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Når befrielsen kommer ビフォー・イット・エンズ

デンマーク映画 (2023)

日本では馴染みのない話なので、背景を説明しておこう。ベストの記述は、『Hvordan Danmark håndterede internering af de tyske flygtninge(デンマークがドイツ難民の強制収容にどのように対処したか)』という、コペンハーゲン大学Saxo研究所講師が書いた文章なので、その一部をそのまま引用しよう。「1945年2月6日、ソ連軍はオーデル川〔ポーランド西部のドイツ国境近く〕を渡り、ドイツの首都ベルリンからわずか70kmの地点に到達した。かつてドイツが占領していた東欧州にまでソ連軍が進攻したため、数百万人のドイツ人が、民間人だけでなく兵士まで、パニック状態で西や北へと退避した。ドイツ軍が1941年に行った作戦中に住民を無差別に虐殺し、価値のあるものすべてを盗み、残りは焦土作戦で破壊した残虐行為の後だけに、彼らは当然のことながらロシア人による復讐を極度に怖れていた(第二次世界大戦中、2,500万人のソ連国民が命を落とし、半数が民間人だった)。バルト海の港町では、死にもの狂いの難民たちが、フェリー、船、はしけなど、浮きそうな物なら何にでも乗り込もうとする混沌とした光景が繰り広げられた。何十万人もの難民が、途中で、連合軍の爆撃、もしくは、飢え、寒さ、病気で死亡した。1945年2月初めから5月4日までに、35万人のこうした難民がデンマークに到着した。このうち約10万人が負傷したドイツ兵で、約25万人が民間人のドイツ人で、そのほとんどが女性と子供だった」。
 「1945年5月5日の解放まで〔ドイツ軍は5月4日にデンマークから撤退し、5月7日に西側連合国に、5月9日にソ連に無条件降伏した〕、難民は占領軍〔ドイツ軍〕の責務であり、彼らはデンマーク当局の協力を得ようと試みた。デンマーク側からは、引き換えに、ドイツの強制収容所にいた2,000人のデンマーク人警察官を釈放すべきだという断固たる要求がなされた。ドイツ当局は躊躇し、デンマーク医師会は、デンマーク国民を脅かす伝染病の場合を除き、一切の医療援助の提供を拒否した。1945年5月5日、デンマーク当局が財政上、医療上の責任を引き継ぎ、難民は監視下に置かれた。当時、デンマークには約85のドイツ難民キャンプがあり、それに加えて、1000棟以上の建物が接収され、難民の収容施設として使用されていた」。
 最後に、デンマーク人のドイツ人に対する感情として、「デンマークの人々は占領の最後の数ヶ月間、日常的に殺人や暴力行為を目撃し、特に医師はしばしばドイツのテロリスト軍団の復讐行動〔デンマーク人のレジスタンス活用に対する報復〕、いわゆる粛清殺人〔clearingdrab〕の標的となった。デンマーク人のドイツ人に対する憎悪が広がり、暴力的な感情は “ナチの血”、すなわち、“ナチズムの毒” に侵されたドイツ人の両親を持つ子供たちにも向けられた。解放の前後には、その恨みは民族的憎悪の性格を帯び、ドイツ人に ナチズムの犯罪に対する集団的罪責が課せられた」と書かれている。この解説の冒頭のソ連との関連については、デンマーク人にとっては常識なので、映画では全く触れられていない。だから、どうしてデンマークに多くの難民が送り込まれたのか、さっぱり分からないので、上記の解説を読むとなるほどと納得できる。また、映画の中で、デンマーク人の医師がドイツ軍に殺される場面、ドイツ人の病気に対する医療が完全拒否される場面、ドイツ難民に少しでも同情的なデンマーク人に唾が吐きかけられる場面などは、これも上記の解説で100%理解できる〔デンマークの医師会の困難なジレンマに対しては、https://danmarkshistorien.dk/vis/materiale/tyske-flygtninge-og-danske-laeger-i-1945 がベストの資料〕

デンマークのフュン島にあるリースリングという小さな町にある高校で、第二次大戦の終結直前に起きた出来事。当時、デンマークにはバルト海周辺に住んでいたドイツ人が、ソ連軍の侵攻を恐れて大量に逃げてきており、デンマークに駐留しているドイツ軍が、行き先を強制的に割り振っていた。リースリングには、500人を超えるドイツ難民が汽車で送り込まれ、その引き受けてとされた高校では、当初は200人と言われていたのが2.5倍以上に増えたので、収容予定の体育館は超満員の状態となった。校長には、リスという妻と、ソーレンという息子がいて、この3人がこの映画の重要な主人公。リスは、何事も深く考えない校長の妻には相応しくない女性で、最初にしたことは、可哀想な孤児の難民を校長の官舎に連れてきて食べさせたこと。こうした行為は、反ドイツ感情の強い住民から反発を招くだけなので、校長を雇用した教育長は強く反対する。しかし、過密な環境の難民にジフテリアの感染が広がり始めると、リスの “可哀想” 意識が夫を駆り立て、難民の中に1人混じっていたドイツ人医師の意見に従い、治療薬としてのジフテリアの抗毒素を何とか手に入れさせようとする。それが、小さな町の住民に漏れると、校長の官舎の窓には、罵声とともに石が投げ付けられ、町の通りを歩いていた校長は、ごく普通の住民から「恥を知れ」と罵られて唾を吐きかけられ、息子のソーレンは学校の生徒たちによって森の木に縛り付けられ、下半身を裸のまま放置される。それにもかかわらず、理想に燃える校長は、ドイツ難民を助けようと、高校から生徒を帰宅させ、校舎すべてを難民に開放し、ジフテリアの感染防止に役立てようとする。これは、高校で音楽教師をしていたレジスタンスのベークと、自ら恥をかいたソーレンを怒らせ、ソーレンはレジスタンスの手助けに走る。そして、ドイツの敗戦。校長は、ナチの協力者として連行され、高校はベークの管理下に入り、ドイツ難民にために新たな鉄条網の柵が設けられ、病死した死体は墓ではなく、大きな穴に集団で埋められる。そんな中、収容所で肉体的制裁を受けた元・校長が戻ってきて、教育長に、高校を元通りにするからと言って復職を懇願する。教育長は、二度とドイツ人を助けないことを条件に再考を約束する。しかし、ソーレンは、かつて森で恥辱的な目に遭った時に助けてくれたドイツ難民の少女がジフテリアで苦しんでいるのを見ると、何とか助けようと自転車付きの荷台に乗せて隣町の病院に向かう。そのことに気付いた父は、車で追いかけ、止めさせようとするが、リスや父の理想論としての人道主義ではなく、どうしても少女を救いたいという強い意志は、失職することが分かっている父を説得し、ドイツ難民にも手当してくれるかもしれないフュン島最大の都市オーゼンセに車で向かわせる。途中で、2人に遭ったベークも、ソーレンのひたむきな心に打たれて、通行を許可する。オーゼンセの病院でも、医師会の通達だと診療を拒否する医者を、ソーレンの心の叫びが圧倒し、治療してもらえる。2人は、少女の回復を見た後、リースリングに戻るが、待ち受けていたものは父の再任拒絶だった。しかし、一家は、恥じることなく通りを歩いて町から出て行く。なお、訳にあたっては、全面的にデンマーク語字幕を使用した。

主役の校長の次に名前が出る重要な役、12歳のソーレンを演じるレッセ・ピーター・ラースン(Lasse Peter Larsen)について、情報はゼロ。

あらすじ

映画は、右腕にギブスを付けたソーレンが、父に手伝ってもらって、高校の掲揚旗ポールにデンマークの旗を上げるところから始まる。そして、その旗を含めた高校の校舎が映り、「リースリング高校、1945年4月」と表示される(1枚目の写真)。リースリングは、現在人口わずか1800人の小さな町。25キロほど南西に、映画にも出てくる港町ファボー(現在人口6900人)があり、そこにドイツ軍の大尉が常駐する基地がある。そして、これらの町があるのはフュン島。その中心都市は、現在デンマーク第3の都市オーゼンセだ。高校の講堂には、全生徒が集まり、正面の壇上には、ソーレンの父の校長が立ち、その左には、ピアノ担当のベーク〔レジスタンスの戦士〕の演奏で、生徒全員が座ったまま校歌を歌っている(2枚目の写真)。歌い終わると、校長は、「今夜は体育教師のマドセンが、水難救助の講義を行なう予定だ。フュネンの丘陵地帯に伝わる強盗の話で楽しませてくれるだろう。それから、新しい厨房隊を選ばないといけない」。生徒達からは、失望の声が。「逃げちゃ駄目だぞ。リス〔校長の妻〕が厨房で待っているからな」。話が終わり、一番後ろの席に座っていたソーレンを連れて校長が出て行くと、ベークがあとを追って走ってきて、膝に穴の開いたズボンの包みを母に渡してくれるよう頼む。そして、ソーレンに向かって、「昨夜、ソ連軍がベルリンの近くまで来たぞ」と嬉しそうに話す。ソーレンが、「じゃあ、僕たち戦争に勝つの?」と訊くと(3枚目の写真)、「そうさ。口ひげ男〔ヒットラー〕には隠れる場所なんかない」と言う。

校長がソーレンを連れて町の医師〔ベークの父〕へ行く。医師は、ソーレンのギブスを大きなハサミで切りながら、「昨夜、リングのドイツ軍倉庫は、レジスタンスの戦士たちによって焼き払われた。ここリースリングでは犯人は見つからない」と校長に話す(1枚目の写真、矢印)。その後ろでは、奥さんがベークのズボンの穴を繕っている。ギブスは無事外れ、腕はもう何ともない。その時、診療室の前の通りにドイツ車が停まり、2人が降りる。医師は、「ここに何の用だ?」と言いながら、ドアが叩かれたので、席を立って隣の部屋に行く。医師がドアを開けると、発砲音が聞こえ、奥さんの悲鳴が聞こえる。校長は、息子を来させないようにして、様子を見に行く。奥さんの泣き声がするので、ソーレンがこっそり見に行くと(2枚目の写真)、床に倒れた医師からは大量の血が流れ出している(3枚目の写真)〔解説に書いた 「粛清殺人」〕。その夜、ソーレンのベッドの脇で、主の祈り(『マタイの福音書』6:9-13)を唱える。ソーレンが、「なぜ、あいつらニールセン先生を撃ったの?」と訊くと、「ドイツ軍はレジスタンス運動に仇を討ちたいんだ」と言う(4枚目の写真)。校長は、息子の誕生日用に渡すつもりだった 小さな木彫りのスピットファイア〔イギリス軍の戦闘機〕を元気付けに渡す。翌日の医師の葬儀では、ベークが悲しみにくれているが、校長に対し、「何か他のことを考えないと。家にいると気が狂いそうだ」と言い、明日から学校に戻りピアノを弾くと告げる。

その葬儀の場に居合わせた町の教育長は、校長に 「我が国に多くのドイツ難民がやって来て、状況は混沌としている」と話し始め、話が進むにつれ、校長と妻のリスが悩む場面に、「コペンハーゲンとユトランド南部が飽和状態なので、軍部は20万人の民間のドイツ人をデンマーク全土に分散させるよう命じた」のラジオ放送が流れる。校長宅を訪れたドイツ軍の大尉は、「君の学校だけではない。すべての小中学校と高校大学はドイツ難民を受け入れまければならん」と言い赤茶色はドイツ語〕(1枚目の写真)、書類を見ながら 「全部で200人。明日到着だ」と言う。「それだけの人数を収容する場所などありません」。「解決したまえ」。「生徒たちの授業はあと8週間しか残ってしません」。「なら、帰宅させればいい」。「学校は、授業料が必要です」。ここで教育長が、「ですので、何とか他の解決策を考えていただけないかと…」と発言し始めると、大尉は 「議論しに来たんじゃない。デンマークはドイツに占領されていることを忘れるな。生徒は君たちの問題だ」と無下に言う。校長が教育長に、「できっこない。勝手にやってきて、私たちを混乱させるなんて」と不満をぶつけると、「ドイツ語で話したまえ」と注意される。教育長は、体育館を難民に与え、生徒のために校舎を確保するよう校長に指示する。そして、翌日、校長はソーレンを連れて駅に行く。教育長も一緒だ。4両の客車を連結した蒸気機関車が到着し、ドイツ兵が合図すると、中から難民が降りてくる。最初は少なそうに見えた難民だが、車両から降りて来る人数は200人を遥かに超えて行き、校長と教育長は困惑する(2枚目の写真)。校長は、輸送団を仕切っていた少尉に、「こんなに大勢収容できません」と言うが、少尉は、「ラウリッツ・ヘンセン、署名しろ」としか言わない。教育長が署名する書類を受け取ると、そこには523人と記入されている。少尉は早く署名しろと催促するだけ。教育長は、「生徒の教育は頑張って行うしかない。ドイツ難民は重なり合って寝させるしかない」と唯一の解決策を校長に告げる。ソーレンを抱いた校長は、ホームを埋め尽くした難民と一緒に高校に向かう(3枚目の写真、矢印)。

高校の体育館では、ソーレンとベークが床に藁を撒き、そこに、次々と難民が入って来る。校長は、「もっとひっついて。間隔を開けずに」と指導する。中に一人金持ちの高慢ちきな女性がいて、勝手に学校のポット〔深鍋〕を掴んで持って行ったので、リスが 「それを持って行かないで。そのポットは学校のものよ」と注意するが、完全に無視して歩き続けるので、「ポットを返して」と奪おうとすると、「後で返すわよ」と反論し、リスが 「貸し出し用じゃない」と奪い合いになる(1枚目の写真、矢印はポット)。ソーレンは、その様子を心配そうに見ている(2枚目の写真)。すると、そのドイツ難民はリスの顔にを吐きかけ、リスは思わず手を離す。その唾棄すべき女は、リスに向かって 「私たちを飢えさせたいの?」と詫びもせずに文句を言う。それに気付いた学校の教師が、クソ女からポットを無理矢理取り上げると(3枚目の写真、矢印はポット)、そのクソ女はドイツ兵を呼び、「私のポットが取り上げられた」と嘘をつき、ドイツ兵はポットを持っていた教師を床に思い切り突き飛ばす。このクソ女は、恐怖心からソ連から逃げてきた難民のくせに支配者のつもりでいる。他の貧しい難民の中には、校長に、「もっと毛布が要ります」と言う女性達もいたが、校長は 「治安部隊と話しなさい。私たちは体育館のみを提供します」と、こちらは難問をドイツ兵に押し付ける。

体育館は、予定の200人を超える523人の難民ですし詰め状態になる(1枚目の写真)。一方、校舎の食堂では、生徒達を前に、校長が、「この状況を受け入れるのは困難だと思う。だが、こうしたことは我々の学校に限ったことではなく、全国の学校で起きている。ドイツ軍との合意はできていて、我々は我々を管理し、彼らは彼らが管理する」と話し(2枚目の写真)、生徒達を安心させる。校長一家は、食堂の隅で同じ物を食べている。すると、ソーレンが、父に 「ドイツ人は、いつまでここにいるの?」と訊く(3枚目の写真)。何も聞かされていない校長は、「戦争が終わればすぐに家に戻るだろう。早急に」と、希望的観測を述べる。そこに、毛布で包んだ子供を抱いた難民の女性が入って来て、「お邪魔して申し訳ありませんが、息子がひどい病気なのです」と訴える。校長は、先ほどの要領で、「ドイツ兵に相談して」と言うが、「いなくなりました。誰も残っていません」との意外な返事。そして、「食べ物も届いていません」と訴える。校長は、「ドイツ軍は食料と医薬品を供給すべきだ」と主張するが、息子の病気が心配な女性は、「お医者さんを呼んでもらえませんか? この町に、お医者さんはいないのですか?」とすがるように訊くが、校長は 「体育館に戻りなさい」とドアを開けて出て行かせる。

翌朝、学校で飼っていた鶏が1羽しかいないのにソーレンが気付く。犯人は難民で、5羽盗んで勝手に食べていた。ベークが手に血の付いた男を校長の前に連れてきて、校長は、「君が殺したのか?」と詰問していると、そこに、胸に鉤十字のバッジを付けた威張った男が割り込んで来て、「500人の飢えた人々に鶏5羽は多いわけじゃない」とベークの襟を掴んで脅す。ドイツ軍が食料を補給しないのが悪いのに、こうした偉ぶった態度は、占領側だから。こうした状況をみて小学校に行ったソーレンは、クラスメイトから、「ドイツ人が高校に住んでるんか?」と訊かれ、「体育館だよ」と答える。「臭わない?」。「ザワークラウト〔キャベツの漬物〕のね」。学校が終わってソーレンが高校に戻って来ると、問題が起きていた。ドイツ難民に変に同情したリスが、牛乳の入った缶をキッチンから持ち出そうとし、夫の校長に目的を訊かれ、「小さな子供たちをもつ母親たちにあげるの」と答える(1枚目の写真、矢印)。それを聞いたベークは、「そしたら、今夜、500人のドイツ人が我々のドアをノックしますよ」と批判する。リスは 「そうは思わないな」と答えるが、校長は 「ベークが正しい。牛乳と食べ物がすぐに届くだろう。ドイツ軍がそう保証した」と愚かな行為を止める(2枚目の写真)。ベークは、「これは正しいことです。ドイツ人を助けることは、ドイツ軍を助けることですよ」と、リスの軽率な判断を、医師の父を殺されたばかりのレジスタンスの戦士として断言する。そして、ソーレンを自分の部屋に呼ぶ。ソーレンは、父にもらった木彫りのスピットファイアをベークに見せ、「いい、お父さんだな」と褒められ、キッチンから盗んできた丸パンを1個ベークに渡す(3枚目の写真、矢印)。その時、ベークが窓の外を見ると、レースカーテン越しに、リスが、禁じられた牛乳缶を運んで行くのが見える(4枚目の写真、矢印)。

この違反行為は、ベークから教育長に知らされる。教育長は、校長を教会に呼びつけ(1枚目の写真、矢印は校長)、「リスが牛乳を配ってはならない。間違ったシグナルを送ることになる」と注意する。これだけ具体的に言われたのに、校長は、「リスは、しないと思います」と答え、教育長から、「奥さんをちゃんと管理下に置きたまえ。何でもない行為が誤解を招きかねない。住民に高校の姿勢を疑われてはいけない」と注意される。そこに同席していた、気難しそうな女性は、「私たちはこの町でお互いに助け合っています。協同生活には、それが必要なのです」と、高校が親ナチスだと誤解されることを恐れる発言をする。それを受けて、教育長は、「君が、校長にはまだ若すぎると言われた時、誰が君のために戦ってくれたかを思い出せ。その際の疑念を蘇らせる必要はない」と、極めて強く指導する。その頃、リスは、さらに愚かな行為をしていた。ソーレンが朝食を食べようと校長の官舎の食堂に入って行くと、そこには、ドイツ人の子供が3人、席に付いて先に食べていた。ソーレンは、「この子たち、なぜここにいるの?」と訊き、1人の少女を指し、「その子、僕の席に座ってる」と強く批判する。母は、ソーレンに隣に座るよう指示し、皿を置き(2枚目の写真、矢印はギスラという少女)、オートミールの入ったビンを渡す。ソーレンは、「あいつらが困ってもいないのに、なぜ僕たち助けなきゃいけないの?」と、母の異常な行為を批判する(3枚目の写真)。ソーレンの小さな妹は 「オートミールを一緒に食べてるだけ」と言うが、ソーレンは、「あいつらドイツ人だ。僕らは、あいつらと戦争してるんだ」と妹に言うが、母が黙らせる。ソーレンは、隣のギウラが自分見ているので、「何見てるんだ?」と強く言い、母に再度制止させられる。そこに、リスに昨夜のことを注意しようと校長が入ってきて、妻の軽はずみな行為に驚き、食事を中断させ、リスの抗議を無視して、3人を食堂から出して体育館に向かわせる。リスは、途中で、「この子たちは孤児よ」と言うが、校長は、「牛乳も、オートミールもなしだ。私に内緒で勝手なことをするな」と叱咤する(4枚目の写真)。

全員が体育館に近づくと、死体が運び出さている。それを見た母は、ソーレンに戻るよう命じる。校長が、難民の医師に、「全員、今日亡くなったのですか?」と尋ねると、医師は 「感染すればあっという間だ」と答える。リスが、「何の感染ですか?」と訊くと、「ジフテリア。感染が広がっており、子供と高齢者が最も危険にさらされている。治療しなければ、多くの人が死んでしまう。病人を隔離しなければならない」と答える(1枚目の写真)。さらに、「薬がない。抗毒素が緊急に必要だ。誰か助けてくれる人を知ってるかね?」と訊く。校長は、「残念ですが、ここは学校であって、薬局ではありません」と言う。宿舎に戻った校長は、医師会のような場所に電話するが、「それはデンマークの医師たちの仕事ではありません。ドイツ軍は強制収容所からのデンマーク人捕虜の送還を拒否しました。ドイツ軍がここで優先しているのは、ドイツ兵のためのドイツ人医師の確保です。もし、デンマークの医師がドイツ難民を助ければ、ドイツ軍を支援することになってしまいます」と言われてしまう。それを聞いたリスは、さらに愚かな発想を口にする。「ニールスン先生の医院に抗毒素があるんじゃない?」〔ニールスンがドイツ軍に殺されてから数日しか経っていないのに、よくそんな発想ができるものだ。何と冷酷な女性だろう〕。校長は、「私たちは、ナチの医者を支援すべきじゃない」と言うが、リスは 「なら、ラースンに助けてもらいましょ。私たち、薬局とは良好な関係にあるでしょ」と意見を曲げない。校長は、くどい妻の主張に、「ドイツの医者も、デンマークの医者も、デンマークの薬局も、助けてはくれない。どこもだ!」と、強い調子で反対する(2枚目の写真)。それでも、リスは、「何とかしないと」と言い張る。ある意味 意志薄弱な校長は、ソーレンを連れてファボーにあるドイツ軍基地までわざわざ出向き、数日前に高校にやって来た大尉に面会する。大尉は、「ドイツ難民のことを気にかけてくれるのはありがたい。だが、東部戦線からの負傷兵6万で、デンマークにある我が軍の病院は満杯だ」と言う(3枚目の写真)。交渉下手な校長は、「病気が健康な人に感染しないように、何かしなければなりません。私には、生徒たちに対する責任もあります」と、余分な後半部分を付け加える。ドイツ軍にとってはデンマーク人の生徒など どうでもいいので、急に態度がそっけなくなる。「もしデンマーク医師会がヒポクラテスの誓い〔医師としての倫理規範〕を破らず、援助を拒まなければ、違った結果になっただろう。25万人以上の難民がデンマークにやって来た。より多く割り当てられなかったことを喜びたまえ」。因みに、『Skeptical Inquirer』のVol.37,No.5,2013に掲載された『Lost Lessons of the Strangling Angel(窒息死天使〔ジフテリア〕の失われた教訓)』によれば、当時のドイツの状況として、「ドイツのジフテリア予防接種プログラムは不完全かつ非強制的だった。国民のほとんどがジフテリアの予防接種を受けていなかった」と書かれている。これが、ドイツ難民にジフテリアが数多く発生した理由。しかし、この論文の後半には、ナチスの強制収容所でのジフテリアについても書かれている。「ナチスのBergen-Belsen強制収容所(ドイツ北部のCalle近く)は 1945 年 4 月 15 日イギリス軍によって解放された。彼らは、そこで見たものに衝撃を受けた。6万人以上の囚人が様々な飢餓状態にあり、ほぼ全員が病気に苦しんでいた。王立衛生部隊のM.W.Conin中佐は、Bergen-Belsen強制収容所に最初に入った連合軍の医師の一人だった。Coninは、『個人は数えないという考えに早くから慣れなければならなかった。1日に500人が死に、私たちが僅かな効果しかない治療すらしないできない中で、1日に500人が死に続けている』と語っている」。こうした状態を創り出したドイツ人に対し、リスの人道主義的な態度にどんな意味があるのだろう?。

気弱な校長は、ファボーの町で 「A.M.Christiansen / Læge(医師)」と書かれたドアをノックする。すると、隣のお婆さんが、「誰もいませんよ。医師のクリスチャンスンと妻は出てってわ。恥知らずにも公立学校でドイツ難民を助けたのよ。幸い見つかったけどね。エスクリーン先生に行くといいわ。彼は、私たちの仲間を助けるだけの善良な人よ」と教える。これで、ドイツ難民に対する医療援助が住民に何と思われるか分かったハズなのに、ソーレンがドアを押すと開いたので(1枚目の写真)、2人で中に入って行く。中は隣人が話したように空っぽ。そこで、診察室に入った校長は、ソーレンにドアを閉めさせ、「ドイツ人が病気になれば、生徒たちを帰宅させなければならなくなる。そうならないために、ドイツ人に薬を飲ませないと」と息子に説明する。ソーレンは、「じゃあ、ドイツ人を助けるの?」と心配し、父は、「私たちを助けてるんだ」と こじつける〔校舎と体育館は離れているので、感染の可能性は低い。あくまで主張するのは、リスに扇動されたから〕。校長は、医師の机から鍵を探し出すと、後ろにある薬剤の棚を開け(2枚目の写真)、専門知識はないので、適当に袋に入れる。その時、ソーレンが、窓の外にドイツ軍の車が停まったと知らせる。そして、断固としたノックの音。父は、医師の白衣をまとうと、ソーレンを急いでベッドに寝かせる。診察室のドアが勝手に開けられ、ドイツ軍の将校が入って来るが、治療中だと思い、「失礼した、先生。終わるまで外で待ちます」と言う。校長は、ソーレンの胸を押しながら、「すぐ終わります」と答え、将校はドアを閉めて待合室に戻る。父は、ベッドから起き上がったソーレンに、「お前と一緒に診察室を出る。お前は役場まで走って行って、私を待ちなさい。もし、3時までに現われなかったら、汽車でお母さんのところに戻るんだ。分かったな?」。それを聞いているソーレンは、心配で涙を流している(3枚目の写真)。それだけ言うと、父はソーレンを連れて診察室から出て行き、ドアを開けて外に送り出す。ソーレンは、さっき父と一緒に入って行ったドイツ軍の基地のある元・役所の前まで走って行くと、父が現われるのを今か今かと待ち続ける。そして、役所の塔の時計が3時を告げて どうしようかと迷っていると、父が無事戻って来て、「ドイツ人を騙してやった。今日は善人が勝った」と誇らしげに言う。

学校に戻ったソーレンは、いつものように、ベークが並んでピアノの練習をさせようとするが、ソーレンは 「今日は、ピアノを弾く気分じゃないんだ」と断る。ベークは、「きれいな歌だぞ。君を幸せな気分にしてくれる」と言うと、ソーレンは 「戦争が終わった後で、ドイツ人に協力した人はどうなるの?」と訊く(1枚目の写真)。ベークの返事は明快で、「それは、彼らが何をしたかによる」。「自由の戦士〔レジスタンス〕が それを決めるの?」。「そうだ」。「ドイツ人を助けたいのか?」。「もし、僕が何か知ってたら?」。「何を?」。「父さんについて」。「お父さんが、どうかしたのかい?」。「父さんを責めないと約束してくれれば、話すよ」。「もちろん」。その結果、その夜、ベークから通報された教育長らは校長とリスを呼びつけ、教育長が 「君は私たちに隠していたな」と問責する。「何の話ですか?」。「君が、ドイツ人を治療するための薬を探してファボー中を走り回ってたことだ」。「あなたは誤解しています」。「ヤコブ、今は戦争中だ。ドイツ人の子供には死んで欲しくない。だが、ドイツ人に忠実な高校という噂は非常に困るんだ」。「生徒を感染から守りたいだけです」。ここで、牧師が 「生徒を心配する気持ちは理解できるし、共感できます。しかし、今は強くならないといけません。私たち誰もがです」と口を挟む。そして、最後に教育長が、「それが嫌なら、解雇するしかない」と最後通牒。「よく分かりました」。「なら、いいが」。宿舎に戻ると、父は、ソーレンの部屋に入って行き、自分の部屋に来させて、机の前に座らせる(2枚目の写真)。そして、「今日のこと、ベークに話したのか?」と尋ねる。ソーレンは首を横に振るが、今日のことを知っているのはソーレンしかいないので、「私を見るんだ。ファボーであったこと誰かに話したか?」と再度訊く。ソーレンは、今度も首を横に振る。「本当のことを言いなさい」。「言ってるよ」。「私を見て」。「嘘をついてるな? 私を見なさい」。ソーレンは下を向く。父は、「見るんだ!!」と大声で怒鳴る。母が、「やめて」と口を出す。「すぐに戦争は終わり、すべてが元通りになるわ」。このあり得ない楽観論に、ソーレンが母に質問する。「もうこれ以上、あいつらを助けないよね?」(3枚目の写真)。愚かで、時代の読めない母は、「人々は、私たちのやっていることを理解してくれるわ」と、歴史上あり得なかった楽観論を展開する。ここで、父が、妻の楽観論に釘を刺す。「あり得ん。君は、こんなことがうまく行くと思ってるのか?」。「そうよ」。父はソーレンを指して、「彼を見ろ」と言う。

その時、窓ガラスの割れる音がして、外から、「売国奴!」と叫ぶ声が聞こえる。そして、投げ込まれた大きな石が映される(1枚目の写真、矢印)。父が、「止まれ!」と叫びながら建物から走り出て行くと、建物の前に立てられた呪いの藁人形が真っ赤に燃えていて、それを、後から出てきたリスも夫と一緒に怖そうに見ている(2枚目の写真)。これで、リスも、自分が如何に危険で、誰からも嫌われることをしているか、初めて認識する。それを見たソーレンは危機感を覚え、父がファボーから持って来たまま まだ持っていた “クリスチャンスン医師の診察室から盗んできた薬” を袋に戻すと、体育館に入って行く。ドイツ人医師を探すうち、先日のギスラという少女の近くを通り、最後に眠っている医師のところに到達する。ソーレンが紙袋を医師のそばに置こうとすると、目をつむっていただけなのか、医師が乱暴に紙袋を奪い取り、「何してる?」と訊く。「放せよ!」。「どこで手に入れた?」(3枚目の写真、矢印は紙袋)。「それ薬だよ。僕の父さんからの。でも、僕の家族には近づかないで。分かった?」と言う(4枚目の写真)。ソーレンが立ち去ると、医師はすぐに紙袋の中の薬を調べる。

翌日、校長とソーレンが町のメインストリートを歩いていると、それ違った老夫婦の夫が、すれ違いざま、「恥を知れ」と罵る。校長は、振り向くと、「失礼、何て言いました?」と訊く。すると、今度は、妻の方が、「恥知らず! ナチに手を貸すなんて!」と批判する。「何を言ってるんですか?」。「あんたは、この町に相応しくない」と言うと、校長に向かって唾を吐きかける(1枚目の写真、矢印)。校長は、「そんなことをしてはいけない。分かりますか? 私の息子の前ですよ。謝りなさい。謝るんだ!」と、非常識な行いに抗議する。クソブス女は、何も言わずに去って行き、校長はハンカチを取り出して唾を拭き取るが、ソーレンが辛そうに顔をそむけている(3枚目の写真、矢印はハンカチ)〔自分が、ベークに話したので、こんなことになってしまったので〕

ソーレンの学校でも、彼の父がナチの協力者だという噂はあっという間に広がる。そこで、授業が終わった後、いつもの仲間同士で戦争ごっこをする時、ソーレンはナチスの兵隊にさせられ、30秒逃げる時間を与えられる。しかし、それはソーレンに戦争ごっこをさせるための策略で、実際には、参加している子供達全員に襲われ、両手両足を掴まれて木の幹まで運ばれると(1枚目の写真)、立ち上がらせて、ロープで幹に縛りつけられる。そして、3人がソーレンの顔を手で押さえ、額に鉤十字を描かれ(2枚目の写真)、「これで、お前が親父と同じナチの豚野郎だと、みんなに分かるぞ」と罵倒される。そして、「ナチの豚野郎!」「ドイツの豚野郎!」 と胸を叩かれ、「ザワークラウト臭いぞ! クソ親爺そっくりだな! お前は、デンマークに対する裏切り者だ!」と罵られる。そして、ズボンを下げられ、パンツも下げられる(3枚目の写真)。生徒達は、ソーレンをそのままの状態で放置して立ち去る。誰も助けに来ないまま時間が経ち、我慢しきれなくなったソーレンは、そのままの姿で地面に小便をする。涙を流したまま茫然としていると、遠くで咳をする音が聞こえる。そこにいたのは、ギスラと2人の孤児だった。そこで、ソーレンは、「助けて!」と叫ぶ。その声に気付いたギスラは、何が起きたか悟ると、ナイフでロープを切ってくれる(4枚目の写真)。ソーレンは急いでパンツとスボンを履くと、ギスラの顔を見る。ギスラは、きっと凍えそうだと思い、自分が着ていた防寒着を脱いで、「ほら、ジャケット着て。暖かくなるわ」と差し出す。しかし、ソーレンは何も言わずに立ち去る。官舎に戻ったソーレンは、額に書かれた鉤十字を水と布で擦って落とす。すると、窓の外から大きな悲鳴が聞こえてくる。

外では、悲鳴を聞いた校長とリス、ナチの医師も駆けつける。ソーレンは、父に官舎に戻れと命じられる。3人が向かった先には、かつてリスに唾を吐きかけた金持ちの生意気なドイツ女の脇に、ロープで首を吊って自殺した若い女性がぶら下がっている(1枚目の写真、矢印はロープ)。ナチの医師は校長にナイフで木の幹に縛り付けたロープを切るように指示し、遺体を抱えて、そのまま地面に静かに横たえる。生意気なドイツ女は、自殺した原因は、自殺した女性の子供2人が昨夜死亡したからだと話す。校長が、ナチの医師に、「なぜ抗毒素が投与されなかったのですか?」と訊くと、「投与した。だが、君の持ってきた量では足りない。それに、薬が必ず効くわけでもないと、覚えておきたまえ」と答え、生意気なドイツ女は、「あんなにくっついて寝てちゃ、何しても無駄よ」と不満をぶちまける。ナチの医師は、「感染を遅らせるには、病人を隔離しなければならない」と言う。その夜、官舎で、校長は、彼がノートに記した死者の名前を数え、リスに、「ここにいる間に死んだドイツ人は全部で18人いる。その半数以上が子供たちだ。何とかしないと」と話す(2枚目の写真)。それまで、安易な気持ちで牛乳を与えたり、果ては、抗毒素を取りに薬局行けと言っていたリスの態度が急に変わり、「私たちがどうなってしまうか怖いの」。「解雇されるだろう」。「私がそんなことを恐れていると思う?」。「家族に何をされるか心配でならないの。石で窓ガラスを割ったでしょ! あの石は、子供たちに当ってたかもしれないのよ!」。「私も怖いが、あと何人死ぬんだ? 5人? 6人? それとも20人とか30人か?」。「知ったことじゃないわ!」(3枚目の写真)「家族の安全を犠牲にしてまで、援助するの? 子供たちに何て説明するの?」。「正しいことをしたんだと」。

その日の夜、校長は急きょ生徒達を講堂に呼び集める。校長は、「君たちの滞在は特別なものだった。我々は、ドイツ人のゲスト〔gæster=客。なぜ、こんな甘い言葉を使ったのだろう?〕が体育館で苦しむという局面に向かい合ってきた。実のところ、ドイツ人には病人を収容する場所すらない。そこで、明日から、彼らが全校を利用できるようにした」。話がここまで進むと、生徒達の間にざわめきが起きる。「つまり、君たちの滞在は今日までということになる。最後の6週間は、計画通りには終わらなかった」。校長は、静かにさせようと、「聞いてくれ。伝統に倣い、終業にあたり、ハーストップの『Den trænger ud』〔1892年作曲〕をみんなで歌おう」と言い、ベークにピアノを弾くよう促す。しかし、ベークは父を射殺したドイツ人を許すことなどできないので、楽譜を閉じると立ち上がり、校長など無視して歩み去る(2枚目の写真)。他の生徒達も、全員ベークに倣って立ち上がって出て行く。これは、校長が、人道的ではあるが、教育者としては明らかな失格であることを意味する。その屈辱的な光景は、ソーレンを辱め、父に対する不信感を植え付ける(3枚目の写真)。

翌朝、ドイツ難民が校舎の中に入って行く。その行列のすぐ横で、愚かな決断を聞いて駆けつけた教育長が、「この学校は、ドイツ人を助ける高校になってしまった」と嘆く。校長は、「昨日からさらに2人の子供が亡くなりました。何とかしなければなりませんでした」と、自己弁護する。「私ははっきり警告したぞ」。「あれから、多くのことが起きたんです」。ここで、いつも教育長と一緒の老婦人が、「でも、私たちでなく、奴らによ」と強く指摘する。校長が、「デンマークの医者もドイツの医者も助けてくれませんでした」と言うと、「デンマークの医師は悪くないわよ」と強く反発する(1枚目の写真)〔解説に書いたように、デンマークの医師会そのものが、協力拒否を宣言している〕。教育長は、「私なら体育館に全員閉じ込めておく。だが、君はドイツ軍に協力した」と改めて非難する。校長は、「協力なんかしてません! これ以上、子供たちが死んでいくのを見てられないのです」と反論する。教育長は、「戦争が終われば、君は摘発される。最悪の事態とならぬよう祈ることだな」と言って、ナチ協力者を蔑むように出て行く。昨夜まで講堂だった部屋は、病人の収容所になっている。そこにソーレンが入って来るが、すぐその後からベークが入って来ると、グランドピアノの閉じた屋根の上に置いてあった書類や器具類を、「こんなガラクタ、置くべきじゃない」と言って床にぶちまける。それを拾おうとしたナチの医師に、「耳が聞こえないのか、ナチのブタ野郎?」と言って、拾っているものを足で蹴る。立ち上がって睨む医師に、「貴様、すぐにドイツ兵の後ろに隠れられなくなるぞ」と、侮るように言う(2枚目の写真)。校長が、「ベーク。やめるんだ」と言うと、「あんたは墓穴を掘ってるんだ。今は和解の時じゃない」と言う。「和解じゃない。理性的な決断だ」。「あんたは、俺の父を殺した奴らを助けてるんだぞ」。「君のお父さんも同じことをしただろう」。この勝手な思い込みによる発言は、父を亡くして日の浅いベークを侮辱する発言だ〔何と愚かな校長だろう〕。怒ったベークは、「俺の父は裏切り者じゃなかった。あんたはナチと一緒に働いてる! 一線を越えた」と強く非難する。「私たちを脅してるのか?」。「我々は戦争中なんだぞ!」(3枚目の写真)「デンマークの自由のために全力を尽くせ! デンマークのすべての男女が、それぞれのやり方で協力すべきなんだ。 あんたには、そのための技術も度胸もある。だが、あんたがやってることは… 自由の闘争に真っ向から反する行為だ。言い訳なんかできないぞ 言い訳はできない」。その言葉に、ソーレンは父を見限り、ベークの味方になることに決める。

ソーレンは、父のせいで被せられた汚名を晴らそうと、もう1人いたドイツの味方とされた少年を、右拳全体が相手の鼻血で真っ赤になるほど何度も殴り、“反ドイツのデンマーク人” として受け入れられる(1枚目の写真、矢印がソーレン)。ソーレンは、その足で校舎内にあるベークの部屋に行き、傷を手当てしてもらう。「まだ痛むか?」。「ちょっとズキズキ。平気だよ」。「すぐ良くなるさ」。そのあと、ソーレンは、母が牛乳缶を運ぶのを窓越しにベークに見られた時、ちょうど入って来た彼の仲間が拳銃を隠し持っていたのをチラと見ていたので、「武器は何に使うの?」と質問する。気付かれたとは知らないベークが、「何の武器?」と尋ねると、ソーレンは、笑顔で、「イギリス機が、あなたたちに落としていった武器」と答える。ベークも、笑顔で、「俺たちは、それを地域のレジスタンスの戦士に配らないといけない」と教える。「あなたのお父さんを撃った奴らを殺すため?」。「それもだが、復讐すべきことはいっぱいある」。そう言うと、ベークは箱から布で包んだ拳銃を取り出し、銃弾を抜いてからソーレンに渡す。「本物?」。「コルト〔M1911〕だ」。受け取ったソーレンは、銃をあちこちに向けてみる。ベークは、「銃は、すべてのレジスタンスの戦士に配らないといけない」と言い、ソーレンは、「僕ならやれるよ。ドイツ兵は子供を停めない〔大人は、身分証の提示を求められる〕」と引き受ける(2枚目の写真)。ソーレンは、さっそく鞄に拳銃を入れ、自転車に乗って運んで行く。途中、ドイツ兵がいたので緊張するが、何事もなく田舎の一軒家まで行き、拳銃を渡すことに成功する(3枚目の写真、矢印)。

校長が、校舎のプライベート部分の廊下を歩いていると、ベークの部屋からソーレンが出て行くのが見える。あのベークの部屋から出てきたことに不安感を抱いた父は、息子のあとを追いかけ、自転車で出かけようとするのを呼び止める。「何してるんだ?」と尋ねる。「何も」。「どこに行く?」。「ただ乗ってるだけ」。「カゴの中に何が入ってる?」。ソーレンが黙っているので、父が、中を探ると拳銃が出て来る(1枚目の写真)。父は、「正気か? ドイツ軍に見つかったら撃たれるぞ」と責める。ソーレンが、「奴ら、子供は停めない」と言うと、父に思いきり頬を引っ叩かれる(2枚目の写真、矢印)。怒ったソーレンは、「大嫌いだ!」と言いながら父の胸に殴りかかる(3枚目の写真)。そのあと、校長は、ベークの部屋に飛び込んで行くと、ベークを部屋から廊下に突き飛ばし、「一体何のつもりだ! 何を考えてる? ソーレンに銃を持たせるなんて。息子に近づくな!」と、ベークの襟をつかんで壁に押し付ける(4枚目の写真)。ベークも負けてはいない。「あの子にとって、あんたは手本になる父親じゃない。あんたは何も見てない。自分の息子なのにまるで理解していない」。この貴重な意見に対し、たかが成り立ての校長のくせに、「離れてろ! 分かったか!」と怒鳴る。怒ったベークは、校長の手を払い除けると、逆襲に出る。校長の襟をつかんで壁に押し付け、「ソーレンは、自分が父親とは違うと証明するため、あらゆることをするだろう!」と言うと、校長を廊下に突き飛ばし、自分の部屋に戻る。

ここで、ロンドンからのラジオの音声が入る。「オランダ、北西ドイツ、デンマークのドイツ軍が降伏した。こちら、ロンドン。繰り返す。モントゴメリー元帥はオランダ、北西ドイツ、デンマークのドイツ軍が降伏したと発表した」〔1945年5月4日降伏、5月6日解放〕。その夜、デンマーク人達は、大きな焚き火の前で平和の到来を祝う(1枚目の写真)。それを官舎の窓から見ている父に気付いたソーレンは、睨むように父を見る(2枚目の写真)。翌朝、ソーレンはベークのトラックの助手席に座わり、荷台には、レジスタンスで活躍した戦士2人と、ナチへの協力者4人が乗っていて、住民はゆっくりと走るトラックに、デンマークの国旗を振って並走する(3枚目の写真)。トラックが停まると、そこでは、裸にされたデンマーク人の女性が、「ドイツ人と寝るとこうなるんだ!」と罵られている。トラックの荷台に乗っている男から、ベークに 「次は高校だ」との声がかかる。ベークは、ソーレンに、「君は来ない方がいい。出るんだ」と言われ、トラックから降ろされる。代わりに、裸にされた女性が加わり、協力者5人を荷台に乗せたベークのトラックが、校長を収監するために高校に向かう。

ソーレンは、両親のことが心配なので、高校に走って行く。ソーレンが高校の正面玄関の見える場所から覗いていると、父がレジスタンスの戦士によって乱暴に玄関から連れ出され、「黙って出るんだ!」と言って頭を棒で殴られ地面に倒れる。その時、ナチの医師が、「彼に罪はない。彼は困っている人たちを助けただけだ」と、校長を庇う。レジスタンスの戦士は、「黙りやがれ。聞こえんのか、このナチの豚野郎!」と言い、銃を向ける。校長は、医師に建物の中に戻るよう強く言うが、医師は、「私は何も怖れない」と言う。その時、銃声がし、校長が振り向くと、トラックから降りたベークが、医師に向かって銃を真っ直ぐ向けている。医師の胸に赤い血のシミが現われ、医師は、その場に崩折れるように倒れる。校長は倒れた医師に駆け寄るが、もう死んでいる(1枚目の写真)。校長は、レジスタンスの戦士2人によって引き立てられ、トラックの荷台に乗せられる。リスは夫に向かって 「あなたは、何も悪いことはしてない」と言うが(2枚目の写真、矢印、左は医師の死体)、そもそも、リスがドイツ人の孤児を可哀想だと思い始めたことから、このような悲劇になってしまったので、全責任は彼女にある。2人が行った人道的な行為は否定されるべきではないにせよ、敵軍の占領下にある状況で、敗戦間際の敵の難民を助ける行為が一般大衆から賛同されるハズはないので、責任は自分で負うしかない。この光景を見たソーレンは、「父さん」と言って、涙を流す(3枚目の写真)。そして、残された母に向かって走って行って、お互いに抱き締め合う。

高校では、かつての敵国で、今や敗戦国になったドイツ人の難民達が勝手に出歩かないように、柵が設けられる(1枚目の写真)。ソーレンがその様子を目立たないように窺っていると、ギスラが壁の所で座り込んで苦しそうに咳いている。口に当てたハンカチには、赤い血が付いている。典型的なジフテリアの症状だ。一方、高校の敷地内に大きな穴が掘られ、そこに病死した難民が並べられている。ソーレンは、そこでシャベルを持っていたベークに、「他のドイツ人と同じように墓地に埋葬することはできないの?」と質問する。ベークは、「デンマーク人の隣にドイツ人を埋葬すべきじゃない。ドイツ人は、ドイツ人だけの場所。分かるな?」と答える(3枚目の写真)。そして、「手を貸してくれ」と言い、高校のキッチンに連れて行く。ベークは、そこにいたリスに、「我々には食べ物が必要だ」と告げる。この、どこまでも “ズレ” ている女性は、「私の夫はどこ?」と、見当違いの質問をする。「彼はここフュン島の収容所に連れて行かれた。どこかは分からない」。「昇進したとか」。「一時的なものだ」。「ドイツ人が再び病気にならないようにするために、あなたは何をしますか?」。ベークは、“校長を収容所に送り込んだ原因” の質問を未だに続ける変人の質問は無視し、「男の子には温かい食べ物がいい。そうだろ、ソーレン?」と訊く。リスは愚かな行為をやめない。「あなたは彼を撃った。ドイツ人の中で唯一の医者を」と責める。ベークの父の医師を撃ったドイツ人を責めないのに、こんなことを責め続けるリスに頭に来たベークは、「奴は、勝手に出て来て御託を並べるべきじゃなかった! 奴はナチだったんだぞ!」と怒鳴ると、「さっき言ったように、温かい食べ物があるとありがたい」と言うが、それに対するリスの反応は、観ていて反吐が出る。ベークの顔を睨んで、「出て行って。出てけ!」と怒鳴る。これが、レジスタンスの英雄に対する態度なのか? 校長ではなく、リサこそ収容所にいれられるべきだ。怒ったベークが、「ソーレン」と声をかけ、出て行こうとすると、ソーレンは、「僕、ここにいる」と言い、ベークから離反する。リスは、ソーレンと彼の妹の3人で官舎から逃げ出すと、「すぐに別の場所を見つける」という条件付きで、危険人物に部屋を貸してくれた老女の家に移る。

別の日、いつもの場所にギスラがいないので、ソーレンは、柵の向こうの難民の女性に、「ギスラはどこ?」と訊く。ギスラという名前を理解した女性は、「体育館にいるわ。でも、今夜を越せるかどうか分からない」と言うが、ソーレンは、「何を言っているのか分からない」と言い、当然、相手もデンマーク語は分からないので、ソーレンから離れて行こうとする。ソーレンは 「待って!」と言い、何か言われたと思った女性が振り返ると、ソーレンは履いていた靴を脱ぎ、「ギスラに渡して」と差し出し、女性は難民としては精一杯の笑顔で受け取る(1枚目の写真、矢印)。ソーレンは仮住まいに戻って来ると、部屋のある2階から父の声が聞こえる。ソーレンが音を立てないように階段を上がって行き、開けっ放しのドアから中を見ると、父の、制裁を受けて黒い痣だらけの背中を、母が絞ったタオルで拭いている(2枚目の写真)。ソーレンがじっと見ていると(3枚目の写真)、父は、「リス… 私には君がいてくれる」と言い、泣き続ける。

そのうちに、教育長が訪ねてきたので、父は、白いYシャツを着て下に降りて行く。教育長:「戻ったと聞いたよ」。元校長:「はい、数時間前に着きました。学校はどうなっていますか?」。「ベークがうまくやっている」。ここで、教育長の前では一度も発言したことのなかったリスが、語気荒く否定する。「いいえ、状況はさらに悪化したわ」。教育長は、「それには同意できん。囲い込みで平和がもたらされた」と反撥する。リスが、「ハエのように死んでるのよ」と付け加えるが、教育長はそれを無視し、元校長に 「とにかく、戻って来られて良かったな」と言い、出て行こうとする。元校長は、「多分、私たち全員が納得できるやり方があると思います。私は、ここに留まりたいのです」と懇願する。それを聞いた教育長は、「もし私が、君の再任について諮るとすれば、君は冷静になり、何があろうとドイツ人を助けてはならん。分かったかね?」と条件を付け(1枚目の写真)、元校長は、「はい」と答える。教育長が帰った後で、リスが、「本当にできるの?」と訊くと、夫は、「なら、どうすればよかったんだ? これから、どうやって生きていけばいい? 他には、二度と仕事を得ることはできないだろう」と、危機感を訴える。ソーレンは、すべての会話を、階段の手すりに隠れて聞いていたが、夜、みんなが寝てしまうと、ベッドから起き上がり、見張りの目をかいくぐり(2枚目の写真)、ドイツ人難民を閉じ込めている柵の鉄条網をペンチで切断し、高校の体育館に侵入する。そして、横になって震えているギスラを見つけると、「さあ、今すぐ行かないと」と言って連れ出す。翌朝、父が目を覚ますと、横で寝ていたハズのソーレンがいない。その頃、ソーレンは、自転車の前に2輪の荷台の付いた一種の三輪車にギスラを横にならせ、森の中の道を走っていた(3枚目の写真)。

父は、柵の所まで行き、昨日ソーレンが靴を渡した女性から話を聞く〔きっと、朝になったら、ギスラがいなくなっていたことも話したのであろう〕。ソーレンが、坂道に来て自転車では重くて登れなくなったので、自転車から降りて手で押し始めると、後ろから車が近づいてくるのが聞こえたので、振り返る(1枚目の写真、矢印)。それは、校長の公用車で、ソーレンも前に乗せてもらったので、父が追ってきたと分かる。そこで、止まって待っていると、父は、三輪車の先で車を停め、下りてきて荷台の上の少女を見る。ソーレンは、「リングの病院に連れてくんだ」と話す(2枚目の写真)〔リングは、リースリングの西3キロ強と非情に近い/2つの町の間はほぼフラットで、しかも背後に見える池などはない〕。父は、「一人で走り回るんじゃない。危険だ。レジスタンスの連中はあらゆる場所にいる。ここにいちゃ駄目だ」と、これまでの融和的な態度とは違って、一方的に言う。それでも、ソーレンは、「彼女をリングの病院まで送ってあげて」と頼む。「閉院して、家に帰った」。「じゃあ、オーゼンセの病院まで」。「ドイツ人を助ける医者なんかいない。やってみたらどうなるか 見ただろう。オーゼンセには行かない。一緒に車に乗るんだ」。これまでの父とは違う発言の背後に、職を失う怖れのあることを見抜いたソーレンは、「僕らが何もしなきゃ、彼女 死んじゃうよ!」(3枚目の写真)「病気なんだ! よく見てよ! 彼女をオーゼンセまで送ってあげて。お父さん! 今すぐ! どうしてもオーゼンセまで行かないと!」と、以前の父らしさを強く求める。

オーゼンセまでは20キロほどの道のりなのだが、父があまりにゆっくり走っているので、ソーレンは、「もっと速く走れないの?」と文句を言う。返事は、「これでも、できるだけ速く運転してる」。ソーレンは、ギスラが眠ってしまわないように、必死に声を掛け続ける。すると、前方にレジスタンスの検問所が見えて来る(1枚目の写真)。車は停車させられ、窓も下げさせられる。後部座席のギスラを見たレジスタンスは、「どこへ行くんです?」と質問する。すると、ソーレンが、「オーデンセの病院まで。妹がジフテリアに感染したの。急がないと」と答える。ジフテリアという言葉を聞いたレジスタンスは、目下、ジフテリアの感染はリースリング高校だけなので、車から降りるよう命じる。検問に手間取っているので、責任者が、「どうなってるんだ?」と訊きにくる。先ほどのレジスタンスは、「車にはドイツ人が乗っていると思う」と返答する。その責任者は、何とベークだったので、父とソーレンは、これで最後だと覚悟する。しかし、ベークは、ソーレンの顔をじっと見ると(2枚目の写真)、あたかも、相手が知らない人間のように、「行っていい」と言う(3枚目の写真)。父は、その寛大な措置に、心を込めて 「ありがとう」と言う。ベークは、「とにかく早く走れ」と言って、2人を行かせる〔ベークは厳しい人間だが、それはあくまでレジスタンスとしての立場からで、高校という場での処理から離れ、1人の少女の命の問題となると、人道的になる。人間的には、何も考えずにひたすら突っ走るだけの 傲慢なリオより遥かに優れている〕

オーゼンセに着いた2人は、ギスラを車に残し、病院に入って行く。看護婦が、「どうされました?」と尋ねる。父は、「車の中に病気の女の子がいます」と説明する。「どこが悪いか、ご存じですか?」。「ジフテリアです」。「どこから来られました?」。「リースリングです」。「高校から?」〔とっくに知れ渡っている〕。「ええ」。「ドイツ人ですか?」。ここで、ソーレンが、「子供なんです」と口を挟む(1枚目の写真)。看護婦は、「解雇されてしまうわ」と言い出す。父は、「どうなっているんです?」と訊く。すると、騒ぎを聞きつけた医師が現われたので、看護婦は、「彼らはドイツ人の難民を助けたがっています。女の子です」と報告する。医師は、「ドイツ人の病院に連れて行って下さい」と言う。それを聞いたソーレンは外に出て行く。父が、「全部閉鎖されています」と言うと、医師は、「現状では、私には何もできません」と答える。「例外はないのですか?」。「ありません」。そこにソーレンがギスラを抱えて入って来ると、「彼女の名前はギセラで、助けが必要なんです」と懇願する。医師は、父に向かって、「私にはできない」と言うが、ソーレンは 「あなたが助けてくれるまで、僕はここから離れない」と一歩も引かない。医師は、「医師会の規則では…」と、言い始めるが、ソーレンは、「病気なんだ! 死んじゃうよ! お願い、助けて!」と叫ぶ(2枚目の写真)。「だから、私は…」。「死んじゃう!」(3枚目の写真)。

このすがるような、心の底からの声に、医師も感動し、「ソーレンセンさん、ベッドを見つけて」と指示し、キャスター付きのベッドが持って来られると、ギスラをソーレンの腕から受け取ると、ベッドに寝かせる(1枚目の写真)。その後、ソーレンと父は、病室の前で座って待っているが、医師がやって来て、病室に入るよう笑顔で促す。ソーレンはベッドの横に座ると、ギスラの手の上に自分の手を重ねると、「ギスラ、起きて」と声をかける(2枚目の写真)。ギスラは、目を開けると、ソーレンの手の上に自分の手を置き、微笑みかける(3枚目の写真)〔リスの表面的で取り繕った人道主義は 害しか与えなかったが、ソーレンの心からの叫びは、ギスラを救った。その差は大きく、明らかだ。映画は、それを言いたいのであろう。この映画におけるソーレンの役割は非常に大きい〕

リースリングに戻った父は、約束を破ったことになるので、教育長からリースリングを去るよう命じられる(1枚目の写真)。元・校長は、「いい校長が見つかるといいですな」と言って、車の鍵を返す。ソーレンは、自分のせいで解雇された父をじっと見ている(2枚目の写真)〔どんなに良いことをしても、それを理解しない人間(教育長)もいるのだということを教訓として学んだ〕。4人は、町の中心の通りを堂々と歩いて、心の狭い町から去って行く(3枚目の写真)〔リスの高慢な顔は実に不愉快だ。俳優の選定に失敗したのか、演技指導が悪いのか?〕
 映像が終わると、「1945年、リースリング高校ではドイツ難民62人が死亡した。うち27人が子供だった。解放当時、約25万人のドイツ難民がデンマークに到着していた。そのうち10,942人が解放前後の数ヶ月間に死亡した。6,540人が子供だった。1945年の秋以降、難民たちはデンマーク各地の大規模な収容所に集められた。最大のものはオックスブル〔Oksbøl、ユトランド半島中西部〕収容所で、ピーク時には3万5000人以上が収容された。最後のドイツ難民がデンマークを去ったのは1949年だった」と表示される。この文の最初の「リースリング高校ではドイツ難民62人が死亡した。うち27人が子供だった」という数値は、映画から想像されるより遥かに少ないように感じられる。それは、映画の冒頭に表示された「実際の出来事から着想を得た」という言葉と関連している。映画は、実際にリースリング高校であったことを、そのまま映画化した訳ではなく、デンマークであったことを、リースリングという田舎の高校での出来事に集約させ、少しオーバーに脚色したものだ。実際にこの高校で何があったのかは、https://hojskolehistorie.dk/ という、デンマークの全高校の終戦前後の状況を記したサイトの中の 「リースリング高校」の部分を見ると、明らかになる。そこでは、①1943年11月11日~1944年3月1日の間、ドイツ軍の小隊のため 160名の生徒全員が帰宅させられた、②1944年9月15日~10月6日の間、ドイツ国防軍により占拠された、③1945年 3月26日、主に東プロイセン〔バルト海の南岸〕から550人の難民が到着した。④1945年の夏、難民の間でパラチフスが流行した。⑤校長の妻は4ヶ月入院し、食堂の手伝い女性4名がリングとオーゼンセ病院に入院したが、そのうちの1人は死亡した(すべてデンマーク人)、⑥リースリング高校では27人の子供を含む合計62人の難民が死亡した、⑦1946年3月10日、難民は高校を去った、と書かれている。③では、映画の5月より早く難民が到着し、④では、伝染病の発生は終戦前ではなく終戦後、しかも、ジフテリアでなくパラチフス〔昭和26年に厚生省が作成した『日本における公衆衛生の概況』によれば、1945年の死亡率は、ジフテリアが10%、パラチフスが0.8%〕、⑥の数値だけ映画のラストの文と同じという、ちぐはぐな状態だ。恐らく、終戦直前のナチ憎しの絶頂期で、死亡率の高いジフテリアなら、死者はもっと多くなるハズで、死者数だけ歴史的事実と合わせようとしたため、ある意味、“ずっこけた” 印象を与えてしまう。もちろん27人の死亡でも看過できないが、この程度の疫病で、町の人々からの強い反感を無視してまで、リスのような “デンマーク人などどうでもいい“ といった態度が取れるものだろうか? せっかく珍しい題材を選んだ勇気ある映画なのだから、最後の文章では、リースリング高校の死者数は省くべきだった。

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