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Shadrach シャドラック

アメリカ映画 (1998)

南北戦争が終わって70年、黒人に対する露骨な差別がまだ残っていた時代、落ちぶれ果てた元プランテーションの当主の末裔の元を、その当主が生まれる前にプランテーションの奴隷として生まれ、青年の時に1000キロも離れた地に売られて行ったシャドラックが99歳になり、生まれた地に埋葬してもらおうと思い1000キロを何ヶ月もかけて歩いて戻って来た時に持ち上がった騒動 を描いた風変わりな物語。この映画を観ていて思うのは、黒人を、保安官までが平気で「黒んぼ」という差別用語で呼んでいた時代、失禁までするような認知症気味の99歳の黒人を、優しく扱う没落当主のアル中気味の奥さんトリクシーと、黒人に完全になついてしまった10歳のポールと 没落一家の末娘エドモニアの存在。この “優しさ” が、最近のアメリカの動静、例えば、警官による黒人殺害や、依然として陰惨な形で心の奥に潜んでいる人種差別にまつわるニュースで溢れる国と対比する時、一種の清涼剤のような清々しさを与えてくれる。この映画の実質的な主役である没落当主のバーノンは、ハーヴェイ・カイテルが演じているが、「クソったれ〔Goddamn it〕」をはじめ、汚い言葉を連発し、密造酒の製造しかできないような “クズ” のような人間ではあるが、結局はシャドラックの希望を叶える最大の功労者になる。この、悪人が一人もいないアメリカ映画というのも、観ていてとても楽しい。

南北戦争で南部連邦に属した “奴隷制度とプランテーション経済” の州バージニア。戦争直前の州人口の31%は奴隷だった。南北戦争の70年後の1935年、10歳のポールは、典型的な白人中流家庭の少年だった。唯一普通と違っていたのは、近くに住む、大家族のダブニー一家の末息子リトル・モールが一番の親友で、末娘のエドモニアに気があったこと。このダブニーの当主は、南北戦争の前までは、郡最大のタバコ・プランテーションの所有者だった一族の末裔。白亜の豪邸が北軍によって焼かれ、奴隷に根ざした経済が崩壊し、その後に導入された分益小作制度で財を失い、いわば “成れの果て” になってしまい、ポールの母親からは “息子が付き合うのに望ましい相手” とは見なされない存在と思われている。しかし、ポールは、それでも構わず、一家が大好きで 通い詰める。相手が、一度も体を洗わないため、恐ろしく臭くても気にしない。こうした状況は、両親が親戚の葬儀のため家を留守にし、ポールを預かってくれたダブニー家に、シャドラックが突然現れたことで、大きく変化する。彼は99歳の黒人の老人で、ダブニー・プランテーションの奴隷として生まれ、大きくなってから、1000キロ近く離れたアラバマ州に売られて行った人物。奴隷解放後、そこで大家族の家長となったが、子孫がすべて死に絶え、生まれ故郷で死ぬために歩いて戻ってきた。ポールとエドモニアは、シャドラックに同情し、それに賛同した母親のトリクシーの協力も得て、反対する家長のバーノンを説得。プランテーションのあった場所までシャドラックを連れて行き、そこで希望通り死なせ、埋葬してやることにする。このプランテーションでは、バーノンはトウモロコシを栽培し、それを使ってウィスキーを密造していた。そのためのお粗末な小屋に、シャドラック、バーノンとトリクシーの夫妻、ポールとエドモニアとリトル・モール、あと兄と姉が一人ずつ移り住む。バーノンは、シャドラックを先祖代々の墓地の 奴隷専用の一角に埋めようとするが、それを聞き付けた保安官が、州法に違反するので正規の黒人墓地に埋葬するよう命令する。シャドラックは、その僅か1日後に死亡。バーノンは、妻や子供たちの希望を受け入れ、保安官の命令に仕方なく従うフリをして、シャドラックの遺志を叶えてやろうと決める。

スコット・テラ(Scott Terra)は、1987年6月25日生まれ。映画の撮影は1997年夏なので10歳。この映画が、映画初出演で主役級。以後、TV映画を含めて10本の映画に出演しているので、この時期に活躍した子役の1人として知られる。日本で公開・TV放映されたものは、『Ground Zero(アースクエイク)』(2000)、『Motocrossed(モトクロスにかける夢)』(2001)、『Eight Legged Freaks(スパイダー・パニック)』(2002)で、この映画が、彼のベストの代表作と言える〔なぜか 公開も放映もされなかった〕。特徴は、何と言っても可愛いこと。演技はあまり巧いとは言えない。

あらすじ

映画が始まると、オープニングクレジットの間じゅう、右手で杖をついた1人の黒人の老人が、傷んだ靴〔左の靴の先端の革が大きくめくれている〕を履き、未舗装道、野道、ぬかるみ、夜道をトボトボと歩き、あるいは、黒人の荷馬車の後ろに座らせてもらう姿が映る。老人が 「ノースカロライナを出て、バージニアに入ります」という標示板に差しかかった時、白人の運転する1台のボロトラックが追い抜きざま、荷台に乗った2人のロクデナシの1人が 「おい、黒んぼ、道路を歩くな!」、もう1人が 「バージニアに、来るな!」と罵声を浴びせていく(1枚目の写真)。その直後、場面はガラリと変わり、1人の白人の少年が、指に持ったビー玉を、他のビー玉群を狙い撃ちしようとする姿が映り(2枚目の写真)、同時にマーティン・シーンによるナレーションが始まる。「1935年、私の10歳の夏は シャドラックにより、忘れ得ぬものとなった。彼は、私の人生に、光と影を もたらすことになる」。少年が、ビー玉の一人遊びを終えてバルコニーに行き、ボウルの中の豆を取ろうとすると、テーブルに座ってインゲンマメの下処理をしている黒人のメイドが、「触らねぇで、ポール! 食事だに、手ぇ洗って。時間ですだ」と、ポールの手をポンと叩く(3枚目の写真)。
  
  
  

ポールが2階に上がって行くと、寝衣姿の母が鏡の前で髪を梳かしながら口ずさんでいる。ポールが母を見ていると(1枚目の写真)、ポールに気付いた母は、「夕食には きちんとした服でね」と注意する。そして、食事の前の祈りのシーン。父が 「神よ、すべての み恵みに対し感謝します。アーメン」と祈りを捧げ(2枚目の写真)、顔を上げると、妻に 「薬屋で、ノーマ・ディランシーに会った。今年のクリスマスのミサで、君に ソプラノを歌って欲しいそうだ」と話しかける。「クリスマス? 気の早い話ね」。「今は真夏だからな、ポリーン。それまでには きっと良くなる」〔母は病気〕。「復活祭までなら」〔復活祭は3月なので、半年では治りそうもないような病気〕。ポールは、「食べ終わったら、ダブニーさんちに行っていい?」と訊く。母:「ポール、もう、やめたら?」。「どうして?」。「だって、あの人達は、とても…」。ここで、父が援軍を出す。「あの一家は没落しただけだ。運悪くな。バーノン・ダブニーが一家を養ってる」。この言葉は、OKが出たことを意味する。
  
  
  

食事が終わり、まだ明るいので〔バージニア州の夏の日没は午後8時〕、ポールはダブニー家の前に着く。「私は、ダブニー一家が大好きだった」(1枚目の写真)「私は子供だったから、彼らが不運の連鎖の犠牲者とは知らなかった。大恐慌で暮らしは悲惨だった。でも、私のような甘やかされた孤独な一人っ子にとって、子供が7人という大家族がうらやましかった。3人の息子は、モールと呼ばれていた。区別は、リトル、ミドル、ビッグで、私は本当の名前を知らなかった。3人とも、風呂に入ったことがないので、吐き気を もよおすような体臭が漂っていた。一方、4人の娘たちは清潔で香(かぐわ)しく、私の お気に入りは 末娘のエドモニアだった」。そこに、ポールとほぼ同年齢の汚い子が現われ、「やあ、ポール」と声をかける。「やあ、リトル・モール」。「ビー玉、持ってるか?」。「ほら、ちゃんと」。「エドモニアの弟のリトル・モールは、間違いなく、家族中で一番臭かったが、初めての無二の親友だった」。2人は、すぐにビー玉遊びを始める(2枚目の写真)。すると、7人の子供の母親トリクシーが、ベランダからコンクリートの階段を素足のまま下りてきて、「あら、ポール、元気?」と、ビール瓶を持ったまま 話しかける。ポールは、行儀よく立ち上がると、「上々です。ありがとう、マム〔ma’am〕」と返事し、抱き着く。「暑いわね」。「はい、マム」。トリクシーは、ちょうどドアを開けて出てきたビッグ・モールに、「新しいビール、ある?」と訊く。「ううん、母さん、これが最後のヤツさ」。そう言って、手に持ったビール瓶を母に渡す。トリクシーは、手に持っていた方のビールを飲み干すと(3枚目の写真)、それを庭〔庭と言うよりは空き地に近い〕に投げ捨てる。そこに、エドモニアが来たので、「エドモニア、夕食の支度 手伝って」と命じるが、エドモニアは 「今日は ポール」と微笑みかける。
  
  
  

ダブニー家の当主バーノンは、トウモロコシで作ったウィスキーを密売業者に試飲させる(1枚目の写真)。「まとめて20ドルだ」。「20ドル? 40ドルの値打はあるんだぞ」。「そんな価値はねぇな」と言うと、業者はさっさと立ち去ろうとする。「待てよ。分かった、30だ」。業者は一瞬振り向いたが、そのまま歩き続ける。「25だ」。効果なし。バーノンは、「この、糞ったれ野郎」と小さな声で罵ると、「分かった! 20だ! 運ぶのに誰か寄こせ。俺は帰る」。「お前さんが やれよ。それも、値段に込みだ」。バーノンの完敗だ〔因みに、映画では、禁酒法の時代なので 密造酒を作っているという設定なのだが、これは間違っている。冒頭に、ポールのナレーションで「1935年、私の10歳の夏」と言っていた。禁酒法は、1920.1.17に施行され、禁酒法を廃止にするため、憲法修正第21条を提案する決議が1933.2.18に採択される。後の判断は州に任されたが、「A GUIDE TO THE RECORDS OF THE VIRGINIA PROHIBITION COMMISSION(バージニア禁酒法委員会の記録へのガイド), 1916-1934」の中に、「酒類取締局は、1934年にアルコール飲料取締局の創設まで密造用蒸留器の探索を続けた。酒類取締局は、1934年3月22日に廃止された」と書かれており、バージニア州は 他の州より若干遅れたが、1935年の時点で禁酒法は存在しない。なお、バージニア州は、2021年の現代でも飲酒に厳しく、州法§4.1-308により、公共の場(レストラン、ホテルの自室以外、公園、街路・舗道)でアルコール飲料を一口でも飲んだり、他人に勧めれば軽犯罪となり、最大250ドルの罰金が科せられる(前科になる)。州法§4.1-309では、開校中の小・中学校の敷地内でのアルコール飲料の所持または飲酒に対しては最高6ヶ月の懲役と(or ではなく and)、最高1000ドルの罰金が科せられる〕。次のシーンでは、家の中に入って行ったポールが、壁に掛けられた油絵を見て、「君んち、こんな すごい家、持ってるの?」と訊く(2枚目の写真)。リトル・モール:「父ちゃんは、代々のダブニー一族みたいに、そこに住んでたんだ。キング&クイーン郡で 最大のタバコ農園を持ってたから」。「『持ってた』?」。「父ちゃんは、『タバコが土地を吸いつくした』って言ってる」〔この説明も、後の会話からすると、間違っている。同じリトル・モールが、この家がもうない理由として、「北軍の奴らが焼き払ったんだ」と言うが、南北戦争は1861-65年。1935年の70年以上前。「住んでた」というからには、80歳にはなっていないといけないが、この映画制作時のハーヴェイ・カイテルは、そんな老人ではない〕。リトル・モールの説明は さらに続く。「今は、トウモロコシを植えてる〔密造酒のため〕」。「どうして、そっちに住まないの?」。「毎年7月には 遊びに行くんだ。父ちゃんは、仕事で よく行くけど〔密造酒のため〕、ひどく お粗末なトコなんだ」。「自分の農園があるなんて、すごいね」(3枚目の写真)。
  
  
  

そこに、バーノンがポンコツ車で帰って来る。全員が、家から出て迎えに出る。外は、もう真っ暗だ。バーノンは車を降りると、車の前方まで行き、「この、クソったれの ボロ車! 蹴っ飛ばす価値もない」と言いながら、妻にビール半ダースを渡す(1枚目の写真、矢印)〔1933.4.7発効のカレン・ハリソン法(Cullen–Harrison Act)により、ビールは飲んでもいいことになった〕。バーノンは、家の中を歩きながら、彼定番の独り言の文句をわめいている。「全部、あいつのせいだ! フランクリン・でくの坊・ルーズベルトのクソったれ! ちくしょう! 奴の、ニュー・ディール政策は、クソったれ以下だ! 俺の金を、ゴロツキにバラまきやがって」〔ニュー・ディール政策と、バーノンの没落との関係がよく分からない。ニュー・ディール政策の農業との関りは、1933.5の「農業調整法(Agricultural Adjustment Act)」の制定。この結果、①農場の収益は1932年→1935年で50%上昇した。②大規模農家に大きな利益をもたらし、小規模農家と小作人にはあまり利益をもたらさなかった、という評価がなされている。「キング&クイーン郡で 最大のタバコ農園」の大規模農家には、有利だったハズだが?〕。一方、それと関係なく、エドモニアが寝るために着替えをしている。ポールは、窓の隙間から 熱心にその様子を覗いている(2枚目の写真)。そして、それが終わると、ポールとリトル・モールは、父の最後のどなり声を耳にしながら、着替えもせずにリトル・モールのベッドに飛び込む。そこにトリクシーが入ってきて、「あんたたち、問題ない?」と訊く。2人は笑顔で頷く。トリクシーが2人にお休みのキスをして出て行くと、2人は、笑い転げる(3枚目の写真)。
  
  
  

日曜の朝、ポールは両親と一緒に教会に向かう(1枚目の写真)。3人が行ったのは、長老派教会〔聖書を唯一絶対の指針とし、「救われる者も滅びる者もあらかじめ神は定めている」という予定説を唱えるプロテスタントのカルヴァン派の一派/何と、あのトランプ元大統領も長老派だとか〕。牧師は、『新約聖書』の「コリント人への第一の手紙」の13章の8-11を読み上げ(2・3枚目の写真)、最後は 12節の「私たちは、今、鏡の幻を見ている」まで来ると、読むのをやめ、自分の説話に移って行く。「そう、我々は今、見ているのです、『鏡の幻』を。しかし、我が友よ、振り返って見て下さい。自己憐憫に陥るのではなく、より不幸な人々に、喜んで手を差し伸べましょう」〔トランプは、前者の自己憐憫(被害者意識が強い)のみで、手など一切差し伸べなかったが…〕
  
  
  

教会を出た3人は、河畔に向かう。そこでは、エドモニアの洗礼が川の中で行われていた(1枚目の写真)。ダブニー家の面々は先頭に立って、「♪涙も恵みに 報いがたし、この身を捧ぐる 他はあらじ、十字架のみもとに 心せまり、涙にむせびて 唯ひれ伏す♪」と歌う。エドモニアは2人の神父によって川の水に沈められ、起き上がると、「行け、そして、罪を犯すな」と宣告される(2枚目の写真)。その様子を、ポールは嬉しそうに見ている(3枚目の写真)。
  
  
  

式が終わると、バーノンとポールの父は握手を交わす(1枚目の写真)。トリクシーは、「今日は、ポール」と声をかけ、両親には、「私たち、坊やが大好きなの」と笑顔で言って、ポールの鼻に触る。母:「ありがとう。ここで失礼しますわ。旅行の準備がありますの」。バーノン:「どこに、行くんです?」。父:「兄の姑が、ボルチモアで亡くなったので、明日、葬式に出かけるんです」〔ボルチモアはメリーランド州。ポールの家の正確な場所は不明だが、150-170キロほど北にある都市〕。トリクシー:「坊やには、恐ろしく長い旅ですわね」。母:「ポールは、メイドと一緒に留守番です」。「まあ、なら、我が家へどうぞ。坊やさえ よければ。大歓迎だわ」(2枚目の写真)。それを聞いたポールは、満面の笑み(3枚目の写真)。「まさか、そんな ご迷惑なこと」。「お母さん、お願い」。父が主導してOKする。その夜、母が苦しそうに何度も咳く。隣の部屋のポールは、たまらなく悲しくなり、耳を塞ぐ(4枚目の写真)〔母の病気は肺結核か肺癌〕
  
  
  
  

翌朝、ポールは、両親の車に同乗する。黒人のメイドは 「クッキー 焼いといたで」と紙袋を渡し、「汚ねぇダブニーの子と、もめごとは やめとくだ」と忠告する。車がダブニー家の前に着くと、リトル・モールの 「やあ、ポール」の声を聞いたポールは、車を飛び出して走って行く(1枚目の写真)。しかし、父が呼び返し、鞄を渡して 「お母さんに さよならを言いなさい」と注意。ポールは、助手席の母のところに走って行くと、窓から上半身を入れて抱き着き、「さよなら、お母さん」と言う(2枚目の写真)。「楽しんで らっしゃい。食事の前には手を洗うこと」。「イエス、マム」。「毎日、きれいな服を着るのよ」。「イエス、マム」。「歯磨きも忘れずにね」。「イエス、マム」〔全部、守られない〕。最後に、父は、「友だちと、映画にでも行きなさい」と小銭を渡す。「イエス、サー」。トリクシーがドアから出て来て、「ちゃんと、世話しますよ」と両親に向かって声をかける(3枚目の写真)。
  
  
  

ポールは、さっそく、リトル・モールとエドモニアを連れて映画を観に行く。リトル・モールから1つ間を開けて隣の席に座った女の子が、異様な臭いに耐えきれなくなる(1枚目の写真)。そして、隣の母親に 「ママ、あの子臭い」と訴え、2人で席を移る(2枚目の写真)。確かに、リトル・モールの周辺には空席が目立つ。カメラは、このあと、上へ上へと移動し、2階席を映す。そこは、黒人専用の空間だった(3枚目の写真)。1935年当時、当然と言えば当然の人種差別だ。日本人がいれば、2階に行かされたであろう。
  
  
  

翌朝、ポールとリトル・モールは、ビー玉で勝負に出る。リトル・モール:「この一戦は、最終的、絶対的、世界最高の選手権だ」。「いいよ」。「ボクからだ」。「分かった」。そうして試合が始まる。すると、途中でポールが試合を中断する。「どうしたんだ ポール。早く撃てよ」。ポールは、試合中にチラと目に入った “いるハズのない他人” の方を振り返って見る(1枚目の写真)。それは、ボロボロに朽ちたT型フォードの側面に腰かけた老いた黒人だった。2人は 初めてみる他人に近づいて行く。老人は、2人に向かって、いきなり、「主を 讃えよ! 御名を讃えよ! おらぁ、バージニーに着いただ」と言う(2枚目の写真)。そして、「来るだ」と手招き。「シャッドの膝に、乗るがええ」。最初に動いたのはポール。元来の人懐っこさから、老人の膝に乗り、顔を見つめる。そして、胸ポケットに入っていた鎖を引っ張ると、中から出てきたのは、文字盤にミッキーマウスが描かれた懐中時計だった(3枚目の写真)〔如何にも子供用〕。ポールは時計を元あった場所に戻す。そして、甘えるように、老人の肩にもたれる(4枚目の写真)。「おめぇさんは、かわいい子じゃ。ダブニーの坊ちゃんか?」。「ううん。あっちがダブニー」。老人は、リトル・モールを手招きする。彼も老人の膝の上に乗る。「おめぇさんも、かわいいのぉ。主を讃えよ。バージニーに着いただ」。
  
  
  
  

老人は、急に 「水を…」と言って、気を失いかける。2人は、水を持ってこようと、家の中に飛び込んで行くが、ポールが正しく 「熱射病だ!」と言い、それに対し、リトル・モールが 「違うって! 心臓発作だ!」と誤診断。ところが、ポールが水道からビンに水を入れると、リトル・モールが冷蔵庫から氷を持って来て入れる〔日本で一般向けの冷蔵庫が発売されたのは1952年、アメリカでも一般発売は1930年代からなので、没落したダブニー家にあるとは思えない〕。ポールは、「氷じゃない! 心臓発作なんだろ? 死んじゃうよ!」と、リトル・モールの誤診断を信じて反論。今度は、リトル・モールが「熱射病だって、言ったろ。だから氷を入れた」と、ポールの意見に従ったと、再反論。さらに、塩まで入れて、「塩水だ。何にでも 効く!」と言い出す〔熱射病には本当に効く〕。こうして時間がかかってしまったので、2人が氷と塩水の入った水のビンを持って家から出て行くと、老人は日なたの車から日陰の木の根元に移され、バーノンが水を与えていた(1枚目の写真)。「飲むんだ、爺さん」。バーノンは、老人の意識が戻ると、「クソったれ、いったい誰なんだ?」と大声で詰問する。老人は、何か言うが聞こえない。「何だ?」。くり返すが分からない。老人は、すぐそばまで寄って来たポールに囁くように「シャドラック」と言う。それを聴き取ったポールは、「シャドラックだと言ってます」と代弁する(2枚目の写真)。「何が望みだ?」。「死ぬだ。ダブニー農園で」とポールに囁く(3枚目の写真)。「ダブニー農園で、死にたいんだと思います」。「何てぇこった!」。シャドラックがまた何かポールに囁く。「次は何だ? 何て言ってる?」。「あなたに、埋葬して欲しいそうです」。「埋葬しろ? どうやって埋葬する? 死んでもないのに!」。そして、「何歳か、訊いてくれ」。「99だで」。「99歳だと、言ってます」。「99だ? 何てぇこった。どうなってやがる?」。そこに、声を聞き付けたトリクシーがやってくる。「いったい どうしたの、あなた?」。「この黒んぼは99歳で、ダブニー農園で死にたいんだと。俺に、埋葬しろと言いやがる!」。
  
  
  

その後、水を飲んで生気を取り戻したシャドラックは、ベランダのベンチに座り、与えられた椀をむさぼるように食べ、それを一家の全員が見ている(1枚目の写真)。真横に座ったポールは、「お腹が空いてたんだね、シャドラック」と言って肩をポンと叩く。反対側に座ったエドモニアも、「ほんとに たくさん食べるのね」と驚く。食事が済むと、シャドラックは、そのままベンチに横になって眠る。眠っても付き添っていたのは、ポールとエドモニアの2人。シャドラックが目覚めると、すぐに、「目が 覚めたよ!」と皆に知らせる。今度の聴き役はエドモニア。「アラバマから、歩いて来たんだって」と父に伝える(2枚目の写真)。バーノンは、「アラバマだと? 600マイル〔965キロ〕くらいあるぞ」と驚く。「春 早くに発ったけど、地図も、道標も読めなかったって」。ここでナレーションに代わる。「だんだん分かってきたことは、これは、シャドラックが、バージニアから連れ去られて4分の3世紀後に達成した “回帰の旅” だということだった」(3枚目の写真)。
  
  
  

ここから、シャドラックの過去の映像が始まる(写真の左上に★印)。「シャドラックは、キング&クイーン郡のダブニー・プランテーション〔黒人奴隷を用いた大規模農園〕で奴隷として生まれ、小さな頃から タバコ畑で働いた」(1枚目の写真)。「彼は、15歳から25歳の間、どこか別の場所で働かされ、その後、彼の主人であるバーノン・ダブニーの曾祖父は、彼を、家族から引き離してアラバマの奴隷商に売った」(2枚目の写真)〔ダブニーの家の油絵に描かれていた建物〕。「彼は、過ぎ去った日々を嘆きながら、埃っぽい道を歩き続けた」(3枚目の写真)〔逃げないよう、鎖で縛られている〕。「南北戦争で解放されると、シャドラックはシェアクロッパー〔解放されても生活手段を持たない元奴隷の黒人と、労働力を失ったプランテーション地主の間に出来上がった制度。地主が住居・耕地・種子・農具・家畜などを黒人に提供し、黒人は収穫の1/3~2/3を地主に支払う〕となり、数エーカー〔約1ヘクタール〕のピーナッツ畑で家族のため必死に努力した。彼は3度結婚し、多くの子供たちを持った。ある時、彼は 12人と言い、別の時には 15人と言った」(4枚目の写真)「彼は、誰よりも長く生きた… 妻たちや子供たちよりも」(5枚目の写真)〔周辺は、妻たちや子供たちの墓〕。「そして、死期を悟った時シャドラックは 老骨に鞭打ち、徒歩でアラバマを発ち この地に向かった。若き日のバージニアを見出すために」。話が終わると、シャドラックは、バーノンに向かって、「おらぁ、ダブニーだで」と言う。バーノンは 「どうやって、ここを見つけたんだ?」と訊くが〔この家は、プランテーションのあったキング&クイーン郡にはない〕、シャドラックは答えない。
  
  
  
  
  

ポールとエドモニアは、夜が更けてもベランダへの階段に座っている。エドモニアは、「ここに放っておいて、大丈夫だと思う?」と、シャドラックのことを心配する(1枚目の写真)。ベンチを見たポールは、「安らかそうに 見えるよ」と答える。「シャドラックの言葉が分かるの、あたしたちだけみたい」。「多分ね。もぐもぐ話すのは、きっと歯のせいだ。あまり残ってないから」。このあと、エドモニアは眠りに行く。一方、夫婦部屋では、バーノンが焼いた鶏の骨付きもも肉を食べ、後ろでトリクシーが頭のシラミを取っている。「暑い盛りに、ベランダに 死んだ黒んぼ! どうすりゃいいんだ!」。「まだ、死んじゃいないわよ。それに、あの哀れな老人、農園に着くまで持ちこたえるわ」。「あの野郎に 歩かせるのは無理だぞ」。「いいこと、今は、あなたの “親族” の話をしてるのよ」(2枚目の写真)。「面白くもねぇ。クソったれめ!」。「子供たちは、とても なついてるわ」。翌朝、ポールとリトル・モールはベランダから聞こえてくるドスンという大きな音で目が覚める。シャドラックがベンチから落ち、枕代わりに乗せていたイスがひっくり返ったからだ。最初に現れたバーノンは、「何てぇこった! ちきしょう、長椅子が! くそ食らえ!」と文句を言いつつ、シャドラックの体を起こす。さらに、2人の兄が両側から持ち上げ、ベンチに座らせる。キッチンに行ったバーノンは、そこら辺にあったパンを 朝食代わりに立ったまま食べながら、「奴は、老衰じゃなく、長椅子で死んでたかも」と言って笑う。しかし、トリクシーは食料を紙袋に入れながら、「農園に行くなら、車を出した方がいいわ。もう、長くないから」と言う。「くそっ! 言っただろ。俺は、臨終の黒んぼを、農園には連れて行かん!」。しかし、結局は、車を出すことになり、前部座席には、バーノン、シャドラック、トリクシーの3人が、後部座席には、下の姉、エドモニア、下の兄、リトル・モール、ポールの5人が乗る(3枚目の写真)。
  
  
  

車は、典型的なバージニアの自然の中をゆっくりと走る(1枚目の写真)。この辺りは、首都ワシントンから約100キロ南に位置するが、現代でも、野原と森と沼と川しかない。一行は、木造のフェリーに乗るが、これは川を横切るためのものではなく、川に沿って移動するためのもの(2枚目の写真)。バーノンとトリクシーが欄干に立ってカモメの話をしていると(「ひょっとして、食べれらるかしら?」。「硬いから、喉に詰まるぞ」)、エドモニアがやってきて、「シャドラックが、ズボンの中に ひどく漏らしたの」と 父に報告する。「こん畜生! 奴は、唯の99歳の赤ん坊だ!」。エドモニア:「ひどい 臭いなの」。「あの ど阿呆、出かける前に、なぜトイレに行かんかった? 農園まで、ずっと車内で一緒なんだぞ」。トリクシー:「黙って、バーノン。可哀そうな老人なのよ。あなた、50年後に腸を制御できる?」〔膀胱と言うべきだが、当時は、医学的知識がなかった?〕。「俺は、ズボンに漏らさんぞ」。車に戻ったトリクシーは、シャドラックに 「いいわね、シャッド。気にすることはないのよ」と優しく話しかける。そう言いつつ、思わず鼻を押さえるので、かなり臭いのだろう。そのあと、車の中での描写は一切なく、最初のガソリン補給所兼店舗の前に車が停まると、ドアが同時に全部開き、息も絶え絶えの子供たち5人と、バーノンが飛び出てくる(3枚目の写真)。
  
  
  

トリクシーはシャドラックを立たせると、屋外トイレに向かう。今までにも行ったことがあるトイレに違いないが、これまで気にも留めなかったことが、新たな障害となった。木の粗末な扉に 「WHITE ONLY(白人専用)」と書かれていたのだ(1枚目の写真)。バーノンは 「ちきしょう!」と怒鳴り、「この クソったれトイレが、使えないんなら…」と文句を言い始めるが、トリクシーは 「あなた、黙ってて!」と黙らせ、シャドラックには 「いいわ、シャッド。私が、始末するから」と優しく言う。夫には 「あなた、バケツに一杯の水と、ぼろきれを何枚か」と頼む。トリクシーは、トイレの横にシャドラックを連れて行くと、「いいわね、シャッド。誰にでも、一度や二度は あるものなの。恥じることなんて何もないのよ。すぐ、きれいになるから」と、暖かい言葉をかける。頼んだものが届くと、トリクシーは水でシャドラックをきれいにしようとする(2枚目の写真)〔黒人が蔑まれていた時代に、こうしたことを嫌がらずに行うトリクシーは、最初に登場した時、ビールを2本持っていた女性とは別の存在に見える〕。バケツ1杯の水では完璧とはとても言えないだろうが、ズボンの代わりに布を腰に巻き付けたシャドラックが、トリクシーに腕を支えられて戻って来る(3枚目の写真)。バーノン から 「一緒に行けるように、なったか?」と訊かれると、口癖の「主を讃えよ!」〔一言ぐらいトリクシーに感謝しても罰は当たらないと思うのだが…〕
  
  
  

車は、最終目的地に着く。そこに建っていたのは、かつての白亜の豪邸ではなく、ダブニー家のボロ家より、さらにおんぼろの家(1枚目の写真)。着くと、真っ先に昼食(2枚目の写真)。トリクシーは、不特定多数に向かって、「食事が済んだら、シャッドをベッドに寝かすの手伝って」と言う〔シャドラックは、初めて家の中で寝ることになる〕。さらに、「みんな、交替でシャッドの世話してね」とも〔ポールとエドモニアの負担を減らすため〕。バーノンは、食べ終わると、「仕事をしないとな、ミドル・モール。早速、出かけ…」と言ったところで、部外者のポールがいることに気付き、口を閉ざす〔これで 『みんな』とは、2人に、母と下の姉が加わり4人となる〕。そして、立ち上がると、シャドラックの前で立ち止まり、「眠ってるなら、クソったれに 言いたいことが…」と言いかけ、今度は、トリクシーに制止される。一方、ポールは、リトル・モールの先導で池まで行く。リトル・モールは、「さあ、飛び込むぞ!」と言いながら、着ているものを全部脱ぎ、先に泳ぎ始める。それを見たポールも、全裸になると池に飛び込む(3枚目の写真)。ポールは、バーノンの真似をして、「ここって、クソったれに冷たいね!」と話しかける。「元気出せ。すぐに慣れるからさ」。
  
  
  

泳ぎ終わった2人は、少しはきれいになって、池の端に座る。ポール:「君んちの居間の絵の、大きな家は どうなったの?」。リトル・モール:「ずっと前に、なくなった。北軍の奴らが焼き払ったんだ」(1枚目の写真)〔これが、以前指摘した会話。白亜の豪邸は遅くとも 南北戦争が終わる1865年にはなくなっていた〕。ここで、話題が変わる。「ところで、みんなは どこにいるの?」。「母ちゃんとエドモニアは シャドラックのトコだし、ルシンダ〔下の姉〕は魚釣り、父ちゃんとミドルは仕事だよ」。「農園?」。「違う」。「じゃあ 何?」。「秘密なんだ」。「どうして?」。「アトランタ刑務所で5年から10年だからさ」。「いったい、何を話してるの?」。「父ちゃんの仕事さ。密売監視官に見つかったら終わりだって話だよ」〔この部分も、1935年だから間違いだと指摘した〕。「何を、見つかるの?」(2枚目の写真)。「蒸留器の場所さ。見たい?」。秘密と言いながら、リトル・モールはポールを蒸留器の所まで連れて行く。次のシーンでは、ポールがトウモロコシの皮剥きを手伝っている(3枚目の写真)。密造を一緒にやっているジョーという年配の男は、「99歳だと? くそ、そんなに長生きしたら、自殺するぜ」とブツブツ。バーノンは 「奴は半分死んでる。俺は埋葬せにゃならん」と、いつもの不満。「その黒んぼ、何で 戻って来たんだ?」。「そんなこと知るか。奴隷の頃が懐かしかったとか。少なくとも、食いっぱぐれは なかったからな。考えてみりゃ、ジョー、自由になってからの方が 暮らしは厳しくなった。ダブニー一族も、こんなに落ちぶれちまったしな」。蒸留の終わった液体を試飲したバーノンは、何も言わずにジョーに容器を渡す。ジョーは、「いいぞ。これなら売れる」と言うが、ポールと目が合い、「ガキは、耳ざといぞ」と警告する。バーノンは、「いいか、ポール、ジョー・ソーントンは 君を信じとらん」と言う。それを聞いたポールは “誰にも言いません” とばかりに、何度も首を横に振る。
  
  
  

翌日の朝。看病役の母が眠っていると、早起きして花を摘んできたトリクシーが、ヒナギクの花をシャドラックの胸に置く(1枚目の写真、矢印)。そして、母を起こし、役割を交代する。日が高く昇った頃、1台の車が家の前に着く。降りて来たのは、この郡の保安官。ベランダの長いイスに座っていたルシンダに 「お早う」と言い 「父さんは、中かな?」と訊く。その時、ポールとリトル・モールは、ベランダの下で遊んでいた。「父さんと母さんはいないわ」。バーノンの車があるのを見ると、保安官は 「遠くじゃなさそうだ。待つよ」と言う(2枚目の写真、矢印は、バーノンとトリクシーに知らせに走るポール〔リトル・モールはランプと重なり見えない〕)。2人は、代々のダブニー一族の墓地にいた。バーノン:「俺たちより、墓の方が多い」。トリクシー:「次に来る時には、ゼラニウムの花でも持ってくるわ」。「何を植えたって、どうせ しぼんで枯れちまうだけだ」。ここに、リトル・モールとポールが来て、「父ちゃん、保安官が来た!」と知らせる。「蒸留器のことかな?」。「ずっと待ってるよ」(3枚目の写真)。「待たせとけ」。バーノンは3人を引き連れて場所を移動、「あっちに、シャッドの場所がある」と言う。そこには、小さな石碑が所狭しと立っている。「猫の額ぐらいの大きさなら、空いてるトコが あるだろ。この狭い場所に、奴のお仲間が いっぱい埋まってる。肩と肩が 擦れ合うようにな」。バーノンは、墓穴を掘る気でシャベルを持って来たのだが、妻に 「何も、暑い盛りに やらなくても」と言われ、「テーズウェル〔保安官〕の話でも聞いてみるか」と、戻ることにする。
  
  
  

保安官が来た理由は、バーノンには意外なものだった。「バーン、耳に挟んだんだが、年取った黒人を農園に埋めるとか。昨日、ジョー・ソーントンに話したろ?」(1枚目の写真)。バーノンが、シャベルを持っていたので、「まさか、まだ埋めてないよな?」と訊く。「まだ、生きてる。ジョーの奴、いらんことをベラベラ喋りやがって。だが、その通りだ。何か問題でも?」。「できんのだ」。「何でだ?」。「法律に反しとる」。「どういうことだ?」。「つまりだな、私有地に埋葬するのは違反なんだ」。「何で、違反になるんだ?」。「理由は知らん。だが、法は法だ」。「なあ、あっちの原っぱは、この200年間 ずっと墓地になってきた。ウチには、老いぼれが一人いる。そいつは、ここで生まれた奴隷なんだ。だから、ここに埋めてやる」。しかし、保安官は法律違反の一点張り。そして、黒人専用の教会墓地に、許可を受けた黒人葬儀屋によって埋葬されなければならないと告げる。「それが、バージニア州の法律だ。『なぜ』も 『しかし』も ない」。バーノンは 怒り始める。「ナンセンスだ! 不当だ! 税金を払ってる市民が、無害な病気の黒人を私有地に埋葬するのを、いつから拒否されるようになった?! 基本的人権に反するじゃないか!!」(2枚目の写真)。保安官もしぶとい。「俺と あんたの付き合いは長いし、あんたとジョーが昨日 干し草を刈ってなかったことも知ってる〔密造黙認〕。だから、トラブルは、起こさんでくれ! バーン、もう一度だけ言う。黒人の埋葬に当たっては、この近くの黒人教会で、許可を受けた黒人の葬儀屋に仕切らせるんだ!」(3枚目の写真)「あんたが使えるのは、タッパハノック(Tappahannock)〔隣のエセックス郡〕にある有名な葬儀屋か、ミドルセックス(Middlesex)〔これも、隣の郡の名前〕の葬儀屋だ」。バーノンが費用を聞くと、「しばらく前に、ルビーの洗濯女が死んだ時 35ドルかかったそうだ」と言われ、愕然とする〔CPI Inflation Calculatorによれば、1935年の35ドルは、2021年の672ドル(≒74000円)〕
  
  
  

バーノンはタッパハノックの葬儀屋に会いに行く。その頃、シャドラックは水車池〔ここに着いた日に、ポールが泳ぎに行った池〕に行きたいと言い出す。エドモニア:「どうしてなのかしら?」。トリクシー:「きっと 水車池を見たいだけなんでしょ」。トリクシーがシャドラックに理由を訊いても、「水車池が見てぇですだ」としか言わない。そこで、一輪車に乗せて連れて行くことに(1枚目の写真)。久しぶりのナレーション。「記憶の中では 手押し車に乗ったシャドラックが見える。ゆっくりと進んで行くにつれ優しく揺れ、その度に、作曲家のような、あるいは、高貴なアフリカの君主のような面もちで、長い年月を耐え抜いた事への当然の報償を待ち望む 彼の姿が」。池に着くと、シャドラックとポール以外は全員池に入る。ポールだけが シャドラックに付き添う。ここで再びナレーション。「私は、じっと見ていた。シャドラックの老いた顔と、水車池で水遊びする一家への おぼろげな眼差しを」(2枚目の写真)「そして、ひらめいた。シャドラックが、かつて ここで泳いだことを。100年近く前の、汗ばむような ある夏の日に」。ここで、映像は、シャドラックの少年時代に戻る(3枚目の写真)。「結局、ダブニーさんの予想は全く違っていた。彼が、バージニアに戻ってきた理由は、奴隷時代への憧憬にあるのではなく、無心な子供時代への探求の旅だったのだ。その日、シャドラックは追体験したに違いない。彼にとって、唯一無垢で 苦労のなかった ひと時を」。
  
  
  

タッパハノックから戻って来たバーノンが、ベランダで、セドンという太った男と、ドミノ・ゲームをしている。バーノンの口癖が出る。「セドン、これは 確かな事実だ。全部、フランクリン・でくの坊・ルーズベルトが悪い。奴のニュー・ディール政策は阿呆の権化だ。俺が、昨年 幾ら稼いだと思う?」。「幾らだ?」。「とても、言えん。恥ずかしくてな。蟹を1匹5セントで売ってる黒人の方が稼ぎが多い」。「きっと、良くなるって」。「これ以上、悪くなりようがない。仕事が全然ないんだ。俺は無能だ。ウィスキー作りしかできん」。この時、エドモニアがベランダに出てきて、「父さん、シャドラックが死んだわ」と伝える(1枚目の写真)。そして、「私 怖い」とも。「何が怖いんだ?」。「分からない。死を見たからかしら」(2枚目の写真)。それに対するバーノンの返事は、彼らしいものだった。「死には、恐れることなど何もない。恐ろしいのは、生きることだ」。バーノンは立ち上がり、「生きることだ!」と繰り返す(3枚目の写真)。
  
  
  

その、怒鳴るような言葉を聞いたトリクシーは、ポールとエドモニアを守るように抱き抱え、「あなた」と注意する。それでも、バーノンは止めない。「生きることこそ、恐れるべきなんだ。人が、なぜ自殺するか 分かる気がする。奴を埋葬する金を どうやって工面する? 黒んぼは、いつも面倒ばかり掛けやがる! クソったれめ! 『黒んぼ』じゃなく 『黒人』と呼ぶよう、育てられた。だが、面倒を起こすのは、いつも黒んぼだ! 奴らのせいで落ちぶれた! 35ドルなんて、ない! 25ドルだって、ない! 5ドルすら、ない! フランクリン・D・ルーズベルトは、最悪の『黒んぼ好き』野郎だ!」〔現代の白人貧困層のトランプ崇拝の根源が分かるような…〕。そのあと、口調を変え、「分かってるさ。可哀そうな老人だ。無害この上ない、大人しく、哀れむべき存在で、今まで、誰一人 傷つけたこともないだろう。シャドラックに腹を立ててる訳じゃない。ちゃんとした葬式も やってやる」と言ってイスに座る。トリクシーは、「とにかく、希望通りダブニー農園で死ねたしね。たとえ 見知らぬ墓地に埋葬されても」と妥協する(1枚目の写真)。それを聞いたエドモニアは、保安官との激論の場にいなかったせいか、「でも、約束したじゃない」と無理なことを言い出す。「違いなんか分かるもんか。死んだら、そんなことは気にしない。それが、死だ」(2枚目の写真)〔映画のラストに使われる重要な言葉〕。こうした議論のあと、シャドラックの遺体のある部屋に呼ばれたポールに、トリクシーは 「シャドラックは、きっと あなたにって」と言うと、シャドラックの胸ポケットに入っていた懐中時計を渡す(3枚目の写真)。
  
  
  

その夜、ポールとエドモニアは ベランデで話し合う。ポールが 「天国、信じてる?」と訊くと、「ええ」という返事。「シャドラック、行けたかな?」(1枚目の写真)。「多分ね。誰にも危害を加えたことないもの」。「いい 一生だったね」。「なぜ、そう言うの?」。「パパは、誰かが死ぬと、いつも そう言うんだ」。「ダブニー農園に埋葬されないって、知ってたと思う?」。この会話を、ドアの所にいるバーノンが聞いている。「君のパパは、『違いなんか分かるもんか』って言ったろ」。「わたしたちと、同じ場所に行くのかしら?」。「『黒んぼ』 だから?」。「ええ」。「関係ないよ」(2枚目の写真)。「なぜ、分かるの? 教会は黒人専用だし、トイレもそうなのに」。「天国は一つしかないと思う。ママは、とても信心深くて、神の愛は 平等だって言うんだ」。それだけ言うと、ポールはトリクシーからもらったシャドラックの懐中時計を エドモニアに進呈する(3枚目の写真、矢印)。
  
  
  

その話を最後まで聞いていたバーノンは、トリクシーに、「バカな 子供たちだ。ほとんど 知らない奴なのに」と不思議がる。「なついてたのよ」。「乗り越えて行くだろう」。「考えてみて… はるばるやって来たのよ。ここに埋葬してもらうために。タッパハノックの墓地で、いいの?」(1枚目の写真)。「みんな そうなんだから、仕方ない」。「手は尽くしたものね」。「多分な」〔この最後の会話は、バーノンに強い印象を与える〕。トリクシーは。夜が更けてもまだ外にいる子供たちに、「あなたたち、もう寝なさい」と声をかける(2枚目の写真)。その時、外にいたのは、ミドルとリトルのモール、エドモニアとポール。バーノンに督促されると、ミドルは 「中で寝たくないんだ」と反論する。「クソったれ、何で、寝ないんだ?」。「家に、死人がいるからさ」。「いいか、奴は、死んでるから、噛みつきゃしないんだ。来い! 全員、直ちに、ベッドに入れ! 明日は、埋葬を済ませたら、できるだけ早く、キング&クイーン郡を おさらばするぞ」。
  
  

その夜、ポールはシャドラックの夢を見る。夢なので、実際にあったことなのかどうかは分からない。ダブニー・プランテーションの奴隷たちが、着飾って墓地でパーティを開いている(1枚目の写真)。すると、少年シャドラックが現われ、祖母と思われる女性から、ミッキーマウスの懐中時計をプレゼントされる(2枚目の写真、矢印)。彼女は、それをシャドラックの胸ポケットに入れ、「心には、正直にな」と言う。
  
  

偶然にも、死んで数時間以上経ったシャドラックの胸に組まれた右手が 手のひらを上にしてバタンと拡がって落ち、その音で、ポールがハッと目が覚める(1枚目の写真)。「リトル・モール? あれ聞いた?」と訊くと、隣に寝ていたリトル・モールがいない。ポールは立ち上がると、バルコニーに出るドアを開く。そして、地面を見下ろすと(2枚目の写真)、そこには、広げた敷物の上に、女性3人とリトル・モールが寝ていた。ポールは、一番手前のエドモニアの横に寝ることにする(3枚目の写真)。
  
  
  

翌朝、バーノンとトリクシーが森の中で密造酒を運んでいると、保安官が呼ぶ声が聞こえてくる。2人は密造酒を隠すと、保安官の前に姿を見せる。保安官:「えらく、早いじゃないか」。バーノン:「35ドル分の仕事をしてたのさ」(1枚目の写真)〔正直な話〕。「年取った黒人の紳士は、どうなった?」。「上々だ」。「セドン・ワシントンが言っとったぞ、昨夜、ドミノの最中に死んだって。事実なのか?」。「2人で、ドミノをしてたのが?」。「黒んぼが 死んだことだ。事実なのか、違うのか?」。バーノンは 「なんでこう、どいつもこいつも、ベラベラとウチの話を しゃべりやがるんだ!」〔ジョーに続いて2人目〕と ひとくさり文句を言った上で、「そう、奴は死んだ。だから、死人なんかに構うのはやめて、もっと有益な仕事に専念したらどうなんだ」と、くどい保安官に文句。「立場上、死体を見せてもらう」。家の中に入ろうとした保安官に、バーノンは 「そこには、ない」と言う。保安官は、てっきり夜の間に埋めたと思い、「バーン、この前 言ったように、私有地に埋葬することは、バージニアの州法に違反し…」と言い始めるが、バーノンは 「奴は、そこだ」と言い、手製の棺桶を指す。そして、「タッパハノックの黒人の葬儀屋と段取りを決めてきた」し、保安官に、葬儀屋に電話して 「シャドラックが死んだ」と伝えるよう頼む。保安官はあっけに取られたような顔で話を聞いている(2枚目の写真)。「暑いから、急がんとな」(3枚目の写真)。保安官は、蓋を開けて確認することなく、「これでいいんだ、バーン。時が経てば 法も変わる」と、法が守られたことで機嫌がよくなる。バーノンは、「あのクソったれを、いったい どこに埋めたと思ったんだね?」とダメ押し。「済んだことだ。そう苛(いじ)めるな、バーノン」。
  
  
  

このやり取りを聞いたポールとトリクシーは、シャドラックが寝ていた部屋に行ってみるが、やはり遺体はなくなっている(1枚目の写真)。タッパハノックの葬儀屋が棺を取りに来て、埋葬諸費用として、35ドル分の密造酒を棺の横に入れる(2枚目の写真)。小さな黒人教会では、黒人の神父が、シャドラックのために最後の祈りを捧げる。「首(こうべ)を垂れよ。我らがシャドラックのために祈ろう。父であり、祖父であった。そして、奴隷として生まれた 最後の一人に。神は、彼を救い給うた。百年もの探索の旅の後に。神は、彼を救い給うた。百年もの苦難に満ちた流浪の旅から。神は、彼を救い給うた。終(つい)の住処(すみか)を持たない暮らしから。神は、聖書に基き判決を下される。シャドラックは、約束の地へと向うであろう…」。一家6人とポールが参列しているが(3枚目の写真)、話をぜんぜん聞いてないバーノンは、トリクシーに注意される。そして、埋葬(4枚目の写真)。暑いせいか、全員が砂をひと握り墓穴に入れると、早々に引き揚げる。最後まで見張っていた保安官が、「いよいよ、出発かね?」と訊くと、「日が沈むまで待つよ。涼しいからな」と返事する。
  
  
  
  

家に戻ると、バーノンは、「いいか、全員で 蒸留器のトコまで行くんだ。出発前に、やってもらうコトがある」と命じる。ミドルを先頭に、リトルとポールはボールを投げ合いながら、バーノンは一輪車を押して、森に入って行く(1枚目の写真)。ミドルが蒸留器の場所への隠し扉を開けると、ポールが後ろ向きのまま、ボールをキャッチしようと中に入り、つまずいて転ぶ。そこにあったのは、白い布を被せたシャドラックの遺体だった。ポールはびっくりして体を起こす(2枚目の写真)。驚いたのは、ポールだけではなく、子供たち全員だ。それを見て、バーノンとトリクシーは顔を向き合って嬉しそうにほほ笑む(3枚目の写真)〔この映画でナンバー・ワンの微笑み〕。バーノンは、子供たちに向かって、「ここは、ダブニーの土地だ。キング&クィーン郡のテーズウェル保安官は クソったれ野郎だ」と言い、その言葉に、ポールが何とも言えない笑顔を見せる(4枚目の写真)。エドモニアは、感謝して父に抱き着く。バーノンは、ミドル・モールに手伝わせて、遺体を一輪車に乗せる。
  
  
  
  

遺体を乗せた一輪車は、薄暗くなった森の中を、ダブニー家の墓地へと向かう(1枚目の写真)。そして、バーノンとミドルが二人掛りで 遺体を入れる穴を掘る(2枚目の写真)。バーノンとミドルが遺体を埋葬しようとすると、エドモニアが 「待って」と言い、シャドラックの懐中時計を取り出すと、「心臓のそばに入れとくね」と言って(3枚目の写真、矢印)、遺体の上に置く。遺体は、無事に埋葬される。
  
  
  

住み慣れた町に戻る車の中で、ポールは窓越しに外を眺める(1枚目の写真)。すると、最後のナレーションが始まる。「私は、シャドラックの生と死を見るまで、死について考えたことなどなかった。私は、そこで初めて学ぶことができた… “時と その終焉” について」。ポールをはじめ、子供たち全員が車内で寝てしまい、やがて朝日が昇る。ポールが目覚めると、そこは自分の家の前。父と母が、迎えに出てくる。運転席から降りたバーノンは、助手席側の後部ドアを開け、「家に着いたぞ、ポール」と手を取って降ろす(2枚目の写真)。「だが、シャドラックの平穏な死は、2年後に訪れた母の死の予習とはならなかった。それは、仮借なき痛みと苦しみとの長い闘いだったから。母の苦悶に困惑して、苦しみから解放されるよう絶望的な思いでいた時、シャドラックのことを思い出した。1世紀にわたり耐えてきた彼の苦難を」(3枚目の写真)「すると、ダブニーさんの言葉が聞こえてきた。彼が口にした最も奥の深い言葉だ。『それが、死だ』」。
  
  
  

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