる)ことができなかった。足が外に出たままになってしまい、朝起きたら、足の感覚が全くなかった」。「その森には変な音が響いていた。これまで僕が聞いたこともない奇妙な音、血の気が引くような、高く震えるキーキーという音… たぶん鳥の声だったんだろう【地図に書いてある「フクロウの甲高い鳴き声を聞いた」のこと】。8日目の原本については、次の節で紹介する。

原作の第11章「沼の兵士たち: 8日目」。「目が覚めるのに長い時間がかかった。目が覚めては、また眠りに落ちる。ようやくはっきりと目を開けた時、僕は先へ進む決心がつかなかった。立ち上がった時、足がまるで竹馬にでもなったように… 空中にでも立っているかのように感じた。だから、歩こうなんて勇気が出なかった。足がバラバラになって、骨だけで歩くんじゃないかと怖かったから」。「僕は足をさすり、渓流の冷たい水に足を入れた。しばらくすると少し赤みが戻って来て、チクチクする感覚がした。歩けるようになると、渓流を離れて日差しのある場所に出た。とても気持ちがよかった。イチゴを探してみたけど、何もなかった。だから、少し体が温まると、また渓流に戻り、朝食代わりに水だけ飲んで、川を下り始めた」。「渓流が曲がっている先に何が待ち構えているか知ってたら、あんなとこ行かなかったのに。そこには深い淵があり、それを避けようと岩に登ったんだけど、体力が付いていけなくて、ズルズルと水の中に滑り落ちてしまった。脚に何かがうごめいているのを感じて、下を見た。何と、僕は真っ黒で小さなヒルに、びっしり覆われていた【地図に書いてある】〔ヒルは映画でも取り上げられた数少ないシーンだが、3日目という早い時期に登場させている〕。僕は、あまりの恐ろしさに大声で叫びながら、何度も飛び跳ねた。僕は、そいつらを引っかき、むしり取ろうとした。今すぐ取らないと、蚊よりもひどく血で膨れ上がるって分かってたから……ヒルとの戦いですっかり疲れてしまった僕は、体をいっぱいに伸ばして横たわると目を閉じた」。「目が覚めたら、気分は良くなっていた。僕は、石の上を選んで歩いて岸に上がった。そしたら、脇道らしきものを見つけた。その道をたどってかなり遠くまで来た時、何かが木にぶら下がっているのが見えた。近寄ってみると、麻袋が木の幹に釘で打ち付けられていた。それは古くて腐りかけ 穴も開いてたけど、僕に “寝袋” を思い起こさせた。そこで、麻袋を外し、青いジャケットと一緒に腕にかけた……麻袋はすぐに役に立った。渓流からは、蚊やブヨが雲のように舞い上がっていたから、僕は麻袋をかぶり、穴から覗いた。確かに虫は防いでくれたけど、脚がもつれ、つまづく度に激痛が走った」。道は正しくて、ダンは空き地に建っている廃棄されたたくさんの小屋【地図に書いてある】に辿り着く。「小屋のどのドアも蝶番が外れ、どの玄関にも雑草が生い茂り、どの屋根も崩れ落ち苔で緑色に覆われていた。僕はドアの一つを押し開けた。そこはカビ臭く、湿っぽかった。中に入って荷物を置き、休もうと思った。僕は、寝棚の上に体を伸ばして横たわり、目を閉じた。屋根と壁があるから、虫なんかいないと思った。間違いだった。虫たちは大群で、大小入り混じって襲って来た。そして、まるでコショウを振りかけたみたいに、僕の全身を真っ黒にした。僕は急いで荷物をまとめると 外に逃げ出した……何か食べるものが残っていないか、しばらくキャンプを歩き回った。古い缶をすべて覗いてみたけど、どれも空っぽだった。こんなとこにいても無駄なので、先に進むことにした」。「確か、その日の午後だったと思うけど、足の親指の一部がなくなっていた。どうして気付いたかというと、脇道を、時々四つん這いになりながら、よろよろと歩いていた時、突然足元を見ると、足の親指の先端がなくなっていた【地図に書いてある】から。すっぱりと切り落とされて、血が勢いよく流れ出していた。どうしてそうなったのか分からない。キャンプで鋭い岩にぶつけたか、ガラスの破片でも踏んだに違いない。僕は切り株に座ると、つま先を掌で包むと、血を止めようと、ぎゅっと握りしめた。長い間そうしていた後で、立ち上がって先へと進んだ」。「中が空洞になった木を見つけ、その中に背をもたれて座り、青いジャンバーを脚に、麻袋を頭にかぶったのを覚えてる。そこで暖かくなり、もしかしたらそこで一晩過ごしたのかもしれない〔疲労のあまり記憶がぼけている〕。「いつか分からないが、水の中に踏み込み、膝まで浸かってしまった。僕は怖くなって後ずさりした。倒木の上に乗ると、大きな沼地いっぱいに枯れ木が立ち並んでいるのが見えた。一本一本が、兵士のように見えた【地図に書いてある】。僕は、その一群の木に奇妙な感覚を抱いた… 僕に来るなと言って阻んでいるような」。映画は、夜なので、原作の後に回した。父ドナルドは、地図を見ながら、ダンが迷い込んでいそうな森を探し(1枚目の写真)、1人だけで懐中電灯を持って捜しに出かける(2枚目の写真)。しかし、走っている最中に転倒し、木の枝が左の角膜を裂き、どうやって家まで帰ったのかは分からないが、次の場面では、ルースが、入院した病院の医師から、症状と予後〔片目を失明する可能性大〕の説明を受けている(3枚目の写真)。

9日目」と表示される。最初に映るのは、上半身裸で仰向いて眠っているダン。最後に目が開く〔25秒〕。次は、地面に俯いて座り込み、地面に落ちていたカタツムリの殻を拾って見ている〔29秒〕〔いずれも、長いわりに単調で原作にもない〕。次は、森の中を歩いて行くダンの俯瞰映像(1枚目の写真)と、苦しみながら一歩ずつ歩いていく姿を近くから撮ったシーン〔合わせて54秒〕〔ここは、原作に近いが、原作ほど辛そうではない〕原作の第12章「旅の終わり: 9日目」の冒頭は、「目が覚めた時、何がどうだったか、あまり覚えてない。立ち上がろうとしたけど、できなかった。吐き気がしたし、頭も痛かった。でも、ハエが群がってきたし、切れた足のつま先がすごく痛かったので、立ち上がらないといけないと分かっていた」から始まる。「それでも立ち上がれなかった、僕は祈り始めた……1時間ほど祈った後、食べ物がないかと見回した。手の届く範囲にドングリかイチゴでもないかと。でも、食べられる物は何もなかった。何かあると思ったのに。僕は、落胆して泣いてしまった。長いこと泣いた後、僕は横たわり、木々の枝越しに空を見上げた。僕の中の何かが『立ち上がれ』と急かし続けた。何度も挑んだけど、どうしてもできなかった【地図に書いてある】」と書かれている。肉体的・精神的疲労と親指のケガがかなりひどい状態にあることが、ひしひしと伝わって来る。映画のように、カタツムリの殻で遊ぶことができるような雰囲気では全くない。映画は、ここで、ドナルドの病室に替わる。一緒にいるルースがドナルドに話しかける。「ドナルド、あなたが山から電話してきて、息子の一人が行方不明になったと言った時、私が真っ先に何を思ったか分かる? それがダンであって欲しかった。私は、あの子のことをよく知っているから。もしダンだったら、この事態を生き延びるチャンスがあると思ったの」。ドナルドは、このルースの言葉を、ある意味無視し、自己反省に終始する。「先週、私が家に帰った時、息子たちは私を見ると喜んで、抱きつこうとしてきた。そうさせてやるべきだった。ダン… あの子には、私の面影がたくさんある。世界が不安定な方向に進んでいるから、対処できるよう、ダンを鍛えておきたかったんだ。ダンを強くしようとだけ考えてしまい、父親であることを忘れていた。こんなことが起きなかったら、私がすべてにおいて間違っていたことに気付かなかっただろう」。それに対し、ルースは、「いいえ。私たちは、できる限りのことをしているだけよ」と慰める。このシーン最後の言葉は、ドナルドの、「もう一度機会が与えられんことを、神に祈るしかない」。ここで、再び、ダンに替わる。彼は、さっきとは違い、四つん這いになって、地面を這って行く(3枚目の写真)。原作の第12章の前半の残りの部分からの引用。「少し眠ってしまったようで、目が覚めると気分が良くなっていて、何とか立ち上がろうと、力を振り絞って頑張った。最初は、片足を引きずるようにして、やっとの思いで進んだ。少しずつ歩けるようになり、やがて普通に歩けるようになった。最悪だったのは転んだ時で、倒れた格好のまま、長いこと動けずにいた。それでも、膝をついて起き上がり、なんとか立ち上がることができた」。非常に短い引用だが、第12章の重点は、後半に置かれているので、前半の記述は少ない。

ダンは、幻影で現れた父の 「おいで、息子よ」の言葉を聞き、立ち上がって歩き出す。そして、最後に倒れ込んだのは、ペノブスコット(Penobscot)川の東支流沿いのランクソス(Lunksoos)キャンプの対岸実話原作にも書いてない)では。映画では不明〕。ダンがぼやけた目で見ると、1人の女性が川で洗濯をしている(1・2枚目の写真、矢印)〔1艘のカヌーが地面にひっくり返して置いてある〕原作の第12章の前半の最後の方に、「いくつかの藪をかき分けて進んだ時、前方に白い水面が見えた。僕は信じられなかった。もし池か湖を見つけさえすれば、もう大丈夫だと分かっていたからだ。じっと水面を見ていると、そのうち、あまり遠くない所に対岸が見えてきた。岸辺には大きな丸太が浮かんでいた。当時の僕は視力がひどく落ちていて、一つ一つ順番に確認していくしかなかった。視界は霞んでいたけど、丸太が僕にワクワク感を与えてくれた。だって丸太は桟橋の一部のように見えたから。そして、その向こうに丸太小屋があった……僕は藪の下を這い進んで、岸辺に出た。小屋がさっきよりもはっきりと見え、開けた場所のすぐ端には大きなニレの木があり、そして… 何と、1艘(そう)のカヌーが地面にひっくり返して置いてあった! きっと誰かがいるに違いない。そして困っている人を見れば、助けてくれるはずだ。何か食べ物もくれるだろう。ベーコンと煮込んだ豆とか、ドーナツとか。キャンプに戻る道を見つけて、暗くなる前に着けるかもしれない。そんなことを考えていた時、男の人が1人、開けた場所に出て来るのが見えた!」と書いてある。映画と違い男性だ。映画に戻り、ダンは、そのまま川に入って行き、少しでも近づこうと 途中の岩まで這って行くと、「助けて!」と叫ぶ。その声を聞き、少年の姿を見た女性は、「フレッド!」と叫びながら家〔子供の服まで含めた洗濯物が干してあるので〕の方に走って行く。原作の第12章の前半の最後は、「僕は、男の人に見えるようにすると、叫び始めた【地図に書いてある】。僕は何度も叫び、腕を振った。男の人は、僕の方を見ると、すぐに家の中に駆け込んだ。僕は、いったいどうしたんだろうと思った」となっている。

ダンは、女性が呼んできたフレッドによって運ばれる。映画では、わずか10秒ほどのシーンがあるだけ。実際には、何があったのか、原作の第12章の後半を見てみよう。「僕がどうしようか迷っていると、男の人が家から全速で飛び出してきて、その後ろを何人かが追いかけていた。みんなは1艘のカヌーを水面に滑り込ませ、男の人は、僕にそこにいろと叫んだ。それを聞くと、僕は自分が助かったことが分かり、体から力が抜けていき、めまいもしたので、意識を失ったのかもしれない。次に覚えているのは大柄な男の人が僕を抱き上げてくれたことだ」。「彼は僕の麻袋を置いていこうとしたが、僕は間一髪のところで麻袋をつかんだ。それを手放すつもりはなかった。僕の命を救ってくれたんだから。マクマオン(McMoarn)さんが僕にいくつか質問をしたみたいだけど、記憶がぼんやりとして覚えていない。しっかり覚えているのはマクマオン夫人の方。夫人は素敵な女(ひと)で、僕を抱きしめ、泣きながら何かを語りかけ、ベッドに寝かせると、周りの人々に何をすべきか指示を始めた。電話が激しく鳴り響くのが聞こえ、マクマオン夫人がスープの入ったボウルを持って来てくれた。何のスープだったか分からないけど、美味しかった」。「一気に飲みたかったけど、許してもらえなかった。9日間ほとんど何も食べてない時に、スプーンで少しずつ温かいスープを飲む もどかしさ!  マクマオン夫人も ゆっくりとしかスプーンを渡してくれず、次のスプーン一杯が待ちきれなかった。僕は自分でスプーンを取ろうとしたけど、夫人は、そんなことは絶対にいけない、電話で医師の指示通りにしてると話してくれた」。「スープを飲んでいる間に寝てしまったらしく、人々の話し声で目が覚めた。隣の部屋は人で溢れていて、みんな、囁きながら動き回っている。誰かが電話で大きな声で話していた。すぐにマクマオン夫人が入ってきて僕に微笑みかけた。なんでも、みんなで、僕の母さんに電話しようとしてるとか。するとマクマオンさんが入ってきて、準備ができたと言い、僕を抱き上げて電話がある部屋に連れて行った。電話から声が聞こえたけど、正直言って、最初は母さんだと分からなかった。だって、いつもの声じゃなかったから。でも、耳を澄ませて聴くと、母さんだと分かった」。「母さんは泣きながら話し、僕が本当に無事なのか尋ねた。僕は『もちろん 大丈夫。今、スープをボウル一杯飲んだよ』と答えた。それから父さんのことを聞くと、父さんはすぐそばにいた。父さんと話せてよかった。何を話したか覚えてないけど、父さんが僕の話を聞いてくれただけで嬉しかった」。映画に戻ろう。森林警備隊長が、地図の上に両手を置き、「なんてことだ。80マイル(約130km)以上も歩いたんだ」と驚く(2枚目の写真、黄色の線は支点から終点まで)。次に、当時撮影された、担架で運ばれるダンの映像が入る(3枚目の写真)映画ではカヌーに乗る前に挿入されているが、ダンが辿り着いた場所のアクセス困難さから考えると、カヌーで川を下り、グラインドストーンに到着した後の映像の可能性が高い〕

カヌーに乗って川を下るダンは、下流側からやってくるカヌーに乗った母を見て笑顔になる(1枚目の写真)。2艘のカヌーは出会い(3枚目の写真)、ダンは母のカヌーに移り、抱き締められる(3枚目の写真)。原作のあとがき(AFTERWORD)の最後の方に、第三者の立場から簡単な記述がある。「翌朝、ダンは川岸まで運ばれ、そこにはカヌーが待っていた。その頃、フェンドラー夫人は14マイル(約22km)離れたグラインドストーン(Grindstone)に到着していた」。「カヌーでグラインドストーンに下る途中、川はかなり速く流れ、所々非常に浅い箇所があった。川底には、巨大な岩が無数にあり、中には完全に水に隠れて見えないものもあった。経験豊富な漕ぎ手の手腕だけが、ダンのこれまでの冒険に、『川での転覆』が加わるのを防いだ」。「一刻も早く息子に会いたいと願ったフェンドラー夫人は、グラインドストーンからカヌーで出発した。母と子の感動的な再会は、グラインドストーンから約4分の1マイル(約400m)上流の川の真ん中で、カヌー同士が出会った時に起きた」。実際には、川は、映画と違って “静かな場所” ではなく、ダンはかなり衰弱していたので、2人が抱き合った可能性は低い。

カヌーから下りたダンは、報道陣が見守る中、再び担架に乗せられて救急車に向かう(1枚目の写真)〔これも当時の映像〕。ダンは、父が入院している病院に連れていかれ、そこで、スタッフ全員の拍手で迎えられる(2・3枚目の写真)。原作のあとがきの、前節で紹介した文章の後に、短い文が残っている。「一行はその後、メイン州の小さな村へと向かい、そこで待機していた救急車がダンと母親をバンゴーへ運んだ。目に重傷を負ったフェンドラー氏が入院しているイースタン・メイン総合病院の病室で、家族全員が再会した」。

ダンは、病室に入る前に、待っていた兄のライアンと抱き合う(1枚目の写真)。そして、病室に入ると、「やあ、父さん」。「やあ、ダン」と声を交わす。包帯でくるまれた父の頭を見たダンは、「僕、めちゃくちゃにしちゃったね」と謝り、父は、「No」を3回繰り返し〔「そんなことあるもんか」といった感じ〕、立ち上がると、木の車椅子に座ったダンを抱き上げ、ダンは父に抱き付く(2枚目の写真)。父は、「大好きだ」と言い、ダンも、「僕も大好きだよ」と言う。このあと、2011年に撮影されたドキュメンタリー番組の中で、84-5歳のダンが受けたインタビューが再録される。その中で、老いたダンは、「諦めてしまいたいと思ったことが、何度もあった。最後の数日間は、本当にそうだった。それでも、ただ進み続けたんだ。何と言えばいいのか分からないけれど、それはただの『生きたいという意志』なんだ。もし戦うなら、ひたすらに戦い続けるしかない」と述べ、映画が終わる。

そのあとの、エンドクレッジトの表示の際、当時の映像がいろいろと紹介される。その中で、一番参考になるのは、ダン役の俳優の名前が表示された時、バックに映る、ボーイスカウト姿の少しだけ若いダン(1枚目の写真)映画のダンと全く違う。本人の方が、12-13歳らしい(映画のダンは、もっと年上に見えるし、顔の形も全く違う)〕。そして、もう1枚、とても参考になるのが、9日間の放浪から帰還して父と会った時のダン(2枚目の写真)。1枚目の写真と対比すれば、16ポンド(約7.2kg)痩せたという話が納得できる。3枚目の写真は、老いたダンが、若い子供たちに体験を語っているところ。恐らく、その時に語ったと思われる言葉が、その前後に流れる。「命に関わる事態に直面するまで、自分に “それ” があるとは気付かないものだ。まさにその極限の瞬間に、自分の本当の “タフさ” を知ることになる。心の強さと、意志の強さだ。誰もが それを持っている。そこから何を得たかって? 自らの行動に責任を持てと、教えてくれた。家族への愛も教えてくれた。病気だろうが何だろうが、悪い状況に直面して初めて、家族への愛を知るんだ」。最後に、ダンとライアンの90歳の誕生日に、2人並んで撮った写真を、4枚目に掲載する〔右がダン〕。因みに、この家系は長寿で、死亡した時の年齢は、ダン本人は90才、双子の兄のライアンは94才、弟のトマスは96才、父のドナルドは86才、母のルースは97才だ。

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