ドイツ映画 (2023)
2018年に出版された『Wir Wochenendrebellen: Ein ganz besonderer Junge und sein Vater auf Stadiontour durch Europa(週末の挑戦者たち: 特別な少年とその父親のヨーロッパ・スタジアム・ツアー)』という本〔 自閉症の少年ジェイソンとその父ミルコの観戦の旅〕(実話)を元に作られた映画。この本が出版された時のインタビューを記事にした 「RHEINISCHE POST」の記事(2019.5.25)(https://rp-online.de/sport/die-wochenendrebellen-mirco-von-juterczenka-und-sein-sohn-jason-suchen-lieblingsverein_aid-39005895)の冒頭から、ジェイソンについて、どんな人物か見てみよう。「ジェイソンが4歳の時〔2005年生まれ〕、医師は、遺伝性の発達障害である自閉症、アスペルガー症候群と診断しました。彼は病気ではなく、脳の配線が少し変わっているだけです。『時々、僕の頭の中で戦争が起きる。たくさんの考えが暴走し始めるんだ』 とジェイソンは言います。彼は、科学の進展に関する詳しい情報を僅かな時間で読み、理解し、説明できます。しかし、彼には誰かと握手することなど出来ません〔細菌感染の怖れ〕」。この前書きのあと、インタビュアーが、「ジェイソン、今、君をハグしたらどうなる?」とジェイソンに訊く。ジェイソンは 「僕は、反射的に後ずさりして、攻撃的な反応をするかもね。でも、実際にはそんなことは起きないよ。僕はもう慣れて、うまく対応できるから」と答える。「でも、スタジアムでは事態はもっと予測不可能だよね。大変な目に遭ったことは?」。「ドルトムントのスタジアムではちょっと危なかった。ファンが飛び上がった時、僕に触れたんだ。僕は、自分を忘れちゃった。警備員は僕を群衆から解放し、非常口に座ることを許してくれた」〔映画の『ボルシア・ドルトムント』のスタジアムのシーンで使われている〕。「君は、今までにほぼ8年、お気に入りのクラブを探してきたね。目標にどのくらい近づいたかな?」。「僕には判断基準のリストがあり、もし、すべての基準を満たせば、そこがお気に入り。主要な基準の1つでも満たされていないと、お気に入りのクラブにはなれない」。「君のお父さんはフォルトゥナ〔フォルトゥナ・デュッセルドルフ〕のファンだよね。フォルトゥナの何がダメだったの?」。「キックオフ前に円陣を作った」〔映画では、ポツダムのSVバベルスベルクが、円陣のせいで基準違反になる〕。「マスコットもいたよね?」。「そう。ベルリンで、ハーティーニョ〔熊のマスコット〕にハグされそうになった。それがトラウマになってね」〔映画では、ボルシア・ドルトムントが、マスコットのせいで基準違反になる〕。「君は、お父さんの努力、理解してる? どんな犠牲を払ってるか?」。「まあ、でも、あの時、彼は約束してくれたんだ。だから、感謝し続ける気はないよ。約束しちゃった彼自身の責任だ」。
10歳のジェイソン役は、1つ前に紹介した『Entführt - 14 Tage Überleben(誘拐/14日間を乗り越えて)』で主役の11歳のヨハネスを演じた、セシリオ・アンドレセン(Cecilio Andresen)。映画の撮影は2021年11月前後で、セシリオは2011年生まれなので、撮影時は設定と同じ10歳。この時点で、本物のジェイソン(2005年生まれ)は16歳。6年しか違わない〔『Entführt』は41年も前の違っていた〕。ヨハネス役では、静かで、強い意志を持った少年を演じたが、ここでは、すぐに怒鳴り散らす自閉症の少年を見事に演じ、髪の色も全く違っているので、別人かと思ってしまう。
あらすじ
映画の最初は、まだ1歳くらいのジェイソンが映る。両親は、駅や橋を持って一緒に遊ぼうとするが、ジェイソンはレールに全く興味を示さない(1枚目の写真)。心配になった両親がジェイソンを連れて専門医に行くと、「アスペルガー症候群〔これは、当時の名称。現在のアメリカでは自閉スペクトラム症(ASD)が正式名称〕は、私たちのような普通の人には理解しにくいものです。あなた方のお子さんは、私たちとは全く異なる知覚を有している可能性があります。たとえば、私たちが苦にならないただの雑音が、お子さんにとっては混乱を引き起こす騒音になるかもしれません。社会的、感情的なシグナルを正しく解釈できず、逐語的に受け取ってしまうため、同世代の子供とのコミュニケーションに問題をきたす場合もあります。でも、逆に、そのことが、お子さんに特別な興味を抱かせる場合もあります… 数学、物理学、音楽などに。あるいは、日々の生活における困難を克服するため、往々にして、自分で決めた規則や型にはまった手順に従って暮らすケースも見られます。いずれにせよ、お子さんがこれからどのように成長するか予測することはできません。自閉症は障害であって、治すことはできません」と告げられる(2枚目の写真)〔冒頭に書いたように、実際の診断は4歳の時〕。
次のシーンでは、ジェイソンはもう10歳になっている。そして、父のミルコの仕事が紹介される。彼が 「ボボ・ベスト・バーガー」と表示されたハンバーガー・チェーン店に入って行くと、鼻ピアスを付けた受付の女性に 「僕は、業務部長として、すべての支店を管理してる」と言った上で、店長がどこにいるか訊き 会いに行く。ミルコは、店長に、この店がオンラインで悪い評価を受けていると注意し、悪い評価の原因となった受付の女性の前に戻ると、評価の典型例を読み上げる。「鼻ピアスをした女は態度が悪かった。それを注意すると不機嫌になった。あの女の機嫌の悪い顔に、ハンバーガーをぶつけてやりたい」。そして、その投稿を表示したタブレットを見せ(1枚目の写真)、「仕事はお客様第一。ボボの基本」と訓示する。そこが終わると、彼は高速を走り、フランクフルトに近づいた時、ナビが 「ホテル・ムンドまで、あと10キロで」と教える〔ミルコの家はデュッセルドルフ近郊のハーン(Haan)にあるので、フランクフルトは約160キロ南東〕。一方、自宅では、ジェイソンが朝の4時に母ファティメの寝室に入って行き〔相手の立場(就寝中)に立って気持ちを汲み取る事ができない=典型的なASDの特徴〕、「ビッグクランチ」について母に話して聞かせようと、無理矢理自分の部屋に連れて行く(3枚目の写真)。「ビッグクランチ」という用語が普及し始めたのは1960年代だが、ダークエネルギーが1988年に発見されると、一旦 「ビッグクランチ」仮説は否定された。この仮説が再び脚光を浴びたのは2024年なので、2013年に、なぜジェイソンが、当時は重視されていなかった古い仮説に熱中したのかは不明〔ジェイソンはただ本を読んだ知識を話しているだけで、それが正しいかどうかを判断する能力はないのかも〕。「Gigazine」の2024年05月19日の投稿には、「アメリカのキットピーク国立天文台にある “ダークエネルギー分光装置(DESI)” の1年間の観測データの分析の結果、ダークエネルギーが時間の経過とともに弱まっている可能性があることが判明した」と書かれている。現在加速膨張している宇宙が、遠い将来どうなるかについて、①宇宙は収縮に転じて最終的にビッグバンと同じ高密度状態に逆戻りするビッグクランチ、②宇宙は永遠に加速膨張を続け、すべての銀河が孤立し、やがて星は燃え尽き、温度も物質密度も極限まで低下して宇宙は「熱的な死」に向かうビッグフリーズ、③宇宙の加速膨張の度合が強い場合、やがては銀河も星もバラバラになり、原子も素粒子も引き裂かれ、時空自体が引き裂かれてしまうビッグリップの3つの仮説のうち、それまでは②と③が有力視されてきたが(日本天文学会の『天文学辞典』による)、2024年のDESIの観測により、ダークエネルギーは一定ではなく変化しており、時間とともに弱まっている可能性が示されことで、「もしこれが真実であれば〔1年間という短い時間での観測が正しければ〕、そのうち宇宙の加速膨張が終わり、やがて逆転して重力の影響で縮み始めるかもしれない。そうなれば、最終的にこの宇宙はビッグクランチで終わる可能性がある」という記述で投稿を終えている〔ビッグクランチ仮説の再評価〕。この観測結果について、最も新しいものでは、2024年9月3日に、ガーディアン紙が一般読者用に同じことを報道している〔結果的に、ジェイソンは正しかったが…〕。
翌朝、ジェイソンが朝食を食べていると、横に座っていた幼い妹が、スプーンに入れた幼児用のおかゆを、テーブルの上に飛ばす〔状況不明〕。それを見たジェイソンは 「ママ!」と叫び、おかゆを恐ろしい物のように指差す(1枚目の写真、矢印)。母が雑巾を持って飛んでくると、ジェイソンは 「雑巾じゃダメ!」と叫び、母は仕方なくスプーンですくって食べる(2枚目の写真、矢印)。ジェイソンは、妹に向かって 「ルール1: 食べ物は、3日間手をつけてない場合を除き、捨ててはいけない」〔資源の無駄になるので〕と言い、その直後、冷蔵庫に貼られた 『家族のルール』 の紙が映される(3枚目の写真)。そして、ホテルでバイキング形式の朝食を選んでいる父の映像に変わると、ジェイソンの声が 「ルール2: 肉は週2回しか食べてはいけない」と言う〔牛肉1キロを作るのに15000リットルの水が必要なので〕。それと同時に、父が大量の肉を、他の具材と一緒に 山盛りに皿に取る。「ルール3: 使い捨てプラスチックは全面禁止」。父は、1回分のプラスチック容器に入ったバターを使っている。「ルール4: ジェイソンの皿の上で、異なる食材が接触してはいけない。例外はない」。これが、後で大きな問題を起こすルール。ジェイソンの皿の上は、母の配慮で、異なる食材は離して置かれている。父は、ごちゃごちゃ重なった物を平気で食べ、そのまま食べ残して立ち去る(4枚目の写真)。『家族のルール』 の紙は、途中から切れて下が見えない。映画では、このあと、次部の下3分の1だけが映る。そこには、ルール7~9が読み取れる。「ルール7: ジェイソンに触れていいかどうかは、彼自身が決める」〔これも重要で、彼は他人が自分に触れることを極端に嫌がる〕。「ルール8: 食べ物は分け合わない」〔ジェイソンの食べ物を、他人が食べてはいけない〕。「ルール9: ジェイソンの食べ残しは、彼が食べ終わるまで食べてはいけない」〔これも後で問題となる〕。
ジェイソンの激しい言動は、次の “朝のバス停” のシーンで明らかになる。ジェイソンが、赤ちゃんを抱いた母と一緒に、いつものバス停まで行くと、3つある席の左端〔上屋の中央〕のイス〔ジェイソンが自分で決めた指定席〕に、老女が座ってしまう。それを見た母は 「こちらにお願いできます?」と、席を移るよう頼むが、老女は、「お宅の息子さんに、そっちに座らせなさいよ」と、不愛想に拒否する。それを聞いたジェイソンは、「ダメ! そこは僕の席だ! そこに座りたい!」と、怒った顔で主張し、母は笑顔で 「お気に入りの席なんです」とカバーする。それでも、頑なな老女は、非難するような目で母を見ながら、「子供を暴君にして野放しにするなんて…」と言い始め、ジェイソンは 「僕は子供じゃない!! そこに座りたい!!」と老女に怒鳴りつけ(2枚目の写真)、「ママ、何とかして!」と叫ぶ。母が 「ジェイソン。静かに」と言うと、老女は、「何て、甘やかすの」と批判する。それを聞いた母は、「自閉症なのよ!」と反駁し、ジェイソンは、右端の席を指差して 「あっち!!」と叫ぶ。ここまでくれば、“バカ” としか言いようがない老女は 「はやりの病気は、子供たちを特別扱いさせるだけ」と、無知をさらけ出して誹謗する。それに対し、ジェイソンは 「立て!!」と怒鳴ると、しばらくじっと睨みつけ、「あっちに座れ!!」と再び怒鳴る(3枚目の写真)。“バカ” な老女に強い怒りを覚えた母は、「いいこと! あなたには、この子がどんな気持ちかまるで分かっていない! 彼は、何が何でも、その席に座りたがってる。あの子にとって、どこに座るかは重大な問題なの! ちょっと立って席を移るだけで済むじゃないの!」と、老女の意固地さと、自閉症に対する無理解に怒りをぶつける。ようやく老女は一番右に移り、ジェイソンは指定席に座ることができた(4枚目の写真)。
学校に着いたジェイソンは、生徒達が無意識に立てる音に苛立ちながら教室に向かう(1枚目の写真)。途中、廊下で会った虐めっ子が、天体が好きなジェイソンに惑星の名前を列挙させる(2枚目の写真)。ジェイソンは、太陽からの距離の順に水星から海王星までと、大きさの順に、木星から水星までを列挙する。バカな虐めっ子が、「冥王星は? 忘れたのか、利口だな」と笑う。ジェイソンが、「2006年に惑星から外された。僕は反対だけど、リストには入れられない」と言うと、何も知らない虐めっ子は、「このオタク」と言ってバカにする。
宗教の授業で、中年の女性教師が、「ええと、ヨハネの福音書と奇跡の物語に戻りますが、ええと、イエスは生まれつき目の見えない男を癒し、ええと、再び見えるようにしました」と話す(1枚目の写真)〔『ヨハネによる福音書』の第9章11には、「イエスという方が泥を作って私の両目に塗り、『シロアムに行って洗いなさい』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」と話す男のことが書かれている〕。すると、ジェイソンがいきなり、「そんなの、全くのナンセンス」と発言する(2枚目の写真)。「何ですって?」。「そんなことは不可能です。粘土を目に塗って盲人を治す… 医学的に絶対に不可能です」。「まあ、でも、それは、ええと、要するに、奇跡だから…」。「100回」。「何?」。「先生は、1時間の授業で 『ええと〔äh〕』 を100回言いました」。「ええと、ジェイソン、いつもイライラするのは止めなさい。原稿なしで話す時、『ええと』 なしで話すのがどれだけ難しいか知ってるの? あなたもプレゼンしたら、分かるでしょう」(3枚目の写真)。「僕は、絶対言いません」。「じゃあ、星について話して。あなた、好きでしょ?」。「科学的に間違ったことを広める陰謀論者〔Verschwörungs theoretikerin〕の言うことなんか聞きません」。この失礼な発言に怒った教師は、「あなたの両親を召喚します」と言う。
次の拠点に向かって運転中のミルコの携帯にファティメから連絡が入り、学校で問題が生じたので、ヴュルツブルク〔昨夜泊ったフランクフルトの東南東約100キロ/自宅から遠ざかる方向〕に向かっていたミルコに、午後4時までに学校に来るよう、強く迫る。授業が終わり、ジェイソンが校長室の前で待っていると、今朝、惑星のことでバカにした虐めっ子と、他の女生徒とが、サッカーのチームのことで口論を始める。「ぼくらはバイエルン〔FCバイエルン・ミュンヘン〕、君たちドルトムント〔BVB〕だろ」。「私たちの方が少ないわね」。そこで、その女生徒は、ジェイソンに声をかける。「ジェイソン、あなたはバイエルンのファン、それともドルトムントのファン?」。すると、虐めっ子の隣にいた仲間のワルが、「FC Spasti〔spastic paralytic(けいれん性麻痺)の略〕のファンだろ」と誹謗し、女生徒は 「Spastiなんて言わないの」と諫める。別の男子生徒から、「どのクラブのファンなんだ?」と訊かれると、ジェイソンは 「まだ決めてない」と答え、一方 女生徒が 「それって、生まれつきのものなの?」と自閉症についてジェイソンに訊くと、虐めっ子が 「ゆりかごから落ちた時、頭を強く打ったから、Spastiになったのさ」と言い、ジェイソンの目の前で、気絶して倒れて見せる(1・2枚目の写真)。怒ったジェイソンは、目の前にあった左手(2枚目の写真の矢印)を足で踏みつける。校長室に入って行った両親は、教師からの文句だけではなく、虐めっ子の手を踏んだことまで問題にされる。両者の間での会話は省略するが、結果的に、校長はジェイソンにプレゼンのチャンスを与え、ジェイソンがそれに成功すれば学校に残っていいが、失敗した場合は、特別支援学校の転校させると言う(3枚目の写真)。
父は学校まで車で乗り付けたので、4人で帰宅するのも父の車。ジェイソンは、「この車、乗るのこれが最後。僕は二度と乗らない。地球に優しい生活を送るには、二酸化炭素排出量を1.5 トンまで減らさないと。運転してたら、絶対無理だ」と、理想論を喚く(1枚目の写真)。父が、「仕事で、7万キロを自転車で走るのか?」と言うと、「鉄道はCO2排出ゼロだよ」と不勉強な反対〔ドイツの鉄道電化率は2020年で55%(日本は67%)。そして、発電所から排出されるCO2は、2020年で1億7670万t。このうち一部は鉄道に使われるので、「鉄道はCO2排出ゼロだよ」は二重の意味で間違い〕。それに対し、父は、上記の緑字のようには反論せず、「ああ、もちろん。その場合、3回乗り換え、Sバーンのあとは路面電車だ。家には、全然帰れんな」と、不便さで反論する。その時、横に座っていた妹が咳いたので、ジェイソンは、「飛沫感染だ!」(2枚目の写真)「窓を開けて!」と大騒ぎ。はっきり言って、無意味な騒ぎ立てで、これでは迷惑 この上ない。そんなこともあってか、家に帰ると、父は 「特別支援学校も全否定とは言えないな」と言い出し、それに対し、母は 「普通の学校でも、ジェイソンに必要な知識を与えることは難しいのよ。ジェイソンはこの世界を完全に理解したいと考えている。これは彼にとって とても重要なことなの」と、大反対。それでも、父は 「僕が働いているから、家のローンを払い、食費を払い、環境保護活動家〔ジェイソン〕の願いを聞いてやれるんだ」と言う。 「でも、あなたは、それを楽しんでる」。「それは非難かい?」。「私はもう体力の限界」(3枚目の写真)。そして、また口論。
そこに入ってきたジェイソンは、「僕のこと話してるの?」と訊き、母が 「そうよ」と言うと、「僕、普通の学校に行きたい!」と声を大にする(1枚目の写真)。母は 「私たちもそうよ」と言って席を立ち、父は 結論が出ていない段階での妻の発言に顔を覆う。すると、ずっとTVに夢中の祖父が、「ジェイソン、サッカーを見に行かにゃ。最高じゃぞ。間一髪、ゴール、お祭り騒ぎ… 毎週末、世界中の何百万人ものファンが熱狂しとる」と、ジェイソンに話す(2枚目の写真)。
ジェイソンが 「サッカーのこと、まるで分からない」と言うと、祖父は 「お前さんは、ブラックホールを知っとるじゃないか。サッカーは子供の遊びじゃぞ」と言う。ジェイソンは、どうして、これまで何も教えてくれなかったのか父に聞くが、ちゃんと答えてくれたのは祖父。「通常は、自分が生まれた街のクラブのファンになるもんじゃ」。さっそく、ジェイソンは反論する。「そんなの、ナンセンスだよ。パパはデュッセルドルフのファンで、ママはドルトムント。矛盾してる」〔2つの都市は50キロくらいしか離れていない〕〔父ミルコの家があるのはデュッセルドルフ。彼の実名はMirco von Juterczenka(1977年生まれ)。Juterczenkaはポーランド系の姓なので、両親が共産化したポーランドからデュッセルドルフに逃げてきてたのかも。一方、母のFatimeは北マケドニア出身のアルバニア人。1989 年にドイツのWarburgという小さな町に移住(ドルトムントの東約110キロ)〕。ジェイソンは 「お気に入りのクラブが欲しい」と言い出す。父は 「デュッセルドルフ」と言い、母は 「ドルトムント」と言い、祖父もそれに賛成する。しかし、ジェイソンは 「ううん、まず、全部見てみないと」と言う。父:「TVで?」。ジェイソン:「ううん、もちろん スタジアムで」(1枚目の写真)「クラブが環境に優しいかどうか、バリアフリーのトイレがあるかなどを確認するんだ。TVじゃ分からない」。この、ジェイソンのかなり無理な要求に対し、父は 「こうしよう。週末に、スタジアムに行って観戦する。ただし、学校では もう挑発に乗らないこと」。「いいよ」。「それに、先生を陰謀論者なんて呼ばないこと」。「いいよ。たとえ、あの先生がそうだとしても」(2枚目の写真)。「約束するか?」。「ちゃんと連れてく?」。「握手しよう。お気に入りのクラブを探すって」。2人は握手する(3枚目の写真)。“やった” と思い、妻に “どうだ” とばかりに笑顔を見せる父の背中に向かって、ジェイソンは予想もしなかったことを言う。「1、2、3リーグ、56クラブ〔ドイツのプロリーグ。1部と2部が18クラブ、3部が20クラブ〕。全部スタジアムで観戦する。そしたら、僕が決める」。「56だって?」。「約束したよね」。
電車が動き出すと、バックに窓からの風景が映り、その上に、ハーンから、ケルン~フランクフルト~ヴュルツブルク~ニュルンベルク〔465キロ〕までの経路が白線で示される(1枚目の写真)。赤く変色した部分は走破した区間。だから、次のシーンは、ハーン~ケルン間の各駅停車の列車の車内。ジェイソンが、窓辺に座った父の革靴をじっと見ている(2枚目の写真、矢印)。そして、「革靴履いてるね。牛の皮の。お陰で死んじゃう」と批判する。父は、「牛はとっくに死んでるよ。靴を捨てても生き返らん」と言ったあとで、「次は、布製の靴 買うよ」と付け加える。2人はケルンで乗り換え、恐らくインターシティ〔特急〕の食堂車に乗っている。ジェイソンは、家族と同じように、スタジアムにもルールが必要だと言い出す。「ルール1: 試合を(見るのを)途中で放棄してはダメ。最後までいること」(3枚目の写真)。「OK」。「ルール2: ホントのファンと一緒に座ること」。「みんな立ってる」。「じゃあ、立つこと」。「狭いから、体が触れるぞ」。一瞬、困った顔をしたジェイソンは(4枚目の写真)、「家族のルール」の「ルール7: ジェイソンに触れていいかどうかは、彼自身が決める」を思い出し、「触っていいかどうか、僕が決める」と言う。そして、ルールはさらに続く。「3: 選手は カラフル過ぎるシューズを履いたらダメ。 4: 広告が多過ぎてはダメ。 5: ファンの中にナチがいたらダメ。 6: 幼稚なマスコットはダメ。 7: 環境と持続可能性を重視すること。 8: 選手が円陣で叫ぶことは許されない」。
そこに、食堂の担当者の愉快なおじさんがやってきて、「保険に興味がおありですか? 車は? 家具は?」と 冗談で訊く。それを真面目に受け取ったジェイソンが、「ドイツ鉄道で働いてるのに、なぜ保険を売るの?」と訊くと、「朝食にピエロを食べたんだよ」と言って笑い出す。父は、ジェイソンに単なる冗談だと言うと、自分にはチリコンカン〔メキシコ料理〕を注文する。ジェイソンは 「じゃあ、僕はトマトソースのパスタ。だけど、ソースはパスタの上ではなく隣に〔neben die〕かけてね。分かった?」と、家族のルールの「4: ジェイソンの皿の上で、異なる食材が接触してはいけない。例外はない」に準じて言うが、“隣に” ではあまりに曖昧過ぎ。そこで、さらに念を入れて 「ソースがパスタに付いたらダメ」と、正確に話す。それを聞いた父は 「何か他の物にしよう」と提案するが、“おじさん” が、「アイ・アイ・サー。『お願い』って言ってくれるかな?」と、英語を交えて冗談ぽく了解する。それに対し、ジェイソンは 「イヤだよ。僕は 『お願い』 も 『ありがとう』 も言わない」と拒絶する。父が 「試してみたら?」と言っても、「いや」としか言わない〔「ASDの人は 『ありがとう』『ごめんなさい』 と言えない」と書かれていた〕。しばらくして、“おじさん” が両方の料理を一緒に持ってやって来て(1枚目の写真、下の皿が少し斜めになっている)、テーブルの上に置く。しかし、ジェイソンの皿では、ソースの一部が2本のパスタの端に触れている(2枚目の写真、矢印)。それを見たジェイソンは、父に 「ソースがパスタに触れてる」と文句を言う。父は いつも家族と食事をしているわけでないので 「3ヶ所でほんのちょっぴりじゃないか。大丈夫」と言うが、ジェイソンは 「ダメ! ソースがパスタに触れたらいけないんだ! 僕、ちゃんとそう言った!」と、強く反論する。「どっちにしろ、胃の中に入ったら一緒になる」。「ルールはルールだ! 何とかしてよ!!」(3枚目の写真)。父は、仕方なく “おじさん” を呼ぶ。「何か問題でも?」。「ソースが多過ぎて…」。ここで、ジェイソンが立ち上がり、“おじさん” に向かって、「ソースがパスタに付いてる!!」と怒鳴る(4枚目の写真)。
ジェイソンの大きな声が、周辺の客の関心の的になってきたので、父は 「別の容器にソースを入れて、新しいパスタを持って来てもらえるかな。支払うから」と頼む。それを聞いた “おじさん” が皿を持って行こうとすると、ジェイソンは 「ダメ!!」と拒絶する。「ダメ?」。「捨てちゃダメ!!」〔これは、家族のルール9 「ジェイソンの食べ残しは、彼が食べ終わるまで食べてはいけない」に違反する〕。父が、「じゃあ、私がそれを食べよう」と言うと、ジェイソンは、「食べ物は分け合わない!!!」と大声で叫ぶ(1枚目の写真)〔家族のルール8 「食べ物は分け合わない」 そのもの〕。父は、「ジェイソン、これじゃ堂々巡りだ」と言うが、ジェイソンは 「ソースがパスタにかかってる!!!」と叫び、一種の譫妄状態になる(2枚目の写真)。父が、困惑した “おじさん” を去らせると、怒ったジェイソンは、父に向かって、「チリコンでも勝手に食べてろよ!!!」と怒鳴り、横の席の客数名から、父親としての資質を問題視する発言が相次ぐ。我慢できなくなった父は、ジェイソンに荷物をまとめさせ、立ち上がった拍子に、トマトソースのパスタの皿が、通路に逆さ向きになって落ちる(3枚目の写真、矢印)。これを放置することは、家族のルール1 「食べ物は、3日間手をつけてない場合を除き、捨ててはいけない」にも反するので、ジェイソンは 「食べ物を無駄にしてはダメ!!!」と、最大の大声で叫ぶ。その後、2人が小さな駅にポツンと座っているのが映る(4枚目の写真)。このシーンは絶対に間違っている。なぜ、インターシティに乗っていた2人が、こんな小さな駅にいるのだろう? 乗客に迷惑をかけたので、臨時停車して降ろされた? いやいや、そんなことはあり得ない。
父は、もう家に帰ろうと言うが、ジェイソンはニュルンベルクに行くと主張し、結局、試合に間に合ってマックス・モーロック・シュタディオンに到着する。父は、ファンがジェイソンに触れないよう、腕で庇いながら切符売り場に向かう(1枚目の写真、矢印)。列に並んだジェイソンは、中に入るには身体検査を受けないといけないと父に言われ、愕然とする(2枚目の写真)〔家族のルール7に違反〕。しかし、それをしないと入れないとあれば、承知するしかない。切符を買う段になると、父は、ジェイソンが子供と言われるのを極端に嫌うことから、「大人と、ほとんど大人」と販売員に言う。要求された額は50ユーロ。父は 「2人分?」と訊く〔切符売り場から、ジェイソンは丸見えなので、子供料金にした?〕。「はい。楽しんで」。ゲートをくぐる前から、大勢のファンが背後で気勢をあげたので、ジェイソンは唖然とする(3枚目の写真)。身体検査の係は、ジェイソンが子供なので、そのまま行くように言うが、子供扱いが大嫌いなジェイソンは、いくら嫌でも、身体検査を要求する。係は検査し、「これは何だ?」と言い、ジェイソンがびっくりすると、冗談だと言って笑って通す。座席近くの階段通路から上がって行くと、満席になったスタジアムが見えてくる(4枚目の写真)。
ジェイソンが席に座ると同時に笛が吹かれ、試合が始まる(1枚目の写真)。ジェイソンは、ファンが振っているエンブレム(◯の中に “1.FCN”)の旗を 顔をしかめて見ている。観客が大声で叫ぶと、それがジェイソンにはたまらない苦痛で、手を握りしめ、目を閉じて我慢する。しばらくすると、観客が 「Schiri, du Uhrensohn !」と唱和を始める。“Uhrensohn” というのは辞書にない言葉なので、ジェイソンは、「みんな、何 歌ってるの?」と父に訊く。父にも分からないので、「さあ、何だろう」と答える。「訊いてみてよ!」(2枚目の写真)。すると、それを漏れ聞いた後ろの席の男性〔実は、ミルコ・フォン・ユータシェンカ本人のカメオ出演〕が、「『審判員、この時計野郎』」って歌ってるんだ」と教える(3枚目の写真)〔正確な訳は難しい。“Hurensohn” の意味は 「クソ野郎」。“Uhr” の意味は 「時計」なので、「時計野郎」と訳してみた〕。すると、その男性の隣に座っていた息子〔こちらは、ジェイソン・フォン・ユータシェンカ本人〕が、「審判員が時計を持ってるから」と説明する。後ろの男性は、父に 「初めて来たのかね?」と尋ねる。父は、「ええ、お気に入りのクラブを探しに」と答える。男性は、「ああ、俺たちもそれを体験したんだ」と言う〔ミルコ・フォン・ユータシェンカ本人なので、もっともな返事〕。そして、彼は 「ヒントをあげよう。お気に入りのクラブを見つけるには、2:1の試合を観るのがベストだ」と言う。「なぜです?」。答えは、長くなるので、要するに接戦でハラハラするから。その後の会話が意味不明で 作業が停滞してしまった。それは、後ろの男性が “Clubberern“〔“Clubber“ はアメリカ英語のクラブのメンバー。”er” は比較級なので、ひょっとして熱烈なクラブメンバーのこと?〕という言葉〔辞書にはなく、WEBで時折見つけた単語〕を使ったため。ジェイソンは、この言葉を聞くと、ニュルンベルクにおける “Clubberer” の存在に違和感を覚え、先の “Uhrensohn” の歌詞も気に食わなかったことから、 FCニュルンベルクが好きになれないと言う(4枚目の写真)。
自分の部屋に戻ったジェイソンは、2部リーグのリストからニュルンベルクを消す。そして、スタジアムで買った、小さな横断幕を壁に貼る(2枚目の写真)。そのあとで、次にどこに行くか、1回目と同じようにクジで決める(3枚目の写真)。
次にジェイソンが行ったのは、ベルリンにあるシュタディオン・アン・デア・アルテン・フェルステライ(Stadion An der Alten Försterei)〔『FCウニオン・ベルリン』のスタジアム、座席数22012〕(1枚目の写真)。ここでも、ファン全員が幕を掲げての応援が圧倒的だ(2枚目の写真)。ジェイソンが席に着くと、「Eisern Union(鉄のウニオン)」を讃える大合唱が響き渡る(3枚目の写真)。試合は、早くも開始後1分でウニオンがゴールを決めて1:0。そこで、父から、「お気に入りか?」と訊かれたジェイソンは、選手のシューズに注目する。すると、1人は派手な空色。他に、黄色、オレンジ、濃いオレンジ、白がいる。ジェイソンは、「11人の選手が5色のシューズを履いてる」と指摘する〔「ルール3: 選手は カラフル過ぎるシューズを履いたらダメ」〕(4枚目の写真)。当然、お気に入りの対象外。家に帰ったジェイソンは、1部リーグのリストからウニオン・ベルリンを消す。そしてまた、くじ引き。
次いで、ブレーメンにあるヴェーザーシュタディオン(Weserstadion)〔『ヴェルダー・ブレーメン』のスタジアム、座席数42100〕で、ジェイソンが試合をつまらなそうに見ている短いシーンと(1枚目の写真)、ゲルゼンキルヒェンにあるフェルティンス・アレーナ(Veltins-Arena)〔『シャルケ04』のスタジアム、座席数62271〕の応援の様子(2枚目の写真)と、「立ち上がれ。シャルケなら」と歌うファンに従って立った父に向かって、ジェイソンが 「僕は立ち上がらない。シャルケのファンじゃない」と言う(3枚目の写真)、短い場面が挿入される。
ジェイソンと父の週末観戦はどんどんと増えて行き、50のクラブ〔ほぼ1年かかったことになる〕、旅行距離ほぼ18000キロ(1枚目の写真)〔JR6社合計の19987キロに迫る!〕に到達する。ジェイソンの部屋は、記念の幕や旗で一杯になる(2枚目の写真)。
すると、ジェイソンが、「パパ! 僕もサッカークラブでプレーしたい」と言い出す。父は近くの少年・少女の混成サッカークラブに連れて行く。ジェイソンは、さっそく、子供達のシューズの色がカラフルだと指摘するが、父は 「最高のチームだ」と言う。「もし、勝てればね」。「そんなのは重要じゃない。お前が、楽しめればそれでいいんだ」。そして、コーチに呼ばれたジェイソンは、チームの方に走って行く(1枚目の写真)。早速、青のビブスと白のビブスの子供たちで、小さな円陣を作り始めるが、ジェイソンは他人と接触できないので、最初から仲間外れになる(2枚目の写真)。練習試合が始まっても、ジェイソンはチームとは無関係に行動し、敵の白のチームがゴールを決めると、味方の青のゴールキーパーに向かって、「なぜキープしなかった! “Pannen-Oli” よりひどい!」〔“Pannen-Oli” はドイツのサッカーサイトで、プロのゴールキーパーが非常に下手なプレーをした時に使われている。他に、“Pannen-Oli” で検索して、大きな岩がブロックのように立ち塞がっている写真があったので、「動けない岩ブロック」とでも訳せばいいのか?〕「ボールが飛んで来たら縮み込んだ、信じられない。ジャンプくらいしろよ!」と責め立てる(3枚目の写真)。コーチは、ジェイソンを呼び、「チームでは他の子を責めちゃダメだ」と注意した上で、「試合、続けるか?」と訊くと、ジェイソンは青のビブスを脱ぎ捨て(4枚目の写真、矢印は ”乱暴に脱いだ青のビブス”)、「やめた」と言ってさっさと立ち去る。立場がない父は、謝るしかない。
ジェイソンと祖父が家でTVを観ていると、「ボイジャー1号の太陽圏からの脱出」を伝えているので、この日が2013年9月12日だと分かる。ジェイソンは、祖父に、「今日、僕 『Wrong Planet Syndrome』を読んだよ」と言う〔『An Autism Odyssey』という2001年に出版された本の中のpp27-36の部分/“Wrong Planet” とは、自閉症の人々を対象にしたオンライン・コミュニティ(https://wrong planet.net/)〕。ジェイソンは、さらに、「自閉症の人は、間違った惑星(wrong planet)に来ちゃったような気分になることが多い、って書いてあった。なぜなら、周囲の人がみんな、自分とは全く違った行動を取るからだって」と話す(1枚目の写真)。それを聞いた祖父は、「あのな ジェイソン、診断結果が届いた時、わしはおまえさんの両親にこう言ったんだ。『ジェイソンは ありのままでいい』(2枚目の写真)『あの子は、わしの親爺を思い出させる。親爺も同じだった。単純に… 特別だった』。わしは親爺、おまえさんの曽祖父が好きだった。もし他の人がおまえさんのことを理解してくれないなら…」。ここで、ジェイソンが、その言葉を受けて、「でも、僕、論理的かつサステナブル・エフィシェンシー〔環境への負荷を最小化しつつ価値を最大化〕に行動するんだ。他の人たちはそうしないけど」と言う。「分かっとるよ」〔ジェイソン・フォン・ユータシェンカ本人は、映画の中でこれが言いたかったのかも〕。
ジェイソンが次に訪れたのが、ミュンヘンにある高機能フッ素樹脂で覆われた膜構造のアリアンツ・アレーナ(Allianz Arena)〔『FCバイエルン・ミュンヘン』のスタジアム、座席数75024〕(1枚目の写真)。内部は、巨大だが、外観よりは普通(2枚目の写真)。階段通路から上がったジェイソンは、7万を超える観客に笑顔になる(3枚目の写真)。しかし、ファンが、英語で、「FC Bayern, forever number one」と歌い始めると、ジェイソンの顔が曇る。そして、父に、「“forever” は “永遠”、つまり、未来のことだよね。だけど、これからどうなるかなんて分かんない」〔「永遠にNo.1」と歌うファンへの批判〕と言い(4枚目の写真)、お気に入りから外す。
その次が、自宅に一番近いデュッセルドルフにあるメルキュア・シュピール・アレーナ(Merkur Spiel-Arena)〔『フォルトゥナ・デュッセルドルフ』のスタジアム、座席数54600〕(1枚目の写真、ここは外観が映らない)。2人が階段を上がる前から、「95オレー〔95 olé〕」の大合唱が響く〔これは、フォルトゥナのエンブレム(◯の中に “F95”)の “95”(クラブの設立が1895年)に、スペイン語に端を発する「がんばれ」を意味する「オレー」を付けたもの〕。2人が席に着くと、辺りは何となく白っぽい(2枚目の写真)。そのうち、ジェイソンは涙を浮かべ始める。父は、このクラブが自分のお気に入りなので、ジェイソンも感激して、ここをお気に入りに決めたからだと誤解するが、ジェイソンは 「煙が目に入って、涙が出るんだ」と不満を漏らす。そして、その原因が映される(3枚目の写真)。父は、ティッシュペーパーを渡し、ジェイソンはそれで目を覆う(4枚目の写真、矢印)。このクラブがお気に入りになるハズはない。
デュッセルドルフからの帰りのバスの中で、ジェイソンは、次は 母のお気に入りのドルトムントに行きたいと言う(1枚目の写真)。そして、「世界一だよ」とも。「誰が言った?」。「ママ」。そして、いきなり、スタンドの映像。ジグナル・イドゥナ・パルク(Signal Iduna Park)〔『ボルシア・ドルトムント』のスタジアム、座席数55700、立見25020〕だ(2枚目の写真)。写真では小さすぎて見えないが、黄色のエンブレムの旗もある。そこには、◯の中に “BVB/09” と書かれている〔これは、クラブの正式名称 “Ballspielverein Borussia 09 e.V. Dortmund(ドルトムントに1909年創立されたプロイセン・サッカークラブ)” の赤字の部分に、創立年の1909を加えたもの〕。ジェイソンは、一旦席に着くが、後ろのファンに強く押され、触られたことに悲鳴を上げたので、父は、階段通路の安全地帯まで連れて行き、「息子は自閉症です」と頼んで誰もいない空間に入らせてもらう(3枚目の写真)。2人の姿を、大勢のファンと一緒に映した初めての映像が4枚目の写真(矢印)。ここで、撮影方法について、「FILMSTARTS」というサイトの、「Wie dreht man eine bewegende Vater-Sohn-Geschichte im vollen Fußballstadion? Unser Interview zu "Wochenendrebellen" mit Regisseur Marc Rothemund(満員のサッカースタジアムで感動的な父と息子の物語を撮影するには? 『ぼくとパパ、約束の週末』のマーク・ロザムンド監督へのインタビュー)」(2023.9. 29)の記事(https://www.filmstarts.de/nachrichten/1000042689.html)には、「私たちは、どのスタジアムでも、スタンドに2つのカメラ・チーム、フィールドに1チームを配置しました。扉が開く2~3時間前に入場が許可され、試合終了のホイッスルが鳴るまで撮影を行いました。翌日、それぞれのスタジアムに戻り、前日と同じ場所で、俳優の周囲に1~200人のエキストラを配置して近接撮影を行いました。これは特に会話シーンで重要でした。前日のスタジアムには 最大で8 万人の熱狂的なファンがいて、台詞の録音などできなかったからです」と書かれている。
そして、ドルトムントがゴールを決めると、多くのファンが持っていたビール瓶を振り、辺り一面にビールが飛び散る(1枚目の写真、矢印)。お陰で、2人が頭からビールを被ることに(2枚目の写真)。ジェイソンは、一瞬理性を失うが(3枚目の写真)、父が 「顔を見ろ」と、自分の顔を見させ、「ホテルに行こう。乾いた物を着せてやる。いいな?」と言って落ち着かせる。平静さを取り戻したジェイソンは、ホテルに行くことを拒み、ルール通り、試合終了のホイッスルが鳴るまでここにいると主張する。そこで、父は、次にビールが飛んで来てもいいように、上着でジェイソンの頭をカバーし、ジェイソンに笑顔が戻る。そんなジェイソンが下を見ると、日本でよく見かける子供向きのマスコットが立っている(4枚目の写真)。
試合が終わり、外に出ると、ジェイソンは、父に 「すごかった。心臓がドキドキしちゃった」と話しかける。「そりゃ、よかった。今までなら、あのビールのシャワーで完全にパニクるトコだったのにな」。「僕ね、楽しもうとするなら、我慢しなきゃならないこともあるって、分かったんだ」。ジェイソンは、さらに続ける。「僕たちって、週末の挑戦者〔Wochenend-Rebellen、映画の題目と同じ〕だね」。それを聞いた父は大喜び。家に戻ると、ビール瓶を手に妻に向かって 「遂に、決まったと思う」と言う。「お気に入りのクラブが? ホント?」。「その通り。ボルシア・ドルトムントだ」(2枚目の写真)。そこは、母のお気に入りのクラブなので、母ファティメも大喜び。すると、ジェイソンが 「なぜ、嘘つくの?」と訊いたので、両親は驚いてジェイソンを見る。ジェイソンは 「お気に入りのクラブはないよ」と言う。「だけど、心臓ドキドキしたんだろ?」。「だから?」。「すべて完璧。きれいなトイレ、資源の無駄なく、世界クラスの雰囲気」。ジェイソンは、1枚の印刷物を取り出して、「じゃあ、これ何?」と訊く。そこに映っていたマスコットを見て、母は「エマ」と言う。「バカなマスコットはダメって言ったのに」(4枚目の写真)〔「ルール6: 幼稚なマスコットはダメ」〕。父は、それでもボルシア・ドルトムントを庇うが、ジェイソンは 「まだ全部行ってないのに、どうしてそんなこと言えるの? おかしいよ」と反論する。「56のどれも気に入らなかったら、どうする?」。「なら、ヨーロッパで探すよ」。「ヨーロッパには、何百ものクラブがあるぞ」。「215000」。「全部行くのか?」。「うん」。「残念だが、そんなに生きちゃおれんぞ」〔週末に1回として、215000÷365=589年〕。それでも、ジェイソンは、「週末にはスタジアムに行くって言ったじゃないか!」と眉を吊り上げて怒鳴るが、父にはそんな余裕はない。
父は、次の週末は、「より少ない仕事でより多くの報酬を」という希望に対し、オーナーが、ラトビアに開設する次の支店のオープンに代理として出向き、テープカットやスピーチをする約束になっているので(何ヶ月も前から決まっている)、ジェイソンに対し、「どこにも行かない。仕事がある。リガ〔Rīga、ラトビアの首都〕で。知ってるだろう」と、きっぱり断る。しばらく考えたジェイソンは、父が歯を磨いている洗面に入って行くと、「僕も一緒に行く」と言う。「え? どこに行くだと?」。「ラトビア」(1枚目の写真)。「ダメ」。「でも」。「ダメだ」。「グーグルでスタジアムを検索したら、来週末、ヤーナ・ダリニャ・スタジオン(Jāņa Daliņa stadions)〔『ヴァルミエラFC』のスタジアム、座席数1250〕で、試合があるから、それを観に行きたい」。そう言うと、スマホの画面を見せて、「午前10時半、ヴァルミエラFC 対 リガFC」と言う。「遠すぎる。論外だ」〔リガの約100キロ先〕。「僕、これまで問題起こした? 起こしてないよ」。父は、仕方なくOKするが、幾つかルールを設けると宣言する。「その日は、会社にとって非常に重要だから、しくじることは許されない。私が計画を立て、変更はあり得ない。仕事は最優先だ」(2枚目の写真)「終わるまで、隅っこで静かにしてるんだ。それがちゃんとできるか?」。「うん」。「そうだ、今回は、合言葉を作っておこう。いいか、私が 『切り替え』って言ったら、文句を言わずに、私の言う通りにするんだ」。ジェイソンは頷いて 「OK」と言い、2人は約束の握手する。次のシーンで、2人はいつものハーンの駅にいる。ホームを歩いていると、モヒカン刈りの若者3人が音楽を聴いている。父から曲目が『頭の中は戦争状態』だと教えられたジェイソンは、1回目の旅行の時の失敗を思い出して、「無駄にはできないから、ソース付きのパスタをウェイターに返せなかった。代わりにパパが食べることも許さなかった。僕は食べ物を分け合えないから。それは、矛盾する命令を受け取ったコンピューターと同じだった。機能は停止し、頭の中は戦争状態だった」と言う(3枚目の写真)。そのあと、2人は長時間鉄道に乗り、ダウガバ川を渡ってリガ市内に入る(4枚目の写真)。2人は、この先、ヤーナ・ダリニャ・スタジオンのあるヴァルミエラ〔Valmiera、リガの北東約100キロ〕に向かうが、撮影はベルリン市内で行われたので、実際にラトビアが映るのはこの橋のシーンだけ。
真っ暗になり、ヴァルミエラに着くと〔試合の前夜〕、父は、ホテルに直行しようとするが、ジェイソンは跨線橋を渡った先に「見せたいものがある」と言い(1枚目の写真)、反対を押し切って渡って行く〔ヴァルミエラの駅は町外れあり、左側の大きな建物はないし、そもそも駅の近くに跨線橋もない〕。ジェイソンは父を、ヤーナ・ダリニャ・スタジオン〔映像は、ベルリンのフリードリッヒ・ヤーン・シュポルトパークの陸上競技場(座席数30000は、ヴァルミエラのスタジアムの座席数1250の24倍)〕に連れて行く。フィールドに入ったところで父の時計を見たジェイソンは、「早く!」と言って、スタジアムの中央に向かって走り出す。父は、大事な荷物〔ハンドキャリーに鞄2個を乗せたもの〕を入口に残したまま、ジェイソンを追って走って行く。そして、中央に着くと、ジェイソンはもう一度、父の時計を見る。消灯の時間まで あと数秒と知り、両手を上げて指で数える(2枚目の写真)。予めスマホで調べておいた時刻になると、照明はすべて消され、真っ暗になる。すると、空に美しいオーロラが見える(3枚目の写真)。ジェイソンが調べたオーロラに関する話を聞いているうちに、不用心な父は、スタジアムの中央で、息子と一緒に眠ってしまう(4枚目の写真)。
スタジアムの真ん中で翌朝目が覚めた父ミルコは、スタジアムに入った所に置いてきた荷物がなくなっているのに気付く。英語で 「クソ〔Fuck〕!」をくり返す父の声で目が覚めたジェイソンが 「どうしたの、パパ?」と訊くと、父は 「鞄がなくなった」と言うと、近くでラインを引いていた男に、「誰か見た? 誰かが私の鞄を持ってった」と、英語で話しかけるが、通じない。頭に来た父に、自分のことしか考えないジェイソンは、「トイレに行きたい」と言い出す(1枚目の写真)。「鞄を見つけるのが最優先だ」。「ダメ! トイレに行く!」〔もう、父との約束を忘れている〕。ミルコは走ってスタジアムの外に出て行き、そこに集まっていた 「SECURITY」の表示の服装の女性達に鞄のことを訊いていると、ジェイソンが そこにやって来てトイレのことをうるさく言い始め、女性はトイレの位置を示す。父は、仕方なくジェイソンをトイレに連れて行く。しかし、そこは、簡単に板で仕切ってあるだけの、しゃがみ式トイレで、清掃も何もされていない。ジェイソンが、「僕、立ってするトイレ使わないよ。知ってるでしょ」と言った後、「これ、しゃがみ式トイレで、汚いよ」と文句を言う〔ジェイソンのように、家と学校しか行かないような子供が、なぜ “Stehklo(しゃがみ式トイレ)” という単語を知っているのだろう?〕〔この先も、ラトビアを悪者扱いするようなシーンが続くことは、国際関係上問題〕。そこに、ラトビア人の不良っぽい男2人が入ってくる(2枚目の写真)。ジェイソンと父が口論し合った後で、父が、ジェイソンのズボンを下げ、自分の膝を座席式トイレの代わりにして、用を足たせようとしていると(3枚目の写真)、それを見た2人が、ラトビア語であざ笑う。マルコが、英語で 「何がおかしい? 他人のことに構うな」と注意すると、2人のうちの1人が、これも英語で、「くたばれ!」と言ってマルコを押し倒し、ジェイソンのバッグがトイレの容器の中に入る(4枚目の写真)。おまけに、立ち上がって怒鳴ったマルコに対し、マルコを押し倒したワルが、顔に頭突きし、マルコはノックダウン。
スタジアムから出た後の、ラトビアでの場面は、この映画で唯一の大きなミス。まず、ジェイソンが 「僕、試合が観たい」と言うと〔試合は午前10時半から〕、父が 「試合は観ない。電車に乗らないと」言う〔ここが、第一の問題点。昨夜、父は、ラトビア初の支店のオープン式典のあるリガから100キロも離れたヴァルミエラまでわざわざ来て、ホテルも予約してあった。それは、今日、午前10時半からヤーナ・ダリニャ・スタジオンに行われる試合をジェイソンに見せるため(試合が終わるのは、午後0時半くらい。そこから駅まで人混みの中を歩けば午後1時。電車がすぐ発車したとしても、乗車時間は2時間14分なので、リガに着くのは午後3時15分。店がどこにあるか分からないが、駅前としても午後3時半。支店のオープンがこんな半端な時間に始まるものだろうか? もし、夜に始まるのなら、急ぐ必要はない)。なのに、これから試合があるのに、すぐ電車に乗らないと間に合わないという設定は何なんだろう? 父は、式典の前に、シャワーと包帯、臭くない服が要ると言うが、そんなことは短時間で済むので、大きな矛盾を感じる〕。当然、ジェイソンは反撥する。「約束したじゃないか」。これに対し、父は 「ルールが適用される」と言う。ジェイソンは、奇妙なことを言う。「ルールはこうだよ。パパが計画を立て、逸脱は許されない。計画は、試合を見ることだった」〔ここが、第二の問題点。父の計画は、ラトビア初の支店のオープン式典出席で、試合を観ることは単なる “付けたり” に過ぎなかった。だから 「計画は、試合を見ることだった」は明らかな間違い〕。しかし、父は、なぜか息子の発言の矛盾点を指摘せず、①殴られて鼻が折れそうになった、②試合に行くなら、シャワーと包帯、臭くない服が必要、と主張する〔なぜ、「計画は、式典出席だ」と言わないのか。絶対に、納得できない〕。そのあと、あまりに臭いので、手か顔でも洗おうと思い、鞄と一緒に水筒もなくなっていたので、ジェイソンに 「水、くれないか?」と頼む。しかし、ジェイソンは、ルール8をタテにして拒絶。「もっと、気を付けるべきだったんだ」と逆に批判する〔ジェイソンは、ハーンの駅で『頭の中の戦争状態』について、過去のルール強制の失敗を反省したはずなのに、なぜこうもルールに頑固なのか理解できない〕。そして、父は遂に最後の手段に出る。「合言葉、覚えてるか? 今から言うぞ。『切り替え』。さあ、電車に向かって走る。おいで」。それだけ言うと走り出す。しかし、少し走って振り返ると、ジェイソンは元の場所にいる。父が、「ジェイソン、約束したじゃないか」と言うと、ジェイソンは “合言葉” を守る約束をしたのに、「観戦を約束した」と自分の利益に固執し、父が 「仕事が最優先だって言ったろ!」と怒っても(2枚目の写真)、 「イヤ」としか言わない(3枚目の写真)〔父と握手してOKした約束を平気で破る→観ていて一番腹立たしい場面〕。そのうちに、10分やそこらで行けそうもないほど離れていた電車が動き出す。もう、何もかもが どうでもよくなった父は、ジェイソンに向かって、「パパを虐めて楽しんでるんだろ? この先、どうなってるか知ってるのか? クビになるかもしれないんだぞ」と言う。すると、ジェイソンは 「僕より仕事の方が大事なんだ」と言う。それを聞いた父は、「なぜこの仕事をしてるのか知ってるか? なぜ、こんなに働いてるのか? みんな、お前のためだ。パパはママと一緒にお前のために尽くして来たんだ。そして、お前のために毎日懸命に働いてる」と言うが、ジェイソンは、「僕のためにやってるんじゃない。僕と一緒にいるより、仕事の方が好きなんだ」と言う。腹を立てた父は、「知ってるか? なぜそうなるか? お前と一緒にいない方が 何もかも楽なんだ」と本音を漏らす〔この場面には問題はないが、自閉症の子を持つことの大変さが過大に表現されているように感じる〕。そして、父はタクシーを呼ぼうと、スマホで電話をかける。
振り向いたら、ジェイソンの姿がどこにもないので、父は、あちこち探す。その時、一番奇妙だったのは、スタジアムの中に入ったら、中には誰もいなかったこと(1枚目の写真。矢印)。試合は午前10時半から始まるのに、一人もいないというのは、明らかな監督の大失敗〔このひどい矛盾に気付く観客はいないのだろうか?→どのサイトにも触れられていない〕。スタジアムにジェイソンがいなかったので、父は、今度は駅に向かって走る。すると、跨線橋に上がって行くエレベーターにジェイソンが乗っているのが見える(2枚目の写真、矢印)。ジェイソンは、エレベーターの中に入ったきり、上がったり下がったりをくり返している(3枚目の写真)〔この行為は、『頭の中の戦争状態』を体現しているようにも見える〕。この先も、話がよく分からない。結局、父は、リガの店の開店式典に出なかったことが後で分かる。しかし、その理由が全く分からない。試合を観ずにリガに戻ったのだから、時間は十分にあったハズなのに、クビになることを承知で、なぜ式典をすっぽかしたのだろう??? 要するに、ベルリンでズルして代理撮影したラトビアのシーンなんか、すべてカットすべきだった。
ドイツに戻ったミルコは、会社のオーナーに会いに行き、ひたすら詫び、辞職すると告げて退出する。自宅では、ジェイソンは部屋に閉じ籠り、父が、何を話しかけても返事一つしない(2枚目の写真)。ドアには、「Jay jay Land/Zutritt Verboten(ジェイ・ジェイ〔ジェイソンのこと〕の国/入国禁止)」と書いた紙が貼ってある〔何と言う生意気な自己中〕。それでも、融和的な父は、最後の手段として、まだジェイソンが行ってないベルリンのオリンピアシュタディオンで行われる、ヘルタ・ベルリンとボルシア・ドルトムントの試合の貴重で高価なチケットを手に入れ、祖父母を含めた一家全員で観に行こうとジェイソンに誘いの言葉をドアの外からかけ、ドアの下からチケットを入れるが、そのまま突き返される(3枚目の写真)〔ここまで来ると、ジェイソンの態度に怒りを覚えてしまう〕。困り果てたミルコは、ファティメに何とかしてくれと頼む(4枚目の写真)。
母は、このために作ったのか、子供じみた絵を描いた2輪の木箱にジェイソンを乗せ、それを自転車で押して、研究センターに連れて行く。すると、そこに父がいたので、ジェイソンは 「ここで何してるの?」と母に尋ねる。父は 「ジェイ・ジェイ、サプライズだぞ」と言い、母は 「待ってるわ」と言ってジェイソンを父に託す〔これが、母の戦略〕。中に案内してくれた女性が、「Kids-Club(キッズ・クラブ=英語)にようこそ」と言うと、ジェイソンは 「キッズ・クラブなんか行きたくない」と言う。女性が理由を訊くと、「キッズは子供だ。僕は子供じゃない。キッズが量子力学に興味を持ってるとは思えない」と答える。「あなたは持ってるの?」。「そう」。「何歳?」。「10」。女性が、父に「Jugendgruppe(青少年グループ)は12歳からです」と言うと、ジェイソンは、「教授と話したい」と言う〔この部分も実話だとすれば、本を読んだだけの子供が、知能指数200でもないのに、「教授と話したい」というのは自意識過剰な傲り以外の何物でもない。このシーンも短く、映画の他の部分とまるで関係がなく “浮いて” いるので、ラトビアを貶めた部分と合わせてカットすべきだった〕。女性に呼ばれた年配の教授は、なぜか、1925年に提唱されたパウリの排他理論について尋ねる(2枚目の写真)。ジェイソンの、「量子力学的粒子が区別できないという事実〔同種粒子の識別不可能性〕は、フェルミ粒子の波動関数の反対称性を導きます…」という説明(3枚目の写真)を聞いた教授は、ジェイソンをなぜかプラネタリウムに連れて行き、惑星状星雲について話す(4枚目の写真)。ジェイソンは、話を聞きながらカオス理論についても訊き、「週2回来てもいいですか?」と希望する。
建物から外に出て来たジェイソンは、「これ全部、僕のために手配したの?」と父に訊く(1枚目の写真)。父は 「許してくれるか?」と訊く〔ジェイソンのわがままのために職まで失ったのに、なぜ許しを乞うのだろう?〕。この一方的な謝罪に対し、ジェイソンは 「何について?」と偉ぶって訊く。「人里離れた場所でお前に言ったことすべてについて」。世界は自分ためだけにあると思っているジェイソンは 「ダメ」と答える。「ダメ?」。「僕と一緒に過ごすのが疲れるんなら、仕事の方を選ぶのは当然だけど、ルールを破ったことは絶対許せない。僕、試合を観たかった」。父は、仲直りしたかったので、ジェイソンが、最優先のルールを破り、合言葉を無視したことを不問にし、「決して?」とだけ訊く。ジェイソンは、激しく 「決して!!」と答える(2枚目の写真)。父は、FCバイエルン・ミュンヘンのファンの応援歌 「forever number one」で、ジェイソンが “forever” を批判したことを受けて、「“決して” と “永遠” とは同じじゃないのか?」と言い(3枚目の写真)、足元をすくわれたジェイソンは、「パパが 毎週じゃなく、2週間に一度肉を食べるなら」で妥協する。
祖父母を加えた一家は、せっかく購入した貴重なチケットを活かすべく、ベルリン行きのインターシティ・エクスプレスに乗る。食事の際は、母が、パスタにかからないよう、注意深くケチャップを絞り入れる(1枚目の写真)。食べ始めてすぐに、皿の前に置いた父のスマホに電話がかかってくる。ジェイソンが電話に出ると(2枚目の写真)、オーナーだったので、父は自分の前にスマホを移し、スピーカーから聞こえてくる声に、座席に座ったまま答える。オーナーは 「私は 28 年前、ボボを2店舗から始めました。私が何年もかけて学んだことの一つは、私たちは家族だということです。私の会社では社員が自分の時間を持てなくなるようなことがあってはなりません。だから、私はあなたの辞表は受け取りません。話し合いましょう。あなたが、家族との時間をもっと持てるよう考えましょう」と話し、それを全員が耳にする(3枚目の写真、矢印はスマホ)。
赤ちゃんを加えた6人は、横一列になってベルリン・オリンピアシュタディオン(Olympiastadion Berlin)〔『ヘルタ・ベルリン』のスタジアム、座席数74475〕に向かうが、ジェイソンはずっとスマホを見ている(1枚目の写真、矢印)。そして、スタジアムの過去の写真を見るうち、ナチスの旗が翻るスタジアムの写真が出て来る(2枚目の写真)。それを見たジェイソンは、「このスタジアム、ナチスが作ったんだ!」〔1936年のベルリン・オリンピックのメイン・スタジアム〕と批判的に言い(3枚目の写真)、「僕は行かない」と言い出す〔ルール5: ファンの中にナチがいたらダメ〕。そして、代わりに、僅か16キロ南西にある、ポツダムのカール・リープクネヒト・シュタディオン(Karl-Liebknecht-Stadion)〔『SVバベルスベルク』のスタジアム、座席数2003、立見 8784〕で、あと43分したらキックオフなので、そちらに行くと主張する。折角の貴重なチケットを無駄にしたくない祖父は、ジェイソンとミルコだけをポツダムに行かせ、奥さんとファティメと赤ちゃんは予定通りオリンピアシュタディオンに行く案を、ミルコに飲ませる(4枚目の写真)。
さっきは明るかったのに、僅か16キロしか離れていないカール・リープクネヒト・シュタディオンに着くと真っ暗(1枚目の写真)〔撮影時のミス。ベルリンを夕方に撮影すべきだった〕。SVバベルスベルクは、映画の2013年には、前年の3部から4部〔プロもしくはセミプロとの混合体〕に降格していたので、ジェイソンの観戦対象外のクラブだった。スタジアムの中に入った光景が2枚目の写真。立ち見を入れてようやく1万人を超えるので、これまで見てきた巨大なスタジアムとは比べものにならない。しかし、ジェイソンは、「サッカースタジアムは、こうあるべきだね。美しい古いスタンド、美しい芝生、投光器のマスト〔直立の柱〕。そして、いつも4部リーグでプレーしているにもかかわらず、忠実なファンがいる」と満足げ(3枚目の写真)〔直近の2010~12年の3年間は3部リーグなので、この発言は間違い〕。ジェイソンは、さらに、選手全員が黒いシューズを履いていて〔ルール3: 選手は カラフル過ぎるシューズを履いたらダメ〕、「NAZIS RAUS(ナチス、出て行け)」とプリントされたシャツを着ている観客や〔ルール5: ファンの中にナチがいたらダメ〕、マスコットがいない〔ルール6: 幼稚なマスコットはダメ〕ことから、ますます満足する。父は、ニュルンベルクのマックス・モーロック・シュタディオンで後部座席の男性からから聞いたヒントを口にする。「お気に入りのクラブを見つけるには、2:1の試合を見るのがベストだ」〔ちょうど、その時2:1〕。ジェイソンは、「僕、できたと思う」と言う。「何が?」。「お気に入りのクラブが」(4枚目の写真)。しかし、喜びもつかの間、選手たちが円陣を作る。「ルール8: 選手が円陣で叫ぶことは許されない」の「叫ぶ」には当たらないと思うのだが、なぜか、これで “お気に入り” は消える。
帰りのインターシティ・エクスプレスの中で、ジェイソンは、「話しておきたいことがあるんだ。僕らの旅、終わりにしたくない。パパと世界中を観て回りたいんだ」と言う(1枚目の写真)。父が 「世界中?」と驚くと、「ううん、比喩的な意味だよ。誰だって世界中は行けない。人生は短いから」(2枚目の写真)。父は、テーブルの上に身を乗り出し、同じく身を乗り出したジェイソンに向かって、「パパも同じ気持ちだ。止めたくない」と言う。すると、ジェイソンが笑顔になる(3枚目の写真)。
映画の最後は、クラスでのジェイソンのプレゼン。彼は、生徒達の前に立って話している。「僕が、君たちとは いくつかの点で違っていることは気付いているでしょう。君たちはそんな僕を理解できなし、僕だって君たちを理解できません。その理由は単純です。僕が、自閉症だからです」(1枚目の写真)「僕は、一番の強み〔科学への関心〕と最大の弱点〔世界は自分中心に回る〕を君たちに話しました。自閉症のせいで、我慢することができないとも話しました。一緒に作業すれば、いろんなことができるけど、それが、僕をイライラさせたり、虐めにつながるかもしれないと言いました」(2枚目の写真)「君たち これまでは、僕を困らせてるなんて気づいてなかったけど、今では もう知っています。そして、それを続ける人は誰でもろくでなし〔Arschloch、「ドイツ語で絶対に使ってはいけない超危険な単語20選」に入っている〕です」。この発表を終え、女性教師に向かって 「僕、一度も 『ええと』 と言いませんでした」と言うと、生徒達から一斉に拍手が起きる(3枚目の写真)。映画はここで終わり、エンドロールの中で、ミルコ・フォン・ユータシェンカ本人とジェイソン・フォン・ユータシェンカ本人のツーショットが、13-14歳と16-17歳の頃の2枚が紹介される(4枚目の写真)。