トップページに戻る
  少年リスト   映画リスト(邦題順)   映画リスト(国別・原題)  映画リスト(年代順)

Iluzija 幻(まぼろし)

マケドニア映画 (2004)

撮影時13才くらいのマルコ・コヴァツェヴィツ(Marko Kovacevic)が主演する厳しい映画。映画の最初に表示される「希望ほど有害なものはない。人の苦痛を長引かせるからである」という言葉が、この映画のすべてを表している。原題の “Iluzija” は英語の “Illusion”、まさに、「幻」。幻の希望は意識を高揚させ、ついえ去った時に訪れる苦痛は、希望が大きければ大きいほど強烈になる。ポルトガルのアヴァンカ国際映画祭で作品賞、演技賞、撮影賞を獲得しているが、このうちマルコが映画初出演で獲得した演技賞は大人も対象とした賞だ。マルコの凄惨とも言える境遇、天国から地獄への転落を、演技を超えたレベルで表現していることへの高い評価であろう。見ていて辛くなり、見終わっても救いは全くないが、深い感慨を覚えずにはいられない。

マルコ(本名と同じ)は、ストライキ中で、半ばアル中の “どうしようもない” 父、存在感の全くない母、男好きで粗暴な姉の4人家族。家にいても苦痛しか味わえない。学校では、国語、特に詩を書くことが得意で、教師もそれを高く評価している。しかし、悪徳署長を父に持つ虐めグループのボス・ヨヴィツァに睨まれていて、生傷が耐えない。彼にとって唯一の拠り所は、教師の「優勝すれば、マケドニア代表としてパリに留学できる」という言葉。しかし、厳しい現実の中での創作は遅々として進まず、遂に教師に見捨てられる。その不安定な精神状態を虐めグループに付け込まれ、学校の名を辱めるような問題児へと転落。登校すらできない事態に。自暴自棄となったマルコが、自分に幻を見させた教師を殺害する衝撃のシーンで映画は終わる。

マルコ・コヴァツェヴィツは、役柄としてのマルコと不可分だ。それほど、役になりきっている。美少年には合わない厳しい役柄だが、それでもかなり整った顔立ちだ。


あらすじ

マケドニアは、旧ユーゴスラビアの南端に位置する内陸国家。マルコの父は、旧ユーゴを牛耳っていた共産党が大嫌いな国粋主義者。酔っ払っては、共産党員のアパートの前で「反逆者!」「この共産党野郎!  おっ死んじまえ!」と喚くような御仁だ。一方の姉。長トイレに我慢できなくなったマルコが、姉が電話に出る隙にトイレに入ったことから、「マルコ!  とっとと出て来い! よくも嘘ついたな、このクソガキ!」と口汚く怒鳴るような女性だ。家庭環境がいいとはとても言えない。学校では、虐めグループが、金を寄こさないと学校に入れないと脅し、生徒を逆さまにして本当に持っていないか確かめるような暴れようだ。マルコは、目を盗んで一目散に教室に駆け込む。国語の授業。マルコが一番好きな科目だ。先生はボスニア人なので、虐めグループのボスのヨヴィツァは、てんでバカにしている。レポートを返却しようと名前を呼ばれても無視するヨヴィツァ。マルコの先生を見る目も複雑だ。
  
  

ビンゴをやりに行ったまま、仲間と遊びほうけて帰ってこない父を迎えに来たマルコ。「母さんが、早く帰って欲しいって」。「カカアの使いか。そこで待っとれ。ビンゴが終わるまで家には帰らんぞ」。マルコが、酒場の片隅で眠りこけるほど待たせた、ようやく店を出る父。通り道はいつも線路だ。列車がほとんど通らないので、父もマルコも日常的に通路替りに歩いている。2人並んで帰宅の途に。「マルコ、話しとくコトがある。人生、何をやっても構わんが、スト破りにはなるな」。父の会社は、労使紛争で激しいストライキ中なのだ。
  
  

国語の授業で、模範作文として『他の星から来た友だち』を読んだマルコ。授業の後で、虐めグループに捕まる。「どこにも逃げられないぞ、宇宙人」。そして、殴る蹴るの暴行を受け、「今日は、このくらいで勘弁してやる」「殺しちまっても いいんだぜ」「分かったか、このクズ野郎」と言われ、大型のゴミストッカーに放り込まれる。帰り道の線路沿いに廃棄された古い列車のシートに座り呆然と外を眺めるマルコ。学校も地獄、家も地獄、気兼ねなく過ごせる貴重な場所なのだ。
  
  

ビンゴ狂の父。ある日、洗濯して干してある服の中にビンゴの紙を見つけ、妻を叱り飛ばす。「よくも、ビンゴの券を洗ったな? お前の頭はカラッポか?」「あれほど、ポケットを見ろと言っとるのに。このバカ野郎」。一方、線路を挟んだ家の向かい側では、姉が彼氏と大喧嘩。「あんた、最低よ。これで おさらばね!」「触るな、ケダモノ」。本当に口が悪い。そのまま家に入ってくるなり、「何なのよ母さん?  このひどい家は! まるで豚小屋じゃないの。役立たず」。そして、部屋に入るなりマルコの頬をひっぱたく。マルコは、姉と共同の部屋の自分の大切なものを列車に移動する。そこなら平穏な時間が見出せるからだ。一人でチェスをするマルコ。その後、路地で遊ぶシーンがある。イタリアの山岳都市にも似た風景が素晴らしいので、写真で紹介しよう。
  
  

いよいよ、問題の場面。崩壊状態の授業を放置する教師。終業ベルが鳴り、出て行き間際にヨヴィツァに床に投げ出されたマルコ。床に座り込んだままのマルコに、「君の作文について、話しておきたい」と語りかける教師。「フランス協会が、才能ある若者のコンテストをしている」「優勝すれば、マケドニア代表としてパリに留学できる」「これは、君ほどの才能にとって最高のチャンスだ」「祖国について、詩を書いたらどうだ」「パリだぞ」。そのまま、自転車で帰宅する教師に付いて行くマルコ。教師のアパートで、「この本は、先生が君の年頃の時、バイブルだった。きっと、君の役に立つだろう」「読み終わったら、話し合おう」と1冊の本を渡される。
  
  

最高に嬉しい気持ちで帰宅するマルコ。さっそく本を読み始める。しかし、同室の姉は早く寝たい。「ライトを消しな、グズ。もう寝るんだから」。それでも読んでいると、「消しなったら、ボケナス。眠りたいって言ってんだよ」。「ファニー、勉強なんだ」とマルコ。「知るかよ。あたいに盾突こうってかい?  消しな!」。布団を被り、中で懐中電灯を点けて読んでいると、「消しなと言ったんだ。歯向かう気かい、このクソガキ」「居間へ行くか、外へ行くかしな!  くたばっちまえ!」。結局、トイレに座り、本を読むことに。読んでいると、父がドンドン叩く。「そんなトコで、自慰なんかするな。髪が抜けるぞ」「開けろ!」。
  
  

週末の食事。父が肉をさばき、“庭” で、この家庭としては豪勢なランチ。そこに、貨物列車が。巻き上がる砂ぼこり。食事がめちゃめちゃだ。夜。部屋で姉が長電話。「いい加減、電話をやめろ!」と父。「何、ケチ 言ってんのよ!」。「電話代を払うのは 俺だ。すぐに切れ」。「ビンゴでも お行き、このバカ」。「何てぇ口のきき方だ。母さんが悲しむぞ」。父が、電話線を引っ張る。姉:「電話を こっちへ寄こしなよ」。父:「ひでぇ娘に育ったもんだ」。「放っときな!」。「それが、親に対して きく口か?」。「飲んだくれの、負け犬!」。「あばずれ女のくせして、何ぬかす!」。「笑わせるな。知ってるコトは、ビンゴしかないくせに」。「おめぇこそ、男狩にうつつを ぬかしやがって!」。延々と続く凄まじい口論。トイレに閉じこもり、耳を塞ぐマルコ
  
  

教師の家で。食事を出してもらうマルコ。「火傷するぞ。味は?」。「最高」。そして、「学校の評議会は、独立記念日の式典で、君が詩を読むべきだと考えている」「マルコ、これは、君の才能を示す素晴らしい機会だ」。すっかり その気になるマルコ。一番 幸せな瞬間。しかし、家に帰っても、なかなか詩の構想が浮かばない。考えている目の前を列車が通り過ぎていくような環境では、どだい無理なのだ。
  
  

駅に行き、掲示してある時刻表を見るが、1時間に1本程度の列車の行き先にパリの文字はない。部屋の中の駅員に、「すみません。パリ行きの列車は、ありますか?」と訊くマルコ。「何、パリだと?  出てけ、このチンピラ!」。駅のプラットホームのベンチに漫然と座るマルコ。列車が到着し、一人の男が降り立った。じっと見送るマルコ。何とも言い難い寂しそうな表情だ。
  
  

国語の授業が始まり、教師が椅子に座ると、ズボンが水浸しに。ヨヴィツァの悪戯だ。「君の顔など、二度と見たくない。出てけ」と部屋を追い出す教師。「ボケナス。授業の後で、会おうぜ」と捨て台詞を残して出て行くヨヴィツァ。マルコは、学校が終わり、本を返しに教師のアパートを訪ねる。しかし、まだ帰宅していない。一方、アパートの前では、ヨヴィツァが、手下達に「ボケナスは、ここに住んでる。こてんぱんにしてやろう」と話している。部屋に入れなくて降りてきたマルコとばったり。「こりゃあ、ちょうどいい。宇宙人も、いるじゃないか!」。捕まり、引き倒され、「ただで、済むと思うなよ」「ボロボロにしてやるからな!」。そこに自転車で帰ってきた教師。恐れをなして、マルコを見捨てて逃げる。それを見て、地面に倒れたまま絶望するマルコ。
  

ボロボロのまま、マルコは列車に直行する。そかし、そこには、駅で見た男がいた。「あまり 幸せそうじゃないな」と男。「家族は?」。「いない方がマシ」。男の名前は「パリ」だった。夢に見たパリと同じ名前だ。マルセイユに住んでいたと言う。「行ってみたいな」とマルコ。「ここにいても、何も いいことないモン」。「どこも、同じだ。慣れる。“順応” って言うんだ」とパリ。「僕は、ここには “順応” できない」とマルコ。男にもらった蒸留酒をラッパ飲みする。案の定、帰宅後に部屋で吐き、姉には「ゴミ溜めになってるよ!  あたいの部屋が」「ほんとにウンザリさせられる、クソガキだ」とけなされ、ベッドに寄りかかって天井を仰ぎ見る。
  
  
  

教師は、マルコの詩がなかなか出来ないことに不満を漏らす。「ここから、出られるかどうか?」という可能性について尋ねたマルコの切実な問いかけにも、「信念と希望があれば、叶うだろう」と曖昧に答え、授業の朗読を2番手の女子生徒に任せる。ヨヴィツァも父親のとりなしで授業に復帰、また虐めが始まる。実の父は、ビンゴで下らない酒飲み競争。つくづく嫌気がさし、パリのいる列車へ。2人で屋根に上がり、パリは寝転がり、マルコが質問する。「一緒に、いちゃダメ?」。「分かった。一緒だぞ」と言ってもらい、マルコもパリの横に同じように横たわる。深夜、パリとカードをしながら、「夢って ある?」と訊く。「誰にでもある。お前は?」。「僕の先生が言うには、僕の作文は、ここから出られる切符だって」。「“切符” だと? まともな人間なら、そんなことは言わん」「この世は、ボクシングのリングだ。出口は2つしかない。肩の上に乗るか、担架に乗せられるかだ」「方法は一つしかない。ただ戦うのみ。いやなら、出てくんだな」。「でも、お金がない」とマルコ。「ないのか?  じゃあ、盗め!」。
  
  

パリと一緒に、車上狙いから、教会での盗みまで伝授してもらい、それを真似て商品を服に隠して盗み、果ては、盗んだ貴金属を故買屋に持ち込むマルコ。盗品の化粧品を野外マーケットで売っていて警察に摘発され、署長の部屋へ。よりによってヨヴィツァの父親だ。悪徳警官のボス的存在。息子の国語の成績を良くすることに協力すると約束させられ、何とか釈放。
  
  

こんな状態では、詩どころではない。授業の後で、教師に呼び出される。「君には、もっと 期待していた」から始まり、「マルコ、君には、努力の後がない」「私は、ひどく、失望した」。そして、「恥を 知りなさい!」とマルコが持参した詩を投げつける。「恥だ!」「もう行け」。詩を握りしめ涙を流すマルコ。夢は断たれてしまった。それに追い打ちをかけるように、トイレにいるのをヨヴィツァに見つかり、拳銃を頬に押し付けられ、「撃てばどうなるか、分かってるな?」「俺たちは、今夜、成績簿を燃やしに行く。お前も一緒に来るんだ」と悪の道に引きずり込まれる。
  
  
  

自己防衛のため、パリに拳銃の撃ち方を教えてくれと頼むマルコ。「家に帰れ」と拒絶するパリ。「僕には、家なんてない。どこにも」「どうしても、必要なんだ!  お願い、教えてよ!」。必死の懇願に負けて、教えてやるパリ。拳銃を持たせ、「何も、考えるな」「弾丸になれ」「標的を 見据えろ」「今だ」。そして、実弾を撃つマルコ。
  
  

真夜中、学校に侵入する不良連。マルコも一緒だ。人が変わったように粗暴に振舞うマルコ。率先して器物を損壊し、アルコールを床に撒き、新聞紙に火を点け、辺りを火の海に。しかし、全員で逃げようとした時、一人ヨヴィツァに閉じ込められる。マルコに罪を擦り付ける。それが最初からの計画だったのだ。その場は逃げ出すが、宿直に顔を見られてしまう。
  
  

そのまま列車に直行すると、パリがいない。あれほど「一緒だ」と約束したのに、黙って去ってしまったのだ。最後の拠り所を失い、線路で「パリー!!」と叫ぶマルコ。列車の中で横になり、床に落ちていた実弾を拾い口の中に入れる。
  
  

マルコは、学校の査問会に出頭させられる。「昨夜起きたことは、無差別の破壊行為だった」「お前みたいな奴に、学校の名誉を穢させるものか」「先生の話では、酒とタバコをやってるそうだな」「そして、ぜんぜん勉強していない」。第一級の不良扱いだ。そして、破壊行為に参加した全員の名前を書くよう要求される。要求を無視し、無言で立ち去るマルコ。これでは、もう二度と学校には戻れない。覚悟の上だ。不良グループを待ち伏せし、ヨヴィツァが銃を置いた隙に奪い、実弾を込め、真っ直ぐに狙いを付ける。その迫力には、誰も手出しできない。「返してくれ、親爺のだから」とヨヴィツァ。「うるさい!!」「失せろ!」と一蹴する。
  
  
  

帰宅し、「学校で、あんなことして、俺に恥をかかせおって!」とベルトを手に持った父に対し、無言で拳銃を向けるマルコ。しかし、部屋に閉じ籠もったマルコは、髪からしたたる雨粒も構わず、うな垂れ続ける。自暴自棄と絶望。心の痛みがひしひしと伝わってくる切ないシーンだ。マルコには、どこにも居場所はなくなった。
  
  

時間が経過し、学校で行われた独立記念日の式典。合唱に続き、No.2だった女子生徒が、マルコが読み上げるはずだった詩を朗読している。それを隠れて見ているマルコ。髪は、短く手刈りしている。マルコを見つけた教師が急いで寄って行く。「お出で。どこに、いたんだね?」。「廃線の列車の中で、チェスしてた」「本を、返しに来たんだ」「ごめんなさい」。しかし、その後の教師の一言にマルコは切れた。「私が、ジャスミナのために詩を書いてやった」。「何で、僕を助けてくれなかったの? 約束したじゃないか。その代わり、あんたは、彼女やクズ連中を助けた」。「僕は、一つ学んだ。ゴミ溜めからは、一生逃げられない」。そして銃を取り出し、教師を射殺した。
  
  

     M の先頭に戻る                    の先頭に戻る
     マケドニア の先頭に戻る              2000年代前半 の先頭に戻る

ページの先頭へ