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St. Vincent ヴィンセントが教えてくれたこと

アメリカ映画 (2014)

2010年代を代表する子役ジェイデン・リーバハー(Jaeden Lieberher)の長編映画への本格的初出演作。撮影時63才のビル・マーレイ(Bill Murray)が抑えた演技で最高のコメディ・パフォーマンスを見せ、撮影時10才のジェイデン・リーバハーと互角に組み、2人の醸し出す不思議な調和が、映画にきらめきを与えている。独立系のマイナーな作品のため限定公開でスタートしたが、内容が高く評価され2週間で全米公開に踏み切った。2015年のゴールデングローブ賞の作品賞・主演男優賞(コメディ部門)の候補にもなり、18のノミネートで6つの賞を獲得。ジェイデン・リーバハー(Jaeden Lieberher)も5つノミネートされ、ラスベガス映画批評家協会とフェニックス映画批評家協会から賞を受けている。

映画の舞台となるのはニューヨーク。ヴィンセントはベトナム戦争の帰還兵で、老後は特に定職はなく、ブルックリンに小さな古い家を持ち、その家を担保に銀行から住宅担保年金を受け取っている。しかし、担保の期限が切れ、競馬では一度も儲けたことがなく、認知症の奥さんの高級ホームの支払いも滞りがちで追い出される寸前。この危機的な状態にあるヴィンセントの隣に、離婚訴訟中の母子が引越してきたことで、双方の人生が大きく変わっていく。この映画は、よく練られた脚本と、見事な演技ががっちりと組み合い、小品ながら見応えのある作品になっている。ちりばめられた抑えたユーモア、現代最高のコメディ俳優であるビル・マーレイの老練で枯れた演技、ジェイデン・リーバハーの対比的な受けの名演が素晴らしい。そして、最後になって明かされる「聖ヴィンセント」の原題の意味に、じわり感動を味わうことができる。映画の最後に長広舌が入る点では、『天才スピヴェット』(2013)と同じだが、こちらの方が素直で暖かい。

ジェイデン・リーバハーの表情は、これが一人の子役かと思えるほど多彩で、美少年なのか、破壊された顔なのかも分からないほどだ。だから、その微妙で変化に富んだ表情を多くの写真で紹介したい。ジェイデンの特徴をあと3つ挙げれば、1つはきっちりと閉じた口。台詞を話している時以外は、唇は堅く閉ざされている(頭のいい証拠)。もう1つは意図的とも言える無表情(過剰演技をしない)。多彩な表情とのミスマッチが魅力的だ。そして3番目が嘘のような低い声(声変わりではない)。元々低音なのだが、幼さとのミスマッチが面白い。

この映画は、日本での公開が公表される前の2015年5月に字幕付けを終えた作品で、当時の仮題は『聖ヴィンセント』。映画の内容から見て、日本公開時の意味不明のタイトルより、直訳の『聖ヴィンセント』の方が相応しいと今でも思っている。この映画には、あからさまでない「抑えた笑い」がちりばめられており、その真髄は優れた台詞にある。あらすじでは、少し長くなるが、できる限り多くの台詞を紹介する。また、deleted sceneに重要な場面が多いので、ここでは、9つのdeleted sceneを最も適切と思われる部分に挿入して紹介する。本編と区別するため、deleted sceneのあらすじは青字で示す。


あらすじ

ヴィンセントがバーで、友達に下手なジョークを言うところから映画は始まる。「アイルランド人が、金持ち夫人の家をノックして、「あのう 仕事ねぇですか?」。夫人は、「そうね、ポーチに ペンキ塗ってもらおうかしら」。2時間後に、男が来てこう言った。「終わりやした、奥さん。だけどよ、ありゃポルシェじゃなくてBMWですぜ」。アイルランド移民はporchとporsheの発音区別が苦手なのを皮肉ったものだが、さっぱり受けずに白けたムードが漂う。ヴィンセントのダメだった人生を一発で表わす見事なスタートだ。愛人のロシア移民のダーカと愛し合った後で、規定料金が払えず、「うちのナニは 分割払いやない。今度は払ってや。倍額な」と宣告されるヴィンセント。ダーカは、誰の子だか分からない赤ん坊を妊娠中で、働いている男性の娯楽の店「ミスター・ウェッジ」でも人気がなく、収入も減って困っている。ヴィンセントはさっそく銀行に行き、「入金が途絶えてるぞ」と文句を言う。係員は、「住宅担保年金では、保有住宅の価値資産の所有者持分しか借りられません。あなたの場合、私どもからの毎月の支払いが8年となり、貸付限度額に。先ほど申し上げた所有者持分です」(1枚目の写真)。ヴィンセントが、「家には価値が…」と口を挟むと、係員は、すかさず、「ありました。当初は、です」と釘を刺す。「金が要るんだ」。「済みません、マケンナさん、方策は何もありません。それが現実です(It is what it is)」。最後の言葉は、映画の後半でも重要な場面で使われる。アメリカの住宅担保年金は、日本では成立しない。日本では中古住宅に対しほとんど価値が認められていないからだ。しかし、中古の戸建て住宅を使いまわすアメリカでは、こうした特殊な年金制度が成立する環境にある。この制度では、住宅の所有者が死亡すると、家は銀行の所有物となる。従って、銀行は家の資産的価値を、年金の設定期間で割った分を毎年支払うことになる。ヴィンセントは、「俺に、こう言いたいんだな? 『今まで むしってきたし、最後も むしってやる』」と吐き捨てるように言うと、窓口へと向かう。窓口の女性に、「口座を解約したい」と申し出て、「理由を お聞かせ願えますか?」と尋ねられ、既に頭に来ているヴィンセントは、「いいか、その手の質問で俺をウスノロ扱いする気だろうが、あんたに、『くたばれ』と言いたくない。だから解約だ。話はここまでにしよう」と凄む。「112ドル14セントです」と告げられ、「少額紙幣で」と言うが、「できません。超過引出しです」。「それ、何だ?」。「口座の金額以上に、引き出しておられます」。そして、手で、「ここがゼロだと、あなたはゼロ以下です」と具体的に示してくれる(2枚目の写真)。「じゃあ、解約できない?」。「できます。ゼロに戻していただけば」。がっくりして、窓口のガラスに思わず頭をぶつけるヴィンセント。最高の滑り出しだ。
  
  

ふて腐れてバーで酔っ払ったヴィンセント。飲み過ぎを心配した店主に、「おまえさんのためだ」と、酒を出すのを断られる。ヴィンセントはジュークボックスと酒のある店に移り、さらに酔っ払う。そのまま酩酊状態で運転し、隣の家との境にバック駐車する際、運転を誤って自分の家の柵を壊してしまう(1枚目の写真)。そして、雑然とした家に何とか入ると、ペルシャ猫フェリックスに餌をやり、自分はさらにオン・ザ・ロックを作ろうとして冷凍庫から氷を取り出す。しかし、長期間使わなかった製氷室の氷は、1つの大きな塊になってしまっている。ハンマー金槌で氷を割ろうとして手を叩き、痛さに呻いているうち、床に飛び散った氷に滑って棚にしたたか額をぶつけ、そのまま床に転倒して気を失う(2枚目の写真)。この映画で唯一の、伝統的な体を使ったコメディ・シーンだ。
  
  

翌朝、ヴィンセントの左隣の空き家に新しい住民が引っ越してきて、ヒスパニックの運転する大型の引越し用のトラックが、ヴィンセントの家の前を、隣家に向かってバックし始める。助手がトラックを誘導するが、うっかり街路樹の太い枝を見落とし、折れた枝はヴィンセントの車を直撃、ボンネント、ヘッドライトを壊してしまう。激しく言い争う運転手と助手。その声に目を醒ました血だらけのヴィンセントは、ドアを開けて惨状を見る(1枚目の写真)。「お前ら、やってくれたな、俺の木を。俺の柵も〔柵は、昨夜自分で壊した〕、可愛い車まで」。そこに、新居に移ってきた母のマギーと息子のオリバーが車で到着。母は、「ここにいて」と車を降りる。心配そうなオリバー(2枚目の写真)。「大丈夫ですか?」と声をかける母。「何の用だ?」。「マギーです。今日から お隣に」。「それで?」。「今、引っ越して…」。「見りゃ分かる。こいつらは、あんたが?」。「引越し業者が寄こしたんです」。惨状を見て、「おや まあ(Oh, boy)」と言う母。ヴィンセントは、「『おや まあ』じゃない。『えい くそ(Oh, shit)』だと、母の甘さをなじり、「この柵は 20年物。車は 30年物。木は 俺より年寄りだ」と指摘する。「私を責めないで。ここに、引越そうと彼らを雇ったら、事故が起きたの」と謝る母に、車の修理は高いので「引越し業者を訴える」「あんたは、柵と木を 引き受けたらいい」と言い、「くそが」と呟いて家に入って行くヴィンセント。車から出て母と一緒にいたオリバーは、「あれが、お隣さん? 暗い毎日になりそう」と心配する(3枚目の写真)。この2人の登場シーンも、劇的で面白い。
  
  
  

翌朝から、母は病院での初仕事、オリバーは始めての小学校。だから、オリバーは一人で行かないといけない。母にバス停まで送ってもらい、「ほらこれ、ピーナッツバターとバナナ」と昼食を渡され、「おやつのお金と 家の鍵はポケットにある?」と訊かれる。恐竜の付いたキーホルダーを見せるオリバー(1枚目の写真)。「携帯もった?」。携帯を見せる。「地図は?」。「携帯で」。学校の場所を携帯の地図で探して行かなくてはならないのだ。厳しい現実。「終わるのは何時?」。「2時45分」。「真っ直ぐ家に帰って宿題するのよ。2・3時間遅れて帰宅するから」。その時、バスがやって来て、激しくクラクションを鳴らす。バス停のまん前に停車しているので、叱られて当然だ。オリバーは、必死に、「待ってよ、迎えに来てくれるんじゃないの?」と叫ぶが(2枚目の写真)、母は追い立てられるように去って行った。バス停の後ろに止まったままのバスに乗り込むオリバー。座席に座っている顔が、何ともいえない(3枚目の写真)。携帯で地図を出し、聖パトリック校を出して現在地と確認する。何とか無事に辿り着くことができた。
  
  
  

転校生なので、教壇の前で紹介されるのをじっと待つオリバー(1枚目の写真)。こういうきりっとした顔がジェイデンの特徴の1つ。神父でもある教師が、「オリバー君だ。この聖パトリック校に 編入学した。来てくれて とても嬉しい。そうだな?」と生徒全員に訊き、生徒たちから「聖パトリックにようこそ、オリバー」の言葉がかけられる。教師は生徒たちに「みんなの思いやり、ありがとう」と言い、オリバーには「君も感動しただろ? もし、そうなら、お礼に 朝の祈りを主唱してくれるかな」と要求する。何をしていいか分からないオリバー(2枚目の写真)。その顔を見て、顔を寄せた教師に、「僕、ユダヤ教かも(I think I'm Jewish)」と囁く(3枚目の写真)。“I think”は、「だと思う」の意味で、確定ではない。ここがポイント。オリバーは自分がユダヤ人かどうかに自信がないのだ〔理由は後で分かる〕。教師は、「そうか。それは良かった」とオリバーに言い、全員には、「オリバーは、『ユダヤ教かも』だ」と紹介する。「この教室では、世界中のすべて宗教が尊重される。私はカトリックだ。だが、ここには仏教徒も不可知論者もいる。バプテスト派がいて、『分かりません』もいる。世界中で、今 最も増えている。そして、今日、『僕、ユダヤ教かも』がこの教室の新顔だ」。ユダヤ教の生徒は他にもいるので、この段階で、教師はユダヤ教と「ユダヤ教かも」を区別した。これがイジメのきっかけとなるとは気付かずに。
  
  
  

一方、ヴィンセントは、今日も今日とて、競馬場を訪れている。場所はベルモントパーク。超一流の競馬場だ。電光掲示板のレース案内の真下で、競馬新聞を筒状にして額に当て、「さあ、聴いてるぞ。感度良好、準備完了だ。待っとるぞ、早く」と天に向かって訊く(1枚目の写真)。まさに神頼みの状態。これでは当たるはずがない。馬券を買い、レースが始まり、「頼む。一度でいい。当たってくれ」と祈るが、結局ダメ。金貸しがやってきて、「何で そう下手なんだ、ヴィニー。いつも外れ。楽しんでるのとちゃうか?」と皮肉る(2枚目の写真)。そして、貸した金を返せと要求。「俺一人で 貸してる訳じゃない。返事を待ってる連中がいる」。「少し時間が欲しい」。「連中には何と?」。「1ヶ月」。「中間をとろう。2週間やる」。しかし、年金の入らなくなったヴィンセントにとって、借金を返済できる目処は全くない。
  
  

学校初日の午後は体育の授業。体育館の中の中距離走で、オリバーはヘトヘト。何周目かの女の子にも追い抜かれる有様(1枚目の写真)。腹筋は、1回できただけ(2枚目の写真)。懸垂はゼロで、ただ鉄棒からぶら下がっている状態。呆れた先生から、「前の学校じゃ、体育の授業あったのか?」と訊かれ、「はい」(3枚目の写真)。「で、受けた?」。「はい、先生」。そう言って、鉄棒から落ちる。完全な運動音痴だ。
  
  
  

着替えのロッカー・ルームでは、「おい見ろや。鉄人だぜ」「僕、ユダヤ教かも」と皮肉られる。全員が次の授業に向かい、オリバーだけになってロッカーを開けると、中に入っているはずの学校の制服がない(1枚目の写真)。授業を終えたオリバーは、仕方なく、体操着のまま、学校を出る(2枚目の写真)。それを見た他の生徒からは、「いいシャツだな」と皮肉られる。お金は制服のポケットに入っていたので、バスには乗れない。携帯の地図もないので、恐らく通りの名前を何人にも訊いて、何とか家まで戻ったのだろう。しかし、今度は鍵がないので、家に入れない。地下室の窓から入ろうとするが、叩いても小窓は閉まったままだ(3枚目の写真)。仕方なく、ドアの前に座って ひたすら待っていると、そこにヴィンセントの車がやって来る(4枚目の写真)。
  
  
  
  

オリバーは、今朝のヴィンセントを見ていたので乗り気ではなかったが、背に腹はかえられないので、「すみません」「僕ですよ」と声をかける。「何だ?」。「電話 貸してもらえません?」。「電話?」。「はい」。「家の中の?」。「そうです。ママに電話を。締め出されて」(1枚目の写真)。「体育の授業で、鍵と携帯がなくなって… 家に入れないし、財布も…」と訴えるオリバーに、「全部聞く必要はない。いいな? 1回だけだ」。ようやく家に入れてもらえたオリバー。母の携帯に電話すると、病院での仕事なので留守録になっている。そこで、「ママ、家の鍵と財布と携帯を失くしちゃって。今、僕…」。ここで、囁き声になって、「隣の爺さんのトコに(old guy's next-door)」と言う(2枚目の写真)。口が歪んでいるのが面白い。オリバーは再び声を大にして、ヴィンセントに「あの、名前は?」と訊く。地獄耳のヴィンセントには、さっきのオリバーの囁き声も聞こえていた。そこで、「爺さんのヴィンセント(Vincent, the old guy)」と言う。オリバーは、ヴンセントが離れるのを待って、「気難しそう」と付け加える。2人のやりとりが、とてもいい。
  
  

ヴィンセントは、電話を貸しただけでなく、その後も、オリバーを追い出さなかった。それは、もちろん、したたかな打算があったからで、親切心ではない。何となく気詰まりな2人。遂にヴィンセントが、「名前は?」と訊く。「オリバーです(It's Oliver, sir)」。ちゃんと、敬語を使っている。「学校じゃ、シャツを着せるのか?」。「これには、長い話が」。「そうだろうな」。ここで、ようやくオリバーの母から電話が入る。母が、「あと数時間 帰宅できないんです」と話すと、ヴィンセントは「俺にベビーシッターを?」と訊く(1枚目の写真)。母は、「その子は ベビーじゃないし。多分 静かに座って宿題をしてるかと。手間はかかりません」と言うが、ヴィンセントは、「いくら払う?」と訊く。収入源ゼロのヴィンセントにとって、オリバーは渡りに船の存在だった。「ベビーシッターが要るだろ? 俺は、慈善家じゃない」。「1時間10ドル?」。「12だ」。アメリカでの公開時のドル円相場で時間給1300円、かなり割高だ。それからのオリバーは、一種のお客さん。だから、TVも見せてもらえる。といっても、やっているのは、『アフリカの叫び』(1949)という古い白黒映画。オリバーは、映画を見ながらペルシャ猫を撫でている。ヴィンセントには、なぜ猫がじっと我慢しているのか分からない。「その猫は 人嫌いだ」と言うと、オリバーは「動物が好きですから」と返し(2枚目の写真)、さらにヴィンセントが、「だが、そいつは、動物好きも嫌いなんだ」とダメ押しする。オリバーが映画を観て笑っているのを見て、「あの2人、初めて見たのか?」と訊く。「ええ。もう年寄り?」。「いいや、死んでる、古い映画だからな」。それに対しオリバーは、「でも、映画の中で、若いまま生き続けてる」と小学生としては変わった意見を述べる。「どこで、そんな?」。「本で」(3枚目の写真)。超然とした顔での返事が面白い。ヴィンセントは、母親の帰りが遅いので、冷蔵庫に唯一残っているオイル・サーディンにクラッカーを添えて「スシを作った」と言って食べさせてやる。ようやく帰ってきた母は、3時間36ドルで20ドル札2枚を渡し、「釣りがない」と言われて40ドルをふんだくられる。そして、今後も、「子供の面倒を、見てやる。数時間だ。同じ条件で」と提案される。
  
  
  

家に戻ったオリバーは、母から、「ヴィンセントの家で、食べたとか」と訊かれ、「スシだった」と答える。「スシを?」。「実は、ただのイワシ。傷付けたくなかった」。「じゃあ、好きなの?」。「そう、面白いね」(1枚目の写真)。「ちょっと気難しいトコが、いけてる」。すごく独特の分析だ。「フェリックスって、カッコいい猫もいる」。「彼がね、あんたの面倒 見てやるって」。「そう言ったの?」。「ぞっとしない?」。「そうだね…」(2枚目の写真)。この表情が何ともユニークだ。「隣に住んでるから、便利なんじゃない?」。「ええ、それは考えたわ。ベビーシッター探しに 悩まなくていいし」。「家には帰るんだよね?」。ちゃんと釘は刺す。「もちろんよ。でも、時々遅くなる。働かなくちゃいけないし、あんたの父さんは援助する気はなくて、授業料は安くないの」。この次のオリバーの台詞が傑作だ。「危害を加えるには年寄り過ぎるし、危害を防げないほど年寄りじゃない。意味分かるよね(I guess he's too old to be dangerous, and not too old to be too dangerous, either. If you know what I mean)」(3枚目の写真)。全く同じ構図の3枚の写真だが、ジェイデンらしさが溢れているので、3枚とも使用した。
  
  
  

次のシーン。ダーカは、お腹が大きくなり過ぎ、「ミスター・ウェッジ」をくびになってしまう。ダーカがヴィンセントに「もう 踊れへん。お金が要るってのに」とぼやく。これに対するヴィンセントの台詞がふるっている。「慈悲は 強いるもんじゃない(The quality of mercy is suddenly strained)」。シェイクスピアの『ベニスの商人』からの引用だ。ダーカは、「あいつら 訴えてやる! 確かマタハラってか ゆうねんな?」とえらくご立腹。ダーカのロシア語訛があまりにひどいので、ここは大阪弁で代用した。ロシア訛の大阪弁での代用は、『僕は、パリに恋をする』(1994)での日本語字幕がぴったりだったので、それに準拠している。
  

学校では、神父の先生が、聖人について生徒に質問している。優等生が、「並外れた聖性を体現した人です」と辞書のような模範解答をした後、「誰か、聖人の名前を」と催促されて、「聖ユダ?」と他の生徒が答える。因みに、聖ユダは、イエスを売ったイスカリオテのユダとは別人物だ。「聖ユダは、何をした人?」の質問に、その生徒は「病院を持ってたとか?」と答える。これは、聖ユダ難病小児病院を意識した返事。「ゴルフもあるな。そういう意味では… まあいい」とがっかりした先生。ゴルフとは、聖ユダ・ゴルフ・トーナメントのこと。先生の質問の意図は、聖ユダの昔の行為についてなので、病院やゴルフは的外れの答え。先生は、最後に、「聖人とは人間で、他の人間に対して多大な犠牲を払い、困難を乗り越えて、我々の世界をより良くしようとしたことが、高く評価された人々だ」と結ぶ。オリバーは、話題に馴染めずに聖人の絵を描いて遊んでいたが(写真)、この最後の「定義」は、オリバーの頭にしっかり焼きついた。
  

オリバーの母が帰宅の準備をしていると、担当技師の病欠のため、6人分の代役を急きょ命令される。病院の方針なので、母は逆らえない。そこで、母はヴィンセントに学校まで迎えに行き、その後の面倒を見るよう依頼する。オリバーが学校から出てくると、ヴィンセントが車のクラクションを鳴らし、「乗れ!」と叫ぶ(1枚目の写真)。オリバーがドアを閉める前から急発進させたヴィンセント。「シート・ベルトしろ」と命ずる。「してないじゃない」。「俺の命は、俺の問題だ」(2枚目の写真)。こう言われれば、閉めざるをえない。車の方向が違うと思ったオリバーは、「家に向かってる?」と訊く。ヴィンセントは、「違う」と言い、「SOPを決めとくぞ」と宣言する。「SOPて何ですか?」。「標準行動手順(Standard operating procedure)。俺の行くトコに行き、言われた通りにし、どこか途中で宿題をやり、何よりもだ、俺を煩わせるな。煩わされると頭にくる」。ヴィンセントは店で車を止めると、「10セントだ」「ママに電話して、シート・ベルトのこと話しとけ」と言う。「10セントじゃ足りない」。「いつから?」。「僕が生まれる前から」。ヴィンセントは、ブツブツ言いながら、「これ使え」と吸殻入れのコインと吸殻をオリバーの膝の上にぶちまける。「足りんかったら、コレクトコールだ」。この車の中での2人の掛け合いは非常によくできている。
  
  

オリバーが電話をかけ始めると、そこに、意地悪グループが寄ってくる。「おい、見ろや、能なしだ。居残りさせられたのは、お前のせいだ、このクソめ」。オリバーも反論する。「居残りさせられたのは、僕の物を盗ったからさ」。オリバーは、「なんで俺が盗ったと分かる?」と壁に体をぶつけられる。頭に来たオリバーが、相手の頬を平手で叩く。前以上に激しく壁に叩きつけられたオリバーは、鼻血を出し(1枚目の写真)、さらにコンクリート舗装の上に投げ出され、スケボーごと体の上に乗られて、「いいか、今度 先公に何か訊かれたら、何も言うな! 分かったか?」と命じられる(2枚目の写真)。それを見ていたヴィンセントが、「クソガキども、何やってる? お前が、ロバート・オシンスキーか?」と寄って来る。「いいえ、俺はジョンです」。「嘘つきのクズめ。お前はプエルト・リコとポーランドの混血だ。いいか、よく覚えとけよ、クソガキども。こいつに ちょっかい出したら、みっちり躾けてやる。分かったか?」と脅すと、「さしあたり」と言い、スケボーを取り上げ、「こうだ」と足でへし折り、ガキ連に向けて投げつける。そして、オリバーの倒れているところまで戻ってくると、腕を差し伸べる(3枚目の写真)。オリバーが動かないので、「招待状でも 待ってるのか?」。如何にもアドリブらしい、巧い台詞だ。
  
  
  

ヴィンセントは、オリバーに、「誰が、ビンタ教えた?」と訊く。「知りません。本能じゃないかと」。普通は、小学生はこんな洒落た返事はしない。「いいか、二度とやるな」。ヴィンセントは、「父親は、自衛手段を教えんかったのか?」と尋ねる。「いいえ、平和主義者なので」。「この国を造ったのは 平和大好き人間じゃない。自衛は必要で、でないと負け犬だ」。「僕 チビだよ。言っておくと」(写真)。この「言っておくと(if you haven't noticed)」が決まっている。「ヒットラーもだ」。ユダヤかもしれないオリバーは「そんな比較、ぞっとする」と批判。「言いたい事はだな、体の大きさは関係ない、頭の問題だ」。
  

ヴィンセントは、ヴェラザノ・ナローズ・ブリッジを渡り、郊外にあるサニーサイド老人ホームに向かう。如何にも高級そうな施設だ。入口に車を停め、オリバーに「いいか、力持ち。カゴを持て」と言い、洗濯物の詰まったカゴを持たせて中に入って行く。ヴィンセントが訪れたのは、痴呆症の妻。部屋に入る前にドクターの白衣をまとい、如何にも担当医のように、「遅れて済まない」と声をかける。「いらっしゃい、先生」。「今日は、サンディー」。自分の妻だというのに、こんな会話をしなければならないほど痴呆は進んでいる。「今日は、誕生日なの」と言われ、「それは おめでとう。17歳かな?」。そこで、妻が微笑むところが悲しい。診察するフリをして、対応に不満がないかどうか訊き、最後に、「お世辞じゃなく、君は まだ美しい」と語りかける。ヴィンセントの全く違う一面だ。「私の同僚から、セカンド・オピニオンも聴きたいだろ」と言い(1枚目の写真)、オリバーに振る。オリバーも「美しいよ」と微笑む(2枚目の写真)。訪問が終わり、ヴィンセントが受付で妻の汚した洗濯物を受け取る。もちろん、普通は誰も持ち帰らないのだが、ヴィンセントは、いつも持ち帰る。受付の顔なじみの女性に、オリバーのことを、「お手伝い君?」と訊かれ、「1時間11ドルだ」。これだと、ヴィンセントがオリバーにお金を払っているように聞こえる。「オリバーです」と自己紹介するが(3枚目の写真)、この時の顔は、とても整っている。
  
  
  

ヴィンセントは、家に帰ると、オリバーにサンドバッグを殴らせるが、あまりの非力さに、「もう、やめろ。そんなじゃ、ボコボコにされるぞ」と言う。「ケンカは ヤだよ」。「やりたい奴なんか いない。俺が、好きで戦争に行ったとでも?」。「いつの話?」。「ベトナム」。ヴィンセントの過去が明らかになる瞬間だ。ヴィンセントは、「一つ教えてやる。お前でも出来る。正しくやりゃ、鼻の骨を折れる」と軍で覚えた必殺技を伝授する。「鼻の骨を?」と心配するオリバーを、「心配いらん。どうせ、正しくなんかやれん」と安心させ、「いいか、相手はデカいから、こんな風にかがみ込むんだ」と、自らしゃがんで見せる。そして、「ゆっくり立ち上がる… その間ずっと、足を踏ん張り… そのまま上に… 肩も尻も全身でもって… 腕を上げていって… 鼻にブチあてる」とスローモーションで実演すり(写真)。何度も練習する2人。
  

その夜 遅くにオリバーを迎えにきた母。家庭裁判所からの召喚の通知文書を受け取り、幾分ショック気味だ。ヴィンセントに「何で 泣いてるんだ?」と訊かれ、「長い話なの」。珍しく、それ以上先をヴィンセントが訊く。「一言で 言うと?」。「前の夫が、親権を要求」。母親にとっては真剣で重大な問題に対するヴィンセントの反応は、「俺の仕事を奪うのか?」。オリバーが母の手から離れれば、ベビーシッターの仕事、唯一の収入源を失うからだ。その自分本位な態度に、母は、「ありがとう、おバカさん」と呆れる。「確率50%か」とヴィンセント。
  

翌日、まだ明るいうちに母が帰宅すると、ヴィンセントがビニールチェアで寝ている横で、土埃りをもうもうと立てながら、オリバーが芝刈り機を動かしている(1枚目の写真)。母がオリバーに、「何してるの?」と訊くと、芝もないのに「芝刈り」。そこで、母はチェアを足で蹴ってヴィンセントを起こす。「寝てたのに。ありがとよ」。「なぜ 土の地面の 芝刈りを?」。すかさず、オリバーが、「芝刈り代 もらってるよ」。ヴィンセントも、「世の中の仕組みを教えてる。働いて、金をもらい、飲む」。母は、ヴィンセントが手にしたコップを指さし(2枚目の写真)、「お酒 飲んでるの?」と訊く。一瞬流れる冷たい空気。この間合いが面白い。「正直言って 覚えてない」。「行くわよ。夕食作るから宿題してなさい」。「もう食べた」。ヴィンセント:「食べさせて、宿題はチェック。役目を果たしたから、休んでる。明日、払ってくれ」。
  
  

次の日、学校の体育の授業で、ドッジボールをしている。オリバーは1人だけになり、相手は3人、例のロバート・オシンスキーもいる。「これで最後だな、このクソチビ」。ロバートが投げたボールを避けた後、ボールを取り損ね、ボールは再びロバートの手に。「覚悟しろ、できそこない」の声と共にロバートが投げたボールはオリバーの顔を直撃。床に倒れたオリバーは、鼻血で染まった指先を見る(1枚目の写真)。先生が心配して、「見せて」と近付いていくが、オリバーは、「ちくしょう、こいつ、クソ野郎!(You asshole, dick bag, son of a whore!)」と叫ぶと(2枚目の写真)、ヴィンセントに教わった通りにロバートの鼻に手指部をブチかました。そのまま床に倒れ気を失うロバート。
  
  
  

最初のdeleted scene。小児科病院まで同行したオリバー。廊下を挟んで、右側にロバートと母、左側にオリバーが座っている(1枚目の写真)。ロバートの母は、オリバーを責めるよりは、こんなチビに息子がやられたことの方を問題にしている。「あんた チビちゃんね?」。「そうですね」。「柔道か何か やってるの?」。首を振るオリバー。息子に、スペイン語で「あんたが、チビ助に鼻血ブーされて嬉しいよ」と言い、英語で「弁解は 聞かんからね」とダメ押し。再び、オリバーを向くと、「体重は?」と訊く。「さあ…」(2枚目の写真)。「50ポンド〔22キロ〕くらいね。何て 恥ずかしいの」。
  
  

喜び勇んでヴィンセントの家に病院から直行したオリバー。ドアをノックすると見慣れない女性が顔を出す。ダーカが「あんた、誰?」と訊く。「そっちこそ」とオリバー。「うちはダーカ。あんたは?」。「オリバーだよ」。オリバーはヴィンセントにさっそく成果報告。「鼻を折ったのか?」。「そう思います(Yes, sir, I think so)、血が飛び散ったから。見せたかった(You should've seen it)」。そして、鼻から血が飛び出たところを手で表現する(1枚目の写真)。「見たかったな。正しく やれたんだ」。そして、「やって見せろ」と言い、オリバーはそれに応えて実演してみせる(2枚目の写真)。「ケンカ、教えたの?」とダーカは批判的だ。「こいつ チビだろ? 自衛手段は 必要だ」。「子供に教えんでよ。そないな柄?」。オリバーは、それに構わず、「鼻を つぶせ!」とパフォーマンスを続ける。ヴィンセントのオリバーの関係が金銭ずくでなくなったのが何時からかはよく分からないが、この時、ヴィンセントがオリバーを好きになっていたことは間違いない。ダーカが出て行った後で、「あの人、誰?」と訊く。「夜のレディだ(A lady of the night)」。同じ文言は『South of the Moon(サウス・オブ・ザ・ムーン)』(2008)でもあった。その時は、「お金をもらって、男を喜ばせる。意味は分かるな」とはっきり教えるが、あちらは12歳。こちらは10歳。だから、ヴィンセントは、「何、それ?」と聞かれ、「生きてくための、まっとうな手段の一つ(It's one of the more honest ways to make a living)」と曖昧に教える。意味がよく分からないオリバー。これは、裁判の場面の伏線になっている。
  
  
  

ベビーシットの最中に、競馬場に連れて行かれたオリバー。当然ながら、すべてが初めての体験だ。電光掲示板を指し、「あそこに 今日のレースの一覧が。レース番号、出走馬、騎手、その他もろもろ」と教える。掲示の中に「20/1」という表示を見つけ〔実際には、そのような表示はない〕、「20/1って何?」と訊く(1枚目の写真)。「オッズだ。あの馬の勝つチャンスは 20回に1回」。「もし、勝ったら?」。「金が20倍に」。「すごいや」。「もし、勝てばな」。騎手と馬の様子を見る場所では、「サポーターを付けた奴は、怪しい」と教える。「ほめ言葉じゃ ないね?」。「オッズは 天文学的な数字だろうな」。「ハイリスク、ハイリターン。あれに賭けようよ」(2枚目の写真)。「わかった口きくな(Don't get ahead of yourself)」。観客席に並んで座る2人。何にでも興味のあるオリバーが、「三連単 って?」と訊く。「1、2、3着になる馬を着順通りに予想する。ハイリスク、ハイリターンだ」。「当たりそうもないね(Sounds improbable)」と言いながら、「ハーヴェイ、スイーター、シャンパン。1、2、3着。800対1」と誘いかける(3枚目の写真)。オリバーは、単に、オッズの高い順に選んだだけだ。「金は あるのか?」。「もち。7ドル」。「それ、ランチ代か?」。「そうです」。「一発で 懲りちまうぞ。じゃあ 俺も賭けよう。付合いだ」。「付合いって?」。「お前が7ドル捨てて、俺が3ドル捨てる」。こうして、レースは始まった。観客席の前のフェンスまで出て応援する2人(4枚目の写真)。奇跡的に、ビギナーズラックのせいか、オリバーに天賦の才能があったのか、800対1の壁を乗り越えて10ドルで8000ドルをせしめる。
  
  
  
  

2人がまず行ったのが銀行。この前の係員に面会し、「孫のために普通預金を作りたい」「これで、俺の口座をゼロに」と鼻高々だ。そして、係員にも聞こえるような声で、オリバーに向かって「下らん事務屋になるなよ。玉なしだ(They're spineless)」と教える(1枚目の写真)。その後は、車を乗り回し(2枚目の写真)、暗くなるとジュークボックスと酒の店で踊り、最後は行きつけのバーへ。コーラが1杯では足りないので、もう一杯とヴィンセントに言うと、「頼めよ。今日は最高だ」。そこで、小声で「すみません」と言うが、騒がしいので全然聞こえない。「そんな小声じゃダメだ。聞いてくれんなら、他の手だ。叫べ」。指導に従い、「すみません!」と大声で叫ぶオリバー。店主が近付いてくると、「コーラを、もう一杯お願い」と頼む(3枚目の写真)。ヴィンセントも、「俺のも もう一杯だ」。しかし、バーに小学生の立ち入りは許されていない。そこで、店主は「ヴィン、この子は ここにいちゃいかん」と言い、結局2人は追い出されることに。
  
  
  

深夜になってタクシーで帰宅した2人。自宅の前では心配した母が待っている。母が心配したのは、単に無断外出が遅くなっただけではない〔ベビーシッターは自宅で面倒を見るのが普通〕、学校の校長から「数日前、息子さんのオリバー君が学校で喧嘩を」という留守録が入っていて、実情を知ろうと何度もヴィンセントの家に電話したが、ずっと留守録のままだったからだ。因みに、ヴィンセントの留守録の応答内容も傑作だ。「電話セールスならメッセージをどうぞ。返事はしません」。こうした状況下で、ようやく現れた2人。「やあ、ママ」とオリバーが声をかける。母はヴィンセントに、「断りなしに連れ出すなんて、やめて欲しいわ」と抗議。「楽しくなりそうだ」。「皮肉屋は やめたら? 居場所くらい知りたい。常によ。分かった?」。「食事してただけ」(1枚目の写真)。白々しく嘘を言う真面目そうなオリバー。「飢えさせろと?」とヴィンセント。母は、オリバーを家に入れさせる。「じゃあ、ヴィン」。「ああ、後で話そうな」。友達のような別れた方だ。母は、邪魔がいなくなって、ヴィンセントと一戦を交わす。「あの子、学校で喧嘩したって、知ってた?」。「ああ、そんなこと 言ってたな」。「私には、何も言わなかったわ」。「気付かんかったんだろ。あまり家に いないもんな。いない人間と 話すのは難しい」。「あんたみたいな人から、子育てについて云々されるなんて。なぜ子供がいないか分かる? 自己チューすぎて、他人に無関心だからよ」。「あんたに、俺の何が分かる。言ってみろ、面白い」(2枚目の写真)。「さあ… 何も言わないから、何も知らない。自己本位だから、誰も寄り付かない」。母は、初めて正面きってヴィンセントに不満をぶつけるが、オリバーがヴィンセントを気に入っているので、解雇はできない。次に、写真は省略するが、母が学校を訪れるシーンがある。そこで明かされるのは、①夫は弁護士で、一杯浮気をして、今離婚協議中。だから、生活費は支給拒否。だから、母は病院で終日働いて帰宅が遅くなる。そして、一番の衝撃は、②オリバーは養子だということ。「僕、ユダヤ教かも」と言ったのは、そのためだったのだ。
  
  

翌日、オリバーとロバートが、喧嘩両成敗で、学校のトイレ掃除を一緒にやっている。「俺は、ロバートだ。オシンスキーは苗字。昨年、先公がオシンスキーと呼んでから、みんなが そう呼ぶ。いちいち こう言うのもな… 『やい、オシンスキーと呼ぶな。俺はロバートだ』。一生かかっても 終わんない」。よほど 不満なんだろう。そして、「ロバートは 親爺の名前だ。だから 二世。家にいない。見たこともない。赤ん坊の時に 出てった」と話す。オリバーも、「僕のパパも いない。ママに悪いことしたから、別れた。しばらく会ってない。パパを 失くした。ママが ドジだから」。最後の「ドジだから(being a jerk)」と言う時の顔が変わっている(1枚目の写真)。「そんなもんさ(They do that, man)」と言われロバートのいる方(隣の個室)を見る(2枚目の写真)。ロバートは個室の下の隙間から、鍵と携帯と財布を返してくれる。それを受け取って眺めるオリバー。「おい、殴り方、親爺に教わったのか?」と訊かれ、「ベビーシッターだよ」と答える(3枚目の写真)。
  
  
  

トイレでの仲直りを経て、最初の体操の授業。二手に分かれてバスケットボールをする際、オリバーと、もう1人の女の子が最後に残った。ロバートは「オリバーにする」と宣言し、オリバーは「ありがとう、ロバート」と返す。「また、やられたら たまらん。母ちゃんが、謝まれって」。「好きにすれば(Only if you mean it)」。そしてプレーが始まる(写真)。
  

次のdeleted scene、どこに挿入したらいいのか、一番分からない場面だ。ヴィンセントと妻とオリバーが、ホーム内のレストランでランチを食べている。①3人が一緒ということは、初対面の後、②競馬に関係する話題があるので、オリバーが競馬場に行った後、そして、③別の日に、ヴィンセントがホームの責任者に呼ばれ、料金の未払いで退去を迫られる前、の3条件を満たす最適の場所はここしかない。妻が、「来週には、ここを出るんですって」と切り出すと、ヴィンセントが「初耳だな」。オリバーはヴィンセントを不審げな顔で見る(1枚目の写真)。ホーム側がヴィンセントに通告する前に、先手を打って本人に話したのだ。妻は、オリバーを見て「あなたの お孫さん?」と訊く。「違う」。「お医者さん?」。「もちろん」。「ご専門は?」。「君の専門は?」。そう訊かれて迷ったオリバーは、先日の競馬での大勝利を思い出し、「馬の選び方が 上手なんです」と答える。「いいことね。私も馬が大好き」と妻が笑いかけ、オリバーもにっこりする(2枚目の写真)。
  
  

ヴィンセントがサニーサイドの責任者の部屋に呼び出されている。「手頃な保険医療も多いのよ、ヴィン。ご存知よね。サニーサイドは高額で、万人向きじゃないの」。「サンディーには最高の環境を与えたい」。「分かりますが、滞納が。私たちは慈善団体じゃない」。「つまり?」。「滞納金の全額支払いと、3ヶ月分の前払い」。「了解」。「来週までに」。「来週?」。「ええ、来週よ」。「じゃあ、20%払うから。誠意で(in good faith)」。「悪いけど誠意は尽きたの。ご希望の場所に サンディーを移します」。「移す? 払うか、叩き出すか?(That's it or we get the boot?)」。「その言い方は、適切じゃないわね」。「なら、適切な言い方は 何だ?」。そして、再び使われる、あの言葉。「これが現実なの」(1枚目の写真)。この後、ヴィンセントは少しでも足しにしようと、受付の人のいない時を狙って薬をかっぱらう。そして、それをダーカに頼んで売りにいってもらうが100ドルにしかならない。そこで、ヴィンセントは思い切った行動に出る。銀行に行き、「孫」の名義で口座に残った2700ドル全額を引き出し、それを競馬場に持って行き、全部すってしまったのだ。それにしても疑問なのは、8000ドルも儲けたのに、5300ドルはどこに消えたのだろう? ヴィンセントが刀折れ矢尽きて帰宅すると、そこには先客がいた。競馬の借金取りだ。一銭もないので、制裁を受ける方を選ぶ。「殺すな、手前でやめとけ」と殴られそうになる直前、幸か不幸か、脳梗塞で昏倒する。慌てて逃げ出す借金取りと脅し役の巨漢。
  
  

一方のオリバー。学校を出ても、出迎えてくれるはずのヴィンセントがいない(1枚目の写真)。仕方なく、バスに乗る(2枚目の写真)。そして、家の前まで来ると玄関のドアが開いている。不審に思って中に入ると、ヴィンセントが床に倒れている。さっそく母に電話をかけ、母自らがCTで検査。幸い、倒れてから発見までの時間が短かったので、血栓溶解療法が有効だった。母、病院のロビーで待っていたオリバーに近寄って行き、「偉かったわね」と褒める。「大丈夫なの? 死んだと思った」(1枚目の写真)。「床に倒れてた」。「そういうものなの」。「泥酔した時も、似てたから」。すごい言葉だ。「あんた達のこと 何も知らない。あんたのパパは、思う存分調査してるわ。仕事なんかしないで家にいれば、こんなことに…」。そんな母をなだめるオリバー。「ママは毎日頑張った。お金が要るから。仕方ないよ」(4枚目の写真)。如何にも、ジェイデンらしい、引き締まった口元だ。
  
  
  
  

学校の授業で、オリバーが聖人について発表している。「ロチェスターの聖ウィリアムは 養子の守護聖人です」。オリバーは養子なので、この人物を選んだのかも。「とてもユニークな話です。僕が知ってる他の聖人は、もっと聖人らしいんです(saintly, I guess)」。変わった表現に、先生が「聖人らしい って?」と訊く。「訊かれても… 僕、もともと、聖人なんか信じてないので」と冷めた返事。「聖ウィリアムが聖人になれたのは、養子にした子に殺されたからです」(写真)。確かに、それだけで聖人になれたとしたら、極めて異例だ。先生は、最後に、「今でも、我々の周りに、教科書と同じくらい重要な人がいるかも。じゃあ、誰か知ってる人を 調べてみよう。その人が聖人に相応しいか、確かめるんだ」と話す。
  

オリバーが帰宅すると、家の前でダーカが待っている。病気で倒れたことを知らないのだ。さっそく病院まで連れて行くオリバー。病院で母にダーカを会わせる。母は、そのケバケバしい服装に恐れをなし、「ヴィンセントとの 関係は?」と尋ねる。ヴィンセントのために働いてるという返事に、「まあ、何をして?」。「ダンサー」(1枚目の写真)。「それは、面白そうね」と言いながら、オリバーを引き離そうとする母。3人が訪れた病室では、ヴィンセントが回らない舌で、簡単な単語の発音練習中。ベッドに体を起こしているので、「良くなったね、ヴィン」と話しかけたオリバーに、「お・い・だ… あ・ほ・う、あっちへ」と、ヴィンセントがやっとの思いで口にする。「何て言ったの?」(2枚目の写真)。ロビーに戻ったオリバーに、母は、「病院では、口の筋肉を動かすことで 治療するの」と教える。オリバーが「しゃべり方…」と言い出すと、ダーカが「白痴 並みね。元々バカな男やから、白痴がおうとる」。そして、「お金あらへん? 腹ペコやねん。なんも食べてなくて」と請求する。お金をもらい、自販機に向かうダーカ。その間に、母は、「彼女、ヴィンの赤ちゃんを?」とオリバーに訊く。「その件については、関わらないことに。女性に 妊娠を訊くのは失礼だから。妊娠してるのは明らかだと思うけど。ヴィンて90くらいでしょ。不可能だよ(That would be inappropriate)」と最高に傑作な返事(3枚目の写真)。その時、ダーカが戻ってきて、「キャンディが落ちてくる時、自販機に蹴り入れたら2つも落ちてきよったの。おもろない?」と言って、余分な2つのキャンディを2人に渡す。
  
  
  

ヴィンセントの自宅では、ダーカが大掃除。将来、ここに居つくつもりなのだ。病院ではオリバーが発音の特訓。「I want fresh crab」の紙を見せて、「私・新鮮な・ガニ・欲しい」と発音したのを、「カニ」(1枚目の写真)、「ガニじゃない」と大きく口を開けて訂正する。オリバーは、ヴィンセントがかなり回復すると、こっそり愛猫を連れてきてやったり、病院の廊下で車椅子競争をしたり(2枚目の写真)、親しい友達のように振舞う。そして、遂にヴィンセントは杖をついただけで歩けるようになり、帰宅する。まるで別人の家のように整頓された室内。「どこだ、俺のゴミは?」。出された野菜だけの食事を見て、「これ何だ?」。「野菜、知らんの?」。「知っとるが、そんなもの食わん」。「食べるの! あんたの面倒は見る。雑然としたんは好きやない。質問なし」。
  
  

いよいよ、母と父との裁判が始まる。裁判長から、母側に「ヴィンセント・マケンナは誰です?」と質問される。母は弁護人から「ご存知?」と訊かれ、「ええ、お隣さんで、時々 オリバーの世話を」と説明。弁護人は、「裁判長、依頼人の隣人です。臨時に、オリバー君の世話を」と答える(1枚目の写真)。裁判長:「ベビーシッターですか?」。母→弁護人:「ええ、一種の。有料でオリバーを。学校が終わってから数時間、仕事が終わるまで」。弁護人:「ベビーシッターです、有料の」。そして、「本件と、何の関係が?」と訊く。そこで、裁判長は衝撃的な内容の質問をする。「承知していますか? 彼が、あなたの息子に、競馬で賭けさせたことを? 酒場にも連れて行きました」。慌てた母が、オリバーを見ると、「数回、競場に行ったよ」と話す。「数回だけ? 楽しかった?」。「まあ、少し」。「なら、いいわ」。そして、弁護人には、「全くの初耳よ。ぜんぜん知らなかった」。弁護士は、「依頼人も、私も、初めて知ったので、大いに驚いております」。裁判長は、さらに続ける。「では、この資料は、大変な驚きでしょうね」。そう言って、父が探偵を使って撮影させたダーカとオリバーの会っている写真を見せる。「ダーカ・パラノーヴァ。彼女の職業を知っていますか?」。オリバーは、母に、以前ヴィンセントが教えたように、「夜のレディだって」と伝える。「何て? 意味わかってるの?」。「夜 働いてる人?(She works at night?)」(2枚目の写真)。母は弁護人に「多分、売春婦よ」と囁き、それを聞いた弁護人が思わず咳き込む。「裁判長、数分間、依頼人と相談を」。「そうでしょうね(I imagine you do)」。このシーンは、全編の中でも傑作だ。
  
  

裁判は、さんざんな結果に。ヴィンセントのお陰で、母としての資質に疑問が持たれ、50%の親権になってしまったのだ。裁判所から家に戻る途中のオリバーと母のやり取りも、実によく練られている。母:「競馬の賭けは、『算数』かも。覚えたんでしょ、賭け方?」。「オッズだよ」。「酒場は、『時事』の一種かも」。「『社会』じゃない?」(1枚目の写真)。学校の授業と結びつけた発想と、オリバーの反論が面白い。「ストリップ・クラブに至っては、頭が回らないわ」。「『商業』? 『生物』?」。期待を込めたオリバーの顔(2枚目の写真)。母:「もう 黙って。聞きたくない」。短いシーンだが、一番気に入っている。家に戻ると、ヴィンが庭にホースで水やりをしている。そこで、母が猛然と襲いかかる。「子供を 酒場や競馬に連れてくような人、どこにいる? しかも、売春婦と遊ばせたりして」。しかし、敵も負けていない。まだ言葉が不自由ながら、「そんな男に・息子を・任せる母親・どこにいる?」と逆襲。「あんたクソッタレよ、ヴィン。お陰で、あの子のクソ親爺と50/50の親権になったのよ」。「責めるべきは・自分なんじゃ・ないか? 彼に必要なのは・育児放棄ママじゃない」。「そうね。私が悪いのよ。息子を、あんたなんかに預けたんだから」。「まさに・その通り」。しかし、母は、「二度と 絶対行かせないわ。金輪際」と宣言する
  
  

学校の体育の授業。ドッジボールの順番を待っているオリバーとロバート。ロバートは鼻も治り、2人はすっかり親友だ。裁判の結果を聞いて、ロバートがオリバーを慰めている。「パパと住むのも悪くない。会いたがってるんだろ?」。「ママは 憎んでるんだ」(1枚目の写真)。「ママの問題だ。女性も、生き方を学ばないと」。そして、自分のことを紹介する。「俺、セラピーに行ってる」。「カッコいい」。「母ちゃんが行かせた。『父親に捨てられた後遺症』だと思ってる。『毅然とした父親像の欠如』だとさ。だから、注意を引こうとバカをやる」。「セラピストは何て?」。「母ちゃんが、押さえ付けようとするから、俺が、反抗的になるんだとさ」。「言えてる(That makes more sense)」。一瞬の表情が冴えている(2枚目の写真)。「俺も そう思う」。「ママと話した?」(3枚目の写真)。自分のことも、重ね合わせているいはずだ。「ううん、叩くだけ」。
  
  
  

オリバーが体育の授業で、懸垂に挑戦し、生徒全員の声援を受けながら見事に鉄棒の上まで顔を出す有名なシーン(1枚目の写真)。終わった後、先生に「やったな!」と頭を撫でられた後、ロバートに向かって腕の力コブを見せるところが可愛い(2枚目の写真)。
  
  

家に落ち着いたヴィンセントが、留守録を聞いてみると、サニーサイドからの緊急電話だった。泣き崩れるヴィンセント。翌朝、ダーカの運転でホームに向かう。責任者の部屋に行くと、「これですよ、ヴィン。サンディーさんの全所持品は この中に」と箱を渡される。遺体が気になるので、「俺の妻は どこだ?」と訊くヴィンセント。「亡くなったのよ」。「それは分かってる。どこにいる?」。「箱の中。遺骨よ、ヴィン。数週間前に 亡くなった。何度も 連絡しようとしたわ。返事がなかったので、こうするしかなかった… 『死亡時の指示』に従って 火葬に」「お悔やみ申し上げるわ(I am sorry for your loss)、ヴィン」(写真)。
  

その日、オリバーが学校を出ると、母が迎えに来ていて、別に、もう一人インド人の女性もいる。「あの人は?」。「あんたの父さんの差し金の、安全な保育士」。オリバーが「毎日なの?」と訊くと、「週末は全部。パパがいなくても」。そして、「これからは、ママと彼の間を 行ったり来たりするの」と説明する。「まあ、彼もパパだから」とクールなオリバー。「パパ、何度も浮気してた。だから捨てたんだよね」。その言葉にびっくりする母。「なんで知ってるの?」。「誰にでも話してたじゃない。おばあちゃん、伯母さん、いとこたち。フェイスブックの近況にも」。「独身に戻るべきね」。「それがいいよ」。たまらなくクール。オリバーは、「安全な保育士」と一緒に、ヴィンセントにお別れを言いに行く。「やあ、ヴィン」。「俺のアトガマか?」。「そうなるね」。1分だけ許可をもらったオリバーは、ヴィンセントと2人だけになる。ヴィンセントの前に置いてある箱を見て、「箱の中は?」と訊く。「妻だ」。「死んじゃった?」と寂しそうに訊く(1枚目の写真)。「違う。縮んだんだ。今は、この中で住んでる。家賃なしだ」。「お悔やみを言わせて(Sorry, Vin, for your loss)」と言うオリバーに、「理解できんな、何で、みんなそう言うんだ」とひねくれるヴィンセント。そして、「悪いこと言わんから、普通に生きろ、俺みたいじゃなく」「俺を信じろ、俺みたいだとダメになる」。「そんなことない」。「いったい俺の何を知っとる? 何も知らんだろ? お前は バカだ」(2枚目の写真)。「どうせバカさ。あ・あ・あなたが、『酔っ払いの意地悪老人』じゃないと思うなんて」。「それは、『さよなら』か?」(3枚目の写真)。涙を拭ったオリバーは、「あなたは、悲しくて、不幸な人だ」と言って去って行く。
  
  
  

ヴィンセントが呼び出しを受けて銀行に行くと、「奥様は、8年前 貸金庫の契約を」「今年度末まで 前払いで」と説明を受ける。中に入りボックスを開けると 生命保険証券が入っていた(写真)。ヴィンセントが妻に優しかった分、妻は最大のプレゼントを贈ってくれたのだ。ヴィンセントの老後の生活に必要な資金を。映画では、この部分がdeleteされているので、資金的に八方塞がりのヴィンセントが、なぜダーカの出産の面倒までみれるのか不思議だったが、実際には、これで納得がいく。なお、この時は、まだ杖を使って歩いている。
  

ヴィンセントは競馬場に行き、金貸しを見つけると、杖で相手の顔を叩いて床に倒すと、「貴様のクソ金 返してやる。俺が困ってる時に、金を取り立てやがって。老人虐待の礼だ。俺の借金だ。利子も付けてある。二度と 家に来るな。競馬は止める。きっぱりとな」と言い捨てて立ち去る。杖はそのまま置いてくるので、これ以後、ヴィンセントは杖なしで普通に歩いている。
  

ある夜、ヴィンセントは、「君を心から愛してた、サンディー」と言い、想い出の品のすべてをゴミ袋に入れ、家の外のゴミ箱に捨てる(もう、杖は使っていない)。それを窓から見ていたオリバーは、ヴィンセントが去った後で、ゴミ袋を開け、中に入っていた古い写真に見入る(1枚目の写真)。翌日、授業の最後に 先生が、「いいか、『身の回りの聖人たち』の発表会まで2週間だ」と生徒たちを鼓舞する。そして、出て行こうとするロバートに向かい、「発表では下品な言葉を使うなよ、オシンスキー」と注意する。それを聞いたオリバーが、「先生、オシンスキーじゃないですよ」と注意する(2枚目の写真)。「俺、ロバートです」。オリバーとロバートは、もはや大親友。オリバーを自転車に乗せて、発表の取材の手伝いをしてくれている。バーで一緒だった友人の2人連れにインタビューし、「兵士だった事 知らないの?」と言われる。「いいえ」。「上級曹長だったの、何とね」(3枚目の写真)。食堂では、集めた写真をタブレットでロバートに見せ、「ベトナムにいたって」と話す(4枚目の写真)。父と暮らす週末には、車でサニーサイドまで連れて行ってもらい、ヴィンセントが親しかった受付嬢に、「ヴィンは、サンディーの洗濯、何年やってたの?」と訊く。「そうねぇ、8年間、毎週かな」〔貸金庫を借りた時とぴったり合う〕。「長いね」。
  
  
  
  

サニーサイドに行った後、海岸沿いの遊歩道を父と一緒に歩くオリバー。いつも話さないので、気詰まりな空気が流れる。無理して話しかける父。「で、調子は?」。「いいよ、まあまあ」。「そう、ママは? どう?」。「うん、元気」。「友達は?」。「いいよ」。「友達は多い?」。とうとうここで、オリバーが文句を言う。「質問攻め やめてよ。ママとの間に何があっても、それはパパの問題だ。巻き込まれるのは イヤだ。僕たち2人の話をしよう。いい?」(1枚目の写真)。父は暗くなり、眠ってしまったオリバーを抱いて母の家に連れて行く。そして、ベッドに寝かせる(2枚目の写真)。そして、母に、「金曜日、 学校が終わってから迎えに来る」。「いいわ、金曜は2時から3時の間に出てくる」。「知ってる」。そりゃ、あれだけ徹底的に尾行させたのだから、何でも知っているであろう。この部分は、2つのdeleted sceneを連続して使用した。
  
  

翌月曜も、オリバーのリサーチが続く。保育士の監視下で、ダーカにも会い、「僕がいない所で、ヴィンは?」と訊く(1枚目の写真)。「彼は、人嫌い。誰にも 好かれへん。猫と あんた以外」(2枚目の写真)。「なんで 好きやねん?(Why you like him?)」。すごくいい質問だ〔ひどい英語〕。しかし、実際、何故なんだろう?。
  
  

いよいよ『身の回りの聖人たち』の発表会、当日、朝。「オリバー、来なさい。朝食、できてるわよ」と呼ばれて起きていくと、母が料理している。びっくりするオリバー。「そんな びっくりしないで。燃料補給しとかないとね」。「全部 作ったの?」。「料理くらいできるわ。休暇もとったし」。「ありがとう」(1枚目の写真)。ワンタッチネクタイの付け方が分からないオリバーに、「全部 上げて」とYシャツの襟を上げて、ネクタイを後ろで固定し、再び襟を下し、「簡単でしょ」。「大好きだよ、ママ」(2枚目の写真)。言葉の内容の割には、言った後の口元が堅いが、そこがジェイデンらしいところ。何度も言うが。だから、面白い。「私も」と応える母の方は、それを言った後も微笑んでいる。そちらの方が普通だろう… 映画としては。しかし、現実の世界では、ジェイデンのようにクールな方が自然かもしれない。
  
  

オリバーが演壇で発表を始める(1枚目の写真)。「聖人とは、他人に対する献身的な行動が賞賛される人だと思います」。この出だしは、最初の聖人に対する授業で先生が言った定義とよく似ている。「現代の聖人として、ロチェスターの聖ウィリアムにそっくりな人を選びました。パッと目には、聖人の候補者には とても見えません」。ここは、オリバーの授業中のプレゼンの応用だ。「幸せな人では ありません。人嫌いで、嫌われ者です」。ここは、ダーカからの引用。「気難しく怒りっぽく、世の中が憎く、それを後悔してます。泥酔、タバコ、賭け、悪態、嘘、ごまかしも。夜のレディと、付き合っています。それが、普段の姿です」。ここは、オリバー自身の経験。「より掘り下げると、別の姿が見えてきます。ヴィンセント・マケンナ氏は、1946年 シープスヘッド・ベイで、アイルランド移民の息子として生まれました」。ここで、ダーカに、目的を知らされずに会場まで連れて来られたヴィンセントが、ホールに入って来る。そして、それに気付いたオリバーがにっこりする(2枚目の写真)。因みに、ビル・マーレイは1950年生まれなので、4歳老けた役になる。オリバーは、ヴィンセントの経歴を述べた後で、「ヴィンセント・マケンナ氏を分かっていただくために、僕に何をしてくれたかを お話しします」と話題を変える。「僕とママが ここに越して来た時、マケンナ氏は 僕の世話をすべきでも、やりたくもなかったでしょうが、引き受けました」。これには認識の相違がある。ヴィンセントにとって、オリバーは金づるとして必須の存在だったが、そのことをオリバーが知る由はない。さらに、認知症の奥さんの服を8年間洗濯し続けたこと、オリバーに戦い方を教えた件は、聖人の美徳として紹介される。聴衆に一番受けたのは、「ギャンブルも教えました。競馬やビンゴ、賭けゴール。お陰で18歳まで外出禁止に」の下り。その後を、オリバーは上手にまとめた。「でも、そこで、一か八か とは何かを学びました。人生とは、まさにオッズだから」。そして、最後に、「確かに、ヴィンセント氏には欠点が。かなり重大な…」「でも、どの聖人にも欠点はありました。だって結局、聖人は人間なのです。とても人間的な」「勇気、犠牲、同情、慈悲。これらが聖人のしるしで、ヴィンセント・マケンナ氏は、ロチェスターの聖ウィリアムと それほど違いません」「これをもって、わが友にしてベビーシッターであるヴィンセント・マケンナ氏を、聖人と宣言します」「シープスヘッド・ベイの聖ヴィンセントと(St. Vincent of Sheepshead Bay)」(3枚目の写真)。だから、映画の題名は『聖ヴィンセント』でなければならない。
  
  
  

それまで、ずっと通路に立ったまま話を聞いていたヴィンセントは、よれよれの普段着のまま演壇に上がり、オリバーにメダルをかけてもらう(1枚目の写真)。オリバーは「どうも ありがとう」と言い(2枚目の写真)、ヴィンセントが「ありがとうな」と応じ、2人は抱き合う(3枚目の写真)。
  
  
  

後は、事後談2つ。最初は、ダーカの出産。同じ病院のロビーの同じ自販機の前で、「俺が払う。借りがあるからな」とヴィンセント。もし、競馬での儲けを指すなら、借りは数千ドルに達する。「何が欲しい?」と訊き、「プレッツェル」。「俺も 欲しかったんだ」。オリバーは、「もしそうなら」と言い、以前ダーカがやったように、お金を入れた直後に「こうすると」と両手で自販機を叩く。プレッツェルが2袋出てくる。「1個分のお金で2個」「スゴ技」(写真)と自慢げに1袋渡す。ヴィンセントは、「大したもんだ。覚えとくよ。言っとくが、これは 一種の盗みだ」。それを聞いて、コイン入れにお金を追加するオリバー。
  

最後は、ヴィンセントの家での食事会。オリバーだけなく、オリバーの母と、ロバートも招かれている。「野菜 食べてや」とダーカが野菜攻勢。「なるほど、カラフルだな」。食べはじめて、「腹がふくれてきた… ちょっぴりな」とダーカに遠慮して発言するヴィンセント。いきなり食べ始めるのに戸惑ったオリバーが、「何も 言わないの?」と訊く。「つまり?」。「感謝か お祈りの?」(写真)。その言葉に、一瞬食べるのをやめ、手を顔の前に組むヴィンセントだったが、「やめとこう(No, I'd better not)」と再び食べ始める。
  

エンディング・クレジットでは、ヴィンセントが、2016年のノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの『嵐から救ってくれた(Shelter from the Storm)』を最後まで口ずさむ。訥々とした短い歌い方に長文の訳文は似合わないので、難しいと言われるボブ・ディランの歌の私訳も紹介しておこう〔受賞理由の「新たな詩的表現の創造」も納得できる〕。

 ♪ かつて味わった 血と汗の日々
    ('Twas in another lifetime one of toil and blood)
 ♪ 悪こそが美徳で 毎日が泥の道だった
    (When blackness was a virtue, the road was full of mud)
 ♪ そこにあったのは むき出しの粗野だけ
    (I came in from the wilderness a creature void of form)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた
    ("Come in," she said, "I'll give you shelter from the storm.")
 
 ♪ この道を進めば 安らぎがある
    (And if I pass this way again you can rest assured)
 ♪ 彼女のために 全力を尽くさないと
    (I'll always do my best for her on that I give my word)
 ♪ だってこの世は 殺伐としてるから
    (In a world of steel-eyed death and men who are fighting to be warm)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 会話が途絶え わだかまりが生まれ
    (Not a word was spoke between us there was little risk involved)
 ♪ 二人の間には 冷たい隔たりが
    (Everything up to that point had been left unresolved)
 ♪ いつも安らげる 場所があるといい
    (Try imagining a place where it's always safe and warm)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 極度の疲労で 燃え尽きた日々
    (I was burned out from exhaustion buried in the hail)
 ♪ 毒気にさらされ 茫然とした日々
    (Poisoned in the bushes and blown out on the trail)
 ♪ 駆り立てられ 踏みにじられていた
    (Hunted like a crocodile ravaged in the corn)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 振り向くと そこに彼女がいた
    (Suddenly I turned around and she was standing there)
 ♪ 銀の腕輪をはめ 花冠をかぶり
    (With silver bracelets on her wrists and flowers in her hair)
 ♪ 優しく近づくと 僕の茨を除いてくれた
    (She walked up to me so gracefully and took my crown of thorns)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 二人の間に 壁ができてしまった
    (Now there's a wall between us something there's been lost)
 ♪ 勝手な思い込みで 混線してしまった
    (I took too much for granted, I got my signals crossed)
 ♪ 明日の朝 もう一度やり直そう
    (Just to think that it all began on an uneventful morn)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 保安官も牧師も この世は事もなげ
    (Well the deputy walks on hard nails and the preacher rides a mount)
 ♪ 本当に重要なのは 神の下す審判
    (But nothing really matters much it's doom alone that counts)
 ♪ 企業家どもに 踊らされてはダメだ
    (And the one-eyed undertaker he blows a futile horn)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 赤ん坊の泣き声には 愛が溢れ
    (I've heard newborn babies wailing like a mourning dove)
 ♪ 歯の抜けた老人には もう愛がない
    (And old men with broken teeth stranded without love)
 ♪ こんな決め付けに 希望はない
    (Do I understand your question man, is it hopeless and forlorn?)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 小さなサークルで 賭けたことがある
    (In a little hilltop village they gambled for my clothes)
 ♪ 救済を求めたが あざ笑われた
    (I bargained for salvation and she gave me a lethal dose)
 ♪ 無垢を装ったが 軽蔑された
    (I offered up my innocence, I got repaid with scorn)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

 ♪ 今 僕は外国に 国境の向こうにいる
    (Well I'm living in a foreign country but I'm bound to cross the line)
 ♪ 辛い暮らしにも 慣れるかもしれない
    (Beauty walks a razor's edge someday I'll make it mine)
 ♪ できるものなら もう一度やり直したい
    (If I could only turn back the clock to when God and her were born)
 ♪ 彼女は 「お入り」 と言い、嵐から救ってくれた

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