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Pa negre ブラック・ブレッド

スペイン映画 (2010)

スペインで最高のゴヤ賞で9部門(作品賞、監督賞、脚色賞、主演女優賞〔母〕、助演男優賞〔町長〕、助演女優賞〔パウレタ〕、新人男優賞〔アンドレウ〕、新人女優賞〔ヌリア〕など)、ガウディ賞で13部門など計31の賞に輝いたアグスティ・ビジャロンガ〔Agustí Villaronga〕監督の最高傑作。これまで、①監督2作目の『月の子ども』(1989)と、最後〔2023年に死亡〕から3作目の『ルイ: 少年王』(2019)を連続して紹介してきたが、前者には未熟さが、後者には、彼らしい突飛さの欠如が見られたが、この作品は、さすが円熟期だけあり、衝撃的な奇抜さに溢れていて、しかもそこに破綻が見られない。ただ、主人公のアンドレウの最後の決断や、母との断絶は、いくら丁寧に台詞を追っていっても、「なぜ、こんなに急に態度を変えたのだろう」という疑問がつきまとうことは確か。海外の映画では、日本映画でたまに見る、わめきちらしてばかりいる登場人物は稀なのだが、この映画では、第一番が伯母のシオ、第二番に母のフルレンツィアが入り、言葉の圧力で他人を傷めつけるシーンが目立つ。シオの過激な口調はアンドレウには無関係だが、母フルレンツィアの “何か話し始めると、それが叱咤に近くなる、ある意味の性悪さ” が、アンドレウの心を蝕み、それと、両親が競ってアンドレウに対してつく嘘の連続がアンドレウから優しさを奪い去って行く。だから、この少年が大きくなっても 魅力的な人間になるとはとても思えないところが、この映画の一番の弱点ではないかと思う。やはり、主人公は 「将来有望な」で終わらないと…

あらすじの順番とは違い、時系列的に、映画の内容を時代順に見て行こう。
1935-39年
・結婚前のフルレンツィアは、マルセリ・サウリ〔後年の別称ピトルリウア〕と友達として、親しく付き合っている。
・マルセリ・サウリは、裕福な農業主マヌベンス夫人の弟ペレの男娼になる。
・スペイン内戦で、共和派のファリオルは町の商店主達からの不買運動のため、家業だった肉屋を止めざるを得なくなる。
・妻のフルレンツィアは、過酷な工場での日給労働で疲弊し、性格にも優しさがなくなっていく。
・役立たずの夫になったファリオルは、仲間のディオニスと一緒に、鳥のさえずりコンテストとか、くだらないことを始める。
・マヌベンス夫妻は、マルセリ・サウリをペレから強制的に引き離そうとして、ディオニスを雇う。
・ディオニスは、金に困ったファリオルを誘い、洞窟の中でマルセリ・サウリを去勢する〔最初は、脅すだけが目的だった〕
・マルセリ・サウリは町から出て行くが、1941年に死亡する。
・マヌベンス夫妻は、ペレを愛してもいない女性と無理矢理結婚させ、フランスに行かせる。
1943年
・マヌベンス夫人の弟ペレが失意のうちに死亡する。
・マヌベンス夫妻は、ディオニスを雇って残されたペレの妻から婚姻記録を盗ませ、財産を奪う。
1944年
・ディオニスは、金稼ぎのため、ペレの妻の件で、マヌベンス夫妻を脅迫する。
・マヌベンス夫妻の依頼で、アンドレウの父ファリオルが森の中でディオニスを殺し、荷馬車に死体を乗せて崖から落とす〔中には彼の子供クレットもいた〕
・それを遠くから見ていたアンドレウが、死ぬ直前のクレットから「ピトルリウア」という言葉を聞く。
・事故を知った町長と署長は、いつもディオニスと行動を共にしていたファリオルの犯行を疑う。
・ファリオルは逮捕を怖れ、マヌベンス夫妻の元の家を借りて住んでいる母アビア〔アンドレウの祖母〕の家に行く。その際、仕事で忙しい妻フルレンツィアには世話ができないのでアンドレウを連れて行く。
・ファリオルは、アンドレウにはフランスに行くと嘘をつき、アビアの家の屋根裏部屋に身を潜める。
・新しい学校に行くことになったアンドレウは、いとこのヌリアと親しくなる。同時に、森で出会った結核療養所の青年と 距離を置いて付き合うようになる。
・叔母エリケタの浮気が元で、ファリオルが、町長に率いられた国家憲兵に逮捕され刑務所に収監される。
・ディオニスの妻パウレタは、ピトルリウアの死について、アンドレウに、父ファリオルの関与を示唆する。
・アンドレウは、洞窟に行き、ピトルリウアを去勢したのが父ファリオルだと確信する。そして、そのことを隠していた母を非難する。母は父がやったと認めるが、相棒だったディオニスのせいだと主張する。
・刑務所に面会に連れて行かれたアンドレウは、父ファリオルからマヌベンス夫妻宛の手紙を渡される。
・手紙の内容は、マヌベンス夫妻によるディオニス殺害依頼をファリオルが洩らさない代わりに、息子のアンドレウを養子にして学業を続けさせて欲しいというものだった。
・小学校の卒業にあたり、教師は、アンドレウにマヌベンス夫妻の養子になることを勧めるが、アンドレウは拒否する。
・父ファリオルのディオニス殺害による死刑執行が決まり、アンドレウは父から最後の言葉をかけられる。
・父ファリオルの葬儀の後、パウレタから ファリオルがディオニスとクレットを殺したと知らされ、アンドレウは全てを隠していた母と亡き父に強い不信感を抱く。
・伯母シオから食事に招かれたマヌベンス夫妻は、今後のアンドレウの進学について語るが、アンドレウは迷う。
・アンドレウは、これまでつき合ってきた結核療養所の青年から、将来の “飛躍” を勧められ、どうすべきか決断する。
・アンドレウは、母フルレンツィアに自分の決意を告げる。
・アンドレウは、迎えにきたマヌベンスス夫妻と一緒に、母に最後の別れも告げずに立ち去る。
・アンドレウが100キロ離れた都市の立派な学校で授業を受けていると、母が大変な思いをして面会に来る。アンドレウ・マヌベンスは、法律上の母でなくなったフルレンツィアを、追い払うように立ち去らせる。

なお、台詞の訳は、スペイン語字幕95%、英語字幕5%に比率で使用した。映画自体は、全編カタロニア語で話されているので、スペイン語字幕が必ずしも正しい訳ではないが、スペイン映画なので、英語字幕の使用には どうしても抵抗がある〔実際、両方の字幕はかなり違っている。DVDの日本語字幕は、どちらの字幕とも全く違い、別世界の境地〕あらすじの中で使用した写真は、DVDではなく、高解像度の動画配信映像。

アンドレウ役のフランセスク・コロメール〔Francesc Colomer〕は、1997年6月8日生まれ。撮影が2009年の夏だとすれば、撮影時12歳。彼は。現在に至るまで俳優として第一線で活躍している。ここは、少年映画の専用サイトなので、既に600人近い子役を紹介しているが、そうした目で見てみると、彼のゴヤ賞の新人男優賞受賞には首を捻りたくなる。むしろ、ガウディ賞で、主演女優賞〔母〕、助演男優賞〔父〕、助演女優賞〔ヌリア〕が受賞し、主演男優賞〔アンドレウ〕がノミネートで終わった判断の方が正しいと思う。アグスティ・ビジャロンガ監督は、紹介した3作とも、子役の選び方が、少女は別として〔ヌリアは最高〕、下手過ぎるように感じる。

あらすじ

1944年、カタロニア語圏にあるガローチャ火山帯〔バルセロナの北北東約100キロ〕の山中を馬車がゆっくりと進んでいく。ゆっくりなのは、1人の男(ディオニス)が、馬を牽きながら歩いているから。すると車輪が窪みに入って動かなくなる。ディオニスが必死になって押していると、何にかの気配がする。不安になってナイフを取り出すと、いきなり背後から革ベルトが首にかけられ絞め上げられる。その音で、馬車の中で眠っていた少年(クレット)が目を覚まし、外で何が起きているか見ると、父と、“全身をフード付きマントで覆った男” が戦っている。フードで顔の見えない男は、ディオニスの顔を何度も地面の石に叩きつけて気を失わせると、重い石を頭上に掲げと、ディオニスの顔目がけて叩きつける(1枚目の写真、矢印はフードの男、その下にディオニス)。フードの男は、ディオニスの死体を馬車に乗せると、崖の淵まで 馬に目隠しをして牽いて行くと、馬車に付いていた木槌を外し、それで馬の顔を強打する。馬は前のめりに倒れ、そのまま崖から落ちて行く(2枚目の写真)〔映画の一番最後に、この落下シーンは架空のもので、動物に害はないと書いてある〕。森の中にいて、その凄まじい落下音を聞いたアンドレウは、音がした方に走って行く。すると、そこにはバラバラになった馬車の残骸の中に、アンドレウも顔見知りのクレットが血まみれになって倒れている(3枚目の写真、矢印)。アンドレウが、「クレット」と声をかけると、クレットは何とか「ピトルリウア」と言い 息絶える〔Pitorliuaは、カタロニアでよく見られるヒバリ科の鳥(学名:Lullula arborea)/この地域の洞窟に住んでいる幽霊を指す言葉でもある〕
  
  
  

アンドレウは、自分の住んでいる町まで走って行くと、クレットの母パウレタがやっている食堂に入って行き、「パウレタ」と呼びかける。「何?」。「ディオニスの馬車が、崖から落ちた」。その言葉に、母も、食堂の客も緊張する。「何言い出すの? クレットは?」(1枚目の写真)。「横たわってた。死んでたと思う」。「どこ?」。「パニエラの湾曲部」。パウレタは飛び出して行き、客の1人は 「自業自得だな」と冷たく言う。次の場面は、転落現場。一旦家に戻ったアンドレウに保護者として付いて来たのか、父ファリオルがアンドレウと一緒に現場にいて、警官から、「明日、役所に寄ってくれ。町長と署長が少年の供述を取る」と言われる。父は、森の中で寄り道して余分なことをしたと、アンドレウを責める。アンドレウが 「でも、父さん…」と言い始めると、「父さんもクソもあるか。これからどうなるか、お前にも分かるだろう」と不満を洩らす(2枚目の写真)。家に帰ると、妻フルレンツィアが、「どうだったの?」と訊く。「土砂崩れによる事故だとか」。それを聞いたフルレンツィアは、息子に 「戦争以来、あの森は呪われている」と言い、夫から 「ガキを怖がらせるな」と叱られる。翌朝、父と息子は、家の最上階にある狭い部屋に行き、そこで飼っている多くの小鳥の世話をする。母が階段を駆け上がって来て、「アンドレウ、急いで、学校に遅れるわよ」と急かせると、夫が 「その前に町長と署長に会わないと」と言う(3枚目の写真)。「もう待てないわ。とっくに工場に着いていないといけない時間だもの」。
  
  
  

ファリオルが 息子の供述調書に 「息子か俺、どっちが署名を?」と訊くと、如何にも生意気そうな町長が、「2人ともだ」と答え、まず、ファリオルがサインし、後ろのイスに座っていたアンドレウを呼ぶ。アンドレウも、町長の前で調書にサインする(1枚目の写真)。署長は、「アンドレウ、ここには、君があの子を見つけた時、まだ死んでなかったと書いてある。何も言わなかったのか?」と質問する。「いいえ」。「名前か、何か… 重要かもしれん」。「奇妙なことを言いました。僕には、『ピトルリウア』と言ったように聞こえました」。「その言葉、君には聞き覚えがあるかね?」。「そう呼ばれている 小さくて優しい小鳥がいます」。「小鳥の他には?」。「バウマスの洞窟には、そういう名前の幽霊がいるとか言われています」。それを聞いた町長は、警官に 「彼を連れて行き、ミルク入りコーヒーを飲ませてやれ。行儀が良かったからな」と言う。ファリオルだけになると、署長は、「事故のように見えるが、信じられん。誰かが、ディオニスを殺したに違いない。子供たちの空想は脇に置き、この事件は、ピトルリウアを思い起こさせる」と言う。一方、アンドレウを別室に連れていった警官は、「軽食がもらえるぞ」と言って出て行くが、代わりに入って来た中年の太った女性は、パンの入った皿を置き、コーヒーをコップに注ぐ。しかし、アンドレウが白パンを取ろうとすると、「白パンはあんたのじゃない。他のを取って」と言い、アンドレウは黒パンを取る(2枚目の写真、矢印)〔映画の原題『Pa negre(黒パン)』は、この場面から取られたのだろうか?〕。一方、町長は、「お前とディオニスは、げす野郎だった。いろいろ一緒にやってたな。鳥、組合、汚れ仕事… まあ話さん方がいいだろう。不愉快に思ってる奴らも多いからな」と、極めて失礼なことを平気で言う。ファリオルが、「説教は終わったか?」と言い返すと、「警告したかっただけだ。粛清すべき赤〔共和派〕はたくさん残っているからな。ディオニスのようになったら残念だ。お前のためじゃないぞ。何の関係もない未亡人やガキのためだ」。そう言うと、現れたアンドレウに対し、「お前は、父親とは違う。別の道を選べよ」と言うが、ファリオルは 「彼は俺たちの望むことをするだろう。あんたに口を出す権利はない」と反論する(3枚目の写真)。
  
  
  

家に戻ったファリオルは、妻のフルレンツィアに一言も相談せずに荷造りを始める。フルレンツィアが 「何してるの?」と尋ねると、「鞄だ。見えんのか?」と乱暴に答える。「どこ、行くの?」。「フランスだ。署長は、ディオニスが殺されたと思ってる」。「誰に?」。「知るか。誰だってあり得る。町役場の中の誰かかもしれん。次は、俺が狙われる」。寝室から降りて来たアンドレウが、こっそり話を聞いている(1枚目の写真)。「どうして?」。「ディオニスと俺は、一心同体だったからな」。「政治なんかに関わるからよ」。そして、「あたしは仕事、あんたは鳥と理想、結局どうなったか見てみなさいよ」と批判。ファリオルは 「俺がしてきたことはすべて、お前たちに不自由させないためだ」と自己弁護し、「俺のお袋の家の持ち主に、お前たちが助けてもらえないか 話してみるよ」と言う。それに対し妻は、「マヌベンスは何もしない。触れるものすべてを台無しにするだけ」と責めるように言う(2枚目の写真)〔ここで、マヌベンスという、町で一番裕福な “子供のいない夫婦” が初めて登場する。なぜ、ファリオルが、“フルレンツィアが嫌っている夫婦” の名を突然出したかは後で分かるが、そこには深刻な背景がある〕。しかし、若い頃、今の町長を振ってまでファリオルと結婚したフルレンツィアは、最後には、夫の逃亡を許す。そして、夜勤で工場に向かう途中で、一緒に連れて来たアンドレウに、「お前に必要な物は全部馬車に入れたわ。あたしはいっぱい働かなくちゃいけないから、お前の世話はできない。お祖母ちゃんの家なら大丈夫」と話す(3枚目の写真)。そして、①学校ではしっかり勉強すること〔母のように一生工場労働者として終わって欲しくない〕、②毎日曜日、会いに行く〔行くのに何時間もかかる〕、と言う。
  
  
  

翌朝、父とアンドレウは馬車に乗って、祖母の家〔といっても、家主はマヌベンス夫妻〕に向かう(1枚目の写真)。アンドレウが、「フランスでは何するの?」と訊くと、「さあな、フォンソおじさんに会いに行って、それから考えよう」と、いい加減に答える〔フランスには行くというのは、嘘〕。次にアンドレウが、「あの洞窟にピトルリウアはいるの?」と訊くと、「馬鹿げてる」と言う。「クレットと、彼の父さんを殺したんじゃないの?」(2枚目の写真)〔これは、父にとって、実に痛い質問だったことが後で分かる〕。「お前は、そんなに大きいのに、よく幽霊なんか信じられるな? いいか、アンドレウ、ピトルリウアは戦争中、政治的な理由からあの洞窟に逃げ込んだ誰かなんだ。幽霊もバグパイプ〔バグパイプを吹く幽霊は有名な話〕もなし。いいな?」。最後に、アンドレウは、父の眼鏡を貸してと頼み、はめてみて大喜びする。そんなアンドレウに向かって、父は 「元気でいろよ。それは、子供たちが守るべき唯一の義務だ」と言う(3枚目の写真)。
  
  
  

向かった先の祖母の家は、文字通り、山の中の一軒家(1枚目の写真)。ファリオルの老いた母アビアが、黒パンと、簡単な食事と、ワインを出していると、ファリオルの姉シオがやって来ると、「子供たちは、もうすぐ帰ってくる。あんたには会わない方がいいわ」と言う。アビアにとっては、大事な息子でも、シオにとっては政治的に偏向した問題児で、今回余分な食い扶持まで連れて来た邪魔者。でも、アビアは、孫のアンドレウには あくまでも優しく、彼にも別の部屋で黒パンと卵料理を食べさせ、「好きなだけいてもいいのよ」と言ってくれる(2枚目の写真、矢印は黒パン)。そして、娘のシオに対して、「フルレンツィアは1日中働き過ぎよ」と同情する。そこに、子供達が学校から帰ってくる。シオが、最初に言った言葉は、「ケルザ、いとこに挨拶して」。アンドレウより1歳くらい年上の少年が、「元気か?」と訊き、アンドレウは 「うん」と答える。次に、アビアが、アンドレウと同じ年くらいの少女の肩を抱き、「ヌリア〔フランスに行ったフォンソの娘〕よ、覚えてない?」とアンドレウに訊く。アンドレウが首を横に振ると、シオが 「フォンソが人生の半分をマンルー〔アンドレウの町の南西約30キロ〕で過ごしてるのに、どうやって思い出せるの? ここに住んでまだ間もないわ」と冷たく言う〔嫌な女性〕。それでも、アビアはヌリアに 「アンドレウは1学期、私たちと一緒に住むことになる」と教える(3枚目の写真)。ヌリアは、アンドレウを無視して歩いて行くが、その時、手に持っていたものを床に落とし、それを拾う時、左手の先端がない〔手榴弾が爆発した〕ことにアンドレウが気付く。それを見たヌリアは、舌を出してあざける。
  
  
  

アンドレウが初めて行った学校では、教師は、時々、ウィスキーをチビチビ飲みながら授業をしている。そして、授業中話していることは、敗者〔共和派〕になるな、勝者〔フランコ派〕になれ。敗者は歴史から消え、勝者には多くの特典があるということばかり。ただし、片手の先端がないヌリアが消しゴムを落とすと、優しく机の上に置いてくれる(1枚目の写真、矢印)。学校からの帰り道、アンドレウとケルザとヌリア以外に、どこの子か分からないが、口ばかり達者で、最悪のチビが一緒に歩いている。アンドレウが、授業の印象を、「何てクソ教師なんだ! 同じことの繰り返しじゃないか」と批判すると(2枚目の写真)、チビはさっそく、「マデルン先生は酔っ払いだけど、言ってることは正しいわ」と反論し、それに対し ケルザが批判すると3倍反論する。今度は ヌリアが批判すると、ヌルアに対する教師の親切を ふしだら呼ばわりし、ケルザとヌリアに追いかけられる。1人になったアンドレウは森の中で気配を感じ、よく見ると裸の青年が森の中を走って行く。アンドレウがずっと追って行くと、青年は渓流で顔を洗っている(3枚目の写真、矢印)。すると、教会の鐘が鳴り出し、青年は服を着ると、急いで走り出す。アンドレウも追って行くと、青年は森から出て修道院の敷地内に入って行く。あとで、そこが結核療養所だと分かる 
  
  
  

翌朝、アンドレウとケルザは、伯母のシオによって早朝から起こされる。シオがいなくなると、ケルザは 「こんなに早く? 眠らせないのかよ」と文句を言う。それを聞いたアンドレウは、「僕だって、君のいびきで全然眠れなかった」と、いとこを批判する〔ケルザのベッドに、アンドレウを上下反対にして寝かせるところに無理がある〕。ベッドから下りたアンドレウが窓まで行くと(1枚目の写真)、1階上の横の窓で、パンツ1枚になったヌリアが窓辺に立っている(2枚目の写真)。アンドレウは、森の中を学校に向かって歩いて行く時、ヌリアに 「バルコニーで何してたの?」と訊く。「何も」。「裸だった」。「私をスパイしてたの?」。「お父さんが戻って来た時、告げ口されるよ」(3枚目の写真)。「父さんには、何も言えないわ」。「何も? どうして?」。「できないから。父さん、死んじゃった」。「死んだの? フランスにいるんじゃないの?」〔父の話と食い違う→父が嘘をついたことが分かる〕。「みんな、そう信じさせようとしてるし、私、何も知らない振りしてるけど、ほんとは知ってるの」。そう言うと、彼女は、そこにあった石に座り、「誰にも言わないって誓う?」と訊く。「誓うよ」。ヌリアの打ち明け話は、悲しいものだった。「父さんは梁で首を吊った。父さんは、国民党の奴らが入れないよう町の橋を爆破し、家に帰ると首を吊ったの。私、夜明けに父さんを見つけたわ、一人で。そして、どうしたらいいのか分からなくて申し訳なかった。私、服を脱いで、バルコニーに出たの。頭の中は空っぽだった。だから今でも、父さんに会いたくなると、同じことをするの」。「君のお母さんは?」。「私に見せないようにした。それから、奥さんがいるような男と町を出てったわ、私を彼女の親戚に預けてね。すごく嫌だった。そしたら、お祖母ちゃんが来て、私を連れ出してくれた。あんた、これで全部知ったわよね。もし誰かに話したら、タマを切ってやる。分かった?」。アンドレウは何度も頷く。ヌリアは、笑顔で 「あんたを信じるわ。他の子と違うから」と言うと、すぐいなくなる。
  
  
  

翌日、家の中の洗濯場で、ケルザとヌリアが遊んでいると、伯母のシオが、「毛布に触らないで! 感染するわよ! 肺病で死にたいの? 出て行きなさい!」と叱る。そして、洗い終わった毛布を2つの籠に入れ、1つをアンドレウに持たせて修道院が運営する療養所に向かいながら、「洗って、煮て、ごしごし擦って、絞る。それでも死臭は消えないのよ」と説明する。教会に着くと、中に入る前に、伯母は、「クソ修道士どもったら、病人は死にに来るのに、あいつら、毛布を無駄にしないんだから」〔何度でも同じ毛布を使う〕と批判する。修道院の中に入ると、伯母は、アンドレウに厨房で待っているよう指示する。彼が、厨房の隣の窓のある部屋で待っていると、そこには大きな鉄板の上に焼き終わったクッキーが百個近く正方形に置いてある。すると、先日森に裸でいた青年が、窓越しに 「クッキー、2・3個くれよ」と声をかける。アンドレウが持って行こうとすると 「近寄るな。俺は病気で、感染するんだ」と言い、窓枠に置くよう指示する。そして 「今度、俺に食べ物を持ってきてくれないかな。庭にいる時にさ。修道士は俺たちを餓死させる気なんだ」と頼む。家に戻ったアンドレウと2人の子に、祖母のアビアが怖い幽霊の話をする。そして、最後に声を潜めて 「さあ、みんな寝ましょう。もうすぐ幽霊が出てくるから」と言うと、屋根裏部屋でドンという音が聞こえる。アビアは 「ほらね、家じゅう、至る所にいるでしょ」と言う。その話を聞いてから寝室に行ったせいで、アンドレウは なかなか眠れない(1枚目の写真、矢印は脚を反対にして寝ているケルザ)。足音が聞こえたように思ったアンドレウは、廊下を歩いて、階段のところまで行き、半分登って、その先の角から真上のドアを見る(2枚目の写真)。すると、ドアが閉まり、さらに鍵がかかる音までする。翌朝、アンドレウが昨夜の体験を話すと、ヌリアはイスを棚の前に置き、上の方に置いてあった鍵を取ると(3枚目の写真、矢印)、「これ、屋根裏部屋のよ」と教える。
  
  
  

祖母の家は、昔、マヌベンス夫妻が暮らしていただけあって、触ってはいけない物に白い布が被せてある場所があったり、棚に立派な陶器のカップが並んでいたりする。そうしたものに関心を示すアンドレウにアビアは感心するが、叱るしか能のないシオは、傷付けたら家主に賠償請求されるかもしれないので、2人を追い払う。若い男性が、馬車で迎えに来てくれたので、日曜にアンドレウは母の家に戻り、すぐに鳥の世話に行く。その時、家の周辺の状況が映る(1枚目の写真)。このロケ地は、ガローチャ〔Garrotxa〕火山帯にあるカステルフォリット・デ・ラ・ロカ〔Castellfollit de la Roca〕という町。人口 1,000 人のこの町は、高さ約 40 メートル、長さ約 1 キロの玄武岩質の崖の上にある(2枚目の写真)。すると、母がすぐに下りて来いと呼ぶ。「若者はもうすぐ馬車を持ってくる。乗せてってもらえないと、お祖母ちゃんの家に着くのが夜になるわ。あたしは、役場に行かなきゃいけない。あんたの父さんの書類を要求されたから。町長はね、つける薬がないほど馬鹿なロバよ。考えてることは、『絶対負けない』 ってことだけ」。「結婚するはずだったんだよね?」(3枚目の写真)。「あたしにはたくさんの求婚者がいたわ。『何て可愛いんだろう!』 ってね。でも、それも、あんたの父さんに出会うまで。彼と一緒なら、世界の果てまでだって行ってたわ」。アンドレウは、1枚の写真を抜き出して、「この天使は?」と訊くと、母は 「触るんじゃないの!」と叱って、すべてを片付ける。そこで、アンドレウは父の話をするよう頼む。「彼は、田舎で一生を送りたくなかった。そこで夜学に行ったんだけど、そこで急進的な教師に出会ってね、結局、左翼政党に入り、町の商店主たちからボイコットされた」。「ボイコットって?」(4枚目の写真)。「不買運動ね。あんまりひどいので、あたしたち、肉屋を廃業せざるを得なかった。それ以後、彼は、ディオニスと一緒になって、鳥のさえずりコンテストとか、くだらないことを始めたのよ」。母が、疲れたので、少し横になって来ると言って2階に行ったので、アンドレウは、さっき母が隠した天使の写真を出してきて見てみる(5枚目の写真)。写真の裏には、「マルセリ・サウリ、謝肉祭、1935年」と書いてあった〔今が1944年なので、この写真は9年前に撮影されたことになる。フルレンツィアが結婚したのは、アンドレウが12歳として、結婚直後に妊娠したとすれが、1931年になる。ということは、彼女は結婚後もマルセリ・サウリと友達だったことになる〕
  
  
  
  
  

祖母の家に戻ったアンドレウは、夜、ケルザが寝てからも起きていて、窓から見上げると。誰もいない屋根裏部屋に明かりが点いている。そこで、ヌリアから教えてもらった場所に行って鍵を取ると、屋根裏部屋のドアの鍵を開けて中に入って行く(1枚目の写真)。中には、鳥籠の中に鳥が一杯いて、それは父を想起させるものだった。そして、籠の向こうには、眼鏡をかけた父がいた。あまりのショックにアンドレウは気を失って倒れ、父は、眼鏡を置くと、倒れたアンドレウを抱き起こし、「アンドレウ、ここで何をしてるんだ?」と声をかける(2枚目の写真)〔この台詞は、アンドレウが父にすべき質問で、父なら、「大丈夫か?」くらいが妥当だと思うが…〕。アンドレウは、「幽霊かと思った」と言う。「どうやって中に入った」。「鍵で。父さんこそ、ここで何してるの?」。「戻って来たんだ」〔そんなのは嘘で、最初からずっとこの屋根裏部屋に潜んでいた〕「山にいた時から、俺は病気だった」。「お医者に診てもらわないの?」。「俺の病気は、医者や薬じゃ治らないんだ」。そう言うと、父は、鳥籠の中の1羽を取り出すと、「鳥は、自由に空を飛びたいと思ってる。国境などない天使のように。籠に入れることはできるが、変えることはできない。人が理想とし、望み、行きたいと願う場所も、同じなんだ」(3枚目の写真)。
  
  
  

翌朝、森の中を歩きながら、ヌリアは 「幽霊、見に行った?」と尋ねる。アンドレウが黙っていると、ヌリアは 「黙っている必要ないわ。私、あんたの父さんが あそこにいること、もう知ってるから」と笑顔で言う(1枚目の写真)。そして、「私の時と同じ。大人はすべてを嘘で隠すのよ」と話す。その時、生意気な少女が走って来て、森の中に、祖母の家に暮らしているもう1人の叔母〔エリケタ〕の自転車が放置してあるのを指し、「国家憲兵と一緒にいるわ〔浮気中〕」と自信たっぷりに言う。ケルザは告げ口少女の頭をどつき、少女は逃げ出す。アンドレウはヌリアに、「伯母さんが何してるか見ようよ」と言うと、ヌリアは、「あんた、何を期待してるの? ヤッてるとこ?」と、ニヤニヤしながら訊く。晩熟(おくて)のアンドレウが 「『ヤッてる』?」と訊き返すと、「あんた 『ヤッてる』の意味知らないのね?」と言うと、アンドレウを連れて林の中に入って行き、平らな地面に横になり、隣に寝るよう指示する。そして、アンドレウが素直に横に寝ると、スカートをまくりあげ、アンドレウの左手を取り、「死んだ手、死んだ手、ドアをノックして」と言いながら、自分のパンツの上に置くと(2枚目の写真)、「先生は、ここがナイチンゲールの巣、カッコウの家だって」。それを聞いたアンドレウは、「マデアル先生?」と訊く。ヌリアは頷く。アンドレウは 「マデアル先生は豚だ!」と言うと体を起こす。「私に良くしてくれた唯一の人よ」。「いつからやっているんだ?」。「聖体祭〔2009年なら6月11日〕から」。「なぜそんなことするの?」。「だって楽しいから。でも、あんたは違う。あんたが好きだから やるのよ」。そう言うと、ケルザは動く方の左手をアンドレウの陰部に延ばす(3枚目の写真)。アンドレウは、「このアバズレ!」と言って飛び起きる。ケルザは、「そして、あんたは臆病者、父親と同じね!」と蔑み、アンドレウは 「ほっといてくれ! かたわ! 地獄に落ちろ!」と蔑む。怒ったケルザは、アンドレウに掴みかかり 「キスしなさいよ!」と言うが、片手では何ともできないので、アンドレウは走って逃げて行く。
  
  
  

その日か 数日後の夜、玄関が強く叩かれる。アンドレウが起きて行くと、1階では、伯母と叔母が 「国家憲兵が来た」と動転している。「ファリオルを捜してるのよ。フランスにいないことを知ってて、ディオニスの死を彼のせいする気だわ」。2人は、至急ファリオルを家から逃そうとするが、敵が玄関にいては何ともし難いので、屋根裏部屋にそのまま隠すことにする。そして、伯母が玄関を開けると、そこには、何人もの憲兵や、映っていないが町長までいる(1枚目の写真)。憲兵は家宅捜査を要求し、伯母がOKすると、町長が先頭に立って家探しを始める。彼らが真っ先に向かったのは屋根裏部屋〔叔母エリケタが、国家憲兵にうっかり洩らした可能性が高い〕。しかし、ドアには鍵がかかっていて、伯母は鍵はマヌベンス夫妻の家にあると嘘を付く。しかし、そんなことで町長は諦めず、2人の憲兵に体当たりさせてドアを壊し、中に突入して発砲し、ファリオルを負傷させて拘束する。ファリオルは 「息子にキスしてもいいか?」と町長に尋ね(2枚目の写真)、町長がOKすると、アンドレウの耳元で、「母さんに、頑なにならず、マヌベンスと話せと言うんだ」と早口で囁くが、意図を見抜かれ、すぐに引き離されて連行される。フルレンツィアが至急呼ばれ、今後どうするかの家族会議が開かれる。積極的な行動を主張する伯母に対し、フルレンツィアは、「誰にも止められない。彼を救うことはできない。奴らがこれをでっち上げたのは、重大な意味を持つからよ」と、最初から諦めている。それでも、アンドレウに 「父さんは、耳元で何て言ったの?」と訊く。アンドレウは、「頑なにならず、マヌベンスと話せって」と、言われた通りに伝える(3枚目の写真)。フルレンツィアは 「マヌベンスは相手にしたくない。何かがおかしいわ」と反対する。伯母は 「きっと何か訳があるのよ」と言うが、フルレンツィアは 「奴らにへつらえって言うの?!」と怒鳴る。伯母は 「それで夫が助かるんなら、何をしようと大したことじゃないわ」と言い、この最後の言葉で頑固なフルレンツィアも折れる。
  
  
  

フルレンツィアは、アンドレウに一番お粗末な服を着せ、さらに、わざと右腕の真ん中を破り捨てる(1枚目の写真、矢印)。そして、穴の開いた靴下を履かせ、2人でマヌベンス夫妻の家に行く。そして、夫人と会う前に、「マヌベンス夫人はとてもお金持ちで、子供が好きなの。彼女には子供がいないから。優しい子になって、あたしたちを良く見せておくれ。哀れそうな顔も、忘れるんじゃないよ」と注意する。そこに、丸々と太ったマヌベンス夫人が現われる。夫人は、フルレンツィアの丁寧な挨拶を受けた後、見慣れない少年を見て、「きっとアンドレウだね? なんてファリオルに似てるんでしょう!」と嬉しそうに言う(3枚目の写真)。その後で、マヌベンス夫人とフルレンツィアは話し合う。フルレンツィアは、夫は何もしていないと訴えるが、マヌベンス夫人は、検察が死刑を求刑しているので、何かをしたに違いないと話す。そのうちに、アンドレウが膝をもぞもぞさせ始めたのを 夫人が気付き、アンドレウは 「おしっこ」と必死で言う。子供に優しい夫人は、トイレが済んだら、厨房に行って、女の人にお菓子を食べさせてもらいなさい」と言ってくれる。キッチンのテーブルにはホットチョコレーを注いだカップが置かれ、その前には、白パンや、ケーキも置いてあるし、女性はすごく優しい。アンドレウは、何から食べるか迷ってしまう(4枚目の写真)。夫人とフルレンツィアのその後の話し合いについてはカットされ、最後に、町長への封筒を渡してくれるところで、1回目の訪問は終わる。
  
  
  
  

フルレンツィアは、服を着替え、町役場に行って町長に、マヌベンス夫人からだと言って手紙を渡す(1枚目の写真、矢印)。町長は、「入って」と言い、フルレンツィアがアンドレウを連れて行こうとすると、「子供は置いて。あんたと私だけで話した方がいい」と言う。町長はドアを閉めると、母が心配になったアンドレウは、町長室のベランダ側に行き、レースカーテン越しに中の様子を窺う(2枚目の写真)。中では、町長が母の胸を揉み、パンティを下げさせている。やがて、扉がバタンと開き、母が早足で出てくると アンドレウを立たせる。町長室から顔を出した 卑劣な町長は、「フルレンツィア、君はもっといい相手〔自分のこと〕を選ぶべきだった」と言い、フルレンツィアは、何も言わずにアンドレウを連れてさっさと役場を出て行く〔フルレンツィアが なぜこんな行為を平然と許したのかは、映画を最後まで観ても分からない〕。祖母の家に戻ったアンドレウは、納屋で豚に餌をやっているヌリアに、「同情を引くために母さんに連れ回されるのはうんざりだ」と言う。すると、ヌリアは、「だけど、あんたの父さんがあの男を殺したってのはほんとなの?」と尋ねる(3枚目の写真)。「嘘だよ。殺したのはピトルリウアだ」。「そんなこと あり得ない」。「どうしてさ?」。「ピトルリウアは何年も前に死んだ。マデアル先生が話してくれた」。「じゃあ、バウマスの洞窟からの叫び声は?」。「戯言(たわごと)ね。ピトルリウアの墓は、あんたの町の墓地にあるわよ」。ヌリアは、次の日曜日に一緒に墓地まで行くと言ってくれる。
  
  
  

日曜に、2人が墓地に行くと。パウレタが、集合納骨壇の最下段にある 「夫のディオニスと、息子のクレットの墓」の前で祈っている。その墓には、2人が死亡した年が「1944」と書いてあり、これで映画の想定年が確定する(右上の写真、かなり拡大)。2人は、パウレタを刺激しないよう、その前を素通りすると、マルセリ・サウリ〔フルレンツィアが大事にしていた写真の男〕の墓が、離れた場所にある集合納骨壇の、下から3段目にある。そこには、死亡した年が 「1941」と刻まれていて〔母が大事にしている写真の6年後に死亡、右上の写真で判明した映画の設定年の3年前〕、最上部には、銀で作った小さなの天使の像が付いている(右下の写真)。ヌリアは、マデアル先生が、銀の天使の付いている納骨壇は1つしかないと言っていたと話すと、アンドレウは、母があの名前の男性の写真を持っていると話す。ヌリアが、「花が新しいわ」と言うと、いつの間にか後ろに来たパウレタが、「お前の母親が置いたんだよ」と言う。「僕の母さんが? なぜ?」。「罪をあがなうためさ」。「どんな罪?」。「道徳に背く邪心の罪だよ。気の毒に… 彼〔マルセリ・サウリ〕を、あんな悲惨な目に遭わせるなんて」。「彼は、何をされたの?」。「去勢って何だか知ってるかい?」。ここで、ヌリアが口を出す。「男の人の睾丸を取って おかまにすること」。「その通り。『宝の持ち腐れ』 だと言って、もぎ取ったんだよ」。「だけど、どうして?」。「彼は、マヌベンス夫人の弟の男娼になり、洞窟で弄(もてあそ)ばれた。ある日、彼らが仕置きするまで。最初のうちは罵倒だけ。でも、誰かが豚を屠殺する時に使ったロープを持ってきて、彼の睾丸を縛った。彼を怖がらせて笑うために。だけど、調子に乗って強く引き過ぎ、ちぎれちまった」。「やったの、誰?」。「2人のろくでなし。一人〔ディオニス〕は あそこの墓に、もう一人は…」。パウレタは地面に向かって唾を吐き、「ここで眠るさ」と言う。パウレタが去ろうとすると、アンドレウは 「そんなの嘘だ。父さんは、ピトルリウアは洞窟に隠れて住んでるって言ってた」と反論する(1枚目の写真)。パウレタは、「それを見よ!」と、マルセリ・サウリの納骨壇を指し、「父親の話など信じるな。洞窟に残っているのは、ピトルリウアの血痕と不吉な気配だけ。洞窟の鳥の話などクソ食らえ」と言うと、立ち去る。アンドレウは、母に確かめようと 家に行くと 「なぜ、ピトルリウアの写真持ってるの?」と訊く。母は 「学校で習ったの? 他人の物を盗み見ていいって?」と誤魔化そうとするが、アンドレウは 「どうして何も教えてくれないの? 僕のことを知りたがるくせに、僕は母さんのことは何も知らされない」と批判する(2枚目の写真)。それでも、母は 「あのね、アンドレウ、あたしがマルセリ・サウリの写真を持ってるのは、彼が町を去る時、あたしに託したからなの」と、話をずらす。「彼は、母さんの彼氏だったの?」。「あたしたちは、姉と弟のように好き合っていた。でも、彼は繊細過ぎたの。この町には合わなかった。ここでは、住めなくなったの」(3枚目の写真)。「何、されたの?」。「町から追い出されたの。それで十分でしょ!」〔母は、アンドレウに打ち明けるのを拒否した〕
  
  
  

アンドレウは、母の話に満足できなかったので、ヌリアと一緒にバウマスの洞窟に向かう。そして、入口まで来ると、ヌリアは 「ここで、去勢したのね」と言い、アンドレウは 「生きていたなんて信じられないよ」と言う。それを聞いたヌリアは、「あんたこそ、信じられないわ。田舎に住んでるくせに、豚や馬だって去勢されてるでしょ?」と呆れる(1枚目の写真)。「だけど、人間だよ」。ヌリアは、持って来た小型のランタンにマッチで火を点けさせ、先に立って中に入って行く。壁には、「PITORLIUA PUTA〔男娼〕」という悪戯書きがある。その横には、マルセリ・サウリの睾丸にロープが縛られ、ロープを持っている左側の男の横に 「DIONIS」と書いてある(2枚目の写真、矢印)。先ほどパウレタが話した通りだ。右側の男は誰だろうと見てみると、そこには 「F」としか書かれていない(3枚目の写真、矢印)。それを見たヌリアが 「フランセスク、フェラン」と言うと、アンドレウは不安そうに 「ファリオル」と父の名を言うと、そのまま足早に出口に向かう〔それは、以前、彼が、「ディオニスと俺は、一心同体だったからな」と父が言っていたのを聞いたから〕。外に出ようとして、振り返るとヌリアがいない。代わりに始まるのは、過去に起きた悲惨な去勢事件。これが、実際の過去の映像か、アンドレウの悪夢かは分からない。
  
  
  

洞窟の中では、多くの町の無頼漢によりマルセリ・サウリが全裸にされ、ディオニスが去勢用の細い糸のようなロープを取り出しで縛り付け、ロープの一方をファリオルに渡す(1枚目の写真、矢印はファリオル、そのすぐ左がディオニス)。そして、ファリオルが思い切りロープを引くと、マルセリ・サウリが絶叫し、そこでアンドレウが悪夢から目覚める(2枚目の写真)。ベッドから下りると下着のまま1階に下りて行く。それを、祖母の髪を櫛でとかしていた母が見つけ、「そんな恰好で、どこ行くの? 風邪を引いて死んじゃうわよ」と注意し、「服を着なさい。父さんに面会できる許可がもらえたわ」と、いつものように命じる。アンドレウは、いつもとは違い 「刑務所には行かない」と反抗する。「何を言い出すの?」。「父さんがピトルリウアに何したか、知ってるんだ」。「知ってるって、何を?」。「ごまかさないで! 彼を豚みたいに去勢したんだ!」。「どこで そんな話を?!」。「パウレタに会ったら…」。「あんな女の話を聞いたの? あの女は、他人を傷つけるのが大好きなだけなのよ!」。遂に、アンドレウの怒りが爆発する。「嘘なんか、もう うんざりだ!」(3枚目の写真)。母は、アンドレウを隣の汚い作業場に連れて行き、弁解を始める。「アンドレウ、あんたの父さんはずっと、ひどい目に遭ってきたの。一家は、あたしの日給で暮らし、家も取られそうになった。そんな時、ディオニスが、仕事をもちかけてきたの。お金を払ったのはマヌベンス夫妻で、仕事は彼〔マルセリ・サウリ〕を脅して出て行かせること」。「去勢して?」。「いいえ。ただ言葉で脅して。あんなことになったのは、ディオニスが野獣だったからで、父さんのせいじゃない。彼は、あたしがロバのように働くのを見たり、あんたが医者になりたがってると聞いても 何もできないから、辛い思いをしていたの」〔マルセリ・サウリが死んだのは3年前。去勢されたのはもっと前なので、そんな幼い頃からアンドレウが医者になりたいと思っていたはずはないので、これも母の “いつもの” 嘘〕。アンドレウは、この嘘で騙され、一緒に刑務所に行くことをOKする。
  
  
  

1944年の段階では、スペイン内戦が終わってからまだ5年しか経っていないので、刑務所の中に収監されているのは、ほとんどが、反乱軍であるフランコ政権側と戦った、当初の共和国政府側の男達。なので、面会者は、ほぼ同じくらいの年齢の女性達で占められている(1枚目の写真)。面会は鉄格子越しに直接会えるわけではなく、面会者の鉄格子と、囚人の鉄格子との間に幅1メートルほどの通路を挟んでの遠隔面会になっている〔内緒で物を渡すのを防ぐため?〕。ファリオルは、鉄格子越しに 「元気か?」と訊き、フルレンツィアは 「いいわ」と答える。フルレンツィアは 「あんたに服と食べ物を持って来た。看守に渡しておいたわ」と言い、さらに、「あんたが出てきた時のために豚を太らせてる」と付け加えると、「フルレンツィア、もう終わりだ」という絶望的な言葉が返ってくる(2枚目の写真)。母は、一緒に連れて来たアンドレウに、周辺を見回してから、「父さんにキスしてらっしゃい」と嘘の理由をつけて、鉄格子の隙間から夫の前に行かせる。アンドレウはしゃがんで父の鉄格子につかまり、父もしゃがみ込むと、キスなどはせずに封筒を出し、「これを母さんに。マヌベンスに渡してくれと」と短く言うと、アンドレウの頬を愛しげに触る(3枚目の写真)。それが看守に見つかり、すぐに戻らされる〔結局、アンドレウは、封筒のやり取りに使われただけ〕
  
  
  

母は、家に戻ると、暖炉の前に水の入った鍋を置き、熱せられて出てきた湯気で、夫から渡された封筒を開封し、何が書いてあるのかを読む〔夫を信頼していない〕。それを、アンドレウが見ている(1枚目の写真、矢印は手紙)〔母に対する不信感が高まる〕。翌日、母はさっそくマヌベンス夫人に会いに行く〔マヌベンス夫妻は、ピトルリウア問題の原点なので、母も警戒している〕。フルレンツィアは、アンドレウから離れたところで、内容の分かった夫の手紙をマヌベンス夫人に渡す(2枚目の写真、矢印)。手紙を読んだマヌベンス夫人は、難しい顔でフルレンツィアを見るが、何が書いてあったのかは〔この時点では〕分からない。祖母の家に戻ったアンドレウは、祖母アビアに、「マヌベンスさんは、いろんなことを仕切ってるんだね」と言うと、アビアは 額に入った夫妻の写真を見ながら、「お金持ちだと、そうなるわ。でも、悲しそうね。彼らは1歳になる前に子供を亡くし、それ以降は子供ができなかったから」と言う。アビアは、レースを取って別の額をアンドレウに見せると、「こっちはペレ、マヌベンス夫人の」(3枚目の写真)「夫妻は彼が愛してもいない女性と無理矢理結婚させ、フランスに行かせた。亡くなったわ。何でも手に入れることができたのに。私たちには、何もないけれど、少なくとも生きてるわね」と説明する〔先の、パウレタの発言の中に 「彼は、マヌベンス夫人のの男娼になり」という一文があった。つまり、このペレは恐らくホモで、マルセリ・サウリと愛しあっていた。それを見かねたマヌベンス夫妻が、ディオニスと その推薦でファリオルを雇い、マルセリ・サウリをペレから強制的に引き離そうとした。結果は悲惨なことになり、ペレは(ホモなので)女性と結婚したくなかったのに結婚させられ、絶望して早死にした、といったところであろう〕
  
  
  

次のシーンは学校で。アンドレウは、卒業用の記念写真を撮ってもらっている(1枚目の写真)〔少し前に紹介した『El niño de los mandados(使い走りの少年)』でも、1954年のスペインで卒業写真をプロの写真家が1人ずつ撮っていた。スペインの慣行なのだろうか?〕。撮影が終わると、アンドレウは教師マデルンの部屋に呼ばれる。「君のお父さんのことは知らなかった。マヌベンス夫妻が話してくれた。夫妻から君について尋ねられた。君の学力、知識、振る舞いについてだ。君が、勉強の継続を望んでいるか、出世を望んでいるかとも」。アンドレウは、こうした事情を聞かされても、憮然とした顔のまま(2枚目の写真)。そこで、教師はとっておきの話を聞かせる。「夫妻には子供がいない。だから、養子にする子を探しておられるんだ」。アンドレウは、すぐに、「僕には父さんと母さんがいます」と反論する。「アンドレウ、君に問われているのは、勉強を続けたいのか、それともここに残り、農民か工場労働者になりたいかなんだ。道は二つしかない。これは本当に重要な決断だ。よく考えるんだ。滅多にない好機だぞ」。依然として喜びゼロの顔を見て、教師は、「私は幼い頃に両親を亡くした。だから、やりたいと思ったことができなかった〔授業中に酒を飲んでいるのは、そのため?〕。私が君だったら、こんな幸運、飛びつくだろうな」と、発奮を期待するが、アンドレウが出口で放った言葉は、「先生は先生、僕は僕です」(3枚目の写真)。
  
  
  

しかし、事態は急展開していく。アンドレウが校庭に出て行くと、ケルザが 「お前の母さんが 家で待ってるぞ。刑務所に行く許可が出たとか」。「でも、先週行ったよ」。「バルセロナ行きだ」。すると、いつものチビが 「最悪、二度と戻って来られない」と言ったので、アンドレウは急いで祖母の家に向かう。ケルザは 「お前、バカか?」とチビを叱りつけ、ヌリアはチビの頬を引っ叩く。次のシーンでは、先週の集団面接とは違い、“死刑の前の最後の別れ” なので、看守がアンドレウと母だけを連れて、父が収監されている独房まで連れて行く。独房のドアのある前の広い場所では、2人の囚人が激しい拷問を受けて気絶している。いよいよ、独房のドアが開けられると、父は、まさか会えるとは思っていなかったので、びっくりした顔になる(1枚目の写真)。部屋の中にあるのはイスが1つだけ。父はアンドレウをそこに座らせると、アンドレウは 「もう 二度と会えないんでしょ?」と訊く(2枚目の写真)。父は、悲しそうに 「そうだ」と言う。そして、アンドレウの前の木箱に座ると、息子の手を取り、「アンドレウ、注意深く聞くんだ。戦争は俺たちみんなに大きな心の傷を残した。しかし、戦争で最悪なことは、飢えたり、逃げ隠れしたり、殺されたりすることじゃない。戦争で最悪なことは、俺たちに理想を失わせることだ。理想がなければ、人は何者でもない」。それだけ一気に言うと、厳しい顔が綻び、アンドレウの頭と胸を触りながら、「だからこそ、俺にとって最も大事なのは、お前がここと、ここに持っているものなんだ。宝物として、ずっと持ち続けろ。いいな?」と、最後の言葉を告げる(3枚目の写真)〔父は、理想を失い、飢えをしのぐために邪道に入ったので〕
  
  
  

次のシーンでは、既に父ファリオルは処刑され、叔母が、アンドレウの左腕に喪章を縫い付けている(1枚目の写真、矢印)。そして、「1年間、喪に服すのよ。あんたの母さんは一生ね」と言う。教会の中では、頭から黒いベールを被ったアビア〔ファリオルの母〕を先頭に、両側からシオとエリケタ〔ファリオルの姉と妹〕が支え、その後から、ヌリアとケルザが続き、祭壇の前に置かれたファリオルの粗末な棺に向かって進んでいく。ファリオルの母アビアは、棺に両手を置くと、悲しみの涙にむせぶ(2枚目の写真)。シオとエリケタは、「最後まで、息子に会わせてくれなかった」と恨むアビアを棺から離して最前列に座らせる。一方、エリケタは、アンドレウをフルレンツィアの前に連れて行くが、厳しい顔のフルレンツィアは、泣いているアンドレウに、「一滴の涙も流しては駄目。あたしたちには 恥じることなど何もないの」と強がる(3枚目の写真)。
  
  
  

しかし、いざ葬儀屋が葬儀を始めようとしても、司祭が入って来ない。教会の外では、葬儀屋が 「あの可哀想な人に何て言えばいいんです?」と太った神父に訊く。葬儀屋は、そこで言われたことを、フルレンツィアに告げる。「司祭は、最後の瞬間まで司祭を拒絶した男のために 葬儀は行なわないと言っています。私たちだけで、一緒に祈るしかありません」。それを聞いたフルレンツィアは、即座に席を立つと、アンドレウを連れて教会から出て行き、司祭に向かって、「キリスト教徒に相応しい寛容さのかけらもない、120キロの脂肪の塊!」と罵倒すると(1枚目の写真)、夫の葬儀を放り出し、教会を出て家に向かう〔あまりに感情的で、非常識。棺の中の遺体はどうなる?〕。フルレンツィアは、家に戻ると、そこで町長と鉢合わせする。彼女は、さっそく町長に向かって 「あんたが夫を殺した。満足してる? おまけに、神が命じた通りに埋葬させもしない。何のためよ? 教えてあげるわ、何のためか… あんたに頭を下げない者への制裁でしょ」と非難する。そして、「あんたは、私の人生を破壊した」とも。町長が 「あんたのために、いろいろしてやったじゃないか」と、配給への配慮について語ると、「そうね、黒パンと赤砂糖〔粗糖〕。配給カードを持って何時間も並ぶ毎日…」。そう言うと、フルレンツィアは、近くに置いてあった黒パンを手に持ち、「あんたがくれたのは、こんな物よ!」と言って、町長の足元に投げ捨てる。「その、死んだような不味い黒パンと同じように、あのクソみたいな戦争が、あたしたちみんなを殺したのよ!」(2枚目の写真)。「当然の報いだな」。それを聞いたフルレンツィアは、町長の顔に唾を吐きかけ、「あんたの母親が、あんたを腹に入れてた時、豚どもの中に投げ込まれて、生きたまま食われてりゃよかったのに」と蔑むように言う(3枚目の写真)〔よく、これで町長が怒らなかったものだ〕
  
  
  

アンドレウが一人で食事をしていると、音がしたので、ドアを開ける。そこにいたのは、怖い顔をしたパウレタ。フルレンツィアが 「何の用?」と迷惑そうに尋ねると、「お悔みに」という。問題発言を心配した母が、アンドレウを小鳥の部屋に行かせようとすると、パウレタは体で行くのをストップさせ、無理矢理話を聞かせる。「私は判事に14回も呼び出され、疑いのある人物はいるか、ディオニスの死はピトルリウアと関係があったのかって訊かれた」。「また、その話を持ち出すの? みんな死んだわ。ピトルリウアに あたしたちの夫もみんな!」。「ペレ・マヌベンスの妻以外は全員ね」。「何が言いたいの?」。「ピトルリウアの不幸の後で、ペレ・マヌベンスはフランスに行ったけど、その前に結婚させられた。去年ペレが死んだ時、彼の姉のマヌベンスは、ディオニスに頼んで婚姻記録を盗ませて結婚を無効にし、財産を奪った」(1枚目の写真)「マヌベンスの側につくのはたやすいが、敵対することはできない。私はディオニスにそう注意したのに、彼は頑固で、書類を手に入れるとマヌベンスを脅迫した。その結果、あの悪女は、あんたの夫にしたように、ディオニスを抹殺した」。「ファリオルは、共和派として射殺されたのよ」。「彼はもう共和派ではなかったから、絞首刑にされた。私の夫と同じよ。不幸で、裏切り者の雇われ殺人者。だけど、もっと悪い。だって、ディオニスはあんな人だったけど、子供を殺すことはしなかったから」(2枚目の写真)。「何が言いたいの?」。「はっきり言おうか? マヌベンスがすべてを終わらせるため、誰に金を渡したのか言おうか?」。「そんなこと させない!」〔アンドレウが聞いているので〕。「言うわよ! クレットのために!」。「出てって!」。ここで、パウレタはアンドレウに向かって、「あんたの父さんは、いつも理想ばかり話してた… それが、どんなひどいもんか分かっただろ」と言う。「出てって、と言ったでしょ!」。「ファリオルが黙っていた理由が分からない。失う物はないのに… まるで、自ら死を望んだように」。「パウレタ、今すぐ出てお行き。二度と来ないで!」。パウレタは出て行く。アンドレウは、すぐに 「父さんは、なんでクレットを殺したの?」と訊く。母は 「許してね、アンドレウ。あたしと あんたの父さんを。他に方法がなかったの」と謝るが、アンドレウに触って慰めようとすると、彼は、「触るなよ!」と怒鳴ると、手斧を持って小鳥の部屋まで登って行き、片っ端から手斧で鳥籠を叩き壊す(3枚目の写真、矢印は手斧)〔父との決別を示す〕。母のそばにもいたくないアンドレウは、走って祖母の家まで行く。そして、父が隠れていた屋根裏部屋に行くと、彼が大事にしていた眼鏡が床に落ちている。アンドレウは眼鏡を拾うと、泣き始める。心配して部屋に入って来たヌリアが 「もう幽霊はいないわよね?」と訊くと、アンドレウは眼鏡を両手で捩じって壊し(4枚目の写真、矢印)〔父との決別を示す〕、窓から捨てると、石の壁に背に座り込んで両腕の中に顔を伏せる。ヌリアが 「なぜ、喪章を付けないの?」〔父との決別を示す〕と訊くと、「もう、父さんのことなど知りたくない。母さんのこともだ」と きっぱり言う。
  
  
  
  

ヌリアは、並んで座ると、「シオ伯母さんは、私を工場で働かせるつもりなの」と打ち明ける。アンドレウは 「僕はイグアラダ〔Igualada、カステルフォリット・デ・ラ・ロカの南西約100キロ〕に連れて行かれる」と話す(1枚目の写真)〔イグアラダという具体的な地名が出て来たのは初めてだが、どうしてアンドレウが知っているのかは分からない〕。ヌリアは工場の労働者で一生を終わりたくないので、「ねえ、一緒に逃げない?」と言い出す。「2人で? どこへ?」。「ビク〔Vic、カステルフォリット・デ・ラ・ロカの南西約40キロ〕。汽車で。そこなら、誰も私たちのこと知らないわ。どう? いろいろ考えたんだけど、シエスタ〔昼寝〕の時間に町で放火し、みんなが火を消そうと走り回ってる間に、逃げるの」〔彼女らしい滅茶苦茶な案〕(2枚目の写真)「誓いを立てる?」。「いいよ」。恐らく別の日、伯母のシオは、マヌベンス夫妻を食事に招いてもてなしている。そして、言葉でも、「あなた方は、とても思いやりがあります」と、彼女としては最上級のお世辞も言う。そこに、祖母に連れられてアンドレウが入って来る。伯母:「入って、アンドレウ。 マヌベンスさんたちと あなたのことを話してたのよ」。マヌベンス(夫):「私たちは、君とお父さんの間で どんなにひどいことがあったかを話してたんだ」(3枚目の写真)。マヌベンス夫人:「でも、もう終わったことよね?」。アンドレウが頷くと、夫人は、チョコレートを取り出してアンドレウに渡す(4枚目の写真、矢印)。そして、「あなたなら、お母さんを助けられると思ったの。余分な食い扶持は一つでも負担になるものよ、特に日給がない場合にはね」と言うと、「エスコラピオス・イグアラダで学業を始めることについてどう思う?」と訊く〔エスコラピオス学園は、聖ヨセフ・カラサンスの理念のもとに教育活動を行っている中高一貫校で、日本にも、この映画の設定年の11年後の1955年に、海星中学高等学校が設立された〕。マヌベンス(夫)も、「卒業すれば、ちゃんとした仕事に就ける。君のお母さんには余計な出費の心配もない」と言い、夫人も、「そして家には、勉強やいろんなことのできる部屋もあるわよ」という〔100キロも離れていては簡単に行き来できないので、これは休暇で帰宅時のこと?〕。こうした前向きの発言に対し、アンドレウが沈黙を保っているので、伯母のシオは本性を発揮して、「アンドレウ、何か言ったらどうなの!」と叱る。それに対しても、夫人は、「いいから、シオ。 彼がじっくり考えるのは当然よ。あなたのお母さんとよく話し合って。私たち、彼女とはもう話したのよ。彼女はあなたの望むこと、あなたに最も適したことを実行してくれるわ」と言うと、アンドレウの頬にキスする。
  
  
  
  

アンドレウは、これまでも、結核療養所の青年に時々食べ物を持って行っていたが、今度はチョコレートを持って行き、枯れ木の真ん中に置く(1枚目の写真、矢印)。「それ、何だい?」。「チョコレート、農場主〔マヌベンス夫人〕がくれたんだ」。「どうして?」。「僕が勉強を続けられるよう、彼らの養子にするため」。「それが望みだろ?」。「僕の望みは、僕自身の人生を歩むこと」。そう言うと、ヌリアの “放火のよる脱出計画” を話す。それを聞いた青年は。「その女の子は世界に対して憎しみを抱いている。悪い子だ」と、強く自制を促す。アンドレウは、「あなたは、僕にどうして欲しいの? 工場行き? 農場主と一緒?」と訊く。「君は、今、低空飛行をしてる。低すぎて、歩いているみたいだ。高く舞い上がって、誰にも追いかけられないようにしなくちゃ」と、比喩でアドバイスする。「じゃあ、どうすりゃいいの?」(2枚目の写真)。「考えるんだ。君の頭で。そして君が一番気に入ったものを選べばいい」。それを聞いたアンドレウは、その素晴らしい忠告に、青年が止めるのも構わずに抱き着く(3枚目の写真)。
  
  
  

アンドレウが祖母の家に戻ると、母が来ていた。その前で、賛成派のシオ伯母と、反対派のエリケタ叔母の間で大論争が始まるが、下らない議論に業を煮やした祖母が、割って入る。「もう十分。アンドレウについて話しましょう。母親としての意見はどうなの?」と、それまで黙っていたフルレンツィアに意見を求める。しかし、そこに、さらにアンドレウが割って入る。「僕の意見は? 誰も訊かないじゃないか? 選ぶのは僕じゃないの?」(1枚目の写真)。それを聞いたフルレンツィアは、「アンドレウが正しい。思ってることを言って」と肩を持つ。アンドレウは 「僕はこんな生き方はしたくないし、差別されたくも、嘘をつきたくもない。母さんのようにはなりたくない」とはっきり述べる。フルレンツィアは、息子に 「こっちへ来て」と言い、隣の部屋に2人で入り、誰にも聞こえないようドアを閉める。そして、アンドレウに 「あんたが望むことは何でもしてあげる。だけど、あんたが知ってるか確かめておきたいの。あんたの両親になろうとしてる人たちは… 知ってるの?」と、曖昧に訊く。アンドレウは、明快に、「うん。父さんが死んだのは、あの人たちのせいだって、知ってる」と答える。それを聞いたフルレンツィアは、元の部屋に2人で戻ると、「アンドレウは出て行くわ。それは、彼の父親が望んだことなの」と言うが、その言葉に対しても、アンドレウは異論を唱える。「違うよ、母さん。僕の望みなんだ」(2枚目の写真)。そして、翌日、シトロエン・トラクシオン・アバン〔1934~57年の生産なので、1944年で矛盾はない〕に乗ったマヌベンス夫人が迎えに来る(3枚目の写真、矢印はアンドレウ)。マヌベンス夫人は、少ない荷物を車に入れさせた後で、アンドレウに向かって、「いいのね? 忘れ物があったら、取りに来ればいいわ。じゃあ、さよならを言ってらっしゃい」と言う。しかし、アンドレウは、車から数歩戻ったところで立ち止ると、それ以上動かず、さよならも言いに行かない(4枚目の写真)〔この場面に違和感を覚える観客もあるようだが、嘘を重ねてきた母、特に父に対する失望による離反は、映画を丁寧に見て行けば当然の行為だと納得できる〕
  
  
  
  

アンドレウが、エスコラピオス・イグアラダで授業を受けていると、事務員がドアを開け、教師に 「マヌベンスに面会です」と言う〔養子になったので、アンドレウ・マヌベンス〕。教師は、アンドレウに会いに行くように指示する。アンドレウは、廊下で後ろ向きに立たされている生徒の背後を通って、面会室に入って行く。そこには、母が窓を向いて立っていた。アンドレウが咳払いをすると〔「母さん」とも、「今日は」とも言わない〕、振り向いた母は、一歩も動かないアンドレウに向かって歩いて行くと、両手で頬を包んでキスする。そして、「元気? しっかり勉強してる? 待遇はいい?」と尋ねる。「うん、とても」。「あんたが、勉強も行儀もしっかりしてるのを見てもらわないとね」。その間に、アンドレウは勝手にテーブルの前のイスに座り、母に 「座ったら?」と言う。そのすげない対応に驚きながらも、母は、テーブルまで行くと、「ソーセージやその他あんたが好きな物を持ってきたわ」と言いながら、テーブルの上に置いておいた紙箱をアンドレウの方に押しやる。そして、「工場の労働時間を変え、汽車を乗り換え、バスを2台乗り継いだのよ」と、ここまで来るのが如何に大変だったかを、一種の話題として話す。しかし、それを、“わざわざ苦労して来てあげた” という風に捉えたアンドレウは〔 「大変っだね、ありがとう」とは言わずに〕、「そんなに面倒ならもう来ないで」と冷たく言い放つ(2枚目の写真)。その言葉に2度目のショックを受けた母は、「そんなつもりで言ったんじゃないわよ、バカね。なぜ、あたしをそんな風に扱うの?」と言い、返事がないので、さらに、「すべてが違っていたらよかったのにと思ってるわ。あたしは、これまで背骨が折れるぐらい頑張って働いてきたのよ。あんたのため、父さんのため、そしてみんなのために、働き続けることしかしてこなかった」と苦労を語るが、それでもアンドレウは無言。そこで、話題を変えて、「父さんは、たくさんの本を持ってここにいるあんたを見たら喜ぶでしょうね」と言うと、即座にアンドレウは、マイナス側に反応する。「父さんの話はやめて。僕、授業に戻らないと」。半日がかりでやって来たのに、こんな言葉で追い払われることになった母は、立ち上がるとドアに向かう。そこで振り向くと、「あんた、ここ気に入ってる?」と訊く。「うん、大好きだよ」。「あんたがここにいられるのは父さんのお陰だと覚えておいて。父さんが刑務所で、あんたにマヌベンス夫妻への手紙を渡したの覚えてる? 父さんはね、あんたに必要な物を全部与えてくれるなら〔que no te faltara de nada〕、代わりに、(マヌベンス夫妻の依頼で父がディオニスを殺したことは)誰にも言わないと、提案したの。分かる? あんたがここにいられるよう、父さんは殺される途を選んだのよ。あたしは、あんたの父さんを許したわ。あんたも、許すべきじゃない?」。涙を浮かべながらそう言うと、母はドアを開けて出て行くが、アンドレウは前を向いたまま。そして、しばらくして面会室を出ると、窓越しに廊下を寂しく歩いて行く母の後ろ姿を見る。そして、ガラスに息を吹きかけ、母の姿がぼやけて見えないようにする(3枚目の写真、このあと、完全に見えなくなる)〔アンドレウは、母と決別した〕。アンドレウが涙を拭きながら教室に戻る時、立たされている生徒の前を再び通る。その生徒から、「あの変な女の人、誰なんだ?」と訊かれると、アンドレウは 「町から来た人。荷物を持ってきてくれたんだ」と答えて(4枚目の写真)、教室に入って行く〔母はもう、唯の 「町から来た人」に過ぎない〕
  
  
  
  

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