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My Life So Far これが私の子供時代

イギリス映画 (1999)

原作『Son of Adam』の本文より前に、家系図が書いてある。下の家系図は、本の家系図の間違いを訂正し、分かった限りの生没年を付け加えたもの。原作映画の主人公は、太字で書いたデニス〔Denis Forman〕だ。原作では、父はアダム・フォアマン〔Adam〕、母はフローラ〔Flora〕、祖母は通称ガンマ〔Gamma〕、正式名称エイミー・スミス〔Amy Smith〕映画では、意図的に名前が変えてあり、デニス→フレイザー・ペティグリュー〔Fraser Pettigrew〕、アダム→エドワード〔Edward〕、フローラ→モイラ〔Moira〕、ガンマはそのまま。映画の中では伯父は1人しか出てこないが、実際には5人いる。この中で、長男のアーサー・スミス〔Arther Smith〕が、父の跡を継いで、リヴァプール最大の綿花仲買会社の社長 兼 リヴァプール綿花取引所の会長なので、映画の中のモリス・マッキントッシュ〔Morris MacIntosh〕に該当している。ただ、祖父ジェームズ・スミスと祖母(旧姓エイミー・オリファント)が結婚したのは1872年なので、最初の子がすぐに産まれたとすれば、1873年となる〔6番目のフローラは1880年生まれ〕。すると、デニスの父と伯父の年齢は、僅か2歳となる。しかし、映画の父エドワード役のコリン・ファースと伯父モリス役のマルコム・マクダウェルの年齢差は17歳もあり、違和感を感じる。家系図の下にある集合写真は、本の中にある12枚の写真のうちの1つ。デニスの年齢は、映画のデニスより幼いが、この写真には、一家の2人の姉、兄、弟とガンマまで映っているので、最適だと思い掲載した。



原作の舞台となるクラギーランズ館〔Craigielands House〕は、スコットランド最南端のダンフリーズ・アンド・ガロウェイ〔Dumfries and Galloway〕州にある館。1817年にウィリアム・バーン〔William Burn〕によって設計されたグレードA指定建造物〔日本の国重文(国指定の重要文化財)〕のジョージアン・パラディアン様式の邸宅。原作に、「結婚から10年後、ジェームズ・スミスはクラギーランズ館を購入した」とあるので、購入した年は1882年。ジェームズ・スミスは1909年に死亡するので、この館で27年間暮らしたことになる。1枚目の写真は、館と庭園と池を空から映したもの、2枚目の写真はジョージアン・パラディアン様式がよく分かる、正面から映した写真。3枚目の写真は、映画のロケに使われたアードキングラス館〔Ardkinglas House〕で、クラギーランズ館の北西141kmに位置し、ロッホ〔細長い入江〕に近い山岳地帯にある。なぜ、海から離れた平坦な地形にあるクラギーランズ館に変わって、こんな山の中の、しかも、デザインも中世の城のような館をロケ地に選んだのかは理解できない。

原作は、12の章から成っている。1.A Very Pretty Place(とても素敵な場所)〔クラギーランズ館の紹介〕2.Everybody Friends(みんな友だち)〔館内の保育所の様子〕3.The Late Mr Smith(故スミス氏)〔祖父についての話〕4.To Learn You Something(いろいろ教わる)〔学校や館での集団体験〕5.Such a Decent Chap(実に立派な人だ)〔若き日のスミス兄弟とアダムの友情〕6.What’s Right and What’s Wrong(何が正しくて、何が間違っているのか)〔ガンマ、アダム、フローラの三位一体〕7.Getting Worse and Worse(ますます悪くなる)〔ダメな家庭教師3人〕8.The Likes of Us(みんなで一緒に)〔農場、狩猟会、カーリングなどの行事について〕9.Disputatious Matters(論争の的となること)〔デニスが倫理百科事典を読んで〕10.The Occupation of a Moron(間抜けた仕事)〔デニスのマス釣り〕11.God-forsaken Little Tunes(神に見放された小さな調べ)〔デニスのベートーヴェンへの愛〕12.A Surprise for God(神もびっくり)〔デニスが仕掛けた宗教論争〕。見て分かる通り、時代順ではなく、項目ごとに書かれている。このような原作をもとに、映画の脚本を書くのは至難の業であろう。実際、映画では、❶映画だけが作り上げた(原作とは無関係の)メイン・ストーリー、❷原作の一部から、それがデニスが何歳の時の出来事であろうと、小さな話題として映画に散りばめたもの、の2種類に分かれる。❶としては、a)主役のフレイザーは、デニスのような理知的な少年では全くない。宗教にも無関心で、ひたすらエッチなことに邁進する “おバカ” な子〔最悪〕b)デニスの父は、伯父の婚約者の若いフランス女性に魅せられて、肉体関係にまで及ぶ〔最悪〕c)ガンマ、アダム、フローラの性格が原作とかなり違い、3人が「三位一体」になっていない〔良くない〕d) 伯父は、ガンマが死んだら館と領地をもらえると言われ、義弟のアダムを批判する、e)祖母ガンマの子はデニスの伯父と母だけ、f)第一次世界大戦が終わって10年以上経つのに、アダムが水苔栽培をしている。❷については、あらすじの中で、その都度、原作を引用して紹介する。よく探すと、結構な量になる。でも、そうでもなければ、❶が多いので、原作映画化とは完全に乖離したものとなる。❷の存在が、かろうじて救っているのだが、特に、❶a)は、初期段階にあったTV界での活躍を認められて「Sir」の称号を授与された人物に対し、あまりにも失礼な “自伝の映画化” であった。映画が公開された時、81歳だったサー・デニス・フォアマンは観て笑ったと言われるが、心の底では怒りに燃えていたのではなかろうか。

この映画は、最初、AIをフルに活用して解説からあらすじまでを完成させた。その後、AIの言っていたことがすべてハルシネーション〔事実とは異なる情報を、あたかも真実であるかのように自信満々に生成する現象〕で、正しいことは何一つないことが分かり、原作を取り寄せ、全ページをスキャンし、それをワードに変換し〔こんな手間は二度とかけたくない〕、全文を読み、AIの100%の嘘が、実は200%であることに愕然とした。そこで、折角つくった「AIハルシネーション版」は永久に保存して公開することにした。200%と書いたのは、『Son of Adam』の続編の部分にも、あきれるほどの嘘があったことを指している。その部分についもても、「AIハルシネーション版」に記載する。

フレイザー役はロバート・ノーマン(Robert Norman)。これが映画初出演という以外、何も分からない。これ一作しかないのは、この映画を観て、誰もが彼に不快感を抱いたからに違いない。演技は下手、顔は、典型的な “おバカ”。救いようがない。キャスティングのミス。他は、すべて正解なのに、なぜ主役だけ、ミスキャストしたのだろう。

あらすじ

映画は、キロラン館〔本当の場所:クラギーランズ〕で、フレイザー・ペティグリュー〔本当の名前:デニス・フォアマン〕がまだ2~3歳頃のシーンから始まる。10歳のフレイザーの、「僕が小さかった頃、この世で一番嫌いだったのはじっとしていることだった」というナレーションが入る。これは、【原作(2章)にある、「休憩時間は、私の人生で最も長い時間だったと言えるだろう。少なくとも読書を楽しむようになるまでは、じっと横になっているのが性に合わなかったのだ。実際、私の最も有名な犯罪のうち2つは、純粋な苛立ちから生まれ、この休憩時間中に犯されたものだった」。という記述に基づいたものだ。映画に戻ると、幼いフレイザーはベッドから下りると、車輪の付いたベッドを動かして窓の所まで移動させる。そして、再びベッドの上に戻るとカーテンを開ける。「ベッドで寝てろなんて、僕みたいな子にとって拷問みたいなものだった。外でみんなが楽しそうに遊んでるのに、ガンマ〔本当の名前:エイミー・スミス、通称ガンマ〕がそう言ったんだ。だから、僕はあの有名な『悪いこと』をやっちゃった。あんなに天気のいい、最高の日だったから〔上の原作の2つ目の太字。そして、フレイザーは、当時の大邸宅に使われていた “胸壁内雨樋〔Parapet Gutter〕” と呼ばれる幅の広い排水溝を楽しそうに這って行く(2枚目の写真)。それに気付いた “下” では大騒ぎとなる。【原作(2章)には、「館の最上階、窓のすぐ下の高さに、18インチ〔46cm〕ほどの幅の鉛の雨樋が走っていた。強制された退屈に耐えかねた私は、家具を積み上げ、窓の留め金に手が届く高さまで登った。窓を開け、そこから這い出し、雨樋に沿って這い進んだ。この無謀な挙動に動機などない。何もしないよりはましだという確信があっただけだ。40フィート〔12m〕ほど下を通った姉のシーラが私を見上げ、当然ながら愕然とした。彼女は持ち前の冷静さで叫んだ。「子供部屋にとっておきのお菓子があるわ。戻ったらあげる」。そこで私は、古今の「縁歩き」たちが等しく直面した事実に気づいた。向きを変えられないのだ。やむなく、10フィート〔3m〕ほど離れた元の窓へと後ずさりしたが、その間、室内に人が集まってくる気配感じた。私が窓の近くまで戻ると、父の強い手が私のズボンの腰帯を掴み、室内に引き戻した。そこでは姉弟や乳母、そして父が、ショックのあまり笑い、泣き、私に接吻していた。実に晴れがましい光景だった。その後、死ぬところだったのだと説教はされたが、お咎めはなかった。ただ、1時間もしないうちに、デイヴィ・スローンが2つの窓の開口部に兎除けの金網を打ち付けた」と書かれていて、デニスは3mほど後ずさりするが、映画では前に這い続ける。そして、90度の曲がり角まで来ても、平気で進んで行く(2枚目の写真)。

フレイザーは、雨樋を「ワン、ワン」と何度も言いながら這っている。階段を駆け上がってきた父のエドワード・ペティグリュー〔本当の名前:アダム・フォアマン〕は、屋根の反対側から棟〔てっぺん〕まで登り、そこから反対側の “排水溝を這っている息子” まで下りて行くが、父も 「ワン、ワン」と何度も言いながら下に降りて行く(3枚目の写真)。ここで、フレイザーのナレーションが入る。「僕とパパが本当に理解し合えたのは、犬語だけだった。犬語で意思疎通ができたから、パパは屋根の上の僕の所までやって来て、僕の命を救ってくれたんだ」。犬語に関して【原作(6章)には、「父は食卓を回りながら、綺麗に剃り上げた頬を私の頬に寄せ、子供たち一人一人に唸り声を上げた。わが家にどうしてこの『犬語〔dog language〕』の習慣が根付いたのかは分からないが、それは家族の共通語のようになった。不満があればスパニエルのように鼻を鳴らし、痛ければ遠吠えをし、同情を引きたければ、手首をだらりと下げて痛めた前足の真似をしながら手を差し出すのだ。唸り声は親愛の印もあれば敵意の時もあった。鼻をふんふんと鳴らすのは親交の証だ。誰もが唸っていたが(子供部屋ではよく唸り声が響いたものだ)、なかでも父の唸り声が一番大きかった」と書かれている。フレイザーを掴んだ父は、彼を抱えて棟を超えると、屋根の反対側まで下り、フレイザーを頭上高く掲げて、下の群衆から喝采を浴びる。このあと、映画は、すぐに10歳のフレイザーに変わる。

フレイザーのナレーション:「パパはすごいんだ。発明家で、天才なんだ。時々、パパはその機械に対する才能と、ベートーヴェンへの深い愛を融合させる」。そして、みんなを呼び、ベートーヴェンの交響曲第5番のレコードを、特別に作った装置にかけて音の良さを自慢する(1枚目の写真)。原作では、ベートヴェン好きはデニス自身で、父は音楽は好きだが、ベートーヴェン一途と言うわけではない。【原作(6章)には、「両親は2人とも音楽好きだった。ラジオや蓄音機の前にじっと座り、レコードを掛け替える間ですら口を開かなかった。曲が終わるとすぐに、母は『本当に見事だわ』『素晴らしい、なんて素晴らしいの』と感嘆の声を上げた。父も『ベートーヴェンは、自分が何をすべきか実によく分かっていたな』とか『ワーグナーを好まない者がいるとは信じがたい』などと言った。2人が心から感動しているのは明らかだった。時には母が涙を拭ったり、父がパイプの火を消したままにしたりすることもあったが、それは深い感動の表れだった」と書かれている。それより、映画の場面で重要なのは、父の発明した機械でレコードの音が格段に良くなったという点。しかし、レコードの歴史から見ると、音が格段に良くなるきっかけは、1925年に実用化された「電気録音」の技術で、これにより、劇的な高音質化と広帯域化が実現した。だから、まともな音が入っておいないレコードを、どんな機械にかけても、きれいな音は出てこない。【原作(11章)に、「あるクリスマスのこと、ジャーメイン伯母〔アーティ伯父の妻〕が、ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団によるベートーヴェン交響曲第7番第2楽章のレコードをくれた。だが、そのレコードが衝撃的だったのは、単にストコフスキーとチェロのせいだけではない。それは私たちが初めて聴く電気録音であり、蓄音機がおもちゃから楽器へと変貌を遂げたという知らせをクラギーランズにもたらした。広間で聴き入っていた私たちは、ただ圧倒された。母はレコードが鳴っている最中に『本当に驚いたわ! この低音、なんて凄いの!』と叫び、自ら定めた禁を破った」とあるシーンが、映画の場面に似ている。しかし、レコードが良くなると、今度は機械を良くしたくなる。そこで、デニスは父に頼み、【原作(11章)には、「私は、父が新しい蓄音機を組み立てる際の手引として描いた “山のような図面” を読み解こうと苦戦した。古いガラード製のモーターは、重工業用にも耐えるほど頑丈な山形鋼の四角い枠に据えられ、この土台からは3インチ〔7.6cm〕幅の山形鋼が3フィート〔0.9m〕ほど突き出していた。その突き出た先端には、朝顔型ホーンを支えるボールベアリングを収めた垂直の筒があった。ホーンには、釣り合いの取れる位置にブラケット〔連結金具〕が固定されており、それが筒の中にはめ込まれていた。ホーンの下のロッド〔細い金属の棒〕に取り付けられた小さな真鍮の重りは、レコード表面にかかる針の重さが、最適と考えられていた約2オンス〔57gr〕になるよう、前後に動かすことができた。装置全体はこの一つのボールベアリング部分だけで支えられていた。一吹きの風やドアを閉める音で針が跳んでしまうこともあったが、概してそれは大成功だった。それは実際に動き、私たちがそれまで聴いたどの蓄音機よりも良い音がした。そしてそれは、1930年代の高級蓄音機市場を席巻することになるEMGマシンの先駆けとなるものだったのである」と書かれている。映画のシーンはこちらかもしれないが、残念なことに、フレイザーとは全く関係がない。

映画では、この場面の後、本物の複葉機が飛んできて、館の近くの牧場に着陸する。降りて来たのは、自らを「ガブリエル・シュヌー、空の皇帝〔emperor of the air〕」と名乗るフランス人の飛行士〔1927年はリンドバーグがニューヨーク〜パリ間の大西洋無着陸単独飛行に成功した年なので、特にスコットランドの田舎では飛行機が極めて珍しかった〕。当然、父のエドワードから歓迎される。エドワードは、飛行士を水苔の事務所まで連れて行く(2枚目の写真、矢印は「Star」のエンブレム )原作にはない場面〕。この車について、【原作(6章)には、「スター」は父専用の車であり、彼の愛着と喜び、そして関心のすべてだった。「シンガー」は、最初は補助座席付きの2人乗りモデル、次は家族用の4人乗りで、母のために用意された。しかし、母が数回の脱輪を経て、ついにミルトン農場の石垣を壊し、運転を習得できないことを決定づけてからは、スターの繊細な感性を乱す可能性のある悪路や農道を父が走る際の、ちょっとした用足しに使われるようになった。どの車も、とりわけスターは、当時の車好きが手に入れられるあらゆる最新機器を備えていた。1920年代、自動車に乗ることは移動手段であると同時にスポーツであり趣味でもあった。父は、郵便で自動車雑誌『モーター』や『オートカー』が届く日には、朝食をゆっくりと食べ、2杯の紅茶(同時に飲み頃になるよう、いつも2杯一度に注いでいた)がすっかり冷めるまで読みふけった。スターには、当時としては極めて珍しいセルフスターターをはじめ、腕を出す必要をなくすための方向指示器、手動式のワイパー、ステップ上の予備燃料タンク、クラクションを含む5、6種類の警笛、後部座席の床下のフットウォーマー、後部座席の乗客用の2枚目のフロントガラス、荷台の曲線に合わせて特注された2つのスーツケース(自立しないためホテルのポーターを困らせた)、そしてエンジンの性能を高めるための数多の内部装置が備わっていた。もちろん、LPI(ロートン式出力増幅器)もその一つだ。AIは、イタリア製のランチア・ラムダだと嘘を付いたが、実際には、イギリス製の名車。

エドワードは飛行士に、「ヨーロッパで唯一の水苔工場にいらして光栄です」と言い、フレイザーは、「僕の父は 『ペティグリュー式出力増幅器』 を発明し、特許を取得したんです」と自慢する(3枚目の写真)。この『出力増幅器』について、【原作(6章)にも、「実験の対象は数多くあったが、そのうちの一つ、LPI(ロートン式出力増幅器)だけは実用化にこぎ着けた。これは、燃料からより高い燃費を引き出すための装置だった。気化器に取り付ける不格好な代物だったが、オリバー・ロッジ卿がこれを採用し、自動車メーカーに売り込んだ。しかし、普及するには至らなかった。私の記憶にあるのは、ガレージに保管されていた20、30個ほどのLPIの箱だけで、おそらく非常用に取っておいたものだろう。この輝かしい一例を除けば、作業場はもっぱら家庭内での実験に捧げられていた」と書かれている。このLPIを、父が自分の愛車「スター」にも装着していたことが、前節の引用文からも分かる。

次のシーンは、飛行機が飛び去った後、エドワードがダイナマイトを使って “水苔を工場まで3マイル〔4.8km〕短縮して運べるようにするための道路造り” をしている場面(1枚目の写真)。この映像とともに、フレイザーのナレーションが始まる。「パパが初めて水苔を採り始めたのは、あの大きな戦争〔第一次世界大戦〕の時だった。水苔は脱脂綿よりも10倍も水分を吸い取ってくれるから、兵隊さんの傷口に当てるために使われたんだ。兵隊さんがひどいケガをした時、その血とか、はみ出ちゃった中身とか、全部を吸い取ってくれたのは水苔だったんだ」。原作には、水苔栽培に関して、父が行った生涯唯一の社会的貢献について、次のように触れている。【原作(5章)❶「第一次世界大戦が勃発した。38歳の父には、戦地に赴くという考えは全くなかった。その代わりに、彼は傷口の当て布用として水苔の収集と発送を組織した。これこそ、父にとって栄光の瞬間であった。その組織能力は目覚ましく、やがて女子陸軍部隊を従え、スコットランド全土の水苔事業を取り仕切るまでになった。いたるところから、水苔の入った袋を積んだトラックが何台もクラギーランズにやって来て、水苔をテニスコートの枠に広げて乾燥させた。そして、父が発明した機械によるいくつかの単純な工程を経て、粉砕、梱包、発送された。水苔は脱脂綿の20倍もの吸収力があり、多くの命を救ったと言われている。水苔事業の功績により、父はCBE〔大英帝国勲章の第3位の「司令官」章〕を授与された。父の人生において、それ以前も以後も、これほど実用的で成功を収めた事業は他になかった」。❷「1917年10月に私が生まれた時、父はまだ水苔に没頭していた。作業そのものの記憶はないが、水苔時代の数々の遺物は、クラギーランズでの戦時下の生活を鮮やかに思い起こさせるものとして残っていた。あらゆる種類の水苔の残骸が、最終工程が行われた大きな屋根裏部屋である “水苔室” に積み上げられていた。そこには木製のモノレールや幅の広い平らな枕木、そして二輪の木製トロリーのような巨大なスクーターがあり、大勢の女性たちが、水浸しの沼地から道路沿いのトラックまで、水を含んだ重い袋を押して運んでいた。そこには何千もの麻袋、織機、枠、あらゆる種類のヒース・ロビンソン風の奇妙な機械、スコットランドの冬を戦い抜く女性たちのための重い防寒着があり、そして片隅には、ファラオの墓の穀物のように、埃をかぶった水苔が山をなしていた」。しかし、水苔事業は第一次世界大戦が終わると〔1918年11月〕、需要がなくなって不要となる。映画で、10歳のフレイザー〔1917年10月生まれなので、1927~28年〕が父の水苔栽培事業を見るという設定は、歴史的には完全な間違い。アダム・フォアマンの人生で、後世に知られているものは水苔しかないので、敢えて採択したのであろう。

すると、そこに、キロランの持ち主であるガンマと伯父のモリス・マッキントッシュの乗った車が工事現場を通りかかる。車から降りたガンマは、「エドワード、この地所はあなたのものではありません。許可も得ずに破壊したり爆発したりしてはなりません」と批判する(2枚目の写真)。その後に、祖母の長男で、財産の後継者でもある伯父〔エドワードにとっては義兄〕が、「エドワード、何で君が好き勝手に爆破できると思ってるんだ?」と罵る。解説の最初に示した家系図を見れば、ガンマには5人の息子と、1人の娘がいることが分かる。この中で、長男のアーサーが、祖父ジェームズ・スミスの会社〔リヴァプール最大の綿織物会社スミス・エドワーズ〕の後継者なので、「モリス・マッキントッシュ〔本当の名前:アーサー・スミス〕」と書いてもいいであろう。クラギーランズにおけるガンマの存在について、【原作(1章)には、「祖父のジェームズは私たちにクラギーランズを遺した。それは、彼が書いたかもしれないいかなる書物や美術品のコレクションよりも、二世代にわたって大きな影響を与え、私たちの人生を形作る上でより強力な力となり、そして間違いなく、金銭の遺産よりも、私たちの成長にずっと健全な影響を与えた」と、【原作(3章)には、ガンマが語った話として、「私(ガンマ)が付き添っていたとき、彼(ジェームズ)は便箋と鉛筆を求め、2ページにわたって力強く、はっきりと(遺言の補遺を)書き、それをアーサーに渡してほしいと私に頼んだ」と書かれている。つまり、事業はアーサーに、館はガンマに遺贈された。その結果として、デニスは、【原作(3章)で、「10年後、私が彼女の意識に入る頃には、ジェームズはもはや過去の記憶となり、子供たちは成人し、彼女(ガンマ)の役割はほぼ完全にクラギーランズの絶対的な支配者になっていた」と記している。映画の設定では、この時点で、ガンマはキロランをモリスに遺贈することにしていたので、それは、原作におけるアーサーの立場とは異なる。

このあとに、フレイザーと父との会話の場面が入る。父:「モリス伯父さんが戻ってきた。ガンマは、モリス伯父さんが500マイル〔800km〕も離れた場所に住んでいて、ごくたまにしか顔を見せないにもかかわらず〔only shows his face once in a blue moon、キロランの管理に関しては彼が一番よく分かっていると思っている」。フレイザーは、英文の部分を 「青い月に一度、顔を見せる」と直訳したので、「青い月blue moonって何?」と訊く(3枚目の写真)。恐らく、父は、慣用句として「only shows his face once in a blue moon」と言ったのを忘れ、 “blue moon”〔隠語で、子供には立ち入らせない、あるいは教える必要のない「夜のプライベートな時間」〕」のことを訊かれたと勘違いし、何も答えず、フレイザーの体を掴むと、犬のように唸りながら走り始める原作にはない〕。」

次のシーンは日曜日の礼拝。フレイザーの一家は、母、モリス伯父、ガンマ、フレイザー、弟のフィンレイ、兄のロロー、姉のエルスペスの順に座っている(1枚目の写真)〔兄、弟、姉の本当の名前は、ショルト、マイケル、シーラ。この中で、デニスの次に歴史的に名を残したのは、ジェームズ・アダム・ショルト・フォアマン。外科医として活躍し、王立一般開業医協会のフェロー(最高位の称号)、王立外科医師協会のフェローに選出された〕。日曜日の礼拝について、【原作(4章)には、「毎週日曜日の午前11時になると、2台の車、日曜用のツイード〔太く粗い羊毛の〕・スーツを着た父がハンドルを握るスターと、ジム・ライリーが運転するカロン―が正面階段の前に停まった。11時20分、私たちは車を降りたが、その際、セント・メアリー合同自由教会の鐘の不快な音が響いていた。規律を保つため、子供たちは大人に挟まれて座らされた。もし子供の数が大人より多く、子供同士が並んで座ろうものなら、必ずつねり合いや押し合い、その他諸々の騒動が起こるからであった」とある。だから、1枚目の写真は、その状況を反映していない。

説教壇に立った父は、「“健全なる精神は健全なる肉体に宿る” と言います。だが皆さん。我々が守るべき “健全な精神” とは、果たして何なのか! それは、自らの信じる道に対し、一点の曇りもなく、雄々しく立ち向かう不屈の姿勢なのです!」「さて、本日はウィリアム・ブレイクのあの輝かしき〔『エルサレム(Jerusalem)』〕の一節を借り、説教の主題としたいと思います。『燃え盛る金の弓を、我が手に。望みの矢を、我が手に』…」と話し始める(2枚目の写真)。しかし、原作では、父はこの時点で牧師ではない。まず、父の経歴について少し長くなるが、簡潔に記しておこう。彼は、1890年にロレット校〔1827年に創立されたスコットランド最古の全寮制のプライベートスクール〕に入学したが、スミス家の四男のバートラムは同年、五男のニールは1892年に入学し、この3人がパルシップ〔Palship〕という平底船で冒険するグループの中心メンバーとなる。長男のアーサー、次男のトーマス、三男のアランもロレット校の出身、あるいは在学中だったので、アダムは学校の休暇のほとんどをクラギーランズで過ごした。それが縁となり、1894年の夏、アダムが18歳で、スミス家の唯一人の娘のフローラが僅か14歳の時、2人はこっそり婚約した。アダムは、20歳を少し過ぎた頃にロレット校を卒業すると、リヴァプールにある総合輸入輸出業者バルフォア・ウィリアムソン社に入社した。これは最悪の選択で、アダムはそこでの仕事が嫌いだった上、1899年にサンフランシスコに8年間の出張を命じられた。その翌年の1900年に当地で会った友人に、「帰国することに決めた。オックスフォードかケンブリッジのいずれかに進み、聖職の資格(叙任)を得るつもりだ。家族の(経済的な)暮らしが保証されるまでは、今の実務を続けるのが義務だと考えている」と告げている。以上は原作の内容を私がまとめたものだが、このあとは、【原作(5章)の記述。❶「父がいつサンフランシスコから帰国したのか、正確な日付はわからない。だが、彼は1904年、1905年、1906年とケンブリッジ大学のラグビー代表選手としてプレーし、1907年に聖職に就いている。このことから察するに、彼は(あの決意をした後も)少なくともあと3年はサンフランシスコに留まっていたようだ」。❷「1904年4月、まだケンブリッジにいた頃、父は『ザ・チャイルド〔フローラの愛称〕』と正式に婚約し、その2年後に2人は結婚した。父が32歳、母が28歳の時のことだ」。❸「父の最初の赴任地はビショップ・オークランドの牧師補だったが、そこでの彼の派手な生活ぶりゆえに、『百万長者の牧師』として知られるようになった。彼はそこに長くは留まらなかった。というのも、彼は “牧師襟” の着用を、母校ロレット校の校風反するという理由で拒んだ上に、『老婆が3人かそこらしか来ない』ようなら聖餐式を執り行うことも拒否したからだ。結局、司教から諫言を受け、父はロレット校のチャプレン〔校内牧師〕に就任するために去った」。❹「父は、ロレット校で3年間教師を務め、クラギーランズにあるガンマの所領管理人として2年間を過ごしたのち、第一次世界大戦が勃発した」。この後、前述の水苔事業へとつながる。言いたかったことは、クラギーランズでのアダムは、あくまでガンマを補佐する館の管理人であり、牧師でも何でもなかったということ。だから、映画で、父のエドワード・ペティグリューが牧師捕として説教をするというのは、完全な創作。

父が熱心に話す説教壇の真下の脇で、教区牧師のフィンレイソンが、聖書で顔を隠すようにして、スキットル〔携帯用の薄型の金属製の酒瓶〕から酒をチビチビと飲んでいる(3枚目の写真、矢印は酒瓶)。【原作(4章)には、このフィンレイソンについて、❶「クラギーランズのあるビアトック教区の聖パトリック教会の牧師フィンレイソン氏は、祖母から低く評価されていた」。❷「スミス一家がビアトックの聖パトリック教会ではなく、モファット教区の聖アンドリュース教会で礼拝するようになったのは、彼の牧師としての品格が原因だった」。❸「彼は情けない人物だった。牧師館の扉を開けると、午後だというのに髭も剃らず、ウイスキーの臭いを漂わせ、部屋着に、聖職者の襟だけを付けた姿で現れた」と書かれている。映画は、この悪癖のフィンレイソン牧師を、名前も変えずにそのまま採用している。

礼拝が終わった後で、遠くに広がる海を見ながら、フレイザーは父に話しかける。「モリス伯父さんが言うにはね、教区牧師さんはそのうち肝臓が爆発しちゃうんだって。でも、牧師さんなら死んでもまっすぐ天国に行けるんでしょ? ねえ、パパ。人って死んで天国に行ったら、みんな自分だけの家をもらえるのかな?」。「住むためにか?」。「うん」。「天国というのは、君が永遠に暮らし続けたいなと思うような場所のことなんだ」。「じゃあ、ずっとここにいるのと、ちっとも変わらないね? 死んじゃうなんて、嘘みたいだ」。「フレイザー、それはとても詩的で、実に的をついた表現だ。私もちょうど同じことを考えていたんだ。ずっと暮らし続ける家のあり方についてね」(1枚目の写真)。原作には、天国についていろいろと書かれているが、一番読んで気に入った箇所を紹介しよう。【原作(9章)ガンマ、父、母の3人は、死後の世界はもちろんあり、自分たちが死んだら天国で亡くなった家族に会えると確信していた。彼らのうち誰一人として天国に行くことを少しも恐れている様子はなかったし、恐れていたとしてもそれを口には出さなかった。母はよく『スコニー〔母の兄のアランのあだ名〕にまた会ったら、こう話すわ…』などと言っていた。しかし、スコニーは亡くなった時のままなのだろうか? 天国では年を取らないらしいが、地上では母は年を取っていく。もし母が90歳で亡くなり、天国で55歳のままのスコニーに遭ったらどうなるだろう。スコニーは、自分より35歳も年上になった妹がそばにいることをあまり喜ばないかもしれない。2人の関係は変わってしまうだろう。ある日曜日の昼食後、私はセント・メアリー教会の牧師であるスミス氏に、この問題を漠然と尋ねてみた。『これは議論の余地のある問題です』と彼は言った」。「死後の世界は単なる願望であり、天国はでたらめだと認識しなければならない。あらゆる哲学、様々な宗教のあらゆる理論、天国と地獄について書かれたあらゆる本は、一つのことを認識し損ねていた。死後の世界の存在は、人々がそうあって欲しいと願った所以であり、それが実際に存在したわけではない」。

この会話の後で、そこに伯父がやってくる。伯父は、「ノルウェーとうひ、シトカとうひ」と言い出す。フレイザーが、「モリス伯父さん、それって何ですか?」と訊くと、「商業用の針葉樹だよ」と答え〔ノルウェーとうひは、木目が詰まっていて強度があるので建材用、シトカとうひは、細胞の繊維が非常に長く、かつ色が白いので製紙用〕、さらに、「君の父が水苔の代りに植えるものだ」と教える(2枚目の写真)。ここで、原作と対比しておきたいのは、モリス伯父、すなわちアーサー伯父の存在感。【原作(7章)に、アーサ―伯父がどう思われていたかが書かれている。❶「アーサーは、ロレット校時代に、なぜか『ジュリア』という不可解なあだ名がついた伯父だ。父と母は彼をジュリアと呼び、ガンマはアーサー、私たち子供はアーティ伯父さんと呼んでいた。アーティ伯父さんは裕福で洗練されており、どこか奔放なところがあった」。❷「クラギーランズにいる間、アーサー伯父は上座を占め、父は右側へ2つ下がった席に格下げされた。伯父は父をさほど評価しておらず、常に自分よりずっと格下の立場に父を厳しく留め置いた」。

フレイザーと、その兄弟が、モリス伯父と一緒に歩いいている。話題がフィンレイソン牧師になると、弟のフィンレイが 「僕、あの人が聖書から飲んでるの見たよ」と言い、全員が笑う。そのあと、伯父は丸太の上に座ると、3人に向かって、「いいかい、例えば、私が結婚したいと思っていたとしよう。そして、私の将来の妻が私よりずっと若く、たまたまフランス人だったとしよう」と、秘密を打ち明ける。すると、フィンレイが 「その女(ひと) 、美人なの?」と訊く。「もちろんだ、フィンレイ」。今度は、フレイザーが、「僕のお母さんみたいにきれいなの?」と訊く。妹のことなどブスだと思っている伯父は、「モイラがきれいだと思うのか? 私の小さな妹が、きれいだと?」と訊く。「もちろんだよ。パパが、『おお、今日はきれいだな』って言ってたもん。『2階に上がってちょっと “スランク〔一発〕” するか?』って」。それを聞いた伯父は、「“スランク”? そんなこと言ったのか?」と笑う。「何がおかしいの?」。すると、兄が、「夫が、『奥さん、ちょっと “スランク” どうだい?』って言ったんだ。“スランク” しよう。スランキューして、サンキューだ」と、最後は駄洒落で逃げる。フレイザー同様、“スランク” の意味が分からないフィンレイは、笑顔で、「スランキュー、バンキュー、アンキュー、スランキュー!」と、兄の最後の言葉をさらにもじる(3枚目の写真)。この “スランク” という言葉は、原作をそのまま受け継いだもの。【原作(6章)に、「昼食後、父が母に『ちょっと “スランク” でもしようか?』と尋ねることがあった。“スランク” とは、北側の部屋のダブルベッドで少し休憩したり、うたた寝をしたりすることだと思っていた。しかし、時が経つにつれ、“スランク” はそれ以上の意味を持つものだと思うようになった。まず、“スランク” をするときは、父と母はドアに鍵をかけたが、これは珍しいことだった。また、“スランク” の間、部屋の中から物音が聞こえることがあった。漠然とした動きの音ではあったが、決して2人が休んでいるような音ではなかった。ようやくドアが開き、父が中国茶の茶器とパン、バターを載せたトレイを持って入ってくると、両親は顔を少し赤らめ、お互いにとても満足そうな顔をしていた。私の推測は正しかったと今では確信している。わだかまりのない性的な関係、時には “スランク” の最中に営まれた関係こそが、お互いへの献身の基盤であり、父の少々面倒な生活習慣を母が寛容に受け入れていた理由だったのだ」と書かれている。

館の前の庭を2人で歩きながら、モリス伯父が母に、「会計はめちゃくちゃですよ、お母さん。無意味な水苔商売からの収入はほんのわずかです。お父さんがこの領地に注いだ投資は、ただじわじわと失われていくばかり」と、エドワードを批判する。この批判に対し、伯父の母ガンマは、「エドワードには少し愚かなところがあるかもしれないが、彼は優しい愚か者よ。キロランはビジネスじゃないのよ、モリス。私たちの領地なの。あなたのお父さんは誰よりもそれを理解していました」と間違いを訂正する。この発言は、【原作(4章)に、「ガンマの言葉は法律であり、即座の服従を要求し、彼女の権力はクラギーランズのあらゆる事柄にまで及んでいた」と書いてある通りだ。2人が館の前まで来ると、階段の上のバルコニーに水泳パンツ姿のエドワードが立ち、階段を下りた芝生の上では、腰にバスタオルを巻いただけの子供たち3人が、準備体操をさせられている(1枚目の写真)。それを見た伯父は、「この変人ども!」と叫ぶが、ガンマは 「エドワードはモイラに心酔し、モイラは彼に夢中なのよ」と円満な家族であることを讃える」。エドワードは、3人を連れて湖まで行くと、腰に巻いたバスタオルを外させ、全裸で飛び込ませる(2枚目の写真)。これも原作通り。【原作(6章)に、❶「父は2、3人の震える少年たちを従えると、毎朝のように、池までの300ヤード〔274m〕を駆け下り、タオル地の上着を脱ぎ捨て、真っ裸で水の中に飛び込んだ」と書かれている。これは一見、映画と同じ子供の訓練のように見えるが、実際には、アダムが清潔さを保つための秘訣。「彼は熱い風呂には決して入らなかったが、奇妙なことに、非の打ちどころがないほど清潔だった。そのわけは、熱い風呂に入ると、薄い皮脂膜が破壊され、肌の表面を潤して健全に保てなくなると信じていたからだった」。ここで、上記の湖へのジャンプの一文が入る。そして、「彼は円を描くように6回泳ぐと、鼻から勢いよく息を吹き出し、腕や脚の水を洗い流した」の文で締めくくる。「湖の氷が厚すぎるときは、父とその一行は家で水風呂に入った」。「彼の水泳や沐浴は、人から清潔に見られたいとか、体臭をさせないといった、他人の目を意識したものではなかった。それは、自らの内なる至上命令――己を鼓舞し、常に一定の基準を保ち、規律を維持せねばならないという欲求を満たすためのものだったのだ」。

エドワードは、キロラン館に導入するセントラル・ヒーティングの図面を、ガンマとモイラに見せている(1枚目の写真)〔それまでは、部屋ごとの暖炉を使っていた〕。図面を見たガンマは、「エドワード、もしそこにボイラー室と煙突を配置したら、キロラン館の外観が損なわれるわ」と指摘し、モイラも、「もし、あなたがそこに煙突を設置したら、子供部屋に煙が流れ込むから健康によくないわ」と反対する。原作で、セントラル・ヒーティングについて書かれているのは、僅か1つの節の文章だけ。まず、冒頭の反対については、【原作(12章)に、「セントラルヒーティングの炉が一例だ。小さな平屋ほどもある鋳鉄製の巨大な怪物で、無煙炭を燃料としていた。煙は家の外壁に固定された大きな煙突から排出されるのだが、これが厄介だった。家より高く作れば見栄えが悪くガンマが嫌がるし、かといって家と同じ高さにすれば、煙が寝室の窓に入り込み、外壁の塗装を汚してしまうのだった」とあり、内容はほぼ一致している。

2人の意見を踏まえ、エドワードは、館の工事担当者たちに自ら作った模型を見せる。その案では、煙突から出た煙が子供部屋に行かないよう、芝の下に水平に土管を敷設し、遠くの煙突から排出するという案になっている(2枚目の写真、矢印)。エドワードは、それを、「ペティグリュー式ドラフトアシスト(通風力支援)水平地下式排煙装置」だと言って自慢する。【原作(12章)には、先程の記述に続き、「炉は地下15フィート〔4.5m〕ほどの地下室にあったため、父は、芝生と裏道の下をくぐらせ、70ヤード〔64m〕離れた森の中に煙を逃がす屋外煙道を造ることを思いついた。大規模な掘削とコンクリート打設が完了し、排気は垂直から水平の煙道へと切り替えられた」と、ごく簡単に記されている。

この場面のあと、エドワードは、断熱材として19世紀後半から使われ出したアスベストを担当者に見せ、かじってみる(3枚目の写真、矢印)〔現在は、アスベストの使用は禁止されているが、時に危険なのは、アスベストの繊維が空中に飛散しやすい “吹きつけアスベスト” で、映画のように、初期の “板状に固めたスレートボード” の危険性は低い。映画では、エドワードを含め何人かが口に入れてみるが、肺に入らないので危険性は低い〕原作では、こんな “面白みがなく単純なシーンとしてではなく、アスベストが使われている。恐らく、原作の中で一番ユーモラスな場面だ。【原作(2章): 「あるとき、子供部屋に1人で座っていた私は、ちっとも出なくて〔おまるに排便できない〕、何とかして状況を打破したかった。そこで、セントラルヒーティングの配管からアスベストの被覆材をいくらか剥ぎ取ると(新設されたばかりで、アスベストの使用も父の試みの一つだったに違いない)、それを手のひらですり潰しておまるの中に落とし、合図として決まっていた『フィニ〔終わった〕!』と叫んだ。下働きのナースが私の “成果” を点検しに来て、乳母を呼び入れた。2人は困惑していた。『ずいぶん黄色いわね』と1人が言えば、『ええ、おまけにカサカサ(粉っぽい)だわ』ともう一人が応じる。医者を呼ぼうかとも検討されたが、結局は見送られた。数日の間は事なきを得ていたが、再び出てくれなかった時、私はまた同じ手を使おうとした。ところが、おまるを部屋の端から端まで引きずって移動させたことにナンが気づき、さらには剥き出しになった配管の無惨な姿を見つかってしまった。彼女は全てを察してこう言った。『お母様に言いつけないといけないわね』。しかし、彼女があまりに大笑いしていたので、お咎めはないと確信した。この一件で、私は悪いいたずらや人を欺く術にすっかり味を占めてしまった。適切に立ち回りさえすれば、こうした策略は自分に有利に働かせることができるのだと、私はすぐに悟った〔こちらの方が、粉状に砕いているので肺に入る危険性は高い。2回目で見つかって良かった〕

芝生を掘って土管を埋める工事が行われているので、先程からさらに数ヶ月が経っている(1枚目の写真)。今度は、フレイザーと弟のフィンレイの2人がモリス伯父と庭を歩いている。フィンレイが、「モリス伯父さん、本当に婚約者いるの?」と尋ねる。「本当だぞフィンレイ、いるんだ」。今度はフレイザーが、「誰なのか秘密なの?」と訊く。「今日の午後まではな」。「モリス伯父さん、その女(ひと)、どんな名前で、どこで出会ったの?」。「エロイーズっていう名前で、ゴルフ場で会ったと思うな」。その頃、お披露目会の準備が終わって休憩を取っている裏方に入って行ったフレイザーは、女中の一人に「モリス様が婚約者とゴルフ旅行で出会ったというのは本当ですか?」と尋ねられると、先程伯父から聞いた話を、そこにいた7~8人に打ち明ける。「彼女は、ダンスバンドでチェロを弾いていて、エロイーズって名前なんだ。モリス伯父さんは17番ホールでボギーを打ってしまい、元気づけようとウイスキーソーダを飲んでいたら、美しい音楽が聞こえて来た。そこで、それが何なのか確かめに行き、フランスの三重奏団の中でエロイーズがチェロを弾いているのを見たんだ。伯父さんは、心の中でこう呟いたんだ。『モリス、君にぴったりの女の子だ』ってね。それから、三重奏団の団長に、あの素敵なチェリストにソロを弾いてもらえないかって頼んだんだ。伯父さんは、サン=サーンスの『白鳥〔Le Cygne〕』をリクエストした。フランスの曲だと知ってたから、彼女にいい印象を与えたかったんだって。あくる日、伯父さんは彼女をロビー・バーンズのコテージ〔スコットランドの国民的詩人バーンズの最初の邸宅〕に連れて行き、クリームティー〔紅茶とスコーンのセット〕を楽しみながら、妻になってくれって頼んだんだ」(2・3枚目の写真)。原作にも、ほとんど同じ記述がある。【原作(7章): 「アーティ伯父に関する最も劇的な出来事は、間違いなくジェルマン伯母との結婚だった。伯父は55歳の時にターンベリー・ホテルに滞在していたが、それは北欧諸国の首都を巡るクルーズの締めくくりとして、おそらく一週間のゴルフを楽しもうとしていたからだろう。毎日午後のティータイムに演奏するホテルの三重奏団を間近で見ていた伯父さんは、ある日楽団長に、若きチェリストに独奏をしてもらえないかと頼んだ。彼女がフランス人だと知ったので、サン=サーンスの『白鳥』をリクエストした。その後、彼は楽団の全員をバーンズの生家でのティータイムに連れ出し、その数日後、当時22歳だったチェリストにプロポーズした。彼女はすぐに承諾した」。

モリス伯父が 館に婚約者のエロイーズを連れて来る。エロイーズは、ガンマを筆頭とする一家の前で、持参したチェロで『白鳥』を弾く。ガンマは見事な演奏にうっとりとし、エドワードはエロイーズの若さと美しさに一目惚れし(1枚目の写真)、モイラはそんな夫の態度を少し心配そうに見ている。演奏が終わると、伯父はガンマと話し始める。この部分、映画原作では大きな違いがある。映画では、婚約相手の披露会だが、原作では、アーティ伯父が先に結婚してしまい、その了解を取りにガンマの所に行きOKをもらい、その2週間後にクラギーランズで披露会が開かれる。似ているのは、両方のケースとも、クラギーランズの一家が伯父の婚約者もしくは結婚相手と初めて会うという点。違っているのは、映画ではまだ婚約だけなので、フレイザーの父エドワードが、エロイーズに恋をするという設定。原作の該当部分を紹介しておこう。まず、アーティ伯父とガンマとの会見。【原作(7章)に、「アーティ伯父は疑念を払拭するために一人でやって来た。彼は図書館でガンマと2時間にわたって差し向かいで話し合い、出てきた時には満面の笑みを浮かべて闊歩していた」と書かれている。そして、2週間後の披露会については、「2週間後、アーティ伯父は新しく伯母になったジェルマンを連れて、クラギーランズでのお目見えの儀に臨んだ。彼女はまたたく間に皆の心を掴んだ。素朴で、愛らしく、聡明で、善良さそのものの彼女に、ガンマはすぐに魅了された。私は彼女に一目惚れしたし、彼女もすぐに私を気に入ってくれた。私たちの間には特別な絆が芽生え、彼女はそれまで私の人生には縁のなかったあらゆる事柄を教えてくれた。私はそこで初めて “粋” というものに出会い、すっかり魅了されてしまった。彼女がスタインウェイで奏でるドビュッシーやラヴェルの調べは、私に全く新しい世界を開いてくれた」とあり、映画以上にデニスの評価の “質” が高い。

父エドワードはさっそく、「ペティグリューの水苔の世界を、私自らご案内できれば光栄です」とエロイーズに声を掛け、「是非とも。ありがとございます」と了承を得る。次のシーンで、エドワードは丘の斜面で作業をしている2人の女性作業員のところにエロイーズ連れて行く。フレイザーはエロイーズにぴったりくっついて歩いている。父が、「水苔には2つの利用価値が備わっています、殺菌作用と…」まで言ったところで、フレイザーが割り込み、「脱脂綿の10倍の吸水性があるよ」と説明する。父は、「2人の女性は、切断と梱包係です」と 作業員を紹介する。そのあと、「切断と梱包は…」と説明しようとすると、またフレイザーが割り込む。「切断係は、集めた水苔を一定の大きさに切り、梱包係はそれを運びやすいように包むんだ」。父は、負けじと、「かなりの量の水分を取り除く必要があるんです。水苔を乾燥小屋に並べて…」まで言うと、3度目にフレイザーが 「乾燥させる前にね」と割り込む(2枚目の写真)。その上、「そして、乾燥させた水苔で煙草を作ったんだ。そうだよね、パパ?」と余分なことまで言う。「煙草」は失敗に終わった実験だったので、父は「それは、いい考えじゃない」と否定する。その後、父は、乾燥させた水苔置き場の隣の水苔商品の部屋に行き、石鹸などの説明を始めようとするが、気がつくと、エロイーズの姿がない。実は、エロイーズと仲良くなったフレイザーが、父なんか無視し、乾燥させた水苔を見せに小屋の2階まで連れて行ってしまった。大量の “乾燥させた水苔” の上に横になった2人は、水苔を顔に投げ合って遊ぶ(3枚目の写真)。ここまでの状況は、映画だけの創作なので、原作との対比はない〔以前指摘したように、そもそも、1927年には水苔栽培など行われていない〕

すると、ようやく2人の居場所に気付いた父が梯子を登ってやって来ると、邪魔なフレイザーを強制的に館に返し、水苔商品の部屋から持って来た箱を開けて、中に入っているシャンプー石鹸コロン軟膏を見せ(4枚目の写真)、エロイーズにプレゼントする。この状況も、もちろん映画だけだが、この箱の中の水苔製品については、【原作(6章)に、「戦時中に水苔と深く関わっていたため、父はその効能を過大評価していた。父は水苔には殺菌効果と治療効果の両方があると主張し、どこでどのように作らせのかは神のみぞ知るだが、水苔入りの髭剃り用石鹸だけでなく、化粧石鹸抗菌・保湿軟膏まで作らせていた」という一文がある。

場面が変わり、フレイザーが、屋根裏に放置されたピアノラ(自動演奏ピアノ)の前に座って、独り言をつぶやく。「僕が無知なのは、パパのせいだ。パパはいつだって、役に立つことを一つも教えてくれないんだから。ベートーヴェンのどこがそんなに凄いのか聞いても、『ベートーヴェンはな、神様が寝言で喋っている音〔人間を超越した存在〕なんだよ』なんてことしか言わない。それに、どうしてジャズが嫌いなのか聞くと、『ジャズっていうのはな、フレイザー、悪魔が人間の愚かさを鼻で笑っている音なんだよ』なんて言うんだ」。家族の中で一番ベートーヴェンが好きな原作のデニスと違い、フレイザーは単なる平凡な子に過ぎない。なぜ、この場面を紹介したかというと、原作にもピアノラが登場するからだ【原作(9章)には、「クラギーランズから半マイルほど下ったアナン渓谷にブルームランズ農場があり、そのすぐそば、高い土手とエニシダの茂みに世を忍ぶようにして、ブルームランズ館が佇んでいた。この館を建てたのはベルトラン伯父〔四男〕で、彼は1908年、結核を患い戸外で生活すべきだという理由でリヴァプールの父の会社を退いていた。彼は興味深い人物で、農業に勤しむ傍ら、名工ジョニー・トンプソンに命じて一連の巡回馬車を製造させ、また、えも言われぬ魅力をもつ10数冊の著作を世に送り出していた。『マンチェスター・ガーディアン』紙のカーリングおよびキャラバン担当主筆でもあった彼の著書には、スコットランドの田舎生活を綴った随筆集や、自身の学生時代を描いた2冊の小説がある。彼が亡くなったのは私が生まれた年で、その妻が亡くなったのは私が12歳の時だった。それから1年間、空き家となっていたブルームランズ館を、私は自分の拠点にしていた。裏口の鍵はガレージの排水管の裏に掛かっており、台所や食堂を忍び足で通り過ぎれば、南向きの大きな窓と心地よい暖炉脇の小部屋を備えた、オーク材の羽目板張りの居間に入ることができた。その部屋の隅には、この館の最大の特徴であるピアノラが置かれていた。それは1890年製の頑丈なステック社製で、下には3つの長い籠にロールが詰められ、上には伯父の楽譜やノート、音楽書がすべて収まった本棚があった」と書かれている。

パパより物知りになれるよう、マッキントッシュお祖父ちゃんの蔵書を全部読みあさることに決めたんだ」。そう言うと、フレイザーは本棚から厚い本を取り出す。「表紙の内側に、誰かが何かを書き込んでる。『最愛のサミュエル。禁断の果実は、いつだって一番甘いの。機会さえあれば、あなたに教えてあげたいことがたくさんあるわ。そう考えただけで、私、官能的な恍惚感に包まれてしまう』」。原作でも、デニスは屋根裏部屋に行く。【原作(9章)には、「館の最上階、廊下の突き当たりにあるお手洗いの隣に暗室があった。ある日、私はその隣にある書斎に入った。そこは普段は鍵が掛かっていたが、その重要な日に限って開いていた。床から天井まで届く粗削りの本棚には、父が神学生だった頃の蔵書がぎっしりと詰まっていた。居並ぶ聖なる書物へ順に目を移していくと、全12巻の『倫理学百科事典』が目に留まった」と書かれている。映画が、ずっと前に亡くなった祖父の卑猥な蔵書なのに対し、原作は、父の真面目な蔵書だ。

大勢の人がいる気配がしたので、フレイザーが屋根裏から覗いて見ると、館の前に銃を持った男たちや、猟犬もいる。映画では、こうした場面が僅かにあるだけで、一体何が起きているのかさっぱり分からない。原作では、クラギーランズで定例的に開催される狩猟会について長々とした説明がある。その一部を紹介すると、【原作(9章)には、「クラギーランズでの生活には、たとえ水と油のようではあっても、階層を超えて人々が交わる機会があった。その1つが、年に5、6回行われる森林での内輪の鳥撃ちだった。射手たちは館に滞在しているか、さもなくば車で乗り付けた。近隣に住む引退した医師のサー・デヴィッド・ドラモンドは、心臓を患っていたため、ポニーに乗って狩場へ向かい、自分の射撃場所に着くまでは馬を降りなかった。リバプールから来たジュリアの友人たちや、スコーニー伯父も参加したが、ヴィー伯母の姿はなかった。どれほど射撃の腕が良くとも、淑女がこの種の猟で銃を持つことはなかったからだ。スタンリー・クレイグや近在の者たちも顔を揃えた。射手は、その差配をする父を含めて八人だった。それ以外のすべてを取り仕切ったのはアンドリュー・グリーヴで、彼は可能な限り、父の動きまでも御そうとした。射手たちは皆、ツイードのニッカボッカを穿き、ブーツか頑丈な靴に革のゲートルを着用した。雨が降るとツイードのオーバーコートを羽織り、頭にはツイードの帽子か、ライチョウ狩り用のヘルメットを被った」と書かれている。

別の日、フレイザーが今のピアノの前に座り、片手でぽつりぽつりと『白鳥』の音を拾っていると、そこにエロイーズ伯母が入ってきて、「サン=サーンスが好きなのね」と声をかける。「うん、エロイーズ伯母さん、あなたが弾いてる時はね。モリス伯父さんが一目惚れした時、エロイーズ伯母さんが弾いていたのは、この曲だったの?」。それに対し、伯母は、「いい? 周りに誰もいない時には、“エロイーズ” って呼んで欲しいの」と言うと、「これ何だか分かる?」と言ってクラシック奏者に相応しくない曲を弾き出す。フレイザー:「ジャズだ」。2人は、音楽に合わせて楽しく体を揺すっていると、そこに母が入って来る。母は、フレイザーは完全に無視し、自分がピアノを弾き、エロイーズ伯母にチェロを弾いてもらい、曲に合わせて歌い始める(1枚目の写真)。折角の楽しみを奪われたフレイザーは、黙って部屋を出て行く。映画では、頻繁に登場するエロイーズ伯母と違い、原作では、ジェルマン伯母は2回しか登場しない。一方、母は、映画では、この時以外ピアノを弾くことはない。しかし、【原作(6章)には、➀「母はクラギーランズでの生活の大半を、寝室と居間の2部屋で過ごした。課題曲をマスターしようとしたり、作曲に取り組んだりする時は、居間で2、3時間は休むことなくピアノを弾き続けた」。②「居間の主役は母がこよなく愛したアップライト〔縦型〕ピアノで、それは私がこれまでに触れたなかでも、最も軽やかで繊細なタッチのものだった」と書かれている。

演奏のシーンの次は、3人の兄弟が、下着だけにされて採寸されている(2枚目の写真)。これも、映画を観ていても何が起きているのかよく分からない。逆に、原作に、詳しい説明があり、映画はその記述通りに進行する。だから、原作をそのまま引用しよう。【原作(3章): 「また、ロレット校御用達の仕立屋、マッキミー商会のマッキノン氏もいた。彼はエディンバラから、仮縫いの準備を整えたキルトやツイードをスーツケースに詰め込んでやってきた。マッキノン氏は口にピンをいっぱいに含み、『アイ、アイ、アイ、アイ』と荒い息を漏らしながら、メジャーで巻尺で人の最もプライベートな部分まで触れんばかりにして計測した。作業を進める彼は、その荒い息に混ぜて次のように実況を続けた。『胸、胸、胸、アイ、アイ、アイ、31、31、アイ、アイ、アイ―などなど』(これは私たちには決して理解できない何らかの冗談だった)。『腰、腰、腰、腰、アイ、アイ、アイ、アイ、24、24、アイ、アイ、アイ、アイ―などなど―アイ、アイ、アイ、アイ』。最も恐ろしい瞬間は、彼が荒い息を吐きながら股の内側に迫ってくる時だった。その間、口の中のピンは蛇のようにうねっていたが、彼は決してそれを外に出さず、めったに使うこともなかった。それよりも彼は三角形のチョークを使うことを好んだが、それが内股の近くで使われるのは、さらなる危険を伴うものだった」。

その部屋には、フレイザーの祖母を先頭に、母、姉、エロイーズもいる。そして、祖母は、夫の母〔フレイザーの曽祖母〕のものだった首飾りをエロイーズに譲る。フレイザーの姉から首飾りを受け取ったエロイーズは、部屋に置いてあったヘッドレスマネキンの首に首飾りを付けてみる(3枚目の写真、矢印)。原作にはない。

次の場面は、父による釣り(キャスティング〔遠投〕釣り)の練習の場面に(1枚目の写真、矢印は竿)。現地で釣りをする前に、基本を徹底的に教えようとするのが父の方針で、特徴としては、①川とは無関係な芝生の上での訓練、②父は、ベートーヴェンの「運命」の「ババババーン」のリズムを口ずさみながらキャスティング釣りの訓練をさせている。やり方を教わったフレイザーは、館のすぐ近くにある湖に行って釣りをするが(2枚目の写真)、その際も「ババババーン」を口にする。マスが釣れた映像はない。その時に流れるナレーションは、「みんなより早く起きて、凍えるような冷たい水の中に立ち尽くさなきゃいけないってことだ。それに、正しいリズムを刻むためには、ベートーヴェンを口ずさまなきゃいけない。僕は、時間の半分を氷のように冷たい水の中で釣りを覚えるのに費やし、もう半分を、マッキントッシュお祖父ちゃんの秘密の本からいろんなことを学び取るのに費やした」。しかし時に、最初の練習の場面は映画だけの創作。原作には、ほぼ丸1章を割いて釣りのことが書かれているが、父の関与は全くない。【原作(10章): ❶「7歳の時、初めてマスを釣り上げた。7月の暖かい日、シーラや学校の友人たちとのんびりボートを漕ぎ、大きな島へと向かっていた。何ヶ月も前から、私は古びたグリーンハート〔耐腐朽性のある木材〕の竿と、ドラムに太く粘り気のあるライン〔防水加工された絹糸〕が巻かれた錆びた真鍮製のリール、そして先端に毛針が一つついたガット〔釣り糸〕を与えられていた。私は船尾に座り、これまで何十回もやってきたように、その毛針をボートの後ろにゆっくりと引きずっていた。魚が釣れるという期待は全くなく、釣りをすること自体が目的だった。遊び半分ではなく、大人らしくきちんと釣りに臨んでいたのだが、まだ実際に魚が釣れる年齢には達していなかった」。❷「湖での釣りはたいてい昼間か夕方の楽しみだった。私はすぐに熟練して少し飽きてしまい、一時間に3、4匹が確実に釣れる時にしか出かけなくなった。しかしその後、私の人生に新たな興奮が訪れた。渓流でマスを釣り始めたのだ」。もう1つの引用は、10歳を超えてからであろう。❸「渓流での釣りは、湖や川での釣りとは異なっていた。年配の紳士たちは、広大な水面で思う存分漕ぎ回ることができたが、そこにさしたる技術は必要なかった。キャスティング〔竿のしなりを利用して疑似餌を狙った場所に投げる技術〕ができ、毛針を水面に浮かせておけば、魚が釣れるか釣れないかは、釣れるかどうかだけでなく、釣れるかどうかも釣り人の腕次第だった。しかし、渓流での釣りは変化に富み、体力、勇気、そして優れた器用さが求められた」。

フレイザーが祖父の蔵書の中で見ていたのは、ナレーションでは「『ギリシャ神話』という本の中に、女性と白鳥を描いた素敵な絵があった」と言ってはいるが、実際に見た絵は、全裸の女性を描いた絵だった〔レオナルド・ダ・ヴィンチの、レダ(スパルタの女王)と白鳥」の複製画〕(1枚目の写真)。原作では、【原作(9章)に、「裸の女性を見たことも、裸の女性の絵を見たこともなかった」書かれているので、状況は全く違う。

フレイザーの次のナレーションは、「“売春” というものについての記載を見つけたので、それを3回読み返した。それは、僕が今まで出会った中で最も興味深いものの一つだった」という短いもの。その時に映る本(2枚目の写真)は、『宗教・倫理百科事典〔Encyclopaedia of Religion and Ethics〕』の第10巻。その404ページの冒頭の1節を訳すと、「売春(古代ギリシャ): ギリシャ人は、現代における意味での道徳的純潔という概念をほとんど持っていなかった。彼らにとって貞操の美徳は非常に狭い範囲に限られており、妻(または娘)に義務付けられていた一方、夫(または息子)には姦通、すなわち隣人の家族権を侵害しないことだけが求められていた。夫の名誉は法律によって完全に保護されていたが、妻は夫の不貞行為に対して法的救済手段を持っていなかった。また、気まぐれで、しかも無力な世論は、著しい怠慢や品位を著しく損なうような行為の場合を除き、法律の欠陥を補うことはなかった。道徳的に言えば、当時の通説によれば、この種の快楽は、他の欲望を満たす行為と同列とみなされた。それは単に “程度” の問題に過ぎなかった。自制心は、それ自体が行き過ぎたものでなければ、確かに賞賛に値するものであり、ギリシャの思想と実践が正しき生き方の技法として定式化した、相反する欲望を、慎重かつ世故に富んだバランスで調和させる上で、自制心こそが誰もが認める主要な要素であった」という内容。フレイザーのような頭の悪い子が「3回読み返し」ても、理解できるような文章ではない。一方の原作では、一ヶ所だけであるが、より長文で、如何に驚愕したかが、洗練された文で書かれている。【原作(9章): ❶「山積みにされた聖書の書棚に視線を巡らせていると、全12巻の『倫理学百科事典』が目に留まった。私の手は『P-Q』の巻に自然と伸び、“売春” の項目を開いた」。❷「私は目を見開き、呆然と立ち尽くし、ひたすら読みふけった(その項目は20ページにも及んでいたはずだ)。足がしびれて動けなくなるまで立ち続け、最後には父が発明した “キャンバス地の筒状の火災脱出装置” の上に腰を下ろした。なんということだ! 人は本当に、こんなことをしていたというのか? なんて刺激的なんだ。こんなことが神殿で、しかも無償で行われていたなんて。モファットにあるセント・メアリーズ連合自由教会の周りには、売春婦なんていない。でも、もし私たちが日曜に正装で教会へ行った時、大勢の売春婦たちが聖具室から飛び出してきて、父を捕らえ、牧師の部屋に引きずり込んで “例のあれ” をやり始めたら、どんなに世の中変わるだろう。これこそ “人生” なのかも。牧師の使用人が彼女たちを管理し、長老たちが最初にお相手を選ぶ。スコットランドのことだから、彼女たちの行為に対ししっかり代金を取るに違いない。そうすれば、教会がお金に困ることもなくなる。船員伝道会への寄付金も要らなくなる。彼女たちがその分を稼いでくれるから。バザーや祝祭ももういらない。売春婦たちに、必死に働いてもらえばいいのだ。もしモファットの客たちが疲れ果ててしまったら、今度は売春婦たちを小さなバスに乗せて、谷を越えた向こうの教区民のところまで派遣する。教会の用務員がバスを運転し、料金をきっちり回収すればいい」。❸「“売春” 項目に並ぶあらゆる記述が、性的、あるいは、社会的な観点からの興奮を呼び起こした。その項目を最後まで読み終えると、私はまた最初に戻り、一語一句漏らさず読み返した。やがて昼食を告げる鐘が鳴り、ろめくような足取りで階下へ降り、ガンマと両親との昼食に臨んだが、その間ずっと、私の頭の中は “売春” のことで混乱していた」。❹「私はこれまでの人生で、“売春” という言葉がクラギーランズの館で口にされるのを聞いたことがなかった。“売春婦” を指す言葉も、“売春” という行為を説明する他の言葉も同様である。そればかりか、愛を交わすという肉体的な営みについて、何らかの言及を耳にしたことさえ一度もなかった。ガンマと両親の3人に関する限り、この世に “性交” などというものは存在しなかった。ましてや、より倒錯した形態の “性的充足” に至っては、存在しないどころか、存在すること自体が不可能であったのだ」。

最後のナレーション。「(祖父の蔵書の中に)隠されているのは秘密の本だけじゃない。秘密の銅版画まで隠してあるんだ。その版画は、ほとんどベルギー人の女性たちが服を一枚残らず脱いでいる絵で、そういうのを『アン・デザビエ〔En Déshabillé〕』と言うらしい。それから『倫理百科事典』には、もし不注意にもこうした絵を見てしまったらどうすべきか、ということも書いてあった」。フレイザーが興味のあるのは裸の絵だけ。10歳というのに、何とマセた子だろう。  

乾燥した水苔の倉庫の中で、エロイーズが水苔のことを 「まるで香水みたい」と言うと(1枚目の写真)、一緒に来たエドワードが、「モリスはこれを嫌ってる。すべてを破壊しようとしてる。君の婚約者にはロマンスがない」と言う。自分の婚約者を侮辱したエドワードに対し、エロイーズは持っていた水苔をぶつける。エドワードは、小さな塊をエロイーズの顔に向かって投げる。彼女が笑顔を見せると、エドワードは 「フレイザーにしたように、私にもキスしてくれる? 君に苔を投げつけたご褒美に、キスしただろ?」と、大胆に訊く。エロイーズは 「フレイザーは子供よ」と言うが、エドワードは無理矢理キスしようとするが、エロイーズは顔を背け(2枚目の写真)、「もう家に戻るわ」と言う。しかし、その直後のシーンでは、犬と一緒に森の中に来たフレイザーが、「やめて〔Stop it〕。やめて〔Arrêtez〕。お願い」というエロイーズの声を聞く(3枚目の写真)〔水苔の倉庫の裏手は森〕。これは、当然、映画だけの創作。

場面は館へと移り、その日の夜に行われる晩餐会の客が少しずつ訪れる。女中に言われて窓の外を見たモリスは、「よかった。ヘクターとリリアンだ」と喜んだ後で、「彼女の名前はリリアンだけど、私たちは『ビリー』と呼んでいるんだ」と言うと、くすくす笑いながら、持っていた新聞で女中の脚をポンと叩く〔リリアンはレズビアン〕。そのあと、長椅子に座っれいるモリスの前にエドワードがやって来て、「これは書斎に戻しておこう」と言うなり2本の酒瓶を取り上げる。「どうして?」。「強い酒をガンマがどう思うか、ご存じでしょう」(1枚目の写真、矢印)。「私とて異論があるわけじゃない。特にフィンレイソン氏を囲む夕食の席ではね。だがエドワード、酒は最初からそこにあったんだ。そのままにしておいたらどうなんだい? 不親切な印象を与えたくないだろ?」。義兄で年上のモリスにこう言われた以上、エドワードは酒瓶を元に戻す。このガンマの酒嫌いについて、【原作(7章)には、「ガンマは女性禁酒協会のスコットランド支部の会長として、あらゆる種類のアルコールに反対し、家庭内での禁酒の徹底に努めていた」と書いてある。

そのあと、暖炉の前に立ったモリスは、水苔について、「ここをちゃんと管理するつもりなら、もっと現実的で子供っぽくない計画を立てないと駄目だ」と批判し、エドワードと論争になる。今度は、エドワードが、「あんたは金儲けに忙し過ぎて、ここは幸せな家族だということを忘れてるんじゃないのですか?」と反論する(2枚目の写真)原作では、水苔事業など12年前に終わっているので、これ以上詳細には述べない〕。 
ここで映像が切り替わり、エロイーズも家に入って来る。しかし、さっき倉庫にいた時には、ガンマからもらった首飾りをしていたが、戻って来た彼女の首に、首飾りはない。また、すぐに映像が切り替わり、今度は、倉庫に入って行くフレイザーが映る。彼は、水苔の中に落ちていた首飾りを拾う(3枚目の写真、矢印)。これは、エドワードとエロイーズの間で、何かがあったことを示唆している。

前節で、窓の外に姿が見えたモリス伯父の友人2人が部屋に入って来て、エロイーズと握手をする(1枚目の写真)。原作には、【原作(7章)に、「アーティ伯父のもう1つの面白いところは、彼が連れてくる客たちだった。彼の友人選びの趣味は、少々風変わりだった。そのうちの1人は、リヴァプールでダイムラーのレンタカー事業を営むレズビアンで、男のような声をしていて、脚を広げて座り、ブランデーを飲んでいた」と書かれている。映画に戻り、晩餐会の食事の準備をしている部屋では、さっきモリスに脚をポンと叩かれた女中が、「モリス氏の友人に、男装したビリーという女性がいるのよ。本当の名前はリリアンなんだって」と打ち明ける。女性たちの間で、その男装が、仮装かコスチュームかで話が分かれていると、フレイザーがいきなり、「きっとレズビアンだ」と言う。それを聞いた女中の1人は、びっくりして、「フレイザー坊ちゃん、そんなこと言うと、生きたまま皮を剥がれますよ」と言うが、フレイザーはお構いなしに、事典に書いてあったことをそのまま口にする。「その人たちは、ギリシャのレスボス島の出身なんだよ。だから、レスビアンって呼ばれてるんだ」。

そして、晩餐会が始まる。映画では、これ1回限りの盛大な会のように描かれている(1枚目の写真)。しかし、原作では、【原作(6章)のように、❶「スミス家の伯父たちは頻繁に訪ねてきた。結婚して子供ができた伯父たちは、独身の若い頃よりもずっと多くの家を占めていた。祖母の妹アニー、祖母フォアマン、そして父の妹の叔母ジーンもよく来ていた。従弟ビールジーは5マイル〔8km〕離れたところに羊牧場を持っていて、日曜日に昼食を食べに来ていた」、❷「しかし、これはほんの始まりに過ぎなかった。いとこ、遠い親戚たち、縁故者たち〔スコットランド語で婚姻関係による親戚〕、友人たち、そしてあらゆる種類の聖職者たち、特に宣教師たちが、招待客としてひっきりなしに訪れ、ガンマはピンクルームやオークルームを春の大掃除のために空ける時間を見つけるのに苦労した。私たち子供が日曜日のティータイムに参加すると、たいてい12人以上がテーブルを囲んでいた」と書かれ、頻繁に何らかの食事会が催されていたことが分かる。

晩餐会では、多種多様な話題が話されるが、原作との対比という観点では、エロイーズが始めた変わった話題が適切であろう。エロイーズ:「犬は天国に行けるんですか?」。エドワードの妻は、「犬が?」と、呆れたように言うが、エロイーズが好きなエドワードは、「もちろんです」と答える。妻が、「心の中に一切の罪がない犬なら」と言いながら、自分の手を夫の手に重ねようとすると 、エドワードは手をさっと引く。エロイーズは 「じゃあ、天国は、飼い主を待ち続けているペットたちでいっぱいなのね」と無邪気に言う。それを聞いたエドワードは、「キリスト教の信仰というのは、実に力強いものなんだよ、エロイーズ」と諭すように言う。原作【原作(7章)には、「昼食時の主な話題は、罪の本質、個人的な悪魔の存在、あるいは犬は天国に行けるのか、について議論を交わすことだった」とあり、また【原作(9章)には、「父は、犬は天国には行けるが地獄には行けないと言い張った。その理由は、犬は邪悪ではなく、彼らをそうさせたのは人間だから。父の哲学では、すべての犬は善良なのに、どこに行っても鎖につながれている。しつこく尋ねられると、父は馬も天国に行けることは認めたが、動物たちの中でも彼が嫌っていた種類に話が及ぶと、腰が引けてしまった。ネズミは天国には行けない。なぜかって? 害獣だからだ。父の主張が成り立たないことは明らかだった。動物はすべて天国に行けるか、全く行けないかのどちらかだ」と書かれている。

そのあと、フレイザーが、「オコジョ〔別名ヤマイタチ〕はどうなの?」と訊くと、父は、「残念ながら、オコジョは害獣だ」と言う。それを聞いたエロイーズは、「でも、なぜ神は わざわざ害獣なんか創られたのかしら?」と訊く。「なぜなら、本質的に救いようのない生き物もいるからだ」。ここで、レズビアンのビリーが口を出す。「“生き物” って、どう定義すれば? 私は、“生き物” と言えるのかな?」と訊く。それに対し、ガンマは、「オコジョは “生き物” じゃありません、お嬢さん。森や野原に生息する野獣で、うちのフレイザーと同じようなものです」と言う(4枚目の写真)。

そして、映画では、ある意味、最も劇的なシーン。母が 「フィンレイソンさん、エロイーズと私が演奏して、あなたの貧しい炭鉱労働者の家族のために募金活動を行うのはいかがでしょうか」と提案すると、男性の一人が、「とてもキリスト教的な考えですね。それで、何を演奏なさるのですか?」と尋ねる。すると、いきなり、フレイザーが、「売春」と発言する。それを耳にした母は蒼白になる。フレイザーの恐ろしい発言は続く。「いやぁ、正直言って最高だよ。ママとエロイーズ伯母さんが売春婦になればいいんだ。そうすれば、皆さんの差し迫った問題に対応し、炭鉱夫たちのためにかなりの財産を稼げるよ。パパやモリス伯父さん、それに2人の淫らな奉仕を買える人なら誰の相手だってできるんだから」(1枚目の写真)。この最悪の発言の後、誰一人として発言せず、会場は静まり返る(2枚目の写真)。ようやく立ち上がった父が、「フレイザー、私の書斎に行って、そこで待っていろ」と命じる。それに対し、フレイザーは、「え? どうして? 何か不都合でも?」と反論する。それを聞いた、隣に座っている “酔っ払ったフィンレイソン牧師” が笑い出す。すると、それに救われた全員が、ヒステリックなまでに笑い出す(3枚目の写真)。実際のデニス・フォアマンは、無知にしろ冗談にしろ悪意があるにせよ、このような発言をするような愚かな人間ではないので、原作には当然存在しない。

その日の夜遅く、全員が寝静まってから、フレイザーは父の書斎に行き、ベートーヴェンの小さな頭部像を集めると(1枚目の写真、矢印は頭部像)、「うっとうしいのはお前だ、わずらわしいのはお前だ、無知なのはお前だ!」と言いながら書斎から出て行く。そして、同じ言葉で叫びながら、3個の頭部像を池に投げ捨てる。最後の1個を捨てた時、足が滑ってびしょ濡れになる(2枚目の写真)。原作にはもちろんないシーンだが、そもそも父は、ベートーヴェンがそんなに好きではないし、ましてや、頭部像など1個も持っていない。

翌朝、ベッドに横になったフレイザーが、ナレーションで「僕、肺炎にかかっちゃった」と言うが、映画では、その直後、何でもないように動いている〔ペニシリンが発見されたのは1928年なので、1927年当時の肺炎は、死亡率の高い危険な病気。パンツ1枚で寝ていたり、そのままの姿で普通に歩き回れるような安易な病気ではない。実にいい加減な脚本だ〕。その直後、「肺炎」と言っていたフレイザーは、下着のパンツ1枚だけで、部屋から出ると、ノックもせずに祖母の部屋に入って行く。祖母が口をポカンと開けて眠っていたので、失礼にも、死んだかと思ったフレイザーは、ベッドの手前の棚に置いてあった手鏡を取ると、ベッドの上に乗って、祖母が息をしているか確かめる(1枚目の写真、矢印)。びっくりして目覚めた祖母は、「出て行きなさい」と命じる。この場面は、時期や動機は違うが、状況は完全に原作を踏襲している。【原作(3章)館に入ると、暑い日だったので、ガンマの棟にある寝室のドアが大きく開いていた。急いで中に入ると、ガンマが下着姿でベッドに仰向けに横たわり、両手を胸に当て、口を開けていた。私はショックで後ずさりした。なんてことだ、彼女は死んでいる、しかも下着姿で、と思った。それは、あまりも恐ろしい光景だったので、彼女のコルセット〔鯨骨入り〕を支える内部構造、胸を囲むキャンバス製の仕掛け、そして腰の周りに張り巡らされた無数の紐やテープの細部までは、よく見ていなかった。だって、すべてが緩められており、彼女は完全に裸同然の状態だったから。白い絹のストッキングのサスペンダーが腰のすぐ下から飛び出しており、それは体の他の部分を覆うピンクと白の中で真っ黒で、異様に見えた。私は呆然として彼女を見つめていた。彼女は本当に死んでいるのだろうか?鏡と呼吸のことは知っていたので、手鏡を取りに化粧台に向かおうとしたとき、かすかないびきが聞こえた。私は急に振り返り、テーブルにぶつかった。すると彼女ははっと目を覚まし、私に気付いた。私たちは、永遠に思えるほど、お互いを見つめ合った。ガンマは、『さあ、出て行って』と言った」と書いてある。違うのは、手鏡を使ったか否かと言う点だけ。

ガンマは、部屋着を羽織ると、部屋の外の階段にパンツ1枚で座っているフレイザーの前まで行く。フレイザーは、「ガンマ、ごめんなさい」と謝った後で、「ガンマが死んで、ここがモリス伯父さんの物になったら、僕たちどうなるの?」と訊く。ガンマは、「いいかい、何かあっても、お前たちは常に守られるからね。それに、私は、死ぬにはまだほど遠いわよ」と答える〔それにしても、フレイザーが肺炎にかかっているのに、病気の具合を訊くこともしないのは、いくらなんでも変〕原作では、クラギーランズの館と領地は、祖母ガンマと父アダムと母フローラの3人態勢(Trinity〔三位一体〕という表現が使われる)で管理しているので、ガンマが死んだら、アダムとフローラのものになる。
そのあと、フレイザーは、ガンマの命令で風呂に入れられる〔1927年の段階で、肺炎感染時の入浴は危険〕。体を洗ってくれるのは、フレイザーが小さな頃から館で働いてきた乳母のシシー(1枚目の写真)。バスタブの中で、フレイザーは、昔、伯父と兄と弟で歩いていた時、意味不明だった “スランク” を使ってみる。「シシー、“スランク” するって、不道徳だから隠れてやらなくてはいけないことなの?」「もし “スランク” しているところを見つかったら、ひどいことになるの?」。シシーは、「困った坊ちゃん」と呆れるが、最後まで優しく洗ってくれる。原作には、入浴のシーンはないが、デニスが小さかった頃から好きだった乳母の名は、シシー・シャープ。【原作(1章)には、小さかった頃のことを、「私は台所でシシーと遊んでいた。彼女は私をよく撫でてくれ、私はそれが好きだった」と書かれている。

セントラルヒーティングの工事は、その年のうちに終わり、エドワードは新しいボイラーに点火して試験運転を始める。すると、芝生に埋設された土管の複数の継ぎ目から蒸気が漏れ、庭に噴き出て真っ白になる(1枚目の写真)。これは、以前、エドワードが模型で示した、「煙突から出た煙が子供部屋に行かないよう、芝の下に水平に土管を敷設し、遠くの煙突から排出するという案」の欠点が明らかになった瞬間。この失敗について、原作では、以前引用したセントラルヒーティングに関する1節の後半に、その後の経過も含めて書かれている映画には、その後どうなったかの説明は一切ない〕【原作(12章): 「膨大な土掘りとコンクリート打ちの末、煙道は垂直から水平へと切り替えられた。ところが、ああ、なんたることか。森の中にしつらえた煙突からは、糸のような煙が心許なく立ちのぼるばかり。残りの煙といえば、マンホールの蓋(あちこちに幾つもあった)から噴き出し、ついには炉の火も絶えてしまった。それ以来、ありとあらゆる修繕が試みられた。マンホールは耐熱セメントで塗り固められ、煙道のあちらは深く、こちらは浅くと作り直された。森の煙突も、高くしたかと思えば、今度は短く切り詰められた。しかし、父は決して信念を曲げなかった。そしてついに、それは機能し始めた。 もっとも、地面のあちこちからは、今なお小さな煙の筋が間欠泉のごとく噴き出し、芝生から森へと続く土手には、一年中茶色い筋が焼き付いて、いかなる生き物も育たなかったのだが。おまけに、煙突を家に固定していた頃よりもわずかに低くし、あろうことか卓越風の吹く西側に据え付けたものだから、煙は相も変わらず寝室の窓から入り込んできた」。

次のシーンは、父の浮気の続きなので原作とは無関係。母は、フレイザーがベッドのマットレスの下に隠していた “エロイーズの首飾り” を見つけ、「これ、どこで見つけたの?」と問い詰める。フレイザーは、「水苔の倉庫だよ。エロイーズ伯母さんが失くしたんだと思うよ」と答える(2枚目の写真、矢印)。母は、晩餐会の初め頃のフレイザーの発言「今朝、パパが水苔の倉庫にいたの見たよ。女性が叫んでた」と合わせ、何があったかを推察し、顔が曇る。

エドワードが、ワイヤー・メッシュ・スクリーン〔細い針金(ワイヤー)をスポーク状に張り巡らせたホイールを高速回転させ、そこにフィルムの映像を投影する映写装置〕の上に、伯父とエロイーズが館を訪れた時に撮影した映像を、フレイザーに見せる場面(3枚目の写真、矢印は「針金を45度ずつスポーク状に並べた構造」が見える箇所)〔なお、現在時々見かける3D LEDファンは、映写機のからのフィルム映像を高速回転させたホイールに反射させるのではなく、LEDを高速点滅させて「発光」させている〕。1923年にコダックが発売した16mmフィルムにより裕福層の一部では撮影が始まっていたので、この映像の存在は歴史的には間違いではないが、このワイヤー・メッシュ・スクリーンはエドワードだけの発明。原作では、アダムは家族の娯楽など考えない人物だったので、このような装置は作らなかった。

その次のシーンでは、屋外で、エドワードが、当時流行ったプロペラ推進車〔Propeller-driven car〕を、自分なりに作ったものが失敗だったとイライラしている場面から始まる。そこに郵便配達が自転車でやって来て、2つの郵便物を渡し、1つは 「フレイザーさん宛です」と告げる。父は、さっきまで一緒にプロペラ推進車に乗っていたフレイザーに彼宛の郵便物を渡し、自分宛のものをポケットに入れながらプロペラ推進車の前を歩く(1枚目の写真)〔白いプロペラ推進車と、右側の水苔商品の宣伝車の両方が映っている写真はこれ1枚だったので、彼の「発明」が如何に現実離れしているかを示すために使用した。参考までに、に当時のプロペラ推進車の一例を示す〕。

フレイザーは、注文したグラモフォンのカタログを持って、ベッドで寝ている母の所に行く。映画では、フレイザーが母のベッドに行くのは、この場面しかないが、原作には、【原作(6章)に、❶「母はクラギーランズでの生活の大半を、寝室と居間の2部屋で過ごした。それは更紗の天蓋とカーテンがついた、樺材の大きく華美なベッドだった」。❷「母は日々の手紙を書き終えるまで、ずっとベッドにいたわけではない。時折、彼女は起き上がって着替えを済ませると、隣の書斎にある書き物机での書き物机でその続きを書いた」と書かれている〔別に病気だった訳ではない〕
フレイザーは、「お金を貯めて買いたいんだ」と言うと、母に郵送で届いたカタログを見せ、「No.32だよ」と言う(2枚目の写真)。母は、それに賛成し、お小遣いの枷ぎ方として、「着火剤を12個作ったら、1ペニー」と言う〔1920年代において、着火剤(firelighters、暖炉の火をおこす際に使うもの)作りは子供でもできる一般的な手伝いの一つだった〕。この箇所は、からの転用。【原作(11章)には、その様子が、詳しく書かれている。「私は何気なく、火を熾すための備え(トウヒの実)が少なくなっていると指摘した。もっと集めてきたら、お駄賃をくれるだろうか。これはごく当たり前の習慣だった。家のためにはなるが、強制的な義務とまではいかない雑用に対して、子供たちにはよく数ペニーや3ペンスが支払われた。いいわよ、と母は言い、1ダースにつき1ペニー払うと約束してくれた。私はすぐさま計算を始めた。当時、HMVの12インチの白ラベルのレコードは、6シリング6ペンスした。セットを揃えるにはあと4枚必要だった。それは26シリング、つまり312ペニーになる。312ペニーは、3744個のトウヒの実に相当した。母:『全部でいくつあるの?』『3744個だよ』と私は答えた。『これ、湿っているわ』。母は別の袋に手を入れて探りながら、いかにも力なく言った。『トウヒの実だよ』と私は言った。『1ダース1ペニーだから、26シリングちょうだい』」。デニスは、こうしてベートーヴェンの交響曲第7番全曲を手に入れた。

最後は、暖炉の前に座ったエドワードが、先程受け取った郵便物の束を、順次開封しては暖炉に投げ込んでいると、エロイーズからの手紙があったので、開ける(3枚目の写真)。そこには、「エドワードへ。私が望むのは、あなたの義妹、あなたの友人になることだけです。私たちはもう大人で、結婚もしています。起こったこと、起こらなかったことは忘れましょう。誰にも知られる必要はありません。親しみと敬意を込めて。エロイーズ」と書いてあった。原作には全くないシーン。

10月31日のハロウィーンの日。クラギーランズの館には、村の子供たちが招かれている。母のモイラは、子供たちに向かって、「ゲイ・ゴードンス〔Gay Gordons〕)」から始めましょうと言う〔スコットランドの高地連隊Gordon Highlandersを讃えるために作られた曲で、パーティーの定番曲〕。そして、母は、最初の踊り手としてフレイザーと村人のキャシーを選ぶ。2人が踊り始めると(1枚目の写真)、他の子供たちも一斉に踊り始める。原作では、ダンスではなく、ハロウィーンの伝統行事アップル・ボビング〔apple bobbing〕が行われる〔水に浮かべたリンゴを「手を使わず口だけでくわえて取る」ゲーム〕【原作(4章)には、「クラギーランズで催しを開くことなどめったになかったが、小作人の子供たちのために開くハロウィーンとクリスマスだけは例外だった。もっとも、どちらも居心地の悪い行事ではあった。少年たちは、湿り気とカビの匂いが染み付いた重いツイードのジャケットに半ズボン姿。一方、少女たちは、モファットのパターソン店で売っている一番安い、安物とすぐ分かるような新品のワンピースを精一杯着こなして現れた。到着した子供たちはホールへと通されるが、皆一様に縮こまり、まるですくみ上がったかのように押し黙っていた。このハロウィーンの夜のため、ホールの中心には、リンゴを浮かべた浅いブリキのたらいが据えられた。母は子供たち一人ひとりと握手を交わしたが、決まってこんな調子だった。「元気かしら、サム? ああ、違ったわね、ファーガスだったかしら?」。「ウィリーです、奥様」。子供たちは、恐縮しながら答えた。ガンマは遠く離れたアームチェアに腰を下ろし、その光景を検分するように眺めていた。やがて母はスタインウェイの前に座った。「私が和音を鳴らしたら」と彼女は言った。「最初の3人がリンゴをくわえて取るのよ。サム、ウィリー、ジョニー。あなたたちが最初の3人ね」。子供たちは困惑して顔を見合わせた。そこにサムなどという名の者は一人もいなかったからだ。それにもかかわらず、彼女が最初の和音を叩くと、3人の少年はたらいの前に進み出て、水に浮かんだリンゴにめがけて顔を突っ込んだ。「さあ」と、母は声を張り上げた。「リンゴをくわえ上げるか、音楽が止まるまで、ずっと(顔を)突っ込んでいるのよ」。母は、自ら書き下ろした旋律に のめり込んでいった。時折、演奏に没頭するあまり 伝統行事の司会者であることさえ忘れてしまい、哀れな少年たちが危うく溺れそうになるまで弾き続けることもあった」と書かれている。

子供たちが踊っていると、喧嘩が始まって騒然となる。床に転がって殴り合っているのは、フレイザーと、キャシーの兄(2枚目の写真、矢印)。

父は、2人を部屋から連れ出す。キャシーの兄のドナルトは、「彼、僕の妹に触ってました。お尻やおっぱいに触ったりしたんです」と訴える(3枚目の写真)。フレイザーは 「僕、触ってなんかいない! ゲイ・ゴードンスを踊ってただけだ」と反論する。2人は、パーティー会場から離れた場所に連れて行かれ、エドワードに一発ずつ尻を叩かれ、「杖で叩かなくて済んだだけ幸運に思え。ガンマに謝って来い」と言われる。原作では、ダンスなど行われないので、このようなシーンもないが、似たようなことが、【原作(4章)に書かれている。「教会に次いで1週間のうちで最も恐ろしい行事は、(学校での)ダンスの授業だった。もし “ダブル” を達成できれば、つまりベティと2回、シルヴィアと2回踊ることができれば、それは魔法のような午後になった。彼女たちは、慎み深くまっすぐこちらの目を見つめながら踊る際、その骨盤をこちらの股間にぐいと押し当ててきた。それはわずか6歳の子供にとっても、なんとも心地よい刺激だった」。年齢は違うし、意図的な行為かそうでないかの違いはあるが、デニスの一面が感じられる。

喧嘩のあと、仲良くなったドナルトは、フレイザーを農場まで連れて行く。そして、板囲いの剥がれた所から、雄牛と牝牛の交尾をフレイザーに見せる(1・2枚目の写真)。一緒に付いて来たキャシーは、フイレザーに色目を使う(3枚目の写真)。このような3人組は、もちろん原作にはないが、バラバラにすれば、似たような箇所を見つけることができる。まず、デニスがと小作人の少年との親交について、 【原作(4章)には「品評会や牧羊犬競技会、それに学校の校庭といった場所が、私が村の子供たちと大勢で顔を合わせる場であった。私はそのうちの1、2人の少年と、軽い友情を育んだ」と書かれている。次に、雄牛と牝牛の交尾について、【原作(9章)に、「ある日曜日、私は自転車を漕いでウッドフット農場へ向かった。礼拝のあとに種付けがあると大人たちが話しているのを耳にし、その声の調子から、何か性的な刺激を伴うことが始まろうとしているのを察したからだ。案の定、牛の囲いの中では、巨大なエアシャー種の雄牛が、ギャロウェイ種の牝牛に交尾しようと必死にもがいていた。それは10回ほど繰り返された。それは魅力的で刺激的な光景で、全部で20人ほどいた見物人すべてが、その場に釘付けになっていた」と書かれている。最後のキャシーについては、【原作(4章)に、「少なくとも1人の少女に恋心を抱いたが、結局、大した進展はなかった」と、あっさり否定されている。第二次世界大戦前、日本にも身分制度は残っていたが、イギリスでは、それが厳然としたものであったことが分かる。



ベッドに入ったフレイザーのナレーション。「百科事典には、女の子と踊ることは感覚的な喜びの一つだと書いてあるけど、僕はゲイ・ゴードンスなんか楽しくなかった」。そして、ベッドに横になったフレイザーが、すっぽりシーツをかぶり、懐中電灯で光を当てて “裸の女性が大勢描かれたルネサンス期の1枚の絵を見ている(1枚目の写真)。「僕は、乱交とかいうものや、ハーレムについて読み、そのあと 僕は眠って、エロイーズ伯母さんの夢を見た」。翌朝になり、フレイザーは恐らく夢精をしてしまい、おねしょと勘違いする。父は、「フレイザー、お前がそういう夢から目覚めた時、ベッドが濡れていて、しかもそれがとても素敵な夢だったとしたら…」と言い始めるが、フレイザーは、「めったにないよ。僕、もうほとんどおねしょしなくなったから」と話を遮る。「将来、心の奥底、お前の存在の核心から、何かが込み上げてくるのを感じた時…」。「マグマみたいに?」とまた遮る。「まあ、そうだが。だが、とても素敵な夢を見た時には…」。「僕も素敵な夢、見るよ。エロイーズ伯母さんがジャズを演奏している夢、見たんだ。音楽付きの夢なんて、それが初めてだった」と、3度目に遮る。「いいか、次に夢の中で音楽を聴いたら、朝起きてすぐに私と一緒に湖まで走って行き、冷たい水に飛び込むんだ。“健全な精神は健全な肉体に宿る”。これで全て解決する」。原作では、夢精について、【原作(9章)の2ヶ所で語っている。まず、デニスの最初の体験。「その後、私にも性的なことが起こり始めた。私は夢精をし、不思議さと美しさに、呆然として目を覚ました。それが根源的で、人生における地震のようなものだとは気付いたが、それが私にだけに起きていることなのか、他の少年たちにも起きていることなのかは、分からなかった」。次は、同じ章の後半。「日曜の夜の聖書勉強会が書斎で終わった後で、父は話し始めた。『少年が大人になると、声変わりしたり、他にもいろいろなことが起きる』。他にもいろいろなこと? それって何だろう? 『例えば、夜になると、時々何かを感じることがある』と父は言った。すると、意外にも、ショルトが『夢精』と言った。一体どうして彼は知っているんだ? 私が知らないのに。“濡れる夢〔wet dream〕” か… まあ、なかなか的を射た表現だと認めざるを得ない。『夢精』と父は言った。『2人とも夢精したことはあるのか?」。私たちは黙って絨毯を見た。『夢精の後にすべきことは』と父は言った。『起きて、冷たい風呂に入り、朝食を食べて、それ以上考えないことだ』」。

「父は、さらに、「フレイザー、何か他に聞きたいことはあるか?」と言うと、彼は、「パパ、“乱交” って何なの?」(2枚目の写真)「それに、“フェラチオ” って、天国で天使たちが吹くトロンボーンみたいなものなの?」と言い出す。父は、10歳の息子のおぞましい質問衝撃を受け、「フレイザー、どちらも、いわゆる “肉欲の誘惑” というものなんだ」と、ひたすら諭す。「それって何?」。「それはな… いいか、よく覚えておけ。いかなる犠牲を払っても、断ち切るべきものなんだ」(3枚目の写真)。フレイザーが口にした2つの単語は原作には出てこない。原作では、デニスは、『倫理学百科事典』を読み進む。少し長いが【原作(9章)から、引用しよう。❶「辺境の世界について調べていくうちに、興味深いことに気付いた。原始的な部族社会の中に、キリスト教との類似点が、紛れなく存在してたのだ。例えば “処女” の項目では、“処女懐胎” は極めてありふれた現象で、多くの格式ある部族の神話の中に登場した。そこには2つの理由が挙げられていた。第一に、“処女懐胎” は女性が恥を避け、男性が父親であることを認めないための手段であったこと、そして第二には、処女から生まれることが赤ん坊に神聖な性質を授けるということ。私が調べた限りでは、“処女懐胎” で生まれたのはすべて男子だった。次に “奇跡” について考えてみると、あらゆる部族宗教や、ヒンドゥー教のような多くの洗練された宗教には奇跡が溢れており、それらはイエスの奇跡よりもはるかに想像力豊かで色彩に富んでいた。私は、イエスの奇跡の中で最良のものは水の上を歩くことと、水をワインに変えることだと思っていたが、治癒の奇跡〔ツァラアト(皮膚病)、中風(麻痺)、盲人、出血の止まらない女性など、当時の医学では治療困難な病を、言葉や触れるだけで瞬時に癒やした〕や “パンと魚” の話〔わずか5つの大麦パンと2匹の魚で5,000人以上の群衆を満腹させた〕は、多少誇張されていたのかもしれない。しかし、そんなものはギリシャ人が作り出したことに比べれば、物の数ではなかった。考えてみれば、ギリシャ神話全体が、奇跡が休みなく続く絵巻物のようなものだった。旧約聖書の神はイスラエル人を通すために紅海を分けたかもしれないが、ギリシャ神話の巨人族の兄弟は〔オリンポスの神々を倒して天空に攻め入るために〕ペリオン山の上にオッサ山を積み上げた。イエスは、ゼウスがやったように、近づくのが難しい女性たちと関係を持つために、自らを雄牛や白鳥に変身させるような真似は決してしなかった。恐らく彼は、この世の者ではない “妖精のようなもの” だったのだろう」。❷「次に私は “救世主(メシア)” という言葉を調べてみたが、そのような存在はありふれたものだった。イエスが現れる直前のパレスチナ(実際にメシアという言葉が使われていた時期)に限らず、世界中に存在していたのである。救世主とは、何らかの悪から人間を救い出すために現れる神のことで、ある者は民を率いて戦い、ある者は民を聖なるものとするために現れた。プロメテウスは寒さから人々を救うために火を携えてやって来たし、イエスは、人々を罪から、恐らくはローマ人から解放するためにやって来たのだが、後者については定かではない。こうした例はいくらでも挙げられるが、おそらく決定的な証拠となったのは “復活” だった。一度死んでから、通常は別の神の介在によって生き返った神々は、何柱も存在していた。そもそも、復活という行為はそれほど難しいことではないはずだ。身代わりを殺しておいて、本物を解決の時まで隠しておけば済むことだから。あるいはイエスの場合、もし本物が殺されたのだとしたら―おそらく実際そうだったのだろうが―その後の出現のためには代役を立てればいい。復活後の彼の出番はどれも短く、まるで端役のようなものだったが、それはきっと代役だったからなのだろう。十字架の釘痕を偽造するのは容易なことだし、聖霊が人々の肩の上で炎となって燃え上がったという話も、おそらくは花火による仕掛けだった。中国人は、キリストよりずっと以前から花火を作っていたのだから」。映画のフレイザーとは、完全にレベルが違う。これが、ほぼ同じ年齢の少年とはとても思えない。片や、ただ “H” なだけのバカ息子。片や、宗教に傾き過ぎてはいるが、物事を深く捉えようとする探求者だ。

クラギーランズで恒例のカーリング大会が催されることになり、伯父とエロイーズも到着する。2人はもう結婚して夫婦になっている。一方、フレイザーは、友達みたいに親しいトム〔恐らく、原作のトム・クイグリー(農場長)〕から、祖父の貴重なカーリング・ストーンを見せてもらっている。「この2つは “アルサクレイグ” ですよ、フレイザー。お祖父様が特にお気に入りだったストーンです。さよう… わしが、お祖父様のために、この手で磨いておりました。最高の品です… 実に美しい」。フレイザーが「どうして、これが “最高” なの?」と訊くと、トムは、「とっても緻密な花崗岩で、とっても粒子が細かいのです。つまりですな、あなたに石を動かす筋力があれば、このストーンは、とてつもない勢いが発揮できるんじゃ」。そう言うと、ストーンを傾けて滑らかな下部を見せると、「ほら、ここをご覧になって。深成の〔Plutonic〕花崗岩ですぞ」と自慢する。「“深成の” って何なの?」。「プルートゥ〔ローマ神話〕は冥界の暗黒の支配者でした。この2つのストーンは、地獄の底で鍛え上げられたマグマから生まれたものなんですじゃ」。原作では、もっと簡潔に書かれている。【原作(8章): 「私は毎年出場し、父のストーンを使える時は全力を尽くした。それはエイルサ・クレイグ産の御影石でできた40ポンド〔18kg〕の美しい一対で、鋭い側のリム〔ストーンの底にある、氷に接するリング状の突起〕は1ペニー硬貨ほどの幅しかなかった。クラブで最も速いストーンだった」。

このカーリングの大会には、フィンレイソン牧師の担当教区に住む鉱山労働者たちが数多く参加している〔総勢200名くらい〕(2枚目の写真)。映画の中のカーリングストーンはハンドルの部分の形状は現在のものと違うが、材料が高密度の花崗岩という点では同じ。ブラシは、現在と違って原始的な竹箒。靴は、材料は違うが、形態は現在のカーリングシューズに似ている。この場面は、延々と6分も続くが、主人公のフレイザーとは無関係なのでカットし、最後の重要な場面だけ紹介する。辺りが暗くなり、ガンマは、ホットポット〔ラム肉と玉ねぎ、じゃがいもを使ったシチュー〕の入った鉄の大釜を氷の上に持って来させ、自ら陶器の皿に盛り付けて人々に配る。しかし、カーリング大会は氷の張った湖で行われている。だから、大釜の熱と重さで、突然氷に穴が開き、釜とガンマが湖の中に落ちてしまう(3枚目の写真)。原作には、【原作(8章)に、「3.5インチ〔9cm〕の良質な “ブラックアイス〔下の水の色が透けて黒く見えるほど透明で硬く、滑らかな氷〕” が張ると、いよいよカーリング本番の日が到来した」と書かれている〔大会は5~6日続いた〕映画の氷の厚さは2cmほどしかない。こんなに薄い氷の上に、大釜を置いて料理を暖めれば、氷が割れて当然だ。先ほどの引用の少し下に、「かつて、熱々のホットポットが入った大釜が、氷の上に置かれたことがあった、とい伝説がある。しかし、誰かが食べる前に、釜の熱で氷が溶け出し、そのまま湖の底へ沈んでしまった。この話はよく耳にしたが、私は一度も信じなかった。そもそも、そんな釜など、一度も見たことがなかったから」という伝承が書かれているが、この一文が「ガンマの悲劇」の元になったに違いない。


ガンマは、この0℃に近い冷水への転落時の低体温症が原因で、数週間後に肺炎で死亡する(1枚目の写真)。なお、原作のガンマが死亡するのは1932年なので、この死は5年早い。だから、すべて映画だけの創作シーン。その後の場面は、館で開かれたフューネラル・ティー〔Funeral Tea〕と呼ばれる伝統的な集まり。フレイザーのナレーション:「キロランは一変してしまった。ガンマはキロランそのものだった。そして、僕たちがずっと知っていた世界は、ガンマと共に静かに消え去った。ガンマは遺言で、地所をモリス伯父さんではなく、僕たちに遺すことに決めた」「クロフォード叔父さん原作にはない〕が、ママに、イエスについて延々と話すのをやめてくれればいいのに」(2枚目の写真)。そして、クロフォードがモイラに向かって、「イエスが、ガンマの手を握られた」と言うと、フレイザーの怒りが爆破し、「まさか、そんなことしないよ! とんでもない嘘だ! ママを慰めるために、そんなこと言ってるだけじゃないか。ところが、それが、ママの気分を悪くしてるんだ」と強く批判する(3枚目の写真)。エドワードは、すぐに、「フレイザー、いい加減にしろ。大人に対して その口の利き方は何だ」と叱る。

すると、もともとフレイザーのことが気に入っていたエロワーズが 「エドワード、この子 取り乱してるのよ。彼はただ…」と、取りなし始めると、エドワードは 「口出しするな、エロイーズ」と止め、それでもエロイーズが 「フレイザー、パパの言うことは聞き流して」と続けると、「そいつと話しているのは私だ、悪ガキに構うな、この」と、大勢の客の前で、エロイーズを侮辱する。長男でありながら遺言から外されたことで頭に来ていたモリスは、その言葉を聞くと、「私の妻に対し、何たる失礼な物言いだ!」と怒鳴る(1枚目の写真)。それに対し、エドワードは、謝るどころか、「ここは私の家だ。これ以上、あんたの好き勝手にはさせんぞ!」と暴言を吐く。エロイーズは、モリスに 「今すぐここから出ましょ」と言い、さっさと出て行くが、腹の虫が収まらないモリスは動こうとしない。そして、エドワードに向かって 「私の母は君の本性を見抜けなかったが、私には分かる。君は、あさましい女たらしだ。ふざけた野郎だ! 私の母の地所には相応しくない奴だ!」と、妻との情事ならちゃんと知っているぞと糾弾する。エドワードの反撃はもっと凄まじく、「私の地所だ、モリス、私のだ。あんた、本当にこんな物〔地所〕が他の何〔エロイーズ〕より欲しかったのか? いいか、実はもう勝ち取ったんだ。地所のことじゃないぞ。何ヶ月も前に、私が賭けに勝ったんだ」と言い返す。それを聞いたモリスは、思い切りエドワードの頬を引っ叩き、2人は床に倒れ込んで猛烈に闘い始める(2枚目)。客の1人に争いを止められたモリスは、そのまま何も言わずに立ち去る。すると、今度は、モイラが床に座り込んだままのエドワードの前に来ると、立ったまま、夫を見下ろす。エドワードが、「くだらない賭けだった」と、先程の発言を誤魔化そうとすると、モイラはきつい口調で、「私が、あなたと彼女のこと、知らないとでも思ってるの?」(3枚目の写真)「彼女をモノにしたくせに。私が気付いてないとでも?! あなたが、私でなく彼女を求めていることに 気づいていないとでも思っているの?!」と強く批判する。

その夜、ベッドで横になっているところに、姉がやって来る。フレイザーは、さっそく、「あんな騒動、起こすつもりなんてなかった」と弁解する。「分かってるわ」。「エルスペス、パパはママや僕たちのところに残ってくれるかな?」(1枚目の写真)。「分からないわ、フレイザー」。「ママは、あの時何を言おうとしたの… パパはエロイーズ伯母さんに手を出したの?」。「聖書にあるように、彼女と肉体関係を持ったのよ」。「それは恐ろしい罪じゃないの?」。「知らないわ。そうなの?」(2枚目の写真)。「エルスペス、それって “スランク” みたいなもの?」。「いいえ。それは愛する人とするものよ」。この会話のあと、姉は、エロイーズから預かっていたものを渡す〔それが、ここに来た目的〕。「エロイーズが これを君にって。パリで買ったそうよ。彼女、これ 君が好きそうだと思ったみたい」。フレイザーはが包装紙を開けると、中にはレコードが入っていた。フレイザーは、「ルイ・アームストロングだ!」と喜ぶ。 あらすじの冒頭の次の場面で、「電気録音」について触れた時、原作を引用し、「ジェルマン伯母さん〔アーティ伯父の妻〕ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章のレコードをくれた」と書いた。アーティ伯父=モリス伯父なので、ジェルマン伯母=エロイーズになる。だから、同じ人物が、ベートーヴェンでなくジャスをプレゼントしたということは、フレイザーの設定がデニスと全く違うことを強く示唆している。なぜなら、【原作(11章)には、「音楽は醜くあってはならず、美しくなければならない。ジャズは忌まわしい騒音であり、現代音楽の多くは単なる不協和音に過ぎなかった。ただの自己顕示、ただの雑音… 音楽ではない、断じて音楽ではない」と、ジャズを強く嫌っていると書かれているからだ。

それから何日後かは分からないが、モイラが、フレイザーと一緒にベッドに寝ていると〔エドワードは、夫婦の寝室から締め出されている〕、そこにエドワードが入って来る。そして、目を覚ましたモイラに向かって、「私は、まるで子供だった。モリスと同じだ。本当に悪かった」と謝る(3枚目の写真)。顔の表情から、モイラが、こんな簡単な謝罪でエドワードを許したとは思えない。

そして、海辺で母がフレイザーを抱いている映像(1枚目の写真)と共に流れるナレーション:「その後の数ヶ月は、僕たち誰にとって 楽なものじゃなかった。でも、パパが必死で頑張り、ママもようやくパパを許した」。日曜礼拝に行くために野原を歩いてきたモイラが、石の斜面に座っているエドワードの横に座ると、「フレイザーはどこ? 一緒にいたんじゃないの?」と訊く。「連れてくるよ」。「早くしないと、礼拝に間に合わないわ」(2枚目の写真)。エドワードは館に戻る。ドアを開けて中に入ると、家の中にはエドワードが嫌いなジャズが大音量で流れている。エドワードは音がする方に、階段をどんどん上って行くと、一番上の部屋で、蓄音機から2mほど離れたリクライニング・ソファに座ったフレイザーが、右手に牛乳の入ったワイングラスを持ち、左手に火を点けただけで吸わない葉巻を持ち、音楽に合わせて体を揺すっている(3枚目の写真)。父からは見えないが、膝の上には、相も変わらず裸の女性の絵の本も置かれている。最初は、叱ろうと思い、厳しい顔をしていたエドワードは、怖い顔をやめ、気付かれないようそっと部屋を出て行く。画面は黒一色になり、最後のナレーションが入る。「とにかく、これが今のところの僕の人生だよ」。何とお粗末で、ひどい “人生” なのだろう。こんなフレイザーは、将来、どんな大人になるのだろう。


原作で最後に何が書かれているか見てみよう。毎朝、父が館内で家族に行う説話の後で起きた事件が、【原作(12章)に書かれている。「その日の朝の説教は、予定説〔人間が救われるか地獄に落ちるかは、生まれる前に神によってすべて決められているという考え→自分の努力や善行では運命を変えられない〕と自由意志〔人間には自分の行動や信仰を選択する自由があるという考え→自分の意志で善を選べば、救いに近づける〕という永遠の議論に火をつけた。私は以前にもすべて聞いていたので、父がいつもの話に辿り着くのを待っていた。つまり、神は神であって何でもできる存在だから、どの選択肢が選ばれるかを常に承知の上で、自由意志という真の選択肢を提示することができ、それゆえに猛然と計画を立て、すべてをあらかじめ決定し続ける主宰者であり続けるのだ、という話だ。『もし僕が神の予期しないことをしたら、どうなるの?』と私は尋ねた。それは不可能だと説明された。神は全知であり、ゆえに私の心の中にあるものをすべて知っている。神を驚かせることなどできないのだ、と。『僕が神様を驚かせてやるよ 』と私は言った。『僕は神様なんて信じてない。どうして神様は何でも知っているなんて思うの?  そう信じたいからじゃないの?』。会話は異様な方向へ進み始めた。誰もがこの状況をひどく嫌がっているのが見て取れた。子供が神について質問するとき、それは通常、大人の方がよく理解している神の御業について、より深い理解に達するためのものだ。しかし、この紛れもない攻撃性は穏やかではなかった。『そもそも、どうして神様を信じなきゃいけないの?』。私は続けた。『あなたたちが信じているのと同じくらい立派な神様なんて、他にもたくさんいる。今の神様は、パレスチナの部族がかつて信じていたものの生き残りに過ぎないんだ。あっちの部族神であって、僕たちとは何の関係もない。シヴァ〔ヒンドゥー教の三大主神の1柱〕じゃいけないの? トール〔北欧神話の雷神〕じゃいけないの? 』。4年間せき止められていた言葉が雪崩となって溢れ出し、アドレナリンが沸き上がるのを感じながら、私はさらにまくし立てた。両親からかすかな悲鳴が漏れたが、私は止まらなかった。ようやく息切れしたとき、私はクラギーランズの食堂にある金色のプラッシュ張りの椅子に深く沈み込み、反撃を待った。言い終えると、沈黙が流れた。両親から即座に猛攻撃が来るだろうと予想していたが、2人は精神的に打ちのめされ、ショックのあまり応じることもできなかった。クラギーランズでこんなことが起きたのは、かつて一度もなかった。彼らは混沌と無秩序に直面していた。すると、遂に嵐が吹き荒れた。母は怒りで顔を真っ白にしていた。『デニス、どうしてそんなことが言えるの?』。彼女は言った。『イエス・キリストは神聖な神様なのよ。私たちはみんなそれを知っているわ。他の神々は神聖ではなかったのよ』。そこへ父が割って入った。同じように激昂してはいたが、母よりは自制を保っていた。イエスが実在したことは証明された歴史的事実であり、その神性もまた証明された事実である、というのだ。イエスがいかにしてアブラハムの神と同一の神であるか、彼は存命中に説明している。これもまた証明された歴史的事実である、と。それから、両親は2人同時にまくし立て始めた」。
 「私たちは二度とそのことについて話すことはなかった。数週間後、私はロレット校に入学した〔恐らく、1930年9月か10月〕」。
 「ロレット校での最初の学期を終えて帰郷した時、すでにクラギーランズは売却されていた。一家は新しい家、ダムクリフ館(4枚目の写真)〔Dumcrieff House、クラギーランズの約3.5km北東〕という新しい館に引っ越していたが、その古典的な美しさにもかかわらず、私はそこを愛することができなかった。私はボックス型のブローニーカメラとたくさんのフィルムを持って、晴れ間を見つけては週に1、2度クラギーランズに行き、ブナの木のてっぺんにある私のお気に入りの場所から見下ろした館の眺め、マス養殖場、湖のあらゆる景色、ガレージ、厩舎、洗濯場、農場に至るまで、私が最も愛した場所を記録に収めていった」。
 「今日〔70数歳になったデニス〕、色褪せた小さな切手のような写真を見返してみるが、どのショットにも人物は写っていない。そこに見えてくるのは、家族に裏切られるその日まで、ともに暮らし愛し続けた多くの物の輪郭を、その小さな枠の中に収めること… ただそれだけに必死で、他には何もできなかった当時の私自身だった」。


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