トップページに戻る
  少年リスト   映画リスト(邦題順)   映画リスト(国別・原題)  映画リスト(年代順)

Tobi トビー

スペイン映画 (1978)

映画の中では5歳の設定だが、撮影時恐らく7歳のロロ・ガルシア(Lolo García)が主演したファンタジックな物語。以前紹介した『I Am... Gabriel(私はガブリエル)』は、天使ガブリエルが少年の姿でアメリカの田舎町に現れる話なので、背中に翼が生えていてもおかしくはないが〔キリスト教の信者にとってみれば〕、この映画のトビーは、小さな真っ白な翼が何の理由もなく生えてくるという、一種のお伽噺だ。映画の中で、トビーを演じるロロ・ガルシアは、ほとんどが全裸か半裸で、裸足で夜の街や真昼の遊園地を走り回る。しかし、どう見ても半分天使のように見えるので、そこに嫌らしさは全くない。嫌らしいのは、労働者階級意識を丸出しにした父親と、その父親の無知を利用して儲けようとする女性エージェント〔スパイではなく仲介業者〕の存在。この2人は、いずれも自分のことしか考えず、トビーを自分の欲の食い物にする。それに対し、トビーの母は、マリアという名前にぴったりな優しくて愛情深い女性。しかし、その深い愛も、人間でありながら鳥に近い「生物」となったトビーの生き方を止めることはできなかった。そういう意味では、悲しい愛の物語でもある。映画は1978年の製作とそれほど古いわけではないが、ビデオしか存在せず、しかもビデオ普及初期のものであるため画質がきわめて悪い〔あらすじの写真は最小サイズにしたが、それでもボケている〕。英語の字幕は存在するが、内容の半分しか伝えておらず、誤訳もあるので、あらすじ作成にあたっては台詞通りのスペイン語字幕を使用した。

トビーは、電球製造工場で、単純労働者として働く父ハシントと、愛情深い母マリアの間に生まれた一粒種。5歳になった時、背中が痛むようになり、病院に行ったところ、大騒ぎとなる。しかし、両親はツンボ桟敷に置かれ、何も知らされないまま、トビーは国立分子生物学研究所に移される。両親が、国立医療センターの所長の案内で研究所を訪れた際、ようやく息子をマジックミラーの窓越しに見ることを許されるが、トビーの背中には純白の可愛い翼が生えていた。ここで、研究者の独善的な姿勢を攻撃する父と、ひたすら息子を愛する母の態度の違いが鮮明になる。トビーには、両親が来たことも知らされなかった、母に会えない隔離生活が嫌になったトビーは、看護婦を隔離室に閉じ込め、ゴミ箱に入って研究所を脱出し、夜のマドリッドの街を、母を捜して彷徨っている所をマスコミに発見される。「翼の生えた少年」は大ニュースとして新聞やTVで取り上げられ、家の周りにもトビーを一目見ようと群集が詰め掛ける。母は、トビーに対する直接インタビューを一切認めなかったが、父は、法外とも言える金額で独占契約を申し出た女性エージェントの誘惑に負けて、サインしてしまう。その結果、TVコマーシャルの撮影を強いられるトビー。しかし、何度やっても失敗ばかり。トビーに普通の生活を送らせたいと考えた母は、トビーを学校に連れて行くが、同級生に危うく翼を切られそうになる。この事件は、トビーを極度に怖がらせ、父母は、翼を外科手術で取り除く決断をする。手術は成功するが、父は、女性エージェントから、1年契約の違反行為(1年間、翼は完全な状態であること)だと責められ、損害賠償訴訟を警告される。そんな中、トビーの切除した翼が、再生する。これに一番喜んだのは女性エージェント。金儲けの対象となると踏んだ彼女は、大型遊園地の中にトビーの展示館を造り、有料で翼を見せる。昔の見世物小屋の雰囲気だ。この屈辱的な生活の1日目、トビーは用を足すとみせかけて逃げ出し、遊園地の中にある高い塔の上から、空に向かって飛び立って行った。鳥のように。

ロロ・ガルシアは、スペイン人らしくない金髪碧眼の可愛い男の子。白い翼を付けたところは、キューピッドそのものだ。台詞は、少ないようで それなりにあり、様々な表情も要求される中、役を立派にこなしている。それに、映画史上、最も露出度の高い役を延々と演じることは、結構恥ずかしかったのかもしれない。ロロ・ガルシアは、4本の映画に主演している。1本目は「La guerra de papá(パパの戦争)」(1977)。本作より1年前とは思えないほど幼いが、堂々と主役を務め、悪戯ぶりを遺憾なく発揮する。3本目は「Dos y dos, cinco(2×2は5)」(1981)。映画の最初にタイトルバックにロロ・ガルシアの大写しの顔が20枚以上流されるほど映画の中心的存在(下の写真)。残念ながら、DVDは未発売。4本目は「Las fantasías de Cuny」(1984)。この映画に関する情報は得られなかった。
  


あらすじ

トビーの一家3人は、木が一列に並ぶ、植林してまだ10数年の明るい林の中でピクニックを楽しんでいる。走って母の元にきたトビーが、胸をはだけて、「ドキドキ音がする」と言う。「どこが?」。「ここ」と胸を叩く。母が触って、「そうよ坊や、心臓だもの」と笑顔で答える。「心臓?」。「誰でも持ってるのよ。パパもママもみんな。時計がチクタクいうようなものね。お陰で生きてるのよ」。トビーは、「チクタク」と何度も言った後で、「ママのも見てみる」と言って、胸に手を入れて音を確かめる。「ゆっくりだね」。父にも同じようにする。「パパのも ゆっくりだ」。「そりゃそうだ。お前は走ってきたろ」。トビーは、今度はおへそに手をやって、「ママ、ボク、この穴、なんのためか知ってるよ」。「何なの?」。「心臓を巻くためさ(Para darle cuerda al corazón)」〔チクタク=時計を巻くから来た幼児らしい発想〕(1枚目の写真)。大笑いする両親。トビーは、今度は野原の方に向かって走っていく。そこにはカカシが立っていた。トビーは、カカシの前に立つと、「鳥を怖がらせる手伝い、してあげようか?」と言って、両手をカカシのように真横に上げる。両親がピクニックの道具を車に片づけ終わり、母がトビーの方を見やると、びっくりして夫を呼び寄せる。音楽がひときわ盛り上がり、そこには、カカシと違い、頭の上から腕の先まで小鳥が鈴なりにとまっているトビーの姿があった(2枚目の写真)。これは、「トビー=鳥人間」である最初の兆しだ。
  
  

その夜ベッドで、母マリアが心配そうにトビーに訊いている。「坊や、背中まだ痛むの?」。「うん」。「どこが痛いの? ここ?」。「ううん。もう少し上」。「ここ?」。「もう少し上」。肩の近くで「ここね?」。「そこ」。「学校で ぶつかったんじゃないのね?」。「ううん」。そして、「チクチク(pica)するから、息でフーフー(sopla)してよ」と頼む。マリアが息を吹きかけると、くすぐったいので思わず笑う(1枚目の写真)。「よかった?」。「やめないで、もっとフーフーしてよ」。「さあ、もう横になって。もし、痛みが続くようなら、明日、お医者さんに行きましょ。いいわね?」。「うん」。トビーを寝かせてから下に降りて来たマリアは、TVを見ている夫に向かって、「トビーのことが すごく心配なの。ここ数日、背中が痛いってこぼしてる」。夫は、工場の単純労働者のせいか、あまり物を深く考えない質(たち)で、マリアの心配を軽くいなす。それでも、マリアは、「医者に診せたいの。妹さんのこと覚えてるでしょ? 始めは左胸の不快感で 最後はあんなことに…」。夫は、それでも、「トビーが一人っ子だからといって、心配のし過ぎだ」と言うだけ。「違うのよ、ハシント、何かが起きてるみたいで、とっても心配なの」。明くる日、マリアはトビーを病院に連れて行く。次のシーンでは、すごい騒音の中、ライン作業で電球のチェックをしている夫のもとに上司がやってきて、妻から電話だと告げる。「タコ(pulpos)? 黄色? ああ聞こえてる。黄色の綿毛のあるタコ?」といった具合に騒音でよく聞き取れない。結局、外出許可をもらって病院に行くことに。病院で夫の来るのを待ち焦がれていたマリアは、「トビーはどうなんだ?」と訊かれ、「何も分からないの。お医者さんもよ。それに。もし分かってたとしても、何も教えてくれない。誰も何も言わないの」。最早、パニック状態だ。「最初は2人のお医者さんだったのが、3人になり、看護婦さんの話では、今や7人だって」。夫は、先ほどの電話の疑問点を訊く。「黄色のタコって何なんだ?」。これにはマリアの方がびっくり。「違うわ、ハシント。私はコブ(bultos)って言ったの」。一方、トビーの方は、たくさんの医者に囲まれ、ご満悦。聴診器を借りて、医者の1人のあちこちにチェストピースを当て、「息をすって」と言って遊んでいる(2枚目の写真)。犠牲者の医者が交代する時、「重い病気だから、お尻に注射しないと」と宣告。しかし、トビーの「病気」が前代未聞なので、誰も文句は言わない。トビーの背中には、コブというよりは、2つの丸い綿毛の塊のようなものが付いている。それを医者が触り。「痛いかい、トビー」と訊くと、「ううん。この人に、もう痛くないって言ったよ。あの人にも言った」と反論。そして診察ゴッコに戻る。その時、各種検査はすべて正常との報告が入る。次は脳波を測られる。ここでも、アイスキャンディーが欲しいとごねる。検査の結果は正常。しかし、髪の毛に一杯付けた端子を外すとき、背中に痛みが走り、大騒ぎ。看護婦が、うっかり、「こら(coño)、静かに」と言ったものだから、トビーに「言っちゃダメだよ(Eso no se dice)」と叱られる。「coño」は90%以上の確率で「おまんこ」として使われる悪い言葉なので。これには、みんなが笑う。「もう痛くないかい?」。「うん。でもフーフーしてよ、ジェット機先生(doctor Soplete)」。トビーは小さい割に言葉遊びが上手だ。トビーが次に受けたのが何らかのX線による解析装置。1970年代の医療検査装置には疎いが、患者を縛り付けて回転させるものは見たことがない。それにより、骨のように硬いものが背骨の両側に存在することが判明する。その結果、トビーの両親に対し、医者から「隔離する」という説明がなされる。「びっくりなさらないで。このような場合には通常採られる手段です」。父:「でも、息子に会うこともできないなんて。両親なのに」。「息子さんは元気です。どうか落ち着いて下さい。もっと詳しい検査がしたいのです」。「でも、なぜ隔離を? ここじゃ、何か変なことが起きてますな。しかも、それを教えたがらないときてる。だが、俺は子供の父親だから、どうなってるか知る権利がある」。そこで、医者は、検査の結果は、異常生成物(excrecencias)の存在を除けば、すべて正常だったと述べる。黄色の綿毛を、もって回った言い方をしただけだ。そして、正しい診断を下すためには、もっと検査が必要で、そのためには両親の協力が必要だとも。父:「俺たちに何ができます?」。「何も。忍耐と思慮分別だけです」。そして、詳細が解明するまで、トビーの症状は誰にも話すなと釘を刺される。
  
  

しばらく日が経った ある日、工場で働く父のところに また電話が入る。妻アンナからの伝言は、17時までに帰宅して欲しい。公用車が迎えにくるからというものだった。「重要人物みたいだな」と冷やかす上司に、父は「とんでもない。それだけ事態が深刻だという事です」と返事する。迎えに来たのは、国立医療センターの所長。所長は、「何も知らされないでいることほど、不快なことはありません」と話し、「あなた方の息子さんの周りに設けた『沈黙の壁(muralla de silencio)』に対し陳謝します」と謝罪した上で、「息子さんをご覧になれば、ご理解いただけるでしょう」と付け加える。その曖昧な言い方に、ついに父が怒り出す。「トビーは、どうなんです? 今、言ったらどうです?」。「それが、非常にデリケートな問題でして」。「俺たちは両親ですぞ。知る権利がある」。「あと数分で会えますから」。ここで、マリアが口を開く。「でも、どこへ行くんです? 病院じゃないんですか?」。「トビー君は分子生物学研究所にいて、専門家たちが分析・研究しています」。その言葉とともに、両親の極度の緊張状態を現す音楽が流れる。研究所で両親を迎えたのは、研究所長のブルマン教授。教授は、「すぐに、息子さんをご覧になれます。息子さんには、あなた方が見えません。マジックミラーになっていて、息子さんの側からは鏡なのです。このことをよく覚えておいて下さい」。そう言ってカーテンを開けると、円形のベッドの上で全裸のトビーが寝ている(1枚目の写真)〔人権侵害だと思うが…〕。博士がベッドを180度回転させると背中から生えた純白の翼がはっきりと見える。トビーは起き上がると手を伸ばしてあくびをする(2枚目の写真)。その姿を見て、マリアが気を失う。急いでイスに横たえ、水と鎮静剤を与えられる。気がついたマリアと夫に向かい、教授が説明を始める。「あなた方がご覧になった少年の附属物は…」。父:「翼じゃないですか、教授。はっきり見ましたよ!」。「そう呼ばれたいのでしたら、ご自由にどうぞ。トビー君は、染色体異常の稀少かつ実に興味ある事例です。少年におけるこのような遺伝子変化の原因は、当研究所だけでなく、他の著名な生物学者とも協力して解明する必要があります」。父は、急に「ニワトリだ」と言い出す。そして、マリアを「鶏肉を食べさせ過ぎるなと言っただろ」と責める。あまりの非科学的な考えに、医療センター長が「息子さんは、ヒヨコの怪物じゃありませんよ」。教授は、「原因がウイルスか、突然変異原(mutágenos)か、放射線か、現段階では何も分かっていません。解明する必要があります」と続ける。それに対し、父は、「いいかね、あんたは研究を続けたいだろう。だが、俺の息子のトビーを、あんなもの付けたまま世間にさらす訳にはいかん。からかわれるに決まっとる。俺の家内が守護天使と寝たと言われるかもしれん」。この人物、実に単純で、視野が狭い。「あんな息子、工場で同僚に顔向けできん。『ハシントにケルビム〔智天使〕の子ができた』なんて言われちまう。もし俺がキリスト教民主党員なら幸せかもしれんが、労働党員なんでね。だから、あんた方がトビーにすべきことは、翼を切り取ってしまうことだ」。これに対し、医療センター長は賛同、教授の方は猛反発。そして、2人の間で論争が始まる。我慢しきれなくなった母マリアが、「お2人に申し上げたいことがあります。あれは私の子供です。だから、翼があろうが なかろうが一緒に暮らします。私の手元に置きたいわ。こんな所で一生を過させるもんですか」。そう宣言すると、トビーの部屋のカーテンを開け、枕の羽で遊ぶトビーをじっと見守る。羽がミラーガラスの前に飛んでいき、その羽を口でくわえようとしたトビーが、鏡にキスするような形になる。そのトビーにガラスを挟んでキスしようとするマリア(3枚目の写真)。母親の愛情がよく表現された 良いシーンだ。
  
  
  

家に戻ったマリアは、トビーのベッドの上に倒れこんで泣き出す。一方、その日の夜、研究所では、トビーの隔離室に電気が点いているのを見つけた看護婦ルーシーが、「こんな遅くまで何してるの?」と言って入ってくる。「ここだよ。出られなくなっちゃた」。看護婦が声のするトイレを覗くと、トビーが便器にはまって動けない(1枚目の写真)。「そんなところで、何してるの」。「落ちちゃった」。救い出されたトビーは、看護婦に、「これ、おちんちん(pito)じゃなくって、ペコス(peine)って言うんだ」。「何て言ったの?」。「学校で教わった。おちんちんじゃなくって、ペコスだって」。「ペコス? 違うわよ、トビー、ペニス(pene)よ」。「そう、じゃ、ペニス。でも、ボク、おちんちんって言う方が好きなの」。「ねえ、ルーシー、ボク、いつママとパパに会えるの?」。「すぐよ」。「いつもそう言うけど、会えないじゃないか」。トビーは、ルーシーを後始末に残したままトイレを出て行くと(2枚目の写真)、開けっ放しになっていた隔離室のドアからこっそり出て、ドアの外側に付けられた頑丈なロックをかけてしまう。そして、廊下を走って(3枚目の写真)、たまたま入った部屋では、生きたウサギの首だけが台の上に並んでいる。それを見てウサギの真似をして、口を動かすトビー(4枚目の写真)。ビデオの画質が悪く、顔がはっきり分かるのはこれしかないので、筋とはあまり関係ないが敢えて紹介した。隔離室に閉じ込められた看護婦は、連絡の手段がなく、マジックミラーの前で叫んでも、監視者がいる訳ではないので、トビーの逃走に誰も気付かない。
  
  
  
  

トビーは、最下層にあるゴミの集積場までやってくる。作業員が丸型ペール(ゴミ箱)をトラックに積み込んでいる。トビーは階段を降りて(1枚目の写真)、作業フロアに達すると、残っていた最後の丸型ペールの蓋を開け、中に潜り込む(2枚目の写真)〔空のペールがなぜ置いてあったかは不明〕。作業員は、「これが最後だ」と言って、トビーの入ったペールを荷台に上げる(3枚目の写真)。そして、運転手は、すぐにトラックを出す。
  
  
  

運転手が歌いながらハンドルを握っていると、後方確認用の「窓」から、トビーが顔を覗かせる。バックミラーで何かが見えた運転手は急ブレーキをかける。「おい、俺が見たもの、見たか?」と助手に尋ねる。「何、見たんだ?」。「実を言うと、何か見たかどうかも 分からないんだ」。そして、運転を再開。すると、また、トビーが顔を覗かせる。そして、また、急ブレーキ。「何してる?」。「前見たもの、見たんだ。荷台に誰かいる」。その会話の間に、トビーは荷台から降りて(1枚目の写真)、偶然、隣に停まっていた別のトラックの荷台に這い上がる(2枚目の写真)。そして、置いてあった箱の中に隠れる。それは、マネキン業者のトラックで、トビーが逃げ込んだ箱は、業者が来て、隣接した建物内に運び込んだ。だから、研究所のトラックの運転手と助手が全部の丸型ペールの蓋を開けてチェックしても、何も見つからない。
  
  

次が、この映画の中で、一番コミカルなシーン。トビーの箱を運び込んだ作業員が去ると、トビーは体を覆っていた毛布を取って箱から外に出る。そこには、いっぱい子供のマネキンが置かれている。すべて、トビーと同じサイズだ。ただ、マネキンなので、「おちんちん」は付いていない。「どこで、おしっこするんかな?」。その時、奥から男が1人やってくる。隠れる場所がないので、マネキンの真似をするトビー(1枚目の写真)。一見、判別しにくいので矢印を付けておいたが、マネキンにないものが付いているのが可笑しい。男は、トビーの入ってきた箱の中を探し始めるが、トビーは思わずクシャミをしてしまう。誰もいないはずの場所で、突然クシャミがしたので、何事かと男が振り返る。しかし、そこにはマネキンしか並んでいない。トビーのすぐ前に来て、「誰かいるのか?」と声をかけるが、男の目線は上なので、トビーには全く気付かない。誰もいないので、再び箱に専念する男。トビーは、いたずらしてやろうと、男の背後からしのび寄ると、背中を蹴飛ばす(2枚目の写真)。そして、素早く元の位置へ。男は、「誰だ?」「冗談は好きじゃない」と言って見渡すが、マネキンしか見に入らない。そして、また箱に。トビーは、別のマネキンを男の背後に持って行くと(3枚目の写真)、いかにもマネキンが蹴ったかのように男の尻を蹴飛ばす。振り返るとマネキンがいたので、男は、マネキンに蹴られたかとびっくりする。その顔を見て、思わずトビーも笑ってしまう(4枚目の写真)。笑い声に気付いた男が、四つん這いになった状態で(低い視線で)マネキンを見渡すと、トビーの「おちんちん」が目に飛び込んでくる。マネキンに付いているハズがないので驚く男に向かって、トビーは「ボクを ママとパパのとこ連れてって」と頼む。男は、マネキンが口をきいたと勘違いして逃げて行ってしまう
  
  
  
  

トビーは、男の後を追って店の外に出ると、そのまま、アンダーパスの真ん中を走ってマドリッドの中心部へ。シベーレス広場の有名な噴水の前を走り(1枚目の写真)、片側2車線の大通りの真ん中を駈ける(2枚目の写真)。赤信号で待つところが可愛い。そのままマリアノ・デ・カビア広場の真ん中にあるパトス(アヒル)の噴水に行き、水を飲んだ後で、噴水の上の鳥の彫像を見て「飛べ!」と呼びかける(3枚目の写真)。しかし、飛んでくれないので、がっかりしてトボトボと歩いているうち、酔っ払いと出会う。「ママのとこに連れてって」と頼むが、酔っ払いは、そばにある天使の彫像の一部だと思い、相手にしてくれない。そこに、偶然、新聞記者が車で通りかかる。背中の翼を見て、「君は誰だい? 名前は何ていうの? 泣かなくていい。僕が家まで連れていってあげよう」と優しく話しかける(4枚目の写真)。そして翼が本物だと分かると、「すごいトクダネだ」と、写真を撮りまくる。それにしても、研究所から逃走シーンの11分間、トビーはずっと裸のままで、裸足で街の中を走り回らなくてはいけない。人権侵害のような気もするが… この映画がDVDにならないのは、そのためかもしれない。
  
  
  
  

記者は、フリーランスだったらしく、明くる日の新聞各紙の一面を飾った。El País紙は「街の天使(Un Angel en la Ciudad)」、El Imparcial紙は「驚異! 2つの翼を持つ少年(¡Increible! Un Noño con dos Alas)」、Informaciones紙は「奇形か自然の驚異か?(¿Un Fenomeno de la Naturaleza?)」、そして、El Alcázar紙は「超自然の存在?(¿Un ser Sobrenatural?)」(1枚目の写真)。TVもトップニュースとして伝えている。「水曜の夜、マドリッドの街に現れた2つの翼を持った5歳の裸の少年トビー・ロペス君に関する驚くべきニュースです。最初は何らかの宣伝行為かと思われましたが、一連の調査により事実であることが確認されました。トビー・ロペス君は神秘的にも、2つの本物の翼を有しており、水曜の夜、国立分子生物学研究所から逃げ出しました…」。そして、画面に研究所長のブルマン教授が登場する。その顔を見た父は、「髭の親爺、頭にきてるだろうな(subiéndose por las paredes)」と言う(2枚目の写真)。それを文字通りとらえたトビーは、「先生、壁を登ったの(sube por las paredes)?」と訊く。「黙って聞いてるんだ。こいつ 何て言うか見ていよう」。そして、教授が語った内容は、トビーが「正真正銘の遺伝子の突然変異」で、「多大な科学上の関心」があるため、「原因が特定できるまで研究所に戻す」ことが必要で、そのためには、「研究機関による一時的な親権の行使」も考慮しなければならないということ。これを聞いた父は、「親権は俺のものだ。俺の息子は二度と家から出さん」と息巻く。トビーも、「ママ、ボク、病院に戻りたくない」と言う。「戻らなくていいのよ、坊や。心配しないで」。博士は、さらに、「何か、素晴らしいことが始まろうとしている。新しい人類だ。最初にピテカントロプスがあり、ホモ・サピエンスが誕生し、これは、ホモ・アンジェリカス(天使族)の前触れかもしれない」とまで言う。父は、「髭野郎が言ったこと 聞いたか? キチガイ(pirado)だ」と酷評。トビーはすぐ、「パパ、『キチガイ』って何?」と訊く。「キ印、イカレポンチ、ってとこかな」。「パパも少し『キチガイ』みたい」(3枚目の写真)。TVが終わると、今度は、電話がかかってくる。母マリアが電話を取る。「ええ、ここにいます。残念ですが、お受けできません。あなた方だけじゃなく、どこもです。ええ、夫も同じ考えです。金額の問題ではありません」。インタビューの申し出だ。マリアから内容を聞いた夫は、最初は聞き流していたが、インタビューの金額が100万ペセタ(現在の450万円程度)だったと聞くと、急に表情が変わる。「ハシント、坊やの病気で儲けるなんて、はしたないでしょ」と言われると、「ああ、マリア、分かってる。だけど、百万は大金だぞ」。「たいていにして!」。トビーは「やーい、パパが叱られた」と笑う。その後、父は2階のトイレに行き、また電話がかかってくる。電話を取ったのはトビー。「誰? うん、待ってて」。母:「誰なの?」。「テレビだよ。パパと話したいって」。「呼んでらっしゃい。トイレにいるから」。2階まで呼びにいったトビーは1人で戻ってくると、電話に出て「テレビさん。パパ、出られない。ウンコしてる(está cagando)」と言って電話を切る。「トビー、そんなこと言わないの」。「だけど、ホントだよ。パパ、リキんでたもん」。「もしそうでも、トイレで十分でしょ。トビーの言葉は実に面白い。外が騒がしくなり、教授が直接対話を求めてやってきたのだ。教授がドアのベルを鳴らす。父:「誰だ?」。教授:「どなたかな?」。「親権だ!〔親権の持ち主=父親、という意味〕」。「ロペスさん、どうか穏やかに」。「穏やかも、へったくれもあるか。テレビであんなこと言いやがって。つきまとうと、家宅侵入で訴えるぞ」。「落ち着いて、ロペスさん。お子さんには何もしません。話しに来たのです。ドアを開けて下さい」。ドアが開く。その時、トビーが顔を見せる。「やあ、トビー、今日は」。「やあ、お髭さん(Hola, barbas)」。以前の父の言葉を覚えていたのだ。教授は一瞬ムッとするが、すぎにニヤニヤした顔になり、「ガムはどうだね、トビー? いちごガムを持ってきたんだ」と訊く。それに対し、腕を組んでノーと意思表示するトビー(4枚目の写真)。これを見て、すごすごと引き揚げる教授。このエピソードの最後は、家の外に集まった多くの群集を見て、マリアが「どうしたらいいの?」と心配する。夫も「分からんな」。すると、トビーが「なぜ、あの人たち ボクの名前を呼んでるの?」と尋ねる。「あなたを見たいからよ」。「なら、ボクを外に出したら? そしたら、あの人たちも見れるでしょ」。その言葉に従い、2階のベランダからトビーを抱いた姿を見せるマリア。群集からは一斉に「トビー!」という声が上がる。そして、「翼が見たい」「背中を向けて」という声も。そこで、トビーの背中を見せる(5枚目の写真)。歓声が上がり拍手が起こる。
  
  
  
  
  

群集の中にまぎれていた1人の女性が、この人気を見て、トビーを広告に使おうと思い立つ。翌日、父の工場まで車で迎えに行くと、美人なので、父も ほいほい付いて行く。本当に三流の人間だ。女性は、父を自分のオフィスに招じ入れ、氷で割ったスコッチを勧め、「私たちの新たな友情に」と杯を上げる。「俺の息子は売り物じゃない」。「いろんなオファーがあるのは知ってるわ。最高のオリーブが何か、ご存知?」。「ああ、熟した小さなやつ」。「その通り。私は、あなたに、素敵な小さなものを見せてあげる」と言うと、女性は小切手を渡す。それを見た父は、あまりの金額に「これ、冗談だろ」と思わず絶句。「サインするだけ。あなたがトビーの代理人として、独占契約にサインしたら、私がそれにサインするわ」。こういうことに疎い父は、金額に釣られ、契約書の中味をよく見ずにサインしてしまう。結果として、トビーはTVコマーシャルの撮影に付き合わされることに。頭に花冠、股間に木の葉を付けただけのキューピッド姿でローマ神殿風のパビリオンの描かれた幕の前に立つトビー(1枚目の写真)。すべきことは、「お忙しいあなたに、キューピー化粧品をどうぞ」と言って、矢を射るだけだ。しかし、なかなかそれがうまくいかない。映画は、トビーがコマーシャルの台詞を言ってから、一旦弓を構え、お尻をかくところから始まる。監督が、「最初は鼻、次は耳、今度は尻」と言うので、これが最初のカットでないことが分かる。その次は、矢を構えた瞬間、目を閉じてしまう。「目をつむっちゃダメじゃないか」。「ライトがまぶしかったから」(2枚目の写真)。「17回やってきて ライトが眩しいことが分かったのか。目を閉じないよう頑張るんだ」。そして、19回目のショット。今度はうまくいきそうだったのに、トビーの真上の天井で、木の葉をまく係がうっかり袋を落としてしまい、トビーの頭にすっぽり被さってしまう。トビーは、「もうイヤだ。ママに会いたい」とすねる。なだめようと、女性スタッフがチューインガムを口に入れてやる。20回目を始めようとすると、トビーがチューインガムを噛んでいる。「トビー、チューインガムを吐き出して」。「ボクんだ。もらったんだ」。「君のだけど、今は噛んじゃダメなんだ。ここはアメリカじゃないからね」。駆け寄ったスタッフの手に噛んでいたダムを吐き出すと、「後で返してね」。20回目に再挑戦した瞬間、スタジオ背後のドアが開き、母と父が入ってくる。それに気付いたトビーは、台詞を言った後で、「やあ、ママ」。監督は頭にきてフラメンコを踊り出す。父に、「調子はどうだ?」と訊かれ、「疲れちゃった」。母が、「撮影、9時からやってるのよ」と夫に話す〔今は、19時〕。「それに、すごく暑いんだ」。しかし、監督は21回目に挑戦。すると、スタジオ内を歩いていた父が、背景の幕を吊っていたロープを足で引っかけ、背景がするすると上に。絶望して背後を向いた監督のお尻めがけて、トビーの放った矢がブスリと刺さる。痛くて叫ぶ監督。それを見て大喜びのトビー(3枚目の写真)。トビーのことを「子供じゃなく怪物」と罵る監督に激怒した父と母が、送風機を最強にセットしたのでスタジオ内はメチャメチャに。母は、「おウチに帰りたい」と言うトビーを抱くと(4枚目の写真)、さっさとスタジオを後にした。しかし、それを見ていた女性エージェントは平然としている。トビーの父が細かな条項まで読んでいない契約がまだ生きているからだ。「レモンを買ったら、絞れるだけ絞るの(Cuando yo compro un limón, lo exprimo.)」。
  
  
  
  

次のシーン。家では、背中に2ヶ所穴の開いた服を、母がいっぱい干している。そして、柄シャツを着たトビーの背中から飛び出した翼を、ブラシできれいに整えている(1枚目の写真)。シャツの上からコートをはおらせるが、それにも当然穴が開いている。そこから翼を出し、友布で作った「翼覆い」を被せる(2枚目の写真、矢印が「翼覆い」)。母は、「ノートとスケッチブックを入れたら、一緒に学校へ行きましょ」と言って、トイレに行く。ところが、トビーも急に もよおしてきて、トイレまで走って行き、「ママ、開けて! おしっこと うんこだよ、ガマンできない」と必死。ドアが開かないので、窓(2階)まで行くと、そこから放尿、それが通りがかった警官にかかってしまう。警官は、注意しようと、ドアのベルを鳴らす。母が、「空いたわよ」とトビーに言って、階段を降りてドアを開ける。警官がヘルメット脱ぎ、母に子供の教育について文句を言っている間に、ヘルメットを拝借したトビーは、そこにウンチをしてしまう。しかし、相手がトビーだ分かった警官は、笑顔になり、ヘルメットに「AQUÍ HIZO CACA TOBI(ここにトビーがクソをした)」と書いて意気揚々と帰って行った。トビーと母は学校に向かう。翼が生えてからは初めての登校だ。門のところにいた先生が優しく迎えてくれる(3枚目の写真)。
  
  
  

授業が始まると、トビーの辺りが騒がしい。先生が問いかけると、女の子が、「アンドレスがトビーの翼を引っ張ったんです」と発言。トビーのことが好きな先生は、他の生徒から離れた席に座らせてやる。そして、1時間目が終わり、生徒が全員出て行くと、教室から出たがらないトビーに、「ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから」と優しく声をかけてトビーを1人にする。すると、そこに、さっきの女の子が入ってきて、「翼見せてくれたら、この鉛筆と ペロペロ飴あげるわ」と声をかける。トビーは、見せたことを内緒にするよう条件を付けて、見せてやる。女の子は、覆いを外し、しげしげと見て、「とってもきれいね、トビー」(1枚目の写真)と大満悦。「ホントに気に入った?」。「ええ、とっても。触ってもいい?」。「そっとだよ」。「素敵。柔らかいのね」。しかし、この光景を外の窓から盗み見ていた男子生徒がいた。トビーが、翼を見せ終わって女の子と話していると、仲間のボスを筆頭に4人の生徒がどやどやと入ってきて、「翼を見せろ」と要求する。「いやだ」。「パパが言ってた。それ伝染するって」「お前のためだ、取ってやる」。トビーに襲いかかる4人。ボスはボケットからナイフを取り出した。幸いそこに先生が入ってくる。先生はすぐにトビーを救い出すが(2枚目の写真)、女の子の「彼、トビーの翼を、ナイフで切ろうとしたんです」との発言を聞き、怒ってナイフを取り上げる。しかし、その後の校長の対応は違っていた。「ご存知のように、子供には責任能力がありません。もし20匹の白いヒヨコの中に、1匹の黒いヒヨコを入れたら、どうなります?」。ひどい例え話だ。学校に呼ばれた母マリアが「何て 思いやりのない」と非難すると、「実に不適切な比較でした」と謝ったものの、「でも、言いたかったことはお分かりでしょう。トビー君の存在は、多大な問題を引き起こします。我々は、1人の生徒を守ることに専念しなくてはなりません。それは、トビー君にとっても良くないことです」。マリアは、「学校に連れてくれば、問題を起こす。じゃあ、どうすれば? 籠にでも入れて、歌わせるのですか?(Meter al niño en una jaula y enseñarle a cantar)」と皮肉を交えて訴える。その帰り、同席したクラス担任が、「トビー君は、とってもチャーミングな子です。もしよろしければ、私が毎日お宅に伺って教えましょうか」と言ってくれる。しかし、そんな甘えは言っておれないので、「他の解決策を考えます。この先、白い翼を持ったまま、生きていく訳にはいきませんから」と、申し出を断る。その夜、トビーはなかなか寝付けない」。マリアが夫に、「10分と寝ていられないの」と困ったように話す。「どこか悪いのか?」。「怖がってるの、悪夢を見るのを」。「学校で何かあったのか?」。「ええ」。「とめただろ。学校に行くべきじゃないって」。「でも、何かしないと。一生、壁の中に閉じ込めておけないわ」。マリアがいなくなったので、トビーが「ママ!」と呼んでいる。「泣かないで坊や、ママが一緒よ」。「どこにもいかないで」(3枚目の写真)。「今夜は、一緒に寝てあげる」。「ママ、神様が こんなことしたの?」。「そうよ」。「なら、こんなもの取ってって、頼んでよ」。
  
  
  

こうした悲惨な状況を見て、父は医者に電話をかけ、「あんたが切らないんなら、俺が切ってやる」と迫り、トビーの翼を手術で取り去ることが決定。次のシーンは、いきなり手術室となり、多くの医者が見守る中で、成功裏に手術が終わる(1枚目の写真)。トビーが寝ている病室で、担当医は両親に「お子さんが目を覚ましたら、決して、背中を下にさせないように」と言い残して出て行く。何もなくなった背中を優しく撫でた母は(2枚目の写真)、「これで普通の子ね。他のみんなと同じように」と言って、夫に抱きつく。数日後、退院するトビーと両親は、多くの記者に囲まれた。「シャツをまくって下さい」「持ち上げて」と声が飛び、ストロボが光る(3枚目の写真)。一大ニュースなのだ。記者がトビーにもインタビューする。「トビー、満足かい?」。「うん」。「どうして?」。「翼なんか、うんざり(Porque esto de las alas es un rollo)」。夜、女性エージェントから父に電話が入る。「残念だけど、あなた 面倒な立場になったわよ」「バカ言わないで、よく知ってるくせに。ビジネスはビジネス(Los negocios, son los negocios cariño)」「代理人を通さず、勝手に手術なんかして。あなたは父親だけど、1年間の独占契約にもサインしたでしょ。キューピッド化粧品ほか 諸々の。忘れたの?」「その中に、1つ条項があったのよ。翼を完全な状態に保つという保険条項がね」「お金を返せば済む話じゃない。訴訟に直面するわよ。私の顧客が負った損害に対してね。大掛かりなキャンペーンがダメになり、あなたに払った以上の資金が危機に瀕してるの」。
  
  
  

トビーとマリアが公園を歩いていると、トビーが立ち止まる。「トビー、何してるの、行くわよ」。「ママ、あの鳥、何 言ってるか知ってる?」。「鳥のことなんか話さないで。分かった?」。「もうすぐ雨になるんだって」。「今日から、翼の生えた動物に関する話題は一切禁止よ」。2人は、一緒にメリーゴーランドに乗る。嬉しさ一杯のトビー(1枚目の写真)。しかし、ある時を境にトビーの表情が変わる。そして、「ママ、背中がチクチクするの、フーフーして」と頼む。以前と同じ症状だ。「フーフーして」。母も覚悟して背中をめくり息を吹きかける」(2枚目の写真)。すると、突然、土砂降りの雨が。鳥が話していた通りだった。ということは、トビーには鳥の言葉が分かるのだ。TVでは、「翼の少年の事件で 新たな驚くべき展開がありました。目撃者の話によれば、トビー・ロペス君に再び翼が生えたそうです。報道関係者はロペス家と連絡を取ろうと試みましたが、すべて失敗に終わりました。人々の間では、何か、神秘的なことがトビー・ロペス少年に起きているとの確信が拡がっています」とトップニュースで伝えている。それを見ていた例の女性は、「あの子がまた使える」とニンマリ。
  
  

最後のシーンは、大きな遊園地。中に、長い列のできた大人気の展示館がある。てっぺんには大きなトビーの模型が翼を上下させ、その下に大きく「TOBI」と書かれ、下の方には虹と共に「EL ANGEL DEL SIGLO XX(20世紀の天使)」と銘打たれている。そして、同じ内容のポスターがベタベタ貼られた階段には、トビーを一目見ようと人々が並んでいる(1枚目の写真)。これは、トビーの父と独占契約を結んだ女性が考え出した「あくどい資金回収法」だった。切符売り場の前では、アナウンスが流れ続ける。「みなさん、どうぞおいで下さい。いよいよ、本日から、スタートです。驚くべき 前代未聞 の素晴らしい トビー君、本物の翼をもった20世紀の天使です。彼は、天国から来た天使でしょうか? お値打ちな価格で、確かめましょう。見るだけなら券10枚。翼に触るには券20枚です」。展示館の中に入ると、トビーが白い布を1枚体に巻きつけただけで、絵本を見ている(2枚目の写真)。そして、人々が立ち止まらないよう、男が誘導している。子供連れ:「何て可愛い子なの」。男:「トビー、こっちを見て笑って」。客:「写真撮っても?」。男:「ダメです」。別な子供連れ:「触れる券買ったよ」。男:「トビー、こっちへ来て」。トビーが客に寄って背中を見せる。子供が翼に触って「柔らかい」。自分の子の背中に天使の羽を付けさせた母親が、何とかトビーと話させようとする。トビーも寄ってくるが(3枚目の写真)、男に、「見るだけです」と阻止される。こんな風に、ただの見世物にされて、トビーが嬉しいハズがない。映画の中で、最も残酷なシーンだ。
  
  
  

トビーは、男に「おしっこしたい」と言い、展示館の外〔トイレではなく、ただの木陰〕まで連れていかれる。男が布を外そうとするので、「放して」と言い、さらに「見ないでよ」と言う。男が後ろを向いた隙に、トビーは逃げ出す。遊園地の中は人でいっぱい。その中を縫うようにトビーは懸命に走る(1枚目の写真)。場内アナウンスが、「ご案内します。翼をもったトビー君が逃げ出しました。見られた方は、インフォメーションまでご一報をお願いします」と流れると、遊園地内で悲嘆にくれていたトビーの両親も必死でわが子を捜し始める。トビーはひときわ高い塔を見つけ、そこに駆け上って行く。そのトビーを追って大勢の群集も塔を登る。中には両親もいた。トビーは屋上に出て、手すりの外に立って、空を見上げる。近寄ると転落の危険があるので、誰も近寄れず、静まり返って見ている。トビーは空を自由に飛ぶ鳥を見ると、鉄の手すりのてっぺんに上り、両腕を水平に広げる(2枚目の写真)。そして、一瞬、両親を振り向くと、再び空に目をやる(3枚目の写真)。小さな翼が上を向き、トビーの体が浮き上がる(4枚目の写真)。手すりに駆け寄った母は、「トビー、行かないで! 戻って!」と叫ぶが、トビーはどんどん塔から離れていく。ここでエンディング。トビーは、これから鳥として生きるのだろうか?
  
  
  
  

     L の先頭に戻る                    の先頭に戻る
     スペイン の先頭に戻る               1970年代 の先頭に戻る

ページの先頭へ