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Die Blechtrommel ブリキの太鼓

ドイツ映画 (1979)

①。

②。

③。

あらすじ

オスカルのナレーションが入る。「僕がこの世に生まれるずっと前から始めよう。僕の可哀想なママが生を享(う)けた時、僕の祖母アナ・ブロンスキーは何も知らない若い娘で〔撮影時28歳なので、「何も知らない若い娘」と言うのは無理がある〕、ジャガイモ畑の端に、スカートを4枚重ね履きして座っていた。時は1899年。場所は、カスフビア〔ポーランド中央の北端部〕。地平線で何かが動いていた」。1人の男を、2人の男が追っている。男は、アナを見つけると、焚き火で焼いたジャガイモを食べているアナに向かって走ってくる(1枚目の写真、矢印)。そして、アナの前にうつ伏せなって横になると、「お願いだ」と、助けてくれるよう頼む。親切なアナは、男が警官に追われているのを知ると、4枚のスカートをめくり上げて男を中に隠す(2枚目の写真)。そこに、2人の警官がやってきて、コリャイチェク(姓)という放火犯を探していると言うが、放火犯にもかかわらずアナは、コリャイチェクをスカートの中に隠したことを黙っている。雨が降って来て警官が去ると、アナが不自然に動き始め、思わず叫び声を上げる。しばらくしてアナが立ち上がってスカートをめくると、コリャイチェクは いつの間にか仰向けになっていて(3枚目の写真)、体を起こしながら、ズボンのチャックを閉める。そして、ジャガイモの入った籠2つのうちの小さい方の1個を持って、アナについて行く。「僕の祖父は連続放火犯だった。なぜかというと、その当時、西プロイセンの至る所で、製材所は、過激な民族主義的なポーランド人にとって火口(ほくち)になっていたから」。
  
  
  

ヨーゼフ(名)とアナは、筏に隠れ、そこでほぼ1年を過ごした」(1枚目の写真、矢印は、あの時に妊娠させられた女の赤ちゃんアグネス)。すると、そこに、騎馬の警官1名と、徒歩の警官3名が近づいてくるのが見え、ヨーゼフは筏の上を走って逃げる、それに対して4人の警官が発砲する(2枚目の写真)。ヨーゼフは筏の端まで行くと湖か川に飛び込む。「飛び込んだ後、コリャイチェクは二度と現れなかった。溺死したという者もいたし、アメリカに逃げ、百万長者になったという者もいた」「僕の祖母はと言えば、その後も、4枚のスカートを履いて座り、市場に持って来た物を売っていた」(3枚目の写真、矢印は少女になったアグネス)。アナが売っているのは生きたガチョウ。
  
  
  

そして、彼女は歳を取った。第一次世界大戦が始まり、カチョウの代わりにカブだけになった」(1枚目の写真、矢印は大人になったアグネス)「僕の可哀想なママも 大きくなった。彼女は、いとこのヤンのことが心配だった。ヤンは戦争に行かないといけなかった」。ヤンは入隊時の健康チェックで撥ねられ、徴兵されずに済んだ。そして、軍の施設の入口で待っていたアグネスに朗報を伝えると、彼女は、ヤンに抱き着いて喜ぶ(2枚目の写真)。「可哀想なママは、その時、初めてヤンを抱いた。後になって、彼女が彼のことを これほど幸せに思ったかどうかは分からない。この若気の愛は、アルフレート・マツェラートが現われるまで曇らなかった」。ここで、病院で調理人として働いている中年のアルフレートと、看護婦のアグネスが映る〔原作によれば1918年〕。「彼は、ドイツのライン地方出身で、シルバーハンマー病院〔原作によれば軍病院〕では、そのライン風の陽気さですべての看護婦に好かれていた」。アルフレートは、好きになったアグネスに、スープを手ずから飲ませている(3枚目の写真)。それを見た年配の女性が、アルフレートの理解できない言葉で何か言う。アルフレートは、アグネスに、「彼女、何て言ったんだい?」と訊く。アグネスは、恥ずかしそうに、「あなたは、生まれながらのシェフだって。スープに愛情を込められるから」と言う。「とうとう、戦争は終った。グダニスクは自由都市になった〔ヴェルサイユ条約により、ドイツ領→「どの国にも属さない」(ポーランド国内にあってもポーランド領ではない)都市〕〔公用語はドイツ語とポーランド語、人口の95%はドイツ人、少数民族としてカシューブ人とポーランド人〕ポーランド人は、専用の郵便局を持つことができた。切手収集が趣味のヤンは、そこで働いた。アルフレートも、グダニスクに留まった」。市場で会ったヤンは、アルフレートに、「私たちカシューブ人はずっとここに住んでいました。ポーランド人や、ドイツ人よりも、ずっと以前から」と、少数民族の誇りを込めて、自慢げに言う〔①グダニスクに初めて砦が築かれたのは980年頃。ポーランド王国のミェシュコ1世によるもの。②カシューブ人の漁村グディニャの名前が最初に現れるのは1253年で、これ以後、近くのグダニスクにも移り住んだと推定される。③グダニスクは1308年にドイツ騎士団によって占領された→これから見ると、ヤンの発言は間違いで、ポーランド人、カシューブ人、ドイツ人の順〕。アルフレートは、「それは昔の話だ。今は、ドイツ人もポーランド人もカシューブ人も仲良く平和に暮らしている」と、人口比95%の鷹揚さから、平和を強調する。それを、アナとアグネスが見ている。アグネス:「そうかしら?」。アナ:「今に分かるさ」。アグネスは、アルフレートの横に寄って行く(4枚目の写真)。「2人の著しく異なる男が、ママに同じ感情を抱き、仲良くなった。この三位一体が、僕のこの世に産み出した」。
  
  
  
  

太陽は乙女座にあった。海王星は第10ハウスに位置し、僕を奇跡と欺瞞の間でつなぎ止めた〔あるサイトには、「乙女座生まれの人は、夢見がちな理想主義者ですが、社会通念や道徳を重んじ、人の役に立ちたいと考える傾向にあるようです。周囲の変化に敏感で、細やかな気遣いができ、親切で思いやりがある優しい人」と書いてあったが、オスカルとは正反対。一方、海王星は「スピリチュアリティや癒しを司る天体」で、第10ハウスは「社会と達成の室」。第10ハウスに海王星がある人は、「一般的な職業や社会的地位とは直結しにくいことを仕事に選びやすいので、良くも悪くも自分の実力と評価に差が出やすい傾向があります」と書いてあったが、こちらはオスカルにぴったり〕。そして、アグネスからオスカルが産まれる過程が映される。「僕が最初に目にしたのは60Wの電球だった〔映画でも電球の周りに1匹の蛾が飛んでいる。原作では、これが太鼓(電球)とバチ(蛾)だとなっているが、映画では、せっかく映った蛾について全く言及していない〕。産まれたばかりのオスカルは、12歳の俳優が演じているので、赤ちゃんとはとても思えない(1枚目の写真)〔知性が既に発達していることを示している〕。「僕は、深紅色の赤ちゃんを装いながら、両親の最初の言葉を、批判的に聞いていた」。母であるアグネスが最初に言った言葉は、「オスカルが3歳になったら、ブリキの太鼓をあげないと」(2枚目の写真)。「ブリキの太鼓が約束されたので、僕は、子宮に戻りたいという強い願望を実行しないことにした」「だから、3歳の誕生日が待ちきれなかった」。そして、画面は3歳の誕生日のお祝いの日に変わる。ロウソクが3本立ったバースデーケーキの後ろにいるオスカルは、念願叶って太鼓のバチを嬉しそうに持っている(3枚目の写真)。お祝いの場には、ヤンは当然として、アルフレートが病院の料理長を辞めて食料品店を開いているので、後で登場するパン屋シェフラーとその妻のグレッチェンと、八百屋グレフとその妻フラウも呼ばれている。
  
  
  

パーティで、ビールが足りなくなったので、アルフレートが地下室の蓋を開け、25本のビールを持って階段を上がって来る(1枚目の写真)。一方、食堂では、ボーイスカウトの隊長でもあるグレフは、オスカルをドア枠に立たせ、身長の所にナイフで線を引き、「12.9.27」(1927年9月12日)と鉛筆で書き、「来年、君はもっと大きくなるぞ」と言う(2枚目の写真)。大人たちは、ビールを飲みながらトランプを始め、テーブルの下にもぐったオスカルは、夫でもないヤンが、靴を脱いだ足を、母アグネスの股の間に入れ、母もそれを喜んでいるのを見て幻滅する。「その日、大人の世界と 僕の将来をじっくり考え、ここで成長をやめ、3歳の小人(こびと)のままでいようと決めた」。そして、地下室の蓋が開いたままになっているのを見つけると、太鼓を首から外して手に持つと、階段を降りて行き、太鼓を大事そうに階段の下の袋の上に置き〔太鼓が赤と白なのは、ポーランドの国旗の色〕、階段を8段登り、そこでは高過ぎて死んでしまうかもしれないので、2段降り、そこから 悲鳴を上げながら飛び降りる。悲鳴を聞いて母が真っ先に駆け付けると、オスカルは、地下室の土の床の上に大の字になって倒れていた(3枚目の写真)。
  
  
  

八百屋とパン屋が階段を駆け下りて、八百屋がオスカルを抱き上げ、パン屋がサポートして階段を上る。遅れてやってきたアルフレートは、蓋を閉め忘れたことをアグネスに強く咎められる〔今後も、事ある度に責められる〕。廊下ではヤンが待っていて、パン屋の代わりに、八百屋と一緒にオスカルを抱く(1枚目の写真、顔は血まみれ)。呼ばれて開けつけた医者は、軽い脳震盪で、2週間も寝ていれば立てるようになると言う(2枚目の写真、右はヤン)。「転落は完全に成功した。これからは、こう言われるようになる。『3歳の誕生日にオスカルは階段から落ちた。骨は折れなかったが、成長が止まってしまった』」。オスカルが回復してからしばらく経ったある日、オスカルが太鼓を叩きながら店に帰ってくると、母が振り子の壁時計の文字盤のガラスを磨き、その背後で、ヤンがじっと母を見つめている。このシーンは、ディレクターズ・カット版になって復活した最初のシーン。すると、そこに入ってきたオスカルが、ヤンの切手のコレクションをバチで突き始める。それを見たヤンは、すぐに止めさせ、一番貴重な切手をオスカルに見せる(3枚目の写真、最初の復活シーンなのでの印付き)。この短いシーンは、アルフレートが、「アンズタケが届いたぞ」の声で終わる。
  
  
  

オスカルが、太鼓を叩きながら食堂に行こうとすると、食堂から出てきたアルフレートが、「アパートの中でやるな! それに、太鼓が壊れとる。ケガするじゃないか」と叱る。それでも止めないと、「太鼓を放せ! お前がケガしたら、また俺のせいになる!」と言い、太鼓の中央の裂けて尖った部分に触れる。怒ったオスカルが太鼓を引っ張ったので、アルフレートは指の先を切る。今度は、母がやって来て、太鼓とチョコレートを交換しようと提案するが、それも拒否。ヤンは、太鼓を2人に渡したら、明日、新しい太鼓を持って来ると言うが、それも拒否。我慢の限界を越えたアルフレートは、オスカルの太鼓を持つと、力任せに引っ張る(1枚目の写真)。太鼓を取られる寸前になったオスカルは、思いきり大声で悲鳴を上げる(2枚目の写真)。すると、母が磨いていた壁時計の文字盤のガラスが粉々に割れる(3枚目の写真)。4人は、驚いて時計の周りに集まる。「僕が、とても甲高い悲鳴を上げられることが分かったので、誰も僕の太鼓を取り上げようとはしなくなった」。
  
  
  

次は、3枚とも、ディレクターズ・カット版のみの映像(写真にはの印)。オスカルは、時計の文字盤のガラスが割れたのは、何かの偶然なのか、自分の悲鳴が原因なのか確かめようと、近くの路地に行き、グラスを台の上に置き(1枚目の写真、矢印)、至近距離からガラスに向けて悲鳴を上げる。すると、今度もガラスの上部が割れる(2枚目の写真、矢印)。その悲鳴で集まってきた近所の子供たちが、割れたグラスを不思議そうに見る(3枚目の写真、矢印は分かりにくいがグラス)。中に1人だけいた女の子が 割れたグラスをつかむと、地面に叩きつけて粉々にする。オスカルは、ヤンに買ってもらった新しい太鼓を叩きながら歩き出す。
  
  
  

この後は、スムースに従来版とつながり、太鼓を叩きながら歩くオスカルの後を、子供たちが一列になり、歌いながら付いて行く(1枚目の写真、矢印はオスカル)。歌が終わってオスカルが悲鳴を上げると、街路灯のガラスが割れる(2枚目の写真、矢印)。次のシーンは、鉤十字の上下に「ドイツよ、目覚めよ(DEUTSCHLAND ERWACHE)」と書かれた旗を先頭に、親ドイツ派の集団が演奏しながら歩いて行くが、その直前をオスカルの一団が妨害するように渡って行く(3枚目の写真、矢印はオスカル)〔この集団について調べたが、名称等など何も判明しなかった〕
  
  
  

原作によれば、6歳の時〔先のシーンから3年経った〕、オスカルは学校に通うことになり、他の新入生と一緒に、入学祝い円錐状のシュールテューテと呼ばれるプレゼントを渡されて記念写真(1枚目の写真)。教室にはお母さん達が廊下側と後ろの壁に沿って並んで立ち、そこに、優しそうな中年の女性教師が来て、「お早う、子供たち」と挨拶し、子供達もそれになごやかに応える。教師が、これからのことについて話し始めると、オスカルが太鼓を叩き始める。教師は、オスカルに太鼓を棚に置くよう優しく指示するが、太鼓を取り上げようとした教師から太鼓を奪うと、机の下に隠す。教師は、「悪い子ね」と言っただけで、全員に向かってスケジュールを話し始めるが、そこでまた、オスカルが太鼓を叩き始める(2枚目の写真)。「止めなさい、オスカル!」。オスカルは、ますます激しく叩く。教師が、太鼓を取り上げようとすると、オスカルは窓に向かって悲鳴を上げる。すると、オスカルの正面にあった窓ガラスが砕け散る(3枚目の写真、)。このシーンは、原作にはあるが、従来版では削られた。
  
  
  

従来版では、この③の瞬間がないだけで、すぐに教師が木の鞭を持ってオスカルに向かうシーンになる。③の時には鞭を持っていなかったので、ガラスを割ったので、鞭を取りに行き、再度戻って来たことになる(1枚目の写真)。そして、鞭でオスカルの机を2回叩く。すると、オスカルは教師に向かって悲鳴を上げ始めると(2枚目の写真)、眼鏡のレンズが粉々になる(3枚目の写真)。教師は、悲鳴を上げ、オスカルと母を追い出す。
  
  
  

母はさっそく かかりつけ医に相談に行く。医者は、「奇妙ですな」と2回繰り返した後で、「今、何歳ですか?」と訊く。「6歳です」(1枚目の写真)。「いつ、階段から落ちました?」〔その時、自分が診たのだから、カルテに書いてあるハズ〕。「3年前です」。「背骨を診てみましょう」。しかし、オスカルは太鼓を放さないので、服を脱がせることもできない。看護婦も母も失敗したので、医師が太鼓を取ろうとすると、オスカルが悲鳴を上げる。長時間にわたる悲鳴で、医師の診察室の棚の上に並んでいたガラスの標本瓶がすべて割れ、中身の液浸標本がホルマリンの水溶液ごと床に散乱する(2枚目の写真)。しかし、医師は怒るどころか、「すごい!」と2回繰り返した後で、「この声について、あなたの合意が得られれば学会誌に報告します」と言う〔原作では、教授職を狙った売名行為で、オスカルが成長しないことに関しては無視したことになっている〕。それから、何ヶ月か経ち、店のカウンターに座った母は、オスカルに、学会誌に掲載された論文の一部を読んで聞かせる。「この声の力は、高音域で非常に破壊的であるため、幼いオスカル・マツェラートの喉頭後方が特殊な形態がある可能性が考えられる。ただ、声帯の偶発的な発達の可能性も排除できない」(3枚目の写真、矢印は学会誌)。それを聞いたアナは、「医者は、この子がなぜ成長しないか、書いてるのかい?」とアグネスに訊くと、彼女は、地下室の蓋を閉め忘れたせいだと、その場にいた夫を批判する。
  
  
  

次も、すべて、ディレクターズ・カット版のみの映像(写真にはの印付き)の印)。パン屋の妻のグレッチェンが、学校に行けなくなったオスカルにアルファベットを教えている。「A,B,C,D,E、頭が痛いや。F,G,H,I,J.K、お医者さんが来た。L,M,N,O、嬉しいな。P,Q,R,S,T、良くなったぞ。U,V,W,X、これなら間違えない。Y,Z、じゃあ眠ろう」〔今でも使われている〕。しかし、不真面目なオウカルは、お菓子を食べるのに熱中して聞いているようにはお思えない(1枚目の写真)。欲しいだけ食べると、今度は、小さな棚を開け、中の本を探し始める。そして、「あった!」。グレッチェンは、「何も聞いてないじゃないの」と、オスカルの態度を批判する。オスカルは、探し当てた本のページを開き、グレッチェンの膝の上に置くと、「オスカル、読む!」とグレッチェンに要求する。「これは、あなた向きじゃないわ。ラスプーチンよ」〔この時代には、淫乱な “怪僧ラスプーチン” という間違ったイメージが流布していた〕。そのページの挿絵の下には、「Rasputin feiert Orgien(ラスプーチンが乱交パーティーで浮かれ騒ぐ)」と書いてある(2枚目の写真)。アルファベットが読めないオスカルは、「Orgien」を指して「オスカル」と言い、グレッチェンは正しい発音を教えるが、オスカルは無視して、「Orgien、オスカル、読んで!」と要求する。グレッチェンは、仕方なく読み始める。「私から発せられるものは、罪を洗い流す純粋な光です」とラスプーチンは言った。宮廷の貴婦人たちが預言者に飛びついたのは、いわば当然のことだった」。グレッチェンが読み続けるにつれ、オスカルの想像力は、挿絵から実際の光景を思い描く(3枚目の写真)。そして、いつものナレーションではなく、観客に向かって直接語りかける。「あなたは驚かれるしょう。この子は、こんな環境の中で、自ら学ばねばならなかったとはと! 僕の可哀想なママとグレッチェンがラスプーチンに魅惑されている間に、僕は、ゲーテを見い出した。『親和力』〔愛という “親和力” に支配された4人の男女の悲劇〕だ。だから僕は、2つの本が1つに併合するまで ラスプーチンとゲーテの間で引き裂かれて精神的に成長した」〔この章は、原作の「Rasputin und das ABC(ラスプーチンとABC)」の章に該当するが、映画の流れからは違和感があり、故に従来版からは外されたのであろう。なぜ、復活させる必要があったのかは分からない〕
  
  
  

オスカルは、入学前は、“悲鳴によるガラス割り” で人気者だったが、入学1日目に問題を起こし 学校から追い出されたことから、子供たちの見る目が以前とは違う。オスカルが、集まって遊んでいるところにオスカルが入って行く(1枚目の写真)。1人だけいる女の子は、横で作業をしていた男性に、「ハイランド伯父さん、スープに唾吐いて。浮かんでくるか見たいの」と、変なことを頼む。そこで伯父は、スープ鍋に唾を吐き入れる。一方、奥から飛び出てきた男の子は、「カエル、2匹見つけた」と言って鍋までくると、そのまま生きたカエルを鍋に投げ込む。すると、スープ作りをしていた男の子の1人が立ち上がり、スープに向かっておしっこをかける(2枚目の写真、矢印は小便)。オスカルが、それを見ながら通り過ぎようとすると、女の子が、「オスカルに味見させよう!」と叫ぶ。オスカルは逃げるが、多勢に無勢で捕まってしまい、鼻をつままれて口を開けさせられ、スプーンで3杯気持ちの悪いスープを飲まされる(3枚目の写真、矢印は鍋)。
  
  
  

通りも路地裏も、僕には狭くなり過ぎた。僕は、スープによる迫害を逃れるため街に行くことにした。一人か、ママと一緒に」。2人は、路面電車に乗ってポーランド郵便・電信局(Polski Urzad Pocztowo Telegraficzny)まで行く。ヤンに会うためだ。オスカルは、入口を入ったところで局員のコビエラに壊れた太鼓を見せる〔これが、コビエラの初登場場面だが、彼はオスカルの太鼓の世話役なので、オスカルが懐(なつ)いている〕。ヤンは、時間を打ち合わせてあったのか、アグネスが来るのを待っていて、恋人のように 手を取ってキスする。オスカルは、前を歩く2人の間に割り込み、3人仲良く手をつないで歩く(1枚目の写真)。すると、ヤンが、「もう行かないと。やることが一杯あるんだ。さよなら、アグネス」と言うと、新しい太鼓を買うお金をオスカルに渡す。母子が向かった先は、ユダヤ人マルクスの玩具屋。オスカルの太鼓はいつもここで買うので、マルクスも2人を大歓迎。その裏には、独身のマルクスの アグネスへの片思いがある。だから、アグネスのために取っておいた絹のストッキング3足を半グルデンでいいと言うが、どのくらい安いのかは戦前のグルデンの価値が分からないので見当がつかない。話が一段落すると、今度はオスカルに向かって、「王子様を幸せにするには、どうすればいいのかな? 新しい太鼓だね?」と声をかけ、オスカルはにっこりする(2枚目の写真)。マルクスは棚の上に積んである太鼓の中から、オスカルに自分で取らせる。その時、母が、「オスカルを30分預かってもらえますか? 大事な用事があるんです」と言う。マルクスは、「王子様は、あなたの用が済むまで、ここで待っています。毎週木曜日のように」と言う〔この表現だと、オスカルは常に太鼓を壊し、毎週母が(時にはオスカルと一緒に)この店まで新しい太鼓を買いに来ていたことになる〕。母は店を走って出て行き、マルクスは、愛する人が出て行った方を見たまま、身動きせずに立っている。それを見たオスカルは、母がどこに行くのか確かめようと思い立つ(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

オスカルは、母に気付かれないように、距離を置いて後をつける。母の後をつけてきたオスカルは、母が入って行った通りの手前の煉瓦壁に隠れて様子を窺う。すると、向かい側の建物の3階の窓から、何とヤンが覗いている(1枚目の写真、矢印)〔母は、秘密裏にヤンと会いに行った〕。この場面、唯一、撮影場所を特定することができた。グーグルでは、建物が見えないので、別のサイトから持ってきたのが2枚の写真。黄色の点線の枠内が、1枚目の写真に写っている〔ここは、グダニスクのLawendowaという通りの南端に近い辺り〕。母が入って行った怪しいホテルの部屋では、ヤンとの激しいセックスが始まり、ひょっとした、開け放った窓から母の叫び声がオスカルまで届いたかもしれない。オスカルは、怒りに燃えた目で、近くの時計塔を見上げる〔360m南にある、今ではグダニスク博物館になっている建物の時計塔。因みに、オスカルの立っている場所からは、手間にある(210m南)の聖マリア教会の巨大な鐘楼が正面に見えるが、時計塔は見えない〕。オスカルは、時計塔の尖塔の先端の最も高い地点まで登って行くと、太鼓を叩きながら大きな悲鳴を上げる。すると、塔の下にあったアーチ型の通路が真ん中に開いた建物〔所在地不明、塔の近くにはない〕の2階の窓ガラスすべてが粉々になってアーチ型の通路に散乱し、通行できなくなる(3枚目の写真、点線の四角は割れたガラス片)。窓から身を乗り出した下着姿の母、オスカルが叩き始めた太鼓の音を聞き、自分の恥ずべき行為を知られたことが分かる(4枚目の写真)〔この窓から、時計塔は見えない…〕。映像は、塔の天辺から太鼓を叩き続けるオスカルからカメラを上に向けて行き、隣に建つ聖マリア教会の鐘楼を映す。ここで、ラジオから流れるヒットラーの声が入る。「ダンツィヒ〔グダニスクのドイツ語表記〕はドイツの都市だったし、今もそうだ」。
  
  
  
  

場面は、サーカスに変わる。オスカルも両親と一緒に嬉しそうに観ている。メインは小人症により子供のように小さな団長によるグラスハープ(1枚目の写真)。様々な大きさや形のワイングラスに、異なった量の水を入れ、縁を指で軽くこすることで作り出す澄んだメロディーだ。サーカスが終わると、オスカルは団長に会いに行く。オスカルを見た団長は、「何と、最近は、3歳で成長を止めるのか」と、冗談ぽく言うと、胸に手を当て、「ベブラ。私の名前」と言って、頭を下げる。そして、「私は、10歳の誕生日で成長を止めた」とも。オスカルは、手を差し出し、握手しながら自分の名前を言う。「親愛なるオスカル、君は、今14か15歳かな?」。「12歳半」(2枚目の写真)〔1937年3月頃になる〕。「信じられない! 君は、私が何歳だと思うね?」。「35歳」。「お世辞がうまいな。8月には53歳になる。君のお祖父さんだな」。そう言うと、「君も芸術家かな?」と訊く。オスカルは、「そうじゃないけど…」と言うと、太鼓を叩き、悲鳴を上げる。すると、近くに吊るしてあった電球が3個割れる。「これも、芸術の一種かも」。それを見た団長は感激し、オスカルと再度握手し、「素晴らしい! 是非、私たちに加わって欲しい。是非とも」と勧誘する(3枚目の写真)。オスカルは、観客でいる方がいいと断る。団長はあきらめきれずに説得するが、そこに、両親がオスカルを探しに来たので、次の機会に期待して別れる。
  
  
  

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